歴史はこうして作られる(2)

新ワシントン・コンセンサス

21世紀の戦争

 アメリカはロシアと中国に対し二正面の戦争を始めた。(「世界で進行中の事態(後編)」参照)但し、武器を使わない21世紀の戦争であり、20世紀の定義からすれば戦争とは呼ばれない。英語にWeaponizeという言葉がある。「武器化する」という意味だ。21世紀の戦争は武器以外の手段を動員する、経済も金融もサプライチェーンをも武器化して行う戦争である。

 今回対中戦争の強力な武器として用意されたのは「新しいワシントン・コンセンサス(新WC)」である。

 アメリカは1990年代以降およそ30年にわたって世界にグローバリゼーションを布教してきた。布教のバイブルとなったのが「ワシントン・コンセンサス(WC)」である。アメリカは「サプライチェーンをグローバルにし、規制を緩和して、競争を市場の知恵に委ねれば万事巧くいく」と信じていたのである。そして現在、安全保障面でも経済面でも中国から前例のない挑戦を受けて、今までのWCでは対抗できないことが明らかになった。

グローバリゼーションの軌跡

 現在まで運用されてきたWCは、アメリカが1980年代末に、国家の政治経済の運営に係る政策パッケージとして発表したものである。当時は債務に苦しんでいた南米諸国のための政策指針として提唱されたが、やがて「グローバリゼーション、規制緩和、市場の知恵」政策(以降「グローバリゼーション政策」)を推進するバイブルとなった。

 冷戦が終わると「歴史の終わり、フラットな世界」を象徴する「錦の旗」となった。アメリカはグローバリゼーションを推進し、中国のWTO加盟にも尽力した。そしてグローバリゼーションは世界の潮流となった。

 しかしながら21世紀になって、あたかも地球の磁極が反転するかのように、世界の風向きが変わり始めた。リーマンショック、パンデミック、気候変動、ウクライナ戦争が相次いで起き、グローバリゼーション政策の欠陥が次々に明らかになった。要約すれば次のとおりである。

 ①パンデミックとウクライナ戦争が起き、サプライチェーンの脆弱性のみならず、過渡の外国依存は安全保障上の危機を招くという認識が共有された。

 ②グローバリゼーションは結局、国際ルールを無視してきた中国の軍事的野心も、またロシアの軍事侵攻も止められなかった。結局両国はアメリカが期待した責任ある協力的なプレイヤーにはならなかった。

 ③グローバリゼーションの進展とともにアメリカ国内の産業基盤の空洞化が進み、中流階級の貧困化を招いた。

台頭した中国への対抗

 トランプ政権は、中国に対する宣戦布告と称されたペンス副大統領演説を転機とし、懲罰的な関税をかける措置を矢継ぎ早に講じた。バイデン政権はこの関税政策を継承すると同時に、輸出管理規定を厳格化して、半導体やスパコン等、アメリカ製の技術・ソフトウェア・機器などを使って製造した機器の中国への輸出を実質的に禁輸とした。(詳しくは「世界で進行中の事態(前編)」参照)

 バイデン政権はさらに、2021年にCHIPS法を成立させて米国内での半導体の開発製造に527億ドル(約7兆円)の助成金を支給することを決め、続いてインフレ抑制法(IRA法)を成立させて電気自動車や再生エネルギーの普及等に10年間で3910億ドル(約54兆円)を投入することを決めて、国内の産業基盤の再構築に乗り出した。

新しいワシントン・コンセンサス

 しかしながら、従来とってきた政策はパッチワーク的で中国に有効に対抗できていないと判断したバイデン政権は、経済・産業政策の基盤となってきたWC自体を刷新することを決めた。そしてサリバン大統領補佐官は、4月20日にブルッキングス研究所(the Brookings Institution)で新WCに関する講演を行った。講演の全文はホワイトハウスからダウンロードできる。(資料2参照)以下に要点を整理する。

 初めに現在アメリカが直面している四つの課題について定義している。

 第1に、アメリカの産業基盤が空洞化した。「市場の知恵に委ねれば巧くいく」と言っていたが、グローバリゼーションが進み企業も雇用も国外に出て行ってしまった。

 第2に、アメリカは中国からの地政学的・安全保障の脅威と同時に、重大な経済インパクトに直面している。グローバルな経済統合は幻想だった。

 第3に、加速する気候変動の危機に直面している。正しく、効率的なエネルギーの移行が待ったなしとなった。

 第4に、中国による不公平な挑戦が民主主義にダメージを与えている。

 以上のように課題を整理した上で、サリバン補佐官は対処方針について次のように述べている。

 「大事なことは造ることだ。キャパシティを造り、レジリエンスを造り、そして包括性を造ること。つまり強い物理的なインフラ、ディジタル・インフラ、クリーン・エネルギーのような公共財をこれまでにない規模で生産し革新し提供するキャパシティであり、自然災害や地政学的なショックに耐えるレジリエンスであり、強く活力のあるアメリカの中流階級と世界中の労働者に対しさらに大きな機会を保障する包括性である。それをまず国内で造り、次いでパートナーと協力して国外でも造る。」

 これは「中流階級のための外交政策」と呼んできたものの一つであり、次の4つのステップで推進するという。

 第1に、アメリカの新しい産業戦略として国内に基盤を造ること。第2に、パートナーに協力してキャパシティ、レジリエンス、包括性を造ることを確実にすること。第3に、革新的な国際経済協力体制を造ること。そして第4に、数兆ドルの資金を、今出現しつつある経済への投資としてかき集めること。

 ちなみに今日解決しなければならない問題は7つあり、それは、①多様性と耐力を備えたサプライチェーンの構築、②クリーン・エネルギーへの移行と持続的な経済成長のための官民による投資、③その過程での良質なジョブの創出、④公正で安全で透明性のあるディジタル・インフラの保証、⑤法人税の低減競争の停止、⑥雇用と環境のさらなる保護、そして⑦汚職の根絶である。

 究極の目的は、強力で耐力を備えた最先端の技術産業基盤にある。

中国への配慮

 要するに、WCを刷新する理由を俯瞰して言えば、「アメリカはおよそ30年間、グローバリゼーション政策を推進してきたが、その結果、中国が安全保障面でも経済面でもアメリカを脅かすモンスターになった。グローバリゼーション政策は失敗だった。」ことに集約される。

 このように新WCが中国への対抗手段であることは明明白白なのだが、サリバン氏は、次のように中国に対する配慮を加えている。

 1)中国との関係はデリスキング、多様化であってデカップリングではない。(we are for de-risking and diversifying, not decoupling.)

 2)中国に対する輸出規制は軍事バランスを崩す技術(technology that could tilt the military balance)に限定する。

 3)中国とは複数の領域で競争しているが、我々は敵対を望んではいない。責任をもって競争を管理することを追求するものであり、気候変動やマクロ経済の安定性、健康や食糧のセキュリティ等のグローバルな課題に対しては協力して対処すべきだと考える。

戦略に潜むナイーブさ

 アメリカは歴史的に戦略志向の国なのだが、どこかにナイーブさが同居している国でもある。第二次世界大戦では共産主義ソ連に憧憬を抱き、南下するソ連軍と戦ってきた日本とドイツを敵とした。真の敵が共産主義だったことは、その後の歴史が証明している。また建国後の中国に対し手厚い支援を行ってきたが、中国は今やアメリカの前に立ち塞がる史上最強のモンスターとなった。何れもアメリカの片思いに終わったのである。

 イエレン財務長官は「ワシントンは経済的なコストを伴うものであっても、中国との関係では安全保障を優先する。競争優位を堅牢にするのでも中国の近代化を抑制するのでもなく、米国は安全保障上の利益を防衛することに集中する。両国は健全な経済関係を構築すべきだ。中国の経済成長はアメリカの経済リーダーシップと競合する必要はない。我々は中国経済とのデカップリングを追求しない。両国経済の完全な切り離しは、両国に破滅をもたらすからだ。」と述べている。

 デカップリングをデリスキングと言い換えて、気候変動では協力して取り組みたいと言ったところで中国が態度を変えるとは思えない。グローバリゼーション政策の失敗を反省し、戦略を刷新する一方で環境問題等では中国の協力を期待するというところに、アメリカのナイーブさとそれ故の危うさが垣間見える。

異質なものが混在する新WC

 このように、新WCは安全保障面での中国対策と国内の産業戦略に、気候変動危機に対処するクリーン・エネルギー改革を加えたものを目指している。しかし、経済を含めた国家安全保障の問題と、気候変動とクリーン・エネルギー問題は本来別テーマであり、対策を統合するには無理がある。リベラルな政党であるアメリカ民主党故の勇み足に思える。

 グローバリゼーションが中国独り勝ちに終わったからと言って、グローバリゼーションは幻想だったから放棄するとなれば、世界に、特にグローバルサウスの国々に少なからぬ影響を及ぼすだろう。サマーズ元財務長官がこの点を指摘している。「安価な製品を輸入する重要性を強調しなかった点は失望だ。それはアメリカの生活水準と製造業の生産性を決める重要な部分だ。」と。先進国は難易度が高く付加価値が高い製品へシフトし、安価な日用品等はグローバルサウスから輸入するというウィンーウィンの関係を維持することが、世界経済の観点からグローバリゼーションが目指した狙いだった筈だ。

 また、気候変動とクリーン・エネルギーへの移行は本来グローバルな命題だが、地球温暖化対策に不熱心な中国と、化石燃料輸出大国のロシアの協力を得ることは困難という他ない。それどころか、アメリカ国内のレガシーの産業界からの賛同すら得られないだろう。既に全米自動車労働組合(UAW)がバイデン再選を支持しないことを宣言している。

欧州からの不協和音

 新WCに対しては欧州からも批判が相次いだ。イギリスのフィナンシャルタイムズは「旧WCは世界各国にとってプラスサムの世界標準であったが、新WCはある国が成長すれば他国が犠牲になるゼロサムだ。」と批判した。その通りだろう。何と言おうが、主目的が中国に対する安全保障上の対抗措置であり、新WCは世界標準から対中戦略としての国益最優先へのパラダイムシフトに他ならないからだ。

 4月に北京を訪問したマクロン仏大統領による、それ以降の一連の発言が「欧州は無制限にアメリカに追随しない」トーンとなっていることに注意が必要だ。欧州はウクライナ戦争が起きた結果、エネルギーのロシア依存からの離脱とウクライナ支援で疲弊している。台湾問題は欧州の問題ではなく、「ロシアに続き中国とのデカップリングは御免だ」という本音が見え隠れする。公然と異論を唱えているのはマクロン氏だけだが、今後欧州とアメリカの間で対中政策を巡る軋轢となる可能性がある。

「未来の歴史を造る」新WC

 新WCは間違いなく「未来の歴史」の方向性に影響を与えるものとなるだろう。問題は亀裂が入った国際秩序を再び縫合する貢献をするのか、それとも亀裂を拡大させて世界が多極化に向う原因となるのか、何れの道を辿るのだろうかにある。

 「世界で進行中の事態(後編)」で、「ディープ・ステートの代表者と言われるジョージ・ソロスは、2019年1月に開催されたダボス会議で中国に対する宣戦布告ととれる発言を行った。」ことを紹介した。サリバン講演には「グローバリゼーションは幻想だったから是正する」ということと、「中国に対抗する政策を総動員する」という、本来は異質な二つのメッセージが含まれている。

 冒頭述べたように、バイデン政権がロシアと中国に対し同時二正面戦争を仕掛けたことは事実である。「まずウクライナ戦争でロシアを弱体化させ、次に新WCによって中国を弱体化させる。」単刀直入に言えば、それが新WCの本質であると思われる。つまりソロス発言とサリバン講演は呼応しているのである。

 ここで一つの疑問が生じる。次の大統領選挙まで残り1年余という時点でバイデン政権はなぜ同時二正面戦争を仕掛けたのかということだ。

 世界情勢は現在混乱の極みにある。しかも経済情勢の悪化が同時に進行していて、アメリカの金融危機、中国の経済危機、欧州の不動産危機のどれがいつ発生してもおかしくない状況にある。しかも経済危機がどこかで起きれば、発生源がどこであれ、危機は連鎖し容易に世界同時不況に発展する危険性が高い。

 つまり現在は、台湾有事の前夜であるばかりか、2024年の米大統領選前夜でもあり、世界規模の経済危機の前夜でもあるのだ。パンデミックとウクライナ侵攻の後で次の有事の前夜というタイミングで、バイデン政権が同時二正面戦争を始め、新WCを提唱した背景には、計算された相当の理由があると考えられる。

日本との関係

 最後に日本との関係を考えておきたい。

 「年次改革要望書」というものがある。1994年~2008年まで、毎年アメリカ政府が日本政府に対して送り付けてきた、制度改革に関する要求リストである。その代表的事例は小泉政権が強行した「郵政民営化」である。そもそも郵政民営化が日本の国益にどう貢献したのかさえ疑問だが、日本にとってさらに重大な影響を与えたものは「財政規律」という縛りである。「プライマリー・バランス」という呪文は、デフレからの脱却に必要な財政出動を抑制したため、「失われた30年」の長期低迷を招いた原因の一つとなったことは間違いない。

 旧WCには、財政規律の維持、政府事業の民営化、税制改革、規制緩和、貿易自由化という項目が並んでいる。WCの項目と年次改革要望書の項目は見事に符合しており、年次改革要望書の根拠がWCだったことは明白である。

 WCの刷新は日本の政治を拘束してきたアメリカからの要求が一変することを意味している。

 折しもサリバン米大統領補佐官が来日して6月15日に、岸田総理を表敬訪問している。ブリンケン国務長官が18日から2日間北京を訪問する直前であり、新WCについて講演したばかりのサリバン補佐官が急遽来日した理由は何だったのだろうか。日本は既にアメリカが始めた同時二正面戦争にしっかりと組み込まれていることは確かだろう。地政学的に考えて、台湾有事と北朝鮮の核脅威の最前線に位置するのは日本なのだとの覚悟を新たにして、自律的に必要十分な対策を講じなければならない。

危機前夜にあって「東京コンセンサス」を示せ

 時間軸で現在位置を確認すると、今はパンデミックとウクライナ侵攻の後で、台湾有事、世界規模の経済危機の前夜にあり、しかもバイデン政権は残り1年余というタイミングにある。アメリカ自身が混乱の渦中にあり、次は共和党政権が誕生する可能性が高まっている。

 今まさにカオスのような世界情勢の中をどうやって生き延びるのかが問われているのである。風見鶏政権では国を危うくする。誰のための法案なのかも何故今なのかも全く分からないLGBT法案に賛成票を投じるような保守政党には、危機に対処する指導力は期待できないという他ない。

 有事に臨み何よりも重要なことは、「そのとき日本はどう動くべきか」を明文化する行動規範(Code of Conduct)を用意することである。それを例えば「東京コンセンサス」として明文化して、国民にかつ世界に対し宣言することが何よりも大事だと考える。バイデン政権が「グローバリゼーションは幻想だった。然るに外交・経済・産業政策の要であったWCを刷新する。」と宣言したように。

 そして「東京コンセンサス」の冒頭に明記すべきキーメッセージは、「強い国力を取り戻す」ことである。パンデミックやウクライナ戦争の教訓の一つは、有事を克服するために最も必要なものは国力であるという事実だ。「失われた30年」を「再び成長する日本」に大転換させる強い意思表明こそが、有事前夜の喫緊にして最大の命題である筈だ。国力を取り戻すことなくしては、防衛力増強も少子化対策も「財源をどうするのか」という一喝の前に画餅に終わるだろう。

 「未来の歴史」はリーダーの強い意思表明が切り開くものであることを強調しておきたい。

 6月15日から2日間開かれている日銀政策決定会合において、プリンストン大学の清滝信宏教授が、「金融緩和を当面継続する」と述べた植田総裁に対し、「1%以下の金利でなければ採算がとれないような投資を幾らしても、経済は成長しない。量的緩和による低金利は、生産性の低い投資を企業に促し、逆に収益体質を脆弱化している。量的緩和と低金利を続けてきたことが、30年間成長してこなかった日本低迷の根源だ」と厳しい指摘している。本質を突いた指摘だと思う。(資料3参照)

参照資料:

1)「世界経済の無法者中国に、とうとうアメリカが「本気の怒り」を見せ始めた」、長谷川幸洋、現代ビジネス、5/12

2)「Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution」, the White House, 4/27

3)「ノーベル経済学賞候補が日銀植田総裁に嚙みついた!」、鷲尾香一、現代ビジネス、6/15

歴史はこうして作られる(1)

G7が方向づけたウクライナ戦争の帰趨

 歴史は初めに突発的な事件が起き、その上にアクターによる偶発的な行動が積み重ねられて作られてゆくものではないようだ。それが大きな事件であるほど、初めに誰かが用意したシナリオがあって、それに起因する最初の事件が起き、それ以降はアクター間の応答によって一つ一つ既成事実が積み上げられながら歴史が刻まれてゆく。無論、アクター間の応答の結果、思いもよらぬ方向に動くこともあるだろう。また最初の事件の震源地とその周辺地域を巻き込みながら、大きな事件に発展してゆくこともあるに違いない。

 しかし大筋では用意されたシナリオを軸に展開してゆき、そして変化はやがて不可逆な領域に入る。今まで歴史はそのように刻まれてきた。このことは二つの世界大戦の経緯が象徴している。もっとも今までは、シナリオの存在は後世になってから明らかになったのだが。

<不可逆な歴史となったウクライナ戦争>

 その視点からウクライナ戦争の経緯を振り返ると、ウクライナ戦争はバイデン大統領が挑発し、プーチン大統領が呼応して軍事侵攻を始めたことによって起きた。無論プーチン氏は短期間でキーウを制圧できると踏んで侵攻した筈だが、ゼレンスキー大統領の不屈のリーダーシップのもとにウクライナから強力な反攻を受けて、その目論見は完全に外れ戦争は長期化した。プーチン氏の読み間違いが戦争の長期化と拡大を招き、不可逆な歴史的大事件となった。

 さらに米欧日がロシアに科した強力な経済制裁と、NATOによる全面的な軍事支援によって戦争は世界規模の事件に拡大した。ロシア対ウクライナの地域戦闘から、NATO対ロシアの代理戦争へと拡大した。

 そして世界は米欧日対ロシアの二極と、行方を見守るグループを加えた三極に分裂した。世界経済の風向きは一変し、エネルギー危機と食料危機を併発して、世界不況とスタグフレーションの危険性が高まった。こうして国際秩序と世界経済の両面で不可逆な変化が始まった。

<ウクライナ戦争の転換点>

 反転攻勢を始めるにあたり、ゼレンスキー氏は精力的に世界を駆け回る外交攻勢を展開した。5月3日~5日にフィンランドを訪問して北欧諸国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)との首脳会談を行った。13日~15日にはイタリア、バチカン、ドイツ、フランス、イギリスを歴訪して相次いで首脳会談を行った。19日にはサウジアラビアを電撃訪問して、アラブ22か国首脳会議で演説を行った。演説では「ウクライナが戦争を選んだわけではない。軍事力による占領には誰も賛同しない。」と力説した。

 G7はウクライナの反転攻勢直前の絶好のタイミングで開催された。戦争の帰趨としてロシアの敗退を確定的なものとするために、外交攻勢の締めとしてゼレンスキー氏は20日に広島にやってきた。その強い意思を理解した岸田首相はゼレンスキー氏を受け入れ、その目論見を実現させる演出をやってみせた。

 ゼレンスキー氏は20日の内に各国首脳と精力的な会合を持ち、21日には開催されたG7拡大会合に満を持して参加した。拡大会合ではロシアによる侵略終結に向けた10項目の和平案への支持を求めた。「我々の領土にロシアの侵略者が居る限り、誰も交渉の席に着かない。」この宣言は安易な調停者の登場を拒否し、退路を断って反転攻勢を戦う意思を示したものとなった。これで中国が調停者となる道は閉ざされた。

 モディ首相との会談では「インドは、少なくとも個人的にはできることは何でもする」という発言を引き出した。こうして5月3日以降の、ゼレンスキー氏の一連の外交攻勢という演出によって、ウクライナ戦争におけるロシア敗戦の方向性が確実になった。

<ウクライナ戦争の方向を確認した広島>

 ゼレンスキー氏は「これから始める反転攻勢でウクライナは国土からロシア軍を追放し、敗戦を決定づける」決意を表明した。F16の供与も決まった。広島に集結したG7はじめ各国首脳は、ゼレンスキー氏の「共に協力してロシアをウクライナから追い出す」意思に賛意を表明した。戦争の当事者が満を持して決意表明したことに対し反対意見は出る筈もなかった。

 「あとは貴方が思う存分戦場で戦う番だ。」G7会合で参加国の首脳はそのように申し合わせたという事実が歴史に刻まれたことになる。呉越同舟というべき温度差があるにせよ、主要国首脳は大きな物語の筋書きで合意したのである。

 こうして「未来の歴史」が作られた。ロシアの敗戦とプーチン政権の崩壊、ロシアの弱体化が決まった。そう断言する理由は、G7合意が万一実現しない事態に陥れば、それは西側優位、アメリカ覇権体制の崩壊、国際秩序の崩壊を意味することになるからだ。そして武力を背景に国際法を無視する無法者国家が世界にはびこることになる。事態がそういう展開に向かうことは、西側諸国にとって代理戦争ではなく本格的な戦争を覚悟しなければならないことだ。それは第三次世界大戦の始まりを意味している。

 G7は「ウクライナ戦争の歴史」を作り込む舞台となった。脚本:岸田文雄、主演:ウォロディミル・ゼレンスキーのコンビが大成功を収めたドラマだった。そしてゼレンスキー氏は見事に主演を演じきった。アメリカとEUが軍事支援を担い、日本は議長国としてその舞台を提供し脚本を書き、G7にグローバルサウス主要国を引き寄せる役割を果たした。

<西側を再結束させたプーチン>

 元内閣官房副長官補だった兼原信克氏はG7の総括として、5月26日の産経新聞の正論に、「プーチンの野望は、崩れかかっていた西側を再度強固に結束させた。」と書いている。バイデン政権はロシアを挑発して戦争を起こさせ、ウクライナに対する米欧からの軍事支援をけん引してきたが、その一方で天然ガスパイプライン(ノルドストリーム)爆破等、西側に亀裂が生じかねない危険な工作を行った。アメリカにはついていけないという不協和音が西側に生じていたことは、北京でのマクロン大統領の発言から窺うことができる。

 この状況下で岸田総理がG7を見事にまとめ上げ、調整役を見事に果たしたのだが、これは日本にしかできない芸当だったといえよう。G7首脳はそのことを評価したから、異論を唱えなかったのだ。このことはG7の首脳の一人が言ったとされる「フミオの目論見どおりになったな!」という発言から窺い知れる。

<アメリカが仕掛けた二正面戦争>

 そもそもバイデン氏が執拗にプーチン氏を挑発した狙いは、中国と本格的に対峙する前にプーチン氏を失脚させロシアを弱体化させることにあったと思われる。そして今後の反転攻勢の成否にもよるが、既に述べたように、そのシナリオに従い新しい歴史が作られつつある。

 NATOが正しく「サラミ戦術」のように、ロシアを刺激し過ぎないよう情勢を判断しながらステップ・バイ・ステップでより高度な兵器を提供してきたことに加え、G7拡大会議の場で参加首脳から軍事支援とゼレンスキー氏の決意への合意を取り付けた以上、ウクライナが敗れる可能性はかなり低くなったと言える。

 バイデン政権が仕掛けた二正面戦争の舞台は三幕からなる。第一幕はロシア、第二幕は中国、そして第三幕はアメリカである。

<立ち位置を世界に明示した日本>

 日本はアメリカが仕掛けた二正面戦争の連合軍に加わり、G7では期待された役割を果たして日本の立ち位置を世界に明確に示した。今後もウクライナ戦争の終結に関与し、ウクライナの復興支援ではG7で最大級の役割を果たすことになるだろう。そして第二幕の対中戦争では、否応なしに日本は最前線に立つことになる。

<反転攻勢が始まった>

 メディアによれば、5月25日にウクライナのポドリャク大統領府長官顧問が、ロシア軍に対する大規模な反転攻勢を既に開始したことをツイッターへの投稿で明らかにした。それによると、「さまざまな方面で占領軍を破壊する数十の行動が反攻であり、敵の兵站を集中的に破壊することを含む。」という。

 また米軍トップのミリー統合参謀本部議長は、25日に「ロシア軍はキーウの占領に失敗したため、攻撃目標を東部ドネツク、ルガンスク両州の制圧に下方修正したが、軍事的見地から目標達成は不可能だ。」と述べた。さらに、「ウクライナは軍事的手段で領土を奪還できるが、戦闘は長期化する。」と指摘した。(参照:産経、5月27日)

<混迷を深めるロシア>

 最近になってロシア側に、今後のウクライナ戦争の行方を大きく左右する変化が現れてきた。以下に代表的な動きを要約する。

 第一に、ウクライナによる反転攻勢に影響を与えるために、ロシアはさまざまなミサイルやドローンを使ってウクライナの司令部や弾薬や装備の供給ルートなどを中心に攻撃を仕掛けてきたが、格段と向上したウクライナの防空能力によって、大半のミサイルが迎撃されている。5月1日~20日の戦闘状況について、フリージャーナリストの木村正人氏がJBPressに寄せた記事で詳述している。ロシア軍虎の子の極超音速ミサイル「キンジャール」もパトリオットによって撃墜されたというニュースもある。(参照:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75250

 第二に、ウクライナ側に立ってロシア軍と戦っているロシア人義勇軍の存在が注目を集めている。現在ウクライナ在住で、元ロシア下院議員だったイリヤ・ポノマリョフ氏は、義勇軍の規模は約4000名で、自由ロシア軍、ロシア義勇軍、国民共和国軍の三組織が存在していると述べている。また三組織は昨年8月に「ウクライナ軍と共闘して、プーチン政権を崩壊させる」という宣言に署名したという。(参照:産経、5月24日)なお、ウクライナ軍の情報当局は「彼らはロシア領内で自律的に活動していて、ウクライナ軍は関与していない。」と述べている。(参照:BBC News、5月26日)

 第三に、ロシア軍とワグネルの間の軋轢が深刻化している。民間軍事会社ワグネルを率いるエフゲニー・ブリゴジン氏は、今まで過激な発言で注目を集めてきた。4月14日には「プーチン政権は軍事作戦の終了を宣言すべき時だ」と述べ(参照:産経、4月15日)、5月5には極端な弾薬不足を理由にロシアの国防当局を非難した上で、「バフムートの戦闘からワグネルは離脱する」と表明した。(参照:BBC News、5月6日)

 さらに5月25日には「このままではロシア革命がまた起こる。まず兵士たちが立ち上がり、その家族たちが立ち上がる」と述べ、「我々はウクライナを非武装化しようとしたが、結果は逆に彼等を武装集団に変えてしまった。今のウクライナ軍は最強だ!」と述べた。(参照:FNNプライムオンライン、5月25日)

 第四に、ロシア政府は5月3日にクレムリンを狙った2機のドローンを撃墜したと発表した。「ウクライナがプーチン大統領を暗殺しようとした。」と非難したが、ウクライナは一切の関与を否定し、「ロシアがこれを口実に戦争の激化と拡大を図っている。」と反論した。(BBC News、5月5日)

 この事件については、①ウクライナ犯行説、②ロシア国内の反体制派による警告説、③ロシア政府の自作自演説などがあるが、現在に至るまで真相は明らかになっていない。しかしながら、深く考えるまでもなく①はあり得ない。害多く何も得るものがないばかりか、ウクライナ領内から直線距離で480km離れたクレムリン上空に到達するまで撃墜されずに無人機を飛ばすことは殆ど不可能と考えられるからだ。

 第五に、ロシアの首都モスクワで5月9日、第2次世界大戦の対独戦勝記念日を祝う式典が開かれたが異様ずくめだったようだ。例年なら第二次大戦でドイツ軍を打ち負かしたT34戦車の車列を先頭とし、その後に最新鋭の主力戦車や装甲車、ミサイルが連なる華々しいパレードが行われるが、今年は戦車はT34のみでしかもたった一両だったとジャーナリストの深川孝行氏がJBPressに書いている。これは最新鋭の戦車が既にウクライナ戦争で3000台も破壊されている現実と符合するものであり、ロシアの現状が戦勝を記念するどころではないことを物語っている。             (参照:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75317

 以上述べてきたように、プーチン氏と習近平国家主席を除くアクター全員が広島に集結し、米国が仕掛けた対露中二正面戦争の一つであるウクライナ戦争の帰趨について方向性を確認し、基本的レベルで合意が形成されたことになる。こうして歴史が作られてゆく。

演技かそれとも無知か

総理発言も官房長官答弁もデタラメ

1月24日、参院本会議での岸田首相答弁

 「国債は政府の負債であり国民の借金ではありませんが、国債の償還や利払いに当たっては、将来国民の皆様に対して、税金等でご負担頂くことなどが必要であり、また、将来仮に政府の債務管理について市場からの資金調達が困難となれば、経済社会や国民生活に甚大な影響を及ぼすことにもなります。」

2022年12月16日、「安保3文書」閣議決定に伴う記者会見での岸田総理答弁

 「防衛力を抜本的に強化するということは、戦闘機やミサイルを購入するということだ。これを借金で賄うことが本当に良いのか。やはり安定的な財源を確保すべきだと考えた。」

1月12日「60年ルール」の撤廃・延長に対する松野官房長官の記者会見

 「財政に対する市場の信認を損ねかねないなどの論点がある。」

上記3つの答弁には基本的な認識の誤りがある。以下に明記する。

 ≪国債の償還や利払いの国民負担≫について、正しい理解は次のとおりである。

(1)当たり前だが、国債が本当に政府の借金ならば返済するのは政府で、おカネを借りていない国民が返済の負担を強いられるの?(1月23日、三橋貴明ブログから引用)

(2)日銀券は日本銀行が発行した貨幣で日銀の負債であり、国債は政府が発行した貨幣で政府の負債である。何れも借金ではないので返済不要である。

 ≪将来、市場からの資金調達が困難となれば、経済社会や国民生活に甚大な影響を及ぼす≫に関する正しい理解は、1月19日に開催された自民党の「防衛増額に向け税以外の財源捻出を検討する特命委員会」(以下、特命委員会)における西田昌司副委員長と財務官僚の応答に尽くされている。詳細は後段で紹介するとして、要点を以下に述べる。

(3)政府が国債を発行して政策を行うことは財政出動であり、その分GDPが増え経済を活性化させる。民間からすれば国債を購入することは資産を増やすことである。

(4)民間側に十分な資金がある限り、資金調達が困難になることはない。何故なら民間からすれば銀行預金よりも高い利回りが得られ、株式よりも安全性が高いからだ。

 ≪防衛力を抜本的に強化するということは、戦闘機やミサイルを購入するということだ。これを借金で賄うことが本当に良いのか。安定的な財源を確保すべきだ。≫についての正しい理解は次のとおりである。

(5)(2)で述べたように、国債は政府が発行した貨幣で政府の負債である。日銀券が借金ではないように、国債も借金ではない。国債が借金だという間違った理解は、60年後に元本を返済しなければならないという、根拠のない「60年償還ルール」から来ていると思われる。

 国債の「60年ルール」の撤廃・延長について、≪「財政に対する市場の信認を損ねかねないなどの論点がある≫について、正しい理解は次のとおりである。

(6)官房長官の発言は財務省の代弁であることが明白だ。「60年償還ルール」はそもそも諸外国では廃れたルールであり、60年という年限にも特段の根拠はない。国債の償還については後段で詳しく論じる。

(7)かつて安倍政権のときに、平成26年に8%から10%への消費税引き上げ延期を決断する際に、財務省が今回と全く同じように「市場の信認」を理由に猛反対した。その時に安倍総理は次のように語ったという。「財務省は延期すれば日本は国際的信用を失い国債は暴落する。金利は手を付けられないぐらい上昇する。延期すれば財政健全化はできないと主張したが、そうした予測はことごとく外れた。永田町は財務省に引きずられているが財務省はずっと間違えてきた。彼らのストーリーに従う必要はない。」(1月26日、阿比留瑠比、産経紙面から引用)

 補足すれば、財務省は間違えたのではなく、政治家を脅迫してきたというのが真相だろう。

特命委員会での注目すべき応答

 特命委員会の副委員長(委員長は萩生田光一政調会長)を務める西田昌司参議院議員がユーチューブでビデオレターを発信している。1月19日に開催された第一回委員会における西田副委員長と財務省官僚の質疑応答は、政治家と財務官僚の迫真の応答であるので、是非、以下を視聴していただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=ppDpmEgGKIk

 三橋貴明氏が1月23日の自身のブログ「どよめき~財務省が財政破綻論の嘘を認めた日~」で要点を解説している。国債の本質に関わる重要な応答なので、要点を引用する。

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12785324669.html

西田:「財務省は防衛費増額について、増税(1兆円)に加えて剰余金や特別会計からカネをかき集めてきて賄うとなっているが、違うよね。国債で調達したおカネが余っているからそれでやるということでしょ?要するに国債でやるんでしょ?単に、新規国債発行をやりたくないから、意味不明な説明をしているんでしょ?」

財務官僚:「先生のおっしゃっている通りです。確かに特別会計から集めるとは言っても元々は国債発行でやっています」

西田:「国債発行が安定的にできているのは、民間金融資産がたくさんあるから。今後、高齢化等で民間預金が取り崩されれば国債を買い支えられなくなると言っているが嘘だよね。さらに、財務省は預貯金があるから国債が安定的に消化されていると言っているけど、そうじゃないよね。国債が1000兆円あるということは、その政府が財政支出したので、民間の預貯金が1000兆円増えたんだよね。逆に国債残高をゼロにすると、民間の預貯金が1000兆円減るよね?事実だよね、どうなんだ?」

財務官僚:「通貨の発行の仕組み上、西田先生のおっしゃる通りです。」

 この応答から、国債を巡る総理と官房長官の発言が如何に的外れかが明らかである。全てを承知の上で敢えて演じているのでなければ、お二人とも財務省のレクチャーを鵜呑みにしているということだ。

 財政に拘わらず政策に関して官僚は最強の専門家集団である。予算編成過程で政治家に情報と知見を提供するときに、国益よりも省益を優先して自省の利益を最大化しようと努めることは自然の行動だろう。従ってこの問題は政治家の方にある。政策を的確に遂行するためには、官僚が提供する情報と知見の真偽を見分ける眼が求められるのである。

 そのために必要な資質は物事を大局的に俯瞰することであり、その上で「国益と国力を最大化する」戦略と政策を組み立てる能力が、総理大臣を筆頭に閣僚には求められる。その資質と能力を持ち合わせない政治家は百戦錬磨の官僚に巧みに騙されることになる。

国債に関する正しい理解

 『防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム』(https://kobosikosaho.com/daily/843/)で国債に関する記事を書いたので、そちらを参照していただきたい。今回は「国債の償還」について補足する。

 国債は満期を迎えると償還される。10年国債の場合、利息は10年間にわたって年2回支払われ、満期になると最後の利息と債権の額面が償還される。国債を保有していた個人や機関は国債の額面と利息を現金で受け取る。代わりに新たな1億円の国債が発行される。これを「借款債」と呼ぶ。こうして10年国債は10年目の満期に償還され消滅する。

 ところが実際の長期国債は10年満期であるにも拘わらず、一般会計において国債は60年で償還されることになっている。日本以外の諸外国は淡々と借り換えを繰り返しているだけで、「60年償還」などという意味不明のルールは存在しない。何故なら満期の時に償還済みだからだ。

 理解不能なのは、このようなGHQの恣意的な置き土産を、未だにバカ正直に運用しているのは何故かということだ。議員立法でも何でも、時代遅れで妥当性のないルールはさっさと改定することが政治家の役割ではないだろうか。

 もう一つ日銀による国債の購入について補足する。日銀が国債を買い取るという行為は、国債を日銀券に置き換えることを意味している。この場合、置き換えた時点で国債は消滅する。

 上記理解のもとに、我が国の政府と民間が保有する資産と負債を大局的に捉えると、次のとおりである。国債発行残高(普通国債)は1000兆円に迫り、日銀が買い取った国債はその1/2の500兆円を超えている。従って市中に残る国債残高は500兆円未満である。これに対して個人が保有する金融資産は2000兆円を超え、企業の内部留保は500兆円を超えている。一体何が問題だというのだろうか。

国力の最大化が最優先かつ最重要課題

 前の記事『防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム』において、「政治家が議論すべき命題は防衛費の財源ではなく、国力の最大化である。国力の方程式が示すように、経済力と防衛力を同時に強化することが国家の命題である。」と書いた。

 では経済力と防衛力を同時に強化するためにどうすべきなのか。GDPの定義に戻って考えればその答えは明快である。

  GDP(国内総生産)=個人消費+民間投資+政府支出+純輸出

  GNP(国民総生産)=GDP+海外からの所得

 この式が明快に示す経済原理は、「個人がお金を消費し、企業が投資をし、政府が財政出動をすることがGDP、即ち経済規模を増大させる」ということである。経済成長とはより多くのおカネを使うことなのである。健全な経済は、収入が上昇しながら適度のインフレが進行してゆく状態をいう。

 それと真逆な状態がデフレである。デフレとは「個人が財布のひもを固く閉じ、企業が未来に向けた投資を渋り、政府が緊縮財政を優先して財政出動を抑制する」状態をいう。半導体産業が象徴するように、かつての日本の主力産業が衰退したのは、企業が未来への投資を怠った結果である。経営者と政治家が未来に対するビジョンを描かず、未来に向けた投資と財政出動を怠ってきた結果が「失われた30年」だったのである。

 GDPの定義が明示することは、政府が国債を発行して成長戦略を大胆に実行すれば、そのお金は民間に流れて経済を潤すという至極単純な道理である。民間の消費と企業の投資が充分でない局面では、つまりデフレ下において、国債発行はGDPを増やし経済を活発にする。逆に緊縮財政によって国債発行を絞ればGDPを減少させ経済を窒息させるのである。

岸田総理は何者か

 国際通貨基金(IMF)の経済見通しによると、2022年の名目GDP(予測値)は日本が3位で4.301兆ドル、ドイツが4位で4311兆ドルである。ドイツのGDPが約6.7%増えれば逆転するという。人口は日本が1億2千万人であるのに対してドイツは8千万人である。またドイツは2022年平均で物価上昇が8.7%とインフレ傾向が強い上に、時間あたりの労働生産性が日本よりも6割高いという。(1月23日、産経紙面から引用)

 ドイツの人口が日本の2/3であるにも拘らず、GDPで肩を並べるという現実は、日本経済が「失われた30年」で長期間低迷した結果である。しかも「失われた30年」は、デフレ下にあるにも拘わらず緊縮財政と消費税増税を繰り返してきた失政の結果であることは議論の余地がない。

 この事実を総括し、反省し、教訓を学び取った上で、政策を大胆に転換すべき時が今である。何故なら、不幸中の幸いといおうか、コロナ・パンデミックとウクライナ侵略戦争を契機にインフレが世界で進行しており、デフレで動かなかった日本経済も世界からの圧力に突き上げられる形でようやく大きく動こうとしているからだ。

 このタイミングで総理大臣の職にあるということは、岸田総理の使命は日本経済の再生に向けて政策を大胆に転換することにある筈だ。つまり防衛力と同時に経済力を増強する「国力の最大化」こそが政策目標である筈だ。それにも拘わらず、デフレから脱却できる好機が訪れているこのタイミングで、岸田首相は防衛力増強と子育て支援を理由に、再び増税を行う用意があることを繰り返し表明してきた。

 過去の失政に何も学ばずにまたぞろ増税を画策する岸田総理は、経済の基本原理すらも理解していない無知なのか、あるいは日本を弱体化しようとする勢力のパペットを演じているのか何れかだという他ない。

防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム

プロローグ

 はじめに、岸田首相は歴代の首相ができなかった「戦後レジームの解体」を断行した。基盤的防衛力構想からの脱却、反撃能力の保有、防衛費の抜本的増強とGDP比2%の実現、それと自衛隊施設に建設国債を適用である。

 同時に岸田首相は、防衛費の財源として早々と増税を宣言した。これは、岸田首相にとって相応の反論を承知した上での確信犯的な一手だったと思われる。

 その結果、防衛費の財源問題を巡る岸田首相と自民党の対立が一気に高まった。同時に我が国の戦後政治に今も残る「戦後レジーム」の実態と限界を国民の前に曝け出すこととなった。本記事では防衛力増強の内容については触れず、財源問題に焦点を当てて考察を加える。

有識者会議の提言

 11月22日に、「防衛力強化に関する有識者会議」が開催され、提言案が首相に提出された。この提言書がその後の防衛費の財源を巡る政府・自民党間のバトルの淵源となった。

 提言書3章(2)に「財源の確保」という項がある。結論を先に言えば、この記述には三つの根本的な誤りがある。第一は財源の順序を①歳出改革、②いわゆる埋蔵金の活用、③不足分は増税としていること。第二は「国債発行が前提となることがあってはならない」とわざわざ断定していること。そして第三は三度行われた消費税増税が「失われた30年」の原因であったという教訓を無視していることである。

 財源の優先順序については後段で嘉悦大学教授高橋洋一氏の解説を、国債の理解については産経新聞編集委員兼論説委員の田村秀男氏の解説を、そして増税が如何に悪手かについては京都大学大学院教授藤井聡氏の解説を引用して説明する。

岸田首相のトップダウン

 岸田首相は11月28日に、鈴木俊一財務大臣と浜田靖一防衛大臣に対し、①5年以内に防衛力を緊急的に強化すること、②令和9年度に防衛費と補完する関連予算を合わせてGDP比2%に増額すること、③財源ありきではなく、さまざまな工夫をした上で防衛力を継続的に維持する議論を進めることを指示した。さらに12月5日に再び両大臣を呼び、防衛費として④5年で43兆円とするように指示した。

 これにより、従来の基盤的防衛力構想に決別すること、反撃能力を保有すること、5年後に防衛費をGDP比2%に引き上げることが決まった。「岸田政権において戦後レジームが解体された」と歴史に記録されることになるが、真の功労者は、「国家安全保障戦略」を策定して国際情勢を分析し、脅威を特定し有事のシナリオを想定して日本がとるべき対処を論理的に明確化した安倍元首相であることは言うまでもない。

 なお基盤的防衛力構想とは、日本の経済力が急成長していた昭和51年に三木内閣が打ち出したもので、「敵を想定しないで必要最小限の防衛力を整備する」構想だった。しかも防衛費を抑制する上限としてGDP比1%枠がこの時に決められた。

岸田首相の暴走

 そして12月8日に政府与党政策懇談会が開催された。この日の議題は、防衛3文書に関する国家安全保障戦略等についてのワーキングチームの協議状況だったが、経済安全保障を担当する高市早苗大臣と西村康稔大臣は呼ばれなかった。二大臣を欠席させた場で、岸田首相は唐突に「安定的な防衛力を維持するために、歳出改革や決算剰余金の活用、防衛力強化資金の創設に加えて、不足する1兆円超を増税で賄う。」ことを宣言したのである。

 この発言が衝撃波のように自民党内に伝搬し騒乱状態をもたらした。はじめに高市大臣が「企業が賃上げや投資をしたら、お金が回り、結果的に税収も増えます。再来年以降の防衛費財源なら、景況を見ながらじっくり考える時間はあります。賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された首相の真意が理解出来ません」とツイートした。

 続いて西村大臣も「今年の税収は過去最高の68兆円。今後5年間は大胆な投資・賃上げに集中し、成長軌道に乗せて税収増につなげるべき時。5年間が経済再生のラストチャンス。大変革期の中、バブル期に匹敵する企業の投資・賃上げ意欲の高まりに水を差すべきではない。」とツイートした。(以上、門田隆将、ZAKZAK、12月31日から引用)

 岸田首相判断の決定的な誤りは、国債を選択肢から除外して強引に増税路線を敷いた点にある。岸田首相は何故、高市・西村両大臣を欠席させて増税宣言を行ったのだろうか。

 そのヒントは、有識者会議の提言書の文面にある。提言書3章(2)「財源の確保」にわざわざ、「歴史を振り返れば、戦前、多額の国債が発行され、終戦直後にインフレが生じ、その過程で国債を保有していた国民の資産が犠牲になったという重い事実があった。第二次大戦後に、安定的な税制の確立を目指し税制改正がなされるなど国民の理解を得て歳入増の努力が重ねられてきたのはこうした歴史の教訓があったからだ。」という一文が挿入されているのだ。

 それにしても、有識者会議の提言書に何故こんな文言がわざわざ挿入されたのだろうか。「防衛力を抜本的に強化しなければならないが、先の大戦で軍部が暴走した二の舞を踏んではならない。」と警告しているようなものだ。有識者会議メンバーの中に、当時の軍備増強と今回の防衛力強化を重ねて考えるような時代錯誤の持ち主がいるとは思えない。

 田村秀男は12月3日の産経紙面で、以下のように述べている。「平和憲法とセットで施行された財政法は、財務省が増税や緊縮財政の法的根拠とするもので、第4条は国に歳出を税収などの範囲内に留めるよう求めている。これは、国債こそが戦争を引き起こす財源となると断じたGHQの指示に沿ったものである。一方で公共事業費の財源には国債発行を認める条項が付いている。建設国債がそれでインフラ整備という将来に向けた先行投資は国債発行で賄う。」

 想像の域を出ないが、有識者会議のメンバーを人選し報告書のドラフトを書いた官僚と、防衛力増強のあり方を議論した有識者の間に、いわゆる『官僚と御用学者の関係』があったことが疑われる。つまり予め報告書のドラフトは用意されていて、有識者が巧く利用された可能性が高い。しかも岸田首相は事前に官僚が用意したシナリオを読み上げるパペットを演じたことになる。暴走のドラマを演じるために、両大臣を外して異論反論が出ない舞台を設定したと考えられる。全ては財務省が用意した脚本に基づいて展開されたドラマだった可能性が高い。

噴出した異論反論

 12月9日には自民党内で政調全体会議が開催された。首相が表明した「防衛費を巡る1兆円強の増税について、自民党内から怒号が飛ぶほどの批判が噴出した。発言した50人強の内40人程度が反対意見を表明したという。安定財源を確保するため、年内に増税の道筋をつけることに理解を示したのは十数人だった。」とメディアは伝えている。

 異論反論の代表的なものを整理すると、概ね次のとおりである。

  ①党内の議論はこれからだというのにいきなり増税は乱暴極まりない(大塚拓政調副会長)

  ②7月の参院選公約には増税方針に触れていないので公約違反だ(世耕弘成参院幹事長)

  ③増税で突っ走るのなら、解散総選挙で国民の判断を求めるべき(萩生田光一政調会長)

  ④首相の発言に真正面から反対、防衛増税という考え方に反対(青山繁晴参院議員)

国債か、それとも増税か

 そもそも防衛費の財源として国債と増税と何れが正しいのだろうか?

 田村秀男は12月3日の産経新聞紙面で、「防衛国債が日本に相応しい」と述べ、次のようにその理由を説明している。「防衛国債(建設国債を想定)は有り余るカネを吸い上げ、防衛力増強を財源の呪縛から解放する。防衛関連投資を軸にした経済力挽回の起爆材になり得る。ハイテク技術は軍民両用であり、軍事技術開発がそのまま経済全体の活力へと波及する。防衛国債によってカネの憂いをなくしハイテクを中心に日本独自のイノベーションを沸き起こす物語が始まる。産業基盤が充実すれば経済成長をもたらし、企業は付加価値を高め、雇用を拡大し、国民所得が増える。防衛国債を赤字国債ではなく、建設国債と同等に位置づけるのは真っ当だ。」

 高橋洋一は12月6日のZAKZAK紙面で、財源を考える順序は一般論として、①他の歳出カット、②建設国債対象、③その他収入(埋蔵金)、④自然増収、⑤増税だとした上で、次のように説明している。②については「一般会計予算総則」で海上保安庁の船舶建造費が公共事業として認められていて、巡視船は建設国債で建造されている。(安倍元首相が生前語ったように、防衛費は消耗費ではなく次の世代に祖国を残していく予算と考えて)、防衛省予算を一般会計予算総則で規定するのも有力案だ。③は円安の結果、外為特会では巨額の儲けがあり40兆円位捻出できるという。④自然増収は最も真っ当な方法だ。円安でGDPが増えるので法人税、所得税はかなり増収になる。その後も経済成長を続け名目成長を4%程度にできれば、その自然増収で防衛費増をかなり賄うことができる。

 藤井聡は12月14日の「東スポWEB」の中で、「今の経済状況は極めて厳しい不況下にあり、岸田首相の防衛増税論は愚の骨頂だ」と指摘する。その理由を次のように指摘している。増税は短期的に税収を拡大するが、長期にわたって経済を疲弊させ、最終的に財政を縮小させる。増税をしても税収が増えるとは限らない。そうした増税による税収減リスクを無視して、軽々にこの不況状況下で増税を唱えることは無責任の極みだ。増税の結果税収が減れば国債発行額が増える結果となる。防衛増税を行えば、経済力が弱体化し防衛力が中長期的に弱体化することが決定的となる。「経済再生なくして財政健全化なし」というように、経済成長をまず達成しその後に財政を健全化すべきである。その順番を間違えてはならない。

 ここで国債か増税かという二者択一の議論は、二つの誤った前提に基づく議論であることを指摘しておきたい。第一は「今後も日本は失われた30年の延長線にあって、経済成長が望めず税収増が期待できない」という前提があること、第二は国債→赤字国債→未来からの借金という思い込みがあることである。

命題は国力の最大化

 永続的に防衛費増強を実現するためには、安定的な経済成長が絶対要件となる。この意味から、政治家が議論すべき命題は「防衛費の財源」ではなく、「国力の最大化」であるべきだ。レイ・クラインが考案した国力の方程式が示すように、経済力と軍事力を同時に増加させることこそが国家にとっての命題である筈だ。

   国力の方程式:国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 そうであるならば、「国力を最大化」するためのベストは国債発行でも増税でもなく、自然増収によって賄うことである。経済成長を実現することが死活的に不可欠なのだ。

 さらに加えるならば、真に防衛力を強化するためには防衛費を増額するだけでは不十分で、防衛産業基盤を抜本的に強化し、ハイテク技術力を世界一級のレベルに引き上げることが不可欠だ。すなわち「国力最大化」の長期戦略は、経済力、防衛力、産業基盤、技術力を一体として強化するものでなければならないのだ。そのためには防衛省と経産省、産業界とアカデミアの連携を抜本的に再構築しなければならない。

 そう考えれば、「防衛費の財源は何か」という問いそのものが間違っていることになる。「我が国の国力を最大化するための戦略は何か」と命題を再設定して考えるならば、田村秀男が言うように、「防衛国債が日本に相応しい」という結論に至ることは明白である。

 日本は四半世紀にわたり緊縮財政路線をとってきたために、GDPは低迷し防衛費は据え置かれてきた。歴代政権は経済が上向いたときにいつも増税という悪手を打ってきた。日本の経済力を脆弱化させてきたのはデフレであり、デフレをもたらしたのは、1997年、2014年、2019年の三度にわたる消費税増税だったことを肝に銘じなければならない。

 それにしても、政治家は何故財務省に騙されるのだろうか。「国力の最大化」戦略の障害として立ち塞がる存在が二つある。防衛力増強を財源問題に矮小化して増税を仕組もうとする財務省と、「防衛に係る技術開発は行わない」とタンカを切る一方で、中国の軍事技術開発には協力する日本学術会議である。この二つの存在もまた戦後レジームに他ならない。

 岸田首相の増税発言に対して異論反論が続出したが、政治家は単に増税と戦うだけでは不十分である。GHQが作為的に日本の政策に打ち込んだ楔である「戦後レジーム」を一日も早く解体する責任があることを自覚してもらいたい。

税制の前に成長戦略を論ぜよ

 結局、自民党の税制調査会が12月18日に「与党税制改正大綱」を決定し、1兆円増税を盛り込んだ。その骨子は以下の二つである。①来年からの5カ年で防衛費を43兆円に増額し、毎年の防衛予算を5.2兆円から8.9兆円へ3.7兆円増額する。②この3.7兆円を税収増(決算剰余金)0.7兆円、外為特会からの繰り入れ等(防衛力強化資金)0.9兆円、厚労省・国交省・文科省・農水省などの予算カット(歳出改革)1兆円で賄い、不足分1.1兆円を増税で賄う。

 藤井聡は「税制大綱の方針が採用される限り、増税&予算カット枠が年々拡大し、経済はどんどん疲弊していく。岸田内閣は増税と予算カットを繰り返すので景気が悪くなり、税収が早晩減少していくことは確実だ。」と指摘する。さらに、次のように警告する。

 「国は外国や災害によって滅び去るというよりもむしろ、政治における愚かしさによって滅び去ることが往々にしてある。正に今の日本は政府の愚かしさによって滅び去る瀬戸際に立たされている。防衛増税を回避する最も真っ当な手立ては全額建設国債で賄うことだ。」と。

 日本企業が抱える内部留保は2021年度に516兆円余になり、過去最高を記録した。これを賃上げや投資に回せば経済が回り税収が増加することになる。経済成長を軌道に乗せるためには、政府がインフラ投資などで先陣を切ると同時に、産業界から大規模な投資を促進させる環境を整備することが重要な政策となる。

 防衛財源を巡る今回の騒動が物語っていることは、国家の財政を決めるときに、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか考えない自民党の税制調査会が主導権を握っているという建付け自体が間違っていることだ。

国債償還という旧弊を正せ

 萩生田氏は「年明けから政調で議論を始める。増税以外にさまざまな財源があることを示す」と語り、萩生田、世耕の二人は「まずは国債償還ルールを見直して償還費の一部で賄うことなどを検討すべき」と語った。

 世界で唯一日本だけが、全く意味のない「60年償還ルール」を頑なに守り、元金償還を予算に計上している。それに対して諸外国は元金の借り換えを繰り返し、利払費だけを計上しているという。この違いはどこから来るのか。答えは日本だけが「国債は国の借金だから返さなければならない」と思い込んでいることにある。

 そもそも国債とは何だろうか。誰もが知っている言葉であるにも拘わらず、これ程正しく理解されていない概念はないだろう。国債に係る根本的に誤った理解が二つある。一つは、「国債は民間からの借金である」という誤解であり、もう一つは、「満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という誤解である。

 第一に、国債とは税収だけでは不足する予算分を民間から資金調達するために発行する債券であるというのが正しい認識である。政府が国債を発行し銀行がそれを購入することにより、政府は調達した資金を使用することができる。銀行は国債を保有する間、利払いを受けるので利息分は儲けとなる。

 第二に、国債には満期がある。銀行が満期が到来した国債を日銀に持ち込むと、日銀は同額の現金を新たに発行して、銀行が日銀に保有する当座預金口座に振り込む。こうして銀行が国債を購入するために支払った元金は、満期の時に日銀が通貨発行権を行使して返済する。このように国債に係る一連のおカネの流れは、政府-銀行-日銀間の金融取引なのである。

 2022年9月末時点で、普通国債の残高は約994兆円あり、その内の53%に当たる約526兆円を日銀が保有している。日銀に対する利払いは必要ないので、日銀は市中から購入した国債を帳簿上債権として計上しているだけである。しかも正味の国債残高は市中で保有されている約468兆円だけである。現在でも「国の借金が1000兆円を超える」という記事を日本経済新聞が書いているが、これは国民に対する脅しでありプロパガンダである。

 日銀は満期を迎えた国債を償還するために、同額の借款債(実際には割引債)を政府に発行するよう依頼する。政府が借款債を発行すると銀行がそれを購入して、政府に支払う現金は公債金として特別会計の国債整理基金に計上される。そして銀行は購入した借款債を日銀に持ち込むと、日銀は国債整理基金から当座預金口座に額面の金額を振り込む。この一連の手続きによって国債は消滅して現金化される。(参照:https://shin-geki.com/2021/03/14)

 2022年度当初予算における国債費は24兆3393億円で、その内償還費が16兆733億円(66%)、利払費が8兆2660億円(34%)だった。2023年度予算案には26兆9886億円の国債費が計上されている。意味のない「国債の償還」という旧弊を撤廃するだけで、国債費の66%相当(岸田首相が宣言した増税分約1兆円の17倍に相当)を削減できる。

 国債に関してもっと根本的で重要なことがある。それは「プライマリーバランスの黒字化」である。上記の説明で、「国債は民間からの借金であり、満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という認識が間違っていることを示した。この結果、国や地方自治体などの基礎的な財政収支を黒字化するという「プライマリー・バランス(PB)の黒字化」もまた、自らの首を絞めるだけの旧弊であることを指摘しておきたい。

エピローグ

 要点を箇条書きにし、提言に代えたい。

第一、少子高齢化が進み社会保障費が増加する日本が、未来の世代に安全で豊かな国を残すために最優先で取り組むべき命題は「国力の最大化」であり、具体的には短期的な防衛力強化と、中長期的な経済成長である。

第二、「国力の最大化」のための財源としては建設国債を戦略的に活用し、経済成長と共に税収の自然増を活用することが正解で、経済成長が軌道に乗るまで増税は絶対にやってはならない。

第三、国債に対する誤った理解を正し、経済成長を妨げる国債償還とPB黒字化という制約を撤廃する。

第四、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか議論しない税制調査会が主導権を握っている現在の建付けを解体し、「国力最大化」を戦略として推進する建付けに作り変える。

第五、国力最大化の障害として立ち塞がる戦後レジーム(制度、慣習等)を解体する。

的を外している政治

ICBM発射

 11月18日に北朝鮮はICBMを発射した。今年発射した弾道ミサイルは50発超に達した。今回発射したのは「世界最長の怪物」と呼ばれる火星17号で、最高速度は音速の22倍、射程は米本土に届く15,000kmだった。

 今回の発射の狙いは多弾頭化の実現にあるという。実戦配備のためには大気圏に再突入する技術など克服が必要な課題は残るものの、北朝鮮はICBM開発を着実に進めていることを誇示した。

官房長官談話

 これに対して松野官房長官は19日に談話を発表した。以下に引用する。(出典:内閣府)

 「一連の北朝鮮の行動は、我が国、地域及び国際社会の平和と安全を脅かすものであり、断じて容認できません。また、このような弾道ミサイル発射は、関連する安保理決議に違反するものであり、我が国としては、北朝鮮に対して厳重に抗議をしました。また、先ほど、総理の指示に基づき国家安全保障会議の4大臣会合を開催しました。会議では、北朝鮮のミサイル発射情報を受けた朝鮮半島の緊張の高まりに関して集約するとともに、更なる事実関係の確認をし、分析を行いました。その上で、北朝鮮による更なる弾道ミサイルの発射等に備え、情報収集・警戒監視に当たるとともに、国民の安全と安心の確保に万全を期すことを改めて確認するとともに、外交安全保障政策に関する今後の対応方針について議論を行ったところであります。政府としては、国連安保理の場を含め、米国、韓国を始め、国際社会と緊密に連携して対応するとともに、国民の生命・財産を守り抜くため、引き続き、情報の収集・分析、及び警戒監視に全力を挙げてまいります。」

 これは内閣官房長官の談話である。率直な感想として、国を守る意志も迫力も感じない談話だ。日本政府の反応は相変わらずの「遺憾砲」に終始していて、これでは確信犯の北朝鮮に対して何の抑止力にもならない。北朝鮮が弾道ミサイルを実戦配備することを抑止するために、日本は何をすべきかについて考えてみたい。

二つの疑問

 官房長官談話から湧き上がる素朴な疑問が二つある。第一は、弾道ミサイル発射に係る費用を北朝鮮はどこから調達しているのかだ。ザクっと試算してみると、北朝鮮が今年に発射した弾道ミサイル数は50発を超えており、開発費及び打ち上げ費用を平均して10~20億円/発と仮定すると、総費用は500~1000億円に達する。

 第二は、官房長官は「国民の生命・財産を守り抜くため」というが、一体どうすれば守り抜くことができるのかだ。この問題を考える上で示唆となる興味深い記事三つを引用する。出典は何れも産経新聞である。

資金源

 11月20日の記事:「北朝鮮のミサイル開発の資金源の一つとなっているとみられるのが、暗号資産窃取だ。ハッカー集団ラザラスが世界で暗闘しており、暗号資産事業者等を狙ってサイバー攻撃を仕掛けていて、今年の被害額は既に数百億円を超えているとみられる。過去2年間に北朝鮮が大量破壊兵器計画の資金として行った暗号資産のサイバー窃盗は総額10億ドルを超えた。今年4月には、ラザラスと北朝鮮のハッカー集団APT38が人気オンラインゲーム《Axie Infinity》にサイバー攻撃を仕掛け、暗号資産6.2億ドルを盗んだとFBIが発表した。」

 ちなみに、Axie Infinityとは、仮想通貨(トークン)が稼げるブロックチェーン上に構築されたゲームである。

 11月28日の記事:「ロイター通信は英国の専門家の分析として、大量のデータを同時に送り付けて北朝鮮全体のサーバーをダウンさせるサイバー攻撃が行われたとの見方を伝えている。北朝鮮のインターネット網がサイバー攻撃を受けて26日午前から約6時間にわたってダウンした。北朝鮮外務省や政府の公式サイトの他、高麗航空のサイトへの接続障害が続いた。朝鮮労働党機関紙、労働新聞、挑戦中央通信などのサイトについては27日朝も接続障害が続いた。」

 誰がサイバー攻撃を行ったのかは明らかにされていない。もし日本政府が行ったのだとしたら拍手を送りたい。表の場でとぼけた官房長官談話を発信しつつ、裏でしれっとサイバー攻撃を行ったのであれば、日本も強かな外交を行っていることになるからだ。実際は米国による警告と考えられるが、最も危機に直面している日本がなぜ米国に任せているのだろうか。

調達ルート

 今年1月31日の記事:『北朝鮮ミサイル調達路遮断を』と題した記事で、安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員だった古川勝久はこう書いている。「2020年時点では、北朝鮮は様々な新型弾道ミサイルを開発しつつも、まだ弾道ミサイル用の固体燃料の生産や精密誘導システムの習熟、ミサイル本体の軽量化等、技術的課題が山積中とみられていた。だがその後も北朝鮮は着実に技術的課題に対処し、新型ミサイルを次々に披露してみせた。なぜ国連制裁にもかかわらず、北朝鮮はこんなことができるのか?・・・米政府は、北朝鮮のミサイル関連不正調達の主要な共謀者を断定し、今年1月12日付の制裁でロシアのParsek社、同社ゼネラルマネージャのアラール、北朝鮮のロシア駐在員のオ・ヨンホを対象に指定した。」

 「昨年10月、北朝鮮は平壌で開催した国防発展展覧会で、様々な最新型兵器を誇示した。2020年以降、世界中が中国やロシアの脅威やパンデミックに気を取られていた間、北朝鮮は着実に核・ミサイル関連物質・技術を取得、習熟し自律的開発能力を大幅に向上させた。だが、まだ北朝鮮は最新型ミサイルを大量生産できる段階ではない。北朝鮮によるさらなる先端技術取得と大量生産体制への移行を何としても阻止する必要がある。中でもロシア・中国経由の不正調達ルートの遮断は火急の課題だ。対北朝鮮制裁は重要な局面に入った。北朝鮮問題は国際的に軽視されがちだが、日本を始め国際社会は改めて気合を入れねばならない。」

 官房長官談話と比較して、この記事には迫真さがある。北朝鮮のミサイル開発の資金源を止めること、露中からの不正調達ルートを遮断する手段を講じることこそが、北朝鮮からの脅威に最も深刻に直面している日本がとるべき対抗手段ではないだろうか。

機能不全の安保理

 22日のNHKニュースは、国連安保理が機能を喪失していると報じた。

 「北朝鮮が新型ICBM級の「火星17型」を発射したことを受け、国連安保理では21日、緊急会合が開かれ、弾道ミサイルの発射は安保理決議違反だとして北朝鮮を非難する意見が各国から相次いだ。アメリカのグリーンフィールド国連大使は「2つの理事国の露骨な妨害が、北東アジアと全世界を危険にさらしている」と述べ、安保理が一致した対応を示せないのは中国とロシアが北朝鮮を擁護しているからだと指摘し、安保理として北朝鮮を非難する議長声明を出すよう求めた。これに対して中国の張軍国連大使は「アメリカがまず誠意を見せ、北朝鮮との対話を実現させるべきだ」と述べたほか、ロシアの国連次席大使も、アメリカが朝鮮半島周辺での軍事演習をやめ緊張を緩和すべきだと主張し、今回も一致した対応をとることはできなかった。緊急会合のあと、日本の石兼国連大使は記者団に対し「北朝鮮によるたび重なる弾道ミサイル発射は安保理決議違反で、断じて容認できない」と強調した。」

 中露対米欧日の対立が深刻化している現状では、中露が関与している事案では安保理が機能不全となることが避けられない。中露及び北朝鮮による脅威が深刻なレベルに達している一方で、安保理が機能不全に陥っている現実は、日本にとって悪夢という他ない。その上で、「ならばどうすべきか」を考え、断固として行動することこそ政府の役割である筈だ。安保理が機能不全であることを明確にした上で、真に抑止力となる手段を講じなければならない。

無力の「遺憾砲」

 幾ら強い言葉で抗議しようとも、北朝鮮に対しては何の抑止力にもならない。中露及び北朝鮮が国際法違反の恫喝行動を行うことに対して、「遺憾砲」だけでは全くの無力であり、的を外していると言わざるを得ない。真剣に抑止する意思の発動がない限り、「国民の安全と安心の確保に万全を期す」というのは、虚ろなパロディにしか聞こえない。

「綺麗な手段」の限界

 最も効果的な抑止は相手の嫌がる手段を講じることだ。北朝鮮のミサイル開発を止めようと思えば、資金源を遮断もしくは妨害することが有効だ。既に述べたように、ミサイルの開発・実射の費用は、ラザラスが不正に稼いだ資金に相当する。その事実を踏まえれば、北朝鮮の核兵器・弾道ミサイル開発を阻止するためには、この資金源を妨害・困難化する手段を講じればいいという結論に至る。

 国家がサイバー攻撃を手段として年間数百億円もの窃盗を行っているのであるから、それを困難化できれば世界から感謝されるに違いない。無論、法律上の制約(即ち、できない言い訳)が色々あるだろうが、現実のミサイル脅威に直面して、「国民の安全と安心の確保に万全を期す」という以上、不言実行すべきではないのか。有事前夜において、できない言い訳など国民に対する責任放棄でしかない。法律を改定してでも、さっさと行動すべきだ。

 北朝鮮の最大のアキレス腱は、「厳しい経済制裁とコロナ渦にあって、経済的に相当困窮していて、合法的な手段で外貨を稼ぐことも難しい」状況にあることだ。最大の弱点を攻撃することが最も効果的であるにも拘らず、戦後日本はそのような行動を一切取ってこなかった。

 ウクライナを軍事侵攻したロシアも、ウィグル弾圧を行う中国も、そして弾道ミサイルを50発も発射する北朝鮮も、国際法も国際秩序も平然と無視する専制国家であるという認識のもとに、効果的な抑止手段を講じなければならない。

 回顧すれば、戦後の日本は性善説に立った外交に終始してきたのではなかったか。ロシアによる北方領土問題も、韓国との竹島、慰安婦、徴用問題も、中国の尖閣問題、北朝鮮との拉致問題も、何一つ未だに解決できていない理由は、日本が「綺麗な」手段に拘り、「汚い」手段を忌避してきたことと無関係ではないだろう。この問題を考えるために、興味深い記事二つを引用する。出典は何れも産経新聞である。

核シェアリングを巡る思考停止

 今年3月3日の記事:『核共有 思考停止の危険』と題して、産経新聞編集委員の阿比留瑠比が次のように書いている。

 「2月27日に安倍元首相がフジテレビの報道番組で核共有の議論の必要性を問題提起した。一昔前なら猛烈なバッシングが起きる場面だが、今回はウクライナに対するロシアの暴挙(2月23日に軍事侵攻した)をはじめとする厳しい国際情勢を反映し、冷静な受け止めや議論を歓迎する声も目立つ。その中で、岸田首相は、「政府においては核共有を認めない。議論は行わない。」と述べ、山口公明党代表は「いろんな意見が出てきているが、この三原則をゆるがせにしてはならない。」と述べたことを引用して、二人の否定ぶりが突出している。」

 「平成18年に財務相だった故中川昭一が北朝鮮の核保有宣言を受けて核保有の議論は当然あっていいと述べた時、物凄いバッシングを受けたという。当時中川氏はインタビューに対し、最近は非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)に、言わせず、考えてもいけないを加えた「非核五原則」だと語っている。また米国のローレス元国防副次官が論文で、核兵器の保有には、①日米同盟の信頼性向上、②中国の脅威に対応できることを示す、③北朝鮮などに日本を攻撃すれば自身の崩壊を招くことを理解させるなどの利点があると述べている。こうした現実対応策を政府が議論しないで済ませてよいのか。」

反撃能力を巡る与党の怠惰な議論

 11月26日の記事:「自公両党が反撃能力の保有に向けた議論を開始したと報じた。政府が反撃能力保有の必要性を訴えたのに対し、公明側からは反撃能力の定義や名称についての質問が相次ぎ、議論は来週に持ち越された。これに対し自民党からは「反撃能力の名称や定義を議論している国などほかにない」との危機感が漏れたという。」

 危機に直面して「何ができるか」について小田原評定をしているような国は滅亡すると自覚しなければならない。危機を抑止するために「何をすべきか」を考え、大急ぎで環境を整えて果敢に行動することが政治家の使命である筈だ。

 中露は核兵器大国であり、北朝鮮は核兵器を配備しようと躍起になっている国である。それでも「非核五原則」で行くというのなら、これら専制主義国家の核兵器攻撃から、どうやって国を守るのか、政治家には観念論でなく具体論を国民に説明する責任がある。

 戦略思考とは「国を守り発展させるために、何をなすべきか」と問うことから始まる。これに対してできない言い訳を縷々挙げて「できることしかしない」外交は、NATO(No Action Talk Only)と蔑まれる。露中及び北朝鮮の核の脅威に直面している今、NATO外交を一新して、戦略思考に立って「やるべきことをやる」政治を取り戻さなければならない。

23年前、石原慎太郎の看破

 1999年11月8日の産経新聞紙面『日本よ』の中で、石原慎太郎は次のように述べている。「世界から眺めると、経済の図体はいくら大きかろうと、日本という国の存在感はひどく希薄なものに違いない。なぜなら、日本という国は第二次世界大戦後このかた国家としての自己主張なるものをしたことがない。主張というものの背景には必ず自らの意思決定があるはずだが、それが一向にうかがえない。だから演繹していえば、国家の如何なる戦略も在りえない。特定の友好国の意向に百パーセント従うなどという姿勢はとても戦略とはいえまい。」

 補足するまでもないことだが、自己主張の背景には国家としての意思と戦略目的がある筈であり、自己主張してこなかったということは国家意思と戦略目的がなかったことを意味する。北朝鮮によるICBM発射に対する間の抜けた官房長官談話に加えて、核シェアリングに対する自民・公明両党首の腰砕けの姿勢が、自己主張をしない政治家の姿を象徴しているのではないだろうか。

「戦後」に従属してきたマインドの転換が必要

 さらに今年2月10日の産経新聞紙面の中で、文芸評論家の富岡幸一郎は2月1日に89歳で死去した石原慎太郎に対する追悼記事を書いている。「石原氏のすべての表現活動の根底にあり続けたのは、彼が生きてきた戦後という時代が、国家としての自存自立の矜持を失い、日本人が誇りを忘れ、個人の自我の力強さを持ち得なくなったことへの、強い憤懣と抑えがたい羞恥である。それは戦後の終焉を何度となくうたいながら、現実には今日ここに至るまで日本人自らが戦後に従属していることへの、烈しい苛立ちであった。そこには何ひとつ新しい価値も思想も生まれようがない。時代の真の転換等あり得ようがない。国家を奪われ、経済を失い、そして今や人間すらも消失しかかっている。この国の長い長い戦後に対する最後の反逆者。その果敢なる表現者の死を今は悼むだけである。」

 「戦後の終焉をうたいながら、日本人自身が戦後に従属している」という指摘は、誠に正鵠を射ているという他ない。戦後ずっと真の脅威がなかったと言えばそれまでだが、脅威が本物の危機となった現在、国民が「戦後に従属してきた」マインドを転換し、政治家が戦略を取り戻す以外に道はない。

安倍元首相銃撃事件の真相を考える

明らかになりつつある事実

 事件から既に1カ月が経つというのに、この事件について明らかになった事実は多くない。むしろ事件以降銃撃事件から、旧統一教会と自民党との関係に話題が移っている。本稿では銃撃事件の真相について考えてみたい。

 はじめに明らかにされてきた事実について整理しておきたい。

銃撃

1)7月8日の午前11時半頃、近鉄西大寺駅前で山上徹也容疑者が街頭演説中の安倍元首相を手製の銃で銃撃した。安倍  元首相は心肺停止状態で奈良県立医科大学付属病院に緊急搬送され救命措置を受けたが、17時3分に死亡が確認された。

2)病院での救急治療の後、警察による法医解剖が6時間かけて行われた。

3)警察は事件当日に実況見分を行った。その5日後の7月13日には礼状を取って現場検証を行った。

4)山上容疑者が銃を発射したのは2回である。1回目の銃弾は誰にも当たらなかった。手製の銃は最大6発の銃弾が実装可能だったが、2回の発射で何発ずつ発射したのかは明らかになっていない。2回の発射の間隔は約3秒だった。

5)安倍元首相に命中した銃弾は2発で、1回目の発射後に安倍元首相が左に身を回転させたときに2回目が発射された。銃創は2つ確認されたが、体内から発見された銃弾は1発で右上腕部で骨に当たって止まった状態で発見された。銃弾は直径10センチほどの金属製の球形だった。もう1発の銃弾は法医解剖でも現場検証でも発見されていない。

銃の準備

1)山上容疑者がネットを調べて銃と火薬を作ったと供述しているという。8月6日の青山繁晴参議院議員のブログ(後述)によれば、容疑者が参照したサイトはまだ特定できていない。

2)銃の開発経緯について、毎日新聞が次のように報じている。(7月22日、23日、8月6日記事参照)

①当初旧統一教会の最高幹部を火炎瓶などで襲撃する計画を立てていたが、昨年春頃から特定の対象を狙いやすい銃の製造に切り替えた。

②自宅マンションで銃の製造を始め、奈良市南部の山中で試射を繰り返して殺傷力を高めてきた。

③昨年3月頃から奈良市内のアパートを借りて火薬を乾燥させる場として利用していた。

④安倍元首相襲撃現場で押収された銃は銃身に当たる2本の金属筒をテープで固定した箱型の手製銃で、長さ40センチ、高さ20センチで最大6発を同時に発射できる構造だった。容疑者は目立たないようにバッグに収納できる小型の銃を使用したという。

警護体制

1)現場には十数名の警察官が配備されていたが、もともと後方を警戒する警護員は一人だった。この警護員も「背後の交通量が多いことから、別の警護員の指示で警護員の安全のためガードレール内に配置が変更になった。さらに前方の聴衆が増えて後方には殆どいなくなったため、この警護員は警戒方向を前方に変更した。この結果後方を警戒する警護員がゼロになった。

明らかにすべき不可解な疑問点

この事件には不可解な点が幾つかある。

第一の不可解

 第一は、この事件は幾つかの偶然が重なって起きたことだ。以下の四つの偶然がシンクロナイズすることがなければ、事件は起きなかった可能性が高い。これを単なる偶然として片づけるには、「巧く出来過ぎている」不自然さが感じられる。シンクロナイズさせるシナリオが背後に存在した可能性についても調べるべきである。

①テロリストの存在:旧統一教会に対し復讐する強い意思を持ち、殺傷能力をもった銃を用意して機会をうかがっていた容疑者が存在した

②テロ対象の変化:容疑者の殺意の対象が、旧統一教会から安倍元首相に切り替わった

③街頭演説の変更:街頭演説の場が、前日の午後急遽奈良西大寺駅前に変更になった

④お粗末すぎる警護体制:警護要員は十数名が配置されたが、「あたかも襲撃を誘発するかのように」安倍元首相の背後がガラ空きとなり、不審者を監視する要員もゼロとなった

第二の不可解

 第二は、容疑者の標的が統一教会から安倍元首相に切り替わったことである。産経新聞は8月6日に『世論誘導計算ずくのテロ』と題して次のように書いている。「安倍氏を襲えば統一教会に非難が集まる。山上容疑者はそんな趣旨の供述をした。世論誘導のための殺人、それは冷酷なテロに他ならない。」

 ここで疑問に思うのは、標的を安倍元首相に切り替えたことを容疑者は供述しているが、容疑者単独で思いつくには飛躍があることだ。万一思いついたとしても元首相の殺害という犯行に及ぶだろうか。もしそうであるとしたら、プロのテロリスト並みの冷徹な計算が働いていたことになる。また、そうであるならば、警察の取り調べに対しても冷静で計算づくの供述を淡々と行う可能性が高い。容疑者が自分が利用されたことを認識していない場合を含めて、教唆し支援した人物が背後に居なかったかを徹底的に調べる必要がある。

第三の不可解

 第三は、銃、弾丸、火薬の全てを独りで製造したのか、素人がネット情報だけで実際に殺傷能力を持った銃を作ることができたのかという点だ。要点は5つある。①銃の製造、②銃弾の入手、③火薬の製造、④上記を組み合わせて、実用性を満たす銃の完成、⑤十分な実射訓練の5つである。

 容疑者は火薬の製造について、「ネットで調べた。硝酸アンモニウムや硫黄、木炭などを混ぜて黒色火薬を作った。」と供述しているというが、この発言に対して専門家は致命的な誤りを指摘している。まず、「そもそも原料が違う。硝酸アンモニウムと硫黄、木炭を混ぜても100%燃えない。黒色火薬の原料は硝酸カリウムである。」と指摘する。さらに「火薬の製造方法はネットで調べれば見つかることは事実だが、作り方が分かったからと言って実際にできるかと言えば別問題。それなりの知識や技術を持った上で相当試薬を繰り返さないと、燃えるものは作れない。」という。(※1:ENCOUNT 7/15記事参照、https://news.yahoo.co.jp/articles/

 この不一致をどう理解すべきだろうか。もしネット情報から火薬の製造方法を学び、実際に材料を調達して製造したのであれば、主成分を間違えることはあり得ない。火薬を乾燥させる場として自宅マンションとは別にアパートを借りていたというが、必要な材料と作り方を、或いは完成品を誰かが提供した可能性を否定すべきではないだろう。もし①から⑤を全て、試行錯誤を繰り返して独りで製造したのであれば、それを裏付ける物証が残っている筈である。

第四の不可解(最大の疑問)

 第四は、2発の銃弾の経路と消えた弾丸に関わるものだ。青山繁晴参議院議員はブログの中で「犯行計画から法医解剖に至るまで、容疑者が一人で実行した」という仮説には矛盾はないという趣旨の発言をしている一方で、法医解剖を行った警察側と救急治療を行った病院側との間に食い違いがあることを認めている。

 青山議員は自民党のテロ対策特別委員会における警察庁からの報告と質疑応答を踏まえたご自身の見解を、7月27日にユーチューブ「ぼくらの国会第375回」で報告している。さらにその後の警察庁からの報告を踏まえて、8月6日に「ぼくらの国会第378回」で報告を更新している。

 青山議員が述べている食い違いは、心臓の損傷の有無に関わるものだ。7月8日銃撃当日の記者会見において、病院の福島教授はこう述べている。「前頸部に2カ所の銃創があり、その傷の深さは心臓に達し、心室に穴が開いた状態だった。心臓の傷自体は大きなものがあった。」

 これに対して法医解剖を踏まえた警察の見解では「心臓に傷はなかった。」という。双方共にプロであるにも拘らず、こんな食い違いは起こり得る筈がない。心臓が救急措置の最重要臓器であり、実際に手術を指揮した人物の発言であることを考えれば、病院の見解の誤りは考えにくい。むしろ警察の見解には「心臓の損傷を隠したい」意図があると考える方が自然である。

 しかしこれ以上に重大な食い違いがある。それは銃弾がどこから入り、どの経路を通ったかに関わるものだ。この食い違いは極めて重要である。何故なら、銃撃時の安倍元首相と容疑者の位置関係、容疑者に対する安倍元首相の姿勢と、弾丸の経路が一致するかどうかに関わるからである。もし一致しなければ、銃撃の犯人はもう一人いることになる。

 警察から報告を受けた青山議員は動画ブログの中で、「1回目の銃撃の直後、安倍元首相が体を左にひねったときに、2回目の銃撃があり複数の銃弾が発射され、その内の1発は左肩から入って右の首から出た。もう1発は左首から入って右上腕部の骨に当たって止まった。」という趣旨の発言をしている。つまり命中した2発とも体の左側から入って右側に進んだとの理解に立っているのだ。もしそうであれば、容疑者が撃った弾道と整合する。

 一方7月8日の記者会見で、福島教授は「前頸部の真ん中のところと少し右の2カ所に銃創があった。」と述べて、手振りで「右鎖骨上から左下心臓の方向へ」を示して、左肩の前部に確認された射出口から1発の弾丸が体外に出たのではないか」という見解を述べている。もう1発の弾丸については「貫通した跡はない」と述べ、銃弾は2発とも「手術中に体内では見つかっていない。」と述べた。つまり少なくとも弾丸の1発は、右鎖骨上から左下の心臓方向に向かって進んだと理解しているのである。

 以上をまとめると、検死を行った警察の見解と救急措置を行った病院の見解には、①心臓の損傷の有無、②1発の銃弾の経路、③体内に残された銃弾の数に関して正反対という程の食い違いがあることになる。福島教授の発言は、5時間以上も救急措置に専念された直後のものであること、かつ検死目的に立って損傷を確認したものではなかったことを勘案すれば、銃弾の経路について多少のあやふやさが残るのはやむを得ないと考えられる。

 一方6時間もの時間をかけて検死を行った警察には、確認した事実に対する正確な説明が求められるのは当然である。従って、両者の立場と役割の違いから、多少の食い違いは起こり得ると考えられる。それにしても、警察は2発共に同じ左首から入って右に進んだとしているのに対して、病院の見解はその逆に「首の付け根の右側から入って左下に進んで心臓を貫通した」というものであり、銃弾の進路が逆なのである。

 致命傷となる銃撃を受けた時に、安倍元首相は実を左に回転していたのであり、左から入って右に進んだ弾丸は山上容疑者の発砲と整合するが、右から入って左下に進んだ弾丸は安倍元首相の右手の安倍元首相よりも高い位置にいた別人による発砲となる。単刀直入にいえば、警察の見解は容疑者単独犯行を裏付けるものであるのに対して、病院の見解はもう一人の狙撃犯の存在を示唆するものといえる。

総括

 以上、公表された情報をもとに総合的に考えると、ローンウルフの犯行と断定するには無理があるように思える。警察と病院の見解の違いは、どちらかに嘘があることを示唆しており、むしろ背後にシナリオが存在することを暗示する結果となっている。

 要人警護体制の不備に批判が集まっている。要人警護の不備は一言で言えば、銃器による襲撃を想定していなかったことに尽きると思うが、これを「現場の警察が平和ボケだった」と断じるとすれば、平和ボケだったのはここに留まらないことを指摘しておきたい。

 激変する世界において最も影響力の大きい政治家の一人だった安倍元首相に対する暗殺の脅威は、国内に留まらない。殉職者が安倍元首相であったが故に、この事件を単純に国内の警察事件という枠内で捉えるとしたら、その前提は誤っていると考えるべきだろう。今回の事件は上述したように幾つかの不可解な疑問点が未解明のまま残っていて、国際レベルのプロの組織の関与の可能性が残っているように思える。そうであるとすれば、今回のテロ事件に対し、警察だけで対処すること自体が平和ボケそのものだと認識すべきではないだろうか。好むと好まざるとにかかわらず、今我々はそういう時代を生きているのである。

ユートピアン政治に決別せよ

電力逼迫危機は何故起きたか

 電力不足が深刻な事態となってきた。政府は7月1日を起点とし9月までの三か月間を「節電要請期間」として、家庭や事業者に対し数値目標を設けない節電要請を行った。東京都心では7日連続の猛暑日を記録し、伊勢崎市では40度を超えた猛暑の中で政府が節電要請をしたことは異常事態という他ない。

 夜間はもとより雨天には発電できない太陽光発電には、ベースロード電源にはなり得ない致命的な欠陥がある。加えて、東電によれば、太陽光発電の発電出力は日射量によって変動し、予測に対して150万KW程度増減するという。これでは電力が逼迫するほど、乗り切れるかどうか予測できないことになる。今回の電力逼迫危機で明らかになったことは、気温がピークとなる午後にエアコン需要も発電量もピークとなるが、需要が日没以降も続くのに対して、発電量は太陽が傾くにつれて減少するために夕方の時間帯に需給が逼迫するという、太陽光発電に固有の弱点だった。

 7月から9月までということは、暑い夏に冷房使用の抑制を国民に強いることになる。こんなことではエアコン使用をためらう高齢者や弱者にしわ寄せがゆき、熱中症による死者を増加させかねない。さらに政府の期待どおり無事に夏を乗り切ったとしても、厳冬期には暖房使用が増えるため、抜本的な対策を講じなければ1月~3月に再び節電要請ということになりかねない。このままでは年間の半分の期間で節電を強いられる異常事態となるだろう。政府は一体冬までにどのような抜本的対策を講じるつもりだろうか。

 これは異常気象故の天災なのか、それともウクライナ戦争がもたらした不可抗力なのか、それとも人災か。答えを先に言えば、これは政府のエネルギー政策が根本的に誤っていたことによる人災、政府の不作為の罪がもたらした災害である。

 原因は、再生可能エネルギーと脱炭素の推進、原発再稼働に関わる政策の誤りにある。参院選の自民党の標語は、総論として「決断と実行 日本を守る 未来を創る」であり、各論として「強力で機動的な原油高物価高対策で国民の生活と産業を守る」となっている。現状の電力逼迫危機から見れば、明らかな看板倒れ過大広告ではないか。厳冬期に危機が再来しないよう、抜本的に解決する対策を決断し断固として実行してもらいたい。

 2011年3月の福島原発事故から11年が経過した。これまで16原発27基が新規制基準に基づく原子力規制員会の安全審査に申請したが、再稼働に辿り着いたのは6原発10基に留まっている。東日本では1基の原発も再稼働していない。原発の再稼働に待ったをかけている障害が二つある。第一は原子力規制委員会の暴走であり、第二はそれを黙認している政府である。

 7月4日の産経新聞に「原発活用を首相は決断を」という題で櫻井よしこが寄稿している。要点を紹介しよう。現在原子力規制委員会は、活断層と特定重大事故等対処という、世界でどの国も適用していない厳しすぎるハードルを設定して再稼働を阻んでいる。まず地震対策では、重要設備の下に12~13万年前以降に活動した活断層がないことの証明を求めている。しかも周囲の地層を調べても活動性が不明な場合には40万年前以降まで遡って検討することを新たに要求している。

 日本列島に縄文人が住み着いたのは今から3万5千年ほど前である。現実の政治の問題として考えるとき、一体12万年前まで遡る必要性は何処にあるのだろうか。すべからく政治問題は、政治の責任としてリスクと国民負担のコストの費用対効果で判断すべきであって、専門家の役割は的確な判断材料を提供することにある筈だ。

 さらにテロ対策では、大型航空機がハイジャックされて原発に突っ込む事態を仮定して、複数の非常用発電機、水源としての巨大プール、緊急炉心ポンプ等の設備を分厚い鉄筋コンクリートで囲まれた地下深くの要塞に設置することを要求している。世界同時多発テロが起きたアメリカですら、ここまで過剰な対策は要求されていないのだ。費用は1千億円相当かかると見積もられていて、それが実現した場合には全て電気料金に上乗せされる。

 原子力規制委はさらに、要求する5年以内にテロ対策工事を完了できない場合、運転停止を命じている。その結果再稼働した10基も相次いで運転停止に追い込まれているのである。ここまでくると原子力規制委員会の暴走という他ない。一体誰がこのような理不尽な特権を与えたのか。

高騰を続ける電力料金のからくり

電力料金が高騰しているが、現在電力料金は次の式から算定されている。

 1か月の電気料金=基本料金+電力量料金+再エネ賦課金

 電力量料金=(電力量料金単価±燃料費調整単価)×1か月の使用電力量

・再エネ賦課金:正確には、「再生可能エネルギー発電促進賦課金」再エネ電気を電力会社が固定価格で買取る分を利用者から徴収する費用。再エネ賦課金単価は、毎年国が決定する。

・燃料費調整単価:原油や液化天然ガスの調達価格に応じて行う補正で、電力各社が申請し経産省が審査し認可する。認可額の1.5倍まで値上げが可能である。

 7月1日のZAKZAKに「電力逼迫、政府の”錯乱”が止まらない!」と題した記事で、ジャーナリストの有本香が「世界一高い電気代を払わされ、野放図に拡大される太陽光や風力発電(再エネ)の対価まで負わされたうえに、電力逼迫。一体何の罰ゲームかと気づく国民が増えた。」と書いている。

 これは政府の不作為による人災であると書いた。そう断言する理由は三つある。第一は「再エネ賦課金」で、再生エネルギー推進のコストを電気料金に上乗せしていること。第二は、福島原発事故以降ハードルを次々に上げて原発再稼働を阻止し続けているために、代替発電として化石燃料の輸入額が増大していること、そして第三は円安である。

 原発忌避については『原発忌避からの脱出』に書いた。円安については『円安から日本を考える』に書いたので、そちらを参照していただきたい。

日本を弱体化させるエネルギー政策を転換せよ

 再生エネルギーの促進を決めたのは、東日本大震災が発生した2021年の民主党菅直人政権である。以下は7月2日の産経抄からの抜粋である。「菅の顔を見たくないなら、法案を通した方がいい。当時の菅直人首相が進退をほのめかしてこう述べ、太陽光など再エネ発電を、電力会社が買い取る特別措置法の成立をごり押しした。その結果、電気代に上乗せされた≪再エネ賦課金≫はどんどん高くなって家計を圧迫し、反対に電力供給は弱体化した。天候に大きく左右される再エネ発電が増加すればするほど、国民の賦課金負担も膨らみ続ける制度はまともではない。」当然の指摘である。

 「歴代最悪の総理大臣」と称された菅元首相の暴言について、今さら評するつもりはないが、問題は、その後に政権を奪還した自民党が未だに「まともではない特別措置法」を改定していないのは何故かということだ。原子力規制委員会の暴走による日本の弱体化を止めるのも政治の責任である。欠陥のある法律やしくみはさっさと改定するダイナミズムが政治に欠落している。政府には「決断と実行、日本を守る」の公約を速やかに実行してもらいたいものだ。

 7月3日の産経、日曜経済講座『東日本大停電を警戒せよ』の紙面で、論説副委員長の井伊重之は以下のように書いている。「深刻な電力不足を招いたのはこれだけではない。政府が推進した電力自由化と脱炭素で、老朽化した火力発電の稼働率が下がって採算が悪化し、一昨年度には1600万KWの火力発電が休止に追い込まれた。東日本大震災後、全国で原発が稼働を停止する中で、火力発電が主力電源として使われている。昨年度の火力発電比率は7割を超える。その火力発電の供給力が脱炭素で弱体化し、電力不足に拍車をかけている。こうした構造的な要因を改善するには、政府が政策の失敗を率直に認め、電力市場を再設計する他ない。」誠に、このとおりだ。

 国際情勢の変化に合わせて安全保障政策を変えなければ安全が脅かされるように、エネルギー政策を転換しなければ日本は貧しくなる一方だ。

専制主義国家とのビジネスリスク

 プーチン大統領は6月30日、「サハリン2」の運営会社サハリンエナジーの資産を、ロシアが新たに設立する運営会社に移管する大統領令に署名した。出資する外国企業が条件に同意しない場合は持ち分の株式を売却するとしており、日本の商社はロシア側が提示する条件に従って株主に留まるか、それが嫌なら撤退するか二者択一の決断が迫られている。明らかにウクライナ侵攻に伴う対露制裁に対する報復措置である。ちなみにサハリンエナジーの株式は、露国営のガスプロムが50%、英国のシェルが27.5%、三井物産が12.5%、三菱商事が10%を保有しているが、シェルは既に撤退を表明しているので、これは日本企業を狙い撃ちした嫌がらせである。

 サハリン2のガスは約6割が日本向けで、ロシア産は日本が輸入する液化天然ガスの8.8%であるという。岸田首相はサハリン2から撤退しない方針を示してきたが、日本の権益の行方は不透明になった。輸入を日本側の判断ではなくロシアの意思で止められる恐れが出てきたからだ。政府にはロシアの脅しに動揺しない毅然とした判断を望みたい。

 ウクライナ戦争が突き付けた冷酷な事実は二つある。一つは世界的なエネルギー高騰と食料危機だ。もう一つは専制主義国家は国際法を無視するだけでなく、国家間の契約を一夜にして反故にするということだ。サハリン2は日露間のリスクがウクライナ戦争で顕在化した事例だが、プーチンは今後さらなる揺さぶりをかけてくるだろう。

 ロシアによるウクライナ侵略という理不尽な行動に対して、岸田首相はG7やNATO首脳会議において、民主主義国家間の連携を強化する意思を鮮明に打ち出した。そのことや良しだが、同時に言葉だけでなく、おカネの貢献だけでもなく、行動で示す局面が今後具体化してゆくだろう。そして専制主義国家とのビジネスリスクはやがて日中間で顕在化することが予測される。

リアルポリティクスに回帰した欧州

 ウクライナ戦争が起きて欧州各国は安全保障政策とエネルギー政策を大転換している。ロシアにエネルギーを大きく依存してきたドイツはこれまで脱炭素運動の先頭を走ってきたが、ロシア産天然ガスの供給が減少する事態に備えて石炭火力発電の拡大を打ち出した。英国は今月中旬EVなどに対する補助金を廃止することを決めた。

 さらにウクライナ侵略戦争で世界は原発推進に回帰しつつある。フランスは全発電量の7割超を原発で賄っている国であり、ウクライナ侵攻がもたらしたエネルギー危機による影響は最も軽微だが、新たに最大14基の欧州加圧水型炉の建設を決定した。英国も最大で原発8基の建設を決めた。世界で原発を稼働させ、今後も原発を活用する国は25ヵ国、新たに原発を導入する国はインドネシア、トルコ、ポーランドなど14ヵ国に上る。

リアルポリティクスへ転換せよ

 電力逼迫がここまで深刻化すれば、電力政策を再設計する他ない。繰り返すが現在の惨状は天災でも不可抗力でもなく、政府のエネルギー政策の誤りが原因の人災である。日本政府は世界のムードに乗って、再生エネルギー推進にのめり込み、東日本大震災が起きて原発忌避に走り、脱炭素では殆ど実現する見込みがない目標を掲げてきた。今回の電力逼迫危機は正に理想を追いかけて現実を犠牲にするユートピアン政治が招いたエネルギー危機である。ウクライナ侵略戦争が起き、電力危機が顕在化した今こそ、国益を損なうこれまでのユートピアン政治に決別し、しぶとくなりふり構わず国益を追求するリアルポリティクスに転換すべき時なのだ。

 『有事の総理大臣①経済』に「1995~2020年間に日本はGDP成長においてアメリカの1/3に貧しくなった」と書いた。かつてはジャパン・アズNo.1と言われた日本だが、現在は凋落が著しい。その原因は何処にあるのか。その一つは難題に挑戦しなくなったことにある。

 『原発忌避からの脱出』で既に書いたように、東日本大震災が起きた後の日本の進路は二つあった筈だ。すなわち「原発は危険だからもうやめよう」という道と、「ならば暴走しない原発を世界に先駆けて開発しよう」という道の二つである。「暴走しない原発」の開発は、福島原発事故を起こした日本が、そして科学技術立国を目指す日本こそが、率先して取り組むべき挑戦だった筈だ。しかし政治は国際社会と国民の感情的反応に忖度した結果、原発忌避の道を選んだ。その結果が、現在進行中の電力不足危機として現れたことを認識し反省すべきだ。

 日本は石炭火力で世界最高の環境技術を保有しており、それを新興国に提供することで地球温暖化の防止に貢献することができる。『原発忌避からの脱出』にはこう書いた。「日本原子力研究開発機構が次世代の原発である高温ガス炉の開発に成功した。この原発は、構造上大型化には不適で小型モジュール炉に適し、原理的に炉心溶解事故を起こすことはなく、冷却に水を使わないことから、内陸でも使用可能という優れた特長を有している。高温ガス炉技術では日本が世界の先端を走っている。」と。

 原子力規制委が特定重大事故等対処で、確認されて再稼働した原発10基を運転停止に追い込んでいるために、燃料費の負担額は年に7200億円規模に上っているという。これは全て国民と産業界の電気料金に上乗せされる。櫻井よしこは、「規制委の更田委員長は運転停止による経済的停止による経済的影響や社会的な影響は一切考慮しないと公言するが、それで済む問題ではない。ここで政治が任命権者としての監督責任を果たさずしてどうするのか。米国には原発の専門家集団で構成する原子炉安全諮問委員会(ACRS)が規制の適正化に眼を光らせている。首相は国会に専門家組織としての日本版ACRSを設置し、規制委に対する政治の責任を果たすべきだ。」と結んでいる。

 誠にそのとおりだ。問題は科学論争ではなく、国民生活に直結したリアルポリティクスの問題だからだ。如何なる困難に直面しても道は常に二つある。楽な道と困難な道だ。明るい未来は常に難題に挑戦してそれを乗り越えてゆく先にしかないことを改めて肝に銘じるべきだ。日本をこれ以上貧しく弱くする政治はもうごめん被りたい。

コロナ・パンデミックを巡る疑問

コロナの最初の患者が武漢で確認されてから、既に2年半が経過した。5月19日現在で、世界全体の感染者数は5億人 を超え、死者は600万人を超えた。正しく世界レベルのパンデミックとなったが、新たな変異株が発生するたびに感染力は強まる反面、毒性は弱体化してきた。症状だけ見れば、普通の風邪と変わらないところまできた。

率直な私見を述べれば、「コロナは症状として普通の風邪と変わらないところまで弱体化した。従って、今後は政府としては関与しないので、国民においては自己責任で対処していただきたい。」というメッセージを政府が発表して、「コロナ終息」宣言を行えば、日常を取り戻すことができると確信するのだが。

コロナ・パンデミックについては、不問にできない幾つかの疑問点が残ったままである。代表的なものを以下に整理した。以下、(W)は世界レベルの、(J)は日本政府の対策に関わる疑問を示す。

W1:世界レベルの疑問の第一は、コロナウィルスの発生起源は結局どこだったのかという点だ。考えられる可能性として、①自然発生による、②武漢研究所から過失によって漏出した、③人為的にばら撒かれた(つまり、バイオテロ)の三つがある。武漢で最初の患者が確認されてから、中国が世界に感染症発生を公表するまで40日以上の空白があったことも、この間に春節による民族大移動があり、それが世界へ感染を拡大させたことも否定できない事実である。もし自然発生によるものであったなら、中国政府が「意図的に」公表を遅らせる理由はなかったはずだ。従って、疑問の答えは②か③の何れかである。

W2:疑問の第二は、なぜ世界各国で一斉にロックダウン(日本では緊急事態宣言)を行ったのかという点だ。考えられる理由の一つは、未知のウィルス故に各国が厳しい対策を講じたというものだ。あるいは、各国政府がW1でバイオテロを想定して、有事事態対処として厳格な対策を講じたというものだ。

W3:疑問の第三は、バイデン大統領が2021年9月9日に「米国民1億人に対してワクチン接種を命令する」大統領令を発動している点だ。何よりも自由を重んじる国で、なぜ「強制」策をとったのだろうか。接種の対象となっているのは、連邦政府職員、軍人、政府関連業者に留まらず、従業員100人以上の民間企業社員にまで及ぶ。

この大統領令に対しては、共和党の知事26人が大統領令を無効とする知事令を出している。また各州で訴訟が起こされて、「連邦政府にはワクチン接種の義務化を命令する権限はない」という判決が相次いで出された。本件については日本貿易振興機構(JETRO)が詳しく報じている。

・「バイデン米大統領のワクチン接種義務化拡大にほとんどの共和党知事が反対」、  https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/09/ec142574fdeb9bf5.html
・「米連邦巡回控訴裁、従業員100人以上の民間企業に対するワクチン接種義務化を一次差し止め」、https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/11/1affdcbed21ee923.html

次に日本政府がとった施策に関する疑問点は以下のとおりである。

J1:疑問の第一は、世界でのワクチン争奪戦に参戦するかのように、日本政府がファイザーとモデルナのワクチン導入を早々と決めたのはなぜかという点だ。当時はまだ人類初の遺伝子ワクチンは治験段階だったにも拘わらずである。米国と同様に特例措置を講じてでも、一気呵成に国産ワクチンの開発を優先しなかったのはなぜだろうか。

以下は、産経新聞が2021年6月27日~29日に掲載した特集記事からの引用である。

①ファイザーやモデルナが実用化したのは遺伝子ワクチン(mRNAワクチン)であり、主成分の遺伝物質mRNAは人工合成が簡単で、短期間で大量生産が可能である。米国は通常5~10年かかる臨床試験と審査の過程を同時並行させることなどを容認して、前例のない驚異的なスピードでワクチン開発を推進した。

②日本では5月13日に「改正医薬品医療機器法」が成立したが、改正前には、海外当局が認めた医薬品を早期承認できる特例承認制度があった。日本はこの特例措置に基づき承認した。

③アメリカ政府は2020年5月に打ち出した開発計画「ワープ・スピード作戦」で、1兆円規模の予算を投じた。一方、日本では複数の補正予算を合計して、「ワクチン開発などに3千億円以上」を投じている。

J1の理由としては、日本政府には「感染症は有事、ワクチンは国防手段」という認識が希薄だったことが考えられる。あるいは、バイオテロや感染症を対象とした有事法制が存在しないために、通常のできる範囲の対処しか取れなかったのだという解釈も成り立つ。

J2:日本にはノーベル生理学・医学賞を受賞した、大村智教授が開発したイベルメクチンという治療薬があり、効果が判明していたにも拘わらず、なぜワクチン開発と同時並行で最短で認可しなかったのだろうか?

ワクチンであれ治療薬であれ、絶大な効果があり副反応がないという完璧な薬は存在しない。日本政府は緊急事態であるからこそ、海外で開発されたワクチンを特例措置で認可したのである。それと同時に国産の治療薬の認可をなぜ同時に進めなかったのか?本件については、何か政治的な判断が働いて、世界初の遺伝子ワクチンを優先し、効果と安全性が判明していた治療薬を後回しとした疑惑を否定できない。

J3:2020年当初はともかく、現在ではコロナウィルス感染の症状や毒性はインフルエンザ以下との評価が定着してきたにも拘わらず、なぜ政府は未だにウィルスの感染症分類を「2類相当」に据え置いているのだろうか。インフルエンザやはしかが「5類」で、交通の制限も、無症状感染者への適用も、入院勧告も、就業制限も不要で、医師への届け出も「7日以内」となっているのに対して、コロナウィルスは「2類相当」であるために、無症状感染者への適用、入院勧告、就業制限の対象となっているのだ。

シカゴ在住でアメリカの現状について講演活動や情報発信をしている山中泉が、『アメリカの崩壊』(方丈社)という本を出版している。著作の中で、山中はコロナに関する疑問点について以下の指摘を行っている。

A1:アメリカ国立衛生研究所(NIH、National Institute of Health)の下部機関に、国立アレルギー感染症研究所(NIAID、National Institute of Allergy and Infectious Diseases)がある。その所長を務めるのがファウチ博士である。武漢でコロナウィルス患者が発生する以前に、NIAIDから民間会社を経由して、武漢ウィルス研究所に「ウィルスの機能獲得実験」の目的で多額の研究資金が提供されていたことが明らかになっている。この点は2020年当初から、複数の有識者が指摘してきたことである。

A2:一部の「権威ある」医学雑誌、主流派が支配するNIHは、ファイザーなどの巨大製薬企業との極めて親密な連携が確認されている。ズバリ言えば、ワクチン開発にはNIAID、巨大製薬会社、医学界を巡る巨大な利権構造があり、そのトップに居るのがファウチ所長である。

山中泉は、「ワクチン3社(ファイザー、ビオンテック、モデルナ)のコロナ用ワクチンの税引き前利益は2021年度340億ドルに達した。世界の最も豊かな国の政府を相手に法外で巨額の利益を上げた」と指摘する。

ワクチンの価格について日本政府が支払った総額は不明だが、最初の調達分6億8400万回分で1兆6685億円であったという。(KYODO、2021.8.27)総額は2兆円を超えているのではないだろうか。

本件については、創薬研究者である「ノブ」氏が、自身のブログに以下のように書いている。ファイザーのアルバート・ブーラCEOがSNSへの投稿で「ワクチンの価格はTiered Pricing(段階的な価格設定)で決められていて、裕福な国は持ち帰り用の食事代程度の負担で購入し国民に無料で提供する。中所得国にはその半額程度、低所得国には原価で提供する、最も貧しい地域の多くは寄付によって接種を受ける。」と述べたことを紹介している。その上で、「これは世界中にあまねくワクチンを提供するために必要なことだと思う。」と付け加えている。

Tiered Pricingの考えは良しとしても、国産のワクチン開発他に投じた資金が3000億円であるのに対して、海外のワクチン取得に2兆円を投じた事実をどう評価するかだ。

山中泉は、さらに、次の点を指摘する。

A3:ワクチン接種義務化と、ワクチンパスポートを持たせる流れを作り「デジタル社会信用システム」を進め、その後全人類の完全なコントロールを目指す動きがある。世界の支配者層ともいえる世界経済フォーラムの主催者達とこれに参加する各国首脳と大企業の経営者は、今後の世界秩序を意図的にデジタル社会信用システム社会に移行させようとしている。

以上を総括すれば、世界レベルの疑問の内、W1とW2についてはA1とA2が、そしてW3についてはA3がその背景にあると思われる。

一方、日本政府に関わる疑問点については、暗黙のものも含めて、外部から相応の圧力が加わった可能性が考えられる。

たとえば、カーボン・ニュートラルで、菅前総理が国際社会に対して実現することが相当困難なコミットメントをしてきたように、それが正しいかどうかに拘わらず、その流れには逆らえない時代の潮流ともいうべき国際社会の動きがあることは事実なのだろう。

J2について山中泉は、「簡単な話だ。どんなにいい薬があって人類が救われるとしても、それでは儲からない人たちがいるからだ。」と指摘する。

それにしても、感染力は強いものの毒性は普通の風邪と変わらないウィルスに対して、人類初の遺伝子ワクチン(mRNAワクチン)のリスクが検証されていない段階で、2回、3回、さらには4回と、しかも子供達にまでワクチン接種を進めてきたことに対する疑問は払拭されていない。

J3については、早い段階から指摘されていたにも拘わらず、「5類」への見直しを先送りにしてきたことは事実である。現在に至るまで感染者数の推移ばかりが執拗に強調されてきたが、症状がインフルエンザと同等以下、もしくは通常の風邪と変わらないことがはっきりした時点で「2類相当」から「5類」へと定義を見直して、ワクチンから治療薬へと対策を転換すべきだったと考える。

山中泉が指摘するようにパンデミック発生からウィルス接種に至る一連の騒動の背景には、A3のシナリオの存在が垣間見える。2022年1月に開催された、ハーバード大、スタンフォード大、カリフォルニア大等の感染症や疫学等の12人の教授たちによるウェビナーにおいて、複数の研究者がA3を指摘していたという。

世界は常に大きな次世代のビジネスのテーマもしくは経済成長の物語を求めている。「世界経済フォーラム(ダボス会議)」が、その物語を世界に宣伝する場となっている。一方で、気候変動、脱炭素、パンデミックとワクチンなど、地球規模のテーマはどこまでが真実で、どこからが創作された物語なのか見分けるのが容易ではない。

一つ確実なことは、政府やダボス会議が主張する政策が常に正しいと考えるのは危険だということだ。何れにしても、我々は真偽を判別する情報リテラシーが求められる時代に生きていることは間違いない。

戦後スキームのイノベーション

ウクライナ危機の原因

 ウクライナ情勢が緊迫度を高めている。原因として言われていることは、ソヴィエト連邦が崩壊した1989年の「線引き」問題である。ここでいう「線引き」とは、国境をまたいで在ウクライナのロシア系住民と在ロシアのウクライナ系住民とが存在することをいう。

 しかしもっと本質的な理由が存在する。それは、NATOとロシアの地政学的関係という、もう一つの「線引き」問題である。ソヴィエト連邦崩壊後に、旧東欧諸国がEUとNATOに相次いで参加したことにこそ原因がある。そもそもNATOは1949年に12ヵ国でスタートしたのだが、それがソヴィエト連邦崩壊後には16ヵ国になり、現在は30ヵ国にまで拡大している。さらにウクライナとジョージアの参加が話題に上っている。

 ウクライナはロシアと並んでソヴィエト連邦の軍事力を二分した国である。もしそのウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアは巨大な軍事力を持ったNATO軍と国境を挟んで対峙するという悪夢に直面することになる。

 ロシアの隣国にはNATOとの緩衝地帯を作りたいプーチン大統領からすれば、ウクライナのNATO加盟は「冗談ではない。断じて容認できない。」ということになるだろう。ただし、現実は自由民主主義国を目指す国々が多いということであり、ロシア型の専制国家が敬遠されていることに他ならないのだが。

 それはともかく、つまりプーチン大統領が提起したウクライナ問題の主題は、ソヴィエト連邦の時代(冷戦期)は32年も前に終結したにも拘らず、その後NATOが拡大・東進を続けている現状にある。

 フォーン・アフェアーズ(Foreign Affairs)の1月17日の電子版に、「NATOは門戸を閉じるときだ(Time for NATO to Close Its Door)」という論文が掲載された。著者は米カソリック大学(the Catholic University of America)の歴史学の教授で キメージ(Michael Kimmage)という人物である。

本質はNATOというスキーム

 1989年末にそれまでNATOが敵視してきたソヴィエト連邦が消滅し解体したのだから、本来なら10年程の時間をかけてNATO体制のイノベーションをすべきだったのだ。今回のウクライナ危機はそれを放置してきた結果、ロシアの我慢の限界を超えて顕在化したとみるべきだ。

 すなわちウクライナ問題は、ソヴィエト連邦崩壊という本震の余震と捉えるべきであり、ウクライナ問題を戦争に発展させることは時代に逆行するものとなり、解決にはならない。

 マクロン大統領がプーチン大統領にどういう提案をしたのかは知る由もないが、もし「軍事的にではなく外交努力によって問題を解決する」ことを目指すのであれば、その外交的手段にはNATOの再定義が盛り込まれるのでなければ意味がない。

放置されてきた戦後スキーム

 その視点に立って視野を拡大してみよう。同様に考えると、現在の台湾危機には第二次世界大戦(WW2)終結時の線引き問題が、北朝鮮危機には1950年の朝鮮戦争終結時の線引き問題がそれぞれ背景に存在している。北方領土問題も同じだ。

 現在日本周辺で深刻化しているこれらの危機の何れもが「戦後スキーム」を放置してきた結果であり、そう考えると、解決するためには戦後スキームを現時点で見直す何らかのイノベーションが必要となることが分かる。

 もし台湾問題が軍事衝突に発展するようなことがあれば、それは時代錯誤でしかない。日本にとって台湾は隣国であり、安倍元総理が「台湾有事は日本有事である」と述べたように、日本は台湾問題に対し傍観者ではいられない。一方日本にとってウクライナ問題は欧州の遠い問題に見えるが、以下に述べる二つの理由から、日本はウクライナ問題の解決に主体的かつ積極的に関与・貢献すべきなのだ。一つはウクライナ問題が台湾有事に連動する可能性があること、他一つは中国による軍事的侵攻を封じ込めることが日本にとって死活的な命題であることだ。

 日本は軍事力を背景とする国際問題への関与はできない。だからと言って、日本はアメリカから要請されたからEUに天然ガスを支援するというような、従属的で小間使いの役割に甘んじるべきではない。中国に台湾侵攻を起こさせないためにもウクライナ問題の外交的解決に日本は関与すべきなのだ。

 ウクライナ問題が戦争に発展することを阻止しなければならない。一般論としてそのとおりであるが、敢えて日本の国益と戦略の視点からも、日本は主体的に戦争阻止のための外交を行うべきである。理由は二つある。

 一つはもしウクライナ問題を外交的に平和裏に解決できるなら、その成果は台湾問題が戦争に発展する強力な抑止力として利用できるからである。他一つは、ウクライナ危機は冷戦崩壊時の、台湾有事と北朝鮮問題はWW2終結時の「線引き」に原因があるからである。

戦後スキームのイノベーション

 安倍前総理は首相をめざした頃から、「戦後レジームからの脱却」を唱えていた。「戦後レジーム」が日本の国内問題だけだったのかどうかは分からないが、終戦後76年が過ぎているにも拘わらず、国内問題として戦後レジームを解決することの目途は立っていない。そうであるならば、発想を転換して、「国際問題としての戦後レジーム問題」の解決に主体的な関与・貢献をする過程で合わせて国内問題を解決することが賢明ではなかろうか。問題が戦争一歩手前の危機にまで高まっている今こそ千載一遇の好機ではないだろうか。

 ただし解決するためには、「戦後スキームのイノベーション」が必要となる。国内問題も国際問題も戦後レジーム問題を解決することは、スキームのイノベーションを行うことを意味する。プーチン大統領は戦争も辞さないという布陣でイノベーションの断行を西側に迫っているのである。

 台湾有事や朝鮮半島問題は無論のこと、北方領土問題も、拉致問題も、相手が好意的に動いてくれるのをひたすら待つという姿勢では、この先何年たっても解決できないだろう。そうではなくて、難題を解決するためには、何れもが相手国との国益を賭けた戦略ゲームなのだとの認識に立って、攻めるカードを次々に切るという外交が求められる。

 「専守防衛」というマインドでは、これらタフな国を相手国とする国際問題を解決することはできないことを、日本は改めて肝に銘じ、戦法を転換する必要がある。

米退役軍人将官、憂国の告発

憂国(アメリカの現状)

 退役軍人将官124名が2021年5月に公表した公開書簡は、「我々の国家は危機に瀕している」という憂国の書き出しから始まっている。(https://www.armstrongeconomics.com/wp-content/uploads/2021/05/2021)

 書簡は直面する危機について次のように説明している。

≪2020大統領選挙はアメリカ建国以来最も重要な選挙だった。民主党が社会主義者とマルクス主義者を受け入れた結果、現在は1776年の建国以来アメリカが継承してきたConstitutional Republic(憲法に基づいて市民が政治家を選ぶ民主主義体制)の存続を賭けた戦いの中にある。それは、憲法が定める自由(始めからある自由Freedomと自ら獲得する自由Liberty)を支持する者と、社会主義やマルクス主義の支持者との戦いである。≫

 アメリカ大統領選において国家ぐるみで憲法違反の不正が堂々と行われたことについては、既に多くの識者が指摘しているが、ここでは元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫による著書(※)を参照して要点を整理しておこう。

 2020大統領選でトランプが獲得した票は、CNNの公表値でバイデンが約8000万票、トランプが約7400万票だった。これが真実ならば、合計は約1.5億人となり、投票資格のあるアメリカ市民は約2億人であるから、投票率は約75%だったことになる。一方、過去の投票率は約60%であったので、投票率が従来と同等だったと仮定すると、投票総数は約1.2億人だったと予測される。反トランプの大手メディアの公表値で、トランプが7400万票獲得したのであれば、バイデンが獲得したのは4600万票となり、実際は8000万対4000万位でトランプが圧勝していたと推定される。大手メディアは郵便投票の結果投票率が上昇したというが、それだけの規模で得票数が改ざんされた疑いが濃厚である。

 2020米大統領選は、アメリカの未来を決める「自由主義対社会主義」、「ナショナリズム対グローバリズム」の決戦であり、同時に世界の運命を決める戦いだった。トランプは選挙期間中に「この選挙はアメリカンドリームを選ぶか、社会主義がアメリカを滅ぼすかを決めることになる。」と警告していた。警告のとおり、2020年11月にアメリカで全体主義革命が事実上成就したというに値する結果となった。2020年大統領選はそれほどの歴史的重大事件だったのだ。

2020大統領選挙の糾弾

 選挙は完全性(Integrity)が保証されなければならない。公開書簡は次のように述べている。

≪選挙の完全性は、州法に基づく必要な管理のもとに有権者の本人確認をし、一人一票が保証されることによって成り立つものだが、今日では多くの人がそのような管理に対しレイシスト(人種差別)というレッテルを貼り、公正で正直な選挙を妨害している。選挙の完全性を保証するために法の支配を再確立しなければならない。FBIや最高裁は選挙不正に対して速やかに断固とした措置を取り、2020年の大統領選のように無視してはならない。≫

 補足すると、アメリカには不法移民が多数生活しているが、市民権・選挙権を持っていることを厳格に確認しようとすれば、それを不法移民が多い民族に対する差別だと非難する集団がいるという訳だ。

 米国では4年毎の大統領選の中間に中間選挙がある。次回は2022年11月に行われ、下院議員全員と上院議員の1/3が改選される。民主党は大規模な選挙不正を行ってトランプの再選を阻止したものの、バイデン政権の2年間の成果をもとに、次の中間選挙で国民の審判を受けることになる。アメリカには今でもバイデン政権を正統な政権だと認めていない共和党支持者が多くいる。共和党、民主党の何れが下院と上院を制するか、2024年の大統領選の前哨戦として2022年の中間選挙が死活的に重要な戦いとなる。

 2020大統領選での民主党によるクーデターを踏まえて、共和党は本人確認の厳格化を目的とした選挙法の改正を州議会で進めている。共和党が多数を占める17州では既に共和党案による選挙法改正が成立していて、他の州でも議論が進んでいる。一方の民主党は郵便投票を拡大する、連邦政府としての選挙法改正を進めてきたが、民主党が提出した選挙制度改革法案は、幸いなことに2021年11月に上院で共和党に阻止され成立しなかった。そもそも郵便投票には本人確認がいい加減になるという根本的な欠点があり、この法案が成立すると、民主党政権が永続してしまう懸念があったが、ひとまずその危機は回避された模様である。

バイデン執政に対する注文

 バイデン政権が進めてきたさまざまな政策に対しても、公開書簡は問題提起している。以下に代表的なものを紹介する。

≪バイデン政権は、トランプ政権が行った有効な政策や規則を撤回するために、大統領行政命令を50本も連発して議会承認を経ずに無効にした。これは専制的な手段で我々の憲法の権利を本格的に攻撃するものだ。≫

≪情報の自由な流通はアメリカの安全保障のために重要だ。政府の役人やマスコミ等が言論や表現を検閲したり、捻じ曲げたり、虚偽の情報を拡散することは閉鎖された社会における専制的な手法である。≫

≪法の支配こそが民主主義社会の基本である。幾つかの都市では犯罪が黙認されており無法化が進んでいる。これを放置してはならない。≫

 補足すると、情報操作については、大統領選において主要なメディアが露骨で執拗なトランプ叩きを演じた。ツイッターやフェイスブックはトランプのアカウントを永久停止するという暴挙にでた。公開書簡はその事実を踏まえたものである。

 1月6日に起きた連邦議会議事堂乱入事件は、極左の過激派であるANTIFA(反ファシスト)が起こしたことが明らかになっている。またBLM(ブラック・ライブズ・マター)は、キリスト教精神に基づく家族制度を破壊し、警察と刑務所を廃止し、トランスジェンダー社会を称賛し、資本主義社会を廃止することを行動指針としていて、社会の無法化を進める勢力となっている。

大統領の資質

 公開書簡はさらに、大統領の資質について疑問を投げかけている。

≪軍の最高司令官の精神的・肉体的なコンディションは無視できない。彼は生命をかけて国家の安全保障について間違いのない意思決定を速やかに遂行できなければならない。昨今の民主党指導者からの核のコードに関する問い合わせは、核武装している敵国に対して一体誰が責任者なのかという問題を提起し、危険な安全保障上のシグナルを送ることになる。軍は疑念のない指揮命令系統を保持していなければならない。≫

 個人名こそ出していないが、軍の最高司令官も民主党の指導者もバイデン大統領を指しており、これはバイデン大統領に対する不適格宣告に等しい。精神的にも肉体的にもバイデン大統領は最高司令官が務まる状態にないと見ており、従って核ボタンを渡すことができないという悲鳴でもある。これはアメリカの軍の統制の最上部に脆弱性があることを世界に知らしめるものであり、それでも公開書簡で書かざるを得ないという悲痛な叫びである。

総括

 最後に、公開書簡は次のように総括している。

≪現在の民主党議会、現政権によって、アメリカは社会主義とマルキストによる専制政府に大きく左旋回してしまった。我々の国家、受動的及び能動的な自由、歴史的な価値が存続の危機に瀕している。我々は全てに国民に対し、地域、州、国家のそれぞれのレベルで、アメリカと我々の憲法に基づく民主主義体制を救う行動をとる政治家を選出するよう、政治に関与してもらうことを切に希望する。≫

 これは、2022年中間選挙に向けて、「良識ある市民よ立ち上がれ」と鼓舞する檄文である。2022中間選挙に向けて、アメリカ共和党支持者、民社党支持者の双方から相当な市民行動が起こるだろう。暴力的な行動も過激さを増し、最悪の場合極右と極左が激突する可能性もあるだろう。アメリカは正に南北戦争以来の分断状態に向かっている。

 もう一つ重大な点がある。それはバイデン・ハリス政権の残りの任期における執務能力と資質に関する問題である。テレビで放映されるバイデン大統領の言動を見聞しているだけで、肉体的な老化と認知症が進行していることは痛々しいほどだ。

 馬渕睦夫によれば、菅元総理が訪米した今年5月の時にも、トップ会談はハリス副大統領が代行し、バイデンとの会談にはブリンケン国務長官、イエレン財務長官、サリバン安全保障担当大統領補佐官が同席し、大統領の代行として菅総理と意見交換したという。

 2022年の中間選挙に致命的な影響を与えないためには、バイデンはできるだけ早い時期に大統領ポストを退くことが余儀なくされるだろう。その場合規定により、カマラ・ハリス大統領が誕生することになるのだが、古森義久は12月5日の産経新聞で、ハリス副大統領自身もまた相当に品格と資質に問題がある人物であると報じている。それによれば、最近では民主党系の大手メディアでさえもハリス氏の言動や品格を疑問視する報道を始めたという。バイデン政権びいきのCNNテレビが11月にハリス氏の1年間の軌跡を取り上げて「機能障害」だと断じており、さらに副大統領としての職務能力を有していないというホワイトハウス内部の声を紹介したという。

 トランプ再選を何が何でも阻止するために、民主党とディープステート、大手メディアが連携して大規模な憲法違反の選挙不正を行い、バイデン大統領、ハリス副大統領の政権を誕生させたのだが、その二人ともが大統領としての資質・能力に重大な問題ありという現実なのだ。コロナ狂騒曲、米中対立で明け暮れた2021年が間もなく終わろうとしているが、11月に中間選挙を控えているアメリカは、年初から暗雲漂う2022年に突入してゆく。

 ディープステートに関しては、馬渕睦夫の著書(※)を参照願いたい。

※参照文献:「2022年世界の真実」、馬渕睦夫、WAC