演技かそれとも無知か

総理発言も官房長官答弁もデタラメ

1月24日、参院本会議での岸田首相答弁

 「国債は政府の負債であり国民の借金ではありませんが、国債の償還や利払いに当たっては、将来国民の皆様に対して、税金等でご負担頂くことなどが必要であり、また、将来仮に政府の債務管理について市場からの資金調達が困難となれば、経済社会や国民生活に甚大な影響を及ぼすことにもなります。」

2022年12月16日、「安保3文書」閣議決定に伴う記者会見での岸田総理答弁

 「防衛力を抜本的に強化するということは、戦闘機やミサイルを購入するということだ。これを借金で賄うことが本当に良いのか。やはり安定的な財源を確保すべきだと考えた。」

1月12日「60年ルール」の撤廃・延長に対する松野官房長官の記者会見

 「財政に対する市場の信認を損ねかねないなどの論点がある。」

上記3つの答弁には基本的な認識の誤りがある。以下に明記する。

 ≪国債の償還や利払いの国民負担≫について、正しい理解は次のとおりである。

(1)当たり前だが、国債が本当に政府の借金ならば返済するのは政府で、おカネを借りていない国民が返済の負担を強いられるの?(1月23日、三橋貴明ブログから引用)

(2)日銀券は日本銀行が発行した貨幣で日銀の負債であり、国債は政府が発行した貨幣で政府の負債である。何れも借金ではないので返済不要である。

 ≪将来、市場からの資金調達が困難となれば、経済社会や国民生活に甚大な影響を及ぼす≫に関する正しい理解は、1月19日に開催された自民党の「防衛増額に向け税以外の財源捻出を検討する特命委員会」(以下、特命委員会)における西田昌司副委員長と財務官僚の応答に尽くされている。詳細は後段で紹介するとして、要点を以下に述べる。

(3)政府が国債を発行して政策を行うことは財政出動であり、その分GDPが増え経済を活性化させる。民間からすれば国債を購入することは資産を増やすことである。

(4)民間側に十分な資金がある限り、資金調達が困難になることはない。何故なら民間からすれば銀行預金よりも高い利回りが得られ、株式よりも安全性が高いからだ。

 ≪防衛力を抜本的に強化するということは、戦闘機やミサイルを購入するということだ。これを借金で賄うことが本当に良いのか。安定的な財源を確保すべきだ。≫についての正しい理解は次のとおりである。

(5)(2)で述べたように、国債は政府が発行した貨幣で政府の負債である。日銀券が借金ではないように、国債も借金ではない。国債が借金だという間違った理解は、60年後に元本を返済しなければならないという、根拠のない「60年償還ルール」から来ていると思われる。

 国債の「60年ルール」の撤廃・延長について、≪「財政に対する市場の信認を損ねかねないなどの論点がある≫について、正しい理解は次のとおりである。

(6)官房長官の発言は財務省の代弁であることが明白だ。「60年償還ルール」はそもそも諸外国では廃れたルールであり、60年という年限にも特段の根拠はない。国債の償還については後段で詳しく論じる。

(7)かつて安倍政権のときに、平成26年に8%から10%への消費税引き上げ延期を決断する際に、財務省が今回と全く同じように「市場の信認」を理由に猛反対した。その時に安倍総理は次のように語ったという。「財務省は延期すれば日本は国際的信用を失い国債は暴落する。金利は手を付けられないぐらい上昇する。延期すれば財政健全化はできないと主張したが、そうした予測はことごとく外れた。永田町は財務省に引きずられているが財務省はずっと間違えてきた。彼らのストーリーに従う必要はない。」(1月26日、阿比留瑠比、産経紙面から引用)

 補足すれば、財務省は間違えたのではなく、政治家を脅迫してきたというのが真相だろう。

特命委員会での注目すべき応答

 特命委員会の副委員長(委員長は萩生田光一政調会長)を務める西田昌司参議院議員がユーチューブでビデオレターを発信している。1月19日に開催された第一回委員会における西田副委員長と財務省官僚の質疑応答は、政治家と財務官僚の迫真の応答であるので、是非、以下を視聴していただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=ppDpmEgGKIk

 三橋貴明氏が1月23日の自身のブログ「どよめき~財務省が財政破綻論の嘘を認めた日~」で要点を解説している。国債の本質に関わる重要な応答なので、要点を引用する。

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12785324669.html

西田:「財務省は防衛費増額について、増税(1兆円)に加えて剰余金や特別会計からカネをかき集めてきて賄うとなっているが、違うよね。国債で調達したおカネが余っているからそれでやるということでしょ?要するに国債でやるんでしょ?単に、新規国債発行をやりたくないから、意味不明な説明をしているんでしょ?」

財務官僚:「先生のおっしゃっている通りです。確かに特別会計から集めるとは言っても元々は国債発行でやっています」

西田:「国債発行が安定的にできているのは、民間金融資産がたくさんあるから。今後、高齢化等で民間預金が取り崩されれば国債を買い支えられなくなると言っているが嘘だよね。さらに、財務省は預貯金があるから国債が安定的に消化されていると言っているけど、そうじゃないよね。国債が1000兆円あるということは、その政府が財政支出したので、民間の預貯金が1000兆円増えたんだよね。逆に国債残高をゼロにすると、民間の預貯金が1000兆円減るよね?事実だよね、どうなんだ?」

財務官僚:「通貨の発行の仕組み上、西田先生のおっしゃる通りです。」

 この応答から、国債を巡る総理と官房長官の発言が如何に的外れかが明らかである。全てを承知の上で敢えて演じているのでなければ、お二人とも財務省のレクチャーを鵜呑みにしているということだ。

 財政に拘わらず政策に関して官僚は最強の専門家集団である。予算編成過程で政治家に情報と知見を提供するときに、国益よりも省益を優先して自省の利益を最大化しようと努めることは自然の行動だろう。従ってこの問題は政治家の方にある。政策を的確に遂行するためには、官僚が提供する情報と知見の真偽を見分ける眼が求められるのである。

 そのために必要な資質は物事を大局的に俯瞰することであり、その上で「国益と国力を最大化する」戦略と政策を組み立てる能力が、総理大臣を筆頭に閣僚には求められる。その資質と能力を持ち合わせない政治家は百戦錬磨の官僚に巧みに騙されることになる。

国債に関する正しい理解

 『防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム』(https://kobosikosaho.com/daily/843/)で国債に関する記事を書いたので、そちらを参照していただきたい。今回は「国債の償還」について補足する。

 国債は満期を迎えると償還される。10年国債の場合、利息は10年間にわたって年2回支払われ、満期になると最後の利息と債権の額面が償還される。国債を保有していた個人や機関は国債の額面と利息を現金で受け取る。代わりに新たな1億円の国債が発行される。これを「借款債」と呼ぶ。こうして10年国債は10年目の満期に償還され消滅する。

 ところが実際の長期国債は10年満期であるにも拘わらず、一般会計において国債は60年で償還されることになっている。日本以外の諸外国は淡々と借り換えを繰り返しているだけで、「60年償還」などという意味不明のルールは存在しない。何故なら満期の時に償還済みだからだ。

 理解不能なのは、このようなGHQの恣意的な置き土産を、未だにバカ正直に運用しているのは何故かということだ。議員立法でも何でも、時代遅れで妥当性のないルールはさっさと改定することが政治家の役割ではないだろうか。

 もう一つ日銀による国債の購入について補足する。日銀が国債を買い取るという行為は、国債を日銀券に置き換えることを意味している。この場合、置き換えた時点で国債は消滅する。

 上記理解のもとに、我が国の政府と民間が保有する資産と負債を大局的に捉えると、次のとおりである。国債発行残高(普通国債)は1000兆円に迫り、日銀が買い取った国債はその1/2の500兆円を超えている。従って市中に残る国債残高は500兆円未満である。これに対して個人が保有する金融資産は2000兆円を超え、企業の内部留保は500兆円を超えている。一体何が問題だというのだろうか。

国力の最大化が最優先かつ最重要課題

 前の記事『防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム』において、「政治家が議論すべき命題は防衛費の財源ではなく、国力の最大化である。国力の方程式が示すように、経済力と防衛力を同時に強化することが国家の命題である。」と書いた。

 では経済力と防衛力を同時に強化するためにどうすべきなのか。GDPの定義に戻って考えればその答えは明快である。

  GDP(国内総生産)=個人消費+民間投資+政府支出+純輸出

  GNP(国民総生産)=GDP+海外からの所得

 この式が明快に示す経済原理は、「個人がお金を消費し、企業が投資をし、政府が財政出動をすることがGDP、即ち経済規模を増大させる」ということである。経済成長とはより多くのおカネを使うことなのである。健全な経済は、収入が上昇しながら適度のインフレが進行してゆく状態をいう。

 それと真逆な状態がデフレである。デフレとは「個人が財布のひもを固く閉じ、企業が未来に向けた投資を渋り、政府が緊縮財政を優先して財政出動を抑制する」状態をいう。半導体産業が象徴するように、かつての日本の主力産業が衰退したのは、企業が未来への投資を怠った結果である。経営者と政治家が未来に対するビジョンを描かず、未来に向けた投資と財政出動を怠ってきた結果が「失われた30年」だったのである。

 GDPの定義が明示することは、政府が国債を発行して成長戦略を大胆に実行すれば、そのお金は民間に流れて経済を潤すという至極単純な道理である。民間の消費と企業の投資が充分でない局面では、つまりデフレ下において、国債発行はGDPを増やし経済を活発にする。逆に緊縮財政によって国債発行を絞ればGDPを減少させ経済を窒息させるのである。

岸田総理は何者か

 国際通貨基金(IMF)の経済見通しによると、2022年の名目GDP(予測値)は日本が3位で4.301兆ドル、ドイツが4位で4311兆ドルである。ドイツのGDPが約6.7%増えれば逆転するという。人口は日本が1億2千万人であるのに対してドイツは8千万人である。またドイツは2022年平均で物価上昇が8.7%とインフレ傾向が強い上に、時間あたりの労働生産性が日本よりも6割高いという。(1月23日、産経紙面から引用)

 ドイツの人口が日本の2/3であるにも拘らず、GDPで肩を並べるという現実は、日本経済が「失われた30年」で長期間低迷した結果である。しかも「失われた30年」は、デフレ下にあるにも拘わらず緊縮財政と消費税増税を繰り返してきた失政の結果であることは議論の余地がない。

 この事実を総括し、反省し、教訓を学び取った上で、政策を大胆に転換すべき時が今である。何故なら、不幸中の幸いといおうか、コロナ・パンデミックとウクライナ侵略戦争を契機にインフレが世界で進行しており、デフレで動かなかった日本経済も世界からの圧力に突き上げられる形でようやく大きく動こうとしているからだ。

 このタイミングで総理大臣の職にあるということは、岸田総理の使命は日本経済の再生に向けて政策を大胆に転換することにある筈だ。つまり防衛力と同時に経済力を増強する「国力の最大化」こそが政策目標である筈だ。それにも拘わらず、デフレから脱却できる好機が訪れているこのタイミングで、岸田首相は防衛力増強と子育て支援を理由に、再び増税を行う用意があることを繰り返し表明してきた。

 過去の失政に何も学ばずにまたぞろ増税を画策する岸田総理は、経済の基本原理すらも理解していない無知なのか、あるいは日本を弱体化しようとする勢力のパペットを演じているのか何れかだという他ない。

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