ICBM発射
11月18日に北朝鮮はICBMを発射した。今年発射した弾道ミサイルは50発超に達した。今回発射したのは「世界最長の怪物」と呼ばれる火星17号で、最高速度は音速の22倍、射程は米本土に届く15,000kmだった。
今回の発射の狙いは多弾頭化の実現にあるという。実戦配備のためには大気圏に再突入する技術など克服が必要な課題は残るものの、北朝鮮はICBM開発を着実に進めていることを誇示した。
官房長官談話
これに対して松野官房長官は19日に談話を発表した。以下に引用する。(出典:内閣府)
「一連の北朝鮮の行動は、我が国、地域及び国際社会の平和と安全を脅かすものであり、断じて容認できません。また、このような弾道ミサイル発射は、関連する安保理決議に違反するものであり、我が国としては、北朝鮮に対して厳重に抗議をしました。また、先ほど、総理の指示に基づき国家安全保障会議の4大臣会合を開催しました。会議では、北朝鮮のミサイル発射情報を受けた朝鮮半島の緊張の高まりに関して集約するとともに、更なる事実関係の確認をし、分析を行いました。その上で、北朝鮮による更なる弾道ミサイルの発射等に備え、情報収集・警戒監視に当たるとともに、国民の安全と安心の確保に万全を期すことを改めて確認するとともに、外交安全保障政策に関する今後の対応方針について議論を行ったところであります。政府としては、国連安保理の場を含め、米国、韓国を始め、国際社会と緊密に連携して対応するとともに、国民の生命・財産を守り抜くため、引き続き、情報の収集・分析、及び警戒監視に全力を挙げてまいります。」
これは内閣官房長官の談話である。率直な感想として、国を守る意志も迫力も感じない談話だ。日本政府の反応は相変わらずの「遺憾砲」に終始していて、これでは確信犯の北朝鮮に対して何の抑止力にもならない。北朝鮮が弾道ミサイルを実戦配備することを抑止するために、日本は何をすべきかについて考えてみたい。
二つの疑問
官房長官談話から湧き上がる素朴な疑問が二つある。第一は、弾道ミサイル発射に係る費用を北朝鮮はどこから調達しているのかだ。ザクっと試算してみると、北朝鮮が今年に発射した弾道ミサイル数は50発を超えており、開発費及び打ち上げ費用を平均して10~20億円/発と仮定すると、総費用は500~1000億円に達する。
第二は、官房長官は「国民の生命・財産を守り抜くため」というが、一体どうすれば守り抜くことができるのかだ。この問題を考える上で示唆となる興味深い記事三つを引用する。出典は何れも産経新聞である。
資金源
11月20日の記事:「北朝鮮のミサイル開発の資金源の一つとなっているとみられるのが、暗号資産窃取だ。ハッカー集団ラザラスが世界で暗闘しており、暗号資産事業者等を狙ってサイバー攻撃を仕掛けていて、今年の被害額は既に数百億円を超えているとみられる。過去2年間に北朝鮮が大量破壊兵器計画の資金として行った暗号資産のサイバー窃盗は総額10億ドルを超えた。今年4月には、ラザラスと北朝鮮のハッカー集団APT38が人気オンラインゲーム《Axie Infinity》にサイバー攻撃を仕掛け、暗号資産6.2億ドルを盗んだとFBIが発表した。」
ちなみに、Axie Infinityとは、仮想通貨(トークン)が稼げるブロックチェーン上に構築されたゲームである。
11月28日の記事:「ロイター通信は英国の専門家の分析として、大量のデータを同時に送り付けて北朝鮮全体のサーバーをダウンさせるサイバー攻撃が行われたとの見方を伝えている。北朝鮮のインターネット網がサイバー攻撃を受けて26日午前から約6時間にわたってダウンした。北朝鮮外務省や政府の公式サイトの他、高麗航空のサイトへの接続障害が続いた。朝鮮労働党機関紙、労働新聞、挑戦中央通信などのサイトについては27日朝も接続障害が続いた。」
誰がサイバー攻撃を行ったのかは明らかにされていない。もし日本政府が行ったのだとしたら拍手を送りたい。表の場でとぼけた官房長官談話を発信しつつ、裏でしれっとサイバー攻撃を行ったのであれば、日本も強かな外交を行っていることになるからだ。実際は米国による警告と考えられるが、最も危機に直面している日本がなぜ米国に任せているのだろうか。
調達ルート
今年1月31日の記事:『北朝鮮ミサイル調達路遮断を』と題した記事で、安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員だった古川勝久はこう書いている。「2020年時点では、北朝鮮は様々な新型弾道ミサイルを開発しつつも、まだ弾道ミサイル用の固体燃料の生産や精密誘導システムの習熟、ミサイル本体の軽量化等、技術的課題が山積中とみられていた。だがその後も北朝鮮は着実に技術的課題に対処し、新型ミサイルを次々に披露してみせた。なぜ国連制裁にもかかわらず、北朝鮮はこんなことができるのか?・・・米政府は、北朝鮮のミサイル関連不正調達の主要な共謀者を断定し、今年1月12日付の制裁でロシアのParsek社、同社ゼネラルマネージャのアラール、北朝鮮のロシア駐在員のオ・ヨンホを対象に指定した。」
「昨年10月、北朝鮮は平壌で開催した国防発展展覧会で、様々な最新型兵器を誇示した。2020年以降、世界中が中国やロシアの脅威やパンデミックに気を取られていた間、北朝鮮は着実に核・ミサイル関連物質・技術を取得、習熟し自律的開発能力を大幅に向上させた。だが、まだ北朝鮮は最新型ミサイルを大量生産できる段階ではない。北朝鮮によるさらなる先端技術取得と大量生産体制への移行を何としても阻止する必要がある。中でもロシア・中国経由の不正調達ルートの遮断は火急の課題だ。対北朝鮮制裁は重要な局面に入った。北朝鮮問題は国際的に軽視されがちだが、日本を始め国際社会は改めて気合を入れねばならない。」
官房長官談話と比較して、この記事には迫真さがある。北朝鮮のミサイル開発の資金源を止めること、露中からの不正調達ルートを遮断する手段を講じることこそが、北朝鮮からの脅威に最も深刻に直面している日本がとるべき対抗手段ではないだろうか。
機能不全の安保理
22日のNHKニュースは、国連安保理が機能を喪失していると報じた。
「北朝鮮が新型ICBM級の「火星17型」を発射したことを受け、国連安保理では21日、緊急会合が開かれ、弾道ミサイルの発射は安保理決議違反だとして北朝鮮を非難する意見が各国から相次いだ。アメリカのグリーンフィールド国連大使は「2つの理事国の露骨な妨害が、北東アジアと全世界を危険にさらしている」と述べ、安保理が一致した対応を示せないのは中国とロシアが北朝鮮を擁護しているからだと指摘し、安保理として北朝鮮を非難する議長声明を出すよう求めた。これに対して中国の張軍国連大使は「アメリカがまず誠意を見せ、北朝鮮との対話を実現させるべきだ」と述べたほか、ロシアの国連次席大使も、アメリカが朝鮮半島周辺での軍事演習をやめ緊張を緩和すべきだと主張し、今回も一致した対応をとることはできなかった。緊急会合のあと、日本の石兼国連大使は記者団に対し「北朝鮮によるたび重なる弾道ミサイル発射は安保理決議違反で、断じて容認できない」と強調した。」
中露対米欧日の対立が深刻化している現状では、中露が関与している事案では安保理が機能不全となることが避けられない。中露及び北朝鮮による脅威が深刻なレベルに達している一方で、安保理が機能不全に陥っている現実は、日本にとって悪夢という他ない。その上で、「ならばどうすべきか」を考え、断固として行動することこそ政府の役割である筈だ。安保理が機能不全であることを明確にした上で、真に抑止力となる手段を講じなければならない。
無力の「遺憾砲」
幾ら強い言葉で抗議しようとも、北朝鮮に対しては何の抑止力にもならない。中露及び北朝鮮が国際法違反の恫喝行動を行うことに対して、「遺憾砲」だけでは全くの無力であり、的を外していると言わざるを得ない。真剣に抑止する意思の発動がない限り、「国民の安全と安心の確保に万全を期す」というのは、虚ろなパロディにしか聞こえない。
「綺麗な手段」の限界
最も効果的な抑止は相手の嫌がる手段を講じることだ。北朝鮮のミサイル開発を止めようと思えば、資金源を遮断もしくは妨害することが有効だ。既に述べたように、ミサイルの開発・実射の費用は、ラザラスが不正に稼いだ資金に相当する。その事実を踏まえれば、北朝鮮の核兵器・弾道ミサイル開発を阻止するためには、この資金源を妨害・困難化する手段を講じればいいという結論に至る。
国家がサイバー攻撃を手段として年間数百億円もの窃盗を行っているのであるから、それを困難化できれば世界から感謝されるに違いない。無論、法律上の制約(即ち、できない言い訳)が色々あるだろうが、現実のミサイル脅威に直面して、「国民の安全と安心の確保に万全を期す」という以上、不言実行すべきではないのか。有事前夜において、できない言い訳など国民に対する責任放棄でしかない。法律を改定してでも、さっさと行動すべきだ。
北朝鮮の最大のアキレス腱は、「厳しい経済制裁とコロナ渦にあって、経済的に相当困窮していて、合法的な手段で外貨を稼ぐことも難しい」状況にあることだ。最大の弱点を攻撃することが最も効果的であるにも拘らず、戦後日本はそのような行動を一切取ってこなかった。
ウクライナを軍事侵攻したロシアも、ウィグル弾圧を行う中国も、そして弾道ミサイルを50発も発射する北朝鮮も、国際法も国際秩序も平然と無視する専制国家であるという認識のもとに、効果的な抑止手段を講じなければならない。
回顧すれば、戦後の日本は性善説に立った外交に終始してきたのではなかったか。ロシアによる北方領土問題も、韓国との竹島、慰安婦、徴用問題も、中国の尖閣問題、北朝鮮との拉致問題も、何一つ未だに解決できていない理由は、日本が「綺麗な」手段に拘り、「汚い」手段を忌避してきたことと無関係ではないだろう。この問題を考えるために、興味深い記事二つを引用する。出典は何れも産経新聞である。
核シェアリングを巡る思考停止
今年3月3日の記事:『核共有 思考停止の危険』と題して、産経新聞編集委員の阿比留瑠比が次のように書いている。
「2月27日に安倍元首相がフジテレビの報道番組で核共有の議論の必要性を問題提起した。一昔前なら猛烈なバッシングが起きる場面だが、今回はウクライナに対するロシアの暴挙(2月23日に軍事侵攻した)をはじめとする厳しい国際情勢を反映し、冷静な受け止めや議論を歓迎する声も目立つ。その中で、岸田首相は、「政府においては核共有を認めない。議論は行わない。」と述べ、山口公明党代表は「いろんな意見が出てきているが、この三原則をゆるがせにしてはならない。」と述べたことを引用して、二人の否定ぶりが突出している。」
「平成18年に財務相だった故中川昭一が北朝鮮の核保有宣言を受けて核保有の議論は当然あっていいと述べた時、物凄いバッシングを受けたという。当時中川氏はインタビューに対し、最近は非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)に、言わせず、考えてもいけないを加えた「非核五原則」だと語っている。また米国のローレス元国防副次官が論文で、核兵器の保有には、①日米同盟の信頼性向上、②中国の脅威に対応できることを示す、③北朝鮮などに日本を攻撃すれば自身の崩壊を招くことを理解させるなどの利点があると述べている。こうした現実対応策を政府が議論しないで済ませてよいのか。」
反撃能力を巡る与党の怠惰な議論
11月26日の記事:「自公両党が反撃能力の保有に向けた議論を開始したと報じた。政府が反撃能力保有の必要性を訴えたのに対し、公明側からは反撃能力の定義や名称についての質問が相次ぎ、議論は来週に持ち越された。これに対し自民党からは「反撃能力の名称や定義を議論している国などほかにない」との危機感が漏れたという。」
危機に直面して「何ができるか」について小田原評定をしているような国は滅亡すると自覚しなければならない。危機を抑止するために「何をすべきか」を考え、大急ぎで環境を整えて果敢に行動することが政治家の使命である筈だ。
中露は核兵器大国であり、北朝鮮は核兵器を配備しようと躍起になっている国である。それでも「非核五原則」で行くというのなら、これら専制主義国家の核兵器攻撃から、どうやって国を守るのか、政治家には観念論でなく具体論を国民に説明する責任がある。
戦略思考とは「国を守り発展させるために、何をなすべきか」と問うことから始まる。これに対してできない言い訳を縷々挙げて「できることしかしない」外交は、NATO(No Action Talk Only)と蔑まれる。露中及び北朝鮮の核の脅威に直面している今、NATO外交を一新して、戦略思考に立って「やるべきことをやる」政治を取り戻さなければならない。
23年前、石原慎太郎の看破
1999年11月8日の産経新聞紙面『日本よ』の中で、石原慎太郎は次のように述べている。「世界から眺めると、経済の図体はいくら大きかろうと、日本という国の存在感はひどく希薄なものに違いない。なぜなら、日本という国は第二次世界大戦後このかた国家としての自己主張なるものをしたことがない。主張というものの背景には必ず自らの意思決定があるはずだが、それが一向にうかがえない。だから演繹していえば、国家の如何なる戦略も在りえない。特定の友好国の意向に百パーセント従うなどという姿勢はとても戦略とはいえまい。」
補足するまでもないことだが、自己主張の背景には国家としての意思と戦略目的がある筈であり、自己主張してこなかったということは国家意思と戦略目的がなかったことを意味する。北朝鮮によるICBM発射に対する間の抜けた官房長官談話に加えて、核シェアリングに対する自民・公明両党首の腰砕けの姿勢が、自己主張をしない政治家の姿を象徴しているのではないだろうか。
「戦後」に従属してきたマインドの転換が必要
さらに今年2月10日の産経新聞紙面の中で、文芸評論家の富岡幸一郎は2月1日に89歳で死去した石原慎太郎に対する追悼記事を書いている。「石原氏のすべての表現活動の根底にあり続けたのは、彼が生きてきた戦後という時代が、国家としての自存自立の矜持を失い、日本人が誇りを忘れ、個人の自我の力強さを持ち得なくなったことへの、強い憤懣と抑えがたい羞恥である。それは戦後の終焉を何度となくうたいながら、現実には今日ここに至るまで日本人自らが戦後に従属していることへの、烈しい苛立ちであった。そこには何ひとつ新しい価値も思想も生まれようがない。時代の真の転換等あり得ようがない。国家を奪われ、経済を失い、そして今や人間すらも消失しかかっている。この国の長い長い戦後に対する最後の反逆者。その果敢なる表現者の死を今は悼むだけである。」
「戦後の終焉をうたいながら、日本人自身が戦後に従属している」という指摘は、誠に正鵠を射ているという他ない。戦後ずっと真の脅威がなかったと言えばそれまでだが、脅威が本物の危機となった現在、国民が「戦後に従属してきた」マインドを転換し、政治家が戦略を取り戻す以外に道はない。