プロローグ
ペンス副大統領が2018年10月にハドソン研究所で行った演説は中国に対する宣戦布告と言うべきものだった。それに前後してトランプ政権は2018年7月から2019年5月にかけて矢継ぎ早に関税を大幅に引き上げる制裁措置を実行した。
2020年11月に行われたアメリカ大統領選挙では、「アメリカの民主主義は死んだ」と言われるほどの大規模な選挙不正が行われて、民主党陣営がトランプ大統領の再選を阻止した。2021年1月6日にはアメリカ連邦議会議事堂への暴徒乱入事件が起きた。そして2021年1月20日にバイデン政権が発足した。
2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻し、ウクライナ戦争が勃発した。アメリカはウクライナに対する手厚い軍事支援を行う一方で、ロシアに対して過去に例がないほどの強力な制裁を科した。
2022年10月にアメリカ商務省は半導体、スパコンを中心とする輸出規制を大幅に強化した。この措置は事実上の中国に対する半導体禁輸措置である。
このように米国が露中の経済に大規模なダメージを与える強力な制裁を科したことによって、『東西デカップリング』が始まった。これは文明の衝突と呼ぶに相応しいもので、アメリカは今後も中国に対する経済制裁を強め、世界中の国々に東西何れの陣営に付くのかの二者択一を迫ってゆくことが予測される。
一方、2023年3月13日に閉幕した全人代で習近平国家主席の三選が決まり、新執行部が発足した。それに先立つ3月10日には、中国が仲介してサウジアラビアとイランが和解した。さらに3月21日には習近平主席がモスクワを訪問してプーチン大統領と首脳会談を行った。
今年3月には米国で複数の銀行破綻が相次ぎ、スイスの大手銀行にも飛び火した。
以上、要点を整理してみたように、「2022年-23年は歴史上の大きな転換点であった」と歴史に記録されるような大事件が、現在同時多発的に起きている。
本資料前編では、何れもが歴史的な転換点となるであろう5つの事件について巨視的に概観する。後編ではそれらを総合的に俯瞰して、現在世界で進行中の事態をどう理解すべきかについて考察する。
5つの重大事件
1.アメリカの対中国制裁
トランプ大統領が登場して以降、アメリカは中国に対する政策を大転換した。そしてペンス副大統領演説を実質的な宣戦布告として、一気呵成に中国に対する制裁を発動した。トランプ大統領がまず行ったのは中国からの輸入に対し大幅な関税をかけることだった。2018年7月以降、第1弾~第4段に分けて概ね25%の関税をかける対象を段階的に拡大した。
続いて2019年5月には、通信規格5G技術でリードするファーウェイ(華為技術)と関連会社を、商務省が行う輸出規制の制裁対象リスト(EL:Entity List)に加え、2020年5月から適用した。これはファーウェイに対する米国製の半導体やソフトウェアや技術を禁輸する措置だった。
バイデン政権もまた対中制裁政策を継承し、むしろ強化した。ここでは経済評論家の渡邉哲也氏の著書を参照して、バイデン政権がとった制裁措置を時系列に整理する。(参照:資料1)
2018年8月に、アメリカはそれまで輸出管理規定(EAR: Export Administration Regulations)に基づいて軍事転用が可能な輸出を管理してきたが、中国をデカップリングする法的規制として、より厳格化した輸出管理改革法(ECRA:Export Control Reform Act)を成立させた。
2022年10月7日には、商務省の産業安全保障局(BIS)が、半導体、スパコン関連を中心とするEARを大幅に改正し、10月21日から施行した。これは2020年5月にファーウェイと関連企業に適用し、ウクライナ侵攻後にロシアとベラルーシを適用の対象に加え、今般中国向けの半導体とスパコンに適用を拡大したものである。この措置はアメリカ原産品目が25%以上含まれる品目や、アメリカ製の技術・ソフトウェア・機器などを使って製造した機器を第三国から中国に輸出する場合にはBISの許可を必要とすると規定した、実質的な禁輸である。
2022年11月15日に議会の米中経済・安全保障調査委員会(USCC)が2022報告(2022 Report to Congress of the U.S.-China Economic and Security Review Commission)を発表した。この報告の中で、議会は国防総省に対し次のように指示している。
「中国が関わる軍事紛争が発生する場合を想定し、中国に向かう海上輸送、特にマラッカ海峡を通過するエネルギー輸送を効果的に封鎖することの実現可能性と軍事的要件について機密の報告書を作成すること。備蓄、配給、陸上輸送、国境を通るパイプライン(計画中のものを含む)を考慮すること。」
(Congress direct the U.S. Department of Defense to produce a classified report on the feasibility of and the military requirements for an effective blockade of energy shipments bound for China in the event of military conflict involving China. ・・・)
2022年12月23日には、国防予算の大枠を決める国防権限法2023(National Defense Authorization Act for FY 2023)が施行された。台湾に対し今後5年間で最大100億ドルの軍事支援を行うことに加えて、アメリカ政府の調達企業に対し、下請け孫請け等を含めて中国製半導体を利用した製品の使用を禁止した。猶予期間を5年とした。
2.欧米の金融危機
今年3月になって米欧で銀行の破綻が続いた。3月8日には米国のシルバーゲート銀行が、10日には米国のシリコンバレー銀行が、12日には米国のシグネチャー銀行が、そして14日にはスイスのクレディスイス銀行が、16日には米国のファースト・リパブリック銀行が相次いで経営困難に陥った。
経営破綻した銀行の規模では、シリコンバレー銀行がリーマンショック以降で最大、シグネチャー銀行は三番目だった。そして、シルバーゲート銀行とシグネチャー銀行は共に仮想通貨(暗号資産)を扱う大手の銀行だった。
金融危機に発展することを恐れた米欧の中央銀行が迅速かつ大胆に対応したことによって、金融不安が拡大する危険は一旦回避された。ただし原因が取り除かれた訳ではないので、やがて再燃することは容易に予測できる。
今回の銀行破綻騒動には、もう一つ重要な要因があった。それは交流サイト(SNS)で信用不安情報が急速に拡散かつ増幅されたことが、取り付け騒ぎを煽ったことだ。これは今後大手銀行にとっても脅威となることを暗示している。
・欧州の不動産危機懸念
経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦氏は、「今進行中の米金融危機は余震に過ぎない。リーマンショックの悪夢を呼び覚ます本当の震源は、欧州の不動産市場にある」と警告する。その理由は、「FRBと欧州中銀は金利を急速に上げてきたが、最も深刻な影響が出るのは不動産市場だ。住宅ローン金利の高騰により不動産需要が激減するからだ。とりわけ欧州市場の金利は14年ぶりの高水準となっている。」ことにある。さらに、EUの金融リスク当局が「不動産市場が急速に悪化して金融市場にシステミックリスクを生じる恐れがある」と警告しているという。(参照:資料2)
今回の危機はまだ収まっていない。3月19日にスイスの金融当局が「160億スイスフラン(約2.2兆円)に上るクレディスイスのAT1債が無価値となる」と発表した。AT1債というのは銀行が発行する債券の一つで、社債よりも利回り高い一方で弁済順位が低く、償還期限もない『永久劣後債』と呼ばれるものだ。この発表を受けて投資家の間では他行のAT1債を投げ売りする動きが広がり、利回りが急騰し債券価格が急落するという混乱をもたらした。ちなみにAT1債の市場規模は全世界で2750億ドル(約36兆円)に上るという。
・米国の金融危機懸念
アメリカのイエレン財務長官は、シリコンバレー銀行と同じリスクに晒されている銀行が186行存在すると連邦議会上院で証言した。また銀行によるFRBからの借り入れは3月15日時点で約20兆円に急増したことを明らかにした。
シリコンバレー銀行の破綻は、金融危機の前触れ現象である。2020年にパンデミックが起きて以降、欧米日は大規模な金融緩和政策を継続してきた。そして2022年にウクライナ戦争が起き、エネルギーと食料価格が高騰して急激にインフレが進んだために、米欧の中央銀行は急ピッチで金利を引き上げてきた。
中央銀行が金融市場から資金を大急ぎで回収を始めたために、金融市場で資金の大規模な逆流が起きた。金利が上がれば債券価格は下落するので、債権を多く運用してきた銀行では損失が拡大する。この変化に耐えられない金融機関が今後淘汰されてゆく可能性がある。
3.中国の経済危機
中国の産業発展促進会技術顧問で主席エコノミストに魏加寧という人物がいる。この人物が2022年12月24日に開催された中国金融安全論壇(フォーラム)」にオンラインで参加して講演を行った。その内容は実に衝撃的なものだった。要約すると、「中国経済はガタガタだ。中国経済では6つ(企業、市場、銀行、中央銀行、財政、政府)のゾンビ化が進行している。・・このゾンビ化を止めなければ中国経済の回復はありえない。そのためには、民衆の信用を取り戻し、民主的法治を中心とすることが必要だ。」と警告を発したのである。「民主的法治を中心とせよ」ということは習近平主席に対して「独裁を止めよ」と勧告していることに等しい。(参照:資料3、資料4)
3月30日の産経新聞紙面で中国評論家の石平氏が、17日に中国政府が今年1-2月の国家財政に関するデータを公表した内容について紹介している。それによると、前年同期比で主要指標が軒並み激減している。財政収入は3.4%減、消費税は18%減、車両購置税(日本でいう自動車取得税)は33%減、関税収入は27%減、国有地使用権譲渡収入29%減、証券交易印紙税に至っては62%減と相当深刻である。
平たく言えば、証券取引が6割、不動産開発と自動車販売が3割減少したということだ。不動産投資は中国経済の3割を担ってきたと言われており、土地の使用権売買が地方政府の財政の柱の一つとなっていたことを考えると、これは破滅的な状況だ。ちなみに地方政府が抱える借金は約7兆ドル(約930兆円)と言われる。
そもそも中国経済成長のカラクリは、地方政府が本来タダ同然の土地の使用権を開発業者に与えてインフラ整備や不動産開発を促進させ、地方政府は使用権収入を得て、そのお金を中央政府に上納することで成り立ってきた。
3月18日の産経新聞紙面で田村秀男氏はこう書いている。「政府の全財政収入に占める土地使用権収入の割合は、2021年が40%、2022年が29%に上った。不動産開発を中心とする固定資産投資はGDPの5割近くを占める。住宅など不動産投資は関連需要を含めGDPの約3割に上り、不動産開発、住宅ローンなど不動産がらみの融資は預金、さらなる融資という信用創造の連鎖となり、マネーを膨張させてきた。・・・この成長と膨張の方程式が昨年来の不動産市況の低迷で狂った。」と。
不動産大手の中国恒大集団が33兆円といわれる負債を抱えて倒産したのは2021年だった。余りに巨額なため潰すことも救済することもできない。政府が売買を禁止したためバブルは崩壊していないが、経済の血流である資金の流れが止まれば機能の壊死が起こり、それが経済全体に拡大していくことになる。政府は膨大な資金を投入し激を飛ばしているが、「効果なし打つ手なし」の状態のようだ。
4.中東の緊張緩和
2022年12月8日に習近平主席がサウジアラビアを訪問し、両国は『包括的戦略パートナーシップ協定』を締結した。そして今年3月10日に、中国の仲裁でサウジアラビアとイランが和解した。戦略家と呼ばれるエドワード・ルトワック氏は「これは米国が自ら引き起こした失敗であり、重大な外交的敗北だ。」と述べている。
また国際アナリストの田中宇氏は、3月17日の自身の『国際ニュース解説』の中で次のように分析している。(参照:資料5)
「サウジとイランは2016年から対立を続け、両国の首都にある大使館も閉鎖されていたが、今回は対立を解消して相互の大使館を2ヵ月以内に再開し、安全保障や防衛投資などの分野の協力も再開することを決め、両国の代表が北京で合意文に調印した。米国の支配下にあった中東で、中国がこれだけ大きな外交業績を挙げたのは画期的だ。」
「サウジがイランと和解して非米側に転じることは、サウジとイランだけでなく中東全域と、中国とロシアの全員にとって利益になる。今後は、中国がアラブ諸国の全体とイランとの和解を仲裁していく方針で、今年中にアラブ諸国とイランの首脳が北京に集まって史上初のサミットを開く予定になっている。」
3月21日には習近平主席がモスクワを訪問して中露首脳会談を行った。何が話されたのかは明らかになっていないが、中国がサウジとイランを和解させたことが話題の一つであったことは容易に想像できる。
もしサウジとイランを中露陣営に取り込んだとなれば、これは今後地政学的な意味で重要な転換点となるだろう。そう考える理由は四つある。第一にドル覇権の重要な要件となってきた石油ドル決済システム(PDS)が崩壊に向かうこと、第二に両国の和解は中東アラブ世界に緊張緩和の波として伝播してゆくこと、第三に第一世界大戦以降に英国がこの地域に蒔いてきた紛争の種が順次消滅してゆくこと、そして第四に中東地域におけるアメリカのプレゼンスが徐々に低下してゆき、世界は多極的なものに転換してゆくことだ。
5.ウクライナ戦争
『ウクライナ戦争の深層(三部作)』で、「ウクライナ戦争は三階層の構造を持っている。第一層はロシア対ウクライナの地上戦、第二層はロシア対NATOのエネルギーを含めた地政学を巡る戦争、そして第三層はロシア対アメリカの世界秩序の形態(多極化か米国1強体制の継続)を賭けた覇権戦争の三つである。」と書いた。(https://kobosikosaho.com/world/885/)
まず第一層を考えると、戦争終結の目途はどうなるだろうか。ウクライナ東部の州のロシアへの帰属を条件とするロシアと、ウクライナ戦争以前の状態への復帰と2014年にロシアに奪取されたクリミア半島の返還を条件とするウクライナとでは、隔たりが大きすぎて終結の目途は当面立ちそうにない。
戦争が長期化すれば、ロシアの継戦能力、ウクライナの継戦能力とNATOの支援体力の何れが優勢になるかで結末は違ったものになるだろうが、軍事侵攻したロシアを無罪放免すれば国際秩序が崩壊することになるため、ウクライナもNATOもロシアよりも先にギブアップすることはないと考えられる。
次に第二層を考えると、既に欧州はエネルギーの脱ロシア化を進めており、欧州とロシアのデカップリングが進んでいる。また4月4日にフィンランドのNATO加盟が正式に決定したが、今後ロシア周辺国のEU加盟やNATO加盟が増加してゆくことが予測される。一方でフィンランドはロシアの隣国であることから、ロシアとNATOの緊張は今後高まってゆくだろう。
問題は第三層だが、ロシアの継戦能力とバイデン政権の寿命の時間勝負となるだろう。2024年の大統領選挙がどうなるかを予測することは時期尚早だが、さまざまな理由から共和党が政権を奪還する可能性が高まっている。基本的に民主党はグローバリスト、共和党はナショナリストであるから、共和党が政権を奪還すればバイデン政権の対露政策を修正して戦争は終結に向かうことが予測される。
そう考えると、ウクライナ戦争の終結は、ロシアが先にギブアップするか、それとも2025年1月の米国共和党政権の登場を待つ他ないように思われる。
参照した文献:
・資料1:「経済封鎖される中国、アジアの盟主になる日本」、渡邉哲也、徳間書店、2023.1.31
・資料2:「米銀行破綻は大惨事の始まりに過ぎない」、藤和彦、現代ビジネス、2023.3.23
・資料3:「習近平に退陣要求・・・体制はエコノミストが政権批判!その深刻な中身と中国経済のヤバすぎる現実」、 福島香織、現代ビジネス、2023.1.12 (https://gendai.media/articles/-/104495)
・資料4:「キョンシー化する中国経済、体制内部からの習近平討伐檄文」、林建良、台湾ボイス (https://taiwan-voice.com/kyonshiization-china-economy/)
・資料5:国際ニュース解説無料版、田中宇、2023.3.17
後編に続く
One comment on “世界で進行中の事態(前編)”