戦後スキームのイノベーション

ウクライナ危機の原因

 ウクライナ情勢が緊迫度を高めている。原因として言われていることは、ソヴィエト連邦が崩壊した1989年の「線引き」問題である。ここでいう「線引き」とは、国境をまたいで在ウクライナのロシア系住民と在ロシアのウクライナ系住民とが存在することをいう。

 しかしもっと本質的な理由が存在する。それは、NATOとロシアの地政学的関係という、もう一つの「線引き」問題である。ソヴィエト連邦崩壊後に、旧東欧諸国がEUとNATOに相次いで参加したことにこそ原因がある。そもそもNATOは1949年に12ヵ国でスタートしたのだが、それがソヴィエト連邦崩壊後には16ヵ国になり、現在は30ヵ国にまで拡大している。さらにウクライナとジョージアの参加が話題に上っている。

 ウクライナはロシアと並んでソヴィエト連邦の軍事力を二分した国である。もしそのウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアは巨大な軍事力を持ったNATO軍と国境を挟んで対峙するという悪夢に直面することになる。

 ロシアの隣国にはNATOとの緩衝地帯を作りたいプーチン大統領からすれば、ウクライナのNATO加盟は「冗談ではない。断じて容認できない。」ということになるだろう。ただし、現実は自由民主主義国を目指す国々が多いということであり、ロシア型の専制国家が敬遠されていることに他ならないのだが。

 それはともかく、つまりプーチン大統領が提起したウクライナ問題の主題は、ソヴィエト連邦の時代(冷戦期)は32年も前に終結したにも拘らず、その後NATOが拡大・東進を続けている現状にある。

 フォーン・アフェアーズ(Foreign Affairs)の1月17日の電子版に、「NATOは門戸を閉じるときだ(Time for NATO to Close Its Door)」という論文が掲載された。著者は米カソリック大学(the Catholic University of America)の歴史学の教授で キメージ(Michael Kimmage)という人物である。

本質はNATOというスキーム

 1989年末にそれまでNATOが敵視してきたソヴィエト連邦が消滅し解体したのだから、本来なら10年程の時間をかけてNATO体制のイノベーションをすべきだったのだ。今回のウクライナ危機はそれを放置してきた結果、ロシアの我慢の限界を超えて顕在化したとみるべきだ。

 すなわちウクライナ問題は、ソヴィエト連邦崩壊という本震の余震と捉えるべきであり、ウクライナ問題を戦争に発展させることは時代に逆行するものとなり、解決にはならない。

 マクロン大統領がプーチン大統領にどういう提案をしたのかは知る由もないが、もし「軍事的にではなく外交努力によって問題を解決する」ことを目指すのであれば、その外交的手段にはNATOの再定義が盛り込まれるのでなければ意味がない。

放置されてきた戦後スキーム

 その視点に立って視野を拡大してみよう。同様に考えると、現在の台湾危機には第二次世界大戦(WW2)終結時の線引き問題が、北朝鮮危機には1950年の朝鮮戦争終結時の線引き問題がそれぞれ背景に存在している。北方領土問題も同じだ。

 現在日本周辺で深刻化しているこれらの危機の何れもが「戦後スキーム」を放置してきた結果であり、そう考えると、解決するためには戦後スキームを現時点で見直す何らかのイノベーションが必要となることが分かる。

 もし台湾問題が軍事衝突に発展するようなことがあれば、それは時代錯誤でしかない。日本にとって台湾は隣国であり、安倍元総理が「台湾有事は日本有事である」と述べたように、日本は台湾問題に対し傍観者ではいられない。一方日本にとってウクライナ問題は欧州の遠い問題に見えるが、以下に述べる二つの理由から、日本はウクライナ問題の解決に主体的かつ積極的に関与・貢献すべきなのだ。一つはウクライナ問題が台湾有事に連動する可能性があること、他一つは中国による軍事的侵攻を封じ込めることが日本にとって死活的な命題であることだ。

 日本は軍事力を背景とする国際問題への関与はできない。だからと言って、日本はアメリカから要請されたからEUに天然ガスを支援するというような、従属的で小間使いの役割に甘んじるべきではない。中国に台湾侵攻を起こさせないためにもウクライナ問題の外交的解決に日本は関与すべきなのだ。

 ウクライナ問題が戦争に発展することを阻止しなければならない。一般論としてそのとおりであるが、敢えて日本の国益と戦略の視点からも、日本は主体的に戦争阻止のための外交を行うべきである。理由は二つある。

 一つはもしウクライナ問題を外交的に平和裏に解決できるなら、その成果は台湾問題が戦争に発展する強力な抑止力として利用できるからである。他一つは、ウクライナ危機は冷戦崩壊時の、台湾有事と北朝鮮問題はWW2終結時の「線引き」に原因があるからである。

戦後スキームのイノベーション

 安倍前総理は首相をめざした頃から、「戦後レジームからの脱却」を唱えていた。「戦後レジーム」が日本の国内問題だけだったのかどうかは分からないが、終戦後76年が過ぎているにも拘わらず、国内問題として戦後レジームを解決することの目途は立っていない。そうであるならば、発想を転換して、「国際問題としての戦後レジーム問題」の解決に主体的な関与・貢献をする過程で合わせて国内問題を解決することが賢明ではなかろうか。問題が戦争一歩手前の危機にまで高まっている今こそ千載一遇の好機ではないだろうか。

 ただし解決するためには、「戦後スキームのイノベーション」が必要となる。国内問題も国際問題も戦後レジーム問題を解決することは、スキームのイノベーションを行うことを意味する。プーチン大統領は戦争も辞さないという布陣でイノベーションの断行を西側に迫っているのである。

 台湾有事や朝鮮半島問題は無論のこと、北方領土問題も、拉致問題も、相手が好意的に動いてくれるのをひたすら待つという姿勢では、この先何年たっても解決できないだろう。そうではなくて、難題を解決するためには、何れもが相手国との国益を賭けた戦略ゲームなのだとの認識に立って、攻めるカードを次々に切るという外交が求められる。

 「専守防衛」というマインドでは、これらタフな国を相手国とする国際問題を解決することはできないことを、日本は改めて肝に銘じ、戦法を転換する必要がある。

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