戦後政治の大転換

戦後政治の大転換というドラマ

 「戦後政治からの脱却」という大きなドラマが進行中である。このドラマは、内閣総理大臣石破茂、公明党代表斉藤鉄夫、立憲民主党代表野田佳彦、そして内閣総理大臣高市早苗という人達が綴ったドラマである。そして高市首相は、「ポスト戦後80年時代の新しい政治への転換」という次のドラマを主宰し主演している。

 ドラマの第一幕第1場は、2024年9月28日に行われた自民党総裁選を皮切りに幕を開けた。総裁選の第1回投票は高市早苗氏181票、石破茂氏154票となり、高市早苗氏がトップとなったが、決選投票で逆転劇が起きて、石破茂氏215票、高市早苗氏194票となった。こうして第103代石破茂総理大臣が誕生した。この逆転は旧態依然とした永田町の力学、つまり「戦後政治の力学」が働いたことによって起きた。

 第2場は、2024年10月28日に行われた衆議院議員選挙である。石破首相が衆議院を解散したのだが、結果は以下のように自民党の惨敗を招いた。勝者となったのは立憲民主党と国民民主党だった。自民党が徹底的に嫌われて、それが両民主党に流れた。言い換えれば保守からリベラルへ流れた。

 第3場は2025年7月22日に行われた参議院議員選挙である。結果は以下のとおりで、自公与党が過半数割れし、国民民主党と参政党が躍進した。

 再び惨敗を喫したにも拘らず石破首相は続投を表明したが、過半数を超える世論の反対を受けて辞任した。

 第4場は、石破首相の退陣表明を受けて2025年10月5日に行われた自民党総裁選である。党員の40%から支持を得て高市氏が第1回投票でトップとなり、決選投票では都道府県票47票の内36票、なんと76%が高市氏を支持した。このように世論の大きな意思が示されたために、従来の永田町の力学が封じ込められ、10月21日に行われた首相指名選挙で高市早苗氏が第104代総理大臣に就任した。

 第5場は、10月10日に公明党が自民党に対し連立の解消を通告したことである。公明党が高市内閣とは組めないというカードを切ったのだった。こうして戦後政治の枠組みの一つが一日にして消滅した。

 第6場は、高市首相が2026年1月23日に切ったジョーカーともいうべきカード、衆議院の解散である。公示日が1月27日、投開票が2月8日という過去最短でかつ真冬の選挙となった。後述するように、このジョーカーは高市首相が公約として表明してきた「大胆な戦後政治からの転換」というべき諸政策を実行に移すにあたって、国民からの強い支持表明を求めて切った乾坤一擲のカードだった。

 第7場は、ジョーカーを切られた立憲民主党と公明党が1月16日に中道政策連合として合体したことである。

 そしてドラマの第一幕を飾る第8場は2月8日に行われた総選挙だった。結果は高市首相が乾坤一擲の大勝負を制して自民党単独で2/3超の歴史的な圧勝を果たした。一方中道政策連合は公示前議席の7割を失うという歴史的惨敗を喫した。

 選挙結果 2月8日に行われた総選挙の結果は次のとおりである。

 結果だけみれば、二つの変化が見て取れる。第一の変化は118議席が丸ごと中道支持から自民党支持に回ったことだ。第二の変化は、高市旋風の中でも維新と国民は現状勢力を維持し、参政とチームみらいが躍進したことだ。これは自民党に対抗する勢力として、旧来のリベラル勢力と入れ替わるように、維新と国民民主が踏ん張り、若い世代の意思を反映する形で参政とみらいが台頭したと解釈できる。

どうしてこういう結果となったのか

 国民の高い高市首相支持は、「国際情勢と日本の未来に対する危機感」の表明だった。高市政権が誕生して以来、極めて高い支持率が継続してきたことがそれを如実に物語っている。

 国民の危機感が切羽詰まったものであるにも関わらず、壊滅的惨敗を喫した中道政策連合の政治家たちは「危機対処」を強く求める嵐の中で「呑気な父さん」を演じていた。国民目線で見ればそうとしか見えない。危機に対し「中道」というキャッチフレーズは「危機に対し何もしないことを宣言した」パロディにしか聞こえなかったということだ。

今回の選挙は何だったのか

 選挙期間中、「今回の選挙には大義がない」という趣旨の発言をする野党政治家が目立った。この人達は国際情勢の激変も政治の大局も、視野の中にないのだということを国民の前に告白したことと同じである。高市首相が衆議院解散という伝家の宝刀を抜いたのは、これからの戦いに向けて国民の全幅の支持を得て憂いなく政策を進めるための布石である。

 高市首相が「挑戦しない国に未来はない」と繰り返し述べて訴えたのは「戦後政治からの脱却」であり、「ポスト戦後80年時代の新しい政治」への大転換だった。今回の総選挙での圧勝は、第一幕「戦後政治からの脱却」の最終章だったと位置づけられる。期待通り国民からの絶大な信任を得たので、高市首相は躊躇することなく第二幕の「ポスト戦後80年時代の新しい政治」への大転換を進めてゆくだろう。

国民の危機感はどこにあるか

 ずばり「国際情勢と日本の未来に対する危機感」である。

 はじめに「日本の未来に対する危機感」はどこから来るかと言えば、失われた30年を経て日本の国力が相対的に衰退し、国民の実感としても生活が貧しくなっている現実にあることが明らかだ。選挙期間中に高市首相が訴えてきた「責任ある積極財政」は、日本のこの閉塞状態を打破しようという意思表明である。

 次に「国際情勢に対する危機感」は、現在進行中の国際情勢の激変に起因する。東アジアの安全保障環境がもはや安全ではなくなってきたということだ。国際情勢の激変を象徴する事件は次のとおりである。

 第一は2022年2月に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻である。核兵器を保有する軍事大国が武力を使って隣国に軍事侵攻したことによって、曲がりなりにも戦後維持されてきた国際秩序が跡形もなく吹き飛んだのである。

 第二はアメリカをも脅かす経済大国となった中国が、力を行使して戦後の秩序を強引に変えてきたことだ。南シナ海や東シナ海に人工島を作って軍事要塞化してきたことも、一帯一路と称して途上国に巨額の融資をしてそれを担保に港湾などを中国の管理下に置いてきたことも、更には台湾有事に関する高市首相発言を捉えた執拗な脅しもその一例に過ぎない。そして今世界は、台湾を力づくで支配しようとする中国の動静を注視している。

 第三は北朝鮮が核兵器を開発してきたことだ。北朝鮮はウクライナへも派兵し、ロシアとの軍事同盟化を進めてきた。

 そして第四は、トランプ大統領が進めるMAGA政策である。ベネズエラの現職大統領を力づくで追放し、イランに空母打撃軍を派遣する一方で、「グリーンランドをアメリカ領土としたい」と表明するなど、「戦後の国際社会の常識」を逸脱する言動に対し、欧州諸国からも非難が集まっている。

 このように、米中露という核保有国かつ軍事大国が、容赦なく力を行使して国際秩序を変えてゆく時代が到来した。戦後80年が経って国際情勢の風景が激変したのである。いつの間にか世界は秩序によってではなく、力によって運営される場に変わってしまった。東アジアとて安全保障のサクチュアリではなくなり、国民が「ウクライナの次はどこか、それはいつか」と考えることは、安全保障上の危機がもはや他人事ではなくなったことを意味している。

 安保理常任理事国には拒否権があるために、常任理事国自身が力を行使すれば、もはや誰にも止められない事態となる。それでも戦後はアメリカの圧倒的な力が国際秩序を維持してきたが、トランプ第二期政権の誕生とともに、その構図が揺らぎ始めている。

 最近ではウクライナ支援とロシア対処を巡って、欧米が離反し始めた。トランプ大統領は同盟国よりも露中との関係を重視しているように見える。同じ変化が東アジアでも起きる可能性がある。アメリカがグローバルな覇権から西半球の覇権に引き籠ろうとすれば、米韓同盟に留まらず日米同盟も近未来に変質が迫られる可能性が高まる。

 言い方を変えれば、ソ連邦の崩壊以降アメリカ一強だった世界の力学が変わり、世界が多極化し、アメリカが西半球に引き籠ろうとしている。その空白を埋めようとBRICSが台頭している。戦後の米ソ冷戦時代、その後のアメリカ一強の時代には、曲がりなりにも国際秩序は担保されていたのだが、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を転換点として、その担保の信頼性が揺らいでいる。

 高市政権はそういう国際情勢の中で船出した。激変しつつある国際情勢の視点から俯瞰すれば、「呑気な父さん」を演じてきたリベラル勢力は及びではないことになる。中道政策連合の頓挫は、戦後政治は既に過去のものとなりリベラル政党の役割が終わったことを示唆している。激変しつつある国際情勢、安全保障環境の中に、国民の多数が近未来の日本の危機を肌で感じている、それが今回の総選挙の結果として現れたのである。

ポスト戦後80年時代への転換

 第一幕「戦後政治からの脱却」シナリオは、既に現実のものとなり、極めて速いスピードで展開し始めた。既に述べたように、一気呵成に第8場まで進んだ。2月8日の総選挙結果は、第2幕「ポスト戦後80年時代の新しい政治への大転換」の第1場の幕が上がったことを意味している。

 「戦後政治から脱却し、ポスト戦後80年の時代の新しい政治へ転換する」とは、どういうことだろうか。一言で言えば、観念論に基づく思考停止の政治と決別して、リアルポリティクスを取り戻すことに他ならない。

 戦後の日本は、日米安保条約を根拠として日本の防衛をアメリカの軍事力に委ねてきた。アメリカの核抑止力に依存しながら「非核三原則」を掲げて、核の要否、是非について思考停止してきた。日本各地に多くの米軍基地を提供し、国内に米軍を常駐させておきながら、最新の軍事システムや兵器を保有する自衛隊を軍隊と呼ばずにごまかしてきた。戦後80年が過ぎたというのに、国際情勢の変化・科学技術、社会の進化とそぐわない箇所が散見されるにも拘わらず、憲法を一度も変えずに自己矛盾を放置してきた。東日本大震災が起きると原発が忌避され、「脱炭素」という神話のもとに現実的なエネルギー政策から眼をそらしてきた。

 これらに共通している根源的な問題は、見たくない現実には目をつむる思考停止である。広島・長崎の原爆被災者が「核廃絶」を唱えることも、福島原発の被災者が「原発再稼働反対」を唱えることも、信条としてよく理解できる。しかし国政を担う政治家が被災者におもねって思考停止となり、国益を損ねる政治を戦後80年にわたって続けてきたことは、政治家の責務放棄という他ない。政治家であるならば、与党であろうが野党であろうが、国際社会の動向に対し思考停止となることなく、我が国の国益を追求するリアルポリティクスを貫いてもらわなければならないのである。

日本文明の源流を探る(2)

弥生時代という転換期

縄文からヤマト建国への移行

 時代区分によれば、弥生時代は紀元前300年~紀元300年のおよそ600年間をいう。その後の歴史を知る立場から俯瞰すれば、弥生時代に進行したことは、縄文時代が終わりヤマト建国に向かう転換期で起きた一連の変化だった。主な変化は次のとおりである。

①寒冷化の結果、縄文時代の人口が激減し(中期→晩期に1/3以下に減少)、人々が東から西へ民族大移動を始めた。東から西へ人口や力の重心が移動した。

②人口分布・移民増加・鉄の利用や稲作の普及などにおいて、西と東とで明暗が分かれた。

③西の中でも北部九州は朝鮮半島・中国大陸との交流・交易が活発になり、人・富・力が集中しつつあった。ちなみに九州南部は縄文文化が優勢な地域だった。

④一方、将来の都となる大和盆地では人口が増加し有力な豪族が集結してきた。

⑤邪馬台国をはじめ地域国家(クニ)が各地に誕生しつつあり、縄文時代に力を蓄えてきた大和盆地に陣取る豪族達が危機感を募らせらせた。

銅鐸と鉄器

 当時朝鮮半島・中国大陸との交易が活発になっていて、交易の拡大が国内情勢に変化をもたらしつつあった。交易を精力的に進めた地域とそうでない地域に国内は二分され、前者の力が徐々にかつ相対的に大きくなっていった。中でも特筆すべきは鉄である。歴史作家の関裕二氏は著書の中で、次のように述べている。

 「ヤマト建国に果たした銅鐸文化圏の役割が想像以上に大きかった。これは考古学が突き止めた事実である。銅鐸は稲作の伝来とほぼ同時期に(紀元前10世紀頃)に朝鮮半島からもたらされたが、やがて西日本の多くの地域で地中に埋納されてしまった。その代表例が出雲の荒神谷(こうじんだに)遺跡である。遺跡からは銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土している。銅鐸を埋めてしまった地域には鉄器がもたらされ、強い王が生まれた。その一方で、近畿地方や東の地域では弥生時代後期に至っても銅鐸文化が維持された。」(資料1)

 「弥生時代後期には北部九州が大量の鉄を手に入れて寡占状態を保っていた。北部九州は山陰や瀬戸内海に鉄を供給したが、奈良盆地は鉄の過疎地となった。」(資料1)

 大和盆地に東日本からの人々が集結し、大陸との関係の活発化などの情勢変化を踏まえて、ヤマトに勢力を張った東の勢力の中から、北部九州や出雲の勢力を制圧して日本を統一しようとする動きが活発となった。

大和盆地に出現した大規模集落

 民族大移動について関裕二氏は次のように分析している。「東から西への民族大移動の結果、3世紀初頭には奈良県三輪山麓の扇状地、「纏向(まきむく)」に忽然と前代未聞の大規模集落が出現した。その南には日本初の市場である海拓榴市(つばいち)も登場した。さらに大和盆地に東海地方の人々が集結し、慌てて各地から人々が押し寄せてきたことが、一気にヤマト建国の機運を高めた要因となった。」(資料1)

 但し、纏向に大きな集落ができ市場まで誕生したことが、ヤマト建国の原因だったのかそれとも結果だったのかははっきりしない。ヤマト建国という大事件の一幕であっただけでなく、九州や出雲などを除き大和盆地が次第に中核地域となっていったことは間違いない。

 大和盆地に人が集まるようになったのは、瀬戸内海に面した河内、日本海に面した丹波、さらに尾張や東海の豪族にとって、大和盆地が日本の都となるに相応しい要件を備えていたからだろう。大和盆地の地政学的な重要性を当時の実力者が理解していたと考えられる。大和盆地を押さえるものが日本を押さえるというように。

地域国家(クニ)の誕生

 中国の『漢書』は、紀元前1世紀頃に「倭国に100ほどのクニが存在していた」と伝えている。これを素直に解釈すれば、中国から眺めると「海を隔てた向こうに倭国という国があり、そこには100程の小さなクニがある」という、ぼんやりとした認識である。倭国というのはそれらの集合体をそう呼んだということで、統一国家の名称ではない。何故なら紀元前1世紀に統一国家は存在していないからだ。クニというのも極めてあいまいである。むしろ『漢書』の記録は、恐らくは地方ごと豪族ごとの集落もしくは集団がバラバラに存在していたという状況を描写したものだろう。

 それからおよそ200年後、ヤマト建国前夜には少なくとも以下の四つの勢力がはっきりと存在していた。

①朝鮮半島・大陸との交易を重視する北部九州勢力

②環日本海交易圏を志向していたタニハ勢力(丹波・但馬・若狭を地盤とする、海部・尾張・安積・物部という出雲系の氏族で構成される集団)

③縄文出身で最初に進出して、大和盆地を最初に押さえた東海勢力

④3世紀の河内(現在の大阪)を支配していた吉備勢力(瀬戸内海)

 地域国家論で知られた歴史学者の門脇禎二氏は、ヤマト建国前夜には出雲、丹波、若狭、吉備などの地域国家が存在していたと主張している。魏志倭人伝にある邪馬台国と女王卑弥呼の存在については、存在自体を疑問視する説もあるが、もし存在していたとすれば、タニハや吉備に匹敵するクニであったと考えられる。 

 そして2世紀後半(147-189)に北九州、出雲、丹波で「倭国の大乱」が起きたという記述が中国の複数の歴史書にある。大乱では出雲勢力が敗れタニハが勝利したという。タニハは海部、尾張、安積、物部という出雲系の氏族で構成されていて、出雲の分家が本家を破ったことになる。タニハはまた出雲の背後で暗躍する北部九州勢力と対峙していて、ヤマト建国よりも、環日本海交易圏を志向していたという。(資料1)

 以上の情報を総合すると、ヤマト建国前夜の状況は次のようなものだったと考えられる。

①紀元前1世頃に、地域ごと豪族ごとの集落や集団が多数存在していた。

②それから2-3世紀を経て人口が増加し集落や集団の規模が大きくなり、銅器や鉄器の普及とともに豪族の力が増大した。

③その過程で有力な豪族が台頭して、土地や富或いは主導権を巡る紛争が増加した。

④やがて紛争が拡大してクニから統一国家へと向かう潮流が形成されていった。

⑤諸勢力の中から、統一国家建設の中核勢力と実力者が絞られていった。 素直に解釈すれば、倭国の大乱は③から④に相当する時期に広範囲に起きた紛争と考えられる。「大乱」という用語に拘れば④に相当し、ヤマト建国に至る重要な過程だったと考えられる。何れにしてもヤマト統一という事件は優に100年に及ぶ大事件だった。

日高見国と大和

 東北大学名誉教授だった田中英道氏は記紀と風土記に記述があることと、鹿島神宮の周辺に「高天原」という地名が現存していることから、縄文時代には既に「日高見国(ひだかみこく)」という国家が存在していて、ヤマト建国とともに日高見国と大和が合体して「大倭日高見国」となったと述べている。(資料2)

 祝詞(のりと)に書かれているように、日本はもともと大倭日高見国という国だった。既に述べたように、縄文時代中期には人口の95%以上が中部、関東、東北に集まっていた。その後「大倭」が残り「日高見国」が記憶から薄れていったのは、歴史を書く史部(ふひとべ)に帰化人が多く、その事実を知らなくなっていたからだ。(資料2)

 ヤマト建国以前に東に日高見国が存在したことが事実とすると、大和盆地に進出した勢力が日高見国の勢力であって、北部九州や出雲を中心に新興勢力が台頭してきた変化に直面して、併合しようと考えたことがヤマト建国の動機だったと解釈できる。

 ちなみに祝詞とは、祭典に奉仕する神職が神に奏上する言葉である。「延喜式(えんぎしき)」という律令の施行細則をまとめた法典には、現存する最古の祝詞として「朝廷の祭儀に関わる二十七編の祝詞」が収録されており、現在でも重視されている。(参照:神社庁HP)

 「弥生時代になると、中東から流浪の民である古代ユダヤ人も入ってきた。こうして日高見国から倭国に人口が移動し始めた。寒冷化が進み、三内丸山遺跡など寒い東北や北海道での竪穴式住居では次第に生活できなくなっていったのだ。そして神武天皇と共にほぼ西への移動が完了した。高天原から天孫降臨したという神話はそれを意味している。」(資料2)

天皇家の祖を巡る謎

初代天皇は誰か

 そもそも初代天皇は誰か?候補は第1代神武天皇、第10代崇神天皇、第15代応神天皇の三人に絞られる。しかし神武東征が応神天皇による東征の焼き直しと考えられることと、神武天皇の即位年が無理やり紀元前660年とされたことなどから、神武天皇から第9代開花天皇までは天皇家の系譜を体系化するために創作された可能性が高い。

 しかし丸ごと創作するのであれば、歴代天皇の在位を操作する必要はなく、天皇の数を増やせばいいだけだ。そうしなかったということは、神武天皇から開花天皇まではヤマト建国以前の時代で、実在した人物(豪族の実力者)をもとに造られた偶像だった可能性が高い。

 ヤマト建国以前には縄文から連なる長い歴史があり、既に地方には多くの豪族が存在していたことから、歴史上突然にしかも短期間でヤマト建国が行われたと考えることには無理がある。歴史上の何処かでヤマト建国がなされたことは事実だが、それ以前には複数の有力豪族による連携やら対立やら、或いは地域国家の台頭などの事件や紆余曲折があったと考えられる。日本書紀は編纂された時に整然と体系化された物語であり、史実を忠実に描写したとは限らない。

記紀編纂の方針

 神社の伝承から古代を読み解くことに挑んでいる佐藤洋太氏が著書の中で、記紀の編纂について興味深い点を指摘している(資料3)。それは、記紀を編纂した時に少なくとも二つの方針があったというものである。一つは神武天皇の即位を紀元前660年に据えたことであり、他一つは「万世一系」を守ることだった。以下に要点を説明する。

 初めに、日本書紀によれば神武天皇の即位年は西暦の紀元前660年とされるが、これは史実ではなく、中国の『讖緯(しんい)説』を用いるために、その年代まで引き延ばされたものだ。どういうことかと言えば、紀元前660という年は、暦の六十干支(ろくじっかんし、つまり「えと」)が辛酉(かのととり)で「帝王が変わる」年と言われ、さらにそれが21回繰り返された特別な年にあたり、「国が興る」年であるという。(資料3)

 六十干支と讖緯説を知っていた編者が、天皇の歴史を体系化するにあたり、初代天皇の即位年を西暦660年としたということである。神武天皇即位の年を紀元前660年に据えた結果、神武天皇127歳、神功皇后摂政在位69年など、上古の天皇の寿命と即位年があり得ない程に過去に大幅に伸ばされた。

 もう一つの方針は、「万世一系」に反する不都合な天皇の存在は、たといそれが史実であったとしても天皇家の系譜から削除することだった。代表的な例が邪馬台国の女王卑弥呼と台与(とよ)である。これについては後述する。

三人のキーパーソン

 ヤマト王権誕生以前に大和を支配していたのは東海系のナガスネヒコだったが、その後吉備のニギハヤヒがヤマトに乗り込んできて、ナガスネヒコから大和の支配権を奪った。さらにその後東征を終えて第15代応神天皇が大和にやってくると、ニギハヤヒは王権を応神天皇に譲った。これが日本書紀に書かれている物語であり、ヤマト建国の物語の核心部分である。歴史の世界でこの三人は同じ時代を生きた人物であり、ヤマト建国に直接関わった当事者と考えられる。

 時代背景として注目すべきは、吉備で生まれた埋葬文化が発展して大和で前方後円墳が誕生し、前方後方墳を造り上げた近江・東海と前方後円墳の原型を造っていた吉備が合併してヤマト建国の中心勢力を形成していた事実である。しかも大和盆地では吉備勢力が主導権を持っていたという。(資料1)

 そう考えると、吉備のニギハヤヒは東海のナガスネヒコよりも実力・格が上で、そのニギハヤヒから見て応神はヤマト王権の正統の存在だったことになる。応神天皇は系譜では仲哀天皇と神功皇后の子だが、実際は武内宿禰(すくね)と神功皇后の子だったという説もある。

 記紀は崇神天皇の母と祖母が物部系だったと記録している。もしそれが史実であれば崇神天皇は実在した人物で、さらに物部氏の祖がニギハヤヒだったことを考慮すると、ニギハヤヒが崇神天皇だった可能性が高い。

天皇家の祖を考える

 天皇家の祖は誰か。この謎を幾つかの視点から検証してみよう。

 第一の視点は豪族である。天皇家の祖と近い関係にある豪族としては物部氏の他に、蘇我氏、海部(あまべ)氏などが知られている。物部氏は日高見国=縄文系の豪族でニギハヤヒを祖とし、神道を推進する代表格である。

 一方、蘇我氏は秦氏の流れを組む新興勢力で仏教推進派だった。蘇我氏の祖は武内宿禰である。武内宿禰は第8代孝元天皇の孫にあたり、古事記によれば第12代景行天皇から第16代仁徳天皇に仕えた伝説上の忠臣で、蘇我氏をはじめ多くの中央有力豪族の祖として知られている。つまりヤマト王権成立前夜で最も影響力のある豪族は武内宿禰だったことになる。

 海部氏は、京都府丹後半島の籠神社(元伊勢神社の一つ)の宮司を代々務める由緒ある家柄で、現代の当主は第83代であるという。国宝に指定されている海部氏系図を辿ると、祖先は天皇家と深い関りを持っていることが分かる。

 第二の視点は神社との関係である。天皇家と深い関りがある神社に関して論点を整理してみる。以下の理由から、記紀が編纂されたときに、鹿島神宮と香取神宮はさまざまな意味で天皇家に近いと認識された存在だったことが明らかである。

①天皇家は縄文時代からの太陽神を祖とする。

②日本書紀が明記しているように、鹿島神宮創設は神武天皇即位と同じ年で、「紀元前660年の辛酉(かのととり)」であり、香取神宮創設はその18年後である。

③鹿島神宮は中臣氏(藤原氏)の祖先神を祀る神社であり、香取神宮は物部氏の祖先を祀る神社である。

④江戸時代以前に「神宮」を名乗る神社は、鹿島・香取両神宮に加えて伊勢神宮しか存在しなかった。鹿島・香取とも縄文時代を代表する神社であり、日高見国と深い関りをもっている。しかも両神宮とも本州最東端、即ち最初に太陽が昇る地にある。

 第三の視点は、ヤマト建国に関わった人物である。既に述べたように、ニギハヤヒ(饒速日命)がナガスネヒコ(長脛彦)から大和の支配権を譲り受けた物語が、いわゆる「大和への天孫降臨」と考えられることから、そうすると初代天皇=崇神天皇=ニギハヤヒの可能性が高まる。

 第四の視点は、記紀の編集方針である。既に述べたように、日本書紀が編纂されたときに考慮された二つの方針は、神武天皇の即位年を紀元前660年とすることと、「万世一系」を貫くことだった。

 上記視点を考慮し、この謎を改めて俯瞰してみると、初代天皇は誰かと問うこと自体あまり意味がないように思われる。そう考える理由は二つある。第一に、ヤマト建国は1万年以上続いた縄文時代が終焉し、新しい時代へ移行する転換点で起きた事件であり、整斉粛々と進んだ筈がなく、多くの事件や紆余曲折を乗り越えて成し遂げられた偉業である。その紆余曲折のどこが新体制の始まりなのかと問うことにどれほどの意味があるのかだ。

 第二に、そもそも祖先を辿ってゆけば祖先は過去に遡るほど収束してゆき、ミトコンドリア・イブではないが、全ての人の祖先は最終的には一人の人物に行き着くことになる。

 天皇家の場合も同じで、祖は誰かと辿ってゆけば当時の複数の有力豪族と共通の祖先に辿り着くであろう。何故なら当時の有力な豪族の中から天皇家が誕生したと考えられるからだ。しかもその有力な豪族が一つとは限らない。むしろ複数の豪族の遠い祖先が後の天皇家と深い関係にあったとしても何ら不思議ではない。天皇家の祖と有力豪族の祖を辿る「複数の糸」は絡み合っていて、単純な形には収束しないであろう。

日本書紀の信憑性

 「天皇」という称号を最初に使ったのは第40代天武天皇であるが、日本書紀では神武以降の歴代が天皇と称されている。つまり記紀を編纂した人々が、天武天皇期に初めて使われた「天皇」という称号を、実存がはっきりしない神武にまで遡って当て嵌めているために、ヤマト王権の真の初代が分からなくなっているのである。これをミステリーと捉えれば、そこには日本書紀を編纂した作者の意図が隠れているのかもしれない。

 日本書紀は歴史書ではなく、天武天皇(673~686)が編纂を命じて、第44代元正天皇の720年に完成した物語である。ヤマト王権成立の物語は、縄文時代が終わって弥生時代を経て古墳時代が始まる転換点において、文字が存在しなかった時代の記憶と伝承をもとに綴られた、新体制の成立を体系的に描いた物語なのだ。

 日本書紀の記述の信憑性を考える上で、考慮すべきことがもう一つある。それは日本書紀を編纂した中心人物が藤原不比等だということだ。不比等は中臣鎌足の子で、父の鎌足は645年に起きた「乙巳(いっし)の変」で、中大兄皇子(後に第38代天智天皇)と共謀して挙兵し、蘇我入鹿を暗殺し蘇我宗家を滅亡させている。蘇我氏は武内宿禰の系譜に名を連ねる豪族である。

 関裕二氏は、「日本書紀の編者である藤原不比等からすれば、蘇我氏の祖の功績を歴史に残す気はなく、蘇我氏の祖が天皇家の系譜に名を連ねる事実も隠ぺいし神話に封印した」という。(資料1)つまり日本書紀編纂の背景には、藤原氏と蘇我氏の主導権争いがあり、両豪族とも天皇家の系譜と深い関りを持っている。「天皇家の祖は誰か」を考える上で、その片方が日本書紀編纂の中心人物だった事実を軽視すべきではないだろう。

ヤマト建国に関わる謎

倭国の大乱

 日本の古代は、縄文時代が16,500~2,300年前、弥生時代は紀元前300~紀元300の600年、古墳時代はヤマト建国の3世紀後半以降と区分される。そしてヤマト建国と同時に古墳時代が始まった。

 弥生時代にヤマト建国に至る過程で起きた事件に関しては、未だに解明されていない謎が存在する。その代表的なものは倭国と邪馬台国、並びに卑弥呼に関わるものである。以下に要点を整理する。

 謎1:倭国とはどこに存在したのか。九州北部か、出雲から畿内にかけてか、北九州・畿内・山陰に及ぶ広い地域か。視点を変えれば、倭国は一つの地域国家(クニ)だったのか、それとも統一国家だったのか。

 Wikipediaの記述を引用すれば、「倭ないし倭人が、中国の歴史書に登場するのは、弥生時代中期の紀元前150年頃のことであり、中国では、『漢書』に記された前漢代にあたる。『漢書地理志』によると、紀元前2世紀から紀元前後頃にかけて100余りのクニを形成していたことが知られていた。」という。

 謎2:147~189年頃に倭国で大乱が起きた。中国正史でいう大乱は王朝の交代を意味するというが、「倭国の大乱」はヤマト建国の一過程だったのか、それとも地域的な事件だったのか。

 200年頃、邪馬台国で卑弥呼が即位したという。倭国は元々男子の王が統治していた。紀元57及び107年に、倭国から後漢に遣使していて、57年遣使の時に光武帝から金印を授かっている。

 謎3:そして卑弥呼は248年に死去し、壱与または台与(イヨ、トヨ)が女王に即位した。「卑弥呼は倭国の大乱で死亡した、若しくは殺された」という説もあるが、上記年代が正しいとすれば、倭国の大乱と卑弥呼死亡の年代は合致しない。また、卑弥呼の即位が200年頃で死亡が248年であれば十分長寿であり、老衰だった可能性もある。

邪馬台国

 邪馬台国は266年以降歴史から姿を消している。理由は不明である。

 Wikipediaでは、「ヤマト王権は大和盆地及び河内平野を本拠とし2〜3世紀頃に瀬戸内海周辺、山陰及び北九州を含む西日本全域、東海などの地域にまで勢力を及ぼし、原始的な国家ないし国家連合として成立し、纏向遺跡などの計画都市を造営した。4世紀以降では関東・北陸・南九州などをも統合、王権の象徴となる巨大な前方後円墳を築いた。」とある。

 ヤマトによる国家統一は2~4世紀にかけて段階的に地域を拡大していったことが分かる。そうだとすれば、その過程で地域国家(クニ)は順次平定されていったことになり、「266年頃に邪馬台国がヤマトに平定され消滅した」可能性は十分あり得る。そして、もしそうであれば邪馬台国は一地方に存在したクニだったことになる。

 このように倭国と邪馬台国、女王卑弥呼を巡る謎は多い。佐藤洋太氏は「卑弥呼(初代女王)と台与(2代女王とよ)は地方国家の女王ではなく、天皇家の系譜の中にいた可能性が高い」と考察している。台与は266年に30歳で崇神天皇と結婚したとされるが、台与の父親が不明であり、卑弥呼と台与を天皇家の系譜に組み入れると、「万世一系」が崩れるために、系図から排除されたという。(資料3)

神功皇后

 日本書紀によれば、第10代崇神天皇(紀元前97~紀元前30年)と第15代応神天皇(紀元270~310年)の間には、4人の天皇がいて、更に天皇が不在だった神功皇后の摂政期(201~269年)がある。この間に倭国の大乱(2世紀後半)が起き、ヤマトタケルによる熊襲征伐(2世紀末)があった。

 西暦に置き換えるとこのとおりだが、数字が過去に大幅に引き伸ばされているので、そのまま受け止めることはできない。疑問点は次のとおりである。

①崇神天皇の在位は67年に及ぶ。

②崇神天皇から応神天皇まで6人の天皇が407年を統治している計算になり、単純計算で平均任期は約68年である。

③但しその間に、神功皇后が摂政を務めた期間が68年あり、この期間天皇は不在だった。

 67~68年という数値が均等に割り振られて、作為的に全体が引き伸ばされた感がある。前述したように、これは神武天皇即位年を紀元前660年としたために引き伸ばされた結果である。

 ヤマト王権成立前夜の事件として、もう一つの事件がある。それはヤマトタケル(第12代景行天皇の子)、第14代仲哀天皇(同孫)、神功皇后(仲哀天皇の后)が揃って北部九州に遠征していることだ。西暦に換算して比較すると、神功皇后の摂政期は卑弥呼が死亡した248年と重なっている。

 ここから「神功皇后が邪馬台国を滅ぼし卑弥呼を殺害した」という説が出てくるのだが、崇神天皇から応神天皇に至る系譜自体が過去に引き伸ばされていることを考えれば、むしろ佐藤洋太氏が言うように、卑弥呼の存在を表舞台から消去するために神功皇后の摂政期を重ねたという解釈の方にリアリティがある。

ヤマトタケル

 ヤマト王権による日本統一を成し遂げるために、出雲勢力と北部九州勢力を従わせることが必須要件だったことは事実だが、年代を不問としても、神功皇后の大遠征もヤマトタケルによる熊襲征伐も史実なのかどうかはっきりしない。

 蒲池明弘氏は、ヤマトタケルの征伐は天孫降臨とは全く関係なく、火山噴火の混乱の歴史を辿った記憶を綴ったものだと、次のように解釈している。

 ヤマトタケルが西国遠征で成し遂げた仕事は、九州南部と出雲の勇者を殺したことだけである。ヤマトタケルの戦いをヤマト建国の戦争の一幕とするには不審なことが多い。ヤマトタケルの戦いの舞台となった九州南部と出雲は、国譲りと天孫降臨の舞台と完全に重複する。ヤマトタケルが九州南部と出雲で殺したのはクマソタケルとイズモタケルで三人の名前は固有名詞ではなく、<タケル>という抽象的な存在でしかない。もし<タケル>が火山に象徴されるエネルギーを示しているのなら、九州南部と出雲の「火山的混沌」に他ならず、ヤマトタケルの西国遠征は天孫降臨と国譲りの焼き直しでしかない。(資料4)

伊勢神宮

 伊勢神宮はいつ造営されたのか。アマテラスは天皇家の皇祖神だが、第41代持統天皇が692年に僥倖している以外に、その後明治天皇に至るまで歴代天皇は誰も伊勢神宮に参拝されていないのは何故か。ヤマト建国に直結する伊勢神宮には、幾つかの謎が存在している。

 関裕二氏は、伊勢神宮が今の形に整備されたのは7世紀後半のことだったことを考古学調査が明らかにしたという。(資料1)ちなみに持統天皇の在位は690~697年である。

 伊勢神宮に関して、公式HPには次のように書かれている。

 天孫降臨以来、アマテラスは宮中に祀られてきたが、崇神天皇は御殿を共にすることが恐れ多いと考え、アマテラスをふさわしい場所に祀る決意をした。

 第11代垂仁(すいにん)天皇の皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が大和、伊賀、近江、美濃、伊勢を訪ねた折に、アマテラスは「この神風の伊勢の国は、・・・美しい国である。この国にいようと思う。」と言われた。この教えに従い、皇女倭姫命は伊勢の五十鈴川の川上に宮を建てた。これが二千年前に遡る皇大神宮御鎮座の歴史である。

 垂仁天皇の在位は紀元前29~紀元70であり、考古学調査の結果と合致しない。日本書紀の編纂は第40代天武天皇が指示し、藤原不比等が編纂を統括したものである。基本的な認識として、歴代天皇の系譜も、史実と神話の関係も、伊勢神宮の整備も、天武天皇と持統天皇の7世紀に、ヤマト建国の勝者側の立場で整備されたという認識が必要である。

 京都府丹後半島に「元伊勢」と呼ばれる神社が複数ある。元伊勢神社には、伊勢神宮(内宮と外宮)造営以前に、天照大御神(内宮の主祭神)と豊受大御神(外宮の主祭神)が祀られていた。伝承によれば、伊勢を永遠の鎮座地とする前にアマテラスは25回引越しをしたという。

 「元伊勢神社」の一つに籠(この)神社がある。籠神社のHPにはアマテラスが伊勢神宮に祀られる以前の状況について興味深い記述がある。要点は次のとおりである。

 崇神天皇の御代にアマテラスは、「倭国笠縫邑(かさぬいむら)」から遷られた後、豊受大神と一緒に4年間、現在籠神社の奥宮として知られる眞名井神社の匏宮(よさのみや)に祀られていた。なお笠縫邑の現在地は不明である。

 豊受大神はそれ以前に、神代の遠く遥かな昔から奥宮の眞名井原にある匏宮(よさのみや)に祀られてきた。伊勢神道によれば、伊勢神宮下宮の主祭神である豊受大神は万物を生み出す神で記紀の始原神であり、天之御中主神(あめのみなかぬし)および国常立神(くにのとこたち)と同一神とされている。もしそうだとすれば、「始原神が遠く遥かな昔から丹後半島の眞名井神社に祀られていた」ことになる。但し、神社本庁はこの説をとらず、「豊受大御神はお米をはじめ衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神」としている。

 アマテラスは第11代垂仁天皇(紀元前29~紀元70)の時に、豊受大神は第21代雄略天皇(456~479)の時にそれぞれ伊勢に遷られた。

 その後、養老三年(719)に本宮を奥宮眞名井神社から、現在の籠神社へ遷し、社名を吉佐宮(よさのみや)から籠宮(このみや)と改め、天孫彦火明命(ひこほあかりのみこと)を主祭神としてお祀りした。ちなみに彦火明命は海部家の祖である。

 豊受大神は古事記には登場するが、日本書紀には登場しない。もし始原神であるとすれば、とても不可解という他ない。この事実をどう理解すればいいのだろうか。この謎を解くカギは、日本書紀と古事記の違いにある。

 日本書紀が歴代天皇の系譜を天皇家側から綴った、藤原不比等の編集意図が反映された書であるのに対して、古事記は各地の風土記の記述にも配慮した、さりげなく日本書紀の記述に異議を唱える書、言い換えればヤマト建国における敗者側の視点から綴られた書である。豊受大神が丹後半島の眞名井神社に神代から祀られていたことと、アマテラスよりも大幅に遅れて伊勢神宮下宮に主祭神として祀られた事実を合わせて考えれば、豊受大神はヤマト建国の敗者、即ちヤマト王権に制圧された豪族の祖先として祀られていた可能性がある。

参照資料

 1.『イザナキとイザナミの正体』、関裕二、PHP新書

 2.『日本創生史』、田中英道、ダイレクト出版

 3.『神武天皇と卑弥呼の時代』、佐藤洋太、古代史考証

 4.『火山で読み解く古事記の謎』、蒲池明弘、文藝出版

日本文明の源流を探る(1)

はじめに

 私がウェブサイトを開設した目的は、戦後既に充分な時間が経過し、国際社会が激動してゆく中で日本の立ち位置を再認識して日本の役割と進路を明らかにすることにあった。世界における日本の立ち位置を知るためには、日本文明と歴史を理解することが不可欠である。役割を知り進路を描くためには日本文化のユニーク性、日本人の資質、能力を的確に認識しなければならない。

 しかし残念なことにこれらは最も重要なことでありながら、学校教育では全く教えてくれない。私は歴史の専門家ではないので、歴史を正確に理解する立場にはない。正確さよりも大掴みに理解することを重視する。空間軸と時間軸の上に全体像を描き本質を探ることに取り組みたい。「思考の作法」というのは、そのために必要な思考法である。

 古代天皇の正統性は、天皇家の系譜に名を連ねることで担保され、初代天皇は神の系譜に名を連ねることで担保されている。日本書紀という書物は正にその系譜を体系的に整理したものである。但し天武天皇期の「政権」が編纂したいわば「官製の広報」であることから、記紀には自ずと史実と神話、真実と創作が入り混じっている。

 ヤマト建国は言わば群雄割拠という混沌の中から、1世紀以上もの長い時間をかけて自律的に生まれた秩序である。この認識に立って考えれば、天皇家の正統性が最初から整然と存在したと考えることには無理がある。

 この目的意識と認識を踏まえて、日本文明の源流に迫りたい。

 日本文明の源流とは、①16,500年前に遡る縄文文明の誕生であり、②弥生を経て古墳時代に向かう時期に起きた日本という国体の成立であり、③聖徳太子が進めた「神仏習合」という選択であり、④「神仏習合」を基盤としてその上に形成され錬磨された日本文化と日本人の誕生に関わる。

日本人の祖先

太陽信仰の集団

 結論を先に言えば、今から約6万年前、アフリカ大陸を出てシナイ半島を経てユーラシア大陸に渡ったサピエンスの集団がいた。それから3~4万年程の歳月をかけて、優に1千世代を超える彼らの子孫が世界中に拡散しそれぞれの地において、現在の諸民族の祖先となった。「the Great Journey」と呼ばれる大事件である。

 東北大学名誉教授だった故田中英道氏は著書の中で、何故彼らはそのような大胆な行動をとったのかという問いに対して、「旧石器時代の人々が寒い時代に暖かいアフリカを離れる必要はなかった筈だ。当時のアフリカは砂漠の多い乾燥地帯ではなく、森も泉もあったからこそ人類が発生したのだ。それでも出アフリカを敢行した集団がいた。そこを離れる動機はもっと強く精神的なものだった筈だ。」と述べている。(資料1)

 彼らの一部が3万年以上の歳月をかけて、はるばる日本列島までやってきた訳だが、アフリカを出た集団が「旅の目的」について構想を持っていたとは考えにくい。「旅の始まり」という自覚すらなかったに違いない。東へ東へという行動も、親から子孫へ命題として申し送られたものではないだろう。それぞれの時代を生きた人々が、毎日昇っては沈む太陽を見て、本能に基づいて自発的に行動したのだと思われる。そしてその「東へ」という動機は、弥生時代末期の「神武東征」に継承されているのである。

 縄文時代の始まりは、発見された最古の土器の年代から、今から16,500年前とされている。以降3,000年程前まで続いた縄文時代は、アフリカから太陽信仰を持つ人々が日本列島に辿り着いた時から始まったのである。 

日本列島最古の人類

 但し、縄文時代以前、サピエンスの祖先集団が日本列島にやってくる以前の、旧石器時代の人骨が日本各地で発掘されている。岩手県遠野市の金取(かねどり)遺跡、浜松市で発掘された浜北(はまきた)原人、沖縄で発掘された港川(みなとがわ)人などだ。最古の人骨は石垣島の洞窟で発掘された2.7万年前のものである。

 浜北原人は浜松市の根堅洞窟で発掘された20代女性の同一個体の化石人骨で、更新世後期の旧石器時代の人骨と推定された。縄文人と類似した形質からその祖形と推測されている。

 一方、港川人は約2~2.2万年前に沖縄諸島に存在していた人類で、男性1体、女性3体の全身骨格が発見されている。石垣島の洞穴遺跡で約2.7万年前の人骨が発見されるまで、日本列島で発見され全身骨格の形で残っている最古の人骨だった。

 一体この人達はどこからやってきたのだろうか?最近の学説によれば、「出アフリカ」は約6万年前だけでなく、もっと古い時代にも何度か試みられた可能性があるという。縄文時代以前の旧石器時代の祖先集団について、今後新しい発見が出てくることを期待したい。

日本人の祖先

 福島県新地町にある三貫地(さんかんじ)貝塚から出土した縄文人の骨や歯についてDNA分析が行われた。その結果、2~4万年にアフリカからアジアに渡った集団の子孫であることが判明した。さらにDNA鑑定は、出雲人と東北人が近い関係にあることを明らかにした。古事記神話には出雲に関わる話が多く、またヤマト建国には出雲が深く関わっている。これは国譲りの物語が「何故出雲だったのか」の問いを考えるヒントになる。田中英道氏は「高天原系=日高見国系が出雲系と関係が深いことを示しており、国譲りの神話が現実味を帯びてくる。」という。(資料1)

 もう一つ重要なことが明らかになった。日本には旧石器時代の遺跡が1万以上もあるが、朝鮮半島には50程しかないという。これは祖先集団はアジアから陸路ではなく、海路で直接やってきた可能性が高いことを物語っている。(資料1)

縄文という時代

寒冷期

 最後の氷河期は「最終氷期」と呼ばれる、約26,000~約11,700年前の期間をいう。この時期、地球の気温は非常に低く、北半球の広い範囲に厚い氷が広がっていた。さらに最終氷期が終わり、温暖化が始まった12,900~11,500年前に、北半球の高緯度地方が急激に寒冷化に逆戻りした事実が明らかになっている。これは「ヤンガードリヤス寒冷期」と呼ばれる。

 日本列島では縄文時代後期から弥生時代前期、具体的には約6,000年前~3,000年前に四つの寒冷期が存在したという説がある。(資料4)

 ここで縄文時代における日本列島の寒冷化について、現在明らかになっている事項を整理しておきたい。初めに「縄文時代」というのは日本列島における時代区分で、世界史では新石器時代(もしくは中石器時代)に相当する。そして縄文時代は土器の型式から、以下の6期に区分されている。従って区分は等間隔ではなく、古い時代程長い。縄文時代に起きた寒冷期を整理すると次のとおりである。

 縄文文明の変遷を考える上で、重要な遺跡は次のとおりである。

  ①青森市にある三内丸山遺跡:縄文時代(5.9~4.2千年前) 

  ②つがる市にある亀ヶ岡遺跡:弥生時代(2,700年前)、遮光式土器

  ③佐賀県の吉野ヶ里丘陵にある吉野ケ里遺跡:弥生時代(2,300年前)

人口の変化が物語る事実

 縄文時代の人口は概ね次のように推移している。縄文時代の人口データについては、資料1から引用した。

 表から明らかなように、縄文時代の人口の変化に関して注目点が四つある。(青字)

  1)総人口が早期から中期にかけて急増し、中期から晩期にかけて急減した。

  2)早期から晩期まで、東日本に人口の大半が集中していた。

  3)縄文晩期から弥生にかけて人口が急増し、西日本で顕著だった。

  4)弥生になり人口の重心が東日本から西日本へシフトした。

 縄文時代中期以降の人口減少をもたらした最大の原因は寒冷化と考えられる。また縄文時代晩期から弥生時代に起きた東から西への人口重心のシフトは、寒冷化に加えて、朝鮮半島及び大陸からの渡来人が急増したことによる。

 今まで弥生時代に朝鮮半島からの渡来者が稲作や鉄器や仏教をもたらしたと言われてきたが、資料3によれば、縄文時代に日本列島から朝鮮半島に移民した人々がいたことと、弥生時代になると日本からの移民者が新しい技術を携えて帰国した事実が明らかになっている。

縄文文明の起源

実り豊かな日本列島

 縄文時代が始まってから弥生時代に移行するまで、凡そ14,000年の歳月が流れている。アフリカを出てはるばる日本列島に辿り着いた祖先集団が、日本列島に定住することを選んだのは一体何故だろうか?

 日本は大陸から離れた南北に長い列島であり、四季があり、周囲を海に囲まれ、中央には3千メートルを超える山々が連なり、多くの河川が流れているという恵まれた自然環境にある。その結果、山海の恵みが豊富で、世界でも稀な食料に恵まれた土地であったと思われる。海路日本列島に辿り着いた太陽信仰をもった祖先集団にとって、恐らく日本列島は住み心地のいい楽園であったに違いない。

自然災害が過酷な日本列島

 一方で、日本列島は自然災害が多く、火山噴火、地震、台風が多い過酷な土地でもあった。なかでも恐ろしい自然災害は火山の噴火である。以下は資料2及び3を参照して、縄文時代以降に日本列島で実際に起きた火山活動を整理したものである。日本列島は世界でも有数な火山大国であることが一目瞭然である。

①日本列島全体で現在約110の活火山があり、世界全体の約7%が集中している。

②日本史上最大規模の火山噴火は、富士山宝永噴火や桜島大噴火だが、巨大カルデラ噴火は  その大噴火の10~100倍以上のマグマを一気に噴出する。

③カルデラ巨大噴火は過去10万年間に12回起きている。阿蘇の噴火だけで4回起きた。

④過去12万年間に、北海道と九州にある7つの火山で11回の巨大カルデラ噴火が起きた。

⑤最後の巨大カルデラ噴火は7300年前に起きた「鬼界カルデラ噴火」である。この巨大 噴火によって南九州に暮らしていた縄文人は全滅したと言われる。

 鬼界カルデラ巨大噴火は、完新世(約1万年前~現在)に地球上で発生した最大の巨大噴火と言われる。火山灰は日本列島全域を覆い、列島の広範囲に「火山の冬」を引き起こした。当時の縄文人にとって長期間に及ぶ寒冷化と山の恵みの激減という大災害をもたらした。ちなみに噴火が起きた場所は、鹿児島県の薩摩半島から南に約50kmの海中にあり、薩摩硫黄島と竹島がその外輪山にあたる。

火山の記憶の神話化

 神話と火山の関係に詳しい蒲池明弘氏は著書の中で、哲学者だった梅原猛氏の洞察を紹介している。梅原猛氏は神道の始まりについて次のように述べたという。「恐ろしいもの、祟りをなすものを神と祀って供物を捧げ、心を和らげ、かえって自分たちの守り神にする、それが日本の神祀りの根源であるとすれば、火山こそ最も恐ろしい、そして最も尊い神である。」(資料2)

 また蒲池明弘氏は次のように述べて著書を締め括っている。「鬼界カルデラ巨大噴火に遭遇し、この世の終わりを思わせる程の出来事を経験した人達はきっと、巨大噴火とその後の恐るべき<永遠の夜>について世代を越えて語り継いだ筈だ。古事記神話の神々がその記憶と結びついている可能性がある。火山には成長と死、喜怒哀楽があるが故に、普通の山とは全く異なる表情を持っている。地震や台風ではなく、なぜ<火山の記憶が神話化する>のかと言えば、その光景の荘厳さ、美しさにある。」(資料2)

 日本は世界有数の火山国である。前項で紹介したのはひとたび噴火が起きれば、その被害が日本列島全域に及ぶような巨大なカルデラ噴火である。最近では富士山の再噴火が懸念されているが、通常の火山噴火が縄文時代にどれほど起きて、どれほどの被害をもたらしたのか、縄文時代を生きた人々がどれほど火山噴火に翻弄されたかは想像の域を超えている。

神道の原型

 梅原猛氏の「縄文時代を生きた人々にとって火山こそ最も恐ろしい、そして最も尊い神」であったという洞察も、蒲池明弘氏の「火山の記憶が神話化し、神話の中に伝承し表現された」という洞察も非常に説得力がある。

 そう考えれば、豊かな自然と水、山海の豊富な恵みがある一方で、過酷な自然の脅威がある日本列島に定住することを選択した古代人に、祖先と自然の脅威を神とする信仰が芽生えるのは極めて自然の成り行きであったという他ない。

 世界でも有数の火山列島という環境の中で、神道の原型が自然に生まれ、さらにそれが人々の伝承として語り継がれ。やがて記紀の神話の中に取り込まれた。しかもその歴史的体験と伝承は現代人の我々にも無意識の領域で記憶されていることは言うまでもない。

神社の起源

 日本人の祖先集団がアフリカを出て東へ東へと移動を続け、気の遠くなるような歳月をかけて日本列島までやってきた。太陽信仰が出アフリカの動機であり、しかも1万年以上もの長い歳月をかけて何代もの子孫に継承されてきたことを考えれば、日本列島に到着した彼らが「最初に太陽が昇る最東端」の地を目指して移動したであろうことは容易に想像できる。

 地図も磁石も時計もない古代、最初に太陽が昇る地を求めて難行の末に辿り着いたのはほぼ最東端の地に位置する香取・鹿島だったと思われる。そう断言する理由は、ここには二つの由緒ある神社があるからだ。鹿島神宮と香取神宮である。神道の起源、ヤマト王権の起源、天皇家の起源について考える上で、この二つの神宮が重要な意味を持っていることについては後述する。

 鹿島神宮は神武天皇が即位した年(紀元前660年)に創建された。創建年は、記紀に書かれているので、ヤマト王権の公式情報である。主祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)である。一方、香取神宮の創建は神武天皇の御代18年と伝えられ、主祭神は日本書紀の国譲り神話に登場する経津主大神(ふつぬしのおおかみ)である。

 古事記神話では、武甕槌大神と経津主神は共に、葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定するために高天原から降臨した神々である。

 「神宮」という別格の称号を持つ神社が、江戸時代以前には、鹿島・香取両神宮の他には皇室ゆかりの伊勢神宮だけだったという事実は、この二社がヤマト建国に深く関わる人物の神社として別格扱いされたことを物語っている。

 記紀にそう書いてあるとすれば、記紀の編纂者が、大和王権の始まりと同時に神道を国家神道と位置づけ、さらに神武天皇の守護神として鹿島神宮と香取神宮を位置づけたことになる。ちなみに鹿島神宮は藤原(中臣)氏の、香取神宮は物部氏の祖先を祀る神社である。

-第1部完-

参照資料:

1.『日本創生史』、田中英道、ダイレクト出版

2.『火山で読み解く古事記の謎』、蒲池明弘、文藝春秋

3.『火山大国日本』、巽好幸、さくら舎

4.『縄文時代晩期における気候変動と土器型式の変化』、山本直人

中国の過激な反応、試練と展望

11月7日予算委員会

 今回の事件の発端となった高市首相発言は、11月7日の衆議院予算委員会における立憲民主党岡田克也氏との質疑応答の中で飛び出した。このQ&Aの詳細については、ジャーナリストで現代ビジネス編集次長の近藤大介氏の記事から該当する箇所を抜粋して引用する。(資料1参照)

<岡田:存立危機事態について、麻生さんも安倍さんも軽々しく扱っている。存立危機事態で武力行使すれば反撃も受ける。それを避けるのが政治家の役割だ。>

<高市:あらゆる事態、最悪の事態を想定しておくことは非常に重要だと思う。台湾を中国の支配下に置くために、どういう手段を使うか。単なるシーレーンの封鎖であるかもしれない。武力行使であるかもしれない。ニセ情報であるかもしれない。だけれども、戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、まあこれは、どう考えても存立危機事態になりうるケースであると私は考える。実際に発生した個別具体的な事情に応じて、政府が全ての事情を総合的に判断するということだ。実際に武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態にあたる可能性が高い。法律の条文通りであると思っている。>

<岡田:武力行使が誰に発生することを言っているのか? もっと明確にしないといけない。・・・(台湾からの)大量の避難民、数十万人、数百万人が発生する。そういった人々を受け入れる必要がある。そういう時に、日本が武力行使をしていたら、極めて差し障りが出てしまう可能性が高い。存立危機事態、武力行使は慎重に考えねばならない。余りに軽々しく言っていないか?>

<高市:存立危機事態の認定に際しては、個別具体的な状況に則して、主に攻撃国の意志・能力・事態の規模・対応などの要素を総合的に考慮して、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることになる犠牲の深刻さ、重大性などから判断すべきものと考えている。政府として、持ちうる全ての情報を用いて判断する。これは当然のことと思っている。

 この首相答弁のどこが問題だというのだろうか。「戦艦」という用語が既に使われていないこと以外に、不適切な箇所は何もない。

存立危機事態

 初めに存立危機事態というのは、「①我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、②これにより我が国の存立が脅かされ、③国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明確な危険がある事態」と定義されている。 そして存立危機事態は、定義に書き込まれた三つの要件①~③の全てが満たされ、閣議決定され、国会の承認を得て発動される。

 元海将で、金沢工業大学大学院教授の伊藤俊幸氏は、三つの要件を満たすには情報に基づく総合的判断が必要であり、更にその後二つのステップを経て初めて事態認定されるもので、「要件に該当する可能性がある」という首相答弁は「法的一般論」を述べたに過ぎないと指摘する。(資料2参照)全くそのとおりだ。

 中国が大騒ぎしたことを受けて、日本側からも踏み込み過ぎという報道と記事が目立った。高市首相が「言わなくてもいいことを勇み足で喋ってしまったから、中国を過剰反応させた。軽率だった。」という論調だ。安倍総理が常に慎重に言葉を選んで中国抑止の発言をしてきたのと比べて、軽率ではなかったかという批評である。

 本当にそうだろうか。伊藤教授は資料2の中で、「首相が可能性を語る意義は、リスクを国民と共有し国の判断基準を透明化するためにある」と述べている。現在の国際情勢を概観すれば、ロシアがウクライナに軍事侵攻して、中国がロシアの戦争経済を支え、北朝鮮が戦場に武器と兵士を送って参戦している。イスラエルとパレスチナ・ゲリラとの戦闘が拡大し、世界が戦争モードへシフトした感がある中で、中国が台湾侵攻に踏み切る蓋然性が高まっている。この国際情勢下で首相が存立危機事態の要件について踏み込んだ答弁することは、むしろ時機を得た行動と見るべきではないだろうか。

 近藤大介氏は資料1の中で、「岡田克也氏のイチャモン質問」と書いているが、現実の国際情勢と対峙して、国民に対する安心安全の全責任を背負っている高市首相に対して、自らは評論家席に陣取って揚げ足取りの質問をしている岡田氏の方が余程無責任であると言わざるを得ない。「立憲民主党というのはどこの国の政党なんだ」という声がそれを象徴している。

 このように安全保障の危機が高まっている国際情勢において、ロジカルにはっきりモノを言う高市首相に対する国民の支持率は70%超を維持している。国民の方が敏感に危機を感じ取りリアルポリティクスを支持している事実を、野党政治家は軽視すべきではないだろう。

中国がとった威圧行動

 何れにしても中国の反応は相当に常軌を逸したものだった。中国がとった威圧行動を列挙すると、次のとおりである。

11月8日:中国駐大阪総領事がXに書き込み

14日:日本への渡航自粛を指示

16日:日本への留学再考を注意喚起

17日:各地で予定されていた日中友好行事を取りやめ

18日:報道官、高市首相の非核三原則発言に抗議

19日:18日に北京で日中局長級会議が開催され、会議終了後、ポケットに両手を突っ込んだ中国の局長に対し金井局長が頭を下げているように見える動画がSNSに拡散

18日:国連でも対日批判を展開

19日:日本産水産物を禁輸

20日:スパイ摘発強化を示唆

吹き飛んだ日中首脳会談の成果

 10月31日に開催された日中首脳会談において、習近平国家主席は「五つのコンセンサス」をしっかりと守り、実施することを強調したばかりだった。ちなみに「五つのコンセンサス」とは次のとおりである。(資料3から引用)

1.「戦略的互恵関係を全面的に推進し、相互パートナーシップ、相互に脅威とならない、歴史を鏡に未来を向く、などの政治的コンセンサスをしっかり実施する・・・」

2.「ウィンウィン協力を堅持する・・・」

3.「人々の心の交流を促進する・・・」

4.「多国間協力を強化する・・・」

5.「意見の相違を適切に管理する。大局を見据え、共通点を求め相違点を認め、一致点を集め対立を和らげ、矛盾や対立が両国関係を定義づけることを回避する。」

 このコンセンサスを相互に再確認してから、僅か1週間後に中国は相次ぐ威圧行動をとったのだった。格調高く歌い上げた戦略的互恵関係だったが、僅か1週間で脆くも崩れ去ろうとしている。

中国側が態度を硬化した原因

 一体中国側がここまで過激に反応したのは何故だろうか。多くの識者がさまざまな視点から論評しており、論点が既に出尽くした感がある。中国側が何故態度を硬化させたのかについて、ジャーナリストの青山和弘氏が分かり易く解説しているので、以下に要点を紹介する。(資料4参照)

1)日本は専守防衛の国だから、自分から攻撃することはできない。相手からの攻撃に対し反撃するにしても、反撃の根拠となる事態の認定が必要になる。存立危機事態は自分は攻撃されていないが、集団的自衛権を行使してどういう時に自衛隊が防衛出動できるのかを決めるという、極めて複雑な問題である。

2)もし台湾に米軍が来て中国が武力を行使すれば、台湾で米中戦争が起きるため、我が国の存立が脅かされる。台湾から約100km東に位置する与那国島に戦火が及ぶかも知れないし、中国が在日米軍基地を攻撃対象にするかもしれない。そうなれば日本にも明白な危険が及ぶ事態となって、存立危機事態になり得る。

3)高市首相は、ここまでエスカレートしたら確かに存立危機事態になり得るよね、という一般的な解釈として常識的なことを言ったのだが、これまでここまではっきり発言した総理は過去にいなかったことから、中国は「台湾有事に日本が自衛隊を出してくるのか、ふざけるな」という話になってしまった。

台湾を巡る国際情勢の変化

 評論家で千代田区議会議員の白川司氏は、「中国の過激な反応の原因は、高市発言よりも大阪総領事の暴言に対する日本側の反応が大きく、削除しても収まらなかったため、中国政府として引っ込みがつかなくなったことにある。」とみる。(資料5参照)

 白川氏は今回の過激な反応は三つの要因が重なったために起きたと指摘する。即ち米中戦略環境の悪化と、中国経済の停滞と、中国国内政治の力学の三つだ。

 アメリカはそれまでの台湾政策を転換して、「台湾を実質的な国家に昇格させる」方向に舵を切った。アメリカ議会では台湾関連法案が相次いで提出され、上院では『台湾保障実行法案』が可決された。そこには従来の台湾政府との公的接触制限を見直す項目が含まれている。さらに上院外交委員会は台湾の地位について「台湾住民の意思に基づかない一方的な変更に反対する」立場を鮮明にした。

 中国経済の停滞は言うまでもないだろう。国内政治力学とは、台湾政策は中国共産党にとって権力の正統性を担保する核心的利益であるために、弱腰を見せることはできず、常にファイティングポーズをとり続ける他ないということだ。

 これら三つの要因に加えて日本では高市政権が誕生して、中国に対する日本側の体制が変化している。少なくても中国にはそう見えるに違いない。何故なら高市首相の閣僚人事が親中国から親台湾にシフトしたことと、他一つは日中関係のパイプ役を果たしてきた公明党が連立政権から離脱したことだ。何れも中国にとって重大事件だったのである。

中国側のお家事情

 中国側に深刻なお家事情があると分析するのは近藤大介氏である。お家事情として近藤氏は10項目挙げているが、中でも重要な要点について紹介する。(資料1参照)

 第1は、台湾有事の際の日本の立ち位置に対する誤解だ。ウクライナ戦争におけるロシアとドイツの関係は、台湾有事における中国と日本の関係と相似形だと中国の識者は考える。即ちドイツはウクライナを支援するがロシアとは戦火を交えていないし、ロシアもドイツを攻撃する気はない。それと同じで、台湾有事が起きれば日本は台湾を支援するだろうが中国と戦火は交えない。中国も日本を叩いたりはしない。それが高市発言で日本が台湾有事を殊更に強調したものだから、「日本はウクライナになるつもりか」と誤解し仰天したというのだ。

 第2は、存立危機事態に対する誤解である。前述したように、存立危機事態の三要件の一つは「日本と密接な関係にある他国」に対し武力攻撃が発生することである。ここで「他国」は特定されておらず、日本にとっては当然他国=アメリカで集団的自衛権の発動を想定するのだが、中国は他国に台湾が含まれると誤解したというものだ。つまり、ひとたび台湾有事が起きれば、日本が参戦してくると高市首相が明言したと受け止めたことによる。もっとも現在では台湾は国として認められていないのだから、「他国」が台湾を含むという解釈は成り立たないのだが。

 第3は、高市政権が誕生したときに習近平主席は祝辞を送らなかったが、これは台湾の頼清徳総統を支援する政権が日本に誕生したと中国が受け止めたからだ。

 第4は、習近平主席は「上から目線」で見ていて、今では中国が兄貴分、日本が弟分の関係にしてゆくことを目論んでいるが、高市政権は一々「反抗」しており、それが歯がゆいというものだ。

 第5に、10月末に日中首脳会談が開催されたが、習近平主席は触れて欲しくない点を高市首相からズケズケと指摘されて、面子を潰される展開となった。これは首脳会談をセットした中国外交部(トップは王毅外相)の大失態であり、「悪いのは日本だ」と責任回避を図ろうとした。

「一つの中国」問題の再燃

 前駐オーストラリア特命全権大使で外交評論家の山上信吾氏は、日中間で「一つの中国」問題が再燃したとみる。(資料6参照)

 1952年に発効したサンフランシスコ平和条約以降、「一つの中国」は中国側の主張であって、日本政府として受け入れたことは一度もない。ウクライナ戦争以降、台湾有事の蓋然性が高まっているが、高市首相が「存立危機事態」について一般論の答弁をしたことに噛みついて、中国は「高市政権が一つの中国問題に首を突っ込んできた」と解釈した可能性が高いというものだ。

習近平が直面するジレンマ

 習近平主席は本当は高市発言に頭を抱え、ジレンマに直面しているという見方がある。ジャーナリストの石森巌氏は、「中国側の強硬姿勢には、いささか腰の引けた奇妙なチグハグさが随所に垣間見える。」と指摘する。(資料7参照)

 「腰が引けている」第1の理由はヒステリックな反発の狼煙を挙げているのは取り巻き幹部ばかりで、習近平主席本人は一言も発言していないことだ。第2の理由は日本に対し威圧をかければ、それでなくても大失速に向かっている中国経済がさらに悪化する可能性が高まることだ。

 中国では今、経済情勢が急激に悪化している。不動産バブル崩壊に起因する巨額な不良債権問題が深刻化して、経済が急失速する中、失業者が溢れ、若者には就職先がない。そこにトランプ大統領による関税制裁が襲いかかった。ここで更に日本との関係が冷え込めば、戦略的互恵関係を梃に経済を立て直したいという目論見が水泡に帰してしまうという訳だ。

 東京財団政策研究所主席研究員の柯隆氏は、悪化した日中関係について次のように分析している(資料8参照)

 「状況は複雑化しているが、日中双方とも関係をこれ以上悪化させたくないことが明らかだ。中国がとった制裁措置は何れも日本に実害の小さなものばかりで、中国では半日デモも起きておらず、日本製品の不買運動も起きていない。」

 「反日デモが起きないのは、中国経済が低迷しており若者の失業率が高止まりしているからだ。更に現在はトランプ関税戦争の渦中にあり、このタイミングで大規模な反日デモが起きれば、日本企業の中国離れが加速して中国経済にさらに深刻なダメージを与えることになる。しかも中国社会で不満が溜まっており、反日デモが反政府デモに発展してしまう恐れがある。」

 「日本製品の不買が呼び掛けられていないのは、日本製品のコアな部品は日本から輸入され中国でアセンブリが行われているので、不買運動が起きれば、結果的に中国企業を制裁することになるからだ。」

事態を悪化させた中国総領事の暴言

 高市首相の発言に関わる中国の反応よりも、日本が警戒心を最高度に高めたのは駐大阪の薛剣中国総領事によるXへの投稿記事だった。「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と書き込んだメッセージは、ジャーナリストで産経新聞論説委員長を務めた乾正人氏が言うように、「高市首相殺害を予告する脅迫文」と認定されてもおかしくない。政治的判断を別とすれば、毅然と「ペルソナ・ノン・グラータ(ラテン語で、好ましからざる人物)」指名して国外追放すべき悪行である。(資料9参照)

 総領事によるこの記事は高市首相答弁翌日の11月8日土曜夜に投稿されて、投降後に削除されている。ここに謎が二つある。一つは総領事個人の行動か、それとも中国政府の指示または了解に基づく行動かであり、他一つは感情的な反発か、それとも計算された意図的行動かだ。

 前述の白川司氏は、次のように分析する。「注意すべきは、中国政府が激しい口調で制裁をちらつかせながら答弁の撤回を言い出したのは、大阪総領事が高市首相に対する暴言を投稿し、削除しても日本国内からの批判が集中した後である点だ。これは今回の中国政府の過剰な反応が、高市首相の答弁自体より大阪総領事の暴言問題で引っ込みがつかなくなったからだと考えられる。」(資料5参照)

 この総領事は2021年夏に着任して以来、SNSで過激な発言を繰り返してきたいわく付きの「戦狼外交官」だったという。高市首相発言は法的に正当な答弁であり、<論理的に反論できないから暴言で威嚇した>と考えられる。

 在日台湾人団体が出した共同声明には「中華人民共和国は台湾を支配したことは一日もなく、中国が台湾の主権を主張したいのであれば、その根拠を明確にし、台湾人の同意を得られるよう努力すべきだ。」と書かれている。<台湾に関わる中国の権利主張には歴史的な根拠が全くないから「戦狼外交」を展開する他ない>のである。(資料10参照)

増加する戦狼外交官

 産経新聞論説委員兼政治部編集委員の阿比留瑠比氏は、次のように分析する。「戦狼タイプの外交官が近年急速に増えている。習近平政権の強硬な対外路線があり、強気で挑発的な発言をする方が上層部に評価されることが背景にある。これはやがて諫言する者が誰もいなくなる独裁国家の病弊の表れだ。」

 王毅外相自らも、「日本の現職の指導者が台湾問題に武力介入を企む誤ったシグナルを公然と発し、言うべきではないことを言った。触れてはならないレッドラインを越えた。」と発言したが、日本通の王氏は日本側の実情を百も承知であり、この発言が習近平主席の歓心を買おうとしたものであることは明らかだ。(産経11月27日紙面)

 一方、既に紹介したさまざまな威圧行動が、中国政府の複数の部署からタケノコのように現れてきた現状について、ジャーナリストで雑誌『正論』編集長を務めた桑原聡氏は、「中国外交官の言動は独裁者に対する忠誠の結果であり、怒りよりも哀れさを感じざるを得ない。」と評しているが、本質を突いているのではないか。(資料11参照)

 本件に関して注目されるのは、米中首脳会談に出席した中国側の高官の態度について、トランプ大統領が「あんなに怯えた人間を見たことはない」と評したことだ。外交トップの王毅外相を始め米中首脳会談に同席した高官ですらそうであったとしたら、総領事の言動も推して知るべしだ。中国とはそういう国なのだと、認識を新たにせざるを得ない。

中国の常套手段

 そもそもこの事件の事の発端となったのは、立憲民主党の岡田克也氏だった。国際情勢が緊迫さを増している状況を踏まえて、「最悪の事態に備えて」台湾有事について政府と野党の間で認識を合わせておきたいという主旨に基づく質疑応答なら理解できるが、単に高市首相の揚げ足取りを狙ったのだとしたら、立憲民主党は国民の信を一層失うに違いない。

 桑原氏は、「それにつけても、哀れな中国の役人の言葉に便乗して、もっともらしい理屈をつけて高市首相批判をする政治家、メディア、評論家の何と多いことか。彼らは一体何を守ろうとしているのか。中国の国益?それとも習近平の面子?」と書き込んでいる。(資料11参照)誠にその通りだ。

 産経新聞台北支局長の西見由章氏は、中国が戦狼外交に走る歴史的背景について以下のように分析している。(産経11月27日紙面)

 「中国の戦略は、孫子兵法等の古代思想やマルクス主義の弁証法的唯物論、及び毛沢東思想が土台になっている。相手が抱える矛盾(内部対立)を利用して分断を図るのは、全ての存在は矛盾を内包すると考えるマルクス主義の弁証法的唯物論の発想に立脚している。」

 「さらに相手の選択肢を制限する行動をとり、自らが期待する行動が自然にもたらされる状況を生み出し、機が熟すのを待つ。それは老荘思想の『無為』に通じる。」

 高市首相発言を契機に中国政府は前述した制裁措置を矢継ぎ早に発動したが、正にこれは、「日本側に脅しをかけ勢いを生み出し、一触即発の機運を醸成して、野党や経済界、メディア、国民が高市政権を批判するよう仕向けて孤立させ分断を図る」ものであることが明らかだ。

中国側の識者はどう見ているか

 上海国際戦略研究所の趙楚副所長は、中国側の日本への抗議の語気は強いが、主に言葉の上に留まっており、実質的な行動はまだ取られていないと分析している。中国は日本とある程度の実質的な関係を維持したいと考えて、行動をエスカレートさせずに今後柔軟に対応できる余地を残している。ただし日中間の「政治的共通基盤」はすでに損なわれた。(資料12参照)

 たとえ現在の争いが沈静化したとしても、両国の「負の相互作用をもたらす火種」は依然として存在する。日本は世界の重要な国家として「普通の国」になることを模索しており、中国も超大国の地位を追求しているため、この構造的矛盾は間違いなく両国関係に困難をもたらす。中国の台頭にどう対応するかは日本が直面する重大な課題であり、中国にとっては日本という重要な隣国との関係を如何に適切に処理するかが大きな試練であり、従来の思考や観念はもはや適用できない。(資料12参照)

日本は泰然自若たれ

 在日台湾人団体が中心となって複数の在日の団体が連名で共同声明を出して、中国政府による威圧に抗議している。「高市首相の答弁は、日本及び周辺諸国の安全保障に関する仮定の議論の中で発せられた日本政府としての公式見解であり、何ら問題はない。中国が現状の変更を目論んで武力による攻撃を行わなければ、日本が存立危機事態に陥ることはなく、自衛隊を派遣する必要もない。・・・中国はその威圧的な言動を改めなければ、そして国内での人権問題を改善しないなら、今後も地域の最大の不安定要素であり続けるだろう。」(資料10参照)

 中国にとっては威圧的言動を改めることも人権問題の解決もできない相談であるから、中国は今後とも地域最大の不安定要素であり続けるだろう。それを前提として日本はどうすべきかを考える必要がある。

 小野田紀美経済安全保障担当大臣は、今回の事件に関して、「何か気に入らないことがあったら、すぐに経済的威圧をしてくるところに依存し過ぎることはリスクがある。」と素直な所感を述べているが、誠にその通りである。中国は戦狼外交を展開しているが、世界から見れば小野田大臣が語ったように、中国に対する警戒心と嫌悪感が世界に拡がる結果にしかならない。

 中国は経済規模において西側先進国を超えてアメリカと肩を並べるところまできたことは事実である。日本や欧州諸国からみれば、「大国に相応しい品格と作法」を身につけることを期待するのだが、中国の戦狼外交は止まらない。中国が作法を変えることは期待できない。

 では日本はどうすればいいのか。元外交官で、キャノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏は『中国共産党のトリセツ』と題した興味深い記事を書いている。「5つのトリセツ」は次のとおりであり、誠に言い得て妙という他ない。(資料13)

1.台湾と抗日は最重要問題なので安易に妥協しない

2.メンツが潰れれば制御不能となり、論理が通用しない

3.激高した後、我に返るまでには相当の時間が必要

4.その間、中国側の不利益につき熟考させることが肝要

5.妥協するにもメンツが必要なので、面倒である

 中国の作法は今後とも変わらないと仮定した上で、隣国の日本はどう付き合うべきなのか。前述した柯隆氏は次のように述べている。「経済学のゲーム理論的な考えに基づいて今後の選択肢を探ってみる。日本の国力は国際社会でリーダーシップを取れるほど強くない。日本は自らの実力を直視して、グローバル社会のリーダーを目指さずに、如何にして日本の国益を守るかを優先的に考えるべきだ。日米同盟に頼りすぎない主体性のある安全保障戦略を描く必要がある。ここで問われるのは安全保障にかかわる日本の主体性だ。日本は国際社会に貢献することができるが、覇権国家にはなれない。重要なのは日中関係だけでなく、現下の流動的な国際情勢を正しく認識して、日本の取るべき戦略を明確に描くことだ。」誠にこのとおりだと思う。(資料8)

多極化時代における日本の役割

 「日本はどうすべきか」という問いは、以下の三つの前提事項を踏まえて考える必要がある。

前提事項1:国家や国際社会に関わる全てのシステムは未完である

前提事項2:アメリカを含め、大国はいつの時代にも強引であり時に傲慢である

前提事項3:アメリカ1強体制から多極化へ、覇権体制が変化しつつある

 日米欧諸国は民主主義国家であり、民主主義や資本主義を基幹システムとして成立しているが、中国やロシアは専制主義国家であり、異なる基幹システムの上に構築されている。基幹システムが異なるので価値観を共有することができない。

 アメリカを含めて中国とロシアは軍事大国かつ核兵器保有国であり、時に国際社会のルールに従わない強引・傲慢な振る舞いをすることは古今東西変わらない事実である。最近ではプーチン大統領によるウクライナへの軍事侵攻がその典型例であり、習近平主席の戦狼外交も、トランプ大統領のMAGA外交も強引・傲慢という点において本質は変わらない。

 世界大戦終結後、国際秩序維持の役割を果たしてきた超大国アメリカの国力は、中国の台頭と相まって相対的に低下してきた。歴史的な動向として俯瞰すれば、大戦後の米ソ冷戦構造→アメリカ一強体制→多極化へと国際秩序の骨組みは変化してきた。現在世界は多極化に向かっているという認識に立って未来を展望すると、中国は地域覇権国を志向しており、日本は米中二大覇権国の間に位置するという地政学的立場から免れることはできない。

 前提事項1~2は、それ自体が国際秩序不安定化の原因になり得る。それに加えて現在、「アメリカ1強体制から地域覇権国の並立へ」地政学の基盤が変化しつつある。トランプ大統領がウクライナ戦争など国際社会の問題を、地域の当事国の頭ごなしに、地域覇権国である中露とアメリカで解決しようとすることがその証左である。

 この動向を踏まえて考えれば、日本の役割と進路は自ずと明らかになる。ズバリ言えば、三つの前提故に顕在化する諸課題に対し、解決のオプションを提示することにある。何故なら前提事項2及び3は当事国であるが故に覇権国には解決できないものだからだ。

 ウクライナ戦争勃発以降、BRICS、グローバル・サウスなどが台頭し、相対的にG7の役割が低下してきた感があるが、前提事項1~3を考えるとき、現在進行中の国際社会の秩序崩壊を立て直す役割は、能力と資質において日本と欧州の他に存在しないことは明らかである。

 覇権国を志向する米中露と異なり、日本と欧州は覇権に相応しい国力と資質を備えていない。一方で日本と欧州は、米中露にはない歴史、経験、能力を蓄積している。欧州は理念先行で物事を考え、その理念を世界に強要しようとして世界から嫌われる一面があるものの、前提事項1の多くのシステムを発明したのは欧州である。

 一方日本には縄文以来、共生・共存・調和を基本的理念とする独自の文明を育んできたユニークさがある。総じて「地球問題」を解決するアイデアと技術を創造する資質を保有する世界でもユニークな国である。さらに日本は世界最大の債権国である。つまり、文化も技術も資金も持っているのが日本なのであって、欠落しているのはそれを戦略的に使う主体的な意思である。

 これら日本が有するポテンシャルを駆使して、戦後80年間米国に従属してきた路線を修正し、前提事項1~3を解決する役割を欧州と協力して担うことこそポスト戦後80年時代の日本の役割であると信じて止まない。

参照資料:

1)中国が「存立危機事態」でブチ切れた「10のお家事情」、近藤大介、現代ビジネス、2025.11.18

2)「可能性」を語ることこそ抑止力、伊藤俊幸、産経正論、2025.11.18

3)習近平国家主席が高市首相に言われ放題、福島香織、JBpress、2025.11.6

4)「存立危機事態になり得る」高市総理答弁に中国猛反発、Abema Times、2025.11.26

5)高市首相の一言に中国が大激怒するワケ、白川司、ダイヤモンド・オンライン、2025.11.26

6)日本外交の舞台裏を抉る!、山上信吾、アサ芸プラス、2025.11.24

7)本当は「高市発言」に頭を抱えていた!、石森巌、アサ芸プラス、2025.11.20

8)日中関係急悪化、よく見てみると結局、高市政権には「危機感は十分だが、戦略がない」というだけのことではないのか、柯隆、現代ビジネス、2025.11.28

9)「高市殺害予告」総領事は革命家?、乾正人、産経、2025.11.21

10)高市首相答弁は何ら問題ない、在日台湾同郷会、日刊スポーツ、2025.11.20

11)怒りより哀れさ感じる忠誠、桑原聡、産経、2025.11.21

12)日中の対立は沈静化するだろうがアジアの構造は既に変化、Record China、2025.11.25

13)中国共産党のトリセツ、宮家邦彦、産経、2025.11.20

アガサ・クリスティ『カーテン』

 「ミステリーの女王」と評されたアガサ・クリスティ(Agatha Mary Clarissa Christie)は、1890年にイギリスで生まれた。19歳の時に小説家としてデビューしてから66年間、満85歳で人生の「幕」を閉じるまで、彼女は推理小説を書き続けた。書いた作品は66冊の長編ミステリー小説と多数の短編集に及ぶ。

 中でも第二次世界大戦が勃発した1939年(49歳)に書いた、『そして誰もいなくなった(And Then There Were None)』は約1億部を売り上げ、人類史上最も売れた本の一つとなった。

 ベルギー人の探偵が巧妙に仕組まれた殺人事件を次々に解決してゆく『エルキュール・ポアロ(Hercule Poirot)』シリーズは、長編小説66冊の内33冊と短編小説54冊を占めている。シリーズ作品となったのは『名探偵ポアロ』の他に、『ミス・マープル(Miss Marple’s)』があり、長編12冊と短編20冊が書かれた。

 アガサ・クリスティの第1作は、第一次世界大戦(1914~18)終戦後の1920年に書かれた『スタイルズ荘の怪事件』で、『エルキュール・ポアロ』シリーズの第1作となった。

 図1に示すように、アガサ・クリスティは第二次世界大戦(1939~45)中の1943年(53歳)に、『カーテン』と『スリーピング・マーダー』を執筆しているが、何れも公開は自分の死後とする契約を結んでいる。『カーテン』はポアロ・シリーズの最終作で1975年に完結した65作目であり、『スリーピング・マーダー(Sleeping Murder)』は1976年に完結した66作目、文字通りアガサ・クリスティの最終作品となった。『カーテン』の舞台として選んだのは、第一作の舞台となったスタイルズ荘だった。

 『そして誰もいなくなった』を書いた頃がミステリー作家としての絶頂期であったと考えれば、その最高に研ぎ澄まされたときにポアロ・シリーズ最終作の『カーテン』を書き上げたことになる。しかも1943年という年は、ドイツがスターリングラード攻防戦で歴史的惨敗を喫しただけでなくイタリアが降伏するなど、ドイツの敗色が濃くなった第二次世界大戦の転換点となった年だった。

 自分の死後まで公開を封印した事実には、一体どのような心境が隠されていたのだろうか?この時点までで、アガサ・クリスティはポアロ・シリーズ長編全33冊中21冊を書き上げており、ポアロ・シリーズに共通する構図は既に出来上がっていたと思われる。このまま書き進めてゆくと「ポアロ・シリーズの最終章のシナリオはどうなるか」についても既に構想ができていたのだろう。その構想に基づいて一気に書き上げて、「果たしてそうなるかどうかをみてみよう」と封印したのかもしれない。

 もう一つ注目すべきは、アガサ・クリスティの人生が二つの世界大戦と重なっている事実である。図1から明らかなように、第1作の『スタイルズ荘の怪事件』は第一次世界大戦が終結した二年後に、第26作目に書かれた『そして誰もいなくなった』は第二次世界大戦が勃発した年に、そして『カーテン』は第二次大戦中の1943年に書かれている。

 さらに二つの世界大戦の戦間期(1918~1939)がポアロ・シリーズの時代背景となっている。二つの戦争がアガサ・クリスティの作品に少なからぬ影響を及ぼしたであろうことは容易に想像できる。

 ミステリー作家としてペンを置く前年の1975年に『カーテン』は公開されている。当然公開するにあたっては、自分自身の人生の幕が降りるときの心境で『カーテン』のシナリオを再検証したに違いない。その上で、主人公ポアロの事件簿としての「幕」と、ミステリー作家としての自分の人生の「幕」を重ねて、『カーテン、ポアロ最後の事件』を公開したのではないだろうか。

 ミステリー小説を書き続けてきた絶頂期にあったアガサ・クリスティにとって、「世界最高峰の探偵に相応しい最後の事件簿のシナリオは何か」という問いを考えることは比較的容易であったように思われる。

 しかし「事実は小説よりも奇なり」という。たとえ名探偵ポアロの「幕」を完璧なシナリオで描くことはできても、自分の人生の幕を人生の途中でイメージすることは、アガサ・クリスティに限らず誰にでも殆ど不可能だ。何故なら、人生において年齢とともに蓄積してゆく経験知を予測することは困難だからだ。単純に言えば、若い時に晩年の人生をイメージすることはできないのである。

 ポアロ・シリーズはロンドンのLondon Weekend TelevisionがTVドラマとして作品を一つずつ収録し、延べ24年の歳月をかけて全33作品の映像化を完遂している。また原作は第一次世界大戦直後の1920年代から時代が進んでいくが、TVドラマ『名探偵ポワロ』の時代設定は1930年代に置かれたという。

 TVドラマの舞台となったのはイギリス1930年代の歴史ある城館、「世界で最も美しい」と称されるコッツウォルズを連想させる村、ロンドンの街並みに加えて、当時ロンドンの街を走っていたと思われるクラシックカーが惜しげもなく登場する等、原作の持つ情景が丁寧に再現されている。

 日本では、NHKがBSプレミアムで1990年から日本語版の放映を開始していて、再放送も行われた。最近ではBS11で字幕版が放送され10月末をもって完結している。

 TVドラマ化された『名探偵エルキュール・ポアロ』は殆ど観たが、それも複数回楽しませてもらったが、ポアロ・シリーズが秀逸なのは、単に名探偵が難解な事件のパズルを解いてゆくミステリー小説の醍醐味だけにあるのではない。事件を解決した直後に、ポアロと登場人物が人生の深みを述懐するシーンがさりげなく挿入されているが、この場面にはホロリとさせられるものが多い。ドラマの主人公ポアロを通じてアガサ・クリスティの人生観がさりげなく表現されているといっていい。

 TVドラマの最終回『カーテン(Curtain: Poirot’s Last Case)』は、ポアロ・シリーズの完結編で、数々の殺人の真実を暴いてきた名探偵ポアロの役割の「幕」として、ポアロが連続殺人鬼を突き止めて「一殺多生」の決断をして連続殺人に終止符を打つという「幕」に、ポアロ自身が老衰で死亡するという「幕」が重なるシナリオになっている。さらに『カーテン』は、半世紀(1924-1975)にわたって書き続けてきたアガサ・クリスティのミステリー小説の「幕」として綴られたのである。

 二つの世界大戦の時代を生き抜いたアガサ・クリスティの人生の幕がどういうものであったのかは、本人以外には知る由もないが、ポアロ・シリーズの読者、ドラマの視聴者は、自分の人生と重ねて「ポアロの幕」を吟味することができ、余韻を味わうのである。

祝高市首相誕生、歴史的意義と期待

プロローグ

 戦後に日本自由党と日本民主党が合体し、日本社会党との間で「55年体制」が始まった1955年から70年が経過した2025年10月21日、第104代首相に高市早苗氏が選出され、22日に高市内閣が発足した。70年に及ぶ戦後の政治体制に決別し、「失われた30年」から脱出して、「ポスト戦後80年」の時代に相応しい新体制構築に向けて力強い第一歩を踏み出したことになる。文字どおり外患内憂の難題に囲まれた船出ではあるが、日本の戦後が終わる大転換が始動したことをまずは素直に喜びたい。

戦後政治終焉のドラマ(ファクトの整理)

 この歴史的大転換はどのようにして起きたのか、最初に総括しておこう。

1)昨年9月28日に自由民主党総裁選が行われ石破茂氏が新総裁に選出された。第1回投票では、高市早苗氏が181票で石破茂氏154票を27票上回ったが、決選投票では「悪しき永田町の力学」が働いて、石破茂氏215票、高市早苗194票となり21票差で逆転された。

2)同年10月9日に石破茂首相は衆議院を解散した。同28日に第50回の衆議院議員選挙が行われたが、石破首相の期待に反して自公与党が惨敗した。以下に要約するように記録的な惨敗だった。

・自由民主党は256→190(66減)、公明党は32→24(8減)、両党とも議席を1/4 失い、自公与党で74票減少

・立憲民主党は98→145(48%増)、国民は7→28(4倍増)、両党で68票増加

3)今年7月22日には参議院議員選挙が行われ自公は参院でも過半数割れを喫した。

・自由民主党は114→101(13減)、公明党27→21(6減)、自公で19票減少

・一方、国民は9→22(13増)、参政党は2→15(13増)、両党で26票増加

4)翌23日、国政選挙で連続して惨敗したにも拘わらず石破首相は続投を表明した。一方、世論調査では52%が辞任すべきという結果だった。9月7日になって石破首相は「党内に決定的な分断を生みかねない」として辞任を表明した。

5)10月5日に行われた自由民主党総裁選で高市早苗氏が新総裁に選出された。

・第1回投票では高市早苗183(議員64、党員・党友119)、小泉進次郎164(同80、84)となった。党員の40%が高市氏を支持しており、二位の小泉進次郎氏に対する支持は28%に留まった。

・決選投票では高市早苗185(都道府県36、議員149)、小泉進次郎156(同11、145)で高市氏が完勝した。勝因は、党員の多数が高市氏を支持した結果、国会議員もその動向を無視できなくなったことにある。

6)10月10日、公明党が自由民主党に対し自公連立の解消を通告した。「保守のエース」である高市新総裁が誕生したことを受けて、公明党が連立解消の潮時と判断した結果だった。公明党の決断は青天の霹靂と受け止められた。この瞬間に戦後政治のタガとなっていた自公連立が突然に消滅し、これを転換点として戦後政治の枠組みが一気に瓦解を始めた。ポスト戦後80年の新体制に向けて大きく一歩を踏み出したといっていい。連鎖反応的に起きた一連の変化を列挙すれば、次のとおりである。

 ①自由民主党総裁選で党員の多数が高市氏支持を表明

 ②圧倒的な党員の勢いを受けて、自由民主党が新総裁に高市早苗氏を選出した

 ③参議院選では参政党と国民民主党が保守に軸足を置いた、基本方針を発表した

 ④以上の変化に追い詰められるように、公明党が連立を離脱した

7)10月21日、自由民主党と日本維新の会が連立体制を作ることで合意した。同日、高市早苗氏は衆参両院本会議の首相指名選挙で第104代首相に選出され、自民・維新による連立政権が発足した。10月22日、高市内閣が発足した。

 総裁選で党員票に込められた民意は、①自由民主党の維持ではなく変化を、②リベラルから保守へ復帰を、③党益ではなく国益を求めるものだった。

 元内閣官房参与だった谷口智彦氏が産経新聞正論に『自民「大テント党」瓦解のその先』と題した記事を寄稿している。22日に行われた参議院選挙の結果を踏まえた分析である。石破政権誕生から高市政権誕生に至る1年間に起きた政治体制の変化について、本質を抉り出す描写となっているので、以下に紹介する。(7月24日産経)

<自由民主党は英語なら大テント党とでも呼ぶべき大きな幕屋であって、中では何でもござれだった。右であれ多少の左であれ。但し、天幕を支持したのは保守の柱一本で、近年は故安倍晋三元首相が両の腕でこれを支えた。・・・安倍氏がいなくなった。柱からは(旧安倍派という)針金様のステーが何本も延び地面に刺さっていたけれど、これは岸田文雄前首相が根こそぎ外した。・・・われわれは7月20日、参院選挙の開票とともに、天幕は吹き飛び幕屋が倒れる音を確かに聞いたのである。・・・(自民党の)立党はちょうど70年前だ。・・・私有財産制と日米安保の護持にさえ誓いを立てるなら後は委細構わず、自民党は大テント党になった。>

<全政党が福祉充実を主張し、戦争にまつわる怖そうな話は当面箱にしまっておくことにした時期が、かくして生じた。・・・共産党の隣国が超大国化し、人類史に超絶する軍拡を続けて世界秩序を振り回すだろうなどと、誰ひとり思わない無邪気な頃だった。>

<箱の封印を開いて自尊自立と自衛の道に日本を導こうとした安倍氏の同志たちは、これからという時に追放の憂き目にあう。しかして自民党の、終わりの始まりだ。・・・自民党から保守主義を奉じる人々が去ったか去ろうとしている今、天幕のないかつての大テント党はどこに行こうというのか。往時、日本政治にあったかもしれない定常状態はもうない。事態はつとに流動している。ここに行くのだと明確に声を挙げる政治家が一人また一人と現れない限り、有権者の不満は鬱積する。>

石破茂前首相から高市早苗首相へ、ドラマの解釈

 谷口智彦氏によるこの描写は、高市首相誕生に至る政治体制の変化の本質を理解する上で、とても示唆的である。この認識を踏まえて、上述した「戦後の政治体制崩壊のドラマ」に解釈を加えたい。

 まず戦後政治体制を瓦解させるドラマの指揮を執ったのは石破茂前首相である。彼の言動は国民、特に自由民主党を支持してきた保守層に徹底的に嫌われた。それでもそんなことは無視して居座りを決め込んだため、自由民主党支持を放擲する動きが顕在化し拡大した。

 その動向は衆議院議員選挙で確定的となった。自由民主党は256→190へ66票も議席を失った。何と1/4の議席を失う壊滅的な惨敗だった。特に注目すべきは、参政党と国民の大躍進であり、これまで自由民主党を支持してきた若い世代が<大脱走>した結果と考えられる。それでも石破総理は居座った。9ヵ月後に行われた参議院選挙でも自由民主党は惨敗し、衆議院に続き参議院でも少数与党に転落した。ここまで追い詰められて石破茂首相はようやく辞任を表明した。

 次の新総裁には、党員からの圧倒的な支持を得て高市早苗氏が就任した。これをもって戦後自由民主党を形作ってきた枠組みの崩壊が決定的となった。高市新総裁に期待されたのは、自由民主党の解党的出直しだった。彼女が総裁選を制した理由は、他の候補では解党的出直しという荒業は断行できないと評価されたからである。

 そして戦後政治体制の瓦解を決定的にした事件は、公明党からの連立離脱通告だった。これで名実ともに戦後政治の枠組みが消滅した。石破茂氏が戦後政治を形成する自由民主党を瓦解させ、斉藤鉄夫氏が自公連立を葬ったのだ。

 自由民主党に籍をおく大方の政治家にとって、自公連立の解消はショッキングな事件であったに違いない。誕生したばかりの高市体制にとっても、衝撃的な逆風だと受け止める意見が少なくなかった。

 しかしこれは「評価関数」の問題でしかない。どういうことか。まず「戦後体制を維持する」ことに評価点を置けば、とんでもない逆風であったことは事実に違いない。しかし外患内憂の情勢に対処するために「戦後体制を刷新する」ことに評価点を移せば、自公連立解消は必須条件となり、願ってもない天祐となったのである。

 こうして自らの信念に基づく政策を断行しようとする高市早苗首相の前に立ち塞がる障壁が一瞬にして消滅した。そう断言する理由は三つある。第一に、連続した惨敗を喫した自由民主党は「解党的出直し」を高市氏に一任する他ないことだ。第二に、思い切った行動に対してブレーキとなる自公連立が解消したことだ。そして第三に、基本政策を同じくする日本維新の会との連立が実現したことである。公明党から日本維新の会へ、連携のパートナーが僅か11日で移行を完了したことが、歴史的変化を象徴している。

 振り返ってみると、ドラマを演じた立役者は4人いる。第一は、本人にその自覚はないに違いないが石破茂氏である。2024年の衆議院議員選挙と2025年の参議院議員選挙で解党的惨敗を招き、その責任をとって辞任し、この状況を打破できる後継者は高市早苗氏以外にいないという情勢を作った功績は、日本国にとって僥倖であった。

  第二の立役者は、自公連立の解消に踏み切った斉藤鉄夫氏である。この決断によって戦後の政治体制が氷解した。最も忌避する高市早苗氏が自由民主党新総裁に選出されたことから、「もはやこれまで」という決断が促されたように思える。しかし問題の本質は自民党の変化にあるのではない。衆議院議員選挙で25%、参議院議員選挙で22%の議席を失った公明党自身にある。自民党は高市新総裁の下に解党的出直しに挑戦することが決まったが、公明党はどうするのか?

 第三の立役者は、日本維新の会代表の吉村洋文氏と、共同代表の藤田文武氏である。彼らは基本的な歴史観と政策が一致すると判断し、自由民主党との連立を決断したのだった。

 そして第四の立役者は、言わずもがな高市早苗首相その人である。単純化して言えば、自由民主党内の反高市派議員、反高市の野党、更には公明党との連立解消という逆境の中を強かに生き抜いて首相の座を掴み、自民・維新連立を取りまとめたことは、高市早苗氏持ち前の熱意と覚悟がもたらした賜物である。

現状維持かそれとも変化か

 今後自民・維新連立の合意に基づく政策の実行に反対する野党の抵抗が予想される中で、どこまで実行できるのか不透明な部分があるものの、自民・維新連立の合意文書は驚嘆に値するものだ。そこには国際情勢が激変した中で、戦後70年の安眠を打破するのだという不断の意思が、リアルポリティクスとして直截簡明に表現されている。

元外交官の宮家邦彦氏が次のように評価している。(10月23日産経)

<自民・維新合意は内容も極めて具体的だ。・・・長年日本の安保政策を学んできた者にとって、今回の政策合意は夢のような話、にわかには信じられない内容である。・・・もし本当にこれらを実行するならば、日本の安保政策は飛躍的に向上する。本来なら冷戦時代に全て実施しておくべきだった政策ばかりだが、冷戦後は根拠のない楽観主義が蔓延し、必要な改革は棚上げされた。その状況は過去26年の自公協力時代も継承された。これら政策の実現は容易ではないが、今こそ本気で取り組むべき時だ。>

 宮家邦彦氏は、別の投稿では高市首相に対してエールを送っている。(10月9日産経)

<選挙に勝つ戦術と統治を行う戦略は異なる。高市総裁は統治にギアシフトし、現実に応じて、必要であれば、君子豹変すべきではないか。高市氏を支持してきた人も、そうした豹変を統治に不可欠として受け止めて欲しい。今の日本の保守政治を守る首相は彼女しかいないのだから。>

 政治家の立ち位置を政党によってではなく、「戦後体制の維持か変化か」何れを求めるかで分類するならば、石破政権までの自公両党は明らかに現状維持に陣取っていた。それに対して参議院選挙で大躍進を成し遂げた参政党と国民民主党は、変化を求める立場を鮮明に打ち出した。公明党の離脱と維新との連立いう天祐を得て、高市早苗氏は信念をもって大胆な変化を起こすフリーハンドを手に入れたことになる。

 「維持ではなく変化だ」という流れに先鞭をつけたのは国民である。ズバリ言えば、リベラルや中道の政治家よりも、国民の方が敏感に外患内憂の現状に危機感や恐怖感を感じていたのである。その目線で政治家の言動を評価するならば、解説を饒舌に述べるものの、結局何をするのか最後まで曖昧な石破茂氏よりも、やるべきことを直截簡明に表明する高市早苗氏の方が有事のリーダーとして遥かに信頼できることは明らかだった。

 振り返れば、総裁選で繰り広げられた候補者の発言も同じで、抽象的な美辞麗句の羅列で具体的に何をするのか、どう対処するのかを明言しない政治家が嫌われたことは明らかだ。それと比べて高市早苗氏の発言には無駄な言葉がない。言い換えれば、高市氏とその他の候補者を決定的に分けたのは、外患内憂の現代において、明確な世界観、歴史観、国家観を持っているかどうかにある。それがない政治家の言葉には具体性と説得力が欠落しているのだ。政治家が備えるべき資質として、そのことを如実に物語っているのが、連立に向けて高市氏と対面で意見交換を行った日本維新の会共同代表の藤田文武氏が発した以下の言葉である。

<高市さん、狂ってください。これからあらゆる抵抗があります。それを押し切って日本の大改革のためにはある種の狂気が必要です。そのために私たちは国民に覚悟を示すんです>

<わかった!やるかっ!>

 自民・維新連立を成し遂げたのは、この会話に象徴されるように、双方の熱意と覚悟だったということだ。国民目線で眺めていると、他の政党の代表の発言には、この時の二人が見せた熱意と覚悟に匹敵するものを感じられなかったのである。

 国民民主党の玉木雄一郎代表が、自民・維新連立の動きが顕在化した10月15日、野党三党が首相指名選挙での対応について協議した折に、日本維新の会が自由民主党との連立を見据えた政策協議に入る方針を示したことを聞いて、「自由民主党とやるなら『最初から言ってよ』という感じだ」と愚痴をこぼしたという。

 当事者としてもっともな言い分だが、他人を非難する前に自分の未熟さを恥じた方がいい。何故なら、自由民主党と日本維新の会が「熱意と覚悟」の話をしていた時に、国民民主党と立憲民主党は「打算的な数合わせの話」を協議していたからだ。日和見をしていたのは玉木氏の方で、日本維新の会ではない。

本格政権の始まり

 10月24日の産経新聞は、高市氏が政治家2年目のときにまとめた『高市内閣成立』と題した持論について紹介記事を掲載している。それは「2010年10月に高市早苗自民党総裁が内閣総理大臣となった」という書き出しに始まり、高市政権の方向性として、以下の5つの柱を掲げている。今から15年以上前に書かれたものだが、高市氏の人となりが良く分かるだけでなく、彼女が並みの政治家ではないことを物語っている。以下に引用する。

①「国家の主権と名誉」、「国民の生命と財産」を確実に守り抜く政治を実現する

②「国益」の追求を明確な目標として打ち出す

③行き過ぎた結果平等を廃し、「機会平等」が保障される社会を創る

④国民の「自由と権利」を守ると同時に「責任と義務」の大切さを訴え社会秩序を再構築する

⑤「私たちの時代の私たちの憲法」を作り上げる

 産経の記事は続けて、当時の高市氏の心境を紹介している。

<現在の私は常に、自分が総理だったらこの件にはどう対応するかと考えながら、その時々の政治課題に取り組むことが習慣になっている。>

<先輩たちから受け継いだ素晴らしい国、大切な日本。もう一度この国の活力を取り戻し、希望と安心に満ちた社会を次の世代に贈りたい!社会に長く貢献された先輩たちには、自らの努力の果実としての豊かな老後をうんと楽しんでいただきたい!それが私の夢だ。一度っきりの人生、そのために全てを賭ける覚悟だ。志と勇気と行動をもって・・・>

 戦後政治からポスト戦後80年の政治へ、日本は大きく転換する千載一遇の機会に恵まれた。文字どおり現在の政治情勢は外患内憂で難題が山積している。その中で日本は戦後70年の政治的停滞と30年の経済的低迷を経て、歴史的な大転換の時機を迎えたのだ。大きく俯瞰すれば、石破茂氏が演じた役回りは戦後政治体制を終わらせることであり、高市早苗氏に期待される役割は、大転換を成し遂げて新たな未来像を示し、それに向かって日本が活力と自信を取り戻して外患内憂の諸問題に立ち向かってゆくリーダーシップである。

 こういう難題に立ち向かう政治家の登場に心から拍手を送りたい。

エピローグ

 さまざまな逆風の中で、高市政権を誕生させたのは、高市氏ご本人の熱意と覚悟であったことは間違いないが、同時に忘れてならないのは、このドラマの展開に少なからぬ影響を与えたのは、保守に軸足を置く国民の強い支持が明白に打ち出されたことだった。昨年9月に石破政権を誕生させた自民党に対し、はっきりとノーを意思表明したのは国民だった。それがなかったら今回の総裁選で高市氏が選出されたかどうかは分からない。

 バブル崩壊以降30年余に及び停滞感が日本全体を覆ってきたが、議会制民主主義における有権者の責任がはっきりと行使されたことが、戦後政治の終焉というドラマを起こし、政治体制の大転換を起こしたのである。戦後政治の終焉と同時に、政治を政治家に丸投げしてきた戦後の民主主義も終わった事実を、我々国民は肝に銘じる必要がある。

 もう一つ大事なことがある。「戦後政治の終焉」というドラマの第一幕はなんとか終わったのだが、ドラマは既に「ポスト戦後80年の政治体制の構築」という第二幕へ移行している。高市政権はこれからさまざまな難題と反対に直面するだろう。戦後政治の終焉と転換を支持した有権者は、「高市さん、あとは宜しく」と高みの見物を決め込むことなく、新政権に対する強い支持を続けなければならない。議会制民主主義を成熟化させることなく、政治体制を刷新することはできないということだ。

参照資料:

1)「自民大テント党瓦解のその先」、谷口智彦、産経2025.7.24

2)「外交安保、こうも違うのか」、宮家邦彦、産経2025.10.23

3)「高市新総裁、君子豹変せよ」、宮家邦彦、産経2025.10.9

4)「四半世紀前描いた5本柱」、村上智博、産経2025.10.24

制度疲労から崩壊へ向かう戦後システム(後編)

資本主義の変遷

 『終焉を迎えるバブル経済と資本主義』と題した記事を2024年1月に書いた。本稿ではそれを踏まえて、全体像を俯瞰しつつその先を展望してみたい。

  その1:https://kobosikosaho.com/world/1082

  その2:(https://kobosikosaho.com/world/1094

  その3:(https://kobosikosaho.com/world/1110

 ヨーゼフ・シュンペーターは資本主義を、「起業家と資本が組んで<創造的破壊>を起こし、経済を新陳代謝させ社会を変えてゆく仕組みである」と定義した。もう少し具体的に言うと、「意欲的な投資家とイノベーションを起こす起業家、それと社会変化に臨機応変に移動する労働者が存在する社会では、資本主義のメカニズムが<正の循環>として作用して経済は成長する。」ということだ。

 そしてマルクスは理想の社会として、シュンペーターは絶望的な結末として、資本主義が崩れて社会主義が次に来ると考えた。しかし現実はソヴィエト連邦の崩壊と共に社会主義が潰れた。一方で資本主義もまた大きく変化した。現代の視点から眺めれば、「資本が経済社会を動かす資本主義の時代は、社会秩序を破壊して発展してゆく前半と、経済主体どうしが資本を武器に破壊し合い、経済も社会も秩序を失い、安定均衡から次の均衡には移れずに崩壊に向かう後半に二分される。」(前稿から引用)

 前稿で述べたように、マネーのパワーが強大になるのと歩調を合わせて、資本主義は大きく変質したことが分かる。資本主義の変遷は以下のように要約できる。

①資本主義は1531年にネーデルランド(現在のベルギー)のアントウェルペン(英語名アントワープ)に世界で初めて取引所が開設された時を起源とする。アントウェルペン証券取引所では、商品取引だけでなく為替取引や証書も取引された。

②イギリスが覇権国となり、イギリスは資本主義をシステム化し、マネーの流れの仕組みを作った。こうして資本主義はマネーの流れがイノベーションを推進する仕組みとして、マネーを血流として経済を発展させるしくみとして定着した。

③その後マネーの力が強大化し、資本主義を大きく変質させていった。具体的に言えば、金融市場が形成され、国際金融資本家がマネーをグローバルに移動させるようになり、金融が政治を動かし戦争すら起こす力を持つようになった。

④20世紀後半になると、コンピュータと情報の技術革新が長足の進化を遂げ、金融のディジタル化とネットワーク化が整備されて、金融の世界を一変させた。

⑤そして現在、政府が行う国債発行による財政によって、加えて中央銀行が行う金融緩和政策によって巨額のマネーが金融市場に供給された。投入されたマネーは富を求めて投資と投機に向かう結果、経済がバブル化し、バブル経済はさらに巨額のマネーを生み出し、バブル→バブル崩壊→金融緩和→次のバブル・・・のサイクルが繰り返されて、資本主義はバブル資本主義へと変質したのだった。

崩壊の淵に立つ資本主義

 そして今、バブル資本主義の末期にあって資本主義は崩壊の淵に直面している。言うまでもなくその最前線の舞台は世界最大の債務国アメリカである。国際ジャーナリストの木村正人氏が9月9日のJBpressに「米国経済は3年以内に過剰な政府債務を起因とする心臓発作を起こす」というセンセーショナルな記事を書いている。資本主義が「崩壊の淵に」立っていることを示す主要なデータを以下にリストアップする。(資料1参照)

①米国政府の利払いは1兆ドル/年に達している(1兆ドル=約150兆円)

②債務の借り換えには9兆ドルが必要である

③米国の政府債務は2025年度末でGDP比100%に達する

④政府債務総額をGDP比100%以下に留めておくには、年間の財政赤字をGDP比0.4%に抑制する必要がある

⑤しかし今年度の財政赤字はGDP比6.5~6.7%に膨らむ

⑥今後1年間で米国政府は7兆ドルを支出する一方で、収入は5兆ドルに留まる

⑦以上から、利払い1兆ドル、債務借り換え9兆ドル、新規国債2兆ドルの売却が必要になる

 バブル資本主義となり資本主義は大きく変質した。それまでマネーの役割は経済を動かすための血流だったのが、株式や債券などの機能が次々に付加されたことによってマネーが膨張しかつパワーを得て、経済だけでなく政治をも動かすようになった。

 一方で貿易がグローバルになり、貿易の決済手段として世界中のマネーが為替レートを介して連結した。更にその決済はコンピュータと情報技術の進歩によって“瞬時”に行われるようになった。

 資本主義の本来の姿が、マネーを循環させて経済活動を促進し富を分配する仕組みであると理解すれば、国家統治の形態が民主主義だろうが専制主義だろうが、中国やロシアも資本主義の仕組みで動いていることに変わりはない。専制主義であるが故に、経済運営が基本的に市場に委ねられるのではなく、国家の意思によっていつでも統制される点が異なるだけだ。

 資本主義の変質の本質は、それまでは金融市場の外に陣取って金融市場を統制する役割に徹してきた政府・中央銀行が、実質的に金融市場を形成するアクターとして取り込まれ、金融市場の内の存在となったことではないだろうか。

 従来はひとたびバブル崩壊が起きれば、中央銀行・政府が介入して、大規模な金融緩和を行い、公的資金を不良債権処理に注ぎ込むことでバブル崩壊の被害拡大をくい止めてきた。不良債権を清算してバブル崩壊を鎮めることができたのは、中央銀行・政府が金融市場の外に陣取っていたからだ。

 バブルの規模とバブル崩壊の破壊力は、時間経過と共に増大した。それ故にバブル崩壊時の対処は、年々困難になる宿命にある。何故なら、不良債権の規模が際限なく巨大化してゆけば、中央銀行・政府といえども処理できなくなるからだ。

M7バブル

 アメリカでは株価が連日最高値を更新している。経済アナリストの増田悦佐氏はアメリカ株式市場の現況について、以下のように分析している。(資料2参照)

①アメリカ市場で3~4年にわたって持続的に上昇するのは時価総額の大きなハイテク企業ばかりで、中小株は見向きもさ れない。2023年頃から物色対象はM7に絞り込まれ、2024年にはエヌビディア一色となった。エヌビディアの株価総額は2024年前半で約3倍となった。

②これまでに時価総額3兆ドルに到達した銘柄が3社ある。マイクロソフト、アップル、エヌビディアだ。これを書いている現時点ではアルファベットが加わって4社となった。しかもエヌビディアの時価総額は日本のGDPに相当する4兆ドルに達した。1ドル=150円で換算すれば、600兆円。日本の名目GDPは635兆円である。(2025年4-6月期)

③株価高騰とは別に、アメリカの実体経済は低成長でインフレ率は高止まりし、金利の高騰で庶民の利払い負担が重くなっている。それなのに一握りの時価総額の大きな銘柄に買いが集中することで景気が良くなっているように見せかけている。

④現在のバブルは「時価総額集中バブル」と呼ぶべき状態にあり、勝馬を次々に乗り換えながら2013年以来延々と続いて現在に至っている。

 株取引の専門家でなくとも、単に常識を働かせて一考するだけで、M7を巡る熱狂は間もなく終わると断言できる。株の時価総額が3~4兆ドルというのはごく一部の経済大国を除く国家のGDPよりも大きいのだ。正に「バブルここに極まれり」という状態なのである。

 バブルがピークに近づいているだけでなく、M7には循環取引(Round Tripping)疑惑、分かり易く言えば架空取引疑惑がある。以下は資料2からの引用である。

①まずエヌビディアはGPU(Graphics Processing Unit、画像処理を行う専用プロセッサ)の最大手企業だが、自社からは高価なGPUを他のM7企業にまとまった数売ったことにし、相手からは同額のサービス(クラウドサービス等)を買ったことにする循環取引疑惑がある。

②ChatGPTを提供する生成AIのリーディング・カンパニーであるオープンAIにも同様の循環取引疑惑がある。この架空取引疑惑が事実であるとすれば、M7各社は相互に成長を水増しし、株価を釣り上げていることになる。

 さらにM7事業はそれぞれが解決困難な限界に直面している。

①まずテスラはEVの致命的で解決不能のジレンマを抱えている。ガソリン車と決定的に異なり、EVはクルマと積載貨物が重くなればなるほど電池の重さの割合が増大するというジレンマがあり、詰まるところEVは小型車でなければ実用化できない。もう一つの致命的な問題は、EVは気候変動=地球温暖化危機説がなければ存続できない点にある。トランプ政権は『常識の革命(Revolution of Commonsense)』の中で、「グリーン・ニューディールを終わらせ、EV義務化を撤回する」ことを宣言した。これによってアメリカ国内のEVブームは消滅している。

②生成AIも致命的な問題を抱えている。顧客に送り出す前にAIを顧客向けに「調教する」必要があるという問題だ。しかもAIが高度になればなるほど、そのコストが膨大になるという。現実にマイクロソフトとソフトバンクが大株主となっているオープンAIは現在経営破綻の淵にあるという。ちなみに2024年の決算は、AIモデルの調教コストが70億ドル、人件費が15億ドルだったのに対して、売り上げは35億ドルしかなく50億ドルの赤字だった。

③現在注目されているデータセンターを巡る致命的な問題は、大規模になるほど膨大な電力を消費することであり、しかも消費電力の約4割が冷房・換気に消費されていることだ。加えて能力を向上させようとすればするほど効率が悪化するというジレンマを抱えているという。

次に起きるバブル崩壊

 次のバブル崩壊は、これまでのバブル・バブル崩壊とは別格なものとなることが予測される。「山高ければ谷深し」という相場の格言があるが、M7バブル崩壊の「山」は主要国のGDP相当であるから、「谷」の深さも尋常では済まないということだ。

 もし仮にM7バブルが崩壊して株価が半減すれば、その結果生まれる富の消失は、主要国のGDPに相当するものとなる。不良債権の規模も相応に巨大になり、国家と雖も処理できない事態に陥るだろう。さらに巨額のバブル崩壊は衝撃波として国中に伝搬するから、その結果消費が落ち込みGDPも大幅に減少して、バブル経済は一気にデフレ経済へ転落するだろう。消滅する富は元々がバブル(泡)の富だった訳だから、実力ベースに戻るだけなのだが、バブル崩壊の嵐は不良債権が全て清算されるまで終わらない。その結果、デフレ経済が延々と続くことになる。

 さらにM7バブルが崩壊すれば、ドルの信用が大きく揺さぶられる展開になるだろう。ひとたびドルの信用が低下すれば、アメリカ政府は国債の買い手を確保することが困難になる。その結果バブル崩壊は債券市場に波及して、政府・中央銀行を巻き込む巨大なバブル崩壊となる公算が大きい。しかも次の理由からバブル崩壊の衝撃波をくい止める対策が存在しない危機となる。

①アメリカで消費が大幅に減少すれば、輸出に大きく依存している中国経済を直撃することが確実である。そして1位と2位の経済大国米中でバブル崩壊が起きれば、世界に不況が伝搬する。さらに基軸通貨ドルに対する信用が崩落すれば、グローバルな金融市場に途方もない混乱を引き起こすことになる。

②しかも従来と異なり、今回のバブル崩壊をくい止める外部が存在しない。米中に代わる経済成長を続けるフロンティアも存在しなければ、債券市場に代わる市場も存在しない。このため世界中に溢れていた巨額のマネーが行き場を失ってしまうだろう。

③中央銀行と政府は、自分自身が金融市場のアクターであることに加えて、金融緩和などの救済手段を既に使い果たしてきたために、次のバブル崩壊に対しては「弾切れ」状態で有効な対策を講じることができずに立ちすくむことになる。元々金融緩和として中央銀行が金融市場に放出してきたマネーが起こすバブルであり、ブーメランとなって中央銀行を直撃する恐れがあるのだ。

 経済学者で投資家の小幡績氏は、『バブルは崩壊し資本主義が終わりこの世が終わる』というセンセーショナルな標題の記事の中で次のように述べている。(資料3参照)

<「全てテック・ジャイアント優先、巨大ビジネス優先で何が悪い、むしろそれが経済にとって一番良い」という、この経営者たちの傲慢さが世界を破綻に追い込むのであり、その破綻の爆発力を高めるマグマが今や急激にたまっている。>

<中国も1978年から始まった壮大なバブルが、この数年で急激に崩壊のリスクが高まっており、否崩壊は既に現在進行中で、アメリカが崩れて、西側への輸出が減ってしまえば、中国経済はバブル崩壊が決定的になり、社会的な大改革がもう一度起こらざるを得ない状況になる。アメリカと中国のバブルが同時に崩壊し、さらに両方の社会構造までもが同時に窮地に陥る。>

<これは資本主義の終焉プロセスに留まらず、社会の危機になることを意味する。バブル、資本主義、社会の3つが同時に崩壊する事態となる。>

八方塞がりの中国

 中国の経済状況も危険水域にある。ベトナム・ビングループの主席経済顧問を務める川島博之氏は、『習近平は西太后になってしまうのか』と題した記事の中で次のように述べている。(資料4参照)

<中国共産党の引退した長老と現役幹部が話し合う北戴河会議が今年8月上旬に開催された。今年の会議では、習近平の力が衰えており、長老達が習近平に引退を迫るという噂が流れていた。>

<中国にどれほどの不良債権があるのか。一説には日本円で5,000兆円と言われ、最低でも中国のGDPの2倍以上ある。不良債権の真実を打ち明けられた北戴河会議メンバーは、誰もがその処理が不可能であることを悟った筈だ。北戴河に集まった人々は共産党政権がなくなれば全てを失う。かくして今年の北戴河会議の結論は、全て現状維持となったと予想される。>

<何も決めることができない。現在中国は日本が過去30年間揶揄され続けたような状況に陥っている。そして状況は日本よりも悪くなる可能性が高い。日本は曲がりなりにも痛みに耐えて不良債権処理を行ったが、中国は不動産バブル崩壊で生まれた不良債権を処理することができない。金額が巨大であるだけでなく、長老や共産党幹部の利権が複雑に絡み合っているからだ。>

 今年になって中国では銀行の貸し渋りが顕著になり、起業家の自殺が増えているという。以下は、経済産業研究所上席研究員の藤和彦氏のレポートである。(資料5参照)

<バブル崩壊の日本が経験した銀行の貸し渋りが中国で本格化している。7月の家計向き融資は前月比で4893億元(約9.8兆円)減少し、企業向け融資は前月の1/30に急減した。日本の経験によれば、貸し渋りは金融危機の予兆であり、中国経済はさらに悪化することは間違いない。既に企業向けの貸し渋りが本格化しており、今年4月以降に起業家の自殺が4件起きている。>

 中国では共産党政権の暴政に抗議する従来の群衆事件に加えて、知識層がハイテクを駆使して「打倒共産党」に抗議する活動が増加しているという。以下は、ジャーナリストの福島香織氏のレポートである。(資料6参照)

<8月29日の夜、重慶大学がある商業地域のビルの壁に、巨大プロジェクターによる抗議文が映し出された。(そこにはこう書かれていた。)立ち上がれ、奴隷に甘んじたくない人々よ・・・共産党がなくなってこそ、新しい中国がある・・・自由は与えられるものではなく、奪い返すものだ・・・暴政の共産党を転覆させよ>

<伝聞によれば、プロジェクターは通りの向かいにあるホテルの一室に設置されていて、設置後家族ともどもイギリスに脱出していた人物がイギリスから遠隔操作したものだった。>

 このようなハイテクを駆使した手の込んだ抗議だけでなく、命を懸けても共産党批判を断行する人物が増えているという。従来型の群衆事件も7/17~19だけで主要都市を中心に少なくとも21件起きている。

<個人が、強固な覚悟とハイテク技術を使って洗練された抵抗は、鎮圧などの恐怖政治では押し込めることはできない。・・・ハイテク軍事パレードの盛大さの足元で、そのハイテクを使った反共表現による人民の抵抗がじわじわ広がっていることを見逃してはいけない。>

 国際政治学者の藤井厳喜氏は、メルマガで習近平の権力基盤が弱体化している情勢を伝えている。(資料7参照)

<6月30日に中国共産党の政治局会議が開かれ、「意思決定協調調整機構」という党内最高レベルの組織が設立されることが決定した。習近平氏はこれまで既存の行政組織や党の役割分担を超えて全て自分で決める独裁体制を作り上げてきた。この(独裁)体制を否定し、本来の形に戻すことが「意思決定協調調整機構」の役割と考えられる。>

<三期目の習近平氏の任期は共産党内で2027年まである。この間に引きずり降ろすと、政変があったことが外国に明らかになり中国の弱体化を示すことになるため、軍部などの反習近平勢力は習近平氏を象徴的な存在として支えつつ、集団指導体制へ向かう動きではないか。>

 中国は高い経済成長を維持するために、超高層ビルが林立するゴーストタウンを各地に作ったり、利用者が殆どいない新幹線や空港等を地方に整備したりと、巨額の投資を繰り返してきたのだったが、その投資が不良債権化して中国経済の息の根を止めようとしている。共産党政権であるが故に強引な政策を断行してきた結果だが、本質がバブル資本主義であることは変わらず、過去の累積として膨れ上がった不良債権を強引に帳消しにすることもできないのだ。

敗色が強まるロシア

 函館大学教授の安木新一郎氏がロシア経済の現況についてレポートしている。(資料8参照)

<歴史上、国が弱体化するにつれて通貨の素材が劣化することは珍しくない。ロシアでは2008年8月のリーマン・ショック以降、硬貨を銅製・真鍮製から鋼鉄製に切り替えてきた。リーマン・ショックに伴う経済危機によってルーブルの価値が下落する中、予算のないロシア銀行は鋼鉄製の安い硬貨を作って凌ごうとしたのだ。>

<2021年末のロシアの消費者物価指数(CPI)は前年同期比8.4%増、2022年は11.9%増と物価上昇が続いており、ルーブルの価値が低下しているため、ロシアは鉄よりも安価な小額紙幣を作らざるを得なくなった。しかしながら小額紙幣の発行は計画通り進んでいない。単純に予算が削られたからだが、日常生活に欠かせない小額硬貨や紙幣の供給が、戦費の膨張に圧迫されて滞る事態となっている。>

 この現実が物語っていることは、戦争が3年半にも及び戦費が増大して、民生経済が相当に圧迫されている事実だ。安木教授は「日本の領土の45倍の面積に散らばって住んでいる地方の1.2億人にとって、現金不足は年金の受け取りや日常の買い物にも支障をきたすことになりかねない。モスクワよりも遥かに貧しい辺境から、多くの男性が兵士として徴発されていて、残された人々への現金の供給が滞っている。この圧政にロシアの辺境はどこまで耐えることができるだろうか。」と結んでいる。

 ポーランドのラドスワフ・シコルスキー外相は、6月26日のインタビューで、「軍拡競争がソ連崩壊の一因になったように、新たな軍拡競争はプーチン体制の崩壊につながる可能性がある。プーチン氏はブレジネフと同じ道を歩んでいる。」と発言している。(資料9参照)

 Daily Digestが『破綻するロシア経済』と題してウクライナ戦争と経済の状況について解説している。以下に要点を要約する。(資料10参照)

①ウクライナ戦争でのロシア軍の死傷者は約100万人に達している

②戦争を継続するためには徴兵に踏み切らざるを得ないのだが、プーチン大統領は徴兵に対し非常に消極的である。新兵を確保するためにロシア政府は新兵に支給される一時金を倍増して、既にロシアにおける平均月収の5倍になっている。徴兵に踏み切らなければ兵士の報酬を徐々に引き上げなければならないのだが、現今のロシア経済ではそれも不可能だ。

③政府の放漫な金融政策が軍事費の増大を招いている。軍隊における人件費が維持不可能なほどに増大しており、インフレが加速し消費者の購買力が低下して、ルーブルの価値が低下している。

④ロシアの予算が軍事部門に重点的に分配される結果、民間経済は一層疲弊してゆく。

⑤軍事部門でさえ鈍化の兆しが見えている。その原因に労働力不足がある。戦争によって経済の崩壊を免れている一方で、慢性的な弱点が浮き彫りになっている。

 ウクライナに軍事侵攻して以降、インフレ対策としてロシアの政策金利は徐々に引き上げられて20%に到達していたが、今年7月に18%に引き下げられ、9月には17%引き下げられた。それでも民主主義国では考えられない高金利であり、市民生活を直撃していることは明らかだ。

 最近になってウクライナ戦争は3年半が過ぎて、勝者はウクライナで敗者はロシアという見方が優勢になってきた。トランプ大統領が9月23日に「プーチン大統領とロシアは深刻な経済的困難に直面していて、ウクライナはロシアの侵攻以降に奪われた領土を全て取り戻せる。」と書いたことは既に紹介した。

 『サピエンス全史』の著者であるイスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏もまた9月27日のフィナンシャル・タイムズ紙に「ウクライナ戦争で勝利しているのはウクライナだ。」という記事を投稿している。

 ロシアの経済規模はテキサス州程しかない。そのロシアがNATOからの支援を受けたウクライナと3年半に及ぶ戦争を遂行している事実は尋常ではない。戦争が長期化すればするほどロシア経済は衰退してゆき、どこかで破綻する危険性が高まる。

技術革新が起こす危機

 人類は新しいテクノロジーを次々に発明しイノベーションを起こしながら社会を発展させてきた。全てのテクノロジーは例外なく軍民両用(dual use)であって、使い方次第で画期的なイノベーションを起こし経済を発展させる一方で、次の軍事革命を起こすことにもなる。これは太古における火の活用や20世紀における核エネルギーの活用が象徴するように、テクノロジーが持つ宿命に他ならない。言い換えれば、人類は新しいテクノロジーを発明するたびに、それを管理する能力を磨いてきたからこそ現代の繁栄があるということだ。

 映画は新たな科学技術が切り開く未来を先取りしたものが少なくない。代表的な作品を三つ挙げる。「ターミネーター」はロボットの未来の先取りであったし、「ダイハード4」はサイバーのリスク、「インフェルノ」はバイオ・テクノロジーがもたらすリスク、つまりそれらが戦争の手段として利用されるリスクを予告したものとして描かれていた。

 そして現代、AIやバイオ・テクノロジーなどの分野で、革命的なイノベーションが生まれつつある。夢のエネルギーと呼ばれる核融合(Nuclear Fusion)発電も実用化に向けて各国による開発が凌ぎを削っている。ここで忘れてはならない教訓は、全てのテクノロジーが軍民両用であることだ。新しいテクノロジーを実用化するのと同時に、それを安全に使いこなす枠組みを構築しなければ人類は危機に直面することになる。

 雑誌『正論』の編集長を務めた桑原聡氏が、産経新聞9月12日に寄稿した「モンテーニュとの対話」で、AIがもたらすリスクについて書いている。

<チャットGPTとの対話が息子の自殺につながったとして、両親がオープンAIとアルトマンCEOを提訴したという。米国メディアによれば、少年との対話の中でチャットGPTは自殺の手法について助言を与え、遺書の下書きまで作成していたという。ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』を超える世界が現実に迫りつつある。>

 銃や麻薬の入手方法、爆発物の作り方等々、AIは実生活で便利なサービスを提供することに留まらず、犯罪やテロなどのダークサイドにおいても<便利なサービス>を提供している現実を軽視してはならない。

危機の正体と打開

 既に書いてきたように、戦後80年の現在、戦後に作られた諸システムが制度疲労を起こし崩壊に向かっている。まず戦後に欧米が中心となって作り上げた国際秩序が崩壊しつつある。崩壊を決定づけたのは言うまでもなくプーチン大統領である。民主主義も制度疲労を起こしており、選挙のときにクローズアップされるように、米欧はもとより日本でも機能不全に陥っている感が否めない。500年の歴史を持つ資本主義も20世紀後半からバブル資本主義と呼ばれる形に変質して、今や過去に例のないバブルが崩壊する淵に立っている。

 この現実をどのように理解すればいいのか。どうすれば混沌状況から脱出できるのだろうか。ヒントは熱力学の第二法則として知られる『エントロピー増大の法則』(以下、エントロピー則)にある。

 まず国家や国際社会のシステムが混沌に向かっている現状は、『エントロピー則』によって分かり易く説明できる。エントロピー則とは、分かり易く言えば「自然の成り行きに任せれば、社会は混沌を深める方向に進む」というものだ。戦後80年の現在、恰もシンクロナイズして進行している戦後システムの機能不全は、何れもがエントロピー則に従って必然的に起きていると解釈できる。

 但しエントロピー則は、「(成り行きに委ねることなく)そこにエネルギーを加えて、英知を働かせてマネージメントの努力を続ければ、混沌化の動向を秩序回復の方向に転換することができる。」と読むこともできる。つまり人類の歴史で局所的な混乱は随所で起きたのだが人類はそれを克服し、大きな潮流として眺めれば、人類は常に新しいイノベーションを取り込んで進化を遂げてきたということだ。

 そもそも生物進化の歴史は反『エントロピー則』であり、生命の存在そのものが反『エントロピー則』の賜物である。生命という奇跡の誕生も生物の進化も、混沌化ではなく秩序化の結果なのだ。そして生命の進化の最後(今のところ)に登場したのが我々ホモサピエンスである。数多の生物の中で、唯一知性を獲得するまでに進化したサピエンスであるから、我々がその気になれば、混沌に向かうベクトルを秩序化に向かうように軌道修正することは充分可能である筈だ。

 国際秩序の危機に対しては、世の中に不心得者が登場して秩序を乱そうとするならば、誰かがその前に立ち塞がって毅然として阻止する行動を取らなければならないのだ。近年それが巧く行かなくなった原因は、アメリカというそれまで国際秩序を維持してきた機能が弱体化したことにある。しかしもっと根源的な原因は、アメリカ一国にその大役を押し付けて、欧州や日本が国際秩序を維持する「3K(汚い、危険、きつい)」の行動をサボってきたことにある。

 日本は戦後『平和国家』の看板を掲げてきたが、3Kの役割をアメリカに委ねる代わりに、アメリカに従属することを選択してきた。本来なら、平和や秩序を守るためならば3Kも、必要であれば戦争でさえも辞さないという決意を持つことが真の『平和国家』である筈だ。

 民主主義の根本は「国民主権」にある。現在散見される、日本が直面する民主主義の危機の原因は、国民が国民主権の責任を背負っているにも関わらず、戦後80年間、政治を政治家に丸投げしてきたことにあるのではないだろうか。必要な資質と能力を備えた政治家ばかりであれば、危機には至らないのだが、国会議員は衆議院が465人、参議院が248人の合計713人であり、これだけの人数がいれば十分に社会の縮図となり、玉石混合となることは避けられない。現実に地検特捜部に起訴される国会議員もいれば、スキャンダルを起こして国民に対しみっともない謝罪をしている政治家もいる。国民が国民主権を取り戻し、政治家に対し毅然とモノを言い、選挙でその意思を行使することで民主主義の本来の姿を取り戻す必要がある。

 資本主義の危機の原因は、マネーの暴走を統制してこなかったことに尽きるだろう。本来なら資本主義がバブル資本主義に変質を始めた時点で、バブル資本主義を記述する経済学理論を作る必要があったのだ。どこまでの財政赤字なら許容できるのか、赤字の増大をどうやって統制するのかについて理論が必要である。現代の、現実の経済をマネージメントする経済学理論は何故登場しないのだろうか?バブル資本主義の時代になって、経済運営の確固たる理論がないままに、経済の素人である政治家が試行錯誤でやってきた結果が、現代における経済と金融に関わる混乱を作ったといえる。これはアカデミアの怠慢という他ない。

 21世紀以降のテクノロジーは、20世紀に比べて一段とパワフルになり一段と加速度をもって進化を遂げてきた。従ってテクノロジーがもたらす危機については、それを暴走させない仕組みが必須となる。即ちテクノロジーの開発に携わる技術者とは別に、そのテクノロジーが暴走するリスクについて研究し統制する仕組みを考える科学者の存在が必要なのだ。これもアカデミアが果たすべき役割である。

 総じて言えば、四つの危機に共通していることは、開発する勢力と制御する勢力のせめぎ合いこそがむしろ健全であり、制御する機能が欠落すれば、社会システムもテクノロジーも暴走する危険が高まるということだ。これは現代人の宿命なのであり、一言で表現すれば、アクセルだけのシステムではなく、アクセルとブレーキの双方を備えたシステムを作らなければならないということである。

 エントロピー増大の法則を発見したのはサピエンスの知性だった。この法則は物理学の世界に留まらず、サピエンスが発明し生み出したさまざまな社会システムにも当てはまる。一つは放置すれば暴走するという意味であり、他一つはエネルギーを注いで英知を結集することによって暴走を抑止できるという意味においてである。

参照資料:

1.『米国経済は3年以内に過剰な政府債務を起因とする“心臓発作”を起こす』、木村正人、JBpress、2025.9.9

2.『米国株崩壊前夜』、増田悦佐、ビジネス社

3.『バブルは崩壊し資本主義が終わりこの世が終わる』、小幡績、東洋経済オンライン、2025.2.8

4.『習近平は西太后になってしまうのか』、川島博之、JBpress、2025.8.6

5.『中国で経営者が相次いで自ら命を絶つ異常事態が発生』、藤科和彦、現代ビジネス、2025.8.21

6.『奴隷にされたくない、中国で打倒・習近平の蜂起呼びかけ』、福島香織、JBpress、2025.9.12

7.『習近平の権力基盤、危ぶまれる健康問題と今後の共産党の指導体制』、藤井厳喜メルマガ、2025.9.10

8.『銅や鉄で硬貨作れず、小額紙幣の印刷も予算不足で滞るロシア』、安木新一郎、JBpress、2025.8.6

9.『ソ連崩壊の二の舞、軍拡競争でプーチン体制崩壊の可能性』、AFPBB News、2025.6.27

10.『破綻するロシア経済』、Daily Digest、2025.9.19

11.『次に起こるのはAI心中』、桑原聡、産経、2025.9.12

制度疲労から崩壊へ向かう戦後システム(前編)

 本ウェブサイトで、過去に以下の記事を書いた。国際情勢は激しく変化しているので、現時点で分析をアップデートしておきたい。

・「歴史的大転換点にある世界」:その1~その3(2023.10.4~11.18)

・「終焉を迎えるバブル経済と資本主義」:その1~その3(2024.1.18~1.31)

 近年、世界を劇的に変えた出来事は三つある。2019年末に発生したコロナ・パンデミック、2022年2月のロシアによるウクライナ軍事侵攻、そして2025年1月に発足したトランプ第二期政権である。上記二つの連載記事はロシアのウクライナ軍事侵攻が起きた後、トランプ大統領が就任する前の時間軸で書いたものである。三つの出来事の内、パンデミックとウクライナ侵攻は「戦後の平和は終わった」と警鐘を鳴らした大事件だったのだが、国際情勢の変化はトランプ第二期政権が発足した以降激しくなり、かつ加速している。

「歴史的大転換点にある世界」では、現在進行中の8つの危機について取り上げた。8つの危機を大きく括ると、以下の四つに集約できる。1と2については本項で論じ、3と4については後編で取り上げる。

  1.戦後国際秩序の崩壊

  2.民主主義システムの制度疲労

  3.臨界点に向かうバブル資本主義

  4.技術革新がもたらす危機

 国際情勢が激変している。ロシアがウクライナに軍事侵攻してから3年半が過ぎた。そして2023年10月にハマスがイスラエルに対し武力侵攻したことを契機に、イスラエルとパレスチナ・ゲリラ間の戦闘が激化し、紛争はイスラエルとイランの相互攻撃にまでエスカレートした。ガザ地区の惨状が連日報道されているが、何れの戦争・紛争も未だに誰にも止められない。国家が意思を持って武力行使する時、さらにその当事国や支援国が核保有国で安保理常任理事国である場合、国際社会は戦争を停止させることができないことが明らかとなった。

 2025年1月にトランプ第二期政権が発足した。トランプ大統領は就任後直ちに不法移民を強制送還する措置を実行し、4月には続いて高関税措置の発動を発表した。これが現在、世界経済と国際秩序を大きく揺るがしている。 

高関税政策の背景にある国内事情

 トランプ大統領が4月に自らを<TARIFF MAN>だと称して輸入品に高い関税をかけると宣言し、各国に対し「それを回避したければ代案を出せ」と脅しをかけた。国際ジャーナリストの木村正人氏は、Foreign Affairs誌9/10月号の記事を紹介して、トランプ政権誕生前後のアメリカの変貌を次のように端的に表現している。(資料1参照)

 <第二次大戦後、米国は「世界の保険屋」として海と空の安全、財産の保護、国際貿易ルール、ドルの安定という安全保障と経済の基盤を提供してきた。しかし第二次トランプ政権になって脅しと取引で利益を得る「ゆすり屋」に変貌した。>

 トランプ大統領は一体なぜ世界を相手に高関税政策を発動したのだろうか?多くの識者が既に指摘しているように、容易に考えられる狙いは次の三点である。

  1.アメリカ政府の税収を増やして財政赤字を減少させる

  2.衰退した国内の基盤産業を復活させて労働者の雇用を促進する

  3.相手国にディールを迫ることで、アメリカ国内への投資を促進する

 この背景には、増加一途のアメリカ連邦政府の財政赤字と、中間層の貧困化と大都市の治安悪化という二つのアメリカ国内事情がある。

 今回の関税政策により年間で約3,400億ドルの関税収入が見込まれるというが、年間2兆ドルを超える財政赤字を埋め合わせするには全く不十分である。さらに、国外から年1兆ドル以上の投融資を確保しなければ、金利が高騰して国債の利払いだけで財政赤字が増大するという。この事実はアメリカの財政が自転車操業に陥っていることを物語っている。

 高金利政策を巡る西側諸国との交渉の結果、日本から5,500億ドル、EUから6,000億ドル、サウジから6,000億ドル、韓国から3,500億ドルの投資が確定した。合計で2.1兆ドルに上る。正しく「ゆすり屋」という表現は的確である。

 破綻の淵に立っているアメリカ連邦政府の債務の実態について、経済アナリストの増田悦佐氏は、2023年第4四半期のデータを引用して、「アメリカ連邦政府は幾ら借りても返済すべき元利が膨らむ借金地獄に堕ちている。」と指摘している。(資料2参照)

 表から明らかなように、連邦政府の財政赤字の増加額はGDP増加額の約1.5倍、累積債務の増加額は約2.5倍に上る。覇権国アメリカにのみ許される見事な借金地獄である。ちなみに2025年度のGDPは名目値で約30兆ドル(IMF2025.4データ)であるのに対して、連邦政府の累積債務総額は約36兆ドル、年間の財政赤字は約2兆ドルに上る。

 どうしてこうなったのか。歴史を俯瞰すれば、資本主義がバブル資本主義へと変化していった過程で、政府の経済運営や財政運営がバブル経済に立脚するようになった結果に他ならない。これはアメリカに限らない。詳細は後編で論じる。

「諸刃の刃」:四つの副作用

 そもそも関税は中小企業や低所得者世帯を痛めつける「歪んだ税金」である。高関税政策は諸刃の刃であり、四つの大きな副作用がある。

  1.関税インフラを招く

  2.グローバルな自由貿易体制に強烈なダメージをもたらす

  3.脱グローバル化を促進する

  4.ドル離れを加速させ、ドルの下落を促進する

 第一に、関税が引き上げられれば、初めは輸出企業側のコスト低減努力がショック・アブゾーバとして作用するとしても、それはいつまでも持続せず、やがて関税はアメリカ市場での製品価格に転嫁されるので、アメリカで関税インフラが起きる。

 アメリカ政府の関税収入がひととき増えたとしても、インフレは最終的にアメリカ経済を悪化させる。さらに関税によって自国産業をひととき保護するとしても、既に衰退して久しいアメリカの基盤産業を復興させることは相当困難である。従って関税を上げることによって製造業が回復し中産階級の雇用を生み出すというのは幻想に終わるだろう。

 第二に、高関税措置はアメリカ自身が推進してきたグローバルな自由貿易体制に強烈なダメージを与える。しかもその体制下で最も大きな恩恵を受けてきたのが、経済を急成長させた中国と、基軸通貨ドルの特権を利用して、大半がドル決済で為替変動の影響を受けることなく借金経営を続けてきたアメリカである。

 第三に、高関税政策は「脱グローバル化」を促進する。かつて「有事のドル」と言われた時代には、危機が顕在化すればドルと米国債に資金が流れた。現在では逆に米国債が売られドルが下落する展開となっている。

 トランプ政権による有無を言わせぬ高関税政策は、世界に経済戦争を仕掛けたことに等しい。アメリカを全面的に信頼してきた諸国ですら、アメリカはそこまで追い詰められているのかとドルの未来に対する信用を失墜させるだろう。

 第四に、長期的に見て今回の措置は貿易におけるドル離れを加速し、ドルの下落を促進する。今までアメリカは基軸通貨ドル体制がもたらす「途方もない特権」を享受してきた。そのドル基軸通貨体制は、ロシアに対する金融制裁(SWIFTからの追放)とサウジアラビアによるペトロ・ダラー・システム(PDS)の密約破棄、ドルに代わる貿易決済通貨をめざすBRICSやSCO(上海協力機構)の動きによって、弱体化が進行している。

 今年5月に、サウジアラビアの首都リヤドで『サウジアラビア・米国投資フォーラム』が開催され、ベッセント財務長官とサウジのジャドアーン財務相による「財政と金融の協調」と題した閣僚対話が開催された。この場でサウジアラビアが今後石油の代金はドルでしか受け取らないことを確約したという情報がある。これが真実であれば画期的だ。一旦破棄したPDS体制を元に戻すということであり、基軸通貨ドルの地位が弱体化する勢いを抑制するだろう。但し、そのような揺り戻しがあったとしても、ロシアや中国が推進しているドル離れの趨勢を止めることはできない。(資料3参照)

トランプ大統領の狙い

 トランプ政権は財政赤字と共に、中間層の貧困化と大都市の治安悪化という問題に直面している。そもそも不法移民と治安悪化はオバマ政権とバイデン政権下で放置され深刻化したものだ。トランプ大統領が就任後最初に講じた措置は不法移民の強制送還だった。また最近トランプ政権は治安が悪化した大都市に大統領権限で州兵を派遣している。トランプ大統領は民主党政権化で深刻化した事態を力で回復させようとしている訳だが、強引すぎる措置に対して民主党支持・左派対共和党支持・右派の間で分断が激化している。

 トランプ大統領は7月に「大きく美しい法案(One Big Beautiful Bill)」に署名し発効させた。トランプ大統領自身の命名によるこの法案は、「常識的な議題を実現するもので、中流階級に対する史上最大規模の減税、恒久的な国境警備、肉太の軍事費、そして財政の健全性を回復する」ことを目的としている。(資料4参照)

<“President Trump’s One Big, Beautiful Bill delivers on the commonsense agenda … the largest middle‑class tax cut in history, permanent border security, massive military funding, and restoring fiscal sanity.”>

 しかし、狙いの一つに「財政の健全性を回復する」という一項があるが、この法案は4兆ドルの減税を行うために3兆ドルの財源を新たに必要とし、それを赤字国債で賄うというものであり、むしろ膨大な財政赤字を更に悪化させるリスクの方が高いように思われる。

 さらにトランプ大統領はドルの仮想通貨化を促進するGENIUS法を7月に成立させた。ドルと1対1で交換できる<Stable Coin>を世界に普及させて、送金コストや手続きコストを引き下げることで米国債に対する需要を高め、基軸通貨ドルの座を安定させることを目指すものだ。背景にあるのは、ドル基軸通貨体制の存続を疑問視する人が増えて米国債の購入が鈍化している現状だ。

 以上述べたように、トランプ政権は就任から僅か8カ月の間に、驚異的なスピードで大胆な政策を次々に打ち出してきた。なかでも「大きく美しい法」はMAGAを実現する中核的な対策であり、高い関税はそのための補強手段として、GENIUS法は弱体化しつつある基軸通貨ドル体制の補強手段として、それぞれ位置付けられているようだ。

 しかし歴史家ニーアル・ファーガソン氏は、トランプ大統領の政策はニクソンショックと重なるところがあると指摘する。米国は国も市民も収入以上に支出することで経済を成長させてきた稀な国である。それでもこれ以上は無理だという局面でニクソン大統領はドルの金兌換を放棄し、ドルに対する円高とマルク高を強引に実現する措置をとった。(資料5参照)

 そして現在、株価総額が3兆ドルを超えるところまで急騰したM7とは対照的に、自動車や造船に代表される米国製造業の衰退は著しく、財政赤字の増大は臨界点に向かっている。つまりニクソンショックと同じ必要性から打ち出されたのが高関税政策だったと解釈することができる。しかしながら「関税は税収を増加させ、国内産業の再興を促し、米国への投資を促すことで既に衰退した基盤産業を復興させる」というトランプ大統領の目論見は楽観的過ぎて実現が相当困難に見える。

 物理学に「作用反作用の法則」というものがある。今回の事例に当てはめれば、国がある行動を取れば、それが大胆なものであるほど、後日それに見合った反動が国内外から起きるということだ。トランプ大統領による高関税措置は、中国やインドとの交渉の目途は立っていないが、日欧など同盟国との間では合意に至ったことから、山場を越えたと言われる。しかしこれから強引すぎる関税措置に対する反動がアメリカ国内外で起きることが予想される。FRBのパウエル議長が懸念を表明しているように、インフレの進行や失業増加がその一つである。

 基盤産業の復活は短期間では望めないため、失望が先行し拡大することが確実だ。ドル覇権の弱体化は既に進行中であり、今後一層顕著となり、基軸通貨ドル時代の終焉へ向かうだろう。ドルに対する信用が低下すれば、財政赤字を埋めるための資金調達が一層困難になる。かくして負のスパイラルが動き出すことになる。

リアクション

 5月28日にアメリカ国際貿易裁判所が、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠とするトランプ関税は違法とする判決を下した。8月29日には連邦控訴裁がその判決を追認する判決を下した。強引な政策に司法が待ったをかけたのである。岡崎研究所が9月17日にウォール・ストリート・ジャーナルの記事をもとに解説しているので紹介すると、違憲判決の理由は明快で、「国民に関税を課す権限は唯一議会に属するというのが憲法の仕組みであり、大統領が関税を課すには議会による委任を要する。グローバルに手当たり次第関税を科す無制限な権限を大統領に与える規定はIEEPAには見当たらない。」ということだ。(資料6参照)

 この判決を不服としてトランプ政権は最高裁判所に上訴し、9月3日に迅速に審理するよう要請し、大統領に反対する判決は「壊滅的影響」をもたらすと警告する書簡を連邦控訴裁に送った。もし最高裁が違憲判決を出せば、世界は安堵する一方で大混乱となり、トランプ大統領が描くシナリオが根底から崩れる事態を招くことになる。

 経済学者の河野龍太郎氏はJBpressの記事の中で次のように指摘している。(資料7参照)

 <(アメリカの現状は)ローマ帝国の滅亡と同じである。ローマの教訓は、帝国の内側で制度の正統性が失われて信任を失い、エスタブリッシュメントでさえ支えようとしなくなったことにある。片や現在のアメリカでは、通貨覇権から得られる利得をグローバル・エリート層が独占する一方で、グローバリゼーションによって世界市場での競争に敗れた製造業が衰退してゆき、労働者や地域社会にお金が回らなくなった。>

 現在のアメリカ経済は富の配分問題を抱えている。一部の超富裕層が富を独占している現状に対し、トランプ政権は富の配分を是正する措置を講じないであろう。何故ならM7に象徴される株価上昇はアメリカ経済が堅調であることの証として利用されるからだ。しかし行き過ぎたバブル経済は必ず、しかも間もなく破綻を迎える。そしてひとたびM7バブルが崩壊すれば、トランプ政権の試みはたちまち窮地に陥るだろう。M7バブルとアメリカ連邦政府の財政は連動しているからだ。詳しくは後編で論じる。

崩壊プロセスに入った戦後国際秩序

 ロシアがウクライナに軍事侵攻してから既に3年半が経過したが、ウクライナ戦争は三つの点で戦争の概念を転換するものとなった。

  1.ロシアが意思をもって始めた戦争は誰にも止められない

  2.軍事大国ロシアに対しウクライナが健闘している

  3.米欧はロシアに対し軍事行動ではなく「経済・金融の武器化」で対応した

 第1に、戦後の国際秩序では、拒否権を持つ安保理常任理事国であると同時に、核兵器保有国であるロシアに対し、国連も安保理もなす術がないことが露呈した。抑止できるとすれば、それはアメリカが本気で対峙する姿勢を見せた時なのだが、トランプ大統領にその意思はないようだ。

 第2は、NATOを主体とする西側諸国からの支援を得て、軍事大国ロシアに対し健闘しているウクライナの存在である。まさか3年半に及ぶとはロシアにとっても想定外であったに違いない。ウクライナの健闘をもたらした背景には、ウクライナ戦争がそれまでの戦争形態とは一線を画す、無人機を多用する戦争となったことがある。高価な戦略爆撃機やミサイル、艦船を持ち合わせていなくても、無人機・無人艇を縦横無尽に使いこなすことができれば、一方的な敗戦には至らないことをウクライナは実証してみせた。ロシア軍の旗艦モスクワの撃沈や戦略爆撃機の破壊は、それを象徴する事件となった。ウクライナ戦争は21世紀の軍事革命が実行された最初の戦争となったのである。

 9月23日にトランプ大統領は「ウクライナは、EUの支援を受ければ、ロシアの侵攻以降に奪われた領土を取り戻し元の国境を回復できる」と思うと<Truth Social>に投稿した。そしてウクライナの勝利に言及し、ロシアが敗北に向かっているとの見解を示した。さらに「ロシアは真の軍事力を使えば1週間以内で勝利できた戦争を目的もなく3年半も続けてきた。」と述べ、「ロシアは大きな経済のトラブルに直面している。ウクライナは今こそ行動すべき時だ。」と加えた。(資料8参照)

<I think Ukraine, with the support of the European Union, is in a position to fight and WIN all of Ukraine back in its original form. Russia has been “fighting aimlessly for three and a half years a War that should have taken a Real Military Power less than a week to win. Vladimir Putin and his country are in “BIG Economic trouble, and this is the time for Ukraine to act.”>

 この発言の背景には、プーチン大統領がトランプ大統領による調停を無視したことに対する警告の意味合いがあるとしても、アメリカ大統領がここまではっきりとロシアの敗北を明言したことは刮目に値する。ロシアの敗北は既に米欧の共通認識となっているようだ。

 第3に、米欧はロシアに対し軍事行動を取る代わりに、SWIFTからの排除を含む「経済・金融の武器化」で制裁を科した。しかし「作用反作用の法則」で述べたように、これらの対抗策はグローバル経済下でBRICSの拡大やドル覇権の弱体化というリアクションを招いた。

 ロシアによるウクライナ軍事侵攻は、アメリカ覇権体制が弱体化する過程で起きた。ウクライナに軍事侵攻しても、アメリカは軍事力を行使しないと読んだ末の侵攻だったことは間違いない。テロやゲリラの掃討作戦と異なり、隣国に対する戦争に踏み切ったロシアの行動は、戦後に形成された国際秩序を破壊するものとなった。歴史を俯瞰すれば、第二次世界大戦後に構築された国際秩序が一気に崩壊し始めたことを意味する。そのリアクションはこれから顕在化する。ロシアはウクライナ軍事侵攻を始めた代償を支払うことになるだろう。

ポスト戦後80年時代の国際秩序

 ここで重要な課題が浮上する。それは戦後の国際秩序体制に代わる、「ポスト戦後80年の時代の国際秩序の仕組み」を一体誰が作るのかということだ。ミュンヘン連邦軍大学教授で国際政治学者のカルロ・マサラ氏は、9月13日の産経紙面で次のように指摘している。

 <トランプ大統領は、大国の協議で決める世界を思い描いている。米中にロシアも加わるだろう。日本やドイツなど他の国は決定に従わねばならなくなる。しかし中国の思惑は米国とは違う。中国は米国を弱体化させ、自国の立場を世界に押し付けたいと考えている。米中二極化は、米国を超越するための一段階に過ぎない。>

 <ウクライナがロシアの侵攻をくい止めている間、日欧は将来に向けて準備する時間を稼げる。戦争が明日終われば、日欧は直ちに危機に直面することになる。日本は憲法9条を改正すべきである。日本の防衛政策を本質的に変えたのだと、中国に示すことになるからだ。対中抑止を真剣に考えているという明確なシグナルになる。>

 これは重要な指摘である。ポスト戦後80年の現在、我々は大戦後に作られた国際秩序体制をどのようにアップデートするのかという命題に直面している。この命題に日本はどう関与し、どのような役割を担ってゆくべきか。自民党総裁選は国内問題に終始している感があるが、歴史観と世界観を踏まえて未来への展望と抱負を語ることが次の総裁に求められる最重要の課題である筈だ。 

制度疲労が進む民主主義システム(アメリカ)

 9月8日の産経新聞正論で同志社大学の村田晃嗣教授が興味深い指摘をしている。初めに<民主主義は最悪の政治形態である。他に試みられた全ての政治形態を除いては。>というウィンストン・チャーチルの言葉を引用した上で、村田教授は「民主主義が今世界中でストレステストに晒されている。」と指摘する。(資料9参照)

 アメリカでは2016年及び2024年の大統領選を巡り、民主主義の根幹を揺るがす事件が相次いで起きた。代表的なものを列挙すれば、郵便投票を悪用した大規模な選挙不正事件、ロシア疑惑事件、トランプ氏を標的とした司法を武器化した訴訟事件、真の実行犯が誰なのかウヤムヤのままの連邦議会議事堂への暴徒乱入事件などだ。

 一連の事件の起点となったのがロシア疑惑である。2016年11月の大統領選挙においてトランプ氏がロシア政府と共謀して選挙介入を行ったとする事件である。当時の情報機関は一致して「ロシアの選挙介入はなかった」と結論づけたにも拘らず、当時のオバマ大統領が「ロシアとトランプは共謀していた」という情報の捏造を情報機関に指示していたことが公知となっている。

 2025年7月にギャバード国家情報長官は「これはトランプ氏に対する長年にわたるクーデターの基礎を築き、アメリカ国民の意思を覆し、我が民主主義共和国を損なう国家反逆的な陰謀である。」と糾弾した。これを踏まえてトランプ大統領は7月22日に、オバマ元大統領を国家反逆罪で正式に告発した。現大統領が元大統領を国家反逆罪で告発するとは、民主主義はここまで棄損したかという悪夢でしかない。

 9月9日に米国ユタ州のユタ・バレー大学で、トランプを支持する保守の若手活動家、チャーリー・カーク氏(31歳)が銃撃され死亡するという事件が起きた。容疑者タイラー・ロビンソン(22歳)は33時間後に警察に自首し逮捕された。CNNニュースは、「ドナルド・トランプ大統領は保守活動家チャーリー・カークの暗殺以来、<過激な左派>に対する攻勢を強めており、友人であるカークの死と、さらに広範な政治的暴力は彼らの仕業だとしている。」と報じた。(資料10参照)。

<In the days since the assassination of conservative activist Charlie Kirk, President Donald Trump has ramped up his attacks on “the radical left,” whom he blames for his friend’s death and for broader political violence. >

 Z世代のジャーナリストであるシェリーめぐみ氏は、カーク氏死亡のニュースが流れた瞬間、多くのアメリカ人が背筋が寒くなる予感を覚えたと報じている。さらに事件以降、容疑者のロビンソンが左なのか右なのかを巡り大論争が起きたという。本人が交際相手に述べたという発言によれば、「カーク氏のヘイトに満ちた発言には耐えられなかった」といい、「元々左でも右でもなく何れの政党も支持しない今どきの若者だったが、ここ数年で左に傾斜していったゲイ擁護派だ。」という。

 さらにシェリーめぐみ氏は、「今回の事件はその衝撃の大きさにより、<過激なのは左派・リベラル>というナラティブを作り出す格好の機会と言っていい。」という。実際にトランプ大統領は9月17日に、反ファシズムを掲げる極左勢力のアンティファ(ANTIFA)を主要テロ組織に指定するとSNSに投稿している。大都市における治安回復のためにトランプ政権は大統領権限を行使して州兵に出動命令を出しているが、分断を抑制することは困難でむしろ激化させる可能性が高い。(資料11参照)

 この事件にはもう一つ重大な疑惑が存在する。報道によれば、カーク氏は180mの距離から発射された1発の銃弾が首を貫通する狙撃を受けて死亡したという。常識を働かせれば、少々の射撃訓練を受けたという22歳の「数年で左に傾斜していったゲイ擁護派」の学生に成し遂げられる仕業とは思えない。ケネディ大統領暗殺事件を持ち出すまでもなく、アメリカの歴史には屈折点となった時点で、キーパーソンの暗殺が刻まれている。今回の事件も「多くのアメリカ人が背筋が寒くなる予感を覚えた」という表現が示唆しているように、左派と右派の衝突と分断の歴史の転換点となる可能性がある。

 このような事件は、因果関係の連鎖として双方の応酬が過激化する結果、それ以前から存在したアメリカの分断を増幅し加速させる危険性がある。民主主義体制が崩壊しつつある深刻なアメリカ社会の現状を物語っている。トランプ大統領は就任以来アメリカ社会が直面する課題に対して果敢な、時には強引な対策を講じているが、残念ながら「アメリカ社会の分断」を解決することはできず、むしろ対策を講じるたびに事態は悪化してゆくことが懸念される。

議会制民主主義の制度疲労(日本)

 戦後の民主主義システムが制度疲労を起こしているのはアメリカに留まらない。昨年の衆議院選挙、今年の都議会選挙、そして7月の参議院選挙で自民党は三連敗した。石破首相が9月7日に辞任を表明したが、選挙で示された「ノーモア石破自民党」の民意と石破政権の間には明らかな認識の断層があり、議会制民主主義の在り方が問われる展開となった。

 「石破首相の責任」は辞任することで果たされるとしても、「解党的出直し論」が叫ばれる中で、「自民党の責任」はうやむやのまま次の総裁選が公示された。そもそも石破茂氏を総裁に選出したのは自民党であって国民ではない。しかもあろうことか、高市早苗氏181票(議員票72、党員票109)、石破茂氏154票(議員票46、党員票108)で決選投票に臨み、石破茂氏が215票(189、26)で高市早苗氏の194票(173、21)で逆転勝利した経緯がある。

 その逆転劇は岸田前首相が高市氏の勝利を阻止する行動を取った結果と言われている。それに従い石破茂氏に投票した自民党議員の責任は極めて重いと言わざるを得ない。それが自民党総裁選挙に留まるのであれば、党の問題であって国民の問題ではない。しかし自民党総裁=内閣総理大臣となる構図では、その行為は内閣総理大臣という本来なら国民の民意が反映される形で選任されるべきものが、永田町の力学で捻じ曲げたことになる。ここを放置したまま「解党的出直し」を幾ら叫んでも、国民には空虚な遠吠えにしか聞こえない。戦後、選挙で大敗を招くたびに「解党的出直し」が叫ばれてきたが、自民党の体質は何一つ変わっていない。

 今回も石破首相があちこちに「高市には入れるな」と電話をかけているとジャーナリストの櫻井よしこ氏が伝えている。「ノーモア石破自民党」の民意に対する自民党の責任が問われていることを軽視すべきではない。もし国民から見て前回と変わらない総裁選挙が実施されれば、解党的出直しではなく解党プロセスが加速する結果を招くだろう。

 自民党はそう認識していないだろうが、今回の参議院議員選挙は、「戦後80年続いてきた戦後政治の終焉」の始まりとして歴史に刻まれるように思われる。今まで石破首相が演じてきた役割は、戦後自民党政治に終止符を打つ道化師役だったのではないだろうか。

戦後政治終焉の始まり

 自民党の凋落と同期するように、参政党が大躍進した。これは一過性の事件としてではなく、時代の変化を象徴する事件として歴史に記録されるだろう。凋落する自民党と入れ替わるような参政党の躍進だったのだ。そう考える根拠は幾つかあるが、象徴的なところを二点挙げておきたい。一つは党の綱領に「天皇を中心に一つにまとまる平和な国を作る」と掲げていることであり、他一つは理念の根底に「反グローバリズム」を据えていることだ。他の野党と異なり、保守に軸足をおいてリアル・ポリティクスを目指す政党であることを宣言している点は注目に値する。(産経9/13参照)

 もう一つ注目すべきは、日本維新の会が9月17日に発表した政策提言である。政策提言は複数あるが、中でも注目すべきは、「21世紀の国防態勢と憲法改正」についてである。「力による現状変更を厭わない核保有国に囲まれているという危機感に立って、我が国の抑止力の増強と、日米同盟を深化させる観点から新たな防衛構想が必要であるとし、具体的には、憲法9条2項の削除及び国防条項の充実、日米安全保障条約改正による相互防衛義務の設定、海洋国家連合及び四海同盟(日米豪比同盟)の締結を掲げている。今まで野党から、ここまでリアル・ポリティクスとしての提言がなされたことはない。(産経9/18参照)

 これら野党の行動を俯瞰して捉えれば、自公連立の維持を優先して憲法改正すらも棚上げしてきた自民党に代わって、「戦後の自民党政治が終わる」という風向きを読んだ野党が、「やる気がないなら、俺達がやる」との気概を持って画期的なカードを切ってきたと評価できる。日本維新の会と参政党、それに国民民主党が加われば、いつまでも自公連立に拘り、それが手かせ足かせとなってリベラル政党へ転げ落ちていった自民党に対し、「戦後政治よ、おさらば!」という展開になる可能性がある。

大転換を迫られる欧州

 アメリカと日本に留まらない。欧州ではウクライナ戦争を契機としてEUの分断が進んでいる。EUでは急増した移民対策で西欧と東欧が対立し、ウクライナ戦争後のエネルギー危機への対応で、西欧と東欧・南欧の間で軋轢が生じている。加盟国が27ヵ国の大所帯となり、多様性が拡大した結果、加盟国の合意を得ることが難しくなっている。EU議会の合意の条件として、一般に「特定多数決方式」(27ヵ国中15ヵ国が合意し、かつ支持国の人口の合計がEU総人口の65%を超えることが条件)が採用されているが、税制や外交、条約改正など重要性の高い政策については全会一致が原則となっている。このため、ロシア対処等の重要案件の場合、合意に達することが困難になっている。

 エドワード・ルトワック氏は9月2日の産経紙面でこう指摘している。「欧州には何世紀にもわたって受け継がれてきた戦いの文化があった。ところが、第二次世界大戦終結後の80年間で平和主義が蔓延した。プーチンはウクライナの領土をとるまで戦いを止めないだろう。欧州は平和主義の重い代償を支払おうとしている。」(資料12参照)

サマリー

 現在我々が直面している危機は四つに大別できる。第一は戦後国際秩序の崩壊、第二は民主主義システムの制度疲労、第三は資本主義システムの崩壊、そして第四は技術革新がもたらす危機である。

 ロシアがウクライナに軍事侵攻して以来、安保理が機能不全となり国際秩序が崩壊を始めた。ロシアがウクライナに侵攻した背景にはアメリカの弱体化があった。そしてアメリカが弱体化した要因は何れも国内事情によるものであり、大別して三つある。財政赤字の深刻化、国内社会の混迷、そして民主主義の崩壊である。

 財政赤字は雪だるま式に増え、連邦政府の借金と利子払いが自転車操業状態となっている。国内社会の混迷は、中間層の貧困化、不法移民の急増と都市の治安悪化、民主党支持・左派と保守党支持・右派間の分断深刻化に象徴される。民主主義の崩壊は、2016年以降三回の大統領選挙の時に起きた事件、即ちロシア疑惑事件に始まり、国家反逆罪でオバマ元大統領告発に至る経緯を俯瞰してみれば一目瞭然である。

 トランプ大統領が打ち出したMAGAを実現する中核となる施策が『一つの大きく美しい法』であり、総額4兆ドルに上る減税を実行するために打ち出したのが高関税政策である。連邦政府の財政赤字の改善、衰退した基幹産業の復興と中間層の雇用促進、主要国によるアメリカへの投資拡大を実現する手段として実施された。

 しかしながら、恫喝するような強引な政策は相応のリアクションを招くので、トランプ大統領の目論見は達成されないことが予測される。高関税政策が大統領権限を超えていて無効であるという司法判断は最高裁に持ち込まれたが、もし違法判決が確定すれば、トランプ大統領が描いたシナリオは困難に直面する。また、トランプ政権は都市の治安を回復するために大統領権限を行使して州兵を派遣したが、その後にカーク氏暗殺事件が起きており、左派過激派に対するテロ集団指定などの強硬な対策を講じる程、アメリカ社会の分断は一層危険な状態に追い込まれてゆくだろう。

(後編に続く)

参照資料

1.『米国を「世界の保険屋」から「ゆすり屋」に変質させたトランプ』、木村正人、JBpress、2025.8.30

2.『米国株崩壊前夜』、増田悦佐、ビジネス社、2024.10

3.『「米国富ファンド」強いドルを支える150兆ドルの国家地下資源開放』、藤井厳喜メルマガ、2025.9.17

4.『トランプ大統領激押しの「One Big Beautiful Bill Act」・・・』、Gold Online、2024.7.3

5.『トランプ政権は関税で失墜する』、N.ファーガソン、日本経済新聞、2025.9.5

6.『「世界を相手に手当たり次第!」トランプ関税に違法判決が下された理由』、岡崎研究所、2025.9.11

7.『米国衰退のプロセスはローマ帝国滅亡と同じ』、河野龍太郎、JBpress、2025.8.13

8.『Trump says he now thinks Ukraine can win back all territory taken by Russia』、NBC News, 2025.9.24

9.『民主主義への「ストレステスト」』、村田晃嗣、産経、2025.9.8

10.『Trump ramps up rhetoric against ‘radical left’ in the wake of Charlie Kirk’s killing』、CNN, 2025.9.14

11.『チャーリー・カーク暗殺事件、容疑者は右派か左派か』、シェリーめぐみ、現代ビジネス、2025.9.19

12.『戦いを忘れた欧州の危機』、エドワード・ルトワック、産経、2025.9.2

戦後政治脱却の時機

7/20参議院議員選挙(総括)

 7月20日に参議院議員選挙が行われた。自民党は大敗した。戦後政党である自民党、公明党、共産党が大きく議席を減らし、国民民主党、参政党が躍進した。自公与党の議席は、選挙前の141から122に大幅に減少し、過半数125を割り込んで少数与党となった。

 選挙前と選挙後の議席の推移をみると、政党が見事に三つのグループに分かれたことが注目される。即ち、衰退した党、躍進した党、低迷した党の三つである。

  ・衰退した党:自民党(-13)、公明党(-6)、共産党(-4)

  ・躍進した党:国民民主党(+13)、参政党(+13)

  ・低迷した党:立憲民主党(±0)、維新の会(+1)、他

 この事実はどう理解すればいいのだろうか。以下に順を追って考察する。まず国民の審判は、以下の三点に要約できる。

 第一は、石破政権及び自民党に対する失望である。参議院選挙で衆目を集めたのは消費税減税を巡る与野党の対立だったのだが、実体は石破政権に対する信任/不信任だった。石破総理に対する国民の失望と怒りが沸騰していたからだ。しかし石破茂という人物を総理大臣に選んだのは自民党であるから、好き嫌いによる反射的な投票を無視すれば、真の争点は自民党政治に対する信認/不信任の選挙だったことになる。

 第二は、自民党、公明党、共産党という戦後政治に長く関与してきた古い政党に対する審判である。つまり国際環境が激変しているというのに、戦後政治を引きずったまま現状維持を続けてきた古い政党の怠慢に対する拒否反応があった。

 そして第三は、二つの失望に対する反動としての、新しい政党に対する期待の現われである。以下に掘り下げて論じる。

自民党の敗因

 自民党並びに戦後政党の敗因を具体的に整理すると、次のとおりである。

 第一に、「国民の不安」を払拭できなかったことだ。ここで「国民の不安」は四点に集約できる。即ち、①物価高による生活不安、②少子化・年金に対する将来不安、③外国人に対する不安、④国際情勢の激変を踏まえた安全保障不安だ。(産経7/21参照)

 第二に、重要なテーマについて保守層の期待に応えなかったことだ。即ち、①憲法改正は何ら進展がなかった、②安定的皇位継承については結論を先送りした、その一方で、③選択的夫婦別姓を推進するような姿勢を見せた。これで自民党がもはや保守政党ではないことが明らかになった。

 保守系の民間団体である日本会議(谷口智彦会長)は、7月24日に参議院選挙について見解を発表している。それによると、「自民党は近年、憲法改正や男系の皇統護持など国柄に関わる重大事件に対してすら、支持層に明確な姿勢を示すことができなかった」として、「与党の過半数割れは現在のリベラル化した自民党に対し保守層がノーを突き付けた結果だ」と指摘している。(産経7/25参照)

 敗因について更に考察を加えよう。敗因は石破首相の言動に対する国民の怒りと、自民党の政策に対する失望の二層として捉えると分かり易い。象徴的な例を四つ挙げて説明する。

 第一は、消費税減税を巡る答弁である。「失われた30年」にはさまざまな原因があるが、主たる責任は経済成長よりも財政健全化を優先してきた自民党にある。その象徴が「失われた30年」の間に実施された消費税の増税(5%→8%→10%)だった。「増税は好景気の時に実施し、不景気になったら減税する」のは先進国に共通する経済政策の基本である筈だが、自民党は減税らしい減税をしたことがない。その結果が「失われた30年」だったのだ。(資料1参照)

 野党が異口同音に「消費税減税」を主張したにも拘わらず、石破首相と森山幹事長が断固としてそれを拒否した姿勢は、「失われた30年を40年にするつもりか」という程の国民の怒りを招いたと言ってよい。

 第二は、戦後80年間全く進展しなかった憲法改正に対する責任である。自民党にとって憲法改正は結党以来の党是だった筈だが、現実はいつの間にか自民党こそが憲法改正を足踏みさせている最大勢力となった。安倍総理が主張していた「戦後レジームからの脱却」を推進するのが自民党の使命だと期待してきたが、実際には自民党は現状維持の政党となって、「進化を忘れたゾンビ政党」と化した。(資料2参照)

 そして第三は、応援演説で飛び出した石破首相のトランプ政権に対する「なめられてたまるか」発言である。この一言で、「この人物はガキ大将レベルなのだ」という失望が確定的になった。(資料3参照)

 第四は、中国が如何に挑発的な行動をしようとも、「黙して抗議せず」の対中姿勢である。国民目線からみれば、「高圧的ではあれ、交渉をしているに過ぎないトランプ大統領に対して啖呵を切るのであれば、理不尽な行動オンパレードの中国に対して毅然と対処してみせよ」という心理が投票に少なからぬ影響を与えたことを軽視すべきではない。保守層からすれば、「親中トリオ」と称される石破首相、林官房長官、岩屋外務大臣の対中姿勢は看過できないものであった。(資料4参照)

 前中国大使を務め、中国に対し毅然と対処してきた垂秀夫氏が自民党で議員を前に講演し、次のように述べたという。誠にその通りだと思う。

 <国家の外交上、一番大事なことは米国と中国だ。米国は言うまでもないが、なぜ中国に行かないのですか。中国を良く視察した上で、日本の主張をしっかり伝えるべきだ。遠く離れた日本で、中国はけしからんと吠えても、中国は何も変わらない。もちろん中国の主張を唯々諾々と受け入れるだけなら訪中しない方がいい。>(資料5参照)

石破首相vs自民党vs国民、問題の構図

 7月23日に自民党本部で石破首相と三人の首相経験者の会談が行われた。石破首相は会談後の記者会見で「私の出処進退について一切話は出ていない」と言い切ったが、25日の産経紙面によれば、三人の首相経験者はそれぞれ次のように発言していたことが明らかとなった。

  ・麻生氏:「石破自民党では選挙に勝てないことが明らかとなった」

  ・岸田氏:「政権をどうするのかをハッキリ言わないと党はもたない」

  ・菅氏:「党の分裂はまずいよね」

 三人の発言は何れもが、問題を「石破首相vs自民党」の構図として捉えている点に注目してほしい。自民党に陣取ってお手並み拝見をしてきた領袖が、現役首相の責任を追及している構図である。

 しかし「現在世界は歴史の転換点に立っている」という視座から眺めれば、三人の発言は問題の本質を外していることが明らかだ。それだけでなく自民党が抱える深刻な病巣を浮かび上がらせている。つまり国民目線から眺めれば、問題の本質は「石破首相vs自民党」の構図に潜むのではなく、「自民党vs国民」の構図にあるからだ。

 補足しよう。激変している国際情勢の波がやがて東アジアにも押し寄せようとしているにも関わらず、自民党は未だに抜本的な対策を講じていない。昨年の衆議院選挙、都議会選挙、今回の参議院選挙において、自民党を支持してきた保守層が自民党に決別したことの意味は、自民党は既に保守政党ではなく、今後も保守に戻ることはないと見切ったことを意味している。明日起きるかもしれない有事事態に対して何も行動を起こさない「ゾンビ政党」となったことを見抜いたのである。

戦後政治のまま進化を怠った自民党

 元内閣官房参与で安倍元首相のスピーチライターを務めた谷口智彦氏が、戦後から現在に至る自民党政治を俯瞰した示唆に富んだ記事を書いている。以下に要点を紹介する。(資料6参照)

<自民党は「大テント党」だった。右も多少の左も同居していた。ただしテントを支えていたのは安倍晋三という一つの柱だった。そして安倍氏が居なくなった。(安倍派の幹部という)細いステーが辛うじて支えていたのだが、岸田が根こそぎ取っ払った。そして7月20日の参院選の開票と共に、テントが吹き飛び幕屋が倒れる音を聞いた。>

 とてもリアルな描写である。続いて戦後政治において自民党が果たした役割については、次のように描写している。

<自民党は70年前に誕生した。ソ連の工作による共産化の中、自民党だけは反共を掲げた。日米安保体制堅持を主張するのがいかほど不体裁でも、岸信介が奮闘した。私有財産制と日米安保護持にさえ誓いを立てれば、一切構わず自民党は受け容れて大テント党になった。全政党が福祉充実を主張し、戦争にまつわる話は当面封印しておくことにした。かくして全国民が総自民党になったような時代となった。後に露中の共産主義独裁の隣国が超大国となり軍拡を続ける事態が到来することなど、誰も想定しない無邪気な時代だった。>

 更に左派に対しては、次のようにその欺瞞性を指摘している。

<左派は往時と違って資本制を否定せず、日米安保も渋々受け入れる一方で、凡そナショナルなものは憎悪の対象とする。従って、軍備増強を急ぐ中国に対しては文句を言わない。何故なら真剣に対峙しようとすれば、自らをナショナルな存在に変えなければならないからだ。>

 最後に参議院選挙後の自民党については、次のように展望する。

<参議院選挙をもって自民党から保守主義を奉じる人々が去ったか、去ろうとしている今、大テント党はどこに向かうのか?国際情勢は激動しており、日本の進路を明確に示す政治家が出現しない限り、有権者の不満は鬱積する。>

 自民党が安倍氏が辛うじて支えてきた大テント党だったことに思考が及ばない岸田・石破両首相は、その自覚がないままに大テント党を潰す役割を演じている。「このままでは自民党が持たない」と憂う政治家諸氏は、大テント党が崩壊する宿命にあることを理解しておらず、崩壊が既に始まっていることに気付いていない。戦後80年を迎え大テント党の役割は終わったのだ。本質原因は石破氏個人にあらず、保守の矜持を忘れ進化を拒んできた自民党にある。

戦後政治の終焉

 このように俯瞰してみると、自民党の大敗は必然の帰結だったことが分かる。カーチス名誉教授が述べたように、「トランプ大統領が就任した今年1月20日は、米国中心の世界秩序も日本の戦後も終わった」のであり、現代の政治には「世界は今歴史の転換点に立っている」という認識が不可欠となったのである。では「日本の戦後が終わる」とは、一体どういうことだろうか?

 アメリカ覇権の時代が終わりつつある国際動向の中で、トランプ大統領は、MAGAと関係が薄い戦争や紛争から手を引こうとしている。ロシアの脅威増大に対しNATOが結束を強め、アメリカの支援を何とかつなぎ留めようとする一方で、防衛費をGDP比5%にまで高めることで合意したことはその証左である。アメリカのこの動向は東アジアとて例外にはならない。中国や北朝鮮の脅威増大に対し、日本はアメリカとの同盟関係を維持する努力を怠らない一方で、「自分の国は自分で守る」防衛能力を強化し自立を高めてゆく他ない。「日本の戦後が終わる」とはそういうことである筈だ。

 7月に来日したアメリカのコルビー防衛次官からGDP比3.5%の防衛費増強を要求されたことに対して、「日本の防衛費は日本が決める」と大見えを切った石破首相だったが、選挙を直前に控えた故の演技で済ますことはできない。

 進化を忘れた政党は自民党だけではない。公明党、立憲民主党、共産党は自民党に負けず劣らず進化から取り残された政党である。今年は戦後80年であるというのに、進化を忘れた政党の議論には、「国際情勢の激変をどう認識するか、それに対し日本はどう対処するのか」についての論点がすっぽりと欠落している。

 二つの国政選挙で保守層が訴えた声なき声は、一言で表現すれば、「戦後政治に終止符を打て。激変する国際情勢を生き残り、国益を追求し実行する政党に進化せよ。」ということだろう。難しい理屈は分からずとも、ウクライナ戦争が起き、イスラエル対イラン戦争が起き、アメリカと中国の間で既に冷戦が始まっていて、トランプ政権は世界を相手に高関税というディールを仕掛けている緊迫した情勢は、肌で感じることができるものだ。その情勢下で日本は如何に生き延びてゆくのかについて、「なめられてたまるか」と啖呵を切る気概があったなら、「その強い意思と強かな戦略を語ってみよ」というのが保守層の本音だった筈だ。

 既に他の記事で述べてきたように、凡そ変化には、線形変化(Improvement)、非線形変化(Innovation)、不連続変化(Revolution)があるが、戦後政治が終わるという変化は、不連続な変化とならざるを得ないだろう。国際情勢が激変してゆくのに対して、自民党政権は憲法改正は固より、防衛費増強、核抑止力の保持などの重要テーマについて、何も手を打ってこなかったからだ。あるべき姿に対する現実のギャップは拡大の一途にあり、やがて革命的な変化が避けられない。

 自民党内部にはこの危機を乗り越えるために一度下野したらという意見があるという。野党連合は早晩失敗するからまた出番が来るという戦術論だ。自民党にノーを突き付けた保守層が希求するのは戦後政治体制の解体であり、真の保守政党の登場である。いつぞやの民主党政権の誕生と崩壊と同じプロセスを辿ることはないと断言しておきたい。

明治維新に酷似する令和の維新

 既成政党の凋落とは対照的に、今回の選挙で躍進を遂げたのは参政党と国民民主党だった。選挙に勝って議席を増やしたことは誠に喜ばしいことではあるが、自民党の凋落が深刻となった現在、これらの党に求められる最優先の使命は、ポスト戦後80年時代の政治を担う「国益ファースト」の保守の集団を結成することにある。

 新しい歴史教科書をつくる会の顧問を務める藤岡信勝氏が、参政党躍進の勝因について以下のように解説していることは興味深い。(資料7参照)

<参政党が躍進した背景には、参政党候補者が共有する歴史観がある。参政党は「日本人ファースト」をスローガンに掲げたが、草の根の地域組織を持ち、他党とは比較にならない程、党員向けの勉強会を充実させている。日本の歴史に誇りを持つ歴史観をバックボーンとしているが故に、候補者の演説には単なる話術ではない真実さと深さが伴っている。>

 振り返ってみると明治維新は、日本が中世から近代に向かう大転換だった。明治維新で起きた変化を簡潔に描写してみれば、例えば次のようになるだろう。

  ①当時の国際情勢は、植民地化を争う西欧列強が日本に押し寄せた時代であり、

  ②未だ封建社会にあって、情勢の激変に巧く対応できない徳川幕府に対し、

  ③危機感を抱いた西国雄藩の下級武士たちが決起して市民革命を起こし、

  ④封建社会から議会制民主主義・資本主義へと政治形態の大転換が起きた。

 昨年の衆議院選挙、今回の参議院選挙を同じ文脈で描写すれば、以下のように明治維新と酷似していることが分かる。

  ①現在の国際情勢は、アメリカ覇権体制から多極化へと向かう激変の時代であり、

  ②未だ戦後政治のままで、情勢の激変に巧く対応できない自民党政権に対し、

  ③危機感を抱いた保守層が不支持を表明し、参政党に象徴される若い政党が台頭し、

  ④戦後政治から「ポスト戦後80年時代」の政治への大転換が始まった。

 政権をとれない小規模の政党が乱立する余裕は今の日本にはない。一方で短期間で急成長した政党には経験知がない。昨年の総裁選で石破茂氏に投票しなかった反リベラルの自民党議員が持つ経験知を取り込んで、幕末の薩長同盟のように一日も早いリアル・ポリティクスを担う保守政党が大同団結して真の保守政党となることを願いたい。

参照資料:

1.「森山裕自民党幹事長の≪消費税を守り抜くは国民にケンカを売っている、減税をポピュリズムと言う政治家たちの傲慢すぎる思考回路」、藤井聡、現代ビジネス、2025.7.2

2.「“護憲”に転じた自民vs不満爆発の高市氏」、尾中香尚里、JBPress、2025.5.22

3.「石破茂総理の≪なめられてたまるか≫発言が、トランプとの関税交渉をぶち壊す、これは日本外交史上に残る最大級の失言だ」、藤井聡、現代ビジネス、2025.7.12

4.「対中姿勢で国益損なうな」、産経「主張」、2025.7.15

5.「議員よ、中国で国益示せ」、垂秀夫、産経、2025.7.13

6.「参政党躍進の背景にある歴史観」、藤岡信勝、産経「正論」、2025.7.25

7.「自民≪大テント党≫瓦解のその先」、谷口智彦、産経「正論」、2025.7.24

日本製鉄の戦略行動に続け

はじめに

 アメリカ人ジャーナリストのリチャード・カッツ氏が、危機に臨んだ時の思考について、興味深い小話を披露しているので紹介しよう。(資料1参照)

<ある金属会社で後継者問題が発生した。子がなかった社長は43歳の工場長に後を継がせたところ、数年の内に売り上げを3~4倍に、利益を4倍に増やした。68歳の社長が「投資して失敗したら社員が路頭に迷う」と考えていたのに対して、新社長は「投資しなかったら競合に出し抜かれて社員が路頭に迷う」と考えたのだった。>

 この話は、危機に直面した時に「変化によって失うもの」に着眼するか、それとも「今変化を起こさなければ失うもの」、さらには「変化を起こせば得られるもの」に着眼するかで道は大きく二つに分かれることを示唆している。

 もっと端的に表現すれば、「守るか攻めるか、道は常に二つある。」ということだろう。日本製鉄は自らの意思で変化を起こす道を選んだことは明らかだ。

日本経済の変遷

 経営学者の岩尾俊兵氏が、明治から令和に至るまでに日本経済が辿った変遷を大きく俯瞰している。それによると日本経済は、明治:カネ重視→昭和:ヒト重視→平成:カネ重視と変遷してきて、令和になって再びヒト重視へ回帰したという。(資料2参照)

 経済の状態をヒトとカネのどちらの価値が高いかで分類するという視点は興味深い。それによるとインフレは相対的にカネがヒトよりも価値がない状態であり、デフレはその逆で相対的にヒトがカネよりも価値がない状態であるという。そして一般に、インフレ下では希少資源のヒトを集めて最大限に活用する経営手法が成功を収める。実際に1980年代に日本は経済成長がピークを迎え、総合GDPが世界第2位、一人あたりGDPもスイスに次いで世界第2位に到達した。(資料3参照)

 しかしその後、経済の潮流は激変した。通貨が変動相場制に移行し、経済のグローバル化が進んだのだった。高度成長期に強くなった日本経済は1985年のプラザ合意で大幅な円高を強要され、1980年代後半になると低賃金国の中国が「世界の工場」として出現して、グローバル経済の恩恵を一身に受けて大躍進を遂げるという変化が起きた。

 その結果、日本には円高とデフレが同時にやってきて「失われた30年」が起きた。経営論が専門の作家である飯田一史氏は、「失われた30年」の原因の一つは自民党の「ゾンビ企業温存政策」にあったと言う。そのことは次のデータから明らかである。(資料4参照)

 すなわち高度成長期の日本には企業の創業率が12%、廃業率が5%で、企業の健全な新陳代謝があったが、今では先進27ヵ国で最低水準まで落ち込んでいる。典型的な先進国では、高い生産性をもつ新規企業の誕生と生産性が低い企業の廃業が、GDP増大の約50%の貢献をしているのに対して、日本ではその貢献度が僅か10%に留まっているという。先進国では一般に企業全体の4%~6%を占めるガゼル企業(新興企業)が、雇用とイノベーション、生産性向上に大きく貢献している。

「失われた30年」、日本経済失速の原因

 円高とデフレが30年も続いた一方で、日本は33年間連続で世界一の対外純資産(400兆円超)を築き上げた。この間ヒトよりもカネを重視する投資思考が成功を収め、日本企業は国内で技術開発、人材育成、投資を推進する代わりに海外に進出して投資を拡大した。

 大企業によるその行動が日本経済の低迷に拍車をかけた。その結果GDPは世界第2位から第4位に転落し、高度成長期に9%、1970~80年代には平均3.5%あったGDP成長率は、失われた30年には平均0.7%まで落ち込んだ。

 日本経済が失速した要因を列挙すれば、以下のとおりである。(資料4参照)

・日本にはガゼル企業の育成を阻む障壁が存在する

・日本は新規企業が外部から成長資金を調達するのが先進国の中で最も困難だ

・日本にはエンジェル投資家も少ない

・日本ではソフトウェア等の無形資産への投資の割合が22%と低い

・日本ではR&D全体の43%が上位10社の大企業によるものだ

・日本は外国からの直接投資/GDPで調査対象196ヵ国・地域中最下位にある

 視点を変えてみれば、日本にはまだ成長を取り戻す余地があるということだ。ガゼル企業育成へ政策を転換すればいいからだ。

無秩序化の時代

 東洋経済オンラインに、二人のアメリカ人ジャーナリストによる『無秩序時代に日本が意外と繁栄できる根本理由』と題した対談記事が掲載されている。(資料1参照)

 ノア・スミス氏は、「殆どの世界史は無秩序の時代だった。そしてその無秩序な時代にも日本は実はちゃんとやっていた。」といい、リチャード・カッツ氏は、「トランプ大統領の登場で現代は再び無秩序の時代となった。各国はもう自分たちでどうにかする方向に舵を切り始めている。」という。

 確かに、第二次世界大戦後の国際社会では朝鮮半島、ベトナム、アフガニスタン、中東など地域戦争が繰り返されてきた。最近ではロシアのウクライナ軍事侵攻、シリア崩壊、イスラエル・イラン戦争が相次いで起きており、戦後は無秩序の時代が長かったという指摘は正しいように思える。ただし、現在の無秩序はアメリカ覇権と欧州の衰退、中国やBRICSの台頭、その結果としての多極化という潮流の変化がもたらしたものだ。無秩序が顕著になったタイミングでトランプ大統領が登場したのであって、トランプ大統領が無秩序の原因を作り出したのではない。

実は「失われていなかった30年」

 カリフォルニア大学サンディエゴ校にウリケ・シェーデ(Ulrike Schaede)という教授がいる。日本企業に精通し、「日本企業はBtoB(Business to Business)において他の追随を許さない断トツの競争力を持っている」という記事を文藝春秋6月号に掲載している。(資料5参照)

 シェーデ教授はこう言う。

<日本の人口規模は世界12位だが、GDPは今でも世界4位だ。本当は『失われていなかった30年』だったのではないか。GDPの規模と成長率こそが国力の指標だという考え方は、米国で経済学を勉強した日本人がアメリカ人目線で作った物語に過ぎない。>

<スタンフォード大学のミシェル・ゲルファンド教授が『タイト・ルーズ理論』を提唱している。正しい行動に関して殆どの人が一致して合意している国は『タイトな文化』をもち、答えがバラバラで分からない・気にしないという人が多い国は『ルーズな文化』をもっていると分類する。言うまでもなく日本は『タイトな文化』、アメリカは『ルーズな文化』で、両国は対極にある。>

<新製品を市場に投入するとき、『ルーズな文化』のアメリカでは市場投入までのスピードを重視する一方で、製品の完成度は気にかけない。それに対して『タイトな文化』の日本は製品投入にあたり非の打ちどころのない程の完璧さと安全を確認する。だからどうしても時間がかかる。これはどちらが良いかの問題ではなく文化の問題である。>

 シェーデ教授は、文化の違うアメリカの尺度で日本を測って、日本経済は失速しているという見方は誤りであると警鐘を鳴らしているのである。

<2000年代以降、バリューチェーンの組み立て段階でグローバルな競争が起き、日本は人件費や製造コストの面で韓国、台湾、中国、東南アジアに勝てなくなった。日本企業は生き残るために、『川上』か『川下』に特化し、他者には模倣が困難な高度な製品やサービスに移行して利益率を高める道を選択した。その結果日本は、『経済複雑性(注1)』指標(ECI、Economic Complexity Index)で1995-2020の間ずっと世界1位だった。>

(注1)シャツのような単純な製品は複雑性が低く、多くの国で生産できる。一方経済複雑性の高い国は、それだけ高度で専門的な技術や人材が豊富で、非常に複雑かつ希少で他の追随を許さない製品を生産できる。

 この事実はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が行った調査報告が裏付けている。シェーデ教授の解説が続く。

<NEDOは最終製品812品目、キーテクノロジー製品282品目の合計1094品目毎に、世界市場規模と日本企業の合計市場シェアを調査して報告書にまとめている。それによると、2020年と2021年に日本はシェア100%の製品が58品目、シェア90%以上が94品目、シェア75%以上が162品目あった。ちなみに、中国は75%以上のシェアをもつ品目は僅かで、台湾はシェア60%以上の品目はゼロ、韓国もシェア98%の有機ELを除けば他にない。>

 端的に言えば、一般民生品で強いシェアを持つ中国を筆頭に、韓国や台湾は、日本企業が提供する先端素材や複雑な機械設備がなければ、製品を作れないということだ。そして次のように総括する。

<日本は重要物質の分野での自給率が他国よりも圧倒的に高い。地政学的対立と経済安全保障によって世界経済は分断されるリスクが現在高まっているが、重要物質分野での自給率の高さは日本の強みとなるだろう。しかも日本製のBtoB中間財に依存する他国の産業は日本企業との関係を分断できない。>

第Ⅰ幕:鉄鋼

 紆余曲折を経て、日本製鉄によるUSスチール買収はトランプ政権の承認を得て6月18日に成立した。これを快挙とみるか、それともリスクの高い冒険とみるか評価は分かれるだろう。つまり冒頭の小話が象徴するように、「変化によって失うもの」に着眼するか、「今変化を起こさなければ失うもの」、「今変化を起こせば得られるもの」に着眼するかだ。

 中国に対抗するために、日本製鉄は毅然と変化を起こす(攻める)選択をしたということだ。ここで日本製鉄によるUSスチール買収の要点を整理しておこう。(資料6、7参照)

・日本製鉄は買収期限となる6月18日にUSスチールの買収手続きを完了した。

・日本製鉄はUSスチールの普通株100%を141億ドルで買収した。2028年までに米国に約110億ドルの投資を約束した。

・日本製鉄は「もう一度世界一に復権する。成長し続けるDNAを持つ会社にしたい。」と語った。

・トランプ大統領は安全保障上の条件付きで買収を承認した。

・日本製鉄はアメリカ側との交渉において、「100%子会社化のスキームは譲れない。それができないのであればこの話は白紙化する。」という姿勢を貫いた。

・バイデン前大統領が買収中止を発表した時、日本製鉄とUSスチールは一歩も譲らずにバイデン大統領と全米鉄鋼労働組合(USW)を提訴した。

・日本製鉄は、アメリカ政府と「国家安全保障協定(NSA, National Security Agreement)」を締結すると共に、アメリカ政府に重要事項に対する拒否権をもつ黄金株1株を与えることでトランプ大統領の承認を勝ち取った。

 2023年の統計によれば、粗鋼生産の世界ランキングは、中国企業が1位、3位、5位、6位、8位、9位を占めており、ルクセンブルグ(アルセロールミタル)が2位、日本製鉄が4位、韓国(POSCO)が7位、インド(タタスティール)が10位で、USスチールは24位である。1位の中国宝武鋼鉄集団が約131百万トンを生産しているのに対して、日本製鉄は44百万トン、USスチールが16百万トンで、両社合併後でも中国宝武鋼鉄集団の半分に満たない。(日本製鉄HP参照)

 若干補足を加えれば、日本製鉄がUSスチールの買収に踏み切った理由は、言うまでもなく中国勢に対抗するためである。日本製鉄が保有する高い技術力とアメリカがもつ市場の大きさの相乗効果を狙ったものと推察される。ちなみに日本製鉄とJFEスチールは特殊鋼部門で他の追随を許さない高い技術競争力を保持している。

 アメリカの鉄鋼需要は約1.5億トン/年で、自給率は約55%、USスチールの粗鋼生産能力は年間23百万トンだという。単純計算すれば、アメリカ市場は1.5億トンの45%(約68百万トン)を輸入していることになるが、USスチールを傘下に収めた日本製鉄がそれを押さえることができれば、両社合算の売り上げはほぼ倍増することになり、中国宝武鋼鉄集団の売り上げに匹敵する。従来の日本製鉄がアメリカに輸出していた分を除外しても、両社が統合される強みで他の世界市場からの受注増も見込めることから、「世界一への復権」という目論見は決して無謀ではない。

 アメリカ政府とNSAを締結した理由は、鉄鋼が国の基盤産業であると同時に、軍事力の基盤だからだ。アメリカ政府に黄金株を与えた理由は、経営上の重要事項に対しアメリカ政府が拒否権を持つ反面、日米産業界の連携についてアメリカ政府が支援する義務を負うことを狙ったものだ。

 トランプ大統領は承認した時の感想を次のように語っていたと言う。「USスチールはこれからも米国の会社だ。素晴らしいパートナーが現れた。日本製鉄は何度断ってもまた来る。4度のプレゼンでどんどん良い提案になった。本当にやりたいのだなと思った。」これは関税措置を巡る各国との交渉における、トランプ大統領の本音の発露だったように思える。

 日本製鉄が選択したUSスチール買収という戦略手は、「ポスト戦後80年時代」の日米同盟のあり方を先取りしたものと言える。総額3.6兆円に上る投資は過大だという指摘があり、これからの手腕が問われることになるが、そんなことは百も承知だろう。

 世界が多極化に向かう中で、日本が地域もしくは得意分野での覇権的地位を確保するための行動を起こす時が到来している。無秩序化のパラダイムシフトは日本にとって千載一遇のフォローの大風となるに違いない。「失われた30年」の間に蓄えた資本とエネルギー、磨き上げてきた先端技術を戦略で補強して世界の舞台で勝負すればいい。日本製鉄のUSスチール買収はその第1幕として位置づけられるに違いない。

第Ⅱ幕:造船

 東洋学園大学教授の櫻田淳氏は、産経新聞の紙面「正論」で「海洋国家アメリカを支える意義」について寄稿している。(資料8参照)

 地政学上アメリカは大陸国家でもあり海洋国家でもある。第二次世界大戦を経てアメリカは海洋国家としての覇権を確立した。しかしレーガン政権の時に連邦政府予算が逼迫し、現在に至るまでにアメリカの造船能力は壊滅的なレベルにまで衰退した。現在、世界の造船市場は、1位:中国53%、2位:韓国29%、3位:日本13%と続き、アメリカの存在は0.1%しかない。

 トランプ政権は海洋国家としての覇権的地位を取り戻そうとしている。トランプ大統領はⅡ期目最初の主要な議会演説で、「米国の造船業を復活させる」ことを宣言した。4月には造船業の再活性化計画の策定を各省庁に指示する大統領令に署名している。

 また、共和・民主両党とも米海運業の復活を、中国に対抗するための経済・安全保障上の優先事項とみなしている。議会では、海運業界の基盤に資金とインセンティブを与えて米国船籍の船団の規模拡大を図る超党派の法案が審議されているという。

 しかし、さまざまな理由からトランプ大統領の野心的な計画は失速しているようだ。(資料9参照)

 造船は鉄鋼以上に安全保障との結びつきが強い基盤産業である。もし造船分野においても日米の戦略的連携強化が進めば、それは日米同盟を強化することに繋がる。さらにそれは戦後80年の転換点を象徴するものとなるに違いない。

ポスト戦後80年時代の第一歩を踏み出せ

 「ポスト戦後80年」における日本の立ち位置と役割は何かを明確にして、国家の大局的な操舵が求められる場面がまもなくやってくる。世界が多極化に向かっている潮流の中で、日本は次に何を目指すのか。日本の強みと弱みは何か。これは戦後80年のくびきから離れて、柔軟な思考のもとに答えるべき重大かつ喫緊の命題である。冒頭の小話に戻るが、危機に臨んで「守るか攻めるか、道は常に二つある」という思考は、戦後80年の転換点に立つ日本にそのまま当てはまる。

 脱線するが、現在参議院議員選挙の真っ只中にあり、与野党とも減税か増税か、消費税をどうするかという議論に終始している。激変する国際情勢をどう認識しどう対処するのか、或いは「今年は戦後80年、戦後を終わらせる」というような大きな展望と戦略について誰も語ろうとしないのは何故だろうか。誰の発言だったか忘れたが、<政治はおよそローカル(All Politics is Local)>というアメリカの政治家の発言を思い出して落胆を禁じ得ない。

 歴史を振り返れば、アメリカは第二次世界大戦で日本とドイツを打ち負かし、冷戦崩壊でソ連を崩壊させた。そして今、自らは衰退過程にあって中国からの挑戦を受けている。アメリカだけでなく戦後の国際社会をリードしてきた欧米の優位性が弱まり、BRICSが台頭している。欧米がロシアによるウクライナへの軍事侵攻を抑止できなかった事実を重く受け止めなければならない。この事件を契機として無秩序化への歩みが加速したと言っても言い過ぎではないだろう。

 ウクライナ戦争が起きてロシアの軍事的脅威を再認識した欧州も、中国軍の脅威と露中に加えて北朝鮮の核の脅威に直面している日本も、共にアメリカ依存を軽減しつつ、より自己完結性の高い強靭な防衛体制を構築しなければならない局面に立っている。NATOは6月25日にオランダのハーグで開催された首脳会議で防衛費/GDP比を5%に引き上げる首脳宣言を採択した。

 6月20日に来日したコルビー国防次官は日本の防衛費/GDPを3.5%に引き上げるよう求めた。この発言を受けて7月2日に開催された日本記者クラブの席で、石破首相は「日本の防衛費は日本が決めるべきものだ」と反論している。また日本は、7月1日に予定されていた「日米2+2」の開催を見合わせた。本音か演出かは別として、日本の不快感を表明したことが明らかだ。

 既に膨大で、なおも増大一途の財政赤字に直面しているアメリカは、MAGA政策を推進する一方で、同盟国に防衛力増強を求めると同時に、アメリカの利害から遠い地域で起きる紛争から極力手を引こうとしている。その結果NATOやG7諸国から距離をとる行動をとっており、加えて強引とも言える高関税措置によって孤立を強めている。

 国際社会がこれ以上の無秩序化を食い止めるためには、日米欧が力を取り戻す必要がある。そのためには、米欧が相互に距離を置き、日米が高関税政策で相互に不信感を強める現状を打開しなければならない。その役回りをトランプ大統領に求めることはできない。

 欧州はウクライナに対する支援と戦争の終結、終結後のロシア対処、各国が抱える内部事情のため余力がない。そうなると、戦後政治に終止符を打ち、ポスト戦後80年に向けて舵を切る絶好の時機に立っている日本こそ、その役回りを担うに相応しいのではないだろうか。但しそのためには、トランプ大統領が切るカードに対して、対症療法的な対応に終始する姿勢を改めて、トランプ大統領が目指す方向を理解した上で、名実ともに戦略的な日米関係の構築に向けて攻めの行動を起こす必要がある。

 世界情勢と動向を睨み、企業の立場で日本製鉄がとった英断のように、日本政府が「今変化を自ら起こすことによって得られるもの」に着眼した行動を起こすことを期待したい。「ポスト戦後80年時代」はその一歩から始まるのである。

参照資料:

 資料1.『無秩序時代に日本が意外と繁栄できる根本理由』、倉沢美左、東洋経済オンライン、2025.6.17

 資料2.『ヒトを切り捨て日本は衰退してしまった』、岩尾俊兵、現代ビジネス、2025.4.1

 資料3.『なぜ豊かだった日本はここまで衰退してしまったのか「不幸の正体」』、岩尾俊兵、現代ビジネス、2025.3.29

 資料4.『「失われた30年」の原因を作った自民党の「ゾンビ企業温存」政策』、飯田一史、現代ビジネス、2025.4.15

 資料5.『BtoBダントツの日本企業』、ウリケ・シェーデ、文藝春秋、2025年6月号

 資料6.『基幹産業の成長妨げぬ政策を』、加藤康子、産経「正論」、2025.6.25

 資料7.『日本製鉄が漏らした苦し紛れ発言』、真壁昭夫、ダイヤモンド・オンライン、2025.7.1

 資料8.『海洋国家米国を支える意味』、櫻田淳、産経「正論」、2025.5.27

 資料9、『トランプ氏の海運復興計画が失速』、ウォール・ストリート・ジャーナル、2025.7.3