戦後政治を改めるとき

トランプ大統領が目論むシナリオ

 トランプ大統領は国際社会の戦後体制をスクラップ・アンド・ビルドしつつある。この動きは冷戦後のアメリカ一強体制の終焉を意味する。トランプ大統領が目論むシナリオは概ね次のようなものだろう。

〔認識〕国内の分断とアメリカの弱体化が進んでいる。何れもこれ以上放置できない。

〔緊急対処1〕分断と弱体化をもたらした勢力(リベラル全体主義、ディープステートなど)を国内外から一掃する。

〔2〕連邦政府の無駄な支出を徹底的に削減する。

〔3〕不法移民を国外に追放する。

〔方針1〕戦後アメリカが維持してきた二つの覇権(軍事、通貨)の内、軍事覇権を放棄する。

〔2〕今後、欧州はEU/NATOに委ね、中東はイスラエルに委ねる体制を作り、アメリカはアメリカ大陸に引き籠る。

〔3〕中国はアメリカを脅かす唯一の脅威であり、今後は中国対処に力を集中する。

〔対策1〕第一に、双子の赤字(貿易赤字、財政赤字)の進行を食い止める。そのために即効性のある手段として関税政策を実行する。

〔2〕手段を尽くして中国の挑戦を退ける

〔3〕MAGA実現のためにドル覇権を維持する。ドルに代わる決済通貨を作ろうとするBRICSの動きを断固として阻止する。

 この中で対策の〔2〕と〔3〕は未だ顕在化していない。

 但し、トランプ大統領の思惑通りに進む保証はない。そう考える主な理由は三つある。

 第一に、ここまで進行した産業のグローバル化を元に戻すことはできない。中国から輸入してきた生活必需品を一時は排除できても、アメリカにはそれを自国で生産する基盤がない。

 第二に、如何なる手段を講じようとも、国内の分断の修復も、アメリカとBRICS諸国の対立回避もできないだろう。物理学の「エントロピー増大の法則」が示すように、放置すれば秩序が混沌に向かうことは自然の流れであり、混沌を再び秩序化するのは不可能である。

 第三に、アメリカが軍事覇権を放棄すれば、基軸通貨ドルに対する信認が低下し、ドル覇権体制の崩壊が進行する。

世界は多極化に向かっている

 国際情勢解説者を自認する田中宇氏は、4月22日付の「国際ニュース解説」の中で、『トランプが作る新世界』と題して世界は多極化に向かうとの自説を展開しているので、要点を紹介しよう。(資料3)

 <欧州とウクライナ戦争は英国と欧州に委ね、中南米はカナダとグリーンランドを含めてアメリカが地域覇権国となる圏に入り、中東はイスラエルを軸に再編される。アフリカは既にBRICSの傘下になりつつあり、東南アジアは米国から中国の影響下に移っており、南アジアはインドの勢力下に再編されるだろう。>

 <この変化の中で、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドは独自の影響圏を形成せず中国覇権下に入ることも拒むだろうが、アメリカは従来の対米従属を望まない。>

 現在メディアの関心事は専ら関税戦争の行方に集中しているが、相互関税の発動は、トランプ大統領が目論むシナリオの第1段にすぎない。既に述べたように、今後トランプ大統領の思惑通りに進むとは限らないが、アメリカの覇権体制が終わり、世界が多極化に向かっている潮流を止めることはできない。

戦後政治の致命的な欠陥

 前段で述べたように、喩えればM9級の巨大地震や大規模な火山噴火に匹敵する、地殻変動級の変化が世界で進行中である。やがて日本人の覚悟が問われる事態が東アジアで起きるだろう。日本は南海トラフ対応だけでなく、その危機事態に対する備えを万全にしなければならないのだが、戦後80年に及ぶ「平和ボケ」政治が手かせ足かせとなって立ち塞がっている。

 (株)大和総研名誉理事の武藤敏郎氏は4月25日の産経新聞紙面上で、『漂流する世界秩序、トランプ大統領登場の背景と影響』と題した対談の中で、戦後政治の深刻な問題点について次のように指摘している。(資料1参照)

 <米国は目的が非常にはっきりしており、目的達成のための行動、「合目的」的な行動を取る。場合によっては手続きも省略する。(これに対して)日本は「やるべきこと」が分かっていても、手続きが適切かどうかに関心が集まる。「結果がよければ良い」というのは絶対に認められない。>

<「失われた30年」において日本がしたことは徹底的な金融緩和と財政出動だった。カンフル剤を打っただけで本当の病巣は摘出しなかった。それでも「低賃金、低価格、低成長」という「ぬるま湯」のような経済に、政界、経済界、労働界とも安住し、血が流れる「構造改革」には手をつけないまま、時間だけが過ぎていった。この時間のロスが今の日本の大きな問題である。>

 典型的な失敗例をもう一つ上げよう。それは安倍首相が実施した二回の消費税増税である。安倍首相は消費税増税には反対だったにも拘らず、民主党野田政権時の与野党合意に縛られて、自らの信念を曲げて増税に踏み切ったのだった。

 この二つの事例は戦後政治に巣くう致命的な欠陥を象徴している。即ち「目的を明らかにして戦略を練る」思考をとらず、「過去からの継続性の中で対症療法を模索する」結果、抜本的な対策を講じられないという欠陥である。

 コラムニストの乾正人氏が、同じ4月25日の産経の紙面に、「安保タダ乗り論を持ち出して、在日米軍の駐留経費を日本がもっと負担せよ」と圧力をかけているトランプ大統領への対応を「恥」と断じている。(資料2参照)

 <戦後80年を経て未だに首都に広大な米軍基地があり、関東の西半分の空域を外国が管理しているのは恥としか言いようがない。・・・幸か不幸かトランプは、日米安保体制の根本的な見直しを迫っている。ピンチはチャンスだ。米軍への思いやり予算を増額するのは、下策中の下策。横田基地に限らず、多くの米軍基地を自衛隊基地とし、自衛力を強化すればいい。(さすれば)駐留米兵は激減し、米国の負担は劇的に減少する。>

 言うまでもなく、戦後政治80年の歴史における最大の汚点は未だに戦後レジームを払拭できていないことにある。これは歴代首相が取り組まなかっただけでなく、自民党政治家の責任放棄と断じざるを得ない。できなかった言い訳は山ほどあるに違いない。但し、その難題に挑戦する意思と活動が欠如したが故の不作為を不問とする理由は何一つ存在しない。

 一言で言えば、政治家にとってイロハのイは、「出来ることを精一杯やる」ことではなく、「やるべきことに挑戦して手段を尽くす」ことにある。前者には「出来なかった言い訳」が常に用意されているが、後者は責任放棄の退路を断っている点が決定的に異なる。

 政治家である以上、総理大臣を目指すのは自然のことだと思う。しかし総理を目指す意思のある政治家には、総理になって何を成し遂げるのか、果たして自分はその資質と能力を備えているだろうかと自問して欲しいものだ。

現状維持思考の限界

 長い間「防衛オタク」と言われてきた石破首相だが、安全保障の第一人者を自負するのであれば、歴代首相が放置してきたこの大きなテーマに何故挑戦しないのだろうか?

 想像するに、その原因は二つ考えられる。第一は、現在の日米関係を今後も保持することが望ましいと考えていることだ。

 第二は、過去の延長線と決別し、未来のために大英断を下す意思と胆力を持ち合わせていないことだ。多くの識者が指摘しているように、石破茂という政治家は「解説者としての発言」に終始していて、首相という立場からのコミットメントが殆どないのである。世界観、歴史観、国家観を持っていない人物に、日本国のビジョンを語れと期待することが無理なのだが、問題の本質は何故そういう人物が総理大臣に選ばれたのかにある。

 野党に限らず自民党の中にも、「日米関係は今のままの状態が今後も続くことが良い」と考える政治家は多いに違いない。「今のまま」というのは、①日本の防衛は今後もアメリカに守ってもらう、②そのために全国各地にある米軍基地を今後も提供する、③横田基地周辺の空域が米軍の管制下にある現状を今後も受容する、④憲法改正は今までと同様に棚上げすることを意味する。

 政治家諸氏がもし本気で「現在の日米関係を今後も保持することが望ましい」と考えているとしたら、トランプ大統領が起こしている変化に対する認識が根本的に間違っていると指摘せざるをえない。

 次節で述べるように、戦後想定してこなかった未曽有の危機が、大陸からの大津波として近未来に日本を襲う可能性が高まっている。少なくともそうした最悪の事態を想定した上で、「アメリカに従属してきた時代が終わる」のだと認識を改めることが、リアル・ポリティクスの一丁目一番地である筈だ。

アメリカ一強時代の終焉が起こす衝撃波

 ロシアがウクライナに軍事侵攻したのが2022年3月、トランプ第ニ期政権が誕生したのが今年1月だった。この二つの出来事を転換点として冷戦後の平穏の時代が終わり、世界は再び動乱の時代に突入した。今後どういう展開になるのか見通すことは時期尚早で、米中対立が激しくなるのかそれとも先に中国が内部から崩壊を始めるのか予測できないが、何れにしても東アジアの安全保障環境が激変することに変わりはない。

 トランプ大統領が世界に対して発信してきたメッセージは、アメリカ一強時代の終焉である。戦後アメリカに従属してきた欧州や日本に対し今後自立圧力を一層強めてゆくだろう。欧州に対しては既に今年2月14日にミュンヘンで開催された安全保障会議において、ヴァンス副大統領が「欧州大陸が直面する最大の脅威はロシアや中国ではなく(欧州)内部から来るものだ。」と発言して欧州を驚愕させた。今後米中対立が本格化すれば日本が対立の最前線に立たされることは明らかだ。

 さらにウクライナ戦争に北朝鮮が参戦したのと同時期に、韓国政治の混迷が深まっており、朝鮮半島情勢が一気に不安定化している。中国やロシアがその動きを利用しようと動けば、朝鮮半島は一気にきな臭くなる可能性がある。しかもアメリカとロシアが北朝鮮を核保有国と認めれば、東アジア情勢が一変するだろう。

 ウクライナと同様に、ロシアは3年を越える戦争で膨大な戦死者と未曽有の兵器の損耗に直面している。さらに戦争優先の経済が3年も続いており、民生経済への影響は相当深刻な筈だ。それに欧米による制裁の影響が長期間に及んでおり、難題山積していることは想像するまでもない。ウクライナ戦争が終結した後にその反動が起きる。かつてソヴィエト連邦が崩壊したように、今後ロシアの弱体化が進めばロシア周辺国の独立運動が顕在化するだろう。

 このように、ウクライナ戦争が終結に向かえば米中対立が本格化し、中国内部情勢、朝鮮半島情勢、ロシア周辺情勢へと、不安定化の波が衝撃波のように拡散してゆくだろう。

 政治家の多くは「であればこそ日米同盟を従来以上に強化しなければならない」と言うだろうが、欧州同様に日本がアメリカ従属体制を続けることをトランプ政権は受容しないだろう。もし今ヴァンス副大統領が日本に乗り込んできて、日本に対し「最大の敵は中国ではなく日本の内部から来るものだ」と政治家を前に演説する場面を想像してみたらいい。

 今後東アジア情勢は確実に緊迫化していくだろう。日本も戦後80年の体制が終わるのだと腹を括って、一足先に欧州がそうしているように、自己完結な外交・防衛力を構築するべく大胆に舵を切らなければならない。「時は今、アメリカ従属体制から脱却すべき局面」なのである。

 日本は戦後政治において二つの大きな失敗をした。その一つは「失われた30年」であり、歴代政権がとってきた「緊縮財政」という誤った政策によって国民は貧困化を余儀なくされた。他一つは戦後80年の間、「戦後レジームからの脱却」を棚上げしてきた結果、独立国の要件である「自立した外交と防衛のスピリット」をも喪失したことだ。何れも「やるべきことを実現するために手段を尽くす」政治を展開してこなかった故の失敗という他ない。

 そして現在、トランプ大統領が起こしている変化にどう対応すべきなのか。ここで対応を誤れば日本の没落は回復が困難となるに違いない。冒頭に述べたように、今後トランプ大統領が日本に要求してくることは、相互関税というレベルの話では済まないことは明らかだ。

アメリカ以上に衰退した日本、それを自覚しない日本

 クライテリオン5月号は、『石破茂という恥辱』と題した「日本的小児病の研究」を特集している。戦後80年の日本の民主主義の欠陥を指摘している。(資料4参照)

 <20世紀の歴史学者ホイジンガは、社会は前近代までは大人を中心に作られていたが、近代になって急速に大人たちが幼児化していると論じ、その現象を「文化的小児病」と名付けた。それから時代がずっと流れてきた今、小児病の最先端の国として日本があり、その行きつく果てに誕生したのが石破茂という政治家だ。>(藤井聡)

 <トランプの再登場で世界は目に見えて変わってきた。戦後アメリカの覇権の下に構築されてきたリベラルな国際秩序が崩壊を始めた。トランプは欧米の亀裂を意図的に作り出そうとしていて、喧嘩を売られたことで欧州各国の対抗心に火が付いた。一方石破政権はアメリカを怒らせないことしか考えていないように見える。>(柴山桂太)

 <石破茂は「○○しなければならない」という表現を多用するが、これはステートメントであって、コミットメントではない。自らの行為に関わる宣言ではなく単なる認識を口にしているだけなのだ。政治家ならコミットしろと思う。>(藤井聡)

 <外交の現場に約40年にわたって籍を置き、何人もの総理大臣に接してきたが、率直に言って支え甲斐があった総理は、中曽根康弘と安倍晋三の二人しかいなかった。確固とした歴史観、国家観を有し、外国の首脳に対峙して位負けすることがなかった。そんな二人とは比べようがないが、石破茂という人は鳩山由紀夫や菅直人と同じカテゴリーに分類・整理するのがふさわしい。>(山上信吾)

 残念ながら、何れも全く同感である。今日本は戦後最大の危機の渦中にあるというのに、石破首相は言葉を弄ぶだけで歴史観と国家観に基づく決断をする意思がないようだ。

 世界はトランプ大統領の一挙手一投足に右往左往している。しかし視点を変え、好き嫌いを排除して俯瞰してみたらいい。トランプ大統領は、「国内の分断と国力の弱体化」が深刻なアメリカを建て直そうと、誰が何を言おうが意に介せずに果敢に行動している。世界中を敵に回しても国益を追求するトランプ大統領、一国のリーダーとして立派ではないかと思うのだ。

 「失われた30年」の結果、日本はアメリカに劣らず国力の衰退が著しく、さらに「戦後レジームからの脱却」を棚上げしてきた結果、戦うスピリットをも喪失して漂流している。視野を日米の外において客観視すれば、その深刻な現状が見えてくる。今政権に求められるのは、トランプ再登板を千載一遇の好機到来と捉え、日本の戦後レジーム解消という難題を一気呵成に解決してしまおうという戦略的行動である。

 憲法改正、対米依存からの自立、米軍基地縮小と横田基地返還という戦後最大の未解決問題に本気で取り組むことが保守・自民党の責務である筈だ。この局面においてなお、それに挑戦しようとせず国内問題に埋没するようであれば、自民党は既に国益に有害なゾンビ政党になり果てたとみなす他ない。

戦後の議会制民主主義を改めるとき

 <日本の問題は、石破茂を総理大臣に選んだ自民党の問題であり、それを一定程度支持している世論の問題でもあり、彼の行動に対して本質的な批判を避けようとする知識人の問題でもある。>(柴山桂太)

 但し戦後80年の日本が現在抱える問題は、単に石破首相だけの問題ではない。事態はもっと深刻である。真の問題は石破首相が選任されたプロセスの中に潜んでいる。

 永田町では今、玉木首相待望論が与野党双方から台頭しているという。しかもその理由は二つあるという。自民党にはポスト石破の候補がいないことに加えて、自公連立政権が衆議院で少数与党となったために、新総裁を選出しても野党が首班指名を一本化すれば勝てないからだという。その結果与党も野党も玉木首相を推薦するのだと。

 投票で決まる以上勝たなければ意味がないのだが、この動きには本質的な要素が二つ欠落していることを指摘しておきたい。一つは、次の首相が備えるべき資質と能力に関する人物評価論の欠落である。「ポスト石破の候補がいない」というが、次期首相に求められるのは激変する世界情勢の中で各国首脳と渡り合い、日本の国益を守り、未来を切り開いてゆく資質と能力でなければならない。

 他一つは、名乗りを上げる候補者が、どういう世界観、歴史観、国家観を持ち、日本の未来像についてどういうビジョンを持ち、それを実現するために総理大臣になったら何に挑戦するのかをテーマに、候補者どうしが充分な議論を戦わせるステップの欠落である。

 総じて言えば、「小児病」と称される石破茂氏を選出した自民党総裁の選出のプロセス自体が、激変モードに入った世界情勢に全く適合していないことが問題なのだ。『石破茂という恥辱』という特集号は、戦後80年は世界が比較的平穏だった故に何とか旧態依然の政治で体裁を保ってきたが、トランプが起こしつつある激流の中でどうにもならなくなった日本の現状を論じている。これは政治家の問題であると同時に、旧態依然の政治を続けてきた「小児病」国家日本の姿なのだと。

 ウクライナ戦争の終結を誤れば、「ロシアという専制主義国に欧米という民主主義諸国が負けた」という重大な結果を招く。日本は「座して米欧に従う」という従来の姿勢を改めて、「日本ならどうするか」を真剣に考えなければならない立場にある。トランプ大統領の目論見を理解した上で、かつG7のメンバー国として、さらには東アジアに有事事態が転移したときの最前線に位置する国として、トランプ大統領に対し逆提案を行ってでも主体的に行動すべきであろう。その行動は近未来の東アジア事態に備える重要な布石になると同時に、「ポスト戦後80年」の時代の、新しい日米関係を模索する第一歩となるのだと信じて止まない。

参照資料

資料1:久保田勇夫-武藤敏郎対談、産経4/25

資料2:乾正人、石原慎太郎に学べ、産経4/25

資料3:田中宇、国際ニュース解説4/23

資料4:クライテリオン、5月号

 日本古代史の謎

エピローグ

 3年半ほど前に『奇跡の物語、日本の誕生』と題した記事を書いた。伊勢谷武氏が『アマテラスの暗号』というミステリー小説を書いている。「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」、「インフェルノ」など、ダン・ブラウンが書いて映画化されたミステリー小説に匹敵する面白さである。形式はミステリー小説の形をとっているが、この本は日本神話の謎に挑んだ秀作と言っていい。

 言うまでもなく、日本は世界最長の歴史を持ち、しかも紀元前から続く万世一系の天皇制を保持し、世界から独立した文明をもっている。古事記に綴られた神話は日本の成立と日本人の起源に係る謎を解読するための暗号である。

 付図に、日本の古代史の主要事件の全体像を描いてみた。

火山列島の誕生

 約3,000万年前にユーラシア大陸の東端で二つの陸塊が大陸から引き剥がされて分離を始めた。1,500万年前には海水が流れ込んで日本海が形成された。約300万年前にはフィリピン海プレートと太平洋プレートが西に向きを変える「東西圧縮」が起きて、東西二つの陸塊が合体して日本列島の原型が出来上がった。そして約2万年前に日本列島はほぼ現在の姿になった。以上が日本列島誕生の大掴みな歴史である。

 つまり日本列島は火山列島として誕生した。現実に過去12万年の間に超巨大噴火(噴火マグニチュードM7以上)であるカルデラ噴火が九州と北海道の7つの火山で11回も発生している。最後に起きた鬼界カルデラ噴火は7,300年前であり、南九州で暮らしていた縄文人は絶滅したという。大規模噴火(M4、M5)~巨大噴火(M6)は過去2,000年間に63回発生している。

 参考までに代表的なカルデラ湖を上げると、屈斜路湖、支笏湖、洞爺湖、摩周湖、十和田湖、蔵王のお釜、芦ノ湖、池田湖等々がある。また阿蘇のカルデラは湖にこそなっていないが、世界最大級のカルデラである。

日本人の祖先集団

 約7万年前に「出アフリカ」を敢行したホモ・サピエンスの祖先集団が、凡そ3万年に及ぶ「グレート・ジャーニー」を成し遂げて、約4万年前に日本列島に到達した。彼らは更に2~3万年の歳月をかけて日本各地に移住して日本人の祖先集団となった。

 世界では約260万年前から旧人ホモ・エレクトスが手斧を使うようになり、旧石器時代が始まった。日本列島でも10万年程前の旧石器時代の遺跡が発掘され石器が出土しているものの、ホモ・サピエンス以前の旧人が存在した可能性について未だ統一見解はない。

 一方で最近のDNA分析は、現代の日本人が世界で最も旧人デニソワ人のDNAを引き継いでいる事実を明らかにした。今後DNA分析が進むことが予測され、日本人が何処からきてどう形成されたのかについて詳細な足跡が解明されてゆくことが期待される。

縄文時代の始まり

 日本列島は四季に恵まれた温帯にあり、二つの海流に囲まれた世界有数の火山列島であり、豊富な水と山海の幸があり、領土の奪い合いも殺戮もなく平穏に暮らしてゆけた日本列島は、旧石器時代から世界でも唯一無二の恵まれた環境だった違いない。その環境が世界で孤立した文明を生み、さまざまな民族を引き寄せ、多様な民族・文化・宗教の融合が生まれて日本という国が形成されたのだった。

 16,500年前に作られた世界最古の土器が青森県の大平山元遺跡から出土した。これ以降BC10世紀までを縄文時代と呼ぶ。縄文人は世界に先駆けて土器を使っていただけでなく、6つの「縄文の国宝」にみられる高い芸術性を備えていたことが分かっている。6つの国宝が発掘された遺跡は、茅野市、函館市、八戸市、十日町市、山形県舟形町であり、何れも東日本に分布していることが注目される。この事実は、当時の縄文時代の中心が東日本にあったことを物語っている。

 縄文人にとって火山は身近な存在だったことが明らかだ。火山は畏怖の対象であると同時に、火、温泉、希少な石(黒曜石、翡翠他)という恵みを与えてくれる存在でもあった。縄文人にとって火山は自然に信仰の対象となったことだろう。

三内丸山遺跡

 日本には後期旧石器時代の遺跡は全国に1万以上あり、密度において世界最多であるという。中でも最も注目すべき遺跡が三内丸山遺跡で、凡そ5,500年前から4,000年前まで使用されていただけでなく、同様の集落は全国に分布していた。

 東北大学名誉教授の田中英道氏は、三内丸山遺跡について次のように考察を加えている。

<遺跡には居住空間と広大な墓地、盛り土で囲まれた公共空間の三領域があり、共同体としての村落の機能、さらに言えば都市国家の基本を備えていた。さらに巨木の柱で作られた建造物があり、後の出雲大社本殿に繋がる神社の原型と考えられる。>

<三内丸山遺跡は、縄文時代が高い宗教心を持った時代で、日本の基層文化として原初の姿を宿している。住居域と隣接したところに墓域があることから、御霊信仰を基本とする神道の概念が存在していた。>

 日本の古代史は、後期旧石器時代→縄文時代(16,500年前~)→弥生時代(BC10世紀~)→古墳時代(AD3世紀~)と推移した。三内丸山遺跡は縄文時代に神社の原形が自然発生的に形成され、死者を祀る神道の原型が作られていたことを物語っている。同様の集落が東日本を中心に作られ、太陽信仰の場として香取神宮と鹿島神宮が作られた。現代の建築様式が登場する以前の神社の原型とともに、国家の骨組みが登場する以前の古代国家の原型が縄文時代に存在していたことが窺える。

移民が起こした革命       

 日本の古代史には大別して三段階の移民があった。第1段として、出アフリカを果たしたサピエンスが約4万年前に到来して縄文人の祖先となった。第2段として、滅亡した祖国を出た古代ユダヤ人が相次いで到来した。そして第3段として、弥生から古墳時代にかけて優に100万人を超える渡来者が大陸からやってきた。ちなみに、縄文時代末期の人口は10~20万人だったと推定されている。

 第1段の移民については既に述べた。

 第2段のユダヤの民は三波に分かれて渡来したことが確認されている。第1波はBC8世紀に滅亡した北イスラエル王国の「失われた十支族」の末裔である。第2波はBC6世紀に滅亡した南ユダ王国のダビデ王の末裔である。そして第3波はAD68にローマ帝国から追放され流浪の民(ディアスポラ)となった原始キリスト教エルサレム教団のユダヤ人である。彼らはシルクロードを東に向かい、中央アジアの弓月国と中国の秦国を経由して日本に到来した。彼らは「大秦国(ローマ帝国)から来た秦氏」と名乗っていたという。

 なかでも第3波の秦氏を名乗っていた集団の活躍が特に注目される。後述するように、彼らは大和王権の成立、神仏習合の促進、神社の創建等、日本国の形成に多大な貢献をしている。さらに大胆に推理すれば、第1波及び第2波で到来した古代ユダヤ人は滅亡した古代イスラエル王国と南ユダ王国の末裔であって、定住して後に豪族となるなど日本に国家ができる過程で有形無形の貢献をした可能性が充分考えられる。

 神武天皇が即位したのがBC660年、第10代崇神天皇の在位はBC97年~BC46年で、何れも弥生時代のことだった。古墳時代は第15代応神天皇(AD270~310)の頃に始まったとされるから、秦氏が到来した時期は中国で秦王朝が崩壊したBC206以降の弥生時代だったと推定されている。

 次に第3段として弥生時代から古墳時代にかけて大陸から大量の移民が渡来した。縄文から弥生時代への移行は、この大量の渡来者がもたらした革命の結果だった。渡来者は製鉄、醸造、灌漑等に係る技術の他、漢字や律令制に係る知識をもたらし、その変化が狩猟採集から農耕へ縄文時代から弥生時代への移行という革命を引き起こしたのだった。 

大和王権の成立

 大和王権は、天皇家となった氏族を中心に全国の豪族が統合される形で形成された。大和王権が成立したのは、奈良に前円後方墳が作られるようになった古墳時代、第15代応神天皇(AD270~310)、または第16代仁徳天皇(AD313~399)の頃である。

 秦氏は他の豪族と比べて目立たない存在だったが、皇族を支え大和王権の確立に際立った貢献を果たした。弥生から古墳時代にかけて大和王権を樹立して国家の礎を創った立役者だったのである。

 既に述べたように、大陸から縄文人の人口よりも桁外れに多い渡来人がやってきたことが、狩猟採集社会だった縄文時代から農耕社会の弥生時代への革命を起こした。渡来者を中心とした新しい文化圏が北九州を中心に誕生して、社会の重心が東日本から西日本へ移り、日本列島に土着していた縄文人は、列島の隅々に追いやられたのだった。

 そして弥生から古墳時代への移行期には、大和王権のもとに日本を統一する国家の骨組みが形成されていった。聖徳太子が定めた17条の憲法や冠位12階、仏教の普及等がその基礎となった。古墳時代は天皇家を中心に豪族が協力して大和王権を確立し、重心が大和に移動した時代だったのである。

日本列島に自然発生した神道

 火山列島の日本に、旧石器時代から縄文時代にかけて自然発生的に神道の原型となる信仰が生まれた。信仰の対象は太陽や火山の他、巨石・巨木等自然界のさまざまな造形だったに違いない。とりわけ太陽は恩恵の象徴であり、火山の噴火は畏怖を代表する存在だった。

 西行法師が伊勢神宮を参拝した時に詠んだ「何事のおわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる」という一句に込められた信仰心が、縄文時代に自然に育まれたと考えられる。

 神道は日本の美しく豊かな自然から生まれ、様々なものを包み込みながら、長い歳月をかけて人間の営みと自然との対話の中で熟成されてきた信仰である。トインビーが指摘したように、神道は全ての宗教をまとめることができる宗教の原点としての特徴を備えている。

 後述するように、聖徳太子に仕えた秦河勝は「神道と仏教の習合こそが日本には相応しい」と考えて、日本全国に神社を創建するという途方もない尽力をしたのだが、そもそも一神教の信奉者だったユダヤ人が日本に帰依して、神道の普及に人生をかけたのは何故だろうか?

 その謎を解くためには、当時の日本・日本人と、彼らの祖国である古代ユダヤ王国・ユダヤ人との間に存在する決定的な相違点に注目する必要がある。祖国が滅ぼされて離散の民(ディアスポラ)となり遠く離れた日本列島までやってきたユダヤ人の祖先は、祖国で戦争に破れ征服されて奴隷となった経験をしている。一方日本列島は戦争も征服も奴隷も無縁だった。自然の恵みが豊かで奪い合う必要がなかったからだ。

 そう考えると、彼らが幾ら熱心な一神教の信者であったとしても、この楽園のような日本列島で暮らす内に、自然に畏怖し恩恵に感謝する神道という信仰を葛藤なく受け容れていったのではないだろうか。心で素直に感じる信仰が理屈で武装された宗教を融解させてしまったということだ。

 ここで日本の古代史で展開された変化について、二つの仮説に思い至る。一つは「自然の中に畏怖と恩恵の対象(太陽と火山等)がある環境が多神教を育んだ」ということであり、他一つは「多神教が生まれる環境には一神教が入り込む余地がない」ということである。

 田中英道氏は、「仏教は日本で聖徳太子の法隆寺と共に神道化している。神道の共同宗教としての御霊信仰と、仏教の個人宗教としての人生観が聖徳太子の思想の中に融合し、太子としての皇祖神信仰とともに、日本の宗教の基本が出来上がっていった。」と洞察している。

 そう考えると、大和王権成立の過程で、旧石器時代からの縄文人もユダヤ人やアジアからの渡来者も、或いは神道の信仰をもつ人も、ユダヤ教や古代キリスト教の信者だった人も、仏教を信仰する人々も、争うことなく協力して王権の成立を受け容れた歴史が垣間見えるのである。

神社の起源

 神社庁が管轄する神社が約8万社、管轄外を含めて日本には約12万社の神社が存在する。内訳は、稲荷神社(総本宮は伏見稲荷大社)が約3万社、八幡神社(同宇佐神宮)が管轄外を含めて約4万社(最多)、八坂神社が約2,900社、白山神社が約2,700社、日吉神社、日枝神社、山王神社合計で約2,000社(総本社は松尾大社)、金毘羅神社が1,900社となっている。

 この内、伏見稲荷大社は秦氏の創建であり、宇佐神宮は秦氏の本拠地にあって主祭神は秦氏を日本に受け入れた応神天皇である。白山信仰の聖地である白山の開祖も秦氏であり、松尾大社を創建したのも秦氏であるという。この事実を踏まえると、日本に神道を普及させた最大の功労者は秦氏一族であると言っても過言ではない。

 古事記の神話ではアマテラスを最高神とする高天原の神々の物語と、出雲を舞台に繰り広げられた国譲りの物語(オオクニヌシがアマテラスに対し国を譲る)が大きなテーマとなっているが、出雲大社、熊野本宮大社、諏訪大社、香取神宮、鹿島神宮に祀られている神は、何れも大国主に代表される「国津神」であり、これら神社の起源は何れも縄文時代にある。

 それに対して、「天津神」の代表である伊勢神宮が現在の形になったのは7世紀末~8世紀初めである。この事実は、天津神よりも国津神の方が歴史的に遥かに古く、言い方を変えれば大和王権が誕生する以前に各地方に国津神が存在したことを物語っている。

 ちなみに鹿島神宮の創建は神武天皇元年(BC660)であり、第10代崇神天皇(BC97~46)の命を受けて第11代垂仁天皇(BC29~AD70)の時に創建された伊勢神宮よりも600年以上も古い。

 神社の形(建築様式等)が定まったのは大和王権が成立した古墳時代であるが、田中英道氏は「三内丸山遺跡には巨木の柱で作られた建造物があり、後の出雲大社本殿に繋がる神社の原型と考えられる」と述べている。

 神話では、神々が住む高天原(たかまがはら)、人間が住む葦原中国(あしはらのなかつくに)、地下の黄泉の国(よみのくに)の三つの世界があり、高天原にいる神々を天津神(あまつかみ)と総称し、葦原中国に現れた神々を国津神(くにつかみ)と総称する。

 神話には「出雲の国譲り」の物語が登場するが、出雲には葦原中国を代表するような大きな国が存在した記録はなく、「出雲国風土記」に国譲り神話はないという。また現在の出雲大社は明治まで杵築(きづき)大社と呼ばれていて、出雲の神とは京都にある出雲大神宮のことだった。つまり国譲りが行われたのは京都で、出雲大神宮がその舞台だったと考えられる。

 日本三景の一つ天橋立の近くに、籠(この)神社という古い神社がある。西日本で最も古く由緒正しい神社の一つで、神話に関わる謎を秘めた神社である。特に籠神社の奥宮である眞名井(まない)神社は籠神社発祥の神社で、なんと神紋はユダヤの六芒星である。真名井神社の「真名」とはユダヤの三種の神器の一つ「マナの壺」を意味していて、古代の神社とユダヤの関連性を物語っている。

聖徳太子と秦河勝

 第33代推古天皇(AD592~628)の摂政として活躍した聖徳太子のブレーンとなり、太子が進める政策を支援した秦河勝という人物がいた。「縄文由来の神道に、伝来した仏教を組み合わせた神仏習合こそが日本に相応しい」と考えた河勝は、広隆寺、大覚寺、仁和寺等の寺院、宇佐神宮や伏見稲荷大社の創建に尽力して日本国の骨格作りに多大な貢献を果たしている。

 弥勒菩薩半枷思惟像で有名な広隆寺は、秦氏が平安京の本拠地である太秦(うずまさ)に創建した寺院で、別名を太秦寺という。中国の「大秦(だいしん)寺」が景教の寺として建立されたように、広隆寺は当初はキリスト教ネトリウス派(景教)の隠れ寺として創建されたという。余談になるが、エルサレムの語源は「エル・シャローム」で平安京という意味であるという。

 既に述べたように、神社の創建と普及に秦氏が幾代にもわたって尽力したことが明らかにされているが、一体秦氏は何故そこまで神道の普及に尽力したのだろうか。

 素直に解釈すれば、日本の風土で暮らす内に、イスラエルから持ってきた宗教も民族も捨てて日本に帰依した結果と考えられる。さらに養蚕、織物、灌漑、土木、建築、冶金、農業の技術を使って莫大な富を作り、政治、経済、文化、宗教だけでなく、猿楽、散楽、雅楽、伎楽などの分野に多大な影響を及ぼす活躍をした。

 ユダヤの民族・宗教・文化と日本古来の民族・宗教・文化が邂逅して、二つが融合する形で一体化したと考えられる。旧石器時代を経て1万年以上も続いた縄文時代において、日本の環境で育まれてきた信仰(神道)を土台として、秦氏が持ち込んだユダヤ教、原始キリスト教が融合し、更に聖徳太子の時代に伝来した仏教も融合して現在に至る神道が形作られた。そう考えられるのだ。

 秦河勝にとって古代イスラエル国家の再興という願いが、日本で天皇制を強固で普遍的なものにし、その上で国家を建設するという使命感に転化したのではないだろうか。

記紀の成立

 日本書紀と古事記は第40代天武天皇(673~686)が編纂を命じたもので、何れも奈良時代の8世紀初め(古事記は712年、日本書紀は720年)に成立している。未だ文字がなかった旧石器時代及び縄文時代の記憶をもとに古事記は稗田阿礼と太安万侶によって編纂され、日本書紀は舎人親王によって編纂された。

 古事記は大和王権が日本を平定していった歴史を、大和王権の正統性を裏打ちする神話として描いたものだ。その古事記の神話と旧約聖書、ギリシャ神話には物語の類似性が多いと言われる。ギリシャ神話はBC15世紀頃、旧約聖書はBC5~4世紀に成立した。ユダヤ教の成立は出エジプトの時でBC13世紀に遡る。

 古代史研究家である蒲池明広氏は、日本神話と旧約聖書の関係について両者の類似性と相違点について、次のように指摘している。旧約聖書を下敷きにしたものの、日本の風土に合致するように、自然の造形と神の関係さえも書き変えている点はとても興味深い。

<旧約聖書と日本神話は、一方が流浪の民となったユダヤ民族、他方は島国という安全地帯に定住した大和民族という、運命が異なる二つの民族の神話である。二つの神話には類似性がある一方で、旧約聖書は自然さえも神が創ったとするが、日本神話では神以前に自然がありその自然から神が生まれている。>

 田中英道氏は、記紀が編纂された時代背景について、次のように考察している。

<奈良時代には神話、宗教、詩歌、美術、建築など、全ての原型と理想が表現されていた。そこには日本の歴史の古典という様式があり、他の時代では創造できない独立した時代でもあった。西洋では国民国家の誕生はフランス革命以降とされているが、日本では国民・国家意識が7、8世紀に既に成立していた。>

<この時代の共同体観を知る上で、飛鳥時代の聖徳太子の十七条の憲法や隋との外交、大化の改新、そして白鳳時代の天武天皇による一連の施策、律令体制の確立、仏教思想の導入の過程を辿るために、日本の成り立ちを語る日本書紀と続日本紀を紐解くことが必要だ。>

神話の成立

 神話学の世界的権威レヴィ=ストロースは、「世界の神話は歴史との連続性はないが、唯一日本神話だけは歴史と結びつき、神話から歴史への移行は巧妙である。」と評している。恐らくその理由は、天皇家が日本を統一していった正統性を神話によって裏打しようとする意図のもとに編纂されたからだろう。

 たとえば田中英道氏は、神話の「天孫降臨」と当時の社会に起きていた大規模な移民の到来が起こした重心の移動との関係について、次のように分析している。

<天孫降臨は、寒冷化による東国から西国への人口移動に伴い、日本の中心が移動したことを意味している。東国は大和国家の東方にある一大国として常に存在していて、西国に増加した帰化人を東国に送り込むことも多かった。東国に圧倒的に多く出土する人物埴輪には、明らかに渡来人の風貌をしているものが多く見受けられる。>

日本人はどこから来たか

 日本人はどこから来たのかについて、近年DNA分析を駆使した研究成果が公表されている。

 それによると、日本人のDNAには世界でも稀な大きな多様性があるという。サピエンスはアフリカを出てレバント地方(アラビア半島の地中海に面した地域)へ渡った後、太陽が昇る方向をめざして東へ東へと歩き、3万年に及ぶ「グレート・ジャーニー」を果たして最終的に日本列島にやってきた。この過程で、さまざまな民族のDNAがブレンドされて、最後に日本人のDNAが形成されたと考えられる。

 アフリカを脱出したサピエンスがアジアに辿り着くと、北上して中国人となったグループと、南下して東南アジア人となったグループに分岐した。しかし縄文人はその何れでもなく分岐する前の人類で、現在地球上に縄文人と同じDNAを持つ人類は存在しないという。だとすると、彼らはどのルートを通って日本にやってきたのだろうか?

 サピエンスの前に出アフリカを果たしてユーラシア大陸に拡散した旧人に、ネアンデルタール人とデニソワ人の存在がある。ネアンデルタール人はユーラシア大陸のヨーロッパ側に、デニソア人はアジア側に住み着いたことが分かっている。そして日本人はデニソワ人のDNAを最も強く引き継いでいる民族であることが解明されているが、一体どう考えればいいのだろうか?

 DNA分析で人種の特徴や系譜を調べる場合、母方のミトコンドリア染色体を使う方法と父方のY染色体を使う方法の二つがある。日本人の場合ミトコンドリア染色体の分析からは目立った特徴が発見されていないが、Y染色体の分析は日本人がもつ非常に特異的な事実を明らかにしている。

 第一に日本人はとても多様な民族であることだ。Y染色体の遺伝子構造は大別してAからRまで18のハブログループに分類できる。人類がアフリカを出た後のハブログループはC、DとE、F~Rの3グループに分類できるが、世界で唯一、日本にはその全てのグループが存在するという。

 この事実はユーラシア大陸の東端に位置する日本が、複数の民族にとって「グレート・ジャーニー」の最終目的地だったことと符合する。その結果、古代日本は人種のるつぼとなったのだ。

 もう一つ重要な事実がある。それは日本人にはOとDとCが多く、特にDは40%存在するが、中国、モンゴル、朝鮮半島にOとCは多いがDはゼロに近いことだ。ハブログループDは世界で一カ所だけ、チベット、ミャンマーとインド洋のアンダマン諸島に存在する。さらに古代イスラエル王国の「失われた十支族」の内、マナセ族とエフライム族はDだったという。ここにも謎が存在する。日本にDを持ち込んだ民族は、中国や朝鮮半島を経由せずに日本に来たことになる。

古代史の謎

 16,500年前に始まり13,000年以上も続いた縄文時代には、シベリア、朝鮮半島、南方からさまざまな民族が渡来した。さらに弥生時代には大陸から当時の人口を遥かに上回る規模の移民がやってきた。文字通り人種のるつぼだった日本列島に、万世一系の天皇を中心とする国が平穏に形成されたことは奇跡に等しい、日本古代史の謎である。

 古事記に綴られた神話は、天皇家が諸国を統一していった歴史をもとに創作された物語であるから、謎を解くカギは神話の中に記されていることになる。

 神話に登場する神々の系譜は、天御中主神(アメノミナカヌシ)に始まり、造化三神(アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カミムスヒ)を経てアマテラスに至っている。まず最近の研究が明らかにしてきたことは、アマテラス以前の神々は王権成立以前の縄文時代の神々であり、アマテラス以降の神々は王権成立の歴史に対応しているということだ。

 19世紀の国学者で神道家だった平田篤胤は、「天地万物に大元皇祖神が存在し、その名を天御中主神といい、その神は始めなく終りもなく、天上にあって天地万物を生じる徳を持ち、万有を主宰している」と説いた。平田篤胤の子の鉄胤に師事した国学者の松山高吉は、「日本人が礼拝対象とした神は造化三神だけであり、しかも造化三神は功徳を分けて呼んだだけであって、その実は一神(即ち天御中主神)である。」と述べている。

 田中英道氏の考察によれば、①縄文時代は1万年以上も続いた、②三内丸山遺跡に代表される遺跡が東日本に分布していた、③当時は太陽崇拝であり、日本の東端に位置する鹿島神宮、香取神宮が祭祀場だったという。これらを勘案すると、大和の東方に国の原型もしくは勢力の存在があったことが明らかだ。造化三神の一人であるタカミムスヒは大和王権成立以前に存在した「日高見国」の統治者だったという。

 王権成立以前には、造化三神のもとに各豪族の祖先を神々とする信仰があったと考えられる。それが王権成立後は、アマテラスを最高神とする天津神と、スサノオを最高神とする国津神の二つの系譜が造化三神のもとに体系化された。

 実世界では縄文時代に東方に存在した勢力が大和王権のもとに統合され、神話の世界では太陽崇拝中心で「天御中主神」が唯一信仰の対象であったものが、アマテラスを最高神とする皇祖霊信仰に修正されている。

 古事記によれば、神武天皇はアマテラス直系の子孫となっている。アマテラス→オシホミミ→ニニギノミコト→ホホデミ→ウガヤフキアエズ→神武天皇という系譜である。これが天皇家の正統性を示している。但し、神武天皇と崇神天皇は同一人物であって、即位前を神武といい即位後を崇神と呼んでいるという説があり、また神武天皇は実在せず崇神天皇は実在した人物という説もある。

 さらにアマテラス=神武天皇であり、その間に登場する神々は創作上の存在であるという説もある。しかも神武天皇=崇神天皇であるならば、崇神天皇以降が実在の人物で、神武天皇以前は大和王権の成立と天皇の正統性を裏付けるために創作された物語ということになる。

 謎はもうひとつある。伊勢神宮には外宮と内宮があるが、外宮が主であり、主役はアマテラス(内宮の主祭神)ではなく豊受=天御中主神(外宮の主祭神)であることが複数の理由から推察される。つまり外宮が先に内宮が後から造営された感じがするのである。しかも伊勢神宮創設以前、アマテラスは京都府にある天橋立の近くにある籠神社他複数の神社に祀られていたという。

 既に述べたように、国譲りが行われた「出雲」は京都府にある出雲大神宮であって、現在の出雲大社ではなかった。そして国を譲った側の権力者がニギハヤヒ(国津神)であって、国譲り後にニギハヤヒは奈良県の三輪山に葬られた。そして三輪山は日本最古と言われる大神(オオミワ)神社の御神体となり、ニギハヤヒは神として祀られた。

 国を譲った勢力の人々が神としてどう処遇されたかをみると興味深い。まず、国譲りを大国主に認めさせた経津主(フツヌシ)と建御雷(タケミカヅチ)がそれぞれ香取神宮と鹿島神宮に、大国主は出雲大社に、大国主の息子二人は諏訪大社に祀られた。何れの神々も神社の中で格式の高い「神宮」と「大社」の主祭神として厚遇されている。

 さらにスサノオは全国各地の多数のスサノオ(素盞嗚、素戔嗚、素盞鳴、素盞雄、須佐男、須佐之男、他)神社に祀られた。このように大和王権に対し国を譲った側の豪族の権力者が国津神として祀られていることが分かる。国譲り=万世一系の天皇制の確立という大事業を整斉と成し遂げた、計算された配慮が見てとれるのである。 一方国を譲られた側では、天津神アマテラスを内宮の主祭神に祀る伊勢神宮が造営された。こうして国譲りが完遂し大和王権成立というドラマが完結した。素直に解釈すれば、アマテラス神話は大和王権が全国を平定し豪族を統合した歴史を神話化して作られた物語だったのであり、その物語を定着させるために古事記が編纂され伊勢神宮が造営されたと考えるとつじつまがあうのである。

エピローグ

 騒乱なき大和王権成立の舞台裏には、日本に移住し帰依した古代ユダヤ人の活躍があったと思われる。神話には旧約聖書との類似性と固有性がある事実と、後に聖徳太子を全面的に支援した秦河勝の活躍を考慮すると、その可能性は否定できない。

 今まで述べてきたように、日本という国は、日本列島が備える地理的に恵まれた環境と、日本人がもつDNAの固有性によって作られている。その昔聖徳太子は推古天皇から隋の皇帝にあてた親書の中で、「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや。」と書いた。これはさまざまな民族がユーラシア大陸を横断して日本列島に辿り着いた歴史を踏まえたメッセージと考えると興味深い。さらに太子は、統一国家を形成するにあたって、当時の日本が人種のるつぼで多民族の渡来者で構成されている現状を踏まえて、17条の憲法の冒頭に「和を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。」と書き込んだのかもしれない。

参照資料

1)「アマテラスの暗号」上下巻、伊勢谷武、宝島社

2)「日本国史の源流」、田中英道、育鵬社

3)「日本とユダヤ、運命の遺伝子」、久保有政、学研

4)「日本人の源流」、斎藤成也、河出書房新社

5)「奇跡の物語」、https://kobosikosaho.com/chronicle/532/

ウクライナ和平後の世界

トランプ大統領の施政方針演説から読み解く

プロローグ

 トランプ大統領は就任から43日が経過した3月4日に、上下両院合同会議で施政方針演説を行った。この演説を紐解くことで、トランプ大統領が何処に立って、何を目指し、何と戦っているのかを読み取ることができる。以下、施政方針演説の発言からの引用箇所は<>で示した。(参照:資料1)

 トランプ氏は昨年11月6日に大統領選の勝利を確実にし、今年1月20日に第47代大統領に就任した。トランプ大統領は就任した1月20日に26本、1週間で36本、43日間で100本に近い大統領令(Executive Orders)に署名し、400以上の行政命令(Executive Actions)を発出して、「トランプ時間」と呼ばれる驚異的なスピードで政策を実行している。

「常識の革命」

 トランプ大統領が何処に立って、何を目指しているのかを知るキーワードは「常識の革命(Revolution of Commonsense)」である。

 大統領就任式のスピーチで、トランプ大統領は「アメリカの黄金時代が今から始まる」と述べ、「政府は信頼の危機に直面している。過激で腐敗した支配層が国民から権力と富を搾取し、国内の単純な危機さえ対処できず、国外では壊滅的な出来事の連鎖に陥っている」とバイデン前政権を激しく批判した。そして自らがこれから何をやるかを語る前に、「常識の革命が始まる」と述べた。(資料2)

 ニューズウィーク誌は1月29日の紙面で、「トランプ革命のポイントは庶民感覚に基づいているところにある」と書いている。「不法移民のこれ以上の無軌道な流入は防ぐべきで、連邦政府のDEI政策は行きすぎている、外国を貿易で儲けさせる前に自国の産業を立て直せ」という主張は確かに庶民感覚そのものだ。(資料3)

 さらに「革命は内政だけではないとして、トランプ大統領が唐突にグリーンランドやパナマ運河の領有を言い出したが、発想の根底にあるのは西半球(アメリカ大陸)至上主義だ。アメリカは今後西半球の防衛と外交に集中し、欧州やアジアから距離を置くだろう。NATOへの塩対応はその証拠で、今後日本に駐留米軍の経費負担を露骨に求めることがあれば、それもまた裏付けと考えていい。」と指摘している。(資料3)日本にとって重要なポイントである。

 施政方針演説の中で、トランプ大統領自身が「常識の革命」の一端だと述べて、43日間で取り組んできた成果を語っている。その主なものは次のとおりである。なお施政方針演説の和訳は、3月6日の産経新聞が掲載した紙面を参照した。

 <就任宣誓から数時間以内に、南部国境に国家非常事態を宣言した。そしてわが国への侵略を撃退するため米軍と国境警備隊を配備した。

 <就任直後に全ての連邦政府の採用を凍結し、全ての新しい連邦規制を凍結し、全ての外国援助を凍結した。>

 <グリーン詐欺を終わらせ、パリ協定から離脱し、WHOと国連人権委員会から脱退した。>

 <EV義務化を打ち切り、自動車産業の労働者と企業を経済的破壊から救った。>

 <連邦政府でDEI政策という暴政に終止符を打った。民間産業や軍においても同じだ。> 

 <公立学校から批判的な人種理論の毒を排除した。そして性別は男性と女性の二つだけであることを米国の公式方針とする大統領令に署名した。男性が女子競技に参加することを禁じる大統領令にも署名した。>

 「常識の革命」というように、共通していることは極端に行き過ぎた前政権の政策を全て白紙に戻して、アメリカの労働者階級の「常識」に戻す措置であることだ。一言で言えば、「リベラル全体主義」を徹底的に排除したということだ。

不法移民対策

 <就任直後に南部国境に国家非常事態(a national emergency on our southern border)を宣言し、米軍と国境警備隊を配備した。国土を守るためにこれらの脅威をどのように排除し、アメリカ史上最大の強制送還作戦(the largest deportation operation)を完了させるかを具体的に示した詳細な資金要請を議会に送った。>

 <それに比べて史上最悪の大統領だったジョー・バイデンの下では、4年間で2100万人に上る不法入国(illegal crossings)があり、殺人犯や麻薬の売人、ギャング、精神疾患者を含むほぼ全員が釈放された。>

 数値の正確性はともかく、4年間で2000万人を超える不法入国があったという事実は、そもそも理解を遥かに超えるものだ。それを放置してきた前政権は国を破壊してきたと糾弾されても、まともな反論は出来ないだろう。それでも2024年の大統領選挙では、トランプ氏が選挙人538人の内312人を獲得したのに対して、ハリス氏が226人を獲得したという事実もまた理解を超えている。バイデン政権の副大統領だったハリス氏に投票した人が7464万人(トランプ氏は7700万人)存在したことは、日本人の「常識」からすれば理解不能である。

連邦政府の暴走を止める

 <インフレ対策をさらに進めるため、エネルギーコストを削減するだけでなく税金の浪費を根絶する。その目的のために、全く新しいDOGE(Department of Government Efficiency、国家効率化省)を創設した。>

 <イーロン・マスクが率いるグループによって、多くの詐欺行為が発覚し、暴露され、直ちに終わらせた。我々は数千億ドルもの詐欺行為(hundreds of billions of dollars of fraud)を見つけた。>

 <現在何十万人もの連邦政府職員が出勤していない。この責任感のない官僚機構(unaccountable bureaucracy)から権力を取り戻し、米国に再び真の民主主義を復活させる。>

 <政敵に対し司法を武器化(weaponizing law enforcement)して執拗に攻撃することを実質的に止めさせた。憲法に基づく法の支配の下、公正、平等、公平な司法を取り戻すため、FBIと司法省を手始めに迅速かつ果断に行動してきた。>

 トランプ氏の大統領選への再出馬を阻止するために、バイデン政権下で行われた「司法の武器化」は外から眺めていても相当に酷いものだった。それを実行した司法省とFBIを最初の対象に選んだことは当然だ。DOGEが暴いた連邦政府に巣くう腐敗と詐欺の実態は、アメリカという国の統治機構の修復が途方もない難題であることを物語っている。

リベラル全体主義者の追放

 <馬鹿げたグリーン詐欺(the ridiculous green new scam)を終わらせた。我々が数兆ドル支出しているのに他国が負担しない不公平なパリ協定(the unfair Paris Climate Accord)から離脱した。腐敗したWHO(the corrupt World Health Organization)からも、反米的な国連人権委員会(the anti-American U.N. Human Rights Council)からも脱退した。>

 人類の近代史は戦争と革命の歴史として綴られている。その戦争や革命は自然発生で起きたものではなく、そのシナリオを描いた勢力がいて、資金と武器を提供した勢力がいた結果起きたものだ。ウクライナ戦争もその例外ではない。

 ウクライナ戦争を起こしたのはそもそも誰か?トランプ大統領は、軍事行動を起こしたのはロシアだが、ロシアをそそのかした勢力、或いはロシアが軍事行動を起こすことを知っていて抑止しなかった勢力を敵視していることが明らかである。バイデン大統領は事前にプーチン大統領が軍事侵攻に踏み切ることを示唆する発言を繰り返していことは事実であり、またゼレンスキー大統領はそれを知りながら軍事侵攻を抑止する行動を取らなかった。

 フリーの国際情勢解説者である田中宇氏が2月10日の「国際ニュース解説」で次のように述べている。(資料4)

 「リーマン危機後、G7は経済政策決定機能をG20に譲り、先進諸国が環境問題や人権問題などのリベラルな政策を決める枠組みになった。その後、先進諸国の温暖化や人権民主やジェンダーの政策は、人々に超愚策を強要するリベラル全体主義となった。」

 トランプ大統領は就任直後からDOGEを使って驚異的なスピードで米国内のDSに関与した政府高官を追放し、財務省からの活動資金の流れをストップさせた。

 ヴァンス副大統領は欧州に乗り込んで2月14日にミュンヘンで開催された安全保障会議で、リベラル全体主義化した西欧諸国の誤りを痛烈に指摘する演説を行った。また、ヘグセス国防長官はEUを訪問して、欧州諸国は防衛費をGDP比で現状の2%から5%に引き上げて、その金でウクライナ支援を継続することを要請し、米国は関与しない意思を伝達した。

 この一連の動きから判断すると、トランプ政権が最も敵視しているのは、国内においては社会を、国外においては世界を、意図的にかつ巧妙に誤った方向に誘導してきたリベラル全体主義勢力であることが明らかだ。

 「但しウクライナの和平合意が締結される5月頃には、欧州の英傀儡エリートは弱体化している。欧州議会では政権交代が進み右派が拡大しつつある。米国が抜けると欧州だけでウクライナを軍事支援する流れにはならず、米国も欧州も反英・反DSのトランプ系となってウクライナが終戦してゆく展開になりそうだ。」

 田中宇氏はこのように書いているが、ウクライナ戦争の終結を契機とし、トランプ第2期政権が歴史の転換点となって、アメリカ民主党政権、EU幹部、及び実際に政策を実行してきた官僚組織が一掃されてゆく展開となるだろう。重要なことはこの歴史的な大転換の後にやってくる世界がどういうものになるかだ。

誤ったイデオロギーの追放

 <我々は連邦政府でDEI(Diversity, Equity and Inclusion)政策という暴政に終止符を打った。民間産業や軍においても同じだ。我が国はウォーク(woke)には決して戻らない。>

 <我々は学校や軍隊からウォークネス(Wokeness)を排除しつつあり、それは既に社会から消えつつある。ウォークネスはトラブルであり、悪い言葉だ。我が軍の兵士たちは活動家や思想家ではなく戦士や戦闘員となり我が国のために戦う。(Our service members won’t be activists and ideologues. They will be fighters and warriors.)>

 〔注〕Wokeという用語は、当初人種・性・LGBTQ+など、社会的な差別に対する目覚めを表す俗語として使われたが、西欧の中道派・右派は、左派による排他的な運動やイデロギーに対する侮辱表現としてwokeを使うようになった。

 <公立学校がトランスジェンダーのイデオロギーを子供達に教え込む(indoctrinating our children with transgender ideology)ことを禁止した。子供達の性転換を恒久的に禁止、違法化し、子供が間違った体に閉じ込められているという嘘を永遠に終わらせる法案を議会に可決して欲しい。(This is a big lie. And our message to every child in America is that you are perfect exactly the way God made you.)>

 第二次世界大戦期におけるイデオロギーの対立は、民主主義対共産主義だった。それから約半世紀後にソヴィエト連邦が崩壊して、民主主義の勝利が確定したかに見えた。しかし共産主義は消滅することなく、現在のロシアや中国に代表される専制主義へと形を変えた。しかも民主主義対専制主義の対立の構図が残ったまま、民主主義陣営にリベラル全体主義やDEIというイデオロギーが蔓延った。こうして民主主義陣営の分断が進行した。

 トランプ政権は就任直後から不法移民対処と同時にイデオロギーを弱体化させることに精力的に取り組んだ。こうして就任後僅か50日で制圧の目途を立てたことになる。但し、イデオロギーを制圧することは困難であり、これによって国内の分断が収束に向かうとは限らない。

エネルギーと金属資源政策

 <就任初日に国家エネルギー非常事態(a national energy emergency)を宣言した。我々の足元には地球上のどの国よりも多くの黄金の液体(liquid gold、つまり石油と天然ガス)が眠っている。掘って掘って掘りまくれだ。>

 <今週後半、重要な鉱物やレアアースの生産を米国で劇的に拡大するという歴史的な行動も起こす。>

 トランプ大統領は何故レアアースに注目しているのか。その答えを産経新聞特別記者の田村秀男氏が3月4日の産経新聞「経済正解」に書いている。(資料5)

 「米国が中国の追随を許さないのは、生成AI等の半導体、それに戦闘機やミサイルなどの兵器だが、ここには重大な弱点がある。これらの製造は何れもレアアースやガリウム、アンチモンなどレアメタルを必要としている。リチウムイオン電池は電極に黒鉛を使っている。」

 ここで問題は、レアアース、ガリウム、黒鉛の生産量において中国がダントツの世界1位であり、アンチモンでは中国とロシアで世界の生産量を独占している。レアアース資源が豊富なグリーンランド獲得にトランプ大統領が意欲を表明したのも、ウクライナとレアアース資源採掘の取引に積極的なのも、地政学的な理由の他に希少金属資源の戦略的重要性を踏まえたものだ。

基幹産業の復活

 輸入品に対する一連の高関税措置は、国産に比べて安価で競争力の高い輸入品が大量に流入した結果、衰退を余儀なくされたアメリカの基幹産業を復興させることと、それによってラストベルトに働く労働者の生活基盤を改善することに狙いがある。

 <防衛産業基盤(defense industrial base)を強化するために、商業や軍事の造船業を復活(resurrect the American shipbuilding industry)させる。そのために、今夜私はホワイトハウスに造船に関する新たな部署を設置し、この産業を米国内に呼び戻すための特別な税制優遇措置を講じることを発表する。>

 日本製鉄によるUSスチールの買収が政治的に注目され、大統領マターとなったことは記憶に新しいが、アメリカ基幹産業の復活、そのためのエネルギー産業の復活、安価で安定したエネルギー供給がMAGAを実現する必須要件であることは言うまでもない。また造船業の復活は、防衛産業基盤を強化する意味で死活的に重要である。

中国政策

 実は3月4日に行われた施政方針演説には、驚くほど中国に対する言及がない。未だに具体的な対抗措置をとっていない。トランプ大統領は、本丸中国と対峙する前に搦手から手を打っている感がある。パナマ運河とグリーンランドに関する発言にその思惑が見て取れる。

 <国家の安全保障を一層強化するために、パナマ運河を取り戻すつもりであり、すでにその作業を始めている。パナマ運河は多くの米国人の血と財産を犠牲にして建設された(The Panama Canal was built by Americans for Americans, not for others.)ものであり現代のコストに換算すれば、米国史上最も高くつく計画でもあった。>

 <我々は国家安全保障及び国際的な安全保障のためにグリーンランドを必要としている。(We need Greenland for national security and even international security.)>

 対中政策に関しては、その全容が現時点で見えていない。今までのところ、トランプ政権は本気で取り上げていないし、表立った行動を開始していない。本丸と考えられる対中政策には満を持して臨もうとしているのか、それとも中国とは別のもっと大きな取引をしようとしているからなのか、現時点では判別できない。

 考えられる一つの可能性は、対中カードの切り札となるのがプーチン大統領であって、ウクライナ戦争の終結過程でプーチン大統領をとり込むまで、対中カードを切れないというものだ。

ウクライナ戦争の終結

 <ウクライナの野蛮な紛争終結のため精力的に取り組んでいる。この残忍な戦争では、何百万人ものウクライナ人とロシア人が不必要に殺され負傷した。米国はウクライナの防衛を支援するために数千億ドルを送金してきた。そんなことを今後5年も続けたいのか。>

 <欧州は悲しいことに、ウクライナを守るために費やした費用よりも、ロシアの石油やガスを買うために費やした費用の方が多い。アメリカは約3500億ドルを費やした。一方欧州が費やしたのは1000億ドルだ。アメリカからは大西洋の彼方の出来事であるというのに、この差は一体何だ。>

 <この狂気を止める時だ。殺戮を止める時だ。無意味な戦争(this senseless war)を終わらせる時が来た。戦争を終わらせたいのであれば、両陣営と話をしなければならない。アメリカがウクライナの主権と独立を維持するためにどれほどの支援をしてきたかを本当に評価している。(We do really value how much America has done to help Ukraine maintain its sovereignty and independence.)>

 2月23日に産経新聞は、FOXニュースラジオが主催したトランプ大統領のインタビュー記事を掲載した。インタビューでトランプ大統領は次のように注目すべき発言をしている。(資料6)

 ①ロシアには攻撃すべき理由はなかった。

 ②開戦当時自分が大統領だったなら戦争は起きなかった。ロシアを容易に説得できた筈だ。

 ③ゼレンスキー大統領は交渉カードを持たないまま開戦後の3年を過ごした。

 この指摘は正論であるが故に反論が難しい。何故なら歴史上の如何なる戦争においても、戦争を回避できる手段が存在しなかったという証明は困難だからだ。確かに、トランプ大統領のようにディールとカードをもって臨めば、軍事侵攻を抑止できた可能性はあったに違いない。但し、それも超大国アメリカだからこその話であり、ウクライナ対ロシアでは力の差は歴然であり、戦略意図をもったプーチン大統領を説得することは困難だったに違いない。

 それでもトランプ大統領の指摘はある意味正しいのかもしれない。トランプ氏の発想に立って考えれば、「国際社会のことは、戦争を含めて、大半はディールで解決できるものだ。それができない指導者は無能だ。」ということになる。

 しかしディールに哲学とプリンシプルが伴わなければ、単に儲ければいいというビジネスマンの思考になってしまうだろう。果たしてトランプ大統領はビジネスマンなのかそれともステーツマンなのか?ここを見抜くことが重要だ。ウクライナ戦争の和平合意にそれが反映されるだろう。

トランプ大統領が成し遂げたいこと

 トランプ大統領が成し遂げようとしていることは何か。施政方針演説を含め今までの言動から整理すると、たとえば次のとおりである。

 ①世界各地で戦争を起こし、国内で分断を推進してきたリベラル全体主義及びディープ・ステート(LT/DS)勢力を追放及び無力化する。

 ②ウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナ戦争を早期に終結させ、アメリカは欧州から手を引き北米に回帰する。

 ③最大の脅威である中国を弱体化させる。

 ④従来のLT/DS勢力に代わり、国際秩序を担う体制を再構築する。この場合、LT志向が強いEUとは距離を置き、米露中による新ヤルタ体制を志向する可能性が高い。

 ⑤MAGAを強力に推進する。アメリカは巨額の財政赤字を抱えている。それを抜本的に改善する。そのために貿易収支を抜本的に改善しつつ、ドル覇権を維持する。BRICSの脱ドルの動きを阻止する。

 ⑥アメリカの基幹産業を再興し、アメリカの労働者の生活を改善する。

 我々は、トランプ政権が4年間、トランプ時間で爆走を続けるとしたら、世界はどのように変わるだろうかという問いについて真剣に考える必要がある。田中宇氏は、2月16日の「国際ニュース解説」で次のように述べている。(資料7)

 「米国は欧州と同盟して露中を敵視する米単独覇権の国から、露中と組んで欧州の間違いを懲戒する多極型世界で北米を代表する国に転向した。トランプは米中露を仲直りさせ、覇権主義のリベラル派を無力化し、戦争を終結させて、世界を安定的な多極型に転換する冷戦後の過程を完結させてゆくだろう。」

 トランプ大統領という人物は戦争の終結もディールと捉えている。利害得失をハッキリさせて、損得の構図をもとに解決しようとする。こう考えると相当に破天荒な発想の持ち主に見えるが、視点を変えてみれば、人類史における戦争は何れもが当事国間の歴史に刻まれた因果関係と利害の対立から生まれたものだ。それを終戦に導くとしたら相応に強引な発想と力の行使が必要になるだろう。

 エマニュエル・トッド氏が『欧州の敗北』と断定したように、欧米が科したロシア制裁は今までのところ顕著な結果をもたらしていない。バイデン政権とEUがリベラル全体主義に立って世界に同調行動を呼びかけたが、G7を除く主要国は同調せずBRICSにはせ参じたのだった。ロシアはBRICSの支援を得て、非ドル貿易によって経済と戦争を維持してきた。サウジアラビアはPDS(petrodollar system)の密約を破棄し、BRICSの新たなS(従来は南アフリカ)として露中側に接近した。このようにしてドル覇権体制が崩壊を始まり、世界の多極化動向がはっきりした。

プーチン大統領の思惑

 ニューズウィーク日本版はプーチン大統領が目指す目標について分析した記事を2月26日に掲載した。(資料8)

 「トランプ政権はプーチン大統領のウィッシュリストを1つずつ叶えるような姿勢を見せている。ピート・ヘグセス米国防長官はウクライナのNATO加盟の可能性を否定し、ロシアに占領された全ての領土を回復するという目標を放棄するようウクライナに促した。・・・ウィッシュリストの次の項目は、和平合意の締結前にウクライナに大統領選を実施させ、ゼレンスキー大統領を失脚させることだろう。」

 「(ロシア周辺国に対して)ロシアは一貫して同じ戦略を取ってきた。即ち選挙でロシア寄りの権威主義的な体制を誕生させ、そこに提供する資金を腐敗から作り出し、偽情報を拡散して支援するという戦略である。ウクライナが早期の選挙実施に追い込まれれば、ロシアはまたこの手段を使うだろう。ロシアが支持する候補者は完全な勝利を収める必要はない。ロシアとしてはウクライナを分裂させ、ロシア寄りの候補者にも勝機があることを示せればいい。これは短期的には、ウクライナ国民を戦争から解放し平和へと続く道に見えるかもしれない。だが長期的にはウクライナをロシアの影響下に引き戻す可能性もある。」

 これは驚くべきことだ。プーチン大統領は長期戦略で動き、トランプ大統領は短期成果を追求するとしたら、長期的にロシアが有利となるからだ。しかし同時に、ウクライナを分裂させロシア寄りの集団を育てるために、3年に及ぶ戦争をする必要があったのかという疑問が生じる。その間にロシアが失ったものは余りにも大きい。

 インフレが10%に達し、それを抑制するために金利を21%に設定するなど、ロシア経済が被った打撃は相当深刻である。例えば、戦争経済の長期化、シリア政権崩壊、NATOの結束と軍事力の大規模な増強、ロシア圏諸国におけるロシア離れの長期的動き等だ。恐らくプーチン大統領はウクライナに軍事侵攻すれば、ゼレンスキー大統領は短期間で失脚し、ロシアよりの勢力が台頭すると読んだのだろう。この誤算のツケをロシアはこれから払ってゆくことになる。

トランプ・シナリオの落とし穴

 産経新聞は2月21日に閉幕したG20会議について22日に報じている。(資料9)

 EUのカラス外交安全保障上級代表は、「米露間の接触の様子を見る限り、ロシアはウクライナの領土を可能な限り獲得するという目標を放棄していない。もし侵略者に全てを差し出せば、世界の全ての侵略者に同様のことをして構わないという合図を出すことになる。」と述べてトランプ政権を批判した。」

 カラス氏の指摘は正鵠を射ている。トランプ大統領がプーチン大統領の戦争責任を不問にして、対中国政策や他の目的のためにプーチン大統領と手を組むとしても、この問題を解決しなければならない。

 東京大学准教授の小泉悠氏は、2月26日の産経新聞正論で「人ごとではない頭ごなしの停戦」という記事を載せている。(資料10)

 「ロシアは2014年~15年に最初の軍事介入を行っており、これに対して二度のミンスク合意が結ばれた。だが、第1次ミンスク合意は数カ月しかもたず、第2次合意は(2022年の軍事侵攻によって)7年で破られた。現場レベルの小規模な停戦合意違反は20回以上に及ぶ。この経験を踏まえるなら、言葉の上でだけロシアに停戦を約束させるのでは不十分である。」

 「日本はたまたま米国にとって(対中国の)最重要正面に位置しているのであり、安全保障への米国のコミットメントを今後とも当然視する確固たる根拠はもはやあるまい。1979年の電撃的な米中和解を思い起こすなら、大国が我々の頭ごなしに地政学的構図を一気に書き換えてしまうということは十分にありうる。」

 戦争をさっさと終結させることを考えても、トランプ大統領には正義という発想はない。ロシアをG8に戻すという発想には、軍事行動を起こしたロシアを裁くという認識が欠落している。もしトランプ大統領のシナリオに従ってウクライナ戦争が終結に向かえば、「侵攻された方に隙があり、抑止する力がなかったのだから諦めろ」という裁きとなるだろう。そしてそれは「アメリカ覇権の時代が終わったということはそういうことなのだ」という、世界に対する警告となるだろう。

 G7にロシアを加えてG8とするというトランプ大統領の意向と、プーチン大統領を戦争犯罪で裁く法定を作ろうとしているEUの意思は両立できない。正義と秩序を重視するEUはG8案に賛同しないだろう。もしトランプ案に妥協すれば、国際法を踏みにじったプーチン大統領とロシアの責任を無罪放免とすることになるからだ。

 東京裁判を持ち出すまでもなく、歴史に残る事件は多かれ少なかれ正義とは無関係に裁かれてきた。トランプ大統領は国際秩序の正義には興味がない。かくして欧州とトランプ大統領の離反は決定的となるだろう。G8以前にG7が瓦解してゆく展開となりかねない。

 トランプ大統領とプーチン大統領に共通していることは、利害関係でのみ行動することと、行動すると決めたら誰が何を言おうが意に介しない胆力がある点だ。逆にトランプ大統領の言動を非難している欧州のリーダーは正義感という錦の御旗のもとで利害を追求しているが故に、トランプ大統領やプーチン大統領が演じているパワーゲームにおいてはなす術がない。

 前駐中国大使だった垂(たるみ)秀夫氏は、2月7日の産経新聞に寄稿して次のように述べている。(資料11)

 「米国には自ら国際政治経済を守ろうとする発想などない。要するに、国際法を軽々と破ってウクライナを侵略するロシアのプーチン大統領、既存の国際秩序の変更を企む中国の習近平主席とトランプ大統領による新たな三国志演義が始まったのだ。」

 この指摘もまた正鵠を射ている。トランプ政権は米国第一主義であって、民主主義陣営を牽引することに興味はない。言い換えれば、そうせざるを得ない程にアメリカは衰退し分断が深刻化しているということなのだ。トランプ大統領、プーチン大統領、習近平国家主席が卓を囲む新たな三国志演義が始まるということは、国際法が形骸化することに他ならない。それは「日米関係が基軸」という前提が消滅することを意味する。その場合、日本は行動の基準を何処に求めるのだろうか。

エピローグ

 トランプ革命はまだ始まったばかりである。トランプ大統領の意識の根底には、戦後80年が経過するに至り、アメリカの国力が衰退し、分断が深刻化し、基幹産業が崩壊し、基幹産業に従事する労働者層の貧困化が進み、貿易赤字が常態化し、財政赤字が返済不能のレベルに急増したアメリカの極めて深刻な現状がある。それ故のMAGAなのだ。

 「LTやDEI、LGBTQ+などと、そんな念仏を唱えている間に世界の情勢は悪化した。戦争を3年も続けるとは実に馬鹿げた話だ。アメリカにはもはやそんなことに付き合っている余裕はない。一足先に一抜けてMAGAに専念することとした。欧州のことはEUの責任において巧くやったらいい。」・・・トランプ大統領の本音が聞こえてきそうだ。

 この続きとして「アジアのことは日本が責任をもってやればいい。片務的な日米安全保障条約は見直さなければならない。」という発言が懸念される。

 何れにしても、ウクライナ戦争の終結ができてもできなくても、トランプ大統領の4年間に世界情勢は劇的に変わることは間違いない。戦後80年の現在、歴史上の大転換が進行しているのである。果たして日本にはこの覚悟と準備ができているのだろうか。

参照資料:

1.Transcript of President Donald Trump’s speech to a joint session of Congress, 2025.3.6

2.「トランプが目指す常識の革命」、田中良紹、Yahoo、2025.2.26

3.「トランプが言った常識の革命」、Newsweek、2025.1.29

4.「米諜報界=DS潰れてウクライナ戦争も終わる」、田中宇、国際ニュース解説、2025.2.10

5.「トランプ大統領は権力亡者なのか」、田村秀男、産経、2025.3.4

6.「露は全土掌握できる」、産経、2025.2.23

7.「米露和解と多極化の急進」、田中宇、国際ニュース解説、2025.2.16

8.「プーチンの最終目標が見えた」、Newsweek、2025.2.26

9.「欧州:露和平に意欲なし」、産経、2025.2.22

10.「人ごとではない頭ごなしの停戦」、正論、産経2025.2.26

11.「首相は日本一外交を」、垂秀夫、産経、2025.2.7

ポスト「戦後80年」の日本

-日本の近代史160年からの展望-

プロローグ

 『日本と西洋の邂逅500年』は文字通り、鉄砲伝来以降およそ500年に及ぶ日本と西洋の交流の歴史を俯瞰的に眺めたものだが、同時に日本文明と西洋文明の共通性と異質性について考察を加えた。

 一方、フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドが、近書『西洋の敗北、日本と世界に何が起きるのか』の中で日本と西洋の共通性と異質性について考察している。著書のまえおきで、次のように興味深いことを述べている。

 <日本と欧州は、「ユーラシアの中央の塊(ロシアと中国)」に対し「対称的な立場」にいるという共通点をもっている。日本が明治に西洋化を推進したのは、遠いイトコと再会を果たすような自然な流れだった。>

 <『西洋の敗北』発刊の意義は、日本人が西洋に対する自己位置を明確にできる点にあった。但し「西洋の敗北」という問題に取り組むには、「日本の本質とは何か」という問題を念頭に置かなければならない。日本は「敗北する西洋」の一部なのかどうかだ。>

 本資料では、明治維新以降160年の近代史で、西洋との関係において「日本が目指したものと教訓」の視点から再検証して、ポスト「戦後80年」の日本を展望してみたい。

文明の違いがもたらした西洋との衝突

 『日本と西洋の邂逅500年』では、「日本と西洋は殆ど同時期に近代国家となった。但し江戸時代の260年間は太平の時代だったが、欧州の近代史は戦争と革命に明け暮れていた。」と書いた。さらに「日本と西洋は似た者同士だが、生れと生い立ちに決定的な違いがある。生まれとは宗教であり、生い立ちとは地政学である。日本と西洋は西側先進国という括りでは価値観を共有する仲間だが、宗教と地政学では正反対の立場にある。」と分析を加えた。

 明治維新以降、日本と米欧が開戦に至るまでに辿った経緯を欧米の視点から眺めると、日本という存在はどのように映っていたのだろうか。結果から推察するに、それは時代の進展と共に以下の①→②→③のように変化していったように思われる。

①明治維新で近代化して日露戦争で大国ロシアを破った日本の登場は、欧米諸国にとって想定外の出来事であり、驚嘆に値する事件だった。

②それが支那事変に至る頃になると、中国大陸で欧米の利権追求の障害となる迷惑な存在となり、折あらば潰したい相手となった。

③そしてヒトラ―のドイツと同盟を組んだことによって、潰さねばならない敵に転化した。

 歴史にイフはないのだが、もし当時の日本が、「欧米から見た日本」の変化について分析していたならば、歴史が変わっていた可能性がある。言い換えれば、戦争を抑止し国際社会の熾烈なゲームに負けないためには、相手の事情や動向をタイムリーに掌握し分析するインテリジェンス能力を磨かなければならないということだ。これは日本の近代史の教訓である。

 ところで①→③の変化は何故起きたのだろうか。考えられることは、西洋の様式を取り込んで欧米列強と軍事力で肩を並べる頃になると、日本は思考の重心を西洋式から日本式に徐々に移すようになり、維新以前から継承された日本へ回帰するようになったというものだ。

 このことは即ち日本が西洋諸国とは異なる方向に歩み始めたことを意味しており、その結果西洋列強との対立を強めていったと推察される。

文明の衝突だった大東亜戦争

 そして遂に日本と米欧は衝突した。以下は大東亜戦争に関わる大きな事実を総括的に整理したものである。

①日本が列強の仲間入りを果たした当時は植民地化の時代であって、日本は次第に他の列強と利害が対立していった。そして遂に米英と衝突した。

②日本がアジア諸国の植民地解放を掲げて大東亜戦争を戦った結果、アジア諸国はやがて独立を勝ち取って世界の植民地時代が終わった。

③その一方で、日本は戦争に敗れて300万人を越える犠牲者と国土の荒廃を被った。この事実から評価すれば、たとえ人類史上の功績があったにせよ、日本が戦争に踏み切ったことは誤りだったことになる。何故なら、そのために払った代償が余りにも大き過ぎたからだ。

④真珠湾攻撃が日米開戦の直接の原因となったことは事実である。但しヤルタ会談という企みがあった以上、真珠湾攻撃がなくても日米戦争が起きた可能性は高い。それを避けるにはチャーチル、ルーズベルト、スターリンに匹敵するインテリジェンスと戦略が必要だった。

⑤日本は広島・長崎に核爆弾を投下され、多数の都市が無差別空襲を受け、理不尽な東京裁判を受けた。東京裁判ではアメリカが犯した史上最大の非人道行為(原爆投下、都市の無差別攻撃)は裁かれなかった。そして日本はGHQによる統治下で、「日本文明」を破壊しようとする執拗な攻撃を受けた。

 この戦争でアメリカが日本に対してとった行動、特に⑤は、鉄砲伝来以降日本が初めて目の当たりにした「西洋文明がもつ残虐性」の発露だった。それは戦争という極限状態において出現した姿であり、そこに至るまで日本はアメリカという国の本質を理解していなかったと思われる。

 一方アメリカの視点に立てば、戦争末期に、物量面で圧倒的に不利な戦闘においても降伏することなく玉砕戦法を選択し、更には特攻攻撃を敢行した日本軍に直面して、日本文明に対して理解を超えた畏怖を抱いたであろうことは想像に難くはない。アメリカもまた極限状態で発揮された日本という国の本質を理解していなかったのだ。 このように考えると、大東亜戦争とは西洋文明と日本文明が衝突した「文明と文明の衝突」だったと言えるだろう。

西洋文明と日本文明の決定的な違い

 2月7日は「北方領土の日」だった。北方四島は戦争で獲得した領土だと、ロシアは一貫して主張してきた。アメリカは、戦争は東京裁判をもって終結したと主張して、自らが行った核爆弾の投下や都市に対する無差別爆撃について、謝罪することはなかった。東京裁判はそのように戦争を終わらせるための政治的な儀式として挙行されたのである。

 日本と米露の立場を置き換えて考えれば、日本ならば絶対にそういう行動はとらなかったに違いない。日本文明には縄文由来の「巨大地震でさえもあるがままに受容してしまう」大らかさというか諦観というものがある。実際日本は戦後アメリカの戦争責任を糾弾してこなかった。

 日本人が持つ諦観は広島原爆記念碑の「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」という文言に如実に現れている。そこには「(日米共に)判断と行動を誤りました」として、水に流す姿勢が端的に表現されている。

 ここに両文明の決定的な違いが現れている。但し、この違いは文明が内包する最も深層の部分、言い換えれば宗教の領域に存在する者であり、お互いが相手を容易には理解できないのである。

エマニュエル・トッド『西洋の敗北』

 ここで冒頭に紹介したエマニュエル・トッド氏が「西洋の敗北」と断定している根拠について紹介しよう。

 <ウクライナ戦争で西洋の敗北が確定的になった。ロシアが主張する「多極的な世界」ビジョンは、米欧中心の「均質的な世界(リベラル、資本主義、LGBT等)」ビジョンと対立している。そして以下の理由から、西洋はもはや「その他の世界」にとって夢見させる存在ではなくなった。>

 ・ロシアに対する制裁は世界の大半から拒絶された

 ・西洋の非効率的で残忍な「新自由主義的(ネオリベラリズム)資本主義」

 ・西洋の進歩的というより非現実的な「社会的価値観」

 ・ロシアの「保守主義」、「国民国家の主権」という考え方に同調するBRICSの台頭>

 以上を要約すれば、米欧の主張はBRICSやGS(グローバル・サウス)から嫌われていて、むしろロシアが主張する「多極的な世界」を支持する国が増えている。この現象はアメリカの弱体化、ドル覇権の衰退と同時進行していて、それらを総合的に俯瞰すれば西洋の敗北が決定的になったという訳だ。

 <西洋の危機の核心は米英仏にある。フランスは対ロシア制裁の影響で経済・政治体制が最初に崩壊する可能性がある。イギリスでは保守党が転落し、アメリカ大統領選ではトランプとバイデンの常軌を逸した対立があった。これらは何れも自由民主主義国家の解体によって現れた現象である。但し西洋の敗北は宗教・教育・産業・道徳面における西洋自身の崩壊プロセスの帰結であってロシアの勝利を意味するものではない。>

 この分析の中で「西洋の敗北は西洋自身の崩壊プロセスであって、ロシアの勝利を意味しない」という点が重要だ。

 さらにトッド氏は「敗北した西洋に日本は含まれるのか」と述べて、「西洋の一員であると同時に、ユニークな文化を保持している日本にとって、戦後を再考する機会が訪れる」と予測する。

 <日本は自由主義の伝統は持たないが近代的な西洋に属しているが、「均質的な世界」というアメリカ発のビジョンは日本的観点からすると馬鹿げたものだ。日本には「それぞれの民族は特殊だ」という考え方があり、日本にとって「独自の歴史」という感覚は「本能的」なものでしかも「リアル」なものだ。>

 <西洋の敗北は日本が「独自の存在」としての自らについて再考する機会になるだろう。西洋の一部としてではなく、日本はネオリベラルの極西洋(米英仏)と「その他世界」の仲介役として自らを捉える機会にもなる筈だ。>

 西洋が指導力を失いつつある中で、トッド氏は西洋の中核的存在であるアメリカとの関係を今後どうすべきかについて、日本に対し注意を喚起している。

 <欧州は敗北しNATOは崩壊に向かっている。日本は今後アメリカとの関係にかなり慎重になるべきだ。ウクライナ戦争でアメリカは同盟国として信頼性がかなり低いことがはっきりした。日本は中国と地理的に近いために日米同盟が必要不可欠だ。ロシアは欧州の脅威ではないが中国は東アジアの脅威である。>

 既に述べてきたように、明治の時代に日本は日本文明の基盤の上に、西洋化した建築様式の構造を築いてきた。基盤に含まれるのは、主に日本の伝統と宗教に関わる部分である。トッド氏が示唆するのは「西洋の敗北」は米欧諸国にとっては基盤レベルからの衰退を意味するが、日本は日本文明を基盤として築かれているので、西洋と歩調を合わせて衰退するものではないという期待である。

日本の近代160年(前半)

 2月9日の産経新聞「日曜コラム」に、安倍元首相のスピーチライターを務めた元内閣官房参与でジャーナリストの谷口智彦氏が『よい子になりたい日本』と題した興味深い記事を寄せているので紹介したい。

 <誰にでも好かれたい人は自分をなくしてしまう。優柔不断になって真の友はできない。国もこれと同じではないか。西欧帝国主義が一番幅を利かせていた時期、日本はたった一人、白人世界に参入した。髷(まげ)をほどいて洋装にし、暦を変えて季節感覚まで犠牲にした。全ては一等国として認められんがため。近代への船出を、承認欲求に身もだえしながら始めざるを得なかった国が日本だ。>

 日本は「様式の西洋化」を一気呵成に推進して西欧列強に仲間入りを果たしたのだが、西洋と肩を並べる軍事力を持った結果、それが宿命であるかのように日清戦争、日露戦争へと「戦争街道」を突き進んだ。そして日露戦争で軍事大国だったロシアに勝利した。谷口智彦氏が指摘する「一等国として認められたい」という目標は、この時点で達成されたことになる。

 しかしながら日露戦争の勝利は、さらに大きな「戦争街道」へと向かう一里塚となった。欧米列強と肩を並べる存在となったが故に、二つの世界大戦に否応なしに引き込まれたのだ。幸いに第一次世界大戦は欧州を舞台に繰り広げられたため、日本が直接巻き込まれることはなかった。しかし第二次世界大戦では、日本を戦争に引き摺り込んで叩き潰すというチャーチル、スターリン、ルーズベルトの企みに屈し敗北を喫した。

 歴史上の重大事件を軽々に論じることは出来ないが、結果から判断すれば、軍事力は「一等国」の水準に達していたとしても、当時の日本は英露米三首脳の陰謀に対抗できる「一等国としての力」を持ち合わせていなかったことになる。一等国を目指さなかった故の限界だった。

 ここで教訓を二つ挙げることができる。一つはインテリジェンスと戦略が「一等国」が備えるべき重要かつ必須の資質・能力だったということだ。

 もう一つ重要な教訓は、歴史とは因果関係の連鎖が綴られた記録であり、一つの出来事の結果が次の原因となるということだ。日清戦争から大東亜戦争に至る半世紀に及ぶ「戦争街道」をひた走った歴史がそれを如実に物語っている。

日本の近代160年(後半)

 一方戦後になると、日本は軍事力ではなく経済力で再び西側先進国の仲間入りを果たした。もともと西洋と同等の基本能力を保有する日本は、終戦の廃墟から不死鳥のように蘇り、凡そ20年後には東京オリンピックを見事に成功させてみせた。

 では一等国としての力を蓄えたかと問えば、答えはノーという他ない。そう断言する理由は「戦後レジームからの脱却」という命題を未だに達成できていないことにある。アメリカに従属する体制とマインドを残したままでは、真の独立国にはなり得ない。真の独立国でなければ一等国とは言えないのである。

 戦後「戦争の総括」は棚上げされてきた。GHQから押し付けられた憲法を未だに改正できない理由がここにある。

 憲法改正が必要な理由は大別して二つ存在する。第一は戦後80年間メンテナンスをしなかったために、その間に社会や世界が大きく変化して、憲法の前提との間に不整合・不都合が生じたことだ。ズバリ言えば憲法の記述が時代遅れとなったのだ。

 もう一つは当時のGHQ統治の歪んだ意図が盛り込まれたことである。ズバリ言えば日本文明の伝統を否定して、アメリカの宗教観が現行憲法に書き込まれたということだ。

 後者に該当する事項を明らかにするためには、少なくとも以下について明らかにする必要がある。

 ①明治維新から終戦に至る、日本近代化の総括

 ②東京裁判やGHQ統治によって歪められた歴史

 ③「終戦」によって日本が喪失したもの、復活させるべきもの

 戦後の日本は西側先進国に名を連ね、国連が取り上げるテーマでは西側に同調し、安全保障や経済・金融ではアメリカに従ってきた。国内テーマでは憲法改正という本質問題を棚上げする一方で、LGBT法や夫婦別姓法案など、日本文明に照合して考えれば全く不必要であるばかりか有害なテーマに政治は埋没してきた。

 谷口智彦氏は今国会の議論の的となっている夫婦別姓に関しても、次のように辛辣なコメントを寄せている。

 <なぜ夫婦別姓を法律にしたいのか。・・・世界中で日本にしかないのが何が悪い。てやんでえ悪いもんか。いっそ人類史の遺産だと、涼しい顔で口笛の一つも吹けるようでなくてどうする。>

 全くその通りだと思う。一言加えると、明治の日本が列強の仲間入りを果たした時と、戦後の日本が西側先進国の仲間入りを果たした時に目標としたのは一体何だったのか?「一等国として認めてもらう」ことか、それとも「一等国になる」ことか。

 もし「一等国になる」ことが目標であったとしたら、谷口智彦氏が言うように「てやんでえ」と開き直ればいいのだ。真の一等国は他国から何を言われようが動じない。トランプ大統領をみるがいい。「自分はタリフマンだ」、「グリーンランドはアメリカ領であるべきだ」、「ガザを米国の領土とする」等々、「ディールのためのカード」という側面は多分にあるものの、自分の信念を貫くためには歴史上の決定事項など意に介さない。「開き直る」強さは一等国の要件の一つであろう。

ポスト「戦後80年」の日本

 日本の近代史160年を俯瞰して、ポスト「戦後80年」(現在)の日本を展望したい。

 図を見てもらいたい。今まで述べてきたように、明治維新後160年において日本が目指した目標は、谷口智彦氏が指摘したように「一等国として認められたい」ということにあった。戦後もアメリカ従属の政治を続けてきたことがその証拠であり、安倍元首相自身が「戦後レジームからの脱却」を何とかしようと奮闘されたことは記憶に新しい。

 2023年夏にエマニュエル・トッド氏が「西洋文明が敗北した」と看破した。2025年1月にはドナルド・トランプ氏がMAGAを掲げて大統領に再就任した。トランプ氏はトッド氏が指摘した「西洋の衰退」を、既に危機感をもって実感していて、アメリカの衰退を食い止めようと大統領に返り咲いたのだと考えられる。それ故にトランプ第二期政権の4年間、アメリカはMAGA実現のために、常識を超えた手段を次々に講じることが予測される。

 図に示したように、ポスト「戦後80年」を迎えて日本が何を目指すべきかは至極明白である。名実ともに「真の一等国」になることをおいて他にない。世界が多極化に向かうなら世界の一極を目指すべきである。国際社会の秩序形成と維持に主体的に貢献し、人類が抱える課題の解決に向けて主導的な役割を果たすべきである。そのような活動によって日本が再び成長し豊かさを取り戻すというシナリオを実現すべきである。

 戦後80年を経て顕在化した、アメリカ覇権の弱体化と西洋(欧州)の衰退という大きな動向に対し、幾ら剛腕のトランプ大統領でもその流れを変えることは困難だろう。しかしトランプ第二期政権の4年間は日本にとっても戦後体制を一新する千載一遇の好機となる。「一等国」の目標を掲げて、世界の変化を追い風に換えて挑戦すべき時が到来したのである。

 そのような崇高な役割は「西側先進国の一員」、「アメリカに従う同盟国」というような従来の役回りでは担うことは出来ない。トランプ氏がMAGAを標榜するなら、日本はたとえばMJPG(Make Japan Practically Great)とでも言うべき、大きな目標を掲げたらいい。但しそのためにはトランプ氏や習近平氏のご機嫌を伺うような政治家ではどうにもならない。

 「新たな高み」とは具体的に何を目指すのかを語らずに、しかも戦後の形を変えたアメリカの占領体制を放置したままで、「日米関係を新たな高みに引き上げる」という空虚な発言を繰り返す政治家には、ポスト「戦後80年」時代への転換は成し遂げられない。「一等国日本」として何を目指すのか、そのビジョンを歴史観をもって語ることができない政治家はトランプ時代には通用しない。

 日本を名実ともに一等国とするための切り札は日本文明にある。考えてみたらいい。オーバーツーリズムが叫ばれる程、世界各地から日本にやってくる外国人が多いのは何故かを。単に円安だから、本場の日本食が食べたいから、アニメの本場に興味があったからという人もいるだろうが、総じて言えば日本文明が彼らを引き寄せているのだ。「一等国日本」に必要なことは、日本文明が持つ卓越性を強いカードに換えることだ。

 四季があり、海に囲まれ、山や川があり、里山がある自然に恵まれた日本、その土壌に育まれて根を深く降ろした神道に象徴される宗教観と伝統、多彩な分野で研ぎ澄まされた文化、それに西洋人とは異なる価値観を持っている日本人こそが日本文明を形成する要素なのだ。

参考資料:

1)『西洋の敗北、日本と世界に何が起きるのか』、エマニュエル・トッド、文芸春秋

2)『よい子になりたい日本』、谷口智彦、産経新聞日曜コラム、2025.2.9

日本と西洋の邂逅500年

プロローグ

 日本と西洋との出会いは、今から凡そ500年前の1543年に鉄砲が伝来した時に遡る。「大航海時代」が始まったのは15世紀末だった。1488年にディアスがアフリカ南端の喜望峰に到達し、1492年にコロンブスがバハマ諸島に到達した。1497年にガマはアフリカ南端を廻るインド航路を発見した。マゼランが世界一周を達成したのは1522年のことだった。

 大航海時代の幕開けは植民地獲得競争の幕開けでもあった。

 500年の間にさまざまな出来事があったが、日本と西洋の関係の変化に注目すると5つの期間に分類できる。(図1参照、第Ⅰ幕~第Ⅴ幕)

 第Ⅰ幕は鉄砲とキリスト教の伝来に始まり、限定的ながら通商を開始した16~17世紀である。二つの伝来に対して日本は対極的な対応をとったことが興味深い。最新の武器である鉄砲については、買い求めた2挺を分解して短期間で量産することをやってのけた。一方キリスト教に対しては終始禁止し布教を弾圧した。

 第Ⅱ幕は幕末から明治維新に至る18世紀末~19世紀で、列強が入れ代わり立ち代わり来航して通商を求めた時代である。1858年に大老井伊直弼が、後に不平等条約と言われた「安政五ヵ国条約」を天皇の勅許を得ずに締結した事件を契機に倒幕運動が激化した。

 第Ⅲ幕は明治維新から日露戦争に至る明治時代であり、王政復古による政権交代を成し遂げ、殖産興業と富国強兵政策によって一気呵成に近代国家へ変身を遂げた時代である。ここで軍事力を西洋並みに強化した結果、日本は日清・日露戦争を戦うことを余儀なくされた。

 第Ⅳ幕は欧米と肩を並べる軍事力を持つに至った結果、植民化のラストリゾートとなった中国大陸でイギリス、アメリカ、ロシアと対立し大東亜戦争へと突入していった昭和の時代である。

 そして第Ⅴ幕は1945年に終戦を迎えた後、GHQによる占領体制、言い換えると「戦後レジーム」を保持したまま現代に至る「戦後80年」である。

第Ⅰ幕:驚嘆の出会い

 15世紀末から始まった大航海時代は、欧州列強が大陸間航路を開拓しながら植民地獲得競争を繰り広げた時代である。ポルトガルとスペインが第1陣として、イギリス、フランス、オランダが第2陣として世界各地に進出した。(参照:『思考停止の80年との決別(2)』)

 日本にやってきた「西洋」の第1派は、1543年に種子島西村の小浦(現・前之浜)に漂着したポルトガルのモータら約100名だった。島主・種子島時堯は火縄銃2挺を買い求め、家臣に火薬の調合を学ばせたという。当時未だ戦国時代にあった日本は、瞬く間に鉄砲をコピーして、32年後の長篠の戦いでは鉄砲を大量に使用した織田・徳川連合軍が武田軍に勝利している。

 西洋の第2派は、1549年にジャンク船で中国・明から薩摩半島の坊津にやってきたスペインの宣教師だったザビエルと数人の仲間だった。イエズス会は1534年に創立されたばかりで、ザビエルはその創設者の一人だった。キリスト教に対しては、1587年に豊臣秀吉が筑前においてバテレン追放令を出しており、徳川幕府もそれを踏襲して1612年に布教の禁止令を出している。

 西洋の第3派は、1550年に通商を求めて平戸にやってきたポルトガル船だった。続いて1600年にはオランダ船リーフデ号(300トン)が豊後の国(大分県)臼杵湾の黒島に漂着した。アムステルダムを出航した時には5隻に総勢500人が分乗していたが、日本に到着したときにはリーフデ号1隻のみで生存者は僅か24名だったという。

 リーフデ号にはイギリス人ウィリアム・アダムズ(三浦按針)、オランダ人ヤン・ヨーステンらが乗っており、徳川家康に謁見して世界情勢を伝えている。そして1634年に徳川幕府は長崎の出島に商館を作ってポルトガルとの貿易・交流を容認した。その後ポルトガルは1639年に追放され、1641年以降幕末に至るまでオランダとの貿易が継続された。

第Ⅱ幕:警戒と通商

 18世紀末から明治維新に至るまでの第Ⅱ幕には列強が相次いで交易を求め、あわよくば植民地化を目論んで活発に来航した。当時実際に起きた植民地化の例を挙げると、1521年にスペインがメキシコを征服し、1537年にポルトガルがマカオを植民地化し、1623年にはオランダが台湾の澎湖島を占領している。19世紀にはイギリスがインドと中国を舞台にいわゆる「三角貿易」を行っていて、インドから清へアヘンを、清からイギリスへ茶を、イギリスからインドへ絹織物をそれぞれ輸出して、対価として銀を儲けていた。これが清の怒りを買い1840年にアヘン戦争が勃発した。イギリスは武力でこれを制圧して1842年に香港の割譲を受けている。

 第Ⅰ幕で来航した列強はポルトガルとオランダだったが、第Ⅱ幕の主役はイギリス、フランス、アメリカ、ロシアの四ヵ国だった。列強は何れも日本を植民地することは出来ず、最終的に通商目的で来訪を繰り返した。他のアジア諸国と異なり、日本は武士が統治する封建国家だったことと、識字率や庶民の生活などの点で当時の日本が西洋の予想を超える成熟社会だったことが背景にある。

 最終的に日本は1858年に、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ロシアの五ヵ国と「安政の五ヵ国条約」を締結した。この条約は、①函館・神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港、②江戸と大阪にあった市場の西洋への開放、③自由貿易の承認に加えて、④領事裁判権、⑤協定関税の規定が盛り込まれており、特に④と⑤は後に不平等条約と評された。これは西洋側からすれば植民地化の代わりに得た特権であり、日本側からすれば「西洋知らず」外交の失敗だったと言えよう。

第Ⅲ幕:王政復古、富国強兵の明治

 幕末期に西洋からの遅れを強烈に自覚した日本は、1868年に始まる明治維新で「王政復古」の政権交代を成し遂げ、国家と社会の制度を西洋化に刷新した。さらに1871年11月~1873年9月には、岩倉具視を特命全権大使とする総勢107名の使節団が、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、ロシアを含む12ヵ国を訪問している。

 各国の元首を表敬訪問し、各国の街並みと当時開催中だったウィーン万博を見聞して、約2年に及ぶ視察を終えて帰国している。図1に示すように19世紀前半には西欧各国で産業革命が相次いで始まっていて、工業化が急速に進んでいた時期であることを勘案すると、使節団の人々が西洋文明に圧倒されて帰国したであろうことは容易に想像できる。

 東北大学名誉教授の田中英道氏は資料1の中で次のように評している。

 <岩倉使節団は西欧を崇拝の的とした。福沢諭吉や夏目漱石は、ロンドンの街並みを見て石の文明を実感し、万博を見て鉄鋼その他の新素材を知り、そこにある断絶に日本は遅れていると見た。日本が西洋とは異なる根本的な考え方及び精神に自信を持つことをしなかった。>

 その後の歴史を知る立場から振り返れば、西洋から学ぶべき優れたもの(国の制度・科学技術等)と、日本が古来より継承してきた西洋に勝るもの(文化・伝統等)とを等距離において眺め、両者をどのように融合させることが近代国家日本の命題なのかを客観的に、願わくば戦略として考えることが肝要だったと思う。

第Ⅳ幕:激突した昭和

 昭和の時代、戦争に至る前半はラストリゾートとなった中国大陸を巡って、日本がイギリス、アメリカ、ロシアと利権を争った時代だった。富国強兵を推進して日露戦争を戦って勝利した日本は、否応なしに中国大陸での騒乱に巻きまれていったのだった。

 日本が満州事変を戦ったのは南下しようとするロシアを食い止めることだった。そこまでは妥当だったのだが、支那事変以降、中国の内乱に巻き込まれていったことは歴史的な失敗だったと言えよう。本来日本がとるべき選択肢は、中国の内乱と距離を置いて高みの見物をすることだったのだ。

 中国の内乱について、『思考停止の80年との決別(3)』では次のように述べた。

 <注目すべきことが二つある。第一に戦争の構図としてみると、中国大陸という舞台上で蒋介石と汪兆銘と毛沢東が戦い、舞台の外側には日本と英米、ソ連が陣取るという三つ巴戦の二重構造が存在していた。そして第二に、中国大陸に大規模な軍隊を送り込んで戦争を行っていたのは日本だけで、英米ソも中国大陸に深入りしていなかった。>

 日本が支那事変から大東亜戦争へと突き進んでいった背景には、老獪なヤルタ体制(チャーチル、ルーズベルト、スターリン)の存在があった。昨年11月に逝去した西尾幹二氏は資料3で次のように洞察している。

 <アメリカは第一次世界大戦においてドイツという国家を倒し、第二次世界大戦ではナチスの世界観と戦い、第三次世界大戦(米ソ冷戦)ではソ連の共産主義という思想体系と戦い、そして第四次世界大戦(現在)ではイスラムという宗教秩序と戦っている。・・・「思想戦」という意味において、アメリカには日本と戦う大義名分も、開戦理由もなかった。結局アメリカにとって日本が列強の仲間入りをしたこと自体が想定外であり、折あらば排除したい存在となっていたと推察される。結論を先に書けば、ルーズベルトという狂人と、それを操ったスターリンと、ルーズベルトを大統領に担ぎ上げた組織の存在がなければ太平洋戦争は起きなかった可能性が高い。>

第Ⅴ幕:「戦後80年」直面する課題

 私はウクライナ戦争が起きるまで、「戦後レジームからの脱却」という言葉は戦後の日本にのみ当て嵌まるものだと考えていた。しかし安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻した2022年2月24日をもって、戦後の国際秩序の崩壊が現実となった。

 またアメリカの2024年大統領選挙はトランプ氏が圧勝したが、アメリカの国内秩序も深刻な崩壊過程にある。さらにマイノリティの権利を過大に要求するポリティカル・コレクトネス(PC)活動が教育現場は固よりアメリカ軍にまで浸透した結果、PCはシロアリのようにアメリカの国内秩序を内部から破壊した。

 第47代大統領に就任したトランプ氏は公約どおりに、就任初日にバイデン政権が推進した「多様性・公平性・包括性(DEI)」に関する政策を撤回する大統領令に署名した。これによって分断を深刻化させてきた左派過激派によるPC/DEI運動を封じ込める対策が講じられたことになるが、今後相当なリアクションが起きて分断が更に深刻化する可能性も否定できない。

 第二次世界大戦で破壊された秩序を回復させるべく、戦後さまざまな国連機関が設立された。しかし昨年末に先進国から3,000億ドルもの途上国支援を引き出すことで合意したCOP29(国連気候変動枠組条約第29回)が、途上国によるタカリの場と化したことは明らかだ。しかもCO2排出では世界第1位の中国と第3位のインドは途上国扱いであるという。このように堕落したCOP29などという枠組みは本来の目的から明らかに逸脱していると言わざるを得ない。

 トランプ新大統領は、大統領に就任すると直ちに世界保健機関(WHO)から脱退し、パリ協定から再離脱する大統領令に署名した。これを皮切りに、本来の役割から逸脱した「戦後スキーム」が今後再構築の方向に向かうことを期待したい。

 ウクライナ戦争を契機として国際情勢は大きく変化した。欧米は銀行間の決済を行うネットワーク(SWIFT)からロシアの銀行を締め出した。サウジアラビアは原油取引の決済をドルで行うことを定めた密約を破棄した。さらにウクライナ支援とロシア制裁によってエネルギーをロシアに依存してきた欧州の衰退が顕著になった。このようにウクライナ戦争はアメリカと欧州を弱体化させ、逆にBRICSが拡大してドル離れが進んでいる。世界は多極化に向かって加速を始めた。

 こうして戦後80年を経て、戦後体制の再構築はもはや日本固有の命題ではなく、世界の命題となったのだった。歴史を振り返れば、大航海時代以降国際社会は終始西洋流で運営されてきたのだが、最近の問題を解決できなくなってきている。その原因は幾つかあるが、中露イランに代表される専制主義国家と比較して、相対的に西側先進国の力が弱体化したことに加え、排他的で価値観を押し付ける西洋流の限界が目立ってきたことが背景にある。

 その状況下で、トランプ第2期政権が発足した。MAGAとナショナリズムを掲げるトランプ新大統領の行動は、有無を言わさずに世界の戦後体制の再構築を促進してゆくことになるだろう。これは日本が抱える「戦後レジーム」を一新する好機到来となることは間違いない。

日本と西洋、共通点と異質性(考察)

 図1には、日本で起きた「日本と西洋の邂逅」と、同時期に欧米で起きた主要な事件を並べてプロットしてみた。欧米で起きた事件は、①近代国家の誕生、②戦争、③経済と産業の発展の三つに分類して整理した。この図をもとに、日本と西洋の関係がどのように変遷してきたかについて考察を加えたい。

 はじめに、主要国が近代国家となった時期の比較については、既に『思考停止の80年との決別(2)』で書いているので、引用するに留めたい。

 <時系列に並べると、イギリス統合が1801年、アメリカ南北戦争終結が1865年、明治維新が1868年、ドイツ帝国の誕生が1871年、フランス共和国の誕生は1874年だった。そしてソヴィエト社会主義共和国連邦は1922年に誕生した。イギリスが一足早く、ロシアは一足遅かったが、アメリカ・日本・ドイツ・フランスは19世紀後半に近代国家となった。日本は江戸時代が長く、しかも鎖国をしていたので、欧米列強よりも遅れて近代国家の仲間入りをした感があるが、イギリスとロシアを除く他の諸国と殆ど同時期に近代国家となったのだった。>

 図1で注目すべき事実は、欧米諸国が戦争に明け暮れた歴史を持っていることだ。特に欧州は領土紛争、独立戦争、宗教(キリスト教、イスラム教)戦争、海上の覇権争い等、実に多様な戦争を繰り返して現在に至っている。

 欧州の近代史で注目すべきもう一つの事実は、二つのタイプの革命の勃発である。一つは王政に対する市民革命で1817年に起きたフランス革命が代表例であり、1848年にはフランスの2月革命を皮切りに、ウィーン、ベルリン、その他欧州各地で起きた。もう一つはブルジョアジーに対する労働者による革命で1917年に起きたロシア革命が代表例である。ブルジョアジーとは、貴族でも農民でもない有産市民階級で資本家を指す場合が多い。

 日本と西洋の決定的な違いに注目すると、16~18世紀が日本では「太平の時代」であったのに対して、西洋では戦争と革命に明け暮れた時代だったことだ。両者は「似た者同士」だが、言わば「生まれと生い立ち」において決定的な違いがあったという訳だ。

 ここで「生まれ」の違いは時間軸における「宗教の違い」である。日本が縄文時代由来の神道を基盤とする、「自然と共生する」宗教観のもとに文明を築いてきたのに対して、西洋は一神教のキリスト教を土台として文明を築いてきた。つまり東日本大震災級の地震や津波を含めて、自然をあるがままに受容して生きてきた日本民族と、基本的に排他的で強者が弱者から収奪することを躊躇しない西洋民族には根本的な違いが存在するのである。

 宗教は文明の根幹を成すものであり、宗教の違いはお互いに相手を真に理解することが容易ではないことを物語っている。

 次に「生い立ち」は空間軸で捉えた「地政学の違い」である。領土に国境が存在しない日本と、大陸国家西洋は、地理的条件において対極の違いがある。

 このように日本と西洋とは「西側先進国」という括りで捉えれば、価値観を共有する仲間ということになるが、宗教と地政学では正反対という程の違いがある。「ポスト戦後80年」を考える上で、この共通点と異質性はきちんと認識しておく必要がある。何故なら概念的・包括的には価値観を共有できても、本質的な部分では相手を理解できないからだ。

 西洋が世界を植民地化できた理由は、経済と産業の分野で世界に先行したからである。具体的にはお金を流通させて儲ける仕組みを世界に先駆けて作ったことと、蒸気機関という動力を世界に先駆けて実用化したことが象徴的な事件だった。

 経済と産業、さらには科学と技術の分野では、西洋と日本は同等の特性と能力を保有していると考えるが、西洋が先んじた理由は欧州には隣国とのし烈な競争があったのに対して、国境を持たない日本は文化的に成熟した「太平の時代」を享受していたことにある。

 幕末に西洋の海軍力を目の当たりにした日本は、岩倉使節団の2年間で欧米を見聞し、それから極めて短期間で西洋と肩を並べる水準にまで富国強兵を実現してみせた。それが明治という時代だった。

 田中英道教授は「日本と西洋との邂逅」について、資料1で次のように分析している。

 <大航海時代以降、植民地を拡大していく時代の西洋はほぼ常勝軍だった。ところが日本には勝てなかった。西洋には日本に対する畏怖があった。13世紀の元寇においてモンゴルでも攻めきれなかった日本という意識があった。>

 田中教授の分析を踏まえれば、日清戦争と日露戦争に勝利した日本に対する畏怖の認識は西洋諸国で一段と強くなったことが予想される。

激突の真相(考察)

 田中教授は<あの戦争は仕組まれた戦争だった>とズバリ指摘している。その根拠の一つとして挙げているのはOSS計画の存在であり、他一つは天皇制が存続したことである。資料2から引用する。

 <1942年の段階でOSS(Office of Strategic Services)計画というものがあった。戦後世界を如何に社会主義化するかという計画と戦略だった。OSS計画はルーズベルト大統領及び国務省のもとで立てられた戦後統治計画だった。>

 <ルーズベルトはソ連を支持する社会主義者だった。ルーズベルトもスターリンもユダヤ系であり、左翼ユダヤ人の手で社会主義世界を創ろうというのが20世紀の大きな流れだった。>

 <日米戦争は仕組まれた戦争だった。天皇制が継続したことがその証拠である。戦争を宣言した昭和天皇が終戦の詔を読まれたという事実は、国体が守られたということであり、日本は負けていないことになる。天皇制が残された理由は、日本で二段階革命を起こすことがOSS計画に書かれていたからである。京都や奈良、伊勢神宮他の神宮を破壊しなかったのは、天皇を利用して二段階革命を起こさせることを目論んでいたからである。>

 <共産主義を日本に持ち込んだのは米欧だった。革命の邪魔になる軍隊を持たずにおく憲法9条もまた、「二段階革命(前述)」の実現で直ぐに改定されることを目論んでいた。しかし実際には(戦後の日本で)革命運動は起きなかった。>

 二段階革命とは、マルクス・レーニン主義に基づく第1段階と、君主制を廃止するブルジョア民主主義による第2段階を言う。1950年代にイタリア共産党が打ち出したもので、フランス革命が先に起きてロシア革命が続くという仮説だった。

 さらに資料2は<大東亜戦争が仕組まれた戦争だっただけでなく、真珠湾攻撃は日米合意のもとに実行された作戦だった>と述べている。

 <真珠湾攻撃は、ルーズベルトが山本五十六か誰かをワシントンに呼んで実行させた。OSS計画には天皇には手を出さないということが明文化されていた。日本は真珠湾攻撃だけでなく、フィリピン攻撃、英領香港攻撃、マレー沖海戦等初期の戦争には全て勝利した。不思議なことだ。>

 一つ加えると、当時真珠湾には2隻の米軍空母が配備されていたのだが、真珠湾攻撃が決行されたときには2隻とも外洋に出ていて攻撃を免れている。攻撃を事前に把握していたアメリカ上層部が、意図的に空母2隻を外洋に避難させた可能性が高い。

 OSS計画に関する田中教授の分析が真実とすれば、戦争には敗れたものの国体が存続されたので日本人は「終戦」と受け止め、300万人に上る犠牲者を出しながらも、関東大震災のように粛々と「終戦」を受け入れたことになる。

 しかしアメリカの視点に立てば、幾ら待っても戦後の日本に革命は起きなかった。この食い違いが何故起きたのかと言えば、アメリカが「キリスト教の思考」をしたのに対して、日本は「神道の思考」をして、戦争の結果をあるがままに受け入れて歴史に封印したからだった。

 高知大学名誉教授の福地惇氏は資料4で次のように述べている。

 <皇室を含めて日本文明を殲滅しようという壮大な戦略戦術の下にあの戦争はあったと考えられる。確かにあの戦争は宗教戦争の色彩が濃厚だが、それを「文明の衝突」と呼びたい。ユダヤ・キリスト教の「自然を征服」しようとする一神教を土台にした欧米の文明と、八百万の神々と山川草木悉皆仏性の「人間と自然が宥和」する日本文明との衝突だ。>

明治維新からの160年(総括)

 日本と西洋は、国を作り社会を築き文化を育てて科学技術を発達させるという点で、同等の資質と能力を備えている。一言で言えば、それが先進国となった理由である。

 先進国の要件は幾つもあるだろうが、一つは経済・産業・技術開発の分野でイノベーションを怠らない民族性であることが要件となることは言うまでもない。同時に、文学・芸術・武道などの分野で世界が卓越性を認める民族性であることも、双璧で重要な要件となるだろう。日本はこれらの両分野において、西洋とは異質だが遜色ない質の高いものを生み出してきたことは世界が認める事実である。

 既に述べたように日本と西洋は「生まれと生い立ち」において決定的な違いを持っている。敢えて言えば、日本は世界で唯一1万6千年に及ぶ歴史と伝統を持っている国である。

 図2に「日本と西洋の邂逅500年」を、両者の関係の変化に注目して描いてみた。既に述べたように、凡そ500年前の日本と西洋の出会いは、一言で言えば「お互いが相手の能力の高さに驚く」という出会いだった。

 18世紀末~19世紀後半にかけて両者の交流は活発になり、双方が相手を警戒しながら交易を重ねる時代が続いた。そして明治維新は、西洋文明を目の当たりにして危機感を抱いた日本が国の様式を西洋化し、武家による封建社会を天皇中心の立憲君主制に改めた改革だった。さらに富国強兵を成し遂げて産業を起こすと同時に、海軍力を西洋の水準まで引き上げることに成功した。こうして日本は列強の仲間入りを果たしたのである。

 その頃世界は植民地獲得競争の最終段階に入っていた。ラストリゾートとなった中国大陸で、日本と西洋はとうとう激突した。但しこの激突はお互いがお互いを正しく理解できないままに起きたものだった。

 日本は17世紀以降戦争と革命に明け暮れてきた西洋の歴史と、その過程で育まれた西洋人の思考様式に対する研究を怠った。特に日露戦争において日本も関与したロシア革命が世界に及ぼしつつあった変化に対し警戒を怠ったのだった。

 一方の西洋は神道を基盤とする日本文明と日本人の思考様式を理解しなかった。キリスト教の彼等には理解できなかったという認識が正しいのかもしれない。

 日本は無謀にも大東亜戦争に突入し、300万人以上の犠牲者と国土の荒廃をもたらした。そして終戦後、アジア諸国を植民地から解放するという日本が果たした人類史に残る功績と、敗戦をもたらした失敗の総括をしないまま、「終戦」という言葉の中に封印してしまった。

 極めて乱暴であることは承知の上で、「日本と西洋の邂逅」500年の近代史を俯瞰すれば、このように整理できるだろう。

歴史の教訓

 歴史を概観すれば、日本は仏教伝来以来、渡来人がもたらした制度や文化・宗教を寛大に取り込んできたのだが、いつの時代にも丸ごと受け入れることはしなかった。長い時間をかけて日本文明(文化・伝統・宗教等)と融合させ、それを補強するものは取り入れ、それを乱すものは容赦なく排除した。仏教や漢字、律令制、儒教など、その例は枚挙に暇がない。

 幕末に到来した西洋文明に対しては、立憲君主制、民主主義、資本主義、三権分立等の制度を意欲的に取り込んで日本版のシステムを矢継ぎ早に具現化していった。こうして20世紀初めには急速に西洋化を推進して日本は西洋に匹敵する海軍力を持つに至った。

 但し日本が見逃した重要な世界の動向があった。それは、ユーラシア大陸の西域で起きた二つの革命が20世紀の世界に大きな影響を及ぼした事実だ。その一つはフランス革命(市民革命)であり、他一つはロシア革命(共産主義革命)である。これは日本では起きなかったものの、西洋各国で起きた重大事件だった。

 そして欧州で起きた二つの革命は、あたかもバタフライ効果のように、太平洋戦争の終結に大きな影響をもたらした。当時社会主義に傾倒していたルーズベルト大統領と、ロシア革命の立役者の一人でルーズベルトを巧みに操ったスターリンと、ルーズベルトを戦争に引き込んだチャーチルがヤルタ会談で終戦のシナリオと戦後の枠組みについて協議したのだった。

 もしルーズベルトが戦後世界の社会主義化に傾倒せず、偏見を抱かずに日本をあるがままに理解していたなら、太平洋戦争は回避された可能性が高い。またもし日本がロシア革命以降の社会主義化の動向と、ヤルタ会談の陰謀にインテリジェンスを働かせていたなら、アメリカの挑発に乗って真珠湾を攻撃するという過ちを回避できたと思われる。

 日本の教訓として言えば、明治維新で国家の様式を西洋式に改めたことは正しかったのだが、西洋と並ぶ軍事力を持つ列強の一員となった時に、一つの検証が必要だったのだ。それは西洋の様式と日本文明をどう融合させれば日本の未来となるのかについて、客観的かつ戦略的に考えを巡らすことだった。

 田中英道氏は、日本が持つユニーク性について次のように形容している。(参照:資料1)

 <西洋人は、日本には地獄も天国も神すらないことに驚く。日本の素晴らしいところは、自然が豊かであり自然に裏切られないことだ。自然災害には翻弄されるが、回復可能であり人生の中で計算済みとして諦めるという心境を日本人は大切にしている。>

 <日本の共同体原理は「和をもって貴しとなす」にあり、間違いなく世界の原理となるべきものだということを世界に明確に伝える必要がある。>

 <日本は島国であるという幸運によって、最初から自立国家であり、人々は同じ言葉を使い、同じ習慣で生きてきた。国家概念が言葉として用意されていなくとも。列島が一つの共同体、すなわち国であるという意識が根付いている。日本には天皇がおられ、伝統と国家のアイデンティティを日本人は持ち続けた。>

エピローグ(ポスト戦後80年)

 日本文明と「西洋」との融合は未完のまま現在に至っている。そう断言する理由は、明治維新から敗戦に至る約80年の間に日本が取り入れた「西洋」を、日本文明と融合させる作業が「終戦」という言葉で封印されてしまったからである。言い換えれば、敗戦を終戦と言い換えたことによって、日本の近代史について総括をしないまま思考停止状態に陥ったのだった。

 今年は戦後80年である。戦後世界の秩序を牽引してきた西側先進国が弱体化し、専制主義国が強くなりBRICSやGSが台頭した結果、世界は多極化に向かい国際秩序は不安定化した。これは西洋の価値観や思考様式が世界に受け入れられなくなってきた証でもある。

 戦後80年の現在、ウクライナ戦争が破壊してしまった国際秩序を大急ぎで再構築し、次の戦争を防止することが最優先の課題であるだろう。西洋とは異なる文明、特に宗教観を持つ日本が、欧米と協調しつつ独自色を出して行動し役割を果たすときが来た。そう思うのである。

 もう一度図2を見てもらいたい。歴史において日本が毅然と行動した二つの事例を挙げよう。一つは第一次世界大戦が終結した時のパリ講和会議での行動であり、他一つは当時列強の植民地となっていたアジア諸国を解放した大東亜戦争である。

 1919年に第一次世界大戦後で破壊された国際秩序の再構築を討議するパリ講和会議が開催された。この国際連盟委員会において元外相だった牧野伸顕氏は、「人種・宗教の怨恨が戦争の原因となっており、恒久平和の実現のためには人種差別撤廃が必要である」と述べて、「国際連盟規約」中に人種差別の撤廃を明記する提案を行った。

 出席者16名の内、賛成11、反対5で過半数を得たのだが、議長を勤めたアメリカ大統領ウィルソンが「このような重要な法案は全会一致であるべきだ」と宣言して否決されてしまった。

 二つ目の事例は大東亜戦争である。20世紀初頭まで欧米列強は植民地獲得競争に明け暮れていた。これに対して明治維新を成し遂げて列強の仲間入りを果たした日本は、アジア諸国を植民地から解放するという崇高な目標を掲げて大東亜戦争を戦った。自らは未曽有の損失を被ったものの、これを機にアジア諸国は独立を果たしたのだった。日本人はこの事実と功績に堂々と誇りを持つべきである。

 これらは何れも西洋の理不尽な行動に対して断固たる異議を唱えた勇気ある行動だった。言い換えれば「強者は弱者から略奪してもいい」という、当時のキリスト教国の思考様式に対して、「人類は自然という宿命のもとで共存共栄を志向する存在である」という神道の日本が提起した反論だったのだ。

 利害が対立する課題に対して国際社会の意見を取りまとめることは容易なことではない。端的な例を挙げれば、地球温暖化問題や核軍縮問題は少しも進展していない。従来の枠組みとアプローチでは打開することは容易ではないだろう。

 図2が物語るように、明治維新後の約160年には日本と西洋が列強として相互に警戒し衝突したときと、先進国として協調行動をとったときが交錯している。トランプ第二期政権がスタートした今、日本は現在人類が抱える「ポスト戦後80年」の課題を解決するために、ユニークな日本文明が蓄えてきた教訓と知恵を活用して新たな役割を担う時が来た。心からそう思うのである。

参考資料:

資料1:「虚構の戦後レジーム、保守を貫く覚悟と理論」、田中英道、啓文社書房、2022.12

資料2:「日米戦争最大の密約」、田中英道、育鵬社、2021.6

資料3:「憂国のリアリズム」、西尾幹二、ビジネス社、2013.7

資料4:「自ら歴史を貶める日本人」、西尾幹二と現代史研究会、徳間書店、2021.9

検証:戦後80年の予算案

プロローグ

 昨年末に、令和7年度予算案が閣議決定された。R7年は戦後80年、昭和100年の大きな節目の年である。特にトランプ氏が1月20日に再び大統領に就任すると、膠着状態にある国際情勢が一斉に動き出す展開になることが予想される。

 『トランプ氏は誰と何と戦っているのか?』で書いたように、トランプ次期大統領は4年の間に次の三つの戦いを挑もうとしている。

 第一(国内)の戦い:民主党・左派・DS集団に対して「行き過ぎたイデオロギーを是正して、本来のアメリカを取り戻す」戦い (※DS: Deep State)

 第二(国際社会)の戦い:グローバリズム、中露イラン等の専制主義、地球温暖化というプロパガンダ、それとマイノリティが権利を声高に要求する場と化したさまざまな国連機関等に対して、アメリカのナショナリズムと国益を取り戻す戦い

 第三(NATO及び同盟国)の戦い:アメリカ1強の時代に、世界の「3K」の任務をアメリカに委ねてきたNATOや日本等の同盟国に対して、「平和と繁栄を望むのであれば応分の負担をし役割を担え、それが嫌ならNATOから脱退し米軍基地を引き払う」という戦い (※3K:きつい、汚い、危険)

 政治家は幾ら美しい言葉で未来を語っても、それを本気で実現しようとすれば予算に盛り込まなければならない。果たしてR7予算には、戦後80年以降日本はどういう国を目指すのか、国際社会が抱える課題に対し日本はどのような役割を担うのかという、大きな命題に対する布石が盛り込まれているだろうか。

 R7予算案が閣議決定されたのは12月27日のことである。予算案に対する評価は大手新聞が報じているので、それを参照していただくとして、ここでは主として12月29日の産経新聞記事を参照して、大局的な視点から予算案を検証してみたい。

編成方針について

 はじめに財務省が「R7年度予算のポイント」を公表しているのでそこから始めよう。(資料1参照)  

 資料1の冒頭には「R6経済対策・補正予算と合わせて、賃上げと投資がけん引する成長型経済へ移行するための予算」と明記されている。一方「経済再生と財政健全化の両立」という項目には、「経済・物価動向に配慮しつつ、重要政策課題に対応する中で、財政健全化を着実に推進」と明記されている。

 細部の数値を見ずとも、この文言を読むだけで「これでは強力な外部要因が働かない限り、2025年度に日本がデフレ脱却を高らかに宣言する日は到来しない」ことを確信する。そう断言する理由は二つある。

 第一は、経済成長を取り戻すことと財政再建は二律背反の関係にあり、同時には実現できないということだ。「二兎を追うもの一兎をも得ず」の喩えどおり、二兎を追えば何れもが中途半端な結果となる。正しい認識は、経済成長を取り戻すことが最優先命題であり、財政健全化は経済成長が力強く動き出した後の命題だということだ。つまり編成方針には「経済成長を最優先で実現するため、その目途が立つまで財政健全化は棚上げする。」と明記すべきだったのだ。

 第二は、歴代の政権が「経済成長と財政再建」の二兎を追ってきた結果が「失われた30年」だったのであり、石破政権もまたこの本質を理解しないまま悪しき前例を繰り返す愚を犯そうとしていることだ。

予算規模と国債費の関係

 一般会計の総額と税収、国債費の数値を抜き出すと、次のとおりである。(☆過去最大)

 この表が示す要点を列挙すると次のとおりである。

  ①一般会計総額は前年度より3兆円増えて過去最大となった

  ②税収は前年度より大幅に8.8兆円(12.7%)増えて過去最大となった

  ③国債費は税収が増えたため、前年度より1.2兆円の増加に留まった

 産経は閣議決定したR7予算案について、12月28日に特集記事を組んで解説している。その中で、予算規模と国債費の関係について以下のように分析している。

 <R7予算案の規模を拡大させた要因の一つが国債費の膨張だ。金利のある世界が戻り、利払い負担が重くなっていることが響いている。・・・日銀の金融政策の正常化に伴い、財政運営も転換点を迎えている。>

これでは日本経済は2025年も復活できない

 エコノミストの村上尚巳氏は『石破政権では日本経済は2025年も復活できない』と題した12月24日の記事で、次のように分析している。(資料2参照)

 <改めて2024年を振り返ると、世界経済・金融市場の状況は悪くなかった。だが複数の主要先進国で政権交代が起きて、政治情勢は大きく変化した。多くの国で家計の生活水準が高まっていないことへの不満が、政権交代などの政治変革をもたらした大きな要因だった。>

 <日本経済の復活を妨げている大きな要因は、保守的な財政政策が続いていることである。このため財政政策が不十分だったが故に世論の支持を失い、岸田政権は退陣を余儀なくされた。石破政権は同様の財政政策を続けるとみられ、このままでは2025年の日本経済には引き続き期待できないだろう。>

 石破政権が如何に自画自賛しようとも、R7年度予算案には目立ったトップダウンによる戦略の反映というべきものが見当たらない。政府や与党が幾ら成果を主張しても、「従来の枠組みの中で作られ、従来の利害関係者の中で調整を重ねた妥協の産物である」ことが明白である。これでは変わりようがない。

 日経は12月30日の記事で、先進国における国債費の増大動向について紹介している。

 <先進国の政府債務が拡大してきた。日米英やユーロ圏など7ヵ国・地域による2024年の国債の純発行額は2.8兆ドル(約440兆円)と前年より6割増加する。2025年もほぼ同水準の見込み。先進国による国債純発行額の拡大は財政支出の膨張と、中央銀行の買い入れ縮小によるものだ。>

 産経は12月28日の『G7不安な越年』と題した記事で、主要先進国の政情不安について次のように解説している。

 <G7は今年、欧州、カナダで各国政権が弱体化し不安な年越しを迎えることとなった。カナダではトルドー首相が退陣の危機に直面している。フランスではマクロン大統領の指導力低下が止まらない。ドイツは2月に総選挙を控えており、ショルツ首相の中道左派、社会民主党は支持率が14%に落ち込み、政権交代が確実視される。>

 これらの記事が指摘していることは、経済成長が低迷すれば国民生活は貧しくなり、国民生活が貧しくなればやがて政権が潰れるということだ。石破政権は大丈夫かという懸念の表明と見て取れる。

日本経済は歴史的に見て異常(ジム・ロジャーズの視点)

 世界三大投資家の一人と称されるジム・ロジャーズが、『日本経済は歴史的に見て異常』と題した記事の中で、次のように指摘している。(資料3参照)

 <日銀の金融政策が間違っていたのは、(超低金利政策を)長期間にわたって続けてきた点である。・・・特にお金を生み出す生産年齢が減っていることに加え、財政赤字は増え続けている。この二つが同時に起きている日本は致命的としか言いようがない。>

 ジム・ロジャーズの指摘は、日本は「失われた30年」と人口減少というダブルパンチで衰退モードに入っているという現実である。但し移民によって人口が増加しているアメリカを例外とすれば、人口減少は先進国共通の動向である。従って、問題の本質は「30年以上もの長期にわたって経済が低迷してきた」ことに帰着する。しかも経済の長期低迷の結果、国民の貧困化が進んだことが人口減少を促進した要因でもあることだ。

 では「失われた30年」の原因は何だったのか?前項の村上尚巳氏の言葉を借りれば、「保守的な財政政策が続いている」ことにある。ハッキリ言えば「経済成長を促進する財政出動と、財政規律を取り戻す緊縮財政」という二律背反の命題を予算案に併記し続けてきた財政政策にある。かつて安倍元総理が片方ではアベノミクスを推進しながら、二度にわたって消費税を増税したことがその象徴的な事例である。消費税増税が野田政権の時の与野党合意であったとしても、国民目線からみれば、そんな理不尽な合意は堂々と撤回して欲しかったのだ。

 つまり「失われた30年」は、長期間に及ぶ財政政策の失敗がもたらした結果であって、国家の貧困化を招いた政治家の責任は極めて重大という他ない。何故そういう失敗を犯したのか、その理由は政治家の二つの大きな理解不足に由来していると思われる。

 その一つは、政治家の大多数が、予算編成における達成命題として「経済成長と財政健全化」が二律背反の関係にあることを理解していないと思われることだ。

 もう一つは、国際社会における国力の源は偏に経済力であり、安全保障、社会保障、人口減少等のあらゆる国の課題を解決するためには、強い経済力を保持していることが何よりも重要なのだという認識が薄弱と思われることだ。

 さらに政治家の理解以上に重要な問題点があることを指摘しておきたい。それは長期間にわたって財政政策を転換できなかったのは何故かということだ。それは予算編成の枠組みとプロセスが旧態依然で時代のニーズに適っていないことにある。どういうことか。官僚側と政治家側の二つの側面から考えてみたい。

 まず官僚側の問題は、財務省が「骨太の方針」のシナリオを作り、それを踏まえて各省庁が概算要求を作成し、財務省と個別折衝して予算案を作り込んでゆくプロセスにある。次に政治家側の問題は、自民党の税制調査会が主導権を握って、党内調整、大臣折衝、野党調整を重ねてゆくプロセスにある。

 この予算編成のプロセスを踏む限り、予算は前年度実績を下敷きとする各省案の積み上げとなり、財務省主導となることが避けられない。一言で評すれば「ボトムアップの調整型」方式であり、これでは前年度実績の延長線での予算しか生まれようがない。

 これに対してアメリカでは、トランプ氏一流のディール(取引)という側面があるものの、トランプ氏は大統領選の段階から、「中国製品の流入を止める一方で、エネルギーはどんどん掘り出し、国内に産業を取り戻す」という戦略的な方針を打ち出しており、それを評価し支持した有権者が次の大統領として選任し、それに基づいて予算が作られるという手順を踏んでいる。

 日米の違いを一言で評すれば、アメリカはトップダウンの戦略型であるのに対して、日本は誰が総理大臣になろうが、財務省主導のボトムアップの調整型であることは変わらない。「日本にも強力なDSが存在する、それは財務省だ」と言われるようになった理由がここにある。戦後80年という歴史的な転換点において戦略発想の政策が必要なのだが、終始調整型でやってきた自公連立政権には望むべくもない。

財政赤字の問題

 ジム・ロジャーズに指摘されるまでもなく、財政赤字が増大した背景にはグローバリズムと少子高齢化社会が進んだことがある。まずグローバリズムの進展によって企業が生産拠点を中国他へ移したこと、日用品や家電製品などの大半が中国製品となったこと、付加価値の高い商品を除き世界との低価格競争を強いられたことだ。これらは全てGDP抑制圧力として作用した。

 他一つは少子高齢化社会が到来して、少子化対策を含めて社会保障費が年々増大(即ち歳出の増加)したことだ。つまりGDPが低迷し税収が減少する一方で、歳出は増大することが同時進行したのだった。グローバリズムという世界の動向、少子高齢化という日本の動向に「失われた30年」という政策ミスが重なり、日本はデフレ脱却に失敗しGDPが低迷したのである。

 トランプ次期大統領は民主党政権が推進してきたグローバリズムの流れを反転させて、アメリカに産業を取り戻そうとしている。アメリカには豊富なエネルギー資源があり、安価なエネルギーをいつでも実現できる強みがある。日本はそのような魔法のカードは持ち合わせていない。それ故に、トランプ第二期政権の4年間に起きるであろう国際情勢の変化に対処するために、「失われた30年」からの一日でも早い脱却が最重要命題となるのである。

 経済評論家の塚崎公義氏が『日本の財政赤字1100兆円超えの現状に戦慄も』の中で、巨額の財政赤字について次のように書いている。(資料4参照)

 <(財政赤字が巨額だからと言って)、日本政府が破産する可能性は低い。政府でも企業でも、破産するのは借金が多いからではなく、資金繰りがつかなくなるからだ。投資家にとっては日本国債が最も安全な資産であるに変わりはない。>

 <もう一つは、財政赤字は子孫に借金を払わせる世代間不公平だというのは視野が狭い考え方だ。>

 補足すれば次のとおりである。米国と異なり日本国債の大半は国内の投資家が保有していて、政府の債務=国民の資産であるから、貸借対照表としてみれば何も問題はないということだ。同様に子孫には財政赤字という負債だけでなく、ほぼ同額の国債という資産を遺産として申し送るのであるから、世代間不公平にはならないということだ。

 <少子高齢化による労働力希少が進んで、景気が良い時は労働力が超希少に、景気が悪くても労働力が少し希少という時代になれば失業を気にせずに増税できる。さらに少子高齢化の結果、労働力希少によって賃金が上がるとインフレのリスクが高まるので、増税は財政再建とインフレ予防の一石二鳥の政策として歓迎される。>

 つまり政府には負債だけに眼を奪われて右往左往せずに、堂々と戦略指向に立って大きな政策を打って経済の流れを転換し、戦後体制からの転換を大胆に推進してもらいたいということだ。これこそが石破政権に対し国民が希求していることであり、そのためには財務省主導の「ボトムアップの調整型」の予算編成という旧態依然の枠組みとプロセスを正さなければならない。

財政再建

 同時にジム・ロジャーズは資料3の末尾で、マーガレット・サッチャーが英国病から英国を救い出したエピソードを紹介している。

 <WW2後の1960-70年代にかけて、長期間経済が停滞したイギリスは英国病と言われた。この危機を救ったのが1979年に首相に就任したマーガレット・サッチャーだった。サッチャーは政策を転換し、小さな政府を掲げ、国営企業を民営化するなどして歳出を削減し、さらに北海油田を開発して復活を遂げていった。>

 人口減少・高齢化社会の動向下で、社会保障費の増加が不可避である以上、財政赤字をGDP比で減少させるには、経済成長路線に戻して、経済成長による税収を増やして国債費を減少させる他ない。そして経済成長を取り戻すには、賃金を上げるだけでは不十分で、次世代の成長産業の創出を含めて産業の国内回帰を推進しなければならない。これはサプライチェーンの安全保障問題でもある。

 日本はゼロ金利政策を30年間も続けたが、円キャリー・トレードによって円売りドル買いが進み、潤沢なドル資金が中国とアメリカに流れ込んだ。そして両国のGDP増大に貢献しバブル膨張の一因にもなった。つまり日銀が金融緩和策で生み題した資金は日本に投資されなかったためにデフレ脱却は実現しなかったのである。政策の評価はそれがもたらした現実が如実に物語っているとすれば、金融政策の失敗だったという他ない。

 簡単な数学を駆使するだけで分かることだが、もし年2%のGDP成長が35年間継続していたなら、1.02×1.02×・・・(35回かける)=1.02の35乗=1.9999となり、GDPは2倍になっていたことが分かる。年1% の経済成長でもGDPは42%増大していたのである。

 もしGDPが2倍になっていたなら、単純計算でも税収は2倍相当になり、債務残高のGDP比は半減していたことになる。それだけではない。税収が増えれば新規国債発行は自ずと減少した筈だ。さらに堅調な経済成長があれば国民生活は豊かになり、可処分所得が増えた結果、税収はさらに増大が見込めた筈である。

 「失われた30年」を経済の負(貧困化)のループとするなら、「失われた30年」からの脱出は、経済の正(繁栄)のループへ財政政策を転換することに他ならない。

 サッチャーはこの大転換をやってみせたのだった。歴代の総理大臣は予算編成を自画自賛するが、「失われた30年」という現実こそが、その客観的な評価である筈だ。R7予算案に国民が希求することは、負のループを正のループへ転換する強い意思と施策を反映して欲しいということである。

 そのためには現在の予算編成の枠組みとプロセスを正さなければならない。このプロセスを経る限り、戦略的な発想は登場しない。否、戦略発想がないから、財務省ベースの代わり映えのしない予算編成にしかならないというのが現実なのだろう。財務省が主導権を握る限り、何か新しい戦略的な予算を組もうとすれば、財務省や税制調査会は「財源はどうするのだ」というお決まりの脅し文句を突き付けることになり、新規の投資はどんどん削減されてゆくからだ。

 政策の評価は、その政策がもたらした結果を見れば一目瞭然である。同様に、日本が直面する危機と課題に対する政権の本気度は、予算案に戦略思考の意思と決意が反映されているかどうかを見れば分かる。そして言うまでもなく、戦後80年の最重要課題の一つは、安倍元総理が掲げた「戦後レジームからの脱却」以外にない。しかもトランプ第二期政権4年間の間に方向付けする必要があるのだ。

参照資料:

資料1:R7予算のポイント(内閣府公表)https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2025/seifuan2025/01.pdf

資料2:「石破政権では日本経済は2025年も復活できない」、村上尚巳、東洋経済OL、12/24

資料3:「日本経済は歴史的に見て異常」、ジム・ロジャーズ、東洋経済OL、12/15

資料4:「日本の財政赤字1,100兆円超えの現状に戦慄も」、篠崎公義、The Gold OL、12/14

Who and What Mr. Trump is fighting against?

The Presidential Election ended smoothly

It was commonly predicted that November 5, the day of the U.S. presidential election, would be the eve of mayhem. In reality, however, former President Trump won smoothly and any serious trouble occurred.

In “America Moving from Divide to Civil War,” which was released on October 30, I wrote:

If Mr. Trump wins, a right-wing mayhem will be avoided for the time being, but there will undoubtedly be a left-wing mayhem. On the other hand, if Harris wins by abusing blatant election fraud, it will be beyond the limits of the militias’ patience.

In any case, the divisions in American society are about to reach a boiling point, and no matter which side wins, mayhem is inevitable, and it is likely to escalate into a shooting match in the worst-case scenario.

Furthermore, if the number of votes is narrow, it is fully expected that the loser will make a fuss that there was election fraud. It is a hypothesis that the 2020 presidential election was rigged by a large-scale election fraud abusing mail-in ballots by the Democratic camp. To those who think it’s stupid, it sounds like a conspiracy theory. However, if there are voices accusing the election result of “election fraud” this time, it may indicate that the allegations of “election fraud in 2020” have been suppressed without clarification.

However, Mr. Trump won a landslide victory in the presidential election on November 5, and there was not mayhem. It is missing the point if we evaluate it a blessing in disguise. There are three reasons. First, the international community is in turmoil, second, the battle between Mr. Trump and Deep State (DS) is not over, and third, the problem of internal divisions has been left unresolved.

By the way, why was the prediction wrong? This is because the three conditions were met at the same time. First, Mr. Trump won a landslide, second, Harris readily conceded defeat. And third, unlike the 2020 presidential election, there was no illegal use of force to prevent Mr. Trump’s victory.

 Of these, the mystery is hidden behind the third. There are three conceivable possibilities.

 First is that there was no way to overturn Mr. Trump’s landslide victory. If it should be overturn forcibly, the reaction of the right would be too great, such as militias taking up guns nationwide and standing up. Therefore, it could not be moved into action.

 Second, the procedure for dragging President Biden down in the middle of the campaign and replacing him with Vice President Harris was quite rough in the first place. President Biden’s indulgence was unbearable to listen to, and Harris was so unfit as a candidate that if she had followed the due procedure, she would never have been selected as a candidate. Therefore, it is highly likely that the Democratic camp predicted in early stage that “we could not win this time.”

 Third, under the Biden administration, it has become clear that chaos and confusion have increased in both international and domestic situations, and that the hegemonic system of the United States has begun to waver. Contrary to our perception, DS might have evaluated saying as, “Well, Mr. Biden, you did a great job. Now Mr. Trump, it is your turn to do a good job.”

 As will be discussed later, the most likely is the third reason.

Significant Retrogression in the last four years (International Affairs)

Let’s take a bird’s-eye view of the international affairs that has deteriorated during the Biden administration. President Biden was inaugurated in January 2021. Six major incidents that occurred since then are picked up in chronological order.

The first is the total withdrawal of U.S. troops from Afghanistan. On August 31, 2021, the last U.S. military aircraft stationed in Afghanistan took off. The U.S. sent troops to Afghanistan in 2001 to remove the Taliban forces, ending a 20-year military campaign and surrendering Afghanistan to the Taliban.

The second is Russia’s military invasion of Ukraine on February 24, 2022.

The third is the military terrorism against Israel by Hamas on October 7, 2023.

Both wars have been prolonged and escalated, with considerable casualties on both sides, but there is no end in sight to date.

The fourth is the weaponization of SWIFT. The first case was in 2012, when the EU suspended SWIFT services to 25 Iranian banks, including the central bank, in accordance with a UN Security Council sanctions resolution over Iran’s nuclear program. Subsequently, as part of sanctions against Russia, which started the war in Ukraine, the EU and the United States took measures to expel major Russian banks from SWIFT. Incidentally, SWIFT is a payment network system for international financial transactions provided by this organization.

 The fifth is expansion of BRICS. Russia has teamed up with China to create a trade settlement system for crude oil and other products that does not depend on the dollar as a countermeasure to Western sanctions. Now they are scrambling to call on the BRICS countries to create a “BRICS currency”. In addition to the original five, the United Arab Emirates, Iran, Ethiopia, and Egypt have joined the BRICS as a mechanism to counter the Western countries and the G7, bringing the total number of countries to nine, and Saudi Arabia is considering to join.

The sixth is the revocation of PDS. The United States unilaterally suspended the convertibility of dollars and gold during the Nixon shock in 1972. At the same time, in 1974, in order to maintain the dollar hegemony, the United States signed the “Washington-Riyadh Secret Pact” with Saudi Arabia, and in exchange for the United States providing security, it established a system in which all crude oil transactions were conducted in dollars. Thus, the dollar hegemony was re-established. This is called PDS (Petro Dollar System).

Fifty years have passed and Saudi Arabia decided to cease this secret agreement in July, 2024. In this way, the PDS, which had been the cornerstone of dollar hegemony for half a century, disappeared.

 The key question here is whether these six incidents occurred independently of each other or there is a common scenario in the background?

Significant Retrogression in the last four years (Domestic Situation)

There are a number of examples of the domestic situation that has deteriorated during the Biden administration. If I list them as I can think of, the surge in illegal immigration, the surge in fentanyl addiction, increase in violent crime and deterioration of security in major cities, the deepening of divisions between the left and the right, and so on.

As I have already written in “America Moving from Divide to Civil War,” a total of 7.3 million illegal immigrants entered the United States in 2021-24 under the Biden administration. Texas, which borders Mexico, has enacted its own state law and embarked on arrest and deportation, declaring, “This is an invasion and the federal government is abdicating its constitutional duty to defend the state.”

Thus, it is obvious that “the Biden administration has promoted the influx of illegal immigrants as a policy.”

Where is the cause of the division in the first place? It is clear that the root is the left’s excessive political correctness (PC) activities and excessive demands on the rights of LGBT and other minorities. Mr. Trump has already vowed to issue an executive order expelling all transgender service members from the U.S. military.

While many Americans have endured to avoid being targeted by insidious PC/LGBT attacks, it is quite natural that Mr. Trump, who has been the only one to repel the attack majestically, has received overwhelming support. Mr. Trump will launch a series of policies not to permit the PC/LGBT attacks without a doubt, therefore it is predicted that the left, which has lost the timing of the rally in the presidential election, will react to those policies and cause an uproar.

Who is to blame for the deepening of the division? It is very interesting to see an episode told by former Prime Minister Shinzo Abe in January 2021, when President Biden was inaugurated, in the Sankei Newspaper on November 30.

It is not Mr. Trump who created division, but the division of American society gave birth to President Trump.

It was liberals who created that division, and it occurred during eight years of the Obama administration, under which liberals have excessively brandished their PC as if they were righteous.

 The question is, why did the Biden administration pursue such policies above mentioned?

What did the Biden Administration promote?

Having the bird’s-eye view, the Biden administration raises the suspicion that what it has been promoting so far. Judging by the results, it promoted the collapse of the dollar hegemony, undermined the United States, destabilized the domestic and international order, and pushed to transform the world from unipolar to multipolar system.

With regard to the war in Ukraine, it did not only deter the military invasion to Ukraine by Russia, but also provided weapons to Ukraine to enforce a proxy war with Russia, prolonged the war and made it a war of attrition. 

At any time and in any war, there are groups that provide war funds and weapons in addition to two parties of the war. History proves that while the countries involved are exhausted by the war, they have made a lot of money from the war.

 The sanctions of expulsion of Russia from SWIFT have prompted Russia to create an alternative to SWIFT as a means for international transactions. In the meantime, PDS ceased to exist and the “de-dollarization” has progressed. This series of events is a sign of the collapse of the dollar hegemony.

So why did President Biden push for it? This suspicion can be explained by interpreting the presence of DS behind the Biden administration. At the same time, it explains why Biden was elected president in the 2020 presidential election by massive election fraud abusing mail-in voting, and why they did not resort to use the same approach this time.

NBC News and other media reported on November 30 that President-elect Trump wrote the following comment on his “Truth Social platform”.

“Trump on the weekend warned the so-called BRICS countries he would require a commitment that they wouldn’t create a new currency as an alternative to using the greenback. Otherwise, it will impose a 100% tariff and say goodbye to its wonderful business with the American market.”

This shows that Mr. Trump recognizes that the collapse of the dollar hegemony has been promoted under the Biden administration, and at the same time, he issued a strong warning that such a situation will never be tolerated. Regardless of the pros and cons of the means, this is a process of deal that Mr. Trump has taken, and BRICS members will be forced to choose between the United States and Russia. Originally, BRICS stands for Brazil, Russia, India, China, and South Africa, but recently the S means Saudi Arabia. Mr. Trump’s threat is a check on Saudi Arabia as it dissolved the PDS and run for BRICS membership.

What is the Mr. Trump vs. DS Battle?

First of all, I would like to point out that when looking at the international situation, it is wise not to lightly label it as a conspiracy theory and stop thinking. It must be closer to the truth to think that most incidents occurring in the world are not accidental, but that there are forces that set them up, forces that wrote the scenario, and forces that make money from them. This was the case even in the Pacific War, as I wrote in “Bringing an end to the 80 Years of Cessation of Thinking, Part 3,” which was released on June 9.

 The existence of DS has become widely recognized since Mr. Trump stated in public. Conceptually, it is understood here as a group of senior bureaucrats who do not always obey the president’s instructions but to pursuit their advantage or ideology, as well as international financial capitalists, the military-industrial complex, and the globalists.

Looking back at the modern history of the United States, it was the Democratic Party in general that started the war, and the Republican Party played the role of restoring to its normal state. It looks like it will be the same this time. This is because the war in Ukraine and the Israeli-Palestinian war occurred during the Biden administration, and President-elect Trump will end it.

In the modern history of the world, when a war broke out, there were financial capitalists who supply money to both parties at high interest rates. In the Russo-Japanese War in 1904-05, most of the war costs were raised in London and New York through investment banks in the United Kingdom and the United States, which operated globally. There have been groups earning a lot of money from war, now and then.

Moreover, there are groups in the world who prefer chaos to order, prefer instability to stability. To cite recent examples, when the Lehman shock, the coronavirus pandemic, resource inflation, or large-scale disasters occurred, governments around the world responded by making huge supplementary budgets. It is a fact that the more unstable the world becomes, the more money circulates, and the more actively the groups flock to the money.

 When the coronavirus pandemic hit the world, it was mainly American companies that provided vaccines worldwide and made huge profits. It is also true that most governments bought up vaccines for their populations at the asking price.

In the wake of the two world wars, the hegemony of the world shifted from the British Empire to the United States, and after the war, the United States reigned as the hegemon. In particular, during the Cold War between the United States and the Soviet Union, Republican President Reagan launched an arms race against the Soviet Union, causing the Soviet Union to collapse and disintegrate. Since then, the era of unipolar America has arrived.

 The unipolar America era was a period of stability, and wars between countries diminished except terrorism and guerrilla warfare. If the U.S. unipolar system should be shaken and move toward multipolarity, the world would become unstable and regional conflicts would occur more likely. For those who want to profit from war, it is desirable for the United States to be weakened. In addition, for globalists such as the M7 (Magnificent Seven), the state is no longer an entity that imposes various constraints.

 As already written, the collapse of the dollar hegemony and the movement to strengthen BRICS unity, would act to destabilize the world. The Biden administration has tried to promote destabilization, and President-elect Trump has declared that he will not allow it.

 Mr. Trump’s goal is to make America great again (MAGA), and he will maintain the dollar hegemony and will not allow any country to challenge it. Focusing on this composition, it is obvious that Mr. Trump is nothing but an enemy to DS.

American Hegemony is approaching its limit

Next year, 2025, will be 80 years since the end of World War II. It will be 53 years since the Nixon shock that stopped the convertibility of dollars and gold. It will be 50 years since the establishment of the PDS which determined the maintenance of the dollar hegemony system. Furthermore, it will be 34 years since the collapse of the Soviet Union, by which the unipolar system of the United States originated.

During this period, the decline of U.S. power has gradually become a reality, and under the Biden administration, in particular, the world has moved in the direction of multipolarity. At this timing, the Trump administration will be inaugurated in January 2025. The battle for maintaining dollar supremacy will intensify.

By the way, how much money is overflowing in the world. Let’s see the data.

– Global debt: $377 trillion ($80 trillion in 2010)

– U.S. budget deficit: $1.83 trillion (FY2024), 8.1% bigger than FY2023, the third largest, after the $3.13 trillion in FY2020 and $2.77 trillion in FY2021

– U.S. budget deficit/GDP ratio: 6.4% (FY2024), worse from 6.2% (FY2023)

– The value of the dollar against gold: the market price is 1 ounce = $2000, depreciating to 1/57 in the 80 years since the Bretton Woods Conference (1944)

– Total amount of dollars in circulation: 5~6 trillion dollars in the U.S., $50~100 trillion estimated worldwide

Here, the following three points are particularly noteworthy.

– Global debt has increased 4.5 times in the 15 years since 2010

– The U.S. budget deficit has increased year by year and reached to $1.83 trillion, and has also increased as a percentage of GDP.

– The total amount of dollars in circulation around the world is estimated to be more than 10 times that of the United States

What does it mean that the United States is the hegemon of the dollar in the first place? The dollar is used as a settlement currency not only in energy but also in global trade, and the world needs dollars to conduct trade. In other words, as long as the worldwide demand for dollars exists, the U.S. has the privilege of printing any amount of U.S. Treasuries and dollar bills.

According to a Bloomberg article on December 3, the Bank for International Settlements (BIS) conducted a three-year survey in 2022. It found that foreign exchange market transactions were worth $7.5 trillion a day, and about 88 percent of which were made in dollars.

In exchange for the privileges of the hegemon, the United States has the world’s largest and most powerful military force, and while it maintains a presence with U.S. military bases around the world, it also has the world’s largest budget deficit. Despite running an annual budget deficit of $1.83 trillion, some countries continue to buy huge amounts of U.S. Treasuries every year, which has maintained U.S. dollar hegemony.

However, this privilege does not last forever. This is because the amount of redemption of government bonds issued in the past is increasing year by year, and the amount of newly issued government bonds is also increasing due to the increase in the fiscal deficit. It is possible to maintain the hegemony of the dollar as long as buyers exist. But if the shortage of buyers should become a reality. the United States would not be able to make a budget, and the hegemony of the dollar would end.

As for the holders of U.S. Treasuries, roughly speaking, 40% are in China, 30% in Japan, 15% in Saudi Arabia, 5% in the United Kingdom, and the remaining 10% in others. The total amount of U.S. Treasuries issued is guessed to be $16 trillion. These figures are only estimates.

Three possible risks to the survival of this regime exist, two of which are external factors and one is internal factor. The first risk is that the United States considers China to be the world’s greatest enemy, and it is well known that Mr. Trump is trying to wage a tariff war.

The second risk is that Saudi Arabia has not only decided not to renew the PDS which has been maintained 50 years, but has also acted to join the BRICS.

Both China and Saudi Arabia have a card to play with the U.S. of selling U.S. Treasuries, and if they should actually sell in large quantities, the U.S. dollar hegemony would collapse at that point.

The third risk is regarding the possibility that the U.S. could not redeem its national bonds. If it should happen, confidence for the dollar must disappear instantly, and the dollar would crash.

 When we think about it this way, we can see that the realization of MAGA, which is advocated by the new President Trump, is premised on maintaining the dollar hegemony, and that it will be inevitable to steer a very difficult course.

Modern capitalism is also approaching its limits

In “The Bubble Economy and Capitalism approaching the Limit(3),” which was released on January 31, I discussed what a bubble is in the first place, then discussed the bubble of financial capitalism that is currently underway, the U.S. bond bubble, and the Chinese real estate bubble. Here are some key points:

The government’s increase in the budget deficit has been the biggest cause of the bubble economy. And the enormous amount of money supplied to the financial markets wielded enormous power in politics, economy and war, which has been the cause of the increasing distortion of capitalism.

In this process, the cycle of bubble expansion and collapse was repeated, and the size of bubble expanded each time the cycle was repeated. And now, the bubble is about to burst in the United States and China in tandem, and after the bubble bursting in the housing and real estate markets, the next bubble is about to burst in the bond market. In terms of the scale of the bubble, we are now on the eve of the final and largest bubble burst.

 There is a transaction called “yen carry trade”. It is a speculative business that skillfully exploits the exchange rate between the yen and the dollar and the interest rate difference between Japan and the United States.

 In particular, in recent years, when the real estate bubble burst and the economic slowdown became obvious to everyone in China, money was withdrawn all at once and flew to the United States. Because high interest rates are maintained, and bubbles have been inflated in the stock, securities. While the world is suffering from sluggish growth, only the United States is trying to continue growing.

 It is told that what is necessary for the expansion of a bubble is the inflow of money and the existence of the market. Today, the bubble has grown in such a way that Japan, with its ultra-low interest rates, provides funds and the United States, with its high interest rates, provides the market. It is worth noting that both the Japanese and U.S. governments are involved in the formation of the bubble.

In this respect, there is a crucial difference between bubble bursts already occurred and to be occurred in the future.

First of all, the position of the government is different. In the past, the role of governments and central banks was to take measures to limit the damage caused by bubble bursts. However, in the near future, the government and central banks are not in a position to limit the damage and cannot take remedial measures because they are tied to the bubble parties as money suppliers.

What is predicted to happen next is the burst of M7 bubble and Bond bubble. In particular, a situation in which the state is unable to issue and redeem new government bonds is nothing less than a “national default” and the country will be forced to repudiate its debts.

 It is told that about 70 countries around the world, led by Argentina, are likely to be unable to repay loans from the IMF, the World Bank, or other countries. The bankruptcy of the state can be seen as a stalemate of modern capitalism, which has been implemented in the bubble economy.

President-elect Trump has warned the BRICS that he will not allow an alternative to the dollar to emerge, and he has made it clear that maintaining dollar hegemony is a vital requirement for the incoming administration. At the same time, it is proof that the hegemonic system of the United States, which has been established in the bubble economy, is approaching its limit.

If the bond bubble should burst in the United States, it would be devastating to the world’s financial markets, and modern capitalism, which has been premised on a bubble economy, would collapse. Thus, it must be borne in mind that Trump’s second administration will emerge in a critical period in the history of capitalism, when money has become too inflated.

Is Mr. Trump a Don Quixote today?

Finally, I would like to conclude by expressing my opinion on who or what Mr. Trump is fighting against.

 The first is the battle against the Democratic Party, the left, and the DS group on the domestic battlefield of the United States to “correct the excessive ideology and restore the original America.” Under the Democratic Party administrations since President Obama, an excessive and radical ideology of “PC, LGBT, and demand for diversity” was prevalent in the country. Obviously, Mr. Trump has been fighting to restore the original America for the working class, the middle class, and the immigrants who became American citizens through the proper procedures.

 The second is the battle in the international community. Mr. Trump tried to restore American nationalism and national interests against globalism, despotism represented by Russia, China, and Iran, propaganda about global warming, and various UN agencies that had become a place for minorities to loudly demand their rights.

And the third is a battle to demand that NATO and allies including Japan, to bear their fair share of the burden and play a role if they pursue peace, security, and prosperity. If they should not accept, the United States would leave NATO and reduce U.S. military base around the world.

Looking at the situation through this observation, we can see the reality that the United States, which has been in charge of the hegemonic system for 80 years since the end of World War II, might be standing on the brink of even budgeting with a huge deficit. Indeed, it seems that “Mr. Trump is trying to play a Don Quixote today.”

Japan has enjoyed economic prosperity by being subordinate to the United States after WWII, but with the inauguration of the second Trump administration, I dear say that such a naïve perception will not be able to survive the turbulent era when “one wrong step could lead to another war.”

It will soon be 80 years since the end of WWII, and U.S. unipolar system has been obviously cracked. We must seriously face the proposition of what kind of international society to create, how to rebuild the system for maintaining order, peace and prosperity, and what role Japan will play in achieving this. We must prepare for an answer to this proposition.

The era of using the U.S.-imposed Constitution as an excuse to escape its original role will undoubtedly come to an end with the inauguration of Trump’s second administration.

Finally, I would like to mention this. There is a woman named Susan Wiles (b. 1957) who is to become the chief of staff in Trump’s second administration. She is highly regarded as a famous staff member who brought a landslide victory over Trump in the presidential election.

As I have mentioned, we have to admit that the international and domestic situations that await Mr. Trump are all in turmoil, and in such a difficult situation, Mrs. Wiles will take the helm of the White House. The appearance of Mrs. Wiles, as well as Mr. Trump who try to confront challenges with courage and try to bear the burden of the times, gives us a glimpse of the greatness and soundness of the United States.

Eiichi (Ike) Kiuchi, OSI Analyst

トランプ氏は誰と何と戦っているのか

すんなりと決着した大統領選

 多くの識者が、アメリカ大統領選が行われた11月5日は騒乱の前夜となると予測していた。だが、実際にはすんなりとトランプ元大統領が勝利した。

 10月30日に公開した『分断から内戦に向かうアメリカ』では、次のように書いた。

<もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。>

 だが「11月5日の大統領選ではトランプ氏が圧勝した。さしたる騒乱は起きなかった。めでたしめでたし」とはならない。そう断言する根拠は三つある。第1に国際社会は混乱の極みにあること、第2にトランプ対DSの戦いは何一つ終わっていないこと、そして第3に国内の分断問題は何も解決されないまま放置されていることだ。〔注〕DSについては後述。

 ところで予想は何故外れたのだろうか。三つの要件が同時に成立したからである。つまり、第1にトランプ氏が大勝したこと、第2にハリス氏があっさりと敗北を認めたこと、そして第3に2020年の大統領選と異なり、トランプ氏の勝利を阻止する実力行使が行われなかったことだ。

 この中で謎は第3である。三つの可能性が考えられる。

 第1は、トランプ氏が圧勝した(312対226)ために覆す手段が存在しなかったか、もし強行すれば民兵組織が全国規模で銃をとって立ち上がる等、右派のリアクションが大きすぎて内戦が勃発してしまうため、実施できなかったというものだ。

 第2は、そもそも選挙戦の途中でバイデン大統領を引きずり降ろし、ハリス副大統領に交代させた手順は相当に荒っぽいものだった。バイデン大統領の耄碌ぶりも聞くに堪えないものだったし、ハリス氏に至ってはもし正規の民主党の大統領候補の選定手順を踏んでいたら、決して候補には成り得なかったと思われる程、大統領候補としての適性を欠いた人物だった。従って民主党陣営も早い段階から「今回は勝てない」ことを予測していた可能性が高いというものだ。

 第3は、バイデン政権下の3年余において国際情勢・国内情勢共に、混沌・混乱が増大しアメリカの覇権体制が揺らぎ始めたことが鮮明になった。我々の認識とは異なり、DSから見れば「バイデン大統領は良く任務を果たしてくれた」と評価をしていて、後は「トランプさん、お手並み拝見だ。」と高みの見物を決め込んでいるのかもしれない。

 後述するように、最も可能性が高いのは第3の理由である。

バイデン政権下で変化した国際情勢(概観)

 バイデン大統領政権下で変化した国際情勢を俯瞰してみよう。バイデン大統領が就任したのは2021年1月である。それ以降に発生した6つの重大事件を時系列で拾った。

 第1は、米軍のアフガニスタンからの全面撤退である。2021年の8月31日にアフガニスタンに駐留していた米軍最後の軍用機がアフガニスタンを離陸した。アメリカは2001年にアフガニスタンに部隊を派遣しタリバン政権を排除して、20年に及ぶ軍事作戦に終止符を打って、タリバンにアフガニスタンを明け渡して撤収したのだった。

 第2は、2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻である。

 第3は、2023年10月7日に起きたハマスによるイスラエルへの軍事テロである。

 二つの戦争は何れも長期化して拡大し双方に相当の死傷者が発生したが、現在に至るまで終結の目途は立っていない。

 第4は、SWIFTを武器化して制裁に使ったことだ。最初の事例は、イランの核開発に対する国連安保理による制裁決議に基づいて、EUが中央銀行を含むイランの25の銀行に対しSWIFTのサービスを停止したもので、2012年のことである。続いて、ウクライナ戦争を始めたロシアに対しても制裁の一環としてEUとアメリカはロシアの主要銀行をSWIFTから追放する措置をとった。ちなみにSWIFTとは「国際銀行間通信協会」の略称であり、この組織が提供する国際金融取引の決済ネットワークシステムである。

 第5は、ロシアが欧米からの制裁に対する対抗措置として、ドルに依存しない原油等の貿易決済システムを中国と組んで作ったことだ。今ではBRICS諸国に呼び掛けて「BRICS通貨」を作るべく奔走している。BRICSは西側諸国・G7に対抗する仕組みとして、当初の五ヵ国に加えて、アラブ首長国連邦、イラン、エチオピア、エジプトが参加して九ヵ国となり、さらにサウジアラビアが参加を検討中である。

 そして第6は、PDSの失効である。アメリカは1972年のニクソンショックにおいて、ドルと金の兌換を一方的に停止した。それと並行してアメリカは1974年にドル覇権を維持するために、サウジアラビアと『ワシントン・リヤド密約』を結び、アメリカが安全保障を提供する代わりに、原油の取引を全てドルで行う体制を構築して、ドルの覇権体制を再確立した。これをPDS(Petro Dollar System)という。それから50年が過ぎて、2024年7月にサウジアラビアは密約の破棄を決定した。こうして半世紀にわたってドル覇権の支柱となってきたPDSは消滅した。

 ここで重要なことは、以上の6つの事件は相互に無関係に起きたものか、それとも共通のシナリオのもとに引き起こされたものかだ?

バイデン政権下で変化した国内情勢(概観)

 バイデン政権下で悪化した国内情勢については幾つも事例を挙げることができる。思いつくままに列挙すれば、第1に不法移民が急増したこと、第2にフェンタニル中毒患者が急増したこと、第3に中間層から貧困層に没落した人口が増加したこと、第4に大都市において凶悪犯罪が増加して治安が悪化したこと、そして第5に左派と右派の間の分断が深刻化したこと等々だ。

 『分断から内戦に向かうアメリカ』で既に書いたように、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人もの不法移民がアメリカ国内に流入した。メキシコと国境を接するテキサス州は「これは侵略であり、連邦政府は州を防衛する憲法上の義務を放棄している」として独自の州法を成立させて逮捕と強制送還に乗り出した。このように「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことは明白である。

 分断問題の根源は、左派による行き過ぎたポリティカル・コレクトネス(PC)活動と、LGBTなどのマイノリティの権利を過剰に要求する活動にあった。既にトランプ氏は米軍から全てのトランスジェンダー軍人を追放する行政命令を出すことを公言している。

 アメリカ国民の多くが陰湿なPC/LGBT攻撃の標的にならないようにじっと我慢してきたのに対して、唯一攻撃を跳ね返す存在であり続けたトランプ氏が、圧倒的多数の支持を得たことは至極当然と思われる。トランプ氏は大統領就任以降、バイデン時代に浸透したPC/LGBT攻撃を認めない政策を次々に打ちだすことが予想され、大統領選では決起のタイミングを失った左派が、その政策に反応して騒動を起こす可能性が高まることが予測される。

 分断がここまで深刻化した責任は一体誰にあるのか。11月30日の産経新聞「産経抄」に、バイデン大統領が就任する2021年1月に安倍元首相が語ったエピソードを紹介していてとても興味深い。

1)トランプ氏が分断を生んだのではなく、アメリカ社会の分断がトランプ大統領を生んだ。

2)その分断を作ったのはリベラル派であり、オバマ政権の8年間だった。

3)オバマ政権下で、リベラル派が我こそ正義とばかりにPC(政治的正しさ)を過剰に振りかざしてきた。誠にこのとおりだと思う。

 問題は一体バイデン政権は何故このような政策を推進したのかだ。

バイデン政権は何を推進したのか

 このように俯瞰した上で結果から判断すると、2021年1月に就任したバイデン政権がこれまでに推進してきたことは、ドル覇権体制を崩し、アメリカを弱体化させ、国内外の秩序を不安定にし、世界を多極化させるシナリオの一環だったのではないかという疑念が生じる。ウクライナ戦争に関しては、ロシアがウクライナに軍事侵攻することを黙認しただけでなく、ウクライナに武器を供与してロシアとの代理戦争をさせ、戦争を長期化させて消耗戦となるように仕向けたのではなかったか。

 いついかなる戦争においても、戦争の当事国の他に、戦費と兵器を提供する集団が存在する。当事国は戦争で疲弊する一方で、彼らは戦争で大きく儲けてきたことは歴史が証明するところである。

 ロシアに対するSWIFTからの追放という制裁は、ロシアがSWIFTに代わる国際取引の決済手段を構築することを促した。その間にPDSが消滅し決済の「非ドル化」が進んだ。この一連の事件は、ドル覇権を瓦解させる方向で符号している。

 では一体バイデン大統領は何故そんなことを推進したのだろうか。この疑念は、バイデン政権の背後にDSの存在があると解釈すれば説明が付くのである。同時に2020年の大統領選挙で郵便投票を悪用した大規模な選挙不正を行ってまでバイデン大統領を誕生させた理由も、また今回の大統領選では実力を行使しなかった理由も、全て説明が付くのである。

 これを書いている12月1日に、驚愕する情報が飛び込んできた。アメリカのNBCニューズ他のメディアが11月30日、トランプ次期大統領が自身の「Truth Social platform」に以下のコメントを書いたと報じたのである。

 <BRICS諸国には、新しいBRICS通貨を作らないこと、もしくはドルに代わる他の通貨を支持しないとの確約を求める。さもなくば100%の関税を課すことになり、素晴らしいアメリカ市場との商いに別れを告げることになるだろう。>

 これはトランプ次期大統領が、「ドル覇権体制の瓦解はバイデン政権下で進められた」と認識していることを示すと同時に、そんなことは断じて許さないという強い警告を発したものである。手段の是非や適否はともかく、これはトランプ氏が切ったカードであり、BRICS加盟国はロシアをとるかアメリカをとるかの二者択一を迫られることになるだろう。

 本来BRICSは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字を綴った略称であるが、最近ではSはサウジアラビアだと言われてきた。サウジアラビアはBRICS加盟に色気を出しており、トランプの脅しは、PDSを解消し、BRICS加盟に走ろうとしたサウジアラビアを牽制するものである。

トランプ対DSの戦いとは何か

 DSとはどういう存在なのか。お断りしておくが、国際情勢を見るときには、軽々に陰謀論というレッテルを貼って思考停止に陥らないことが賢明である。世界で勃発する事件は何れも偶発的なものではなく、それを仕掛けた勢力がいて、シナリオを書いた勢力がして、それで儲ける勢力がいると考える方が真相に近い。あの太平洋戦争ですらそうであったことは、6月9日に公開した『思考停止の80年との決別第3部』で書いてきた通りである。

 DSの存在は、トランプ氏が公言したことから広く認知されるようになった。概念的に捉えれば、ここでは大統領の指示にも面従腹背する官僚組織の幹部層、特に司法省やFBI或いは国防総省の幹部に、国際金融資本家や軍産複合体、さらにはグローバリズムの推進者を等を括った集団と理解しておくこととする。

 アメリカの近代史を振り返ると、総じて戦争を起こすのは民主党で、それを共和党が収拾するという役回りだった。今回もそうなりそうだ。バイデン政権の時にウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナ戦争が起き、トランプ次期大統領がそれを終結させることになるからだ。

 世界の近代史においては、戦争が起きるとその当事者双方に戦費を高利で貸し付ける金融資本家が存在した。日本がロシア相手に戦った日露戦争においても、戦費のほとんどは、グローバルに事業を展開する英国と米国の投資銀行を介して、ロンドンとニューヨークで調達されている。今も昔も戦争によって大きく儲ける集団が存在しているのである。

 さらにいえば、世界には秩序よりも混沌、安定よりも不安定を望む集団が存在する。最近の事例を挙げれば、リーマン・ショックやコロナ・パンデミック、或いは資源インフレや大規模災害が発生したとき、各国の政府が巨額の補正予算を組んで対応したことは記憶に新しい。騒々しい世の中になるほど多くのマネーが流通し、そのマネーに群がる集団が暗躍することは事実である。

 コロナ・パンデミックが世界を襲った時、巨額の利益を上げたのは主にワクチンを提供したアメリカの企業だった。各国は言い値で人口分のワクチンを買い漁ったことも事実である。

 二つの世界大戦を契機に大英帝国からアメリカに世界の覇権が移動して、戦後アメリカは世界の覇権国として君臨した。特に米ソ冷戦時代には、共和党のレーガン大統領がソ連に対して軍拡競争を仕掛けて、ソ連邦を経済的に破綻させて崩壊・解体に追い込んだ。それ以降アメリカ1強時代が到来した。

 アメリカ1強は安定の時代であり、テロやゲリラ戦争を除けば国と国の戦争は減少した。アメリカ1強体制が揺らいで多極化に向かえば、世界は不安定となり、地域紛争が起こりやすくなる。戦争で儲けようとする集団にとっては、アメリカが弱体化することが望ましいのである。さらに付言すれば、M7(マグニフィセント・セブン)のようなグローバリストにとっては、もはや国家は様々な制約を課す存在でしかないということである。

 既に書いてきたように、飽くまでも結果から判断すれば、バイデン政権下で顕在化したドル覇権の崩壊とBRICS結束強化の動きは、世界を不安定化させる要因である。バイデン政権はその不安定化を促進しようとし、トランプ次期大統領はそれを許さないことを宣言した。

 こう考えると、トランプ氏が目指しているのは、MAGA(アメリカを再び偉大な国にする)ことであり、そのためにドルの覇権を維持し、それに挑戦する国の登場を容認しないということだ。これを構図として捉えれば、DSにとってトランプ氏は敵以外の何物でもないことになる。

アメリカの覇権が限界に近づいている

 来年2025年は世界大戦終結から80年、ドルと金の兌換を停止したニクソンショックから53年、PDSが成立しドル覇権体制が維持されてから50年、そしてアメリカ1強体制が始まったソ連邦崩壊から34年になる。この間にアメリカの力の衰えが徐々に顕在化し、バイデン政権を含めて世界が多極化の方向に向かう動きが見えてきた中で、2025年1月にトランプ第二期政権が誕生する。ドル覇権体制の維持を巡るバトルの幕が開けることになる。

 ここで、マネーがどれほど世界に溢れているか。資料1他を参照してデータを整理してみよう。

・世界の債務:377兆ドル(2010年の80兆ドル)

・アメリカの財政赤字:1.83兆ドル(FY2024)で、前年度比8.1%増加

(コロナ渦のFY2020の3.13兆ドル、FY2021の2.77兆ドルに次ぐ過去3番目の規模)

・アメリカの財政赤字/GDP比:6.4%(FY2024)で、前年度の6.2%から悪化 

・金に対するドルの価値:市場価格は1オンス=2000ドルで、ブレトンウッズ会議(1944)から80年間で1/57に減価

・流通するドルの総量:米国内に5~6兆ドル、世界では(推定)50~100兆ドル

〔注〕FY:会計年度、アメリカの場合10/1~9/30

 ここで、特に注目すべきは次の三点である。

 ①世界全体の債務は、2010年からの15年間で4.5倍に増加した

 ②アメリカの財政赤字は年に約1.8兆$(約270兆円)で年々増加し、GDP比でも増加した。

 ③世界に流通するドルの総量は、推定でアメリカ国内の約10倍以上ある

 そもそもアメリカがドル覇権国であるということはどういうことだろうか。エネルギーに留まらず世界貿易において決済通貨としてドルが使われていることであり、貿易を行うために世界がドルを必要としていることである。つまりドルの需要が世界中にあるためにアメリカは米国債やドル紙幣を幾らでも印刷できる特権を保有している。

 ブルームバーグの12月3日の記事によれば、国際決済銀行(BIS)が2022年に発表した3年に1度の調査結果によると、外国為替市場取引の規模は1日に7.5兆$ありドルのシェアは約88%に上るという。(参照:資料2)

 覇権国の特権と引き換えに、アメリカは世界最大最強の軍事力を保有し、世界中に米軍基地を保有してプレゼンスを保持している反面、世界最大の財政赤字を抱えているのである。年間1.8兆ドルもの財政赤字を出しているにも拘わらず、毎年巨額の米国債を買い続ける国があることによって、米国のドル覇権体制が維持されてきた。

 しかしながら、この特権はいつまでも続かない。何故なら過去に発行した国債の償還額が年々増大し、財政赤字の増大によって新規発行の国債額もまた増加の一途にあるからである。国債の買い手が存続する限りドル覇権を維持することは可能だが、買い手がいなくなった途端にアメリカは予算を組めなくなり、ドル覇権は終了することになる。

 では米国債の保有者はどこにいるのかと言うと、資料1によれば、約40%が中国、約30%が日本、約15%がサウジアラビア、5%が英国、残り10%がその他であるという。発行済みの米国債の総額は一説に16兆$と言われるが、本当のところは分からない。

 この体制の存続を脅かすリスクは、既にアメリカの内外で顕在化している。外部リスクは二つある。まずアメリカは中国を世界最大の敵とみなしており、トランプ氏は関税戦争を仕掛けようとしていることは周知の通りである。次にサウジアラビアはアメリカと締結してきたPDSを破棄しBRICSに参加しようとしている当事者である。中国もサウジアラビアもアメリカに対して米国債を売却するというカードを保持しており、もし大量に売却すれば、その時点でアメリカのドル覇権は崩壊してしまうのである。

 次に内部リスクとして考えられるのは、アメリカが国債の償還に応じられなくなる事態である。もしそうなればドルの信認は一瞬にして消滅しドルは暴落するだろう。

 こう考えるとき、トランプ新大統領が掲げるMAGAの実現は、ドル覇権を維持することが大前提であって、相当難しい舵取りが要求されることが分かる。

近代資本主義も限界に近づいている

 1月31日に公開した『終焉を迎えるバブル経済と資本主義(3)』において、そもそもバブルとは何か、現在進行中の金融資本主義というバブル、アメリカ債券バブルと中国土地バブルについて論じた。以下に要点を引用する。

 <政府が財政赤字を増加させてきたことがバブル経済を生んだ最大の原因だった。そして金融市場に供給された巨大なマネーがパワーを持って、政治経済や戦争にまで強大な力を行使してきたことが、資本主義の歪みを増大させてきた原因だった。

 この過程でバブル膨張と崩壊のサイクルが繰り返され、サイクルを繰り返すたびにバブルは膨張した。そして現在、アメリカと中国で連動してバブル崩壊が起きようとしており、さらに住宅や不動産市場のバブル崩壊を経て、次は債券市場でバブルが崩壊しようとしている。バブル崩壊の規模において、現在は最終かつ最大のバブル崩壊が起きる前夜にある。>

 「円キャリートレード」と呼ばれる取引がある。「超低金利の円建てで資金を借り入れ、円をドルに換えて、高金利のドルで投資して稼ぐ取引」であり、円とドルの為替レートと日本と米国の金利差を巧みに利用する投機ビジネスである。

 特に最近では不動産バブルが崩壊し、経済の失速が鮮明になった中国からマネーが一斉に引き揚げられて、高金利を維持しているアメリカに還流して、米国市場の株式、証券、不動産市場でバブルを膨張させてきた。こうして世界が成長の低迷に喘ぐ中でアメリカだけが成長を続けようとしている。

 「バブルの膨張に必要なのはマネーの流入と市場である」と言われる。現在の状況は、超低金利の日本が資金を提供し、高金利のアメリカが市場を提供する形でバブルが成長してきた。ここで重要なことは、バブル形成に日米両政府が当事者として関与している事実である。

 この点において、過去に起きたバブル崩壊と、これから起きるバブルの間には決定的な違いがある。

 ①まず政府の立ち位置が違う。過去において政府・中央銀行の役割はバブル発生の被害を局限化するための対策を講じる立場だった。しかし、近未来ではそもそも政府・中央銀行がマネーの供給者としてバブルの当事者に連座しているために、被害を局限化する立場になく、救済手段を講じることができない。

 ②次に起きることが予測されるのはM7バブルの崩壊であり、国債の発行や償還ができなくなる「債券バブル」の崩壊である。特に国家が国債の新規発行と償還ができなくなる事態は、「国家のデフォルト」に他ならず、国が借金を踏み倒す事態となる。

 資料1によれば、現在アルゼンチンを筆頭に世界の70ヵ国がIMFや世界銀行、或いは他国からの融資を返済できなくなる事態に陥る可能性が高いという。国家が破産するという事態は、バブル経済でやってきた近代資本主義の行き詰まりと捉えることができるのではないだろうか。

 トランプ次期大統領はBRICSに対してドルに代わる通貨の登場を許さないと警告したが、それはドル覇権の維持が次期政権にとって死活的な要件であることを吐露している。同時に、バブル経済でやってきたアメリカ覇権体制が限界に近付いていることの証左でもある。

 もしアメリカで債券バブル崩壊が起きれば、それは世界の金融市場に壊滅的な打撃を及ぼすことになり、バブル経済を前提としてきた近代資本主義が破綻する事態となるだろう。このように、トランプ第二期政権は、資本主義の歴史においてマネーが膨張し過ぎた危機的な時代に登場することを肝に銘じておかなければならない。

エピローグ(トランプ氏は現代のドン・キホーテか)

 最後に、トランプ氏は一体誰と、或いは何と戦っているのか私見を述べて締め括りたい。

 第一は、アメリカの国内事情という戦場において、民主党・左派・DS集団に対して、「行き過ぎたイデオロギーを是正して、本来のアメリカを取り戻す」戦いだった。オバマ政権以降の民主党政権下では、過剰かつ過激な「PC、LGBT、多様性の要求」というイデオロギーが国内に蔓延していた。その過激な風潮の中で被害者となった労働者階級、中産階級、或いは正規の手続きを経てアメリカ市民となった移民層のために、本来のアメリカを取り戻そうという戦いを挑んだのではなかったか。

 第二は、国際社会における戦いでは、グローバリズム、中露イランに代表される専制主義、地球温暖化というプロパガンダ、それとマイノリティが権利を声高に要求する場と化したさまざまな国連機関等に対して、アメリカのナショナリズムと国益を取り戻す戦いだった。そのように思える。

 そして第三は、アメリカ1強という時代にあって、世界の「3K(きつい、汚い、危険)」の任務をアメリカに押し付けてきたNATOや日本を含む同盟国に対して、平和と安全と繁栄を追求するのであれば、応分の負担をし役割を担えと要求する戦いである。それが嫌ならNATOから脱退し、米軍基地を引き払うというカードを切り、ディールに臨もうとしている。

 そのように俯瞰すると、戦後80年間、覇権体制を担ってきたアメリカが莫大な財政赤字を抱えて予算を組むことすら危ぶまれる瀬戸際に立っている現実が見えてくる。誠に「トランプ氏は現代のドン・キホーテを演じようとしている」そう思えるのである。

 日本は戦後アメリカに従属して経済的繁栄を享受してきたのだが、トランプ第二期政権の誕生に臨み、そんな甘い認識では戦後80年以降の「一歩間違えば戦乱再びもあり得る」激動の時代を生き抜いてゆくことは出来ないと断言しておきたい。

 アメリカ1強体制にひびが入った戦後80年以降に、一体どういう国際社会を作るのか、秩序と平和と繁栄を維持する仕組みをどう再構築するのか、そのために日本はどういう役割を担うのかという命題に真剣に向き合い、日本のオプションを用意しなければならないのだ。

 「アメリカが押し付けた憲法」の制約をできない言い訳とし、その大役から逃げ回ってきた過去はトランプ第二期政権誕生と同時に吹き飛んでしまうのだと覚悟を決めなければならない。トランプ氏と巧くやっていく方法はそれ以外にはありえない。日本は今その瀬戸際に立っている。

 最後に触れておきたい。トランプ第二期政権において首席補佐官に就任することになっているスーザン・ワイルズ(Susan Wiles)という女性(1957年生)がいる。大統領選でトランプを圧勝させた名参謀との評価が高い人物である。今まで述べてきたように、トランプ第二期政権を待ち構える国際情勢・国内情勢は、何れも混乱の極みにあるのだが、そのような絶体絶命の状況にあって、ワイルズ氏はホワイトハウスの舵取りを担うことになる。トランプ氏といい、ワイルズ氏と言い、世界を背負い時代を担う人物が登場するところに、アメリカの凄さと健全さを垣間見えるのである。

参照資料:

資料1:「米国債の巨額踏み倒しで金融統制が来る」、副島隆彦、徳間書店、2024.7

資料2:「ドルを武器化するトランプ氏、BRICSへの無用な挑発になる恐れ」、Bloomberg、2024.12

分断から内戦に向かうアメリカ

プロローグ

 アメリカ大統領選までカウントダウンとなった。過去には共和党と民主党が雌雄を決する戦いを繰り広げてきたが、近年では共和党支持者と民主党支持者の間の対立が激化して、アメリカ社会の分断が深刻化してきた。

 その根底には、アメリカ社会を構成するマジョリティの変化とマイノリティの増加がある。すなわち建国以来アメリカ社会の有権者の大半は白人層だったが、その後に起きた二つの大きな変化によって、アメリカは白人が市民のマジョリティの地位を失う最初の民主主義国家となる見込みだ。これはアメリカ歴史における大事件と言うべき変化だ。

 その二つの変化とは、奴隷の身分だった黒人層が公民権を獲得したことと、アジアや南米他からの移民が大規模に増加したことである。近年ではそれに加えて不法移民の急増がアメリカ社会にとって脅威となっており、アメリカ大統領選の重要な争点となっている。

 11月5日に迫ったアメリカ大統領選は、トランプ氏対ハリス氏、共和党対民主党、右派対左派(リベラル)対立の構図となっている。右派には何れも民兵組織のオース・キーパーズ(Auth Keepers)やⅢ%ers(Three Percenters)、左派には過激派のアンティファ(Antifa)やバーン(BAMN)が陣取っている。さらにキリスト教原理主義者(Christian Fundamentalists)と白人労働者層が右派の岩盤層を形成しており、片やディープ・ステートが民主党の背後に控え、フェミニストやマイノリティ層が左派の岩盤層を形成している。

 アメリカを分断させた両陣営が今まさに激突しようとしている。オバマ大統領以降、大統領選を経るたびに両陣営の対立は激化してきたが、今回の大統領選ではトランプ氏、ハリス氏の何れが勝っても騒乱が避けられない状況となっている。

 本資料を書くにあたって、全般的に歴史研究家のマックス・フォン・シュラー氏が書いた資料1を参照した。

1.分断の起源と歴史

 分断は2016年の大統領選にトランプ氏が登場した頃から深刻化してきた。但しトランプ大統領誕生が分断の原因ではない。分断はアメリカの歴史の中で形成されてきた現象であって、もっと根が深い。資料2が分断の起源と深刻化してきた経緯について論じているので、要点を以下に整理する。

1)アメリカの分断は2001年の同時多発テロを起源とする。平和を志向するリベラルと、報復を主張する保守の対立が現実のものとなった。

2)2008年にリーマンショックが起きた。事態の早期収拾を図るための公的資金投入に対する賛否を巡って分断が深まった。

3)冷戦後グローバル経済が拡大したのと相まって、アメリカを牽引する産業が「油まみれの」産業から知的産業へ、主役の交代が起きた。加えて2009年にはオバマ大統領が誕生し、白人層からマイノリティ層へ主役交代が鮮明になった。

4)人口構成におけるマイノリティ層の増加とそれによる白人層の相対的減少は、二大政党の支持層の構成を大きく変容させた。即ちマイノリティが民主党に結集し、「取り残された人々」やキリスト教原理主義者は共和党へ結集して、分断の構図が明確になっていった。

2.移民の国アメリカ

 アメリカは移民の国であり、基本的にアメリカ市民は移民に対し好意的である。主な理由が二つある。第一に、建国以来絶え間なく移民が流入して人口が堅調に増加し、力強い経済成長を遂げてきたアメリカの歴史がある。そして第二の理由は、優秀な移民がイノベーションの担い手となってきたことである。

 もう一つ重要な事実は、アメリカには移民を受け入れるフロンティアが常に存在したことだ。まず建国以来の歴史には「西部」というフロンティアが存在した。西部開拓の時代が終わり土地というフロンティアが消滅した後も、アメリカは移民を受け入れながら新たなフロンティアを次々に開拓していった。自動車産業はアメリカが土地に代わるフロンティアを産業分野に求めた代表的な例である。この結果、いわゆる「油まみれの産業」が成長して多くの労働者を吸収していった。

 しかし、この領域は世界との競争分野だった。とりわけ戦後の日本やドイツとの間で品質と価格を巡る熾烈な競争が起きた。さらにGDPで日本を抜いた中国が台頭すると、「油まみれの産業」分野でのアメリカの市場支配力は衰退していった。

 次にIT分野の開拓とグローバリズムの推進によって、アメリカは再び市場の支配力を取り戻した。しかしながらIT産業では、マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven)に代表される一部の企業が桁外れの利益を稼ぎ出す一方で、「油まみれの産業」で働いてきた白人労働者層はアメリカ社会のマジョリティの地位から滑落して「取り残された人々」となった。

 目覚ましい経済成長を遂げてきたアメリカはその後も世界中から移民を呼び寄せ続けた。その結果アメリカでは人種や主義の多様化(Diversity)が進み、マイノリティの権利を主張する運動が活発になった。左派が展開してきた運動の背景には「マイノリティの増大とダイバーシティの拡大」という潮流がある。

 資料3は現在の左派と右派の対立を、左派の牙城であるカリフォルニアから、しかもリベラルな視点から俯瞰したものだ。サンディエゴ大学のバーバラ・ウォルター教授はこう述べている。「アメリカが世界の牽引役であるとすれば、カリフォルニアはアメリカの牽引役である。(左派と右派の対立が激化したからと言って)アメリカは歴史の終局点に立たされている訳ではないと信じる。むしろ刮目すべき新時代の始点に立っているのだ。」

 この自負や良しだが、事態をかなり楽観視し過ぎているように思える。ウォルター教授はカリフォルニア州を「移民とインクルージョン(包含)の先進政策州」と評しているが、一方でカリフォルニアが直面している課題に眼を転じれば、ホームレス数は全国の1/4を占め、所得格差は全米で4番目に大きく、治安が極度に悪化している現実がある。治安の悪化はBLMの主張から警察を目の敵にして予算を削減してきた結果であり、カリフォルニア州が直面する深刻な課題は、「マイノリティとダイバーシティ」に係る、行き過ぎた政策を推進してきた民主党政権が招いた結果である。

3.2024年大統領選を巡る分断

 資料4は、破局に向かっている分断の背景について、次のように分析している。

1)民主主義を支えるには憲法、裁判所、規範が必要だが、米国では規範が崩れた

2)規範が崩れたのは二大政党の支持層が変わり、政党の分極化が進んだからだ

3)分極化が進んだ背景には、この半世紀に二大政党の支持基盤に起きた三つの巨大な変化がある

 ここで「三つの巨大な変化」とは、以下のとおりである。

1)1950年代後半~60年代前半の公民権運動の結果、選挙権を獲得した多数の黒人が民主党員になった

2)中南米やアジアからの移民の大半が民主党員になった

3)この動きと同時に、両党に分かれていたキリスト教福音派がレーガン政権以来圧倒的に共和党支持となった

 こうして今や民主党は都市で暮らす教育を受けた白人と、人種的マイノリティや性的マイノリティの混合体となった。ここまでの経緯を見てくると、民主党政権がマイノリティ層に対して手厚い政策を講じてきた背景に、支持基盤を維持するためという動機が働いていることが分かる。

 これに加えて、不法移民の急増と、民主党陣営による民主主義の規範の破壊によって、分断はトランプ対民主党、右派対左派の対立として先鋭化していったのである。左派と右派の双方に責任の一端があるにせよ、分断を作為的に煽ってきたのは、民主党による執拗な「トランプ攻撃」であり、熱狂的な左派によるPC活動だったことは明らかである。

 「トランプ攻撃」の代表的なものは、以下の三つである。

①トランプ大統領が就任した直後(2016~)から展開された「ロシア・ゲート事件」

②バイデン政権が誕生した2020年の大統領選挙における郵便投票を悪用した組織的な選挙不正

③2024大統領選に向けて司法当局が行ったトランプ氏の再登板を阻止しようとする執拗な「司法の武器化」

 ちなみにロシア・ゲート事件とは、2016年の大統領選挙において、ロシアがサイバー攻撃等による世論工作を行ってトランプ大統領の勝利を支援したという疑惑だが、2019年に公開された連邦政府の特別検査官による報告書では、ロシアが介入した証拠はないことが結論付けられている。

 このように大統領選挙は左派と右派が激突する最大のイベントとなっているが、その根底に左派によるPC(Political Correctness)活動、LGBTやブラック・ライブズ・マター(BLM、Black Lives Matter)に代表される「マイノリティの権利とダイバーシティの拡大」を主張する過剰な活動が横たわっていることは明らかだ。

4.分断を促進した左派

 資料1の中でシュラー氏は、「アメリカ人は完璧に差別がない社会を作ろうとする。自分の価値観を他人に強要する攻撃手段としてPCが編み出された。PCを振りかざして誰かを告発しようと躍起になる人達はSJW(社会正義の闘士、Social Justice Warrior)と呼ばれている。この性癖故に、アメリカ人は他国と共存することが出来ない。それどころか、自分の国の中でも共存できていない。些細なことを問題にして自分の国を破壊している。」と分析している。

 民主党支持層として活動する主な集団には、マイノリティの権利を執拗に主張し、PC、LGBT、BLMなどの活動を展開しているフェミニスト集団と、過激派集団のアンティファとバーン、それとアメリカの支配階級であるディープ・ステートが名を連ねている。資料1を参照して、それぞれの集団について以下に簡潔に説明する。

 まずフェミニストの活動は反ベトナム戦争から始まったウーマン・リブの流れを組むものである。彼らは社会を変える手段として学校教育を選び、小学校レベルから子供達を洗脳する教育をやってきた。この結果、現在のアメリカの教育システムは、過渡に敏感で自分勝手な人間を作り続けている。彼らは年齢的には大人だが、精神的にはとても幼稚で、どんな苦労も我慢することができない。

 次にBLMは全国的な黒人の権利主張団体である。彼らの活動は警察官に黒人が射殺された事件に抗議することから始まったが、問題なのは射殺された黒人男性の大半が犯罪者であることだ。BLMという運動は本格的な共産主義の形を見せている。民主主義において社会を変化させるための方法は政治的な活動と選挙なのだが、現在の左派はそれを無視して自分たちの価値観を他にも強制するために暴力を扇動している。

 アンティファとバーンは反トランプの中心的なグループで、正当に抗議を行う組織ではなく、いわゆる過激派集団である。アンティファは反ファシズムのグループとして1980年代に欧州で始まった。バーンは「By Any Means Necessary」の略語で「どんな手を使ってでも」という意味であり、1995年にアメリカで創設された。

 ディープ・ステートは組織ではなく、アメリカ上層部を形成する国際金融資本家、企業や官僚や軍のトップ層、それと大手メディアのトップで構成される。彼らは連携して行動する訳ではないが、共通点は戦争や危機を仕組んで大きく儲けようとする集団であることだ。

5.不可解な不法移民問題

 資料5によれば、トランプ政権下だった2017~20年には不法移民の流入数は累計でマイナスだったのが、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人に上った。特に2023~24年は240万人/年と急増している。この数字には政府の監視の目を潜り抜けて入国した逃亡者(推定数百万人)は含まれていない。

 これだけでも想像を絶する数字だが、さらに不可解なことに、資料1は不法移民が国境に到着すると、5,000ドルのデビッドカード、米国内の希望する都市への無料航空券、携帯電話がアメリカ連邦政府から支給されているという。

 この事実から、「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことが明白である。問題はバイデン政権が促進政策をとったのは一体何故かだ。マイナス面が甚大であるのに対してプラス面が見当たらないのである。民主党政権を支持する岩盤層がマイノリティとなった現状を踏まえると、不法移民に有権者登録をさせて民主党候補に投票させてきたという見方も否定できない。もしそうであるとしたら、民主党政権は支持基盤を厚くするために、国益を大きく毀損する政策をとってきたことになる。

 深刻化してきた不法移民の流入を巡って、州政府と連邦政府の対立が激化してきた。メキシコと国境を接するテキサス州は2023年12月に不法越境を犯罪とする州法を成立させて、州による逮捕と州裁判所による送還命令を可能とした。これに対しバイデン政権は、「州に移民を制限する権限はない」とする訴訟を起こし、係争中は施行を差し止めるよう最高裁に要求した。最高裁は連邦政府の要求を退け、暫定的ながらテキサス州法の施行を容認した。(CNN、3月20日)

 資料6によると、テキサス州のアボット知事(共和党)は、州法を整備した上で、殺到する不法移民を阻止するために州兵と州警察を動員して実力行使に乗り出した。アボット知事の認識は、「テキサスは侵略に直面しているにも拘らず、連邦政府が州を防衛する憲法上の義務を放棄している」とするものだ。今年1月の世論調査によると、米国の有権者の65%が国境問題は単なる危機ではなく侵略であると捉えている。

6.トランプを支持する右派

 民主党政権が480万人もの不法移民を受け入れた結果、安い賃金でも働く不法移民に仕事を奪われて、多くのアメリカ市民が中間層から貧困層へ転落しただけでなく、大都市の治安が極度に悪化した。これは民主党政権の重大な責任であるとして、移民政策に異議を唱える集団の代表が民兵組織ミリティア(Militia)である。オース・キーパーズとⅢ%ersがその代表的集団だ。

 アメリカの民兵組織は、政府の統制を受けないボランティア部隊で、完全に独立していて、大半のメンバーが連邦政府を敵とみなしている。しかもミリティアは元軍人であるので規律を重んじ、組織行動をとっている。民主党の政策の結果、彼らは貧困化しており、熱狂的なトランプ支持層となっている。オース・キーパーズには3万人のメンバーがいると言われる。名前の由来は「憲法で約束された自由を守る」からきている。Ⅲ%ersの意味は独立戦争で3%のアメリカ人が戦ったことに由来する。

 右派の中で注目すべき団体はキリスト教原理主義者である。キリスト教原理主義者は、キリスト教信者の中でも最も厳格に聖書の教えを信じ守ろうとする集団である。キリスト教原理主義には三つの波があった。植民地時代、南北戦争の前、そしてベトナム戦争後の現在である。以前と異なり現在の波は、現代の信者たちが政治的な主導権を取り戻そうとしていることにある。

7.大統領選投票日から起きる事態

 大統領選挙を契機として起きることが予想される左派と右派の衝突は、第二の南北戦争(Civil War)と称される様相を示すだろう。左派の実行部隊はアンティファやバーンであり、右派の実行部隊はオース・キーパーズとⅢ%ersに代表される民兵組織だ。左派と右派の双方が数万人規模の集団であり、アメリカでは武器が自由に手に入るので、ひとたび衝突すれば大惨事となる。

 客観的に比較すると、左派の実行部隊はいわゆる過激派でトラブルを起こすことは出来てもアメリカ社会を支配する能力はない。資料1でシュラー氏は「アンティファやバーンは単に甘やかされた子供達であり、フェミニストは大都市の外では何の力も持っていない」という。それに対して民兵組織は元軍人の集団であるから、ひとたび民兵組織が立ち上がればもはやFBIの手に負える事件ではなくなると指摘する。

 さらにオバマ政権の時にPCの波は軍隊にも持ち込まれて、軍隊組織においても男女平等、LGBT等マイノリティ重視が徹底された結果、アメリカ軍は深刻な混乱状態に陥った歴史がある。アメリカ軍を弱体化させた、行き過ぎた政策に不満・反感を抱く軍人が多く、もし民兵組織が立ち上げれば、現役の軍人が民兵組織に共鳴し合流することが予測される。

 もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。

 アメリカの選挙の正確性は、僅差に耐えられるほど厳格なものではない。衆議院選挙が10月27日に行われ、翌28日の早朝には選挙の集計結果が公表される日本とは明らかに別物である。従って、もし有権者が集計結果に疑義を主張し、僅差で敗れた方が結果を信用しないという行動に出れば、それは選挙制度の崩壊、さらには民主主義の崩壊に繋がるものだ。そして有権者の怒りが、第二の南北戦争となって生起すれば、アメリカは修復不能な事態に突入することになる。正に今回の大統領選はアメリカにとって剣が峰なのだ。

8.没落するアメリカ

 今アメリカで進行している事態は、建国以来のアメリカの歴史と文化がもたらした結果である。今まで述べてきたように様々な要因があるが、沸騰点に向かっているアメリカ騒乱の大元の原因の一つは左派による行き過ぎたPC運動にあることは事実である。オバマ大統領はあろうことかアメリカ軍にまでPCを持ち込んだ。常軌を逸しているという他ない。

 原因のもう一つは、バイデン大統領が推進した数百万人に及ぶ不法移民の流入増加である。資料5によれば、2024年2月末に実施されたギャロップの世論調査は次の通りだった。

1)米国が直面する最重要課題が移民と答えたのは、共和党支持者52%、民主党支持者12%、無党派層21%

2)現在の移民急増を、危機と認識しているのは45%、大きな問題と認識しているのは32%、合わせて77%

3)政府の取り組みに対しては、非常に悪い/悪いと答えたのは共和党支持者で89%、民主党支持者でも73%

4)対策については、共和党支持者の77%が「不法移民の強制送還を増加」、72%が「国境の壁の拡張」

 アメリカ国民の大多数がPCで糾弾されることを恐れて沈黙してきたのに対して、唯一PC圧力に屈しない人物が登場した。それがドナルド・トランプだった。右派、とりわけマイノリティとなった白人層(特に労働者、元軍人など)にとってトランプ氏は救世主なのであり、今回の大統領選はアメリカが本来の姿を取り戻すラストチャンスとなったのである。

 かくして左派と右派の激突は不可避となった。歴史的に俯瞰すると、この衝突は1920年代にドイツからアメリカに逃れてきたマルクス主義の哲学者グループが「フランクフルト学派」を創設して種を蒔き、共産主義思想をもつ過激な左派がアメリカ国内に蔓延してきたという流れを変えられるかどうかの「関ケ原の戦い」なのだ。

9.「思考停止の80年」と決別する好機

 先に『思考停止の80年との決別』の連載を書いた。(「激変する世界」参照)来年は戦後80年の節目である。世界情勢が激変している今こそ、日本人が自発的・自律的に行動して戦後体制を刷新すべきだという主張として書いた。

 不幸なことに、「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍晋三元総理は暗殺されてしまった。しかし今、世紀の大転換が外からやって来ようとしている。トランプ氏とハリス氏の何れが大統領になっても、アメリカは騒乱状態となることが避けられず、国内秩序を取り戻すことで精一杯となるだろう。

 もし騒乱の原因を作った民主党が政権を維持する展開になれば、騒乱は内戦に発展する可能性を排除できないばかりか、ウクライナ戦争やイスラエル対イラン戦争を調停する役割も力もアメリカに期待できない事態に陥る。アメリカが没落し、鎮めるものが不在の世界の大騒乱の時代を迎えるだろう。

 飽くまでも日本からの視点ではあるが、アメリカが本来の姿を取り戻すためにも、また国際秩序を取り戻すためにも、トランプ大統領が再選されることが望ましい。トランプ氏なら、国内の騒乱状態を鎮めつつ、二つの戦争を終結に導く采配を期待できるかもしれない。しかしその場合でも、トランプ大統領は同盟国日本に対し、安全保障面でも経済面でも過去とは次元の異なる要求を突き付けてくる可能性が高い。

 こう考えると、日本は衆議院議員選挙の結果に右往左往している余裕など全くないのである。国内の混乱を手際よく収めて、目を大きく見開いて国際情勢の激変に備えることこそ、有事のリーダーが備えるべき要件である。

 『国防の禁句』という本がある。防衛省の幹部だった島田和久元事務次官、岩田清文元陸上幕僚長、武居智久元海上幕僚長の三氏が書いたもので、その冒頭には「誰が次の大統領になろうと(米国の)影響力の衰退は隠しようがなく、現状を所与のものと受け止め、日本は戦後初めて自分の足で立たなければならなくなった。そして自ら脳漿(のうしょう)を絞って、進む方向を考えなければならない」と書いているという。全く同感である。(産経新聞10月27日に紹介記事)

参照資料:

資料1:「内戦で崩壊するアメリカ」、Max von Schuler、ハート出版、2024.2月

資料2:「米国社会の分断は危険水域、大統領選後に第二の南北戦争勃発の可能性、その背景とは」、冷泉彰彦、Wedge Online、2024.10.21

資料3:「第2の南北戦争という内戦を回避できるのか」、サンディエゴ大学教授、バーバラ・F・ウォルター、東洋経済オンライン

資料4:「なぜアメリカはここまで分断したのか、3つの巨大なうねりに答えがある」、ハーバード大学教授、スティーブン・レビッキー、World Now、2020.10.6

資料5:「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」、前田和馬、第一生命経済研究所、2024.4.15

資料6:「内戦2.0-連邦政府とテキサス州との間で激化する対立の背景とは?」、マイケル・ハドソン研究所、2024.1.25

エイジングギフト

老後という贈り物

プロローグ

 別稿の『VWSG思考』に、次のメッセージを書いた。(https://kobosikosaho.com/daily/1242/

 昼のひと時に公園のベンチに座って虫や鳥の鳴き声に耳を傾けながら、壮大な生物の物語に思いを巡らせてみて欲しい。次に晴れた夜に同じベンチに座って満天の星が輝く宇宙を眺めて、無限に広がる宇宙に想いを巡らせてみて欲しい。その上で想像力を逞しく働かせて欲しい。例えば次のように。

 漆黒の宇宙にポツンと浮かぶ地球がある。宇宙船地球号は超高速で宇宙空間を飛翔している。その地球を舞台として、壮絶な生物進化の物語が30数億年にわたって繰り広げられた。その物語のライブステージが現代であり、「現役」の俳優の一人として今自分の人生がある。人生には恐らくこの荘厳な事実に勝る感動はないだろう。

 本資料を書くにあたって、全般にわたり下記資料を参照させていただいた。

・資料1:「なぜヒトだけが老いるのか」、小林武彦、講談社現代新書、2023.6

生物の進化と淘汰、生と死

 現在生存している全ての生物は、凡そ38億年前に起動した生物進化のプログラムによって、現在の形質を獲得した。この生物進化のドラマには二つの物語が同時進行の形で織り込まれている。

 第一の物語は、生物の種が進化と淘汰を繰り広げてきた巨視的に俯瞰した物語である。進化とは「新たな種の登場」であり、淘汰とは「進化に失敗した種の消滅」である。

 第二の物語は、個体の生死が繰り返されてきた微視的に俯瞰した物語である。物語の中で個体に与えられる命は、ほんのひととき或いは一瞬でしかないのだが、個体にとってはそれが与えられた時間の全てである。

 生物の種の物語が縦糸となり、個体の生死の物語が横糸となってタペストリーのように織り込まれて、38億年にわたる生物の歴史が綴られてきた。現代の生物が繰り広げている営みはそのドラマの「現在の姿」に他ならない。ドラマに登場するアクターは次々に交代し、ホモ・サピエンスは哺乳類の中で最後に登場したアクターである。

生物の仕組み

 生物は動物も植物も細菌もウィルスも、皆固有のDNA(遺伝情報)を持っている。DNAは種を規定すると同時に個体の多様性を規定している。具体的に言えば、同じ種に属する個体は共通のDNA構造を持っていると同時に、個体ごとに固有なDNA情報を持っている。

 個人毎に固有のマイナンバーカードが交付されるように、全生物の個体は全て唯一無二のDNAを持って生まれてくる。ヒトのDNAについて最新の科学が明らかにした驚嘆に値する事実の一端を、資料1から引用して紹介しよう。

 1)ヒトの細胞は約37兆個ある。その一つ一つに父母由来のDNAがそれぞれ約30億の塩基対として、合計で2組60億の塩基対がコピーされて1/100ミリほどの細胞膜の中に折り畳まれて格納されている。塩基には〔グアニン、シトシン、アデニン、チミン〕の4種類があって、記号で〔G、C、A、T〕と表現されている。この内AとT、CとGがそれぞれ結合して塩基対となり、DNAを形成している。この四種類の塩基が遺伝子情報を記述する最小単位(ビット)を形成している。

 2)細胞には寿命(耐久限界)がある。古くなった細胞は所定の時間が経過すると新しい細胞に置き換えられる。置換の周期は細胞の部位によって異なり、ヒトの場合最短は血液の細胞で約4カ月、最長は骨の細胞で約4年である。古くなった細胞は分解されたり、免疫細胞に食べられたり、或いは老廃物として廃棄される。

老化のメカニズム

 細胞は大別して体細胞と生殖細胞に分けられる。さらに体細胞には、体のどこの部位になるのかが定まっている細胞と、定まっていない細胞の二種類がある。後者は「幹細胞」と呼ばれ古くなった細胞に代わる新しい細胞を作り出す役割を担っている。

 幹細胞が新しい細胞を作り出すとき、約30億✖2組の塩基対の全て(すなわちDNAの全情報)がコピーされるが、所定の確率でコピーエラーが生じる。エラーを修復するメカニズムが備わっているものの、年齢とともに修復が不完全となりエラーが蓄積してゆく。

 細胞が老化する原因は『エラー蓄積仮説』と呼ばれる。DNAのエラーが蓄積することによって、細胞の機能が徐々に低下するというものだ。細胞の機能低下が進むと、やがて臓器などの器官が正常に機能しなくなる。これが老化症状となる。

 老化は人体のあらゆるところで起きるが、致命的な老化が二つあるという。一つは新しい細胞を作り出す幹細胞の老化であり、他一つは人体の中で新しい細胞に置き換わることがない脳と心臓の老化である。

 ヒトの死因の上位は、癌、心疾患、老衰、脳疾患の順である。また老衰の原因の大半が心不全であるので、癌を除く死因の上位は、細胞が新しいものに置換されない脳と心臓が耐久限界に到達したことによって起きると考えられる。

 一方、癌は幹細胞が老化して新しい細胞を供給できなくなり、老化細胞が排除されなくなって「炎症性サイトカイン」と呼ばれる物質が増えることによって起きる。

ヒトの寿命

 一般に体の大きな動物は寿命が長く、小さな動物は短い。資料2の中で東京工業大学名誉教授の本川達雄氏は、さまざまなデータを分析して動物では「時間が体重の1/4乗に比例する」という法則を導いた。この法則は、体重が1kgの動物の時間を1とすれば、10kg、100kg、1トンと大型になるに従って、動物の時間は1.8、3.2、5.6と長くなってゆくことを示している。小型になる場合には同じ割合で時間が短くなる。

 本川達雄氏がいう哺乳類の時間とは、寿命はもとより、成熟するまでの期間、呼吸や心拍の間隔、血液が体内を一巡する時間など、生命活動に係る様々な時間を指している。

 さてここでヒトの寿命について考えたい。始めにヒトの生物学的な寿命は推定50歳前後であるという。資料1で小林武彦氏は、三つの根拠を挙げている。第一にDNAがかなり似ているゴリラやチンパンジーの寿命が50歳前後であること、第二に哺乳類の総心拍数は約20億回(哺乳類の種によらずに同一)で、ヒトの場合約50歳で到達すること、そして第三に55歳頃から癌で死亡する人が急増することである。

 一方現代の日本人は、健康に恵まれると90~100歳の長寿を得ている。生物学的寿命とのギャップ(要するに老後)は約40年前後に及ぶ。この現実をどう理解したらいいのだろうか。

動物の老化

 ヒトには「長い老後」が約30~40年もあるのに対して、資料1によれば<ヒト以外の生物の老化期間は短いか殆どなく、老化と死がほぼ同時に訪れる>という。これは何故だろうか。

 老化に関して興味深いのはサケだ。サケは自分が生まれた場所が産卵に適した場所であることを知っている。サケは激流をも落差のある滝でさえも遡って、ようやく生まれた場所に辿り着いて、産卵・放精という最後の使命を果たすと間もなく寿命を迎える。ここで驚嘆するのは、遡上過程では老化が起きず、子孫を残すことができると急激に脳が委縮して死亡する事実である。

 生態系は基本的に「食べるか、食べられるか」の関係で維持されているので、野生生物には老化がない。体の小さい動物は食べられて死ぬことが多いのでそもそも長寿化の意味がない。肉食動物の場合には餌を獲れなくなれば死に至る。またゾウは老化症状を示さず、癌にも罹らず、心筋梗塞などの循環器系の不具合が原因でピンピンコロリと死ぬ。

 老後があるのはヒト、シャチ、ゴンドウクジラのみで、それ以外の哺乳類に老後はないという。三つの種の共通点は「子育て」にある。

ヒトの「長い老後」

 ではヒトに長い老後があるのは何故だろうか。それを説明する理由として「おばあちゃん仮説」と「おじいちゃん仮説」と呼ばれるものがある。どういうものかというと、我々の祖先は肉食動物を狩るために、或いは他の集団に対して優位に立つために集団生活をしていた。集団生活では子育てを分担するおばちゃんと、集団を束ねる長老としてのおじいちゃんの存在が重要となり、その社会的ニーズが長寿を促進したという仮説である。

 冒頭に「個体の生と死は生物の進化と淘汰という長編物語を構成する一コマである」と書いた。個体と集団の関係、さらには種との関係を因果関係として捉えると、ホモ・サピエンスという種が進化してゆく過程で、集団の存続と繁栄にとって「老後の存在」が有益だったために、ヒトの長寿化が促進されたという解釈が成り立つということだ。

 ヒトは他の哺乳類と比べて格段に高い免疫力を持っているという。ヒトは免疫力を高めることによって長寿を実現してきたと解釈される。

 小林武彦氏は書籍の末尾を次のように結んでいる。

 <現役を引退する60~70代には、老後に対する不安が募り鬱々とした気持ちが高まる。ところが85歳を過ぎる頃になるとその不安が減り、あるがままの状態を受け入れるようになる。このネガティブからポジティブへの転換は、大病や配偶者との死別などつらい経験をした人ではさらに強くなる。この境地は『老年的超越』と呼ばれる。>

エイジングギフト

 1955年に東京都八王子市で生まれ、若くして北海道礼文島に移住した植物写真家でエッセイストの杣田(そまだ)美野里さんは、遺作となった『キャンサーギフト』(資料3)に次の二句を残している。

 ・現(うつつ)とは死を意識して輝くと、母の愛した言葉の一つ

 ・咲きながら一世(ひとよ)のおわりに降るものを、キャンサーギフトとわたしは呼ぼう

 「キャンサーギフト」というのは、「癌がくれた贈り物」という意味である。この境地こそ『老年的超越』ではないだろうか。仏教でいう「悟り」の境地である。

 振り返ってみれば、現代人は時間に追い立てられるように人生の大半を過ごしている。その持ち時間は最長でも100年、健康寿命に恵まれたとしても社会の現役を退いた後せいぜい30年しかない。老後から振り返れば、人生100年は駆け足で過ぎてゆく。

 老後の30年余という期間、しかもヒトが進化の結果手に入れた時間は、「エイジングギフト」、即ち「老後という贈り物」、そう捉えることが相応しいように思う。但しそのためには杣田美野里さんの心境に到達する必要がある。

エピローグ

 ヒトは70歳を過ぎる頃から老化の進行を実感するようになる。体力や記憶、気力が衰えてゆき、年々歳々それが徐々に進行してゆく。老後は今まで出来ていたことが思うようにできなくなるために、気持ちが落ち込み気味になるものだ。減ってゆくもの、或いは失ってゆくものに注目すれば、暗い老後というイメージに支配されるに違いない。

 しかし視点を転じれば、老後の人生には増えてゆくものがある。代表的なものは自由である。時間やお金、さまざまな束縛からの自由がある。もう一つ重要なものは豊富な蓄積である。「おじいちゃん仮説」が示唆しているように、知識、経験、知恵、洞察力など、老人は豊富な知的財産を持っている。ここに注目すれば、老後は人生における至福の時間なのだということに気付かされる。

 東北大学名誉教授で歴史家の田中英道氏は、資料4で「老後賛歌」を綴っているので紹介しよう。

 『富岳百景』初編の末尾に「七十前描く所は実に取るに足るものなし(70歳以前に描いたものは駄作ばかりだった)」と葛飾北斎は書き残している。これは「老人には創造性がある、老人の域に入って年齢を重ねるにつれて若い時以上に深い表現力をもっている」ことを示唆するものだ。

 記憶をただの思い出話にするのではなく、思い出話の中に普遍的なものや教訓的なものを見出して整理する。そこから始めて文学や思想といったものに結晶させる、そういったことは老人にしかできない。この重要性に気が付くことこそが、老人の生き方において最も重要なことである。

 85歳で没した杉田玄白が、最晩年に日常生活を赤裸々に綴った『耄耋(ぼうてつ)独語』という随筆を書き残している。これは「長生きにはさまざまな苦しみがあるが、そこに創造するということがなければ、或いはそこから何かを得るということがなければ意味はない。一日一日を生きていくということを意識してはじめて、人の自然の生き方というものが刻まれていく。」ことを物語っている。

 日本には四季があり、春夏秋冬として老年にあたる冬の季節がある。人間にあっては、冬の時期こそが一番余裕のある時期であり、ものを一番生み出す創造的な時期である。

参照した資料

1.「なぜヒトだけが老いるのか」、小林武彦、講談社現代新書、2023.6

2.「ゾウの時間ネズミの時間」、本川達雄、中公新書1992.8

3.「キャンサーギフト」、杣田美野里、北海道新聞社、2021.8

4.「老年こそ創造の時代」、田中英道、勉誠出版、2020.2