日本と西洋の邂逅500年

プロローグ

 日本と西洋との出会いは、今から凡そ500年前の1543年に鉄砲が伝来した時に遡る。「大航海時代」が始まったのは15世紀末だった。1488年にディアスがアフリカ南端の喜望峰に到達し、1492年にコロンブスがバハマ諸島に到達した。1497年にガマはアフリカ南端を廻るインド航路を発見した。マゼランが世界一周を達成したのは1522年のことだった。

 大航海時代の幕開けは植民地獲得競争の幕開けでもあった。

 500年の間にさまざまな出来事があったが、日本と西洋の関係の変化に注目すると5つの期間に分類できる。(図1参照、第Ⅰ幕~第Ⅴ幕)

 第Ⅰ幕は鉄砲とキリスト教の伝来に始まり、限定的ながら通商を開始した16~17世紀である。二つの伝来に対して日本は対極的な対応をとったことが興味深い。最新の武器である鉄砲については、買い求めた2挺を分解して短期間で量産することをやってのけた。一方キリスト教に対しては終始禁止し布教を弾圧した。

 第Ⅱ幕は幕末から明治維新に至る18世紀末~19世紀で、列強が入れ代わり立ち代わり来航して通商を求めた時代である。1858年に大老井伊直弼が、後に不平等条約と言われた「安政五ヵ国条約」を天皇の勅許を得ずに締結した事件を契機に倒幕運動が激化した。

 第Ⅲ幕は明治維新から日露戦争に至る明治時代であり、王政復古による政権交代を成し遂げ、殖産興業と富国強兵政策によって一気呵成に近代国家へ変身を遂げた時代である。ここで軍事力を西洋並みに強化した結果、日本は日清・日露戦争を戦うことを余儀なくされた。

 第Ⅳ幕は欧米と肩を並べる軍事力を持つに至った結果、植民化のラストリゾートとなった中国大陸でイギリス、アメリカ、ロシアと対立し大東亜戦争へと突入していった昭和の時代である。

 そして第Ⅴ幕は1945年に終戦を迎えた後、GHQによる占領体制、言い換えると「戦後レジーム」を保持したまま現代に至る「戦後80年」である。

第Ⅰ幕:驚嘆の出会い

 15世紀末から始まった大航海時代は、欧州列強が大陸間航路を開拓しながら植民地獲得競争を繰り広げた時代である。ポルトガルとスペインが第1陣として、イギリス、フランス、オランダが第2陣として世界各地に進出した。(参照:『思考停止の80年との決別(2)』)

 日本にやってきた「西洋」の第1派は、1543年に種子島西村の小浦(現・前之浜)に漂着したポルトガルのモータら約100名だった。島主・種子島時堯は火縄銃2挺を買い求め、家臣に火薬の調合を学ばせたという。当時未だ戦国時代にあった日本は、瞬く間に鉄砲をコピーして、32年後の長篠の戦いでは鉄砲を大量に使用した織田・徳川連合軍が武田軍に勝利している。

 西洋の第2派は、1549年にジャンク船で中国・明から薩摩半島の坊津にやってきたスペインの宣教師だったザビエルと数人の仲間だった。イエズス会は1534年に創立されたばかりで、ザビエルはその創設者の一人だった。キリスト教に対しては、1587年に豊臣秀吉が筑前においてバテレン追放令を出しており、徳川幕府もそれを踏襲して1612年に布教の禁止令を出している。

 西洋の第3派は、1550年に通商を求めて平戸にやってきたポルトガル船だった。続いて1600年にはオランダ船リーフデ号(300トン)が豊後の国(大分県)臼杵湾の黒島に漂着した。アムステルダムを出航した時には5隻に総勢500人が分乗していたが、日本に到着したときにはリーフデ号1隻のみで生存者は僅か24名だったという。

 リーフデ号にはイギリス人ウィリアム・アダムズ(三浦按針)、オランダ人ヤン・ヨーステンらが乗っており、徳川家康に謁見して世界情勢を伝えている。そして1634年に徳川幕府は長崎の出島に商館を作ってポルトガルとの貿易・交流を容認した。その後ポルトガルは1639年に追放され、1641年以降幕末に至るまでオランダとの貿易が継続された。

第Ⅱ幕:警戒と通商

 18世紀末から明治維新に至るまでの第Ⅱ幕には列強が相次いで交易を求め、あわよくば植民地化を目論んで活発に来航した。当時実際に起きた植民地化の例を挙げると、1521年にスペインがメキシコを征服し、1537年にポルトガルがマカオを植民地化し、1623年にはオランダが台湾の澎湖島を占領している。19世紀にはイギリスがインドと中国を舞台にいわゆる「三角貿易」を行っていて、インドから清へアヘンを、清からイギリスへ茶を、イギリスからインドへ絹織物をそれぞれ輸出して、対価として銀を儲けていた。これが清の怒りを買い1840年にアヘン戦争が勃発した。イギリスは武力でこれを制圧して1842年に香港の割譲を受けている。

 第Ⅰ幕で来航した列強はポルトガルとオランダだったが、第Ⅱ幕の主役はイギリス、フランス、アメリカ、ロシアの四ヵ国だった。列強は何れも日本を植民地することは出来ず、最終的に通商目的で来訪を繰り返した。他のアジア諸国と異なり、日本は武士が統治する封建国家だったことと、識字率や庶民の生活などの点で当時の日本が西洋の予想を超える成熟社会だったことが背景にある。

 最終的に日本は1858年に、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ロシアの五ヵ国と「安政の五ヵ国条約」を締結した。この条約は、①函館・神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港、②江戸と大阪にあった市場の西洋への開放、③自由貿易の承認に加えて、④領事裁判権、⑤協定関税の規定が盛り込まれており、特に④と⑤は後に不平等条約と評された。これは西洋側からすれば植民地化の代わりに得た特権であり、日本側からすれば「西洋知らず」外交の失敗だったと言えよう。

第Ⅲ幕:王政復古、富国強兵の明治

 幕末期に西洋からの遅れを強烈に自覚した日本は、1868年に始まる明治維新で「王政復古」の政権交代を成し遂げ、国家と社会の制度を西洋化に刷新した。さらに1871年11月~1873年9月には、岩倉具視を特命全権大使とする総勢107名の使節団が、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、ロシアを含む12ヵ国を訪問している。

 各国の元首を表敬訪問し、各国の街並みと当時開催中だったウィーン万博を見聞して、約2年に及ぶ視察を終えて帰国している。図1に示すように19世紀前半には西欧各国で産業革命が相次いで始まっていて、工業化が急速に進んでいた時期であることを勘案すると、使節団の人々が西洋文明に圧倒されて帰国したであろうことは容易に想像できる。

 東北大学名誉教授の田中英道氏は資料1の中で次のように評している。

 <岩倉使節団は西欧を崇拝の的とした。福沢諭吉や夏目漱石は、ロンドンの街並みを見て石の文明を実感し、万博を見て鉄鋼その他の新素材を知り、そこにある断絶に日本は遅れていると見た。日本が西洋とは異なる根本的な考え方及び精神に自信を持つことをしなかった。>

 その後の歴史を知る立場から振り返れば、西洋から学ぶべき優れたもの(国の制度・科学技術等)と、日本が古来より継承してきた西洋に勝るもの(文化・伝統等)とを等距離において眺め、両者をどのように融合させることが近代国家日本の命題なのかを客観的に、願わくば戦略として考えることが肝要だったと思う。

第Ⅳ幕:激突した昭和

 昭和の時代、戦争に至る前半はラストリゾートとなった中国大陸を巡って、日本がイギリス、アメリカ、ロシアと利権を争った時代だった。富国強兵を推進して日露戦争を戦って勝利した日本は、否応なしに中国大陸での騒乱に巻きまれていったのだった。

 日本が満州事変を戦ったのは南下しようとするロシアを食い止めることだった。そこまでは妥当だったのだが、支那事変以降、中国の内乱に巻き込まれていったことは歴史的な失敗だったと言えよう。本来日本がとるべき選択肢は、中国の内乱と距離を置いて高みの見物をすることだったのだ。

 中国の内乱について、『思考停止の80年との決別(3)』では次のように述べた。

 <注目すべきことが二つある。第一に戦争の構図としてみると、中国大陸という舞台上で蒋介石と汪兆銘と毛沢東が戦い、舞台の外側には日本と英米、ソ連が陣取るという三つ巴戦の二重構造が存在していた。そして第二に、中国大陸に大規模な軍隊を送り込んで戦争を行っていたのは日本だけで、英米ソも中国大陸に深入りしていなかった。>

 日本が支那事変から大東亜戦争へと突き進んでいった背景には、老獪なヤルタ体制(チャーチル、ルーズベルト、スターリン)の存在があった。昨年11月に逝去した西尾幹二氏は資料3で次のように洞察している。

 <アメリカは第一次世界大戦においてドイツという国家を倒し、第二次世界大戦ではナチスの世界観と戦い、第三次世界大戦(米ソ冷戦)ではソ連の共産主義という思想体系と戦い、そして第四次世界大戦(現在)ではイスラムという宗教秩序と戦っている。・・・「思想戦」という意味において、アメリカには日本と戦う大義名分も、開戦理由もなかった。結局アメリカにとって日本が列強の仲間入りをしたこと自体が想定外であり、折あらば排除したい存在となっていたと推察される。結論を先に書けば、ルーズベルトという狂人と、それを操ったスターリンと、ルーズベルトを大統領に担ぎ上げた組織の存在がなければ太平洋戦争は起きなかった可能性が高い。>

第Ⅴ幕:「戦後80年」直面する課題

 私はウクライナ戦争が起きるまで、「戦後レジームからの脱却」という言葉は戦後の日本にのみ当て嵌まるものだと考えていた。しかし安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻した2022年2月24日をもって、戦後の国際秩序の崩壊が現実となった。

 またアメリカの2024年大統領選挙はトランプ氏が圧勝したが、アメリカの国内秩序も深刻な崩壊過程にある。さらにマイノリティの権利を過大に要求するポリティカル・コレクトネス(PC)活動が教育現場は固よりアメリカ軍にまで浸透した結果、PCはシロアリのようにアメリカの国内秩序を内部から破壊した。

 第47代大統領に就任したトランプ氏は公約どおりに、就任初日にバイデン政権が推進した「多様性・公平性・包括性(DEI)」に関する政策を撤回する大統領令に署名した。これによって分断を深刻化させてきた左派過激派によるPC/DEI運動を封じ込める対策が講じられたことになるが、今後相当なリアクションが起きて分断が更に深刻化する可能性も否定できない。

 第二次世界大戦で破壊された秩序を回復させるべく、戦後さまざまな国連機関が設立された。しかし昨年末に先進国から3,000億ドルもの途上国支援を引き出すことで合意したCOP29(国連気候変動枠組条約第29回)が、途上国によるタカリの場と化したことは明らかだ。しかもCO2排出では世界第1位の中国と第3位のインドは途上国扱いであるという。このように堕落したCOP29などという枠組みは本来の目的から明らかに逸脱していると言わざるを得ない。

 トランプ新大統領は、大統領に就任すると直ちに世界保健機関(WHO)から脱退し、パリ協定から再離脱する大統領令に署名した。これを皮切りに、本来の役割から逸脱した「戦後スキーム」が今後再構築の方向に向かうことを期待したい。

 ウクライナ戦争を契機として国際情勢は大きく変化した。欧米は銀行間の決済を行うネットワーク(SWIFT)からロシアの銀行を締め出した。サウジアラビアは原油取引の決済をドルで行うことを定めた密約を破棄した。さらにウクライナ支援とロシア制裁によってエネルギーをロシアに依存してきた欧州の衰退が顕著になった。このようにウクライナ戦争はアメリカと欧州を弱体化させ、逆にBRICSが拡大してドル離れが進んでいる。世界は多極化に向かって加速を始めた。

 こうして戦後80年を経て、戦後体制の再構築はもはや日本固有の命題ではなく、世界の命題となったのだった。歴史を振り返れば、大航海時代以降国際社会は終始西洋流で運営されてきたのだが、最近の問題を解決できなくなってきている。その原因は幾つかあるが、中露イランに代表される専制主義国家と比較して、相対的に西側先進国の力が弱体化したことに加え、排他的で価値観を押し付ける西洋流の限界が目立ってきたことが背景にある。

 その状況下で、トランプ第2期政権が発足した。MAGAとナショナリズムを掲げるトランプ新大統領の行動は、有無を言わさずに世界の戦後体制の再構築を促進してゆくことになるだろう。これは日本が抱える「戦後レジーム」を一新する好機到来となることは間違いない。

日本と西洋、共通点と異質性(考察)

 図1には、日本で起きた「日本と西洋の邂逅」と、同時期に欧米で起きた主要な事件を並べてプロットしてみた。欧米で起きた事件は、①近代国家の誕生、②戦争、③経済と産業の発展の三つに分類して整理した。この図をもとに、日本と西洋の関係がどのように変遷してきたかについて考察を加えたい。

 はじめに、主要国が近代国家となった時期の比較については、既に『思考停止の80年との決別(2)』で書いているので、引用するに留めたい。

 <時系列に並べると、イギリス統合が1801年、アメリカ南北戦争終結が1865年、明治維新が1868年、ドイツ帝国の誕生が1871年、フランス共和国の誕生は1874年だった。そしてソヴィエト社会主義共和国連邦は1922年に誕生した。イギリスが一足早く、ロシアは一足遅かったが、アメリカ・日本・ドイツ・フランスは19世紀後半に近代国家となった。日本は江戸時代が長く、しかも鎖国をしていたので、欧米列強よりも遅れて近代国家の仲間入りをした感があるが、イギリスとロシアを除く他の諸国と殆ど同時期に近代国家となったのだった。>

 図1で注目すべき事実は、欧米諸国が戦争に明け暮れた歴史を持っていることだ。特に欧州は領土紛争、独立戦争、宗教(キリスト教、イスラム教)戦争、海上の覇権争い等、実に多様な戦争を繰り返して現在に至っている。

 欧州の近代史で注目すべきもう一つの事実は、二つのタイプの革命の勃発である。一つは王政に対する市民革命で1817年に起きたフランス革命が代表例であり、1848年にはフランスの2月革命を皮切りに、ウィーン、ベルリン、その他欧州各地で起きた。もう一つはブルジョアジーに対する労働者による革命で1917年に起きたロシア革命が代表例である。ブルジョアジーとは、貴族でも農民でもない有産市民階級で資本家を指す場合が多い。

 日本と西洋の決定的な違いに注目すると、16~18世紀が日本では「太平の時代」であったのに対して、西洋では戦争と革命に明け暮れた時代だったことだ。両者は「似た者同士」だが、言わば「生まれと生い立ち」において決定的な違いがあったという訳だ。

 ここで「生まれ」の違いは時間軸における「宗教の違い」である。日本が縄文時代由来の神道を基盤とする、「自然と共生する」宗教観のもとに文明を築いてきたのに対して、西洋は一神教のキリスト教を土台として文明を築いてきた。つまり東日本大震災級の地震や津波を含めて、自然をあるがままに受容して生きてきた日本民族と、基本的に排他的で強者が弱者から収奪することを躊躇しない西洋民族には根本的な違いが存在するのである。

 宗教は文明の根幹を成すものであり、宗教の違いはお互いに相手を真に理解することが容易ではないことを物語っている。

 次に「生い立ち」は空間軸で捉えた「地政学の違い」である。領土に国境が存在しない日本と、大陸国家西洋は、地理的条件において対極の違いがある。

 このように日本と西洋とは「西側先進国」という括りで捉えれば、価値観を共有する仲間ということになるが、宗教と地政学では正反対という程の違いがある。「ポスト戦後80年」を考える上で、この共通点と異質性はきちんと認識しておく必要がある。何故なら概念的・包括的には価値観を共有できても、本質的な部分では相手を理解できないからだ。

 西洋が世界を植民地化できた理由は、経済と産業の分野で世界に先行したからである。具体的にはお金を流通させて儲ける仕組みを世界に先駆けて作ったことと、蒸気機関という動力を世界に先駆けて実用化したことが象徴的な事件だった。

 経済と産業、さらには科学と技術の分野では、西洋と日本は同等の特性と能力を保有していると考えるが、西洋が先んじた理由は欧州には隣国とのし烈な競争があったのに対して、国境を持たない日本は文化的に成熟した「太平の時代」を享受していたことにある。

 幕末に西洋の海軍力を目の当たりにした日本は、岩倉使節団の2年間で欧米を見聞し、それから極めて短期間で西洋と肩を並べる水準にまで富国強兵を実現してみせた。それが明治という時代だった。

 田中英道教授は「日本と西洋との邂逅」について、資料1で次のように分析している。

 <大航海時代以降、植民地を拡大していく時代の西洋はほぼ常勝軍だった。ところが日本には勝てなかった。西洋には日本に対する畏怖があった。13世紀の元寇においてモンゴルでも攻めきれなかった日本という意識があった。>

 田中教授の分析を踏まえれば、日清戦争と日露戦争に勝利した日本に対する畏怖の認識は西洋諸国で一段と強くなったことが予想される。

激突の真相(考察)

 田中教授は<あの戦争は仕組まれた戦争だった>とズバリ指摘している。その根拠の一つとして挙げているのはOSS計画の存在であり、他一つは天皇制が存続したことである。資料2から引用する。

 <1942年の段階でOSS(Office of Strategic Services)計画というものがあった。戦後世界を如何に社会主義化するかという計画と戦略だった。OSS計画はルーズベルト大統領及び国務省のもとで立てられた戦後統治計画だった。>

 <ルーズベルトはソ連を支持する社会主義者だった。ルーズベルトもスターリンもユダヤ系であり、左翼ユダヤ人の手で社会主義世界を創ろうというのが20世紀の大きな流れだった。>

 <日米戦争は仕組まれた戦争だった。天皇制が継続したことがその証拠である。戦争を宣言した昭和天皇が終戦の詔を読まれたという事実は、国体が守られたということであり、日本は負けていないことになる。天皇制が残された理由は、日本で二段階革命を起こすことがOSS計画に書かれていたからである。京都や奈良、伊勢神宮他の神宮を破壊しなかったのは、天皇を利用して二段階革命を起こさせることを目論んでいたからである。>

 <共産主義を日本に持ち込んだのは米欧だった。革命の邪魔になる軍隊を持たずにおく憲法9条もまた、「二段階革命(前述)」の実現で直ぐに改定されることを目論んでいた。しかし実際には(戦後の日本で)革命運動は起きなかった。>

 二段階革命とは、マルクス・レーニン主義に基づく第1段階と、君主制を廃止するブルジョア民主主義による第2段階を言う。1950年代にイタリア共産党が打ち出したもので、フランス革命が先に起きてロシア革命が続くという仮説だった。

 さらに資料2は<大東亜戦争が仕組まれた戦争だっただけでなく、真珠湾攻撃は日米合意のもとに実行された作戦だった>と述べている。

 <真珠湾攻撃は、ルーズベルトが山本五十六か誰かをワシントンに呼んで実行させた。OSS計画には天皇には手を出さないということが明文化されていた。日本は真珠湾攻撃だけでなく、フィリピン攻撃、英領香港攻撃、マレー沖海戦等初期の戦争には全て勝利した。不思議なことだ。>

 一つ加えると、当時真珠湾には2隻の米軍空母が配備されていたのだが、真珠湾攻撃が決行されたときには2隻とも外洋に出ていて攻撃を免れている。攻撃を事前に把握していたアメリカ上層部が、意図的に空母2隻を外洋に避難させた可能性が高い。

 OSS計画に関する田中教授の分析が真実とすれば、戦争には敗れたものの国体が存続されたので日本人は「終戦」と受け止め、300万人に上る犠牲者を出しながらも、関東大震災のように粛々と「終戦」を受け入れたことになる。

 しかしアメリカの視点に立てば、幾ら待っても戦後の日本に革命は起きなかった。この食い違いが何故起きたのかと言えば、アメリカが「キリスト教の思考」をしたのに対して、日本は「神道の思考」をして、戦争の結果をあるがままに受け入れて歴史に封印したからだった。

 高知大学名誉教授の福地惇氏は資料4で次のように述べている。

 <皇室を含めて日本文明を殲滅しようという壮大な戦略戦術の下にあの戦争はあったと考えられる。確かにあの戦争は宗教戦争の色彩が濃厚だが、それを「文明の衝突」と呼びたい。ユダヤ・キリスト教の「自然を征服」しようとする一神教を土台にした欧米の文明と、八百万の神々と山川草木悉皆仏性の「人間と自然が宥和」する日本文明との衝突だ。>

明治維新からの160年(総括)

 日本と西洋は、国を作り社会を築き文化を育てて科学技術を発達させるという点で、同等の資質と能力を備えている。一言で言えば、それが先進国となった理由である。

 先進国の要件は幾つもあるだろうが、一つは経済・産業・技術開発の分野でイノベーションを怠らない民族性であることが要件となることは言うまでもない。同時に、文学・芸術・武道などの分野で世界が卓越性を認める民族性であることも、双璧で重要な要件となるだろう。日本はこれらの両分野において、西洋とは異質だが遜色ない質の高いものを生み出してきたことは世界が認める事実である。

 既に述べたように日本と西洋は「生まれと生い立ち」において決定的な違いを持っている。敢えて言えば、日本は世界で唯一1万6千年に及ぶ歴史と伝統を持っている国である。

 図2に「日本と西洋の邂逅500年」を、両者の関係の変化に注目して描いてみた。既に述べたように、凡そ500年前の日本と西洋の出会いは、一言で言えば「お互いが相手の能力の高さに驚く」という出会いだった。

 18世紀末~19世紀後半にかけて両者の交流は活発になり、双方が相手を警戒しながら交易を重ねる時代が続いた。そして明治維新は、西洋文明を目の当たりにして危機感を抱いた日本が国の様式を西洋化し、武家による封建社会を天皇中心の立憲君主制に改めた改革だった。さらに富国強兵を成し遂げて産業を起こすと同時に、海軍力を西洋の水準まで引き上げることに成功した。こうして日本は列強の仲間入りを果たしたのである。

 その頃世界は植民地獲得競争の最終段階に入っていた。ラストリゾートとなった中国大陸で、日本と西洋はとうとう激突した。但しこの激突はお互いがお互いを正しく理解できないままに起きたものだった。

 日本は17世紀以降戦争と革命に明け暮れてきた西洋の歴史と、その過程で育まれた西洋人の思考様式に対する研究を怠った。特に日露戦争において日本も関与したロシア革命が世界に及ぼしつつあった変化に対し警戒を怠ったのだった。

 一方の西洋は神道を基盤とする日本文明と日本人の思考様式を理解しなかった。キリスト教の彼等には理解できなかったという認識が正しいのかもしれない。

 日本は無謀にも大東亜戦争に突入し、300万人以上の犠牲者と国土の荒廃をもたらした。そして終戦後、アジア諸国を植民地から解放するという日本が果たした人類史に残る功績と、敗戦をもたらした失敗の総括をしないまま、「終戦」という言葉の中に封印してしまった。

 極めて乱暴であることは承知の上で、「日本と西洋の邂逅」500年の近代史を俯瞰すれば、このように整理できるだろう。

歴史の教訓

 歴史を概観すれば、日本は仏教伝来以来、渡来人がもたらした制度や文化・宗教を寛大に取り込んできたのだが、いつの時代にも丸ごと受け入れることはしなかった。長い時間をかけて日本文明(文化・伝統・宗教等)と融合させ、それを補強するものは取り入れ、それを乱すものは容赦なく排除した。仏教や漢字、律令制、儒教など、その例は枚挙に暇がない。

 幕末に到来した西洋文明に対しては、立憲君主制、民主主義、資本主義、三権分立等の制度を意欲的に取り込んで日本版のシステムを矢継ぎ早に具現化していった。こうして20世紀初めには急速に西洋化を推進して日本は西洋に匹敵する海軍力を持つに至った。

 但し日本が見逃した重要な世界の動向があった。それは、ユーラシア大陸の西域で起きた二つの革命が20世紀の世界に大きな影響を及ぼした事実だ。その一つはフランス革命(市民革命)であり、他一つはロシア革命(共産主義革命)である。これは日本では起きなかったものの、西洋各国で起きた重大事件だった。

 そして欧州で起きた二つの革命は、あたかもバタフライ効果のように、太平洋戦争の終結に大きな影響をもたらした。当時社会主義に傾倒していたルーズベルト大統領と、ロシア革命の立役者の一人でルーズベルトを巧みに操ったスターリンと、ルーズベルトを戦争に引き込んだチャーチルがヤルタ会談で終戦のシナリオと戦後の枠組みについて協議したのだった。

 もしルーズベルトが戦後世界の社会主義化に傾倒せず、偏見を抱かずに日本をあるがままに理解していたなら、太平洋戦争は回避された可能性が高い。またもし日本がロシア革命以降の社会主義化の動向と、ヤルタ会談の陰謀にインテリジェンスを働かせていたなら、アメリカの挑発に乗って真珠湾を攻撃するという過ちを回避できたと思われる。

 日本の教訓として言えば、明治維新で国家の様式を西洋式に改めたことは正しかったのだが、西洋と並ぶ軍事力を持つ列強の一員となった時に、一つの検証が必要だったのだ。それは西洋の様式と日本文明をどう融合させれば日本の未来となるのかについて、客観的かつ戦略的に考えを巡らすことだった。

 田中英道氏は、日本が持つユニーク性について次のように形容している。(参照:資料1)

 <西洋人は、日本には地獄も天国も神すらないことに驚く。日本の素晴らしいところは、自然が豊かであり自然に裏切られないことだ。自然災害には翻弄されるが、回復可能であり人生の中で計算済みとして諦めるという心境を日本人は大切にしている。>

 <日本の共同体原理は「和をもって貴しとなす」にあり、間違いなく世界の原理となるべきものだということを世界に明確に伝える必要がある。>

 <日本は島国であるという幸運によって、最初から自立国家であり、人々は同じ言葉を使い、同じ習慣で生きてきた。国家概念が言葉として用意されていなくとも。列島が一つの共同体、すなわち国であるという意識が根付いている。日本には天皇がおられ、伝統と国家のアイデンティティを日本人は持ち続けた。>

エピローグ(ポスト戦後80年)

 日本文明と「西洋」との融合は未完のまま現在に至っている。そう断言する理由は、明治維新から敗戦に至る約80年の間に日本が取り入れた「西洋」を、日本文明と融合させる作業が「終戦」という言葉で封印されてしまったからである。言い換えれば、敗戦を終戦と言い換えたことによって、日本の近代史について総括をしないまま思考停止状態に陥ったのだった。

 今年は戦後80年である。戦後世界の秩序を牽引してきた西側先進国が弱体化し、専制主義国が強くなりBRICSやGSが台頭した結果、世界は多極化に向かい国際秩序は不安定化した。これは西洋の価値観や思考様式が世界に受け入れられなくなってきた証でもある。

 戦後80年の現在、ウクライナ戦争が破壊してしまった国際秩序を大急ぎで再構築し、次の戦争を防止することが最優先の課題であるだろう。西洋とは異なる文明、特に宗教観を持つ日本が、欧米と協調しつつ独自色を出して行動し役割を果たすときが来た。そう思うのである。

 もう一度図2を見てもらいたい。歴史において日本が毅然と行動した二つの事例を挙げよう。一つは第一次世界大戦が終結した時のパリ講和会議での行動であり、他一つは当時列強の植民地となっていたアジア諸国を解放した大東亜戦争である。

 1919年に第一次世界大戦後で破壊された国際秩序の再構築を討議するパリ講和会議が開催された。この国際連盟委員会において元外相だった牧野伸顕氏は、「人種・宗教の怨恨が戦争の原因となっており、恒久平和の実現のためには人種差別撤廃が必要である」と述べて、「国際連盟規約」中に人種差別の撤廃を明記する提案を行った。

 出席者16名の内、賛成11、反対5で過半数を得たのだが、議長を勤めたアメリカ大統領ウィルソンが「このような重要な法案は全会一致であるべきだ」と宣言して否決されてしまった。

 二つ目の事例は大東亜戦争である。20世紀初頭まで欧米列強は植民地獲得競争に明け暮れていた。これに対して明治維新を成し遂げて列強の仲間入りを果たした日本は、アジア諸国を植民地から解放するという崇高な目標を掲げて大東亜戦争を戦った。自らは未曽有の損失を被ったものの、これを機にアジア諸国は独立を果たしたのだった。日本人はこの事実と功績に堂々と誇りを持つべきである。

 これらは何れも西洋の理不尽な行動に対して断固たる異議を唱えた勇気ある行動だった。言い換えれば「強者は弱者から略奪してもいい」という、当時のキリスト教国の思考様式に対して、「人類は自然という宿命のもとで共存共栄を志向する存在である」という神道の日本が提起した反論だったのだ。

 利害が対立する課題に対して国際社会の意見を取りまとめることは容易なことではない。端的な例を挙げれば、地球温暖化問題や核軍縮問題は少しも進展していない。従来の枠組みとアプローチでは打開することは容易ではないだろう。

 図2が物語るように、明治維新後の約160年には日本と西洋が列強として相互に警戒し衝突したときと、先進国として協調行動をとったときが交錯している。トランプ第二期政権がスタートした今、日本は現在人類が抱える「ポスト戦後80年」の課題を解決するために、ユニークな日本文明が蓄えてきた教訓と知恵を活用して新たな役割を担う時が来た。心からそう思うのである。

参考資料:

資料1:「虚構の戦後レジーム、保守を貫く覚悟と理論」、田中英道、啓文社書房、2022.12

資料2:「日米戦争最大の密約」、田中英道、育鵬社、2021.6

資料3:「憂国のリアリズム」、西尾幹二、ビジネス社、2013.7

資料4:「自ら歴史を貶める日本人」、西尾幹二と現代史研究会、徳間書店、2021.9

検証:戦後80年の予算案

プロローグ

 昨年末に、令和7年度予算案が閣議決定された。R7年は戦後80年、昭和100年の大きな節目の年である。特にトランプ氏が1月20日に再び大統領に就任すると、膠着状態にある国際情勢が一斉に動き出す展開になることが予想される。

 『トランプ氏は誰と何と戦っているのか?』で書いたように、トランプ次期大統領は4年の間に次の三つの戦いを挑もうとしている。

 第一(国内)の戦い:民主党・左派・DS集団に対して「行き過ぎたイデオロギーを是正して、本来のアメリカを取り戻す」戦い (※DS: Deep State)

 第二(国際社会)の戦い:グローバリズム、中露イラン等の専制主義、地球温暖化というプロパガンダ、それとマイノリティが権利を声高に要求する場と化したさまざまな国連機関等に対して、アメリカのナショナリズムと国益を取り戻す戦い

 第三(NATO及び同盟国)の戦い:アメリカ1強の時代に、世界の「3K」の任務をアメリカに委ねてきたNATOや日本等の同盟国に対して、「平和と繁栄を望むのであれば応分の負担をし役割を担え、それが嫌ならNATOから脱退し米軍基地を引き払う」という戦い (※3K:きつい、汚い、危険)

 政治家は幾ら美しい言葉で未来を語っても、それを本気で実現しようとすれば予算に盛り込まなければならない。果たしてR7予算には、戦後80年以降日本はどういう国を目指すのか、国際社会が抱える課題に対し日本はどのような役割を担うのかという、大きな命題に対する布石が盛り込まれているだろうか。

 R7予算案が閣議決定されたのは12月27日のことである。予算案に対する評価は大手新聞が報じているので、それを参照していただくとして、ここでは主として12月29日の産経新聞記事を参照して、大局的な視点から予算案を検証してみたい。

編成方針について

 はじめに財務省が「R7年度予算のポイント」を公表しているのでそこから始めよう。(資料1参照)  

 資料1の冒頭には「R6経済対策・補正予算と合わせて、賃上げと投資がけん引する成長型経済へ移行するための予算」と明記されている。一方「経済再生と財政健全化の両立」という項目には、「経済・物価動向に配慮しつつ、重要政策課題に対応する中で、財政健全化を着実に推進」と明記されている。

 細部の数値を見ずとも、この文言を読むだけで「これでは強力な外部要因が働かない限り、2025年度に日本がデフレ脱却を高らかに宣言する日は到来しない」ことを確信する。そう断言する理由は二つある。

 第一は、経済成長を取り戻すことと財政再建は二律背反の関係にあり、同時には実現できないということだ。「二兎を追うもの一兎をも得ず」の喩えどおり、二兎を追えば何れもが中途半端な結果となる。正しい認識は、経済成長を取り戻すことが最優先命題であり、財政健全化は経済成長が力強く動き出した後の命題だということだ。つまり編成方針には「経済成長を最優先で実現するため、その目途が立つまで財政健全化は棚上げする。」と明記すべきだったのだ。

 第二は、歴代の政権が「経済成長と財政再建」の二兎を追ってきた結果が「失われた30年」だったのであり、石破政権もまたこの本質を理解しないまま悪しき前例を繰り返す愚を犯そうとしていることだ。

予算規模と国債費の関係

 一般会計の総額と税収、国債費の数値を抜き出すと、次のとおりである。(☆過去最大)

 この表が示す要点を列挙すると次のとおりである。

  ①一般会計総額は前年度より3兆円増えて過去最大となった

  ②税収は前年度より大幅に8.8兆円(12.7%)増えて過去最大となった

  ③国債費は税収が増えたため、前年度より1.2兆円の増加に留まった

 産経は閣議決定したR7予算案について、12月28日に特集記事を組んで解説している。その中で、予算規模と国債費の関係について以下のように分析している。

 <R7予算案の規模を拡大させた要因の一つが国債費の膨張だ。金利のある世界が戻り、利払い負担が重くなっていることが響いている。・・・日銀の金融政策の正常化に伴い、財政運営も転換点を迎えている。>

これでは日本経済は2025年も復活できない

 エコノミストの村上尚巳氏は『石破政権では日本経済は2025年も復活できない』と題した12月24日の記事で、次のように分析している。(資料2参照)

 <改めて2024年を振り返ると、世界経済・金融市場の状況は悪くなかった。だが複数の主要先進国で政権交代が起きて、政治情勢は大きく変化した。多くの国で家計の生活水準が高まっていないことへの不満が、政権交代などの政治変革をもたらした大きな要因だった。>

 <日本経済の復活を妨げている大きな要因は、保守的な財政政策が続いていることである。このため財政政策が不十分だったが故に世論の支持を失い、岸田政権は退陣を余儀なくされた。石破政権は同様の財政政策を続けるとみられ、このままでは2025年の日本経済には引き続き期待できないだろう。>

 石破政権が如何に自画自賛しようとも、R7年度予算案には目立ったトップダウンによる戦略の反映というべきものが見当たらない。政府や与党が幾ら成果を主張しても、「従来の枠組みの中で作られ、従来の利害関係者の中で調整を重ねた妥協の産物である」ことが明白である。これでは変わりようがない。

 日経は12月30日の記事で、先進国における国債費の増大動向について紹介している。

 <先進国の政府債務が拡大してきた。日米英やユーロ圏など7ヵ国・地域による2024年の国債の純発行額は2.8兆ドル(約440兆円)と前年より6割増加する。2025年もほぼ同水準の見込み。先進国による国債純発行額の拡大は財政支出の膨張と、中央銀行の買い入れ縮小によるものだ。>

 産経は12月28日の『G7不安な越年』と題した記事で、主要先進国の政情不安について次のように解説している。

 <G7は今年、欧州、カナダで各国政権が弱体化し不安な年越しを迎えることとなった。カナダではトルドー首相が退陣の危機に直面している。フランスではマクロン大統領の指導力低下が止まらない。ドイツは2月に総選挙を控えており、ショルツ首相の中道左派、社会民主党は支持率が14%に落ち込み、政権交代が確実視される。>

 これらの記事が指摘していることは、経済成長が低迷すれば国民生活は貧しくなり、国民生活が貧しくなればやがて政権が潰れるということだ。石破政権は大丈夫かという懸念の表明と見て取れる。

日本経済は歴史的に見て異常(ジム・ロジャーズの視点)

 世界三大投資家の一人と称されるジム・ロジャーズが、『日本経済は歴史的に見て異常』と題した記事の中で、次のように指摘している。(資料3参照)

 <日銀の金融政策が間違っていたのは、(超低金利政策を)長期間にわたって続けてきた点である。・・・特にお金を生み出す生産年齢が減っていることに加え、財政赤字は増え続けている。この二つが同時に起きている日本は致命的としか言いようがない。>

 ジム・ロジャーズの指摘は、日本は「失われた30年」と人口減少というダブルパンチで衰退モードに入っているという現実である。但し移民によって人口が増加しているアメリカを例外とすれば、人口減少は先進国共通の動向である。従って、問題の本質は「30年以上もの長期にわたって経済が低迷してきた」ことに帰着する。しかも経済の長期低迷の結果、国民の貧困化が進んだことが人口減少を促進した要因でもあることだ。

 では「失われた30年」の原因は何だったのか?前項の村上尚巳氏の言葉を借りれば、「保守的な財政政策が続いている」ことにある。ハッキリ言えば「経済成長を促進する財政出動と、財政規律を取り戻す緊縮財政」という二律背反の命題を予算案に併記し続けてきた財政政策にある。かつて安倍元総理が片方ではアベノミクスを推進しながら、二度にわたって消費税を増税したことがその象徴的な事例である。消費税増税が野田政権の時の与野党合意であったとしても、国民目線からみれば、そんな理不尽な合意は堂々と撤回して欲しかったのだ。

 つまり「失われた30年」は、長期間に及ぶ財政政策の失敗がもたらした結果であって、国家の貧困化を招いた政治家の責任は極めて重大という他ない。何故そういう失敗を犯したのか、その理由は政治家の二つの大きな理解不足に由来していると思われる。

 その一つは、政治家の大多数が、予算編成における達成命題として「経済成長と財政健全化」が二律背反の関係にあることを理解していないと思われることだ。

 もう一つは、国際社会における国力の源は偏に経済力であり、安全保障、社会保障、人口減少等のあらゆる国の課題を解決するためには、強い経済力を保持していることが何よりも重要なのだという認識が薄弱と思われることだ。

 さらに政治家の理解以上に重要な問題点があることを指摘しておきたい。それは長期間にわたって財政政策を転換できなかったのは何故かということだ。それは予算編成の枠組みとプロセスが旧態依然で時代のニーズに適っていないことにある。どういうことか。官僚側と政治家側の二つの側面から考えてみたい。

 まず官僚側の問題は、財務省が「骨太の方針」のシナリオを作り、それを踏まえて各省庁が概算要求を作成し、財務省と個別折衝して予算案を作り込んでゆくプロセスにある。次に政治家側の問題は、自民党の税制調査会が主導権を握って、党内調整、大臣折衝、野党調整を重ねてゆくプロセスにある。

 この予算編成のプロセスを踏む限り、予算は前年度実績を下敷きとする各省案の積み上げとなり、財務省主導となることが避けられない。一言で評すれば「ボトムアップの調整型」方式であり、これでは前年度実績の延長線での予算しか生まれようがない。

 これに対してアメリカでは、トランプ氏一流のディール(取引)という側面があるものの、トランプ氏は大統領選の段階から、「中国製品の流入を止める一方で、エネルギーはどんどん掘り出し、国内に産業を取り戻す」という戦略的な方針を打ち出しており、それを評価し支持した有権者が次の大統領として選任し、それに基づいて予算が作られるという手順を踏んでいる。

 日米の違いを一言で評すれば、アメリカはトップダウンの戦略型であるのに対して、日本は誰が総理大臣になろうが、財務省主導のボトムアップの調整型であることは変わらない。「日本にも強力なDSが存在する、それは財務省だ」と言われるようになった理由がここにある。戦後80年という歴史的な転換点において戦略発想の政策が必要なのだが、終始調整型でやってきた自公連立政権には望むべくもない。

財政赤字の問題

 ジム・ロジャーズに指摘されるまでもなく、財政赤字が増大した背景にはグローバリズムと少子高齢化社会が進んだことがある。まずグローバリズムの進展によって企業が生産拠点を中国他へ移したこと、日用品や家電製品などの大半が中国製品となったこと、付加価値の高い商品を除き世界との低価格競争を強いられたことだ。これらは全てGDP抑制圧力として作用した。

 他一つは少子高齢化社会が到来して、少子化対策を含めて社会保障費が年々増大(即ち歳出の増加)したことだ。つまりGDPが低迷し税収が減少する一方で、歳出は増大することが同時進行したのだった。グローバリズムという世界の動向、少子高齢化という日本の動向に「失われた30年」という政策ミスが重なり、日本はデフレ脱却に失敗しGDPが低迷したのである。

 トランプ次期大統領は民主党政権が推進してきたグローバリズムの流れを反転させて、アメリカに産業を取り戻そうとしている。アメリカには豊富なエネルギー資源があり、安価なエネルギーをいつでも実現できる強みがある。日本はそのような魔法のカードは持ち合わせていない。それ故に、トランプ第二期政権の4年間に起きるであろう国際情勢の変化に対処するために、「失われた30年」からの一日でも早い脱却が最重要命題となるのである。

 経済評論家の塚崎公義氏が『日本の財政赤字1100兆円超えの現状に戦慄も』の中で、巨額の財政赤字について次のように書いている。(資料4参照)

 <(財政赤字が巨額だからと言って)、日本政府が破産する可能性は低い。政府でも企業でも、破産するのは借金が多いからではなく、資金繰りがつかなくなるからだ。投資家にとっては日本国債が最も安全な資産であるに変わりはない。>

 <もう一つは、財政赤字は子孫に借金を払わせる世代間不公平だというのは視野が狭い考え方だ。>

 補足すれば次のとおりである。米国と異なり日本国債の大半は国内の投資家が保有していて、政府の債務=国民の資産であるから、貸借対照表としてみれば何も問題はないということだ。同様に子孫には財政赤字という負債だけでなく、ほぼ同額の国債という資産を遺産として申し送るのであるから、世代間不公平にはならないということだ。

 <少子高齢化による労働力希少が進んで、景気が良い時は労働力が超希少に、景気が悪くても労働力が少し希少という時代になれば失業を気にせずに増税できる。さらに少子高齢化の結果、労働力希少によって賃金が上がるとインフレのリスクが高まるので、増税は財政再建とインフレ予防の一石二鳥の政策として歓迎される。>

 つまり政府には負債だけに眼を奪われて右往左往せずに、堂々と戦略指向に立って大きな政策を打って経済の流れを転換し、戦後体制からの転換を大胆に推進してもらいたいということだ。これこそが石破政権に対し国民が希求していることであり、そのためには財務省主導の「ボトムアップの調整型」の予算編成という旧態依然の枠組みとプロセスを正さなければならない。

財政再建

 同時にジム・ロジャーズは資料3の末尾で、マーガレット・サッチャーが英国病から英国を救い出したエピソードを紹介している。

 <WW2後の1960-70年代にかけて、長期間経済が停滞したイギリスは英国病と言われた。この危機を救ったのが1979年に首相に就任したマーガレット・サッチャーだった。サッチャーは政策を転換し、小さな政府を掲げ、国営企業を民営化するなどして歳出を削減し、さらに北海油田を開発して復活を遂げていった。>

 人口減少・高齢化社会の動向下で、社会保障費の増加が不可避である以上、財政赤字をGDP比で減少させるには、経済成長路線に戻して、経済成長による税収を増やして国債費を減少させる他ない。そして経済成長を取り戻すには、賃金を上げるだけでは不十分で、次世代の成長産業の創出を含めて産業の国内回帰を推進しなければならない。これはサプライチェーンの安全保障問題でもある。

 日本はゼロ金利政策を30年間も続けたが、円キャリー・トレードによって円売りドル買いが進み、潤沢なドル資金が中国とアメリカに流れ込んだ。そして両国のGDP増大に貢献しバブル膨張の一因にもなった。つまり日銀が金融緩和策で生み題した資金は日本に投資されなかったためにデフレ脱却は実現しなかったのである。政策の評価はそれがもたらした現実が如実に物語っているとすれば、金融政策の失敗だったという他ない。

 簡単な数学を駆使するだけで分かることだが、もし年2%のGDP成長が35年間継続していたなら、1.02×1.02×・・・(35回かける)=1.02の35乗=1.9999となり、GDPは2倍になっていたことが分かる。年1% の経済成長でもGDPは42%増大していたのである。

 もしGDPが2倍になっていたなら、単純計算でも税収は2倍相当になり、債務残高のGDP比は半減していたことになる。それだけではない。税収が増えれば新規国債発行は自ずと減少した筈だ。さらに堅調な経済成長があれば国民生活は豊かになり、可処分所得が増えた結果、税収はさらに増大が見込めた筈である。

 「失われた30年」を経済の負(貧困化)のループとするなら、「失われた30年」からの脱出は、経済の正(繁栄)のループへ財政政策を転換することに他ならない。

 サッチャーはこの大転換をやってみせたのだった。歴代の総理大臣は予算編成を自画自賛するが、「失われた30年」という現実こそが、その客観的な評価である筈だ。R7予算案に国民が希求することは、負のループを正のループへ転換する強い意思と施策を反映して欲しいということである。

 そのためには現在の予算編成の枠組みとプロセスを正さなければならない。このプロセスを経る限り、戦略的な発想は登場しない。否、戦略発想がないから、財務省ベースの代わり映えのしない予算編成にしかならないというのが現実なのだろう。財務省が主導権を握る限り、何か新しい戦略的な予算を組もうとすれば、財務省や税制調査会は「財源はどうするのだ」というお決まりの脅し文句を突き付けることになり、新規の投資はどんどん削減されてゆくからだ。

 政策の評価は、その政策がもたらした結果を見れば一目瞭然である。同様に、日本が直面する危機と課題に対する政権の本気度は、予算案に戦略思考の意思と決意が反映されているかどうかを見れば分かる。そして言うまでもなく、戦後80年の最重要課題の一つは、安倍元総理が掲げた「戦後レジームからの脱却」以外にない。しかもトランプ第二期政権4年間の間に方向付けする必要があるのだ。

参照資料:

資料1:R7予算のポイント(内閣府公表)https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2025/seifuan2025/01.pdf

資料2:「石破政権では日本経済は2025年も復活できない」、村上尚巳、東洋経済OL、12/24

資料3:「日本経済は歴史的に見て異常」、ジム・ロジャーズ、東洋経済OL、12/15

資料4:「日本の財政赤字1,100兆円超えの現状に戦慄も」、篠崎公義、The Gold OL、12/14

Who and What Mr. Trump is fighting against?

The Presidential Election ended smoothly

It was commonly predicted that November 5, the day of the U.S. presidential election, would be the eve of mayhem. In reality, however, former President Trump won smoothly and any serious trouble occurred.

In “America Moving from Divide to Civil War,” which was released on October 30, I wrote:

If Mr. Trump wins, a right-wing mayhem will be avoided for the time being, but there will undoubtedly be a left-wing mayhem. On the other hand, if Harris wins by abusing blatant election fraud, it will be beyond the limits of the militias’ patience.

In any case, the divisions in American society are about to reach a boiling point, and no matter which side wins, mayhem is inevitable, and it is likely to escalate into a shooting match in the worst-case scenario.

Furthermore, if the number of votes is narrow, it is fully expected that the loser will make a fuss that there was election fraud. It is a hypothesis that the 2020 presidential election was rigged by a large-scale election fraud abusing mail-in ballots by the Democratic camp. To those who think it’s stupid, it sounds like a conspiracy theory. However, if there are voices accusing the election result of “election fraud” this time, it may indicate that the allegations of “election fraud in 2020” have been suppressed without clarification.

However, Mr. Trump won a landslide victory in the presidential election on November 5, and there was not mayhem. It is missing the point if we evaluate it a blessing in disguise. There are three reasons. First, the international community is in turmoil, second, the battle between Mr. Trump and Deep State (DS) is not over, and third, the problem of internal divisions has been left unresolved.

By the way, why was the prediction wrong? This is because the three conditions were met at the same time. First, Mr. Trump won a landslide, second, Harris readily conceded defeat. And third, unlike the 2020 presidential election, there was no illegal use of force to prevent Mr. Trump’s victory.

 Of these, the mystery is hidden behind the third. There are three conceivable possibilities.

 First is that there was no way to overturn Mr. Trump’s landslide victory. If it should be overturn forcibly, the reaction of the right would be too great, such as militias taking up guns nationwide and standing up. Therefore, it could not be moved into action.

 Second, the procedure for dragging President Biden down in the middle of the campaign and replacing him with Vice President Harris was quite rough in the first place. President Biden’s indulgence was unbearable to listen to, and Harris was so unfit as a candidate that if she had followed the due procedure, she would never have been selected as a candidate. Therefore, it is highly likely that the Democratic camp predicted in early stage that “we could not win this time.”

 Third, under the Biden administration, it has become clear that chaos and confusion have increased in both international and domestic situations, and that the hegemonic system of the United States has begun to waver. Contrary to our perception, DS might have evaluated saying as, “Well, Mr. Biden, you did a great job. Now Mr. Trump, it is your turn to do a good job.”

 As will be discussed later, the most likely is the third reason.

Significant Retrogression in the last four years (International Affairs)

Let’s take a bird’s-eye view of the international affairs that has deteriorated during the Biden administration. President Biden was inaugurated in January 2021. Six major incidents that occurred since then are picked up in chronological order.

The first is the total withdrawal of U.S. troops from Afghanistan. On August 31, 2021, the last U.S. military aircraft stationed in Afghanistan took off. The U.S. sent troops to Afghanistan in 2001 to remove the Taliban forces, ending a 20-year military campaign and surrendering Afghanistan to the Taliban.

The second is Russia’s military invasion of Ukraine on February 24, 2022.

The third is the military terrorism against Israel by Hamas on October 7, 2023.

Both wars have been prolonged and escalated, with considerable casualties on both sides, but there is no end in sight to date.

The fourth is the weaponization of SWIFT. The first case was in 2012, when the EU suspended SWIFT services to 25 Iranian banks, including the central bank, in accordance with a UN Security Council sanctions resolution over Iran’s nuclear program. Subsequently, as part of sanctions against Russia, which started the war in Ukraine, the EU and the United States took measures to expel major Russian banks from SWIFT. Incidentally, SWIFT is a payment network system for international financial transactions provided by this organization.

 The fifth is expansion of BRICS. Russia has teamed up with China to create a trade settlement system for crude oil and other products that does not depend on the dollar as a countermeasure to Western sanctions. Now they are scrambling to call on the BRICS countries to create a “BRICS currency”. In addition to the original five, the United Arab Emirates, Iran, Ethiopia, and Egypt have joined the BRICS as a mechanism to counter the Western countries and the G7, bringing the total number of countries to nine, and Saudi Arabia is considering to join.

The sixth is the revocation of PDS. The United States unilaterally suspended the convertibility of dollars and gold during the Nixon shock in 1972. At the same time, in 1974, in order to maintain the dollar hegemony, the United States signed the “Washington-Riyadh Secret Pact” with Saudi Arabia, and in exchange for the United States providing security, it established a system in which all crude oil transactions were conducted in dollars. Thus, the dollar hegemony was re-established. This is called PDS (Petro Dollar System).

Fifty years have passed and Saudi Arabia decided to cease this secret agreement in July, 2024. In this way, the PDS, which had been the cornerstone of dollar hegemony for half a century, disappeared.

 The key question here is whether these six incidents occurred independently of each other or there is a common scenario in the background?

Significant Retrogression in the last four years (Domestic Situation)

There are a number of examples of the domestic situation that has deteriorated during the Biden administration. If I list them as I can think of, the surge in illegal immigration, the surge in fentanyl addiction, increase in violent crime and deterioration of security in major cities, the deepening of divisions between the left and the right, and so on.

As I have already written in “America Moving from Divide to Civil War,” a total of 7.3 million illegal immigrants entered the United States in 2021-24 under the Biden administration. Texas, which borders Mexico, has enacted its own state law and embarked on arrest and deportation, declaring, “This is an invasion and the federal government is abdicating its constitutional duty to defend the state.”

Thus, it is obvious that “the Biden administration has promoted the influx of illegal immigrants as a policy.”

Where is the cause of the division in the first place? It is clear that the root is the left’s excessive political correctness (PC) activities and excessive demands on the rights of LGBT and other minorities. Mr. Trump has already vowed to issue an executive order expelling all transgender service members from the U.S. military.

While many Americans have endured to avoid being targeted by insidious PC/LGBT attacks, it is quite natural that Mr. Trump, who has been the only one to repel the attack majestically, has received overwhelming support. Mr. Trump will launch a series of policies not to permit the PC/LGBT attacks without a doubt, therefore it is predicted that the left, which has lost the timing of the rally in the presidential election, will react to those policies and cause an uproar.

Who is to blame for the deepening of the division? It is very interesting to see an episode told by former Prime Minister Shinzo Abe in January 2021, when President Biden was inaugurated, in the Sankei Newspaper on November 30.

It is not Mr. Trump who created division, but the division of American society gave birth to President Trump.

It was liberals who created that division, and it occurred during eight years of the Obama administration, under which liberals have excessively brandished their PC as if they were righteous.

 The question is, why did the Biden administration pursue such policies above mentioned?

What did the Biden Administration promote?

Having the bird’s-eye view, the Biden administration raises the suspicion that what it has been promoting so far. Judging by the results, it promoted the collapse of the dollar hegemony, undermined the United States, destabilized the domestic and international order, and pushed to transform the world from unipolar to multipolar system.

With regard to the war in Ukraine, it did not only deter the military invasion to Ukraine by Russia, but also provided weapons to Ukraine to enforce a proxy war with Russia, prolonged the war and made it a war of attrition. 

At any time and in any war, there are groups that provide war funds and weapons in addition to two parties of the war. History proves that while the countries involved are exhausted by the war, they have made a lot of money from the war.

 The sanctions of expulsion of Russia from SWIFT have prompted Russia to create an alternative to SWIFT as a means for international transactions. In the meantime, PDS ceased to exist and the “de-dollarization” has progressed. This series of events is a sign of the collapse of the dollar hegemony.

So why did President Biden push for it? This suspicion can be explained by interpreting the presence of DS behind the Biden administration. At the same time, it explains why Biden was elected president in the 2020 presidential election by massive election fraud abusing mail-in voting, and why they did not resort to use the same approach this time.

NBC News and other media reported on November 30 that President-elect Trump wrote the following comment on his “Truth Social platform”.

“Trump on the weekend warned the so-called BRICS countries he would require a commitment that they wouldn’t create a new currency as an alternative to using the greenback. Otherwise, it will impose a 100% tariff and say goodbye to its wonderful business with the American market.”

This shows that Mr. Trump recognizes that the collapse of the dollar hegemony has been promoted under the Biden administration, and at the same time, he issued a strong warning that such a situation will never be tolerated. Regardless of the pros and cons of the means, this is a process of deal that Mr. Trump has taken, and BRICS members will be forced to choose between the United States and Russia. Originally, BRICS stands for Brazil, Russia, India, China, and South Africa, but recently the S means Saudi Arabia. Mr. Trump’s threat is a check on Saudi Arabia as it dissolved the PDS and run for BRICS membership.

What is the Mr. Trump vs. DS Battle?

First of all, I would like to point out that when looking at the international situation, it is wise not to lightly label it as a conspiracy theory and stop thinking. It must be closer to the truth to think that most incidents occurring in the world are not accidental, but that there are forces that set them up, forces that wrote the scenario, and forces that make money from them. This was the case even in the Pacific War, as I wrote in “Bringing an end to the 80 Years of Cessation of Thinking, Part 3,” which was released on June 9.

 The existence of DS has become widely recognized since Mr. Trump stated in public. Conceptually, it is understood here as a group of senior bureaucrats who do not always obey the president’s instructions but to pursuit their advantage or ideology, as well as international financial capitalists, the military-industrial complex, and the globalists.

Looking back at the modern history of the United States, it was the Democratic Party in general that started the war, and the Republican Party played the role of restoring to its normal state. It looks like it will be the same this time. This is because the war in Ukraine and the Israeli-Palestinian war occurred during the Biden administration, and President-elect Trump will end it.

In the modern history of the world, when a war broke out, there were financial capitalists who supply money to both parties at high interest rates. In the Russo-Japanese War in 1904-05, most of the war costs were raised in London and New York through investment banks in the United Kingdom and the United States, which operated globally. There have been groups earning a lot of money from war, now and then.

Moreover, there are groups in the world who prefer chaos to order, prefer instability to stability. To cite recent examples, when the Lehman shock, the coronavirus pandemic, resource inflation, or large-scale disasters occurred, governments around the world responded by making huge supplementary budgets. It is a fact that the more unstable the world becomes, the more money circulates, and the more actively the groups flock to the money.

 When the coronavirus pandemic hit the world, it was mainly American companies that provided vaccines worldwide and made huge profits. It is also true that most governments bought up vaccines for their populations at the asking price.

In the wake of the two world wars, the hegemony of the world shifted from the British Empire to the United States, and after the war, the United States reigned as the hegemon. In particular, during the Cold War between the United States and the Soviet Union, Republican President Reagan launched an arms race against the Soviet Union, causing the Soviet Union to collapse and disintegrate. Since then, the era of unipolar America has arrived.

 The unipolar America era was a period of stability, and wars between countries diminished except terrorism and guerrilla warfare. If the U.S. unipolar system should be shaken and move toward multipolarity, the world would become unstable and regional conflicts would occur more likely. For those who want to profit from war, it is desirable for the United States to be weakened. In addition, for globalists such as the M7 (Magnificent Seven), the state is no longer an entity that imposes various constraints.

 As already written, the collapse of the dollar hegemony and the movement to strengthen BRICS unity, would act to destabilize the world. The Biden administration has tried to promote destabilization, and President-elect Trump has declared that he will not allow it.

 Mr. Trump’s goal is to make America great again (MAGA), and he will maintain the dollar hegemony and will not allow any country to challenge it. Focusing on this composition, it is obvious that Mr. Trump is nothing but an enemy to DS.

American Hegemony is approaching its limit

Next year, 2025, will be 80 years since the end of World War II. It will be 53 years since the Nixon shock that stopped the convertibility of dollars and gold. It will be 50 years since the establishment of the PDS which determined the maintenance of the dollar hegemony system. Furthermore, it will be 34 years since the collapse of the Soviet Union, by which the unipolar system of the United States originated.

During this period, the decline of U.S. power has gradually become a reality, and under the Biden administration, in particular, the world has moved in the direction of multipolarity. At this timing, the Trump administration will be inaugurated in January 2025. The battle for maintaining dollar supremacy will intensify.

By the way, how much money is overflowing in the world. Let’s see the data.

– Global debt: $377 trillion ($80 trillion in 2010)

– U.S. budget deficit: $1.83 trillion (FY2024), 8.1% bigger than FY2023, the third largest, after the $3.13 trillion in FY2020 and $2.77 trillion in FY2021

– U.S. budget deficit/GDP ratio: 6.4% (FY2024), worse from 6.2% (FY2023)

– The value of the dollar against gold: the market price is 1 ounce = $2000, depreciating to 1/57 in the 80 years since the Bretton Woods Conference (1944)

– Total amount of dollars in circulation: 5~6 trillion dollars in the U.S., $50~100 trillion estimated worldwide

Here, the following three points are particularly noteworthy.

– Global debt has increased 4.5 times in the 15 years since 2010

– The U.S. budget deficit has increased year by year and reached to $1.83 trillion, and has also increased as a percentage of GDP.

– The total amount of dollars in circulation around the world is estimated to be more than 10 times that of the United States

What does it mean that the United States is the hegemon of the dollar in the first place? The dollar is used as a settlement currency not only in energy but also in global trade, and the world needs dollars to conduct trade. In other words, as long as the worldwide demand for dollars exists, the U.S. has the privilege of printing any amount of U.S. Treasuries and dollar bills.

According to a Bloomberg article on December 3, the Bank for International Settlements (BIS) conducted a three-year survey in 2022. It found that foreign exchange market transactions were worth $7.5 trillion a day, and about 88 percent of which were made in dollars.

In exchange for the privileges of the hegemon, the United States has the world’s largest and most powerful military force, and while it maintains a presence with U.S. military bases around the world, it also has the world’s largest budget deficit. Despite running an annual budget deficit of $1.83 trillion, some countries continue to buy huge amounts of U.S. Treasuries every year, which has maintained U.S. dollar hegemony.

However, this privilege does not last forever. This is because the amount of redemption of government bonds issued in the past is increasing year by year, and the amount of newly issued government bonds is also increasing due to the increase in the fiscal deficit. It is possible to maintain the hegemony of the dollar as long as buyers exist. But if the shortage of buyers should become a reality. the United States would not be able to make a budget, and the hegemony of the dollar would end.

As for the holders of U.S. Treasuries, roughly speaking, 40% are in China, 30% in Japan, 15% in Saudi Arabia, 5% in the United Kingdom, and the remaining 10% in others. The total amount of U.S. Treasuries issued is guessed to be $16 trillion. These figures are only estimates.

Three possible risks to the survival of this regime exist, two of which are external factors and one is internal factor. The first risk is that the United States considers China to be the world’s greatest enemy, and it is well known that Mr. Trump is trying to wage a tariff war.

The second risk is that Saudi Arabia has not only decided not to renew the PDS which has been maintained 50 years, but has also acted to join the BRICS.

Both China and Saudi Arabia have a card to play with the U.S. of selling U.S. Treasuries, and if they should actually sell in large quantities, the U.S. dollar hegemony would collapse at that point.

The third risk is regarding the possibility that the U.S. could not redeem its national bonds. If it should happen, confidence for the dollar must disappear instantly, and the dollar would crash.

 When we think about it this way, we can see that the realization of MAGA, which is advocated by the new President Trump, is premised on maintaining the dollar hegemony, and that it will be inevitable to steer a very difficult course.

Modern capitalism is also approaching its limits

In “The Bubble Economy and Capitalism approaching the Limit(3),” which was released on January 31, I discussed what a bubble is in the first place, then discussed the bubble of financial capitalism that is currently underway, the U.S. bond bubble, and the Chinese real estate bubble. Here are some key points:

The government’s increase in the budget deficit has been the biggest cause of the bubble economy. And the enormous amount of money supplied to the financial markets wielded enormous power in politics, economy and war, which has been the cause of the increasing distortion of capitalism.

In this process, the cycle of bubble expansion and collapse was repeated, and the size of bubble expanded each time the cycle was repeated. And now, the bubble is about to burst in the United States and China in tandem, and after the bubble bursting in the housing and real estate markets, the next bubble is about to burst in the bond market. In terms of the scale of the bubble, we are now on the eve of the final and largest bubble burst.

 There is a transaction called “yen carry trade”. It is a speculative business that skillfully exploits the exchange rate between the yen and the dollar and the interest rate difference between Japan and the United States.

 In particular, in recent years, when the real estate bubble burst and the economic slowdown became obvious to everyone in China, money was withdrawn all at once and flew to the United States. Because high interest rates are maintained, and bubbles have been inflated in the stock, securities. While the world is suffering from sluggish growth, only the United States is trying to continue growing.

 It is told that what is necessary for the expansion of a bubble is the inflow of money and the existence of the market. Today, the bubble has grown in such a way that Japan, with its ultra-low interest rates, provides funds and the United States, with its high interest rates, provides the market. It is worth noting that both the Japanese and U.S. governments are involved in the formation of the bubble.

In this respect, there is a crucial difference between bubble bursts already occurred and to be occurred in the future.

First of all, the position of the government is different. In the past, the role of governments and central banks was to take measures to limit the damage caused by bubble bursts. However, in the near future, the government and central banks are not in a position to limit the damage and cannot take remedial measures because they are tied to the bubble parties as money suppliers.

What is predicted to happen next is the burst of M7 bubble and Bond bubble. In particular, a situation in which the state is unable to issue and redeem new government bonds is nothing less than a “national default” and the country will be forced to repudiate its debts.

 It is told that about 70 countries around the world, led by Argentina, are likely to be unable to repay loans from the IMF, the World Bank, or other countries. The bankruptcy of the state can be seen as a stalemate of modern capitalism, which has been implemented in the bubble economy.

President-elect Trump has warned the BRICS that he will not allow an alternative to the dollar to emerge, and he has made it clear that maintaining dollar hegemony is a vital requirement for the incoming administration. At the same time, it is proof that the hegemonic system of the United States, which has been established in the bubble economy, is approaching its limit.

If the bond bubble should burst in the United States, it would be devastating to the world’s financial markets, and modern capitalism, which has been premised on a bubble economy, would collapse. Thus, it must be borne in mind that Trump’s second administration will emerge in a critical period in the history of capitalism, when money has become too inflated.

Is Mr. Trump a Don Quixote today?

Finally, I would like to conclude by expressing my opinion on who or what Mr. Trump is fighting against.

 The first is the battle against the Democratic Party, the left, and the DS group on the domestic battlefield of the United States to “correct the excessive ideology and restore the original America.” Under the Democratic Party administrations since President Obama, an excessive and radical ideology of “PC, LGBT, and demand for diversity” was prevalent in the country. Obviously, Mr. Trump has been fighting to restore the original America for the working class, the middle class, and the immigrants who became American citizens through the proper procedures.

 The second is the battle in the international community. Mr. Trump tried to restore American nationalism and national interests against globalism, despotism represented by Russia, China, and Iran, propaganda about global warming, and various UN agencies that had become a place for minorities to loudly demand their rights.

And the third is a battle to demand that NATO and allies including Japan, to bear their fair share of the burden and play a role if they pursue peace, security, and prosperity. If they should not accept, the United States would leave NATO and reduce U.S. military base around the world.

Looking at the situation through this observation, we can see the reality that the United States, which has been in charge of the hegemonic system for 80 years since the end of World War II, might be standing on the brink of even budgeting with a huge deficit. Indeed, it seems that “Mr. Trump is trying to play a Don Quixote today.”

Japan has enjoyed economic prosperity by being subordinate to the United States after WWII, but with the inauguration of the second Trump administration, I dear say that such a naïve perception will not be able to survive the turbulent era when “one wrong step could lead to another war.”

It will soon be 80 years since the end of WWII, and U.S. unipolar system has been obviously cracked. We must seriously face the proposition of what kind of international society to create, how to rebuild the system for maintaining order, peace and prosperity, and what role Japan will play in achieving this. We must prepare for an answer to this proposition.

The era of using the U.S.-imposed Constitution as an excuse to escape its original role will undoubtedly come to an end with the inauguration of Trump’s second administration.

Finally, I would like to mention this. There is a woman named Susan Wiles (b. 1957) who is to become the chief of staff in Trump’s second administration. She is highly regarded as a famous staff member who brought a landslide victory over Trump in the presidential election.

As I have mentioned, we have to admit that the international and domestic situations that await Mr. Trump are all in turmoil, and in such a difficult situation, Mrs. Wiles will take the helm of the White House. The appearance of Mrs. Wiles, as well as Mr. Trump who try to confront challenges with courage and try to bear the burden of the times, gives us a glimpse of the greatness and soundness of the United States.

Eiichi (Ike) Kiuchi, OSI Analyst

トランプ氏は誰と何と戦っているのか

すんなりと決着した大統領選

 多くの識者が、アメリカ大統領選が行われた11月5日は騒乱の前夜となると予測していた。だが、実際にはすんなりとトランプ元大統領が勝利した。

 10月30日に公開した『分断から内戦に向かうアメリカ』では、次のように書いた。

<もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。>

 だが「11月5日の大統領選ではトランプ氏が圧勝した。さしたる騒乱は起きなかった。めでたしめでたし」とはならない。そう断言する根拠は三つある。第1に国際社会は混乱の極みにあること、第2にトランプ対DSの戦いは何一つ終わっていないこと、そして第3に国内の分断問題は何も解決されないまま放置されていることだ。〔注〕DSについては後述。

 ところで予想は何故外れたのだろうか。三つの要件が同時に成立したからである。つまり、第1にトランプ氏が大勝したこと、第2にハリス氏があっさりと敗北を認めたこと、そして第3に2020年の大統領選と異なり、トランプ氏の勝利を阻止する実力行使が行われなかったことだ。

 この中で謎は第3である。三つの可能性が考えられる。

 第1は、トランプ氏が圧勝した(312対226)ために覆す手段が存在しなかったか、もし強行すれば民兵組織が全国規模で銃をとって立ち上がる等、右派のリアクションが大きすぎて内戦が勃発してしまうため、実施できなかったというものだ。

 第2は、そもそも選挙戦の途中でバイデン大統領を引きずり降ろし、ハリス副大統領に交代させた手順は相当に荒っぽいものだった。バイデン大統領の耄碌ぶりも聞くに堪えないものだったし、ハリス氏に至ってはもし正規の民主党の大統領候補の選定手順を踏んでいたら、決して候補には成り得なかったと思われる程、大統領候補としての適性を欠いた人物だった。従って民主党陣営も早い段階から「今回は勝てない」ことを予測していた可能性が高いというものだ。

 第3は、バイデン政権下の3年余において国際情勢・国内情勢共に、混沌・混乱が増大しアメリカの覇権体制が揺らぎ始めたことが鮮明になった。我々の認識とは異なり、DSから見れば「バイデン大統領は良く任務を果たしてくれた」と評価をしていて、後は「トランプさん、お手並み拝見だ。」と高みの見物を決め込んでいるのかもしれない。

 後述するように、最も可能性が高いのは第3の理由である。

バイデン政権下で変化した国際情勢(概観)

 バイデン大統領政権下で変化した国際情勢を俯瞰してみよう。バイデン大統領が就任したのは2021年1月である。それ以降に発生した6つの重大事件を時系列で拾った。

 第1は、米軍のアフガニスタンからの全面撤退である。2021年の8月31日にアフガニスタンに駐留していた米軍最後の軍用機がアフガニスタンを離陸した。アメリカは2001年にアフガニスタンに部隊を派遣しタリバン政権を排除して、20年に及ぶ軍事作戦に終止符を打って、タリバンにアフガニスタンを明け渡して撤収したのだった。

 第2は、2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻である。

 第3は、2023年10月7日に起きたハマスによるイスラエルへの軍事テロである。

 二つの戦争は何れも長期化して拡大し双方に相当の死傷者が発生したが、現在に至るまで終結の目途は立っていない。

 第4は、SWIFTを武器化して制裁に使ったことだ。最初の事例は、イランの核開発に対する国連安保理による制裁決議に基づいて、EUが中央銀行を含むイランの25の銀行に対しSWIFTのサービスを停止したもので、2012年のことである。続いて、ウクライナ戦争を始めたロシアに対しても制裁の一環としてEUとアメリカはロシアの主要銀行をSWIFTから追放する措置をとった。ちなみにSWIFTとは「国際銀行間通信協会」の略称であり、この組織が提供する国際金融取引の決済ネットワークシステムである。

 第5は、ロシアが欧米からの制裁に対する対抗措置として、ドルに依存しない原油等の貿易決済システムを中国と組んで作ったことだ。今ではBRICS諸国に呼び掛けて「BRICS通貨」を作るべく奔走している。BRICSは西側諸国・G7に対抗する仕組みとして、当初の五ヵ国に加えて、アラブ首長国連邦、イラン、エチオピア、エジプトが参加して九ヵ国となり、さらにサウジアラビアが参加を検討中である。

 そして第6は、PDSの失効である。アメリカは1972年のニクソンショックにおいて、ドルと金の兌換を一方的に停止した。それと並行してアメリカは1974年にドル覇権を維持するために、サウジアラビアと『ワシントン・リヤド密約』を結び、アメリカが安全保障を提供する代わりに、原油の取引を全てドルで行う体制を構築して、ドルの覇権体制を再確立した。これをPDS(Petro Dollar System)という。それから50年が過ぎて、2024年7月にサウジアラビアは密約の破棄を決定した。こうして半世紀にわたってドル覇権の支柱となってきたPDSは消滅した。

 ここで重要なことは、以上の6つの事件は相互に無関係に起きたものか、それとも共通のシナリオのもとに引き起こされたものかだ?

バイデン政権下で変化した国内情勢(概観)

 バイデン政権下で悪化した国内情勢については幾つも事例を挙げることができる。思いつくままに列挙すれば、第1に不法移民が急増したこと、第2にフェンタニル中毒患者が急増したこと、第3に中間層から貧困層に没落した人口が増加したこと、第4に大都市において凶悪犯罪が増加して治安が悪化したこと、そして第5に左派と右派の間の分断が深刻化したこと等々だ。

 『分断から内戦に向かうアメリカ』で既に書いたように、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人もの不法移民がアメリカ国内に流入した。メキシコと国境を接するテキサス州は「これは侵略であり、連邦政府は州を防衛する憲法上の義務を放棄している」として独自の州法を成立させて逮捕と強制送還に乗り出した。このように「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことは明白である。

 分断問題の根源は、左派による行き過ぎたポリティカル・コレクトネス(PC)活動と、LGBTなどのマイノリティの権利を過剰に要求する活動にあった。既にトランプ氏は米軍から全てのトランスジェンダー軍人を追放する行政命令を出すことを公言している。

 アメリカ国民の多くが陰湿なPC/LGBT攻撃の標的にならないようにじっと我慢してきたのに対して、唯一攻撃を跳ね返す存在であり続けたトランプ氏が、圧倒的多数の支持を得たことは至極当然と思われる。トランプ氏は大統領就任以降、バイデン時代に浸透したPC/LGBT攻撃を認めない政策を次々に打ちだすことが予想され、大統領選では決起のタイミングを失った左派が、その政策に反応して騒動を起こす可能性が高まることが予測される。

 分断がここまで深刻化した責任は一体誰にあるのか。11月30日の産経新聞「産経抄」に、バイデン大統領が就任する2021年1月に安倍元首相が語ったエピソードを紹介していてとても興味深い。

1)トランプ氏が分断を生んだのではなく、アメリカ社会の分断がトランプ大統領を生んだ。

2)その分断を作ったのはリベラル派であり、オバマ政権の8年間だった。

3)オバマ政権下で、リベラル派が我こそ正義とばかりにPC(政治的正しさ)を過剰に振りかざしてきた。誠にこのとおりだと思う。

 問題は一体バイデン政権は何故このような政策を推進したのかだ。

バイデン政権は何を推進したのか

 このように俯瞰した上で結果から判断すると、2021年1月に就任したバイデン政権がこれまでに推進してきたことは、ドル覇権体制を崩し、アメリカを弱体化させ、国内外の秩序を不安定にし、世界を多極化させるシナリオの一環だったのではないかという疑念が生じる。ウクライナ戦争に関しては、ロシアがウクライナに軍事侵攻することを黙認しただけでなく、ウクライナに武器を供与してロシアとの代理戦争をさせ、戦争を長期化させて消耗戦となるように仕向けたのではなかったか。

 いついかなる戦争においても、戦争の当事国の他に、戦費と兵器を提供する集団が存在する。当事国は戦争で疲弊する一方で、彼らは戦争で大きく儲けてきたことは歴史が証明するところである。

 ロシアに対するSWIFTからの追放という制裁は、ロシアがSWIFTに代わる国際取引の決済手段を構築することを促した。その間にPDSが消滅し決済の「非ドル化」が進んだ。この一連の事件は、ドル覇権を瓦解させる方向で符号している。

 では一体バイデン大統領は何故そんなことを推進したのだろうか。この疑念は、バイデン政権の背後にDSの存在があると解釈すれば説明が付くのである。同時に2020年の大統領選挙で郵便投票を悪用した大規模な選挙不正を行ってまでバイデン大統領を誕生させた理由も、また今回の大統領選では実力を行使しなかった理由も、全て説明が付くのである。

 これを書いている12月1日に、驚愕する情報が飛び込んできた。アメリカのNBCニューズ他のメディアが11月30日、トランプ次期大統領が自身の「Truth Social platform」に以下のコメントを書いたと報じたのである。

 <BRICS諸国には、新しいBRICS通貨を作らないこと、もしくはドルに代わる他の通貨を支持しないとの確約を求める。さもなくば100%の関税を課すことになり、素晴らしいアメリカ市場との商いに別れを告げることになるだろう。>

 これはトランプ次期大統領が、「ドル覇権体制の瓦解はバイデン政権下で進められた」と認識していることを示すと同時に、そんなことは断じて許さないという強い警告を発したものである。手段の是非や適否はともかく、これはトランプ氏が切ったカードであり、BRICS加盟国はロシアをとるかアメリカをとるかの二者択一を迫られることになるだろう。

 本来BRICSは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字を綴った略称であるが、最近ではSはサウジアラビアだと言われてきた。サウジアラビアはBRICS加盟に色気を出しており、トランプの脅しは、PDSを解消し、BRICS加盟に走ろうとしたサウジアラビアを牽制するものである。

トランプ対DSの戦いとは何か

 DSとはどういう存在なのか。お断りしておくが、国際情勢を見るときには、軽々に陰謀論というレッテルを貼って思考停止に陥らないことが賢明である。世界で勃発する事件は何れも偶発的なものではなく、それを仕掛けた勢力がいて、シナリオを書いた勢力がして、それで儲ける勢力がいると考える方が真相に近い。あの太平洋戦争ですらそうであったことは、6月9日に公開した『思考停止の80年との決別第3部』で書いてきた通りである。

 DSの存在は、トランプ氏が公言したことから広く認知されるようになった。概念的に捉えれば、ここでは大統領の指示にも面従腹背する官僚組織の幹部層、特に司法省やFBI或いは国防総省の幹部に、国際金融資本家や軍産複合体、さらにはグローバリズムの推進者を等を括った集団と理解しておくこととする。

 アメリカの近代史を振り返ると、総じて戦争を起こすのは民主党で、それを共和党が収拾するという役回りだった。今回もそうなりそうだ。バイデン政権の時にウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナ戦争が起き、トランプ次期大統領がそれを終結させることになるからだ。

 世界の近代史においては、戦争が起きるとその当事者双方に戦費を高利で貸し付ける金融資本家が存在した。日本がロシア相手に戦った日露戦争においても、戦費のほとんどは、グローバルに事業を展開する英国と米国の投資銀行を介して、ロンドンとニューヨークで調達されている。今も昔も戦争によって大きく儲ける集団が存在しているのである。

 さらにいえば、世界には秩序よりも混沌、安定よりも不安定を望む集団が存在する。最近の事例を挙げれば、リーマン・ショックやコロナ・パンデミック、或いは資源インフレや大規模災害が発生したとき、各国の政府が巨額の補正予算を組んで対応したことは記憶に新しい。騒々しい世の中になるほど多くのマネーが流通し、そのマネーに群がる集団が暗躍することは事実である。

 コロナ・パンデミックが世界を襲った時、巨額の利益を上げたのは主にワクチンを提供したアメリカの企業だった。各国は言い値で人口分のワクチンを買い漁ったことも事実である。

 二つの世界大戦を契機に大英帝国からアメリカに世界の覇権が移動して、戦後アメリカは世界の覇権国として君臨した。特に米ソ冷戦時代には、共和党のレーガン大統領がソ連に対して軍拡競争を仕掛けて、ソ連邦を経済的に破綻させて崩壊・解体に追い込んだ。それ以降アメリカ1強時代が到来した。

 アメリカ1強は安定の時代であり、テロやゲリラ戦争を除けば国と国の戦争は減少した。アメリカ1強体制が揺らいで多極化に向かえば、世界は不安定となり、地域紛争が起こりやすくなる。戦争で儲けようとする集団にとっては、アメリカが弱体化することが望ましいのである。さらに付言すれば、M7(マグニフィセント・セブン)のようなグローバリストにとっては、もはや国家は様々な制約を課す存在でしかないということである。

 既に書いてきたように、飽くまでも結果から判断すれば、バイデン政権下で顕在化したドル覇権の崩壊とBRICS結束強化の動きは、世界を不安定化させる要因である。バイデン政権はその不安定化を促進しようとし、トランプ次期大統領はそれを許さないことを宣言した。

 こう考えると、トランプ氏が目指しているのは、MAGA(アメリカを再び偉大な国にする)ことであり、そのためにドルの覇権を維持し、それに挑戦する国の登場を容認しないということだ。これを構図として捉えれば、DSにとってトランプ氏は敵以外の何物でもないことになる。

アメリカの覇権が限界に近づいている

 来年2025年は世界大戦終結から80年、ドルと金の兌換を停止したニクソンショックから53年、PDSが成立しドル覇権体制が維持されてから50年、そしてアメリカ1強体制が始まったソ連邦崩壊から34年になる。この間にアメリカの力の衰えが徐々に顕在化し、バイデン政権を含めて世界が多極化の方向に向かう動きが見えてきた中で、2025年1月にトランプ第二期政権が誕生する。ドル覇権体制の維持を巡るバトルの幕が開けることになる。

 ここで、マネーがどれほど世界に溢れているか。資料1他を参照してデータを整理してみよう。

・世界の債務:377兆ドル(2010年の80兆ドル)

・アメリカの財政赤字:1.83兆ドル(FY2024)で、前年度比8.1%増加

(コロナ渦のFY2020の3.13兆ドル、FY2021の2.77兆ドルに次ぐ過去3番目の規模)

・アメリカの財政赤字/GDP比:6.4%(FY2024)で、前年度の6.2%から悪化 

・金に対するドルの価値:市場価格は1オンス=2000ドルで、ブレトンウッズ会議(1944)から80年間で1/57に減価

・流通するドルの総量:米国内に5~6兆ドル、世界では(推定)50~100兆ドル

〔注〕FY:会計年度、アメリカの場合10/1~9/30

 ここで、特に注目すべきは次の三点である。

 ①世界全体の債務は、2010年からの15年間で4.5倍に増加した

 ②アメリカの財政赤字は年に約1.8兆$(約270兆円)で年々増加し、GDP比でも増加した。

 ③世界に流通するドルの総量は、推定でアメリカ国内の約10倍以上ある

 そもそもアメリカがドル覇権国であるということはどういうことだろうか。エネルギーに留まらず世界貿易において決済通貨としてドルが使われていることであり、貿易を行うために世界がドルを必要としていることである。つまりドルの需要が世界中にあるためにアメリカは米国債やドル紙幣を幾らでも印刷できる特権を保有している。

 ブルームバーグの12月3日の記事によれば、国際決済銀行(BIS)が2022年に発表した3年に1度の調査結果によると、外国為替市場取引の規模は1日に7.5兆$ありドルのシェアは約88%に上るという。(参照:資料2)

 覇権国の特権と引き換えに、アメリカは世界最大最強の軍事力を保有し、世界中に米軍基地を保有してプレゼンスを保持している反面、世界最大の財政赤字を抱えているのである。年間1.8兆ドルもの財政赤字を出しているにも拘わらず、毎年巨額の米国債を買い続ける国があることによって、米国のドル覇権体制が維持されてきた。

 しかしながら、この特権はいつまでも続かない。何故なら過去に発行した国債の償還額が年々増大し、財政赤字の増大によって新規発行の国債額もまた増加の一途にあるからである。国債の買い手が存続する限りドル覇権を維持することは可能だが、買い手がいなくなった途端にアメリカは予算を組めなくなり、ドル覇権は終了することになる。

 では米国債の保有者はどこにいるのかと言うと、資料1によれば、約40%が中国、約30%が日本、約15%がサウジアラビア、5%が英国、残り10%がその他であるという。発行済みの米国債の総額は一説に16兆$と言われるが、本当のところは分からない。

 この体制の存続を脅かすリスクは、既にアメリカの内外で顕在化している。外部リスクは二つある。まずアメリカは中国を世界最大の敵とみなしており、トランプ氏は関税戦争を仕掛けようとしていることは周知の通りである。次にサウジアラビアはアメリカと締結してきたPDSを破棄しBRICSに参加しようとしている当事者である。中国もサウジアラビアもアメリカに対して米国債を売却するというカードを保持しており、もし大量に売却すれば、その時点でアメリカのドル覇権は崩壊してしまうのである。

 次に内部リスクとして考えられるのは、アメリカが国債の償還に応じられなくなる事態である。もしそうなればドルの信認は一瞬にして消滅しドルは暴落するだろう。

 こう考えるとき、トランプ新大統領が掲げるMAGAの実現は、ドル覇権を維持することが大前提であって、相当難しい舵取りが要求されることが分かる。

近代資本主義も限界に近づいている

 1月31日に公開した『終焉を迎えるバブル経済と資本主義(3)』において、そもそもバブルとは何か、現在進行中の金融資本主義というバブル、アメリカ債券バブルと中国土地バブルについて論じた。以下に要点を引用する。

 <政府が財政赤字を増加させてきたことがバブル経済を生んだ最大の原因だった。そして金融市場に供給された巨大なマネーがパワーを持って、政治経済や戦争にまで強大な力を行使してきたことが、資本主義の歪みを増大させてきた原因だった。

 この過程でバブル膨張と崩壊のサイクルが繰り返され、サイクルを繰り返すたびにバブルは膨張した。そして現在、アメリカと中国で連動してバブル崩壊が起きようとしており、さらに住宅や不動産市場のバブル崩壊を経て、次は債券市場でバブルが崩壊しようとしている。バブル崩壊の規模において、現在は最終かつ最大のバブル崩壊が起きる前夜にある。>

 「円キャリートレード」と呼ばれる取引がある。「超低金利の円建てで資金を借り入れ、円をドルに換えて、高金利のドルで投資して稼ぐ取引」であり、円とドルの為替レートと日本と米国の金利差を巧みに利用する投機ビジネスである。

 特に最近では不動産バブルが崩壊し、経済の失速が鮮明になった中国からマネーが一斉に引き揚げられて、高金利を維持しているアメリカに還流して、米国市場の株式、証券、不動産市場でバブルを膨張させてきた。こうして世界が成長の低迷に喘ぐ中でアメリカだけが成長を続けようとしている。

 「バブルの膨張に必要なのはマネーの流入と市場である」と言われる。現在の状況は、超低金利の日本が資金を提供し、高金利のアメリカが市場を提供する形でバブルが成長してきた。ここで重要なことは、バブル形成に日米両政府が当事者として関与している事実である。

 この点において、過去に起きたバブル崩壊と、これから起きるバブルの間には決定的な違いがある。

 ①まず政府の立ち位置が違う。過去において政府・中央銀行の役割はバブル発生の被害を局限化するための対策を講じる立場だった。しかし、近未来ではそもそも政府・中央銀行がマネーの供給者としてバブルの当事者に連座しているために、被害を局限化する立場になく、救済手段を講じることができない。

 ②次に起きることが予測されるのはM7バブルの崩壊であり、国債の発行や償還ができなくなる「債券バブル」の崩壊である。特に国家が国債の新規発行と償還ができなくなる事態は、「国家のデフォルト」に他ならず、国が借金を踏み倒す事態となる。

 資料1によれば、現在アルゼンチンを筆頭に世界の70ヵ国がIMFや世界銀行、或いは他国からの融資を返済できなくなる事態に陥る可能性が高いという。国家が破産するという事態は、バブル経済でやってきた近代資本主義の行き詰まりと捉えることができるのではないだろうか。

 トランプ次期大統領はBRICSに対してドルに代わる通貨の登場を許さないと警告したが、それはドル覇権の維持が次期政権にとって死活的な要件であることを吐露している。同時に、バブル経済でやってきたアメリカ覇権体制が限界に近付いていることの証左でもある。

 もしアメリカで債券バブル崩壊が起きれば、それは世界の金融市場に壊滅的な打撃を及ぼすことになり、バブル経済を前提としてきた近代資本主義が破綻する事態となるだろう。このように、トランプ第二期政権は、資本主義の歴史においてマネーが膨張し過ぎた危機的な時代に登場することを肝に銘じておかなければならない。

エピローグ(トランプ氏は現代のドン・キホーテか)

 最後に、トランプ氏は一体誰と、或いは何と戦っているのか私見を述べて締め括りたい。

 第一は、アメリカの国内事情という戦場において、民主党・左派・DS集団に対して、「行き過ぎたイデオロギーを是正して、本来のアメリカを取り戻す」戦いだった。オバマ政権以降の民主党政権下では、過剰かつ過激な「PC、LGBT、多様性の要求」というイデオロギーが国内に蔓延していた。その過激な風潮の中で被害者となった労働者階級、中産階級、或いは正規の手続きを経てアメリカ市民となった移民層のために、本来のアメリカを取り戻そうという戦いを挑んだのではなかったか。

 第二は、国際社会における戦いでは、グローバリズム、中露イランに代表される専制主義、地球温暖化というプロパガンダ、それとマイノリティが権利を声高に要求する場と化したさまざまな国連機関等に対して、アメリカのナショナリズムと国益を取り戻す戦いだった。そのように思える。

 そして第三は、アメリカ1強という時代にあって、世界の「3K(きつい、汚い、危険)」の任務をアメリカに押し付けてきたNATOや日本を含む同盟国に対して、平和と安全と繁栄を追求するのであれば、応分の負担をし役割を担えと要求する戦いである。それが嫌ならNATOから脱退し、米軍基地を引き払うというカードを切り、ディールに臨もうとしている。

 そのように俯瞰すると、戦後80年間、覇権体制を担ってきたアメリカが莫大な財政赤字を抱えて予算を組むことすら危ぶまれる瀬戸際に立っている現実が見えてくる。誠に「トランプ氏は現代のドン・キホーテを演じようとしている」そう思えるのである。

 日本は戦後アメリカに従属して経済的繁栄を享受してきたのだが、トランプ第二期政権の誕生に臨み、そんな甘い認識では戦後80年以降の「一歩間違えば戦乱再びもあり得る」激動の時代を生き抜いてゆくことは出来ないと断言しておきたい。

 アメリカ1強体制にひびが入った戦後80年以降に、一体どういう国際社会を作るのか、秩序と平和と繁栄を維持する仕組みをどう再構築するのか、そのために日本はどういう役割を担うのかという命題に真剣に向き合い、日本のオプションを用意しなければならないのだ。

 「アメリカが押し付けた憲法」の制約をできない言い訳とし、その大役から逃げ回ってきた過去はトランプ第二期政権誕生と同時に吹き飛んでしまうのだと覚悟を決めなければならない。トランプ氏と巧くやっていく方法はそれ以外にはありえない。日本は今その瀬戸際に立っている。

 最後に触れておきたい。トランプ第二期政権において首席補佐官に就任することになっているスーザン・ワイルズ(Susan Wiles)という女性(1957年生)がいる。大統領選でトランプを圧勝させた名参謀との評価が高い人物である。今まで述べてきたように、トランプ第二期政権を待ち構える国際情勢・国内情勢は、何れも混乱の極みにあるのだが、そのような絶体絶命の状況にあって、ワイルズ氏はホワイトハウスの舵取りを担うことになる。トランプ氏といい、ワイルズ氏と言い、世界を背負い時代を担う人物が登場するところに、アメリカの凄さと健全さを垣間見えるのである。

参照資料:

資料1:「米国債の巨額踏み倒しで金融統制が来る」、副島隆彦、徳間書店、2024.7

資料2:「ドルを武器化するトランプ氏、BRICSへの無用な挑発になる恐れ」、Bloomberg、2024.12

分断から内戦に向かうアメリカ

プロローグ

 アメリカ大統領選までカウントダウンとなった。過去には共和党と民主党が雌雄を決する戦いを繰り広げてきたが、近年では共和党支持者と民主党支持者の間の対立が激化して、アメリカ社会の分断が深刻化してきた。

 その根底には、アメリカ社会を構成するマジョリティの変化とマイノリティの増加がある。すなわち建国以来アメリカ社会の有権者の大半は白人層だったが、その後に起きた二つの大きな変化によって、アメリカは白人が市民のマジョリティの地位を失う最初の民主主義国家となる見込みだ。これはアメリカ歴史における大事件と言うべき変化だ。

 その二つの変化とは、奴隷の身分だった黒人層が公民権を獲得したことと、アジアや南米他からの移民が大規模に増加したことである。近年ではそれに加えて不法移民の急増がアメリカ社会にとって脅威となっており、アメリカ大統領選の重要な争点となっている。

 11月5日に迫ったアメリカ大統領選は、トランプ氏対ハリス氏、共和党対民主党、右派対左派(リベラル)対立の構図となっている。右派には何れも民兵組織のオース・キーパーズ(Auth Keepers)やⅢ%ers(Three Percenters)、左派には過激派のアンティファ(Antifa)やバーン(BAMN)が陣取っている。さらにキリスト教原理主義者(Christian Fundamentalists)と白人労働者層が右派の岩盤層を形成しており、片やディープ・ステートが民主党の背後に控え、フェミニストやマイノリティ層が左派の岩盤層を形成している。

 アメリカを分断させた両陣営が今まさに激突しようとしている。オバマ大統領以降、大統領選を経るたびに両陣営の対立は激化してきたが、今回の大統領選ではトランプ氏、ハリス氏の何れが勝っても騒乱が避けられない状況となっている。

 本資料を書くにあたって、全般的に歴史研究家のマックス・フォン・シュラー氏が書いた資料1を参照した。

1.分断の起源と歴史

 分断は2016年の大統領選にトランプ氏が登場した頃から深刻化してきた。但しトランプ大統領誕生が分断の原因ではない。分断はアメリカの歴史の中で形成されてきた現象であって、もっと根が深い。資料2が分断の起源と深刻化してきた経緯について論じているので、要点を以下に整理する。

1)アメリカの分断は2001年の同時多発テロを起源とする。平和を志向するリベラルと、報復を主張する保守の対立が現実のものとなった。

2)2008年にリーマンショックが起きた。事態の早期収拾を図るための公的資金投入に対する賛否を巡って分断が深まった。

3)冷戦後グローバル経済が拡大したのと相まって、アメリカを牽引する産業が「油まみれの」産業から知的産業へ、主役の交代が起きた。加えて2009年にはオバマ大統領が誕生し、白人層からマイノリティ層へ主役交代が鮮明になった。

4)人口構成におけるマイノリティ層の増加とそれによる白人層の相対的減少は、二大政党の支持層の構成を大きく変容させた。即ちマイノリティが民主党に結集し、「取り残された人々」やキリスト教原理主義者は共和党へ結集して、分断の構図が明確になっていった。

2.移民の国アメリカ

 アメリカは移民の国であり、基本的にアメリカ市民は移民に対し好意的である。主な理由が二つある。第一に、建国以来絶え間なく移民が流入して人口が堅調に増加し、力強い経済成長を遂げてきたアメリカの歴史がある。そして第二の理由は、優秀な移民がイノベーションの担い手となってきたことである。

 もう一つ重要な事実は、アメリカには移民を受け入れるフロンティアが常に存在したことだ。まず建国以来の歴史には「西部」というフロンティアが存在した。西部開拓の時代が終わり土地というフロンティアが消滅した後も、アメリカは移民を受け入れながら新たなフロンティアを次々に開拓していった。自動車産業はアメリカが土地に代わるフロンティアを産業分野に求めた代表的な例である。この結果、いわゆる「油まみれの産業」が成長して多くの労働者を吸収していった。

 しかし、この領域は世界との競争分野だった。とりわけ戦後の日本やドイツとの間で品質と価格を巡る熾烈な競争が起きた。さらにGDPで日本を抜いた中国が台頭すると、「油まみれの産業」分野でのアメリカの市場支配力は衰退していった。

 次にIT分野の開拓とグローバリズムの推進によって、アメリカは再び市場の支配力を取り戻した。しかしながらIT産業では、マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven)に代表される一部の企業が桁外れの利益を稼ぎ出す一方で、「油まみれの産業」で働いてきた白人労働者層はアメリカ社会のマジョリティの地位から滑落して「取り残された人々」となった。

 目覚ましい経済成長を遂げてきたアメリカはその後も世界中から移民を呼び寄せ続けた。その結果アメリカでは人種や主義の多様化(Diversity)が進み、マイノリティの権利を主張する運動が活発になった。左派が展開してきた運動の背景には「マイノリティの増大とダイバーシティの拡大」という潮流がある。

 資料3は現在の左派と右派の対立を、左派の牙城であるカリフォルニアから、しかもリベラルな視点から俯瞰したものだ。サンディエゴ大学のバーバラ・ウォルター教授はこう述べている。「アメリカが世界の牽引役であるとすれば、カリフォルニアはアメリカの牽引役である。(左派と右派の対立が激化したからと言って)アメリカは歴史の終局点に立たされている訳ではないと信じる。むしろ刮目すべき新時代の始点に立っているのだ。」

 この自負や良しだが、事態をかなり楽観視し過ぎているように思える。ウォルター教授はカリフォルニア州を「移民とインクルージョン(包含)の先進政策州」と評しているが、一方でカリフォルニアが直面している課題に眼を転じれば、ホームレス数は全国の1/4を占め、所得格差は全米で4番目に大きく、治安が極度に悪化している現実がある。治安の悪化はBLMの主張から警察を目の敵にして予算を削減してきた結果であり、カリフォルニア州が直面する深刻な課題は、「マイノリティとダイバーシティ」に係る、行き過ぎた政策を推進してきた民主党政権が招いた結果である。

3.2024年大統領選を巡る分断

 資料4は、破局に向かっている分断の背景について、次のように分析している。

1)民主主義を支えるには憲法、裁判所、規範が必要だが、米国では規範が崩れた

2)規範が崩れたのは二大政党の支持層が変わり、政党の分極化が進んだからだ

3)分極化が進んだ背景には、この半世紀に二大政党の支持基盤に起きた三つの巨大な変化がある

 ここで「三つの巨大な変化」とは、以下のとおりである。

1)1950年代後半~60年代前半の公民権運動の結果、選挙権を獲得した多数の黒人が民主党員になった

2)中南米やアジアからの移民の大半が民主党員になった

3)この動きと同時に、両党に分かれていたキリスト教福音派がレーガン政権以来圧倒的に共和党支持となった

 こうして今や民主党は都市で暮らす教育を受けた白人と、人種的マイノリティや性的マイノリティの混合体となった。ここまでの経緯を見てくると、民主党政権がマイノリティ層に対して手厚い政策を講じてきた背景に、支持基盤を維持するためという動機が働いていることが分かる。

 これに加えて、不法移民の急増と、民主党陣営による民主主義の規範の破壊によって、分断はトランプ対民主党、右派対左派の対立として先鋭化していったのである。左派と右派の双方に責任の一端があるにせよ、分断を作為的に煽ってきたのは、民主党による執拗な「トランプ攻撃」であり、熱狂的な左派によるPC活動だったことは明らかである。

 「トランプ攻撃」の代表的なものは、以下の三つである。

①トランプ大統領が就任した直後(2016~)から展開された「ロシア・ゲート事件」

②バイデン政権が誕生した2020年の大統領選挙における郵便投票を悪用した組織的な選挙不正

③2024大統領選に向けて司法当局が行ったトランプ氏の再登板を阻止しようとする執拗な「司法の武器化」

 ちなみにロシア・ゲート事件とは、2016年の大統領選挙において、ロシアがサイバー攻撃等による世論工作を行ってトランプ大統領の勝利を支援したという疑惑だが、2019年に公開された連邦政府の特別検査官による報告書では、ロシアが介入した証拠はないことが結論付けられている。

 このように大統領選挙は左派と右派が激突する最大のイベントとなっているが、その根底に左派によるPC(Political Correctness)活動、LGBTやブラック・ライブズ・マター(BLM、Black Lives Matter)に代表される「マイノリティの権利とダイバーシティの拡大」を主張する過剰な活動が横たわっていることは明らかだ。

4.分断を促進した左派

 資料1の中でシュラー氏は、「アメリカ人は完璧に差別がない社会を作ろうとする。自分の価値観を他人に強要する攻撃手段としてPCが編み出された。PCを振りかざして誰かを告発しようと躍起になる人達はSJW(社会正義の闘士、Social Justice Warrior)と呼ばれている。この性癖故に、アメリカ人は他国と共存することが出来ない。それどころか、自分の国の中でも共存できていない。些細なことを問題にして自分の国を破壊している。」と分析している。

 民主党支持層として活動する主な集団には、マイノリティの権利を執拗に主張し、PC、LGBT、BLMなどの活動を展開しているフェミニスト集団と、過激派集団のアンティファとバーン、それとアメリカの支配階級であるディープ・ステートが名を連ねている。資料1を参照して、それぞれの集団について以下に簡潔に説明する。

 まずフェミニストの活動は反ベトナム戦争から始まったウーマン・リブの流れを組むものである。彼らは社会を変える手段として学校教育を選び、小学校レベルから子供達を洗脳する教育をやってきた。この結果、現在のアメリカの教育システムは、過渡に敏感で自分勝手な人間を作り続けている。彼らは年齢的には大人だが、精神的にはとても幼稚で、どんな苦労も我慢することができない。

 次にBLMは全国的な黒人の権利主張団体である。彼らの活動は警察官に黒人が射殺された事件に抗議することから始まったが、問題なのは射殺された黒人男性の大半が犯罪者であることだ。BLMという運動は本格的な共産主義の形を見せている。民主主義において社会を変化させるための方法は政治的な活動と選挙なのだが、現在の左派はそれを無視して自分たちの価値観を他にも強制するために暴力を扇動している。

 アンティファとバーンは反トランプの中心的なグループで、正当に抗議を行う組織ではなく、いわゆる過激派集団である。アンティファは反ファシズムのグループとして1980年代に欧州で始まった。バーンは「By Any Means Necessary」の略語で「どんな手を使ってでも」という意味であり、1995年にアメリカで創設された。

 ディープ・ステートは組織ではなく、アメリカ上層部を形成する国際金融資本家、企業や官僚や軍のトップ層、それと大手メディアのトップで構成される。彼らは連携して行動する訳ではないが、共通点は戦争や危機を仕組んで大きく儲けようとする集団であることだ。

5.不可解な不法移民問題

 資料5によれば、トランプ政権下だった2017~20年には不法移民の流入数は累計でマイナスだったのが、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人に上った。特に2023~24年は240万人/年と急増している。この数字には政府の監視の目を潜り抜けて入国した逃亡者(推定数百万人)は含まれていない。

 これだけでも想像を絶する数字だが、さらに不可解なことに、資料1は不法移民が国境に到着すると、5,000ドルのデビッドカード、米国内の希望する都市への無料航空券、携帯電話がアメリカ連邦政府から支給されているという。

 この事実から、「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことが明白である。問題はバイデン政権が促進政策をとったのは一体何故かだ。マイナス面が甚大であるのに対してプラス面が見当たらないのである。民主党政権を支持する岩盤層がマイノリティとなった現状を踏まえると、不法移民に有権者登録をさせて民主党候補に投票させてきたという見方も否定できない。もしそうであるとしたら、民主党政権は支持基盤を厚くするために、国益を大きく毀損する政策をとってきたことになる。

 深刻化してきた不法移民の流入を巡って、州政府と連邦政府の対立が激化してきた。メキシコと国境を接するテキサス州は2023年12月に不法越境を犯罪とする州法を成立させて、州による逮捕と州裁判所による送還命令を可能とした。これに対しバイデン政権は、「州に移民を制限する権限はない」とする訴訟を起こし、係争中は施行を差し止めるよう最高裁に要求した。最高裁は連邦政府の要求を退け、暫定的ながらテキサス州法の施行を容認した。(CNN、3月20日)

 資料6によると、テキサス州のアボット知事(共和党)は、州法を整備した上で、殺到する不法移民を阻止するために州兵と州警察を動員して実力行使に乗り出した。アボット知事の認識は、「テキサスは侵略に直面しているにも拘らず、連邦政府が州を防衛する憲法上の義務を放棄している」とするものだ。今年1月の世論調査によると、米国の有権者の65%が国境問題は単なる危機ではなく侵略であると捉えている。

6.トランプを支持する右派

 民主党政権が480万人もの不法移民を受け入れた結果、安い賃金でも働く不法移民に仕事を奪われて、多くのアメリカ市民が中間層から貧困層へ転落しただけでなく、大都市の治安が極度に悪化した。これは民主党政権の重大な責任であるとして、移民政策に異議を唱える集団の代表が民兵組織ミリティア(Militia)である。オース・キーパーズとⅢ%ersがその代表的集団だ。

 アメリカの民兵組織は、政府の統制を受けないボランティア部隊で、完全に独立していて、大半のメンバーが連邦政府を敵とみなしている。しかもミリティアは元軍人であるので規律を重んじ、組織行動をとっている。民主党の政策の結果、彼らは貧困化しており、熱狂的なトランプ支持層となっている。オース・キーパーズには3万人のメンバーがいると言われる。名前の由来は「憲法で約束された自由を守る」からきている。Ⅲ%ersの意味は独立戦争で3%のアメリカ人が戦ったことに由来する。

 右派の中で注目すべき団体はキリスト教原理主義者である。キリスト教原理主義者は、キリスト教信者の中でも最も厳格に聖書の教えを信じ守ろうとする集団である。キリスト教原理主義には三つの波があった。植民地時代、南北戦争の前、そしてベトナム戦争後の現在である。以前と異なり現在の波は、現代の信者たちが政治的な主導権を取り戻そうとしていることにある。

7.大統領選投票日から起きる事態

 大統領選挙を契機として起きることが予想される左派と右派の衝突は、第二の南北戦争(Civil War)と称される様相を示すだろう。左派の実行部隊はアンティファやバーンであり、右派の実行部隊はオース・キーパーズとⅢ%ersに代表される民兵組織だ。左派と右派の双方が数万人規模の集団であり、アメリカでは武器が自由に手に入るので、ひとたび衝突すれば大惨事となる。

 客観的に比較すると、左派の実行部隊はいわゆる過激派でトラブルを起こすことは出来てもアメリカ社会を支配する能力はない。資料1でシュラー氏は「アンティファやバーンは単に甘やかされた子供達であり、フェミニストは大都市の外では何の力も持っていない」という。それに対して民兵組織は元軍人の集団であるから、ひとたび民兵組織が立ち上がればもはやFBIの手に負える事件ではなくなると指摘する。

 さらにオバマ政権の時にPCの波は軍隊にも持ち込まれて、軍隊組織においても男女平等、LGBT等マイノリティ重視が徹底された結果、アメリカ軍は深刻な混乱状態に陥った歴史がある。アメリカ軍を弱体化させた、行き過ぎた政策に不満・反感を抱く軍人が多く、もし民兵組織が立ち上げれば、現役の軍人が民兵組織に共鳴し合流することが予測される。

 もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。

 アメリカの選挙の正確性は、僅差に耐えられるほど厳格なものではない。衆議院選挙が10月27日に行われ、翌28日の早朝には選挙の集計結果が公表される日本とは明らかに別物である。従って、もし有権者が集計結果に疑義を主張し、僅差で敗れた方が結果を信用しないという行動に出れば、それは選挙制度の崩壊、さらには民主主義の崩壊に繋がるものだ。そして有権者の怒りが、第二の南北戦争となって生起すれば、アメリカは修復不能な事態に突入することになる。正に今回の大統領選はアメリカにとって剣が峰なのだ。

8.没落するアメリカ

 今アメリカで進行している事態は、建国以来のアメリカの歴史と文化がもたらした結果である。今まで述べてきたように様々な要因があるが、沸騰点に向かっているアメリカ騒乱の大元の原因の一つは左派による行き過ぎたPC運動にあることは事実である。オバマ大統領はあろうことかアメリカ軍にまでPCを持ち込んだ。常軌を逸しているという他ない。

 原因のもう一つは、バイデン大統領が推進した数百万人に及ぶ不法移民の流入増加である。資料5によれば、2024年2月末に実施されたギャロップの世論調査は次の通りだった。

1)米国が直面する最重要課題が移民と答えたのは、共和党支持者52%、民主党支持者12%、無党派層21%

2)現在の移民急増を、危機と認識しているのは45%、大きな問題と認識しているのは32%、合わせて77%

3)政府の取り組みに対しては、非常に悪い/悪いと答えたのは共和党支持者で89%、民主党支持者でも73%

4)対策については、共和党支持者の77%が「不法移民の強制送還を増加」、72%が「国境の壁の拡張」

 アメリカ国民の大多数がPCで糾弾されることを恐れて沈黙してきたのに対して、唯一PC圧力に屈しない人物が登場した。それがドナルド・トランプだった。右派、とりわけマイノリティとなった白人層(特に労働者、元軍人など)にとってトランプ氏は救世主なのであり、今回の大統領選はアメリカが本来の姿を取り戻すラストチャンスとなったのである。

 かくして左派と右派の激突は不可避となった。歴史的に俯瞰すると、この衝突は1920年代にドイツからアメリカに逃れてきたマルクス主義の哲学者グループが「フランクフルト学派」を創設して種を蒔き、共産主義思想をもつ過激な左派がアメリカ国内に蔓延してきたという流れを変えられるかどうかの「関ケ原の戦い」なのだ。

9.「思考停止の80年」と決別する好機

 先に『思考停止の80年との決別』の連載を書いた。(「激変する世界」参照)来年は戦後80年の節目である。世界情勢が激変している今こそ、日本人が自発的・自律的に行動して戦後体制を刷新すべきだという主張として書いた。

 不幸なことに、「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍晋三元総理は暗殺されてしまった。しかし今、世紀の大転換が外からやって来ようとしている。トランプ氏とハリス氏の何れが大統領になっても、アメリカは騒乱状態となることが避けられず、国内秩序を取り戻すことで精一杯となるだろう。

 もし騒乱の原因を作った民主党が政権を維持する展開になれば、騒乱は内戦に発展する可能性を排除できないばかりか、ウクライナ戦争やイスラエル対イラン戦争を調停する役割も力もアメリカに期待できない事態に陥る。アメリカが没落し、鎮めるものが不在の世界の大騒乱の時代を迎えるだろう。

 飽くまでも日本からの視点ではあるが、アメリカが本来の姿を取り戻すためにも、また国際秩序を取り戻すためにも、トランプ大統領が再選されることが望ましい。トランプ氏なら、国内の騒乱状態を鎮めつつ、二つの戦争を終結に導く采配を期待できるかもしれない。しかしその場合でも、トランプ大統領は同盟国日本に対し、安全保障面でも経済面でも過去とは次元の異なる要求を突き付けてくる可能性が高い。

 こう考えると、日本は衆議院議員選挙の結果に右往左往している余裕など全くないのである。国内の混乱を手際よく収めて、目を大きく見開いて国際情勢の激変に備えることこそ、有事のリーダーが備えるべき要件である。

 『国防の禁句』という本がある。防衛省の幹部だった島田和久元事務次官、岩田清文元陸上幕僚長、武居智久元海上幕僚長の三氏が書いたもので、その冒頭には「誰が次の大統領になろうと(米国の)影響力の衰退は隠しようがなく、現状を所与のものと受け止め、日本は戦後初めて自分の足で立たなければならなくなった。そして自ら脳漿(のうしょう)を絞って、進む方向を考えなければならない」と書いているという。全く同感である。(産経新聞10月27日に紹介記事)

参照資料:

資料1:「内戦で崩壊するアメリカ」、Max von Schuler、ハート出版、2024.2月

資料2:「米国社会の分断は危険水域、大統領選後に第二の南北戦争勃発の可能性、その背景とは」、冷泉彰彦、Wedge Online、2024.10.21

資料3:「第2の南北戦争という内戦を回避できるのか」、サンディエゴ大学教授、バーバラ・F・ウォルター、東洋経済オンライン

資料4:「なぜアメリカはここまで分断したのか、3つの巨大なうねりに答えがある」、ハーバード大学教授、スティーブン・レビッキー、World Now、2020.10.6

資料5:「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」、前田和馬、第一生命経済研究所、2024.4.15

資料6:「内戦2.0-連邦政府とテキサス州との間で激化する対立の背景とは?」、マイケル・ハドソン研究所、2024.1.25

エイジングギフト

老後という贈り物

プロローグ

 別稿の『VWSG思考』に、次のメッセージを書いた。(https://kobosikosaho.com/daily/1242/

 昼のひと時に公園のベンチに座って虫や鳥の鳴き声に耳を傾けながら、壮大な生物の物語に思いを巡らせてみて欲しい。次に晴れた夜に同じベンチに座って満天の星が輝く宇宙を眺めて、無限に広がる宇宙に想いを巡らせてみて欲しい。その上で想像力を逞しく働かせて欲しい。例えば次のように。

 漆黒の宇宙にポツンと浮かぶ地球がある。宇宙船地球号は超高速で宇宙空間を飛翔している。その地球を舞台として、壮絶な生物進化の物語が30数億年にわたって繰り広げられた。その物語のライブステージが現代であり、「現役」の俳優の一人として今自分の人生がある。人生には恐らくこの荘厳な事実に勝る感動はないだろう。

 本資料を書くにあたって、全般にわたり下記資料を参照させていただいた。

・資料1:「なぜヒトだけが老いるのか」、小林武彦、講談社現代新書、2023.6

生物の進化と淘汰、生と死

 現在生存している全ての生物は、凡そ38億年前に起動した生物進化のプログラムによって、現在の形質を獲得した。この生物進化のドラマには二つの物語が同時進行の形で織り込まれている。

 第一の物語は、生物の種が進化と淘汰を繰り広げてきた巨視的に俯瞰した物語である。進化とは「新たな種の登場」であり、淘汰とは「進化に失敗した種の消滅」である。

 第二の物語は、個体の生死が繰り返されてきた微視的に俯瞰した物語である。物語の中で個体に与えられる命は、ほんのひととき或いは一瞬でしかないのだが、個体にとってはそれが与えられた時間の全てである。

 生物の種の物語が縦糸となり、個体の生死の物語が横糸となってタペストリーのように織り込まれて、38億年にわたる生物の歴史が綴られてきた。現代の生物が繰り広げている営みはそのドラマの「現在の姿」に他ならない。ドラマに登場するアクターは次々に交代し、ホモ・サピエンスは哺乳類の中で最後に登場したアクターである。

生物の仕組み

 生物は動物も植物も細菌もウィルスも、皆固有のDNA(遺伝情報)を持っている。DNAは種を規定すると同時に個体の多様性を規定している。具体的に言えば、同じ種に属する個体は共通のDNA構造を持っていると同時に、個体ごとに固有なDNA情報を持っている。

 個人毎に固有のマイナンバーカードが交付されるように、全生物の個体は全て唯一無二のDNAを持って生まれてくる。ヒトのDNAについて最新の科学が明らかにした驚嘆に値する事実の一端を、資料1から引用して紹介しよう。

 1)ヒトの細胞は約37兆個ある。その一つ一つに父母由来のDNAがそれぞれ約30億の塩基対として、合計で2組60億の塩基対がコピーされて1/100ミリほどの細胞膜の中に折り畳まれて格納されている。塩基には〔グアニン、シトシン、アデニン、チミン〕の4種類があって、記号で〔G、C、A、T〕と表現されている。この内AとT、CとGがそれぞれ結合して塩基対となり、DNAを形成している。この四種類の塩基が遺伝子情報を記述する最小単位(ビット)を形成している。

 2)細胞には寿命(耐久限界)がある。古くなった細胞は所定の時間が経過すると新しい細胞に置き換えられる。置換の周期は細胞の部位によって異なり、ヒトの場合最短は血液の細胞で約4カ月、最長は骨の細胞で約4年である。古くなった細胞は分解されたり、免疫細胞に食べられたり、或いは老廃物として廃棄される。

老化のメカニズム

 細胞は大別して体細胞と生殖細胞に分けられる。さらに体細胞には、体のどこの部位になるのかが定まっている細胞と、定まっていない細胞の二種類がある。後者は「幹細胞」と呼ばれ古くなった細胞に代わる新しい細胞を作り出す役割を担っている。

 幹細胞が新しい細胞を作り出すとき、約30億✖2組の塩基対の全て(すなわちDNAの全情報)がコピーされるが、所定の確率でコピーエラーが生じる。エラーを修復するメカニズムが備わっているものの、年齢とともに修復が不完全となりエラーが蓄積してゆく。

 細胞が老化する原因は『エラー蓄積仮説』と呼ばれる。DNAのエラーが蓄積することによって、細胞の機能が徐々に低下するというものだ。細胞の機能低下が進むと、やがて臓器などの器官が正常に機能しなくなる。これが老化症状となる。

 老化は人体のあらゆるところで起きるが、致命的な老化が二つあるという。一つは新しい細胞を作り出す幹細胞の老化であり、他一つは人体の中で新しい細胞に置き換わることがない脳と心臓の老化である。

 ヒトの死因の上位は、癌、心疾患、老衰、脳疾患の順である。また老衰の原因の大半が心不全であるので、癌を除く死因の上位は、細胞が新しいものに置換されない脳と心臓が耐久限界に到達したことによって起きると考えられる。

 一方、癌は幹細胞が老化して新しい細胞を供給できなくなり、老化細胞が排除されなくなって「炎症性サイトカイン」と呼ばれる物質が増えることによって起きる。

ヒトの寿命

 一般に体の大きな動物は寿命が長く、小さな動物は短い。資料2の中で東京工業大学名誉教授の本川達雄氏は、さまざまなデータを分析して動物では「時間が体重の1/4乗に比例する」という法則を導いた。この法則は、体重が1kgの動物の時間を1とすれば、10kg、100kg、1トンと大型になるに従って、動物の時間は1.8、3.2、5.6と長くなってゆくことを示している。小型になる場合には同じ割合で時間が短くなる。

 本川達雄氏がいう哺乳類の時間とは、寿命はもとより、成熟するまでの期間、呼吸や心拍の間隔、血液が体内を一巡する時間など、生命活動に係る様々な時間を指している。

 さてここでヒトの寿命について考えたい。始めにヒトの生物学的な寿命は推定50歳前後であるという。資料1で小林武彦氏は、三つの根拠を挙げている。第一にDNAがかなり似ているゴリラやチンパンジーの寿命が50歳前後であること、第二に哺乳類の総心拍数は約20億回(哺乳類の種によらずに同一)で、ヒトの場合約50歳で到達すること、そして第三に55歳頃から癌で死亡する人が急増することである。

 一方現代の日本人は、健康に恵まれると90~100歳の長寿を得ている。生物学的寿命とのギャップ(要するに老後)は約40年前後に及ぶ。この現実をどう理解したらいいのだろうか。

動物の老化

 ヒトには「長い老後」が約30~40年もあるのに対して、資料1によれば<ヒト以外の生物の老化期間は短いか殆どなく、老化と死がほぼ同時に訪れる>という。これは何故だろうか。

 老化に関して興味深いのはサケだ。サケは自分が生まれた場所が産卵に適した場所であることを知っている。サケは激流をも落差のある滝でさえも遡って、ようやく生まれた場所に辿り着いて、産卵・放精という最後の使命を果たすと間もなく寿命を迎える。ここで驚嘆するのは、遡上過程では老化が起きず、子孫を残すことができると急激に脳が委縮して死亡する事実である。

 生態系は基本的に「食べるか、食べられるか」の関係で維持されているので、野生生物には老化がない。体の小さい動物は食べられて死ぬことが多いのでそもそも長寿化の意味がない。肉食動物の場合には餌を獲れなくなれば死に至る。またゾウは老化症状を示さず、癌にも罹らず、心筋梗塞などの循環器系の不具合が原因でピンピンコロリと死ぬ。

 老後があるのはヒト、シャチ、ゴンドウクジラのみで、それ以外の哺乳類に老後はないという。三つの種の共通点は「子育て」にある。

ヒトの「長い老後」

 ではヒトに長い老後があるのは何故だろうか。それを説明する理由として「おばあちゃん仮説」と「おじいちゃん仮説」と呼ばれるものがある。どういうものかというと、我々の祖先は肉食動物を狩るために、或いは他の集団に対して優位に立つために集団生活をしていた。集団生活では子育てを分担するおばちゃんと、集団を束ねる長老としてのおじいちゃんの存在が重要となり、その社会的ニーズが長寿を促進したという仮説である。

 冒頭に「個体の生と死は生物の進化と淘汰という長編物語を構成する一コマである」と書いた。個体と集団の関係、さらには種との関係を因果関係として捉えると、ホモ・サピエンスという種が進化してゆく過程で、集団の存続と繁栄にとって「老後の存在」が有益だったために、ヒトの長寿化が促進されたという解釈が成り立つということだ。

 ヒトは他の哺乳類と比べて格段に高い免疫力を持っているという。ヒトは免疫力を高めることによって長寿を実現してきたと解釈される。

 小林武彦氏は書籍の末尾を次のように結んでいる。

 <現役を引退する60~70代には、老後に対する不安が募り鬱々とした気持ちが高まる。ところが85歳を過ぎる頃になるとその不安が減り、あるがままの状態を受け入れるようになる。このネガティブからポジティブへの転換は、大病や配偶者との死別などつらい経験をした人ではさらに強くなる。この境地は『老年的超越』と呼ばれる。>

エイジングギフト

 1955年に東京都八王子市で生まれ、若くして北海道礼文島に移住した植物写真家でエッセイストの杣田(そまだ)美野里さんは、遺作となった『キャンサーギフト』(資料3)に次の二句を残している。

 ・現(うつつ)とは死を意識して輝くと、母の愛した言葉の一つ

 ・咲きながら一世(ひとよ)のおわりに降るものを、キャンサーギフトとわたしは呼ぼう

 「キャンサーギフト」というのは、「癌がくれた贈り物」という意味である。この境地こそ『老年的超越』ではないだろうか。仏教でいう「悟り」の境地である。

 振り返ってみれば、現代人は時間に追い立てられるように人生の大半を過ごしている。その持ち時間は最長でも100年、健康寿命に恵まれたとしても社会の現役を退いた後せいぜい30年しかない。老後から振り返れば、人生100年は駆け足で過ぎてゆく。

 老後の30年余という期間、しかもヒトが進化の結果手に入れた時間は、「エイジングギフト」、即ち「老後という贈り物」、そう捉えることが相応しいように思う。但しそのためには杣田美野里さんの心境に到達する必要がある。

エピローグ

 ヒトは70歳を過ぎる頃から老化の進行を実感するようになる。体力や記憶、気力が衰えてゆき、年々歳々それが徐々に進行してゆく。老後は今まで出来ていたことが思うようにできなくなるために、気持ちが落ち込み気味になるものだ。減ってゆくもの、或いは失ってゆくものに注目すれば、暗い老後というイメージに支配されるに違いない。

 しかし視点を転じれば、老後の人生には増えてゆくものがある。代表的なものは自由である。時間やお金、さまざまな束縛からの自由がある。もう一つ重要なものは豊富な蓄積である。「おじいちゃん仮説」が示唆しているように、知識、経験、知恵、洞察力など、老人は豊富な知的財産を持っている。ここに注目すれば、老後は人生における至福の時間なのだということに気付かされる。

 東北大学名誉教授で歴史家の田中英道氏は、資料4で「老後賛歌」を綴っているので紹介しよう。

 『富岳百景』初編の末尾に「七十前描く所は実に取るに足るものなし(70歳以前に描いたものは駄作ばかりだった)」と葛飾北斎は書き残している。これは「老人には創造性がある、老人の域に入って年齢を重ねるにつれて若い時以上に深い表現力をもっている」ことを示唆するものだ。

 記憶をただの思い出話にするのではなく、思い出話の中に普遍的なものや教訓的なものを見出して整理する。そこから始めて文学や思想といったものに結晶させる、そういったことは老人にしかできない。この重要性に気が付くことこそが、老人の生き方において最も重要なことである。

 85歳で没した杉田玄白が、最晩年に日常生活を赤裸々に綴った『耄耋(ぼうてつ)独語』という随筆を書き残している。これは「長生きにはさまざまな苦しみがあるが、そこに創造するということがなければ、或いはそこから何かを得るということがなければ意味はない。一日一日を生きていくということを意識してはじめて、人の自然の生き方というものが刻まれていく。」ことを物語っている。

 日本には四季があり、春夏秋冬として老年にあたる冬の季節がある。人間にあっては、冬の時期こそが一番余裕のある時期であり、ものを一番生み出す創造的な時期である。

参照した資料

1.「なぜヒトだけが老いるのか」、小林武彦、講談社現代新書、2023.6

2.「ゾウの時間ネズミの時間」、本川達雄、中公新書1992.8

3.「キャンサーギフト」、杣田美野里、北海道新聞社、2021.8

4.「老年こそ創造の時代」、田中英道、勉誠出版、2020.2

VWSG思考

生物進化から託された「現役」というバトン

 地球に最初の生命が誕生したのは35~38億年前のことである。それから進化を重ねて約2億年前に哺乳類が登場した。約700万年前には人類の祖先が、約20万年前には現代人の祖先であるホモ・サピエンスがアフリカに出現した。そして約7万年前に我々の祖先集団はアフリカを出て数万年をかけて世界に拡散した(グレート・ジャーニー)。こうして現代人の歴史が始まった。

 日本人の祖先集団が日本列島に辿り着いたのは約4万年前のことである。そこから2,000世代(20年/世代を仮定)を超える世代交代が繰り返されて現代に到達した。地球を舞台として繰り広げられたこの生物進化の壮大な物語を俯瞰すると、現代が進化の最前線であり、現在を生きている動植物の全てが進化の「現役」なのだという事実に思い至る。

 医学が目覚ましい進歩を遂げて寿命が延び、人生百年時代が到来した。しかし物心ついてから老化が進むまでの期間を「現役」と考えれば、我々に与えられた持ち時間は長くても70年程である。しかもその持ち時間は日々容赦なくカウントダウンしている。

 現代社会には様々な喧噪があり、現代人はそれに忙殺されて毎日を生きている。もう少し正確に描写すれば、時間軸に綴られた生物進化の物語の存在を忘れて、空間軸の世界に閉じこもるようにせわしなく生きている。ここで生物が綴ってきた悠久の物語に眼を向けてみれば、現代に至るまでに壮絶な絶滅と自然淘汰、無数の生死の物語が繰り広げられて、次々に「現役」が交替して、今我々に「現役」のバトンが託されたのだという真相を知ることになる。

 昼のひと時に公園のベンチに座って、虫や鳥の鳴き声に耳を傾けながら荘大な生物の物語に思いを巡らせてみて欲しい。次に晴れた夜に同じベンチに座って満天の星が輝く宇宙を眺めて、無限に広がる宇宙に想いを巡らせてみて欲しい。その上で想像力を逞しく働かせて欲しい。例えば次のようにだ。

(1)漆黒の宇宙にポツンと浮かぶ地球がある。宇宙船地球号は超高速で宇宙空間を飛翔している。

(2)その地球を舞台として、壮絶な生物進化の物語が30数億年にわたって繰り広げられた。

(3)その物語のライブステージが現代であり、「現役」の俳優の一人として今自分の人生がある。

 人生には恐らくこの荘厳な事実に勝る感動はないだろう。

人生は思考法次第

 人生は一度きりであり「現役」に与えられた時間は余りにも短い。そう認識できるなら、誰にも遠慮することなく精一杯思い切った生き方をすればいいのだが、それはなかなか容易ではない。何故なら自分自身を自覚するようになった頃を回顧してみればいい。

 第一に、人は誰もが多くのしがらみに囲まれて生まれてくる。時代や国は無論のこと、地域も家庭も健康状態すらも全てが与えられたものであって、何一つ自分で選んだものはない。これが人生の境界条件である。

 第二に、人は生きてゆく上で必要な知識も経験も、何も持たずに生まれてくる。そしてやがて成人する頃には、さあ進路を選択して海に漕ぎ出せと、生まれ育った環境から追い出される時がやってくる。ここが人生の出発点である。ここから先一体どのように考えればいいのだろうか。

 このように白紙で生まれてくることの裏返しとして、人生には大きな多様性が用意されている。但し選択を一つするたびに一つずつ進路が確定してゆき、一歩進めばその先にまた次の多様性が広がってゆく。それ故に様々な事件や課題に直面する時に、それをどう捉えどう考えどう選択するかが極めて重要となる。

 多様性を平たく言えば「思考次第で人生はどのようにも変わる」ということなのだが、その肝心の思考について教えてくれる人は誰もない。私が提唱するVWSGサイクルは、人生を逞しく生きてゆくために役立つ思考法として体系化したものである。

VWSGサイクル

 VWSGサイクルを通して説明しよう。始めに人生をどう生きるか、その結果何を手にするのかは思考法によって決まると言っても過言ではない。そして成功をもたらす思考には法則がある。

 思考法を体得するには、技法(テクニック)の前に作法(マナー)を身に着ける必要がある。作法とは、茶道、華道、書道、武道、・・・というように、「道」が付く修行に不可欠な、最初に身に着けるべき「型」である。

 そんな難しいことは言わずに、目の前にある道を一歩一歩と歩いてゆくのもいいだろう。その場合、特段の思考法は必要ではない。何が起きようとも物事に動ずることなく悠然と歩いてゆくことができれば、それはそれで立派なことだからだ。

 一方、大きな目標を立てて挑戦する道を選ぶとしたら、「コツコツ・アプローチ」では目標に到達できない可能性が高い。何故なら目標が大きいほど課題は多くなり難易度は高くなるからだ。それを乗り越えるためには飛躍した発想とアプローチが必要となる。

 図にVWSGサイクルを図解して示す。このサイクルは人生、ビジネス、外交に共通の思考法もしくは処世法を描いたものであり、以下に要点を整理する。

 VWSGサイクルの第一ステップは<ヴィジョン(V)>から始まる。

①最初にやるべきことは、将来実現したい姿(ヴィジョン)を大胆に描くことだ

②ここで大事なことは、「それは無理だ」というネガティブな邪念を全て排除することだ

③一方で、もし努力を重ねれば実現できる将来像であるならば、必ずしもヴィジョンは必要ではなく、「コツコツ・アアプローチ」で行動すればいい

 第二のステップは<意思(W)>である。

①意思あるところに道は必ず拓けるという信念をもつことが肝要だ

②次に状況がどう変化しようとも、揺るがない意思を持つことだ

 第三のステップは、<戦略(S)>である。

①ヴィジョンが大きい程、乗り越えなければならない課題は困難になる

②課題に直面したら出来ない理由を挙げて撤退するか、乗り越える方法を発見して挑戦するか、道は常に二つある

③大事なことは成功は困難の先にあると信じて、迷うことなく困難な道を選ぶことだ

④但し課題を乗り越えるためには、ブレイクスルーの発想とそれに基づく戦略が必要だ

 そして第四のステップは<ゲーム(G)>である。

①ビジネスも政治も、そして人生もすべからくゲームなのだと達観することだ

②視野を高いところにおいて全体像を俯瞰し、自分を客観視して最善の一手を考える

③人生は一度きりだと腹を括って、真剣勝負のゲームを挑む

ゲームはヴィジョンから始まる

 喩え話として、港からヨットに乗って海に出ることを考えよう。水や食料など航海に必要なものを積み込んで、さあ船出だ。ここでハタと直面する問いがある。一体どこを目指すのか、そこに行って何をするのかだ。

 人生の航海にはヴィジョンが必要である。与えられた持ち時間は有限であり、しかも誕生と同時にカウントダウンを続けている。「現役」として命が与えられている間に一体何を実現したいのか、または極めたいのか、将来像を描かない限り人生の航海を始めることは出来ない。ヴィジョンを掲げて勇気をもって進むことだ。

意思、アインシュタインの名言

 簡単に諦めてしまう人に大きなヴィジョンを実現することは出来ない。大きな目標をもって諦めずに挑戦した人々の代表例はオリンピック選手だろう。メダルを目指して戦った人達の顔を見ればいい。そこには最後まで諦めなかった清々しい顔がある。

 では成功する人に共通している資質は何だろうか?その答えは「成功するまで諦めない」である。かのアルバート・アインシュタインは次の名言を残している。

・失敗とは道半ばの成功である(Failure is success in progress.

・取り組みを止めない限り失敗はない(You never fail until you stop trying.

・人類が直面している重大な問題は、それを生み出した時のレベルの思考で解くことは出来ない。人類にとって最も重要な課題は新しい思考を発見することである。(The significant problems we have cannot be solved at the same level of thinking with which we created them. The most important task for humanity is to discover new ways of thinking.

 アインシュタインの言葉は処世訓そのものである。さまざまな課題に直面した時に、課題とどう向き合うかによってその先の人生は大きく変わる。大事なことは「逃げない、ブレない、たじろがない」意思である。

戦略とブレイクスルー発想

 戦略とは大きなヴィジョンを達成するためのシナリオ、不可能を可能に換える方策と手順のパッケージである。

 人類の歴史はイノベーションの歴史である。紀元前の農耕革命、石器や土器の発明以降、人類は新しい技術を相次いで発見し、新しいモノやシステムを次々に発明してきた。ノーベル賞を持ち出すまでもなく、人類社会の進化がイノベーションによってもたらされたことは明らかだ。ここで注目すべきは、イノベーションの大半が過去の経験や常識に囚われない柔軟な発想から生み出されたことだ。

 一般に人が行動する動機は三つある。やりたいこと、できること、やるべきことの三つだ。英語で言えば、WouldCouldShouldである。この内やりたいことをやるのであれば戦略は不要である。またできることをコツコツと積み重ねることは戦略とは言わない。

 戦略的なアプローチが必要となるのは「やるべきこと」に挑戦する場合である。どうすればそれを実現できるかを目的思考で考える。初めに到達点を明確にして、そこに辿り着くルートと手段を現在位置から仰ぎ見るのではなく、到達点から振り返るように考えることが重要だ。何故なら現在位置から考えればできることを積み上げるアプローチを選ぶことになり、到達点から考えれば経験や知識を超えたブレイクスルー発想を促すことになるからだ。

 ブレイクスルー発想とは例えば次のようなものだ。地球上のどこか未知の土地に行くことを考える。目的地に到達する方法は幾つもあるだろう。歩いてゆく、自動車を使う、ヘリをチャーターして飛ぶ、或いは地理や土地の事情に明るい人物に代わりに行ってもらう・・・。方法は幾らでもあるのだが、自由奔放な発想ほど「そんなことは無理だ」という理由から、暗黙のうちに排除されてしまう可能性が高い。

 ブレイクスルー発想がなければ大半のイノベーションは生まれなかったことを肝に銘じるべきだ。イノベーションとは生物の進化に匹敵する人類が成し遂げた革命に他ならない。

ゲーム

 単純化して言えば、人生には常に選択肢が二つある。楽な道と、困難な道の二つである。一般に「できること」を選択すれば楽な道に通じ、「やるべきこと」を選択すれば困難な道に通じる。後者の場合困難を乗り越える心構えが必要になる。それは次のようなものだ。

(1)人生というドラマの主役は自分であることを肝に銘じる

(2)人生とは目の前に次々に現れる課題を解決してゆくゲームである

 どんな課題でも必ず解決できるという信念を持ってゲームに挑み、楽しみながら謎解きをする心構えで行動すれば、ヴィジョンは一つずつ引き寄せられてゆくことだろう。

 「引き寄せの法則」というのは、真剣に謎解きゲームに挑んでいれば、やがて機が熟した時に向こうから謎を解くためのヒントがやってくることを言う。脳は解けていない謎があると、睡眠中を含めて記憶された情報の中から関連情報を引っ張り出して関係づける作業を繰り返していると言われる。即ち「引き寄せの法則」とは、寝ている間も謎解きに挑んでいる脳の働きの賜物なのだ。

 外交もビジネスもゲームであると捉えて臨むことが賢明である。概して日本人は正直すぎるというか、性善説に立って思考するために、ゲームを挑むことが苦手な民族である。むしろ性悪説に立って、最悪の展開を想定した準備を整えてゲームに臨むくらいがちょうどよい。

 ズバリ言えば、相手が嫌がるカードを用意してゲームに臨む非情さというか、ゲームを楽しむ余裕が必要だ。このことは将棋や囲碁を考えれば明らかだ。棋士は自分が優勢になって、相手を投了に追い詰めてゆく最強の一手を常に考えている。将棋や囲碁は典型的なゲームである。外交もビジネスも人生もこれと変わらない。

総裁選の彼方にある未来

総裁選を考える

 8月14日に岸田総理大臣が任期満了後の退陣を表明した。ここぞとばかりにマスコミは「次は誰か」の話題に飛びついた。名前が挙がった政治家は8月19日現在で11名となり、総裁選という喧噪が始まった。

 喧噪の主題が「自民党総裁の選出」に留まるのなら何も違和感はない。しかし真の主題が「総理大臣の選出」であるとすると、選出プロセスに国民の関与がなく果たして民主主義国家として健全な姿なのかという疑問が生じる。

 アメリカ大統領選が同時並行で進行している。大統領制と立憲君主制の違いがあるが、国の次のリーダーを選ぶプロセスとして、どちらがより民主主義の理念に適っているかを比較する価値はある。アメリカの場合、二大政党である共和党と民主党が党としての大統領候補を選出して州に候補者を届け出て、州ごとに有権者による選挙を行って最多の票を獲得した候補者が予め州に割り当てられた代理人を獲得する仕組みになっている。そして全米50州及びワシントンDCの合計で最多の代理人を獲得した候補者が大統領に選出される。

 候補者は数カ月をかけて激戦州を中心に各州を遊説してキャンペーンを行い、政策をアピールする。両党の候補者同士の討論も行われて、候補者が国民に政策を説明し支持を訴える。アメリカ方式がベストとは言えないが、候補者が国民に対し直接政策を語った上で投票を経て選出されるという点で民主主義に則っている。

 これに対して日本では、与党の総裁候補が出そろうと、国会議員と党員による投票が行われて総裁が選出される。自民党は国会で最大多数を有するから、衆参両院での投票を経て自民党総裁が総理大臣に就任する。この選出プロセスに国民の関与はない。

 後段で論じるように来年は第二次世界大戦終結から80年の転換点を迎えるが、「次の80年」を展望する時、国民投票によって総理大臣を選出する方式が望ましいことは明らかである。主な理由は二つある。一つはそもそも民主主義国である以上、憲法改正を含めて重要事項は国民投票という手順を踏むことが望ましいという原則に基づくものだ。他一つは今回の自民党の惨状が、「総理大臣の選出をこの人たちに一任していいのだろうか」という疑問を提起していることだ。

 国民投票を取り入れることは、政治に対する国民の関心と責任意識を高めることになり、結果として民主主義のレベルを向上させることは間違いない。何故なら、まず国民は次のQ1とQ2の問いを考えることを余儀なくされ、次に候補者は国民に対してQ3とQ4の二点について存念を語ることを余儀なくされるからだ。

 Q1:激変する時代に国の舵取りを委ねる首相が備えるべき資質・能力は何か?

 Q2:候補者の中で、その資質・能力を最も備えた人物は誰か?

 Q3:現在の情勢(国内及び国際社会)をどう認識しているか?

 Q4:その上で、優先的に取り組む政策は何か?

第二次世界大戦終結から80年

 今年8月15日に日本は79年目の終戦の日を迎えた。1年後に世界は第二次世界大戦終結から80年の節目を迎えるが、大戦後の国際秩序は一足先に瓦解してしまった。安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻したからだ。ウクライナ戦争の終結目途は立っておらず、さらにタイミングを見計ったかのように中東危機が起きて拡大しつつある。

 同時に世界経済の不安定さが増大している。原因は主に三つある。第一にウクライナ戦争を契機として世界経済のブロック化が進み、エネルギーと食料の高騰を招いて世界にインフレをもたらしたこと。第二に不動産バブル崩壊のソフトランディングに失敗した中国で、地方政府の財政破綻が深刻化し、社会的な騒乱が拡大していること。そして第三に、「崩壊が起きるまでバブルだったと判断できない」というグリーン・スパン元FRB議長の名言があるが、アメリカが現在バブル崩壊前夜にある可能性が高いことだ。

 このように、安全保障でも世界経済においても、世界は大戦後最大の危機に直面している。アメリカの次期大統領は、国内の分断を克服して安全保障と経済の両面において国際秩序を回復に向かわせることができるのか、それとも分断が深刻化して内戦へと向かい、世界の危機を悪化させてしまうのか、残念ながら現状では予測できない。

「次の80年」を担う総理大臣

 第二次世界大戦後の世界はアメリカが圧倒的なパワーの持ち主として君臨した時代だった。しかしながら、バイデン政権が断行したアフガニスタンからの拙速な撤退を契機として、国際秩序は崩壊し始めた。現在世界情勢が混迷を深めている背景にアメリカの衰退の進行があることは明らかだ。

 現在の世界情勢は世界大戦前夜もしくは世界大恐慌前夜に勝るとも劣らない危機的な状況にある。その状況の中で「次の80年」を展望するためには、「アメリカの衰退」を前提条件として考慮する必要がある。

 視点を変えて考えれば、世界情勢の動向は日本に対し「思考停止の80年」と決別する絶好の機会をもたらすだろう。否応なしにアメリカ従属の外交姿勢を改め、日本が本来果たすべき役割を自律的に定めて主体的に行動することを余儀なくされる。この結果、より対等な役割分担として日米同盟を再定義・再構築することになる。

 激変の時代の舵取りを担う次期総理大臣には、このような大局的な世界観と、明治維新以降の近代史を俯瞰する歴史観をもとに、「次の80年」を見据えてもらいたいものだ。

戦略思考(VWSG思考)への転換

 「次の80年」の時代を切り開くリーダーは、端的に言えば、次の資質を備えた人物であることが望ましい。

  ①世界史の潮流の中で日本の近代史を俯瞰する視座をもち、

  ②その上で、日本の将来像についてヴィジョンを描き、

  ③それを実現する確固たる意思を持ち、

  ④立ち塞がる障壁や困難を克服する戦略を組み立てて、

  ⑤国内外の敵対者を相手にゲームを挑む

 これをVision、Will、Strategy、Gameの頭文字をとって「VWSG思考」と呼ぶこととする。

 外交とは国家間で繰り広げられるゲームである。各国のリーダーは皆自国の国益最大化を目論み、相手の意図と動静を読み必要なカードを用意して外交に臨む。同様にビジネスは企業間で行われるゲームに他ならない。ここで重要なことを一つ指摘しておきたい。それは生真面目すぎる日本人には、外交もビジネスもゲームなのだと達観する胆力が欠落していることだ。

 ヴィジョンとは実現したい将来像である。政治であれば、10年後、20年後、或いは100年後に日本をどういう国にしたいのかを明確に描くものである。従ってヴィジョンには、国益最大化という命題に加えて、国際社会が直面する課題や危機に対して日本はどういう役割を担うのか、どういう貢献をするのかが盛り込まれなければならない。

 ヴィジョンを明確にしたなら、次にそれを実現する意思を明確にする必要がある。一般にヴィジョンが壮大なものであるほど、進路には巨大な障壁が立ち塞がることを覚悟しなければならない。その障壁を克服もしくは消滅させる方法と手順を明らかにすることを戦略という。

 そしてゲームとは、他のプレイヤーと知略を尽して戦う真剣勝負である。

政治システムの制度疲労

 ここまでの認識に立って再び日本の政治の現状に眼を転じると、まずパーティ券収入不記載という旧態依然の事件を起こした自民党に、「次の80年」を託せるのだろうかという疑問が浮かぶ。さらに重要な事例を挙げれば、戦後79年が過ぎたというのに、憲法改正は進展がなく、一方では問題だらけのLGBT法案を拙速で通すなど、自民党はもはや日本の国益を守る保守政党ではないという疑念が噴出している。

 一方自民党の不祥事を恰好の攻撃材料として追及する野党には、「10年後、100年後に日本をどういう国にするのか」というヴィジョンも、国際社会に対して意思と戦略を掲げて真剣勝負のゲームを挑む姿勢も見当たらない。かくして国際情勢が極度に緊迫化しているというのに、与党も野党もさして重要ではない話題に時間を浪費している現状に国民は溜息をつかざるを得ないのである。

 今回の事件は一自民党の問題ではなく、「戦後の政治システムの制度疲労」と捉えるべきなのだろう。従って、トップが交替し人事を刷新するだけで解決できはしない。政治システムのイノベーションが避けて通れない。そう理解すべきなのだと思う。

日本の課題は「戦略観とゲーム志向」の欠如

 『思考停止の80年との決別』を踏まえて、「明治維新から敗戦までの77年の失敗の原因と教訓」を簡潔に整理すれば次のとおりだ。

①日清日露戦争に勝って英米に並んだという自負が慢心を生んだ。

②軍の暴走を統制する政治システムを確立できなかった。

③英米と肩を並べた時点で次の目標を見失った。「フォロワーから開拓者へ」の発想の転換が必要だったにも拘わらず、次の目標を描かなかった。そして現在に至るまで、我が国は未だにフォロワーのマインドから脱却できていない。

 「次の80年」の政治の舵取りを考えるには、まず世界情勢を展望し、日本の立ち位置を確認して進路を見極める必要がある。同時に世界が抱える課題に対して、日本が果たすべき役割を明らかにする必要がある。

 そのためには「近代史の失敗と教訓」を踏まえて、日本の強みと弱みと、日本人が持つユニークさを再認識することが重要だ。「欧米にあって日本に欠落しているもの」と、逆に「日本には当たり前のようにあるが欧米に欠落しているもの」を再認識することから始めるべきだ。一言で言えば、前者は「戦略観とゲーム志向」であり、後者は「地球環境と共生・共存する文化」だろう。

靖国参拝は解決意思の問題

 今年も鎮魂の夏が終わった。先の大戦で軍人・民間人合わせて310万人が亡くなった。英霊を靖国神社に祀ることは、国の約束であり責務である。安倍元首相は在任中に一度だけ参拝したが、その後の首相は誰一人参拝していない。況や天皇陛下は一度も参拝を果たせていない。この状況は尋常ではない。

 靖国神社参拝は政治問題化されたまま放置されてきた。首相には国の歴史を背負う責任が伴う。他国におもねて310万人もの犠牲者から眼を逸らす人物に、国のリーダーを担う資格はないと断言したい。

 首相の靖国参拝と言うと、そんなことは出来ないと多くの人は言うかもしれない。しかしそれが国益に直結することであるならば、「出来ない」は「やらない言い訳」と同義である。VWSG思考で述べたように、大きなヴィジョンに基づいて実行する意思を固めたなら、次にやるべきことは立ち塞がる障壁や困難を克服する方法と手順を明らかにすることだ。誰からどのようなリアクションが起きるかを予測した上で、カウンター・リアクションを用意して臨めばいい。

 「日本は本気だ。全てを承知の上でゲームを仕掛けてきた」と相手に思わせるゲームを挑めばよい。参拝の是非について堂々と正論を語り、論理的なリアクションに対しては毅然と論破し、政治的で非論理的リアクションに対しては取り合わずに無視すればいい。

 このゲーム、深入りは損だと思わせる戦略を練ることが重要だ。政治家にはそうした一つ一つの攻めの行動が歴史を作ってゆくという自負を持って臨んでもらいたい。さすれば道は拓ける。逆に言えば意思なきところに道は拓けないということだ。靖国問題は意思の問題に帰着する。

フォロワーのマインドに決別せよ

 日本の近代史は、明治維新、太平洋戦争敗戦とほぼ80年毎に大きな歴史的転換点を迎えてきた。そして来年の戦後80年は次の転換点となる。明治維新から始まった近代史の第一ステージは、先行した欧米にキャッチアップする時代だった。司馬遼太郎が『坂の上の雲』として描いてみせた意気揚々とした上り坂の時代だった。

 同時に第一ステージ、特に20世紀前半は世界レベルの戦争の時代でもあった。日本もその大きな潮流に巻き込まれ、軍事力において欧米と肩を並べた後は、チャーチル、ルーズベルト、スターリンの企みに翻弄され太平洋戦争に引き摺り込まれて完膚なきままに叩きのめされた。

 近代史の第二ステージは「アメリカによる占領」から始まった。都市は廃墟と化し、戦争の犠牲者は310万人に及んだ。そのどん底にありながら、日本は経済優先で史上最大の国難を見事に克服して、半世紀後には経済大国の地位を獲得した。

 その一方で敗戦を含む近代史の総括は棚上げされ、戦争の教訓も占領体制の払拭も未完のまま放置されてきた。そして憲法改正と靖国神社参拝が象徴するように、日本は未だに名誉を回復できていない。そして明治維新以降は欧米にキャッチアップすることを目標とし、戦後はアメリカの傘の中に身を置いてアメリカに従属してやってきた故に、日本は未だにフォロワーのマインドから脱却できていない。

開拓者(エクスプローラー)スピリットを取り戻せ

 来年は戦後80年の転換点を迎える。「次の80年」、つまり近代史の第三ステージは「自律」の時代となるだろう。「思考停止の80年」と決別し、フォロワーのマインドを捨て去って、開拓者(エクスプロ-ラー)のスピリットを取り戻してVWSG思考で「次の時代」を切り開いていく。次期総理大臣がその一歩を踏み出すことを心から願いたい。

 そのためには政治システムのイノベーションが避けて通れない。既に述べたように、欧米と比較した日本の弱みは「戦略観とゲーム志向」の欠如であり、逆に日本の強みは「地球環境と共存・共生する文化」にある。

 「戦略観とゲーム志向」のスピリットを取り戻すためには、政治システムにシンクタンク機能を組み込むことが必要だ。日本には官僚機構は極めて優秀だという思い込みがあり、現在に至るまで政治は永田町と霞が関のタッグで行われてきた。しかし官僚システムは行政機構であって戦略を練る機関ではない。凡そ戦略は国家横断の視点に立って国益最大化を追求するのに対して、行政機関は縦割りで省益を優先しようとするからだ。

 その代表的な事例を一つ挙げよう。それは「骨太の方針」である。本来なら「骨太の方針」は次年度の予算編成に先立って示される国家戦略であるべきだ。だが財務省が中心になって策定される従来の「骨太の方針」は、専ら予算の支出に係る制約条件を規定するだけで、国富を増加させるための戦略が欠落している。日本が「失われた30年」に喘いできた元凶が、「国富の増大」ではなく「財政支出の削減」を最優先課題としてきた「骨太の方針」にあると言ったら言い過ぎだろうか。

 アメリカでは有能な政治家や官僚は、公職を離れた後はシンクタンクに移籍して国家戦略を担う仕組みが定着している。新しい大統領が就任するときには新政権が推進する戦略と政策のパッケージをシンクタンクが用意して、大統領就任とともにキーパーソンが新政権に移籍して戦略を直ちに発動する態勢が整備されている。

 繰り返しになるが、日本が誰かの後を追い、誰かに従属してきた第二ステージはやがて終わる。このフォロワーのマインドが生き残ってきた原因の一つは、政治家と官僚だけの閉じた世界で政治を担ってきたシステムにある。そこには「戦略観とゲーム志向」に基づくヴィジョンを作る機能が欠落している。

 フォロワーからエクスプローラーへ転換するためには、国際情勢を踏まえて日本の国益を追求し戦略を練る機能がどうしても必要である。その資質・能力及び豊富な経験を備えた有識者が、公職を退いた後にVWSG思考の担い手として活躍するシンクタンクを社会インフラとして整備することが肝要である。

おわりに

 「次の80年」において、地球環境との共存・共生は大きなテーマとなる。但し欧米が主導してきた太陽光発電やEVの促進は、消費国にとって脱炭素になっても、ソーラーパネルやEVの電池に不可欠な鉱物資源の採掘現場や製造工程で発生される炭素の増加には目をつむってきた。鉱物資源の採掘からソーラーパネルやEV電池を廃棄するまでのライフサイクル全体で捉えた脱炭素にはなっていない。

 ここに日本の出番がある。採掘、製造、消費を経て廃棄に至るライフサイクル全体での脱炭素を推進する役割がある。「次の80年」では「地球環境との共存・共生」を文化としてきた日本の出番がやってくる。

 

トランプ演説を読み解く

はじめに

 以下の事件が相次いで起きて、アメリカ大統領選の流れが激変した。

 ①6/27にジョージア州でバイデン、トランプの討論会が開催され、バイデン大統領の老化ぶりが明らかになった

 ②7/13にトランプ氏に対する暗殺未遂事件が起きた

 ③7/15にトランプ氏が正式に共和党の大統領候補指名を受けた

 ④7/21にバイデン大統領が大統領選撤退を表明した

 ⑤カマラ・ハリス氏が民主党の大統領候補として指名される公算が高まった

 トランプ氏は7月15日に開催された共和党大会で公式に指名を受けて受諾演説を行った。多分に誇張や演出が含まれているものの、大統領になった時の公約となるものであり、丁寧に読み解いてみたい。講演の全文が以下に掲載されているので、これを参照した。

Read the Transcript of Donald J. Trump’s Convention Speech」, the New York Times, 2024.7.27

トランプ氏に対する暗殺未遂事件

 この事件については演説の冒頭でトランプ氏自身が状況を説明しているので、簡潔に紹介する。

・狙撃犯の銃弾があと1/4インチ(約6ミリ)ズレていたら命はなかった

・射撃の直前に頭を少し右に回転させたことによって、弾丸は右の耳を貫通しただけで頭を直撃する致命傷を回避する ことができた。奇跡的だった。

 狙撃犯からトランプ氏までの距離は約130mで、銃弾は極めて正確にトランプ氏の頭を捉えて発射されていた。トランプ氏が軽症で済んだのは神がかりという程に、極めて幸運だったという他ない。

 この暗殺未遂事件については、以下の資料がアメリカで行われている真相解明の動きを報道している。

 資料1:「トランプ暗殺未遂事件の続報」、朝香豊、現代ビジネス、7/22、8/5

 資料2:やまたつカナダ人ニュース、7/15、7/17、7/23、8/4

 資料3:「米上院、トランプ氏暗殺未遂事件巡り公聴会 主なポイント」、CNN、7/31

 この事件に関する重要なポイントは、バイデン政権が関与した可能性だ。シークレットサービス(SS)のチートル長官、ロウ長官代理、アバテFBI副長官らが上院の公聴会で相次いで証言しているが、これにより明らかになった事実は以下のとおりである。なおチートル長官は公聴会の翌日に辞任を表明した。

1)狙撃犯のクルックス(Thomas M. Crooks)がAGRビルの屋上にライフルを構えている姿を銃撃の20分ほど前に地元警察のSWATが確認していたが、事前に無力化する行動をとらなかった。SSは指示を待たずに狙撃犯を射殺することが許可されているが、SWATは地元警察(背中にPOLICEの表示)であり、指示がなかったので発砲しなかった可能性がある。

2)クルックスは警備区域を出入りしていたが、終始ノーマークだった。演説会場上空にドローンを飛ばしたり、演説台までの距離をレーザー測距機で測定していたり、AR-15ライフルをカバンに入れて持ち込んだりしたことが分かっているが、誰にも制止されていない。

3)さらにSSと地元警察の連携に重大な問題があった。SSの認識では演説会場内がSSの分担で、狙撃場所を含む会場の外は地元警察の分担だった。しかしSSは当日朝行われた地元警察との調整会議を含め、事前調整を全て欠席していた。通常ならSSからSWATに対し事前にブリーフィングが行われるが、この日は行われなかった。さらにSS、SWAT、その他警備担当が使用する通信手段がバラバラだった。このため地元警察がSSに危険を伝達することができなかった。

 この事件の核心は、これが幾つもの不備が重なった「杜撰な警備」だったのか、それとも敢えてクルックス容疑者を泳がせて容疑者の発砲を放置したのかという点にある。当日のSSの行動については、SWATから疑問の声が上がっているだけでなく、SSの狙撃者対処部門からの内部告発メールがSS内に配信されている。このように一連のSSの不可解な行動の裏にバイデン政権から何らかの指示があったのではないかという疑惑が現実味を帯びている。

司法の武器化

 3月に行われた募金活動において、バイデン大統領はトランプ氏を指して、「実存する脅威(existential threat)が一つある。それはドナルド・トランプだ」と述べている。また6月27日の討論会では「人類に対する唯一の実存的脅威は気候変動であり、トランプの勝利は地球にとって壊滅的なものになるだろう。」と述べている。

 資料4:「Democrats say Trump is an existential threat」, Vox newsletter 7/1

 これに対してトランプ氏は指名受諾演説の中で「民主党は直ちに司法の武器化と政治上の敵対勢力を民主主義の敵とレッテル張りすることを止めるべきだ。」と述べ、「司法の武器化」に言及している。

The Democrat party should immediately stop weaponizing the justice system and labeling their political opponent as an enemy of democracy. >

 バイデン政権はトランプ氏の再選を阻止するために、執拗に司法を悪用してきた。「司法の武器化」とは、トランプ氏を強引に起訴して裁判で拘束し、高額な裁判費用を使わせて大統領選を有利にする行為を指している。「やまたつカナダ人ニュース」が7月15日のユーチューブの動画で、「司法の武器化」の現状を整理して報じている。

 それによると、まずトランプ氏に対する「司法の武器化」は四つある。①ニューヨーク州:ポルノ女優口止め料問題、②フロリダ州:自宅に機密文書を保持していた問題、③ワシントンDC:2020年1月6日の連邦議事堂への暴徒乱入事件、④ジョージア州:2020大統領選挙への介入問題である。

①については、既に34件の重犯罪で有罪評決が出ているが、大統領免責特権に係る要素があるとして控訴中である。量刑の言い渡しは9月に予定されていたが、大統領免責特権との関係が浮上して延期となった。(8月1日公表)

②については、トランプ氏を起訴したジャック・スミス特別検察官が資格のない一般人で、「ガーランド司法長官による特別検察官の任命は憲法違反であり、その人物が行った起訴は無効である」という連邦地裁の判断が出て消滅した。

③についても、②と同じ理由で起訴が無効となる可能性が高い。

④については、検察官を巡る疑惑が浮上したため審議が10月まで延期となった。大統領選には間に合わないことが確実となった。

 以上から明白なように、総じて起訴そのものが相当に強引であり粗雑である。そもそも①の事案が「34件の重犯罪に相当する」と言うだけでも常軌を逸している。トランプ再選を阻止するために、民主党側が「選挙不正、司法の武器化、そして暗殺(未遂)」という違法な手段をなりふり構わずに行使してきた可能性が高い。

 政府が絡む事件の真相が解明されることは期待できないため、仮説の域を出ることはなく、陰謀論として一蹴される可能性すらある。しかしケネディ大統領暗殺やレーガン大統領暗殺未遂事件を挙げるまでもなく、アメリカという国は、歴史の要所で同じような違法な手段を容赦なく行使してきた国なのだということを肝に銘じておくべきだ。

アメリカが直面する四つの危機

 トランプ氏は、現在アメリカはインフレ、不法移民、国際問題の三つの危機に直面していると述べている。しかし客観的にアメリカの現状を眺めると、次のように整理するのが分かり易い。

・アメリカの国内問題-分断、インフレ、不法移民

・覇権国としての問題-国際問題(ウクライナ戦争、イスラエル-ハマス戦争等)

 まず国内問題の内、インフレと不法移民問題は短期間で解決・改善が期待できるが、分断はそうはいかない。大統領選を誰が制しようとも、分断問題を解決することは至難の業だ。むしろ11月の大統領選によってさらに深刻化する可能性の方が高い。

 国内問題に関して、トランプ氏は第1期トランプ政権を次のように自己評価している。「自分は近代において新たな戦争を始めなかった最初の大統領だった。ブッシュ政権時、ロシアはジョージアに侵攻した。オバマ政権ではクリミア半島を併合した。そして現政権下ではウクライナ全土を狙っている。しかしトランプ政権時にロシアは何も取らなかった。」

I was the first president in modern times to start no new war. Under President Bush, Russia invaded Geogia. Under President Obama, Russia tool Crimea. Under the current administration, Russia is after all of Ukraine. Under President Trump, Russia took nothing.

 続けてトランプ氏はバイデン政権を次のように酷評している。「我々の敵対者たち(つまりバイデン政権)は、(トランプ政権時の)平和な世界を受け継ぎ、それを戦争の惑星に変えた。(平和だった世界は)アフガニスタンからの悲惨な撤退によって崩壊し始めた。それはアメリカにとって史上最悪の屈辱だった。その時多くのアメリカ市民とともに850億ドルもの兵器が置き去りにされた。そして今やアフガニスタンは米軍が現地に残した最新兵器を売る世界最大規模の売り手となった。」

Our opponents inherited a world at peace and turned it into a planet of war. It began to unravel with the disastrous withdrawal from Afghanistan, the worst humiliation in the history of our country. We also left behind $85 billion dollars’ worth of military equipment, along with many American citizens were left behind. You know that right now Afghanistan is one of the largest sellers of weapons in the world? They’re selling the brand-new, beautiful weapons that we gave them.

 表現に誇張はあるが、トランプ氏の指摘することは事実である。

第一の危機:分断

 トランプ氏は指名受諾演説の中で、分断について「今こそ我々は皆良き市民であり、神の下に全ての人が自由と正義を有する、一つの国で不可分であることを思い出す時だ。」と呼び掛けている。誠にその通りなのだが、現実は極めて深刻と言わざるを得ない。

Now is the time to remember that we are all fellow citizens — we are one nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.

 そもそもアメリカの分断はどこから始まったのか。ハーバード大学のスティーブン・レビツキー教授が2020年に分析記事を書いている。要点を以下に紹介しよう。

・ここまで分断が進んだ背景には三つの「巨大なうねり」がある。第一に、民主主義を支えるにはルール(憲法)、審判(裁判所)、「規範」が必要だが、米国では規範が崩れた。1970~80年代には、両党の支持者は何れも白人のキリスト教徒が大半を占め、文化的に似ていて、政策に違いはあっても双方が嫌い合うことはなかった。

・それが1990年代になると、共和党は民主党を「裏切り者」「非愛国者」「反米」と呼ぶ論法を広め、相互寛容を放棄した。オバマ政権のときには、オバマを「非米国人」「社会主義者」などと呼ぶようになり、規範破りが顕著になった。

・第二に、この半世紀に二大政党の支持基盤に巨大な変化が起きた。即ち、公民権運動で選挙権を得た黒人の大半が民主党員になり、最近では中南米やアジアからの移民の大半が加わった。この結果、民主党は都市で暮らす教育を受けた白人と、人種的な少数派、性的少数派の混合体となった。これに対して、レーガン政権以来両党に支持が分かれていたキリスト教福音派の大半が共和党支持になった。

・そして第三に、選挙権に占める白人層の地位の低下がある。共和党を支持する白人層は1992年には有権者の73%を占めていたが、(移民の増加により)有権者が増加して、2024年には50%を割り支配的な地位を失った。多くの共和党支持層が「生まれ育った頃のアメリカが奪われた」と認識しており、これが共和党の過激化を煽り、分極化を引き起こした。トランプ氏が分断を煽ったのではなく、規範が既に壊されていた中で政権を獲得したに過ぎない。

 資料5:朝日新聞グローブ, 2020.10.6, https://globe. Asahi.com/

 この歴史を踏まえると、バイデン政権が不法移民の流入危機を黙認し、トランプ政権が侵略だと非難する理由を理解することができる。

第二の危機:インフレ

 トランプ氏は「インフレ危機を終わらせる」と宣言して、次のように述べている。「ほんの数年前、私の政権の時、我々は歴史上、世界史においても、最も安全な国境と最高の経済を保持していた。しかし4年も経たない内に敵対者(つまり現政権)は、類のない成功を前代未聞の悲劇と失敗に変えてしまった。・・・インフレは国民の貯蓄を空にし、中産階級を不況と絶望に追いやった。・・・私は壊滅的なインフレ危機を直ちに終わらせ、金利を引き下げ、エネルギーコストを引き下げてみせる。(国の)借金の返済に着手し、前回を上回る規模の減税を実施する。」

Just a few short years ago under my presidency, we had the most secure border and the best economy in the history of our country, in the history of the world. But in less than four years, our opponents have turned incredible success into unparalleled tragedy and failure. Inflation has wiped out the life savings of our citizens, and forced the middle class into a state of depression and despair. I will end the devastating inflation crisis immediately, bring down interest rates and lower the cost of energy. We’ll start paying off debt and start lowering taxes even further. We gave you the largest tax cut. We’ll do it more.

 「我々はまず市民に経済的救済を提供しなければならない。経済的救済プランの中核に据えるのは労働者に対する大規模な減税だ。物価を引き下げて手頃な価格でモノが買える国にする。現政権下で食料品が57%、ガソリンが60~70%上昇し、住宅ローン金利は4倍になった。合計すると家計費は家庭あたり平均28,000ドル増加した。」

First, we must get economic relief to our citizens. At the center of our plan for economic relief are massive tax cuts for workers. We will drive down prices and make America affordable again. Under this administration, groceries are up 57 percent, gasoline is up 60 and 70 percent, mortgage rates have quadrupled. The total household costs have increased an average of $28,000 per family.

 そしてトランプ氏は「アメリカで製品を売りたければアメリカで製造する。とても単純な公式だ。この公式を実践すれば巨大な雇用を創造できる。」と述べて、製造業の国内回帰に言及している。

The way they will sell their product in America is to build it in America, very simple. This very simple formula will create massive numbers of jobs.

 特に自動車産業に言及して「自動車産業を取り戻す。工場が国内に建設され、アメリカ人がそれをマネージメントすることになる。もし(外国企業が)同意しないなら、100~200%の関税をかける。そうなれば彼らはアメリカ国内で売ることができなくなるだろう。」

We will take over the auto industry again. We don’t mind it happening but plants will be built in the United States and our people are going to man those plants. And if they don’t agree with us, we’ll put a tariff of approximately 100 to 200 percent on each car and they will be unsellable in the United States.

 さらに財政赤字削減について、トランプ氏は大胆な発言をしている。「我々は途方もない36兆ドルもの財政赤字を減少させる。同時にさらなる減税を行う。ちなみに現政権は税金を4倍に引き上げることを目論んでいる。」

We will reduce our debt, $36 trillion. And we will also reduce your taxes still further. Next, and by the way they want to raise your taxes four times.

 そのためのお金をどこから調達するのかについては、こう述べている。「我々はインフレ危機を煽っている馬鹿げた税金の無駄使いを終わらせる。気候変動対策という詐欺(the Green new Scam)に民主党政権は数兆ドルもの金を使ってきたが、これは詐欺であり、エネルギーコストを高騰させただけでなく強烈なインフレ圧力をもたらした。」

We will end the ridiculous and actually incredible waste of taxpayer dollars that is fueling the inflation crisis. They’ve spent trillions of dollars of things having to do with the Green New Scam. It’s a scam. And that has caused tremendous inflationary pressures in addition to the cost of energy.

 さらに続けて「数兆ドルに及ぶ未だ使われていない資金がある。我々はそれを道路や橋やダムなどの重要なプロジェクトに使うよう改めて指示する。EVは即日終わらせる。それによってアメリカの自動車産業が抹殺されるのを救済し、車一台当たり数千ドルに及ぶ消費者の負担を節約させる。」と述べている。

And all of the trillions of dollars that are sitting there not yet spent, we will redirect that money for important projects like roads, bridges, dams and we will not allow it to be spent on the meaningless Green New scam ideas. ・・・ And I will end the electric vehicle mandate on day one. Thereby saving the U.S. auto industry from complete obliteration, which is happening right now and saving U.S. customers thousands and thousands of dollars per car.

 以上の発言から明らかなことは、民主党陣営が気候変動対策などを積極的に推進してきたのに対して、リアリストのトランプ氏はそのような物語には全く興味がなく、実物経済にお金を投じてアメリカの産業を再興させようとしていることだ。この両者の立場は決して折り合うことがない。正にアメリカの分断の一つの側面を象徴している。

 ところで、減税とインフレ退治を推進すると同時に巨額の財政赤字を削減するとトランプ氏は主張しているが、果たしてそんなことができるだろうか。現在西側先進国は皆財政赤字増大に悩んでいる。少子高齢化と安全保障強化がそれに拍車をかける。先進国における財政赤字の増大は必然の帰結である。

 『政治経済のトリレンマ(the Political-Economy Trilemma)』と呼ばれる仮説がある。国家主権、グローバル化、民主主義の内、何れか二つを実行することはできるが、三つ全てを実行することはできないというものだ。

 トランプ氏の主張は、国家主権と民主主義を守る代わりにグローバル化を止めるというものだ。しかし覇権国で世界最大の経済大国が、MAGA(Make America Great Again)を貫くと世界はどうなるだろうか。世界中から安い商品を調達してきたのを改め、国産(メイド・バイ・アメリカまたは国内製造)に転換すれば、原価が上がり供給不足が起きるため、むしろ物価上昇圧力となるのではないだろうか。

 しかも今までのグローバル経済の潮流を無視して、アメリカが強引にMAGA政策を実行すれば、世界の物流が減り、ドル資金がアメリカに回帰する結果、世界経済は縮小し不安定になるだろう。言わば世界最大の財政赤字も高金利も覇権国故の宿命である。世界最大の消費国が世界中からモノを買うから世界経済が回る。エネルギーや食糧の取引に世界がドルを必要とするからドル高となるのだ。

 さらに、アメリカの巨額の財政赤字をファイナンスするために、アメリカは海外からのマネーを呼び込む必要があり、それがドル高要因となっている。田村秀男氏は7月23日の産経の紙面で「超円安の深層構造」と題した記事を書いている。日本の対外投融資とアメリカの経常収支赤字の関係、さらに経常収支赤字と為替レートとの関係について考察している。

 それによると、2012~19年は日本の対外投融資がアメリカの経常収支赤字を上回っていて、為替レートも1ドル110円前後で安定していたが、2020年以降にアメリカの経常収支赤字が約2.8倍に急増していて、ジャパンマネーだけでファイナンスすることが困難になり、急速なドル高(即ち円安)が進んだと分析している。

 もう一つ加えれば、中国のように安い商品を大量に輸出してきた国は大きな打撃を受けることになり、MAGAを実行すれば、低迷する中国経済にトドメを刺すことになるだろう。中国発の世界不況が起きる可能性が高まる。

第三の危機:不法移民による侵略

 トランプ氏は「アメリカ史上最大の侵略(invasion)だ。彼らは世界中のあらゆるところからやってくる。そこにはテロリスト等の非常識な亡命(insane asylums)が多数含まれている。正に侵略と呼ぶ事態であるにも関わらず、現政権は国境を世界に開放して、侵略を阻止するために完全に何もしなかった。」と述べている。

The greatest invasion in history is taking place right here in our country. They’re coming from everywhere. It is an invasion indeed, and this administration does absolutely nothing to stop them. The entire world is pouring into our country because of this very foolish administration.

 トランプ氏は侵略を止めるために、国境の壁の建設を完遂させるとともに、侵略に対処するために軍事費8,000億ドルの一部を使うつもりだと述べている。

I will end the illegal immigration crisis by closing our border and finishing the wall, most of which I’ve already built. We gave our military almost $800 billion. I’m going to take a little of that money, because this is an invasion.

 ところで、不法移民の実態がどれほど深刻なのか我々には分かりにくいが、第一生命経済研究所主任エコノミストの前田和馬氏が定量的な分析結果をまとめているので、要点を紹介する。

・米議会予算局の試算によると、不法移民の純流入は2023年に240万人となり、2年連続で200万人を超えた。バイデン政権下の4年間では総計730万人となり、米国内に滞在する不法移民の総数は2021年に1,050万人となった。

・そもそも不法移民が急増する要因には、①中南米諸国の情勢不安、②堅調な米国経済と労働市場、③バイデン政権の寛容な移民政策と米国外に与える移民政策の印象がある。

・アメリカ人の45%がこの現状を危機とみなし、32%が大問題とみなしている。

・政府の取り組みに対する評価は「非常に悪い」と「悪い」とみなす人の割合は、共和党支持者で89%、民主党支持者で73%(バイデン政権発足時は、56%)に上る。そして共和党支持者の77%が強制送還、国境の壁の建設対策を支持している。

・トランプ氏は米国内に滞在する不法移民を年間数百万人単位で国外へ強制送還する「史上最大の作戦」を掲げているが、移民裁判所の未処理案件は344万人もあり、現行法に基づく強制送還は困難である。

 資料6:「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」、前田和馬、第一生命経済研究所、2024.4.15

第四の危機:国際危機

 国際危機への対処は、アメリカの国内問題ではなく覇権国アメリカとしての役割と能力に係る問題である。トランプ氏は「現政権が作り出した国際危機、おぞましいロシアとウクライナ戦争、イスラエルに対するハマスの攻撃から始まった戦争を含めて全て終わらせよう。電話一本で終わらせることができる。」と述べている。

I will end every single international crisis that the current administration has created, including the horrible war with Russia and Ukraine, which would have never happened if I was president. And the war caused by the attack on Israel, which would never have happened if I was president. I could stop wars with just a telephone call.

 これが誇張かどうかではなく、この発言からくみ取るべきことは、覇権国アメリカの大統領が備えるべき要件について重要な示唆を与えている点にある。トランプ氏自身が述べているように、以下①~③は歴史上の事実である。

①ウクライナ戦争もハマスとイスラエル戦争も、バイデン政権下で起きた。

②トランプ政権下ではそのレベルの戦争は起きなかった。

③バイデン氏は大統領に就任した直後にアフガニスタンから(屈辱的な)撤退をした。

 そしてこの事実が物語っている仮説が二つある。

④トランプ氏が大統領職にあったことが、戦争に対する強力な抑止力となっていた。

⑤アフガニスタン撤退は、ウクライナ戦争やイスラエル-ハマス戦争の誘発要因となった。

 世界は強力な仲裁者を必要としている。結局ロシアや中国による力を背景とした現状変更の行動を抑止できるのは、もっと強大な力を保有し、必要時にはそれを行使する断固とした意思を持ったアメリカ以外にはない。セオドア・ルーズベルトの名言として知られる「穏やかに話せ、棍棒は手放さず」という言葉は、どの国の外交にも当てはまるが、とりわけ覇権国アメリカの大統領こそ備えるべき資質である。

 これを踏まえて、仮説を二つ付け加えよう。

⑥トランプ氏が予測不能として各国のリーダーから一目置かれ警戒される理由は、棍棒外交の継承者であるからだ。

⑦一方のバイデン氏は、アフガン撤退、ウクライナ戦争への対処において、時に狼狽し時に躊躇して打つ手が中途半端なものとなる弱さがあった。それが危機を招いた。

 資料7:「トランプ流棍棒外交、日の目見るか」、渡辺浩生(ワシントン支局長)、産経、7/30

まとめ

 トランプ氏の政権構想はとても分かり易いが、率直な疑問点が二つある。それを整理して筆をおきたい。

 第一に、世界の戦争を終わらせることはできても。国内の分断を修復することはできないだろう。一昔前の共和党と民主党の間には、「小さな政府」か「大きな政府」か、という小さな相違しかなかった。それに対して、民主党は支持基盤を非白人層と移民に大胆に移して、PC(Political Correctness)、LGBT(性的マイノリティ)、BLM(Black Lives Matter)、脱炭素、EV等、極端にリベラルな政策をとってきた。

 さらに、大規模な選挙不正、司法の武器化、暗殺未遂と違法な手段を連発してトランプ氏再選を阻止してきた民主党陣営は、民主主義と、三権分立というアメリカの存立基盤を修復が困難なレベルで破壊してしまった。振り返れば、アメリカの歴史には、ケネディ暗殺やレーガン暗殺未遂事件に象徴されるような暗部が織り込まれてきたのだが、ここまで深刻化した分断は修復することは殆ど不可能という他ない。どういう形でかは予測できないが、どこかで破断を迎えるのではないかとさえ思う。

 第二に、インフレ退治と大幅な減税は実現できても、同時に財政赤字を削減することはかなり困難だ。世界の戦争を終わらせると同時に巨額の軍事費を削減するという政策を実行すれば、その可能性も出てくると思われるが、演説の中でその言及はない。

 失念しているのではないかと思われる重要な前提事項がある。それはアメリカが世界一の経済大国であり、通貨と安全保障の覇権国であることだ。インフレも減税も財政赤字削減も基本的にはアメリカの国内問題だが、ドル覇権国で世界最大の経済大国であるアメリカが、なりふり構わずにMAGA政策を実行すれば、世界経済を大混乱に陥れるだろう。そして世界経済に影響が及べば、それはブーメランとしてアメリカ国内問題に戻ってくる。

「思考停止の80年」との決別 第4部

(9)敗戦と占領で喪失したものを取り戻すとき

「専守防衛」の前提が崩れる事態に備えよ

 ウクライナ戦争で認識され現在進行中の危機事態が二つある。国際秩序の崩壊とアメリカの弱体化である。ウクライナ戦争が長期化するにつれて、国際社会は〔NATO+G7〕、〔ロシア+ロシア支援国〕、模様眺めの諸国(GS他)という三つのグループに分かれた。

 アメリカの弱体化を象徴する変化がドル覇権の低下である。アメリカがロシアに対して発動した「SWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除」という制裁措置は、ロシアとその支援国を中心に世界のドル離れを加速させた。

 振り返れば、戦後約80年の間に国際情勢は大きく変化した。安全保障面では米ソ冷戦が終わり、ポスト冷戦も終わり、今や米中冷戦となった。国連安保理という秩序を守る仕組みもウクライナ戦争が起きて機能不全に陥った。経済面ではニクソンショックによってドル覇権の体制が金本位制からPDS(ドルによる原油取引システム)に移行したが、現在ではドル覇権自体が揺らいでいる。

 現在アメリカでは、11月の大統領選挙に向けて民主党・共和党両陣営の対立が激化している。6月27日にジョージア州アトランタで開催されたバイデン対トランプの討論会では、バイデン大統領の認知機能の低下がクローズアップされ全世界を駆け巡った。

 大統領選の最大の争点となっているのが不法移民の流入であり。テキサス州では不法移民の流入が史上最多となっていて、共和党のアボット知事は「バイデン大統領の無策がこの危機を招いた」として、州が不法移民を不法入国で逮捕できる州法を成立させて、州兵を動員して対策を講じている。

 州法を違憲とした連邦地裁の差し止め命令が出ると、テキサス州は憲法が州に独自の戦争行為を認めている「侵略」事態に相当するとして連邦最高裁で争う構えを見せている。保守系判事が多数派を占める連邦最高裁が合憲判断を下せば、メキシコと国境を接する南部の他州に広がる可能性があり、第二の南北戦争を想起させる国を二分する事態に発展する可能性が大きい。(参照:6月25日産経)

 このように国際社会におけるアメリカの弱体化に加えて、アメリカ国内では分断、不法移民の急増と治安の悪化等々、複数の深刻な事態が同時に進行していて、11月の大統領選で臨界点に到達する可能性が高い。

 ウクライナ戦争、イスラエル-ハマス戦争の終結が見えない中で、アメリカ大統領選が世界の注目を集めている。注目のポイントは、国際秩序を守るためにアメリカが保有する力を国際公共財として提供するかどうかにある。

 この視点で歴代大統領を評価すると、レーガンは「アメリカには自由主義秩序を擁護する特別な責任がある」との立場に立って、同盟を重視しつつ国際公共財を提供した。オバマとバイデンは「アメリカは世界の警察官ではない」としてロシアと中国による無法な行動を黙認した。

 そして次の大統領だが、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプが再選される場合、国際秩序を再び取り戻すためにトランプがアメリカの持つ国際公共財を提供するかどうかに世界の注目が集まる。(参照:6月27日産経、湯浅博の世界読解)

 一方日本は核の傘と打撃力をアメリカに依存し、日本は防御を分担するという「専守防衛」の方針に基づいて戦後の安全保障体制を保持してきた。日本周辺において有事が顕在化しない状況では、専守防衛は日米双方にとって都合のいい体制だったが、今やその状況が一変しつつある。台湾有事や朝鮮半島有事の蓋然性が高まっている現状で、アメリカの弱体化が進行し、国内回帰志向が強まれば、専守防衛のままでは日本の安全保障体制が危うくなる。

 安全保障の要諦は、最悪の事態を想定してそれに対する備えを万全にすることである。その認識に立って考えれば、日本は専守防衛の前提が崩れる事態を想定し、日本の役割と能力を増強させて、アメリカの弱体化を段階的に補強する対策を速やかに講じなければならない。それは戦後の日米関係をヴァージョン2.0に更新することを意味する。

はじめに日本近代史の総括が必要

 明治維新を起源とする日本近代史の前半は、日清戦争(1894)から太平洋戦争敗戦(1945)に至る「戦争の半世紀」だった。しかも戦争史の中核テーマは中国との関係にあったと言って良い。ズバリ言えば、中国の近代化に日本が深く関与した歴史だった。

 一方、近代史の後半(1945~現在の79年)は「思考停止の80年」だった。前半は意気揚々とした時代であり、後半は自己を喪失した時代だった。前半から後半への転換点となった事件は、言うまでもなく太平洋戦争の敗戦であり、GHQによる占領だった。

 「思考停止」とは、この転換点において「戦争の半世紀」を総括しないまま、現在に至るまで封印してきた事実を指している。近代史の前半には「富国強兵」という明確な目標があったのだが、後半は日本が目指す目標がないままにやり過ごしてきた。

 戦後吉田茂首相と池田隼人首相は、敗戦によって日本が喪失したものを取り戻すことよりも経済復興を優先させた。「所得倍増」政策は見事に功を奏して、日本は世界第二の経済大国の地位を獲得した。しかし1991年にバブル崩壊が起きて、それから30年以上もデフレ経済に苦しみ、そこに少子化・人口減少が加わって、日本は未だに経済成長を取り戻すことができずに低迷している。

 戦後の両首相は「国民が食えるようにすることが最優先だ」という判断に立ったのであり、敗戦直後の状況において正しい判断だったと評価される。しかしながら、安倍元首相が「戦後レジームからの脱却」という言葉に含めた、「敗戦と占領で喪失しったものを取り戻す」意思と道筋を明示しないまま「戦争の半世紀」を封印してしまった責任は極めて大きいと言わざるを得ない。

 明治維新から既に156年が過ぎた。国際社会を再び戦争の影が覆うようになり、東アジアの安全保障環境は危機前夜という程に悪化している。加えて日本は経済成長から30年以上も取り残されて、未だにじり貧状態から脱却できずにもがいている。

 現在の日本は、明治維新を第1回とする80年周期の三回目の転換点に立っているように見える。再び日本を輝かしい国とするために必要なことは、次の80年に目指すべき目標と進路を明示することである。そのためには「戦争の半世紀」を総括して画竜点睛を欠いたままの戦後史に魂を吹き込み、教訓を明らかにして後世に継承してゆかなければならない。

危機に対処するために

 日本は太平洋戦争に敗れて、「戦争と平和」に関して思考停止状態に陥った。「平和を希求し戦争を忌避する」戦後の時代が始まったと言うと正しい選択をしたように聞こえるが、それは偽善でしかない。

 何故なら、戦争に対して日本は「見ざる言わざる聞かざる」状態にあるからだ。ウクライナがロシアから侵略を受けて一般市民の多大な犠牲者を出して防衛戦争を戦っているにも拘らず、日本は戦うための武器の提供を拒否してきた。その理由が「日本は平和国家だから」というのであれば、それも偽善と断定する他ない。

 戦後日本の言論は、「平和は善、戦争は悪」という単純すぎる二元論に終始してきた。しかしながら平和とは結果であり、戦争とは外交の一手段であることを考えると、本来同列に並べて論じるべき概念ではない。「平和を守るために戦う」という現実的なオプションを排除しているという意味で、「平和か戦争かという二者択一」思考は誤りである。隣国が軍事侵攻してくるときに武器をとって戦おうとしない国は侵略され、平和も秩序も社会インフラも悉く破壊されてしまうことをウクライナ戦争は世界に知らしめ、覚醒させた。

 中国は1964年の東京オリンピックの最中に原爆実験を行い、今や米露に次ぐ核兵器大国となった。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は、今年6月17日に公表した年次報告書の中で、中国が保有する核弾頭数は昨年より90発増加して推計で500発となったと報告している。しかもこれまでは核弾頭をミサイルとは別に保管してきたが、現在では推定で24発の核ミサイルが実戦配備されたという。北朝鮮も戦術核兵器の開発に重点を置きつつあり、約90発分の核分裂物質を保有していると分析している。

 ロシア、中国、北朝鮮に対して、「日本は戦争を忌避する平和国家です」と幾ら主張しても何ら抑止力にはならないばかりか、むしろ逆効果にしかならない。戦後の日本の平和が維持されてきたのは、偏に世界最強の軍事力を持つアメリカの傘によって守られてきたからである。安全保障環境が深刻化し、台湾有事や朝鮮半島有事の蓋然性が高まっている現在、これら隣国の脅威から日本を守るためには、日本が自律的に「平和を守るためには戦争をも辞さない」姿勢を明確にして、国際情勢の変化に対応して日米同盟を常に進化させ、新たな脅威の出現に対し常に強固な抑止力を保持してゆく以外にはない。

 ここで問題になるのが、冒頭で述べたウクライナ戦争で顕在化した二つの危機事態である。日本は終始、アメリカの核の傘と打撃力を前提として専守防衛路線を歩んできた。アメリカは武器を供与しロシアに対する制裁を発動してウクライナを支援してきたが、ウクライナの社会インフラはロシアの攻撃によって焦土となった。ウクライナはアメリカの同盟国ではないが、バイデン政権はロシアによる軍事侵攻を阻止しなかったばかりか、ロシアによる侵略を早期に終わらせるために万全を尽くしたとは言い難い。

 現在、トランプ大統領が再任される可能性が高まっているが、もし再選が現実のものとなれば、トランプ氏はNATOや日本に一層の防衛負担を要求してくる可能性が高い。来年に戦後80年を迎える日本は、自分の国をより自己完結的に守る体制の構築を余儀なくされるだろう。アメリカの弱体化に臨み、将来の日米関係のためにも、敗戦と占領で封印してきたものを取り戻さなければならない。アメリカとの従属関係を清算して、核の傘を残したまま、専守防衛に代わる防衛力(ヴァージョン2.0)を構築しなければならない。

 そのためには何よりもまず戦後の「思考停止」の封印を解除しなければならない。さてどこから着手すべきだろうか?まず広島原爆記念碑の文言を改訂することから始めるのが適当と考える。何故なら現在の文言が、アメリカによる、民間人を標的とした、原爆投下という非人道的な重大犯罪に対し、「黙して追及せず」の姿勢をとっているからだ。そればかりか、広島を訪れる多くの日本人に対し、「この戦争の責任は戦争を始めた日本にある」と巧妙に洗脳しているからだ。終戦から80年の節目に臨み、日本の新たな決意を世界に示すためにも、広島原爆記念碑のヴァージョン2.0への更新が望ましい。 

(10)「戦争の半世紀」の総括

はじめに、戦争の二つの戒め

 一般論として、戦争の教訓として二つの戒めがある。一つは、戦争はひとたび始めてしまうと途中で引き返すことが難しいことであり、もう一つは一つの戦争の終結が次の戦争の原因となることだ。実際に日清・日露戦争の中に、この戒めを見て取ることができる。

 日露戦争が起きた背景には日清戦争がもたらした地政学的な変化があった。満州及び朝鮮半島における清の影響力が減少し、逆に日本の影響力が増大したことだ。日清・日露戦争は、戦争の終結が次の戦争の原因となることを示している。実際に日清戦争で多大な賠償金と領土を得ることができたことから、日本は日露戦争に前のめりになり、逆に日露戦争では賠償金がとれなかったために次の満州事変を招いている。

 満州事変は1931年に始まり1933年に終結した。満州進出の第一の目的が、人口増大に対する食料安全保障だったのであり、満州国建国を果たした1933年にこの目途はついている。その後の歴史を考えると、日本にとって満州事変の終結は、満州以南の中国大陸には関わらないと踏み止まるべき歴史的に重要な分岐点だったことになる。

 しかしながらひとたび戦端を開いてしまうと、途中で止めることが難しい。踏み止まるためには、慣性力で突き進もうとする軍部を統制する強い政治のリーダーシップが不可欠となる。実際に日本はそうしなかった。この判断ミスが太平洋戦争を招いたことは歴史が証明している。

日本の掌中にあった切り札の選択肢

 日本が朝鮮半島、中国大陸に進出した動機は、西洋列強による侵略・支配を受けないアジア独自の平和な世界秩序を建設することだった。崇高な理想を掲げたのだが、中国人同士の三つ巴の内戦を招き、中国を味方に引き入れることに失敗した。結局、日本が中国大陸に介入したことにより清国は滅び、中国は再び内戦と内乱の大陸に回帰した。

 そもそも中国に明治維新と同等の近代化を求めたことに無理があったと言わざるを得ない。日本には鎌倉時代以降継承されてきた武家による中央集権・封建体制の蓄積があり、薩長土に代表される近代化志向の雄藩の存在があった。高い志を持った若い武士階級が残っていたからこそ明治維新という革命を成し遂げることができたのだった。一方中国にはそのような歴史遺産も担い手も存在しなかった。

 そして支那事変後半には、日本が支援する汪兆銘の南京政府、アメリカが支援する蒋介石の長慶政府、ソ連が支援する延安政府による三つ巴の内戦となった。この内日本だけが中国人同士の内戦に深く引きずり込まれ、アメリカとソ連は反日ナショナリズムをけしかけて日中戦争で双方が疲弊するように、老獪な外交を展開した。

 結果から評価すれば、日本が支那事変に引きずり込まれずに踏み止まっていれば、日中戦争は起こらず、従って太平洋戦争も起きなかったに違いない。

日本の実力を超えた無謀な戦いだった

 「戦争の半世紀」を考える場合、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争、1914-18年の第一次世界大戦、1931-33年の満州事変、1937年の支那事変、1941-45年の太平洋戦争は、日本の近代史前半の中核を為す物語を構成する一連の事件として捉える必要がある。

 支那事変から始まった日中戦争は、中国大陸を舞台とする実質的にアメリカ、ソ連を加えた四ヵ国間の戦争に拡大した。当時の失敗の教訓を要約すれば、次のとおりである。

 第一は「戦闘に勝って戦争に負けた」日清・日露戦争の分析と教訓が不可欠だったことだ。日本に欠落していたのは、最終的に戦争に勝つための能力だった。それを獲得し磨くためにも、日清・日露戦争において欧米列強がとった外交と、第一次世界大戦において欧米列強がとった外交と戦争行動について徹底的に学ぶべきだったのだ。

 第二は米ソという老獪な二大国に加えて、日本とは異質な文明を持ち、広大な中国大陸を舞台として行われた中国人どうしの三つ巴の内戦に介入してはならなかったことだ。中国の内戦に巻き込まれずに、米英ソとの外交戦に専念すべきだった。

 「戦争の半世紀」の中核テーマは中国との関係だった。歴史を俯瞰する時、日本が犯した決定的なミスは、中国大陸に関与し過ぎたことに尽きる。この国とは適当な距離をとって付き合うべしというのは、現在も通じる教訓である。総じて日本にはそのような外交を演じる強かさと老獪さが欠落している。

(11)欧米との共通性と日本の個性を再認識せよ

同時期に近代国家となった欧米と日本

 15世紀から始まった大航海時代の潮流は、欧州を起点に東回りと西回りで地球を一周して、大陸を結ぶ海上航路を開拓し、大陸間の貿易と人の交流を活発化させ、そして世界を植民地化していった。そして大航海時代と植民地化という大波が東アジアに本格的到達したことを象徴する事件が1840年のアヘン戦争と1853年のペリー来航だった。

 1868年の明治維新は、この二つの事件に強い危機感を抱いた長州や薩摩の下級武士たちが決起して起きたものであり、日本における近代化の始まりとなった。そして1871年には岩倉具視を団長とする総勢100名余の岩倉使節団が20ヵ月余にわたって、米欧の12ヵ国を公式訪問して、近代国家の現状をつぶさに視察している。

 この事実が物語るのは、発足して間もない明治政府が時間と資金と人材を惜しみなく投じて、近代化を一気呵成に進めた英断である。欧米の近代化を直接見聞した政府高官たちは「富国強兵」政策を強力に推進して、日清・日露戦争の勝利をもたらした。

 近代化を成し遂げた時期で比較すると、一足早かったイギリスと一足遅れたロシアを除くと、アメリカ南北戦争終結が1865年、明治維新が1868年、ドイツ帝国誕生が1871年、フランス共和国誕生は1874年というように、日本は欧米主要国と同時期に近代国家となっている。

 さらに歴史を遡れば、西暦604年に聖徳太子が十七条の憲法を制定した時点で世界に先駆けて立憲君主制となったのであり、議会制民主主義は1890年に帝国憲法が成立したことによって導入されている。日本は近代化において世界の先進国だったことが分かる。

欧米との共通性と決定的な違い

 日本とイギリスは世界の国々の中で最も似た者同士である。ユーラシア大陸の両端に位置する島国で海洋国家であり、立憲君主制の議会制民主主義国である。封建制の歴史を持ち、武士道と騎士道の文化を継承している。一方で、両国には決定的な違いが二つある。

 一つは隣接する大陸国家の違いである。イギリスがタフな競争相手と数世紀に及ぶ戦争と競争を繰り広げてきたのに対して、中国と朝鮮が近代化から取り残されていたために、日本は四半世紀にわたって鎖国と太平の時代を享受することができた。

 もう一つの違いは宗教である。神と自然に対する姿勢においてキリスト教と神道は対極にある。

 この二つの違いが日本とイギリスの運命を分けた一因となっている。戦争に明け暮れたイギリスが戦略観を磨いて世界の覇権国となったのに対して、日清・日露戦争で外交と戦略の重要性を学び取らなかった日本は、中国大陸での内戦に引きずり込まれていったのだった。

 一方日本とアメリカには、同時期に内戦を戦って(戊辰戦争と南北戦争)国家を平定したことを除けば、共通性は殆どない。とりわけエドワード・ルトワックがいう「戦う文化」において日米は対極にある。アメリカは自らを脅かす勢力の台頭を決して容認しない国家である。南北戦争の戦死者数が戊辰戦争の25倍に達したことがそれを物語っている。片や日本は、近代史の前半では危機に臨んで「戦う文化」が発動されたものの、敗戦と同時にそれを封印して現在に至る。

独自の文明を継承する日本のアイデンティティ

 もう少し歴史を大きく俯瞰してみよう。日本は縄文の古代から、火山や地震などの天変地異に翻弄されてきた。日本にとっての脅威とは自然災害や飢饉であり、日本は自然を畏怖すると同時に自然の恵みに感謝しながら2000年以上の歴史を紡いできた。

 日本は歴史の大半において、天皇の権威を守りつつ武家が政権を担う統治制度を維持してきた。武家が台頭した以降では国家統一を巡る戦争が幾度も繰り返されてきたが、隣国との戦争に明け暮れてきた欧州とは全く異質の文明を継承してきた。

 富国強兵政策の結果、日本は欧米に追い付いたという自信と欧米に対する親近感を実感したと推測されるが、もしそれと同時に日本のアイデンティティを自覚して、欧米との違いをきちんと認識していたら、日本の近代史は違う展開となった可能性が高い。

 既に述べてきたように、太平洋戦争の遠因にはアメリカと日本の宗教観と文明の違いがあった。もし日本がアメリカの思考過程と行動様式を的確に認識していたなら、アメリカによる敵視自体を緩和ないし消滅することができた可能性がある。

世界の近代史で日本が果たした役割、払った犠牲

 日本は東アジアに押し寄せた欧米列強による植民地化の大波に立ち向かった。孤軍奮闘したのだが、中国大陸に深入り過ぎ無謀な戦いを強いられて敗北した。太平洋戦争で日本が未曽有の損失を被った一方で、日本が支援した東南アジア諸国が独立を勝ち取ったことは、歴史上公知の事実である。

 RMC(役割、使命、能力)というアメリカの軍事用語があるが、そういう結末に至った原因は、前項で論じたように、担おうとした役割に対しそれを実行する能力が伴っていなかったことにあった。

エピローグ:戦後80年からの展望

 日本の近代史は、明治維新以降は「富国強兵」を目標とし、敗戦後は「所得倍増」を目標として綴られた。富国強兵という目標は日露戦争の勝利をもって達成されたと見なされるが、そうであるなら日露戦争後に富国強兵に代わる新しい国家目標を打ち立てるべきだった。しかし実際は目標を見失ったまま、欧米列強と同じように振舞って「戦争の半世紀」の後半を戦っている。

 この本来の姿と現実の違いが日本の失敗を招いたと言える。日本は明治維新において議会制民主主義を定着させ、帝国憲法を制定し、岩倉使節団が20ヵ国を訪問した欧米諸国からさまざまな専門家を招聘して、国家のインフラを短期間で整備していった。そうして日清・日露戦争を戦って勝利した。

 この時点で「ここから先、日本は新たに何を目指すのか」という問いに立ち返り、敢えて足踏みをしてでも、新たな国家目標を明確にすべきだったのだ。欧米キリスト教国とは異なる日本独自のアイデンティティを再認識して、それに相応しい国家像を明示すべきだったのだ。

 これは現代も当てはまる日本の課題である。現在国際社会の秩序を崩壊させている大きな原因は、国際社会のルールを公然と無視するロシアと中国の行動にある。ポスト冷戦後、アメリカの覇権体制が続いてきたが、アメリカが弱体化するのと入れ替わるように、ロシアと中国が挑戦的な行動をとるようになった。

 そして現在の危機を地政学的に俯瞰すると、大陸国家対海洋国家の対立の構図でもある。ウクライナ戦争で隠してきた牙を現したロシアと、国力を増強した中国の台頭が国際秩序を脅かす存在となり、両大陸国家の行動を抑制するために海洋国家が団結する必要が高まってきた。

 日本とイギリスはともに大陸沖に浮かぶ島国であり、海洋国家である。アメリカもオーストラリアも海洋国家である。「戦争の半世紀」では日本は世界から孤立して戦ってきたが、現在はG7の一員として、さらには海洋国家連合の一員として、国際秩序の再構築に向けて日本の役割が増大しており、同時に世界から期待されていることでもある。

 さらに地球温暖化や脱炭素等、人類が現在直面している地球規模の課題は、「自然と共存・共生する文明」の継承者である日本がリーダーシップをとって立ち向かうべきであることは言うまでもない。

 このように大きく展望すれば、日本が敗戦と占領で封印したものを取り戻し、アメリカに対する従属関係を清算し、日本のアイデンティティを発動させて、国際社会の課題や地球規模の課題に本気で取り組む時機が到来していることが分かる。そのためには、明治維新以降80年周期で展開してきた「戦争の半世紀」と「思考停止の80年」に代わる、次の80年の行動規範となるべき新たな国家目標を打ち立てなければならない。