独裁者退場後の世界

 本項は三部作で書いた以下の続編である。独裁者は何れも経済で失敗し、相次いで退場する。本稿は独裁者が退場した後の世界に視点を移して書いたものである。

・『独裁者が変える世界(1)中国』 (https://kobosikosaho.com/world/1536/

・『独裁者が変える世界(2)ロシア』 (https://kobosikosaho.com/world/1545/

・『独裁者が変える世界(3)アメリカ』 (https://kobosikosaho.com/world/1552/

「中所得国の罠」の克服に失敗して衰退する中国

 中国の経済成長はコロナ・パンデミック発生と同時に終わった。パンデミックの渦中に不動産バブル崩壊が始まったが、専制主義国家ならではの監視統制強化でバブル崩壊を封じ込めて、巨額の不良債権を封印した。そして中国は今、深刻なデフレ不況に侵されている。

 その間に国際情勢が大きく変動した。トランプ第二期政権がスタートして、中国に対する輸出入の制限措置を発動し、さらにウクライナ、イラク二つの戦争の影響を受けて輸出が減少し、生産過剰と消費減退が進んで経済が失速した。

 中国では現在貧困者と失業者が増加し、年間500件近い反政府デモが起きていて、それをモグラ叩きのように政府が力づくで封じ込めているという。人口14億人の半数近くが貧しい生活を強いられていて、月収1000元(約2万円)ほどの低所得者が6億人もいるという。(資料1参照)また今年3月の公表によれば、学生を除く16~24歳の若年失業率が17%に達しているという。(資料2参照)

 不動産不況、若年失業、消費の落ち込み、将来不安という社会情勢の中で、最近中国ではレンタル経済が急拡大しているという。不動産という成長エンジンを喪失した経済における新たな消費の受け皿としてレンタル経済が注目されていて、政府が重点的に支援・育成する「新型消費業態」として明確に位置付けたという。

 以上の現状が物語ることは、習近平は経済運営に失敗したということだ。そう断言する理由は、不動産バブルが崩壊してデフレ経済に突入した日本の経験に学んだと言いながら、桁外れの不動産バブル崩壊を起こしてデフレ経済に突入することを防げなかったからだ。しかも不動産バブルを煽ったのは習近平政権だった。

 中国の経済政策の歴史を振り返れば、鄧小平以降の指導者は経済成長重視の政治を行って中国を超大国に押し上げることに成功した。一方習近平は、生産者中心の経済を消費者中心の経済に転換しなかったために、「中所得国の罠」から抜け出すことができないままバブル崩壊によるデフレ経済の淵に沈みこんでいこうとしている。(資料1参照)

 不動産バブルが崩壊して、中国政府の債務の増加が深刻化している。政府債務は5年間で倍増し、2025年には前年比15.1%増の100.6兆元(約2,387兆円)の大台を記録した。大規模プロジェクト建設に加え、地方政府の隠れ債務リスクを低減するために債券を大規模に発行したことが原因であるという。ちなみに2024年の政府債務/GDPは68.7%だった。(G7平均は123.2%)(資料3参照)

 不動産バブル崩壊を解決できない理由は、インフラ整備を実際に担った地方政府が抱える巨額の「隠れ債務」にあると言われる。共産党政府がようやく地方政府の「隠れ債務」対策に取り組み始めた訳だが、不良債権処理の鬼門は、国家がどこまでを救済して、どこから先を潰れるに任せるかという線引きにある。中国の場合、救済の対象となるのは地方政府と国有銀行までと予想されるので、むしろ救済されない不良債権の破綻に拍車がかかる展開となるのではないだろうか。何れにしても封じ込めてきた巨額の不良債権がまな板に上ることになる。

ウクライナ戦争に押しつぶされるロシア

 「ロシア版ダボス会議」と呼ばれる「サンクトペテルブルグ国際経済フォーラム」が6月3日~6日に開催された。その最終日の6日未明にロシアにとって極めて屈辱的な事件が起きた。ウクライナの長距離ドローンがサンクトペテルブルグ周辺の軍事・エネルギー施設を攻撃したのだ。

 集英社オンラインは次のように報じている。「黒煙が上がり、プーチンが築き上げてきた虚構が崩れ落ちた。クレムリンがグローバル・サウスに向けてロシアの健在を誇示する筈だった舞台で、ウクライナの長距離ドローンが市内の石油ターミナルとクロンシュタット海軍基地を直撃した。約130ヵ国から2万人が集まる祝祭の最中に、ロシアは自国第二の都市すら守れないという事実を世界に向けて生中継してしまった。」(資料4参照)

 ウクライナの情報機関は、この時のサンクトペテルブルク近郊のバルチック艦隊の弾薬庫に対する攻撃で、ロシアの6万トンを超える弾薬を破壊したと報告している。(資料5参照)

 またウクライナ軍のシルスキー総司令官によれば、今年に入って奪還した領土は合計で600kmに上るという。(産経、6/30)

 最近の近況、特にロシア軍の死者数、ウクライナによる領土の奪回、ウクライナによるロシア領内に対する攻撃、ロシア政権内部の混乱などの事実は、ウクライナ戦争がはっきりとウクライナ優勢に転じたことを物語っている。

 ウクライナ戦争における両軍の優劣を逆転させた大きな要因は、正に軍事革命と呼ぶに相応しい多様なドローンをウクライナ軍が次々に開発して投入したことにある。AIを登載したドローン、光ファイバーを利用した電波妨害を受けないドローン、赤外線ドローン、スターリンク衛星を利用したドローンのネットワーク運用、衛星画像とドローン画像を統合し相関するAIなどだ。軍事大国ロシアが保有する陸海空の高価な兵器が、商用の安価なドローンに遠距離から攻撃されて次々に破壊された現実が「ドローンとAIの軍事革命」を如実に物語っている。

 最近ウクライナ軍はドローンを以下の三つの目的に集中的に投入している。

①前線に展開するロシア軍の兵站ルート(補給基地・道路・鉄道など)の破壊

②モスクワを含むロシア大都市の石油関連施設への長距離ドローンによる攻撃

③クリミア半島を孤立させる橋・原油関連施設への攻撃

 集英社オンラインの記事は次のように述べて資料を結んでいる。「戦場で勝てず、身内を叩き、経済を痩せさせ、それでも なお誇大妄想だけが膨らんでいく。サンクトペテルブルグの黒煙はその姿そのものだった。プーチンが『戦争は終りに近づいている』と語るとき、自分の崩壊が近づいていることにプーチンただ一人が気付いていない。」

 情勢の悪化を受けて、プレジデント・オンラインはプーチンが停戦を意識し始めたと報じている。6月13日にプーチン大統領は政権中枢の非公開会議の場で、「ロシアが支配する占領地をウクライナがロシア領と公式に承認するなら、現在の前線を国境として停戦に応じる用意がある」という新提案を提示したという。

 プーチンはウクライナへの軍事侵攻を行った2022年2月には、戦争目的として、ウクライナの中立化、非ナチ化(つまり政権交代)、非武装化、南東部4州のロシア併合等を掲げていたことからすれば、大幅な後退である。

 開戦から4年4ヶ月が経過して、ウクライナ戦争は第一次世界大戦よりも長期化した。4月のロシアの世論調査によれば、停戦を支持するという回答が62%、戦争継続の支持は27%だったという。戦争経済に対し国民の我慢が限界に近づいているようだ。

 ジャーナリストで拓殖大学海外事情研究所客員教授の名越健郎氏は、政権寄りのワシリー・カリン、モスクワ高等経済学院教授の論文を紹介している。それによれば、「ウクライナは今後長期にわたり反露・親欧米の国であり続け、キエフへの親露派政権樹立というプーチン政権の目標は不可能だとして早期停戦を求めた。政権内の経済テクノクラートや政権に近いオリガルヒの間でも、早期停戦論が台頭していると伝えられる。プーチン自身も公の場では徹底抗戦の構えを崩していないが、本音では早期停戦を志向している形跡がある。」(資料6参照)

 実際に6月14日にプーチンはG7に臨むトランプと電話協議を行い、停戦仲介を改めて求めたという。

 最近ではウクライナ軍によるモスクワ等のエネルギー施設への攻撃が活発化していて、ロシア国内ではガソリンの高騰と不足が顕在化しているという。笹川平和財団上席研究員の畔蒜(あびる)泰助氏によれば、プーチン政権は既に戦争終結の準備に着手していて、戦後を睨んだ中国からの脱従属と日本との関係修復を模索しているという。(資料7参照)

 ウクライナ情勢がロシア劣勢に反転したことは、トランプ大統領も認めたという。G7サミットでホストを務めたマクロン大統領が、TVのインタビューに応じる形でG7の後日談を公表している。それによると、「トランプ氏はウクライナが敗北すると信じていたが、現在は考えを改めている。G7サミットがトランプ氏の認識を変える転換点になった。今後トランプ氏が対露圧力を強めるとの見通しを示した。」という。(産経、6/27)

 一体プーチンはウクライナ戦争によって何を得て何を失ったのだろうか?戦争終結によって、仮にウクライナ領土の一部を獲得できたとしても、欧州との協力関係が破壊され、北欧諸国はNATO加盟を果たし、ロシア衛星国だったアルメニアが離脱し、シリアやイランなど中東における影響力が消失し、国際社会における地位が弱体化した等、失ったものは比較できない程に大きいことが明らかだ。しかも戦争がさらに長期化すればするほど、状況はさらに悪化してゆくことになる。結局ウクライナへの軍事侵攻は大失敗だったと歴史に記録されるだろう。政権の終焉が近づいていることは間違いない。

外交で失敗したアメリカ

 トランプ大統領は外交で大きく躓いている。もし現時点で業績を評価しようと思えば、大統領就任直後に発表した『常識の革命』で掲げた目標が達成できているかどうかを見ればいい。トランプは大統領就任式の演説で、「アメリカの黄金時代が今から始まる」といい、続けて「常識の革命(Revolution of Commonsense)が始まる」と述べている。施政方針演説については「ウクライナ和平後の世界」に分析記事を掲載したのでそちらを参照願いたい。

 トランプ第二期政権の業績を評価するならば、就任直後から「リベラル全体主義勢力」排除に精力的に取り組んだ初期と、強引な外交政策を次々に展開したその後とで明らかに明暗が分かれている。

 まずトランプが公約として最初に取り組んだのは、国内外の「リベラル全体主義」を徹底的に排除することだった。国内では、就任直後からリベラル全体主義やDEI(多様性、公平性、包摂性)というイデオロギーの弱体化と不法移民の追放に取り組み、EV義務化の撤廃、DEI義務化の廃止など、矢継ぎ早で実行していった。

 国外に対しては、就任後43日間で、グリーン詐欺の停止、パリ協定からの離脱、WHOと国連人権委員会からの脱退を実行した。さらに2025年2月14日にミュンヘンで開催された安全保障会議に参加したヴァンス副大統領は、リベラル全体主義化した欧州を徹底的に批判する演説を行った。続いてEUを訪問したヘグセス国防長官は防衛費をGDP比2%から5%へ引き上げてウクライナを支援するよう要求した一方で、アメリカはウクライナ支援から手を引くことを示唆した。

 ここまでは「エンジン全開、向かうところ敵なし」で疾走していたのだが、トランプは外交の本丸で躓いた。鳴り物入りで始めた相互関税措置も、圧倒的な軍事力を行使したイラン戦争も、大失敗に終わった。相互関税措置については連邦最高裁から違憲判決を受けた。イラン戦争については、エネルギーの大動脈であるホルムズ海峡封鎖というカードを切ったイランが石油資源の物流を混乱させて、短期決着を図りたいアメリカに対し優位のポジションを確保した。

 TBSテレビのアナウンサーで報道局ニューセンター記者の伊藤隆太氏は、プレジデント・オンラインの記事で、イラン戦争におけるトランプ政権の失敗について本質原因を分析している。要点を以下に紹介する。詳細は原文を参照願いたい。(資料8参照)

①危険な敵と、地域の秩序ごと破壊してでも対処すべき敵を混同している

②軍事的成功と政治的成功を混同している

③軍事力を使って核開発を実行阻止しようとしている

④味方(即ち、イスラエル)に引きずられている

⑤大義に酔って会計を壊している(立派な目的と実行可能な戦略は別物)

 アメリカとイランは6月19日にスイスで14項目からなる覚書に署名した。第3条にはこう書かれている。「イラン及び米国は、相互の同意により延長可能な最長60日以内に交渉を行い、最終合意に達することを約束する。」

 この覚書について、元外交官の宮家邦彦氏は産経新聞で、「かくも稚拙な米外交を見たのは初めてだ」と前置きして、次のように合意の危うさについて論評している。要点を以下に紹介する。(産経、6/25)

 第一に、「体制崩壊の危機に瀕したイランは逆に核兵器取得に向けて本気で動く可能性が高い。核を持たず崩壊したイラク・フセイン政権と、核武装で生き残った北朝鮮をみればそれも当然だろう。」

 第二に、ホルムズ海峡封鎖が予想以上に容易であることを知ったイランが核兵器に匹敵する抑止力を放棄する筈はない。

 第三に、イランが核兵器とホルムズ海峡を獲得すれば、中東湾岸地域の戦略的パワーバランスはイラン側に傾く。それを回避すべく、何れ米国とイスラエルは動く(ズバリ言えば、再び軍事力を行使する)だろう。

 誠にこのとおりという他ない。核兵器の保有阻止とホルムズ海峡の自由航行という二つの命題は、双方にとって絶対に譲れない要件である以上、60日間交渉を重ねてみても合意には至らない可能性が高い。

 このように現時点で評価するならば、停戦合意はおろかイラン攻撃に踏み切った判断も、アメリカの全面的失敗として歴史に記録されることになるだろう。ディールの達人を自認するトランプだったが、中間選挙を控えて停戦合意を急ぎたいのはアメリカの方で、幾ら時間をかけても構わないと開き直るイランが交渉のイニシアティブを握る展開となったということだ。結局トランプは、核・ミサイル開発の阻止も、ホルムズ海峡の自由航行の何れも明言できない覚書に署名するところまで追い詰められたという訳だ。

 アメリカのシンクタンクである外交問題評議会(CFR)のマックス・ブート上席研究員は、「覚書の内容は米国が対イラン軍事作戦で支払った代償に見合うものではなかった。イランによる海峡封鎖が世界的なエネルギー危機を引き起こしたことで、トランプ大統領はイラン革命体制の転換や核・ミサイル計画の阻止といった目標を達成することなく、戦闘を終結せざるを得なくなった。」と厳しい評価を表明している。(産経、6/29)

武器化という禁じ手

 プーチンとトランプは互いに安保理常任理事国の地位にありながら無用で無益な戦争を起こした。またトランプは関税を、習近平は希少金属を武器化して国際社会に対し行使した。これら三人の独裁者がとった極めて乱暴な行動は、戦後の国際秩序を瓦解させただけでなく、グローバルな貿易体制を破壊し、エネルギーと資源の物流を大混乱させてしまった。

 イランによるホルムズ海峡封鎖を含めて、そもそも「公共財の武器化」は諸刃の刃である。短期的には利益をもたらすとしても、長期的には失うものの方が遥かに大きいことは自明である。世界経済を大混乱させた結果、やがてブーメランのように自国の経済及び安全保障を脅かす結果を招くに違いない。何故ならそれが強力な武器であるほど、相手国は戦略的な対策を講じるからだ。結局武器化というカードは、グローバルな貿易体制を破壊し、自身の未来の優位性を自ら破壊する行為に他ならない。

 前段で述べたように、独裁者三人は何れも経済運営に失敗して間もなく退場してゆく結末を迎えるだろう。独裁者が失政の責任をとる形で退場するとき、専制主義国では何らかのクーデターが起きて失脚する可能性が高い。

 ロシアの場合には、プーチンの失敗の根源がウクライナへの武力侵攻であったから、プーチン退場という衝撃波はロシア連邦を構成する国々に伝搬するだろう。ロシア圏からの離脱を含む、プーチンからすれば悪夢としか言いようがない事態へと発展する可能性がある。

 中国の場合には、習近平の失政は、「中所得国の罠」の克服に失敗したことに帰着する。もし退場となれば、それと前後して不動産バブルの不良債権の全容が明らかになるだろう。その場合、国家による救済は地方政府や国有銀行などに限定され、それ以外は切り捨てられるだろうから、この時点でバブル崩壊の大津波が起きて社会全体を襲うだろう。

 アメリカの場合には、トランプの失敗はMAGAの公約違反として糾弾されるだろう。イスラエルの誘いに乗ってイラン戦争を始めたばかりにMAGAどころではなくなった責任が、まず中間選挙で問われることになる。

 但しアメリカの場合ここでは終わらない。MAGAの頓挫が明白になれば、それと連動するように株価が暴落する恐れが高い。現在アメリカの株価も日本の株価も過去最高値を更新している。近年の株価はM7(Magnificent Seven)に代表されるテック企業がぐいぐいと株式総額を引き上げる形で高騰を続けてきたが、最近ではAIと半導体企業が牽引役を担っている。このバブルがまもなく崩壊するだろう。

バブル崩壊の再来

 應義塾大学大学院教授で投資家の小幡績氏が、バブルについて興味深い洞察を披露している。それによるとバブルには四つの次元があり、下層から順に、株式バブルなど「特定の資産セクターでのバブル」、他の金融リスク資産もバブルとなる「金融バブル」、半導体ブームやAIブームなどの「実物経済のバブル」、そしてバブルが社会にまで及ぶ「社会のバブル」であるという。1980年代の日本のバブルは史上初めての社会バブルだった。そして現在のアメリカで進行中のバブルも社会バブルであるという。(資料9参照)

 日本でも日経平均株価が72,000円を超えたが、誰が見てもバブル崩壊前夜という以外に形容できない状況である。

 難しい解説は専門家にお任せするとして、アメリカの株価が如何にバブルなのかを説明しよう。下表はアメリカの株式総額とGDP比の推移を示したものである。数値は何れも年末の値である。代表的なポイントとして、2008年→(14年後)→2022年→(3年後)→2025年の三点を抽出してある。表から明らかなように、株式総額は2008年から14年かけて約3.5倍になり、更に3年かけてその約1.7倍に膨張している。

 株式総額/GDP比は更に象徴的である。2008年に株式総額はGDPの78.5%だったが、2022年にはGDPの1.55倍になり、2025年には3.13倍に膨れ上がっている。

 GDPが実物経済の規模を表す指標であるのに対して、株式総額は投資家の期待値を反映する指標であると捉えれば、「実体経済規模に対する投資家の期待」の比率が、2008年から14年かけて2倍に膨らんだのに対して、そこから更に2倍になるまでに要した年数は僅か3年だった。最近の株式総額の膨張が正に指数関数的であることが一目瞭然である。これをバブルと言わずして何と表現すればいいのだろうか?

 小幡績氏はさらに続けてこう断言する。「バブル、資本主義、社会の三つが現在同時に崩壊しつつある。資本主義は2030年頃から徐々に終わりを見せ始め、2050年には現在の社会主義のように過去のものとして認識されるだろう。」

 「全てテックジャイアント優先、巨大企業のビジネス優先で何が悪い、むしろそれが経済にとって一番良いという経営者たちの傲慢さが世界を破綻に追い込んでいる。その破綻の時の爆発力を高めるマグマが今や急激に溜まっている。」

 「中国は崩壊が既に進行中で、アメリカが崩れた時に、世界経済のショックを吸収する役割を果たせる状況ではない。それどころか西側への輸出が減れば、中国経済のバブル崩壊が決定的になり、(天安門事件のような)社会的な大変革がもう一度起こらざるを得ない状況に至る。つまり米中のバブルは同時に崩壊し、さらに両方の社会構造までもが同時に窮地に陥る。」(資料9参照)

 アメリカの「社会バブル」が崩壊するとすれば、それは一体どういう事態を招くだろうか?予測できないが一つ確かなことは、小幡績氏がいう次元としても、また崩壊の規模においても、次に起きるバブル崩壊は、過去にない破壊的レベルになる可能性が高いということだ。金融バブル崩壊に留まるか、それとも米国債にまで及ぶかは分からないが、何れにしても資本主義システムを揺るがす事態にまで及ぶ可能性がある。

 一つの光明がある。昨年6月18日に日本製鉄がUSスチールを買収した。最終的にトランプ大統領の承認を得て、アメリカ政府が拒否権を行使できる「黄金株」を獲得して買収は完了した。それから1年が経ち、報道によれば日本製鉄はアメリカ側関係者とも建設的な関係を築くことに成功し、USスチールに設備の改修や生産力を増強する投資を行い、人員を派遣して260項目の改善策を順次実行しているという。(産経、6/18)

 最近のバブルは、モノづくりから乖離した金融バブルの性格が強い。それに対して日本製鉄によるUSスチール買収は、鉄鋼業というモノづくりを象徴する基盤産業の復活を目指すものである。AIを中心とした金融バブルが崩壊して、モノづくり産業が復活するとなれば、しかもそれが日米合作で行われるということは、バブル崩壊後の一筋の光明となるかもしれない。

そして風景は一変しパラダイムが変わる

 国際秩序が崩壊している状況下でバブル崩壊という経済有事が起きることになる。小幡績氏が予想するように、米中両国は現在経済有事前夜にあると考えておいた方がいい。そしてどちらが先に起きても両者は必ず連動するだろう。

 もしアメリカのバブルが崩壊すれば、間違いなく日本の株価に連鎖する。そしてもし中国で経済有事が発生すれば、その衝撃波は隣国である日本に相当の影響をもたらすだろう。習近平が日本への観光旅行に待ったをかけていると聞くが、ひとたび経済有事が発生すれば、観光客に代わり移民・難民が大挙して押し寄せる事態となるだろう。

 これから起きる事態を予測することは困難だが、有事発生に対する心構えを用意しておくことが重要である。注目される二つの資料を紹介しよう。

 一つは、ブルームバーグが公開した『日本はミドルパワーの超大国』と題した記事である。注目されるのは、「日本は明治維新を起点として危機に臨むたびに自らを再構築してきた」という指摘である。即ち、明治維新~日露戦争期、第1次世界大戦~敗戦、経済復興~現在の三段階を経て、今「国際秩序の崩壊」という危機に直面しているという俯瞰である。

 ブルームバーグは続ける。「ウクライナとイラン、二つの戦争が起きて、欧州と日本は試練の転換点に立っている。共にアメリカからの自立が不可避だが、アメリカとの関係において欧州と日本は別の方向に歩もうとしている。短期的には日本は戦後政治からの脱皮を進めるなど野心的に行動しており、地政学的な存感を高めている。」今回の危機においても日本は危機を乗り越えるだろうという期待である。

 一方で、「日本は長期的には人口減少という大きな課題に直面している。」と結んでいる。(資料10参照)期待と同時に、人口減少という難題をどう克服するか、お手並み拝見という訳だ。

 もう一つは、『2030年来るべき世界』という書籍に収録されている、エマニュエル・トッド氏が昨年10月25日に行った講演での発言である。冒頭でトッド氏はこう述べている。「日本の歴史の最も本質的な部分は西洋的ではない。私が考えるのは、自分がお手本としてきた国々、つまり西洋の国々が崩壊した時に、日本のような国では何が起きるのだろうかということだ。」

 そして「欧州が没落している。アメリカは覇権の衰退過程にある。日本が戦後政治に終止符を打ち、戦後80年の大転換を果たそうと思うなら、露中米欧4ヵ国との関係を再構築する必要がある。」と述べている。

 さらに、「日本の真っ当なナショナリズムの根本的な命題はアメリカから自立することだ。米中の二者択一を迫る米中から自立することこそ日本が勝負すべきゲームの正体である。没落する欧米と距離をとって、日本文明の原点に戻り、文明を強みに換えるべき時だ。」と指摘している。(資料11参照)トッド氏も日本に対する期待と、お手並み拝見の姿勢を披露している。

まとめ

 以上述べてきたように、トランプ大統領の再登板、プーチンによるウクライナへの軍事侵攻を転換点として、今ではロシア、アメリカ、そして中国の衰退が顕著になってきた。さらにトッド氏が最近言及してきたように、これに欧州の没落が加わっている。これらの情勢を俯瞰すれば、大国が総崩れの様相を呈していて、国際社会は歴史的な転換点に直面していることが分かる。単に安全保障と経済において大戦後の秩序が崩壊しつつあるというレベルを超えて、資本主義と民主主義、専制主義という社会システムの再定義・再構築が必要となるだろう。

 ブルームバーグが指摘するように、現在の国際情勢は歴史に刻まれた幾つかの転換点に匹敵するものである。それは日本にとっても、明治維新以降の近代史における新たな大転換点でもある。その変化の中で、日本は「他の主要国と比べて衰退が顕著ではない」という意味で、比較優位のポジションを得ている。

 振り返ってみれば、日本は戦後政治からの脱却という歴史的命題に、自らの意思で挑戦しないまま戦後80年を迎えた。そして今、戦後政治の大転換という重い命題に制約なしに大胆に取り組める絶好の機会が生まれつつある。しかもそれは高市政権誕生とシンクロナイズしている。国内外で一気に風向きが一変したのである。日本はアメリカからの自立を進めつつ、日本固有の文明を価値判断の基準として、混乱と混迷の渦中にある国際秩序の中で、独自の進路に意思と勇気をもって舵を切る時機を迎えている。

参照資料:

1.「中国絶望経済14億人の断末魔」、ピンズバNews、6/9

2.「中国の若者がモノを買えない深刻すぎる事情」ダイヤモンド・オンライン、6/21

3.「中国、ついに借金2400兆円時代へ」、江南タイムズ、6/16

4.「プーチンの崩壊近づく・・・」、集英社オンライン6/12

5.「プーチン軍、弾薬6万トンを丸ごと失ったか・・・」、江南タイムズ、6/26

6.「もう戦争を続けられない本音が透ける・・・」、名越健郎、プレジデント・オンライン6/19

7.「実は今ロシアでウクライナ戦争終戦に向けたシナリオ作りが始まっている」、現代ビジネス6/11

8.「トランプはもう負けている」、伊藤隆太、プレジデント・オンライン、5/21

9.「トランプの終わりと米国社会バブルの終焉」、小幡績、東洋経済オンライン、4/4

10.「日本はミドルパワーの超大国、危険な時代の主役・・・」、ブルームバーグ、6/11

11.「2030来るべき世界」、朝日新聞出版、第1版3/30

独裁者が変える世界(3)アメリカ

 第三部ではアメリカ、トランプ大統領が起こしつつある変化を取り上げる。大統領第二期就任以来トランプが行ってきた行動は、プーチンのウクライナ軍事侵攻以上に第二次世界大戦以降の世界を激変させている。

青天の霹靂

 2022年2月にロシアが突如ウクライナに軍事侵攻した。それから4年後の2026年2月にアメリカがイラン攻撃に踏み切ったことは、ウクライナ軍事侵攻以上に青天の霹靂だった。東洋学園大学教授の櫻田淳氏は3月17日の産経紙面で次のように述べている。

 「19世紀前半、独立と南北戦争に挟まれた時期の、まだ貧しかった米国社会には善意と暴力、或いは寛容性と野蛮性という対照的な二つの性格が表れていた。それらは依然として米国社会の基底に沈殿し続けている。・・・現下のイラン戦争は、米国の暴力と野蛮性の相を赤裸々に出現させた。・・・米国とは元々、そのような国であるという醒めた認識の下、米国の対外政策対応の一々に右往左往しない姿勢が大事だ。」

 併せて櫻田氏は以下の二つの格言を紹介している。

  ・「政治で重視されるべきは、合法性や正当性よりも必要性である」(ニコロ・マキャベリ)

  ・「戦争とは別の手段による政治の継続である」(カール・フォン・クラウゼヴィッツ)

 この二つの格言をもとに考えれば、ロシアのウクライナ軍事侵攻とアメリカのイラン攻撃に対して、正義や正当性を問うてもむなしいだけだと気付かされる。軍事行動が、国益を追求した結果として国家指導者が下した政治判断であるとすれば、幾ら国際法違反だと叫んでみても柳に風でしかない。国際法には拘束力がない現実を再認識するだけである。

 元オーストラリア大使だった山上信吾氏は4月9日の産経紙面で、「但し、ウクライナ軍事侵攻とイラン攻撃を同列で論じるのは誤りだ。」と論じている。何故ならプーチンがウクライナの主権を侵害し、領土を軍事力で奪い取ろうとしているのに対して、トランプにはイランの領土を奪う意図はないからだ。また、イランは中東でアサド政権、ヒズボラ、ハマス、フーシ派、シーア派民兵などの「代理勢力」によるテロ活動を支援してきただけでなく、核拡散防止条約(NPT)加盟国でありながら、国際原子力機関(IAEA)の査察を拒否しウラン濃縮を進めてきた。

 しかし如何なる理由があろうとも、核兵器を保有する軍事大国で国連安保理常任理事国でもあるロシアとアメリカが戦後の国際秩序を瓦解させてしまった事実は、厳然と歴史に刻まれることになる。

プーチン、習近平、そしてトランプ

 専制主義と民主主義を同列で論じることには無理があるが、三人とも独裁者であることは共通している。アメリカは民主主義国だが、第二期のトランプ大統領の言動は相当に独裁的であると言わざるを得ない。それは以下の典型的な事例から明らかである。

1)トランプ政権は2025年4月2日に「国際緊急経済権限法(IEEPA)」に基づく、高関税措置を満を持して発表したが、今年2月20日に「IEEPAに基づいて関税を課す権限は大統領にはない」との連邦最高裁判決が出て無効になった。

2)アメリカは今年1月3日にベネズエラに対し軍事行動を行い、ニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拉致して政権を交代させた。

3)アメリカとイスラエルは今年2月28日にイランに対する軍事行動を実行し、ハメネイ師他幹部を暗殺した。こうして「イラン戦争」が始まった。

 共にジャーナリストの川北省吾氏と近藤大介氏は対談の中で、プーチン、習近平、そしてトランプには、武力を行使してでも失ったものを取り戻そうとする「レコンキスタ」の共通性があると論じている。(資料1参照)ちなみにレコンキスタとは、中世のヨーロッパでイスラム教徒に占領されたイベリア半島の奪還をめざした運動をいう。

 「プーチンがウクライナに固執するその根底には彼の歴史観がある。首都キーウはロシア・ウクライナの源流で文明の起点であり、領土だけでなく失った歴史・記憶・文化を取り戻そうとしている。」

 「習近平の『中華民族の偉大なる復興』も似ている。彼は2012年に総書記になった直後のスピーチで真っ先に『復興』を語った。1840年のアヘン戦争、1894年の日清戦争という「国恥」以前の状態に戻し、香港、台湾、尖閣を取り戻すと。」

 そしてトランプ大統領のMAGAも『失地回復』への欲望が剝き出しだ。

 トランプの思考と行動パターンについて、元外交官の宮家邦彦氏が興味深い指摘をしている。それによると、トランプの言動は常に以下の①~③の段階を行ったり来たりしているという。誠にそのとおりだ。(資料2参照)

 ①事実かどうかを問わず自分の願望を事実として話す

 ②自分の願望を他者が受け入れない場合は徹底的に攻撃する

 ③世論やマーケットが自分の主張とそぐわない反応を示すとチキンアウトする 

トランプの認識

 トランプは大統領選で繰り返しMAGA(Make America Great Again)を訴えた。ここから「現在のアメリカはもはや偉大ではない」とトランプが認識していることが読み取れる。では、この認識は何処から来るのだろうか?少なくとも三つの意味が含まれているように思われる。

 第1は、アメリカの製造業の凋落と中間層の貧困化である。トランプ自身は富裕層に属するが、この現実に強い危機感を抱いている。

 第2は、アメリカ連邦政府の財政赤字が拡大一途にあり、既に危険水域に到達していて、このままではやがて破綻するという危機感を抱いている。

 第3には、歴代民主党政権、特にオバマ、バイデン政権が国際社会におけるアメリカの地位を大いに弱体化させたと認識している。

 連邦政府の財政赤字がここまで膨張した原因について、トランプは「諸外国がアメリカの国富を収奪してきたから」だと認識している。つまりトランプの思考過程には「アメリカは世界の食い物にされた」という被害者意識が働いている。

 しかしこの認識は明らかに間違いである。上記第1と第2の状況はアメリカ自身が率先して推進したグローバリゼーションがもたらした結果だからだ。グローバリゼーションが進んだ結果、アメリカに「マグニフィセント・セブン(M7)」に代表される超優良企業が生まれた。近年のアメリカの株価はM7が大きく引き上げてきたものだ。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツやスペースXの創業者イーロン・マスクは日本円換算で1兆円以上の資産を保有する超ビリオネアである。

 その一方でグローバリゼーションは、一般の生産財・消費財の分野でアメリカ企業が世界市場で競争力を失い、その結果産業の空洞化が起きて中間層が没落し、白人層が失業し貧困化が起きた。こうしてアメリカにはごく少数の超大金持ちと多数の貧乏人が生まれた。この現実はアメリカが推進したグローバリゼーションが招いた結果である。

 さらに、アメリカの財政赤字が破綻の淵に瀕している主な理由は二つある。

 第1の理由は、歳出、特に国防費が国力を遥かに超えたレベルで推移してきたことであり、その背景には世界一の圧倒的な軍事力を維持するという歴代大統領の強い意図がある。

 トランプ米大統領は4月3日に、2027会計年度予算案の概要を公表し、国防費として過去最大の1.5兆ドルを要求した。ちなみに2026年度は1兆ドルであり、5割増しの要求となっている。代わりに国防費以外の歳出は10%削減するという。

 アメリカ議会予算局(CBO)が今年2月に公表した「The Budget and Economic Outlook 2026 to 2036」によれば、アメリカ連邦政府の、トランプ第2期政権の2025年及び2026年の税収、歳出、予算収支(財政赤字)は以下(表1)のとおりである。(単位は10億ドル)

年度税収歳出予算収支
20255,2357,010-1,775
20265,5967,449-1,887

 丸めて言えば直近2年間の財政赤字は1.8~1.9兆ドルで推移していて、1ドル=150円で換算すると、約280兆円/年という信じがたい巨額である。

 一方、連邦政府と自治体、社会保障基金を合わせた一般政府の債務(歳出-歳入)の推移は下図(図1)に示すとおりである。(「世界経済のネタ帳」から作成)

 表1及び図1に関する注目点が三つある。

 1)アメリカの財政赤字1.8~1.9兆ドルは、4月7日に成立した日本の令和8年度予算における一般会計の歳出総額122兆3092億円の2倍(1ドル150円換算で、約1.6兆ドル相当)を上回る規模である。

 2)アメリカの債務総額は2020年~2025年の5年間で約10兆ドルも増加している。

 3)債務総額のGDP比推移をみると、コロナ渦の2020年にGDP比132%に急増し、その後2022年に119%で底を打った後、再び増加しつつある。

 ここで素朴な疑問が浮上する。そもそもなぜ税収を1.8~1.9兆ドルも上回る赤字予算を組むことができるのかだ?その答えはドルが基軸通貨で、世界が貿易決済にドルを必要とするために、アメリカ政府には「ドルは幾らでも刷ればいい」という特権意識と麻痺した感覚があるからだ。これが財政赤字が増大一途にある第2の理由である。

トランプの思考

 トランプは第二期政権誕生後、世界を驚愕させる行動を次々にとってきた。推察するに、トランプは「世界の警察官の役割は放棄するが、世界最強の軍事力もドルの覇権的地位も維持する。そのためには、財政赤字の状況から脱出しなければならない。」と考えたのではないだろうか。

 そして財政赤字問題を打開するためには、①税収を増やし、②諸外国からの投資を増やして失われた産業基盤を再構築し、③不必要な歳出を減らすことが重要だと考えた。具体的には、①全ての国に高関税を課し、②それが嫌なら関税を免除する代わりにアメリカに巨額の投資をせよと脅し、③アメリカの利益に関わらない世界の事件とは距離を置き、民主党政権が推進してきたリベラルな政策は停止するということだ。

 そしてトランプがウクライナ支援に冷淡な理由は、それが基本的に欧州の問題だと考えているだけでなく、戦争終了後のロシアとの関係を重要視しているからである。加えてトランプは欧州を嫌っている。大統領就任後にトランプがとってきた行動は大戦後の国際社会の枠組みを次々と破壊するものであり、世界を驚愕させるものだった。さらにトランプは、これからの世界はアメリカを中心に中国とロシアを加えた「G3」で決めればいいと考えているフシがある。

イラン攻撃の意思決定

 ニューヨークタイムズが4月7日の電子版で、イラン攻撃に至ったホワイトハウスで行われた討議について報じている。4月10日の産経新聞によれば、まず2月11日にネタニヤフ首相がホワイトハウスを訪問して、トランプ大統領に対しイラン攻撃を進言したことがこの戦争の起点となっている。ネタニヤフは「イランの弾道ミサイル計画を数週間で破壊できる。イランがホルムズ海峡を封鎖する能力もなくなる。」と主張し、「イラクのクルド人勢力をイランに侵入させイランの体制転覆につなげる」展望を描いたという。トランプは「それは良い考えだ」と応じたという。

 そして2月26日(攻撃の2日前)にはイラン攻撃に関わる最終の調整会議がホワイトハウスで開催された。報道によれば、その時の主要閣僚の発言(要点)は次のとおりであったという。

・バンス副大統領:「良くない考えだが、大統領が決断するのであれば賛成する。」

・ルビオ国務長官:「イランのミサイル計画を破壊するためなら賛成する。」

・ラトクリフCIA長官:「(体制転換や民衆蜂起といったネタニヤフの主張に対して)茶番だ。但しハメネイ殺害と近隣国を攻撃する戦力投射能力を無力化することは達成可能だ。」

・ヘグセス国防長官:「何れイランに対処すべきなので、今実行すべきだ。」

 こうして2月27日(攻撃前日)夕刻、トランプ大統領は「途中でやめることは許されない。」と攻撃命令を下した。報道されたことが全てであるとすると、戦争に踏み切る重大な意思決定であるにも拘らず、戦争の出口戦略も、作戦が失敗する可能性も、思い通りに展開しなかった場合のコンティンジェンシー・プランも議論されなかったようだ。

 ベンヤミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)はイスラエル建国後に生まれて最年少で首相に就任した。首相としての通算任期は歴代最長の17年に及ぶ。今回のイラン戦争では、最高指導者ハメネイ師及び幹部が一堂に集まるというインテリジェンス情報をもとに、トランプ大統領を説得して軍事作戦に踏み切っている。

 下図(図2)は1948年のイスラエル建国宣言以降、現在に至るイスラエルの歴史をプロットしたものである。イスラエルは建国宣言した後、1948~1973年にわたりエジプトやアラブ諸国と4回の中東戦争を戦い、何れも勝利している。さらに2003年のイラク戦争でイラクのサダム・フセイン政権を崩壊させ、2024年にはシリアのアサド政権を崩壊させた。

 こうしてイスラエルの前に立ち塞がる強敵はイランだけとなり、ネタニヤフはイランとイランが支援するテロ組織を弱体化させるタイミングを虎視眈々と狙っていた。イスラエルは日本の四国程の国土しかない小さな国だが、イランを弱体化させられれば、中東唯一の核兵器保有国かつ中東最強の軍事力を保有する国としての地位を盤石にできる。

 ネタニヤフはイラン攻撃を決行した心境をビデオメッセージで赤裸々に語っており、BBCニュースがそれを伝えている。(資料3参照)

 「この戦争はイスラエルの存在と未来を確保するためのものだ。アメリカとの同盟のお陰で、40年間切望してきたこと、テロリスト政権を容赦なく打ち砕くことが遂に実現する。これは私が約束したことであり、我々はこれを実行する。」

 ここで注目すべきは、イスラエルにとってイラン攻撃は正しく長期戦略に基づいて準備を重ね、攻撃のタイミングをじっと待って決行したという点である。

 BBCニュースはさらに分析を加えている。「イスラエルは単独でも一時的にイランに深刻な打撃を与えることはできるが、イランの軍事力を何世代にもわたり壊滅させるには、アメリカとの同盟が不可欠だ。・・・しかしアメリカの国益のためにイランとの戦争に踏み切るべきだというネタニヤフの説得に、歴代の大統領は誰も応じてこなかった。イラン戦争を正当化できるのは、イランが核兵器を間もなく完成させるという切迫した脅威が現実になる場合に限ると歴代大統領は判断していたのだった。」

 これに対してトランプは、歴代大統領が読み込んできたインテリジェンスや戦略的助言ではなく、自身の直感に基づいて「即断即決」的にイラン攻撃を決断したようだ。恐らく今年1月に米軍が成功裏に敢行したベネズエラのマドゥロ大統領夫妻拘束作戦の再演を確信していたのだろう。言い換えれば、トランプはベネズエラとイランの違いについて正しく理解できていなかったことになる。

 「ウクライナ支援は欧州の問題でありアメリカの国益ではない」というのなら、「イランはイスラエルの問題でありアメリカの国益ではない」というロジックになる。イランの制圧はマドゥロ政権転覆とは訳が違う。イランは一筋縄ではいかないタフなイスラムの大国であり、もし短期制圧に失敗すればトランプのMAGAは遠のき、財政赤字はますます悪化することが明白だった筈だ。

 イラン攻撃が不要不急であることは明らかであり、トランプは博打のような戦争に何故踏み切ったのかという疑問が残る。単純に考えれば、特別な関係にあるイスラエルに同調し共同歩調をとった、それが全てだったということだ。

 イラン攻撃の背景に巧妙な戦略が存在したと考えれば、別の可能性が浮かび上がってくる。アメリカがイラン攻撃に踏み切ったのは2月28日だった。それに先立つ2月20日には連邦最高裁がトランプ政権が実施した「相互関税」に対し違法判決を下している。この判決をもってトランプ政権が鳴り物入りで実行した大幅な税収増シナリオが消滅した。連邦最高裁判決が予測できた時点で、相互関税に代わり税収を大幅に増やす代替案が必要になったことは事実である。

 相互関税の代替案として考えられるのは、中東に代わりアメリカが世界最大のエネルギーの供給元となることだ。もしそれが目的であったとすれば、イラン攻撃とそれに続くホルムズ海峡封鎖は絶好の手段になり得る。今後エネルギーや資源の物流や金融の分野でアメリカが大儲けするという事態に発展すれば、アメリカの深謀遠慮が見えてくるかもしれない。トランプの口癖ではないが、今後どうなるか見てみよう。

戦争の教訓に学ばなかったトランプ

 イラン攻撃から5週間が経った時点で、トランプが目論んだ短期終戦は遠のき戦争は膠着状態に陥った。そして4月7日にアメリカはパキスタンの仲介を受け入れて2週間停戦することで合意した。この意思決定も、一日も早く撤収したいアメリカが助け船に飛びついた感が拭えない。戦闘ではアメリカ・イスラエルが圧倒しているものの、イランは世界の石油取引を人質にとるホルムズ海峡封鎖という悪魔のカードを手に入れたことから、停戦交渉は相当難航することが確定的となった。トランプの楽観的な目論見は見事に外れただけでなく、イラン攻撃は失敗だったことが確定的になる。

 ウォールストリートジャーナル(WSJ)紙は、失敗の原因について「戦争は始まり方ではなく終わり方によって評価される。明確な政治上の目的を欠いたまま始まった米国の戦争が良い結末を迎えたことは殆どない。」と指摘している。そのとおりである。(資料4参照)

 公開されていない作戦会議が行われたのであれば別だが、ホワイトハウスでの討議から分かるように、イラン攻撃については戦略目的がはっきりせず、出口戦略もなく、作戦が失敗した場合のコンティンジェンシーも用意した形跡がない。

 こうして事態は「アメリカは戦闘に勝って戦争に敗れる」様相になってきた。WSJ紙はまた、トランプ政権はアメリカが過去に戦った戦争の教訓に学んでいないと指摘する。要点は次のとおりだ。

1)イラク戦争と同様に今回のイラン戦争も大量破壊兵器の脅威が存在するとの主張から始まった。

2)イラク戦争は9年続き、約2~3兆ドルの戦費と約4,500名の米兵の命が失われた。

3)ベトナム戦争は、実質的にベトナム人のナショナリズムとの戦いだった。イラクでは宗派間の分断の深さを見誤った。そしてイランでは体制の耐久力を過小評価していた。

イラン戦争の特徴

 元陸将の福山隆氏がイラン戦争について分析記事を書いている。(資料5、6参照)福山氏はまず、「今回の米国・イスラエル対イランの衝突は、領土を奪い合う古典的戦争でも体制転覆を狙う全面戦争でもない。本質はレッドラインを巡る極めて現代的な戦争だ。」と指摘する。

 アメリカが譲れないレッドラインは、イランが将来にわたり核兵器開発を放棄することの確約であり、イランが譲れないレッドラインは、ホルムズ海峡の船舶航行の管理と通航料の徴収権だろう。現在進行中のアメリカとイランの停戦合意を巡る折衝は、正しく相手のレッドラインの抑制が中心議題となっている。

 アメリカとイスラエルがイランの核兵器開発阻止を掲げてきた根本原因は、イランがイスラム宗教国家として「イスラエル国の殲滅」を国是としていることにある。そのような国が核兵器と長射程ミサイルを持てば、イスラエルにとって死活的な脅威となることが自明だ。

 またホルムズ海峡の自由航行については、1994年に執行された「国連海洋法条約(UNCLOS)」が、この条約を遵守することを前提として、全ての国の船舶が領海及び海峡を通航する権利(通航権)を保有することを規定している。イランであれアメリカであれ、国際公共財であるホルムズ海峡を封鎖することは条約違反である。但し、アメリカとイランは批准していない。

 福山氏は続けて言う。「もう一つのイラン戦争の特徴は、米・イ双方が正面戦を避けていることにある。」と。米国はイラン本土への大規模地上侵攻(革命防衛隊との決戦)を避け、戦争の拡大を抑制しながら、限定的な軍事圧力だけでイランを制圧しようとしている。これは軍事的には圧倒的に勝利したものの、占領統治で政治的敗北をしたイラク戦争の教訓を踏まえたものと考えられる。

 一方のイランもまた本格的な正面衝突を避け、代理勢力、ドローン攻撃、湾岸諸国の石油施設攻撃、ホルムズ海峡封鎖という非対称戦をとっている。自国領内で戦わず、ヒズボラやフーシ派などの代理勢力を通じて、中東全域から戦域を外に拡散させることを目論んでいる。

 結局、両者が 「決定的勝利を生まない戦い方」 を選択しているので、戦争の長期化と戦域の拡散が避けられない。同時にレッドラインを巡る上記理由から、アメリカとイランの実のある停戦合意は基本的に成り立たない。もし今後戦域が拡散すれば、世界経済にも深刻な影響を与え、以下の事態が同時に進行することになる。そしてその影響は、コロナ禍を上回る規模で国際社会を覆うことになるだろう。

  ①エネルギー価格の高騰(ホルムズ海峡の不安定化)

  ②物流の停滞(海運・航行の迂回と保険料高騰)

  ③インフレ再燃あるいはスタグフレーション

イラン戦争の勝者

 アメリカは圧倒的な軍事力でイランを圧倒したものの、戦争では敗れつつある。そう断定する理由は二つある。

 第1は、トランプの思考空間に「戦略層」がないことだ。「戦闘に勝って戦争に敗れる」というが、戦争に勝利するためには戦略が必要だ。同盟国との関係を「現在の損得」だけで評価し、しかも言動が二転三転するトランプの思考は、とても危険という他ない。欧州は既にトランプとの関係に見切りを付けつつある。ガキ大将のように暴言を吐き、乱暴なカードを切れば切るほどトランプは嫌われ、アメリカは孤立してゆくだろう。中間選挙でアメリカ市民がトランプを見限る展開を同盟国が待ち望むことになる。

 第2は、イランがホルムズ海峡封鎖というカードを切って「エネルギーを武器化」したことだ。ホルムズ海峡を封鎖するのに高額な兵器もシステムも必要ない。イランが大量に国産している安価なドローンと小型ボート、それにゲリラ組織(代理勢力)が存在しさえすればいい。機雷を敷設すると脅すだけで、もしくは海上保険が用意されなくなるだけで、タンカーはホルムズ海峡を通過できなくなる。

 ところでイラン戦争で得をするのは一体誰だろうか?MAGAを実現するためにトランプは関税を上げ、海外からの投資を増やし、無駄な支出を削減して財政赤字の悪化を食い止めるというシナリオに基づいてディールを行っているのであれば、戦争が長期化するほどトランプの目論見は遠のき、トランプは11月の中間選挙で敗れる可能性が高まるだろう。

 そうではなくて、前述したように背後に大胆なエネルギー戦略があるとしたら、アメリカが勝者となる可能性は否定できない。何れが真相か、現時点では断定できない。

 一方イスラエルはネタニヤフの40年来の宿願をほぼ果たしたことになる。イランの核兵器開発を阻止し、イランに相当な経済的損失をもたらしたからである。

 ロシアもまたエネルギー価格が高騰し、戦費捻出の苦労が軽減されることになるばかりか、アメリカがイラン戦争にくぎ付けになり、米軍の武器の在庫が底をつくことは大歓迎である筈だ。一方でロシアは、苦境にある友好国イランを支援できなかった。ウクライナへの軍事侵攻と併せて、今後友好国のロシア離れが加速することだろう。

 最大の敗者は欧州かもしれない。ウクライナ支援でトランプとの関係がぎくしゃくし、イラン戦争で両者間の亀裂は決定的となったからだ。結局トランプはイスラエルとの関係を重視する一方で、西側同盟国との関係を破壊してしまったことになる。

停戦協議の行方

 イスラエルとイランは宿命の敵同士であるから妥協という選択肢はあり得ない。また一日も早く軍を撤収させたいアメリカと、長期化など気にしないイランとの停戦協議は、幾ら脅してもトランプの負けが濃厚である。既に述べたように、アメリカとイランはお互いに相手のレッドラインを容認できないので、余程に高度な政治決着シナリオを組み立てない限り、停戦協議は合意に至らないだろう。

 前述の福山氏はこう述べている。「中東の紛争構造は、表面上は静かでも地下ではマグマが脈動し、一定の圧力が溜まると小規模な噴出を繰り返す火山という地政学的構造は変わらない。恒久停戦は政治的フィクションにすぎず、停戦は戦争の終わりではなく、静かな戦争へと形を変える移行期間にほかならない。」(資料5参照)

経済危機発生のリスク

 イラン戦争を早期に収拾できなければ、エネルギーと石油資源の枯渇・高騰が常態化し、経済危機へと発展するリスクが高まる。

 産経新聞編集委員の田村秀男氏は4月11日の産経紙面で、戦争が長期化すればアメリカの財政はさらに悪化すると警鐘を鳴らす。「負のスパイラル」の進行は次の通りだ。戦争が長期化し中東情勢が悪化すれば原油価格が高止まりする。世界経済でインフレが進みアメリカの市場金利は上昇する。金利が上昇すれば現在約1兆ドル/年のアメリカ政府の利払いが増加する。金利が1%増大すれば利払い費は100億ドル増える。

 経済学者の小幡績氏は、バブルには四つの次元があるといい、トランプがバブル崩壊の引き金を引きかねないと警鐘を鳴らす。第1の次元は株式など特定の資産セクターのバブル、第2は金融バブル、第3は実物経済のバブル、そして第4は社会のバブルで、この定義に従えば、1980年代の日本のバブルは社会バブルだったという。

 アメリカの株式市場は高値を更新しており、ドルは主要通貨の全てに対して独歩高となっている。アメリカ社会はどう考えてもバブルであり、小幡氏が言うように、株高、ドル高、AIという実物経済のバブルが同時に進行中であり、社会全体がバブルの様相を呈している。イラン戦争の終結を誤れば、トランプが社会バブル崩壊の引き金を引くことになるだろう。(資料7参照)

エネルギー輸送・海運を巡る覇権争い

 戦争の舞台裏で進行している静かな変化として、国際問題アナリストの藤井厳喜氏は「誰が物流を支配し、誰が保険を引き受け、誰が金融の仕組みを握っているのか。その仕組みがどう変化しているか」に注目すべきだと指摘する。イラン戦争の裏側で、石油をめぐる大国の覇権争いが起きている。ホルムズ海峡を安全に自由にタンカーが航行するためには、戦争被害を補償する海上保険の仕組みが不可欠だが、従来海上保険を提供してきたイギリスの保険組合ロイズが、今回「戦争リスクはもう引き受けられない」ことを宣言したという。(藤井厳喜メルマガ3/25)

 田村秀男氏は4月11日の産経紙面で、3月6日に米政府系の国際開発金融公社DFC(U. S. government Development Finance Institution)がホルムズ海峡での船舶運航再開に向け、英国のロイズ保険組合に代わって海上保険を提供すると発表したと述べている。これまで英国が握っていた重要な資源=石油の支配権がアメリカへと移りつつあるという。

 別の情報によれば、ロイズが海上保険から手を引いた原因は、2月28日のイラン攻撃開戦直後にインド洋でインドと合同演習をしていたイラン海軍の非武装船を、米海軍の潜水艦が攻撃して撃沈させた事件にあるという。正に「因果関係の連鎖が歴史を綴ってゆく」一場面を見ている感じだが、この事件には、ウクライナ戦争でロシアとドイツの間に敷設されていたパイプライン「ノルドストリーム」をCIAが爆破した事件と構図の類似性がある。そうであるとするとトランプは衝動的にイラン攻撃を開始したのではなく、大きな戦略のもとに勝負手を打ったことになる。

ポッタリーバーン・ルール

 アメリカとイスラエルによる攻撃に対して、イランがとったホルムズ海峡封鎖は、航海の航行の自由に反する暴挙であり、資源国による「エネルギーの武器化」というべきものだ。石油資源の物流を止めれば、エネルギー価格が高止まりし石油資源がひっ迫する。トランプは圧倒的な軍事力にモノを言わせて力でイランを屈服させようとしたのだが、イランは非対称戦で応じて戦争は膠着状態に陥った。

 ジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官を務めたコリン・パウエル氏がイラク戦争に関連して警告した「ポッタリーバーン・ルール」という原則があるという。それはイラク問題に介入したアメリカには、イラクの体制崩壊に対する責任が伴うという意味で使われた。元々はアメリカの家具・インテリア販売会社ポッタリーバーン社が打ち出した方針で、「商品を壊したら買い取る責任がある」というものだ。

 この原則に従うならば、不要不急の戦争を始めて世界経済を大混乱に陥れた責任は一元的にトランプに帰着するだろう。もし「ポッタリーバーン・ルール」を適用するのなら、アメリカにはホルムズ海峡封鎖問題を一日も早く解消して、エネルギーと石油関連物資の高騰と枯渇問題を鎮静化させる責任があることになる。

独裁者が変える世界:アメリカ

 BBCニュースはトランプが変えた世界について、次のように評している。「トランプは世界のアメリカを見る目を根本的に変えてしまった。かつて世界的な安定の担い手を自負していた国が、今や国際秩序の基盤を揺るがしている。国内政治において規範や伝統を打ち破ることを楽しんでいる大統領が、今では世界の舞台で同じことをしている。」(資料8参照)

 「戦闘で勝ち、戦争に敗れる」という格言はイラン戦争にも当てはまりそうだ。「イランとの戦闘で圧倒的な勝利を収めた」と幾ら自画自賛してみたところで、冷静に評価すれば、イラン戦争を始めたことによって世界が被った損失は計り知れないほどに大きいのだ。

 イラン戦争によってアメリカの財政赤字が更に悪化することになれば、NATOからの脱退、朝鮮半島からの撤退、在日米軍の縮小などが近い将来に現実になる可能性がある。しかしそれを実行すれば、パワーバランスが変わり国際秩序の基盤が崩壊してしまうだろう。

 現在世界で起きている事態を一体どう理解すればいいのだろうか?全体像を捉えることが難しくなったとしたら、歴史の中で確立されたプリンシプルを当て嵌めてみるのがいいだろう。

 第一のプリンシプルは、「戦争は一度始めてしまえば、途中でやめることができない。しかも歴史は因果関係の連鎖として綴られてゆく。」ことだ。大国の独裁者程、誘惑にかられて安易に戦争を始めてしまうのだが、ひとたび戦争が始まると、世界は誰も望まない方に動いてゆく。独裁的なリーダーが踏む強引なアクセルを抑制するブレーキが働かないからだ。

 第二のプリンシプルは、「戦争と経済は複雑にかつ強力に結びついている。」ことだ。ロシアは仮にウクライナ戦争に勝利できたとしても、戦争がもたらした損害が甚大で、ロシア経済はウクライナへの軍侵攻以前の状態を取り戻すことさえ困難なほどに衰退するだろう。戦争が経済を破壊するということだ。

 そしてアメリカは仮にイラン戦争の終結で勝利を宣言したとしても、イラン戦争は世界経済を大きく揺さぶった。財政赤字の増加を抑制したいトランプの意向とは逆方向にアメリカの財政赤字は深刻化するだろう。そればかりか、ドル危機、アメリカのバブル崩壊、世界レベルの金融危機・経済危機が顕在化してゆくリスクが高まる。結局、独裁者の暴走を止めるのは、経済の失敗であるのかもしれない。

 第三のプリンシプルは、「右に大きく振れれば、次にその反動として左に大きく振れる」ことだ。しかも「山高ければ谷深し」というように、反動もまた衝撃的なものとなる可能性が高い。順序も時期も予測できないが、プーチン、習近平、トランプが相次いで、共に経済面で失敗して退場してゆくだろう。そうして世界の風景が変わる。何れもが経済大国・軍事大国であるが故に、独裁者が退場するときは世界経済の混乱を制御できなくなる時だ。

 一つ確実なことは、軍事大国の独裁者が破壊してしまった国際秩序を再構築する動きが反動として起きることであり、その担い手は米中露ではないということだ。大戦後アメリカに依存し過ぎてきた欧州と日本が果たすべき役割が極めて大きい。

参照資料

1.「経済はすでにがけっぷち」の中国がここにきて矛先を国外に向け始めた意外といえる国際背景」、川北省吾・近藤大介、現代ビジネス、2026.2.23

2.「パキスタンが仲介した米・イランの即時停戦合意はどこまで長続きするか?」、宮家邦彦、JBpress、2026.4.9

3.「トランプ氏は直感で戦争を遂行し、それはうまくいっていない」、ジェレミー・ボウエン、BBCニュース、2026.4.1

4.「終わりなき戦争、米は繰り返しているのか」、WSJ、2026.3.26

5.「必然だった2週間のイラン戦争停戦合意」、福山隆、JBpress、2026.4.11

6.「パンドラの箱を開けてしまった米国、イラン戦争は正面衝突なき拡散型大戦争へ」、福山隆、JBpress、2026.4.6

7.「トランプの終わりと米国社会バブルの終焉」、小幡績、東洋経済オンライン、2026.4.4

8.「トランプ氏が払う代償は大きい、イラン停戦合意で戦争脱する道は開いたが」、BBCニュース、2026.4.8


独裁者が変える世界(2)ロシア

 豊臣秀吉は最晩年に、「文禄の役(1592年)」と「慶長の役(1596年)」と呼ばれる二回に及ぶ朝鮮出兵を命じた。それぞれ約15万人に及ぶ兵を派遣している。そして秀吉は、「露と落ち、露と消えにし我が身かな、浪速(なにわ)のことは夢のまた夢」という辞世の句を残して1598年に死去している。「葉の上に落ちる露のように生まれ、その露が落ちるように死んでゆく。それが我が人生だった。日本(浪速)のことなど夢のまた夢だ」という述懐である。

 プーチンは一体何故ウクライナへ軍事侵攻したのかを考える内に、ふと秀吉晩年の朝鮮出兵と重なるものを感じたのである。そう、独裁者の晩年における気まぐれの着想であり、簡単に勝てるという妄想である。

 第二部では隣国への軍事侵攻という暴挙に出たプーチン大統領率いるロシアを取り上げる。

疲弊するロシア経済

 戦争は国の経済と財政を急速に悪化させる。ウクライナ戦争は既に長期化しており、ロシア経済の大きな負担になっている。初めに幾つかの資料をもとに、ウクライナ侵攻から4年が過ぎた時点でのロシア経済の現状について要点を整理してみよう。

 資料1は、長引く高金利政策が経済を窒息させている現状についてレポートしている。

 「欧米の制裁によるエネルギー収入の減少を補うため、ロシア政府は国富ファンドを活用してきたが既に枯渇しつつあり、最近では税金を引き上げて財源を確保している。」

 「ロシア連邦中央銀行は労働力不足と高インフレ対策として高金利政策を維持してきたが、これが借り手の返済能力を圧迫していて、多くの企業がデフォルト直前の状態に追い詰められている。企業は高金利と消費の鈍化に直面して経営が圧迫されており、賃金の未払いが増加している。このまま推移すれば2026年10月までに銀行危機が起きる可能性がある。ロシア経済は目に見えて悪化しており、2023年以来初めてスタグフレーションの閾値に達している。」

 資料2は、4年に及ぶ戦争の結果、経済を巡る見通しでウクライナとロシアの明暗が分かれているとレポートしている。

 「ウクライナが債務再編と欧州からの支援を得て国家デフォルト状態から脱した一方で、ロシア経済は疲弊し混迷を深めている。石油部門に対する新たな制裁の影響で企業の資金繰りが一段と悪化し、ロシアは2026年にも金融危機に発展する可能性が高い。」

 資料3は、産業部門の深刻な状態についてレポートしている。

 「制裁によって米欧企業から機体や部品を入手できないため、約30年前に製造されたロシアの退役機10機が修復されて航空会社に引き渡された。現在運行中の国産旅客機に関しても、工場が軍需優先なため民航機用の予備品の納入が遅れ修繕が追い付いていない。」

 資料4は、民生部門を犠牲にした「戦時経済の極限状態」についてレポートしている。

 「医療機器は部品不足で修理不能となり、自動車産業は衰亡している。航空機は修理部品が不足して古い機体から取り外して何とか運航を維持している状態だ。半導体不足は精密兵器の開発を阻み、技術者の流出は研究開発の基盤を弱体化させている。都市部では専門職が消え地方では労働者が消えつつある。人口の空洞化は、戦争が終わった後の再建能力を著しく損なう。」

 ここに紹介した現状は深刻さが増しているロシア経済の一面の描写でしかない。それでも、もしこのような事態が西側諸国で起きれば、政権は既に吹き飛んでいるだろう。ロシアの状況はそれ程深刻である。しかしロシアの体制は治安機関の忠誠と情報統制によって支えられているので、庶民の不満だけでは揺らがない。ロシアの敗北は軍事的敗北ではなく、体制がこれ以上の損耗に耐えられなった時に確定的になる。

戦争がもたらしたロシアの惨状

 ここで、ロシア経済及び社会の深刻さを物語るデータを整理してみよう。(資料1~4、7参照)

①アメリカ戦略国際問題研究所(CSIS)の最新調査では、ウクライナ侵攻によるロシアの死傷者数は120万人(ウクライナの約2倍)に達し、第二次世界大戦後のあらゆる戦争で如何なる大国が被った死傷者数よりも多い。

②死者は32万5000人を超え、朝鮮戦争以降に米軍が戦った全戦争の合計死者数の3倍に及ぶ。或いは「10年戦争」となりソ連崩壊につながったアフガニスタン侵攻におけるロシアの死者の約20倍に達している。

③2025年10月時点で航空会社が保有する旅客機は1,135機あり、このうち67%が外国製で、「故障や技術的トラブル」の件数は約800件に上り、前年同期の4倍に急増した。

④ロシアは入隊に応じたロシア人に高額な契約ボーナスを払い、戦死した場合には更に多額の支払いを行ってきた。軍の採用活動や軍事産業の生産優先の方針も重なり、「深刻な労働力不足」が他の重要産業で起きている。経済を維持するのに必要な機械操作員や組み立て工80万人が不足している。

⑤2025年末時点で、それ以前の11か月間、ロシアの石油・ガス収入は2024年と比べて22%減少しており、12月の収入は前年同期比で49%まで急減している。一方、国防関連予算は2025年第一四半期から第三四半期の累計で過去最高の1,490億ドルに達していて、財政赤字の拡大要因となっている。

⑥ロシアの国防部門向け融資は企業融資全体の約4分の1を占めていて、総額は2,020億ドルに達している。

⑦高金利と消費の鈍化に圧迫され企業が限界に達している。未払い賃金の規模は10月時点で前年同期比ほぼ3倍の2,700万ドルを超えた。 

 戦争の長期化によって経済と社会の状況がここまで深刻化しているにも拘らず、専制主義のロシア国内からは目立った停戦の動きが出てこない。

国際社会における弱体化

 長引く戦争でロシアが失った被った国益の損失は国内経済に留まらない。4年に及ぶウクライナとの消耗戦によって、ロシアは明らかに国際的な地位を低下させ弱体化している。資料4を参照して要点を整理した。

 第一に、欧州/NATOとの関係で言えば、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った理由の一つは、北大西洋条約機構(NATO)の拡大を阻止することだった筈だ。しかし現実は、ウクライナへの軍事侵攻が引き金となって、スウェーデンとフィンランドがNATO加盟を果たした。さらにフィンランドが加入したことで、ロシアとNATO諸国との国境は2倍以上に拡大した。

 第二に、中国との関係で言えば、現在のロシアはエネルギー輸出から自動車、電子機器の輸入まで、不可欠な貿易分野で中国依存を深めている。しかもロシアの方が中国よりも依存度が高く、関係は不均衡で、ロシアは明らかに格下のパートナーとなりつつある。

 そして第三に、友好国との関係で言えば、ウクライナ戦争以降ロシアは国際社会におけるロシアの地位と影響力を著しく低下させている。象徴的な事件は次の通りだ。

・ロシア政府は2024年、反体制派勢力によって失脚に追い込まれたシリアのアサド大統領を避難させ、亡命を認めることを余儀なくされた。

・ベネズエラのマドゥロ大統領が先月、米軍による急襲で首都カラカスの自邸から連行されたが、ロシアはマドゥロ氏を守ることができなかった。

・昨年夏には、米国とイスラエルの軍用機がイランの核施設を攻撃したが、ロシアはなす術なく傍観を強いられた。

 以上述べたように、ロシアはウクライナ戦争にくぎ付けになっている間に、国際社会で起きた事件に関与する力を喪失し、地位の弱体化を招いたことは明らかである。

 最後に日本との関係について、元陸将の福山隆氏は次のように警告している。(資料6参照)

・ロシアの戦力は今後低下してゆくが核と老朽兵器は残り、≪弱いが危険な隣人≫へと変質するだろう。

・東アジアは米日韓対中露という構図が強まる。エネルギー地政学も再編され、サハリンの重要性は増し、アジアの資源競争は激化する。

・日本にとってロシアは≪読みにくい核保有国≫へと変質するだろう。その不確実性こそが、ウクライナ戦争後の最大の安全保障課題となる。」

 このように見てくると、仮にプーチンが目論んだウクライナの領土獲得を成し得たとしても、そのために支払った代償は計り知れない。秀吉同様に、晩年の独裁者の気まぐれの着想と妄想が浮かび上がるのである。

ロシアの未来:ガラパゴス化

 ロシアが失いつつあるのは、現在の国益に留まらず、未来の国益をも大きく毀損させている。資料5は、戦争によってガラパゴス化するロシアの未来について分析している。

 軍事侵攻したロシアに対し、西側諸国は歴史上前例のない規模の包括的な経済制裁を科した。その目的は経済を麻痺させロシアの戦争遂行能力を削ぎ、侵攻を断念させることにあった。しかしロシア経済は西側の予想に反し、完全な崩壊を免れて、ある種の強靭さを誇示しているように見える。

 制裁によってグローバル経済から切り離されたため、ロシアは忠誠と国家統制を最優先する閉鎖的で自己完結的なシステムへの回帰を余儀なくされた。ロシアは国際社会からの孤立を逆手に取り、国家による統制を極限まで強め、西側中心のグローバル経済とは異なる独自のサプライチェーンと経済圏を築こうとする壮大な社会実験を進めている。

 確かにロシアは資源国であると同時に世界でも有数の穀倉地帯を抱えているので、エネルギーも食料も自給自足できるかもしれない。しかし世界では今、産業や軍事力の分野で熾烈な競争が展開されている。現代社会を形成しているシステムに注目すれば、産業や軍事力を支える様々なシステムとネットワーク、それを構成するコンピュータ・端末と通信網、それらを動作させるためのOSやソフトウェアと半導体チップ、それと電力インフラなどを構成要素とする、極めて複雑なグローバルなサプライチェーンを基盤として経済が成立していることが分かる。

 この点が米ソの冷戦時代とは決定的に異なる現代の特長である。現代が加速するイノベーションを前提とする競争社会である以上、いかなる国家もグローバル・サプライチェーン・ネットワーク(GSN)から切り離されて存在することができなくなったのだ。GSNから鎖国すれば、進化から取り残されたガラパゴス島のようになってしまうからだ。

 つまり経済制裁を被っているロシアがGSNとの接続を切って鎖国しようとすれば、その先にあるのは衰退する未来しか待っていないのだ。残念ながらプーチン大統領は、現代社会のこの特質を充分に理解していないように思える。

プーチンが犯した致命的失敗

 軍事侵攻から4年が過ぎた。この間にロシアが辿ってきた足跡を総括的に俯瞰してみよう。結論を先に言えば、ウクライナ戦争に関してプーチンは致命的な三つの読み間違いをしたことになる。

 第一は、言うまでもなくウクライナを短期間で制圧できると読んだことだ。資料4によれば、プーチンは10日でウクライナを制圧できると目論んでいたという。しかし現実には既に4年が過ぎたにも拘わらず、未だに終戦の目途が立たないまま消耗戦の様相を呈している。

 国土の破壊という意味でロシアが被った損害は、ウクライナと比べれば比較にならない程小さいに違いない。しかし既に述べてきたように、ロシアの死傷者が既に100万人を超え、死者も30万人を超える損害は破滅的という他ない。さらに徴兵を拒否し、ロシアの未来を見限って国外に脱出した若者の規模も、ロシアにとって受容限界を遥かに超えるものであるだろう。若い世代の人口を失うということは、未来の国家の担い手を失うことであり、未来の国益を長期間にわたって失うことになるからだ。

 第二は、国際社会からのリアクションの大きさを過小評価したことだ。戦争が長期化したことによってウクライナだけでなく世界中がロシアとの関係を再考する時間余裕が生まれた。最大のリアクションはロシアの脅威を再認識した欧州がウクライナ支援で結束したことだろう。ウクライナ支援を巡り米欧間の相互不信が拡大したものの、欧州を結束させNATOが拡大する結果になったことは、プーチンにとって本来容認できないものだったに違いない。

 さらにウクライナ戦争が起きて、ロシアは明らかに中国の弟分の地位に転落した現実が確定的になった。さらにシリアやイランなど親露国だった国々の危機に際して、なす術がなく傍観してきた。今後徐々に近隣国のロシア離れが顕在化してゆくことが予測される。

 第三は、「戦闘に勝って、戦争に敗れる」という歴史の教訓を軽視したことだ。現代が米ソ冷戦時代と決定的に異なるのは、ロシアと雖もグローバル経済に組み込まれている現実であり、かつグローバル経済はイノベーションによって年々ダイナミックに進化し続けていることだ。

 しかもその技術革新の先頭集団を形成しているのは西側諸国であり、西側諸国による制裁は、GSNを構成する最もコアとなるチップやソフトウェアの調達の道を途絶させてしまった。ロシアの航空機の現状が如実に物語っている。GSNからの断絶がロシアの未来の富と繁栄を大きく損なうことになることは明らかだ。

 プーチンはロシアが資源国・軍事大国であることを認識していただろうが、同時に産業小国・ハイテク後進国である現状を軽視していたのではないだろうか。しかもロシアのその実態を世界中が再認識することとなってしまった。

 GSNの時代に、いきなり隣国に軍事侵攻するという行為そのものが時代錯誤なのであって、仮に軍事侵攻の目的を短期間で達成できたとしても、国際社会からのリアクションは経済のあらゆる側面に及び、さらに未来の国益にも大きな影響を及ぼすということだ。つまりGSNの時代を生きているということは、勝っても負けても戦争が高くつく時代になったということであり、たとえ戦闘に勝っても戦争に敗れるリスクが大きくなったことを意味している。

 総括的に言えば、4年に及ぶ戦争の末に、仮にロシアがウクライナの領土の一部を獲得したとしても、そのためにロシアが支払う代償は、途方もなく大きいということだ。しかも戦争が長期化するほど、ロシアの衰退は回復が困難となっていくだろう。

まとめ

 現代がGSNの時代であるにも拘らず、プーチン大統領は米ソ冷戦時のような時代錯誤の認識をもって、恰も晩年の秀吉のように、独裁者の晩年における気まぐれの着想と、簡単に勝てるという妄想に基づいてウクライナに対し軍事侵攻に踏み切ったと推察される。プーチンが起こした変化は、世界大戦後に構築された国際秩序の枠組みを破壊したことだった。

 覆水盆に返らずという。ウクライナ戦争の勝敗に拘わらず、プーチンが起こした変化を元に戻すことはできない。そもそも国際社会は「因果関係の連鎖」によって思いがけない方向へと進んでいくものだ。プーチンの行動に影響を受けたのかどうかは不明だが、4年後にはトランプ大統領が突然にイラン攻撃を敢行した。この二つの事件をもって、戦後の国際秩序は完全に破壊されてしまった。

 従って、これから人類は、プーチンとトランプが破壊してしまった国際秩序を改めて構築することに着手しなければならない。しかも破壊したのが米露両超大国であるから、再構築する中心的役割はそれ以外の国々が担う他ない。

 国際社会の動向を俯瞰すれば、アメリカ覇権の時代が終わり、地域覇権国による多極化の時代へ向かっているという仮説がある。そうであるならば、未来の地域覇権国に求められる要件の一つは、新たな国際秩序の枠組み作りを担うことでなければならない。

参考資料

1.「ロシアついに終わるのか!匿名高官が暴露した銀行の臨終寸前」、有馬侑之助、Kangnamtimes、2025.12.29

2.「ロシアついに限界か?軍需依存で金融危機寸前」、織田昌大、Kangnamtimes、2025.12.24

3.「ロシア旅客機不足で30年モノ退役機まで投入」、読売新聞オンライン、2026.2.4

4.「ウクライナ侵攻から4年、今も致命的誤算の代償を払うロシア」、CNN、2026.2.23

5.「制裁は効いていないは本当か?」、すあし社長、集英社オンライン、2026.3.6

6.「プーチン体制はロマノフ王朝の再演か、ニコライ2世に連なるロシアの論理」、福山隆、JBpress、2026.2.21

7.「MRSA=露を再び小さな国に」、斎藤伝、産経、2026.3.1

独裁者が変える世界(1)中国

 地震予知がそうであるように、事件がいつどこで起きるのかを予測することはできないが、複数の視点から観察・分析した情報を統合して、全体像を探り本質を考えるOSI(Open Source Investigation/Intelligence)によって、どこでどのような事態が起きるかを長期的に予測することは可能である。

 戦後80年が経過し、アメリカがイスラエルに加担してイラン攻撃を行ったことによって、第二次世界大戦後に築かれた国際秩序は灰燼と化した。そもそも4年前にロシアが行ったウクライナへの軍事侵攻は、国際秩序崩壊の第一幕の事件だった。日米首脳会談における高市首相の発言ではないが、世界の動乱を止める力を保有するのは現在でもアメリカ以外には存在せず、ウクライナ戦争を終結させることができるのはアメリカをおいて他になかったのである。

 何故ならロシアもアメリカも国連安保理常任理事国であり、ロシアに勝る軍事力を保有するのはアメリカ以外に存在しないからだ。そのアメリカがいきなりイラン攻撃の当事者となったのであるから、この日をもって国際秩序は跡形もなく吹き飛んだのだと肝に銘じる他ないのである。

 国際秩序が崩壊してしまった今、これから世界は何処に向かうだろうか?ある意味で世界は暗闇の中に放り込まれたのであって、持てるインテリジェンスをフル稼働して的確な状況判断と長期予測を行い、最悪の事態に戦略的に備えなければならない。

 現代社会において世界に大きな影響を及ぼしている国は、米中露の三ヵ国である。何れもが核兵器保有国、軍事大国、かつ安保理常任理事国である。この三ヵ国は、国際秩序を無視して力を行使することを躊躇しない点でも共通する特性を持っている。戦後80年の現在、その三ヵ国が世界全体を揺るがす歴史的な変化を起こしつつある。一方で三ヵ国は共通する脆弱性を抱えている。

 本資料では三部作で長期予測を試みる。はじめに中国である。

崩壊前夜の中国

 結論を先に言えば、中国経済は崩壊前夜にある。その理由を一言で言えば、不動産バブル崩壊による不良債権を解決できないことにある。

 不良債権処理ができない理由は二つある。一つは途方もない巨額であることだ。中国の債務規模について信用できる数値がないのだが、中央政府、地方政府、国有企業、個人を合算した債務は400兆元(米ドル換算で約60兆ドル、日本円換算で約1京円)という途方もない規模に上る可能性が高い。日本のバブル崩壊で発生した不良債権が約100兆円だった事実と比べると、実に二桁も違う規模なのだ。

 一説によると、中国の総人口14億人に対して、新築マンションを中心とする空室が30億人分も存在するという。近年、中国各地に高層ビルのマンション群が多数造成されてきたが、入居者がいないばかりか、建設途中で放棄されてゴーストタウンと化した事例も多い。

 不良債権処理ができないもう一つの理由は、そもそも不動産の不良債権は習近平の政策がもたらしたものだからだ。国家及び地方政府の失政を認めることになるために不良債権処理を実行することができないのである。その結果、習近平政権はこの国難を乗り越える対策を講じることができず、巨大な時限爆弾が爆発するのを傍観する他ないのだ。

 習近平政権は経済の他にもう一つ深刻な問題を抱えている。それは3年にわたって軍の幹部を容赦なく粛清してきたという異常事態だ。そして今年1月末には、とうとう軍のトップである張又侠・中央軍事委員会副主席と劉振立・統合参謀部長が粛清された。2023年以降、ロケット軍、装備部・海軍・武警に及んだ粛清ラッシュが、軍のトップにまで及んだのである。

 軍が汚職まみれなのか、それとも習近平の軍に対する猜疑心が底なしなのか、何れが真相に近いのかは分からない。何れにせよ、張又侠は習近平と並ぶ「紅二代」に位置する超エリートであり、これで習近平は四大派閥(紅二代、太子党、共青団、上海閥)の全てを弱体化させたことになる。孤高の独裁者になったという意味で、この事実は重大である。(資料1参照)

 こうした中国の現状を踏まえて、アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)は2027年に開催される第21回全人代前に習近平が退陣する可能性を70%と予測し、ランド研究所は2027年に内戦が起きる可能を40%と予測しているという。(資料2参照)これが中国の実態である。

データが物語る中国経済の実情

 ここで中国経済が既に崩壊前夜にあることを示すデータを整理してみよう(資料2~6参照)

①恒大集団・碧桂園の倒産後、300社の不動産企業が連鎖倒産した。総額1兆ドルの貸出損失を抱える銀行業界が危機に直面している。

②中国のGDPデフレータ(※)が2025年末まで11四半期連続でマイナスとなった。つまりほぼ3年間、中国経済はデフレ状態にあることを示している。

※所定の期間に国内で新たに生産された全ての財・サービスの価格変動を示す指標で、名目GDPと実質GDPの比から算出される物価指数

③毎年労働市場に約1200万人の若者が参入してくるが、若年層の失業率は18%台で高止まりしている。20%~40%という数値もある。「卒業即失業」と言われる現実がある。

④地方政府の負債は15兆ドル(約2,300兆円)でGDPの120%を突破した。

⑤名門大学を出て運よく就職できたとしても給料3万円という現実がある。仕事がなくて帰郷する若者は200万人に及ぶ。無気力な“寝そべり族”が増加し、都会と田舎の間には極端な収入格差がある。

⑥中国の公式発表によれば、2025年の経済成長は4.9%を実現したというが、現在中国社会では、内需不振、不動産富豪たちの間で流行していた富の誇示現象の消滅、MZ世代(※)の若者たちが「貧乏人セット」で食事を済ませる等、超節約消費が流行している。

※ミレニアル世代とZ世代をまとめた世代で1980年代前半~2010年代前半生まれ

⑦2025年の出生数は792万人で、前年比で17%減少し、2024年までの10年間で婚姻数は53%減少した。この数字だけでも絶望的という他ない。

 資本主義であろうと共産主義であろうと、ひとたびバブルが崩壊したら不良債権を処理しない限り健全な経済は戻ってこない。バブル経済において最後の貸し手となった債権者が抱える不良債権が紙くずとなる日が必ずやってくる。しかも最期の貸し手となったメガバンクを救済できるのは政府だけであり、もし救済せずに放置すれば銀行が破綻し、経済全体が麻痺する事態となる。一方経済を救おうとすれば、政府がメガバンクを救済する以外に打開策はないのだが、その場合巨額の不良債権を公的資金(つまり税金)で処理する他ない。

 しかし400兆元と予測される空前の規模の不良債権を処理しようとすれば、国家がデフォルトを起こすことになるだろう。正しく「山高ければ谷深し」なのである。中国政府の決断が迫られる時が間もなくやってくる。

様変わりした全人代

 今年3月に「第14回全国人民代表大会」が開催された。ジャーナリストの福島香織氏によれば、「全体として李強首相の薄い存在感、濃い習近平の独裁色、人民解放軍の影響力の縮小が印象深かった。」という。中でも特に注目されたことが三つある。

 その第一は、習近平が「党の軍隊を習近平の私軍へ転換する」ことを公然と宣言したことだ。

 第二は、鄧小平以来の「集団指導体制」が崩れ、習近平が全ての決定権と責任を負い、国務院も解放軍も習近平の指示に唯々諾々と従う体制へ移行することが明らかになったことだ。(資料7参照)

 そして第三は、不良債権処理を巡る方針だ。会議後の記者会見で、中央政府の財政が火の車であることを藍仏安財務大臣が赤裸々に語っている。それによると、地方政府から大手国有銀行へ不良債権の連鎖をくい止めるため、3000億元(6.9兆円)の借り入れを決めたものの、手当ての目途(つまり財源)が立っておらずケチケチ財政で臨むと心中を吐露している。

 これは見方を変えれば、「国有銀行は救済するつもりだが地方と個人は見捨てる」と宣言したことを意味しており、くすぶってきた不良債権問題に火をつけることになりかねない。さらに政府にお金がないために従来の経済成長を諦め、景気刺激策を放棄し、経済から資金を引き上げることを暗示している。これは消費者対策を放棄し末端の不良債権保持者を見捨てると宣言したことに他ならない。

 しかももっと重大なことは、中国が抱える不良債権は、前述のとおり3000億元のレベルでは到底済まないことだ。

 また2026年からの5ヵ年計画では数値目標を置かないことが決まった。これは従来の経済成長を放棄することを意味する。(資料6参照) このように、従来は経済と財政の実態を隠してきたのだが、もはや虚飾することができなくなったことを物語っている。

現実味を帯びてきた習近平体制崩壊

 元陸将の福山隆氏がJBPressに中国で進行中の事態について興味深い分析をしているので紹介したい。福山氏は「軍は統治の根幹である。その軍を大規模に粛清せざるを得ない状況は、習近平体制の弱体化を示す明確なシグナルである。すなわち、これは中国の権力構造が内部から崩れ始めた兆候である。」と述べている。(資料1参照)

 さらに、国際政治評論家の宮崎正弘氏が「今回の軍政中枢の体系的粛清は明朝末期の崇禎帝とそっくりだ」と論評していることを踏まえて、福山氏は次のように述べている。「明朝最後の皇帝に倣うように、習近平は猜疑心から有能な将軍・官僚を次々と粛清し統治基盤を自壊させてきた。権力の過度な集中と粛清の連鎖は、組織の機能不全と統治者の孤立を招く≪歴史的に繰り返される崩壊パターン≫の再現だ。」

 そして今後、情報遮断と統治者の孤立、軍の士気崩壊、財政破綻、組織の自壊、最終的な孤立というステップを経て、中国共産党独裁政権が崩壊に向かう可能性が高い。前述した今年の全人代の状況は中国の財政破綻がそう遠くないことを物語っている。

 トランプ政権が相次いで公表した国家安全保障戦略(NSS)と国家防衛戦略(NDS)の中で、アメリカが現在の中国をどう認識しているかについて、福山氏は次のように述べている。

 トランプ政権はまず今後の中国を「体制的脆弱性を抱えた戦略的競争相手」と見なし、経済減速、社会不安、軍の腐敗、統治の不安定化リスクを前提にした対中戦略を描いている。次に「長期的に崩れ得る国家」と見なし、対中依存の縮小、サプライチェーン再編、軍事抑止の強化を同時並行で進めている。さらに「中国が崩壊しても巻き込まれない体制」の構築へ戦略を再編している。(資料1参照) 興味がある方は、是非原文を参照していただきたい。

IMFの勧告

 中国の経済危機に関しては、国際通貨基金(IMF)も警鐘を鳴らしている。IMFは2月19日に中国の貿易黒字が1.19兆ドルに達しており、中国との貿易不均衡が「容認できないレベル」だとして、異例の勧告を発した。

勧告の要点は次のとおりである。(資料8参照)

①主要産業部門企業に対する産業補助金を半減させること(GDP比4%→2%)

②不動産低迷対策に3年間でGDP比5%を投入すること。

③「消費主導」の成長モデルへ転換すること。

 経済の現状が「需要不足」であるにも関わらず、中国政府がとってきた政策は「生産拡大、輸出拡大」であるから、これらの三項目について中国が簡単に同意するとは思えない。

張又俠の遺言書

 今年1月末に事実上粛清された張又俠中央軍事委員会副主席は、粛清されることを予知して、「私に何かあれば公開せよ」と記した手紙を残した。それが海外メディアに流通した。それによると、張又俠は習近平の軍運営を「私兵化」と断定し、2024年6月に実行されたロケット軍司令官だった魏鳳和の粛清は、「台湾侵攻反対派の排除」を目的とした政治的策略であったと暴露した。台湾侵攻を想定した、南部戦区の兵力50万人と空母3隻を動員する「奇襲攻撃」構想に対しては、「中国の崩壊を招く」と強く反対し、劉亜洲元中央軍事委員会副主席の分析を引用して、戦争が中国のGDPの70%を喪失させると警告した。

 さらに2027年10月に開催される「中国共産党第21回全国代表大会」前に、習近平は今季限りで退任せよと諫言している。張又俠が遺言書を残したのは、差し違える戦いを挑んだということだろう。それが世界中に公開された以上、タダでは済まないということだ。(資料9参照)

まとめ

 以上述べてきたように、客観的事実が物語る中国の現状は既に危機発生前夜の混乱の渦中にあると言っていい。中国政府は第二の天安門事件の発生防止を警戒しているが、それよりも外部から強い圧力が働けば、危機の発生が早まることが予測される。トランプ政権からのさまざまな圧力は固より、ウクライナ戦争の長期化とロシアの衰退、ベネズエラの政権転覆、イスラエル・イラン戦争の長期化、それによるエネルギー価格の高騰と世界レベルのインフレは、何れもが強い外部圧力となり得るものだ。

参照資料

1.「中国軍中枢の連続粛清が示す構造的危機」、福山隆、JBPress、2026.1.30

2.「習近平時代終わる」、荒巻俊、Kangnamtimes, 2026.2.23

3.「Youtube動画が映し出す中国のもう一つの真実」、勢古浩爾、2026.1.6

4.「中国経済はもう終わりだ、5%成長の裏で進む抜け出せない崩壊」、荒巻俊、Kangnamtimes、2026.1.19

5.「中國経済停滞 構造的な歪み一段と深まった」、読売新聞、2026.1.21

6.「中国経済のデフレ化」、新経世済民、三橋貴明、2026.3.23

7.「中国のドケチ予算、経済成長と消費者に痛み暗示」、Wall Street Journal、2026.3.12

8.「中国・全人代で習近平は何を語った?」、JBPress、福島香織、202.3.12

9.「IMFが中国に異例の圧力 産業補助金を半減せよ」、Kangnamtimes、2026.2.20

10.「私が逮捕されたら公開せよ」、Kangnamtimes、2026.2.9

戦後政治の大転換

戦後政治の大転換というドラマ

 「戦後政治からの脱却」という大きなドラマが進行中である。このドラマは、内閣総理大臣石破茂、公明党代表斉藤鉄夫、立憲民主党代表野田佳彦、そして内閣総理大臣高市早苗という人達が綴ったドラマである。そして高市首相は、「ポスト戦後80年時代の新しい政治への転換」という次のドラマを主宰し主演している。

 ドラマの第一幕第1場は、2024年9月28日に行われた自民党総裁選を皮切りに幕を開けた。総裁選の第1回投票は高市早苗氏181票、石破茂氏154票となり、高市早苗氏がトップとなったが、決選投票で逆転劇が起きて、石破茂氏215票、高市早苗氏194票となった。こうして第103代石破茂総理大臣が誕生した。この逆転は旧態依然とした永田町の力学、つまり「戦後政治の力学」が働いたことによって起きた。

 第2場は、2024年10月28日に行われた衆議院議員選挙である。石破首相が衆議院を解散したのだが、結果は以下のように自民党の惨敗を招いた。勝者となったのは立憲民主党と国民民主党だった。自民党が徹底的に嫌われて、それが両民主党に流れた。言い換えれば保守からリベラルへ流れた。

 第3場は2025年7月22日に行われた参議院議員選挙である。結果は以下のとおりで、自公与党が過半数割れし、国民民主党と参政党が躍進した。

 再び惨敗を喫したにも拘らず石破首相は続投を表明したが、過半数を超える世論の反対を受けて辞任した。

 第4場は、石破首相の退陣表明を受けて2025年10月5日に行われた自民党総裁選である。党員の40%から支持を得て高市氏が第1回投票でトップとなり、決選投票では都道府県票47票の内36票、なんと76%が高市氏を支持した。このように世論の大きな意思が示されたために、従来の永田町の力学が封じ込められ、10月21日に行われた首相指名選挙で高市早苗氏が第104代総理大臣に就任した。

 第5場は、10月10日に公明党が自民党に対し連立の解消を通告したことである。公明党が高市内閣とは組めないというカードを切ったのだった。こうして戦後政治の枠組みの一つが一日にして消滅した。

 第6場は、高市首相が2026年1月23日に切ったジョーカーともいうべきカード、衆議院の解散である。公示日が1月27日、投開票が2月8日という過去最短でかつ真冬の選挙となった。後述するように、このジョーカーは高市首相が公約として表明してきた「大胆な戦後政治からの転換」というべき諸政策を実行に移すにあたって、国民からの強い支持表明を求めて切った乾坤一擲のカードだった。

 第7場は、ジョーカーを切られた立憲民主党と公明党が1月16日に中道政策連合として合体したことである。

 そしてドラマの第一幕を飾る第8場は2月8日に行われた総選挙だった。結果は高市首相が乾坤一擲の大勝負を制して自民党単独で2/3超の歴史的な圧勝を果たした。一方中道政策連合は公示前議席の7割を失うという歴史的惨敗を喫した。

 選挙結果 2月8日に行われた総選挙の結果は次のとおりである。

 結果だけみれば、二つの変化が見て取れる。第一の変化は118議席が丸ごと中道支持から自民党支持に回ったことだ。第二の変化は、高市旋風の中でも維新と国民は現状勢力を維持し、参政とチームみらいが躍進したことだ。これは自民党に対抗する勢力として、旧来のリベラル勢力と入れ替わるように、維新と国民民主が踏ん張り、若い世代の意思を反映する形で参政とみらいが台頭したと解釈できる。

どうしてこういう結果となったのか

 国民の高い高市首相支持は、「国際情勢と日本の未来に対する危機感」の表明だった。高市政権が誕生して以来、極めて高い支持率が継続してきたことがそれを如実に物語っている。

 国民の危機感が切羽詰まったものであるにも関わらず、壊滅的惨敗を喫した中道政策連合の政治家たちは「危機対処」を強く求める嵐の中で「呑気な父さん」を演じていた。国民目線で見ればそうとしか見えない。危機に対し「中道」というキャッチフレーズは「危機に対し何もしないことを宣言した」パロディにしか聞こえなかったということだ。

今回の選挙は何だったのか

 選挙期間中、「今回の選挙には大義がない」という趣旨の発言をする野党政治家が目立った。この人達は国際情勢の激変も政治の大局も、視野の中にないのだということを国民の前に告白したことと同じである。高市首相が衆議院解散という伝家の宝刀を抜いたのは、これからの戦いに向けて国民の全幅の支持を得て憂いなく政策を進めるための布石である。

 高市首相が「挑戦しない国に未来はない」と繰り返し述べて訴えたのは「戦後政治からの脱却」であり、「ポスト戦後80年時代の新しい政治」への大転換だった。今回の総選挙での圧勝は、第一幕「戦後政治からの脱却」の最終章だったと位置づけられる。期待通り国民からの絶大な信任を得たので、高市首相は躊躇することなく第二幕の「ポスト戦後80年時代の新しい政治」への大転換を進めてゆくだろう。

国民の危機感はどこにあるか

 ずばり「国際情勢と日本の未来に対する危機感」である。

 はじめに「日本の未来に対する危機感」はどこから来るかと言えば、失われた30年を経て日本の国力が相対的に衰退し、国民の実感としても生活が貧しくなっている現実にあることが明らかだ。選挙期間中に高市首相が訴えてきた「責任ある積極財政」は、日本のこの閉塞状態を打破しようという意思表明である。

 次に「国際情勢に対する危機感」は、現在進行中の国際情勢の激変に起因する。東アジアの安全保障環境がもはや安全ではなくなってきたということだ。国際情勢の激変を象徴する事件は次のとおりである。

 第一は2022年2月に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻である。核兵器を保有する軍事大国が武力を使って隣国に軍事侵攻したことによって、曲がりなりにも戦後維持されてきた国際秩序が跡形もなく吹き飛んだのである。

 第二はアメリカをも脅かす経済大国となった中国が、力を行使して戦後の秩序を強引に変えてきたことだ。南シナ海や東シナ海に人工島を作って軍事要塞化してきたことも、一帯一路と称して途上国に巨額の融資をしてそれを担保に港湾などを中国の管理下に置いてきたことも、更には台湾有事に関する高市首相発言を捉えた執拗な脅しもその一例に過ぎない。そして今世界は、台湾を力づくで支配しようとする中国の動静を注視している。

 第三は北朝鮮が核兵器を開発してきたことだ。北朝鮮はウクライナへも派兵し、ロシアとの軍事同盟化を進めてきた。

 そして第四は、トランプ大統領が進めるMAGA政策である。ベネズエラの現職大統領を力づくで追放し、イランに空母打撃軍を派遣する一方で、「グリーンランドをアメリカ領土としたい」と表明するなど、「戦後の国際社会の常識」を逸脱する言動に対し、欧州諸国からも非難が集まっている。

 このように、米中露という核保有国かつ軍事大国が、容赦なく力を行使して国際秩序を変えてゆく時代が到来した。戦後80年が経って国際情勢の風景が激変したのである。いつの間にか世界は秩序によってではなく、力によって運営される場に変わってしまった。東アジアとて安全保障のサクチュアリではなくなり、国民が「ウクライナの次はどこか、それはいつか」と考えることは、安全保障上の危機がもはや他人事ではなくなったことを意味している。

 安保理常任理事国には拒否権があるために、常任理事国自身が力を行使すれば、もはや誰にも止められない事態となる。それでも戦後はアメリカの圧倒的な力が国際秩序を維持してきたが、トランプ第二期政権の誕生とともに、その構図が揺らぎ始めている。

 最近ではウクライナ支援とロシア対処を巡って、欧米が離反し始めた。トランプ大統領は同盟国よりも露中との関係を重視しているように見える。同じ変化が東アジアでも起きる可能性がある。アメリカがグローバルな覇権から西半球の覇権に引き籠ろうとすれば、米韓同盟に留まらず日米同盟も近未来に変質が迫られる可能性が高まる。

 言い方を変えれば、ソ連邦の崩壊以降アメリカ一強だった世界の力学が変わり、世界が多極化し、アメリカが西半球に引き籠ろうとしている。その空白を埋めようとBRICSが台頭している。戦後の米ソ冷戦時代、その後のアメリカ一強の時代には、曲がりなりにも国際秩序は担保されていたのだが、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を転換点として、その担保の信頼性が揺らいでいる。

 高市政権はそういう国際情勢の中で船出した。激変しつつある国際情勢の視点から俯瞰すれば、「呑気な父さん」を演じてきたリベラル勢力は及びではないことになる。中道政策連合の頓挫は、戦後政治は既に過去のものとなりリベラル政党の役割が終わったことを示唆している。激変しつつある国際情勢、安全保障環境の中に、国民の多数が近未来の日本の危機を肌で感じている、それが今回の総選挙の結果として現れたのである。

ポスト戦後80年時代への転換

 第一幕「戦後政治からの脱却」シナリオは、既に現実のものとなり、極めて速いスピードで展開し始めた。既に述べたように、一気呵成に第8場まで進んだ。2月8日の総選挙結果は、第2幕「ポスト戦後80年時代の新しい政治への大転換」の第1場の幕が上がったことを意味している。

 「戦後政治から脱却し、ポスト戦後80年の時代の新しい政治へ転換する」とは、どういうことだろうか。一言で言えば、観念論に基づく思考停止の政治と決別して、リアルポリティクスを取り戻すことに他ならない。

 戦後の日本は、日米安保条約を根拠として日本の防衛をアメリカの軍事力に委ねてきた。アメリカの核抑止力に依存しながら「非核三原則」を掲げて、核の要否、是非について思考停止してきた。日本各地に多くの米軍基地を提供し、国内に米軍を常駐させておきながら、最新の軍事システムや兵器を保有する自衛隊を軍隊と呼ばずにごまかしてきた。戦後80年が過ぎたというのに、国際情勢の変化・科学技術、社会の進化とそぐわない箇所が散見されるにも拘わらず、憲法を一度も変えずに自己矛盾を放置してきた。東日本大震災が起きると原発が忌避され、「脱炭素」という神話のもとに現実的なエネルギー政策から眼をそらしてきた。

 これらに共通している根源的な問題は、見たくない現実には目をつむる思考停止である。広島・長崎の原爆被災者が「核廃絶」を唱えることも、福島原発の被災者が「原発再稼働反対」を唱えることも、信条としてよく理解できる。しかし国政を担う政治家が被災者におもねって思考停止となり、国益を損ねる政治を戦後80年にわたって続けてきたことは、政治家の責務放棄という他ない。政治家であるならば、与党であろうが野党であろうが、国際社会の動向に対し思考停止となることなく、我が国の国益を追求するリアルポリティクスを貫いてもらわなければならないのである。

日本文明の源流を探る(2)

弥生時代という転換期

縄文からヤマト建国への移行

 時代区分によれば、弥生時代は紀元前300年~紀元300年のおよそ600年間をいう。その後の歴史を知る立場から俯瞰すれば、弥生時代に進行したことは、縄文時代が終わりヤマト建国に向かう転換期で起きた一連の変化だった。主な変化は次のとおりである。

①寒冷化の結果、縄文時代の人口が激減し(中期→晩期に1/3以下に減少)、人々が東から西へ民族大移動を始めた。東から西へ人口や力の重心が移動した。

②人口分布・移民増加・鉄の利用や稲作の普及などにおいて、西と東とで明暗が分かれた。

③西の中でも北部九州は朝鮮半島・中国大陸との交流・交易が活発になり、人・富・力が集中しつつあった。ちなみに九州南部は縄文文化が優勢な地域だった。

④一方、将来の都となる大和盆地では人口が増加し有力な豪族が集結してきた。

⑤邪馬台国をはじめ地域国家(クニ)が各地に誕生しつつあり、縄文時代に力を蓄えてきた大和盆地に陣取る豪族達が危機感を募らせらせた。

銅鐸と鉄器

 当時朝鮮半島・中国大陸との交易が活発になっていて、交易の拡大が国内情勢に変化をもたらしつつあった。交易を精力的に進めた地域とそうでない地域に国内は二分され、前者の力が徐々にかつ相対的に大きくなっていった。中でも特筆すべきは鉄である。歴史作家の関裕二氏は著書の中で、次のように述べている。

 「ヤマト建国に果たした銅鐸文化圏の役割が想像以上に大きかった。これは考古学が突き止めた事実である。銅鐸は稲作の伝来とほぼ同時期に(紀元前10世紀頃)に朝鮮半島からもたらされたが、やがて西日本の多くの地域で地中に埋納されてしまった。その代表例が出雲の荒神谷(こうじんだに)遺跡である。遺跡からは銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土している。銅鐸を埋めてしまった地域には鉄器がもたらされ、強い王が生まれた。その一方で、近畿地方や東の地域では弥生時代後期に至っても銅鐸文化が維持された。」(資料1)

 「弥生時代後期には北部九州が大量の鉄を手に入れて寡占状態を保っていた。北部九州は山陰や瀬戸内海に鉄を供給したが、奈良盆地は鉄の過疎地となった。」(資料1)

 大和盆地に東日本からの人々が集結し、大陸との関係の活発化などの情勢変化を踏まえて、ヤマトに勢力を張った東の勢力の中から、北部九州や出雲の勢力を制圧して日本を統一しようとする動きが活発となった。

大和盆地に出現した大規模集落

 民族大移動について関裕二氏は次のように分析している。「東から西への民族大移動の結果、3世紀初頭には奈良県三輪山麓の扇状地、「纏向(まきむく)」に忽然と前代未聞の大規模集落が出現した。その南には日本初の市場である海拓榴市(つばいち)も登場した。さらに大和盆地に東海地方の人々が集結し、慌てて各地から人々が押し寄せてきたことが、一気にヤマト建国の機運を高めた要因となった。」(資料1)

 但し、纏向に大きな集落ができ市場まで誕生したことが、ヤマト建国の原因だったのかそれとも結果だったのかははっきりしない。ヤマト建国という大事件の一幕であっただけでなく、九州や出雲などを除き大和盆地が次第に中核地域となっていったことは間違いない。

 大和盆地に人が集まるようになったのは、瀬戸内海に面した河内、日本海に面した丹波、さらに尾張や東海の豪族にとって、大和盆地が日本の都となるに相応しい要件を備えていたからだろう。大和盆地の地政学的な重要性を当時の実力者が理解していたと考えられる。大和盆地を押さえるものが日本を押さえるというように。

地域国家(クニ)の誕生

 中国の『漢書』は、紀元前1世紀頃に「倭国に100ほどのクニが存在していた」と伝えている。これを素直に解釈すれば、中国から眺めると「海を隔てた向こうに倭国という国があり、そこには100程の小さなクニがある」という、ぼんやりとした認識である。倭国というのはそれらの集合体をそう呼んだということで、統一国家の名称ではない。何故なら紀元前1世紀に統一国家は存在していないからだ。クニというのも極めてあいまいである。むしろ『漢書』の記録は、恐らくは地方ごと豪族ごとの集落もしくは集団がバラバラに存在していたという状況を描写したものだろう。

 それからおよそ200年後、ヤマト建国前夜には少なくとも以下の四つの勢力がはっきりと存在していた。

①朝鮮半島・大陸との交易を重視する北部九州勢力

②環日本海交易圏を志向していたタニハ勢力(丹波・但馬・若狭を地盤とする、海部・尾張・安積・物部という出雲系の氏族で構成される集団)

③縄文出身で最初に進出して、大和盆地を最初に押さえた東海勢力

④3世紀の河内(現在の大阪)を支配していた吉備勢力(瀬戸内海)

 地域国家論で知られた歴史学者の門脇禎二氏は、ヤマト建国前夜には出雲、丹波、若狭、吉備などの地域国家が存在していたと主張している。魏志倭人伝にある邪馬台国と女王卑弥呼の存在については、存在自体を疑問視する説もあるが、もし存在していたとすれば、タニハや吉備に匹敵するクニであったと考えられる。 

 そして2世紀後半(147-189)に北九州、出雲、丹波で「倭国の大乱」が起きたという記述が中国の複数の歴史書にある。大乱では出雲勢力が敗れタニハが勝利したという。タニハは海部、尾張、安積、物部という出雲系の氏族で構成されていて、出雲の分家が本家を破ったことになる。タニハはまた出雲の背後で暗躍する北部九州勢力と対峙していて、ヤマト建国よりも、環日本海交易圏を志向していたという。(資料1)

 以上の情報を総合すると、ヤマト建国前夜の状況は次のようなものだったと考えられる。

①紀元前1世頃に、地域ごと豪族ごとの集落や集団が多数存在していた。

②それから2-3世紀を経て人口が増加し集落や集団の規模が大きくなり、銅器や鉄器の普及とともに豪族の力が増大した。

③その過程で有力な豪族が台頭して、土地や富或いは主導権を巡る紛争が増加した。

④やがて紛争が拡大してクニから統一国家へと向かう潮流が形成されていった。

⑤諸勢力の中から、統一国家建設の中核勢力と実力者が絞られていった。 素直に解釈すれば、倭国の大乱は③から④に相当する時期に広範囲に起きた紛争と考えられる。「大乱」という用語に拘れば④に相当し、ヤマト建国に至る重要な過程だったと考えられる。何れにしてもヤマト統一という事件は優に100年に及ぶ大事件だった。

日高見国と大和

 東北大学名誉教授だった田中英道氏は記紀と風土記に記述があることと、鹿島神宮の周辺に「高天原」という地名が現存していることから、縄文時代には既に「日高見国(ひだかみこく)」という国家が存在していて、ヤマト建国とともに日高見国と大和が合体して「大倭日高見国」となったと述べている。(資料2)

 祝詞(のりと)に書かれているように、日本はもともと大倭日高見国という国だった。既に述べたように、縄文時代中期には人口の95%以上が中部、関東、東北に集まっていた。その後「大倭」が残り「日高見国」が記憶から薄れていったのは、歴史を書く史部(ふひとべ)に帰化人が多く、その事実を知らなくなっていたからだ。(資料2)

 ヤマト建国以前に東に日高見国が存在したことが事実とすると、大和盆地に進出した勢力が日高見国の勢力であって、北部九州や出雲を中心に新興勢力が台頭してきた変化に直面して、併合しようと考えたことがヤマト建国の動機だったと解釈できる。

 ちなみに祝詞とは、祭典に奉仕する神職が神に奏上する言葉である。「延喜式(えんぎしき)」という律令の施行細則をまとめた法典には、現存する最古の祝詞として「朝廷の祭儀に関わる二十七編の祝詞」が収録されており、現在でも重視されている。(参照:神社庁HP)

 「弥生時代になると、中東から流浪の民である古代ユダヤ人も入ってきた。こうして日高見国から倭国に人口が移動し始めた。寒冷化が進み、三内丸山遺跡など寒い東北や北海道での竪穴式住居では次第に生活できなくなっていったのだ。そして神武天皇と共にほぼ西への移動が完了した。高天原から天孫降臨したという神話はそれを意味している。」(資料2)

天皇家の祖を巡る謎

初代天皇は誰か

 そもそも初代天皇は誰か?候補は第1代神武天皇、第10代崇神天皇、第15代応神天皇の三人に絞られる。しかし神武東征が応神天皇による東征の焼き直しと考えられることと、神武天皇の即位年が無理やり紀元前660年とされたことなどから、神武天皇から第9代開花天皇までは天皇家の系譜を体系化するために創作された可能性が高い。

 しかし丸ごと創作するのであれば、歴代天皇の在位を操作する必要はなく、天皇の数を増やせばいいだけだ。そうしなかったということは、神武天皇から開花天皇まではヤマト建国以前の時代で、実在した人物(豪族の実力者)をもとに造られた偶像だった可能性が高い。

 ヤマト建国以前には縄文から連なる長い歴史があり、既に地方には多くの豪族が存在していたことから、歴史上突然にしかも短期間でヤマト建国が行われたと考えることには無理がある。歴史上の何処かでヤマト建国がなされたことは事実だが、それ以前には複数の有力豪族による連携やら対立やら、或いは地域国家の台頭などの事件や紆余曲折があったと考えられる。日本書紀は編纂された時に整然と体系化された物語であり、史実を忠実に描写したとは限らない。

記紀編纂の方針

 神社の伝承から古代を読み解くことに挑んでいる佐藤洋太氏が著書の中で、記紀の編纂について興味深い点を指摘している(資料3)。それは、記紀を編纂した時に少なくとも二つの方針があったというものである。一つは神武天皇の即位を紀元前660年に据えたことであり、他一つは「万世一系」を守ることだった。以下に要点を説明する。

 初めに、日本書紀によれば神武天皇の即位年は西暦の紀元前660年とされるが、これは史実ではなく、中国の『讖緯(しんい)説』を用いるために、その年代まで引き延ばされたものだ。どういうことかと言えば、紀元前660という年は、暦の六十干支(ろくじっかんし、つまり「えと」)が辛酉(かのととり)で「帝王が変わる」年と言われ、さらにそれが21回繰り返された特別な年にあたり、「国が興る」年であるという。(資料3)

 六十干支と讖緯説を知っていた編者が、天皇の歴史を体系化するにあたり、初代天皇の即位年を西暦660年としたということである。神武天皇即位の年を紀元前660年に据えた結果、神武天皇127歳、神功皇后摂政在位69年など、上古の天皇の寿命と即位年があり得ない程に過去に大幅に伸ばされた。

 もう一つの方針は、「万世一系」に反する不都合な天皇の存在は、たといそれが史実であったとしても天皇家の系譜から削除することだった。代表的な例が邪馬台国の女王卑弥呼と台与(とよ)である。これについては後述する。

三人のキーパーソン

 ヤマト王権誕生以前に大和を支配していたのは東海系のナガスネヒコだったが、その後吉備のニギハヤヒがヤマトに乗り込んできて、ナガスネヒコから大和の支配権を奪った。さらにその後東征を終えて第15代応神天皇が大和にやってくると、ニギハヤヒは王権を応神天皇に譲った。これが日本書紀に書かれている物語であり、ヤマト建国の物語の核心部分である。歴史の世界でこの三人は同じ時代を生きた人物であり、ヤマト建国に直接関わった当事者と考えられる。

 時代背景として注目すべきは、吉備で生まれた埋葬文化が発展して大和で前方後円墳が誕生し、前方後方墳を造り上げた近江・東海と前方後円墳の原型を造っていた吉備が合併してヤマト建国の中心勢力を形成していた事実である。しかも大和盆地では吉備勢力が主導権を持っていたという。(資料1)

 そう考えると、吉備のニギハヤヒは東海のナガスネヒコよりも実力・格が上で、そのニギハヤヒから見て応神はヤマト王権の正統の存在だったことになる。応神天皇は系譜では仲哀天皇と神功皇后の子だが、実際は武内宿禰(すくね)と神功皇后の子だったという説もある。

 記紀は崇神天皇の母と祖母が物部系だったと記録している。もしそれが史実であれば崇神天皇は実在した人物で、さらに物部氏の祖がニギハヤヒだったことを考慮すると、ニギハヤヒが崇神天皇だった可能性が高い。

天皇家の祖を考える

 天皇家の祖は誰か。この謎を幾つかの視点から検証してみよう。

 第一の視点は豪族である。天皇家の祖と近い関係にある豪族としては物部氏の他に、蘇我氏、海部(あまべ)氏などが知られている。物部氏は日高見国=縄文系の豪族でニギハヤヒを祖とし、神道を推進する代表格である。

 一方、蘇我氏は秦氏の流れを組む新興勢力で仏教推進派だった。蘇我氏の祖は武内宿禰である。武内宿禰は第8代孝元天皇の孫にあたり、古事記によれば第12代景行天皇から第16代仁徳天皇に仕えた伝説上の忠臣で、蘇我氏をはじめ多くの中央有力豪族の祖として知られている。つまりヤマト王権成立前夜で最も影響力のある豪族は武内宿禰だったことになる。

 海部氏は、京都府丹後半島の籠神社(元伊勢神社の一つ)の宮司を代々務める由緒ある家柄で、現代の当主は第83代であるという。国宝に指定されている海部氏系図を辿ると、祖先は天皇家と深い関りを持っていることが分かる。

 第二の視点は神社との関係である。天皇家と深い関りがある神社に関して論点を整理してみる。以下の理由から、記紀が編纂されたときに、鹿島神宮と香取神宮はさまざまな意味で天皇家に近いと認識された存在だったことが明らかである。

①天皇家は縄文時代からの太陽神を祖とする。

②日本書紀が明記しているように、鹿島神宮創設は神武天皇即位と同じ年で、「紀元前660年の辛酉(かのととり)」であり、香取神宮創設はその18年後である。

③鹿島神宮は中臣氏(藤原氏)の祖先神を祀る神社であり、香取神宮は物部氏の祖先を祀る神社である。

④江戸時代以前に「神宮」を名乗る神社は、鹿島・香取両神宮に加えて伊勢神宮しか存在しなかった。鹿島・香取とも縄文時代を代表する神社であり、日高見国と深い関りをもっている。しかも両神宮とも本州最東端、即ち最初に太陽が昇る地にある。

 第三の視点は、ヤマト建国に関わった人物である。既に述べたように、ニギハヤヒ(饒速日命)がナガスネヒコ(長脛彦)から大和の支配権を譲り受けた物語が、いわゆる「大和への天孫降臨」と考えられることから、そうすると初代天皇=崇神天皇=ニギハヤヒの可能性が高まる。

 第四の視点は、記紀の編集方針である。既に述べたように、日本書紀が編纂されたときに考慮された二つの方針は、神武天皇の即位年を紀元前660年とすることと、「万世一系」を貫くことだった。

 上記視点を考慮し、この謎を改めて俯瞰してみると、初代天皇は誰かと問うこと自体あまり意味がないように思われる。そう考える理由は二つある。第一に、ヤマト建国は1万年以上続いた縄文時代が終焉し、新しい時代へ移行する転換点で起きた事件であり、整斉粛々と進んだ筈がなく、多くの事件や紆余曲折を乗り越えて成し遂げられた偉業である。その紆余曲折のどこが新体制の始まりなのかと問うことにどれほどの意味があるのかだ。

 第二に、そもそも祖先を辿ってゆけば祖先は過去に遡るほど収束してゆき、ミトコンドリア・イブではないが、全ての人の祖先は最終的には一人の人物に行き着くことになる。

 天皇家の場合も同じで、祖は誰かと辿ってゆけば当時の複数の有力豪族と共通の祖先に辿り着くであろう。何故なら当時の有力な豪族の中から天皇家が誕生したと考えられるからだ。しかもその有力な豪族が一つとは限らない。むしろ複数の豪族の遠い祖先が後の天皇家と深い関係にあったとしても何ら不思議ではない。天皇家の祖と有力豪族の祖を辿る「複数の糸」は絡み合っていて、単純な形には収束しないであろう。

日本書紀の信憑性

 「天皇」という称号を最初に使ったのは第40代天武天皇であるが、日本書紀では神武以降の歴代が天皇と称されている。つまり記紀を編纂した人々が、天武天皇期に初めて使われた「天皇」という称号を、実存がはっきりしない神武にまで遡って当て嵌めているために、ヤマト王権の真の初代が分からなくなっているのである。これをミステリーと捉えれば、そこには日本書紀を編纂した作者の意図が隠れているのかもしれない。

 日本書紀は歴史書ではなく、天武天皇(673~686)が編纂を命じて、第44代元正天皇の720年に完成した物語である。ヤマト王権成立の物語は、縄文時代が終わって弥生時代を経て古墳時代が始まる転換点において、文字が存在しなかった時代の記憶と伝承をもとに綴られた、新体制の成立を体系的に描いた物語なのだ。

 日本書紀の記述の信憑性を考える上で、考慮すべきことがもう一つある。それは日本書紀を編纂した中心人物が藤原不比等だということだ。不比等は中臣鎌足の子で、父の鎌足は645年に起きた「乙巳(いっし)の変」で、中大兄皇子(後に第38代天智天皇)と共謀して挙兵し、蘇我入鹿を暗殺し蘇我宗家を滅亡させている。蘇我氏は武内宿禰の系譜に名を連ねる豪族である。

 関裕二氏は、「日本書紀の編者である藤原不比等からすれば、蘇我氏の祖の功績を歴史に残す気はなく、蘇我氏の祖が天皇家の系譜に名を連ねる事実も隠ぺいし神話に封印した」という。(資料1)つまり日本書紀編纂の背景には、藤原氏と蘇我氏の主導権争いがあり、両豪族とも天皇家の系譜と深い関りを持っている。「天皇家の祖は誰か」を考える上で、その片方が日本書紀編纂の中心人物だった事実を軽視すべきではないだろう。

ヤマト建国に関わる謎

倭国の大乱

 日本の古代は、縄文時代が16,500~2,300年前、弥生時代は紀元前300~紀元300の600年、古墳時代はヤマト建国の3世紀後半以降と区分される。そしてヤマト建国と同時に古墳時代が始まった。

 弥生時代にヤマト建国に至る過程で起きた事件に関しては、未だに解明されていない謎が存在する。その代表的なものは倭国と邪馬台国、並びに卑弥呼に関わるものである。以下に要点を整理する。

 謎1:倭国とはどこに存在したのか。九州北部か、出雲から畿内にかけてか、北九州・畿内・山陰に及ぶ広い地域か。視点を変えれば、倭国は一つの地域国家(クニ)だったのか、それとも統一国家だったのか。

 Wikipediaの記述を引用すれば、「倭ないし倭人が、中国の歴史書に登場するのは、弥生時代中期の紀元前150年頃のことであり、中国では、『漢書』に記された前漢代にあたる。『漢書地理志』によると、紀元前2世紀から紀元前後頃にかけて100余りのクニを形成していたことが知られていた。」という。

 謎2:147~189年頃に倭国で大乱が起きた。中国正史でいう大乱は王朝の交代を意味するというが、「倭国の大乱」はヤマト建国の一過程だったのか、それとも地域的な事件だったのか。

 200年頃、邪馬台国で卑弥呼が即位したという。倭国は元々男子の王が統治していた。紀元57及び107年に、倭国から後漢に遣使していて、57年遣使の時に光武帝から金印を授かっている。

 謎3:そして卑弥呼は248年に死去し、壱与または台与(イヨ、トヨ)が女王に即位した。「卑弥呼は倭国の大乱で死亡した、若しくは殺された」という説もあるが、上記年代が正しいとすれば、倭国の大乱と卑弥呼死亡の年代は合致しない。また、卑弥呼の即位が200年頃で死亡が248年であれば十分長寿であり、老衰だった可能性もある。

邪馬台国

 邪馬台国は266年以降歴史から姿を消している。理由は不明である。

 Wikipediaでは、「ヤマト王権は大和盆地及び河内平野を本拠とし2〜3世紀頃に瀬戸内海周辺、山陰及び北九州を含む西日本全域、東海などの地域にまで勢力を及ぼし、原始的な国家ないし国家連合として成立し、纏向遺跡などの計画都市を造営した。4世紀以降では関東・北陸・南九州などをも統合、王権の象徴となる巨大な前方後円墳を築いた。」とある。

 ヤマトによる国家統一は2~4世紀にかけて段階的に地域を拡大していったことが分かる。そうだとすれば、その過程で地域国家(クニ)は順次平定されていったことになり、「266年頃に邪馬台国がヤマトに平定され消滅した」可能性は十分あり得る。そして、もしそうであれば邪馬台国は一地方に存在したクニだったことになる。

 このように倭国と邪馬台国、女王卑弥呼を巡る謎は多い。佐藤洋太氏は「卑弥呼(初代女王)と台与(2代女王とよ)は地方国家の女王ではなく、天皇家の系譜の中にいた可能性が高い」と考察している。台与は266年に30歳で崇神天皇と結婚したとされるが、台与の父親が不明であり、卑弥呼と台与を天皇家の系譜に組み入れると、「万世一系」が崩れるために、系図から排除されたという。(資料3)

神功皇后

 日本書紀によれば、第10代崇神天皇(紀元前97~紀元前30年)と第15代応神天皇(紀元270~310年)の間には、4人の天皇がいて、更に天皇が不在だった神功皇后の摂政期(201~269年)がある。この間に倭国の大乱(2世紀後半)が起き、ヤマトタケルによる熊襲征伐(2世紀末)があった。

 西暦に置き換えるとこのとおりだが、数字が過去に大幅に引き伸ばされているので、そのまま受け止めることはできない。疑問点は次のとおりである。

①崇神天皇の在位は67年に及ぶ。

②崇神天皇から応神天皇まで6人の天皇が407年を統治している計算になり、単純計算で平均任期は約68年である。

③但しその間に、神功皇后が摂政を務めた期間が68年あり、この期間天皇は不在だった。

 67~68年という数値が均等に割り振られて、作為的に全体が引き伸ばされた感がある。前述したように、これは神武天皇即位年を紀元前660年としたために引き伸ばされた結果である。

 ヤマト王権成立前夜の事件として、もう一つの事件がある。それはヤマトタケル(第12代景行天皇の子)、第14代仲哀天皇(同孫)、神功皇后(仲哀天皇の后)が揃って北部九州に遠征していることだ。西暦に換算して比較すると、神功皇后の摂政期は卑弥呼が死亡した248年と重なっている。

 ここから「神功皇后が邪馬台国を滅ぼし卑弥呼を殺害した」という説が出てくるのだが、崇神天皇から応神天皇に至る系譜自体が過去に引き伸ばされていることを考えれば、むしろ佐藤洋太氏が言うように、卑弥呼の存在を表舞台から消去するために神功皇后の摂政期を重ねたという解釈の方にリアリティがある。

ヤマトタケル

 ヤマト王権による日本統一を成し遂げるために、出雲勢力と北部九州勢力を従わせることが必須要件だったことは事実だが、年代を不問としても、神功皇后の大遠征もヤマトタケルによる熊襲征伐も史実なのかどうかはっきりしない。

 蒲池明弘氏は、ヤマトタケルの征伐は天孫降臨とは全く関係なく、火山噴火の混乱の歴史を辿った記憶を綴ったものだと、次のように解釈している。

 ヤマトタケルが西国遠征で成し遂げた仕事は、九州南部と出雲の勇者を殺したことだけである。ヤマトタケルの戦いをヤマト建国の戦争の一幕とするには不審なことが多い。ヤマトタケルの戦いの舞台となった九州南部と出雲は、国譲りと天孫降臨の舞台と完全に重複する。ヤマトタケルが九州南部と出雲で殺したのはクマソタケルとイズモタケルで三人の名前は固有名詞ではなく、<タケル>という抽象的な存在でしかない。もし<タケル>が火山に象徴されるエネルギーを示しているのなら、九州南部と出雲の「火山的混沌」に他ならず、ヤマトタケルの西国遠征は天孫降臨と国譲りの焼き直しでしかない。(資料4)

伊勢神宮

 伊勢神宮はいつ造営されたのか。アマテラスは天皇家の皇祖神だが、第41代持統天皇が692年に僥倖している以外に、その後明治天皇に至るまで歴代天皇は誰も伊勢神宮に参拝されていないのは何故か。ヤマト建国に直結する伊勢神宮には、幾つかの謎が存在している。

 関裕二氏は、伊勢神宮が今の形に整備されたのは7世紀後半のことだったことを考古学調査が明らかにしたという。(資料1)ちなみに持統天皇の在位は690~697年である。

 伊勢神宮に関して、公式HPには次のように書かれている。

 天孫降臨以来、アマテラスは宮中に祀られてきたが、崇神天皇は御殿を共にすることが恐れ多いと考え、アマテラスをふさわしい場所に祀る決意をした。

 第11代垂仁(すいにん)天皇の皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が大和、伊賀、近江、美濃、伊勢を訪ねた折に、アマテラスは「この神風の伊勢の国は、・・・美しい国である。この国にいようと思う。」と言われた。この教えに従い、皇女倭姫命は伊勢の五十鈴川の川上に宮を建てた。これが二千年前に遡る皇大神宮御鎮座の歴史である。

 垂仁天皇の在位は紀元前29~紀元70であり、考古学調査の結果と合致しない。日本書紀の編纂は第40代天武天皇が指示し、藤原不比等が編纂を統括したものである。基本的な認識として、歴代天皇の系譜も、史実と神話の関係も、伊勢神宮の整備も、天武天皇と持統天皇の7世紀に、ヤマト建国の勝者側の立場で整備されたという認識が必要である。

 京都府丹後半島に「元伊勢」と呼ばれる神社が複数ある。元伊勢神社には、伊勢神宮(内宮と外宮)造営以前に、天照大御神(内宮の主祭神)と豊受大御神(外宮の主祭神)が祀られていた。伝承によれば、伊勢を永遠の鎮座地とする前にアマテラスは25回引越しをしたという。

 「元伊勢神社」の一つに籠(この)神社がある。籠神社のHPにはアマテラスが伊勢神宮に祀られる以前の状況について興味深い記述がある。要点は次のとおりである。

 崇神天皇の御代にアマテラスは、「倭国笠縫邑(かさぬいむら)」から遷られた後、豊受大神と一緒に4年間、現在籠神社の奥宮として知られる眞名井神社の匏宮(よさのみや)に祀られていた。なお笠縫邑の現在地は不明である。

 豊受大神はそれ以前に、神代の遠く遥かな昔から奥宮の眞名井原にある匏宮(よさのみや)に祀られてきた。伊勢神道によれば、伊勢神宮下宮の主祭神である豊受大神は万物を生み出す神で記紀の始原神であり、天之御中主神(あめのみなかぬし)および国常立神(くにのとこたち)と同一神とされている。もしそうだとすれば、「始原神が遠く遥かな昔から丹後半島の眞名井神社に祀られていた」ことになる。但し、神社本庁はこの説をとらず、「豊受大御神はお米をはじめ衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神」としている。

 アマテラスは第11代垂仁天皇(紀元前29~紀元70)の時に、豊受大神は第21代雄略天皇(456~479)の時にそれぞれ伊勢に遷られた。

 その後、養老三年(719)に本宮を奥宮眞名井神社から、現在の籠神社へ遷し、社名を吉佐宮(よさのみや)から籠宮(このみや)と改め、天孫彦火明命(ひこほあかりのみこと)を主祭神としてお祀りした。ちなみに彦火明命は海部家の祖である。

 豊受大神は古事記には登場するが、日本書紀には登場しない。もし始原神であるとすれば、とても不可解という他ない。この事実をどう理解すればいいのだろうか。この謎を解くカギは、日本書紀と古事記の違いにある。

 日本書紀が歴代天皇の系譜を天皇家側から綴った、藤原不比等の編集意図が反映された書であるのに対して、古事記は各地の風土記の記述にも配慮した、さりげなく日本書紀の記述に異議を唱える書、言い換えればヤマト建国における敗者側の視点から綴られた書である。豊受大神が丹後半島の眞名井神社に神代から祀られていたことと、アマテラスよりも大幅に遅れて伊勢神宮下宮に主祭神として祀られた事実を合わせて考えれば、豊受大神はヤマト建国の敗者、即ちヤマト王権に制圧された豪族の祖先として祀られていた可能性がある。

参照資料

 1.『イザナキとイザナミの正体』、関裕二、PHP新書

 2.『日本創生史』、田中英道、ダイレクト出版

 3.『神武天皇と卑弥呼の時代』、佐藤洋太、古代史考証

 4.『火山で読み解く古事記の謎』、蒲池明弘、文藝出版

日本文明の源流を探る(1)

はじめに

 私がウェブサイトを開設した目的は、戦後既に充分な時間が経過し、国際社会が激動してゆく中で日本の立ち位置を再認識して日本の役割と進路を明らかにすることにあった。世界における日本の立ち位置を知るためには、日本文明と歴史を理解することが不可欠である。役割を知り進路を描くためには日本文化のユニーク性、日本人の資質、能力を的確に認識しなければならない。

 しかし残念なことにこれらは最も重要なことでありながら、学校教育では全く教えてくれない。私は歴史の専門家ではないので、歴史を正確に理解する立場にはない。正確さよりも大掴みに理解することを重視する。空間軸と時間軸の上に全体像を描き本質を探ることに取り組みたい。「思考の作法」というのは、そのために必要な思考法である。

 古代天皇の正統性は、天皇家の系譜に名を連ねることで担保され、初代天皇は神の系譜に名を連ねることで担保されている。日本書紀という書物は正にその系譜を体系的に整理したものである。但し天武天皇期の「政権」が編纂したいわば「官製の広報」であることから、記紀には自ずと史実と神話、真実と創作が入り混じっている。

 ヤマト建国は言わば群雄割拠という混沌の中から、1世紀以上もの長い時間をかけて自律的に生まれた秩序である。この認識に立って考えれば、天皇家の正統性が最初から整然と存在したと考えることには無理がある。

 この目的意識と認識を踏まえて、日本文明の源流に迫りたい。

 日本文明の源流とは、①16,500年前に遡る縄文文明の誕生であり、②弥生を経て古墳時代に向かう時期に起きた日本という国体の成立であり、③聖徳太子が進めた「神仏習合」という選択であり、④「神仏習合」を基盤としてその上に形成され錬磨された日本文化と日本人の誕生に関わる。

日本人の祖先

太陽信仰の集団

 結論を先に言えば、今から約6万年前、アフリカ大陸を出てシナイ半島を経てユーラシア大陸に渡ったサピエンスの集団がいた。それから3~4万年程の歳月をかけて、優に1千世代を超える彼らの子孫が世界中に拡散しそれぞれの地において、現在の諸民族の祖先となった。「the Great Journey」と呼ばれる大事件である。

 東北大学名誉教授だった故田中英道氏は著書の中で、何故彼らはそのような大胆な行動をとったのかという問いに対して、「旧石器時代の人々が寒い時代に暖かいアフリカを離れる必要はなかった筈だ。当時のアフリカは砂漠の多い乾燥地帯ではなく、森も泉もあったからこそ人類が発生したのだ。それでも出アフリカを敢行した集団がいた。そこを離れる動機はもっと強く精神的なものだった筈だ。」と述べている。(資料1)

 彼らの一部が3万年以上の歳月をかけて、はるばる日本列島までやってきた訳だが、アフリカを出た集団が「旅の目的」について構想を持っていたとは考えにくい。「旅の始まり」という自覚すらなかったに違いない。東へ東へという行動も、親から子孫へ命題として申し送られたものではないだろう。それぞれの時代を生きた人々が、毎日昇っては沈む太陽を見て、本能に基づいて自発的に行動したのだと思われる。そしてその「東へ」という動機は、弥生時代末期の「神武東征」に継承されているのである。

 縄文時代の始まりは、発見された最古の土器の年代から、今から16,500年前とされている。以降3,000年程前まで続いた縄文時代は、アフリカから太陽信仰を持つ人々が日本列島に辿り着いた時から始まったのである。 

日本列島最古の人類

 但し、縄文時代以前、サピエンスの祖先集団が日本列島にやってくる以前の、旧石器時代の人骨が日本各地で発掘されている。岩手県遠野市の金取(かねどり)遺跡、浜松市で発掘された浜北(はまきた)原人、沖縄で発掘された港川(みなとがわ)人などだ。最古の人骨は石垣島の洞窟で発掘された2.7万年前のものである。

 浜北原人は浜松市の根堅洞窟で発掘された20代女性の同一個体の化石人骨で、更新世後期の旧石器時代の人骨と推定された。縄文人と類似した形質からその祖形と推測されている。

 一方、港川人は約2~2.2万年前に沖縄諸島に存在していた人類で、男性1体、女性3体の全身骨格が発見されている。石垣島の洞穴遺跡で約2.7万年前の人骨が発見されるまで、日本列島で発見され全身骨格の形で残っている最古の人骨だった。

 一体この人達はどこからやってきたのだろうか?最近の学説によれば、「出アフリカ」は約6万年前だけでなく、もっと古い時代にも何度か試みられた可能性があるという。縄文時代以前の旧石器時代の祖先集団について、今後新しい発見が出てくることを期待したい。

日本人の祖先

 福島県新地町にある三貫地(さんかんじ)貝塚から出土した縄文人の骨や歯についてDNA分析が行われた。その結果、2~4万年にアフリカからアジアに渡った集団の子孫であることが判明した。さらにDNA鑑定は、出雲人と東北人が近い関係にあることを明らかにした。古事記神話には出雲に関わる話が多く、またヤマト建国には出雲が深く関わっている。これは国譲りの物語が「何故出雲だったのか」の問いを考えるヒントになる。田中英道氏は「高天原系=日高見国系が出雲系と関係が深いことを示しており、国譲りの神話が現実味を帯びてくる。」という。(資料1)

 もう一つ重要なことが明らかになった。日本には旧石器時代の遺跡が1万以上もあるが、朝鮮半島には50程しかないという。これは祖先集団はアジアから陸路ではなく、海路で直接やってきた可能性が高いことを物語っている。(資料1)

縄文という時代

寒冷期

 最後の氷河期は「最終氷期」と呼ばれる、約26,000~約11,700年前の期間をいう。この時期、地球の気温は非常に低く、北半球の広い範囲に厚い氷が広がっていた。さらに最終氷期が終わり、温暖化が始まった12,900~11,500年前に、北半球の高緯度地方が急激に寒冷化に逆戻りした事実が明らかになっている。これは「ヤンガードリヤス寒冷期」と呼ばれる。

 日本列島では縄文時代後期から弥生時代前期、具体的には約6,000年前~3,000年前に四つの寒冷期が存在したという説がある。(資料4)

 ここで縄文時代における日本列島の寒冷化について、現在明らかになっている事項を整理しておきたい。初めに「縄文時代」というのは日本列島における時代区分で、世界史では新石器時代(もしくは中石器時代)に相当する。そして縄文時代は土器の型式から、以下の6期に区分されている。従って区分は等間隔ではなく、古い時代程長い。縄文時代に起きた寒冷期を整理すると次のとおりである。

 縄文文明の変遷を考える上で、重要な遺跡は次のとおりである。

  ①青森市にある三内丸山遺跡:縄文時代(5.9~4.2千年前) 

  ②つがる市にある亀ヶ岡遺跡:弥生時代(2,700年前)、遮光式土器

  ③佐賀県の吉野ヶ里丘陵にある吉野ケ里遺跡:弥生時代(2,300年前)

人口の変化が物語る事実

 縄文時代の人口は概ね次のように推移している。縄文時代の人口データについては、資料1から引用した。

 表から明らかなように、縄文時代の人口の変化に関して注目点が四つある。(青字)

  1)総人口が早期から中期にかけて急増し、中期から晩期にかけて急減した。

  2)早期から晩期まで、東日本に人口の大半が集中していた。

  3)縄文晩期から弥生にかけて人口が急増し、西日本で顕著だった。

  4)弥生になり人口の重心が東日本から西日本へシフトした。

 縄文時代中期以降の人口減少をもたらした最大の原因は寒冷化と考えられる。また縄文時代晩期から弥生時代に起きた東から西への人口重心のシフトは、寒冷化に加えて、朝鮮半島及び大陸からの渡来人が急増したことによる。

 今まで弥生時代に朝鮮半島からの渡来者が稲作や鉄器や仏教をもたらしたと言われてきたが、資料3によれば、縄文時代に日本列島から朝鮮半島に移民した人々がいたことと、弥生時代になると日本からの移民者が新しい技術を携えて帰国した事実が明らかになっている。

縄文文明の起源

実り豊かな日本列島

 縄文時代が始まってから弥生時代に移行するまで、凡そ14,000年の歳月が流れている。アフリカを出てはるばる日本列島に辿り着いた祖先集団が、日本列島に定住することを選んだのは一体何故だろうか?

 日本は大陸から離れた南北に長い列島であり、四季があり、周囲を海に囲まれ、中央には3千メートルを超える山々が連なり、多くの河川が流れているという恵まれた自然環境にある。その結果、山海の恵みが豊富で、世界でも稀な食料に恵まれた土地であったと思われる。海路日本列島に辿り着いた太陽信仰をもった祖先集団にとって、恐らく日本列島は住み心地のいい楽園であったに違いない。

自然災害が過酷な日本列島

 一方で、日本列島は自然災害が多く、火山噴火、地震、台風が多い過酷な土地でもあった。なかでも恐ろしい自然災害は火山の噴火である。以下は資料2及び3を参照して、縄文時代以降に日本列島で実際に起きた火山活動を整理したものである。日本列島は世界でも有数な火山大国であることが一目瞭然である。

①日本列島全体で現在約110の活火山があり、世界全体の約7%が集中している。

②日本史上最大規模の火山噴火は、富士山宝永噴火や桜島大噴火だが、巨大カルデラ噴火は  その大噴火の10~100倍以上のマグマを一気に噴出する。

③カルデラ巨大噴火は過去10万年間に12回起きている。阿蘇の噴火だけで4回起きた。

④過去12万年間に、北海道と九州にある7つの火山で11回の巨大カルデラ噴火が起きた。

⑤最後の巨大カルデラ噴火は7300年前に起きた「鬼界カルデラ噴火」である。この巨大 噴火によって南九州に暮らしていた縄文人は全滅したと言われる。

 鬼界カルデラ巨大噴火は、完新世(約1万年前~現在)に地球上で発生した最大の巨大噴火と言われる。火山灰は日本列島全域を覆い、列島の広範囲に「火山の冬」を引き起こした。当時の縄文人にとって長期間に及ぶ寒冷化と山の恵みの激減という大災害をもたらした。ちなみに噴火が起きた場所は、鹿児島県の薩摩半島から南に約50kmの海中にあり、薩摩硫黄島と竹島がその外輪山にあたる。

火山の記憶の神話化

 神話と火山の関係に詳しい蒲池明弘氏は著書の中で、哲学者だった梅原猛氏の洞察を紹介している。梅原猛氏は神道の始まりについて次のように述べたという。「恐ろしいもの、祟りをなすものを神と祀って供物を捧げ、心を和らげ、かえって自分たちの守り神にする、それが日本の神祀りの根源であるとすれば、火山こそ最も恐ろしい、そして最も尊い神である。」(資料2)

 また蒲池明弘氏は次のように述べて著書を締め括っている。「鬼界カルデラ巨大噴火に遭遇し、この世の終わりを思わせる程の出来事を経験した人達はきっと、巨大噴火とその後の恐るべき<永遠の夜>について世代を越えて語り継いだ筈だ。古事記神話の神々がその記憶と結びついている可能性がある。火山には成長と死、喜怒哀楽があるが故に、普通の山とは全く異なる表情を持っている。地震や台風ではなく、なぜ<火山の記憶が神話化する>のかと言えば、その光景の荘厳さ、美しさにある。」(資料2)

 日本は世界有数の火山国である。前項で紹介したのはひとたび噴火が起きれば、その被害が日本列島全域に及ぶような巨大なカルデラ噴火である。最近では富士山の再噴火が懸念されているが、通常の火山噴火が縄文時代にどれほど起きて、どれほどの被害をもたらしたのか、縄文時代を生きた人々がどれほど火山噴火に翻弄されたかは想像の域を超えている。

神道の原型

 梅原猛氏の「縄文時代を生きた人々にとって火山こそ最も恐ろしい、そして最も尊い神」であったという洞察も、蒲池明弘氏の「火山の記憶が神話化し、神話の中に伝承し表現された」という洞察も非常に説得力がある。

 そう考えれば、豊かな自然と水、山海の豊富な恵みがある一方で、過酷な自然の脅威がある日本列島に定住することを選択した古代人に、祖先と自然の脅威を神とする信仰が芽生えるのは極めて自然の成り行きであったという他ない。

 世界でも有数の火山列島という環境の中で、神道の原型が自然に生まれ、さらにそれが人々の伝承として語り継がれ。やがて記紀の神話の中に取り込まれた。しかもその歴史的体験と伝承は現代人の我々にも無意識の領域で記憶されていることは言うまでもない。

神社の起源

 日本人の祖先集団がアフリカを出て東へ東へと移動を続け、気の遠くなるような歳月をかけて日本列島までやってきた。太陽信仰が出アフリカの動機であり、しかも1万年以上もの長い歳月をかけて何代もの子孫に継承されてきたことを考えれば、日本列島に到着した彼らが「最初に太陽が昇る最東端」の地を目指して移動したであろうことは容易に想像できる。

 地図も磁石も時計もない古代、最初に太陽が昇る地を求めて難行の末に辿り着いたのはほぼ最東端の地に位置する香取・鹿島だったと思われる。そう断言する理由は、ここには二つの由緒ある神社があるからだ。鹿島神宮と香取神宮である。神道の起源、ヤマト王権の起源、天皇家の起源について考える上で、この二つの神宮が重要な意味を持っていることについては後述する。

 鹿島神宮は神武天皇が即位した年(紀元前660年)に創建された。創建年は、記紀に書かれているので、ヤマト王権の公式情報である。主祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)である。一方、香取神宮の創建は神武天皇の御代18年と伝えられ、主祭神は日本書紀の国譲り神話に登場する経津主大神(ふつぬしのおおかみ)である。

 古事記神話では、武甕槌大神と経津主神は共に、葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定するために高天原から降臨した神々である。

 「神宮」という別格の称号を持つ神社が、江戸時代以前には、鹿島・香取両神宮の他には皇室ゆかりの伊勢神宮だけだったという事実は、この二社がヤマト建国に深く関わる人物の神社として別格扱いされたことを物語っている。

 記紀にそう書いてあるとすれば、記紀の編纂者が、大和王権の始まりと同時に神道を国家神道と位置づけ、さらに神武天皇の守護神として鹿島神宮と香取神宮を位置づけたことになる。ちなみに鹿島神宮は藤原(中臣)氏の、香取神宮は物部氏の祖先を祀る神社である。

-第1部完-

参照資料:

1.『日本創生史』、田中英道、ダイレクト出版

2.『火山で読み解く古事記の謎』、蒲池明弘、文藝春秋

3.『火山大国日本』、巽好幸、さくら舎

4.『縄文時代晩期における気候変動と土器型式の変化』、山本直人

中国の過激な反応、試練と展望

11月7日予算委員会

 今回の事件の発端となった高市首相発言は、11月7日の衆議院予算委員会における立憲民主党岡田克也氏との質疑応答の中で飛び出した。このQ&Aの詳細については、ジャーナリストで現代ビジネス編集次長の近藤大介氏の記事から該当する箇所を抜粋して引用する。(資料1参照)

<岡田:存立危機事態について、麻生さんも安倍さんも軽々しく扱っている。存立危機事態で武力行使すれば反撃も受ける。それを避けるのが政治家の役割だ。>

<高市:あらゆる事態、最悪の事態を想定しておくことは非常に重要だと思う。台湾を中国の支配下に置くために、どういう手段を使うか。単なるシーレーンの封鎖であるかもしれない。武力行使であるかもしれない。ニセ情報であるかもしれない。だけれども、戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、まあこれは、どう考えても存立危機事態になりうるケースであると私は考える。実際に発生した個別具体的な事情に応じて、政府が全ての事情を総合的に判断するということだ。実際に武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態にあたる可能性が高い。法律の条文通りであると思っている。>

<岡田:武力行使が誰に発生することを言っているのか? もっと明確にしないといけない。・・・(台湾からの)大量の避難民、数十万人、数百万人が発生する。そういった人々を受け入れる必要がある。そういう時に、日本が武力行使をしていたら、極めて差し障りが出てしまう可能性が高い。存立危機事態、武力行使は慎重に考えねばならない。余りに軽々しく言っていないか?>

<高市:存立危機事態の認定に際しては、個別具体的な状況に則して、主に攻撃国の意志・能力・事態の規模・対応などの要素を総合的に考慮して、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることになる犠牲の深刻さ、重大性などから判断すべきものと考えている。政府として、持ちうる全ての情報を用いて判断する。これは当然のことと思っている。

 この首相答弁のどこが問題だというのだろうか。「戦艦」という用語が既に使われていないこと以外に、不適切な箇所は何もない。

存立危機事態

 初めに存立危機事態というのは、「①我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、②これにより我が国の存立が脅かされ、③国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明確な危険がある事態」と定義されている。 そして存立危機事態は、定義に書き込まれた三つの要件①~③の全てが満たされ、閣議決定され、国会の承認を得て発動される。

 元海将で、金沢工業大学大学院教授の伊藤俊幸氏は、三つの要件を満たすには情報に基づく総合的判断が必要であり、更にその後二つのステップを経て初めて事態認定されるもので、「要件に該当する可能性がある」という首相答弁は「法的一般論」を述べたに過ぎないと指摘する。(資料2参照)全くそのとおりだ。

 中国が大騒ぎしたことを受けて、日本側からも踏み込み過ぎという報道と記事が目立った。高市首相が「言わなくてもいいことを勇み足で喋ってしまったから、中国を過剰反応させた。軽率だった。」という論調だ。安倍総理が常に慎重に言葉を選んで中国抑止の発言をしてきたのと比べて、軽率ではなかったかという批評である。

 本当にそうだろうか。伊藤教授は資料2の中で、「首相が可能性を語る意義は、リスクを国民と共有し国の判断基準を透明化するためにある」と述べている。現在の国際情勢を概観すれば、ロシアがウクライナに軍事侵攻して、中国がロシアの戦争経済を支え、北朝鮮が戦場に武器と兵士を送って参戦している。イスラエルとパレスチナ・ゲリラとの戦闘が拡大し、世界が戦争モードへシフトした感がある中で、中国が台湾侵攻に踏み切る蓋然性が高まっている。この国際情勢下で首相が存立危機事態の要件について踏み込んだ答弁することは、むしろ時機を得た行動と見るべきではないだろうか。

 近藤大介氏は資料1の中で、「岡田克也氏のイチャモン質問」と書いているが、現実の国際情勢と対峙して、国民に対する安心安全の全責任を背負っている高市首相に対して、自らは評論家席に陣取って揚げ足取りの質問をしている岡田氏の方が余程無責任であると言わざるを得ない。「立憲民主党というのはどこの国の政党なんだ」という声がそれを象徴している。

 このように安全保障の危機が高まっている国際情勢において、ロジカルにはっきりモノを言う高市首相に対する国民の支持率は70%超を維持している。国民の方が敏感に危機を感じ取りリアルポリティクスを支持している事実を、野党政治家は軽視すべきではないだろう。

中国がとった威圧行動

 何れにしても中国の反応は相当に常軌を逸したものだった。中国がとった威圧行動を列挙すると、次のとおりである。

11月8日:中国駐大阪総領事がXに書き込み

14日:日本への渡航自粛を指示

16日:日本への留学再考を注意喚起

17日:各地で予定されていた日中友好行事を取りやめ

18日:報道官、高市首相の非核三原則発言に抗議

19日:18日に北京で日中局長級会議が開催され、会議終了後、ポケットに両手を突っ込んだ中国の局長に対し金井局長が頭を下げているように見える動画がSNSに拡散

18日:国連でも対日批判を展開

19日:日本産水産物を禁輸

20日:スパイ摘発強化を示唆

吹き飛んだ日中首脳会談の成果

 10月31日に開催された日中首脳会談において、習近平国家主席は「五つのコンセンサス」をしっかりと守り、実施することを強調したばかりだった。ちなみに「五つのコンセンサス」とは次のとおりである。(資料3から引用)

1.「戦略的互恵関係を全面的に推進し、相互パートナーシップ、相互に脅威とならない、歴史を鏡に未来を向く、などの政治的コンセンサスをしっかり実施する・・・」

2.「ウィンウィン協力を堅持する・・・」

3.「人々の心の交流を促進する・・・」

4.「多国間協力を強化する・・・」

5.「意見の相違を適切に管理する。大局を見据え、共通点を求め相違点を認め、一致点を集め対立を和らげ、矛盾や対立が両国関係を定義づけることを回避する。」

 このコンセンサスを相互に再確認してから、僅か1週間後に中国は相次ぐ威圧行動をとったのだった。格調高く歌い上げた戦略的互恵関係だったが、僅か1週間で脆くも崩れ去ろうとしている。

中国側が態度を硬化した原因

 一体中国側がここまで過激に反応したのは何故だろうか。多くの識者がさまざまな視点から論評しており、論点が既に出尽くした感がある。中国側が何故態度を硬化させたのかについて、ジャーナリストの青山和弘氏が分かり易く解説しているので、以下に要点を紹介する。(資料4参照)

1)日本は専守防衛の国だから、自分から攻撃することはできない。相手からの攻撃に対し反撃するにしても、反撃の根拠となる事態の認定が必要になる。存立危機事態は自分は攻撃されていないが、集団的自衛権を行使してどういう時に自衛隊が防衛出動できるのかを決めるという、極めて複雑な問題である。

2)もし台湾に米軍が来て中国が武力を行使すれば、台湾で米中戦争が起きるため、我が国の存立が脅かされる。台湾から約100km東に位置する与那国島に戦火が及ぶかも知れないし、中国が在日米軍基地を攻撃対象にするかもしれない。そうなれば日本にも明白な危険が及ぶ事態となって、存立危機事態になり得る。

3)高市首相は、ここまでエスカレートしたら確かに存立危機事態になり得るよね、という一般的な解釈として常識的なことを言ったのだが、これまでここまではっきり発言した総理は過去にいなかったことから、中国は「台湾有事に日本が自衛隊を出してくるのか、ふざけるな」という話になってしまった。

台湾を巡る国際情勢の変化

 評論家で千代田区議会議員の白川司氏は、「中国の過激な反応の原因は、高市発言よりも大阪総領事の暴言に対する日本側の反応が大きく、削除しても収まらなかったため、中国政府として引っ込みがつかなくなったことにある。」とみる。(資料5参照)

 白川氏は今回の過激な反応は三つの要因が重なったために起きたと指摘する。即ち米中戦略環境の悪化と、中国経済の停滞と、中国国内政治の力学の三つだ。

 アメリカはそれまでの台湾政策を転換して、「台湾を実質的な国家に昇格させる」方向に舵を切った。アメリカ議会では台湾関連法案が相次いで提出され、上院では『台湾保障実行法案』が可決された。そこには従来の台湾政府との公的接触制限を見直す項目が含まれている。さらに上院外交委員会は台湾の地位について「台湾住民の意思に基づかない一方的な変更に反対する」立場を鮮明にした。

 中国経済の停滞は言うまでもないだろう。国内政治力学とは、台湾政策は中国共産党にとって権力の正統性を担保する核心的利益であるために、弱腰を見せることはできず、常にファイティングポーズをとり続ける他ないということだ。

 これら三つの要因に加えて日本では高市政権が誕生して、中国に対する日本側の体制が変化している。少なくても中国にはそう見えるに違いない。何故なら高市首相の閣僚人事が親中国から親台湾にシフトしたことと、他一つは日中関係のパイプ役を果たしてきた公明党が連立政権から離脱したことだ。何れも中国にとって重大事件だったのである。

中国側のお家事情

 中国側に深刻なお家事情があると分析するのは近藤大介氏である。お家事情として近藤氏は10項目挙げているが、中でも重要な要点について紹介する。(資料1参照)

 第1は、台湾有事の際の日本の立ち位置に対する誤解だ。ウクライナ戦争におけるロシアとドイツの関係は、台湾有事における中国と日本の関係と相似形だと中国の識者は考える。即ちドイツはウクライナを支援するがロシアとは戦火を交えていないし、ロシアもドイツを攻撃する気はない。それと同じで、台湾有事が起きれば日本は台湾を支援するだろうが中国と戦火は交えない。中国も日本を叩いたりはしない。それが高市発言で日本が台湾有事を殊更に強調したものだから、「日本はウクライナになるつもりか」と誤解し仰天したというのだ。

 第2は、存立危機事態に対する誤解である。前述したように、存立危機事態の三要件の一つは「日本と密接な関係にある他国」に対し武力攻撃が発生することである。ここで「他国」は特定されておらず、日本にとっては当然他国=アメリカで集団的自衛権の発動を想定するのだが、中国は他国に台湾が含まれると誤解したというものだ。つまり、ひとたび台湾有事が起きれば、日本が参戦してくると高市首相が明言したと受け止めたことによる。もっとも現在では台湾は国として認められていないのだから、「他国」が台湾を含むという解釈は成り立たないのだが。

 第3は、高市政権が誕生したときに習近平主席は祝辞を送らなかったが、これは台湾の頼清徳総統を支援する政権が日本に誕生したと中国が受け止めたからだ。

 第4は、習近平主席は「上から目線」で見ていて、今では中国が兄貴分、日本が弟分の関係にしてゆくことを目論んでいるが、高市政権は一々「反抗」しており、それが歯がゆいというものだ。

 第5に、10月末に日中首脳会談が開催されたが、習近平主席は触れて欲しくない点を高市首相からズケズケと指摘されて、面子を潰される展開となった。これは首脳会談をセットした中国外交部(トップは王毅外相)の大失態であり、「悪いのは日本だ」と責任回避を図ろうとした。

「一つの中国」問題の再燃

 前駐オーストラリア特命全権大使で外交評論家の山上信吾氏は、日中間で「一つの中国」問題が再燃したとみる。(資料6参照)

 1952年に発効したサンフランシスコ平和条約以降、「一つの中国」は中国側の主張であって、日本政府として受け入れたことは一度もない。ウクライナ戦争以降、台湾有事の蓋然性が高まっているが、高市首相が「存立危機事態」について一般論の答弁をしたことに噛みついて、中国は「高市政権が一つの中国問題に首を突っ込んできた」と解釈した可能性が高いというものだ。

習近平が直面するジレンマ

 習近平主席は本当は高市発言に頭を抱え、ジレンマに直面しているという見方がある。ジャーナリストの石森巌氏は、「中国側の強硬姿勢には、いささか腰の引けた奇妙なチグハグさが随所に垣間見える。」と指摘する。(資料7参照)

 「腰が引けている」第1の理由はヒステリックな反発の狼煙を挙げているのは取り巻き幹部ばかりで、習近平主席本人は一言も発言していないことだ。第2の理由は日本に対し威圧をかければ、それでなくても大失速に向かっている中国経済がさらに悪化する可能性が高まることだ。

 中国では今、経済情勢が急激に悪化している。不動産バブル崩壊に起因する巨額な不良債権問題が深刻化して、経済が急失速する中、失業者が溢れ、若者には就職先がない。そこにトランプ大統領による関税制裁が襲いかかった。ここで更に日本との関係が冷え込めば、戦略的互恵関係を梃に経済を立て直したいという目論見が水泡に帰してしまうという訳だ。

 東京財団政策研究所主席研究員の柯隆氏は、悪化した日中関係について次のように分析している(資料8参照)

 「状況は複雑化しているが、日中双方とも関係をこれ以上悪化させたくないことが明らかだ。中国がとった制裁措置は何れも日本に実害の小さなものばかりで、中国では半日デモも起きておらず、日本製品の不買運動も起きていない。」

 「反日デモが起きないのは、中国経済が低迷しており若者の失業率が高止まりしているからだ。更に現在はトランプ関税戦争の渦中にあり、このタイミングで大規模な反日デモが起きれば、日本企業の中国離れが加速して中国経済にさらに深刻なダメージを与えることになる。しかも中国社会で不満が溜まっており、反日デモが反政府デモに発展してしまう恐れがある。」

 「日本製品の不買が呼び掛けられていないのは、日本製品のコアな部品は日本から輸入され中国でアセンブリが行われているので、不買運動が起きれば、結果的に中国企業を制裁することになるからだ。」

事態を悪化させた中国総領事の暴言

 高市首相の発言に関わる中国の反応よりも、日本が警戒心を最高度に高めたのは駐大阪の薛剣中国総領事によるXへの投稿記事だった。「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と書き込んだメッセージは、ジャーナリストで産経新聞論説委員長を務めた乾正人氏が言うように、「高市首相殺害を予告する脅迫文」と認定されてもおかしくない。政治的判断を別とすれば、毅然と「ペルソナ・ノン・グラータ(ラテン語で、好ましからざる人物)」指名して国外追放すべき悪行である。(資料9参照)

 総領事によるこの記事は高市首相答弁翌日の11月8日土曜夜に投稿されて、投降後に削除されている。ここに謎が二つある。一つは総領事個人の行動か、それとも中国政府の指示または了解に基づく行動かであり、他一つは感情的な反発か、それとも計算された意図的行動かだ。

 前述の白川司氏は、次のように分析する。「注意すべきは、中国政府が激しい口調で制裁をちらつかせながら答弁の撤回を言い出したのは、大阪総領事が高市首相に対する暴言を投稿し、削除しても日本国内からの批判が集中した後である点だ。これは今回の中国政府の過剰な反応が、高市首相の答弁自体より大阪総領事の暴言問題で引っ込みがつかなくなったからだと考えられる。」(資料5参照)

 この総領事は2021年夏に着任して以来、SNSで過激な発言を繰り返してきたいわく付きの「戦狼外交官」だったという。高市首相発言は法的に正当な答弁であり、<論理的に反論できないから暴言で威嚇した>と考えられる。

 在日台湾人団体が出した共同声明には「中華人民共和国は台湾を支配したことは一日もなく、中国が台湾の主権を主張したいのであれば、その根拠を明確にし、台湾人の同意を得られるよう努力すべきだ。」と書かれている。<台湾に関わる中国の権利主張には歴史的な根拠が全くないから「戦狼外交」を展開する他ない>のである。(資料10参照)

増加する戦狼外交官

 産経新聞論説委員兼政治部編集委員の阿比留瑠比氏は、次のように分析する。「戦狼タイプの外交官が近年急速に増えている。習近平政権の強硬な対外路線があり、強気で挑発的な発言をする方が上層部に評価されることが背景にある。これはやがて諫言する者が誰もいなくなる独裁国家の病弊の表れだ。」

 王毅外相自らも、「日本の現職の指導者が台湾問題に武力介入を企む誤ったシグナルを公然と発し、言うべきではないことを言った。触れてはならないレッドラインを越えた。」と発言したが、日本通の王氏は日本側の実情を百も承知であり、この発言が習近平主席の歓心を買おうとしたものであることは明らかだ。(産経11月27日紙面)

 一方、既に紹介したさまざまな威圧行動が、中国政府の複数の部署からタケノコのように現れてきた現状について、ジャーナリストで雑誌『正論』編集長を務めた桑原聡氏は、「中国外交官の言動は独裁者に対する忠誠の結果であり、怒りよりも哀れさを感じざるを得ない。」と評しているが、本質を突いているのではないか。(資料11参照)

 本件に関して注目されるのは、米中首脳会談に出席した中国側の高官の態度について、トランプ大統領が「あんなに怯えた人間を見たことはない」と評したことだ。外交トップの王毅外相を始め米中首脳会談に同席した高官ですらそうであったとしたら、総領事の言動も推して知るべしだ。中国とはそういう国なのだと、認識を新たにせざるを得ない。

中国の常套手段

 そもそもこの事件の事の発端となったのは、立憲民主党の岡田克也氏だった。国際情勢が緊迫さを増している状況を踏まえて、「最悪の事態に備えて」台湾有事について政府と野党の間で認識を合わせておきたいという主旨に基づく質疑応答なら理解できるが、単に高市首相の揚げ足取りを狙ったのだとしたら、立憲民主党は国民の信を一層失うに違いない。

 桑原氏は、「それにつけても、哀れな中国の役人の言葉に便乗して、もっともらしい理屈をつけて高市首相批判をする政治家、メディア、評論家の何と多いことか。彼らは一体何を守ろうとしているのか。中国の国益?それとも習近平の面子?」と書き込んでいる。(資料11参照)誠にその通りだ。

 産経新聞台北支局長の西見由章氏は、中国が戦狼外交に走る歴史的背景について以下のように分析している。(産経11月27日紙面)

 「中国の戦略は、孫子兵法等の古代思想やマルクス主義の弁証法的唯物論、及び毛沢東思想が土台になっている。相手が抱える矛盾(内部対立)を利用して分断を図るのは、全ての存在は矛盾を内包すると考えるマルクス主義の弁証法的唯物論の発想に立脚している。」

 「さらに相手の選択肢を制限する行動をとり、自らが期待する行動が自然にもたらされる状況を生み出し、機が熟すのを待つ。それは老荘思想の『無為』に通じる。」

 高市首相発言を契機に中国政府は前述した制裁措置を矢継ぎ早に発動したが、正にこれは、「日本側に脅しをかけ勢いを生み出し、一触即発の機運を醸成して、野党や経済界、メディア、国民が高市政権を批判するよう仕向けて孤立させ分断を図る」ものであることが明らかだ。

中国側の識者はどう見ているか

 上海国際戦略研究所の趙楚副所長は、中国側の日本への抗議の語気は強いが、主に言葉の上に留まっており、実質的な行動はまだ取られていないと分析している。中国は日本とある程度の実質的な関係を維持したいと考えて、行動をエスカレートさせずに今後柔軟に対応できる余地を残している。ただし日中間の「政治的共通基盤」はすでに損なわれた。(資料12参照)

 たとえ現在の争いが沈静化したとしても、両国の「負の相互作用をもたらす火種」は依然として存在する。日本は世界の重要な国家として「普通の国」になることを模索しており、中国も超大国の地位を追求しているため、この構造的矛盾は間違いなく両国関係に困難をもたらす。中国の台頭にどう対応するかは日本が直面する重大な課題であり、中国にとっては日本という重要な隣国との関係を如何に適切に処理するかが大きな試練であり、従来の思考や観念はもはや適用できない。(資料12参照)

日本は泰然自若たれ

 在日台湾人団体が中心となって複数の在日の団体が連名で共同声明を出して、中国政府による威圧に抗議している。「高市首相の答弁は、日本及び周辺諸国の安全保障に関する仮定の議論の中で発せられた日本政府としての公式見解であり、何ら問題はない。中国が現状の変更を目論んで武力による攻撃を行わなければ、日本が存立危機事態に陥ることはなく、自衛隊を派遣する必要もない。・・・中国はその威圧的な言動を改めなければ、そして国内での人権問題を改善しないなら、今後も地域の最大の不安定要素であり続けるだろう。」(資料10参照)

 中国にとっては威圧的言動を改めることも人権問題の解決もできない相談であるから、中国は今後とも地域最大の不安定要素であり続けるだろう。それを前提として日本はどうすべきかを考える必要がある。

 小野田紀美経済安全保障担当大臣は、今回の事件に関して、「何か気に入らないことがあったら、すぐに経済的威圧をしてくるところに依存し過ぎることはリスクがある。」と素直な所感を述べているが、誠にその通りである。中国は戦狼外交を展開しているが、世界から見れば小野田大臣が語ったように、中国に対する警戒心と嫌悪感が世界に拡がる結果にしかならない。

 中国は経済規模において西側先進国を超えてアメリカと肩を並べるところまできたことは事実である。日本や欧州諸国からみれば、「大国に相応しい品格と作法」を身につけることを期待するのだが、中国の戦狼外交は止まらない。中国が作法を変えることは期待できない。

 では日本はどうすればいいのか。元外交官で、キャノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏は『中国共産党のトリセツ』と題した興味深い記事を書いている。「5つのトリセツ」は次のとおりであり、誠に言い得て妙という他ない。(資料13)

1.台湾と抗日は最重要問題なので安易に妥協しない

2.メンツが潰れれば制御不能となり、論理が通用しない

3.激高した後、我に返るまでには相当の時間が必要

4.その間、中国側の不利益につき熟考させることが肝要

5.妥協するにもメンツが必要なので、面倒である

 中国の作法は今後とも変わらないと仮定した上で、隣国の日本はどう付き合うべきなのか。前述した柯隆氏は次のように述べている。「経済学のゲーム理論的な考えに基づいて今後の選択肢を探ってみる。日本の国力は国際社会でリーダーシップを取れるほど強くない。日本は自らの実力を直視して、グローバル社会のリーダーを目指さずに、如何にして日本の国益を守るかを優先的に考えるべきだ。日米同盟に頼りすぎない主体性のある安全保障戦略を描く必要がある。ここで問われるのは安全保障にかかわる日本の主体性だ。日本は国際社会に貢献することができるが、覇権国家にはなれない。重要なのは日中関係だけでなく、現下の流動的な国際情勢を正しく認識して、日本の取るべき戦略を明確に描くことだ。」誠にこのとおりだと思う。(資料8)

多極化時代における日本の役割

 「日本はどうすべきか」という問いは、以下の三つの前提事項を踏まえて考える必要がある。

前提事項1:国家や国際社会に関わる全てのシステムは未完である

前提事項2:アメリカを含め、大国はいつの時代にも強引であり時に傲慢である

前提事項3:アメリカ1強体制から多極化へ、覇権体制が変化しつつある

 日米欧諸国は民主主義国家であり、民主主義や資本主義を基幹システムとして成立しているが、中国やロシアは専制主義国家であり、異なる基幹システムの上に構築されている。基幹システムが異なるので価値観を共有することができない。

 アメリカを含めて中国とロシアは軍事大国かつ核兵器保有国であり、時に国際社会のルールに従わない強引・傲慢な振る舞いをすることは古今東西変わらない事実である。最近ではプーチン大統領によるウクライナへの軍事侵攻がその典型例であり、習近平主席の戦狼外交も、トランプ大統領のMAGA外交も強引・傲慢という点において本質は変わらない。

 世界大戦終結後、国際秩序維持の役割を果たしてきた超大国アメリカの国力は、中国の台頭と相まって相対的に低下してきた。歴史的な動向として俯瞰すれば、大戦後の米ソ冷戦構造→アメリカ一強体制→多極化へと国際秩序の骨組みは変化してきた。現在世界は多極化に向かっているという認識に立って未来を展望すると、中国は地域覇権国を志向しており、日本は米中二大覇権国の間に位置するという地政学的立場から免れることはできない。

 前提事項1~2は、それ自体が国際秩序不安定化の原因になり得る。それに加えて現在、「アメリカ1強体制から地域覇権国の並立へ」地政学の基盤が変化しつつある。トランプ大統領がウクライナ戦争など国際社会の問題を、地域の当事国の頭ごなしに、地域覇権国である中露とアメリカで解決しようとすることがその証左である。

 この動向を踏まえて考えれば、日本の役割と進路は自ずと明らかになる。ズバリ言えば、三つの前提故に顕在化する諸課題に対し、解決のオプションを提示することにある。何故なら前提事項2及び3は当事国であるが故に覇権国には解決できないものだからだ。

 ウクライナ戦争勃発以降、BRICS、グローバル・サウスなどが台頭し、相対的にG7の役割が低下してきた感があるが、前提事項1~3を考えるとき、現在進行中の国際社会の秩序崩壊を立て直す役割は、能力と資質において日本と欧州の他に存在しないことは明らかである。

 覇権国を志向する米中露と異なり、日本と欧州は覇権に相応しい国力と資質を備えていない。一方で日本と欧州は、米中露にはない歴史、経験、能力を蓄積している。欧州は理念先行で物事を考え、その理念を世界に強要しようとして世界から嫌われる一面があるものの、前提事項1の多くのシステムを発明したのは欧州である。

 一方日本には縄文以来、共生・共存・調和を基本的理念とする独自の文明を育んできたユニークさがある。総じて「地球問題」を解決するアイデアと技術を創造する資質を保有する世界でもユニークな国である。さらに日本は世界最大の債権国である。つまり、文化も技術も資金も持っているのが日本なのであって、欠落しているのはそれを戦略的に使う主体的な意思である。

 これら日本が有するポテンシャルを駆使して、戦後80年間米国に従属してきた路線を修正し、前提事項1~3を解決する役割を欧州と協力して担うことこそポスト戦後80年時代の日本の役割であると信じて止まない。

参照資料:

1)中国が「存立危機事態」でブチ切れた「10のお家事情」、近藤大介、現代ビジネス、2025.11.18

2)「可能性」を語ることこそ抑止力、伊藤俊幸、産経正論、2025.11.18

3)習近平国家主席が高市首相に言われ放題、福島香織、JBpress、2025.11.6

4)「存立危機事態になり得る」高市総理答弁に中国猛反発、Abema Times、2025.11.26

5)高市首相の一言に中国が大激怒するワケ、白川司、ダイヤモンド・オンライン、2025.11.26

6)日本外交の舞台裏を抉る!、山上信吾、アサ芸プラス、2025.11.24

7)本当は「高市発言」に頭を抱えていた!、石森巌、アサ芸プラス、2025.11.20

8)日中関係急悪化、よく見てみると結局、高市政権には「危機感は十分だが、戦略がない」というだけのことではないのか、柯隆、現代ビジネス、2025.11.28

9)「高市殺害予告」総領事は革命家?、乾正人、産経、2025.11.21

10)高市首相答弁は何ら問題ない、在日台湾同郷会、日刊スポーツ、2025.11.20

11)怒りより哀れさ感じる忠誠、桑原聡、産経、2025.11.21

12)日中の対立は沈静化するだろうがアジアの構造は既に変化、Record China、2025.11.25

13)中国共産党のトリセツ、宮家邦彦、産経、2025.11.20

アガサ・クリスティ『カーテン』

 「ミステリーの女王」と評されたアガサ・クリスティ(Agatha Mary Clarissa Christie)は、1890年にイギリスで生まれた。19歳の時に小説家としてデビューしてから66年間、満85歳で人生の「幕」を閉じるまで、彼女は推理小説を書き続けた。書いた作品は66冊の長編ミステリー小説と多数の短編集に及ぶ。

 中でも第二次世界大戦が勃発した1939年(49歳)に書いた、『そして誰もいなくなった(And Then There Were None)』は約1億部を売り上げ、人類史上最も売れた本の一つとなった。

 ベルギー人の探偵が巧妙に仕組まれた殺人事件を次々に解決してゆく『エルキュール・ポアロ(Hercule Poirot)』シリーズは、長編小説66冊の内33冊と短編小説54冊を占めている。シリーズ作品となったのは『名探偵ポアロ』の他に、『ミス・マープル(Miss Marple’s)』があり、長編12冊と短編20冊が書かれた。

 アガサ・クリスティの第1作は、第一次世界大戦(1914~18)終戦後の1920年に書かれた『スタイルズ荘の怪事件』で、『エルキュール・ポアロ』シリーズの第1作となった。

 図1に示すように、アガサ・クリスティは第二次世界大戦(1939~45)中の1943年(53歳)に、『カーテン』と『スリーピング・マーダー』を執筆しているが、何れも公開は自分の死後とする契約を結んでいる。『カーテン』はポアロ・シリーズの最終作で1975年に完結した65作目であり、『スリーピング・マーダー(Sleeping Murder)』は1976年に完結した66作目、文字通りアガサ・クリスティの最終作品となった。『カーテン』の舞台として選んだのは、第一作の舞台となったスタイルズ荘だった。

 『そして誰もいなくなった』を書いた頃がミステリー作家としての絶頂期であったと考えれば、その最高に研ぎ澄まされたときにポアロ・シリーズ最終作の『カーテン』を書き上げたことになる。しかも1943年という年は、ドイツがスターリングラード攻防戦で歴史的惨敗を喫しただけでなくイタリアが降伏するなど、ドイツの敗色が濃くなった第二次世界大戦の転換点となった年だった。

 自分の死後まで公開を封印した事実には、一体どのような心境が隠されていたのだろうか?この時点までで、アガサ・クリスティはポアロ・シリーズ長編全33冊中21冊を書き上げており、ポアロ・シリーズに共通する構図は既に出来上がっていたと思われる。このまま書き進めてゆくと「ポアロ・シリーズの最終章のシナリオはどうなるか」についても既に構想ができていたのだろう。その構想に基づいて一気に書き上げて、「果たしてそうなるかどうかをみてみよう」と封印したのかもしれない。

 もう一つ注目すべきは、アガサ・クリスティの人生が二つの世界大戦と重なっている事実である。図1から明らかなように、第1作の『スタイルズ荘の怪事件』は第一次世界大戦が終結した二年後に、第26作目に書かれた『そして誰もいなくなった』は第二次世界大戦が勃発した年に、そして『カーテン』は第二次大戦中の1943年に書かれている。

 さらに二つの世界大戦の戦間期(1918~1939)がポアロ・シリーズの時代背景となっている。二つの戦争がアガサ・クリスティの作品に少なからぬ影響を及ぼしたであろうことは容易に想像できる。

 ミステリー作家としてペンを置く前年の1975年に『カーテン』は公開されている。当然公開するにあたっては、自分自身の人生の幕が降りるときの心境で『カーテン』のシナリオを再検証したに違いない。その上で、主人公ポアロの事件簿としての「幕」と、ミステリー作家としての自分の人生の「幕」を重ねて、『カーテン、ポアロ最後の事件』を公開したのではないだろうか。

 ミステリー小説を書き続けてきた絶頂期にあったアガサ・クリスティにとって、「世界最高峰の探偵に相応しい最後の事件簿のシナリオは何か」という問いを考えることは比較的容易であったように思われる。

 しかし「事実は小説よりも奇なり」という。たとえ名探偵ポアロの「幕」を完璧なシナリオで描くことはできても、自分の人生の幕を人生の途中でイメージすることは、アガサ・クリスティに限らず誰にでも殆ど不可能だ。何故なら、人生において年齢とともに蓄積してゆく経験知を予測することは困難だからだ。単純に言えば、若い時に晩年の人生をイメージすることはできないのである。

 ポアロ・シリーズはロンドンのLondon Weekend TelevisionがTVドラマとして作品を一つずつ収録し、延べ24年の歳月をかけて全33作品の映像化を完遂している。また原作は第一次世界大戦直後の1920年代から時代が進んでいくが、TVドラマ『名探偵ポワロ』の時代設定は1930年代に置かれたという。

 TVドラマの舞台となったのはイギリス1930年代の歴史ある城館、「世界で最も美しい」と称されるコッツウォルズを連想させる村、ロンドンの街並みに加えて、当時ロンドンの街を走っていたと思われるクラシックカーが惜しげもなく登場する等、原作の持つ情景が丁寧に再現されている。

 日本では、NHKがBSプレミアムで1990年から日本語版の放映を開始していて、再放送も行われた。最近ではBS11で字幕版が放送され10月末をもって完結している。

 TVドラマ化された『名探偵エルキュール・ポアロ』は殆ど観たが、それも複数回楽しませてもらったが、ポアロ・シリーズが秀逸なのは、単に名探偵が難解な事件のパズルを解いてゆくミステリー小説の醍醐味だけにあるのではない。事件を解決した直後に、ポアロと登場人物が人生の深みを述懐するシーンがさりげなく挿入されているが、この場面にはホロリとさせられるものが多い。ドラマの主人公ポアロを通じてアガサ・クリスティの人生観がさりげなく表現されているといっていい。

 TVドラマの最終回『カーテン(Curtain: Poirot’s Last Case)』は、ポアロ・シリーズの完結編で、数々の殺人の真実を暴いてきた名探偵ポアロの役割の「幕」として、ポアロが連続殺人鬼を突き止めて「一殺多生」の決断をして連続殺人に終止符を打つという「幕」に、ポアロ自身が老衰で死亡するという「幕」が重なるシナリオになっている。さらに『カーテン』は、半世紀(1924-1975)にわたって書き続けてきたアガサ・クリスティのミステリー小説の「幕」として綴られたのである。

 二つの世界大戦の時代を生き抜いたアガサ・クリスティの人生の幕がどういうものであったのかは、本人以外には知る由もないが、ポアロ・シリーズの読者、ドラマの視聴者は、自分の人生と重ねて「ポアロの幕」を吟味することができ、余韻を味わうのである。

祝高市首相誕生、歴史的意義と期待

プロローグ

 戦後に日本自由党と日本民主党が合体し、日本社会党との間で「55年体制」が始まった1955年から70年が経過した2025年10月21日、第104代首相に高市早苗氏が選出され、22日に高市内閣が発足した。70年に及ぶ戦後の政治体制に決別し、「失われた30年」から脱出して、「ポスト戦後80年」の時代に相応しい新体制構築に向けて力強い第一歩を踏み出したことになる。文字どおり外患内憂の難題に囲まれた船出ではあるが、日本の戦後が終わる大転換が始動したことをまずは素直に喜びたい。

戦後政治終焉のドラマ(ファクトの整理)

 この歴史的大転換はどのようにして起きたのか、最初に総括しておこう。

1)昨年9月28日に自由民主党総裁選が行われ石破茂氏が新総裁に選出された。第1回投票では、高市早苗氏が181票で石破茂氏154票を27票上回ったが、決選投票では「悪しき永田町の力学」が働いて、石破茂氏215票、高市早苗194票となり21票差で逆転された。

2)同年10月9日に石破茂首相は衆議院を解散した。同28日に第50回の衆議院議員選挙が行われたが、石破首相の期待に反して自公与党が惨敗した。以下に要約するように記録的な惨敗だった。

・自由民主党は256→190(66減)、公明党は32→24(8減)、両党とも議席を1/4 失い、自公与党で74票減少

・立憲民主党は98→145(48%増)、国民は7→28(4倍増)、両党で68票増加

3)今年7月22日には参議院議員選挙が行われ自公は参院でも過半数割れを喫した。

・自由民主党は114→101(13減)、公明党27→21(6減)、自公で19票減少

・一方、国民は9→22(13増)、参政党は2→15(13増)、両党で26票増加

4)翌23日、国政選挙で連続して惨敗したにも拘わらず石破首相は続投を表明した。一方、世論調査では52%が辞任すべきという結果だった。9月7日になって石破首相は「党内に決定的な分断を生みかねない」として辞任を表明した。

5)10月5日に行われた自由民主党総裁選で高市早苗氏が新総裁に選出された。

・第1回投票では高市早苗183(議員64、党員・党友119)、小泉進次郎164(同80、84)となった。党員の40%が高市氏を支持しており、二位の小泉進次郎氏に対する支持は28%に留まった。

・決選投票では高市早苗185(都道府県36、議員149)、小泉進次郎156(同11、145)で高市氏が完勝した。勝因は、党員の多数が高市氏を支持した結果、国会議員もその動向を無視できなくなったことにある。

6)10月10日、公明党が自由民主党に対し自公連立の解消を通告した。「保守のエース」である高市新総裁が誕生したことを受けて、公明党が連立解消の潮時と判断した結果だった。公明党の決断は青天の霹靂と受け止められた。この瞬間に戦後政治のタガとなっていた自公連立が突然に消滅し、これを転換点として戦後政治の枠組みが一気に瓦解を始めた。ポスト戦後80年の新体制に向けて大きく一歩を踏み出したといっていい。連鎖反応的に起きた一連の変化を列挙すれば、次のとおりである。

 ①自由民主党総裁選で党員の多数が高市氏支持を表明

 ②圧倒的な党員の勢いを受けて、自由民主党が新総裁に高市早苗氏を選出した

 ③参議院選では参政党と国民民主党が保守に軸足を置いた、基本方針を発表した

 ④以上の変化に追い詰められるように、公明党が連立を離脱した

7)10月21日、自由民主党と日本維新の会が連立体制を作ることで合意した。同日、高市早苗氏は衆参両院本会議の首相指名選挙で第104代首相に選出され、自民・維新による連立政権が発足した。10月22日、高市内閣が発足した。

 総裁選で党員票に込められた民意は、①自由民主党の維持ではなく変化を、②リベラルから保守へ復帰を、③党益ではなく国益を求めるものだった。

 元内閣官房参与だった谷口智彦氏が産経新聞正論に『自民「大テント党」瓦解のその先』と題した記事を寄稿している。22日に行われた参議院選挙の結果を踏まえた分析である。石破政権誕生から高市政権誕生に至る1年間に起きた政治体制の変化について、本質を抉り出す描写となっているので、以下に紹介する。(7月24日産経)

<自由民主党は英語なら大テント党とでも呼ぶべき大きな幕屋であって、中では何でもござれだった。右であれ多少の左であれ。但し、天幕を支持したのは保守の柱一本で、近年は故安倍晋三元首相が両の腕でこれを支えた。・・・安倍氏がいなくなった。柱からは(旧安倍派という)針金様のステーが何本も延び地面に刺さっていたけれど、これは岸田文雄前首相が根こそぎ外した。・・・われわれは7月20日、参院選挙の開票とともに、天幕は吹き飛び幕屋が倒れる音を確かに聞いたのである。・・・(自民党の)立党はちょうど70年前だ。・・・私有財産制と日米安保の護持にさえ誓いを立てるなら後は委細構わず、自民党は大テント党になった。>

<全政党が福祉充実を主張し、戦争にまつわる怖そうな話は当面箱にしまっておくことにした時期が、かくして生じた。・・・共産党の隣国が超大国化し、人類史に超絶する軍拡を続けて世界秩序を振り回すだろうなどと、誰ひとり思わない無邪気な頃だった。>

<箱の封印を開いて自尊自立と自衛の道に日本を導こうとした安倍氏の同志たちは、これからという時に追放の憂き目にあう。しかして自民党の、終わりの始まりだ。・・・自民党から保守主義を奉じる人々が去ったか去ろうとしている今、天幕のないかつての大テント党はどこに行こうというのか。往時、日本政治にあったかもしれない定常状態はもうない。事態はつとに流動している。ここに行くのだと明確に声を挙げる政治家が一人また一人と現れない限り、有権者の不満は鬱積する。>

石破茂前首相から高市早苗首相へ、ドラマの解釈

 谷口智彦氏によるこの描写は、高市首相誕生に至る政治体制の変化の本質を理解する上で、とても示唆的である。この認識を踏まえて、上述した「戦後の政治体制崩壊のドラマ」に解釈を加えたい。

 まず戦後政治体制を瓦解させるドラマの指揮を執ったのは石破茂前首相である。彼の言動は国民、特に自由民主党を支持してきた保守層に徹底的に嫌われた。それでもそんなことは無視して居座りを決め込んだため、自由民主党支持を放擲する動きが顕在化し拡大した。

 その動向は衆議院議員選挙で確定的となった。自由民主党は256→190へ66票も議席を失った。何と1/4の議席を失う壊滅的な惨敗だった。特に注目すべきは、参政党と国民の大躍進であり、これまで自由民主党を支持してきた若い世代が<大脱走>した結果と考えられる。それでも石破総理は居座った。9ヵ月後に行われた参議院選挙でも自由民主党は惨敗し、衆議院に続き参議院でも少数与党に転落した。ここまで追い詰められて石破茂首相はようやく辞任を表明した。

 次の新総裁には、党員からの圧倒的な支持を得て高市早苗氏が就任した。これをもって戦後自由民主党を形作ってきた枠組みの崩壊が決定的となった。高市新総裁に期待されたのは、自由民主党の解党的出直しだった。彼女が総裁選を制した理由は、他の候補では解党的出直しという荒業は断行できないと評価されたからである。

 そして戦後政治体制の瓦解を決定的にした事件は、公明党からの連立離脱通告だった。これで名実ともに戦後政治の枠組みが消滅した。石破茂氏が戦後政治を形成する自由民主党を瓦解させ、斉藤鉄夫氏が自公連立を葬ったのだ。

 自由民主党に籍をおく大方の政治家にとって、自公連立の解消はショッキングな事件であったに違いない。誕生したばかりの高市体制にとっても、衝撃的な逆風だと受け止める意見が少なくなかった。

 しかしこれは「評価関数」の問題でしかない。どういうことか。まず「戦後体制を維持する」ことに評価点を置けば、とんでもない逆風であったことは事実に違いない。しかし外患内憂の情勢に対処するために「戦後体制を刷新する」ことに評価点を移せば、自公連立解消は必須条件となり、願ってもない天祐となったのである。

 こうして自らの信念に基づく政策を断行しようとする高市早苗首相の前に立ち塞がる障壁が一瞬にして消滅した。そう断言する理由は三つある。第一に、連続した惨敗を喫した自由民主党は「解党的出直し」を高市氏に一任する他ないことだ。第二に、思い切った行動に対してブレーキとなる自公連立が解消したことだ。そして第三に、基本政策を同じくする日本維新の会との連立が実現したことである。公明党から日本維新の会へ、連携のパートナーが僅か11日で移行を完了したことが、歴史的変化を象徴している。

 振り返ってみると、ドラマを演じた立役者は4人いる。第一は、本人にその自覚はないに違いないが石破茂氏である。2024年の衆議院議員選挙と2025年の参議院議員選挙で解党的惨敗を招き、その責任をとって辞任し、この状況を打破できる後継者は高市早苗氏以外にいないという情勢を作った功績は、日本国にとって僥倖であった。

  第二の立役者は、自公連立の解消に踏み切った斉藤鉄夫氏である。この決断によって戦後の政治体制が氷解した。最も忌避する高市早苗氏が自由民主党新総裁に選出されたことから、「もはやこれまで」という決断が促されたように思える。しかし問題の本質は自民党の変化にあるのではない。衆議院議員選挙で25%、参議院議員選挙で22%の議席を失った公明党自身にある。自民党は高市新総裁の下に解党的出直しに挑戦することが決まったが、公明党はどうするのか?

 第三の立役者は、日本維新の会代表の吉村洋文氏と、共同代表の藤田文武氏である。彼らは基本的な歴史観と政策が一致すると判断し、自由民主党との連立を決断したのだった。

 そして第四の立役者は、言わずもがな高市早苗首相その人である。単純化して言えば、自由民主党内の反高市派議員、反高市の野党、更には公明党との連立解消という逆境の中を強かに生き抜いて首相の座を掴み、自民・維新連立を取りまとめたことは、高市早苗氏持ち前の熱意と覚悟がもたらした賜物である。

現状維持かそれとも変化か

 今後自民・維新連立の合意に基づく政策の実行に反対する野党の抵抗が予想される中で、どこまで実行できるのか不透明な部分があるものの、自民・維新連立の合意文書は驚嘆に値するものだ。そこには国際情勢が激変した中で、戦後70年の安眠を打破するのだという不断の意思が、リアルポリティクスとして直截簡明に表現されている。

元外交官の宮家邦彦氏が次のように評価している。(10月23日産経)

<自民・維新合意は内容も極めて具体的だ。・・・長年日本の安保政策を学んできた者にとって、今回の政策合意は夢のような話、にわかには信じられない内容である。・・・もし本当にこれらを実行するならば、日本の安保政策は飛躍的に向上する。本来なら冷戦時代に全て実施しておくべきだった政策ばかりだが、冷戦後は根拠のない楽観主義が蔓延し、必要な改革は棚上げされた。その状況は過去26年の自公協力時代も継承された。これら政策の実現は容易ではないが、今こそ本気で取り組むべき時だ。>

 宮家邦彦氏は、別の投稿では高市首相に対してエールを送っている。(10月9日産経)

<選挙に勝つ戦術と統治を行う戦略は異なる。高市総裁は統治にギアシフトし、現実に応じて、必要であれば、君子豹変すべきではないか。高市氏を支持してきた人も、そうした豹変を統治に不可欠として受け止めて欲しい。今の日本の保守政治を守る首相は彼女しかいないのだから。>

 政治家の立ち位置を政党によってではなく、「戦後体制の維持か変化か」何れを求めるかで分類するならば、石破政権までの自公両党は明らかに現状維持に陣取っていた。それに対して参議院選挙で大躍進を成し遂げた参政党と国民民主党は、変化を求める立場を鮮明に打ち出した。公明党の離脱と維新との連立いう天祐を得て、高市早苗氏は信念をもって大胆な変化を起こすフリーハンドを手に入れたことになる。

 「維持ではなく変化だ」という流れに先鞭をつけたのは国民である。ズバリ言えば、リベラルや中道の政治家よりも、国民の方が敏感に外患内憂の現状に危機感や恐怖感を感じていたのである。その目線で政治家の言動を評価するならば、解説を饒舌に述べるものの、結局何をするのか最後まで曖昧な石破茂氏よりも、やるべきことを直截簡明に表明する高市早苗氏の方が有事のリーダーとして遥かに信頼できることは明らかだった。

 振り返れば、総裁選で繰り広げられた候補者の発言も同じで、抽象的な美辞麗句の羅列で具体的に何をするのか、どう対処するのかを明言しない政治家が嫌われたことは明らかだ。それと比べて高市早苗氏の発言には無駄な言葉がない。言い換えれば、高市氏とその他の候補者を決定的に分けたのは、外患内憂の現代において、明確な世界観、歴史観、国家観を持っているかどうかにある。それがない政治家の言葉には具体性と説得力が欠落しているのだ。政治家が備えるべき資質として、そのことを如実に物語っているのが、連立に向けて高市氏と対面で意見交換を行った日本維新の会共同代表の藤田文武氏が発した以下の言葉である。

<高市さん、狂ってください。これからあらゆる抵抗があります。それを押し切って日本の大改革のためにはある種の狂気が必要です。そのために私たちは国民に覚悟を示すんです>

<わかった!やるかっ!>

 自民・維新連立を成し遂げたのは、この会話に象徴されるように、双方の熱意と覚悟だったということだ。国民目線で眺めていると、他の政党の代表の発言には、この時の二人が見せた熱意と覚悟に匹敵するものを感じられなかったのである。

 国民民主党の玉木雄一郎代表が、自民・維新連立の動きが顕在化した10月15日、野党三党が首相指名選挙での対応について協議した折に、日本維新の会が自由民主党との連立を見据えた政策協議に入る方針を示したことを聞いて、「自由民主党とやるなら『最初から言ってよ』という感じだ」と愚痴をこぼしたという。

 当事者としてもっともな言い分だが、他人を非難する前に自分の未熟さを恥じた方がいい。何故なら、自由民主党と日本維新の会が「熱意と覚悟」の話をしていた時に、国民民主党と立憲民主党は「打算的な数合わせの話」を協議していたからだ。日和見をしていたのは玉木氏の方で、日本維新の会ではない。

本格政権の始まり

 10月24日の産経新聞は、高市氏が政治家2年目のときにまとめた『高市内閣成立』と題した持論について紹介記事を掲載している。それは「2010年10月に高市早苗自民党総裁が内閣総理大臣となった」という書き出しに始まり、高市政権の方向性として、以下の5つの柱を掲げている。今から15年以上前に書かれたものだが、高市氏の人となりが良く分かるだけでなく、彼女が並みの政治家ではないことを物語っている。以下に引用する。

①「国家の主権と名誉」、「国民の生命と財産」を確実に守り抜く政治を実現する

②「国益」の追求を明確な目標として打ち出す

③行き過ぎた結果平等を廃し、「機会平等」が保障される社会を創る

④国民の「自由と権利」を守ると同時に「責任と義務」の大切さを訴え社会秩序を再構築する

⑤「私たちの時代の私たちの憲法」を作り上げる

 産経の記事は続けて、当時の高市氏の心境を紹介している。

<現在の私は常に、自分が総理だったらこの件にはどう対応するかと考えながら、その時々の政治課題に取り組むことが習慣になっている。>

<先輩たちから受け継いだ素晴らしい国、大切な日本。もう一度この国の活力を取り戻し、希望と安心に満ちた社会を次の世代に贈りたい!社会に長く貢献された先輩たちには、自らの努力の果実としての豊かな老後をうんと楽しんでいただきたい!それが私の夢だ。一度っきりの人生、そのために全てを賭ける覚悟だ。志と勇気と行動をもって・・・>

 戦後政治からポスト戦後80年の政治へ、日本は大きく転換する千載一遇の機会に恵まれた。文字どおり現在の政治情勢は外患内憂で難題が山積している。その中で日本は戦後70年の政治的停滞と30年の経済的低迷を経て、歴史的な大転換の時機を迎えたのだ。大きく俯瞰すれば、石破茂氏が演じた役回りは戦後政治体制を終わらせることであり、高市早苗氏に期待される役割は、大転換を成し遂げて新たな未来像を示し、それに向かって日本が活力と自信を取り戻して外患内憂の諸問題に立ち向かってゆくリーダーシップである。

 こういう難題に立ち向かう政治家の登場に心から拍手を送りたい。

エピローグ

 さまざまな逆風の中で、高市政権を誕生させたのは、高市氏ご本人の熱意と覚悟であったことは間違いないが、同時に忘れてならないのは、このドラマの展開に少なからぬ影響を与えたのは、保守に軸足を置く国民の強い支持が明白に打ち出されたことだった。昨年9月に石破政権を誕生させた自民党に対し、はっきりとノーを意思表明したのは国民だった。それがなかったら今回の総裁選で高市氏が選出されたかどうかは分からない。

 バブル崩壊以降30年余に及び停滞感が日本全体を覆ってきたが、議会制民主主義における有権者の責任がはっきりと行使されたことが、戦後政治の終焉というドラマを起こし、政治体制の大転換を起こしたのである。戦後政治の終焉と同時に、政治を政治家に丸投げしてきた戦後の民主主義も終わった事実を、我々国民は肝に銘じる必要がある。

 もう一つ大事なことがある。「戦後政治の終焉」というドラマの第一幕はなんとか終わったのだが、ドラマは既に「ポスト戦後80年の政治体制の構築」という第二幕へ移行している。高市政権はこれからさまざまな難題と反対に直面するだろう。戦後政治の終焉と転換を支持した有権者は、「高市さん、あとは宜しく」と高みの見物を決め込むことなく、新政権に対する強い支持を続けなければならない。議会制民主主義を成熟化させることなく、政治体制を刷新することはできないということだ。

参照資料:

1)「自民大テント党瓦解のその先」、谷口智彦、産経2025.7.24

2)「外交安保、こうも違うのか」、宮家邦彦、産経2025.10.23

3)「高市新総裁、君子豹変せよ」、宮家邦彦、産経2025.10.9

4)「四半世紀前描いた5本柱」、村上智博、産経2025.10.24