2022年は世界規模の動乱の年
2021年、日本はコロナ渦の中で無事に東京オリンピックを完遂した。東京オリンピック終了と同時に、世界は2022年北京冬季オリンピックを転換点として国際情勢が一変し、有事の足音が近づいてくることを警戒していた。
そして2022年が明けた。2022年が「世界規模の動乱の年」となることを予告するかのように、北朝鮮が1月5日に極超音速ミサイルを発射し、その後11日、14日、17日、25日、27日、30日と1月だけで7回も様々な新型ミサイルの発射を敢行した。
続いて、米欧日が外交的ボイコットをする中で、2月4日に北京オリンピックが開幕した。そしてこのタイミングを狙ったかのように、ロシアは2021年11月頃から大規模な部隊をウクライナの国境周辺に展開させ、1月には10万人規模まで増強した。
北京オリンピックは2月20日に閉幕し、ウクライナ情勢はロシアがいつ軍事侵攻に踏み切るかという展開になった。そして2月24日未明に実際に侵攻が始まった。
2022年がなぜ「世界規模の動乱の年」となるのか、大きな四つの要因について要点を整理しておきたい。
ウクライナ事変
はじめにウクライナ事変(何と呼ぶのかこの時点では確定していないので、本資では「事変」と呼ぶことにする)については連日メディアが報じているが、事件報道とは別にこの軍事侵攻の全体像と本質を理解することが重要である。
宮家邦彦は2月24日の産経新聞にこう書いている。「昨年来ロシアはバイデン政権をテストしている。米国の関心が米中覇権争いに移ったことを踏まえ、プーチンはソヴィエト連邦崩壊後のNATO拡大という新常態をなかったことにする絶好の機会が来たと考えた。・・・ロシアは本気で冷戦終了後の欧州における現状変更を目指し始めた。」
結論を先に書けば、これが事変の本質なのだろう。詳細については後段で考察を加える。
アメリカの国内情勢
次にアメリカの国内事情である。
2020年11月の大統領選挙と2021年1月6日の連邦議会議事堂への暴徒乱入事件を転換点として、アメリカでは分断が激しさを増している。今年11月に予定されている中間選挙に向けて、内戦状態にまで激しくなるという予測すらある。
バイデン大統領は1月20日に就任から1年を迎えたが、2月23日現在の支持率は42%、不支持率は53%で低迷している。消費者物価指数が前年比で7%超に上昇していること、オミクロン株の感染者が1週間平均で一日75万人と過去最悪の水準にあること、日本円で200兆円にのぼる巨額の歳出法案が民主党のマンチン議員の反対で成立が危ぶまれていること等、国内問題に限定しても、不支持の理由は一つではない。
風雲急を告げつつあるウクライナ情勢をはじめ、山積する国内外の課題に直面して、バイデン大統領の指導力や政策の実行力を疑問視する声が増大している。プーチンも習近平もこうしたアメリカの情勢を睨みつつ、外交カードを切ってくることが予測される。11月の中間選挙に向けて、国内情勢では分断と騒乱、国際情勢ではウクライナ事変と中国対処という二つの大きな難題にバイデン政権は直面している。
中国の国内情勢
中国情勢も、アメリカに負けず劣らず大波乱の状況にある。中国はいわゆる戦狼外交と人権蹂躙の国内政治の結果、世界中を敵に回して四面楚歌の状況にある。しかし中国最大の課題は経済である。「中国経済が既に詰んでいる」ことについては、「中国経済の現状と未来(後編)」で既に書いた。
中国の不動産バブルは既に崩壊していると言われるが、習近平政権は不都合な事態も容赦なく力でねじ伏せてゆくために、バブル崩壊の本格的な騒乱が起きたとの報道は未だにない。しかしながら、民主主義国家であろうが専制国家であろうが、お金の貸し借りの仕組みは変わらない。誰かの負債は誰かの債権であって、負債を強引に帳消しにしたとしても、貸し手が債権を抱えきれなくなった時点でバブル崩壊は社会に連鎖反応を起こす。
不動産最大手と呼ばれる恒大集団の経営破綻が報じられたのは2021年9月~11月頃であり、現在までに少なくとも2回デフォルトを起こしたことが確認されている。負債額は3000億ドル規模でリーマン・ブラザーズの約半分と言われるが、北京オリンピックもありその後どうなったのかについては情報がない。中国政府がどうするつもりかに全てがかかっているが、経営破綻が確定した時点で不動産バブル崩壊が本格化するだろう。
トランプ前大統領がとった経済制裁とコロナ・パンデミックを経て、中国経済は既に失速している。ひとたび不動産バブル崩壊が本格化すれば、地方財政破綻、中国からの海外資金の逃避等、不動産市場に留まらず、金融及び経済のあらゆる方面に拡大していくと思われる。
アメリカ連邦準備制度理事会の政策転換が起こす金融危機
現在世界の眼はウクライナ事変にくぎ付けになっているが、「2022年が世界規模の動乱の年」となる、もう一つの大きな要因がある。それは連邦準備制度理事会(FRB)が断行すると宣言している金融緩和(QE)から金融引き締め(QT)への転換であり、同時に実施する政策金利の引き上げである。FRBはこれら金融政策の大転換を3月から実施すると言われている。
FRBは2015年から2018年にかけて0.125%から段階的に9回政策金利の引き上げを行い2.25%超まで引き上げた過去がある。現在の金利は0.125%の底値水準にあり、アメリカは7%を超える高いインフレに悩まされているために、前回同様に段階的に引き上げてゆくことが予測される。
リーマンショック対策とコロナ対策で、日米欧は大規模な金融緩和政策とゼロ金利政策をとってきた。FRBの政策転換はリーマンショックを契機として2009年から始まった「量的緩和バブル」の崩壊が世界規模で本格的に始まることを意味している。
アメリカの金利が引き上げられると、中国は二重の困難に直面することになる。一つは中国が国内資金の海外流出を防ぐために「ドルペッグ制」を採用してきたことにあり、ドル金利よりも人民元の金利を常に高く設定してきたことにある。現在中国は経済の失速と不動産バブル崩壊の真っ只中にあって低金利を維持せざるを得ない状況にある。アメリカの金利引き上げに合わせて人民元の金利を引き上げれば、経済低迷と不動産バブル崩壊という事態が深刻化するだろう。かといってドルの利上げに追随せずに低金利を続ければ、中国市場からドル資金が逃げ出してゆく。どちらも悪夢であるに違いない。
他一つの困難は、QEをQTに転換すると、円を含む世界の余剰のおカネを低金利で借りて中国や途上国に流し込んできたアメリカ国際金融資本が、ドル資金を引き揚げることによって起こる。ここで重要なことは、ドルの逃避によって危機に陥るのは途上国に限らないことだ。QEが供給した潤沢なおカネの流入に支えられて経済が潤っていた国々を、一変して金融危機が襲うことになる。
米国及び日本との間で締結していた、非常時にドルを融通し合うスワップ協定の延長を韓国は拒否して現在に至っている。FRBの政策転換が韓国経済の脆弱性を直撃する可能性について、武藤正敏が警鐘を鳴らしている。(https://diamond.jp/articles/-/297427)不動産バブル崩壊が本格化する中国も甚大な影響を受けることになるだろう。
ウクライナ事変を読み解く
2月24日早朝(現地時間)にロシアはウクライナに軍事侵攻した。2月26日のニュースは、世界中でロシアの軍事行動に抗議する市民のデモが起きていること、キエフへの軍事侵攻でロシア軍側に想定を超える被害が出ていること、そして欧米はロシアに対し銀行間の国際決済ネットワークであるSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアを排除することを決めたことを伝えた。ウクライナ情勢が今後どうなるかについては刻々の報道と専門家の分析に委ねるとして、視点を変えて考察を加えることとする。
合理的でないプーチンの判断
世界の大半を敵に回して侵略戦争を起こすとは、プーチンの判断はどう考えても合理的ではない。では何故プーチンはウクライナへの軍事侵攻を断行したのだろうか。
第一の理由は、昨年12月にロシアからアメリカ・NATOに対して提示した三つの要求の内、絶対に譲れないレッドラインである「NATO拡大(東進)の停止」の回答が得られなかったことである。
実はソヴィエト連邦が崩壊した1991年に、当時のベーカー国務長官がゴルバチョフ大統領とシュワルナゼ外相に対しNATO不拡大を確約している過去がある。しかしながら現実にはソヴィエト連邦崩壊によって東欧諸国が相次いでNATOに参加し、ソヴィエト連邦崩壊直後には16ヵ国だったNATOは現在30ヵ国にまで拡大した。そしてウクライナもNATO参加を望んでいた。ロシアからみれば、「ウクライナよ、お前もか」ということになる。
第二の理由は、ウクライナを巡る米露間の「外交ゲーム」において、バイデン大統領が切ったカードにある。バイデン政権は2021年8月31日にアフガニスタンから完全撤退した。ウクライナ事変でも「武力は行使しない」ことを早い段階で明言し、経済制裁一本で対処することを繰り返し宣言していた。バイデン政権の動きを観察し分析してきたプーチンからすれば、北京オリンピックが閉幕した今が軍事行動を起こす好機だと判断したのではなかっただろうか。
合理的でないバイデンの言動
アメリカは2月16日には首都キエフにあるウクライナ大使館を放棄して退去した。通信機材などを破壊しての撤退だったというから、戻ってくるつもりのない撤退だったことになる。しかもバイデン大統領は、プーチンがキエフを軍事侵攻することを自信満々で予言していた。この事実をどう考えればいいのだろうか。
因果関係を考えると、これは有事になるから事前に撤退したのではなく、米国がウクライナから完全撤退したから、プーチンが軍事侵攻に踏み切ったと解釈するのが正しいのではないだろうか。ではバイデンは何故そうしたのだろうか。
素直に考えれば、米国は対中に専念するから、「欧州の問題は欧州(独仏と露)で解決しろよ」ということだったのかもしれない。その意図を読み取ったプーチンが今回軍事侵攻に踏み切ったと考えられる。もしそうであれば、バイデン大統領の言動は非常に軽率だったと言わざるを得ない。
ウクライナ事変の真相
1991年にソヴィエト連邦が崩壊し、東ドイツを始め多くの国家が独立した。当時ウクライナが保有していた約1800発の核兵器を処分する代わりにウクライナの領土保全を保証する枠組みとして1994年12月に「ブタペスト合意」が作られた。独立した東欧諸国は相次いで西側に参加し、NATOは拡大・東進を続けていった。ロシアから見ればこの動向自体が「話が違うではないか」ということになり、欧米の策謀として見えたのだろう。
ロシアは2008年8月にグルジョア(現在のジョージア)に侵攻した。2014年2月にウクライナのヤヌコビッチ親露政権が大規模デモを受けて崩壊すると、同年3月にロシアはクリミアを力づくに併合した。
こうしてみると、西側の論理とプーチンの論理の間には大きな断層があることが分かる。プーチンは旧東欧諸国が独立して主権国家となった事実も、西側にはせ参じた理由も理解できていないか、もしくは認めていない。長期的にみればウクライナも東欧諸国が辿ったステップを踏もうとしていると理解されるが、ウクライナはロシアの隣国であり、旧ソヴィエト連邦の中でロシアに次ぐ大国であったために、これ以上容認できないというのがプーチンの論理だと思われる。
しかしこのプーチンの論理は独善的であり間違っている。東欧諸国の民主化動向は大きな時代の潮流であり、軍事力を使おうが何しようが止めることはできないからだ。プーチンの思考が時代遅れの帝国主義思想であり、旧東欧諸国の西進はロシア流国家の魅力がないことの表れでしかない。
従って、ウクライナ事変でプーチンの戦術的采配が短期的な勝利を収めることがあっても、長期的・戦略的にはプーチンの負けとなるだろう。負けると断言できる理由は経済である。クリミア併合に対する欧米日による経済制裁が、ロシア経済にどれほど打撃となったかは、2000年代には年平均7%あったロシアのGDP成長率が2014~2020年には0.4%にまで落ち込んだ事実が物語っている。
もしプーチンの狙い通りに、ウクライナの政権交代、つまり親露政権の樹立と、ウクライナの非軍事化・中立化を成し遂げられるとしたら、今回の軍事侵攻で破壊されたウクライナの社会インフラを復旧するコストは一体誰が負担するのだろうか。さらに2014年の経済制裁によって低迷しているロシア経済は、「SWIFTからのロシア排除」を含む米欧日からの制裁強化でさらに落ち込むことが必至である。経済がさらに悪化していく中で、ロシア国民は反プーチンの意思を一層明確に打ち出してゆくことだろう。さらに軍事侵攻で大きく棄損したウクライナ経済を立て直すコストがロシア経済の足枷となることは明白だ。
そのように考えると、エドワード・ルトワックが2月26日の産経新聞に投稿した記事で述べているように、ウクライナ事変が「プーチン体制終焉の始まり」となる可能性が高いのではないか。
日本にとっての正念場
中国が台湾に軍事侵攻する蓋然性が高まっている。しかも台湾は与那国島から110kmほどしかないことから、台湾有事は日本有事であるという認識が共有されつつある。
そもそも習近平は何故この機に台湾を武力で併合しようと考えているのだろうか。それは「終身皇帝」の地位を得ようとしているからであり、そのために毛沢東ですら成し遂げられなかったことを実現しようと考えるからである。
プーチンと習近平に共通する点は、彼らが国益最大化ではなく、自身の政権基盤の長期化を目的としていることであり、力の信奉者で国際合意など紙切れだと考える人物だということだ。
ウクライナ事変が台湾有事に連動することが懸念されているが、連動するかどうかは、国際社会がウクライナ事変をどう裁くかにかかっている。空間軸に国際社会をとり時間軸には冷戦期以降の世界史をとって、ウクライナ事変を俯瞰して捉える必要がある。プーチンという古い時代の世界観を持った独裁者が起こした軍事侵攻を、民主主義国家がどう裁くかという構図で捉える視点が重要である。
プーチンも習近平も力の信奉者である。相手が反撃しないと判断すれば容赦なく軍事力を使う独裁者である。そんな無法がまかり通る時代は、冷戦の崩壊とともに歴史の彼方に葬られたということを歴史に明確に刻み込まなければならない。中国が軍事力を使って台湾を併合することを抑止するためにも、「プーチンの完敗」で終わらせなければならない。
後編で述べるが、これは第二次世界大戦終結時に形成された世界秩序維持体制を見直すことに繋がる大仕事になるだろう。日本にはその裁きについて、欧米追随ではなく主体的に関与しなければならない役割と使命があり、その能力が問われることになる。その行動こそが習近平の力の行使を抑止する能力となるだろう。
日本は2022年が「世界規模の動乱の年」であることを梃として、戦後の「ダチョウの平和」政治にピリオドを打つ挑戦に着手すべきである。そのためには一体どこから始めればいいのだろうか。はっきり言えることは、「敵基地攻撃手段の保有」というような戦術論からではなく、「憲法改正」という難題からでもない、「専守防衛マインドからの脱却」から始めるのが賢明である。(後編に続く)