専守防衛マインドからの脱出(後編)

日米2+2開催

今年1月7日にオンラインで「日米2+2」が開催された。中国による台湾有事を想定した外務・防衛の閣僚による会議である。

 正論3月号が『令和の安全保障考』という特集を組んで、磯部晃一元陸将と神谷万丈防衛大学校教授が「日米2+2」を評価する記事を書いている。二人とも、今回の「日米2+2」は画期的だと高く評価している。この記事を踏まえて、要点を四つ紹介する。

戦略の統合:

・「閣僚は、・・・国力のあらゆる手段、領域、あらゆる状況の事態を横断して、未だかつてなく統合された形で対応する ため、戦略を完全に統合させ、・・・同盟を絶えず現代化し、共同の能力を強化する決意を表明した。」

抑止と対処:

・「閣僚は、地域における安定を損なう行動を抑止し、必要であれば対処するために協力することを決意した。」

防衛力を抜本的に強化:

・「日本は、国家の防衛を強固なものとし、地域の平和と安定に貢献するため、防衛力を抜本的に強化する決意を改めて表明した。」

・「日本は、戦略見直しのプロセスを通じて、ミサイルの脅威に対処するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討することを決意した。」

同盟の役割・任務・能力(略して、RMC):

・「日米は、このプロセスを通じて緊密に連携する必要性を強調し、同盟のRMCの進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎した。」

 総括的に評価すれば、主語が明確であること、表現は簡潔で実行に向けて一方踏み込んだ具体性があること、差し迫った台湾有事を前にした気迫と決意が現れている等の点で、画期的な内容となっている。

 一方で神谷万丈は、「日本人にとって画期的にみえるのは、日本人の同盟や軍事力に対する向き合い方が、依然として国際的な常識から大きく外れたものだからなのだということに、日本人は気づく必要がある。・・・日本人の決意と行動が問われるのはむしろこれからなのだ。」と警告する。

 台湾有事が叫ばれる現在、合意事項の速やかな実行が求められるが、そのためには防衛費の増額が不可避となる。自民党は2021年10月12日に発表した政権公約で、「防衛費のGDP比2%以上を目指す」とする政権公約を発表している。有言実行、待ったなしである。

露見したプーチンの目論見

 プーチンがウクライナ侵攻を起こした真相が思わぬところから明らかになった。英国のBBCは2月28日に「ロシアの回帰と新世界(The Arrival of Russia and a New World)」と題したスクープ記事を公表した。

 この記事は、ロシア国営メディアの「RIAノーボスチ通信」が2月28日に公表する予定だった原稿が誤ってネットに流出したことを報じている。この原稿は「48時間でウクライナを制圧する」シナリオに基づいて、「ロシアの勝利宣言」として用意されたものだった。

 この原稿に、プーチンの目論見が記されている。原稿の寄稿者は、「1991年のソヴィエト連邦の終焉という恐ろしい大惨事を修復するだけでなく、ロシアが新たな世界秩序を指導する立場に回帰する」と書いている。さらに、「ロシアが歴史的な名誉ある地位を回復し、ロシア世界とロシア民族を結集する」としてウクライナ侵攻を正当化している。ここでロシア民族とは、ロシア人、ベラルーシ人、それに小ロシア人(ウクライナ人)を指している。

 さらに「ウクライナ問題の解決を未来の世代に委ねないことを決断した」とプーチンを称賛していて、「軍事侵攻は、欧州のアングロサクソンと世界におけるアメリカに代わり、ロシアがその歴史的、国際的な役割に復帰するためである」と結論付けている。この原稿がプーチンの意向又は指示に基づいて用意されたことは疑う余地もない。

 プーチンがいう「ウクライナ問題」とは、ソヴィエト連邦崩壊後、ロシアが反NATOの立場を貫いてきたのに対して、ウクライナは政権交代のたびに親西欧と親ロシアの間で揺れ動いてきた経緯に関わる。そして2014年のマイダン革命で親露政権が崩壊してポロシェンコ政権が誕生して以来、ウクライナはEUとNATOへの加盟の意思を明確にしてきた。ウクライナのこの西欧志向こそがロシアから見れば「問題」だという訳だ。

ウクライナ事変が浮かび上がらせた現実

 ウクライナ事変がどういう形で終結するかを現時点で軽々に予測することはできない。ウクライナが軍事力に屈服することなく、ロシアの世論がプーチン大統領を追放して一日も早く戦争が終結することを祈りたい。一方、現時点で既に明らかになったことが幾つかある。

 第1は、21世紀の現在においても、他国に武力侵攻する国家指導者が存在する事実である。習近平も同様の人物であることは言うまでもない。

 第2は、世界大戦期の20世紀と異なり、グローバル経済の現代において、もはや軍事力は実力行使の最強の手段ではなくなったことだ。米欧日などがとった制裁措置でロシアが被る影響は、ロシア経済を崩壊させるほどに甚大である。具体的にいえば、①米欧日がロシア中央銀行に対する資産凍結を行ったが、これによってロシアは外貨準備の内、金と人民元を除く65%を引き出すことができなくなった。②SWIFTから排除されたことによって、ロシアの金融機関は外貨との交換と貿易の決済ができなくなった。③格付け会社がロシア国債の格付けを投機的水準以下に引き下げたことによって、ルーブルが暴落しロシアはデフォルト危機に直面している。④制裁の結果、貿易が大きく減少しGDPを大幅に減少させる要因となった。さらに西側からの投資停止と資金の引き上げ、外国企業のロシアからの撤退・生産停止が起きた。

 第3は、プーチンの当初目論見である48時間を大幅に過ぎて2週間が経過したが、その結果ロシア経済が壊滅的な状況に陥る可能性が高まっていることだ。今後制裁に困窮するロシア国民のデモが拡大すれば、やがてプーチンが追放される結末を迎える可能性すらある。

 第4は、安保理の機能不全と、国際秩序を保全するスキームの欠陥が明白になったことだ。

 今回のウクライナ事変は、1991年のソヴィエト連邦崩壊によって形成された国際秩序に関わる、歪のエネルギーが蓄積されて起こった余震なのだろう。プーチンがNATO東進の圧力を押し返すつもりで起こした余震だったのが、皮肉なことにロシア側にさらに押し返される可能性が高くなっている。今後ソヴィエト連邦から独立した諸国のEU加盟、NATO加盟がさらに進み国際秩序の構図がさらに変化してゆくと思われる。

三方面の脅威に直面する日本

 フリージャーナリストの青沼陽一郎がJBPRESSに『安全保障の岐路なのに、遺憾や抗議ばかりでは国家防衛は成り立たない』という記事を書いている。北朝鮮は様々なミサイル発射を今年に入って9回行ってきたが、その都度日本政府は「抗議」を繰り返してきた。しかし幾ら抗議を重ねても北朝鮮にとって馬耳東風であり、抗議は全く無力だった。青沼は「ロシアによって国際秩序が壊されたところへ、中国と北朝鮮がどのような行動に出ても不思議ではなくなった。その時に日本は侵略に立ち向かうだけの準備ができているのか。」と懸念を表明している。

 中国及び北朝鮮に加えてロシアという、三つの脅威に直面している今、日本はこれまでの「NATO(No Action, Talk Only)外交」の転換を迫られている。3月10日の産経新聞のコラムに、編集委員の阿比留瑠比は「憲法9条と非核三原則で国を守るというのは笑えぬ冗談でしかない」と書いているが、「ダチョウの平和政治、NATO外交」を転換しなければ国を守ることはできない局面が到来しようとしている。

 ロシアによる脅威に直面した欧州諸国は、それまでの防衛政策を大転換し始めている。ドイツは従前の政策を転換してウクライナに対戦車攻撃兵器を提供することを決め、防衛費をGDP比2%超に増加することを即決した。中立国フィンランドはスウェーデンと共にNATO加盟の再検討に着手した。ウクライナ、モルドバ、ジョージアの三ヵ国はEU加盟申請の手続きを始めることを決めた。

拉致問題を解決できない日本

 正論の3月号に「拉致被害者救出は現憲法下で可能か」という記事を織田邦男元空将、河野克俊元統合幕僚長が書いている。「今の憲法、自衛隊法の下では自衛隊を動かして救出に向かうことはできない」というのがその結論である。

 もし台湾有事が起きれば、在留邦人及び外国人を安全に輸送する問題が現実のものとなる。織田邦男はこう書いている。「邦人輸送について自衛隊法では、防衛大臣は外務大臣から輸送の依頼があった場合、外務大臣と協議をして、安全が確保されていると認められる場合には邦人などの輸送を行うことができると規定されている。何かおかしいと思いませんか。安全ではないから、民間機ではなく自衛隊機が行く訳でしょう。」と。要約すれば「軍は悪で、自衛隊は軍だから悪の存在、だから自衛隊を動けないようにしているのが今の自衛隊法の成り立ちなのです。」と問題提起している。

 この構図は拉致被害者の救出にも当てはまる。河野克俊はこう書いている。「拉致被害者の救出について現行法で何ができるかと言えば、当該外国(この場合北朝鮮)の同意が必要なので、何もできません。国際基準からすると、私は法律にこう書いてあるからできませんというのが、自衛隊の抱えている最大の矛盾だと思います。自国民が非合法的に拉致され、塗炭の苦しみに逢っている訳です。これを救出するのは自衛権の行使であって、何ら国際法違反には当たらないと私は思います。どこかから何か言われても、自衛権の行使だと突っぱねればいいだけの話です。それが国際社会の現実です。」

「ダチョウの平和」政治を続けてきた日本

 これが戦後ずっと「ダチョウの平和」政治を続けてきた日本の惨状である。今日本は中国と北朝鮮にロシアを加えた三方の脅威に直面している。もし中国が台湾に軍事侵攻したら、もし北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んできたら、どうやって国を守るのだろうか。最悪の事態を想定すれば、近い将来に日本周辺に有事が勃発し、憲法や法律が足かせとなって自衛隊を思うように動かせない局面が現出するだろう。

 ウクライナ事変に直面して欧州各国がとった素早い行動は、現実にそぐわなくなった政策を見直し、法律の解釈を変更し、さらに必要なら法律や憲法を改正し、国民の安全を守るために必要なことは例外なく正す、そのために必要なら国民を説得して理解を得るという、目的思考に立った臨機応変の政治だったように思う。

 ウクライナ事変は、国際秩序を保全するスキームが無力であることを露呈した。つまり戦争を始めた当事者が常任理事国であるが故に、安全保障理事会は機能不全に陥った。戦後の日本は、特に冷戦崩壊以降は、今回のロシアのような軍事行動はもう起きないと想定してきたのではなかっただろうか。

 しかし現実にはプーチンは核兵器の使用をちらつかせながら軍事力で隣国を侵攻した。プーチンの後には習近平が控えている。戦後日本がとってきた「ダチョウの平和」政治の前提、即ち「危険が差し迫ると頭を穴の中に突っ込んで、不都合な事実は見ないふりをする。」というお伽話の前提が崩れ去ったことを認めなければならない。

 日本周辺有事に際して、日本はアメリカによる核の抑止力と攻撃力に期待している。一方で、今回ロシアが軍事侵攻を開始した一週間前にアメリカがウクライナ大使館を放棄して撤退した事実をどう理解すべきなのか。「欧州のことは欧州で対処してよ」という意思の発露だったとの解釈が成り立つのかもしれない。そして、もしその理由が「アメリカは対中に専念するから」というのであれば日本の期待どおりの展開となるだろう。そうではなく「核保有国の米露戦争は第三次世界大戦になるから」というのが理由であれば、米中の衝突も同じことになりはしないか。

 バイデン政権は昨年8月31日にアフガニスタンから撤退した。そして今年2月16日にウクライナからも撤退したが、「対中に専念するため」以外の理由が働いた結果であった場合、日本の楽観的な期待は再び裏切られることにならないだろうか。

 ロシア軍の侵攻後2週間経ってウクライナが降伏していないのは、国を守る強い意志を持った指導者と、それを支える国民があるからだ。もし台湾有事が起きた時に、日本は同じように毅然と行動する万全の準備はできているだろうか。台湾有事は日本有事であるというように、日本はアメリカの後ろに陣取るという訳にはいかないのである。

歴史の転換点に立つ日本

 ウクライナ事変に対して、主に次の二つの理由から日本は傍観者ではいられない。その一つは、ロシアの次に中国が控えていることだ。他一つは、現在の国際秩序を保全するスキームは、第二次世界大戦後に作られたものだからだ。日本には当事者としての役割がある。

 ウクライナ事変を国際社会がどう裁くかが、その後の新たなスキームを再構築することに繋がる。「台湾有事は日本有事」として認識される以上、ウクライナ事変後の国際秩序維持スキームの再構築には、役割を明確にした上で日本は主体的に関与すべきである。しかしそのためには、戦後の「ダチョウの平和」政治、「NATO外交」に決別することが条件となることは間違いない。

 冒頭に述べた「日米2+2」の合意文書に戻る。台湾有事を想定した覚悟を明記した画期的な文書だが、一方で実行力には少なからぬ懸念が残る。ここまで述べてきたように、有言実行の障害となる課題が二つあるからだ。

 第一は防衛予算の増額である。防衛費を増額しない限り、「日米2+2」の合意は絵に描いた餅で終わる。力を背景に国際法を無視して恫喝外交を行う国に対峙するには、第一義的には抑止力に必要十分な軍事力を持ち、同時にそれを補完する同盟国・友好国との強固な連携を持つ以外に効果的な対策はない。

 ドイツは日本と同じように、歴史的な経緯や国民の強い平和主義を背景に、トランプ前大統領からの要請に対しても、国防費の増額に抵抗してきた。そのドイツがウクライナ事変に直面して、ショルツ首相は国防費を2021年のGDP比1.53%から2%超へ増加させることに加えて、今年の予算から1千億ユーロ(約13兆円)を軍事部門に投資する意思を表明した。ウクライナ事変を教訓とし、台湾有事に備えるためには、日本にも同等の決断が求められる。しかもそれは今をおいて他にない。

 第二は、織田邦男、河野克俊両氏が指摘している、本来の自衛隊の活動を縛る法体系における諸制約の見直しである。台湾や朝鮮半島で有事が起きれば、在留邦人だけでなく、在留する諸外国の国民を速やかに国外に輸送する役割・任務・能力(RMC)が日本に期待されることは疑う余地もない。輸送のみならず、自衛隊の本来のRMCを制約する要因を事前に取り除いておかなければならない。

 2022年という年が戦後76年の歴史の大転換の年となることは前編で書いた。この国難を乗り越えるためには、「ダチョウの平和」政治と「NATO外交」からの転換が待ったなしとなる。但し、その転換は容易ではないだろう。そう考える理由は、戦後の日本人が、政治家だけでなく国民もおしなべて「専守防衛マインド」に洗脳され、「平和ボケ」と言われる状態にあることだ。

 毎年8月になると「戦争は二度としない、核兵器は廃絶すべし」と誓いつつ、憲法改正も非核三原則も議論はおろか考えることすら拒絶する空気が存在してきた。一方では日本に多くの米軍基地があることには誰も異論を唱えない。宗教家が平和を祈ることは否定しないものの、21世紀の独裁者が軍事力を使うことから国を守るためには、この思考停止状態から脱出しなければならない。「平和を守りたければ、戦争に備えよ」という格言に立ち返り、「専守防衛マインド」から脱出しなければならないのだ。

 ウクライナ事変は、我々日本人に「平和ボケから一日も早く覚醒せよ」と警鐘を鳴らしてくれたのではなかっただろうか。

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