日本を取り戻す千載一遇の好機到来

 アメリカ大統領選は、共和党の予備選挙で既にトランプ元大統領が33州の内31州で勝利して指名を獲得した。ロバード・ケネディ・ジュニア氏が無所属で出馬して3月26日に副大統領候補を発表するというニュースがあり、波乱要因となる可能性があるが、実質トランプ対バイデンの一騎打ちの構図となりそうだ。

トランプ第2次政権の政策

 3月22日の産経新聞紙面に、トランプ陣営の政策研究機関である「米国第一政策研究所(AFPI)」で外交政策を統括するフレッド・フライツ氏に対する古森義久氏のインタビュー記事が掲載された。トランプ第2次政権が誕生すれば、フライツ氏は安全保障政策を担う政権の要職に就任する可能性が高い。はじめに発言の要点を以下に紹介する。

安全保障政策全般

 トランプ氏の安全保障政策は「力による平和」であり、抑止のための軍事力の選別的な行使だ。軍事力の行使には慎重に同盟諸国と協力するが、同盟国側にも相当の役割を期待する。「強い米国」の再現を目指し、国防予算を大幅に増加すると同時に、同盟諸国の防衛負担を求める。

アジア太平洋政策

 トランプ次期政権はバイデン政権が軽視してきたアジア太平洋への政策を再強化する。中国を米国にとって最大の脅威であるとみなし、十分な軍事抑止力の保持と対話の両面の姿勢をとり、台湾への攻撃を抑制する方針だ。バイデン政権が放置してきた北朝鮮の核やミサイルの増強に対しては、軍事オプションを含めて強固な措置をとる。ロシアへの兵器供与を止め、一時は合意した核開発の停止を履行させる。

対日認識

 米国益優先という米国第一外交にとっても、アジア全域での経済や安保面の利益保持には日本との絆が決定的に重要と考えている。防衛面での絆の強化を基本とし、日本側とともに尖閣諸島に対する中国の軍事攻勢に共同で対処する誓約を明確にする。国務長官や駐日大使にも日本重視を認識する人材を充て、特に駐日大使は日本の内政に干渉などしない人物を任命するだろう。

NATOとの関係

 トランプ氏の米国内での人気を恐れる欧州のエリートやグローバリストが、最近NATO離脱などというネガティブな予測を語り始めたが、根拠はない。トランプ氏は在任中からNATO諸国の国防費の公正な負担(GDP比2%以上)を求めているだけだ。

 極めて明快である。トランプ氏の言動は短絡的に捉えられがちで物議を醸しているが、トランプ氏はリアリストでプロのディールを自認していることを考えると、フライツ氏が言うように、政策の基本にあるのは「強いアメリカを目指し軍事力を強化する。その行使には同盟国と慎重に協議し、同盟国に応分の負担を求める」というプリンシプルだ。

自民党の凋落と本来の使命

 翻って日本では、パーティ券収入の未計上という激震が自民党を襲っている。他方脅し文句にせよプーチン大統領が第三次世界大戦に言及するなど、国際情勢は第二次世界大戦以降で最大の危機に直面している。この国際情勢において、いつまでもスキャンダルな話題に埋没していれば、「自民党という政党は結局、終始『内向きの似非保守』だった。もはやゾンビ政党でしかない。」とみなされて、岩盤支持層からも見放されるだろう。

 ここで断言しておきたいことは、自民党を崩壊の淵に追い込んでいる主因は、「自民党は本当に保守政党か」という疑念だということだ。このままでは「保守政党としての自民党は安倍元首相が銃弾に倒れた時点をもって終わった」として歴史に記録されることになりかねない。

 視点を変えれば、崩壊の危機から復活するための唯一の道は、本来の保守政党に戻ること以外にはないということだ。その文脈で考えると、トランプ第2次政権の誕生は願ってもない千載一遇のチャンス到来となるだろう。そう考える理由を以下に述べる。

 日本経済はデフレからの脱却に向けてようやく一歩を踏み出したところであり、「失われた30年」と決別する光明が見えてきた感がある。同時に「戦後レジームからの脱却」を一気呵成に推進できる好機が到来する。フライツ氏が示唆するように、トランプ大統領は強いアメリカを志向しつつ国際秩序の再構築に取り組むだろう。

 但し、長期的な動向としてアメリカの覇権力は弱体化しつつある。ロシアのウクライナ軍事侵攻が象徴するように、アメリカの力が弱まれば専制主義国家による国際秩序を無視する行動が増加するだろう。ロシアや中国と対峙するために、アメリカは日欧との強い同盟関係を必要としている。

 一方、現在の日本には、戦後のGHQによる占領政策に起因する、凡そ独立国とは言えない不合理な制約が随所に残っている。戦後の政治家は当然その事実を知りながら黙認し棚上げしてきた。例を挙げれば、必要以上に多くの米軍基地があること、不平等な日米地位協定が残っていること、思いやり予算、横田基地との関係から羽田空港周辺に日本の管制権が及ばない空域が存在すること、アメリカ従属の外交政策等々だ。

 ここでトランプ第2次政権が抱える課題と、日本が歴史的に抱えている未解決な課題を同時に解決する道が拓けるのである。以下に説明しよう。

トランプ第2次政権において日本が果たすべき役割

 トランプ氏が進めようとするシナリオを実現させるには、日本が従来とは次元の異なる、一段と大きな役割を担う必要がある。そのためにはこれまで「支配-従属」だった日米関係を、「兄貴分-弟分」の関係にレベルアップすることが必須要件となる。トランプ氏は取引の達人を自負しているのであるから、彼の期待に応えつつ、現在も日米間に残る不平等な関係をまとめて解決するというディールを行えばいい。

 トランプ氏は日本がレベルをアップした役割を担うことを歓迎する筈である。またトランプ氏は戦後の「異形で不平等な日米関係」に対して、歴代アメリカ大統領の中で最もビジネスライクに考える人物と思われるので、現在も残るGHQの置き土産を一掃することに難色を示すことはない筈だ。成否は日本側のアプローチ次第だが、戦後レジームを一気呵成に解決する好機が到来する。

 日本は安全保障でのアメリカの同盟国に留まらず、経済・技術分野では強い協力関係にあり、さらに世界最大の債権国日本と最大の債務国アメリカという特別な関係にある。弱体化するアメリカを補完することは日本の国益にかなうばかりか、国際秩序を再構築するためにも、日本が担うべき役割である筈だ。

 トランプ氏が同盟国がより自立的に応分の役割を担うことを要求するのであれば、「相分かった。そのためにも戦後の異形な日米関係を正すことがお互いの利益となる。」と、トランプ氏とディールを行えばいい。ポスト岸田に求められる最優先かつ最重要の役割がここにある。

歴史を造るリーダーの要件

 問題はその大きな役割を担うことができる政治のリーダーは誰かということになる。岸田総理の次のリーダーには、その大役を担う資質と能力、加えて胆力が求められる。現状の危機から何とか抜け出して自民党の存続を図るというような、矮小な動機から次のリーダーを選ばれては迷惑極まりないことを一国民の立場から述べておきたい。

 ここでリーダーの資質を考える格好の事例として、トランプ氏とバイデン氏、二人の決定的な違いについて述べておきたい。鍵は『プリンシプルの有無』である。トランプ氏が目指すのは強いアメリカを実現することであり、思考はビジネス流儀で外交はディールを基本とする。

 フライツ氏のインタビューの中で興味深いのは、バイデン政策の失敗に関する分析である。「バイデン政権は軍事力を軽視し、気候変動への対処に重点をおく。その結果、アフガニスタンからの撤退の大失態に始まり、ロシアのウクライナ侵略、ハマスのイスラエル攻撃、中国の台湾への軍事威嚇など米国の力の弱体化を誘因とする騒乱が起きた。」と評している。的確な指摘であると思う。バイデン氏の政策にはブレがあり、相手の威嚇に躊躇して行動を一歩引いてしまう弱さがある。一言で評すれば、プリンシプルを持ち合わせていない政治家だということだ。その弱さが力を信奉するロシアや中国等の専制主義のリーダーに見透かされる。

 この構図は安倍元総理と岸田総理にもそのまま当てはまる。安倍元総理はプリンシプルを持ち合わせていたから、相手がトランプだろうがプーチンだろうが習近平だろうが、言うべきことは言い、相手を説得する強さを持ち合わせていた。「猛獣使い」と評された所以である。その資質こそがトランプ元大統領から一目置かれる信頼を勝ち取った理由でもある。残念ながら岸田総理にはそれがない。

 歴史観、世界観、国家観というものを持ち合わせていないのである。リーダーには二つのタイプがある。第一は絶対座標系で自己位置を認識し、進路を見定めて意思を持って対策を講じるリーダーであり、第二は相対座標系で周囲の人との間合いをとりながら応手を模索するリーダーである。

 絶対座標系で思考するリーダーは、歴史観、世界観、国家観を羅針盤とするが故に思考がブレないし、相手の脅しや駆け引きにも動じない強さを持っている。それに対して相対座標系で思考するリーダーは、相手に対する斟酌や忖度を優先するから、打つ手に一貫性がなくなりぶれて妥協的になる弱点がある。

戦うことを忌避しない

 戦略家エドワード・ルトワックは、3月23日の産経新聞に『欧州は戦いの文化取り戻せ』と題して寄稿している。重要な論点が含まれているので要点を引用したい。

 ≪欧州では昔から戦争が頻発し、濃密な「戦いの文化」があったが、こうした文化は欧州の多くの国々で今や完全に死滅した。それでもロシアに近接する北欧諸国は「戦いの文化」を失わず、徴兵制を維持してロシアとにらみ合う。英国もロシアへの強硬姿勢を堅持し、既に少人数の英軍要員をウクライナに派遣している。

 一方で、ドイツやイタリア、スペインといった欧州の大国では誰も徴兵制について語らず、ウクライナ派兵にも否定的だ。何故ウクライナに軍を派遣しないのかとイタリアのクロセット国防相に訪ねたところ、「そんなことをすれば与党内で反発が出て政権は倒れる」と反論したという。

 「戦いの文化」を維持するプーチン体制の攻勢に晒されるウクライナに残された時間は少ない。そして欧州も目を覚ます必要がある。第一次世界大戦後の間違った戦争忌避志向がヒトラー率いるナチス・ドイツの台頭を許した歴史を繰り返してはならない。≫

 この指摘は、現代の西欧諸国を蝕んでいる二つの深刻な課題の存在を示唆している。一つは平和が脅かされている状況にありながら、戦争を忌避する政治リーダーであり、他一つは西欧社会を覆うポピュリズムである。スキャンダルな事件で右往左往している日本はさらに深刻な状況にあるという他ない。

 ウクライナとポスト・ウクライナの欧州情勢を展望すると、専制主義のプーチン大統領のウクライナ侵攻を成功させないために西側諸国がとるべき行動は、戦争をも辞さない断固たる姿勢をプーチンに示すことに尽きる。現状を米欧日のリーダー対プーチンの心理戦として捉えれば、「どうせ西側にはロシアに戦争を挑む度胸はない」とプーチンは腹を括ってきた。「核兵器を使うことも辞さない」という脅し文句を繰り返して、欧米日のリーダーをたじろがせる戦術をとってきた。即ちこの心理戦ではプーチンが明らかに優位に立っていると言わざるを得ない。

 この構図を反転させない限り、国際法を無視し国際秩序を瓦解させたプーチンの暴走を止めることはできないだろう。現在までの状況は、専制主義対民主主義の戦いにおいて、民主主義であることが弱さになる危険性を物語っている。言い換えれば、国際秩序を回復するために西側諸国がとるべき行動は、米欧日の一層の団結など、民主主義であることの強さを示すことに他ならない。

マクロン大統領が示した矜持

 マクロン大統領は2月26日に「ウクライナでロシアを倒すことは欧州の安全保障にとって不可欠だ」と述べ、西側の地上部隊をウクライナに派遣する可能性について「合意はないものの、何も排除すべきではない」と述べた。さらに「今日は、地上部隊の派遣について、公式に了解され承認されている形での合意はなかったものの、その動きについては、何も排除するべきではない。ロシアがこの戦争に勝てないよう、我々はあらゆることをする」と発言した。

 ショルツ首相が翌日慌てて「欧州諸国やNATOが派兵することはない」と明確に否定すると、マクロン大統領は3月5日にプラハでウクライナ支援について「臆病者にならないことが必要な時期が近づいている」と強調し、部隊派遣を巡る自身の発言についても取り下げなかった。マクロン大統領の頭にあるのは、「この戦争、ロシアを勝利者にしてはならない」という信念である。実際に派兵するかどうかは別として、専制主義者に対して一歩も引かない姿勢こそが、有事に臨む政治リーダーに求められる資質であることを物語るエピソードである。

エピローグ

 今国際社会は秩序のタガが吹き飛んでしまった状態にあり、このカオス状態を収める方法と実行するリーダーが不在のまま漂流している。この状況で、もしトランプ第2次政権が誕生すれば、世界がその一挙手一投足に注目して一旦行動を停止する状況が生まれる可能性が高い。好きか嫌いかは別として、このカオス状態の中で秩序を再構築できる一つの可能性として、トランプ再登板が期待されることは間違いない。

 ロシアのウクライナ軍事侵攻が起きた理由の一つは、アメリカ覇権の力が弱体化したからだ。国際秩序を保持するために、アメリカの力が今少し必要であることを世界は認識を新たにした筈だ。専制主義に立って武力を行使する国家が存在する以上、それを抑止できる力を保持する国家がリアルポリティクスとして必要なのだ。アメリカ第一主義を掲げるトランプ氏がアメリカの力を強化して国際秩序の再構築に挑むとすれば、同盟国として欧州と日本はそれを全力で支えなければならないだろう。

 日本にとってそれが死活的に重要な理由は、その役割を担うことこそが「戦後レジームからの脱却」を一気呵成に推進できる道であることだ。そのために今日本が必要としているのは、そうした本来の保守としての任務を断固として推進してゆく信頼に足る政党の出現であり、有事のリーダーの登場に他ならない。 結党以来の危機に直面して、もし自民党首脳部が古色蒼然たる人事で乗り切ろうとするのであれば、志ある政治家にはさっさと自民党に見切りをつけて本来の保守政党を結成するくらいの気概を見せてもらいたいと思う。これは自民党にとっての正念場ではなく、尊厳ある日本を取り戻せるかどうかの正念場であることを政治家にはよくよく考えて欲しいものだ。

怒りを取り戻す:GDP4位転落

 2月15日に内閣府が2023年の国内総生産(GDP)の速報値を発表した。経済規模をそのまま表す名目GDP値(ドル換算)でドイツに抜かれて世界第4位に転落したニュースが日本を駆け巡った。内閣府が公表した主要なデータは以下のとおりである。

本稿を書くにあたり、参照した資料は以下のとおりである。

資料1:産経新聞、2月16日記事

資料2:「GDPがドイツに敗れて世界4位に転落したワケ」、高橋洋一、現代ビジネス、2024.2.19

 ・日本のGDP(2023年) :名目591兆4820億円、実質558兆7156億円

 ・日独比較(名目、ドル換算) :日4.21兆ドル⇔独4.46兆ドル

 ・同(人口)                                         :日1億2443万人⇔独8482万人(日本の68.1%)

 ・同(GDP/人、名目)           :独4.87万ドル⇔日3.41万ドル(ドイツの69.9%)

 「GDP世界4位に転落」に関する報道は、その他のニュースにかき消されて、「大変だ、大変だ」と連呼しただけで、直ぐに忘れ去られていった感がある。「今後の為替レート如何で直ぐに再逆転する可能性もある」という楽観論もある。何れも的を外していると言わざるを得ない。この事件の背景には戦後政治に係る非常に重要なポイントが隠れているからだ。

 はじめに政府や産業界の反応を見ていると、「今年の春闘でどこまで賃上げできるかが大事だ」と問題のすり替えが行われている。これは自民党のパーティ券問題が、本質は政治資金の問題であるにも拘わらず、いつの間にか「派閥解消」へ見事にすり替えられた構図と同じである。

 結論を先に書くと、「GDP転落」事件の本質は次の2点に要約される。以下に順次説明する。

1)春闘の賃上げに矮小化される問題ではなく「失われた30年」以降今も続く経済政策の失敗の問題である

2)背景に「我慢強く怒らない日本人」の文化があり、それが日本の弱体化を抑止できなかった原因に一つである

「GDP転落」を物語るデータ

 ここでは細部構造に立ち入らずに俯瞰的な分析を試みる。はじめに日独GDP(名目値)の推移を図1に示す。

<日本経済の推移の全景>

 日本のGDPの推移をみると、1980年~1995年~2012年~現在の3区間で動向が明らかに変化していることが分かる。つまり1980年~1995年が高度成長期で、1995年をピークとして「失われた30年」が始まり、2012年に歴史上のピークを記録した後、急激に失速して現在に至る変化である。

<日独比較>

 まず1995年と2012年の二つのピークを基準として、ドイツのGDPと比較してみよう。1995年に日本のGDPはドイツの2.14倍の規模があった。2012年にはそれが1.78倍にまで縮小したものの、両国のGDPにはまだ大きな開きがあった。

 それを1995年から2023年に至る変化でみると、日本のGDPが23.7%減少しているのに対して、ドイツは逆に71.1%増大している。この結果2倍強の圧倒的な開きがあったGDPが28年間で逆転したのである。問題は何故そんな逆転劇が起きたのかだ。

<円安の影響>

 第一に疑われるのは円安である。GDPの国際比較はドルベースで行われるので、為替レートに直結して変動する。図2に円とドルの為替レートの推移を示した。

 図2から明らかなように、円高のピークは二つある。1995年と2012年であり、GDPのピークと一致している。GDPがドル換算されるので当然の結果である。

 次に、二つのピークから現在に至る為替レートの推移をみると、1995年→2023年では46.4円、2012年→2023年では60.7円もの急激な円安が進んだことが分かる。この結果2023年のドル換算のGDP値は、1995年比で67.0%に、2012年比では何と56.8%に縮小したのである。

<経済成長の実相>

 図3は経済成長の実勢をみるために、ドル換算前の実質GDP(円)の推移を描いたものだ。実質値は名目値に対して物価変動の影響を補正した値である。

 マクロな推移としてみると、1994年~2023年の間にGDPは年3.4兆円ずつ直線的にかつ緩やかに増加してきたことが分かる(オレンジ色の直線、最小二乗法近似)。但し成長率でみると、これは年0.6~0.7%程度で、決して褒められた数値ではない。

 参考までに2022年の世界の実質GDP伸び率を示すと、アメリカ2.1%、イギリス4.1%、ユーロ圏3.3%、先進国2.6%、世界3.5%だった。ザクっといえば日本の経済成長はアメリカの1/3、ユーロ圏の1/5、先進国平均の1/4程度だったということだ。「失われた30年」と言われる理由がここにある。

<失われた30年の原因>

 では図3で経済成長が低迷した要因は何だったろうか。外的要因と内的要因を分けて考える。まず外的要因では世界規模の重大事件が二つ発生している。第1は2009年9月に発生したリーマンショックであり、第2は2020年初から始まったコロナパンデミックである。何れも図3の二つの大きな落ち込みと合致しており、その原因となったことは明らかである。但しこの事件は世界レベルの事件であり、日本が直撃を受けたものではない。従って長期に及んだ「失われた30年」の原因ではない。

 一方、内的要因としては三度実施された消費税増税がある。増税は次のように行われた。第1弾は1997年4月に実施された3%→5%へ、第2弾は2014年4月に実施された5%→8%へ、そして第3弾は2019年10月に実施された8%→10%への引き上げである。図3が示すように、増税は急激な落ち込みをもたらしてはいないが、経常的に内需が不足しているデフレ下で、国民の可処分所得を強制的に削減させたことから、長期的かつ慢性的な悪影響を与えたことは明らかである。

 大蔵省OBで『官僚国家日本を変える元官僚の会』の幹事長を務める嘉悦大学大学院の高橋洋一教授は、「失われた30年」をもたらしたもう一つの原因として「デフレ下での慢性的な公共投資の過少」を挙げている。「毎年の公共部門の過少投資は、民間投資の呼び水としての役割を果たさず、国土強靭化も進まず、低金利という絶好の投資機会を逃した。」と手厳しく指摘する。

GDP4位転落問題の本質

 高橋教授は、GDP転落の本質的な原因について、次のように総括している。

・大恐慌以降、金本位制に代わって管理通貨制度が構築され、ケインズ経済学による有効需要創出が普及した結果、インフ レは多いがデフレはなくなった。唯一の例外が「日本の失われた20年」である。

・(失われた20年は)財務省と日銀という強い権限を持つ官僚機構、マクロ経済の専門知識の欠落、それに官僚の無謬性によって、誤った政策を長期間続けた結果である。

 難しいことは言わずとも、以下の二つの事実から、日本が長期にわたって、そして現在もなお誤った経済政策を続けてきたことは明白である。

・30年経ってもデフレからの脱却を果たしていない。

・長期デフレ状態に埋没しているのは、大恐慌以来世界で日本のみである。

 では具体的に、どこをどう誤ったのかを指摘しておきたい。

1)デフレは民間需要の減少であり、デフレから脱却するためには内需を喚起する必要がある。そのためには可処分所得を増やす減税こそ有効な政策であるにも拘らず、また欧米はマクロ経済の原理原則に従って躊躇なく減税を行うのに対して、日本政府は消費税増税を繰り返した。これは致命的な自滅行為だった。

2)民間消費・投資が減少する状況下で経済成長を実現するためには、<GDPの定義に従って>積極的な公共投資を行い、政府消費を増大させることが正しい政策である。ところが政府はプライマリーバランス(PB)の追求を優先して終始積極財政政策をとらなかった。経済成長とPBは同時に実現できない二律背反の命題であり、経済成長を軌道に乗せるまでPBは棚上げすべきだったにも拘わらず、政府は「二兎を追うもの一兎をも得ず」の誤った政策を繰り返してきた。

3)もう一つ忘れてならないのは、戦略なきエネルギー政策が国民のエネルギー負担を重くしたことだ。要点は二つある。一つは急ぎ過ぎた「発電の脱炭素化」であり、他一つは「原発」忌避である。前者は世界の潮流におもねり、後者は国民感情に忖度した結果であることは言うまでもない。その結果年間2.4兆円もの賦課金を国民に課した。これは国民一人当たり2万円/年の増税と同じであり、今も続いている。

4)最後に挙げる理由は、日本固有の文化に係る問題である。一つは日本が「誰も責任を取らない」社会であること、他一つは日本人が「我慢強く怒りの声をあげない」気質であることだ。

総括

 世界にあるのが日本一国で、かつ日本が社会主義の国であるならば、経済成長は必ずしも必要ないだろう。しかし現実は世界が競争の場であることと、国力の要素が国土と人口、経済力と軍事力であることを勘案すれば、力強い経済成長は国家にとって最優先かつ最重要の必達命題であることは自明の理だ。現実はどうだったか。図1及び図2が如実に示すように、結果から判断する限り、政治家においてこの認識が充分ではなく、官僚は国益よりも省益を優先してきたことが明白である。高橋教授が指摘するように、政治家も官僚もマクロ経済を正しく理解していないという他ない。

 「GDP転落」のニュースが国民にとって衝撃的だったのは、日本が1995年以降、世界との競争においてじり貧となってきた現実を再認識させられたことだ。この期間に三重の意味で「日本の弱体化」が進んでいる。第一に他の先進国に先んじて人口減少が顕在化した。第二に日本だけが「失われた30年」で経済力を弱体化させた。そして第三に、トドメを刺すかのように、2012年以降11年間で1ドル=約80円から60円も、率にして実に76%も急激に円安が進んだ。

 円安は輸出等、業種によって国際競争において有利に作用することは事実だが、ドル換算の世界では国力低下以外の何物でもない。「国力が強い国の通貨は強い」ことを忘れるべきではない。既に分析してきたように、ドイツとのGDP逆転の第一の要因は行き過ぎた円安にあることは明らかだが、急激な円安をもたらした主要因が「失われた30年」にあることも自明である。

 そして「失われた30年」の原因は誤った経済政策を続けてきたことにある。では誤った経済政策を続けてきた原因は何処にあるのか。ここを正さない限り、日本が強い経済を取り戻すことは困難と言わざるを得ない。マクロ経済を理解しない政治家、国力最大化を追求しない官僚、減税を拒否し「隙あらば増税」を画策してきた財務省の責任は極めて重いと言わざるを得ない。

 もう一つ根深い問題がある。それは「怒りを忘れた日本人」である。「日本の弱体化と国民の貧困化」をもたらした政治責任を追及する怒りの発露がない。日本は民主主義の国であり、政治家や官僚の責任を追及するのは国民の役割でもあるのだが、他の先進国と比べて日本では政治を政治家と官僚に丸投げしてこなかっただろうか。我慢強い国民性が「失われた30年」を黙認してきたとも言える。国民が沈黙しているが故に、マスコミも官製報道に終始してきた側面がありそうだ。

 現在メディアを賑わしているのは、自民党のパーティ券を巡る政治資金問題である。与党も野党も、盛んに「国民の納得が得られない」と言うが、国民の一人として国民の真の怒りはそんなところにはないと断言しよう。そのようなスキャンダルの話題など、議事堂の片隅の部屋でさっさと解決してくれればいいのであって、激変する国際情勢の中で、連日大騒ぎする重大事では断じてない。

 この資料で取り上げたのは「日本の弱体化と国民の貧困化」に関わる問題である。単純に金額で比較すれば、パーティ券の事件よりも優に5桁以上も大きな日本国の富の損失に係る問題である。このことを肝に銘じた上で、与党も野党も「GDP転落」問題の本質を追究して、是正策について国民の前で論戦を戦わせてもらいたいものである。それこそが政治家の使命である筈だ。

 この記事を書いている2月22日、日経平均株価が史上最高値を更新したというニュースが流れた。そのこと自体は悪いニュースではないが、たった1週間の内に流れた二つのニュース、「GDP転落」と「株価史上最高値」には大きな乖離を感じざるを得ない。

 GDP転落は長期動向であり、現在に至る日本経済の実力を反映したものだ。それに対して株価高騰は「株価は期待先行で動く」の格言通り、中国市場から資金を引き揚げた国際投資家が資金を日本に投入した結果である。日本経済の実力を反映したものではないから、バブル期のような高揚感がないのである。それが乖離の正体である。

 デフレからの完全脱却を果たし、「失われた30年」にピリオドを打ち、円高を取り戻すまでの道のりはこれからが正念場である。GDPを押し上げる大きな潮流を作り出すことが出来なければ、株価高騰はマネーゲームで終わる。「日本弱体化と国民の貧困化」の現実は相当深刻と認識すべきである。

歴史はこうして作られる(3)

リーダーシップとガバナンス

混沌化した世界

 コロナ・パンデミックが発生して以降、複数の重大事件が相次いで起き、世界情勢は一気に混沌化した。代表的な事件は以下のとおりである。

 <2020年、コロナ・パンデミック>2020年頭にコロナウィルスによるパンデミックが起きた。世界規模で人の流れが止まり、マスクなどの医療品が世界規模で枯渇し、サプライチェーンの脆弱性が大きな社会問題となった。それから3年半が過ぎた。日米欧ではコロナ以前の水準に経済が回復してきたが、中国では誤ったゼロコロナ政策を3年続けた結果、経済は失速したままで明暗が分かれた。それ以前から進行していた不動産バブル崩壊と重なって、中国経済は危機に直面している。

 <2022年、ロシアによるウクライナ侵攻>2月にロシアがウクライナに軍事侵攻した。戦争とロシアに対する経済制裁の結果、エネルギーと食料を中心にサプライチェーンの大混乱が起きた。資源不足はインフレをもたらし、米欧はインフレを鎮静化するために矢継ぎ早に政策金利を引き上げた。この結果ドルが高騰し、世界各地に投資されてきたドル資金が還流を始めた。さらにロシアを国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出した結果、主にエネルギー取引においてドル離れが加速した。

 <米中対立の激化>トランプ政権下で2018年10月に行われたペンス副大統領の講演と、バイデン政権下で2022年9月に行われたサリバン大統領補佐官の講演は、中国に対する実質的な宣戦布告と言われている。この場合の戦争は「兵器を使わない代わりにあらゆるものを武器化する」21世紀型の戦争である。サリバン氏は約30年間続けてきたグローバリゼーション政策を大転換して、中国に対するアメリカの力を抜本的に強化する新たなワシントン・コンセンサス構想を発表した。(https://kobosikosaho.com/daily/928/)

混沌化させた要因:ロシア

 このように2020年代になって世界秩序は一気に混沌化したが、こうした世界情勢の激変は当事国であるアメリカ、ロシア、中国の指導者がとってきた政策がもたらした結果に他ならない。直言すれば、リーダーシップの誤りとガバナンスの欠如がもたらした人為的な歴史である。

 如何なる事情があったにせよウクライナ戦争を起こしたプーチン氏の責任は重大である。アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)が第二次世界大戦後に発生した国家間の戦争を調査した結果によれば、1年以内で終結した戦争が51%ある一方で、1年以上続いた戦争は、終結までに10年以上かかったことが判明している。(湯浅博、産経6/30)ちなみに、ウクライナ戦争は既に16ヵ月に及んでいて長期化が懸念される。

 今年6月24日に起きた「プリゴジンの乱」は1日で沈静化したが、ロシア軍内部に複数の支持者がいることが明らかになった。このため、プーチン大統領は「反乱軍」を軍事力で制圧することも、首謀者プリゴジン氏を処分することもできずに、自らの権威が時間と共に失墜してゆく苦境に立たされている。恐らく「プリゴジンの乱」は、プーチン政権が崩壊する第一幕として歴史に記録されることだろう。

 ロシア情勢は今後ますます混迷を極めるだろう。まだ断定することは時期尚早だが、ウクライナを短期間に併合するつもりだったプーチン氏の目論見は完全に外れ、逆にロシアが弱体化する危機を招いた。ウクライナを焦土に変え、双方に多数の死傷者を出したプーチン氏の判断ミスは甚大である。ウクライナ侵攻は「リーダーの判断ミスは、甚大な被害をもたらす」という貴重な教訓として歴史に刻まれなければならない。

混沌化した要因:中国

 アメリカが約30年間推進してきたグローバリゼーション政策の最大の受益者は中国だった。鄧小平が推進した「改革開放」政策の結果、中国は「世界の工場」の地位を獲得し、2010年にはGDPで日本を抜いて世界第二位の経済大国となった。そして江沢民、胡錦涛の後に2012年11月に総書記に就任した習近平氏は、歴代政権が踏襲してきた「韜光養晦(とうこうようかい)」政策を大転換して「戦狼外交」を展開した。

 しかしながら2020年以降に習近平氏が相次いで実施した政策は、失敗に失敗を重ねる展開となった。トランプ政権が始めた高関税措置とバイデン政権にも継承された半導体の禁輸制裁に加えて、オウンゴールともいうべきゼロコロナ政策の大失敗によって経済は急失速し、未だに回復の兆しがない。

 現在、パンデミックを制圧して経済が回復過程にある日米欧とは対照的に、中国経済は深刻である。深刻さを物語る代表的な指標は以下のとおりである。

①2016年に新華社通信は、中国の人口が約14億人に対して、鬼城(住人のいないマンション)は34億人分に上ることを発表した。(現代ビジネス7/6)

②中国経済は2021年以降不況に突入した。2021年、2022年の経済成長率は公式発表で8.4%、3.0%だが、実態は2021年に急減速し、2022年にはマイナス成長となったことが明らかだ。(同上)

③当局が発表した16歳~24歳の失業率は20%超に達する。(同上)

④中国財政省の公式発表では、昨年末時点での地方政府の債務残高は約35兆元(約700兆円)で、昨年の利子負担は初めて1兆元(約20兆円)を超えて3年で2倍に増えた。(東京新聞6/5)

⑤2022年度の不動産価格は前年比で26%減少した。不動産価格がこれ以上下落すれば、1100兆円とも言われる隠れ債務が表面化して地方財政は破綻する。(現代ビジネス6/28)

⑥中国の未来に見切りをつけて、米国へ亡命する中国人が急増している。米国土安全保障省によれば、昨年10月以降に中国人からの密入国者は6500人を超え、前年同期比で約15倍に跳ね上がった。(週刊現代6/28)

⑦「一帯一路」は、7481億ドル(約104兆円)を投じた習近平の目玉政策で、対象国は150カ国に及ぶ。アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)によると、中国は大躍進時代に毎年1000億ドル(約14兆円)を注ぎ込んだが、現在では年間600億ドル(約8兆円)台に減少している。一方で不良債権は768億ドル(約11兆円)に達している。(ZAKZAK6/19)

⑧東南アジアに対する中国の政府開発融資は、2015年の76億ドルから2021年には39億ドルになり、6年間で半減した。この結果東南アジア投資に占める中国のシェアは全体の1/4から1/7に減少した。この事実は中国が経済と金融の問題を抱え込んでいることを示している。(北野幸伯メルマガ7/6)

 パンデミックが起きて日米欧の中央銀行は実体経済を支えるために、超低金利、量的緩和、さらには民間が発行した証券の購入などを大胆に実施した。それとは対照的に中国はゼロコロナ政策をとって都市の封鎖に踏み切った。先進国がコロナの制圧と経済の回復の両方を睨みながら政策を行ったのに対して、中国は習近平自身の面子に拘った誤ったゼロコロナ政策を今年1月まで約3年間頑なに維持した。ゼロコロナ政策が中国経済の息の根を止める悪手だったことは明白である。

混沌化した要因:アメリカ

 バイデン政権の任期は残り1年半余となった。バイデン大統領は現在ロシアと中国に対し二正面戦争を進めているが、一方で民主党政権下にあってアメリカの国内情勢は混乱の極みに向かっていると言わざるを得ない。ズバリ言えば、民主主義と法治制度の崩壊が進んでいる。崩壊プロセスは2020年大統領選挙において行われた組織的な不正に始まり、2024年大統領選に向けて正念場を迎えるだろう。

 <民主党がでっち上げたロシア疑惑>6月21日に開かれた下院本会議において、ロシア疑惑をでっち上げた民主党シフ議員に対する問責決議案が可決された。そもそもロシア疑惑は2016年10月、大統領選挙の1か月前に、国土安全保障省が「民主党の全国委員会のコンピューターがサイバー攻撃を受けた。ロシア政府の指示で実行されたと確信している」という声明を発表したことから始まった。それ以降トランプ大統領を揺さぶり続ける“ロシア疑惑”となった。

 その後モラー特別検察官、ホロウィッツ司法省検察官、ダーラム特別検察官による、個別の捜査が2年にわたって行われ、トランプ氏とロシア政府との共謀の事実はなかったという総括が行われて疑惑は消滅した。シフ議員は英政府の元諜報員がアメリカ民主党筋の委託で作成した「スティール文書」中にあるトランプ氏に関する虚偽の記述に基づいて、トランプ氏を糾弾する民主党の情報特別委員会の委員長としてロシア疑惑の先頭に立っていた。(古森義久、産経6/30)

 <バイデン・ファミリーに係る疑惑>トランプ大統領に対するロシア疑惑とほぼ同時期に、バイデン大統領に係る疑惑が進んでいた。主なものは次のとおりである。(参照、カナダ人ニュースhttps://www.youtube.com/@canadiannews_yt)

①バイデン大統領の次男、ハンター・バイデンを巡る疑惑で、当人が使用していたPCデータがFBIによって解読され、459件の犯罪容疑(ビジネス犯罪140件、性犯罪191件、薬物犯罪128件)が明らかになった。

②ハンター・バイデンには、ウクライナのブリスマ社からの賄賂と捜査揉み消しの他、ロシア、中国他からのマネーロンダリング疑惑もある。

③バイデン大統領本人の収賄容疑もある。

④バイデン・ファミリーに係る疑惑については、2018年以降に歳入庁(IRS)やFBIによる捜査が行われ、州の連邦検察に起訴勧告が提出されたが、司法省や連邦検事などによる妨害工作があり、以降今日まで司法も大手メディアも無視してきた。

⑤2022年11月に行われた中間選挙で、連邦議会下院の多数を共和党が奪還したことから、バイデン・ファミリーに係る疑惑に対して捜査が再開されるようになった。

⑥2021年1月6日に起きた連邦議事堂暴徒乱入事件は、FBIが作り上げた物語だった可能性が濃厚となっている。当時のFBI副長官が「トランプ大統領支持者による暴徒乱入」仮説を疑問視する捜査員に対し、自分の指示に疑問を呈する捜査員は不要だと恫喝発言を行っていたことが、FBI支部のトップによる内部告発で明らかになっている。内部告発内容は司法省監査長官室、議会上院下院の司法委員会に報告された。

⑦中国から多額の寄付が民主党に対し行われていた事実が明らかになっている。ActBlueという団体が2004年から約1.2兆円の資金を集めて民主党の候補・団体に配分してきたという。資金の60%以上が中国からの献金だった事実が解明されている。

 以上は混迷を極めるアメリカ社会の一面に過ぎない。アメリカ国内では民主主義と法治制度の崩壊が進んでいる。

 米国の外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース会長が、重要な発言をしているので紹介する。「現在の世界の安全保障が直面している最も深刻な脅威は米国そのものだ。・・・米国が直面する自国内部の脅威はすでに外部からの脅威より一層深刻である。米国内の政治情勢は世界に予測不可能性をもたらし、世界にとって有害である。・・・その理由は米国内の不確実性にあり、外国の指導者が米国にとって何が常態で何が例外なのか、そして米政府が理性を取り戻すかどうかが分からなくなっている。」(https://www.afpbb.com/articles/-/3471655、AFPBB、7/7)正にそのとおりなのである。

世界を混沌化させた真因

 世界情勢が混沌化している原因を断定的に論じることは無謀だが、世界秩序を左右する米露中三大国のリーダーシップに最大の原因がある。その理由を述べる。

 まずウクライナ戦争は何故起きたのか?それは、英米がロシアを挑発し、それを承知でプーチン大統領が軍事侵攻の命令を下したからだ。ではプーチン大統領の暴走を止められなかったのは何故か?その答えは、恐らく「世界情勢と相手国の動静と意図を客観的に分析する組織と、ありのままの分析情報がトップに届く仕組みがなかった」ことにある。

 いつの時代においても、「暴走する殿」を抑止するためには、世界の情勢と相手の意図と戦略を読み解くインテリジェンスと、それに基づいて行動のオプションと利害得失を考える戦略思考が不可欠だ。これは、真珠湾攻撃に踏み切った日本を含め、多くの戦争に当て嵌まる普遍的な教訓である。

 歴史にIFはないが、もしルーズベルト大統領が日本にアメリカを先制攻撃させるべく執拗に挑発していた事実と、その意図を事前に察知し解読するインテリジェンスが日本にあったなら、さらにその情報が政治の意思決定に活用されるメカニズムがあったなら、300万人に及ぶ戦死者も出さず、アメリカ軍による戦後の統治もなかった可能性が高い。先の大戦から学ぶべき最大の教訓はここにある。どこでどう誤ったのかを教訓とせずに、単に「二度と過ちは繰り返しませんから」と誓うだけでは、未来の悲劇を抑止することは出来ないことを我々は肝に銘じなければならない。

 バイデン大統領は6月10日に開催された自らの政治資金パーティで次のように述べたという。「(中国の観測気球がルートを外れて1月末~2月初めにかけて米本土を飛行したことを)習近平氏は知らなかった。何が起きているか知らないことは独裁者には大きな恥となる。」と。これに対して中国は猛反発した。

 但し、中国政府が猛反発した理由は「独裁者」呼ばわりされたからではなく、習近平が気球の動きを知らなかったことを指摘された点にあるようだ。その背景には経済が失速し、若年層の失業問題が深刻になり、地方政府の財政が破綻しかねない最悪の状況に中国が陥っている現実がある。つまり鄧小平が「改革開放」を唱えて以来、中国は高い経済成長を実現してきたが、習近平政権になって経済が急失速し、中国共産党の一党独裁体制が危うくなってきたことを肌身に感じている時に、その急所を指摘された発言だったので激怒したのだと藤和彦氏は指摘する。(「習近平がバイデンに独裁と言われて激怒」、JBPress、6/28)

 要約すれば、中国経済が急失速した原因は二つある。アメリカによる制裁とゼロコロナ政策だ。アメリカが中国に強力な制裁を科した理由は、習近平がとってきた国際法を無視した「戦狼外交」にあり、ゼロコロナ政策は習近平の面子を優先した産物だった。言い換えれば、中国を経済大国に押し上げた功績は鄧小平の慧眼であり、経済の大失速をもたらした責任は習近平の面子だったということになる。

 そしてその「殿の暴走」を誰も止められなかったのは、いみじくもバイデン大統領が指摘したように、習近平が独裁者だったからであり、指導部をイエスマンで固めた結果であるだろう。

 ではそのアメリカはどうか。既に書いたように、プーチン大統領にウクライナ侵攻を挑発したのはバイデン政権であり、戦争が始まるとアメリカはウクライナに数兆円を上回る軍事支援を行ってきた。さらにドイツとロシアが作り上げた天然ガスパイプラインを海底で爆破したのもバイデン政権の工作であることが濃厚である。但し歴史が証明するように、このような大事件の真相は解明されないまま、限りなくグレーのまま封印されてきた。

 何故このような横暴がまかり通るのだろうか?同時にバイデン政権は既に述べたように、アメリカ社会の民主主義と司法制度を破壊する暴挙を進めてきた。結果から評価すれば、バイデン政権は国際社会及び国内において混沌状況を作為的に推し進めてきたことになる。ハース会長が指摘したとおりである。連邦議会下院で過半数を奪回した共和党と、アメリカ市民の良識ある行動に期待したい。

21世紀のガバナンスが必要

 以上述べてきたように、2020年のコロナ・パンデミック以降、世界情勢は混沌の度合いを強めている。その第一義的な責任は、アメリカ、ロシア、中国のリーダーシップにある。そして混沌化を食い止めて秩序を取り戻すためには、「殿の暴走」を抑制するガバナンスの再構築が必要である。

 国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めたことによって、国際秩序を維持するメカニズムは機能不全に陥った。また、アメリカ国内では大規模な選挙不正が起きて、本来政治から独立している司法や、それらを監視する立場の大手メディアが政争の一翼を担っているという、民主主義の存亡にかかわる混沌が進行している。

 2022年10月に天然ガスパイプライン爆破事件が起きた時、ドイツはアメリカに抗議せずアメリカに屈する行動をとった。一方マクロン大統領は「これ以上アメリカにはついてゆけない」とばかりに距離を置く発言を繰り返した。ドイツの対応は堂々と抗議しなかったが故に、今後の米独関係に暗い影を残すことになることが懸念される。

 このように国際社会の現実を俯瞰する視点で考えると、「米露中の暴走を抑止する役割は日本と欧州にある」という未来の姿が浮かび上がってくる。その自覚に立ってアメリカと是々非々の間合いを取ったところに立って考え行動することが、日本のみならず世界が「戦後レジーム」から脱却し、21世紀のガバナンスを構築することになると信じる。

 今年日本はG7の議長国を務めているが、上記理解が真実の一面を捉えているとすれば、米露中が繰り広げる21世紀の戦争に対して、G7議長国に相応しい独自のガバナンス哲学をもって臨むことが日本の役割であると確信する。

 現在からちょうど1年前、安倍晋三元首相が銃弾に倒れた。歴史を大きく回顧すれば、安倍晋三という政治家は、時にトランプ大統領を諫め、時に習近平国家主席に対し毅然と警告し、さらに欧米間や米印間の調整役を担うなど、本来日本が果たすべき役割を演じてこられたように思う。

歴史はこうして作られる(2)

新ワシントン・コンセンサス

21世紀の戦争

 アメリカはロシアと中国に対し二正面の戦争を始めた。(「世界で進行中の事態(後編)」参照)但し、武器を使わない21世紀の戦争であり、20世紀の定義からすれば戦争とは呼ばれない。英語にWeaponizeという言葉がある。「武器化する」という意味だ。21世紀の戦争は武器以外の手段を動員する、経済も金融もサプライチェーンをも武器化して行う戦争である。

 今回対中戦争の強力な武器として用意されたのは「新しいワシントン・コンセンサス(新WC)」である。

 アメリカは1990年代以降およそ30年にわたって世界にグローバリゼーションを布教してきた。布教のバイブルとなったのが「ワシントン・コンセンサス(WC)」である。アメリカは「サプライチェーンをグローバルにし、規制を緩和して、競争を市場の知恵に委ねれば万事巧くいく」と信じていたのである。そして現在、安全保障面でも経済面でも中国から前例のない挑戦を受けて、今までのWCでは対抗できないことが明らかになった。

グローバリゼーションの軌跡

 現在まで運用されてきたWCは、アメリカが1980年代末に、国家の政治経済の運営に係る政策パッケージとして発表したものである。当時は債務に苦しんでいた南米諸国のための政策指針として提唱されたが、やがて「グローバリゼーション、規制緩和、市場の知恵」政策(以降「グローバリゼーション政策」)を推進するバイブルとなった。

 冷戦が終わると「歴史の終わり、フラットな世界」を象徴する「錦の旗」となった。アメリカはグローバリゼーションを推進し、中国のWTO加盟にも尽力した。そしてグローバリゼーションは世界の潮流となった。

 しかしながら21世紀になって、あたかも地球の磁極が反転するかのように、世界の風向きが変わり始めた。リーマンショック、パンデミック、気候変動、ウクライナ戦争が相次いで起き、グローバリゼーション政策の欠陥が次々に明らかになった。要約すれば次のとおりである。

 ①パンデミックとウクライナ戦争が起き、サプライチェーンの脆弱性のみならず、過渡の外国依存は安全保障上の危機を招くという認識が共有された。

 ②グローバリゼーションは結局、国際ルールを無視してきた中国の軍事的野心も、またロシアの軍事侵攻も止められなかった。結局両国はアメリカが期待した責任ある協力的なプレイヤーにはならなかった。

 ③グローバリゼーションの進展とともにアメリカ国内の産業基盤の空洞化が進み、中流階級の貧困化を招いた。

台頭した中国への対抗

 トランプ政権は、中国に対する宣戦布告と称されたペンス副大統領演説を転機とし、懲罰的な関税をかける措置を矢継ぎ早に講じた。バイデン政権はこの関税政策を継承すると同時に、輸出管理規定を厳格化して、半導体やスパコン等、アメリカ製の技術・ソフトウェア・機器などを使って製造した機器の中国への輸出を実質的に禁輸とした。(詳しくは「世界で進行中の事態(前編)」参照)

 バイデン政権はさらに、2021年にCHIPS法を成立させて米国内での半導体の開発製造に527億ドル(約7兆円)の助成金を支給することを決め、続いてインフレ抑制法(IRA法)を成立させて電気自動車や再生エネルギーの普及等に10年間で3910億ドル(約54兆円)を投入することを決めて、国内の産業基盤の再構築に乗り出した。

新しいワシントン・コンセンサス

 しかしながら、従来とってきた政策はパッチワーク的で中国に有効に対抗できていないと判断したバイデン政権は、経済・産業政策の基盤となってきたWC自体を刷新することを決めた。そしてサリバン大統領補佐官は、4月20日にブルッキングス研究所(the Brookings Institution)で新WCに関する講演を行った。講演の全文はホワイトハウスからダウンロードできる。(資料2参照)以下に要点を整理する。

 初めに現在アメリカが直面している四つの課題について定義している。

 第1に、アメリカの産業基盤が空洞化した。「市場の知恵に委ねれば巧くいく」と言っていたが、グローバリゼーションが進み企業も雇用も国外に出て行ってしまった。

 第2に、アメリカは中国からの地政学的・安全保障の脅威と同時に、重大な経済インパクトに直面している。グローバルな経済統合は幻想だった。

 第3に、加速する気候変動の危機に直面している。正しく、効率的なエネルギーの移行が待ったなしとなった。

 第4に、中国による不公平な挑戦が民主主義にダメージを与えている。

 以上のように課題を整理した上で、サリバン補佐官は対処方針について次のように述べている。

 「大事なことは造ることだ。キャパシティを造り、レジリエンスを造り、そして包括性を造ること。つまり強い物理的なインフラ、ディジタル・インフラ、クリーン・エネルギーのような公共財をこれまでにない規模で生産し革新し提供するキャパシティであり、自然災害や地政学的なショックに耐えるレジリエンスであり、強く活力のあるアメリカの中流階級と世界中の労働者に対しさらに大きな機会を保障する包括性である。それをまず国内で造り、次いでパートナーと協力して国外でも造る。」

 これは「中流階級のための外交政策」と呼んできたものの一つであり、次の4つのステップで推進するという。

 第1に、アメリカの新しい産業戦略として国内に基盤を造ること。第2に、パートナーに協力してキャパシティ、レジリエンス、包括性を造ることを確実にすること。第3に、革新的な国際経済協力体制を造ること。そして第4に、数兆ドルの資金を、今出現しつつある経済への投資としてかき集めること。

 ちなみに今日解決しなければならない問題は7つあり、それは、①多様性と耐力を備えたサプライチェーンの構築、②クリーン・エネルギーへの移行と持続的な経済成長のための官民による投資、③その過程での良質なジョブの創出、④公正で安全で透明性のあるディジタル・インフラの保証、⑤法人税の低減競争の停止、⑥雇用と環境のさらなる保護、そして⑦汚職の根絶である。

 究極の目的は、強力で耐力を備えた最先端の技術産業基盤にある。

中国への配慮

 要するに、WCを刷新する理由を俯瞰して言えば、「アメリカはおよそ30年間、グローバリゼーション政策を推進してきたが、その結果、中国が安全保障面でも経済面でもアメリカを脅かすモンスターになった。グローバリゼーション政策は失敗だった。」ことに集約される。

 このように新WCが中国への対抗手段であることは明明白白なのだが、サリバン氏は、次のように中国に対する配慮を加えている。

 1)中国との関係はデリスキング、多様化であってデカップリングではない。(we are for de-risking and diversifying, not decoupling.)

 2)中国に対する輸出規制は軍事バランスを崩す技術(technology that could tilt the military balance)に限定する。

 3)中国とは複数の領域で競争しているが、我々は敵対を望んではいない。責任をもって競争を管理することを追求するものであり、気候変動やマクロ経済の安定性、健康や食糧のセキュリティ等のグローバルな課題に対しては協力して対処すべきだと考える。

戦略に潜むナイーブさ

 アメリカは歴史的に戦略志向の国なのだが、どこかにナイーブさが同居している国でもある。第二次世界大戦では共産主義ソ連に憧憬を抱き、南下するソ連軍と戦ってきた日本とドイツを敵とした。真の敵が共産主義だったことは、その後の歴史が証明している。また建国後の中国に対し手厚い支援を行ってきたが、中国は今やアメリカの前に立ち塞がる史上最強のモンスターとなった。何れもアメリカの片思いに終わったのである。

 イエレン財務長官は「ワシントンは経済的なコストを伴うものであっても、中国との関係では安全保障を優先する。競争優位を堅牢にするのでも中国の近代化を抑制するのでもなく、米国は安全保障上の利益を防衛することに集中する。両国は健全な経済関係を構築すべきだ。中国の経済成長はアメリカの経済リーダーシップと競合する必要はない。我々は中国経済とのデカップリングを追求しない。両国経済の完全な切り離しは、両国に破滅をもたらすからだ。」と述べている。

 デカップリングをデリスキングと言い換えて、気候変動では協力して取り組みたいと言ったところで中国が態度を変えるとは思えない。グローバリゼーション政策の失敗を反省し、戦略を刷新する一方で環境問題等では中国の協力を期待するというところに、アメリカのナイーブさとそれ故の危うさが垣間見える。

異質なものが混在する新WC

 このように、新WCは安全保障面での中国対策と国内の産業戦略に、気候変動危機に対処するクリーン・エネルギー改革を加えたものを目指している。しかし、経済を含めた国家安全保障の問題と、気候変動とクリーン・エネルギー問題は本来別テーマであり、対策を統合するには無理がある。リベラルな政党であるアメリカ民主党故の勇み足に思える。

 グローバリゼーションが中国独り勝ちに終わったからと言って、グローバリゼーションは幻想だったから放棄するとなれば、世界に、特にグローバルサウスの国々に少なからぬ影響を及ぼすだろう。サマーズ元財務長官がこの点を指摘している。「安価な製品を輸入する重要性を強調しなかった点は失望だ。それはアメリカの生活水準と製造業の生産性を決める重要な部分だ。」と。先進国は難易度が高く付加価値が高い製品へシフトし、安価な日用品等はグローバルサウスから輸入するというウィンーウィンの関係を維持することが、世界経済の観点からグローバリゼーションが目指した狙いだった筈だ。

 また、気候変動とクリーン・エネルギーへの移行は本来グローバルな命題だが、地球温暖化対策に不熱心な中国と、化石燃料輸出大国のロシアの協力を得ることは困難という他ない。それどころか、アメリカ国内のレガシーの産業界からの賛同すら得られないだろう。既に全米自動車労働組合(UAW)がバイデン再選を支持しないことを宣言している。

欧州からの不協和音

 新WCに対しては欧州からも批判が相次いだ。イギリスのフィナンシャルタイムズは「旧WCは世界各国にとってプラスサムの世界標準であったが、新WCはある国が成長すれば他国が犠牲になるゼロサムだ。」と批判した。その通りだろう。何と言おうが、主目的が中国に対する安全保障上の対抗措置であり、新WCは世界標準から対中戦略としての国益最優先へのパラダイムシフトに他ならないからだ。

 4月に北京を訪問したマクロン仏大統領による、それ以降の一連の発言が「欧州は無制限にアメリカに追随しない」トーンとなっていることに注意が必要だ。欧州はウクライナ戦争が起きた結果、エネルギーのロシア依存からの離脱とウクライナ支援で疲弊している。台湾問題は欧州の問題ではなく、「ロシアに続き中国とのデカップリングは御免だ」という本音が見え隠れする。公然と異論を唱えているのはマクロン氏だけだが、今後欧州とアメリカの間で対中政策を巡る軋轢となる可能性がある。

「未来の歴史を造る」新WC

 新WCは間違いなく「未来の歴史」の方向性に影響を与えるものとなるだろう。問題は亀裂が入った国際秩序を再び縫合する貢献をするのか、それとも亀裂を拡大させて世界が多極化に向う原因となるのか、何れの道を辿るのだろうかにある。

 「世界で進行中の事態(後編)」で、「ディープ・ステートの代表者と言われるジョージ・ソロスは、2019年1月に開催されたダボス会議で中国に対する宣戦布告ととれる発言を行った。」ことを紹介した。サリバン講演には「グローバリゼーションは幻想だったから是正する」ということと、「中国に対抗する政策を総動員する」という、本来は異質な二つのメッセージが含まれている。

 冒頭述べたように、バイデン政権がロシアと中国に対し同時二正面戦争を仕掛けたことは事実である。「まずウクライナ戦争でロシアを弱体化させ、次に新WCによって中国を弱体化させる。」単刀直入に言えば、それが新WCの本質であると思われる。つまりソロス発言とサリバン講演は呼応しているのである。

 ここで一つの疑問が生じる。次の大統領選挙まで残り1年余という時点でバイデン政権はなぜ同時二正面戦争を仕掛けたのかということだ。

 世界情勢は現在混乱の極みにある。しかも経済情勢の悪化が同時に進行していて、アメリカの金融危機、中国の経済危機、欧州の不動産危機のどれがいつ発生してもおかしくない状況にある。しかも経済危機がどこかで起きれば、発生源がどこであれ、危機は連鎖し容易に世界同時不況に発展する危険性が高い。

 つまり現在は、台湾有事の前夜であるばかりか、2024年の米大統領選前夜でもあり、世界規模の経済危機の前夜でもあるのだ。パンデミックとウクライナ侵攻の後で次の有事の前夜というタイミングで、バイデン政権が同時二正面戦争を始め、新WCを提唱した背景には、計算された相当の理由があると考えられる。

日本との関係

 最後に日本との関係を考えておきたい。

 「年次改革要望書」というものがある。1994年~2008年まで、毎年アメリカ政府が日本政府に対して送り付けてきた、制度改革に関する要求リストである。その代表的事例は小泉政権が強行した「郵政民営化」である。そもそも郵政民営化が日本の国益にどう貢献したのかさえ疑問だが、日本にとってさらに重大な影響を与えたものは「財政規律」という縛りである。「プライマリー・バランス」という呪文は、デフレからの脱却に必要な財政出動を抑制したため、「失われた30年」の長期低迷を招いた原因の一つとなったことは間違いない。

 旧WCには、財政規律の維持、政府事業の民営化、税制改革、規制緩和、貿易自由化という項目が並んでいる。WCの項目と年次改革要望書の項目は見事に符合しており、年次改革要望書の根拠がWCだったことは明白である。

 WCの刷新は日本の政治を拘束してきたアメリカからの要求が一変することを意味している。

 折しもサリバン米大統領補佐官が来日して6月15日に、岸田総理を表敬訪問している。ブリンケン国務長官が18日から2日間北京を訪問する直前であり、新WCについて講演したばかりのサリバン補佐官が急遽来日した理由は何だったのだろうか。日本は既にアメリカが始めた同時二正面戦争にしっかりと組み込まれていることは確かだろう。地政学的に考えて、台湾有事と北朝鮮の核脅威の最前線に位置するのは日本なのだとの覚悟を新たにして、自律的に必要十分な対策を講じなければならない。

危機前夜にあって「東京コンセンサス」を示せ

 時間軸で現在位置を確認すると、今はパンデミックとウクライナ侵攻の後で、台湾有事、世界規模の経済危機の前夜にあり、しかもバイデン政権は残り1年余というタイミングにある。アメリカ自身が混乱の渦中にあり、次は共和党政権が誕生する可能性が高まっている。

 今まさにカオスのような世界情勢の中をどうやって生き延びるのかが問われているのである。風見鶏政権では国を危うくする。誰のための法案なのかも何故今なのかも全く分からないLGBT法案に賛成票を投じるような保守政党には、危機に対処する指導力は期待できないという他ない。

 有事に臨み何よりも重要なことは、「そのとき日本はどう動くべきか」を明文化する行動規範(Code of Conduct)を用意することである。それを例えば「東京コンセンサス」として明文化して、国民にかつ世界に対し宣言することが何よりも大事だと考える。バイデン政権が「グローバリゼーションは幻想だった。然るに外交・経済・産業政策の要であったWCを刷新する。」と宣言したように。

 そして「東京コンセンサス」の冒頭に明記すべきキーメッセージは、「強い国力を取り戻す」ことである。パンデミックやウクライナ戦争の教訓の一つは、有事を克服するために最も必要なものは国力であるという事実だ。「失われた30年」を「再び成長する日本」に大転換させる強い意思表明こそが、有事前夜の喫緊にして最大の命題である筈だ。国力を取り戻すことなくしては、防衛力増強も少子化対策も「財源をどうするのか」という一喝の前に画餅に終わるだろう。

 「未来の歴史」はリーダーの強い意思表明が切り開くものであることを強調しておきたい。

 6月15日から2日間開かれている日銀政策決定会合において、プリンストン大学の清滝信宏教授が、「金融緩和を当面継続する」と述べた植田総裁に対し、「1%以下の金利でなければ採算がとれないような投資を幾らしても、経済は成長しない。量的緩和による低金利は、生産性の低い投資を企業に促し、逆に収益体質を脆弱化している。量的緩和と低金利を続けてきたことが、30年間成長してこなかった日本低迷の根源だ」と厳しい指摘している。本質を突いた指摘だと思う。(資料3参照)

参照資料:

1)「世界経済の無法者中国に、とうとうアメリカが「本気の怒り」を見せ始めた」、長谷川幸洋、現代ビジネス、5/12

2)「Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution」, the White House, 4/27

3)「ノーベル経済学賞候補が日銀植田総裁に嚙みついた!」、鷲尾香一、現代ビジネス、6/15

歴史はこうして作られる(1)

G7が方向づけたウクライナ戦争の帰趨

 歴史は初めに突発的な事件が起き、その上にアクターによる偶発的な行動が積み重ねられて作られてゆくものではないようだ。それが大きな事件であるほど、初めに誰かが用意したシナリオがあって、それに起因する最初の事件が起き、それ以降はアクター間の応答によって一つ一つ既成事実が積み上げられながら歴史が刻まれてゆく。無論、アクター間の応答の結果、思いもよらぬ方向に動くこともあるだろう。また最初の事件の震源地とその周辺地域を巻き込みながら、大きな事件に発展してゆくこともあるに違いない。

 しかし大筋では用意されたシナリオを軸に展開してゆき、そして変化はやがて不可逆な領域に入る。今まで歴史はそのように刻まれてきた。このことは二つの世界大戦の経緯が象徴している。もっとも今までは、シナリオの存在は後世になってから明らかになったのだが。

<不可逆な歴史となったウクライナ戦争>

 その視点からウクライナ戦争の経緯を振り返ると、ウクライナ戦争はバイデン大統領が挑発し、プーチン大統領が呼応して軍事侵攻を始めたことによって起きた。無論プーチン氏は短期間でキーウを制圧できると踏んで侵攻した筈だが、ゼレンスキー大統領の不屈のリーダーシップのもとにウクライナから強力な反攻を受けて、その目論見は完全に外れ戦争は長期化した。プーチン氏の読み間違いが戦争の長期化と拡大を招き、不可逆な歴史的大事件となった。

 さらに米欧日がロシアに科した強力な経済制裁と、NATOによる全面的な軍事支援によって戦争は世界規模の事件に拡大した。ロシア対ウクライナの地域戦闘から、NATO対ロシアの代理戦争へと拡大した。

 そして世界は米欧日対ロシアの二極と、行方を見守るグループを加えた三極に分裂した。世界経済の風向きは一変し、エネルギー危機と食料危機を併発して、世界不況とスタグフレーションの危険性が高まった。こうして国際秩序と世界経済の両面で不可逆な変化が始まった。

<ウクライナ戦争の転換点>

 反転攻勢を始めるにあたり、ゼレンスキー氏は精力的に世界を駆け回る外交攻勢を展開した。5月3日~5日にフィンランドを訪問して北欧諸国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)との首脳会談を行った。13日~15日にはイタリア、バチカン、ドイツ、フランス、イギリスを歴訪して相次いで首脳会談を行った。19日にはサウジアラビアを電撃訪問して、アラブ22か国首脳会議で演説を行った。演説では「ウクライナが戦争を選んだわけではない。軍事力による占領には誰も賛同しない。」と力説した。

 G7はウクライナの反転攻勢直前の絶好のタイミングで開催された。戦争の帰趨としてロシアの敗退を確定的なものとするために、外交攻勢の締めとしてゼレンスキー氏は20日に広島にやってきた。その強い意思を理解した岸田首相はゼレンスキー氏を受け入れ、その目論見を実現させる演出をやってみせた。

 ゼレンスキー氏は20日の内に各国首脳と精力的な会合を持ち、21日には開催されたG7拡大会合に満を持して参加した。拡大会合ではロシアによる侵略終結に向けた10項目の和平案への支持を求めた。「我々の領土にロシアの侵略者が居る限り、誰も交渉の席に着かない。」この宣言は安易な調停者の登場を拒否し、退路を断って反転攻勢を戦う意思を示したものとなった。これで中国が調停者となる道は閉ざされた。

 モディ首相との会談では「インドは、少なくとも個人的にはできることは何でもする」という発言を引き出した。こうして5月3日以降の、ゼレンスキー氏の一連の外交攻勢という演出によって、ウクライナ戦争におけるロシア敗戦の方向性が確実になった。

<ウクライナ戦争の方向を確認した広島>

 ゼレンスキー氏は「これから始める反転攻勢でウクライナは国土からロシア軍を追放し、敗戦を決定づける」決意を表明した。F16の供与も決まった。広島に集結したG7はじめ各国首脳は、ゼレンスキー氏の「共に協力してロシアをウクライナから追い出す」意思に賛意を表明した。戦争の当事者が満を持して決意表明したことに対し反対意見は出る筈もなかった。

 「あとは貴方が思う存分戦場で戦う番だ。」G7会合で参加国の首脳はそのように申し合わせたという事実が歴史に刻まれたことになる。呉越同舟というべき温度差があるにせよ、主要国首脳は大きな物語の筋書きで合意したのである。

 こうして「未来の歴史」が作られた。ロシアの敗戦とプーチン政権の崩壊、ロシアの弱体化が決まった。そう断言する理由は、G7合意が万一実現しない事態に陥れば、それは西側優位、アメリカ覇権体制の崩壊、国際秩序の崩壊を意味することになるからだ。そして武力を背景に国際法を無視する無法者国家が世界にはびこることになる。事態がそういう展開に向かうことは、西側諸国にとって代理戦争ではなく本格的な戦争を覚悟しなければならないことだ。それは第三次世界大戦の始まりを意味している。

 G7は「ウクライナ戦争の歴史」を作り込む舞台となった。脚本:岸田文雄、主演:ウォロディミル・ゼレンスキーのコンビが大成功を収めたドラマだった。そしてゼレンスキー氏は見事に主演を演じきった。アメリカとEUが軍事支援を担い、日本は議長国としてその舞台を提供し脚本を書き、G7にグローバルサウス主要国を引き寄せる役割を果たした。

<西側を再結束させたプーチン>

 元内閣官房副長官補だった兼原信克氏はG7の総括として、5月26日の産経新聞の正論に、「プーチンの野望は、崩れかかっていた西側を再度強固に結束させた。」と書いている。バイデン政権はロシアを挑発して戦争を起こさせ、ウクライナに対する米欧からの軍事支援をけん引してきたが、その一方で天然ガスパイプライン(ノルドストリーム)爆破等、西側に亀裂が生じかねない危険な工作を行った。アメリカにはついていけないという不協和音が西側に生じていたことは、北京でのマクロン大統領の発言から窺うことができる。

 この状況下で岸田総理がG7を見事にまとめ上げ、調整役を見事に果たしたのだが、これは日本にしかできない芸当だったといえよう。G7首脳はそのことを評価したから、異論を唱えなかったのだ。このことはG7の首脳の一人が言ったとされる「フミオの目論見どおりになったな!」という発言から窺い知れる。

<アメリカが仕掛けた二正面戦争>

 そもそもバイデン氏が執拗にプーチン氏を挑発した狙いは、中国と本格的に対峙する前にプーチン氏を失脚させロシアを弱体化させることにあったと思われる。そして今後の反転攻勢の成否にもよるが、既に述べたように、そのシナリオに従い新しい歴史が作られつつある。

 NATOが正しく「サラミ戦術」のように、ロシアを刺激し過ぎないよう情勢を判断しながらステップ・バイ・ステップでより高度な兵器を提供してきたことに加え、G7拡大会議の場で参加首脳から軍事支援とゼレンスキー氏の決意への合意を取り付けた以上、ウクライナが敗れる可能性はかなり低くなったと言える。

 バイデン政権が仕掛けた二正面戦争の舞台は三幕からなる。第一幕はロシア、第二幕は中国、そして第三幕はアメリカである。

<立ち位置を世界に明示した日本>

 日本はアメリカが仕掛けた二正面戦争の連合軍に加わり、G7では期待された役割を果たして日本の立ち位置を世界に明確に示した。今後もウクライナ戦争の終結に関与し、ウクライナの復興支援ではG7で最大級の役割を果たすことになるだろう。そして第二幕の対中戦争では、否応なしに日本は最前線に立つことになる。

<反転攻勢が始まった>

 メディアによれば、5月25日にウクライナのポドリャク大統領府長官顧問が、ロシア軍に対する大規模な反転攻勢を既に開始したことをツイッターへの投稿で明らかにした。それによると、「さまざまな方面で占領軍を破壊する数十の行動が反攻であり、敵の兵站を集中的に破壊することを含む。」という。

 また米軍トップのミリー統合参謀本部議長は、25日に「ロシア軍はキーウの占領に失敗したため、攻撃目標を東部ドネツク、ルガンスク両州の制圧に下方修正したが、軍事的見地から目標達成は不可能だ。」と述べた。さらに、「ウクライナは軍事的手段で領土を奪還できるが、戦闘は長期化する。」と指摘した。(参照:産経、5月27日)

<混迷を深めるロシア>

 最近になってロシア側に、今後のウクライナ戦争の行方を大きく左右する変化が現れてきた。以下に代表的な動きを要約する。

 第一に、ウクライナによる反転攻勢に影響を与えるために、ロシアはさまざまなミサイルやドローンを使ってウクライナの司令部や弾薬や装備の供給ルートなどを中心に攻撃を仕掛けてきたが、格段と向上したウクライナの防空能力によって、大半のミサイルが迎撃されている。5月1日~20日の戦闘状況について、フリージャーナリストの木村正人氏がJBPressに寄せた記事で詳述している。ロシア軍虎の子の極超音速ミサイル「キンジャール」もパトリオットによって撃墜されたというニュースもある。(参照:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75250

 第二に、ウクライナ側に立ってロシア軍と戦っているロシア人義勇軍の存在が注目を集めている。現在ウクライナ在住で、元ロシア下院議員だったイリヤ・ポノマリョフ氏は、義勇軍の規模は約4000名で、自由ロシア軍、ロシア義勇軍、国民共和国軍の三組織が存在していると述べている。また三組織は昨年8月に「ウクライナ軍と共闘して、プーチン政権を崩壊させる」という宣言に署名したという。(参照:産経、5月24日)なお、ウクライナ軍の情報当局は「彼らはロシア領内で自律的に活動していて、ウクライナ軍は関与していない。」と述べている。(参照:BBC News、5月26日)

 第三に、ロシア軍とワグネルの間の軋轢が深刻化している。民間軍事会社ワグネルを率いるエフゲニー・ブリゴジン氏は、今まで過激な発言で注目を集めてきた。4月14日には「プーチン政権は軍事作戦の終了を宣言すべき時だ」と述べ(参照:産経、4月15日)、5月5には極端な弾薬不足を理由にロシアの国防当局を非難した上で、「バフムートの戦闘からワグネルは離脱する」と表明した。(参照:BBC News、5月6日)

 さらに5月25日には「このままではロシア革命がまた起こる。まず兵士たちが立ち上がり、その家族たちが立ち上がる」と述べ、「我々はウクライナを非武装化しようとしたが、結果は逆に彼等を武装集団に変えてしまった。今のウクライナ軍は最強だ!」と述べた。(参照:FNNプライムオンライン、5月25日)

 第四に、ロシア政府は5月3日にクレムリンを狙った2機のドローンを撃墜したと発表した。「ウクライナがプーチン大統領を暗殺しようとした。」と非難したが、ウクライナは一切の関与を否定し、「ロシアがこれを口実に戦争の激化と拡大を図っている。」と反論した。(BBC News、5月5日)

 この事件については、①ウクライナ犯行説、②ロシア国内の反体制派による警告説、③ロシア政府の自作自演説などがあるが、現在に至るまで真相は明らかになっていない。しかしながら、深く考えるまでもなく①はあり得ない。害多く何も得るものがないばかりか、ウクライナ領内から直線距離で480km離れたクレムリン上空に到達するまで撃墜されずに無人機を飛ばすことは殆ど不可能と考えられるからだ。

 第五に、ロシアの首都モスクワで5月9日、第2次世界大戦の対独戦勝記念日を祝う式典が開かれたが異様ずくめだったようだ。例年なら第二次大戦でドイツ軍を打ち負かしたT34戦車の車列を先頭とし、その後に最新鋭の主力戦車や装甲車、ミサイルが連なる華々しいパレードが行われるが、今年は戦車はT34のみでしかもたった一両だったとジャーナリストの深川孝行氏がJBPressに書いている。これは最新鋭の戦車が既にウクライナ戦争で3000台も破壊されている現実と符合するものであり、ロシアの現状が戦勝を記念するどころではないことを物語っている。             (参照:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75317

 以上述べてきたように、プーチン氏と習近平国家主席を除くアクター全員が広島に集結し、米国が仕掛けた対露中二正面戦争の一つであるウクライナ戦争の帰趨について方向性を確認し、基本的レベルで合意が形成されたことになる。こうして歴史が作られてゆく。

演技かそれとも無知か

総理発言も官房長官答弁もデタラメ

1月24日、参院本会議での岸田首相答弁

 「国債は政府の負債であり国民の借金ではありませんが、国債の償還や利払いに当たっては、将来国民の皆様に対して、税金等でご負担頂くことなどが必要であり、また、将来仮に政府の債務管理について市場からの資金調達が困難となれば、経済社会や国民生活に甚大な影響を及ぼすことにもなります。」

2022年12月16日、「安保3文書」閣議決定に伴う記者会見での岸田総理答弁

 「防衛力を抜本的に強化するということは、戦闘機やミサイルを購入するということだ。これを借金で賄うことが本当に良いのか。やはり安定的な財源を確保すべきだと考えた。」

1月12日「60年ルール」の撤廃・延長に対する松野官房長官の記者会見

 「財政に対する市場の信認を損ねかねないなどの論点がある。」

上記3つの答弁には基本的な認識の誤りがある。以下に明記する。

 ≪国債の償還や利払いの国民負担≫について、正しい理解は次のとおりである。

(1)当たり前だが、国債が本当に政府の借金ならば返済するのは政府で、おカネを借りていない国民が返済の負担を強いられるの?(1月23日、三橋貴明ブログから引用)

(2)日銀券は日本銀行が発行した貨幣で日銀の負債であり、国債は政府が発行した貨幣で政府の負債である。何れも借金ではないので返済不要である。

 ≪将来、市場からの資金調達が困難となれば、経済社会や国民生活に甚大な影響を及ぼす≫に関する正しい理解は、1月19日に開催された自民党の「防衛増額に向け税以外の財源捻出を検討する特命委員会」(以下、特命委員会)における西田昌司副委員長と財務官僚の応答に尽くされている。詳細は後段で紹介するとして、要点を以下に述べる。

(3)政府が国債を発行して政策を行うことは財政出動であり、その分GDPが増え経済を活性化させる。民間からすれば国債を購入することは資産を増やすことである。

(4)民間側に十分な資金がある限り、資金調達が困難になることはない。何故なら民間からすれば銀行預金よりも高い利回りが得られ、株式よりも安全性が高いからだ。

 ≪防衛力を抜本的に強化するということは、戦闘機やミサイルを購入するということだ。これを借金で賄うことが本当に良いのか。安定的な財源を確保すべきだ。≫についての正しい理解は次のとおりである。

(5)(2)で述べたように、国債は政府が発行した貨幣で政府の負債である。日銀券が借金ではないように、国債も借金ではない。国債が借金だという間違った理解は、60年後に元本を返済しなければならないという、根拠のない「60年償還ルール」から来ていると思われる。

 国債の「60年ルール」の撤廃・延長について、≪「財政に対する市場の信認を損ねかねないなどの論点がある≫について、正しい理解は次のとおりである。

(6)官房長官の発言は財務省の代弁であることが明白だ。「60年償還ルール」はそもそも諸外国では廃れたルールであり、60年という年限にも特段の根拠はない。国債の償還については後段で詳しく論じる。

(7)かつて安倍政権のときに、平成26年に8%から10%への消費税引き上げ延期を決断する際に、財務省が今回と全く同じように「市場の信認」を理由に猛反対した。その時に安倍総理は次のように語ったという。「財務省は延期すれば日本は国際的信用を失い国債は暴落する。金利は手を付けられないぐらい上昇する。延期すれば財政健全化はできないと主張したが、そうした予測はことごとく外れた。永田町は財務省に引きずられているが財務省はずっと間違えてきた。彼らのストーリーに従う必要はない。」(1月26日、阿比留瑠比、産経紙面から引用)

 補足すれば、財務省は間違えたのではなく、政治家を脅迫してきたというのが真相だろう。

特命委員会での注目すべき応答

 特命委員会の副委員長(委員長は萩生田光一政調会長)を務める西田昌司参議院議員がユーチューブでビデオレターを発信している。1月19日に開催された第一回委員会における西田副委員長と財務省官僚の質疑応答は、政治家と財務官僚の迫真の応答であるので、是非、以下を視聴していただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=ppDpmEgGKIk

 三橋貴明氏が1月23日の自身のブログ「どよめき~財務省が財政破綻論の嘘を認めた日~」で要点を解説している。国債の本質に関わる重要な応答なので、要点を引用する。

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12785324669.html

西田:「財務省は防衛費増額について、増税(1兆円)に加えて剰余金や特別会計からカネをかき集めてきて賄うとなっているが、違うよね。国債で調達したおカネが余っているからそれでやるということでしょ?要するに国債でやるんでしょ?単に、新規国債発行をやりたくないから、意味不明な説明をしているんでしょ?」

財務官僚:「先生のおっしゃっている通りです。確かに特別会計から集めるとは言っても元々は国債発行でやっています」

西田:「国債発行が安定的にできているのは、民間金融資産がたくさんあるから。今後、高齢化等で民間預金が取り崩されれば国債を買い支えられなくなると言っているが嘘だよね。さらに、財務省は預貯金があるから国債が安定的に消化されていると言っているけど、そうじゃないよね。国債が1000兆円あるということは、その政府が財政支出したので、民間の預貯金が1000兆円増えたんだよね。逆に国債残高をゼロにすると、民間の預貯金が1000兆円減るよね?事実だよね、どうなんだ?」

財務官僚:「通貨の発行の仕組み上、西田先生のおっしゃる通りです。」

 この応答から、国債を巡る総理と官房長官の発言が如何に的外れかが明らかである。全てを承知の上で敢えて演じているのでなければ、お二人とも財務省のレクチャーを鵜呑みにしているということだ。

 財政に拘わらず政策に関して官僚は最強の専門家集団である。予算編成過程で政治家に情報と知見を提供するときに、国益よりも省益を優先して自省の利益を最大化しようと努めることは自然の行動だろう。従ってこの問題は政治家の方にある。政策を的確に遂行するためには、官僚が提供する情報と知見の真偽を見分ける眼が求められるのである。

 そのために必要な資質は物事を大局的に俯瞰することであり、その上で「国益と国力を最大化する」戦略と政策を組み立てる能力が、総理大臣を筆頭に閣僚には求められる。その資質と能力を持ち合わせない政治家は百戦錬磨の官僚に巧みに騙されることになる。

国債に関する正しい理解

 『防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム』(https://kobosikosaho.com/daily/843/)で国債に関する記事を書いたので、そちらを参照していただきたい。今回は「国債の償還」について補足する。

 国債は満期を迎えると償還される。10年国債の場合、利息は10年間にわたって年2回支払われ、満期になると最後の利息と債権の額面が償還される。国債を保有していた個人や機関は国債の額面と利息を現金で受け取る。代わりに新たな1億円の国債が発行される。これを「借款債」と呼ぶ。こうして10年国債は10年目の満期に償還され消滅する。

 ところが実際の長期国債は10年満期であるにも拘わらず、一般会計において国債は60年で償還されることになっている。日本以外の諸外国は淡々と借り換えを繰り返しているだけで、「60年償還」などという意味不明のルールは存在しない。何故なら満期の時に償還済みだからだ。

 理解不能なのは、このようなGHQの恣意的な置き土産を、未だにバカ正直に運用しているのは何故かということだ。議員立法でも何でも、時代遅れで妥当性のないルールはさっさと改定することが政治家の役割ではないだろうか。

 もう一つ日銀による国債の購入について補足する。日銀が国債を買い取るという行為は、国債を日銀券に置き換えることを意味している。この場合、置き換えた時点で国債は消滅する。

 上記理解のもとに、我が国の政府と民間が保有する資産と負債を大局的に捉えると、次のとおりである。国債発行残高(普通国債)は1000兆円に迫り、日銀が買い取った国債はその1/2の500兆円を超えている。従って市中に残る国債残高は500兆円未満である。これに対して個人が保有する金融資産は2000兆円を超え、企業の内部留保は500兆円を超えている。一体何が問題だというのだろうか。

国力の最大化が最優先かつ最重要課題

 前の記事『防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム』において、「政治家が議論すべき命題は防衛費の財源ではなく、国力の最大化である。国力の方程式が示すように、経済力と防衛力を同時に強化することが国家の命題である。」と書いた。

 では経済力と防衛力を同時に強化するためにどうすべきなのか。GDPの定義に戻って考えればその答えは明快である。

  GDP(国内総生産)=個人消費+民間投資+政府支出+純輸出

  GNP(国民総生産)=GDP+海外からの所得

 この式が明快に示す経済原理は、「個人がお金を消費し、企業が投資をし、政府が財政出動をすることがGDP、即ち経済規模を増大させる」ということである。経済成長とはより多くのおカネを使うことなのである。健全な経済は、収入が上昇しながら適度のインフレが進行してゆく状態をいう。

 それと真逆な状態がデフレである。デフレとは「個人が財布のひもを固く閉じ、企業が未来に向けた投資を渋り、政府が緊縮財政を優先して財政出動を抑制する」状態をいう。半導体産業が象徴するように、かつての日本の主力産業が衰退したのは、企業が未来への投資を怠った結果である。経営者と政治家が未来に対するビジョンを描かず、未来に向けた投資と財政出動を怠ってきた結果が「失われた30年」だったのである。

 GDPの定義が明示することは、政府が国債を発行して成長戦略を大胆に実行すれば、そのお金は民間に流れて経済を潤すという至極単純な道理である。民間の消費と企業の投資が充分でない局面では、つまりデフレ下において、国債発行はGDPを増やし経済を活発にする。逆に緊縮財政によって国債発行を絞ればGDPを減少させ経済を窒息させるのである。

岸田総理は何者か

 国際通貨基金(IMF)の経済見通しによると、2022年の名目GDP(予測値)は日本が3位で4.301兆ドル、ドイツが4位で4311兆ドルである。ドイツのGDPが約6.7%増えれば逆転するという。人口は日本が1億2千万人であるのに対してドイツは8千万人である。またドイツは2022年平均で物価上昇が8.7%とインフレ傾向が強い上に、時間あたりの労働生産性が日本よりも6割高いという。(1月23日、産経紙面から引用)

 ドイツの人口が日本の2/3であるにも拘らず、GDPで肩を並べるという現実は、日本経済が「失われた30年」で長期間低迷した結果である。しかも「失われた30年」は、デフレ下にあるにも拘わらず緊縮財政と消費税増税を繰り返してきた失政の結果であることは議論の余地がない。

 この事実を総括し、反省し、教訓を学び取った上で、政策を大胆に転換すべき時が今である。何故なら、不幸中の幸いといおうか、コロナ・パンデミックとウクライナ侵略戦争を契機にインフレが世界で進行しており、デフレで動かなかった日本経済も世界からの圧力に突き上げられる形でようやく大きく動こうとしているからだ。

 このタイミングで総理大臣の職にあるということは、岸田総理の使命は日本経済の再生に向けて政策を大胆に転換することにある筈だ。つまり防衛力と同時に経済力を増強する「国力の最大化」こそが政策目標である筈だ。それにも拘わらず、デフレから脱却できる好機が訪れているこのタイミングで、岸田首相は防衛力増強と子育て支援を理由に、再び増税を行う用意があることを繰り返し表明してきた。

 過去の失政に何も学ばずにまたぞろ増税を画策する岸田総理は、経済の基本原理すらも理解していない無知なのか、あるいは日本を弱体化しようとする勢力のパペットを演じているのか何れかだという他ない。

防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム

プロローグ

 はじめに、岸田首相は歴代の首相ができなかった「戦後レジームの解体」を断行した。基盤的防衛力構想からの脱却、反撃能力の保有、防衛費の抜本的増強とGDP比2%の実現、それと自衛隊施設に建設国債を適用である。

 同時に岸田首相は、防衛費の財源として早々と増税を宣言した。これは、岸田首相にとって相応の反論を承知した上での確信犯的な一手だったと思われる。

 その結果、防衛費の財源問題を巡る岸田首相と自民党の対立が一気に高まった。同時に我が国の戦後政治に今も残る「戦後レジーム」の実態と限界を国民の前に曝け出すこととなった。本記事では防衛力増強の内容については触れず、財源問題に焦点を当てて考察を加える。

有識者会議の提言

 11月22日に、「防衛力強化に関する有識者会議」が開催され、提言案が首相に提出された。この提言書がその後の防衛費の財源を巡る政府・自民党間のバトルの淵源となった。

 提言書3章(2)に「財源の確保」という項がある。結論を先に言えば、この記述には三つの根本的な誤りがある。第一は財源の順序を①歳出改革、②いわゆる埋蔵金の活用、③不足分は増税としていること。第二は「国債発行が前提となることがあってはならない」とわざわざ断定していること。そして第三は三度行われた消費税増税が「失われた30年」の原因であったという教訓を無視していることである。

 財源の優先順序については後段で嘉悦大学教授高橋洋一氏の解説を、国債の理解については産経新聞編集委員兼論説委員の田村秀男氏の解説を、そして増税が如何に悪手かについては京都大学大学院教授藤井聡氏の解説を引用して説明する。

岸田首相のトップダウン

 岸田首相は11月28日に、鈴木俊一財務大臣と浜田靖一防衛大臣に対し、①5年以内に防衛力を緊急的に強化すること、②令和9年度に防衛費と補完する関連予算を合わせてGDP比2%に増額すること、③財源ありきではなく、さまざまな工夫をした上で防衛力を継続的に維持する議論を進めることを指示した。さらに12月5日に再び両大臣を呼び、防衛費として④5年で43兆円とするように指示した。

 これにより、従来の基盤的防衛力構想に決別すること、反撃能力を保有すること、5年後に防衛費をGDP比2%に引き上げることが決まった。「岸田政権において戦後レジームが解体された」と歴史に記録されることになるが、真の功労者は、「国家安全保障戦略」を策定して国際情勢を分析し、脅威を特定し有事のシナリオを想定して日本がとるべき対処を論理的に明確化した安倍元首相であることは言うまでもない。

 なお基盤的防衛力構想とは、日本の経済力が急成長していた昭和51年に三木内閣が打ち出したもので、「敵を想定しないで必要最小限の防衛力を整備する」構想だった。しかも防衛費を抑制する上限としてGDP比1%枠がこの時に決められた。

岸田首相の暴走

 そして12月8日に政府与党政策懇談会が開催された。この日の議題は、防衛3文書に関する国家安全保障戦略等についてのワーキングチームの協議状況だったが、経済安全保障を担当する高市早苗大臣と西村康稔大臣は呼ばれなかった。二大臣を欠席させた場で、岸田首相は唐突に「安定的な防衛力を維持するために、歳出改革や決算剰余金の活用、防衛力強化資金の創設に加えて、不足する1兆円超を増税で賄う。」ことを宣言したのである。

 この発言が衝撃波のように自民党内に伝搬し騒乱状態をもたらした。はじめに高市大臣が「企業が賃上げや投資をしたら、お金が回り、結果的に税収も増えます。再来年以降の防衛費財源なら、景況を見ながらじっくり考える時間はあります。賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された首相の真意が理解出来ません」とツイートした。

 続いて西村大臣も「今年の税収は過去最高の68兆円。今後5年間は大胆な投資・賃上げに集中し、成長軌道に乗せて税収増につなげるべき時。5年間が経済再生のラストチャンス。大変革期の中、バブル期に匹敵する企業の投資・賃上げ意欲の高まりに水を差すべきではない。」とツイートした。(以上、門田隆将、ZAKZAK、12月31日から引用)

 岸田首相判断の決定的な誤りは、国債を選択肢から除外して強引に増税路線を敷いた点にある。岸田首相は何故、高市・西村両大臣を欠席させて増税宣言を行ったのだろうか。

 そのヒントは、有識者会議の提言書の文面にある。提言書3章(2)「財源の確保」にわざわざ、「歴史を振り返れば、戦前、多額の国債が発行され、終戦直後にインフレが生じ、その過程で国債を保有していた国民の資産が犠牲になったという重い事実があった。第二次大戦後に、安定的な税制の確立を目指し税制改正がなされるなど国民の理解を得て歳入増の努力が重ねられてきたのはこうした歴史の教訓があったからだ。」という一文が挿入されているのだ。

 それにしても、有識者会議の提言書に何故こんな文言がわざわざ挿入されたのだろうか。「防衛力を抜本的に強化しなければならないが、先の大戦で軍部が暴走した二の舞を踏んではならない。」と警告しているようなものだ。有識者会議メンバーの中に、当時の軍備増強と今回の防衛力強化を重ねて考えるような時代錯誤の持ち主がいるとは思えない。

 田村秀男は12月3日の産経紙面で、以下のように述べている。「平和憲法とセットで施行された財政法は、財務省が増税や緊縮財政の法的根拠とするもので、第4条は国に歳出を税収などの範囲内に留めるよう求めている。これは、国債こそが戦争を引き起こす財源となると断じたGHQの指示に沿ったものである。一方で公共事業費の財源には国債発行を認める条項が付いている。建設国債がそれでインフラ整備という将来に向けた先行投資は国債発行で賄う。」

 想像の域を出ないが、有識者会議のメンバーを人選し報告書のドラフトを書いた官僚と、防衛力増強のあり方を議論した有識者の間に、いわゆる『官僚と御用学者の関係』があったことが疑われる。つまり予め報告書のドラフトは用意されていて、有識者が巧く利用された可能性が高い。しかも岸田首相は事前に官僚が用意したシナリオを読み上げるパペットを演じたことになる。暴走のドラマを演じるために、両大臣を外して異論反論が出ない舞台を設定したと考えられる。全ては財務省が用意した脚本に基づいて展開されたドラマだった可能性が高い。

噴出した異論反論

 12月9日には自民党内で政調全体会議が開催された。首相が表明した「防衛費を巡る1兆円強の増税について、自民党内から怒号が飛ぶほどの批判が噴出した。発言した50人強の内40人程度が反対意見を表明したという。安定財源を確保するため、年内に増税の道筋をつけることに理解を示したのは十数人だった。」とメディアは伝えている。

 異論反論の代表的なものを整理すると、概ね次のとおりである。

  ①党内の議論はこれからだというのにいきなり増税は乱暴極まりない(大塚拓政調副会長)

  ②7月の参院選公約には増税方針に触れていないので公約違反だ(世耕弘成参院幹事長)

  ③増税で突っ走るのなら、解散総選挙で国民の判断を求めるべき(萩生田光一政調会長)

  ④首相の発言に真正面から反対、防衛増税という考え方に反対(青山繁晴参院議員)

国債か、それとも増税か

 そもそも防衛費の財源として国債と増税と何れが正しいのだろうか?

 田村秀男は12月3日の産経新聞紙面で、「防衛国債が日本に相応しい」と述べ、次のようにその理由を説明している。「防衛国債(建設国債を想定)は有り余るカネを吸い上げ、防衛力増強を財源の呪縛から解放する。防衛関連投資を軸にした経済力挽回の起爆材になり得る。ハイテク技術は軍民両用であり、軍事技術開発がそのまま経済全体の活力へと波及する。防衛国債によってカネの憂いをなくしハイテクを中心に日本独自のイノベーションを沸き起こす物語が始まる。産業基盤が充実すれば経済成長をもたらし、企業は付加価値を高め、雇用を拡大し、国民所得が増える。防衛国債を赤字国債ではなく、建設国債と同等に位置づけるのは真っ当だ。」

 高橋洋一は12月6日のZAKZAK紙面で、財源を考える順序は一般論として、①他の歳出カット、②建設国債対象、③その他収入(埋蔵金)、④自然増収、⑤増税だとした上で、次のように説明している。②については「一般会計予算総則」で海上保安庁の船舶建造費が公共事業として認められていて、巡視船は建設国債で建造されている。(安倍元首相が生前語ったように、防衛費は消耗費ではなく次の世代に祖国を残していく予算と考えて)、防衛省予算を一般会計予算総則で規定するのも有力案だ。③は円安の結果、外為特会では巨額の儲けがあり40兆円位捻出できるという。④自然増収は最も真っ当な方法だ。円安でGDPが増えるので法人税、所得税はかなり増収になる。その後も経済成長を続け名目成長を4%程度にできれば、その自然増収で防衛費増をかなり賄うことができる。

 藤井聡は12月14日の「東スポWEB」の中で、「今の経済状況は極めて厳しい不況下にあり、岸田首相の防衛増税論は愚の骨頂だ」と指摘する。その理由を次のように指摘している。増税は短期的に税収を拡大するが、長期にわたって経済を疲弊させ、最終的に財政を縮小させる。増税をしても税収が増えるとは限らない。そうした増税による税収減リスクを無視して、軽々にこの不況状況下で増税を唱えることは無責任の極みだ。増税の結果税収が減れば国債発行額が増える結果となる。防衛増税を行えば、経済力が弱体化し防衛力が中長期的に弱体化することが決定的となる。「経済再生なくして財政健全化なし」というように、経済成長をまず達成しその後に財政を健全化すべきである。その順番を間違えてはならない。

 ここで国債か増税かという二者択一の議論は、二つの誤った前提に基づく議論であることを指摘しておきたい。第一は「今後も日本は失われた30年の延長線にあって、経済成長が望めず税収増が期待できない」という前提があること、第二は国債→赤字国債→未来からの借金という思い込みがあることである。

命題は国力の最大化

 永続的に防衛費増強を実現するためには、安定的な経済成長が絶対要件となる。この意味から、政治家が議論すべき命題は「防衛費の財源」ではなく、「国力の最大化」であるべきだ。レイ・クラインが考案した国力の方程式が示すように、経済力と軍事力を同時に増加させることこそが国家にとっての命題である筈だ。

   国力の方程式:国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 そうであるならば、「国力を最大化」するためのベストは国債発行でも増税でもなく、自然増収によって賄うことである。経済成長を実現することが死活的に不可欠なのだ。

 さらに加えるならば、真に防衛力を強化するためには防衛費を増額するだけでは不十分で、防衛産業基盤を抜本的に強化し、ハイテク技術力を世界一級のレベルに引き上げることが不可欠だ。すなわち「国力最大化」の長期戦略は、経済力、防衛力、産業基盤、技術力を一体として強化するものでなければならないのだ。そのためには防衛省と経産省、産業界とアカデミアの連携を抜本的に再構築しなければならない。

 そう考えれば、「防衛費の財源は何か」という問いそのものが間違っていることになる。「我が国の国力を最大化するための戦略は何か」と命題を再設定して考えるならば、田村秀男が言うように、「防衛国債が日本に相応しい」という結論に至ることは明白である。

 日本は四半世紀にわたり緊縮財政路線をとってきたために、GDPは低迷し防衛費は据え置かれてきた。歴代政権は経済が上向いたときにいつも増税という悪手を打ってきた。日本の経済力を脆弱化させてきたのはデフレであり、デフレをもたらしたのは、1997年、2014年、2019年の三度にわたる消費税増税だったことを肝に銘じなければならない。

 それにしても、政治家は何故財務省に騙されるのだろうか。「国力の最大化」戦略の障害として立ち塞がる存在が二つある。防衛力増強を財源問題に矮小化して増税を仕組もうとする財務省と、「防衛に係る技術開発は行わない」とタンカを切る一方で、中国の軍事技術開発には協力する日本学術会議である。この二つの存在もまた戦後レジームに他ならない。

 岸田首相の増税発言に対して異論反論が続出したが、政治家は単に増税と戦うだけでは不十分である。GHQが作為的に日本の政策に打ち込んだ楔である「戦後レジーム」を一日も早く解体する責任があることを自覚してもらいたい。

税制の前に成長戦略を論ぜよ

 結局、自民党の税制調査会が12月18日に「与党税制改正大綱」を決定し、1兆円増税を盛り込んだ。その骨子は以下の二つである。①来年からの5カ年で防衛費を43兆円に増額し、毎年の防衛予算を5.2兆円から8.9兆円へ3.7兆円増額する。②この3.7兆円を税収増(決算剰余金)0.7兆円、外為特会からの繰り入れ等(防衛力強化資金)0.9兆円、厚労省・国交省・文科省・農水省などの予算カット(歳出改革)1兆円で賄い、不足分1.1兆円を増税で賄う。

 藤井聡は「税制大綱の方針が採用される限り、増税&予算カット枠が年々拡大し、経済はどんどん疲弊していく。岸田内閣は増税と予算カットを繰り返すので景気が悪くなり、税収が早晩減少していくことは確実だ。」と指摘する。さらに、次のように警告する。

 「国は外国や災害によって滅び去るというよりもむしろ、政治における愚かしさによって滅び去ることが往々にしてある。正に今の日本は政府の愚かしさによって滅び去る瀬戸際に立たされている。防衛増税を回避する最も真っ当な手立ては全額建設国債で賄うことだ。」と。

 日本企業が抱える内部留保は2021年度に516兆円余になり、過去最高を記録した。これを賃上げや投資に回せば経済が回り税収が増加することになる。経済成長を軌道に乗せるためには、政府がインフラ投資などで先陣を切ると同時に、産業界から大規模な投資を促進させる環境を整備することが重要な政策となる。

 防衛財源を巡る今回の騒動が物語っていることは、国家の財政を決めるときに、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか考えない自民党の税制調査会が主導権を握っているという建付け自体が間違っていることだ。

国債償還という旧弊を正せ

 萩生田氏は「年明けから政調で議論を始める。増税以外にさまざまな財源があることを示す」と語り、萩生田、世耕の二人は「まずは国債償還ルールを見直して償還費の一部で賄うことなどを検討すべき」と語った。

 世界で唯一日本だけが、全く意味のない「60年償還ルール」を頑なに守り、元金償還を予算に計上している。それに対して諸外国は元金の借り換えを繰り返し、利払費だけを計上しているという。この違いはどこから来るのか。答えは日本だけが「国債は国の借金だから返さなければならない」と思い込んでいることにある。

 そもそも国債とは何だろうか。誰もが知っている言葉であるにも拘わらず、これ程正しく理解されていない概念はないだろう。国債に係る根本的に誤った理解が二つある。一つは、「国債は民間からの借金である」という誤解であり、もう一つは、「満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という誤解である。

 第一に、国債とは税収だけでは不足する予算分を民間から資金調達するために発行する債券であるというのが正しい認識である。政府が国債を発行し銀行がそれを購入することにより、政府は調達した資金を使用することができる。銀行は国債を保有する間、利払いを受けるので利息分は儲けとなる。

 第二に、国債には満期がある。銀行が満期が到来した国債を日銀に持ち込むと、日銀は同額の現金を新たに発行して、銀行が日銀に保有する当座預金口座に振り込む。こうして銀行が国債を購入するために支払った元金は、満期の時に日銀が通貨発行権を行使して返済する。このように国債に係る一連のおカネの流れは、政府-銀行-日銀間の金融取引なのである。

 2022年9月末時点で、普通国債の残高は約994兆円あり、その内の53%に当たる約526兆円を日銀が保有している。日銀に対する利払いは必要ないので、日銀は市中から購入した国債を帳簿上債権として計上しているだけである。しかも正味の国債残高は市中で保有されている約468兆円だけである。現在でも「国の借金が1000兆円を超える」という記事を日本経済新聞が書いているが、これは国民に対する脅しでありプロパガンダである。

 日銀は満期を迎えた国債を償還するために、同額の借款債(実際には割引債)を政府に発行するよう依頼する。政府が借款債を発行すると銀行がそれを購入して、政府に支払う現金は公債金として特別会計の国債整理基金に計上される。そして銀行は購入した借款債を日銀に持ち込むと、日銀は国債整理基金から当座預金口座に額面の金額を振り込む。この一連の手続きによって国債は消滅して現金化される。(参照:https://shin-geki.com/2021/03/14)

 2022年度当初予算における国債費は24兆3393億円で、その内償還費が16兆733億円(66%)、利払費が8兆2660億円(34%)だった。2023年度予算案には26兆9886億円の国債費が計上されている。意味のない「国債の償還」という旧弊を撤廃するだけで、国債費の66%相当(岸田首相が宣言した増税分約1兆円の17倍に相当)を削減できる。

 国債に関してもっと根本的で重要なことがある。それは「プライマリーバランスの黒字化」である。上記の説明で、「国債は民間からの借金であり、満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という認識が間違っていることを示した。この結果、国や地方自治体などの基礎的な財政収支を黒字化するという「プライマリー・バランス(PB)の黒字化」もまた、自らの首を絞めるだけの旧弊であることを指摘しておきたい。

エピローグ

 要点を箇条書きにし、提言に代えたい。

第一、少子高齢化が進み社会保障費が増加する日本が、未来の世代に安全で豊かな国を残すために最優先で取り組むべき命題は「国力の最大化」であり、具体的には短期的な防衛力強化と、中長期的な経済成長である。

第二、「国力の最大化」のための財源としては建設国債を戦略的に活用し、経済成長と共に税収の自然増を活用することが正解で、経済成長が軌道に乗るまで増税は絶対にやってはならない。

第三、国債に対する誤った理解を正し、経済成長を妨げる国債償還とPB黒字化という制約を撤廃する。

第四、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか議論しない税制調査会が主導権を握っている現在の建付けを解体し、「国力最大化」を戦略として推進する建付けに作り変える。

第五、国力最大化の障害として立ち塞がる戦後レジーム(制度、慣習等)を解体する。

的を外している政治

ICBM発射

 11月18日に北朝鮮はICBMを発射した。今年発射した弾道ミサイルは50発超に達した。今回発射したのは「世界最長の怪物」と呼ばれる火星17号で、最高速度は音速の22倍、射程は米本土に届く15,000kmだった。

 今回の発射の狙いは多弾頭化の実現にあるという。実戦配備のためには大気圏に再突入する技術など克服が必要な課題は残るものの、北朝鮮はICBM開発を着実に進めていることを誇示した。

官房長官談話

 これに対して松野官房長官は19日に談話を発表した。以下に引用する。(出典:内閣府)

 「一連の北朝鮮の行動は、我が国、地域及び国際社会の平和と安全を脅かすものであり、断じて容認できません。また、このような弾道ミサイル発射は、関連する安保理決議に違反するものであり、我が国としては、北朝鮮に対して厳重に抗議をしました。また、先ほど、総理の指示に基づき国家安全保障会議の4大臣会合を開催しました。会議では、北朝鮮のミサイル発射情報を受けた朝鮮半島の緊張の高まりに関して集約するとともに、更なる事実関係の確認をし、分析を行いました。その上で、北朝鮮による更なる弾道ミサイルの発射等に備え、情報収集・警戒監視に当たるとともに、国民の安全と安心の確保に万全を期すことを改めて確認するとともに、外交安全保障政策に関する今後の対応方針について議論を行ったところであります。政府としては、国連安保理の場を含め、米国、韓国を始め、国際社会と緊密に連携して対応するとともに、国民の生命・財産を守り抜くため、引き続き、情報の収集・分析、及び警戒監視に全力を挙げてまいります。」

 これは内閣官房長官の談話である。率直な感想として、国を守る意志も迫力も感じない談話だ。日本政府の反応は相変わらずの「遺憾砲」に終始していて、これでは確信犯の北朝鮮に対して何の抑止力にもならない。北朝鮮が弾道ミサイルを実戦配備することを抑止するために、日本は何をすべきかについて考えてみたい。

二つの疑問

 官房長官談話から湧き上がる素朴な疑問が二つある。第一は、弾道ミサイル発射に係る費用を北朝鮮はどこから調達しているのかだ。ザクっと試算してみると、北朝鮮が今年に発射した弾道ミサイル数は50発を超えており、開発費及び打ち上げ費用を平均して10~20億円/発と仮定すると、総費用は500~1000億円に達する。

 第二は、官房長官は「国民の生命・財産を守り抜くため」というが、一体どうすれば守り抜くことができるのかだ。この問題を考える上で示唆となる興味深い記事三つを引用する。出典は何れも産経新聞である。

資金源

 11月20日の記事:「北朝鮮のミサイル開発の資金源の一つとなっているとみられるのが、暗号資産窃取だ。ハッカー集団ラザラスが世界で暗闘しており、暗号資産事業者等を狙ってサイバー攻撃を仕掛けていて、今年の被害額は既に数百億円を超えているとみられる。過去2年間に北朝鮮が大量破壊兵器計画の資金として行った暗号資産のサイバー窃盗は総額10億ドルを超えた。今年4月には、ラザラスと北朝鮮のハッカー集団APT38が人気オンラインゲーム《Axie Infinity》にサイバー攻撃を仕掛け、暗号資産6.2億ドルを盗んだとFBIが発表した。」

 ちなみに、Axie Infinityとは、仮想通貨(トークン)が稼げるブロックチェーン上に構築されたゲームである。

 11月28日の記事:「ロイター通信は英国の専門家の分析として、大量のデータを同時に送り付けて北朝鮮全体のサーバーをダウンさせるサイバー攻撃が行われたとの見方を伝えている。北朝鮮のインターネット網がサイバー攻撃を受けて26日午前から約6時間にわたってダウンした。北朝鮮外務省や政府の公式サイトの他、高麗航空のサイトへの接続障害が続いた。朝鮮労働党機関紙、労働新聞、挑戦中央通信などのサイトについては27日朝も接続障害が続いた。」

 誰がサイバー攻撃を行ったのかは明らかにされていない。もし日本政府が行ったのだとしたら拍手を送りたい。表の場でとぼけた官房長官談話を発信しつつ、裏でしれっとサイバー攻撃を行ったのであれば、日本も強かな外交を行っていることになるからだ。実際は米国による警告と考えられるが、最も危機に直面している日本がなぜ米国に任せているのだろうか。

調達ルート

 今年1月31日の記事:『北朝鮮ミサイル調達路遮断を』と題した記事で、安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員だった古川勝久はこう書いている。「2020年時点では、北朝鮮は様々な新型弾道ミサイルを開発しつつも、まだ弾道ミサイル用の固体燃料の生産や精密誘導システムの習熟、ミサイル本体の軽量化等、技術的課題が山積中とみられていた。だがその後も北朝鮮は着実に技術的課題に対処し、新型ミサイルを次々に披露してみせた。なぜ国連制裁にもかかわらず、北朝鮮はこんなことができるのか?・・・米政府は、北朝鮮のミサイル関連不正調達の主要な共謀者を断定し、今年1月12日付の制裁でロシアのParsek社、同社ゼネラルマネージャのアラール、北朝鮮のロシア駐在員のオ・ヨンホを対象に指定した。」

 「昨年10月、北朝鮮は平壌で開催した国防発展展覧会で、様々な最新型兵器を誇示した。2020年以降、世界中が中国やロシアの脅威やパンデミックに気を取られていた間、北朝鮮は着実に核・ミサイル関連物質・技術を取得、習熟し自律的開発能力を大幅に向上させた。だが、まだ北朝鮮は最新型ミサイルを大量生産できる段階ではない。北朝鮮によるさらなる先端技術取得と大量生産体制への移行を何としても阻止する必要がある。中でもロシア・中国経由の不正調達ルートの遮断は火急の課題だ。対北朝鮮制裁は重要な局面に入った。北朝鮮問題は国際的に軽視されがちだが、日本を始め国際社会は改めて気合を入れねばならない。」

 官房長官談話と比較して、この記事には迫真さがある。北朝鮮のミサイル開発の資金源を止めること、露中からの不正調達ルートを遮断する手段を講じることこそが、北朝鮮からの脅威に最も深刻に直面している日本がとるべき対抗手段ではないだろうか。

機能不全の安保理

 22日のNHKニュースは、国連安保理が機能を喪失していると報じた。

 「北朝鮮が新型ICBM級の「火星17型」を発射したことを受け、国連安保理では21日、緊急会合が開かれ、弾道ミサイルの発射は安保理決議違反だとして北朝鮮を非難する意見が各国から相次いだ。アメリカのグリーンフィールド国連大使は「2つの理事国の露骨な妨害が、北東アジアと全世界を危険にさらしている」と述べ、安保理が一致した対応を示せないのは中国とロシアが北朝鮮を擁護しているからだと指摘し、安保理として北朝鮮を非難する議長声明を出すよう求めた。これに対して中国の張軍国連大使は「アメリカがまず誠意を見せ、北朝鮮との対話を実現させるべきだ」と述べたほか、ロシアの国連次席大使も、アメリカが朝鮮半島周辺での軍事演習をやめ緊張を緩和すべきだと主張し、今回も一致した対応をとることはできなかった。緊急会合のあと、日本の石兼国連大使は記者団に対し「北朝鮮によるたび重なる弾道ミサイル発射は安保理決議違反で、断じて容認できない」と強調した。」

 中露対米欧日の対立が深刻化している現状では、中露が関与している事案では安保理が機能不全となることが避けられない。中露及び北朝鮮による脅威が深刻なレベルに達している一方で、安保理が機能不全に陥っている現実は、日本にとって悪夢という他ない。その上で、「ならばどうすべきか」を考え、断固として行動することこそ政府の役割である筈だ。安保理が機能不全であることを明確にした上で、真に抑止力となる手段を講じなければならない。

無力の「遺憾砲」

 幾ら強い言葉で抗議しようとも、北朝鮮に対しては何の抑止力にもならない。中露及び北朝鮮が国際法違反の恫喝行動を行うことに対して、「遺憾砲」だけでは全くの無力であり、的を外していると言わざるを得ない。真剣に抑止する意思の発動がない限り、「国民の安全と安心の確保に万全を期す」というのは、虚ろなパロディにしか聞こえない。

「綺麗な手段」の限界

 最も効果的な抑止は相手の嫌がる手段を講じることだ。北朝鮮のミサイル開発を止めようと思えば、資金源を遮断もしくは妨害することが有効だ。既に述べたように、ミサイルの開発・実射の費用は、ラザラスが不正に稼いだ資金に相当する。その事実を踏まえれば、北朝鮮の核兵器・弾道ミサイル開発を阻止するためには、この資金源を妨害・困難化する手段を講じればいいという結論に至る。

 国家がサイバー攻撃を手段として年間数百億円もの窃盗を行っているのであるから、それを困難化できれば世界から感謝されるに違いない。無論、法律上の制約(即ち、できない言い訳)が色々あるだろうが、現実のミサイル脅威に直面して、「国民の安全と安心の確保に万全を期す」という以上、不言実行すべきではないのか。有事前夜において、できない言い訳など国民に対する責任放棄でしかない。法律を改定してでも、さっさと行動すべきだ。

 北朝鮮の最大のアキレス腱は、「厳しい経済制裁とコロナ渦にあって、経済的に相当困窮していて、合法的な手段で外貨を稼ぐことも難しい」状況にあることだ。最大の弱点を攻撃することが最も効果的であるにも拘らず、戦後日本はそのような行動を一切取ってこなかった。

 ウクライナを軍事侵攻したロシアも、ウィグル弾圧を行う中国も、そして弾道ミサイルを50発も発射する北朝鮮も、国際法も国際秩序も平然と無視する専制国家であるという認識のもとに、効果的な抑止手段を講じなければならない。

 回顧すれば、戦後の日本は性善説に立った外交に終始してきたのではなかったか。ロシアによる北方領土問題も、韓国との竹島、慰安婦、徴用問題も、中国の尖閣問題、北朝鮮との拉致問題も、何一つ未だに解決できていない理由は、日本が「綺麗な」手段に拘り、「汚い」手段を忌避してきたことと無関係ではないだろう。この問題を考えるために、興味深い記事二つを引用する。出典は何れも産経新聞である。

核シェアリングを巡る思考停止

 今年3月3日の記事:『核共有 思考停止の危険』と題して、産経新聞編集委員の阿比留瑠比が次のように書いている。

 「2月27日に安倍元首相がフジテレビの報道番組で核共有の議論の必要性を問題提起した。一昔前なら猛烈なバッシングが起きる場面だが、今回はウクライナに対するロシアの暴挙(2月23日に軍事侵攻した)をはじめとする厳しい国際情勢を反映し、冷静な受け止めや議論を歓迎する声も目立つ。その中で、岸田首相は、「政府においては核共有を認めない。議論は行わない。」と述べ、山口公明党代表は「いろんな意見が出てきているが、この三原則をゆるがせにしてはならない。」と述べたことを引用して、二人の否定ぶりが突出している。」

 「平成18年に財務相だった故中川昭一が北朝鮮の核保有宣言を受けて核保有の議論は当然あっていいと述べた時、物凄いバッシングを受けたという。当時中川氏はインタビューに対し、最近は非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)に、言わせず、考えてもいけないを加えた「非核五原則」だと語っている。また米国のローレス元国防副次官が論文で、核兵器の保有には、①日米同盟の信頼性向上、②中国の脅威に対応できることを示す、③北朝鮮などに日本を攻撃すれば自身の崩壊を招くことを理解させるなどの利点があると述べている。こうした現実対応策を政府が議論しないで済ませてよいのか。」

反撃能力を巡る与党の怠惰な議論

 11月26日の記事:「自公両党が反撃能力の保有に向けた議論を開始したと報じた。政府が反撃能力保有の必要性を訴えたのに対し、公明側からは反撃能力の定義や名称についての質問が相次ぎ、議論は来週に持ち越された。これに対し自民党からは「反撃能力の名称や定義を議論している国などほかにない」との危機感が漏れたという。」

 危機に直面して「何ができるか」について小田原評定をしているような国は滅亡すると自覚しなければならない。危機を抑止するために「何をすべきか」を考え、大急ぎで環境を整えて果敢に行動することが政治家の使命である筈だ。

 中露は核兵器大国であり、北朝鮮は核兵器を配備しようと躍起になっている国である。それでも「非核五原則」で行くというのなら、これら専制主義国家の核兵器攻撃から、どうやって国を守るのか、政治家には観念論でなく具体論を国民に説明する責任がある。

 戦略思考とは「国を守り発展させるために、何をなすべきか」と問うことから始まる。これに対してできない言い訳を縷々挙げて「できることしかしない」外交は、NATO(No Action Talk Only)と蔑まれる。露中及び北朝鮮の核の脅威に直面している今、NATO外交を一新して、戦略思考に立って「やるべきことをやる」政治を取り戻さなければならない。

23年前、石原慎太郎の看破

 1999年11月8日の産経新聞紙面『日本よ』の中で、石原慎太郎は次のように述べている。「世界から眺めると、経済の図体はいくら大きかろうと、日本という国の存在感はひどく希薄なものに違いない。なぜなら、日本という国は第二次世界大戦後このかた国家としての自己主張なるものをしたことがない。主張というものの背景には必ず自らの意思決定があるはずだが、それが一向にうかがえない。だから演繹していえば、国家の如何なる戦略も在りえない。特定の友好国の意向に百パーセント従うなどという姿勢はとても戦略とはいえまい。」

 補足するまでもないことだが、自己主張の背景には国家としての意思と戦略目的がある筈であり、自己主張してこなかったということは国家意思と戦略目的がなかったことを意味する。北朝鮮によるICBM発射に対する間の抜けた官房長官談話に加えて、核シェアリングに対する自民・公明両党首の腰砕けの姿勢が、自己主張をしない政治家の姿を象徴しているのではないだろうか。

「戦後」に従属してきたマインドの転換が必要

 さらに今年2月10日の産経新聞紙面の中で、文芸評論家の富岡幸一郎は2月1日に89歳で死去した石原慎太郎に対する追悼記事を書いている。「石原氏のすべての表現活動の根底にあり続けたのは、彼が生きてきた戦後という時代が、国家としての自存自立の矜持を失い、日本人が誇りを忘れ、個人の自我の力強さを持ち得なくなったことへの、強い憤懣と抑えがたい羞恥である。それは戦後の終焉を何度となくうたいながら、現実には今日ここに至るまで日本人自らが戦後に従属していることへの、烈しい苛立ちであった。そこには何ひとつ新しい価値も思想も生まれようがない。時代の真の転換等あり得ようがない。国家を奪われ、経済を失い、そして今や人間すらも消失しかかっている。この国の長い長い戦後に対する最後の反逆者。その果敢なる表現者の死を今は悼むだけである。」

 「戦後の終焉をうたいながら、日本人自身が戦後に従属している」という指摘は、誠に正鵠を射ているという他ない。戦後ずっと真の脅威がなかったと言えばそれまでだが、脅威が本物の危機となった現在、国民が「戦後に従属してきた」マインドを転換し、政治家が戦略を取り戻す以外に道はない。

安倍元首相銃撃事件の真相を考える

明らかになりつつある事実

 事件から既に1カ月が経つというのに、この事件について明らかになった事実は多くない。むしろ事件以降銃撃事件から、旧統一教会と自民党との関係に話題が移っている。本稿では銃撃事件の真相について考えてみたい。

 はじめに明らかにされてきた事実について整理しておきたい。

銃撃

1)7月8日の午前11時半頃、近鉄西大寺駅前で山上徹也容疑者が街頭演説中の安倍元首相を手製の銃で銃撃した。安倍  元首相は心肺停止状態で奈良県立医科大学付属病院に緊急搬送され救命措置を受けたが、17時3分に死亡が確認された。

2)病院での救急治療の後、警察による法医解剖が6時間かけて行われた。

3)警察は事件当日に実況見分を行った。その5日後の7月13日には礼状を取って現場検証を行った。

4)山上容疑者が銃を発射したのは2回である。1回目の銃弾は誰にも当たらなかった。手製の銃は最大6発の銃弾が実装可能だったが、2回の発射で何発ずつ発射したのかは明らかになっていない。2回の発射の間隔は約3秒だった。

5)安倍元首相に命中した銃弾は2発で、1回目の発射後に安倍元首相が左に身を回転させたときに2回目が発射された。銃創は2つ確認されたが、体内から発見された銃弾は1発で右上腕部で骨に当たって止まった状態で発見された。銃弾は直径10センチほどの金属製の球形だった。もう1発の銃弾は法医解剖でも現場検証でも発見されていない。

銃の準備

1)山上容疑者がネットを調べて銃と火薬を作ったと供述しているという。8月6日の青山繁晴参議院議員のブログ(後述)によれば、容疑者が参照したサイトはまだ特定できていない。

2)銃の開発経緯について、毎日新聞が次のように報じている。(7月22日、23日、8月6日記事参照)

①当初旧統一教会の最高幹部を火炎瓶などで襲撃する計画を立てていたが、昨年春頃から特定の対象を狙いやすい銃の製造に切り替えた。

②自宅マンションで銃の製造を始め、奈良市南部の山中で試射を繰り返して殺傷力を高めてきた。

③昨年3月頃から奈良市内のアパートを借りて火薬を乾燥させる場として利用していた。

④安倍元首相襲撃現場で押収された銃は銃身に当たる2本の金属筒をテープで固定した箱型の手製銃で、長さ40センチ、高さ20センチで最大6発を同時に発射できる構造だった。容疑者は目立たないようにバッグに収納できる小型の銃を使用したという。

警護体制

1)現場には十数名の警察官が配備されていたが、もともと後方を警戒する警護員は一人だった。この警護員も「背後の交通量が多いことから、別の警護員の指示で警護員の安全のためガードレール内に配置が変更になった。さらに前方の聴衆が増えて後方には殆どいなくなったため、この警護員は警戒方向を前方に変更した。この結果後方を警戒する警護員がゼロになった。

明らかにすべき不可解な疑問点

この事件には不可解な点が幾つかある。

第一の不可解

 第一は、この事件は幾つかの偶然が重なって起きたことだ。以下の四つの偶然がシンクロナイズすることがなければ、事件は起きなかった可能性が高い。これを単なる偶然として片づけるには、「巧く出来過ぎている」不自然さが感じられる。シンクロナイズさせるシナリオが背後に存在した可能性についても調べるべきである。

①テロリストの存在:旧統一教会に対し復讐する強い意思を持ち、殺傷能力をもった銃を用意して機会をうかがっていた容疑者が存在した

②テロ対象の変化:容疑者の殺意の対象が、旧統一教会から安倍元首相に切り替わった

③街頭演説の変更:街頭演説の場が、前日の午後急遽奈良西大寺駅前に変更になった

④お粗末すぎる警護体制:警護要員は十数名が配置されたが、「あたかも襲撃を誘発するかのように」安倍元首相の背後がガラ空きとなり、不審者を監視する要員もゼロとなった

第二の不可解

 第二は、容疑者の標的が統一教会から安倍元首相に切り替わったことである。産経新聞は8月6日に『世論誘導計算ずくのテロ』と題して次のように書いている。「安倍氏を襲えば統一教会に非難が集まる。山上容疑者はそんな趣旨の供述をした。世論誘導のための殺人、それは冷酷なテロに他ならない。」

 ここで疑問に思うのは、標的を安倍元首相に切り替えたことを容疑者は供述しているが、容疑者単独で思いつくには飛躍があることだ。万一思いついたとしても元首相の殺害という犯行に及ぶだろうか。もしそうであるとしたら、プロのテロリスト並みの冷徹な計算が働いていたことになる。また、そうであるならば、警察の取り調べに対しても冷静で計算づくの供述を淡々と行う可能性が高い。容疑者が自分が利用されたことを認識していない場合を含めて、教唆し支援した人物が背後に居なかったかを徹底的に調べる必要がある。

第三の不可解

 第三は、銃、弾丸、火薬の全てを独りで製造したのか、素人がネット情報だけで実際に殺傷能力を持った銃を作ることができたのかという点だ。要点は5つある。①銃の製造、②銃弾の入手、③火薬の製造、④上記を組み合わせて、実用性を満たす銃の完成、⑤十分な実射訓練の5つである。

 容疑者は火薬の製造について、「ネットで調べた。硝酸アンモニウムや硫黄、木炭などを混ぜて黒色火薬を作った。」と供述しているというが、この発言に対して専門家は致命的な誤りを指摘している。まず、「そもそも原料が違う。硝酸アンモニウムと硫黄、木炭を混ぜても100%燃えない。黒色火薬の原料は硝酸カリウムである。」と指摘する。さらに「火薬の製造方法はネットで調べれば見つかることは事実だが、作り方が分かったからと言って実際にできるかと言えば別問題。それなりの知識や技術を持った上で相当試薬を繰り返さないと、燃えるものは作れない。」という。(※1:ENCOUNT 7/15記事参照、https://news.yahoo.co.jp/articles/

 この不一致をどう理解すべきだろうか。もしネット情報から火薬の製造方法を学び、実際に材料を調達して製造したのであれば、主成分を間違えることはあり得ない。火薬を乾燥させる場として自宅マンションとは別にアパートを借りていたというが、必要な材料と作り方を、或いは完成品を誰かが提供した可能性を否定すべきではないだろう。もし①から⑤を全て、試行錯誤を繰り返して独りで製造したのであれば、それを裏付ける物証が残っている筈である。

第四の不可解(最大の疑問)

 第四は、2発の銃弾の経路と消えた弾丸に関わるものだ。青山繁晴参議院議員はブログの中で「犯行計画から法医解剖に至るまで、容疑者が一人で実行した」という仮説には矛盾はないという趣旨の発言をしている一方で、法医解剖を行った警察側と救急治療を行った病院側との間に食い違いがあることを認めている。

 青山議員は自民党のテロ対策特別委員会における警察庁からの報告と質疑応答を踏まえたご自身の見解を、7月27日にユーチューブ「ぼくらの国会第375回」で報告している。さらにその後の警察庁からの報告を踏まえて、8月6日に「ぼくらの国会第378回」で報告を更新している。

 青山議員が述べている食い違いは、心臓の損傷の有無に関わるものだ。7月8日銃撃当日の記者会見において、病院の福島教授はこう述べている。「前頸部に2カ所の銃創があり、その傷の深さは心臓に達し、心室に穴が開いた状態だった。心臓の傷自体は大きなものがあった。」

 これに対して法医解剖を踏まえた警察の見解では「心臓に傷はなかった。」という。双方共にプロであるにも拘らず、こんな食い違いは起こり得る筈がない。心臓が救急措置の最重要臓器であり、実際に手術を指揮した人物の発言であることを考えれば、病院の見解の誤りは考えにくい。むしろ警察の見解には「心臓の損傷を隠したい」意図があると考える方が自然である。

 しかしこれ以上に重大な食い違いがある。それは銃弾がどこから入り、どの経路を通ったかに関わるものだ。この食い違いは極めて重要である。何故なら、銃撃時の安倍元首相と容疑者の位置関係、容疑者に対する安倍元首相の姿勢と、弾丸の経路が一致するかどうかに関わるからである。もし一致しなければ、銃撃の犯人はもう一人いることになる。

 警察から報告を受けた青山議員は動画ブログの中で、「1回目の銃撃の直後、安倍元首相が体を左にひねったときに、2回目の銃撃があり複数の銃弾が発射され、その内の1発は左肩から入って右の首から出た。もう1発は左首から入って右上腕部の骨に当たって止まった。」という趣旨の発言をしている。つまり命中した2発とも体の左側から入って右側に進んだとの理解に立っているのだ。もしそうであれば、容疑者が撃った弾道と整合する。

 一方7月8日の記者会見で、福島教授は「前頸部の真ん中のところと少し右の2カ所に銃創があった。」と述べて、手振りで「右鎖骨上から左下心臓の方向へ」を示して、左肩の前部に確認された射出口から1発の弾丸が体外に出たのではないか」という見解を述べている。もう1発の弾丸については「貫通した跡はない」と述べ、銃弾は2発とも「手術中に体内では見つかっていない。」と述べた。つまり少なくとも弾丸の1発は、右鎖骨上から左下の心臓方向に向かって進んだと理解しているのである。

 以上をまとめると、検死を行った警察の見解と救急措置を行った病院の見解には、①心臓の損傷の有無、②1発の銃弾の経路、③体内に残された銃弾の数に関して正反対という程の食い違いがあることになる。福島教授の発言は、5時間以上も救急措置に専念された直後のものであること、かつ検死目的に立って損傷を確認したものではなかったことを勘案すれば、銃弾の経路について多少のあやふやさが残るのはやむを得ないと考えられる。

 一方6時間もの時間をかけて検死を行った警察には、確認した事実に対する正確な説明が求められるのは当然である。従って、両者の立場と役割の違いから、多少の食い違いは起こり得ると考えられる。それにしても、警察は2発共に同じ左首から入って右に進んだとしているのに対して、病院の見解はその逆に「首の付け根の右側から入って左下に進んで心臓を貫通した」というものであり、銃弾の進路が逆なのである。

 致命傷となる銃撃を受けた時に、安倍元首相は実を左に回転していたのであり、左から入って右に進んだ弾丸は山上容疑者の発砲と整合するが、右から入って左下に進んだ弾丸は安倍元首相の右手の安倍元首相よりも高い位置にいた別人による発砲となる。単刀直入にいえば、警察の見解は容疑者単独犯行を裏付けるものであるのに対して、病院の見解はもう一人の狙撃犯の存在を示唆するものといえる。

総括

 以上、公表された情報をもとに総合的に考えると、ローンウルフの犯行と断定するには無理があるように思える。警察と病院の見解の違いは、どちらかに嘘があることを示唆しており、むしろ背後にシナリオが存在することを暗示する結果となっている。

 要人警護体制の不備に批判が集まっている。要人警護の不備は一言で言えば、銃器による襲撃を想定していなかったことに尽きると思うが、これを「現場の警察が平和ボケだった」と断じるとすれば、平和ボケだったのはここに留まらないことを指摘しておきたい。

 激変する世界において最も影響力の大きい政治家の一人だった安倍元首相に対する暗殺の脅威は、国内に留まらない。殉職者が安倍元首相であったが故に、この事件を単純に国内の警察事件という枠内で捉えるとしたら、その前提は誤っていると考えるべきだろう。今回の事件は上述したように幾つかの不可解な疑問点が未解明のまま残っていて、国際レベルのプロの組織の関与の可能性が残っているように思える。そうであるとすれば、今回のテロ事件に対し、警察だけで対処すること自体が平和ボケそのものだと認識すべきではないだろうか。好むと好まざるとにかかわらず、今我々はそういう時代を生きているのである。

ユートピアン政治に決別せよ

電力逼迫危機は何故起きたか

 電力不足が深刻な事態となってきた。政府は7月1日を起点とし9月までの三か月間を「節電要請期間」として、家庭や事業者に対し数値目標を設けない節電要請を行った。東京都心では7日連続の猛暑日を記録し、伊勢崎市では40度を超えた猛暑の中で政府が節電要請をしたことは異常事態という他ない。

 夜間はもとより雨天には発電できない太陽光発電には、ベースロード電源にはなり得ない致命的な欠陥がある。加えて、東電によれば、太陽光発電の発電出力は日射量によって変動し、予測に対して150万KW程度増減するという。これでは電力が逼迫するほど、乗り切れるかどうか予測できないことになる。今回の電力逼迫危機で明らかになったことは、気温がピークとなる午後にエアコン需要も発電量もピークとなるが、需要が日没以降も続くのに対して、発電量は太陽が傾くにつれて減少するために夕方の時間帯に需給が逼迫するという、太陽光発電に固有の弱点だった。

 7月から9月までということは、暑い夏に冷房使用の抑制を国民に強いることになる。こんなことではエアコン使用をためらう高齢者や弱者にしわ寄せがゆき、熱中症による死者を増加させかねない。さらに政府の期待どおり無事に夏を乗り切ったとしても、厳冬期には暖房使用が増えるため、抜本的な対策を講じなければ1月~3月に再び節電要請ということになりかねない。このままでは年間の半分の期間で節電を強いられる異常事態となるだろう。政府は一体冬までにどのような抜本的対策を講じるつもりだろうか。

 これは異常気象故の天災なのか、それともウクライナ戦争がもたらした不可抗力なのか、それとも人災か。答えを先に言えば、これは政府のエネルギー政策が根本的に誤っていたことによる人災、政府の不作為の罪がもたらした災害である。

 原因は、再生可能エネルギーと脱炭素の推進、原発再稼働に関わる政策の誤りにある。参院選の自民党の標語は、総論として「決断と実行 日本を守る 未来を創る」であり、各論として「強力で機動的な原油高物価高対策で国民の生活と産業を守る」となっている。現状の電力逼迫危機から見れば、明らかな看板倒れ過大広告ではないか。厳冬期に危機が再来しないよう、抜本的に解決する対策を決断し断固として実行してもらいたい。

 2011年3月の福島原発事故から11年が経過した。これまで16原発27基が新規制基準に基づく原子力規制員会の安全審査に申請したが、再稼働に辿り着いたのは6原発10基に留まっている。東日本では1基の原発も再稼働していない。原発の再稼働に待ったをかけている障害が二つある。第一は原子力規制委員会の暴走であり、第二はそれを黙認している政府である。

 7月4日の産経新聞に「原発活用を首相は決断を」という題で櫻井よしこが寄稿している。要点を紹介しよう。現在原子力規制委員会は、活断層と特定重大事故等対処という、世界でどの国も適用していない厳しすぎるハードルを設定して再稼働を阻んでいる。まず地震対策では、重要設備の下に12~13万年前以降に活動した活断層がないことの証明を求めている。しかも周囲の地層を調べても活動性が不明な場合には40万年前以降まで遡って検討することを新たに要求している。

 日本列島に縄文人が住み着いたのは今から3万5千年ほど前である。現実の政治の問題として考えるとき、一体12万年前まで遡る必要性は何処にあるのだろうか。すべからく政治問題は、政治の責任としてリスクと国民負担のコストの費用対効果で判断すべきであって、専門家の役割は的確な判断材料を提供することにある筈だ。

 さらにテロ対策では、大型航空機がハイジャックされて原発に突っ込む事態を仮定して、複数の非常用発電機、水源としての巨大プール、緊急炉心ポンプ等の設備を分厚い鉄筋コンクリートで囲まれた地下深くの要塞に設置することを要求している。世界同時多発テロが起きたアメリカですら、ここまで過剰な対策は要求されていないのだ。費用は1千億円相当かかると見積もられていて、それが実現した場合には全て電気料金に上乗せされる。

 原子力規制委はさらに、要求する5年以内にテロ対策工事を完了できない場合、運転停止を命じている。その結果再稼働した10基も相次いで運転停止に追い込まれているのである。ここまでくると原子力規制委員会の暴走という他ない。一体誰がこのような理不尽な特権を与えたのか。

高騰を続ける電力料金のからくり

電力料金が高騰しているが、現在電力料金は次の式から算定されている。

 1か月の電気料金=基本料金+電力量料金+再エネ賦課金

 電力量料金=(電力量料金単価±燃料費調整単価)×1か月の使用電力量

・再エネ賦課金:正確には、「再生可能エネルギー発電促進賦課金」再エネ電気を電力会社が固定価格で買取る分を利用者から徴収する費用。再エネ賦課金単価は、毎年国が決定する。

・燃料費調整単価:原油や液化天然ガスの調達価格に応じて行う補正で、電力各社が申請し経産省が審査し認可する。認可額の1.5倍まで値上げが可能である。

 7月1日のZAKZAKに「電力逼迫、政府の”錯乱”が止まらない!」と題した記事で、ジャーナリストの有本香が「世界一高い電気代を払わされ、野放図に拡大される太陽光や風力発電(再エネ)の対価まで負わされたうえに、電力逼迫。一体何の罰ゲームかと気づく国民が増えた。」と書いている。

 これは政府の不作為による人災であると書いた。そう断言する理由は三つある。第一は「再エネ賦課金」で、再生エネルギー推進のコストを電気料金に上乗せしていること。第二は、福島原発事故以降ハードルを次々に上げて原発再稼働を阻止し続けているために、代替発電として化石燃料の輸入額が増大していること、そして第三は円安である。

 原発忌避については『原発忌避からの脱出』に書いた。円安については『円安から日本を考える』に書いたので、そちらを参照していただきたい。

日本を弱体化させるエネルギー政策を転換せよ

 再生エネルギーの促進を決めたのは、東日本大震災が発生した2021年の民主党菅直人政権である。以下は7月2日の産経抄からの抜粋である。「菅の顔を見たくないなら、法案を通した方がいい。当時の菅直人首相が進退をほのめかしてこう述べ、太陽光など再エネ発電を、電力会社が買い取る特別措置法の成立をごり押しした。その結果、電気代に上乗せされた≪再エネ賦課金≫はどんどん高くなって家計を圧迫し、反対に電力供給は弱体化した。天候に大きく左右される再エネ発電が増加すればするほど、国民の賦課金負担も膨らみ続ける制度はまともではない。」当然の指摘である。

 「歴代最悪の総理大臣」と称された菅元首相の暴言について、今さら評するつもりはないが、問題は、その後に政権を奪還した自民党が未だに「まともではない特別措置法」を改定していないのは何故かということだ。原子力規制委員会の暴走による日本の弱体化を止めるのも政治の責任である。欠陥のある法律やしくみはさっさと改定するダイナミズムが政治に欠落している。政府には「決断と実行、日本を守る」の公約を速やかに実行してもらいたいものだ。

 7月3日の産経、日曜経済講座『東日本大停電を警戒せよ』の紙面で、論説副委員長の井伊重之は以下のように書いている。「深刻な電力不足を招いたのはこれだけではない。政府が推進した電力自由化と脱炭素で、老朽化した火力発電の稼働率が下がって採算が悪化し、一昨年度には1600万KWの火力発電が休止に追い込まれた。東日本大震災後、全国で原発が稼働を停止する中で、火力発電が主力電源として使われている。昨年度の火力発電比率は7割を超える。その火力発電の供給力が脱炭素で弱体化し、電力不足に拍車をかけている。こうした構造的な要因を改善するには、政府が政策の失敗を率直に認め、電力市場を再設計する他ない。」誠に、このとおりだ。

 国際情勢の変化に合わせて安全保障政策を変えなければ安全が脅かされるように、エネルギー政策を転換しなければ日本は貧しくなる一方だ。

専制主義国家とのビジネスリスク

 プーチン大統領は6月30日、「サハリン2」の運営会社サハリンエナジーの資産を、ロシアが新たに設立する運営会社に移管する大統領令に署名した。出資する外国企業が条件に同意しない場合は持ち分の株式を売却するとしており、日本の商社はロシア側が提示する条件に従って株主に留まるか、それが嫌なら撤退するか二者択一の決断が迫られている。明らかにウクライナ侵攻に伴う対露制裁に対する報復措置である。ちなみにサハリンエナジーの株式は、露国営のガスプロムが50%、英国のシェルが27.5%、三井物産が12.5%、三菱商事が10%を保有しているが、シェルは既に撤退を表明しているので、これは日本企業を狙い撃ちした嫌がらせである。

 サハリン2のガスは約6割が日本向けで、ロシア産は日本が輸入する液化天然ガスの8.8%であるという。岸田首相はサハリン2から撤退しない方針を示してきたが、日本の権益の行方は不透明になった。輸入を日本側の判断ではなくロシアの意思で止められる恐れが出てきたからだ。政府にはロシアの脅しに動揺しない毅然とした判断を望みたい。

 ウクライナ戦争が突き付けた冷酷な事実は二つある。一つは世界的なエネルギー高騰と食料危機だ。もう一つは専制主義国家は国際法を無視するだけでなく、国家間の契約を一夜にして反故にするということだ。サハリン2は日露間のリスクがウクライナ戦争で顕在化した事例だが、プーチンは今後さらなる揺さぶりをかけてくるだろう。

 ロシアによるウクライナ侵略という理不尽な行動に対して、岸田首相はG7やNATO首脳会議において、民主主義国家間の連携を強化する意思を鮮明に打ち出した。そのことや良しだが、同時に言葉だけでなく、おカネの貢献だけでもなく、行動で示す局面が今後具体化してゆくだろう。そして専制主義国家とのビジネスリスクはやがて日中間で顕在化することが予測される。

リアルポリティクスに回帰した欧州

 ウクライナ戦争が起きて欧州各国は安全保障政策とエネルギー政策を大転換している。ロシアにエネルギーを大きく依存してきたドイツはこれまで脱炭素運動の先頭を走ってきたが、ロシア産天然ガスの供給が減少する事態に備えて石炭火力発電の拡大を打ち出した。英国は今月中旬EVなどに対する補助金を廃止することを決めた。

 さらにウクライナ侵略戦争で世界は原発推進に回帰しつつある。フランスは全発電量の7割超を原発で賄っている国であり、ウクライナ侵攻がもたらしたエネルギー危機による影響は最も軽微だが、新たに最大14基の欧州加圧水型炉の建設を決定した。英国も最大で原発8基の建設を決めた。世界で原発を稼働させ、今後も原発を活用する国は25ヵ国、新たに原発を導入する国はインドネシア、トルコ、ポーランドなど14ヵ国に上る。

リアルポリティクスへ転換せよ

 電力逼迫がここまで深刻化すれば、電力政策を再設計する他ない。繰り返すが現在の惨状は天災でも不可抗力でもなく、政府のエネルギー政策の誤りが原因の人災である。日本政府は世界のムードに乗って、再生エネルギー推進にのめり込み、東日本大震災が起きて原発忌避に走り、脱炭素では殆ど実現する見込みがない目標を掲げてきた。今回の電力逼迫危機は正に理想を追いかけて現実を犠牲にするユートピアン政治が招いたエネルギー危機である。ウクライナ侵略戦争が起き、電力危機が顕在化した今こそ、国益を損なうこれまでのユートピアン政治に決別し、しぶとくなりふり構わず国益を追求するリアルポリティクスに転換すべき時なのだ。

 『有事の総理大臣①経済』に「1995~2020年間に日本はGDP成長においてアメリカの1/3に貧しくなった」と書いた。かつてはジャパン・アズNo.1と言われた日本だが、現在は凋落が著しい。その原因は何処にあるのか。その一つは難題に挑戦しなくなったことにある。

 『原発忌避からの脱出』で既に書いたように、東日本大震災が起きた後の日本の進路は二つあった筈だ。すなわち「原発は危険だからもうやめよう」という道と、「ならば暴走しない原発を世界に先駆けて開発しよう」という道の二つである。「暴走しない原発」の開発は、福島原発事故を起こした日本が、そして科学技術立国を目指す日本こそが、率先して取り組むべき挑戦だった筈だ。しかし政治は国際社会と国民の感情的反応に忖度した結果、原発忌避の道を選んだ。その結果が、現在進行中の電力不足危機として現れたことを認識し反省すべきだ。

 日本は石炭火力で世界最高の環境技術を保有しており、それを新興国に提供することで地球温暖化の防止に貢献することができる。『原発忌避からの脱出』にはこう書いた。「日本原子力研究開発機構が次世代の原発である高温ガス炉の開発に成功した。この原発は、構造上大型化には不適で小型モジュール炉に適し、原理的に炉心溶解事故を起こすことはなく、冷却に水を使わないことから、内陸でも使用可能という優れた特長を有している。高温ガス炉技術では日本が世界の先端を走っている。」と。

 原子力規制委が特定重大事故等対処で、確認されて再稼働した原発10基を運転停止に追い込んでいるために、燃料費の負担額は年に7200億円規模に上っているという。これは全て国民と産業界の電気料金に上乗せされる。櫻井よしこは、「規制委の更田委員長は運転停止による経済的停止による経済的影響や社会的な影響は一切考慮しないと公言するが、それで済む問題ではない。ここで政治が任命権者としての監督責任を果たさずしてどうするのか。米国には原発の専門家集団で構成する原子炉安全諮問委員会(ACRS)が規制の適正化に眼を光らせている。首相は国会に専門家組織としての日本版ACRSを設置し、規制委に対する政治の責任を果たすべきだ。」と結んでいる。

 誠にそのとおりだ。問題は科学論争ではなく、国民生活に直結したリアルポリティクスの問題だからだ。如何なる困難に直面しても道は常に二つある。楽な道と困難な道だ。明るい未来は常に難題に挑戦してそれを乗り越えてゆく先にしかないことを改めて肝に銘じるべきだ。日本をこれ以上貧しく弱くする政治はもうごめん被りたい。