防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム

プロローグ

 はじめに、岸田首相は歴代の首相ができなかった「戦後レジームの解体」を断行した。基盤的防衛力構想からの脱却、反撃能力の保有、防衛費の抜本的増強とGDP比2%の実現、それと自衛隊施設に建設国債を適用である。

 同時に岸田首相は、防衛費の財源として早々と増税を宣言した。これは、岸田首相にとって相応の反論を承知した上での確信犯的な一手だったと思われる。

 その結果、防衛費の財源問題を巡る岸田首相と自民党の対立が一気に高まった。同時に我が国の戦後政治に今も残る「戦後レジーム」の実態と限界を国民の前に曝け出すこととなった。本記事では防衛力増強の内容については触れず、財源問題に焦点を当てて考察を加える。

有識者会議の提言

 11月22日に、「防衛力強化に関する有識者会議」が開催され、提言案が首相に提出された。この提言書がその後の防衛費の財源を巡る政府・自民党間のバトルの淵源となった。

 提言書3章(2)に「財源の確保」という項がある。結論を先に言えば、この記述には三つの根本的な誤りがある。第一は財源の順序を①歳出改革、②いわゆる埋蔵金の活用、③不足分は増税としていること。第二は「国債発行が前提となることがあってはならない」とわざわざ断定していること。そして第三は三度行われた消費税増税が「失われた30年」の原因であったという教訓を無視していることである。

 財源の優先順序については後段で嘉悦大学教授高橋洋一氏の解説を、国債の理解については産経新聞編集委員兼論説委員の田村秀男氏の解説を、そして増税が如何に悪手かについては京都大学大学院教授藤井聡氏の解説を引用して説明する。

岸田首相のトップダウン

 岸田首相は11月28日に、鈴木俊一財務大臣と浜田靖一防衛大臣に対し、①5年以内に防衛力を緊急的に強化すること、②令和9年度に防衛費と補完する関連予算を合わせてGDP比2%に増額すること、③財源ありきではなく、さまざまな工夫をした上で防衛力を継続的に維持する議論を進めることを指示した。さらに12月5日に再び両大臣を呼び、防衛費として④5年で43兆円とするように指示した。

 これにより、従来の基盤的防衛力構想に決別すること、反撃能力を保有すること、5年後に防衛費をGDP比2%に引き上げることが決まった。「岸田政権において戦後レジームが解体された」と歴史に記録されることになるが、真の功労者は、「国家安全保障戦略」を策定して国際情勢を分析し、脅威を特定し有事のシナリオを想定して日本がとるべき対処を論理的に明確化した安倍元首相であることは言うまでもない。

 なお基盤的防衛力構想とは、日本の経済力が急成長していた昭和51年に三木内閣が打ち出したもので、「敵を想定しないで必要最小限の防衛力を整備する」構想だった。しかも防衛費を抑制する上限としてGDP比1%枠がこの時に決められた。

岸田首相の暴走

 そして12月8日に政府与党政策懇談会が開催された。この日の議題は、防衛3文書に関する国家安全保障戦略等についてのワーキングチームの協議状況だったが、経済安全保障を担当する高市早苗大臣と西村康稔大臣は呼ばれなかった。二大臣を欠席させた場で、岸田首相は唐突に「安定的な防衛力を維持するために、歳出改革や決算剰余金の活用、防衛力強化資金の創設に加えて、不足する1兆円超を増税で賄う。」ことを宣言したのである。

 この発言が衝撃波のように自民党内に伝搬し騒乱状態をもたらした。はじめに高市大臣が「企業が賃上げや投資をしたら、お金が回り、結果的に税収も増えます。再来年以降の防衛費財源なら、景況を見ながらじっくり考える時間はあります。賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された首相の真意が理解出来ません」とツイートした。

 続いて西村大臣も「今年の税収は過去最高の68兆円。今後5年間は大胆な投資・賃上げに集中し、成長軌道に乗せて税収増につなげるべき時。5年間が経済再生のラストチャンス。大変革期の中、バブル期に匹敵する企業の投資・賃上げ意欲の高まりに水を差すべきではない。」とツイートした。(以上、門田隆将、ZAKZAK、12月31日から引用)

 岸田首相判断の決定的な誤りは、国債を選択肢から除外して強引に増税路線を敷いた点にある。岸田首相は何故、高市・西村両大臣を欠席させて増税宣言を行ったのだろうか。

 そのヒントは、有識者会議の提言書の文面にある。提言書3章(2)「財源の確保」にわざわざ、「歴史を振り返れば、戦前、多額の国債が発行され、終戦直後にインフレが生じ、その過程で国債を保有していた国民の資産が犠牲になったという重い事実があった。第二次大戦後に、安定的な税制の確立を目指し税制改正がなされるなど国民の理解を得て歳入増の努力が重ねられてきたのはこうした歴史の教訓があったからだ。」という一文が挿入されているのだ。

 それにしても、有識者会議の提言書に何故こんな文言がわざわざ挿入されたのだろうか。「防衛力を抜本的に強化しなければならないが、先の大戦で軍部が暴走した二の舞を踏んではならない。」と警告しているようなものだ。有識者会議メンバーの中に、当時の軍備増強と今回の防衛力強化を重ねて考えるような時代錯誤の持ち主がいるとは思えない。

 田村秀男は12月3日の産経紙面で、以下のように述べている。「平和憲法とセットで施行された財政法は、財務省が増税や緊縮財政の法的根拠とするもので、第4条は国に歳出を税収などの範囲内に留めるよう求めている。これは、国債こそが戦争を引き起こす財源となると断じたGHQの指示に沿ったものである。一方で公共事業費の財源には国債発行を認める条項が付いている。建設国債がそれでインフラ整備という将来に向けた先行投資は国債発行で賄う。」

 想像の域を出ないが、有識者会議のメンバーを人選し報告書のドラフトを書いた官僚と、防衛力増強のあり方を議論した有識者の間に、いわゆる『官僚と御用学者の関係』があったことが疑われる。つまり予め報告書のドラフトは用意されていて、有識者が巧く利用された可能性が高い。しかも岸田首相は事前に官僚が用意したシナリオを読み上げるパペットを演じたことになる。暴走のドラマを演じるために、両大臣を外して異論反論が出ない舞台を設定したと考えられる。全ては財務省が用意した脚本に基づいて展開されたドラマだった可能性が高い。

噴出した異論反論

 12月9日には自民党内で政調全体会議が開催された。首相が表明した「防衛費を巡る1兆円強の増税について、自民党内から怒号が飛ぶほどの批判が噴出した。発言した50人強の内40人程度が反対意見を表明したという。安定財源を確保するため、年内に増税の道筋をつけることに理解を示したのは十数人だった。」とメディアは伝えている。

 異論反論の代表的なものを整理すると、概ね次のとおりである。

  ①党内の議論はこれからだというのにいきなり増税は乱暴極まりない(大塚拓政調副会長)

  ②7月の参院選公約には増税方針に触れていないので公約違反だ(世耕弘成参院幹事長)

  ③増税で突っ走るのなら、解散総選挙で国民の判断を求めるべき(萩生田光一政調会長)

  ④首相の発言に真正面から反対、防衛増税という考え方に反対(青山繁晴参院議員)

国債か、それとも増税か

 そもそも防衛費の財源として国債と増税と何れが正しいのだろうか?

 田村秀男は12月3日の産経新聞紙面で、「防衛国債が日本に相応しい」と述べ、次のようにその理由を説明している。「防衛国債(建設国債を想定)は有り余るカネを吸い上げ、防衛力増強を財源の呪縛から解放する。防衛関連投資を軸にした経済力挽回の起爆材になり得る。ハイテク技術は軍民両用であり、軍事技術開発がそのまま経済全体の活力へと波及する。防衛国債によってカネの憂いをなくしハイテクを中心に日本独自のイノベーションを沸き起こす物語が始まる。産業基盤が充実すれば経済成長をもたらし、企業は付加価値を高め、雇用を拡大し、国民所得が増える。防衛国債を赤字国債ではなく、建設国債と同等に位置づけるのは真っ当だ。」

 高橋洋一は12月6日のZAKZAK紙面で、財源を考える順序は一般論として、①他の歳出カット、②建設国債対象、③その他収入(埋蔵金)、④自然増収、⑤増税だとした上で、次のように説明している。②については「一般会計予算総則」で海上保安庁の船舶建造費が公共事業として認められていて、巡視船は建設国債で建造されている。(安倍元首相が生前語ったように、防衛費は消耗費ではなく次の世代に祖国を残していく予算と考えて)、防衛省予算を一般会計予算総則で規定するのも有力案だ。③は円安の結果、外為特会では巨額の儲けがあり40兆円位捻出できるという。④自然増収は最も真っ当な方法だ。円安でGDPが増えるので法人税、所得税はかなり増収になる。その後も経済成長を続け名目成長を4%程度にできれば、その自然増収で防衛費増をかなり賄うことができる。

 藤井聡は12月14日の「東スポWEB」の中で、「今の経済状況は極めて厳しい不況下にあり、岸田首相の防衛増税論は愚の骨頂だ」と指摘する。その理由を次のように指摘している。増税は短期的に税収を拡大するが、長期にわたって経済を疲弊させ、最終的に財政を縮小させる。増税をしても税収が増えるとは限らない。そうした増税による税収減リスクを無視して、軽々にこの不況状況下で増税を唱えることは無責任の極みだ。増税の結果税収が減れば国債発行額が増える結果となる。防衛増税を行えば、経済力が弱体化し防衛力が中長期的に弱体化することが決定的となる。「経済再生なくして財政健全化なし」というように、経済成長をまず達成しその後に財政を健全化すべきである。その順番を間違えてはならない。

 ここで国債か増税かという二者択一の議論は、二つの誤った前提に基づく議論であることを指摘しておきたい。第一は「今後も日本は失われた30年の延長線にあって、経済成長が望めず税収増が期待できない」という前提があること、第二は国債→赤字国債→未来からの借金という思い込みがあることである。

命題は国力の最大化

 永続的に防衛費増強を実現するためには、安定的な経済成長が絶対要件となる。この意味から、政治家が議論すべき命題は「防衛費の財源」ではなく、「国力の最大化」であるべきだ。レイ・クラインが考案した国力の方程式が示すように、経済力と軍事力を同時に増加させることこそが国家にとっての命題である筈だ。

   国力の方程式:国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 そうであるならば、「国力を最大化」するためのベストは国債発行でも増税でもなく、自然増収によって賄うことである。経済成長を実現することが死活的に不可欠なのだ。

 さらに加えるならば、真に防衛力を強化するためには防衛費を増額するだけでは不十分で、防衛産業基盤を抜本的に強化し、ハイテク技術力を世界一級のレベルに引き上げることが不可欠だ。すなわち「国力最大化」の長期戦略は、経済力、防衛力、産業基盤、技術力を一体として強化するものでなければならないのだ。そのためには防衛省と経産省、産業界とアカデミアの連携を抜本的に再構築しなければならない。

 そう考えれば、「防衛費の財源は何か」という問いそのものが間違っていることになる。「我が国の国力を最大化するための戦略は何か」と命題を再設定して考えるならば、田村秀男が言うように、「防衛国債が日本に相応しい」という結論に至ることは明白である。

 日本は四半世紀にわたり緊縮財政路線をとってきたために、GDPは低迷し防衛費は据え置かれてきた。歴代政権は経済が上向いたときにいつも増税という悪手を打ってきた。日本の経済力を脆弱化させてきたのはデフレであり、デフレをもたらしたのは、1997年、2014年、2019年の三度にわたる消費税増税だったことを肝に銘じなければならない。

 それにしても、政治家は何故財務省に騙されるのだろうか。「国力の最大化」戦略の障害として立ち塞がる存在が二つある。防衛力増強を財源問題に矮小化して増税を仕組もうとする財務省と、「防衛に係る技術開発は行わない」とタンカを切る一方で、中国の軍事技術開発には協力する日本学術会議である。この二つの存在もまた戦後レジームに他ならない。

 岸田首相の増税発言に対して異論反論が続出したが、政治家は単に増税と戦うだけでは不十分である。GHQが作為的に日本の政策に打ち込んだ楔である「戦後レジーム」を一日も早く解体する責任があることを自覚してもらいたい。

税制の前に成長戦略を論ぜよ

 結局、自民党の税制調査会が12月18日に「与党税制改正大綱」を決定し、1兆円増税を盛り込んだ。その骨子は以下の二つである。①来年からの5カ年で防衛費を43兆円に増額し、毎年の防衛予算を5.2兆円から8.9兆円へ3.7兆円増額する。②この3.7兆円を税収増(決算剰余金)0.7兆円、外為特会からの繰り入れ等(防衛力強化資金)0.9兆円、厚労省・国交省・文科省・農水省などの予算カット(歳出改革)1兆円で賄い、不足分1.1兆円を増税で賄う。

 藤井聡は「税制大綱の方針が採用される限り、増税&予算カット枠が年々拡大し、経済はどんどん疲弊していく。岸田内閣は増税と予算カットを繰り返すので景気が悪くなり、税収が早晩減少していくことは確実だ。」と指摘する。さらに、次のように警告する。

 「国は外国や災害によって滅び去るというよりもむしろ、政治における愚かしさによって滅び去ることが往々にしてある。正に今の日本は政府の愚かしさによって滅び去る瀬戸際に立たされている。防衛増税を回避する最も真っ当な手立ては全額建設国債で賄うことだ。」と。

 日本企業が抱える内部留保は2021年度に516兆円余になり、過去最高を記録した。これを賃上げや投資に回せば経済が回り税収が増加することになる。経済成長を軌道に乗せるためには、政府がインフラ投資などで先陣を切ると同時に、産業界から大規模な投資を促進させる環境を整備することが重要な政策となる。

 防衛財源を巡る今回の騒動が物語っていることは、国家の財政を決めるときに、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか考えない自民党の税制調査会が主導権を握っているという建付け自体が間違っていることだ。

国債償還という旧弊を正せ

 萩生田氏は「年明けから政調で議論を始める。増税以外にさまざまな財源があることを示す」と語り、萩生田、世耕の二人は「まずは国債償還ルールを見直して償還費の一部で賄うことなどを検討すべき」と語った。

 世界で唯一日本だけが、全く意味のない「60年償還ルール」を頑なに守り、元金償還を予算に計上している。それに対して諸外国は元金の借り換えを繰り返し、利払費だけを計上しているという。この違いはどこから来るのか。答えは日本だけが「国債は国の借金だから返さなければならない」と思い込んでいることにある。

 そもそも国債とは何だろうか。誰もが知っている言葉であるにも拘わらず、これ程正しく理解されていない概念はないだろう。国債に係る根本的に誤った理解が二つある。一つは、「国債は民間からの借金である」という誤解であり、もう一つは、「満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という誤解である。

 第一に、国債とは税収だけでは不足する予算分を民間から資金調達するために発行する債券であるというのが正しい認識である。政府が国債を発行し銀行がそれを購入することにより、政府は調達した資金を使用することができる。銀行は国債を保有する間、利払いを受けるので利息分は儲けとなる。

 第二に、国債には満期がある。銀行が満期が到来した国債を日銀に持ち込むと、日銀は同額の現金を新たに発行して、銀行が日銀に保有する当座預金口座に振り込む。こうして銀行が国債を購入するために支払った元金は、満期の時に日銀が通貨発行権を行使して返済する。このように国債に係る一連のおカネの流れは、政府-銀行-日銀間の金融取引なのである。

 2022年9月末時点で、普通国債の残高は約994兆円あり、その内の53%に当たる約526兆円を日銀が保有している。日銀に対する利払いは必要ないので、日銀は市中から購入した国債を帳簿上債権として計上しているだけである。しかも正味の国債残高は市中で保有されている約468兆円だけである。現在でも「国の借金が1000兆円を超える」という記事を日本経済新聞が書いているが、これは国民に対する脅しでありプロパガンダである。

 日銀は満期を迎えた国債を償還するために、同額の借款債(実際には割引債)を政府に発行するよう依頼する。政府が借款債を発行すると銀行がそれを購入して、政府に支払う現金は公債金として特別会計の国債整理基金に計上される。そして銀行は購入した借款債を日銀に持ち込むと、日銀は国債整理基金から当座預金口座に額面の金額を振り込む。この一連の手続きによって国債は消滅して現金化される。(参照:https://shin-geki.com/2021/03/14)

 2022年度当初予算における国債費は24兆3393億円で、その内償還費が16兆733億円(66%)、利払費が8兆2660億円(34%)だった。2023年度予算案には26兆9886億円の国債費が計上されている。意味のない「国債の償還」という旧弊を撤廃するだけで、国債費の66%相当(岸田首相が宣言した増税分約1兆円の17倍に相当)を削減できる。

 国債に関してもっと根本的で重要なことがある。それは「プライマリーバランスの黒字化」である。上記の説明で、「国債は民間からの借金であり、満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という認識が間違っていることを示した。この結果、国や地方自治体などの基礎的な財政収支を黒字化するという「プライマリー・バランス(PB)の黒字化」もまた、自らの首を絞めるだけの旧弊であることを指摘しておきたい。

エピローグ

 要点を箇条書きにし、提言に代えたい。

第一、少子高齢化が進み社会保障費が増加する日本が、未来の世代に安全で豊かな国を残すために最優先で取り組むべき命題は「国力の最大化」であり、具体的には短期的な防衛力強化と、中長期的な経済成長である。

第二、「国力の最大化」のための財源としては建設国債を戦略的に活用し、経済成長と共に税収の自然増を活用することが正解で、経済成長が軌道に乗るまで増税は絶対にやってはならない。

第三、国債に対する誤った理解を正し、経済成長を妨げる国債償還とPB黒字化という制約を撤廃する。

第四、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか議論しない税制調査会が主導権を握っている現在の建付けを解体し、「国力最大化」を戦略として推進する建付けに作り変える。

第五、国力最大化の障害として立ち塞がる戦後レジーム(制度、慣習等)を解体する。

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