前編では何れもが歴史の転換点と呼ぶべき大事件を5つ取り上げて概観した。後編ではそれらを個別に眺めるのではなく、因果関係と相関関係について考え、事件の背景に潜む力の作用について考察を加えてみたい。
ロシアと中国に対する同時二正面戦争
アメリカはウクライナ戦争でロシアに対し制裁を科す一方で、同時に中国に対する経済制裁を強化した。武器こそ使わないものの、これは露中両国に対し二正面の戦争を始めたことに他ならない。そのような無謀と思える戦争に何故踏み切ったのだろうか。
一つはっきりしていることは、アメリカが2022年10月に発表した『国家安全保障戦略』に、「中国は国際秩序を再構築する意図と、それを実現する経済・外交・技術力を併せ持つ唯一の競争相手」と明記したことだ。中国の挑戦を退けることが最優先の命題になったと宣言したのである。
しかし、もしロシアの力が温存された状態で対中戦争を仕掛ければ、中露が連携してアメリカと対峙する最悪の事態となる。それ故にバイデン大統領は執拗にプーチン大統領を挑発してウクライナへの軍事侵攻を起こさせ、ウクライナへの全面的な軍事支援と制裁によってロシアを先に疲弊させる戦法をとった。そしてその効果が現れてきた昨年末になってから中国に対する制裁を本格化させた。そういう解釈が成り立つのではないだろうか。
それにしても、露中を相手に同時二正面戦争を始めること自体、幾ら何でも無謀と言わざるを得ない。それでも同時に遂行せざるを得ない事情があったということだ。考えられる理由はバイデン大統領の任期である。
周知のように、2020年の大統領選挙ではなりふり構わず大規模な不正を行ってまでトランプ大統領の再選を阻止した。それはトランプ政権では、現在遂行中の戦争を「起こせなかった」からと考えれば辻褄があう。
この原稿を書いている現在、トランプ前大統領が起訴されたというニュースが飛び込んできた。これは2024大統領選を睨んだ、政治的な起訴であることが明白だ。「34もの軽微な罪状」という組み立て自体が「なりふり構わず」の粗雑さを物語っている。果たしてトランプ氏が追い詰められるのか、それとも乱暴な手を打つことで逆に民主党陣営が自滅していくのかはまだ分からないが、起訴をキッカケにアメリカの分断が一層過激化し深刻化してゆくことは確実である。
以上から「バイデン政権の任期は4年しかない」という認識に立って考えるならば、同時に二正面戦争を仕掛ける他なかったという考えに至るのである。
ブレジンスキーの予告
ズビグネフ・ブレジンスキーは、ジョンソン政権で大統領顧問を務め、カーター政権では大統領補佐官を務めた政治学者である。元駐ウクライナ大使だった馬渕睦夫氏はブレジンスキーの著書『Second Chance(ブッシュが壊したアメリカ)』から氏の言葉を紹介している。(参照:資料6)
≪アメリカは東西冷戦後唯一の超大国になったにも拘わらず、ブッシュ親子、クリントンの三代の大統領はリーダーとして世界のグローバル市場化に成功しなかった。これで第一のチャンスを逃した。2008年に就任するオバマ大統領によるグローバル市場化が第二のチャンスとなる。もしオバマがこれに成功しなかったら、次の第三のチャンスはない。≫
ブレジンスキーの予告に対して、馬渕氏は「これはもしオバマが失敗すれば、世界をグローバル市場化するにはもう戦争しかないと予言しているように思える。」と述べ、さらに「ディープステートはヒラリー・クリントンを使って第三次世界大戦を起こそうと画策していたが、ヒラリーがトランプに敗北したことでその危機が回避された。」と書いている。
そして現実に、トランプ大統領の再選を阻止してバイデン政権を誕生させ、ウクライナ戦争から現在に至る一連の事件が起きた。これはブレジンスキーが予告した「第三のチャンス」が満を持して実行されたようにみえる。
ジョージ・ソロスの宣告
バイデン政権の行動を理解する上でもう一つ重要なことがある。それはユダヤ系国際金融資本家の代表格というべきジョージ・ソロスが中国をどう見ているかという点である。国際関係アナリストの北野幸伯氏が著書の中で、次のように書いている。(参照:資料7)
2019年1月に開催されたダボス会議でソロスがスピーチを行った。その中でソロスは「今夜、私はこの時間を、開かれた社会の存続を脅かすこれまでにない危険について、世界に警告するために使いたいと思う。・・・中国は、世界で唯一の独裁政権ではない。だが間違いなく最も経済的に豊かで、最も強く、機械学習や人工知能が最も発達した国だ。これが開かれた社会というコンセプトを信じる人々にとって、習近平を最も危険な敵にしている。」という演説を行った。
ソロスが言う「開かれた社会」とは、ブレジンスキーがいう「グローバル市場化」と同義である。バイデン政権を強引に誕生させた勢力はユダヤ系の国際金融家集団であり、現代ではディープステートと呼ばれるが、ソロスはその代表的存在である。そう考えると、ダボス会議でのソロス発言は「ディープステートが習近平に対し宣戦布告した」と受けとめるべきだろう。
隠されているシナリオ
資料6の中で馬渕睦夫氏はこうも述べている。「グローバリズム=国際主義とは、基本的に国を持たない離散ユダヤ人の発想である。・・・そもそも国連はグローバリズムを推進する機関であることに注意が必要である。」と。
ちなみにソロスの発言はトランプ政権下のときであり、バイデン政権が発足したのは2021年1月だった。ウクライナ戦争が勃発したのが2022年2月で、バイデン政権が対中半導体禁輸措置を打ち出したのが2022年10月だった。このタイムラインの背後にはシナリオが隠されている可能性が高い。
あくまでも大胆な仮説と断った上で言えば、つまりこういうことだ。まずユダヤの国際金融家がダボス会議で「世界のアジェンダ」を発表して、脱炭素やEV推進に象徴される大きな潮流を作る。次いで国連を動員して世界に浸透させ推進して、最後にそれに反対する勢力は軍事力や制裁によって攻撃するというシナリオが見え隠れするのである。
制裁は「諸刃の刃」
それにしても、露中何れに対する制裁も「諸刃の刃」である。ロシアはエネルギー大国・軍事大国、中国は経済大国・軍事大国である。制裁は強力であるほど副作用も大きい。アメリカはロシアを国際銀行間金融通信協会(SWIFT)から追放し、世界に対しロシア産エネルギーを買わないように呼びかけた。ロシアの立場に立って考えれば、この制裁をできるだけ無力化する方策は、米欧以外の国々にエネルギーを安値で売り、しかもその決済にドルを使わないことだ。
この結果、アメリカにとって容認し難い変化が進行する。第一に世界のPDS離れが進み、第二は欧州でエネルギー危機が深刻化し、そして第三にインド、トルコなどロシアとの結びつきが強い国々がアメリカ離れを起こす。中国に対する制裁にも同様の構図が成り立つ。
さらに中露両国に対して同時に制裁を発動すれば、中露の同盟強化と、中露によるBRICSやグローバル・サウス諸国の取り込みを加速させることになる。この結果、制裁が長引くほど、アメリカ経済へのダメージとアメリカ覇権体制の弱体化が進む。正しく諸刃の刃なのだ。
国際秩序スキームV3.0
ロシアにどのような言い分があろうとも、ウクライナへの軍事侵攻が安全保障理事会のあり方、常任理事国のあり方、さらには国際秩序のスキームの限界と矛盾を提起したことは否定できない。
歴史を振り返ると、第一次世界大戦が終結した時に国際連盟が創設され、第二次世界大戦が終結した時に国際連合となった。安全保障理事会常任理事国は創設時には英、米、仏、ソ連、中華民国の5か国だったが、1971年10月に中華民国に代わって国連総会での討議を経て中華人民共和国が常任理事国となり、台湾は国連を脱退した。そしてソ連が崩壊した後の1992年に後継国としてロシアが常任理事国となったが、国連総会で継承の正統性は討議されていない。
また国連憲章23条は安保理常任理事国を規定しているが、英米仏の他は、Republic of China(中華民国)とUnion of Soviet Socialist Republics(ソビエト社会主義共和国連邦)のままでこれも修正されていない。
第二次世界大戦当時の独日伊三ヵ国に対するいわゆる「旧敵国条項」(憲章53条、77条、107条)も、1995年の国連総会において削除することが賛成多数で採択されたものの、未だに修正されていない。(出典:参議院)
いずれにせよ、既に第三次世界大戦が始まっているという解釈も存在する中で、国際秩序の新たなスキームV3.0(国際連盟がV1.0、国際連合がV2.0と仮定)の再構築が焦眉の急となったことは確かだ。
多極化に向かう世界
かつてオバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と述べた。トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を叫んだ。民主党陣営の背後に陣取るユダヤ系国際資本家集団も、歴史において終始多極化を推進するオプションを選択してきた。さらにバイデン政権が露中に対して遂行中の二正面戦争は、長期化すればするほど露中と同時にアメリカの弱体化を促進してゆくため、ウクライナ戦争の終結がどうなろうとも、世界は多極化の方向に向かうと思われる。
日本がそうであるように、各民族は独自の歴史と文化を持ち、固有な宗教観や死生観を持っている。いかなる国もそれを根底の基盤として、その上に近代国家の様式を構築してきた。従って、自由と民主主義が近代国家の価値観としてその他のものよりも優れているとしても、各国がそれを受け入れるために民族固有の基盤部分を放棄することはあり得ない。
つまり世界各地で様々な軋轢を生みながら、長い時間をかけて世界は多極化へ向かってゆくことが予想されるが、ここで大事なことが二つある。一つは各民族が持っている歴史と文化、宗教と死生観の多様性を相互に認める上での多極化でなければならないこと、もう一つは多極化を前提とする国際秩序のスキーム3.0の整備が不可欠だということだ。
同時多発的で予測不能
一つ一つが世界規模で重大な事件が、現在同時多発的に起きている。ただし個々の事件は単発的に起きているのではなく、特に政治や軍事的な事件には明快な因果関係が存在する。
たとえば、米欧で連鎖した銀行破綻と中国の経済危機は、同時期に進行しているものの因果関係はないだろう。露中に対する経済制裁と銀行破綻の間にも因果関係はない。
また銀行破綻が再燃して金融危機に発展する蓋然性は高いと思われるが、それがいつ起きるかを予測することは難しい。最悪の場合、制裁による副作用が深刻化してゆく最中に金融危機が起きる可能性も考えられるが、その場合リーマンショック以上の大惨事となることは間違いない。
特に中国経済の現状は相当に深刻である。欧米で金融危機が起きる事態と、中国経済が崩落する事態と、何れが先に起きるのかは予測できない。もし中国経済崩落が先なら露中が共倒れとなり、欧米での金融危機が先なら米国覇権の衰退が加速するだろう。誠に一寸先は闇という他ない。
エピローグ
4月3日の産経新聞正論に、日本大学の先崎彰容教授が現在の『東西デカップリング』の根底に潜む問題について、フランシス・フクヤマの見解を紹介している。興味深いので要点を引用介する。
まず課題認識として、「世界が自由主義陣営と全体主義体制に分裂している中で、深刻な問題は自由主義陣営が自壊しつつあることだ。」とし、その原因は過激なリベラリズムの台頭にあると洞察している。アメリカ国内で激化している政治的分断の背景にも同じ構図がある。
そして「本来のリベラリズムには宗教的多様性を認める寛容性があり、個人の自律を何よりも重んじるのに対して、現在のリベラリズムは過激な左右の言論によって本来の姿を失いつつある。」と問題の本質を指摘する。
その上で、現状を打破するための着眼として「中庸とは自制心を意味し、また必要とする。極限までの感動や最大の達成を求めないように意識的な努力を必要とする。」として、中庸を取り戻すことの重要性を述べている。
以上述べてきたように、あらゆる意味で世界は今大きな転換点に立っている。戦後最大の危機であり、この混乱を収めて再び秩序化させるプロセスは相当困難なものとなるに違いない。その時にフクヤマがいう「中庸」というキーワードが重要になるのではないだろうか。ここに日本が果たす役割があるように思うのである。
参照した文献:
・資料6:「ディープステート」、馬渕睦夫、WAC、2022.10.4
・資料7:「日本の地政学」、北野幸伯、育鵬社、2022.9.20
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