奇跡の物語(日本の誕生)

 日本列島を形成した力はプレートの動きである。それを含めて日本列島及び日本人の形成に重大な影響を与えた要因は四つある。第一は地殻変動、第二はヤンガー・ドリヤス寒冷期(以下YD期)の大規模な気候変動とその後に起きた縄文海進による海水面の上昇、第三はカルデラ噴火に代表される大規模な火山活動、第四に大量の移民である。

 それぞれの専門領域に深入りせずに、この四つの要因がもたらした変化を俯瞰的に捉え、日本の起源について洞察してみたい。

地殻変動による日本列島の誕生

 日本列島を形成する地体構造の約7割が「付加体」とその上に形成された堆積岩から成るという。大陸プレートの下に海洋プレートが沈み込むときに、海洋プレート上の堆積物が剥ぎ取られて大陸プレートの海側の端に付加される構造を付加体という。日本列島を形成する付加体は最古のものが5億年前でそれ以降段階的に形成されてきた。

 約3000万年前にユーラシア大陸の東端に亀裂が入り、海水が流れ込んで1500万年前に日本海が形成された。このとき大陸から引き剥がされた付加体は、東北日本と西南日本の二つの陸塊に分離していた。

 日本海の形成が終了する頃、フィリピン海プレート上の海底火山や火山島の列、伊豆弧が南東方向から陸塊に次々に衝突を始めた。300万年前頃には、北進していたフィリピン海プレートが北西へ進路を変えた。それに伴い西に移動していた太平洋プレートが沈み込む日本海溝も西へ動いて東日本を圧縮し始めた。これは「東西圧縮」と呼ばれ、この力で二つの陸塊が合体して日本列島の原型が出来上がった。

 日本列島が現在の姿になったのは2万年程前のことである。但し、プレート運動はもちろん、東西圧縮も伊豆弧の衝突も現在進行形であり、日本列島の形は現在も少しずつ変化を続けている。

ヤンガー・ドリヤス寒冷期(YD期)と気候変動、縄文海進

 旧石器時代は、ホモ・エレクトスがハンド・アックス(握り斧)を使うようになった約260万年前から始まった。サピエンスは6~7万年前に「出アフリカ」を決行しているが、7万年前から最終氷期が始まっていて、当時の日本列島は総じて寒冷期にあった。

 アフリカを出たサピエンスの集団の一部が日本列島に辿り着いたのは約4万年前である。そのとき日本列島は最終氷期にあって海面は現在よりも100m程低く、シベリアと北海道、朝鮮半島と九州は陸続きだった。

 新石器時代は地球が温暖化した11600年前に始まった。最終氷期が終わって温暖化しかけた気候が12800年前に急激に寒冷化した。YD期の始まりである。寒冷化の結果、獲物が減ったためにサピエンスは狩猟採集生活を諦めて農耕定住生活に転換したという。

 それから1200年後の11600年前に今度は約15度の急激な温暖化が起きた。温暖化が定着すると海水面が約100m上昇し、海岸線が内陸へ移動したことから、これは「縄文海進」と呼ばれている。

日本人の祖先と火山

 日本最古の遺跡は約12万年前に出雲で発掘された砂原遺跡である。加工された石器が多数見つかっている。これはサピエンスの到来より8万年も古く、サピエンスの渡来以前に先住民としての旧人(ネアンデルタール人?)が居たことを物語っている。

 過去12万年の間に超巨大噴火(噴火マグニチュードM7以上)に分類されるカルデラ噴火が九州と北海道の7つの火山で11回起きたことが分かっている。最新の鬼界カルデラ噴火は7300年前で、このとき南九州で暮らしていた縄文人は絶滅したと言われる。大規模噴火(M4、M5)~巨大噴火(M6)は過去2000年間に63回発生している。

 これは日本のどこかで約30年に1回の頻度で起きたことになり、縄文人にとって火山は身近な存在であって、畏怖の対象であったと同時に、火、温泉、希少な石(黒曜石、翡翠、メノウ等)という恵みを与えてくれる存在だったと思われる。

 世界最古の土器は青森県から16500年前に出土している。この時を起点として、紀元前10世紀までを縄文時代と呼ぶ。縄文人は世界に先駆けて土器を使用していただけでなく、6つの「縄文の国宝」にみられる高い芸術性を持っていたことが分かる。ちなみに6つの国宝が発掘された遺跡は、茅野市(2)、函館市、八戸市、十日町市、山形県舟形町(以上、各1)であり、何れも東日本に分布している点に注目する必要がある。

三内丸山遺跡が物語る縄文時代

 日本列島には全国に14000を超える膨大な数の後期旧石器時代の遺跡があり、密度において世界最多であるという。

 中でも最も注目すべき遺跡が三内丸山遺跡で、およそ5500年前から4000年前まで使用されていた。田中英道は、「ここには居住空間と広大な墓地、盛り土で囲まれた公共空間の三つの領域があり、共同体としての村落の機能、さらに言えば都市国家の基本を備えていた。」という。さらに、「巨木の柱で作られた建造物があり、後の出雲大社本殿に繋がる神社の原型と考えられる」と述べている。

 また、「三内丸山遺跡は、縄文時代が高い宗教心を持った時代で、日本の基層文化として原初の姿を宿している。住居域と隣接したところに墓域があることから、御霊信仰を基本とする神道の概念が存在していた。」と田中英道はいう。しかも三内丸山遺跡に相当する集落は全国に分布していた。

 最大規模の仁徳天皇陵に代表される本格的な古墳(田中英道の定義によれば、前円後方墳)が登場した古墳時代以前で、最も多くの古墳が発掘されたのは千葉県の12750墓で、奈良県より3割も多いという。これから縄文時代の集落と文化・宗教の重心が関東にあったことが分かる。しかも古墳は偉大な死者に対する御霊信仰の現われであり、神道が基本となっている。

神社の起源

 神社の代表格である出雲大社、熊野本宮大社、諏訪大社、香取神宮、鹿島神宮に祀られている神は、アマテラスを頂点とする天つ神ではなく、何れもオオクニヌシに代表される国つ神である。これは、これら神社の起源が縄文時代にあることを物語っている。

 鹿島神宮の創建は神武天皇元年(BC660)とされている。一方伊勢神宮は第10代崇神天皇の命を受けて第11代垂仁天皇(BC29-AD70)の時に創建されたと言われるから、鹿島神宮の方が600年以上も古いことになる。

 神社の形(建築様式等)が定まったのは、ヤマト王権が成立した古墳時代からである。しかし神社の起源は形が定まる遥か古代にさかのぼり、神道の起源よりも古いという。何故なら火山や巨石、巨木等、自然界の際立った存在は「神の宿るもの」と考えられたからである。

 蒲池明弘によれば、最古の神社の最有力候補は諏訪大社であるという。その理由として、諏訪大社のある茅野市から、「縄文のビーナス」と「仮面の女神」という二つの縄文の国宝が発掘されていること、諏訪大社には狩猟文化の伝統に関わる神事が残っていること、さらに古代の交易路だった、中央構造線と糸魚川静岡構造線の二つの断層の交点に位置している点を挙げている。

 最古の神社のもう一つ有力な候補は、三輪山をご神体としていて本殿を持たず、古神道の形式を残している大神神社(奈良県桜井市)である。

 このように、神道の原型は三内丸山遺跡の時代に既に出現していたと考えられ、神社は縄文時代から自然に対する畏怖と恩恵を表現するものとして作られたと考えられる。

弥生時代、渡来人の大量移民

 縄文から弥生時代への移行は、稲作技術等を携えた大量の移民が大陸から北九州他へ渡来したことによって起きた。不確定な要素が多いものの、弥生時代は概ね紀元前10世紀~紀元3世紀である。

 縄文時代末期におよそ10~20万人だったと推定される日本列島の人口は、弥生時代から急激に増大している。背景には、弥生~古墳時代に優に100万人を超えた渡来者の存在がある。渡来者は高度な製鉄技術や、漢字の文化、醸造や灌漑技術、律令制に則った統治制度などを持ち込んだ。様々な民族が続々と日本列島に渡来し、渡来者を中心とした新しい文化圏が北九州を中心に誕生した。その結果、日本列島に土着していた縄文人は、列島の隅々に追いやられてしまったという。

 古事記の神話は、出雲での国譲りの物語に続いて、日向を舞台にした天孫降臨へと主題が変化しているが、その背景には、縄文から弥生への革命的な時代変化と、出雲から日向への重心の移動がある。

秦氏の活躍とユダヤ民族

 移民の中で最も中心的な役割を果たしたのは秦氏だった。秦氏は皇族を支えヤマト王権の確立に際立った貢献をしたと言われる。日本の古代史において、秦氏は他の豪族と比べて目立たない存在であるが、弥生時代から古墳時代にかけてヤマト王権を樹立して国家の礎を創った立役者だった。

 ヤマト王権が成立したのは、奈良に前円後方墳が作られるようになった古墳時代からである。それは第15代応神天皇(AD270-310)、または第16代仁徳天皇(AD313-399)の頃と言われる。

 聖徳太子は、第33代推古天皇(592-628)の摂政として活躍した。聖徳太子のブレーンとして活躍した人物に秦河勝が居る。彼は聖徳太子が進める政策を支え、縄文由来の神道に伝来の仏教を加えた神仏習合の宗教を日本に普及させることに多大な貢献をした。広隆寺、大覚寺、仁和寺等の寺院、宇佐八幡神宮、伏見稲荷大社の創建に尽力し、全国に多くの神社を作ったのは秦氏だったと言われる。

 秦氏の活躍に象徴されるように、日本の形成にはユダヤ人渡来者による少なからぬ尽力があったことが明らかになっている。秦氏は数奇な経歴を背負った民族で、紀元前922年に南北に分裂し、紀元前722年に滅亡したイスラエル王国の南ユダ王国にルーツを持っている。祖国が滅亡した後に流浪の民となり世界中に拡散したユダヤ民族の一グループは、シルクロードを経由して中国に渡り、秦の始皇帝時代(BC221-206)に中国で活躍して財を成したという。彼らは秦姓を名乗り、秦王朝の崩壊を機に東に移動して、朝鮮半島経由で日本にやってきた。

 歴代天皇の在位を参照すると、日本で神武天皇が即位したのが紀元前660年で、第10代崇神天皇は紀元前97年~紀元前30年に在位し、ヤマトタケルが活躍したのは第12代景行天皇(AD71-130)の時である。そして古墳時代は第15代応神天皇(AD270-310)の頃に始まっていた。これらを総合的に考えると、秦氏が日本に最初にやってきた時期は中国の秦王朝崩壊後の紀元前2世紀以降の弥生時代だったと推定される。

古事記神話と旧約聖書・ギリシャ神話の類似性

 古事記神話と旧約聖書、ギリシャ神話には物語の類似性が多い。古事記は第40代天武天皇(673-686)が編纂を命じて、奈良時代の第43代元明天皇(707-715)の時代に完成している。一方、旧約聖書が最初に成立したのは紀元前5~4世紀であり、ユダヤ教が成立したのは出エジプトの時で紀元前13世紀に遡る。秦氏を中心とするユダヤのルーツを持つ渡来人の中に、旧約聖書、ギリシャ神話を良く知る人物がいた可能性は十分高いと思われる。

 古事記の編纂に関わった稗田阿礼は謎の多い人物である。「年は28歳。聡明な人で、目に触れたものは即座に言葉にすることができ、耳に触れたものは心に留めて忘れることはない。」と古事記に記されている。稗田阿礼は秦氏の流れを組む人物であった可能性がある。

 田中英道は、「旧約聖書と日本神話は、一方が流浪の民となったユダヤ民族、他方は島国という安全地帯に定住したヤマト民族という運命が異なる二つの民族の神話である。二つの神話には類似性があると同時に、旧約聖書は自然さえも神が創ったとする神話だが、日本神話では神以前に自然があり、その自然から神が生まれている。」と両者の相違点を指摘している。とても興味深い洞察である。何故なら、旧約聖書を下敷きにしたものの、日本の風土に合致するように、自然の造形と神の関係さえも書き変えたことを意味するからだ。

 もう一つ日本とギリシャの類似性にも注目すべきである。両国には共に大陸の縁にあって二つのプレートが衝突するところにあり火山が多いという共通性がある。一つの推論だが、自然の中に畏怖の対象となる存在がある環境が多神教を育んだ背景にあると考えられる。さらに加えれば、多神教が育つ環境では一神教が登場する余地がないとも考えられる。なぜなら、預言者が登場する遥か以前から人々は自然の中に信仰の対象を体得していたからである。

 2000年以上も前にディアスポラという運命を背負い、世界中に拡散したユダヤ人が、その土地に同化して、金融分野を中心に卓越した才能を開花させたことは世界史における公知の事実である。その事実を知った上で、弥生~古墳時代に渡来した秦氏一族の活躍を振り返るとき、日本を安住の地と捉えて日本の風土と社会を受け入れて、一神教のユダヤ教から多神教の神道へ改宗したことは十分あり得ることと考えられる。何れにしても日本の国家・文化の形成にユダヤ民族が深く関与していたことは、古代のミステリーという他ない。

総括

 日本の歴史は、縄文時代→弥生時代→古墳時代と推移した。神社の原形が縄文時代に自然発生的に形成され、死者を祀る神道の原型が作られた。三内丸山遺跡に代表される集落が東日本を中心に作られ、太陽信仰の場としての香取・鹿島神宮が作られ、黒曜石がとれた諏訪大社、玉髄がとれた出雲大社等が、ハブとなって緩やかなネットワークが形成された。現代の建築様式が登場する以前の神社の原型があったように、国家の骨組みが登場する以前の古代国家の原型が縄文時代にはあったと考えられる。

 縄文から弥生時代への変化は、大陸からの大量の移民が、稲作を含む様々な知識と技術を持ち込んで起こした革命だった。縄文人の人口の10倍規模の渡来人がやってきたことが事実であるとすれば、その変化は革命と呼ぶに値するものだったと思われる。歴史ではこのときに狩猟採集社会から農耕社会への転換が起きたとされる。社会の重心は、この時に出雲から日向へ、東日本から西日本へ移ったのである。

 そして弥生から古墳時代への移行は、ヤマト王権のもとに日本を統一してゆく国家の骨組みが形成されてゆく変化だった。聖徳太子が進めた17条の憲法や冠位12階、仏教の普及がその基礎となった。古墳時代は天皇家を中心に豪族が協力してヤマト王権を確立し、重心が大和に移動した時代である。この国家形成の歴史が古事記における神武東征として神話化して描かれたのではないだろうか。

 古事記神話は、ヤマト王権成立後に天武天皇が、縄文時代からの記憶の伝承をもとに作らせたものであり、編集者は王権成立に至る天皇家の系譜を神話として描いたものだ。編集当時、日本には大量の移民があり、豪族の中には秦氏のように渡来人で日本の文化に同化した勢力があった。編集に携わったものの中にユダヤにルーツを持つ人物がいて、古代からの記憶の伝承を神話として編纂してゆく過程で、旧約聖書やギリシャ神話の物語を下絵として利用した可能性がある。

 最新のDNA鑑定によれば、日本人のDNAには世界でも稀な大きな多様性があるという。サピエンスはアフリカを出てレバント地方へ渡った以降、太陽が昇る方向をめざして東へ東へと歩き、最終的に日本列島まで辿り着いている。その2~3万年に及ぶ「グレイト・ジャーニー」の過程で、さまざまな民族のDNAがブレンドされて、最後に日本人のDNAが形成されたことになる。

 こう考えてくると、日本のユニークさは日本列島がユーラシア大陸の最東端に位置することに由来していることが分かる。その昔聖徳太子は推古天皇から隋の皇帝にあてた親書の中で、「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや。」と書いた。これは出アフリカ後にサピエンスが世界に拡散した旅が、太陽の昇る方向をめざして東へ向かい日本列島に辿り着いた事実と符合するものであり、実際にユダヤ人を含む多様な民族が日本をめざして集まってきた歴史を認識した上で書き込んだものと考えられる。

 さらに、当時の日本には多民族の渡来者が結集していることによる多様性があることを踏まえて、統一国家を形成するにあたって、17条の憲法の冒頭に「和を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。」と書き込んだのかもしれない。

 日本列島は世界でも稀な自然豊かな国、四季の美しい土地である。多くの火山があり森があり里山がある。同時にユーラシア大陸の東端に位置することから、「太陽が昇る土地を求めたサピエンスのグレイト・ジャーニー」の結果として、最も多様なDNAを持つ民族が誕生したという「日本成立のミステリー」が姿を現してきたといえよう。今後のDNA解析が日本人の正体を解明することを大いに期待したい。

本項を書く上で参照した資料は次のとおりである。

資料1:「日本人の起源」、洋泉社MOOK、歴史REAL、2018.7

資料2:「聖地の条件:神社の始まりと日本列島10万年史」、蒲池明弘、双葉社、2021.8

資料3:「日本国史の源流」、田中英道、育鵬社、2020.10

資料4:「日本とは何か、日本人とは何か」、田中英道、ルネサンスVol.7、2021.5

資料5:「日本人の源流」、斎藤成也、河出書房新社、2017.10

資料6:「日本とユダヤのハーモニー&古代史の研究」、Website

地球で起きた重大事件(3)

サピエンス編

サピエンス登場以前

 生物の進化を促進した力は環境の激変だった。6600万年前に「K-T境界の大絶滅」を起こしたのは直径10kmの隕石の衝突だった。それ以降で人類登場以前の6000万年の間には、大陸移動や造山活動も起きていた。主なものは次のとおりである。(以下、歴史的事実については「ホモ・サピエンスの歴史」を参照した。宝島社、2017年7月。)

・6600万年前、哺乳類の始祖となるプロトゥングラトゥム(体重300kg未満)が登場した。

・5500万年前、著しい温暖化が始まった。

・4000万年前、インド大陸がユーラシア大陸に衝突してヒマラヤ山脈が形成された。

・3600万年前、氷河期が始まった。

・2300万年前、再び温暖化となった。

・1900万年前、アフリカ大陸がユーラシア大陸に衝突して陸続きとなった。

 また寒冷化と温暖化、砂漠化、大規模なカルデラ火山噴火等の天変地異は、人類誕生後にも幾度も起きている。69万年前には最後の「磁極の逆転」が起きている。地球磁場が逆転する過程では地球磁場が消滅してしまうので、生命は有害な宇宙線を浴び続けたことになる。

 より小規模なものを含めれば絶滅はおよそ2600万年ごとに起きたと言われているが、哺乳類が存続の危機に直面する事態は、もっと頻繁に起きていたに違いない。そのたびに危機を生き延びた動物は新しい環境に適応するように突然変異を繰り返して進化を重ねた。絶滅と進化は対で起きたのだ。

最古の人類(初期猿人)が登場してから現代人の祖先が登場するまでの人類の進化は概ね次のとおりである。

・700万年前、初期猿人が登場した。気候が安定した暖かい時期だった。

・400万年前、猿人アウストラロピテクスが登場した。

・300万年前、最後の氷河期が始まり、265-200万年前には激しい乾燥・湿潤の気候変動が起きた。

・250-160万年前、原人ホモ・ハビリスが登場し、始めて石器を使い旧石器時代が始まった。彼らは本格的に道具     を使って狩りをした。後半では火も使っていた。

・190-150万年前、人類最初のハンターと呼ばれた原人ホモ・エルガスターが登場した。槍を使い集団で狩りをしたことから肉食獣よりも優位に獲物をとることができた。

・180万年前、原人ホモ・エレクトスが登場した。彼らは気候変動に直面して、獲物を追いかけるように人類初めての「出アフリカ」を行い、ユーラシア大陸へ移住した。ちなみにジャワ原人や北京原人はホモ・エレクトスの子孫と考えられる。

・60-13万年前、氷期が断続的に続いた。

・35万年前、ホモ・ネアンデルタール(以下、ネアンデルタール人)が登場した。

・20万年前、ホモ・サピエンス(現代人の祖先、以下、サピエンス)が登場した。

 人類は進化のたびにより高度な道具を発明していった。ホモ・ハビリスは初めて石器を使い、ホモ・エルガスターは槍を使い、サピエンスとネアンデルタール人の共通の祖先だったホモ・ハイデルベルゲンシスはハンドアックス(握り斧)やさまざまな道具を使うというように。

 14万年前、気候変動による何らかの壊滅的な出来事が起きて、多くの大型動物に加え幾つもの人類種が絶滅した。また9万年前には氷期となり、出アフリカの行き先だったレバント地方(アラビア半島の地中海に面した地域)が砂漠化した。それ以降レバント地方を通って出アフリカする人類はいなくなった。

 サピエンス以外の人類種はサピエンス登場以前に絶滅した。最後に残ったネアンデルタール人もヨーロッパにクロマニヨン人(サピエンス)が登場した4万2千年前から2千年後までの間に絶滅した。絶滅した原因はサピエンスとの獲物獲得競争に敗れたためと考えられる。クロマニヨン人は体形は華奢だったものの、長時間走り続ける能力を持ち、犬を使って狩りをしていたことが狩猟で優位に立った理由である。

 ここで驚愕の事実がある。DNA解析の結果、現代人にはネアンデルタール人のDNAが2.7%入っていることが判明した。さらに、ネアンデルタール人のDNAは全てが男性由来でミトコンドリアDNAはないことから、交配したカップルはネアンデルタール人の男性とサピエンスの女性だった。交配したタイミングは9-12万年前の出アフリカのときで、場所はレバント地方からコーカサス山脈の間の地域で、アフリカから移動したサピエンスとヨーロッパから南下したネアンデルタール人が遭遇した。レバント地方は9万年前に砂漠化したためにサピエンスは絶滅してしまうが、生き残ったネアンデルタール人の子孫たちが後にこの地方に来た別のサピエンスと交配し、その子孫がヨーロッパに渡ってそのDNAが現代人に継承されたと考えられる。

 現代の科学は9万年前に起きた事件をここまで詳細に解明している。これこそサピエンスの奇跡を象徴する物語であるといってよいだろう。

サピエンス進化の転機、ヤンガー・ドリヤス寒冷期

 1万2900年前から1万1500年前までの間は「ヤンガー・ドリヤス寒冷期」と呼ばれる。最終氷期が終わって温暖化に転じた1万年後の1万2900年前に急激な寒冷化(-15度)が起き、さらにその1400年後に急激な温暖化(+15度)が起きた時期を言う。またヤンガー・ドリヤス寒冷期以降を新石器時代という。ここで重要なことは、旧石器時代から新石器時代への進化は石器の変化ではなく、文化的な革命だった点にある。

 古代文明の研究家であるグラハム・ハンコックの仮説は次のとおりである。1万2900年前に北米大陸に巨大な隕石が衝突して北米大陸にあった厚さ3kmに及ぶ氷河が溶解した。これが「ノアの箱舟」に代表される世界中の大洪水伝説として語り継がれた「歴史上の大事件」だった。その衝突によって太陽光が遮断されて世界は急激に寒冷化した。そして1万1500年前には、再び隕石の落下があったが、恐らくは海に落下したため急激な温暖化を引き起こした。

 ※「神々の魔術、失われた古代文明の叡智」、グラハム・ハンコック、角川書店、2016.2

 グラハム・ハンコックの仮説の真偽はともかく、新石器革命は気候の激変に対処するためにサピエンスが定住生活を始めたことと関わっている。ヤンガー・ドリヤス寒冷期の急激な気候変化によって多くの大型動物が絶滅したために、食料を手に入れることが難しくなった。このときにサピエンスがとった定住生活という選択は、その危機に対処するための進化の一形態と考えられている。

 ここで、改めて考えてみたい。マンモスなどの大型哺乳類が絶滅するという環境激変の中でサピエンスだけが生存できた理由は何だったのかと。生物の進化の歴史を俯瞰してみると、新たな種はそれまでにはなかった新しい能力を獲得することによって危機を生き延びてきた。分かり易い例は鳥類で、恐竜が滅んでゆく一方で、空を飛ぶ能力を獲得した恐竜の種が鳥類として進化を成し遂げている。では同様に考えると、他の人類種が絶滅していった中でサピエンスだけが獲得した能力は何だったのだろうか。

 その答えは思考力である。他の動物が獲得してきた能力は全て肉体的なものだったが、サピエンスが獲得したのは脳の新しい使い方だったのだ。具体的には、自分自身と世界を理解しようとする好奇心であり、何故という疑問を抱く発見力であり、その疑問を解決する道具を生み出す発明力であり、それを実践する行動力だった。そして、その思考力は地上へ降りて二足歩行を始めた行動に帰着するように思える。

 「サピエンス全史」を書いたユヴァル・ノア・ハラリは「どんな動物も何かしらの言語を持っている。その中で虚構、すなわち架空の事物について語る能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。」と述べている。

現代の危機を考える

 生物の進化を促進した力は、環境の激変だった。そのたびに動物は存続か絶滅かの危機に瀕し、危機を乗り越えて存続を果たした種は、新たな環境を生き延びるために必要な新たな能力を獲得した。人類がとった行動は地上に降りて二足歩行に移ったことであり、故郷を捨ててアフリカを出たことであり、さまざまな道具を発明したことだった。しかもそれらの選択の過程で獲得した根源的な能力が思考力だった。そしてヤンガー・ドリヤス期にその能力は新石器革命として花開いたのだった。

 今我々現代人が生きてあるのは、サピエンス誕生から20万年に及ぶ間に起きたさまざまな危機の全てを、祖先集団が克服してきた賜物なのだという事実を忘れるべきではない。我々は途中で絶滅して退場していった種の子孫ではなく、全ての危機を克服してきた勇者の子孫なのである。そしてサピエンスの継承者として我々が備えなければならないのは、生存か絶滅かというレベルの危機に対してなのだ。

 では、人口が増えテクノロジーが高度に発達した、「複雑系」と呼ばれる時代を生きている我々現代人は、現代におけるさまざまな危機を克服するための勇気と知恵と行動力を持ち合わせているだろうか。

 現在地球温暖化が騒がれている。今年8月9日に、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が第6次評価報告書を公表した。それによれば、「気温の上昇幅は、過去からの累積CO2排出量にほぼ比例し、累積排出量1兆トンごとに約0.45度上昇する。産業革命以降に人類が放出した総排出量は約2.4兆トンであり、気温上昇を1.5度に抑えるためには、残り4千億トンの枠しか残っていない。」とし、さらに「産業革命前に対し気温が1.5度上昇すると、50年に一度の記録的な熱波が起きる頻度は8.6倍になり、海面上昇は55cm以上上昇する。」という。

 しかしながら人類誕生以来の地球で起きた気候変動は一桁違う。そんなレベルで人類が滅びることはないし、そもそも温暖化の原因が人間の活動にあるのかどうかも分からない。何故なら、IPCCの試算は地球の環境条件をモデル化して、さまざまなパラメータを仮定して行ったコンピュータ・シミュレーションに基づいているのだが、シミュレーションの常として、モデルのパラメータを少し変えるだけで全く異なる結果が得られるからだ。これに対して、地球の公転と自転に起因する気候変動と天変地異に起因する変動の幅が一桁以上大きいことは、人類登場以降の気候変動を見れば一目瞭然である。現にヤンガー・ドリヤス寒冷期の始まりには気温が15度も一気に低下し、終わりには一気に15度も上昇しているのだ。

 また現在コロナパンデミックのデルタ株の感染拡大が深刻化して、連日のトップニュースとなっている。医療機関の方には不眠不休のご尽力に感謝の一言しかないが、行政もマスコミも針小棒大に大騒ぎしているとしか思えない。視点を変えて、その理由を説明しよう。今回のウィルスが中国武漢の研究所で作られた可能性はかなり高い。8月末までに米国の情報機関はバイデン大統領に対しウィルスの起源について調査結果を報告することになっているので、それを注目したい。

 ただし問題は人為的に作られたのか否かにあるのではなくて、人為的にばら撒かれたのかどうかにある。少なくとも中国は武漢で患者が発生してから、春節の民族大移動が起きて感染者が世界中に移動するまで40日以上もの間発生を公表しなかったのだ。人為的にばら撒いたのか、それとも漏洩事故を政治的に悪用したのかは不明だが、人為的に拡散させたことは明白な事実なのである。

 そして今最も重要なことは、コロナよりも遥かに高い致死率を持つウィルスが人為的にばら撒かれる事態に備えることである。今回のパンデミックに学ぶべき最も重要な教訓は、ウィルス兵器が核兵器よりも遥かに甚大な被害をもたらす脅威となり得ることが明らかになったことと、その脅威が現実のものとなったことにあるからだ。

 ダン・ブラウンの小説インフェルノ(角川文庫)では、世界人口を大幅に削減するためのウィルスが人為的に作られてばら撒かれるという事態が描かれている。絶滅か生存かというレベルの危機はそういうものだろう。

 本日76年目の終戦記念日を迎えた。日本は現在、「戦争は二度と繰り返しませんから」という祈りの週間のさなかにある。戦争の犠牲者となった方々には心からご冥福をお祈りする他ないが、今日本人が直視すべきことは、日本の周辺国が皆核兵器保有国であるという現実である。特に中国は200発以上の核弾頭ミサイルを保有している。彼らが日本に対して核兵器を使用しないという保証はどこにあるのだろうか。政府はそのためにアメリカの傘があると言うのだろうが、そんな他力本願をいつまで続けるつもりだろうか。「中国は撃たないし、アメリカは助けてくれる」という誠に都合のいい仮定の上に日本の平和があることを忘れてはならない。生存か絶滅かという究極の危機の視点に立って日本の現実を眺めれば、「砂上の楼閣」あるいは「ダチョウの平和」というべき現状を続けることは、日本人が絶滅する種になることを意味しているのだ。

地球で起きた重大事件(2)

生物編

生命の起源

 地球生命の起源については、三つの説がある。原始スープ説、宇宙由来説、熱水噴出孔説だ。はじめに、三つの説の要点を『進化の謎を数学で解く』(文芸春秋、2015)から引用する。

 原始スープ説:1952年シカゴ大学大学院生だったスタンリー・ミラーは地球原初の大気組成を再現して容器の中に密封し、放電スパークを浴びせて地球の初期状態の模擬実験を行った。その後混合物を濃縮したところ、たった数日で多数の有機分子だけでなく、タンパク質の構成要素であるグリシンやアラニンのようなアミノ酸が作り出されたという。

 宇宙由来説:1969年にメルボルンの北160kmにあるマーチソンという町に、隕石が飛来して爆発した。この隕石は地球と同等の年齢で数十億年宇宙をさまよった末に地球にやってきた。隕石の成分を分析したところ、タンパク質の原料となる数種のアミノ酸の他、DNAの構成要素であるプリンやピリミジンが含まれていた。さらに21世紀の分光学を用いた、その後の研究では、ごく微量ながら1万種以上の異なる有機分子が含まれていることが明らかになった。

 マーチソン隕石と同じような隕石は多数地球に落下しており、無数の隕石が宇宙を飛行して有機物を運んでいることが明らかとなった。

 また、『生命の起源と進化』(日経サイエンス、2003)によれば、

①地球表面には毎日数百トンの宇宙塵が降り注いでいる。

②宇宙塵を採集し分析した結果によれば、多いもので50%の有機炭素が含まれている。

③炭素含有量が平均10%とすると、毎日30トンの有機物質が宇宙から供給されている。

 熱水噴出孔説:熱水噴出孔からは火山化合物質が放出されている。これらの物質は多くの生物にとって毒物だが、一部の微生物にとっては豊穣な燃料である。光合成をする植物と違って、微生物は噴出孔から豊富に湧き出す炭素やその他の元素を取り込んで、自分に必要な有機分子を合成している。この結果、深海底にある熱水噴出孔の周囲には、他の海底よりも数千倍も多い生物が生息している。

生命のアーキテクチャ

 生物であることの要件は代謝と複製の能力にある。代謝はエネルギーを取り込んで、化学反応によって生命活動に必要な化合物を合成する能力であり、複製は自分自身の遺伝的形質情報を未来の世代に伝える能力である。

 ここで注目すべきことは、地球上の全ての生物が同じアーキテクチャ(設計様式、規格)で作られているという事実だ。その主な根拠は次のとおりである。

1.遺伝情報の記録と伝達にDNA、RNAを用いていること

2.エネルギーの授受にATP(アデノシン三リン酸)の酸化還元反応を用いていること

3.タンパク質の合成に同一の20種類のアミノ酸が利用されていること

 全ての生物が共通のアーキテクチャでデザインされているという事実は、祖先を辿れば唯一の共通祖先に辿り着くことを示唆している。最近までそう考えられてきたのだが、最新の研究によればそれは正しくないようだ。

 親から子へ遺伝子を受け渡すことを「遺伝子の垂直移動」というが、生物の進化過程には「遺伝子の水平移動」と呼ばれる変化が起きたことが分かっている。その代表的な事例は、動物のミトコンドリアと植物の葉緑素が単細胞のバクテリアのDNAを取り込んだものであることだ。その後の動物や植物の目覚ましい進化にとって、この水平移動が重要なステップとなったことは疑う余地もない。

 全生物の系統図を辿ると樹木の根のように1本に収束するというイメージは、どうも単純すぎるらしい。最古の生物は約35-38億年前に出現しているが、多細胞生物が出現したのは約10億年前のことであり、単細胞生物しか存在しなかった時代は20億年以上に及ぶ。この極めて長い期間に、さまざまな進化の試行錯誤が繰り広げられて、やがて原核生物から真核生物へ一筋の系統が形成されていったというのが真相であるらしい。

 『進化の謎を数学で解く』の中で、チューリッヒ大学のワグナー教授は、「私達全てが単一の共通祖先に由来することが自明となっているが、それは生命がたった一度だけ誕生したという意味ではない。「自己組織化」の力を借りれば、生命が熱水噴出孔で、あるいはどこかで何度も出現したはずだが、その内のたった一つだけが、現在のあらゆる生物を産み落とすものとなったのだ。」と述べている。

生物の多様化

 地質時代は、化石などの記録が残っている直近数千年の有史時代の以前で、地質学的な手法でしか研究できない時代をいう。地質時代は四つの時代に区分されている。

 生物化石が豊富な「顕生代」、化石に乏しく生痕化石などが研究対象になる「原生代」、研究対象が主に地層や岩石となる「太古代」、地球上で岩石などの直接証拠が少なく月の石や隕石などの情報から推察されている「冥王代」である。

 多細胞生物が今から約10億年前に出現した後、8-6億年前に地球の全表面が凍結するスノーボールアースが起きている。生物は海底の熱水鉱床などの周辺に隔離される状態で生存していたものと思われる。この間に、生物史上はじめて眼を持った生物(三葉虫)や硬い殻を持った生物が登場し、どのように捕食するか、どのように捕食から逃れるかの生存競争が活発になった。この過程で、多細胞生物の遺伝子が爆発的に多様化した。顕生代-古生代-カンブリア紀に起きたこの事件は「カンブリア爆発」と呼ばれている。今から5.4-5.3億年前のことである。

大量絶滅

 生物の大量絶滅は歴史上少なくとも5回起きたので「ビッグファイブ」と呼ばれている。以下のとおりである。

1.中生代白亜紀と新生代古第三紀の境界(K-T境界)、6600万年前

2.中生代の三畳紀とジュラ紀の境界(T-J境界)、2.1-2.2億年前

3.古生代ペルム紀と中生代三畳紀の境界(P-T境界)、2.5億年前

4.古生代のデボン紀と石炭紀の境界(F-F境界)、3.8億年前

5.古生代のオルドビス紀とシルル紀の境界(O-S境界)、4.4億年前

 大量絶滅は「急速に地球規模で起きる生物多様性の多大な損失」と定義されている。動物は環境の変化に機敏に反応して行動するので、火山噴火や森林火災などの自然災害が起きたとしても、どこか別の場所へ移動して生き延びる能力を備えている。

 そう考えると、絶滅を起こした天変地異は動物が対処できないほど、短期間に大規模でかつ劇的なものだったことになる。一方ビッグファイブの全ての絶滅に共通するメカニズムは存在しないという。

 海洋生物が絶滅する直接の原因は極度の海洋変動であり、酸性化、酸素欠乏、海面の急激な低下(海退)などが考えられる。一方陸上生物が絶滅する直接の原因としては極度な気候変動が考えられるが、真の問いは、ではそのような極度の変動を起こした原因は何だったのかにある。生物の適応能力を超える短期間に地球規模の被害をもたらす事件として考えられるのは、巨大噴火と隕石の衝突である。

 実際に6600万年前に起きたK-T境界の大量絶滅が、中米ユカタン半島に隕石が衝突したことによって起きたことが明らかになっている。隕石の衝突が作った直径160kmのチクシュルーブ・クレーターがユカタン半島沖の800mの堆積層の下に発見されている。一方、それ以外の絶滅の原因については諸説あり特定されていない。しかし、今年2月に東北大学大学院が公表したプレスリリースによれば、何れの絶滅も大規模な火山噴火が引き起こした可能性が高い。

対で起こる絶滅と進化

 ビッグファイブに、より小規模なものを含めると、絶滅はおよそ2600万年ごとに起きたといわれる。生物史全体を俯瞰して眺めると、絶滅と進化は対を成していて、生物全体としては絶滅の危機を生き延びて進化を遂げてきたと解釈される。実際に6600万年前の大量絶滅では、地球に君臨した恐竜を消滅させることによって、哺乳類全盛の時代が幕を開けている。

 絶滅はそれまでの生物界の秩序を破壊し、新たな創造を促進して生物のプレイヤー交代をもたらした。想像を逞しくして考えれば、もしビッグファイブの絶滅がなければサピエンスは登場しなかった可能性がある。

 地質年代における最新の時代を「完新世」といい、正確な区分は、新生代-第四紀-完新世である。完新世は最終氷期が終わった11700年前に始まり現在まで続いている。最近では完新世の次の時代として、「人新世」という言葉が使われるようになった。これはオゾン層を破壊する物質を発見したオランダの化学者パウル・クルッツェンの造語である。

 人類は森林を破壊し、堆積物に埋蔵された石炭や石油を燃焼させることによって、数千万年にわたって地中に蓄積された炭素を大気中に放出してきた。生物の絶滅と進化の歴史を俯瞰する視点で評価すれば、人類は産業革命以降の僅か260年の間に、大気の組成を変え生態系を変えてしまったことになる。

 人新世という言葉が意味することは、地質年代に人類が登場するという輝かしい側面ではなく、「もし次の絶滅が起こるとすれば、それは人類を排除するものとなる」というネガティブな側面であるのかもしれない。

地球で起きた重大事件(1)

地球編

 宇宙の始まりと果てについては「奇跡の物語」として既に書いた。科学者でも専門家でもないが、公開情報をもとに、ここでは地球に起きた重大事件を「奇跡の物語」という視点から俯瞰的に書いてみたい。

 前編では「地球編」として、①太陽及び地球の誕生、②月の誕生、③海洋の形成、④酸素大気とオゾン層の形成、⑤超大陸の誕生と大陸移動、⑥地球磁極の逆転、⑦小惑星と隕石の衝突の7つを取り上げる。後編では「生物編」について書くこととする。

太陽及び地球の誕生

 太陽は、それ以前に存在し寿命を終えた超新星が爆発し吹き飛ばされた星間物質が再び収縮・合体して、およそ46億年前に形成された。超新星爆発を起源とする証拠は鉄よりも重い金属(金、ウランなど)が太陽系に多く存在していることにある。

 星間物質が収縮を始めてから1千万年程で原始太陽が誕生した。同時期に同じ星間物質から誕生した恒星(太陽の兄弟星)は1000以上あったという。実際にその恒星が二つ発見されていて、現在それぞれ地球から109光年と184光年のところに存在することが分かっている。

 地球誕生の物語はこうだ。地球は太陽の誕生から5千万年程後に微惑星が次々に衝突して誕生した。原始の地球は微惑星の絨毯爆撃による熱で融解しマグマの海となっていたが、2億年ほどの間に冷えて海洋や地殻が形成された。

 地球最古の岩石鉱物は44億年前のもので西オーストラリアで発見された。それは1ミリにも満たない「ジルコン」と呼ばれる粒子だが、ジルコン粒子はマグマから形成される鉱物であることから、この頃に地殻の形成が始まっていたことが分かった。さらに酸素の同位体の比率を分析した結果、水と反応していたことが判明し当時既に海があった可能性を示唆している。何とわずか1ミリの粒子からそんなことまで分かるとは誠に科学は偉大である。

月の誕生

 ところで月はどうして地球の衛星となったのだろうか。それを説明する仮説に「ジャイアント・インパクト説」がある。原始の地球に火星程(直径が地球の半分)の天体が衝突して、飛び散った岩石が重力によって再び結集して月が形成されたというものだ。但し地球と月の関係についてジャイアント・インパクト説では説明できない観測結果が一つあるという。

 それは、もしこの仮説が正しければ月の母体となったのは地球に衝突した天体ということになるが、一方アポロ計画で月から収集した岩石中の成分は地球のものとほぼ一致したというのだ。この矛盾を解明するために、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究チームはスーパーコンピュータを使ってシミュレーションを行い、巨大衝突が起きたときに地球の表面がマグマの海だったと仮定すると、月の岩石成分の問題を説明できることを立証した。以上が月誕生の物語である。

海洋の形成

 誕生直後の地球の表面は、微惑星の衝突エネルギーによる高熱で岩石が溶けたマグマの海に覆われていたことが分かっている。マグマの熱と大気中に大量に存在した二酸化炭素による温室効果で地表面は非常な高温となり、当時水は全て水蒸気として大気の中にあったようだ。

 その後2億年ほどの間に微惑星の衝突が減り、地表面の温度が下がって、やがて大気中にあった大量の水分が雨となって降り注いだ。それによってマグマの海は冷えて固まり44億年前に海が誕生した。その後も微惑星が衝突するたびに海は蒸発したが、38億年前頃には海が安定して存在するようになり最初の原始生命が海の中で誕生した。

 では水はどこからやってきたのだろうか。地球は水の惑星であり表面積の7割は海で、その深さは平均で3000mを越える。このように人間の視点から見れば海水の量は極めて膨大だが、地球の規模から考えれば重量比で僅か0.02%しかないのだ。

 地球の水は地球に衝突した小惑星などが運んできたとする考え方が現在の主流のようだ。水の分子を構成する酸素や水素が岩石の成分として組み込まれていて、衝突した時に分解して水が生成されたと推定される。微惑星が地球に衝突した数が膨大であれば、海水を作るに十分な水が供給されたことになる。そもそも気圧が低い宇宙空間に液体の水はなく、太陽に近すぎる地球の位置では氷が存在できないため、地球にはもともと水はなかったという。

 こうして海洋が形成されて海洋生物が繁殖する環境ができたのだった。

酸素大気とオゾン層の形成

 シアノバクテリア(藍藻)は25~30億年前に地球上に現れた、光合成によって酸素を発生する最初の生物だった。海洋誕生後の大気組成は二酸化炭素、窒素、水蒸気が主体であった。

 原始の地球の海に発生したシアノバクテリアは数億年以上をかけて光合成を行い、合成した有機物と酸素を海中に大量に供給した。光合成を始めた当初は、酸素はメタンやアンモニア、それと海水中の鉄を酸化することに消費された。やがて海中で吸収しきれないほどに酸素が供給されるようになると、溢れた酸素が大気中に放出されて大気の酸素濃度を急増させた。

 さらに、原始の大気には紫外線を吸収する物質がなかったので、地上まで強い紫外線が降り注いでいた。酸素濃度が上昇すると、高度10-50kmほどの成層圏にオゾン層が形成された。オゾン層によって有害な紫外線が吸収されるようになったため、それまでは海中でしか生存できなかった生物が陸上に進出して生物の多様化が一気に進んだ。

 5.4~5.3億年前に「カンブリア爆発」と呼ばれる生物種の大発生が起こったが、大気中の酸素濃度が上昇したことと紫外線を遮断するオゾン層が形成されたことがその背景にあると言われている。これが大気の生成と陸上生物が誕生した物語である。

超大陸の誕生と大陸移動

 ジルコン粒子の発見から、44億年前には既に海と陸が形成されたと考えられている。超大陸は20億年程前から4~5億年ごとに形成されたことが分かっている。ヌーナ超大陸が約19億年前、ロディニア超大陸が10-7億年前、ゴンドワナ大陸が6億年前に形成された。

 最も新しい超大陸パンゲアは2.9億年前頃に形成されたが、2.5億年前頃から分裂が始まって現在の6大陸に分かれた。2.5億年前には史上最大規模の生物の大量絶滅事件が起きており、パンゲア大陸の分裂が深く関わっているという。

 大陸移動は1年で数cmととても僅かな量だが、1億年の間には数千kmになる。大陸移動は現在も進行中で、現在全ての大陸はアジアに向かって移動していて、5000万年後にはオーストラリアが日本列島に衝突し、その後2~3億年後にはアフリカとアラビア半島に続き、アメリカ大陸もアジアと合体し、再び超大陸が形成されると予測されている。

 地震や火山が起こる原因は悠久の時間で移動する大陸にあり、大陸が移動するのは地球内部から熱エネルギーを供給されていることによる。核融合を行っている太陽とはメカニズムが異なるものの、地球も活動中の星なのである。

地球磁極の逆転

 ダイナミックな地球の動きには、もう一つ重要なことがある。それは地球の磁極の南北が反転する「磁極逆転」である。地球は巨大な磁石だが、それは地下2900kmほどの深さにある地球の外核の中を、強い磁性を持つ液体の鉄とニッケルが流動しているからだ。

 アメリカのナショナル・ジオグラフィック誌は2019年10月に「岩石に刻まれた記録から、5.5~5.6億年程前に平均で4万年に1回の頻度で磁極逆転が起きていて、ちょうどこの時期に生物の大量絶滅が起きている。さらに現在から過去2000万年の間には約20~30万年に1回の周期で逆転が起きていたが、最近の78万年には起きていない。」との研究成果を掲載した。

 またフォーブズ誌は2018年3月で「ここ数十年の間、地球の磁力は10年に5%ずつ弱まっていて、次の磁極逆転が近づいている可能性がある。」という記事を掲載した。地球の強力な磁場がバリアとなって有害な宇宙線が地表に降り注ぐことを防いでいるが、もし磁極が消滅すれば陸上生物は危険な宇宙線に被爆することになり、大量絶滅が起こる危険性がある。

小惑星・隕石の衝突

 地球が誕生した頃、惑星やその衛星、周回彗星や小惑星などが固有の軌道を形成しながら、太陽系全体の形と秩序が徐々に出来上がっていった。「エントロピー増大と秩序」について書いたように(Chronicle/401)、太陽系全体が主に重力作用によって形成された一つの秩序なのである。

 流れ星と異なり、地表面に落下する隕石は1913年~2013年の100年間に地球全体で600回以上確認されており、未確認のものを含む総数は年平均で40回程度あると言われている。隕石の多くは火星の外側の領域(小惑星帯)からやってくる。

 そして約6600万年前にはメキシコのユカタン半島に直径10-15kmの小惑星が衝突した。衝突時のエネルギーは広島型原爆の約10億倍といわれ、この衝突によって生物種の70%が絶滅し、恐竜の時代が終わったことが分かっている。

 大気や海洋、大陸の形成は地球初期の物語だが、磁極の逆転と小惑星や隕石の衝突はこれからも起こり得る、かつ新たな生物の絶滅を招く危険性があることを付け加えておきたい。

奇跡の物語(地球編)まとめ

 以上、地球に起きた7つの重大事件について書いてきた。これらの事件から地球の歴史を俯瞰すると、「奇跡の物語」と形容する他ない真相が二つ浮かび上がる。その一つは、地球環境の激変に翻弄されそのたびに絶滅の淵に追い込まれながら、生物は進化を繰り返して生命をつなぎ繫栄してきたことだ。現代に存在する全ての生物は、一つの例外もなく、絶滅の危機を乗り越えてきた生物の子孫なのである。

 もう一つは、より生存に適したものとなるように、生物が長い歳月をかけて地球環境を変えてきたことだ。その象徴的な存在がシアノバクテリアで、数億年以上の歳月をかけて現在の海洋と大気を作り「青い地球」を作ってきた。さらに、その後の植物の繁茂が地球を「緑の惑星」に変えてきた。

 サピエンスはその壮大なドラマの最後に登場した生物だが、サピエンスは地球環境の最大の利用者となり、環境汚染や温暖化が象徴するように、むしろ破壊者として振舞ってきたのではなかっただろうか。同時に、そのサピエンスが科学を発展させて地球46億年の歴史に封印されてきた「生命と地球の共進化」の物語を解明してきたことも事実である。 科学が解き明かした地球の「奇跡の物語」を、生命のバトンリレーの現役走者として、サピエンスはこれから地球とどう共進化してゆくのか、改めて知恵を絞る必要があると思うのである。

「奇跡の物語」を起こしているもの

宇宙を支配する法則

 宇宙は138億年かけて現在の姿になった。ビッグバンという宇宙の特異点と、原子の内部の振る舞いを除外して考えれば、宇宙は基本的に重力の法則と熱力学の法則に従って変化してきたといっていい。

 熱力学とは「熱や物質の移動やそれに伴う力学的な仕事について巨視的に扱う物理学」である。身近な例として蒸気機関車について説明すると、蒸気機関車は石炭を燃やして熱を発生し、水を沸騰させて水蒸気を作り、水蒸気がピストンを回して動力を生み出している。つまり、熱は仕事を行うためのエネルギーであることが分かる。

 熱力学の第一法則は『エネルギー保存則』として知られ、エネルギーの総和は変化しないというものである。そして第二法則は『エントロピー増大の法則』として知られ、「熱は温度の高い方から低い方へ流れてゆく」というものであり、これを「エントロピーは増大する」と表現している。

 平たく言えば、温度が低くなるほど分子の活動は鈍くなり、その結果分子の状態は秩序を失い乱雑度を増すということだ。そもそも温度とは物質内部の分子の運動の激しさを表す物理量である。

エントロピー増大と秩序化

 宇宙はその始まりから徐々に乱雑さが増大する方向に進化してきた。余談だが、宇宙はエントロピーが増大する方向にしか変化しないことが「時間は過去から未来へ一方向にしか流れない」ことを位置づけているという。

 宇宙には恒星が無数にあるが、太陽のような恒星は内部の核融合反応によって灼熱に輝いている。そして原料の水素を使い果たすと膨張して赤色巨星となり、やがてエネルギーを使い果たして恒星の残骸である白色矮星になって寿命を終える。ちなみに太陽が赤色巨星になるのは今から約76億年後と言われ、そのとき地球は巨大化する太陽に飲み込まれて消滅するという。

 生物はエントロピー増大の法則に抵抗している宇宙で唯一の存在である。我々が生きているということは、身体の各器官がそれぞれの機能を正常に果たしている状態、一言で言えば身体が秩序ある状態に維持されていることに他ならない。

 人間社会には、秩序化とエントロピー増大という二つの作用が混在している。常にエネルギーを注ぎ込んで秩序を維持しようとしない限り、社会の乱雑さは容赦なく増加してゆく。定期的に整理整頓と掃除をしなければ家の中はやがてゴミと埃だらけになってしまうことと同じである。整理整頓することが秩序化であり、ちらかるのはエントロピーが増大した状態である。

局所的なエネルギー

 では自然界で秩序化をもたらす力は何だろうか。地殻変動や地震、火山の噴火、台風等の自然界のエネルギーは、国土に大きな被害をもたらす一方で、自然環境が秩序を維持する上で必要なエネルギーを提供しているとも言える。

 日本に四季があるのは地球の公転運動のお陰であり、昼夜が存在するのは自転運動のお陰である。地球が公転と自転をしながら、太陽からのエネルギーが注ぎ込まれていることが、四季や昼夜という秩序を維持しているメカニズムである。

 また陸地と海洋、大気というふうに地球環境が区分されていることが、生物に活動できる環境を与えている。陸地には火山活動があり、海洋には潮流があり、大気には気流があって常にエネルギーが供給されている。

 太陽エネルギーに加えて、地球の公転・自転という運動エネルギーと地球内部から熱エネルギーが供給されていることが地球の秩序を維持しているのだ。

生物の誕生

 では、生物はどのようにして誕生したのだろうか。生物起源については諸説ある。熱い初期の地球環境の中で、長い時間をかけて無機物から有機物が自然に作られて、さらに有機物どうしが反応して生命が誕生したという『化学進化説』を始め、最初の生命は宇宙からやってきたという説、深海熱水孔や地下の生物圏で発生した説などである。

 宇宙由来説を除くその他の仮説の何れもが、初期の地球環境において有機物がスープ状態に溶けた中から生物の原型が偶然生まれたと考えている。より単純な物質から複雑な化合物が合成されるという過程は、エントロピー増大の法則に逆らうプロセスである。素材となった無機物に地熱や太陽光などのエネルギーが供給されて、高度な化合物を合成させた(秩序化)ことになる。

 もう一つ生物には不思議な秩序がある。それは、現在地球上に存在する全ての生物が共通の遺伝の仕組みを持っていることだ。遺伝情報物質はDNA(デキシオリボ核酸)、遺伝情報の転写と翻訳を司る物質はRNA(リボ核酸)と呼ばれる。初期の地球には多様な有機分子が存在していたと考えられるが、自己複製を可能とするメカニズムを備えた「核酸」という複雑な有機化合物が安定的に合成されるようになった謎は未だ解明されていない。

 また生物は進化の方向に一直線に進んできたわけではない。遺伝は進化も退化もある試行錯誤のプロセスであり、環境の変化に適合するように変化したDNAだけが生き延びてきたのだ。そして生き残ったDNAをもとに次の試行錯誤が起こり、それが繰り返されるというプロセスによって、全体として生物は進化してきたのである。

 生物の進化を振り返れば、初期の原始的生命体からサピエンスが誕生するまでの38億年の全体像は、多様性の拡大と高等生物への進化だったと俯瞰できるだろう。そしてその進化をもたらしたのは地球環境が提供した様々な熱エネルギーだったのだ。

人間社会の秩序

 社会も国家も国際社会も、秩序が維持されているが故に存続してきた。人間社会に局所的なエネルギーを供給しているのは人間が行う仕事である。また近代においては、新たなテクノロジーの登場が人間社会の進化を促進してきた。

 テクノロジーの進歩には停滞も終わりもない。従って、社会も国家も国際社会も、何れのシステムも未だ発展途上にあるといっていい。

 今後人間社会が維持発展してゆくためには、秩序を維持することを必須条件として、その上で最新のテクノロジーを道具として活用し、社会や国家、国際社会のシステムのイノベーションを推進してゆく必要がある。地球環境が提供するエネルギーを利用している生物の進化と異なり、人間社会の秩序は人間の仕事によってしか維持させることができないのだ。

宇宙のはじまり

宇宙は真空から始まった

 宇宙に始まりがあったという発見は、ハッブルが1929年に発見した「遠方の銀河はその距離に比例した速度で遠ざかっている」という法則から導き出された。

 現在までの観測で、宇宙の年齢は約138億歳であることが明らかになっている。実際に134億年前の最古の銀河が発見されている。また、宇宙の始まりから38万年後に放出された光が、現在「宇宙マイクロ波背景放射」として観測されている。

 インフレーション理論は、佐藤勝彦が1981年に提唱したもので、「宇宙の始まり直後に、宇宙空間が急激に膨張した」という仮説である。それによると、(1/1兆/1兆/1兆)秒という瞬間に、宇宙は光速の約60倍のスピードで、(1兆×1兆×100)倍以上に膨張したという。

 現在宇宙は膨張している。それを起こしている力の正体はダークエネルギーであると言われているが、未だ観測されていない。驚くべきは、インフレーションを起こしたのは、現在宇宙を膨張させているエネルギーより100桁以上も大きい「真空のエネルギー」であるということだ。

 インフレーション終了後に、宇宙は膨張による冷却効果で温度は絶対零度(-273度)にまで瞬間冷却したという。

ビッグバン

 そして宇宙の始まりから約1秒後にビッグバンが起こった。インフレーションを起こした「真空のエネルギー」が膨大な熱を発生して、宇宙の温度は(10億×10億×10億)度もの超高温になったという。これがビッグバンが起こった原因である。

 宇宙の初期に起こった出来事は、何れも桁外れのスケールで起きた、容易には理解しがたい仮説なので、これ以上専門家の領域に立ち入ることはやめておきたい。

 ビッグバンによる膨張の結果、宇宙の温度は3分後には10億度に下がったという。ここで大事なことは、この過程で現在宇宙にある全ての物質の材料が生成されたことにある。物質の生成過程は概ね次のとおりである。

 はじめに電子やクォーク、ニュートリノ等の素粒子が生成された。次の段階で素粒子どうしが結合して陽子や中性子が合成された。更に次の段階では複数の陽子や中性子が結合して、水素やヘリウムが合成された。

 物質生成の過程で自由電子がどんどん使用されて消滅し、38万年後に「晴れ上がり」と呼ばれる出来事が起こった。これは光や電磁波が自由電子に邪魔されずに自由に空間を伝搬できるようになった状態をいう。こうして物質が支配する宇宙が出来上がった。

 NASAが2001年に打ち上げた探査機WMAP(ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機、正確には太陽軌道を回る人工惑星)がこの「晴れ上がり」の時の光を「宇宙マイクロ波背景放射」として観測した。宇宙の始まりから38万年後に発せられた光は、その後の宇宙膨張によって波長が引き延ばされてマイクロ波となった。WMAPは宇宙の全ての方向から到来するこのマイクロ波を精密に観測して、宇宙は一様で等方性があり、平坦であることを実測によって証明した。宇宙の始まりはこうして観測によって確認されたのだった。

物質の創造

 宇宙で最初の星が作られたのは、宇宙の始まりから3億年が経過した頃である。宇宙の物質の分布に粗密があると、重力が働いて物質が次第に集積して物質の塊ができ、それが徐々に成長していったと予測されるが、この時期の星の生成過程はよく分かっていない。何故なら、そのころの痕跡を捉えようとすれば、地球からみて宇宙の果てに近い超遠距離の、それも微弱な電磁波を観測しなければならないからだ。

 地球にある物質や、我々生命体の体を作っている物質はそもそも何処から来たのだろうか。

 ヘリウム(原子番号2)よりも重い元素は星の内部で作られ、鉄(原子番号26)よりも重い元素は超新星爆発など超高温超高圧の中で作られたことが分かっている。星の寿命が尽きるときに星を形成していた物質は宇宙にばら撒かれて、それを材料として次の世代の天体が誕生する。この繰り返しが宇宙での「物質循環」となっている。

宇宙の終わり

 宇宙に始まりがあったのなら終わりもあることになる。ただし宇宙は無限に膨張を続けるのか、何処かで収束に転じるのかは未だ分かっていない。それを予測するためには、存在が予測されているが正体不明のダークエネルギーやダークマター(暗黒物質)を解明する必要があるという。

 太陽の寿命はだいたい100億年と見積もられているので、残りの寿命は凡そ50億年である。太陽内部では水素を燃料とする核融合反応が起きていて、水素を使い果たすまでの残り時間が寿命となる。より内部の水素を燃やすようになると太陽は膨張してゆき、燃料を使い果たす頃には、現在の地球の軌道まで(約200倍)膨張して赤色巨星となると言われている。この通りに進行すると、地球は太陽に取り込まれて消滅するか、取り込まれなくても灼熱地獄となる。

 太陽は1億年に1%ずつ明るくなっていて、5億年くらい経つと、地球の表面は太陽に熱せられて海水が蒸発する温度になるという予測もある。

 何れにしても、太陽が膨張し明るさを増してゆく過程で、地球は徐々に生物が住めない惑星になる。地球という惑星の宿命である。

 真空から物質が生まれ、星が生まれ、そして地球が生まれた。そこに生物が生まれ進化して、サピエンスが誕生した。サピエンスは科学を発展させて、宇宙の仕組みを次々に解明してきたが、生物とサピエンスが蓄積してきたレガーの全てがやがて消滅する。これは宇宙船地球号の乗組員の宿命である。 宝島社が2018年に発刊した「宇宙図」という雑誌は、こう結んでいる。「あなたを構成していた元素は、たとえ地球が失われても少しも損なわれることなく、宇宙に還り、再び新たな星々の原料となってゆく。・・・そして、宇宙を流転する物質の全ては、さかのぼれば、この宇宙最初の3分間に生み出された物質へと行きつく。」と。

日本人の記憶

 日常、お寺にも教会にも行かない日本人が大多数だが、日本人の潜在意識に神道のスピリットが記憶されていることは疑う余地もない。神道には経典も教義もないし、学校で学ぶこともないにもかかわらず、一体どこから日本人の心の深層に記憶されてきたのだろうか。

 後世に作られた神社を別とすれば、神社の主祭神には古事記に登場する神々が多い。「火山で読み解く古事記の謎」を書いた蒲池明弘は、「古事記神話の起源が縄文時代にあるという議論は今や珍しくなくなったが、縄文時代の火山の記憶が古事記の中にある可能性がある。」という。

 日本人の記憶は何処まで遡るのだろうか。

 「火山大国日本、この国は生き残れるか」(巽好幸著)によれば、日本列島には全世界の約1割、111の活火山が存在していて、日本は間違いなく世界一の火山大国であるという。

 また、地震と同様に、火山にも1000年に一度級、100年に一度級など、噴火物の総重量をもとに数値化される噴火の規模を示すマグニチュードがあって、M=4~5が大規模噴火で、M=6が巨大噴火、M=7~9が超巨大噴火と区分されている。

 過去の観測データによれば、大規模噴火級が約30年前後、巨大噴火級が約2300年前後、超巨大噴火級は約1万1千年前後の頻度で起きたという。

 日本列島誕生との関係でいえば、やがて日本列島となる陸塊がユーラシア大陸から分離し始めたのが約3000万年前で、日本海が生まれ日本列島が現在の形となったのは約300万年前のことである。日本列島が誕生する造山運動期にはさぞかし超ド級の火山噴火や地震が相次いで起こったことだろう。

 「日本列島5億年史」を監修した高木秀雄によれば、約1500万年前に世界でも最大規模と言われる熊野カルデラ噴火が起きたと言う。熊野カルデラは紀伊半島南部に位置していて、熊野三社と称される熊野信仰の地域と一致している。ちなみに熊野本宮大社の主祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)である。

 地政学的な記録が残っている過去12万年間には、北海道と九州の7つの火山でM8以上の超巨大噴火が11回起きており、巨大噴火は全国で48回起きている。規模のトップ3は、8万7千年前の阿蘇、2万8千年前の姶良(あいら)、7300年前の鬼界アカホヤで、何れもが南九州に集中しているカルデラ噴火である。ちなみに姶良カルデラは桜島とその内海の鹿児島湾を含む地域であり、鬼界カルデラは鹿児島の南海上、屋久島の北の海域にあって、現在では水没している。鬼界アカホヤ噴火は完新世(1万年前以降)に地球で起きた最大の噴火と言われる。

 縄文人との関係でいえば、日本人の祖先集団が日本列島にやってきたのは3万5千年前頃であり、発見された最古の縄文土器が1万6500年前のものであるから、縄文人は姶良カルデラを含む巨大噴火に何度も遭遇していたことになる。

 鎌池は、縄文時代の火山の記憶が古事記の中にあることを暗示する事例を取り上げて考察を加え、以下のように述べている。

・鬼界アカホヤ噴火がアマテラスとスサノオの物語に結び付く可能性がある。縄文時代には火山を神とする信仰があって、  それがスサノオという神の造形に結び付いている。

・太陽神であるアマテラスが隠れ、世界が真っ暗となった天岩戸伝説は、鬼界カルデラ噴火の火山灰の雲と考えられる。鬼界カルデラ噴火は全国規模の自然災害で、関東以北でも10cm以上の降灰があったという。日本列島の多くの森林は無傷ではいられなかったはずであり、火山の冬と言われる地球規模の寒冷化が引き起こされたと思われる。

 これらは壮大な仮説であって証明されてはいない。

 古事記の舞台となったのは、南九州と出雲が中心である。九州南部は阿蘇、姶良、鬼界の三つのカルデラ噴火が起きた大規模火山が集中する地域である。また出雲大社の南およそ30kmにある三瓶山は10万年前から4千年前まで活動した火山だった。

 霧島市には1万年ほど前の縄文時代の定住集落(上野原遺跡)があったが、7300年前の鬼界カルデラ噴火で壊滅している。また三瓶山では縄文時代に大きな噴火が3回起きていて、三瓶山の周辺にも縄文時代の遺跡が発見されているという。

 縄文時代の始まりは1万6千年以上前であり、弥生人が渡来し始めたのは3000年程前である。弥生人は先住民族だった縄文人と混血し、稲作に適した土地に定着していった。一方、火山のある土地は狩猟生活には適するものの稲作に適さないために、弥生人渡来以降も、縄文人の集落は火山の周辺地帯に多く残ったと解釈できる。

 「古事記の背景に縄文時代があり、古事記神話には火山噴火に係る物語が隠れている」というのは仮説である。しかし、縄文時代の人達にとって、火山は恐怖であると同時に森林を育み、山の幸をもたらす恵みでもあったはずである。だからこそ火山は神となり、信仰の対象となって、その記憶が代々継承されてきた。火山が縄文人にとって強烈な存在であればこそ、1万年以上にわたり人々の記憶として伝承され、それを神話として編集したのが古事記だったというのもまた、十分説得力のある仮説ではないだろうか。

 西行法師が詠んだ句に、「なにごとのおはしますかはしらねども、かたじけなさに涙こぼるる」というのがあるが、正にこの心境こそが日本人の心の深層に、遥か縄文時代から代々継承されてきたスピリット(無形の財産)であるように思う。

 稲作と仏教が伝来する以前の1万年を超える縄文時代は無文字の時代だったが、この間に神道の原型としての宗教観が形成されたことは間違いない。日本各地にある神社の主祭神は古事記に登場する神々であり、火山-縄文時代-神道-古事記神話という、スピリチュアルなリンケージが垣間見えると言ったら言い過ぎだろうか。

 自分の祖先について、1万年を超える歴史を辿ることができるのは世界で恐らく日本人だけであろう。このスピリチュアルなリンケージこそが日本人のアイデンティティを形成している骨格ではないだろうか。

 鎌池は、さらにこう書いている。

・最終目的地の大和盆地を除けば、神武東征において日向(熊酋国)、熊野が最も重要な土地である。そして阿蘇のふもとにある熊本を加えると、古事記の「熊」の文字にはカルデラが背景にあるように思え、古事記が持つ記憶の計り知れないほどの深さを感じる。

 実はこの中にもう一つ大きな謎が隠されている。それは古事記の神話に熊野が登場する理由である。紀伊半島南部に熊野カルデラ噴火が起こったのは1500万年も前のことであり、日本列島に日本人の祖先集団がやってくる遥か以前であり、サピエンス誕生以前でさえある。

 日本で起きた超巨大火山の中でも最大規模の熊野カルデラ大噴火の記憶は一体どういう伝承として古事記の中に綴られたのであろうか。1500万年前の熊野カルデラ巨大噴火-古事記(神武東征)-熊野三社のリンケージは、「日本人の記憶」を巡る最大の謎であるのかもしれない。

 科学は新たな発見をもたらす。日本列島に日本人の祖先集団がやってきたのは凡そ3.5万年前、サピエンスの集団がアフリカを出たのが凡そ7万年前の出来事である。DNAの中に民族の特性に係る遺伝子構造が発見されており、民族間のその違いを調べることによって、サピエンスが世界中に拡散していったルートが明らかにされつつある。科学はやがて世界の民族の系統図を描くことに成功するだろう。そうなれば日本人のアイデンティティのもう一つの骨格であるDNAリンケージが解明されてゆくことになる。

宇宙の果て

時空を旅する光

 宇宙の果てを論じるには、ハッブルの法則から始めなければならない。ハッブルの法則とは、多数の天体(星や銀河)を定量的に観測した結果、「遠くにある天体ほどより高速で遠ざかっていて、遠ざかる速度は地球からの距離にほぼ比例している」という法則である。

 地球から最も遠い天体は、ハッブル宇宙望遠鏡が観測したもので、地球から134億光年離れたところにあった宇宙誕生から僅か4億年後の銀河である。ちなみに1光年という距離は光が1年間に伝搬する距離であり、光は毎秒約30万kmの速度で進むので、およそ9.5兆kmに相当する。

 宇宙は余りにも広大なので、望遠鏡で観測する銀河はもとより、肉眼で見上げる夜空の星でさえも、見ているのは現在の姿ではない。太陽から最も近い恒星はケンタウルス座にあり距離は4.2光年、最も明るい恒星はシリウスで距離は8.6光年である。これらの恒星から届く光は、それぞれ4.2年前、8.6年前に恒星を出発した光なのである。

 これに対して、地球上では「時空」を意識することはない。海底ケーブルと光ファイバー網が縦横に張り巡らされた現代では、地球の裏側にある町とでも時間差を殆ど意識することなくリアルタイムで交信することができる。あるのは経度に伴う「時刻」の違いである。

 このように、星や銀河から届く光は遠い天体からのものであると同時に、昔の天体からのメッセージなのである。今観測される星の光は実は4年(最も近い恒星)~134億年(最も遠い銀河)も「時空」を旅して、今ようやく地球に到達したということなのだ。

 ここで重要なことは、光が134億年も時空を伝搬し続けた間に、宇宙も休まずに膨張し続けてきたので、その銀河は今そこには存在しないということだ。134億年前の銀河は、実は現在地球から310億光年も離れたところにあって、地球からさらに遠ざかっているという。

 ところで、134億年前に出発した光が、なぜ今頃地球に到達するのだろうか?光よりも早く移動できる物質は存在しないので、将来太陽系になる物質など、光は遥か昔に追い抜いて行ったのではないのか?そういう疑問が生じる。

 その疑問の答えは、光は光速で伝搬するが、将来太陽系となる物質も超高速でその天体から離れる方向に飛翔していて、両者の相対速度が光速に近いために、光ですら134億年もかかってようやく追いついたということなのだ。何という壮大な物語なのだろうか。

宇宙の果て

 さて、ハッブルの法則はさらに重要なことを示している。それは宇宙が膨張しているという事実であり、さらに膨張の歴史を巻き戻せば宇宙は1点に収束するという仮説である。このことから宇宙には始まりがあり、約138億年前に「ビッグバン」という大爆発が起こったという重要な仮説が導き出される。

 ビッグバンによる宇宙の膨張が全方向に均一であると仮定すると、何処かに膨張する宇宙の最前線(正確には球体の表面)が存在することになり、そこが真の「宇宙の果て」となる。しかし、地球が宇宙の中心からどれほどの位置にいるのかが分からないので、宇宙の果てがどこにあるのかは知りようがない。

 アインシュタインが発表した特殊相対性理論は、「光速は不変であり、如何なる物質も光速を超えて移動することができない」と説明する。一方、ハッブルの法則は、「遠方にある銀河ほど地球からより高速で飛び去っていて、その相対速度は光速に近づく」ことを示している。この二つを組み合わせて考えると、地球からの距離がある値を超えると、それよりも遠い天体からの光はいつまで経っても地球に届かないという限界が存在することが導き出される。

 これは、将来どれほど高性能の望遠鏡が登場するとしても、観測できる限界が存在することを意味する。ちなみに地球から遠ざかる相対速度が光速に等しくなる距離を求めると、約465億光年になるという。ということは、地球を中心とする半径約465億光年の球体が地球からの観測限界である。地球からみればこれが「宇宙の果て」である。無論その外側にも宇宙は広がっているのだが、そこから先は人類が知り得ない領域なのだ。

宇宙船地球号

 地球は1日1回自転をし、1年かけて太陽の周りを一周している。銀河系の端に存在する太陽系も銀河系の中心の周りを超高速で周回している。そしてその銀河系も膨張する宇宙において、その他の多くの銀河から遠ざかる方向にさらに超高速で飛翔している。銀河系だけでなく、全ての天体が宇宙の時空を旅しているのである。

 毎日地表面に張り付いて生活している我々は、地球の自転による昼夜の変化と、公転による四季の変化以外に、「宇宙船地球号」の時空の旅を実感することはない。たまには満天の星を眺めながら、我々人類は「宇宙船地球号」に乗って宇宙の時空を超高速で旅しているのだという姿をイメージしてみたらどうだろうか。日常生活の喧騒と煩悩から心が解きほぐされるに違いない。

 これは遊園地のジェットコースターに乗ったときに五感で実感する動きとは異なり、科学の知識をもって知性の働きとしてはじめて理解できる真相なのだということを付け加えておきたい。そして真に驚嘆すべきことは、我々サピエンスが、宇宙を舞台に起こっている壮大な物語を理解する知性を手に入れたということにある。

奇跡の物語を俯瞰する

 宇宙は138億年前に誕生した。宇宙には銀河系に相当する星の集団が1兆以上あり、銀河系には太陽に相当する恒星が1000億以上あるという。

 太陽は銀河系の端に位置し、約45億年前に誕生した。太陽系には8つの惑星があるが、大地と海と大気がある惑星は地球だけである。

 その地球に生命が誕生したのは約38億年前であり、激変する地球環境に翻弄されながら、生物は絶滅と進化を繰り返した。

 約700万年前に人類の祖先が出現し、約20万年前に現代人の祖先であるサピエンスが登場した。約7万年前にサピエンスの中の集団はアフリカを出て、世界中に拡散し、やがて現代の各民族の祖先集団が生まれた。そしてサピエンスは3~4万年前に日本列島にやってきた。

 サピエンスは、火山活動などの天変地異、氷河期を含む気候変動、さまざまな自然災害や飢饉という困難を乗り越えて、1000世代以上に及ぶ世代交代を重ねて歴史を刻み、やがて現代社会を築いた。

 このように、宇宙誕生からサピエンスに至る歴史を大きく俯瞰してみると、その一つ一つが悠久の時間に展開された荘厳な「奇跡の物語」なのだという事実に思い至る。

 「奇跡の物語」はもう一つある。それはサピエンスが、宇宙や地球を舞台として起きた「奇跡の物語」を解明する能力を獲得したことである。どんなに立派なドラマであっても、それを理解する観客がいなければ、物語の存在も、時間の流れさえもないに等しいからだ。

 そういう理解に立つとき、現代を生きる我々は皆、「奇跡の物語」のバトンを受け継いだ現役の担い手なのだという重要な事実に思い至る。人生は長くても百年であるから、それは宇宙史138億年における、ほんの一瞬の主役ということである。