宇宙の果て

時空を旅する光

 宇宙の果てを論じるには、ハッブルの法則から始めなければならない。ハッブルの法則とは、多数の天体(星や銀河)を定量的に観測した結果、「遠くにある天体ほどより高速で遠ざかっていて、遠ざかる速度は地球からの距離にほぼ比例している」という法則である。

 地球から最も遠い天体は、ハッブル宇宙望遠鏡が観測したもので、地球から134億光年離れたところにあった宇宙誕生から僅か4億年後の銀河である。ちなみに1光年という距離は光が1年間に伝搬する距離であり、光は毎秒約30万kmの速度で進むので、およそ9.5兆kmに相当する。

 宇宙は余りにも広大なので、望遠鏡で観測する銀河はもとより、肉眼で見上げる夜空の星でさえも、見ているのは現在の姿ではない。太陽から最も近い恒星はケンタウルス座にあり距離は4.2光年、最も明るい恒星はシリウスで距離は8.6光年である。これらの恒星から届く光は、それぞれ4.2年前、8.6年前に恒星を出発した光なのである。

 これに対して、地球上では「時空」を意識することはない。海底ケーブルと光ファイバー網が縦横に張り巡らされた現代では、地球の裏側にある町とでも時間差を殆ど意識することなくリアルタイムで交信することができる。あるのは経度に伴う「時刻」の違いである。

 このように、星や銀河から届く光は遠い天体からのものであると同時に、昔の天体からのメッセージなのである。今観測される星の光は実は4年(最も近い恒星)~134億年(最も遠い銀河)も「時空」を旅して、今ようやく地球に到達したということなのだ。

 ここで重要なことは、光が134億年も時空を伝搬し続けた間に、宇宙も休まずに膨張し続けてきたので、その銀河は今そこには存在しないということだ。134億年前の銀河は、実は現在地球から310億光年も離れたところにあって、地球からさらに遠ざかっているという。

 ところで、134億年前に出発した光が、なぜ今頃地球に到達するのだろうか?光よりも早く移動できる物質は存在しないので、将来太陽系になる物質など、光は遥か昔に追い抜いて行ったのではないのか?そういう疑問が生じる。

 その疑問の答えは、光は光速で伝搬するが、将来太陽系となる物質も超高速でその天体から離れる方向に飛翔していて、両者の相対速度が光速に近いために、光ですら134億年もかかってようやく追いついたということなのだ。何という壮大な物語なのだろうか。

宇宙の果て

 さて、ハッブルの法則はさらに重要なことを示している。それは宇宙が膨張しているという事実であり、さらに膨張の歴史を巻き戻せば宇宙は1点に収束するという仮説である。このことから宇宙には始まりがあり、約138億年前に「ビッグバン」という大爆発が起こったという重要な仮説が導き出される。

 ビッグバンによる宇宙の膨張が全方向に均一であると仮定すると、何処かに膨張する宇宙の最前線(正確には球体の表面)が存在することになり、そこが真の「宇宙の果て」となる。しかし、地球が宇宙の中心からどれほどの位置にいるのかが分からないので、宇宙の果てがどこにあるのかは知りようがない。

 アインシュタインが発表した特殊相対性理論は、「光速は不変であり、如何なる物質も光速を超えて移動することができない」と説明する。一方、ハッブルの法則は、「遠方にある銀河ほど地球からより高速で飛び去っていて、その相対速度は光速に近づく」ことを示している。この二つを組み合わせて考えると、地球からの距離がある値を超えると、それよりも遠い天体からの光はいつまで経っても地球に届かないという限界が存在することが導き出される。

 これは、将来どれほど高性能の望遠鏡が登場するとしても、観測できる限界が存在することを意味する。ちなみに地球から遠ざかる相対速度が光速に等しくなる距離を求めると、約465億光年になるという。ということは、地球を中心とする半径約465億光年の球体が地球からの観測限界である。地球からみればこれが「宇宙の果て」である。無論その外側にも宇宙は広がっているのだが、そこから先は人類が知り得ない領域なのだ。

宇宙船地球号

 地球は1日1回自転をし、1年かけて太陽の周りを一周している。銀河系の端に存在する太陽系も銀河系の中心の周りを超高速で周回している。そしてその銀河系も膨張する宇宙において、その他の多くの銀河から遠ざかる方向にさらに超高速で飛翔している。銀河系だけでなく、全ての天体が宇宙の時空を旅しているのである。

 毎日地表面に張り付いて生活している我々は、地球の自転による昼夜の変化と、公転による四季の変化以外に、「宇宙船地球号」の時空の旅を実感することはない。たまには満天の星を眺めながら、我々人類は「宇宙船地球号」に乗って宇宙の時空を超高速で旅しているのだという姿をイメージしてみたらどうだろうか。日常生活の喧騒と煩悩から心が解きほぐされるに違いない。

 これは遊園地のジェットコースターに乗ったときに五感で実感する動きとは異なり、科学の知識をもって知性の働きとしてはじめて理解できる真相なのだということを付け加えておきたい。そして真に驚嘆すべきことは、我々サピエンスが、宇宙を舞台に起こっている壮大な物語を理解する知性を手に入れたということにある。

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