地球で起きた重大事件(2)

生物編

生命の起源

 地球生命の起源については、三つの説がある。原始スープ説、宇宙由来説、熱水噴出孔説だ。はじめに、三つの説の要点を『進化の謎を数学で解く』(文芸春秋、2015)から引用する。

 原始スープ説:1952年シカゴ大学大学院生だったスタンリー・ミラーは地球原初の大気組成を再現して容器の中に密封し、放電スパークを浴びせて地球の初期状態の模擬実験を行った。その後混合物を濃縮したところ、たった数日で多数の有機分子だけでなく、タンパク質の構成要素であるグリシンやアラニンのようなアミノ酸が作り出されたという。

 宇宙由来説:1969年にメルボルンの北160kmにあるマーチソンという町に、隕石が飛来して爆発した。この隕石は地球と同等の年齢で数十億年宇宙をさまよった末に地球にやってきた。隕石の成分を分析したところ、タンパク質の原料となる数種のアミノ酸の他、DNAの構成要素であるプリンやピリミジンが含まれていた。さらに21世紀の分光学を用いた、その後の研究では、ごく微量ながら1万種以上の異なる有機分子が含まれていることが明らかになった。

 マーチソン隕石と同じような隕石は多数地球に落下しており、無数の隕石が宇宙を飛行して有機物を運んでいることが明らかとなった。

 また、『生命の起源と進化』(日経サイエンス、2003)によれば、

①地球表面には毎日数百トンの宇宙塵が降り注いでいる。

②宇宙塵を採集し分析した結果によれば、多いもので50%の有機炭素が含まれている。

③炭素含有量が平均10%とすると、毎日30トンの有機物質が宇宙から供給されている。

 熱水噴出孔説:熱水噴出孔からは火山化合物質が放出されている。これらの物質は多くの生物にとって毒物だが、一部の微生物にとっては豊穣な燃料である。光合成をする植物と違って、微生物は噴出孔から豊富に湧き出す炭素やその他の元素を取り込んで、自分に必要な有機分子を合成している。この結果、深海底にある熱水噴出孔の周囲には、他の海底よりも数千倍も多い生物が生息している。

生命のアーキテクチャ

 生物であることの要件は代謝と複製の能力にある。代謝はエネルギーを取り込んで、化学反応によって生命活動に必要な化合物を合成する能力であり、複製は自分自身の遺伝的形質情報を未来の世代に伝える能力である。

 ここで注目すべきことは、地球上の全ての生物が同じアーキテクチャ(設計様式、規格)で作られているという事実だ。その主な根拠は次のとおりである。

1.遺伝情報の記録と伝達にDNA、RNAを用いていること

2.エネルギーの授受にATP(アデノシン三リン酸)の酸化還元反応を用いていること

3.タンパク質の合成に同一の20種類のアミノ酸が利用されていること

 全ての生物が共通のアーキテクチャでデザインされているという事実は、祖先を辿れば唯一の共通祖先に辿り着くことを示唆している。最近までそう考えられてきたのだが、最新の研究によればそれは正しくないようだ。

 親から子へ遺伝子を受け渡すことを「遺伝子の垂直移動」というが、生物の進化過程には「遺伝子の水平移動」と呼ばれる変化が起きたことが分かっている。その代表的な事例は、動物のミトコンドリアと植物の葉緑素が単細胞のバクテリアのDNAを取り込んだものであることだ。その後の動物や植物の目覚ましい進化にとって、この水平移動が重要なステップとなったことは疑う余地もない。

 全生物の系統図を辿ると樹木の根のように1本に収束するというイメージは、どうも単純すぎるらしい。最古の生物は約35-38億年前に出現しているが、多細胞生物が出現したのは約10億年前のことであり、単細胞生物しか存在しなかった時代は20億年以上に及ぶ。この極めて長い期間に、さまざまな進化の試行錯誤が繰り広げられて、やがて原核生物から真核生物へ一筋の系統が形成されていったというのが真相であるらしい。

 『進化の謎を数学で解く』の中で、チューリッヒ大学のワグナー教授は、「私達全てが単一の共通祖先に由来することが自明となっているが、それは生命がたった一度だけ誕生したという意味ではない。「自己組織化」の力を借りれば、生命が熱水噴出孔で、あるいはどこかで何度も出現したはずだが、その内のたった一つだけが、現在のあらゆる生物を産み落とすものとなったのだ。」と述べている。

生物の多様化

 地質時代は、化石などの記録が残っている直近数千年の有史時代の以前で、地質学的な手法でしか研究できない時代をいう。地質時代は四つの時代に区分されている。

 生物化石が豊富な「顕生代」、化石に乏しく生痕化石などが研究対象になる「原生代」、研究対象が主に地層や岩石となる「太古代」、地球上で岩石などの直接証拠が少なく月の石や隕石などの情報から推察されている「冥王代」である。

 多細胞生物が今から約10億年前に出現した後、8-6億年前に地球の全表面が凍結するスノーボールアースが起きている。生物は海底の熱水鉱床などの周辺に隔離される状態で生存していたものと思われる。この間に、生物史上はじめて眼を持った生物(三葉虫)や硬い殻を持った生物が登場し、どのように捕食するか、どのように捕食から逃れるかの生存競争が活発になった。この過程で、多細胞生物の遺伝子が爆発的に多様化した。顕生代-古生代-カンブリア紀に起きたこの事件は「カンブリア爆発」と呼ばれている。今から5.4-5.3億年前のことである。

大量絶滅

 生物の大量絶滅は歴史上少なくとも5回起きたので「ビッグファイブ」と呼ばれている。以下のとおりである。

1.中生代白亜紀と新生代古第三紀の境界(K-T境界)、6600万年前

2.中生代の三畳紀とジュラ紀の境界(T-J境界)、2.1-2.2億年前

3.古生代ペルム紀と中生代三畳紀の境界(P-T境界)、2.5億年前

4.古生代のデボン紀と石炭紀の境界(F-F境界)、3.8億年前

5.古生代のオルドビス紀とシルル紀の境界(O-S境界)、4.4億年前

 大量絶滅は「急速に地球規模で起きる生物多様性の多大な損失」と定義されている。動物は環境の変化に機敏に反応して行動するので、火山噴火や森林火災などの自然災害が起きたとしても、どこか別の場所へ移動して生き延びる能力を備えている。

 そう考えると、絶滅を起こした天変地異は動物が対処できないほど、短期間に大規模でかつ劇的なものだったことになる。一方ビッグファイブの全ての絶滅に共通するメカニズムは存在しないという。

 海洋生物が絶滅する直接の原因は極度の海洋変動であり、酸性化、酸素欠乏、海面の急激な低下(海退)などが考えられる。一方陸上生物が絶滅する直接の原因としては極度な気候変動が考えられるが、真の問いは、ではそのような極度の変動を起こした原因は何だったのかにある。生物の適応能力を超える短期間に地球規模の被害をもたらす事件として考えられるのは、巨大噴火と隕石の衝突である。

 実際に6600万年前に起きたK-T境界の大量絶滅が、中米ユカタン半島に隕石が衝突したことによって起きたことが明らかになっている。隕石の衝突が作った直径160kmのチクシュルーブ・クレーターがユカタン半島沖の800mの堆積層の下に発見されている。一方、それ以外の絶滅の原因については諸説あり特定されていない。しかし、今年2月に東北大学大学院が公表したプレスリリースによれば、何れの絶滅も大規模な火山噴火が引き起こした可能性が高い。

対で起こる絶滅と進化

 ビッグファイブに、より小規模なものを含めると、絶滅はおよそ2600万年ごとに起きたといわれる。生物史全体を俯瞰して眺めると、絶滅と進化は対を成していて、生物全体としては絶滅の危機を生き延びて進化を遂げてきたと解釈される。実際に6600万年前の大量絶滅では、地球に君臨した恐竜を消滅させることによって、哺乳類全盛の時代が幕を開けている。

 絶滅はそれまでの生物界の秩序を破壊し、新たな創造を促進して生物のプレイヤー交代をもたらした。想像を逞しくして考えれば、もしビッグファイブの絶滅がなければサピエンスは登場しなかった可能性がある。

 地質年代における最新の時代を「完新世」といい、正確な区分は、新生代-第四紀-完新世である。完新世は最終氷期が終わった11700年前に始まり現在まで続いている。最近では完新世の次の時代として、「人新世」という言葉が使われるようになった。これはオゾン層を破壊する物質を発見したオランダの化学者パウル・クルッツェンの造語である。

 人類は森林を破壊し、堆積物に埋蔵された石炭や石油を燃焼させることによって、数千万年にわたって地中に蓄積された炭素を大気中に放出してきた。生物の絶滅と進化の歴史を俯瞰する視点で評価すれば、人類は産業革命以降の僅か260年の間に、大気の組成を変え生態系を変えてしまったことになる。

 人新世という言葉が意味することは、地質年代に人類が登場するという輝かしい側面ではなく、「もし次の絶滅が起こるとすれば、それは人類を排除するものとなる」というネガティブな側面であるのかもしれない。

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