国益より選挙、戦略ではなく政局

 6月11日~13日に英国コーンウォールでG7首脳会議が開催された。14日に発表された首脳宣言の和訳を外務省が公開している。中国に対する非難決議の部分を引用する。

 49.我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に 明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する。

 60.我々は、台湾海峡の平和及び安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的な解決を促す。我々は、東シナ海及び南シナ海の状況を引き続き深刻に懸念しており、現状を変更し、緊張を高めるいかなる一方的な試みにも強く反対する。

 ほぼ同時期の6月16日に通常国会が閉会した。焦点の一つだった中国によるウィグル人等に対する人権侵害を非難する決議の採択は見送られた。G7から凱旋した菅首相としては面目丸潰れとなったのではないか。いやその見立ては正しくないのだろう。菅首相は自民党総裁なのであるから、G7出席にあたり、中国に対する非難決議を何としてでも取りまとめるよう与党幹部に指示すべきだったのだ。

 この事態に対して産経新聞は連日報道している。激変する世界における日本の未来を考える上で重要なことなので、以下に紹介しておきたい。

(1)6月15日には、G7首脳宣言を受けて「菅首相の今後の行動が問われている。中国を抑止するメッセージの発信を続けて欲しい。中国政府によるウィグル人弾圧では、G7で日本だけが制裁に加わっていない。言行不一致と言われても仕方がなく、人権問題でも先頭に立つべきだ。」と指摘している。

(2)6月17日には、「中国政府による深刻な人権侵害を非難する国会決議案の採択が、自民、公明両党の執行部の判断で見送られた。日本維新の会、国民民主党、立憲民主党、自民の外交部会などが了承手続きを終えたが、公明党の同意が得られず採択見送りとなった。」と書き、さらに「決議見送りは価値観を重視する菅政権の外交に水をさし、弾圧者である中国共産党政権を勢いづける決定的に誤った判断である。自民党総裁である菅首相には自公執行部に説いて媚中にみえる姿勢を改めさせる責任がある。」と書いている。

(3)6月23日には、「二階氏サイン側近が制止」という標題で、決議が見送られた舞台裏事情を報じている。それによると、14日午後に下村政調会長が自民党としての正式な了承を得るべく二階幹事長を訪ねた。決議案の内容の説明を受けて、二階幹事長は納得した様子で署名しかけた時に、同席した側近が待ったをかけた。「自民党が決議案を了承すれば、党内手続きが進んでいない公明の孤立が浮き彫りになり、都議選に向けて自公連携に影響を与える」と二階幹事長を制止したのだという。

 中国に対する非難決議見送りにみられる「政治の機能不全」について整理しておきたい。

(1)日本が相変わらず「NATO(No Action Talk Only)外交の国」であることを内外に示した。

(2)決議を葬ったのは野党ではなく与党だった。しかも与党の幹部だった。

(3)国益よりも選挙を優先した判断だった。そこにあるのは政局優先で戦略を考えない与党幹部の姿である。

(4)そもそも中国に対する非難決議であるにも拘らず、幻となった決議案には「新疆ウィグル、チベット」が明記されている一方で、「中国」の文字は皆無であったという。それが事実とすれば腰砕けという他ない。

(5)自公連立が国益を掲げる政策を打ち出す上で障害となっていることが明らかとなった。連立を維持するために国益を損ない、国際社会における信頼を落としているとしたら目的と手段を取り違えているだけでなく、国民に対する背信行為でさえある。そのような連立はさっさと解消し、自民党も公明党も解体した上で、真に国の未来を憂う志をもった政治家で真の保守政党を作ってもらいたいものだ。

 ここで日本と対称的な行動をとったEUの行動を紹介しておきたい。

 EUは3月22日に新疆ウィグル自治区の人権侵害に関し中国に対して制裁を発動した。EUによる対中制裁は1989年の天安門事件を受けて発動した武器輸出禁止以来である。ウィグル自治区の4人の幹部に対して、EUへの渡航禁止や資源凍結を科した。ちなみに米国は昨年に同様の制裁を発動している。

 これを受けて中国は即日の内に、「粗暴な内政干渉だ」と反発して、対抗措置としてEU当局者ら10人と4団体に政策を科すと発表した。

 中国が報復措置をとったことに反発したEUは、EUと中国が大筋で合意した投資協定の批准に向けた審議を停止する決議を5月20日に賛成多数で可決した。EUと中国は7年越しの協議を経て昨年12月に包括的投資協定を締結することで大筋合意していたのだが、中国の報復措置によって批准の目途が立たなくなった。

 これぞ外交というものではないだろうか。外交とは国益を賭けた真剣勝負のゲームである筈だ。日本はいつまでNATO外交を続けるつもりだろうか。

 6月24日には香港の蘋果日報が香港当局に資産を凍結されたため休刊に追い込まれるという事件が起きている。今後欧米は、来年の冬季北京オリンピックのボイコットを含めて、中国に対する攻勢を一段と強めてゆくことが予測される。G7メンバーであり、東京オリンピック主催国であり、しかも中国と隣接する日本の言動が世界から注目される展開となるだろう。

 中国に対するおもねりは政治家だけではない。NATOは政治だけの問題ではなく、大手メディアも同じだ。政治家が国益に反する行動をとった場合には、政治にも中国にもおもねることなく、国益視点から国民の声を代弁する報道と論説、提言を発してもらいたいものだ。

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