忖度思考と決別し戦略思考を取り戻す

東京オリンピック後の世界

 安全保障も憲法改正も原発も、政府は国民の忌避に忖度して思考停止状態にある。有事が起きて世論が変化するまで待っているようにさえ思える。一方アメリカはバイデン大統領政権が誕生した後も手を緩めることなく、中国に対し容赦ない圧力を次々に加えている。

 平和の祭典である東京オリンピックが終了すれば、パンデミックを起こした中国の責任追及、人権弾圧に対する制裁、来年の北京オリンピックボイコット等、中国に対する米欧の圧力が強まることは疑う余地もない。台湾を巡って米中が衝突する有事が起こる蓋然性が高まっている。

 元空将補である横山恭三は「米中覇権争いはこれまでのところ、経済分野において、貿易戦争、5G戦争、半導体戦争として繰り広げられてきた。」と前置きして、「米国の証券市場から調達した資金が中国軍の能力向上に使用されることを阻止するために、米国は証券市場から中国企業を締め出そうとしている。」と分析記事をJBPressに書いている。(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66214

 「Daily/407」に書いたように、近年サイバー、バイオ、宇宙分野において他国の重要インフラに対する攻撃が常態化しつつある。20世紀までの戦争とは明らかに形態の異なる戦争が進行している。現代は実弾を打たない準有事というべき事態にあるにも拘わらず、我が国では政治家はダチョウの平和、思考停止状態に留まっている。

 それが如何なる形態をとるにせよ、米中衝突という有事が起これば、日本は立ち往生することになるだろう。何故なら、地政学的理由だけでなくあらゆる意味において、日本は日米欧対中国の対立の最前線に位置しているからだ。

 札幌医大名誉教授で、医学物理、核放射線防護の専門家である高田純は、著書「脱原発は中共の罠」の中で、中国の軍部が暴走して東京に核ミサイルを撃ち込む事態を想定したシミュレーションを紹介している。

 またそれと呼応するかのように、7月21日の産経新聞には、「中国の対日核威嚇に警戒を」と題して古森義久がコラムを書いている。要点は次のとおりである。

・中国の軍事研究集団が「日本が台湾有事に軍事介入すれば、中国はただちに核攻撃を日本に加えるべきだ。」と新戦略を打ち出した。

・中国の民間の軍事研究チャネル「六軍韜略」が「核攻撃での日本平定」と題する動画を一般向けのサイトに載せ、「もし日本が台湾での有事に少しでも軍事介入すれば、中国はただちに日本に核攻撃を仕掛け、日本が無条件降伏するまで核攻撃を続ける。」というメッセージを公開した。

・中国の対外戦略の専門家ロバート・サター氏は、「中国の日本への核攻撃は米国との全面的な核戦争を意味するから、この動画のように簡単に動けるはずはないが、日本としては中国のこうした傾向は十二分に懸念すべきだ。」と述べた。

・中国の軍事動向に詳しいトシ・ヨシハラ氏は、「中国政府は明らかにこの種の対外憎悪の民族感情を煽っている。特に日本への敵意や憎悪は政策形成層にも強い。その間違った世界観が中国政府に実際の戦略を大きく錯誤させる危険を日米同盟は認識すべきだ。」と警告した。

 中国のこの動きをどう受け止めるべきだろうか。第一に明白なことは、台湾有事を巡って現在日米vs中国の間で「戦略ゲーム」が進行していることであり、中国が今回恫喝カードを放ったということだ。もう一つは、台湾を巡る日米の連携が強化されていて、中国が困惑しているということだ。ここで重要なことは、恫喝にひるめば相手の思うつぼであり、必要な対策を講じた上で、ひるまずにゲームを続けることである。

 戦後日本で少なくとも二つの有事事態が起きた。一つは2011年の3.11であり、他一つは現在も進行中のコロナパンデミックである。3.11でもパンデミックでも、日本は有事が起きてから、「平時に取り得る手段」を逐次的に積み上げてきた。

 7月21日に次期エネルギー基本計画の素案が公開されたが、相変わらず原発再稼働・再開発は封印されたままだ。近年、地球温暖化対策が優先課題となり、欧州は3.11以降とってきた原発停止の方針を転換している。また日本政府は2050年までに炭酸ガスを実質ゼロにする方針を発表している。原発を巧く活用することなしに実現する目途が立っていないにもかかわらず、原発は必要だと政治家は何故国民に訴えないのだろうか。ここでも忖度思考が働いていると言わざるを得ない。

忖度思考

 昨年11月24日に中国の王毅外相が来日した折に、茂木外務大臣との間で会談が行われた。尖閣諸島周辺海域における中国公船の振る舞いに関する二人の発言について、軍事学者の北村淳と、元陸将補の森清勇がJBPressに記事を書いている。

・北村淳、「王毅外相に何も言い返せない茂木外相の体たらく:中国の一方的主張に大人の対応では尖閣を失う」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63096

・森清勇、「尖閣諸島に了解侵犯する中国船がヤバい事態に:本土では中国資本が不気味に買い漁る土地・山林」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65289

 何れも、外交の場においては、真剣勝負のゲームを挑まなければならないのであって、相手に忖度すれば国益を損ねるという指摘である。誠にそのとおりだ。

 「Daily/434」では中国に対する非難決議について、与党政治家がとった行動について書いた。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、忖度思考では始めからベストオプションを除外してしまいかねない。何故なら「次の選挙に影響を与える、中国から睨まれたくない」という制約条件が先に立つ結果、何を最大化すべきなのかという目的設定を誤るからだ。目的は常に国益を最大化することであり、国益追求のために毅然とした行動をとることこそが国民の支持を強固なものとする。選挙は結果であって、断じて目的とはならない。

 そもそも忖度するというのは、軋轢を避けようとする商人のマインドであって、日露戦争までは確かにあった武士のスピリットとは全く相いれないものだ。政治家はいつから「事なかれ主義」の集団となったのだろうか。

戦略思考を取り戻す

 台湾有事を前にして、忖度思考を戦略思考に転換しなければ国益を守れなくなる恐れがある。戦略思考を取り戻すためには、まず思考がぶれないためのプリンシプルを明確にする必要がある。国家でも企業でも個人でも、激動の時代を生き延び、未来に向けて進化を遂げてゆくためのプリンシプル(以下、「進化のプリンシプル」と呼ぶ)は次のとおりだ。

・選択肢は楽な道と困難な道の二つがある。

・困難な道を行けば障害が立ち塞がる。それが制度に関わる障害ならば、時代遅れの部分を修正し、それが技術的課題なら課題を解決する新しいテクノロジーを開発する。

・何れにしても困難を乗り越えるイノベーションの結果として進化が生まれる。

・輝かしい未来は常に困難な道の先にある。

 「World/428」に「日本近代史の総括と教訓」について書いた。明治維新から日露戦争までの期間は、欧米による植民地化と産業革命の時代と重なっており、日本にとっては戊辰戦争、西南の役、日清戦争、日露戦争と続いた戦争の時代だった。幸いにも国家の指導者層に武士のスピリットが継承されていて、国内及び国際社会において戦略的に発想し行動したことによって日露戦争の勝利がもたらされたのだった。

 それと対照的に戦後は、安全保障をアメリカに委ねたが故に、「自らの国は自らの力で守る」という独立国家には当たり前の命題から解放された結果、ダチョウの平和国家となった。単純に言えばそういうことだったのだろう。

 日本の近代史には甚大な犠牲のもとに蓄積された多くの教訓がある。それに照合して考えれば、「進化のプリンシプル」を理解していない政党や企業は社会の変化に取り残され、やがて衰亡の道を辿るだろう。

 日本の近代史を、その時代を背負った指導者層がとった思考法で分類してみると次のように俯瞰することができる。まず明治維新から日露戦争までは「戦略思考」に立って諸外国と互角に渡り合った時代だった。次に日露戦争から太平洋戦争までは、世界情勢を客観的に理解する視点を失って「唯我独尊の思考」に陥った時代だった。そして敗戦から現在に至る期間は、「忖度思考」が定着した時代だったと。

 現在NATO外交(Daily/371)と揶揄される原因も忖度思考にある。明治維新から日露戦争までを強かに生き抜いたときの日本人が持っていた思考法と資質を取り戻す必要がある。

 ここで、「戦略思考」の要件を整理しておこう。

第一は、国家にとって目的は常に「国益を最大化する」ことだと肝に銘じることだ。

第二は、目的と結果を区別することだ。地球温暖化など地球規模の課題対処でも、目的は国益の最大化であり、課題の解決、世界への貢献は結果と捉えるべきだ。

第三は、「何ができるか」ではなく「何をすべきか」を考えることだ。その上で、「ベストを尽くして天命を待つ」を不言実行することだ。但し、ベストとはできる範囲のベストではなく、あらゆる手段を尽くすという意味でのベストである。

第四は、守るのではなく攻めること、待つのではなく仕掛けることだ。思考停止状態の案件は、世論の盛り上がりを待つのではなく、国益追求の政策を次々に実行する結果として実現すべきだ。

第五は、大きな戦略ゲームに挑むという自覚を持つことだ。ゲームと捉えて最強の手段を編み出すことが重要だ。一切の制約条件を外して白紙で発想し、目的思考で考え抜くことだ。太平洋戦争で日本がチャーチルとルーズベルトによって戦争に追い詰められていった米英の画策を教訓とすべきだ。さらに、日露戦争では日英同盟を実現させ、明石大佐をロシアの裏庭に送り込んで共産主義革命を画策した行動を思い出すべきだ。

第六は、ゲームと捉えた上で、相手の弱点を突くカードを切ることだ。

第七は、日露戦争と太平洋戦争で日本が実際に経験したように、ゲームの構図を作る側に陣取ることだ。相手を孤立させ、自分は他のプレイヤーと強いネットワークを形成するというように。

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