生物進化から託された「現役」というバトン
地球に最初の生命が誕生したのは35~38億年前のことである。それから進化を重ねて約2億年前に哺乳類が登場した。約700万年前には人類の祖先が、約20万年前には現代人の祖先であるホモ・サピエンスがアフリカに出現した。そして約7万年前に我々の祖先集団はアフリカを出て数万年をかけて世界に拡散した(グレート・ジャーニー)。こうして現代人の歴史が始まった。
日本人の祖先集団が日本列島に辿り着いたのは約4万年前のことである。そこから2,000世代(20年/世代を仮定)を超える世代交代が繰り返されて現代に到達した。地球を舞台として繰り広げられたこの生物進化の壮大な物語を俯瞰すると、現代が進化の最前線であり、現在を生きている動植物の全てが進化の「現役」なのだという事実に思い至る。
医学が目覚ましい進歩を遂げて寿命が延び、人生百年時代が到来した。しかし物心ついてから老化が進むまでの期間を「現役」と考えれば、我々に与えられた持ち時間は長くても70年程である。しかもその持ち時間は日々容赦なくカウントダウンしている。
現代社会には様々な喧噪があり、現代人はそれに忙殺されて毎日を生きている。もう少し正確に描写すれば、時間軸に綴られた生物進化の物語の存在を忘れて、空間軸の世界に閉じこもるようにせわしなく生きている。ここで生物が綴ってきた悠久の物語に眼を向けてみれば、現代に至るまでに壮絶な絶滅と自然淘汰、無数の生死の物語が繰り広げられて、次々に「現役」が交替して、今我々に「現役」のバトンが託されたのだという真相を知ることになる。
昼のひと時に公園のベンチに座って、虫や鳥の鳴き声に耳を傾けながら荘大な生物の物語に思いを巡らせてみて欲しい。次に晴れた夜に同じベンチに座って満天の星が輝く宇宙を眺めて、無限に広がる宇宙に想いを巡らせてみて欲しい。その上で想像力を逞しく働かせて欲しい。例えば次のようにだ。
(1)漆黒の宇宙にポツンと浮かぶ地球がある。宇宙船地球号は超高速で宇宙空間を飛翔している。
(2)その地球を舞台として、壮絶な生物進化の物語が30数億年にわたって繰り広げられた。
(3)その物語のライブステージが現代であり、「現役」の俳優の一人として今自分の人生がある。
人生には恐らくこの荘厳な事実に勝る感動はないだろう。
人生は思考法次第
人生は一度きりであり「現役」に与えられた時間は余りにも短い。そう認識できるなら、誰にも遠慮することなく精一杯思い切った生き方をすればいいのだが、それはなかなか容易ではない。何故なら自分自身を自覚するようになった頃を回顧してみればいい。
第一に、人は誰もが多くのしがらみに囲まれて生まれてくる。時代や国は無論のこと、地域も家庭も健康状態すらも全てが与えられたものであって、何一つ自分で選んだものはない。これが人生の境界条件である。
第二に、人は生きてゆく上で必要な知識も経験も、何も持たずに生まれてくる。そしてやがて成人する頃には、さあ進路を選択して海に漕ぎ出せと、生まれ育った環境から追い出される時がやってくる。ここが人生の出発点である。ここから先一体どのように考えればいいのだろうか。
このように白紙で生まれてくることの裏返しとして、人生には大きな多様性が用意されている。但し選択を一つするたびに一つずつ進路が確定してゆき、一歩進めばその先にまた次の多様性が広がってゆく。それ故に様々な事件や課題に直面する時に、それをどう捉えどう考えどう選択するかが極めて重要となる。
多様性を平たく言えば「思考次第で人生はどのようにも変わる」ということなのだが、その肝心の思考について教えてくれる人は誰もない。私が提唱するVWSGサイクルは、人生を逞しく生きてゆくために役立つ思考法として体系化したものである。
VWSGサイクル
VWSGサイクルを通して説明しよう。始めに人生をどう生きるか、その結果何を手にするのかは思考法によって決まると言っても過言ではない。そして成功をもたらす思考には法則がある。
思考法を体得するには、技法(テクニック)の前に作法(マナー)を身に着ける必要がある。作法とは、茶道、華道、書道、武道、・・・というように、「道」が付く修行に不可欠な、最初に身に着けるべき「型」である。
そんな難しいことは言わずに、目の前にある道を一歩一歩と歩いてゆくのもいいだろう。その場合、特段の思考法は必要ではない。何が起きようとも物事に動ずることなく悠然と歩いてゆくことができれば、それはそれで立派なことだからだ。
一方、大きな目標を立てて挑戦する道を選ぶとしたら、「コツコツ・アプローチ」では目標に到達できない可能性が高い。何故なら目標が大きいほど課題は多くなり難易度は高くなるからだ。それを乗り越えるためには飛躍した発想とアプローチが必要となる。
図にVWSGサイクルを図解して示す。このサイクルは人生、ビジネス、外交に共通の思考法もしくは処世法を描いたものであり、以下に要点を整理する。
VWSGサイクルの第一ステップは<ヴィジョン(V)>から始まる。
①最初にやるべきことは、将来実現したい姿(ヴィジョン)を大胆に描くことだ
②ここで大事なことは、「それは無理だ」というネガティブな邪念を全て排除することだ
③一方で、もし努力を重ねれば実現できる将来像であるならば、必ずしもヴィジョンは必要ではなく、「コツコツ・アアプローチ」で行動すればいい
第二のステップは<意思(W)>である。
①意思あるところに道は必ず拓けるという信念をもつことが肝要だ
②次に状況がどう変化しようとも、揺るがない意思を持つことだ
第三のステップは、<戦略(S)>である。
①ヴィジョンが大きい程、乗り越えなければならない課題は困難になる
②課題に直面したら出来ない理由を挙げて撤退するか、乗り越える方法を発見して挑戦するか、道は常に二つある
③大事なことは成功は困難の先にあると信じて、迷うことなく困難な道を選ぶことだ
④但し課題を乗り越えるためには、ブレイクスルーの発想とそれに基づく戦略が必要だ
そして第四のステップは<ゲーム(G)>である。
①ビジネスも政治も、そして人生もすべからくゲームなのだと達観することだ
②視野を高いところにおいて全体像を俯瞰し、自分を客観視して最善の一手を考える
③人生は一度きりだと腹を括って、真剣勝負のゲームを挑む
ゲームはヴィジョンから始まる
喩え話として、港からヨットに乗って海に出ることを考えよう。水や食料など航海に必要なものを積み込んで、さあ船出だ。ここでハタと直面する問いがある。一体どこを目指すのか、そこに行って何をするのかだ。
人生の航海にはヴィジョンが必要である。与えられた持ち時間は有限であり、しかも誕生と同時にカウントダウンを続けている。「現役」として命が与えられている間に一体何を実現したいのか、または極めたいのか、将来像を描かない限り人生の航海を始めることは出来ない。ヴィジョンを掲げて勇気をもって進むことだ。
意思、アインシュタインの名言
簡単に諦めてしまう人に大きなヴィジョンを実現することは出来ない。大きな目標をもって諦めずに挑戦した人々の代表例はオリンピック選手だろう。メダルを目指して戦った人達の顔を見ればいい。そこには最後まで諦めなかった清々しい顔がある。
では成功する人に共通している資質は何だろうか?その答えは「成功するまで諦めない」である。かのアルバート・アインシュタインは次の名言を残している。
・失敗とは道半ばの成功である(Failure is success in progress.)
・取り組みを止めない限り失敗はない(You never fail until you stop trying.)
・人類が直面している重大な問題は、それを生み出した時のレベルの思考で解くことは出来ない。人類にとって最も重要な課題は新しい思考を発見することである。(The significant problems we have cannot be solved at the same level of thinking with which we created them. The most important task for humanity is to discover new ways of thinking.)
アインシュタインの言葉は処世訓そのものである。さまざまな課題に直面した時に、課題とどう向き合うかによってその先の人生は大きく変わる。大事なことは「逃げない、ブレない、たじろがない」意思である。
戦略とブレイクスルー発想
戦略とは大きなヴィジョンを達成するためのシナリオ、不可能を可能に換える方策と手順のパッケージである。
人類の歴史はイノベーションの歴史である。紀元前の農耕革命、石器や土器の発明以降、人類は新しい技術を相次いで発見し、新しいモノやシステムを次々に発明してきた。ノーベル賞を持ち出すまでもなく、人類社会の進化がイノベーションによってもたらされたことは明らかだ。ここで注目すべきは、イノベーションの大半が過去の経験や常識に囚われない柔軟な発想から生み出されたことだ。
一般に人が行動する動機は三つある。やりたいこと、できること、やるべきことの三つだ。英語で言えば、Would、Could、Shouldである。この内やりたいことをやるのであれば戦略は不要である。またできることをコツコツと積み重ねることは戦略とは言わない。
戦略的なアプローチが必要となるのは「やるべきこと」に挑戦する場合である。どうすればそれを実現できるかを目的思考で考える。初めに到達点を明確にして、そこに辿り着くルートと手段を現在位置から仰ぎ見るのではなく、到達点から振り返るように考えることが重要だ。何故なら現在位置から考えればできることを積み上げるアプローチを選ぶことになり、到達点から考えれば経験や知識を超えたブレイクスルー発想を促すことになるからだ。
ブレイクスルー発想とは例えば次のようなものだ。地球上のどこか未知の土地に行くことを考える。目的地に到達する方法は幾つもあるだろう。歩いてゆく、自動車を使う、ヘリをチャーターして飛ぶ、或いは地理や土地の事情に明るい人物に代わりに行ってもらう・・・。方法は幾らでもあるのだが、自由奔放な発想ほど「そんなことは無理だ」という理由から、暗黙のうちに排除されてしまう可能性が高い。
ブレイクスルー発想がなければ大半のイノベーションは生まれなかったことを肝に銘じるべきだ。イノベーションとは生物の進化に匹敵する人類が成し遂げた革命に他ならない。
ゲーム
単純化して言えば、人生には常に選択肢が二つある。楽な道と、困難な道の二つである。一般に「できること」を選択すれば楽な道に通じ、「やるべきこと」を選択すれば困難な道に通じる。後者の場合困難を乗り越える心構えが必要になる。それは次のようなものだ。
(1)人生というドラマの主役は自分であることを肝に銘じる
(2)人生とは目の前に次々に現れる課題を解決してゆくゲームである
どんな課題でも必ず解決できるという信念を持ってゲームに挑み、楽しみながら謎解きをする心構えで行動すれば、ヴィジョンは一つずつ引き寄せられてゆくことだろう。
「引き寄せの法則」というのは、真剣に謎解きゲームに挑んでいれば、やがて機が熟した時に向こうから謎を解くためのヒントがやってくることを言う。脳は解けていない謎があると、睡眠中を含めて記憶された情報の中から関連情報を引っ張り出して関係づける作業を繰り返していると言われる。即ち「引き寄せの法則」とは、寝ている間も謎解きに挑んでいる脳の働きの賜物なのだ。
外交もビジネスもゲームであると捉えて臨むことが賢明である。概して日本人は正直すぎるというか、性善説に立って思考するために、ゲームを挑むことが苦手な民族である。むしろ性悪説に立って、最悪の展開を想定した準備を整えてゲームに臨むくらいがちょうどよい。
ズバリ言えば、相手が嫌がるカードを用意してゲームに臨む非情さというか、ゲームを楽しむ余裕が必要だ。このことは将棋や囲碁を考えれば明らかだ。棋士は自分が優勢になって、相手を投了に追い詰めてゆく最強の一手を常に考えている。将棋や囲碁は典型的なゲームである。外交もビジネスも人生もこれと変わらない。