「奇跡の物語」を起こしているもの

宇宙を支配する法則

 宇宙は138億年かけて現在の姿になった。ビッグバンという宇宙の特異点と、原子の内部の振る舞いを除外して考えれば、宇宙は基本的に重力の法則と熱力学の法則に従って変化してきたといっていい。

 熱力学とは「熱や物質の移動やそれに伴う力学的な仕事について巨視的に扱う物理学」である。身近な例として蒸気機関車について説明すると、蒸気機関車は石炭を燃やして熱を発生し、水を沸騰させて水蒸気を作り、水蒸気がピストンを回して動力を生み出している。つまり、熱は仕事を行うためのエネルギーであることが分かる。

 熱力学の第一法則は『エネルギー保存則』として知られ、エネルギーの総和は変化しないというものである。そして第二法則は『エントロピー増大の法則』として知られ、「熱は温度の高い方から低い方へ流れてゆく」というものであり、これを「エントロピーは増大する」と表現している。

 平たく言えば、温度が低くなるほど分子の活動は鈍くなり、その結果分子の状態は秩序を失い乱雑度を増すということだ。そもそも温度とは物質内部の分子の運動の激しさを表す物理量である。

エントロピー増大と秩序化

 宇宙はその始まりから徐々に乱雑さが増大する方向に進化してきた。余談だが、宇宙はエントロピーが増大する方向にしか変化しないことが「時間は過去から未来へ一方向にしか流れない」ことを位置づけているという。

 宇宙には恒星が無数にあるが、太陽のような恒星は内部の核融合反応によって灼熱に輝いている。そして原料の水素を使い果たすと膨張して赤色巨星となり、やがてエネルギーを使い果たして恒星の残骸である白色矮星になって寿命を終える。ちなみに太陽が赤色巨星になるのは今から約76億年後と言われ、そのとき地球は巨大化する太陽に飲み込まれて消滅するという。

 生物はエントロピー増大の法則に抵抗している宇宙で唯一の存在である。我々が生きているということは、身体の各器官がそれぞれの機能を正常に果たしている状態、一言で言えば身体が秩序ある状態に維持されていることに他ならない。

 人間社会には、秩序化とエントロピー増大という二つの作用が混在している。常にエネルギーを注ぎ込んで秩序を維持しようとしない限り、社会の乱雑さは容赦なく増加してゆく。定期的に整理整頓と掃除をしなければ家の中はやがてゴミと埃だらけになってしまうことと同じである。整理整頓することが秩序化であり、ちらかるのはエントロピーが増大した状態である。

局所的なエネルギー

 では自然界で秩序化をもたらす力は何だろうか。地殻変動や地震、火山の噴火、台風等の自然界のエネルギーは、国土に大きな被害をもたらす一方で、自然環境が秩序を維持する上で必要なエネルギーを提供しているとも言える。

 日本に四季があるのは地球の公転運動のお陰であり、昼夜が存在するのは自転運動のお陰である。地球が公転と自転をしながら、太陽からのエネルギーが注ぎ込まれていることが、四季や昼夜という秩序を維持しているメカニズムである。

 また陸地と海洋、大気というふうに地球環境が区分されていることが、生物に活動できる環境を与えている。陸地には火山活動があり、海洋には潮流があり、大気には気流があって常にエネルギーが供給されている。

 太陽エネルギーに加えて、地球の公転・自転という運動エネルギーと地球内部から熱エネルギーが供給されていることが地球の秩序を維持しているのだ。

生物の誕生

 では、生物はどのようにして誕生したのだろうか。生物起源については諸説ある。熱い初期の地球環境の中で、長い時間をかけて無機物から有機物が自然に作られて、さらに有機物どうしが反応して生命が誕生したという『化学進化説』を始め、最初の生命は宇宙からやってきたという説、深海熱水孔や地下の生物圏で発生した説などである。

 宇宙由来説を除くその他の仮説の何れもが、初期の地球環境において有機物がスープ状態に溶けた中から生物の原型が偶然生まれたと考えている。より単純な物質から複雑な化合物が合成されるという過程は、エントロピー増大の法則に逆らうプロセスである。素材となった無機物に地熱や太陽光などのエネルギーが供給されて、高度な化合物を合成させた(秩序化)ことになる。

 もう一つ生物には不思議な秩序がある。それは、現在地球上に存在する全ての生物が共通の遺伝の仕組みを持っていることだ。遺伝情報物質はDNA(デキシオリボ核酸)、遺伝情報の転写と翻訳を司る物質はRNA(リボ核酸)と呼ばれる。初期の地球には多様な有機分子が存在していたと考えられるが、自己複製を可能とするメカニズムを備えた「核酸」という複雑な有機化合物が安定的に合成されるようになった謎は未だ解明されていない。

 また生物は進化の方向に一直線に進んできたわけではない。遺伝は進化も退化もある試行錯誤のプロセスであり、環境の変化に適合するように変化したDNAだけが生き延びてきたのだ。そして生き残ったDNAをもとに次の試行錯誤が起こり、それが繰り返されるというプロセスによって、全体として生物は進化してきたのである。

 生物の進化を振り返れば、初期の原始的生命体からサピエンスが誕生するまでの38億年の全体像は、多様性の拡大と高等生物への進化だったと俯瞰できるだろう。そしてその進化をもたらしたのは地球環境が提供した様々な熱エネルギーだったのだ。

人間社会の秩序

 社会も国家も国際社会も、秩序が維持されているが故に存続してきた。人間社会に局所的なエネルギーを供給しているのは人間が行う仕事である。また近代においては、新たなテクノロジーの登場が人間社会の進化を促進してきた。

 テクノロジーの進歩には停滞も終わりもない。従って、社会も国家も国際社会も、何れのシステムも未だ発展途上にあるといっていい。

 今後人間社会が維持発展してゆくためには、秩序を維持することを必須条件として、その上で最新のテクノロジーを道具として活用し、社会や国家、国際社会のシステムのイノベーションを推進してゆく必要がある。地球環境が提供するエネルギーを利用している生物の進化と異なり、人間社会の秩序は人間の仕事によってしか維持させることができないのだ。

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