World/358で、「現在は、地政学上の理由から、日本にとって戦後最大の危機である」と述べた。近年アメリカが衰退しつつあるのと同時に、中国による覇権追求の動きがむき出しとなり、台湾有事の蓋然性が高まっているからである。
Daily/371で、「日本は憲法の制約を理由として世界の安全保障に積極的に関与せず、「ダチョウの平和」国家に甘んじてNATO(No Action Talk Only)と揶揄される外交を展開してきた。戦後最大の危機に直面している現在、NATO外交を打破しなければ日本の発展はない」ことを述べた。
戦後75年が過ぎてコロナ渦にある現在、戦争の形態が大きく様変わりしつつある。最近になって武器を使わない戦争の時代が始まったことを連想させる事件が相次いでいる。
5月7日にロシアのハッカー集団「ダークサイド」がアメリカ最大級の石油供給網を運営するコロニアルパイプラインに対しサイバー攻撃を行った。ランサムウェア(Ransomware、ランサムは身代金の意味)による攻撃で、パイプラインは身代金500万ドルを支払ったという。
5月14日には東芝テックの欧州子会社がダークサイドからランサムウェアによるサイバー攻撃を受ける事件が発覚した。セキュリティ企業のクラウドストライクの調査レポートによれば、直近1年で日本企業の52%がランサムウェア攻撃を経験し、32%が平均で約1.2億円の身代金を支払ったという。
バイデン大統領は、5月13日に「ハッカーの活動を妨害する措置を進める」との声明を出した。そしてダークサイドは、5月14日に「正体不明の司法当局によって情報インフラが遮断され、活動を停止した。」ことを明らかにした。
一方、北朝鮮がサイバー攻撃で稼いだ利益は1年間で昨年の中国との貿易総額の約2倍の10億ドルに上るという。北朝鮮と思われるサイバー攻撃は2014年頃から顕著になり、2017年にはランサムウェアの一種であるワナクライ(WannaCry、泣きたくなるという意味)を約150か国にばら撒いて金銭を要求した。(産経5月11日記事)
これらの事件がまず物語ることは、金銭を奪うサイバー攻撃が日常化しビジネス化している事実である。さらに重要なことは、ひとたび攻撃対象が国家の重要インフラとなれば、それは戦争行為であり宣戦布告となるということだ。ダークサイドによるパイプライン攻撃は、企業とはいえ社会インフラに対する攻撃であって、サイバー攻撃が犯罪から戦争領域に一歩近づいたことを意味している。
20世紀までの戦争は主として国と国との間で行われた。それに対して2001年に起きた同時多発テロは、テロ集団が国家相手に起こした事件である。攻撃を受けてブッシュ大統領は、「対テロ戦争WOT(War on Terrorism)」を宣言してテロリスト集団アルカイダ相手に戦争を敢行した。これは戦争の形態が変化した転換点だった。
では航空機をハイジャックして世界貿易ビルに突入したテロ攻撃と、サイバー攻撃による社会インフラ攻撃とでは、何が違うのだろうか。ダークサイドは「目的は金で、社会問題を起こすことではない」と弁明しているが、攻撃対象が社会インフラに及び市民生活に重大な被害が発生すれば、それは戦争行為と認定されてもおかしくない。
5月12日には、イラン政府はナタンズにあるウラン濃縮施設がイスラエルによるテロ行為によって攻撃を受けたことを発表し、報復と核開発強化を宣言した。サイバー攻撃は、2015年の核合意(米英仏独露中6か国)で禁じられているウラン濃縮用の改良型遠心分離機を、ナタンズの核施設で開始したとイランが5月10日に発表したことを踏まえたタイミングで行われた。
イスラエルは2010年にもナタンズにある核燃料施設のウラン濃縮用遠心分離機を標的としたサイバー攻撃を行っている。スタックスネット(Stuxnet)と呼ばれるマルウェア攻撃により、約8400台の遠心分離機の内約1000台が稼働不能となった。
今回バイデン政権はダークサイドに対しサイバー攻撃によって報復を行ったが、もし国家に対する戦争行為と断定すれば、アルカイダに対して行ったように、攻撃集団が入るビルを特定してミサイル攻撃を行う等、従来型の戦争に発展する可能性もあるのではないだろうか。
ダークサイドは民間のハッカー集団と言われているが、もし政府機関が意思をもってサイバー攻撃を行う場合には、もっと重大な被害をもたらすことになることは間違いない。しかもそのハードルは、従来型の戦争を起こすことよりも遥かに低くなっているのではないだろうか。
イスラエルがイランの核開発を絶対に容認しない意思を持っているとすれば、今後イランが核兵器開発を本格化させれば、サイバー攻撃に留まらず核施設を空爆する可能性が高まるだろう。サイバー攻撃は強力かつ有効な戦争の手段の一つになったのである。
以上サイバー攻撃について述べてきたが、もう一つ忘れてならないのはバイオテロである。昨年来、世界中がコロナウィルスによるパンデミックで歴史的な被害を被っている。この事件をバイオテロの視点からきちんと検証する必要がある。
重要なことが二つある。第一は、今回のパンデミックが自然発生であれ人為的なものであれ、ウィルスを兵器として使用する上で十分なデータが蓄積されたということだ。第二は、現代はウィルスをバイオテクノロジーで比較的容易に合成できる時代となったことである。バイオテロもまた、簡単に起こすことができることが立証されてしまったと考えるべきだ。
中国による台湾有事の蓋然性が高まっているが、こう考えると、台湾海峡を挟んでミサイルを撃ち合うという、従来型の戦争が行われるとは限らない。当然サイバー攻撃やバイオ攻撃などを併用することを想定しておく必要がある。
映画は未来を予測すると言われるが、2007年に劇場公開されたダイハード4.0はサイバーテロの時代を見事に描いていた。
2001年の対テロ戦争が戦争の形態が変化した転換点だったと述べた。米国は9.11を受けて、2002年11月に国土安全保障省を新設し、重要インフラ防護(Critical Infrastructure Protection)の概念を2003年12月に改訂した。それから20年弱の歳月が流れて、国や社会の重要インフラに対する防護が現実のものとなった。サイバーテロが日常化しエスカレートし、バイオテロのハードルが低くなった現在、武器を使わない戦争の時代が本格的に始まったと言わざるを得ない。
米ソ冷戦の時代、両国はお互いに手の内を共有することによって核戦争の勃発を抑止しようとした。しかし、その概念は中国には通用せず、さらにサイバー攻撃の場合には、攻撃者が分かり難いだけでなく、アクターが拡散しているために抑止の仕組みが作られていないのだ。
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