戦後最大の危機

 戦後75年、日本は今歴史上の大転換点に立っている。それは明治維新、敗戦に匹敵する大きな転換点である。その理由は複数あり、それらがあたかも惑星直列となるように同時に進行中である。アメリカ、中国、北朝鮮、イギリスの動向から読み解く。

アメリカの衰退

 第一はアメリカの変質である。世界の覇権は、二つの世界大戦を経てイギリスからアメリカに移行した。世界最大の経済力と軍事力、基軸通貨ドルを併せ持つアメリカは、冷戦後唯一の超大国として君臨してきたが、しかし戦後75年の歳月が流れ、内部から衰退が進行しつつある。

 衰退が決定的となったのが2020年の大統領選挙である。組織ぐるみの不正選挙によって、民主党はトランプ再選を実力で阻止した。大統領選挙は終わりバイデン新大統領が誕生したが、アメリカには深刻な分裂と巨大な混沌が残った。「岐路に立つ日本」でも書いたように、アメリカが世界に誇ってきた民主主義のレガシーは相当ダメージを受けた。これからバイデン政権が打ち出す政策と行動にもよるが、大統領選がもたらした分裂と混沌はアメリカの衰退を加速してゆくだろう。

 それにしてもトランプ前大統領に対する批判と嫌悪は相当根強いものがある。ボブ・ウッドワードが書いた、「FEAR、恐怖の男、トランプ政権の真実」、「RAGE、怒り、我々は勝つ!」には、「トランプは大統領に相応しくない人物だ」というメッセージが繰り返し登場する。特に、レックス・ティラーソン国務長官やジェームス・マティス国防長官らが相次いで辞任した舞台裏の記述に共通していることは、優秀な参謀が狂人の親分に見切りをつけて辞任していったという物語だ。

 一方、ダグ・ウィードが書いた「Inside Trump’s White House、トランプの真実」を読むと、トランプが型破りのリーダであって、それ以前の大統領が4年かけても解決できなかった課題を短期間で次々に解決ないし打開していった実績が書かれている。歴代の大統領とトランプが決定的に異なるのは、トランプが従来の手続きを踏まずに、ずばりと課題の本質に手を突っ込む政治手法を貫いた点である。その典型的な事例が、NATO諸国にGDPの2%の拠出金を要求したものであり、短期間で400億ドルの資金を調達している。

 二人の書き手の何れが真実かは分からない。恐らく何れも真実の一側面なのだろうが、トランプという人物が型破りのイノベータであることは間違いない。だからこそ、習近平、金正恩を相手にゲームの主導権を握ることができたのだ。バイデン大統領にその強いリーダーシップを期待することはできない。

「韜光養晦」の衣を捨ててモンスターの姿を現した中国

 古森義久との共著、「崖っ淵に立つ日本の決断」の中で門田隆将は、中国の豹変について「第二次世界大戦という悲劇を乗り越え、人類は戦後秩序(ルールに基づく国際体制)を手に入れた。・・・だが、その戦後秩序を真っ向から破壊するモンスターが現れた。仮面をかぶり、長く衣の下に鎧を画してきたこのモンスターは、新型コロナウィルスという恐るべき疫病をきっかけに、羽織っていたその衣を脱ぎ捨てた。真の姿をついに露わにした。」と評している。

 2020年7月に香港で「国家安全法」が施行された。また2021年3月には、中国全国人民代表大会(全人代)が、香港の議会から民主派を事実上排除する選挙制度の改定を承認した。これによって、香港の民主主義は幕を閉じた。

習近平が2015年9月にホワイトハウスを公式訪問してオバマ大統領に「中国は南沙諸島を軍事化しない」と明言した。一方、2016年12月に南沙諸島に造成した7つの人工島に軍事施設を整備している衛星写真を、アメリカの戦略国際問題研究所CSISが公表した。米中トップ会談で堂々とウソをついたことが明らかとなった。

 これはサッチャー首相が鄧小平からの求めに応じて香港と九龍半島を1997年に返還した時に交わした共同宣言、すなわち一国二制度をもとに50年間は香港の自治、立法、司法の権利を認めるという合意を、23年後に反故にしたことと同じである。中国にとって国際的な合意は紙切れでしかないということだ。

 南シナ海に次々に造成した人工島を軍事基地化したことに続き、香港を「平定」した中国が次に向かうのは台湾である。アメリカもそう考えているが故に、トランプ政権は2017年6月から2020年10月までの間に、台湾に対して合計144億ドル(1.5兆円)もの武器を売却してきた。

 来年、北京で冬季オリンピックの開催が予定されている。最近では欧米諸国から、ウィグルでのジェノサイド(民族弾圧)や、コロナウィルスの隠蔽工作など、人道主義を踏みにじる中国政府にオリンピック開催の資格はないとの異議の声が上がり、開催国の変更または参加のボイコットの動きが広まっている。

 北京オリンピックが終了するまでは、台湾への武力侵攻はないと思われるが、もし欧米諸国がボイコットすれば、中国対自由・民主主義国家の対立は鮮明になり、台湾或いは尖閣諸島への武力侵攻の危険性は高まるだろう。

八方塞がりの北朝鮮

 北朝鮮が核実験及び弾道ミサイル発射を繰り返すたびに、国連は2006年10月以降、延べ11回の制裁を科してきた。この状況を打開するために、金正恩は朝鮮戦争の終結と制裁の解除をもくろんで、トランプ大統領との直接会談に臨んだが、具体的な進展がないままトランプ大統領は退陣してしまった。

 さらに昨年は武漢でコロナウィルス感染症が発生したため、中国との国境は封鎖され、中国からの物流が途絶えた。8月と9月には二つの台風が北朝鮮を直撃して水害が発生した。制裁とコロナと水害というトリプルパンチを受けた北朝鮮が経済的に困窮を極めていることは明らかで、2020年10月に平壌で行われた朝鮮労働党創建75周年軍事パレードに姿を現した金正恩が、涙を流しながら国民に謝罪したことは記憶に新しい。最近、中国との国境近くでは飢餓に苦しむ住民が凄惨な事件を起こしているという報道もある。

 もし金正恩がバイデン政権とは取引ができないと判断すれば、再び挑発的な行動に回帰する可能性が高まるだろう。八方塞がりの閉塞状況を打開するために次にどのような行動を起こすか、或いは国内でどのような事態が起こるか目が離せない状況となるだろう。

EUから離脱したイギリス

 イギリスは2020年末にEUから離脱した。EU離脱と前後してイギリスは、日本との同盟に向けた政策を次々に打っており、さらに同時並行で中国とのデカップリングを矢継ぎ早に進めてきた。最近のイギリスの動向は、産経新聞ロンドン支局長だった岡部伸が書いた「100年後の武士道と騎士道、新・日英同盟」に詳しいので、参照しながら要点を記述する。

 メイ首相が「グローバル・ブリテン」構想を表明したのは2016年10月である。目指したのは、半世紀ぶりのグローバルな海洋国家への回帰だった。

 イギリスは2015年に発表した国家安全保障戦略で、戦後初めて日本を同盟と明記した。2017年8月に、メイ首相は安倍首相と会談するためだけに来日し、「日本はアジア最大のパートナーで同志(Like-minded)の国だ」と日本を高く評価した。そして日英両政府は2020年6月から経済連携協定EPA(Economic Partnership Agreement)交渉を開始した。日英両国は自由貿易協定FTA(Free Trade Agreement)交渉を加速し、日本とEUのEPAを基盤にして、さらにそれを上回る自由化を盛り込んで2020年9月に大筋で合意した。イギリスがFTAで妥結したのは日本が最初であり、何処の国よりも早く三カ月で貿易協定をまとめた。そして2021年1月に日本がリーダを務める環太平洋パートナーシップTPP11(Trans-Pacific Partnership)への参加を申請した。

 さらにジョンソン首相は2020年9月に議会で、日本のファイブアイズ(アングロサクソン五ヵ国、英米加豪ニュージーランドによる機密情報共有の枠組み)参加を歓迎する発言を行った。イギリスは最新鋭空母クイーン・エリザベスを今年4月頃に東アジアに派遣し、恐らくシンガポールに常駐させて、同盟国のアメリカ、日本とアジア太平洋海域で作戦を維持し、搭載機であるF35Bを日本で整備することを計画しているという。

 これらの一連の行動が「グローバルな海洋国家」として、中国に対抗するためであることは明らかである。

 「韜光養晦」の衣を捨ててモンスターの姿を現した中国、その本性と危険性に目覚めた欧米が対立を強める結果、大陸国家中国対海洋国家連合という構図が鮮明となるだろう。台湾有事の蓋然性が高まり、トランプが率いたアメリカも、EUを離脱してグローバルな海洋国家に回帰したイギリスもこれ以上中国を容認しない姿勢を明確に打ち出している。バイデン政権がどう出るかについては未知数が残るが、対中国に関しては超党派でコンセンサスができていると思われる。

戦後最大の危機に直面する日本

 さて、日本である。

 地政学の視点から近代史を俯瞰すると、日本は1902年に日英同盟を結び、1904年に日露戦争を戦って勝利した。当時イギリスは海洋国家で世界の覇権国だった。第二次世界大戦では、大陸国家であるドイツと組みロシアに近づいて、海洋国家イギリスとアメリカを敵にして日本は惨敗した。そして戦後はアメリカの核抑止力と攻撃力に安全保障を委ねて、専守防衛のもとに戦後75年を過ごしてきた。

 中国対民主主義海洋国家連合という対立の構図は、冷戦期のソ連対NATOに匹敵するもの、むしろ拡大したものとなるだろう。地球儀をみれば分かるように、日本は地理的にも役割としても、海洋国家連合の要衝の位置に立っている。

 独立国、先進国でありながら日本国内には今でも多くの米軍基地があり、アメリカや中国の核保有には目をつむる一方で、日本は核を持たず軍事事態をも忌避してきた。安全保障に関して、中国や北朝鮮の核保有に象徴される、「都合の悪い危機」には目をつむり「思考停止」状態となり、「ダチョウの平和」国家で今日までやってきた。

 アメリカ、イギリスのみならず、オーストラリアやカナダ、EU諸国が、モンスター国家中国の本性と危険性に目覚めた現在、隣国として中国に接している日本がこれ以上「ダチョウの平和」と「思考停止」路線を貫くことは許されない。「安全保障はアメリカ、経済は中国」という誠に都合のいい振る舞いも、国際ルールに従うように日本が中国の進路を変える行動をとるのでない限り、もはや国際社会にとって失望にしかならない。蓋然性が高まった台湾有事、或いは尖閣有事に臨み、首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つダチョウの姿勢を改め、日本は立ち位置を明確にしなければならない時機なのだ。 ここで思い出すのは、戦後吉田茂首相の参謀として憲法改正などを巡ってマッカーサー司令部と渡り合った白洲次郎が、「日本人にはプリンシプルがない」という言葉を残していることである。危機に直面して生き延びるために必要なことは、プリンシプル(価値観、歴史観に基づくぶれない行動規範)をもって毅然と行動する以外にはあり得ない。日露戦争のとき、日本は日英同盟に基づいてイギリスからさまざまな支援を得て、毅然としてロシアと対峙し、日本海海戦で勝利を収めた。日露戦争と太平洋戦争は、日本にとって両極端の歴史的教訓なのである。

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