怒りを取り戻す:GDP4位転落

 2月15日に内閣府が2023年の国内総生産(GDP)の速報値を発表した。経済規模をそのまま表す名目GDP値(ドル換算)でドイツに抜かれて世界第4位に転落したニュースが日本を駆け巡った。内閣府が公表した主要なデータは以下のとおりである。

本稿を書くにあたり、参照した資料は以下のとおりである。

資料1:産経新聞、2月16日記事

資料2:「GDPがドイツに敗れて世界4位に転落したワケ」、高橋洋一、現代ビジネス、2024.2.19

 ・日本のGDP(2023年) :名目591兆4820億円、実質558兆7156億円

 ・日独比較(名目、ドル換算) :日4.21兆ドル⇔独4.46兆ドル

 ・同(人口)                                         :日1億2443万人⇔独8482万人(日本の68.1%)

 ・同(GDP/人、名目)           :独4.87万ドル⇔日3.41万ドル(ドイツの69.9%)

 「GDP世界4位に転落」に関する報道は、その他のニュースにかき消されて、「大変だ、大変だ」と連呼しただけで、直ぐに忘れ去られていった感がある。「今後の為替レート如何で直ぐに再逆転する可能性もある」という楽観論もある。何れも的を外していると言わざるを得ない。この事件の背景には戦後政治に係る非常に重要なポイントが隠れているからだ。

 はじめに政府や産業界の反応を見ていると、「今年の春闘でどこまで賃上げできるかが大事だ」と問題のすり替えが行われている。これは自民党のパーティ券問題が、本質は政治資金の問題であるにも拘わらず、いつの間にか「派閥解消」へ見事にすり替えられた構図と同じである。

 結論を先に書くと、「GDP転落」事件の本質は次の2点に要約される。以下に順次説明する。

1)春闘の賃上げに矮小化される問題ではなく「失われた30年」以降今も続く経済政策の失敗の問題である

2)背景に「我慢強く怒らない日本人」の文化があり、それが日本の弱体化を抑止できなかった原因に一つである

「GDP転落」を物語るデータ

 ここでは細部構造に立ち入らずに俯瞰的な分析を試みる。はじめに日独GDP(名目値)の推移を図1に示す。

<日本経済の推移の全景>

 日本のGDPの推移をみると、1980年~1995年~2012年~現在の3区間で動向が明らかに変化していることが分かる。つまり1980年~1995年が高度成長期で、1995年をピークとして「失われた30年」が始まり、2012年に歴史上のピークを記録した後、急激に失速して現在に至る変化である。

<日独比較>

 まず1995年と2012年の二つのピークを基準として、ドイツのGDPと比較してみよう。1995年に日本のGDPはドイツの2.14倍の規模があった。2012年にはそれが1.78倍にまで縮小したものの、両国のGDPにはまだ大きな開きがあった。

 それを1995年から2023年に至る変化でみると、日本のGDPが23.7%減少しているのに対して、ドイツは逆に71.1%増大している。この結果2倍強の圧倒的な開きがあったGDPが28年間で逆転したのである。問題は何故そんな逆転劇が起きたのかだ。

<円安の影響>

 第一に疑われるのは円安である。GDPの国際比較はドルベースで行われるので、為替レートに直結して変動する。図2に円とドルの為替レートの推移を示した。

 図2から明らかなように、円高のピークは二つある。1995年と2012年であり、GDPのピークと一致している。GDPがドル換算されるので当然の結果である。

 次に、二つのピークから現在に至る為替レートの推移をみると、1995年→2023年では46.4円、2012年→2023年では60.7円もの急激な円安が進んだことが分かる。この結果2023年のドル換算のGDP値は、1995年比で67.0%に、2012年比では何と56.8%に縮小したのである。

<経済成長の実相>

 図3は経済成長の実勢をみるために、ドル換算前の実質GDP(円)の推移を描いたものだ。実質値は名目値に対して物価変動の影響を補正した値である。

 マクロな推移としてみると、1994年~2023年の間にGDPは年3.4兆円ずつ直線的にかつ緩やかに増加してきたことが分かる(オレンジ色の直線、最小二乗法近似)。但し成長率でみると、これは年0.6~0.7%程度で、決して褒められた数値ではない。

 参考までに2022年の世界の実質GDP伸び率を示すと、アメリカ2.1%、イギリス4.1%、ユーロ圏3.3%、先進国2.6%、世界3.5%だった。ザクっといえば日本の経済成長はアメリカの1/3、ユーロ圏の1/5、先進国平均の1/4程度だったということだ。「失われた30年」と言われる理由がここにある。

<失われた30年の原因>

 では図3で経済成長が低迷した要因は何だったろうか。外的要因と内的要因を分けて考える。まず外的要因では世界規模の重大事件が二つ発生している。第1は2009年9月に発生したリーマンショックであり、第2は2020年初から始まったコロナパンデミックである。何れも図3の二つの大きな落ち込みと合致しており、その原因となったことは明らかである。但しこの事件は世界レベルの事件であり、日本が直撃を受けたものではない。従って長期に及んだ「失われた30年」の原因ではない。

 一方、内的要因としては三度実施された消費税増税がある。増税は次のように行われた。第1弾は1997年4月に実施された3%→5%へ、第2弾は2014年4月に実施された5%→8%へ、そして第3弾は2019年10月に実施された8%→10%への引き上げである。図3が示すように、増税は急激な落ち込みをもたらしてはいないが、経常的に内需が不足しているデフレ下で、国民の可処分所得を強制的に削減させたことから、長期的かつ慢性的な悪影響を与えたことは明らかである。

 大蔵省OBで『官僚国家日本を変える元官僚の会』の幹事長を務める嘉悦大学大学院の高橋洋一教授は、「失われた30年」をもたらしたもう一つの原因として「デフレ下での慢性的な公共投資の過少」を挙げている。「毎年の公共部門の過少投資は、民間投資の呼び水としての役割を果たさず、国土強靭化も進まず、低金利という絶好の投資機会を逃した。」と手厳しく指摘する。

GDP4位転落問題の本質

 高橋教授は、GDP転落の本質的な原因について、次のように総括している。

・大恐慌以降、金本位制に代わって管理通貨制度が構築され、ケインズ経済学による有効需要創出が普及した結果、インフ レは多いがデフレはなくなった。唯一の例外が「日本の失われた20年」である。

・(失われた20年は)財務省と日銀という強い権限を持つ官僚機構、マクロ経済の専門知識の欠落、それに官僚の無謬性によって、誤った政策を長期間続けた結果である。

 難しいことは言わずとも、以下の二つの事実から、日本が長期にわたって、そして現在もなお誤った経済政策を続けてきたことは明白である。

・30年経ってもデフレからの脱却を果たしていない。

・長期デフレ状態に埋没しているのは、大恐慌以来世界で日本のみである。

 では具体的に、どこをどう誤ったのかを指摘しておきたい。

1)デフレは民間需要の減少であり、デフレから脱却するためには内需を喚起する必要がある。そのためには可処分所得を増やす減税こそ有効な政策であるにも拘らず、また欧米はマクロ経済の原理原則に従って躊躇なく減税を行うのに対して、日本政府は消費税増税を繰り返した。これは致命的な自滅行為だった。

2)民間消費・投資が減少する状況下で経済成長を実現するためには、<GDPの定義に従って>積極的な公共投資を行い、政府消費を増大させることが正しい政策である。ところが政府はプライマリーバランス(PB)の追求を優先して終始積極財政政策をとらなかった。経済成長とPBは同時に実現できない二律背反の命題であり、経済成長を軌道に乗せるまでPBは棚上げすべきだったにも拘わらず、政府は「二兎を追うもの一兎をも得ず」の誤った政策を繰り返してきた。

3)もう一つ忘れてならないのは、戦略なきエネルギー政策が国民のエネルギー負担を重くしたことだ。要点は二つある。一つは急ぎ過ぎた「発電の脱炭素化」であり、他一つは「原発」忌避である。前者は世界の潮流におもねり、後者は国民感情に忖度した結果であることは言うまでもない。その結果年間2.4兆円もの賦課金を国民に課した。これは国民一人当たり2万円/年の増税と同じであり、今も続いている。

4)最後に挙げる理由は、日本固有の文化に係る問題である。一つは日本が「誰も責任を取らない」社会であること、他一つは日本人が「我慢強く怒りの声をあげない」気質であることだ。

総括

 世界にあるのが日本一国で、かつ日本が社会主義の国であるならば、経済成長は必ずしも必要ないだろう。しかし現実は世界が競争の場であることと、国力の要素が国土と人口、経済力と軍事力であることを勘案すれば、力強い経済成長は国家にとって最優先かつ最重要の必達命題であることは自明の理だ。現実はどうだったか。図1及び図2が如実に示すように、結果から判断する限り、政治家においてこの認識が充分ではなく、官僚は国益よりも省益を優先してきたことが明白である。高橋教授が指摘するように、政治家も官僚もマクロ経済を正しく理解していないという他ない。

 「GDP転落」のニュースが国民にとって衝撃的だったのは、日本が1995年以降、世界との競争においてじり貧となってきた現実を再認識させられたことだ。この期間に三重の意味で「日本の弱体化」が進んでいる。第一に他の先進国に先んじて人口減少が顕在化した。第二に日本だけが「失われた30年」で経済力を弱体化させた。そして第三に、トドメを刺すかのように、2012年以降11年間で1ドル=約80円から60円も、率にして実に76%も急激に円安が進んだ。

 円安は輸出等、業種によって国際競争において有利に作用することは事実だが、ドル換算の世界では国力低下以外の何物でもない。「国力が強い国の通貨は強い」ことを忘れるべきではない。既に分析してきたように、ドイツとのGDP逆転の第一の要因は行き過ぎた円安にあることは明らかだが、急激な円安をもたらした主要因が「失われた30年」にあることも自明である。

 そして「失われた30年」の原因は誤った経済政策を続けてきたことにある。では誤った経済政策を続けてきた原因は何処にあるのか。ここを正さない限り、日本が強い経済を取り戻すことは困難と言わざるを得ない。マクロ経済を理解しない政治家、国力最大化を追求しない官僚、減税を拒否し「隙あらば増税」を画策してきた財務省の責任は極めて重いと言わざるを得ない。

 もう一つ根深い問題がある。それは「怒りを忘れた日本人」である。「日本の弱体化と国民の貧困化」をもたらした政治責任を追及する怒りの発露がない。日本は民主主義の国であり、政治家や官僚の責任を追及するのは国民の役割でもあるのだが、他の先進国と比べて日本では政治を政治家と官僚に丸投げしてこなかっただろうか。我慢強い国民性が「失われた30年」を黙認してきたとも言える。国民が沈黙しているが故に、マスコミも官製報道に終始してきた側面がありそうだ。

 現在メディアを賑わしているのは、自民党のパーティ券を巡る政治資金問題である。与党も野党も、盛んに「国民の納得が得られない」と言うが、国民の一人として国民の真の怒りはそんなところにはないと断言しよう。そのようなスキャンダルの話題など、議事堂の片隅の部屋でさっさと解決してくれればいいのであって、激変する国際情勢の中で、連日大騒ぎする重大事では断じてない。

 この資料で取り上げたのは「日本の弱体化と国民の貧困化」に関わる問題である。単純に金額で比較すれば、パーティ券の事件よりも優に5桁以上も大きな日本国の富の損失に係る問題である。このことを肝に銘じた上で、与党も野党も「GDP転落」問題の本質を追究して、是正策について国民の前で論戦を戦わせてもらいたいものである。それこそが政治家の使命である筈だ。

 この記事を書いている2月22日、日経平均株価が史上最高値を更新したというニュースが流れた。そのこと自体は悪いニュースではないが、たった1週間の内に流れた二つのニュース、「GDP転落」と「株価史上最高値」には大きな乖離を感じざるを得ない。

 GDP転落は長期動向であり、現在に至る日本経済の実力を反映したものだ。それに対して株価高騰は「株価は期待先行で動く」の格言通り、中国市場から資金を引き揚げた国際投資家が資金を日本に投入した結果である。日本経済の実力を反映したものではないから、バブル期のような高揚感がないのである。それが乖離の正体である。

 デフレからの完全脱却を果たし、「失われた30年」にピリオドを打ち、円高を取り戻すまでの道のりはこれからが正念場である。GDPを押し上げる大きな潮流を作り出すことが出来なければ、株価高騰はマネーゲームで終わる。「日本弱体化と国民の貧困化」の現実は相当深刻と認識すべきである。

終焉を迎えるバブル経済と資本主義

第3部:バブル経済と金融資本主義の終焉

本稿を書くにあたり、参照した文献は以下のとおりである。

 資料1:「2024年世界の株価が暴落すると読む7つの理由」、小幡績、東洋経済オンライン、2023.12.23

 資料2:「米財政赤字、金利上昇でいよいよ問題に」、the Wall Street Journal、2023.10.6

 資料3:「株、住宅、暗号資産等の巨大なバブルがまもなく崩壊」、Business Insider Japan、2023.12.28

 資料4:「中国余る住宅1.5億人分、バブル崩壊、摩擦は世界に」、日本経済新聞、2024.1.27

 資料5:「時価総額886兆円失った中国株、習指導部にとって問題の深刻さ露呈」、Bloomberg、2024.1.25

 資料6:「お金は知っている 実態はマイナス成長、嘘バレバレ中国GDP」、田村秀男、ZAKZAK、2024.1.26

バブルとは何か

 バブルとは新たなマネーが市場に流れ込んで起きる時価総額の膨張である。バブルは誰かが商品(モノ、金融、サービス)を、従来よりも高値で買うことで励起される。資本主義から現代の金融資本主義に至る移行過程で発明された二つのメカニズムがバブルを出現させ膨張させた。一つは<ネズミ講>メカニズムであり、他一つは終値の値付けが全体に及ぶ<時価主義>のメカニズムである。

 どういうことかというと、一般投資家が増加して買い手が増えれば、投資ゲームが過熱して価格が上昇する環境が作られる。これはネズミ講メカニズムと同じ構図である。次に株取引では終値が株価全体の価値を決める「時価」方式が採用されるので、経済の実態から乖離してバブルが発生し膨張しやすくなる。

 分かり易い例として、100万株を発行しているA社を想定する。ある日にA社の人気が急騰して、多数の個人投資家が一斉に買いに走ったとする。その結果、始値が1万円だった1株が終値に2万円を付けたとすると、A社の資産は1日で100億円から200億円に増えたことになる。またA社の株式を100株保有しているBさんの資産は、1日で100万円から200万円に倍増したことになる。この場合A社もBさんも傍観していただけで、何一つ資産を増やす行動をとっていないところに時価方式の問題が隠れている。そしてこのギャンブル性があるが故に、人々は投資というゲームに明け暮れるのだ。

バブルの起源と変遷

 1971年8月15日にアメリカはドルの金兌換の停止を宣言した。いわゆるニクソンショックである。これによってアメリカ政府は兌換という束縛から解放され、幾らでも紙幣を印刷できるようになった。実際に1970年代後半以降、国債の大量発行と金融の国際化が進み、金融市場は急速に拡大して金利の自由化も進んだ。こうしてバブル経済への扉が開かれた。

 その後のバブル形成と崩壊について、ウォールストリートジャーナルは、債権バブルの暴落が起きた2023年10月6日(後述)の記事で次のように要約している。

 <米国は長年、世界の最後の貸し手だった。1990年代の新興国市場のパニック、2007~2009年の世界金融危機、そして2020年の新型コロナウィルス流行による経済活動の停止に対し、米財務省の比類なき借り入れ能力が救いの手を差し伸べた。それが今では、財務省自身がリスクの源泉になっている。・・・米国の借り入れの規模と増加傾向、そして是正に向けた政治的取り組みの欠如は、少なくともここ数十年見られなかった形で市場と経済を脅かしている。それが、足元での突然の国債利回り急上昇から読み取れることだ。>と。

 2005年~2006年に米国の住宅バブルが崩壊した。そして2008年には住宅ローンの返済が滞った場合の担保として購入住宅に抵当権を設定した「サブプライムローン」が不良債権化した。バブルが崩壊してリーマンショックが起きた。各国は危機を回避するために量的緩和(QE)を行った。

 2011年にはギリシャの財政問題に端を発した債務危機が、南欧からユーロ圏、欧州へ拡大して、欧州の債務危機が深刻化した。アメリカでも量的緩和が段階的に行われて幾つかのバブルが起き、いよいよバブル崩壊というタイミングで2020年にコロナパンデミックが起きた。各国は再び大規模な金融緩和と財政出動を行い、バブル崩壊は回避された。

 2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻し、G7はロシアに対して強力な金融制裁を科した。ウクライナ戦争は世界にエネルギーと食料の資源インフレをもたらした。米国およびEUはインフレを抑制するために金利を急速に引き上げた結果、景気にブレーキがかかった。今度は金利引き下げ期待で再びバブル基調となった。

金融資本主義というバブル

 バブル経済において債権・債務は対を成して膨張する。そして債務残高はバブルの膨張を示す指標でもある。「The Daily Digest」が世界の債務残高について数値を整理しているので、以下に主要なものを紹介する。(1ドル=140円で単純換算した。)何れもが目がくらむような金額である。

 ①世界の債務総額(2022、国際金融協会):300兆ドル(4.2京円)

 ②同(2021、IMF):235兆ドル(3.3京円)

 ③世界のGDP合計:100兆ドル(1.4京円)

 ④世界の債務残高/GDP(2020):2.56%(1970年の100%から急増)

 ⑤アメリカの政府債務(2023):31.4兆ドル(4,400兆円)、法定上限に到達

 ⑥アメリカの個人債務(2022、第4四半期):16.9兆ドル(2,370兆円)

 ⑦世界の非金融企業900社の負債総額(2022):8.15兆ドル(1,100兆円)

 ⑧G7の中での公的債務/GDP:ドイツのみ100%以下(日本266%、仏113%)

MAGNIFICENT SEVEN

 専門家は2024年に株、住宅、暗号資産等の巨大バブルが崩壊すると予測する。次の暴落は調整ではなく、1929~1932年におきた世界大恐慌に匹敵する暴落になるとし、次のバブル崩壊は<Magnificent Seven(注)>と、金融市場の中枢である国債市場で起きるという。もしそうなれば崩壊は歴史上最大規模となり、実体経済を破壊する崩壊となる。(参照:資料3)

〔注〕2023年初頭からアメリカの株式市場を牽引してきた主要7銘柄グーグル、アップル、メタ(旧フェースブック)、アマゾン、マイクロソフト、テスラ、エヌビディアの7社で「荒野の七人」になぞらえてそう呼ばれる。

アメリカ債券バブルの暴落

 現在では国債市場が株式市場以上のバブルとなっている。実際にアメリカの債券市場で2023年10月6日に大きな暴落が起きたことをメディアが伝えている。

 ・Reuters、「世界で債券売り広がる、米30年債利回りが07年以来の高水準」

 ・Reuters、「債券急落で史上最大の弱気相場に」

 ・Bloomberg、「逆イールドの急速な縮小、米経済に危険な兆し」

 ・Business Insider Japan、「アメリカの長期国債、史上最悪の大暴落」

 ・the Wall Street Journal、「米財政赤字、金利上昇でいよいよ問題に」

 ブルームバーグは「満期10年国債の損失は2020年3月以降46%に達し、30年債は535%も急落した。」と報じた。ロイターは「世界の債券市場で4日売りに拍車がかかり、アメリカ30年債の利回りが2007年以降初めて5%を突破したほか、10年債の利回りは一時4.884%を付けた。ドイツ10年債の利回りも3%台に上昇した。」と報じた。

中国土地バブルの本格的崩壊

 次のバブル崩壊が起きる危険性が高いのはアメリカだけではない。中国の本格的な土地バブル崩壊も防ぐことができそうもない。中国では土地は国有であり、政府はデベロッパーに土地の使用権を与えて交通のインフラや超高層マンションなどを各地に整備させてきた。中国の高度経済成長は大規模な不動産開発がもたらしたもので、地方政府による土地の提供は資本投下と同じである。そして不動産価格の下落は既に始まっている。

 中国の不動産市場では、虎の子の資金をはたいて購入した多数の高層マンションが建設途中で放棄されている。日本のバブル崩壊と同じようにバランスシート不況が起きて国全体が資産縮小スパイラルに陥り、桁外れに巨大なバブル崩壊が起きることが予測される。

 資料4は「中国の建設ラッシュは2020年で沈静化し、2023年末で5,000万戸の住宅が在庫として残っている。主要な収入源を失った地方政府は、傘下でインフラ整備を手掛けてきた融資平台の過剰債務に苦しんでいる。」と報じている。また資料5は「中国本土株の過去三年間の下落率は40%に達している。中国本土と香港株は前回のピークから6兆ドル(約885兆円)相当の時価総額を失った。」と報じている。さらに資料6は「中国のGDP公表値によれば2023年は5.2%で目標を達成したとしているが、別の経済統計値から推定した実勢値は2022年がマイナス2%、2023年がマイナス3%だった。」と報じている。

 1月30日の産経新聞は「香港高等法院(高裁)は1月29日に、経営再建中の恒大集団に対して清算を命じる決定を下した。・・・また香港証券取引所は同日、恒大集団と傘下の2社の株式取引を停止した。・・・昨年6月末時点の負債総額は約2.4兆元(約50兆円)で債務超過状態にある。・・・不動産は中国GDPの3割程度を占める。」と報じている。

 また1月31日の紙面では「中国財務省は30日に昨年末時点の地方政府の債務残高が40兆元超だったと公表した。日本円で約840兆円に相当し、2022年末から約16%、コロナ前の2019年末から倍増した。」と報じた。途方もない金額である。

最終最大のバブル崩壊

 「そもそも金融資本主義における経済と市場は常にバブル状態にある。金融資本主義がバブルそのものであり崩壊する可能性がある。」と小幡教授は資料1で指摘する。「なぜ今、金融資本主義そのものが滅びるのかと言えば、それは2008年のリーマンショックのタイミングで崩壊させなかったために、制御不能なまでにバブルが膨張したからだ。その結果、金融市場だけでなく、政府や中央銀行をも巻き込んだ巨大バブル崩壊となるリスクが高まっている。」と解説する。

 一般に財政赤字は年々増大し、金融緩和(QE、Quantitative Easing)の規模も発動されるたびに増大してゆく。住宅や不動産など実物経済のバブルも、金融市場に流入するマネーの増加とともに巨大化してゆく。こうしてバブル→バブル崩壊→バブル・・・のサイクルは繰り返されるたびに、バブルは膨張してゆくことになる。

 しかしバブルの膨張には限界があり、このサイクルには終わりがくる。次に起きる債券バブル崩壊が最後で最大のバブルとなるだろう。何故なら債権市場でのバブル崩壊は中央銀行・政府を巻き込んだものとなるからだ。従ってひとたび債券バブル崩壊が起きれば金融システムを破壊し、社会をも破壊してゆく可能性が高い。

 しかも次に起きるバブル崩壊は、以下の三要件が重なって起きる点で従来のバブル崩壊とは別格なものになることが予測される。それは、第一に経済大国第1位と第2位のアメリカと中国で連動する形で起きること、第二に崩壊を食い止める外部が存在しないこと(米中市場に代わる新たなフロンティアは存在せず、中央銀行を巻き込んだ債券市場に代わる次の市場も存在しない)、そして第三に中央銀行・政府は既に救済手段を使い果たしていて、有効な対策が打てないことだ。

 そして1月27日現在、アメリカのダウ平均株価は38,000ドルを超えて過去最高値を更新している。日本も1990年のバブル時の最高値を更新している。この事実こそがバブル崩壊が間近であることを物語っている。

バブル経済と金融資本主義の終焉

政府・中央銀行の功罪

 金融市場に中央銀行・政府が巨額のマネーを提供するようになったことが、資本主義を大きく変質させた原因である。政府が国債を発行して財政出動を行う場合市中からマネーを回収することになるため、中央銀行はQEを行って市中にある国債を回収してマネーを供給する。コロナパンデミックが起きた時、各国政府は大規模なQEとゼロ金利政策を行った。しかし危機が収まると欧米はQEを止め、金利を上げると同時に金融引き締め(QT、Quantitative Tightening)に転じた。

 QTはQEによって拡大したバランスシートを段階的に圧縮して金融政策を正常化させるオペレーションである。QTの基本的な手順は、QE縮小→QE終了→バランスシートを維持(一定期間)→利上げ開始→バランスシートの縮小(QT開始)という流れになる。米国では前回の正常化ではQE終了から3年、利上げ開始から2年弱の期間をおいてからQTが実施されている。

 但し日本は例外で、長期にわたってデフレ基調が払拭されてこなかったために、植田新体制になっても未だにQEを解除できないでいる。

 一方で、政府が財政出動を行い、インフラ整備や次世代産業分野に重点投資して、実需を創造し次世代のイノベーションを推進することは健全な経済政策の一環であり、両者は分けて考える必要がある。

マネーパワーの強大化

 資本主義の初期における商取引の決済手段だった段階から、マネーの役割は大きく様変わりした。マネーは財政・金融の実行手段でもあり、通貨として貿易の決済手段であると同時に国際的な投資手段でもある。マネーの力を行使する主なアクターは投資家(個人、機関)、企業(特に貿易を行う企業)、中央銀行・政府、国際金融投資家である。

 商取引の売り手と買い手は取引手段としてマネーを使い、投資家は金融市場で投資手段としてマネーを動かし、企業は為替を利用して貿易決済を行い、中央銀行・政府は金融市場を介してマネーの流通量、金利、為替レートを制御する。国際金融資本家は国際情勢の変化を先取りしてマネーを国家間で移動させることで巨額の差益を稼ごうとする。儲けるためには戦争をも利用し、通貨の暴落をも仕掛ける。

 このように、商取引を円滑に行うための流通手段として誕生したマネーが、現代では国際経済や政治をも動かすパワーを持つようになった。これは本来の資本主義から乖離したものであることは言うまでもない。

バブル経済/金融資本主義の次に来る未来

資本主義の分岐点

 今までの論点を総括してみたい。政府が財政赤字を増加させてきたことがバブル経済を生んだ最大の原因だった。そして金融市場に供給された巨大なマネーがパワーを持って、政治経済や戦争にまで強大な力を行使してきたことが、資本主義の歪みを増大させてきた原因だった。

 この過程でバブル膨張と崩壊のサイクルが繰り返され、サイクルを繰り返すたびにバブルは膨張した。そして現在、アメリカと中国で連動してバブル崩壊が起きようとしており、さらに住宅や不動産市場のバブル崩壊を経て、次は債券市場でバブルが崩壊しようとしている。バブル崩壊の規模において、現在は最終かつ最大のバブル崩壊が起きる前夜にある。

 ここで資本主義の変遷を俯瞰すると、資本主義は先進国に豊かさをもたらした時点でその役割を終えたように思われる。資本主義の変遷の歴史を前半と後半に二分して俯瞰してみよう。資本主義の前半は先進国が豊かさを実現していった時期とし、後半はマネーがパワーを持ったことによって資本主義の歪みが蓄積していった時期と定義する。

 何処かに前半から後半に移る転換点があった筈であり、その転換点で先進国には二つの選択肢があったと考えられる。第一の選択肢はそのまま金融資本主義を続けることであり、実際に欧米主要国はその道を歩んできた。第二の選択肢はそこから社会主義の方向に舵を切るというものである。パワーゲーム化した金融資本主義から徐々に距離をとって、少子高齢化社会を睨んで社会保障を充実させてゆくという選択肢である。

 振り返って考えれば、そういう自覚も、恐らくは戦略もデザインもないまま、日本は少子高齢化圧力に押される形で、第二の選択肢に近い選択をしてきたのではなかっただろうか。

日本の選択肢

 今まではともかく、これからは次の三つの理由から、経済運営として今までの延長線上を行くことが困難となるに違いない。第一にGDP比で財政赤字が増加していること、第二に「荒野の七人」に象徴される投機性の高い株価や極端な貧富の格差等、バブル経済の歪みが増大していること、そして第三に巨大なバブル崩壊が早ければ今年中に起きる可能性が高いことだ。

 既に述べてきたように、先進国ではバブル経済に依存した経済運営が限界に到達しつつある。豊かさの実現という当初の目的を殆ど達成したという認識に立って、資本主義対社会主義の議論を現時点で評価し直して、今後の経済の在り方を再考する時が到来したのではないだろうか。

 個人レベルでは生活の豊かさを追求しつつ、国レベルではバブルに依存しない健全な経済成長を追求しつつ、かつ少子高齢化動向を踏まえた社会保障のあり方とそれを実現する経済の在り方を根本から問い直す時が来ているように思える。この命題は簡単に実現できるものではないが、バブル経済と金融資本主義が終焉を迎えようとしている現在、先進国の進路はその方向にあるように思える。

 世界を俯瞰してみれば、G7の中で日本だけが欧米諸国とは異なるポジションにいる。ウクライナ戦争では殺傷兵器を供与しない代わりに、否応なしに経済復興においてイニシアティブを発揮することになるだろう。イスラエル-ハマス戦争でもイスラエル支持の欧米諸国とは一線を画している。

 北欧等は別として、日本は恐らくG7の中で最も社会保障が手厚く、それ故にGDP比で最大の財政赤字を抱えている国である。但し日本は世界最大の債権国(2021年の経常収支は20兆円、2022年は9.2兆円の黒字)であり、国債の大半を日本の機関が保有している。政府の負債は民間の資産なのであって、日本の財政赤字は日本国のバランスシート上の問題でしかないという事実をきちんと理解しておく必要がある。

 2023年に日本にやってきた外国人は2500万人に達したという。日本にやってきて日本の地方や山里に暮らす外国人が増えている。彼らを引き付けるものが日本にはあるということだ。それはバブル経済と金融資本主義の社会に至る過程で喪失してきた文化や風景ではなかっただろうか。

 そのような認識に立てば、次のバブル崩壊でうろたえることなく、それを転換点として、日本の国の未来像とそのための経済の在り方を再考すべきと考える。

Details

終焉を迎えるバブル経済と資本主義

第2部:資本主義の変遷と変質

 本稿を書くにあたり、参照した文献は以下のとおりである。

 資料1:「戦争と財政の世界史、成長の世界システムが終わるとき」、玉木俊明、東洋経済新報社、2023.9.26

資本主義の始まり

 資本主義は欧州で始まった。資本主義の仕組みが形成されていった背景には、大航海時代の幕開けとそれがもたらした植民地化がある。15世紀半ばから17世紀半ばにかけて、先陣を切ったポルトガルとスペインはアフリカ・アジア・アメリカ大陸への航路を相次いで開拓した。大航海時代は海運の発達による物流の拡大と植民地化をもたらした。さらに16世紀には軍事革命が起きて、軍艦の舷側砲やマスケット銃(火縄銃)等が実用化され、植民地化に拍車をかけることとなった。

 資本主義の始まりについては諸説あるが、その一つは1531年にネーデルランド(現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルクを統合した地域)のアントウェルペンに取引所が開設されたことを起源とするものだ。アントウェルペンは後にイングランドから半製品の毛織物を輸入して、それを完成品にしてヨーロッパ各地に輸出するという貿易を行い、大航海時代にヨーロッパにおける商品集散地としてヨーロッパ経済の中心となった。

 当時スペイン帝国の統治下にあったネーデルランドは、1568年に独立戦争を開始した。スペインの無敵艦隊が1588年にアルマダの海戦でイギリスに敗れたことを転換点として、スペインに対しオランダが優勢になっていった。他国に先駆けて1602年に東インド会社を設立し、1609年にはアムステルダム銀行が創設されて欧州の商業決済を担うようになり、オランダは欧州の商業決済の中心となった。

 この時期のヨーロッパはカトリックに反発してプロテスタントが生まれた時代であり、神聖ローマ帝国(現在のドイツ他)を舞台に、欧州各国が介入して<三十年戦争>と呼ばれた宗教戦争が1618年に勃発した。戦争が終結した1648年にウェストファリア条約が締結され<ウェストファリア体制>と称する新たな国際秩序(主権国家体制)が形成された。

 オランダはヨーロッパで最初に金融を発達させ、近代的な財政制度を整備した国である。ウェストファリア条約で正式な独立を果たしたが、それ以前からヨーロッパ最大の経済大国だった。但し後のイギリスと異なり、オランダ共和国は一貫して地方分権の国であり、世界初の覇権国となったにも拘らず資本主義は商業ベースだった。オランダ覇権の時代の世界システムは、物流を中心とする商業ネットワークの時代だった。国家から独立した国際貿易商人が商品や、マネーや情報の流通を担う<重商主義の時代>だったのだ。

 重商主義とは国家の輸出を最大化し、輸入を最小化することを目指す国家的な経済政策であり、16世紀~18世紀のヨーロッパ地域で支配的な考えだった。

資本主義のシステム化

 商業活動の仕組みとしての資本主義、経済成長を担う民間の商業活動、国力を形成する経済力と軍事力、経済を運営するための財政、軍事力を強化するための軍事革命の推進等、これらバラバラの要素を関係づけることに最初に成功したのがイギリスだった。それがイギリスを覇権国とした原動力となった。言い換えると、イギリスは経済成長のために「資本主義をシステム化」したことになる。

 システム化というのは現代の用語だが、イギリスが行った「資本主義のシステム化」の本質は「マネーの流れの仕組みづくり」だった。具体的に言えば、民間が行う商業活動に大規模な公的資金投入を可能とする、財政や税の制度を整備することであり、商業活動を活発にするインフラを整備することであり、軍需を拡大して重工業を促進することであり、イギリスが他国に対して優位に立つための法律を整備することだった。

 実際にイギリスは1608年に東インド会社を設立した。1651年には、ピューリタン革命を指導し共和制を敷いたオリヴァー・クロムウェルが「航海法」を制定して、国家主導で海運業を促進した。クロムウェルは1654年には消費税を導入してイギリスの財政を安定化させることに成功している。1694年にはイングランド銀行が創設され、預金・貸付・商業手形・為替等の金融業務を開始した。

 イギリスが進めた政策の中で、「戦争中に借金をしてそれを平時に返却する」という近代的な財政システムを構築したことは特筆に値する。玉木俊明教授は著書の中で、「イギリスの国家財政には、重税に耐えながら経済成長を促す効果があった。これこそがイギリスが戦争に勝ち抜くための資金を提供できた決定的な要因だった。」と述べ、さらに「イギリスは他のヨーロッパ諸国とは異なり、18世紀の内に財政金融システムの中央集権化に成功していた。他国より1世紀も早く、政府の力によって経済を成長させようとしていた。」と指摘する。(参照:資料1)

 1815年6月のワーテルローの戦いで、イギリス・オランダ連合軍はナポレオン率いるフランス軍に勝利して、ナポレオン戦争が終結した。フランス革命とナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的として、1814年9月にウィーン会議が開催された。これを契機として<ウィーン体制>と称する新たな国際秩序(国民国家体制)が形成された。そして英仏をモデルとする国民国家が相次いで誕生した。

 ウィーン体制成立と同時に重商主義の時代が終わり、<帝国の時代>となった。商人は国家による保護と国家が提供するインフラの上で商業活動を営むようになった。この時代にイギリスが覇権国家となった要因として、以下の三点を挙げることができる。

 その第一は既に述べてきたように、「資本主義のシステム化」だった。商業ベースだった活動を国家の経済に取り込んで、国家として資本主義を推進したのである。第二は世界最強の海運国家となったことだった。そして第三は世界で最初に産業革命を成し遂げたことだった。

 こうしてイギリスは情報と金融決済の中心となり世界経済システムを掌握したのだった。イギリスは19世紀初頭には世界一の海運国家となり、蒸気船による定期航路を整備して世界の商品輸送と、海上輸送保険(ロイズの前身)を担った。さらに蒸気船を使って世界中の電信網(海底ケーブルを含む)を敷設した。そして20世紀初頭には、世界のトン数の半分を所有するに至った。

 イギリスは18世紀後半に世界で最初の産業革命を実現している。1789年には蒸気機関を動力源とした紡績工場が稼働を開始した。19世紀は「蒸気の時代」と呼ばれ、それを牽引したのはイギリスだった。1806年にはそれまでの軽工業から軍需生産を可能とする重工業に転換して工業化を促進した。

 これらの政策を推進するには巨額の資金を必要としたが、イギリスはイングランド銀行が公債を発行し議会が返済を保証するシステムを構築してその課題を解決した。大英帝国を維持するには巨額の資金を必要としたことは間違いなく、実際に1700年から1800年のイギリスの公債発行額はGDP比で20%から160%に急増している。

 1820年には200%となりピークに達したが、その後経済成長を果たして1900年には約40%に縮小させている。但し「戦争の世紀」と言われた20世紀に入って再び上昇し、第二次世界大戦時には240%に達した。この結果、覇権を維持するコストを負担できなくなって、イギリスからアメリカに覇権が移行したのだった。 

資本主義の変質

 図1に示すように、資本主義の要素は、資金の貸し手としての銀行、新しい事業の担い手としての起業家、生産に従事する労働者、商品を購入すると同時に銀行に預金する消費者とで構成される。

 図1が明示するように、資本主義とはマネーの流れがイノベーションを推進する仕組みであり、言い換えれば、マネーを血流して経済を発展させる仕組みである。アントウェルペンでの取引所開設は商業の始まりで、アムステルダム銀行創設によって銀行の機能が社会に整備されたことによって資本主義経済の原型が創られた。

 スペインとポルトガルが先陣を切った航路開拓は、国際貿易を促進したと同時に欧州各国による海外植民地開拓をもたらした。そして重商主義の時代が始まり、国際貿易商人が商業の場を地域から国家へ、国家から海外の植民地へと拡大していった。

 産業革命は蒸気機関を実用化したことで、生産手段の機械化という革命を起こした。蒸気船の実用化は大航海時代に開拓された航路を定期便とし、植民地と本国の間の物流を活発にして経済の国際化を拡大した。

 銀行の発達は金融を事業化するとともに、マネーの流通を経済の血流とすることに貢献した。さらにイギリスが初めて実現させた中央銀行による公債発行は、政府の資金調達に道を開いた。イギリスは資本主義をシステム化し、商業ベースだった資本主義を国家の経済ベースに格上げしたのである。こうして資本主義というゲームのアクターに国家が加わった。

 現代に至る過程で、資本主義が大きく変質した最大の要因は、マネーの力が強大化したことによる。図2に資本主義の現代版の姿を図解して示す。図1と図2を比較すれば、資本主義がどう変質したのかが分かる。

 注目すべき要点が4つあるので、順に説明しよう。図2で破線で囲った部分は産業の領域を示す。資本主義が始まった16世紀の姿と比べれば、産業が成長して規模が大きくなり、多様化して複雑になり、グローバルになり、さらに時間の進み方が格段に速くなったことを除けば、基本構造は変わっていない。

 第1の要点は、金融市場が形成されたことだ。大きさをイメージする的確な指標が見当たらないが、現在世界のGDP総額が約100兆ドルであるのに対して、世界の債務総額は約300兆ドルと言われる。つまり世界にはGDPの約3倍の債務がある。日本円に換算すると1.4京円と4.2京円という途方もない金額だ。(1ドル=140円で単純計算)

 第2の要点は、金融市場のアクターとして実質的に政府と中央銀行が組み込まれたことだ。政府が国債を発行すれば金融市場から資金を回収することになり、その資金をもとに財政出動を行えば、或いは中央銀行が金融緩和を行えば金融市場に資金が供給される。

 第3の要点は、国際金融資本家の動きである。国際金融資本家は各国の金利差を巧みに利用して巨額の資金を調達して、その資金を将来の有望市場に半ば投機として投入してきた。さらに歴史を振り返れば、国際金融資本家は双方に戦費を用立てて戦争を画策し、高利で回収して大儲けをしてきた。また財務体質がぜい弱な国の通貨を売り浴びせて暴落させ、金融危機を起こすという通貨戦争をも仕掛けてきた。

 日露戦争の例を挙げよう。明治政府は日露戦争(1904~1905)の戦費を約4.5億円(当時のGDPの約2割に相当)と見積もり、この内約1億円(日本銀行が保有する外貨の約2倍)の外債を発行して海外から調達することを閣議決定した。当時イギリスとは同盟関係にあり、当時の高橋是清日銀副総裁が奔走して英米の国際金融資本から調達した。

 そして第4の要点は、ICTの活用が金融の世界を一変させたことだ。ICTを金融取引に最大活用することで、金融は光のスピードで世界中を駆け巡るようになった。株取引は組み込まれたアルゴリズムとAIを搭載したコンピュータどうしが1ミリ秒を争うようになった。さらに大きなレバレッジが利いたリスクある金融商品が次々に生み出された。そしてICTを開発する一握りの企業が、時価主義の金融市場で途方もない資産を独占するようになった。

 以上資本主義が大きく変質した四つの要因について説明したが、それらの総合的な結果として重要なことが二つある。一つはバブル経済が常態化したことであり、他一つはマネーが経済領域に止まらず、政治をも、戦争ですら動かす力を得たことだった。ウクライナ戦争にしても、イスラエル対ハマス戦争にしても、背後にはこの力が働いていることが明白である。

資本主義の起源、大航海時代、植民地、ウェストファリア体制、ウィーン体制、重商主義、覇権国家、資本主義のシステム化、蒸気の時代、資本主義の変質、金融市場、国際金融資本家、ICT、マネーの強大化

終焉を迎えるバブル経済と資本主義

第1部:資本主義とは何か

はじめに

 2020年以降、国際情勢は一変した。コロナ・パンデミックが起き、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、イスラエル-ハマス戦争が連動するかのように起きた。さらに1月16日には、北朝鮮の金正恩総書記が突然「憲法を改正して韓国を第一の敵対国、不変の主敵とみなす・・・」と余りにも唐突の発言をした。中国、ロシア、ハマス、そして北朝鮮の行動には、背後に共通の要因(力の作用)が潜んでいるのではないだろうか。

 国際情勢が、今まで秩序を支えてきた構造が一つずつ崩壊する様相を示しているが、一方で経済情勢は次の巨大バブル崩壊を暗示しているようだ。もし最終的な巨大バブル崩壊が起きれば、それは資本主義の破綻または終焉を意味することになるだろう。バブル形成→バブル崩壊を繰り返してきた世界経済は、資本主義の変質と連動しているからである。

 1月17日の新聞はアメリカ大統領選の初戦であるアイオア州共和党集会でトランプ元大統領が圧勝したと報道している。このまま推移すればアメリカ大統領選はトランプ対バイデンの一騎打ちとなり、どちらが勝利するかに注目が集まっている。もう一つ重要な課題がある。それは分断され破壊されてきたアメリカの民主主義基盤を回復できるかどうかだ。

 このように世界では歴史的な大事件が相次いで連動して起きているというのに、日本は戦後何度も繰り返されてきた「政治とカネ」という、余りにも次元の低い事件に埋没している。「そんなことをやっている場合か、政治家よ、いい加減に眼を醒ませ。」と叫びたい国民の認識から、現実の政治は大きく乖離している。また自民党の醜態を野党の政治家は糾弾し揶揄する発言をしているが、この問題は緊迫した世界情勢を正視せず、危機を真っ当に語れない野党の政治家に対する失望を包含するものであることを指摘しておきたい。国民の政治に対する絶望感は、単に自民党に留まらず、自民党に代わる真っ当な野党が存在しないことにある。

 アメリカとは異なる意味で、日本の議会制民主主義は衰退しているという他ない。現在我々が目撃しているのは、国際秩序の崩壊であり、破綻に向かうバブル経済と資本主義の末期症状であり、自壊しつつある民主主義なのだ。

 話が発散してしまうので、本稿では「破綻に向かう資本主義」について取り上げたい。

 「歴史的大転換点に直面する世界②」で、<金融危機:資本主義の限界>と題して、次のように書いた。

1.アメリカは2022年3月以降、矢継ぎ早に政策金利を引き上げてきた。マネーの急激な移動自体が、世界金融危機を誘発させる引き金となる。長期金利の上昇が債券の暴落を誘発して世界金融危機を起こす危険性が高まっている。

2.歴史を振り返れば、世界経済はバブルとバブル崩壊を繰り返し、しかも繰り返すたびに規模を拡大させてきた。バブルが拡大する原因は、政府・中央銀行による金融緩和にあり、バブル崩壊の引き金となるのは金融引き締めにある。

3.中央銀行はパンデミックでカードを使い果たしていて、次の危機が起きても、従来のように強力な対策を打てない。バブル依存の経済成長が限界に近付いている。

4.アメリカを例外として、G7の多くの国は力強い経済成長を実現できないまま財政赤字の増大に直面している。バブル頼みではない堅実な経済成長のシナリオを新たに開発する時を迎えている。

 本稿では上記認識を踏まえて、巨大化したバブル経済と資本主義が共倒れの危機に瀕していることについて考察を加えたい。三部作で書いてゆく。第一部は「資本主義とは何か」、第二部は「資本主義の変遷と変質」、第三部は「バブル経済=近代資本主義の終焉」である。

 本稿を書くにあたり、参照した文献は以下のとおりである。

資料1:「戦争と財政の世界史、成長の世界システムが終わるとき」、玉木俊明、東洋経済新報社、2023.9.26

資料2:「日本は一人勝ちのチャンスを台なしにしている、資本主義の本質とは社会を破壊することにある」、小幡績、東洋経済オンライン、2023.11.11

資料3:「世界の株価が暴落する2024年」、小幡績、東洋経済ONLINE、2023.12.23

資料4:「2024年は3つのリスクが導く超弩級の波乱の年へ」、大原浩、ZAKZAK、2024.1.9

資料5:「軟着陸なるか米景気 続く高金利・・・展望2024世界経済」、日経、2023.12.26

資料6:「株・・・巨大なバブルが間もなく崩壊」、Business Insider Japan、2023.12.28

第一部では主として資料2を、第二部では資料1を、そして第三部では資料3を参照した。

資本主義とは何か

 はじめに、資本主義を論じるためには、ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter、1883~1950)に触れておかなければならない。シュンペーターは1883年にオーストリア・ハンガリー帝国(現在のチェコ共和国)に生まれた経済学者である。イノベーションの理論を中核とし、経済活動による社会の新陳代謝を<創造的破壊>と表現したことで知られている。イノベーションは今日では技術革新を指すことが多いが、シュンペーターは社会変革を起こすもっと大きな概念として捉えていた。

 シュンペーターによれば、資本主義とは「企業家と資本家が組んで<創造的破壊>を起こし、経済を新陳代謝させ社会を変えてゆく仕組み」である。

イノベーションと経済成長

 シュンペーターが言う<創造的破壊>は必ずしも経済成長を意味してはいない。そうではなくて、旧来の生産者が追放されて新しい生産者が登場するという新陳代謝によって経済が発展してゆくプロセスを意味している。シュンペーターは、「意欲的な投資家とイノベーションを起こす起業家が存在して、社会変化に臨機応変に移動する労働者が存在する社会では、資本主義のメカニズムが<正の循環>として働いて経済は成長する。」と考えた。

 言い換えれば、イノベーションが<正の循環>をもたらす場合には経済は成長し、企業家の交代と産業の進化が起きて「景気循環」がもたらされる。逆に、そのプロセスのどこかに脆弱点があって<正の循環>が起きない場合には、イノベーションによって生産性の低い企業と失業者が増加するため、経済が低迷して成長は鈍化することになる。

 産業革命以降、人類はさまざまなイノベーションを次々に起こして近代化を推進してきた。日本の歴史を振り返れば、概ね20世紀まではイノベーションは経済成長をもたらしてきたが、21世紀になる頃から必ずしも経済成長をもたらさなくなった。パソコンとインターネット、さらに携帯電話の登場及び進化は<デジタル革命>を起こして社会を大きく変化させたものの、<デジタル革命>が進む過程で昔ながらの多くの産業が消滅していったことは明らかである。

 視点を変えてみよう。果たして携帯電話の普及は国民生活を豊かにしてきただろうか。生活を便利にしたことは間違いないが、多くの庶民にとって携帯電話は支出を増やして可処分所得を減らしてきたのではなかっただろうか。

 国家においてもイノベーションが経済成長を牽引してきた国とそうでない国とで明暗が分かれた。旺盛な投資が株式市場のバブルを生みGDPを力強く押し上げてきたアメリカと、「失われた30年」に喘いできた日本はその対極にある。

 両国には前述した<正の循環>において決定的な相違があることは明らかだ。要点は三つある。第一に、イノベーションを起こす起業家と、ベンチャービジネスに潤沢な資金を投じる投資家の存在に大きな開きがある。第二に、資産を投資に振り向けるか貯金に回すかという国民性に大きな相違がある。

 そして第三に、<正の循環>を促進する政策と抑制する政策との違いである。アベノミクスを例にとれば、財政規律に縛られて財政出動が中途半端なものに留まる一方で、二度も消費税増税を実施したことは、<正の循環>を抑制する政策だったことは明らかだ。

資本主義と社会主義

 資本主義の対立概念は社会主義である。両者を対比して俯瞰すると、カール・マルクス(1818~1883)は理想の社会として、シュンペーターは絶望的な結末として、資本主義が潰れて社会主義が次に来ると考えた。しかし現実には社会主義がソヴィエト連邦の崩壊と共に先に潰れてしまった。

 しかしこの事実は資本主義の勝利を意味するものではない。何故ならマルクスが描いた社会主義の理想像とソ連が実践した社会主義の現実の姿には大きな乖離があったからだ。同様に資本主義もまたシュンペーターが描いた理想像とは異なり、バブル経済と共に大きく変質していったことは明白である。

 「資本が経済社会を動かす資本主義という時代は、社会秩序を壊すことによって発展する前半と、自由になり過ぎた経済主体どうしが資本を武器に破壊しあい、経済も社会も秩序を失い、安定均衡から次の均衡には移れずに、ただ崩壊してゆく後半へと推移する。」小幡績教授はそう指摘して、資本主義は既に崩壊過程にあると警告している。(参照:資料2)

 シュンペーターはイノベーションの本質は社会を破壊することにあり、資本主義の時代とは経済と社会を破壊しながら変化させ続ける時代なのだと看破していた。このことは、生物が進化する努力を怠れば生存競争においてたちまち淘汰されてしまうように、現代社会では変化を止めれば、競争社会においてたちまち敗者となることを意味している。つまり変化することは資本主義経済を生きる宿命なのである。

 しかも変化のスピードは、技術革新と競争の圧力によって増大の一途にある。変化のスピードが臨界点を超えると、社会はついてゆけずに停滞するか、或いは加速し過ぎてばらばらになるか、何れかの道を辿るだろう。何れにしても臨界点に到達して資本主義は終焉を迎えることになる。

 視点を変えると、資本主義の終焉は別の形で既に顕在化しているのかもしれない。それは政府の財成赤字と中央銀行による金融緩和と、バブル経済の規模の増大である。これについては後段で論じたい。

起源という難問(T=0問題)

まえおき

 約38億年前に地球に生命が自然発生した。生物は数億年の歳月をかけて進化を重ね、サピエンスを誕生させるに至った。サピエンスは次々にさまざまなツールを発明して文明を築いた。そして現代、最強のスーパーコンピュータと最新のAI(以下≪SC+AI≫と略す)を発明し、人類の知を超越するシンギュラリティという臨界点に到達しつつある。最強のツール≪SC+AI≫が「考える」能力を備えた最強のマシーンに変異すれば、次の進化段階においてサピエンスを消滅させる脅威となるだろう。

関連資料

 本稿では、宇宙の始まり、生命の起源と進化、サピエンス登場、兵器化されるAIとバイオなどを取り上げる。これらについては既に書いてきたので、併せて下記資料を参照いただければ幸いである。

  ①「宇宙の始まり」:インフレーション、ビッグバン等

  ②「地球に起きた重大事件(生物編)」:生命のアーキテクチャ、大量絶滅等

  ③「地球に起きた重大事件(サピエンス編)」:コロナパンデミックの教訓、生物兵器の出現、インフェルノ等

  ④「歴史的大転換にある世界(2)」:臨界点に向かう技術革新、兵器化されるAIとバイオテロ等

コロナウィルスの発生源に関する新たな動き

 本題に入る前に、コロナウィルスの起源について新たな動きがあったので触れておきたい。コロナパンデミックに関し、中国とアメリカの専門家が改めてウィルスの起源に言及した。(参照:現代ビジネス、2023年11月24日)

 一人はWHOがウィルス研究の権威として認定した香港大学公衆衛生学院の研究員で、2019年12月に武漢で感染者が急増した時にコロナの調査にあたった閻麗夢(イェン・レイム)博士(2019年4月にアメリカに亡命)である。もう一人は米国疾病予防管理センター(CDC)の第18代所長で、コロナパンデミックの現場を指揮したエイズウィルス研究の権威ロバート・レッドフィールドJr.博士である。

 レッドフィールド博士は2023年3月に米下院の特別小委員会で「武漢研究所から漏洩した結果である可能性が高い」と証言し、ウィルスを人為的に変異させる「機能獲得研究」に対する監視強化を訴えた。レッドフィールド博士は同時に、当時米国政府が武漢ウィルス研究所と共犯関係にあったと指摘している。

 イェン博士は「新型コロナの特徴と中国のプロパガンダ戦を告発する3つの論文」、いわゆる『イェンレポート』を2020年9月以降に相次いで公表した。機能獲得研究が感染症の治療法やワクチン、治療薬の開発に大きく貢献する一方で、生物兵器として国家テロに利用される危険性に警鐘を鳴らしている。イェン博士はさらに、「欧米先進国と比べて人権意識の低い中国はさまざまなウィルス研究のメインフィールドになってきた。」と証言している。

 米中の第一人者である二人の意見は、以下の四点で一致している。

①新型コロナウィルスには人間の細胞と結合しやすいスパイクタンパク質が含まれていて、自然発生説の中間宿主に関する理論や実験結果と一致しない。

②これらの部位には、人為的な改変の痕跡がはっきりとある。

③SARS及びMERSウィルスは人から人への感染力は弱いが、新型コロナは最初から強すぎる能力を持っていて、自然界で進化したコロナには見られない特徴である。

④アメリカCDCと武漢ウィルス研究所には協力関係があった。

≪生命の起源≫

 さて本題に移ろう。ダン・ブラウンは、映画「ダヴィンチコード」や「天使と悪魔」、「インフェルノ」の原作者として知られている。小説「オリジン」の中でダン・ブラウンは、天才科学者が最強のツール≪SC+AI≫ を使ったシミュレーションを仮想のタイムマシンとみなして、「生命進化の起源と未来」の謎に挑むというテーマを取り上げている。このテーマについて、『奇跡の物語』の視点から検証を加えてみたい。

 関連資料②で書いたように、科学は生命の起源について以下の事実を明らかにしてきた。第1に「生物の進化」については、約38億年前に単細胞生物が、約10億年前には多細胞生物が登場し、約6億年前には「カンブリア爆発」が起きて、さまざまな動物が一斉に誕生した。第2に、絶滅した生物を含む地球上に存在した全ての生物が単一の「アーキテクチャ」を共有している。一方、最初の生命がどうやって誕生したのかについては謎のままである。

 科学が解明したことは、最初に地球に誕生した単細胞生物の子孫として進化を繰り返し、全ての生命が誕生したという事実だった。ここで「生命のアーキテクチャ」は以下の三つである。

  ①遺伝情報の記録と伝達にDAN、RNAを用いていること

  ②エネルギーの授受にATP(アデノシン三リン酸)の酸化還元反応を用いていること

  ③タンパク質の合成に同一の20種類のアミノ酸が利用されていること

 小説でははじめに、最強のツール≪SC+AI≫に、今までに人類が明らかにしてきた科学の知見をインプットしてシミュレーションを行い、「生命誕生の起源」の謎に挑んでいる。小説の中で天才科学者が注目したのは、1950年代に二人の科学者が行った伝説的な実験だった。

 ユーリー博士(Harold. Urei)とミラー博士(Stanley. Miller)は1950年代に、原始の海洋と大気の組成を再現した「原始の海」を実験室に作り、落雷に代わる電気ショックを与えて、生物のアーキテクチャに係る有機物が生成されるかどうかを確かめる実験を行った。実験の結果、数種の有機化合物(アミノ酸)が無機物から生成されたものの、生命に繋がる物質は生成されなかった。

 ただし現代から眺めると、ユーリー/ミラーの実験には重大な誤りが二つあった。一つは原始の海の組成が現在の知識とは異なっていたこと、他一つは実際には数億年かかって起きた変化を短期間で確認しようとしたことだ。

 ならば現在までにサピエンスが解明し蓄積してきた最新の知識を境界条件として与え、数億年に及ぶ時間経過を模擬するシミュレーションを≪SC+AI≫にさせればいい。シンギュラリティの時代の最強ツールなら、「生命の起源」の謎を解明できる。そう考えた天才科学者がシミュレーションを実施した。・・・小説はそういう物語展開となっている。その結果、最初の生物は地球環境の中で十分な時間経過の後に自然発生したことが示される。

 「生命の起源」問題の答えは、科学か宗教かの二者択一を迫るものだ。即ち原始の地球環境で自然発生したとなればそれは科学の範疇であり、そうでなければ神が作り給うたという二つだ。シミュレーションの結果は自然発生だった。実際に原始の海で起きた変化も恐らくそういうことだったと思われる。

散逸構造とエントロピー

 この物語を科学的に解釈すると、「生命は地球環境における散逸構造の一つであり、原始の海で自己組織化メカニズムが働いて自然発生的に誕生した」ということになる。

 生物のみならず宇宙で進行中の変化は、以下の何れかに分類される。

  ・エネルギーの流入がある環境では、エネルギーを使って秩序が形成される

  ・エネルギーの流入がない環境では、エントロピーが増大する(混沌さが増す)

 そして生物という存在は以下の三点に集約して理解することができる。(参照:ダイヤモンドオンライン『私達の体の多くの部分はいつも入れ替わっている』、更科功、2019年12月21日)

 第1に物理現象として捉えると、生物はエネルギーを得て形成された秩序であり、エントロピー増大法則(熱力学第二法則)に反している。

 第2に地球環境と生態系の関係として捉えると、生物は地球環境におけるエネルギー散逸に貢献していて、生態系全体としてエントロピー増大法則に従っている。

 第3に進化という視点から眺めると、生物は子孫を残し世代交代して「生態系の進化」という大きな物語の小さな役割を演じている。

 参考までに散逸構造の分かり易い事例を挙げれば、落雷は空中に蓄積される電気エネルギーを散逸する自然現象であり、渦潮は流れ込む潮流のエネルギーを拡散させるために自然に形成される構造である。人間社会で言えば、都市は常に流れ込むエネルギーや資源を消費することで形成され維持される社会構造であり、人々がさまざまな活動を行って廃棄物(エントロピー)を吐き出している。

≪進化の未来≫

 小説は次に二つ目のテーマとして、生物進化が辿った歴史を≪SC+AI≫にインプットして、≪進化の未来≫を予測するという展開になる。シミュレーションの結果、近未来にはサピエンスに代わる「新しい種」が登場し、地球の主役が交代して、サピエンスは淘汰される未来が描かれる。これこそがシンギュラリティに到達したAIが人類の脅威として恐れられる理由である。

 前と同様に、この物語に科学的な考察を加えてみよう。そもそも未来を予測することは可能だろうか。

 確かにスーパーコンピュータ(SC)の能力は今後も指数関数的に能力が向上してゆくだろう。人工知能(AI)もこれからシンギュラリティを達成し、さらに飛躍的な進歩を遂げてゆくことは間違いない。さらに人類が積み上げてきた知(K)の体系も増加してゆくだろう。では近未来の≪SC+AI≫は最新の≪K≫を使って、次の予測を行うことができるだろうか。

  Q1:今後「生命の進化」の物語はどういう展開になるのだろうか

  Q2:生物の絶滅は過去に5回起きたが、次の絶滅はいつどういう形で起きるだろうか

 答えはネガティブであろう。シミュレーションの特性であり同時に限界でもあるのは、シミュレーションを行うためには「モデルの記述」と「パラメータの設定」が必須であって、これを誤ると全く異なる結果がもたらされることだ。今後幾ら≪SC+AI≫が進歩を遂げたとしても、現在から未来に至る変化をもたらすモデル(宇宙で言えば物理法則)の記述と、適切なパラメータの設定が可能となるとは思えない。

 分かり易い身近な例として天気予報を考えてみよう。天気予報に対する現状の評価は概ね次のようなものだろう。

  ・明日の予報は概ね当たるが、1週間先の予報は当たらない

  ・但し明日雨が降ると言っても、正確な地域と時刻を予告することは出来ない

 これは次のように説明できる。日本及び周辺海域の気象予報を正確に行うためには、気象衛星ひまわりの解像度を上げるだけでは不十分で、周辺海域のさらに外側の気象と海象に関するきめ細かな観測情報を境界条件として付与する必要がある。日本の気象に影響を及ぼす大きな因子として、大陸からは偏西風に乗って高気圧や低気圧が間断なくやってくるし、南方からは台風が、北方からは寒気がやってくる。同時に日本列島を挟むように黒潮と親潮が流れていて、その海水温は気象に大きな影響を及ぼしている。気象庁はこれらの刻々の観測データを境界条件として≪SC+AI≫に与えてシミュレーションを行い、天気予報を行っているのである。

 もう一つ例を挙げよう。生物進化の歴史には、5回の大量絶滅(ビッグファイブ)が起きたことが分かっている。では絶滅を起こした原因はどこまで解明されているだろうか?恐竜を絶滅させた5回目の絶滅(6600万年前)が、ユカタン半島に衝突した直径10km程の隕石によってもたらされたことを唯一の例外として、それ以外の絶滅については、地球内部由来(大規模火山噴火、巨大地震など)か、宇宙由来(物体の衝突)かすら特定できていない。

 その原因は、地球内部のダイナミズム(プレートやプルームの動き)が解明できていないので、巨大地震も巨大噴火も予兆現象が起きるまで予知できないことにある。同様に、小惑星や流星や隕石についても、次の地球衝突のXデーがいつになるかは、その物体が観測網によって探知されるまで予測できないのである。

 生物進化にせよ、宇宙膨張にせよ、未来を予測するためには、現在から未来に向かう変化をもたらす物理法則(シミュレーションにおけるモデル)と境界条件(パラメータ)を明らかにする必要がある。但しここに人知の限界が立ち塞がる。物理法則にも境界条件にも、現代の人類が解明できていない未知の要素が存在するのである。

 分かり易い例がダークマターとダークエネルギーだ。但しそういうファクタを考慮しなければ宇宙の振る舞いの辻褄が合わないということだけで、その正体は皆目分かっていない。仮説としての概念があるだけで、その振る舞いを記述する物理法則が分からないのだ。

 では最強のツール≪SC+AI≫が進化して、サピエンスに代わってAIが科学的知見を探究して、現状未発見・未解明の領域に踏み込んで科学を深耕してゆくということはあり得るだろうか?恐らくネガティブである。何故なら探究はサピエンスの知的好奇心に基づく行動であり、観測や実験などの作業が不可欠だからだ。≪SC+AI≫が言わば手足を持たない、頭だけの存在に留まる限り、言い換えれば≪SC+AI≫がツールに留まる限り、サピエンスに代わることはあり得ない。

≪宇宙の起源≫

 ダン・ブラウンが小説≪オリジン≫で提起したテーマがもう一つある。後段で主人公ラングドンに語らせた言葉が、三つ目のテーマを示唆している。それは「物理法則に生命を創造する力があるのなら、物理法則を創造したのは一体誰なのか?」という問いだった。この問いこそは「生命の起源からさらに遡り、宇宙の起源に係る」究極の問いに他ならない。

 生命の起源を辿るのと同じように、思考実験で宇宙の起源を遡るとしよう。現在予測されている宇宙の始まりの物語は凡そ次のようなものだ。(関連資料①参照)

  ・宇宙は凡そ138億年前に突然始まった

  ・直後にインフレーションが起きて空間が瞬間に大膨張した

  ・インフレーションを起こした「真空のエネルギー」が膨大な熱を発生した

  ・超高温となった結果、膨大なエネルギーによって物質が生成されビッグバンが起きた

 これは途方もない仮説であって、素人の理解を遥かに超えているのだが、一つはっきりしていることは「宇宙の起源」というのは現在の物理法則すら成り立たない特異点であることだ。

 つまり「生命の起源」と「宇宙の起源」には決定的な違いが存在する。「生命の起源」問題は、既に地球上にあった無機物質からどのようにして最初の生命が誕生したのかだった。そしてその解は科学か宗教かの二者択一、二律背反だった。

 これに対して「宇宙の起源」問題は、現在の宇宙に存在する物質構造とエネルギー、それに物理法則がどのようにして生まれたのかという究極の問いである。単刀直入に言えば「無から有がどのようにして生まれたのか」ということであり、現代の科学は全く歯が立たない難問なのである。科学で立ち向かうことが無理なのであるから、宇宙の起源をもたらしたものを「神」と呼ぶとしても何ら違和感は生じないだろう。この難問の解は唯一つしか存在しない。科学と宗教の二者択一ではなく二律背反でもない。科学も従来の宗教も無力なのだ。ここでいう「神」は宗教にみられる人間中心の神ではなく、宇宙の創造神としての「神」、即ち宗教すらも超越している「神」であることを付け加えておきたい。

歴史的大転換点にある世界(3)

進行中の危機と三つの臨界点

 「歴史的大転換点にある世界」(1)及び(2)で論じてきたように、現在世界で危機的な事態が同時進行している。危機が起きている背景には、現代社会が幾つかの意味で臨界点に近づいている現実がある。危機のメカニズムが同質のものを括って整理すると、表1に示すように、三つの臨界点に集約することができる。

日本は何をすべきかを考える

 2022年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻してから1年9ヵ月になるが、未だ停戦に至っていない。そうこうする内に、2023年10月7日にはパレスチナのスンニ派イスラム原理主義、民族主義組織のハマスがイスラエルに軍事侵攻してイスラエル-ハマス戦争が始まった。(「イスラエル-ハマス戦争の深層」https://kobosikosaho.com/world/1002/

 この戦争は何故起きたのか。歴史に刻まれた複数の原因があることは言うまでもないが、ウクライナ戦争で明確になった「覇権の弱体化と国際秩序の瓦解」が背景にあることは確かだろう。単刀直入に言えば、「アメリカの覇権が弱体化し、中東におけるプレゼンスが後退した」ことが、ハマスによる軍事侵攻を誘発した可能性が高い。

 二つの戦争は欧州と中東で起きたが、背景に国際社会を形成するシステムの制度疲労があり、第三幕は東アジアとなる可能性がある限り、日本から見て遠い世界での出来事として済ますことは出来ない。

 このように地球環境、人類社会の制度とシステム、それに技術革新の分野で、同時に複数の危機が進行中である。この事態に臨み日本はどう対処すべきなのか、日本の役割は何処にあるのかについて、戦略志向で考えなければならない。

 本サイトでは、激動する世界に臨み、次々に起きる事件や事態をどう理解すればいいのかについて、「思考にも作法が必要」だという信念から論じてきた。「思考の作法」の具体論については「思考の作法から見た戦後政治」(https://kobosikosaho.com/manners/563/ )に整理してあるので参照していただきたい。

世界の近代化(概観)

 表1に整理した危機に関し、その全体像を把握し本質を理解するために、世界の近代化の変遷を図1に図示してみた。

 そもそも近代化を促進した要因は何だったのか。答えは二つある。一つは資本主義と民主主義を基礎とした制度・システムの整備であり、もう一つは産業振興である。「20世紀は戦争の世紀」と呼ばれるが、戦争は産業振興がもたらした産物である。そして産業振興を促進した原動力となったのは技術革新だった。新しい技術が次々に登場して新しい産業を興し、同時に新しい兵器を生み出したのであり、それが急速に進んだのが20世紀だったのである。

 他国よりも先に新しい技術を実用化し、産業を興し、軍備を増強することは即ち国力の増大をもたらすことから、先進国は競って富国強兵を推進した。それが産業と戦争の両面において20世紀が歴史上特筆すべき時代となった理由である。

 世界の近代化の歴史を考える上で重要なことが一つある。それは覇権の存在である。英国が覇権国となったのは、ワーテルローの戦いでナポレオン率いるフランスを破った1815年だったと言われる。また英国が大英帝国として19~20世紀に世界の覇権を握ることができた理由は、1760年頃から世界に先駆けて産業革命が起きたことと、蒸気機関を搭載した外洋船を量産して世界の海運業を制したことにあった。(参照:京都産業大玉木教授、東洋経済オンライン、2018年2月19日)

 近代化のプロセスにおいて、世界が二つの世界大戦に突入していったのも、近代化を競った世界の宿命であったと思われる。そして二つの世界大戦を教訓として、国際秩序を維持する仕組みとして国際連合が1945年10月に創設されている。創設に参加したのは51ヵ国に及ぶが、敗戦国だった日本とドイツは含まれていない。

 何れにしても、第二次世界大戦は戦争の規模として人類史上最大となり、さらに核兵器が使用されるに至って、人類は「戦争の世紀」にようやく一応のピリオドを打ったのだった。

 大戦が終わると米ソ冷戦の時代が始まった。この期間にも朝鮮戦争やベトナム戦争が起きており、人類は性懲りもなく戦争を続けたのだった。そして1989~1991年にはベルリンの壁崩壊とソヴィエト連邦の崩壊が起きて、ポスト冷戦期(アメリカ1強の時代)が始まった。またマルクスの予言に反して資本主義は破綻せず社会主義が消滅する結果となった。

 このように産業振興と戦争をもたらした技術革新であるが、人工的に核分裂を起こす技術が原子力発電を実用化した一方で核兵器を生み出した。そして技術革新は20世紀後半から分野を拡大する一方で、一気にギアチェンジするかのように加速しながら進歩を遂げた。特にムーアの法則に従ってコンピュータの能力が指数関数的進化を遂げると、それがさまざまな分野で技術革新を促進した。

 原子力の利用に留まらず、現在目覚ましい進歩を遂げているバイオやAIの技術もまたデュアルユース(軍民両用)である。そして広範な分野で革新的技術が一斉に開花する現代を迎えたが、中でも遺伝子操作に係る技術とAIの劇的な進歩は近未来に人類の未来を劇的に変革する可能性を秘めていて、ひとたびガバナンスを怠れば人類を危機に陥れる兵器にもなり得る。

 表1に戻り、図1の現在の状況を要約してみたい。大戦の終結から78年を経て二つの戦争が起きた。一方でアメリカの覇権は既に1世紀を経て相対的に弱体化し、国連安保理に期待される紛争解決機能は二つの戦争が起きて制度疲労が明らかとなり無力さが露呈した。社会主義はソ連の崩壊と同時に消滅したが、資本主義もまたマネーの増大と格差の拡大によって限界に直面している。指数関数的に進展してきた技術革新は、バイオとAI技術が人類の統制を越えて暴走するレベルに到達しようとしている。

日本の近代史(日露戦争と太平洋戦争の勝敗を分けたもの)

 幕末期に西欧列強の近代化を目の当たりとした日本は、英仏米に約1世紀遅れて、1968年の明治維新を皮切りに一気呵成に西洋文明を取り入れ、短期間で富国強兵を成し遂げて列強の仲間入りを果たした。世界の近代化競争に遅れて参画した日本が、明治期に日清戦争(1894~95年、日露戦争(1904~05年)と二つの戦争を戦うことになったのは、近代化のプロセスとして避けて通れない宿命であったように思われる。

 このように明治維新を機に近代国家への転換を成し遂げた日本だったが、真に列強と肩を並べるには、二つの戦争と共に二つの不平等条約を撤廃する必要があった。言うまでもなくそれは治外法権の撤廃と関税自主権の回復である。治外法権は日清戦争期の1894年(明治27年)に撤廃され、関税自主権は日露戦争後の1911年(明治44年)に回復された。

 このように俯瞰すると、誠に明治という時代は日本が西欧列強と肩を並べるまでの「坂の上の雲」の物語だったことを再認識させられる。これが昭和の時代になると、日本は中国大陸での権益を巡って、欧米及びロシアと対立を深めていった。そうして覇権が大英帝国から移行しつつあったアメリカとの全面衝突へ向かっていったのだった。

 歴史的な大事件を軽々に論じることは慎まなければならないが、議論を進めるために敢えて総括すれば、明治の日露戦争と昭和の太平洋戦争の勝敗を分けた決定的な要因は以下の二点に要約できるだろう。

1)日露戦争では、当時の覇権国イギリスと同盟を組んで、英国が持つインテリジェンスを最大限利用して大国ロシアを破った。

2)太平洋戦争では、無謀にも覇権国アメリカに真っ向から戦争を挑んで敗れた。敗因は、英米露の蜜月関係、世界の戦争に関わりたくないアメリカの国内事情に関するインテリジェンスが欠落すると同時に、戦争遂行に対する戦略(終結のシナリオとタイミング、戦後のビジョンなど)を持っていないことにあった。

 このように日本の近代史には大きな成功と大きな失敗の双方が刻まれている。図1を参照して成否を分けた要因をさらに要約すれば、次の三点に整理することができる。即ち、第1は覇権国を味方にしたか敵に回したかの違いであり、第2は相手国とのインテリジェンスの優劣であり、そして第3は戦略の有無であると。

日本の近代史の転換点

 日本の近代化には二つの転換点があった。言うまでもなく、明治維新と敗戦である。既に述べたように、明治維新こそが西洋式近代化の起源であり、そして敗戦は安倍元総理が掲げた「戦後レジーム」の起源となった。

 戦後レジームの下で二つの大きな物語が綴られた。一つは経済に係るもので、世界史においても比類なき経済成長を遂げて経済大国となった「復興と成長の物語」である。他一つは政治に係るもので、未だに「対米従属・対中忖度」の政治を続けている「現状維持と停滞の物語」である。

 図1に戻り、米ソ冷戦期以降の世界の歴史を概観してみよう。1945年に世界の大乱が終わり、米ソ冷戦が始まった。この時代に中国が台頭して世界の工場となり、劇的な経済成長を遂げた。1991年にソ連が崩壊し、アメリカ1強時代が始まった。それから32年が過ぎて中国は経済・軍事両面でアメリカに挑戦する唯一の国となった。相対的にアメリカのプレゼンスが弱体化し、それがウクライナ戦争とイスラエル戦争を誘発する要因となった。

 このように概観すると、現在は世界の覇権構造が変化する転換点にあることが明らかだ。同時にウクライナ、イスラエルの次の戦争は東アジアで起きる蓋然性が高いことも言うまでもない。

 2023年の現在は、明治維新から155年、敗戦から78年に位置する。中東情勢が象徴するように、アメリカのプレゼンスが後退したことが地域に力の空白を生み、BRICSの拡大やイランとサウジアラビアの和解が象徴するように、地域大国の台頭と地域の不安定化をもたらした。

 発想を変えてみれば、地域大国の台頭と多極化が進む中で、日本は戦後の「対米従属・対中忖度」のNATO(No Action, Talk Only)外交を転換すべき絶好のタイミングを迎えている。言うまでもなく転換に成功すれば明るい未来があり、転換に失敗すれば、激変する世界において没落してゆく未来がやってくる。今転換しなければならない正念場に日本は立っていると言えよう。

 そのためには、日本は明治維新と敗戦という「二つの転換点における成功と失敗」を教訓とし、第一にアメリカの同盟国として、第二に日米英豪の海洋国家連合のメンバーとして、第三に東アジアの地域大国としての未来のポジションを明確にして、激変する世界における日本のRMC(役割Role, 使命Mission, 能力Capability)を再構築しなければならない。

世界でもユニークな日本を取り戻す

 かつて安倍元総理は「地球儀を俯瞰する外交」を志向していた。地球儀を眺めると、日本という国が世界で極めてユニークな存在であることを再認識させられる。つまりこういうことだ。日本はユーラシア大陸の沖合に弧を描いて浮かぶ国境が存在しない列島であり、独自の言語を持つ単一民族で、一万六千年以上に及ぶ世界から独立した縄文文明を育み、神道という独自の宗教観を持っている。

 四季のある亜寒帯から亜熱帯に位置する島国の日本は、縄文の時代から自然を畏敬し、生物多様性を尊重する文明を築いてきた。一貫して天皇制を有し、歴史において貴族による中央主権制と武家による地方分権制を経験し、独自の資本主義と豊かな文化を育んできた。

 歴史においては仏教を始め、中国・インド・朝鮮からさまざまな文化を取り入れ、そして最後に満を持して西洋文明を取り入れた。異文化を取り入れながら、決して取り込まれることはなく、独自の文明の中に巧みに融合させてきた。地理的な要件と気候に加えて、この点が日本人をしてユニークな存在としている理由であるように思う。

 このように欧米列強が植民地獲得競争に明け暮れていた明治維新期において、恐らく日本は世界一平和に近い社会を作っていたことが明らかだ。その事実は、その後日本を訪れた外国人が残した書物にも記録されている。代表的なものを挙げれば以下のとおりである。

・ヘレン・ミアーズ、「アメリカの鏡・日本」、角川書店、2005(原作は1948)

・アレックス・カー、「美しき日本の残像」、朝日文庫、2000

・ロジャー・パルバース、「もし日本という国がなかったら」、集英社インターナショナル、2111

 以上述べたように、日本の近代史の前半は意気揚々とした時代だったが、敗戦によって状況は一変した。一変させた最大の原因は、言うまでもなく敗れる戦争に突入してしまった無謀さにあるが、もう一つの原因は敗戦という歴史上の事件をきちんと総括せず評価をウヤムヤにしたまま放置してきた無作為にあったと言えるだろう。

 総括を怠ったのは無論GHQによる統治と無関係ではない。しかし日本の歴史の転換点において融通無碍に発揮された日本人が持つユニークさ、つまり異文化を取り込んで消化し、縄文由来の日本文明に融合させて文明を進化させてきた特筆すべき才能が、敗戦という転換点においては発揮されなかったことに注目すべきである。

 もう一つ重要なことを付け加えておきたい。視点を現代に戻すと、欧米諸国や露中と比較して、現代日本には「戦略志向」が根付いていない。恐らく縄文の太古から資源を奪い合う競争が存在しなかった環境が背景にあることは間違いない。四季に恵まれている気候故に農作物に恵まれ、周囲を海に囲まれている故に漁業資源が豊富で、国境がない故に他の民族との戦争がなかったからである。

 しかしそれだけでは説明できない。既に書いたように明治という時代は明治維新を起源とし、治外法権の撤廃をもって幕を閉じている。明治を担った政治家には、その前の時代からDNAとして受け継がれた「武士のスピリット」が残っていて、それを基に欧米列強を相手した戦略観を持っていたことは疑いようもない。それが日清・日露戦争と二つの不平等条約撤廃という外交の大仕事を成し遂げた力となったように思える。

 これに対して、太平洋戦争の開戦から敗戦に至る外交においては、戦略の痕跡が見当たらないと言ったら言い過ぎだろうか。「デカダンスと称された大正期」を経て日米開戦に至る30年の過程で、明治の時代には確かに存在していた「武士のスピリット」と戦略観が失われて、日本は戦略が欠如した戦争へと向かっていった。そして屈辱的な敗戦を経て、「戦後レジーム」を払拭して建て直す気概すら失って、現在の「対米従属・対中忖度のNATO外交」に至っている。

歴史的転換点に臨み、日本の役割を考える

 敗戦から78年が過ぎた。現代は国際秩序が瓦解し再び騒乱の時代に突入しているという認識と、日本が近代史の第三の転換点に立っているという認識に立って、図1に描いた日本の近代史の未来を展望してみたい。

 はじめに、未来から現在を見つめる「目的思考」に立つためには、何よりも先立ち「日本は未来にどういう国を目指すのか」という目的地を明示しなければならない。批判を恐れずに一案として書いてみると、≪国益を追求し国力を最大化する努力を怠らず、国を豊かにすると同時に日本がもつユニークさを最大活用して、国際社会の課題を克服するために、リーダーシップを発揮する国になる≫ということになるだろうか。

 続けて、現在世界が直面する三つの臨界点に対して「日本が果たすべき役割」を、一案として書いてみよう。

≪臨界点1:人口・経済活動の増大が地球の恒常性に影響を及ぼすレベルに到達しつつある≫に対しては、縄文時代から地球環境と共存してきた立場から、臨界点を克服するための発想、アプローチ、技術を世界に提示する。

≪臨界点2:国際社会・国家・経済の領域で、制度とシステムの制度疲労が起きている≫に対しては、世界の近代史において制度とシステムのデザインを担ったのは英米であることを踏まえて、「西欧-露中-グローバルサウス」という現在の対立の構図よりも一段視点を高く上げて、より普遍的なデザインを提示する。この領域には、国連の再構築に留まらず、資本主義と民主主義のアップデートも含まれる。

≪臨界点3:コンピュータ・AIが加速度的に進化して、シンギュラリティに到達しつつある≫に対しては、これらの分野で先端技術開発を担うとともに、新しい技術を暴走させないためのガバナンス構築に主体的に取り組む。この役割を担うためには、バイオやAI等の分野で、日本が技術開発の最先端に立つことが条件となることは言うまでもない。

 人類が直面する課題とそれを克服する取組みにリーダーシップをもって参画することは、日本の強みを活かすと同時に、日本の産業競争力を高め、産業振興と経済成長に寄与する道でもある。何れも相当タフな挑戦ではあるが、豊かな未来は困難に全力で取り組むその先に開けると信じるべきだ。

 以上述べてきた役割を担い使命を果たすためには、日本が克服しなければならない障壁がある。それは安倍元総理が述べていた「戦後レジームからの脱却」であり、明治維新期に確かに存在した崇高なスピリットと戦略観を取り戻さなければならない。それこそが役割と使命を果たすために必要な資質であり能力であることを付け加えておきたい。

総括(スピリットを取り戻せ)

 縷々述べてきたように、人類の近代史において、世界は今三つの臨界点に直面している。些か乱暴だが、一言で「西欧文明の制度疲労」と括ることができるかもしれない。 日本は明治維新以来、西欧文明を取り入れて成功と失敗を積み重ねてきたが、現在直面している危機の多くがその西欧文明に係る臨界点であることを考えると、ユニークな文明と宗教観をもつ日本が果たすべき役割は、日本人が自覚する以上に大きいと肝に銘じるべきではないだろうか。西洋文明の制度疲労を補強できる他の文明があるとすれば、それは西洋文明と対立する文明では決してないからだ。

イスラエル-ハマス戦争の深層

ハマスによるイスラエル襲撃

 10月7日早朝、数千発のロケット攻撃や無人機攻撃をおとりとして、数百人のイスラム原理主義組織ハマスの戦闘員がパレスチナ自治区ガザからイスラエル南部に侵攻し、数百人~千人の民間人を無差別に銃撃し、建物内に逃げた人達を手榴弾で殺害するという凄惨な事件が発生した。さらに音楽イベントに参加していた外国人を含む約260人を連行した。ハマスは世界のイスラム教徒に「ジハード(聖戦)のために結集せよ」と呼びかけたという。

 これに対して国連のグテーレス事務総長が10月24日の安保理で「ハマスのテロ攻撃の背景にはイスラエルの占領政策がある。ハマスの攻撃は何もないところで起きた訳ではない。パレスチナ人は56年間占領に苦しんできた。」と物議を醸す発言をしている。これに猛反発したイスラエルは事務総長の辞任を要求した。

 ハマスの軍事侵攻の背景にイスラエルの占領政策があることは当然だろう。歴史は因果関係の連鎖として綴られているからだ。しかし国連事務総長の立場で、ハマスの襲撃にも一理あると受け止められる発言をしたことは、不適切であり問題の解決を複雑にするだけだろう。

 ところでハマスは何故このタイミングでこれほどの重大事件を起こしたのだろうか。イスラエルを軍事侵攻してこれ程の被害者を出した以上、イスラエルから大規模な報復を受けることは必至である。敢えてイスラエルに攻撃の口実を与える程ハマスはバカではないだろう。事件を起こした深層について分析が必要である。

 数千発のロケット攻撃をおとり作戦として使うなど、今回の襲撃にあたってハマスは周到な準備をした上で行動を起こした。イスラエルによる反撃は百も承知で侵攻した筈である。つまりこの事件はハマスの単独行動でも衝動的な行動でもなく、背後には何らかの連携と計算されたシナリオがあったと考えるべきだ。

 この点に関して、国際政治学者の細谷雄一氏が10月24日の産経新聞に分析記事を書いている。要点を紹介する。

①今回の事件は、国際秩序の主導権を競う米国と中・露の世論戦でもある。だが、どの大国も紛争を解決する影響力を持っていない。国際秩序は無極化し融解しつつある。

②米国は中東でのプレゼンスを大幅に低下させたが、逆に反米のイランは影響力を増し、これまで親米だったサウジアラビアは親中に傾斜しつつある。

③ウクライナ戦争が起きて米国と中・露が覇を競う間に、グローバルサウス(以下、GS)が台頭し、地域大国はそれぞれ独自の論理で自律的に動き始めた。

④ハマスはガザで民間施設の地下に軍事施設を作り、市民を犠牲にする非人道性が際立っている。この非人道性はもっと認識されるべきだ。

 安保理での議論を聞くまでもなく、10月7日の侵攻以降のイスラエル対ハマスの戦闘について、「何れに正義があるか」を考えることには余り意味がない。何故なら政府は正義からではなく政治的に行動する主体であり、武装テロ集団は憎悪に基づいて行動する主体だからだ。万一正義があったとしても、それは極めて利己的なものでしかない。

 イスラエルとパレスチナの間には1948年のイスラエル建国以来の闘争の歴史があり、しかもその歴史は双方の因果関係によって綴られてきた。歴史をどこまで遡るかで正義の所在は揺らぎ、時には逆転さえあり得るだろう。加えて両者には民族の違い、宗教の違いが存在し、対話の基盤となる共通の価値観や原則(以下、プリンシプル)は存在しない。この意味からもグテーレス事務総長の発言は極めて不適切と言える。

ハマスの背後の存在

 ハマスの背後にイランが陣取っていることは確実であり、イランはロシアと連携している可能性がある。イランとロシアは協議を繰り返してきたし、ハマスの幹部がロシアを訪問したという情報もあるからだ。世界一級のインテリジェンスを持つイスラエルがそれを知らぬ筈はない。

 さらにイランはハマスを含む民兵組織を支援していて、海側を除く三方面からイスラエルの包囲網を築いている。イランの関与について産経新聞は10月25日に次のように報じている。

①イラン革命防衛隊で対外軍事・諜報部門を担う精鋭の「コッズ部隊」のガアニ司令官がレバノンのベイルートに設置した「作戦室」で民兵組織と協議を重ねてきた。

②民兵組織にはハマスの他に、ガザを拠点としハマスと共闘する過激組織イスラム聖戦、レバノンのシーア派民兵組織ヒズボラが含まれており、シリアに軍事拠点を築くイラン革命防衛隊も参加したという情報がある。

③イランが年間数億ドルもの支援をしているヒズボラは、ハマスを上回る戦闘能力を有する。

④イラン革命防衛隊は10月以降、活動拠点のあるシリアからイスラエルに対し砲撃を行っている。イスラエル軍はダマスカスや北部のアレッポにミサイルで応戦している。

⑤戦線は既にイスラエルの三正面に拡大している。

⑥イランが民兵組織の動向を詳細に把握しているかは不透明で、イラン指導部は10月7日のハマスのイスラエル攻撃を承知していなかった可能性もある。

 真相がどうであれ、今回のハマスによる侵攻はイスラエルの自衛権行使を正当化させ、黒幕はイランだとしてイラン本土を攻撃する口実を与えるものだ。イランが保有する5つの核施設はイスラエルから凡そ1500kmの距離にあり、戦闘行動距離が約1600kmのF-16に補助タンクを搭載すれば攻撃可能となるという。但し空爆するにはシリアやイラク、ヨルダンの領空を侵犯することになる。

 今後イスラエルがどこを攻撃するか、即ちハマス殲滅作戦がガザ地区に留まるか、それともイラン(核施設)攻撃に向かうかが注目される。

安保理の機能不全ここに極まれり

 10月18日の安保理で、ブラジルが提起した決議案が「イスラエルの自衛権に言及していない」との理由で米国の拒否権により否決された。安保理15ヵ国の内、日本やフランス、スイスなど12ヵ国が賛成し、英国とロシアが棄権した。

 10月25日に米国が提出した「ハマスによる凶悪なテロを非難し、(イスラエルを念頭に)あらゆる国にテロに対する自衛権があると明記し、国際法に基づく民間人の保護を双方に求め、ガザで活動するテロ組織に武器供給や経済的な支援を止めるよう関係国に呼びかける」決議案は、10ヵ国の賛成を得たが今度は露中の拒否権によって否決された。

 この顛末は、安保理は常任理事国が自陣営の利益最大化から主張しあう茶番劇を演じる舞台なのだということを再認識させるものとなった。これに対して、民主主義国家では「プリンシプルとしての法体系」と「民主主義に基づく裁判というシステム」が存在し、「行政も国民も裁判結果を受け入れる文化」が定着している。独裁国家や安保理にはそれがない。しかも5大国は拒否権を持っていて、気に入らない決議案を「ノン!」と一蹴できる。ウクライナの事例では被告人の立場にあるロシアが拒否権を発動して決議案を葬ってきた。機能不全ここに極まれりだ。安保理という制度設計の欠陥が決定的となった。

二律背反の「イスラエル対イラン核開発」

 ウクライナ戦争以降、中東情勢が激しく動いている。まず今年3月に中国が仲介して北京でサウジアラビアとイランの和解が成立した。また9月にはサウジアラビアが米国との防衛協定と引き換えに、イスラエルとの関係を正常化すると米国NBCが報じた。二つの出来事は次の地殻変動的な変化を暗示するものだ。

・中東における米国のプレゼンスが弱体化している

・地域大国であるサウジアラビアとイランが独自外交を展開している

・中東における中国の影響力が増大している

 但し、この変化は以下の不協和音を含んでおり、一本道を進むような展開にはなり得ない。中東情勢の力学は親米か反米かで動いている側面があり、米国のプレゼンス低下に伴って局所的な波が発生し、さらにそれが折り重なるように衝突して、複雑な波が発生するという自然現象に似ている。

・同じイスラムの大国と言っても、サウジアラビアはスンニ派が、イラクはシーア派が政権を握っていて、両者はあらゆる意味で水と油の関係にある

・ハマスはスンニ派であって、イスラエルとパレスチナの紛争が未解決のまま、サウジアラビアがイスラエルと和解することはあり得ない

・シーア派のイランがスンニ派のハマスを支援している理由は、両者が共に反米で一致しているからである

 イスラエルはこれまでアラブ諸国が核兵器を保有することを実力で阻止してきた。フリー・ジャーナリストの深川孝行氏の記事から要点を引用する。(参照:深川孝行、JBPress、10月17日)

・1981年6月にイラクで建設中のオシラク原発(イスラエルから900km)をF-16で空爆して破壊した。

・2007年9月にシリアが秘密裏に建設したデリソールの核関連施設(イスラエルから470km)をF-16で攻撃し破壊した。

・2010~2021年にはイランのナタンズに建設中のウラン濃縮施設を三回にわたって破壊した。最初は2010年で、サイバー攻撃で遠心分離機を暴走させて破壊し、2020年7月には組み立て段階の遠心分離機施設が爆破され、2021年4月にはプラスティック爆弾で施設を破壊した

 イスラエルの視点に立って考えれば、ハマスが軍事侵攻した現在、イランの核施設を破壊する絶好の機会が到来したことになる。イランはハマスを支援してきたという理由で、国連憲章51条に基づく正当防衛だとして攻撃を正当化できるからだ。しかもロシアはウクライナで手一杯で黙認する他ない。

 実際に、ハマスが軍事侵攻を行った翌週の10月12日及び14日に、イスラエルはシリアの首都ダマスカスとアレッポの両国際空港をミサイル攻撃している。9.11同時多発テロの時の米国のように、イスラエルはハマスの侵攻を事前に掌握していながら敢えて黙認し、イラン攻撃の準備を進めてきたと考える方が自然だ。

 ロイターは2022年12月29日の記事で、イスラエル国防相が12月28日にイラン核施設攻撃の可能性について言及していたと書いている。「イスラエルは世界の主要国による外交が行き詰まったと判断すれば、イランの核施設を攻撃する」と10年以上示唆してきたという。

 二律背反であるが故に、イスラエルとイランの衝突は不可避である。その場合、米軍はイスラエルを支援することに留まらずイスラエルと共同作戦を行う可能性もある。米国にとってウクライナとイスラエルは同格ではないからだ。

米国の参戦

 米軍が10月26日に、シリアに展開するイラン革命防衛隊の関連施設を空爆した。産経新聞10月28日記事を参照して事実を時系列に整理すれば、次のとおりである。

・10月以降、イラン革命防衛隊がシリアからイスラエルに砲撃を行った

・10月7日にハマスがイスラエルに軍事侵攻した

・イスラエルは10月12日と14日にシリアのバグダッドとアレッポの国際空港を攻撃した

・イラン革命防衛隊は10月17ー19日にイラクとシリアに展開する米軍や有志連合部隊に19回攻撃を加えた

・米軍は自衛のため10月26日にイラン革命防衛隊の関連施設2ヵ所を空爆した

 イランのアブドラヒアン外相は10月26日の国連総会で、「イスラエルが攻撃をやめなければ米国も戦火を免れない」と発言した。この発言は「イスラエルが攻撃を続けているので、武装勢力が米軍を攻撃することを容認する」と述べたことに等しい。昨年末のイスラエル国防相の発言を含めて、イランの視点を整理すれば、次のようになるのではないか。

・イスラエルによるシリアの空港攻撃は、イラン核施設を攻撃するための準備である

・イスラエルによるイラン攻撃は、米軍の支援または共同作戦として実行されるだろう

・米国に対しイスラエルのイラン核施設攻撃を止めるように警告を発した

 今回のハマスによる軍事侵攻は、イスラエルがイランの核施設を攻撃する口実として利用される可能性がある。バイデン政権はウクライナ戦争では、ウクライナに兵器を供与してロシアに対し代理戦争をさせてきた。ウクライナ戦争におけるロシア対ウクライナと、イスラエル戦争におけるイラン対イスラエルには、米国から見た場合類似の構図がある。

 但し、両者には決定的な相違点がある。それは米国政界におけるユダヤロビーの存在だ。ウォール街等のユダヤコミュニティは米国を動かしてきた影の勢力である。米国にとってイスラエルはウクライナと同列ではない。従って、もしイスラエルがイランの核施設を攻撃する場合には、イスラエルの作戦を支援するために、或いは共同作戦として米軍が参戦する可能性が高い。イランの核を排除すること、言い換えれば中東における核保有国はイスラエル一国に留めることは、米国の国益でもあるからだ。

なぜハマスはイスラエルへ侵攻したのか

 そもそもハマスがイスラエルに対して大規模な軍事行動を起こしたのは何故だろうか。幾つかの説がある。

 第一は、スンニ派の盟主サウジアラビアがイスラエルに接近することを阻止するためだったというものだ。イスラエルとハマスが戦争状態になったことでこの狙いは達成されたことになる。但しこの仮説はハマスの単独行動を前提としている。

 第二は、ハマスがイスラエルとの戦闘を起こしそれが地域戦争へと拡大することを狙ったというものだ。実際にそういう展開となる可能性が高い。

 第三は、ハマスにとっても複数の理由からイスラエル攻撃の好機が到来したことだ。ウクライナ戦争が起きたこと、イランがイスラエルを三方面から包囲する体制を整えてきたこと、イスラエルを攻撃するための弾薬やトンネルの整備など、戦闘準備が整った等だ。

 イランが直接ハマスに指示を出して攻撃させたかどうかは不明であり、米国政府も10月9日の時点ではイランの直接的な関与の証拠はないと述べている。一方で、長期的な支援など間接的な関与があったことは事実である。ハマスがイスラエルへ軍事侵攻すれば、イスラエルにイラン攻撃の口実を与えることは分かっていた筈だが、では何故イランはハマスの攻撃を止めなかったのだろうか?

 イランから見た風景は、次のようなものであったのかもしれない。

・米国が弱体化し、国際秩序が不安定化し、多極化が進んでいる 

・ウクライナ戦争以降、米国対ロシア・中国の対立でバイデン政権は手一杯である

・中東での米国のプレゼンスが低下している

・バイデン外交は世界で嫌われていて、次の大統領選を控えバイデンはレイムダック化する

・イスラエルの司令官が、近未来にイランの核施設を空爆することを示唆している

・イランは三方からイスラエル包囲網を構築してきた

 好戦的な思考に立てば、この状況はイランにとっても好機到来であり、イスラエルによる核施設攻撃が不可避である以上、イスラエルを悪者に仕立てて「仕掛けるなら今」という誘惑が働いた可能性もある。

誰と誰の戦いなのか

 この戦争の構図を理解するためには高い視座から俯瞰する必要がある。一体誰と誰が何を巡って対立しているのかを図1に図解してみた。図で青字の国名は親米、赤字の国名は反米を表す。

 背景にある長期的動向は、国際社会における米国の弱体化と中東地域における米国のプレゼンスの低下である。ウクライナ戦争が起きて米国は露・中と二正面の戦争に突入した。グローバルな領域でのこの争いがBRICSの加盟国拡大、GSの台頭などの地殻変動を起こし、不安定だった中東地域の力学に変化をもたらしたのである。

 超大国間の力学が変化し空白が生まれれば、それを埋めるように地域大国が独自の思惑から活動を始める。これは多極化する世界で地域の大国を目指す動きに収斂してゆくだろう。中東における地域大国はサウジアラビア、イラン、そしてイスラエルである。

 中国問題グローバル研究所長で筑波大学名誉教授の遠藤誉氏は、中国問題研究所のウェブサイトでこう分析している。「ハマスがイスラエルに軍事侵攻した背景にあるのは、サウジアラビアとイランを和解させた中国と、イスラエルとサウジアラビアを和解させようとする米国がサウジアラビアを軸に対峙している力学である。そしてハマスのイスラエル攻撃は、サウジアラビアとイスラエルの和解を完全に阻止する役割を果たした。」と。 

 図1から明らかなように、何れにしてもハマスによる軍事侵攻は、パレスチナ問題に留まらず、中東の地域大国間の争いに発展してゆくことは必至である。さらにウクライナ戦争を含めて超大国間の対立とも連動してゆくことは間違いない。

日本が明確にすべきプリンシプルとポジション

 G7の内、日本とカナダを除く5ヵ国は、ハマスの襲撃事件が起きると直ちに、イスラエルの自衛権支持とハマスによるテロ行為非難を二本柱とする声明を出した。そして安保理決議を巡る応酬では、ハマスの襲撃とイスラエルの自衛権をどう評価するかで意見が分かれた。

 日本は当初ハマスによるテロ攻撃を非難したものの、攻撃を受けたイスラエルの自衛権を明確に支持する立場を避けた。G7議長国でありながら5ヵ国の共同声明に参加しなかったのは、一体何を躊躇したからだろうか。国際法の順守を前提としてイスラエルの自衛権を支持し、テロを非難する明確な意思表明をしなかったことは外交上の明らかな汚点となるだろう。

 10月30日の産経新聞の正論で、防衛大学校教授の神谷万丈氏は「テロ集団に対する自衛の意図から武力を用いたイスラエルを、利己的な国益追求のために武力行使をためらわなかったロシアと同じように批判することはできない。」と述べている。誠にそのとおりである。

 ウクライナ戦争に対して、日本はG7議長国としてポジションを明確にして行動してきたのに対して、イスラエル戦争ではポジションを明確にする行動をとっていない。ポジションを曖昧にした「どちらからも嫌われたくない」戦略は、逆に「誰からも信用されない」結果を招くことを肝に銘じておくべきだ。図1に相当する、近未来の日本周辺における対立の構図を描いて日本のプリンシプルとポジションを明確にして、イスラエル戦争の次の有事に備えなければならない。

歴史的大転換点にある世界(2)

 第1部では、現在同時に進行している代表的な8つの危機についてその全体像を把握することを試みた。第2部では、それは何故起きたのか、真相をどう考えるか、事件の本質はどこにあるのかについて考察を加える。

<現代社会の基本構造>

 現代社会の秩序は、図に示すように四階層の構造として捉えることができる。即ち、第1層が普遍的価値体系、第2層が個人的価値観、第3層が国家・社会を構成するシステムや制度(民主主義、資本主義、法体系等)、第4層が国際社会を構成するシステムや制度(国連、為替、貿易等)の四階層である。

 この中で普遍的価値体系は全世界共通だが、個人的価値観は宗教やイデオロギーの違いから主観的で国家毎の多様性がある。しかも資本主義、民主主義、法体系等、国家・社会を構成するシステムや制度(以下、「システム」と省略)の何れもが、未完のシステムである。

 戦後の国際秩序を構成するシステムの多くは、国連がそうであるように、第二次世界大戦(以下、WW2)の教訓を踏まえて整備された。但し現実は、各国の利害や宗教・イデオロギーが異なるため、国際秩序を脅かす重大事件ほど当事国の合意に至ることは基本的に困難で、合意に至ったとしてもその後の各国のお家事情で容易に反故にされてしまう事例が多い。

 最近の事例では、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に対しグテーレス国連事務総長は、国連憲章第2条4項は国際関係において「武力による威嚇または武力の行使」を慎むよう求めており、「ロシアの軍事作戦は国連憲章違反」であると断定している。一方のロシアは加盟国が攻撃を受けた際の個別的・集団的自衛権を定めた憲章51条に従った決定だと反論している。

 その他の事例としては、国連安保理は北朝鮮に対する制裁決議を多数成立させてきたが、北朝鮮はそれを遵守しておらず、ロシアや中国も制裁決議を無視して北朝鮮を支援している。ことほど左様に、国際社会を構成するシステムは脆弱な基盤の上に作られた砂上の楼閣となりがちである。

<国際秩序と覇権>

 第1部で分析を加えた「21世紀の戦争、国際秩序、ドル覇権」に係る危機は、何れもアメリカを中心に起きていて、互いに強い相関性があることから、一体として論じることとする。はじめにこれらの危機は何故起きたのか、時間軸から俯瞰すると注目すべき二つの動向が浮かび上がる。

 第1の動向は、WW2以降の覇権の変遷である。戦後史を振り返ると、アメリカはソ連に対抗する布石とするために中国の経済成長を全面的に支援してきた。しかし現実は、ソ連が崩壊してポスト冷戦期へ移行すると、中国はなりふり構わず軍事大国化を目指し、アメリカに正面から挑戦する存在となった。

 トランプ政権になってアメリカは、幾ら豊かになっても中国は民主主義化しないことを確信し、もはやアメリカの容認限界を超えていると判断した。そしてペンス副大統領の宣戦布告演説を皮切りに、バイデン政権でのワシントン・コンセンサスの改定を経て、アメリカは対中政策を抜本的に転換する意思を世界に表明したのである。

 第2の動向は、戦争の形態の革命的な変化である。1999年に中国の二人の軍人が書いた『超限戦』が中国で発刊されベストセラーになった。2001年には邦訳版が出版されている。これは「非軍事の戦争行動」と「非均衡、非対称の戦法」を特徴とするもので、21世紀の戦争では「あらゆるものが手段となり、あらゆる領域が戦場となる」と主張して世界の耳目を集めた。

 米ソ冷戦期において、ロシアと中国が相次いで核兵器保有国となったため、米ソ(露)、米中間の20世紀の戦争は封印されてきた。ところが国際社会を構成するシステムの一つである通貨、具体的には国際決済ネットワーク(以下、SWIFT)や石油ドル決済システム(以下、PDS)を攻撃手段として使用することで、戦死者を出さずに相手国経済を攻撃する戦争が実行可能となったのだった。

 日本での常識的な思考では、21世紀にアメリカが中国とロシアと同時に戦争をするなどというバカなことをする筈がないと考えるが、アメリカの歴史では「目的達成のためには手段を選ばず、躊躇なく実行した」事例は特別なものではない。むしろアメリカという国の本質に関わるものである。

 達成したい命題が明確で、それを実現しようとする強い意思があり、それを実現する手段が使用可能となれば、シナリオを組み立ててタイミングを見計らって冷徹に実行する。アメリカはこのプロセスに従って21世紀の戦争に踏み切ったと考えられる。

 たとえばルーズベルト大統領がチャーチル首相の要請を受けて、WW2に参戦するために日本を経済封鎖し挑発して真珠湾攻撃に踏み切らせたことは、フーバー大統領が書いた回顧録『裏切られた自由』が明らかにしている。その他にもケネディ大統領の暗殺、9.11同時多発テロ、最近ではノルドストリーム・パイプライン爆破等、政府組織の関与が疑われる事件が、何れも陰謀論という煙幕の中で真相はうやむやのまま歴史に封印されてきた。

 アメリカはWW2においてドイツと日本を潰し、次にソ連邦を解体させたのに続いて、今ロシアと中国を弱体化しようとしている。何故そのような無謀で時代遅れとも思える選択をしたのか。真相として考えられる理由は、長期的かつ相対的にアメリカの力が弱体化しており、これ以上中国の強大化は容認できない臨界点に到達したからではないだろうか。

<アメリカ:民主主義の崩壊>

 中露に対する21世紀の戦争に関して、たとえ命題と意思、手段とシナリオが揃ったとしても、実際にそれを行動に移すためには国内の環境整備が不可欠となる。目的思考で考えれば、まず民主党が政権を奪回して、次にシナリオに従って実行する大統領を選出しなければならない。そのためには2016年の大統領選で勝利したトランプ氏の再選を阻止する必要があり、組織的かつ大規模な不正を行って選挙結果を書き換える必要があったと推察される。

 もしこの仮説が正しければ、シナリオどおりロシアと中国の弱体化に成功したとしても、そのためにアメリカがこれから払う代償は途方もなく大きなものとなるであろう。何故なら20世紀で封印した筈の戦争を蘇らせ、ドル覇権を毀損させ、あろうことかアメリカ社会の基盤である民主主義に回復不能なダメージを与えたからである。恐らくアメリカにとってはそういう代償を払ってでも、このタイミングで両国を弱体化しておくことが不可欠かつ最優先の命題だったということだ。

 この結果、アメリカ民主主義の崩壊と社会の分断は、2024年の大統領選に向けて今後一層激しさを増してゆくに違いない。しかもアメリカ社会を長期に渡って蝕み弱体化させてゆくだろう。これは国内に与えたダメージである。

 国際社会に与えたダメージとして、これからアメリカが直面する課題が幾つかある。第一に、今まで石油取引によって裏打ちされてきたPDSが弱体化し、決済通貨の多様化が進むことが予想される。実質的にはドルペッグ制で変動相場制でもない中国人民元による決済が拡大するとは思えないが、貿易決済手段のドル離れが進むことは間違いない。

 第二に、BRICSの参加国拡大が暗示するように、世界の多極化が徐々に進むことが予想される。そう考える理由は、ノルドストリーム爆破が象徴するようにアメリカのやり方はかなり強引であり、それを忌避する国が徐々に増加して、アメリカ離れが静かに世界に浸透してゆくと思うからだ。

 第三に、アゼルバイジャンとアルメニアの衝突が先ぶれとなり、今後ロシアの影響力低下という遠心力が働いて、ロシアの勢力圏や周辺地域で地域紛争が活発になってゆく恐れがある。実際に10月7日にはイスラエルとパレスチナが第四次中東戦争から50年というタイミングで戦闘状態に突入した。ウクライナ戦争によって世界秩序に大きなヒビが入ったために、今後世界が不安定化してゆくことが避けられない。

<中国:一党独裁の限界>

 中国不動産バブルの崩壊と経済の急減速は、アメリカの制裁というよりも習近平政権のオウンゴールに帰する処が大きい。ゼロコロナ政策の失敗と拙速での撤回、さらには未来の「金の生る木」に成長した筈の大手IT・ゲーム企業や塾などに対する弾圧が、中国経済に壊滅的な損害を与えたことは明白である。

 経済評論家の朝香豊氏が「習近平が中国経済を崩壊させると言わざるを得ない、これだけの理由」と題した記事の中で、習近平の経済音痴を指摘している。興味深いので以下に要点を紹介する。(参照:現代ビジネス、9/23)

1.習近平政権は言葉だけは立派だが、具体性のない政策を打つことが多い

2.習近平は欧米流の消費文化を堕落と考え、西側諸国の財政政策を採用しない

3.経済を拡大するには、筋肉質なところも贅肉的なところも必要なのだが、贅肉は削ぎ落して、筋肉質なものだけで経済を回せばいいと本気で考えている

4.大規模なインフラ整備が中国の経済成長をもたらしたことは事実だが、膨大なインフラが建設途中で放棄されているというのに、インフラをもっと作れと号令をかけている

 中国経済が急激に失速した本質的原因は、インフラ開発依存から国内消費中心へ、国営企業中心から民営企業中心へ、共産党政権維持ではなく国民の豊かさ追求へと、経済成長に応じて経済政策を転換すべきだったにも拘わらず、欧米流のアプローチを拒否したことにある。

 拒否した結果、最悪のケースとして、中国はこれから不動産バブル崩壊の深刻化→金融危機の勃発→経済危機へ発展→共産党の正統性を巡る動乱へと進む可能性がある。5%を超える経済成長が共産党政権の正統性の条件であるならば、「中所得国の罠」を克服することがまず必達の課題であり、そのためには経済政策を転換する必要があるのだが、一党独裁であるが故にそれができない。中国は経済大国となったのだが、一党独裁を最優先とする限り、真に豊かな大国にはなり得ないという矛盾に直面している。

<EU:国家連合の限界>

 そもそもEUは個別の国単位ではアメリカに太刀打ちできないために、大同団結して誕生した歴史を持つ。それがウクライナ戦争という有事が起きて、EUとしての力を発揮できず、アメリカ依存を強める他なかった。21世紀の戦争も、ロシア・中国とのデカップリングも、EUにとっては想定外の事件だったということなのだろう。

 EUはソ連邦が崩壊した直後に設立されたが、「アメリカ1強の時代」から「米中新冷戦の時代」へのパラダイムシフトに柔軟に対応できなかったということだ。EU設立時⇔現在を対比すれば、「ポスト冷戦の始まり⇔終焉」、言い方を変えれば「平和の始まり⇔有事の始まり」という程に、国際情勢は激変した。一方この間にEUは拡大しNATOは休眠状態となっていた。

 EU創設時の前提が一変して、ウクライナ有事下の現在、西欧vs東欧・南欧でインフレ対処における国力の差や、急増する移民・難民に対する立場の違いが鮮明になっている。

 EUでは現在、イタリアの金利急騰に注目が集まっているという。その理由は、メローニ首相が率いる右派連立政権が、2024年度予算案で、2024年度の財政赤字(GDP比)を3.7%→4.3%へ引き上げたことにある。これは欧州が加盟国に示した財政赤字の抑制に関する「GDPを3%以内とする」規律を、イタリア政府は公然と無視したことになる。

 実はこれには歴史的な背景がある。コロナ・パンデミック直後にイタリアの金融不安が顕在化したことがあった。このときEUと欧州中央銀行(ECB)は、「大きすぎて潰せず、救済できない」イタリアの国債を他国より優先して購入して長期金利の金利高騰を防いで、イタリアの危機を防止したのである。

 このように、EUが課した財政規律をイタリアが無視したことによって、EUとイタリアの間に亀裂が生じることが予測される。EU第3位の経済規模を有するイタリアの財政問題はEU内の不協和音拡大の原因になりかねず、アメリカ発の金融危機を不安定化させる懸念が高まっている。(参照:ビジネス・インサイダー、土田陽介、10/5)

 果たしてEUというシステムは、国際秩序を巡る危機が深まっている現在でも、最強・最適化なのかという問いに向き合い、国際情勢の現実を踏まえて枠組みを修正する必要があるように思えるのだが。

<金融危機:資本主義の限界>

 リーマンショックとパンデミックに対処するために主要国が異次元の金融緩和政策をとった結果、過剰流動性が起きて余剰マネーが世界を駆け巡り、不動産を中心にバブルを膨らませた。その渦中でウクライナ戦争が起きてエネルギーや食糧価格が上昇し、世界でインフレが加速した。

 アメリカは2022年3月にそれまで継続してきたゼロ金利政策と決別して0.25%の利上げを決定し、以降2023年7月までに5.25~5.50%へ矢継ぎ早に政策金利を引き上げてきた。そしてアメリカの金融政策の転換は国内のインフレを抑制すると同時に、ドル高をもたらした。基軸通貨ドルが高くなれば、世界から投資マネーをアメリカに還流させることになり、マネーの急激な移動自体が、世界金融危機を誘発させる引き金となる。

 これは意図した結果ではないのかもしれないが、「ドルの兵器化」によってドル覇権体制が揺らぎ始めたタイミングで起きている。もしかしたらドル高政策もまた「ドルの兵器化」の一環であるのかもしれない。

 第1部で書いたように、今後長期金利がさらに上昇する展開になると、投資家が債券の見切り売りに転じて1987年に世界的株価大暴落を起こしたブラックマンデーが再来する恐れがある。現実に、ロイターは「世界で債券売りが広がる」と題した記事(10月5日)で次のように書いている。「米30年債利回りが2007年以降初めて5%を突破した。米10年債利回りは一時4.88%を付けた。」と。

〔注〕中央銀行が制御するのは「政策金利」で、金融機関どうしが資金をやり取りする際の短期金利であるのに対して、「長期金利」は市場取引で決まる長期国債(10年以上)の金利をいう。

 ロイターが報じた米10年債の利回り高騰は、2022年10月に記録した4.33%の壁をあっさりと突き抜けるものであり、過去の教訓をもとに考えれば、長期金利の上昇が債券の暴落を誘発して世界金融危機を起こす危険性が高まっていることになる。

 歴史を振り返れば、世界経済はバブルとバブル崩壊を繰り返し、しかも繰り返すたびに規模を拡大させてきた。端的に言えば、バブルが拡大する原因は、政府・中央銀行による金融緩和(政府が国債を大規模に発行し、中央銀行が買い入れる)にあり、バブル崩壊の引き金となるのは金融引き締め(中央銀行が政策金利を引き上げる)にある。

 しかも中央銀行はパンデミックで持てるカードを使い果たしているため、次の危機が起きても、従来のように強力な対策を打てないリスクが指摘されている。これはバブル依存の経済成長が限界に近づいている証でもある。

 先進国において、少子高齢化が進み経済成長が鈍化する一方で、社会保障費や危機対処など歳出は増大一途にある。アメリカを例外として、G7の多くの国は力強い経済成長を実現できないまま財政赤字の増大に直面している。バブル頼みではない堅実な経済成長のシナリオを新たに開発する時を迎えている。

<人類が直面する危機:臨界点に向かう技術革新>

 技術革新(以下、TI)は人類社会が発展するための原動力である。しかもコンピュータ技術が指数関数的な性能向上を遂げており、次々に生み出されるTIはより破壊的に、かつより急激になっている。さらにTIは例外なく軍民両用(デュアル・ユース・テクノロジー)であり、生活を便利にかつ豊かにする一方で、安全を脅かす武器にもなる。

 このようにTIが諸刃の刃であるため、新しいテクノロジーが登場するたびに人類はそれを統制するガバナンスを確立しなければならない宿命を抱えている。しかし現実は、それを悪用しようとする勢力の登場に対策が追いついていない。中国、ロシア、北朝鮮など政府機関が関与するサイバー攻撃は破壊力を増しており、振込詐欺は日々巧妙になり被害が急増している現実がそれを如実に物語っている。

 一般論として言えば、攻撃する方が攻撃される方よりも常に一歩先行していて、この構図はサイバーテロ組織⇔政府機関でも変わらない。幸いにして核兵器には、民間人が容易にアクセスできない頑強な障壁があるので、テロリストが核兵器を奪うという事態は防止されているが、核兵器はむしろ別格と考えるべきだろう。AIやバイオの場合、悪用者のアクセスに対する障壁が極めて低くなる恐れがある。

 バブルとバブル崩壊が経済面で世界を変えてきたように、TIは産業面で社会を変革してきた。しかもTIの進化は破壊力とアクセス容易性において核兵器を上回るレベルに到達しようとしている。言い換えれば、シンギュラリティの到来と同時に、TIは人類が統制できる臨界点に到達しようとしているのだ。

 パンデミックは致死性が高くなかったことが不幸中の幸いだった。今回のパンデミックが人類に警告したことは、近未来に致死性の高いウィルスがバイオテロとして使われる事態に備えなければならないということだ。従来と同様に事件が起きてから対処行動を起動するのであれば、感染の発生から極めて短い期間で人口分のワクチンや治療薬を、しかも全て国産品を開発し量産できる技術・設備・体制を整備しておく必要がある。

 これはAIを含む全てのTIにおいて共通の命題となるであろう。残念ながら我々はそういう時代に生きているのであり、これは「兵器化」されるTIの進化との戦いなのだと覚悟しなければならない。視点を変えれば、事件が起きてから対策を講じる対症療法的なアプローチの限界に我々は直面しつつあるのかもしれない。

まとめ

 以上、現在進行中の代表的な危機について、第1部ではその全体像を把握することに努め、第2部では、危機が顕在化した原因、危機の真相と本質について考察を加えてきた。

 以上のように俯瞰してみると、何れの危機にも共通する構図が二つあることが浮かび上がってくる。その一つは戦後78年が経過して、国際秩序、経済と金融、人口動態などの分野で、パラダイムシフトという表現が的確であるように情勢が激変していることだ。しかも国家・社会や国際社会を構成するシステムの多くが未完であって、前提としたモデルが陳腐化して制度疲労を起こしていることだ。

 もう一つは、進化をもたらしている原動力であるTIがシンギュラリティ(技術的特異点)に近づいていることにある。例えばウクライナ戦争は形態は20世紀であるものの、使用されている兵器はミサイルやドローンに限らず、人工衛星やサイバーを含めて21世紀の最新兵器である。また経済を動かすマネーの運用は、世界最高性能のコンピュータとAI搭載の最新のプログラムで制御されている。何れのケースでもAI搭載のコンピュータの能力が人間の知能を超えるレベルに到達しつつある。

 生物の進化において環境の変化に必死で適応する種が生き延びるように、人間社会の進化は人類の宿命と達観する他ないのだが、人類を脅かしている危機の正体は、突き詰めて考えればTIであり、TIの変化のスピードであると考えることができる。しかもそのTIは軍民両用であり、諸刃の刃である。その進化のスピードと人類の競争が激化しており、対応を誤れば人類に壊滅的な影響を及ぼすことになるのだ。

 第3部では、ここまでの認識に立って、日本の役割、使命、能力について考えてみたい。

-第2部終わり-

歴史的大転換点にある世界(1)

 世界は現在歴史的な大転換点に立っている。本記事ではこのテーマを取り上げて三部作で書く。第1部では何故そう考えるのか、現在進行中の代表的な大事件を取り上げて、空間軸と時間軸からその全体像を俯瞰してみたい。第2部では、何故それが起きたのか、その真相と本質について考察を加える。

 そして第3部では、ではそのような世界情勢において日本が果たすべき役割は何か、そのために日本はどう変わるべきかについて考えてみたい。ここでは現在を、明治維新とWW2敗戦に次ぐ第三の転換点と捉えて、歴史を踏まえて日本はどう変わるべきかについて考察を加える。

 途方もなく大きなテーマであり、細部に眼を奪われることなく、大きく俯瞰することを心掛けて、飽くまでも市井の個人の仮説として書くこととする。

はじめに

 2020年初頭にコロナ・パンデミックが発生し、2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻した。この二つの事件によって国際情勢は一変した。何よりもまず戦後確立されたと世界が信じてきた国際秩序が崩壊した。さらに事件の当事国に留まらず、世界各国の経済が急速に不安定化し悪化した。一言で言えば世界が一気に有事モードとなったのだった。

 それに加えて、長期的にみるとマグニチュード10級(以下、M10級)の危機が進行中である。(参照:https://kobosikosaho.com/world/947

 このように現在世界では複数の危機が同時に起きている。一体何が起きているのか、その正体は何かが分からなければ、どう対処すべきかが分からない。第1部では、まず現在進行中の事態をどのように理解すればよいのか、ここから分析を進めることとする。

 パンデミックは今回が初めてではない。過去にも繰り返し発現している。代表的なものは14世紀の欧州で大流行したペスト(黒死病)、次に第一次世界大戦時のスペイン風邪、そして最近ではSARS(重症急性呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)などだ。ちなみに日本で発生した代表的な事例には、奈良時代の天然痘と江戸時代のコレラがある。

 今回のコロナ・パンデミックが歴史上特筆すべき事例である理由は、人類史上初めて人為的な要因が絡んでいることだ。発生源を含めてどこまでが人為的だったのか、現時点で明らかになっていないが、今回のパンデミックは映画『インフェルノ』(原作はダン・ブラウン)が描いたバイオテロが近未来に充分現実化し得ることを示すものとなった。

 そして2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻した。世界が第二次世界大戦(以下、WW2)をもって終わったと思っていた20世紀型の戦争が再び起きたことは、現代人に衝撃を与えた。我々は今、WW2後に確立されたと思っていた国際秩序が音を立てて崩壊してゆく姿を眺めながら、「WW2の総括は未完だった」現実に茫然としているのである。

第1部:何が起きているのか(全体像を考える)

 前回の記事で「M10級の危機」について書いた。ここではそれを踏まえて現在進行中の代表的な8つの危機を取り上げて、考察を加えたい。

第1は「21世紀の戦争」である。現在アメリカはロシアと中国と二正面の戦争状態にある。

第2は「戦後の国際秩序の崩壊」である。安保理常任理事国のロシアが戦争を始めたことによって戦後に作られた国際秩序が崩壊した。

第3は「ドル覇権の終焉」である。アメリカはロシアに対し「ドルの兵器化」を含む制裁を科したが、これは諸刃の刃であり、ドル覇権の弱体化を自ら促進することになる。

第4は「アメリカ民主主義の崩壊」である。アメリカでは2020年の大統領選のときに一気に顕在化した崩壊が、2024年の大統領選挙に向けて加速している。

第5は「中国経済の崩壊」である。既に不動産バブルの崩壊が進行中であり、もし巨額の不良債権の処理に失敗すれば、金融危機に発展し、経済崩壊を引き起こす可能性が高い。

第6は「EUの停滞」である。EUはソ連邦崩壊直後に創設されたが、ウクライナ戦争後の国際情勢の激変を受けて一気に停滞モードに入った。

第7は「世界金融危機」である。世界経済はバブルとバブル崩壊を繰り返しながら成長してきたが、パンデミックとウクライナ戦争を契機とし、世界は金融危機・大不況発生前夜に陥った。

第8は「技術革新がもたらす危機」である。AIとバイオは核兵器に匹敵する破壊力を持つ可能性が高く、使い方を誤れば人類の存在を脅かす恐れがある。

<21世紀の戦争>

 アメリカは現在、ロシアと中国に対し同時二正面の戦争を戦っている。ロシアに対しては、ウクライナに武器を供与して20世紀型の戦争の長期化でロシアを疲弊させ、同時に「ドルの兵器化」を含む経済制裁を科している。

 中国に対しては、バイデン政権はトランプ前大統領が課した高関税措置を継承しつつ、ワシントン・コンセンサス(前記事参照:https://kobosikosaho.com/daily/928)を改定してデカップリングを進めている。何れも武器を使わず軍を動員しないものの、国家の弱体化を目的とした21世紀の戦争に他ならない。

 20世紀は「戦争の世紀」と呼ばれた。そしてWW2をもって大国どうしが正面切って行う戦争は終わったと、世界中の誰もが信じていた。核兵器大国であるアメリカとロシア、中国が20世紀型の戦争を行うことはもはや起こり得ないのだが、21世紀型の形態に移行したことによって戦争が再発した。グローバル化が進んだ世界では、あらゆる手段を兵器化する戦争は、相手国の経済活動を標的とする破壊力が高い一方で、武器を使う戦争よりも実施に踏み切るハードルが低い。効果的な抑止力は、そのような戦争形態は必ず諸刃の刃となることだ。

 余談になるが、現在中国は科学的根拠を一切無視して日本からの海産物の輸入を一方的に禁止している。台湾有事に繋がるかどうかは別として、これも21世紀型の戦争の一手段、中国流に言えば「超限戦」の一つと捉えることができるのではないか。一方これは諸刃の刃なので、中国国内に相当な被害をもたらしていることが明白である。

<戦後の国際秩序の崩壊>

 安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻したことによって、安保理は機能不全に陥った。その結果、政治・外交面でのG7の役割が重要になり、軍事面では休眠状態だったNATOがアクティブモードとなった。NATOは2023年にフィンランドの加盟が認められ31ヵ国に拡大し、さらに現在スウェーデンが承認待ちとなっている。ロシアはNATOの東方拡大を何よりも嫌っていた筈だが、ウクライナ軍事侵攻によってフィンランド、スウェーデンの加盟を招いたことは歴史的かつ致命的な大失敗だったと言えよう。

 ウクライナ軍事侵攻を契機として、中露が中核を占めるBRICSが拡大し、G20の活動が活発化している。従来BRICSは5ヵ国だったが、中露の働きかけの結果、2024年からアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦が参加し11ヵ国体制に拡大することが決まった。ウクライナ戦争を契機に国際安全保障の枠組みが多様化し、多極化している。

 WW2以降の国際秩序はアメリカを軸に変遷してきた。対立の構図の変遷を俯瞰すると、図のように表現できるだろう。

 WW2米ソ冷戦ポスト冷戦→米中新冷戦
対立の構図英米ソvs独日米国vsソ連米国一強→米国vs中国
戦争の狙い独日潰しソ連崩壊ロシアと中国の弱体化
<ドル覇権>

 1971年にニクソン大統領はドルの金兌換停止を宣言した。これはベトナム戦争による財政悪化の解決策として、大統領が議会に諮らずに発動した新経済政策だった。その後為替相場は変動相場制に移行し、大幅な円高・ドル安となり日本経済は大きな打撃を受けた。

 1973年には第一次オイルショックが発生し、世界的に原油価格が高騰した。財政赤字とドル防衛という二つの危機に直面したニクソン大統領とキッシンジャー国務長官は、1974年にサウジアラビアとの間で、ドル建て決済で原油を安定的に供給する代わりに安全保障を提供する協定(ワシントン・リヤド密約)を交わした。こうして原油の決済通貨となったドルが基軸通貨の地位を保持することに成功した。これをペトロ・ダラー・システム(以下、PDS)と呼ぶ。

 そして2022年にウクライナへ軍事侵攻したロシアに対する制裁として、アメリカは国際決済ネットワーク(SWIFT)からロシアの主要な金融機関を排除した。基軸通貨ドルを「兵器化」したのだが、これは「諸刃の刃」であり、今後決済通貨のドル離れに拍車をかける結果を招くだろう。

<アメリカ民主主義の崩壊>

 2020大統領選で大規模な選挙不正が行われ、さらに2021年1月6日に連邦議事堂への暴徒乱入事件が起きて以来、アメリカの議会制民主主義は崩壊の危機に瀕している。果たして選挙不正はあったのかそれとも陰謀論なのか、連邦議事堂への暴徒乱入事件は偶発的だったのか、それとも政治的に仕組まれた事件だったのか、さらには乱入したのはトランプ支持の過激派だったのかそれとも民主党系の過激派だったのか疑問は多い。但し本記事のテーマではないので、ここでは立ち入らないことにする。

 2024年の大統領選を前にして、バイデン政権はトランプ氏の大統領選出馬を阻止するため、トランプ氏の起訴を連発してきた。一方、今まで司法省やFBI上層部による妨害によって、何度も起訴が見送られてきたバイデン大統領次男のバイデン・ハンター氏がようやく起訴された。さらに共和党のマッカーシー下院議長はバイデン大統領の弾劾に向けた調査を行う委員会の設置を決定した。

 このようにアメリカ政治は泥沼化し、しかもかなり深刻化していると言わざるを得ない。ここには国際社会と同様の、かなり乱暴な権力行使の構図が見え隠れしている。

 ロシア産天然ガスをドイツに供給するノルドストリーム・パイプラインの爆破事件から1年が過ぎて、誰が実行した事件なのかについて報道が再燃した。しかしこの事件の構図は極めて単純である。初めに、当事者であるドイツとロシアは、損失が非常に大きいので犯人ではあり得ない。次に、ウクライナには得るものがないだけでなく、周辺国に悟られずに海底に敷設したパイプラインに爆薬を仕掛け、後日遠隔操作で爆破を敢行する能力があるとは思えない。

 従って、動機と能力を併せ持つのはアメリカのみである。政府が関与する事件の場合、歴史上の事例が示すように、最後まで白黒ハッキリすることなく、ウヤムヤのまま闇に葬られることになるだろう。しかしこの事件は、ウクライナへの軍事侵攻と同等に、国際秩序を破壊する行為であることは言うまでもない。

<中国経済の崩壊>

 中国経済の崩壊が始まっている。2020年12月、格付け会社フィッチ・レーティングスは、中国恒大集団が部分的なデフォルトにあると認定した。中国恒大集団は2023年8月17日にニューヨークの裁判所に米連邦破産法の適用を申請した。不動産最大手の碧桂園も資金難によるデフォルト危機に直面している。9月19日には融創中国が米ニューヨークで破産法の適用を申請した。

 このように中国ではGDPの1/4を占める不動産業界のバブル崩壊が深刻化している。ウォールストリートジャーナル紙は9月20日に、「中国の民間巨大開発業者の時代は終わった」とし、「中国人の富の大部分が崩壊する可能性があり、彼らがパニックになるのを防止するにはどうすべきか。それは簡単ではない」と警告する記事を発表した。

 さらに9月20日のフォーブズ日本版は「中国共産党の正統性は5%を優に超える経済成長率にかかっている。2022年の3%という経済成長率は、中国のような規模や発展レベルの経済にとって景気後退の領域に入るものだ。」と分析している。

 ちなみにIMFが発表した中国の経済成長率は、コロナ前の2019年が5.95%、コロナが始まった2020年が2.24%、2021年が8.45%、2022年は2.99%だった。2021年の伸びはゼロコロナ政策による前年度の落ち込みに対する反動と考えられる。2022年の数値はパンデミックから未だ立ち直っていないことを物語る。そして今までに公表された2023年の諸経済指標は何れも惨憺たる値であり、客観的に考えれば2023年はマイナス成長である。

 「中国の統計では3割水増しは常識である」と言われる。中国経済の崩壊は既に始まっているとみるべきだ。ゼロコロナ政策の致命的な失敗を契機に40年に及ぶ経済成長期が終わり、「中所得国の罠」を克服できないまま経済が失速した。急速な少子高齢化と不動産バブルの崩壊が同時に進行していて、1000兆円を優に超える不良債権が残された。習近平国家主席の目論見は破綻し、中国経済のみならず共産党一党支配も崩壊の危機に直面していると見るべきだ。

<EUの停滞>

 EUは1992年に統合され、1999年に統一通貨ユーロが誕生した。EU経済のエンジン役ドイツは強いユーロによって安価な天然ガスをロシアから調達し、中国との関係を密にして経済成長を実現した。それがウクライナ戦争が起きて独露間の蜜月関係は終焉を迎えた。さらにアメリカからの対中デカップリングへの参加要請を受けて、中国との関係も急速に冷え込んだ。こうしてポスト冷戦時代の「強いユーロ、豊富で安価なロシア産エネルギー、巨大市場中国」というドイツの成長モデルが機能しなくなった。

 ロシア特命全権公使、ウズベキスタン・タジキスタン特命全権大使を歴任した元外交官の河東哲夫氏は、現代ビジネスの9月29日の記事で次のように書いている。

 「ユーラシア大陸を巡って米国の力は低下し、中国は停滞、ロシアは衰退し、インドとトルコの力が上昇している。欧州は目下停滞している。2020年1月31日のブレグジットで英国がEUを離脱したために、EUのGDPは15%減少し、EU経済のドイツは再び≪欧州の病人≫となった。ウクライナ戦争で欧州はロシア軍を追い出す力もなく、和平交渉に向けてウクライナを説得する力もない。一方東欧、北欧、バルト三国はロシアの復讐主義の脅威に晒されている。」と。 

 さらに加えれば、ウクライナ戦争を契機としてEUの分断が進んでいる。まず増加一途の移民難民に寛容な西欧加盟国と、拒否する東欧加盟国で意見が対立している。加えてウクライナ戦争後のエネルギー危機に対し、経済力に任せて対処した西欧諸国とそれができない東欧・南欧加盟国の間で軋轢が生じ、一枚岩だったEUの連帯に亀裂が生じている。

<世界金融危機>

 世界の主要国で金融危機がくすぶっている。前述したように、中国の不動産バブル崩壊は巨額の不良債権の処理を誤れば、たちまち金融危機へと発展する危険性が高い。そしてもし金融危機が起きると、経済成長の落ち込みがさらに深刻化し、さらに低成長が常態化するようだと共産党政権の正統性に波及して一党独裁政権が倒壊する危険性が高まる。

 アメリカ発金融危機も懸念される。これには主に二つの原因がある。一つはアメリカがドルを兵器化したことによって決済通貨の多様化が進みドル覇権体制が揺らぎ始めたことだ。他一つは8月2日に米財務省が今後1年間に国債発行を6割増とすると発表したことだ。これはバイデン政権が行った大型財政政策のツケであり、今後の長期に及ぶ構造的な金利上昇要因となる。

 1987年に起きたブラックマンデーは長期金利の急落が引き金になって起きた。今後長期金利がさらに上昇する展開となると、機関投資家が債券の見切り売りに転じてブラックマンデーの再来を招く恐れがあるという。(参照:市岡繁男、JBPRESS、9月2日)

 WW2後の歴史において、バブルとバブル崩壊はスパイラルを描きながら繰り返されてきた。1970年以降世界で発生したバブルは130回に及ぶという。バブル崩壊も、金融資産が増えた近年以降頻繁に起きていて、政府と中央銀行による金融引き締め政策(金利の引き上げ)が誘発している。

 そのメカニズムはこうだ。まず中央銀行が行う金融緩和・低金利と、政府が行う財政出動が市場に豊富な資金を提供する。次にそれが過剰流動性を起こし、世界各地で投機が過熱してバブルを引き起こす。バブルが過熱すると、インフレや投機熱を下げるために中央銀行が一転して金融引き締め(つまり長期金利の引き上げ)を行うので、未来の暴落を警戒する投資家が先を争うように債券や株式、土地を売却し、加熱が一気に覚めてバブルは崩壊する。

 バブル崩壊が起きると銀行破綻の連鎖が起きないように、政府・中央銀行は巨額の資金を投入するのだが、それが次の更に大きなバブルの原因となるという訳だ。しかもサイクルを繰り返す内に、バブルの規模は増大していく。この問題の本質は、いつの間にかバブル依存となった経済成長にある。

 トランプ前大統領は9月8日に行った演説において、次のように発言した。「私たちは恐らく大恐慌に向かっている。こんなことを言ったのは初めてだ。唯一の問題は、それがバイデンの任期中に起きるか、自分の任期中に起きるかだ。」

<技術革新がもたらす危機>

 政治経済における危機とは別に、人類は技術革新(以下、TI)がもたらす危機に直面している。特にAIとバイオは核兵器に次いで人類を脅かすテクノロジーとなる可能性が高い。

 北海道大学の小川和也客員教授は、著書『人類滅亡2つのシナリオ、AIと遺伝子操作が悪用された未来』の中で、「この2つの技術は、我々の根源である知能と生命に直接的に大きな影響を与えるため一層輝かしく、その一方で従来の技術とは異質の脅威、闇を作り出す潜在力も持つ。」と警鐘を鳴らしている。

 人類は宇宙と生物、物質を解明する科学を発展させ、TIを次々に起こしながら社会を発展させてきた。歴史において、農業革命、産業革命、IT革命を生み出し、現代の最新のテクノロジーはAI革命やゲノム革命を起こしつつある。ここで注目すべきことは、TIの歩みは非線形であり、時間の経過とともにより破壊的に、より急激になっていることだ。

 しかしいつの時代でも、またどのテクノロジーもがそうであったように、TIは常に諸刃の刃であった。現在進行中のAI革命とゲノム革命が、従来のTIを凌駕する変化をもたらすことは間違いない。TIがより破壊的になることは、既に核兵器の登場が証明しているように、使い方を誤れば人類の存続をも脅かすということだ。映画『ターミネーター』はAI搭載ロボット、『ダイハード4』はサイバーテロ、『インフェルノ』は人口削減を狙ったウィルステロを主題としており、何れも近未来に起きる危機を予告するものとなっている。

 周知のように、生物は約38億年前に地球上のどこかで発生し、進化と絶滅を繰り返してサピエンスに辿り着いた。生物進化の歴史では大量絶滅が少なくとも5回起きたことが解明されているが、絶滅を起こした原因として、大規模な火山噴火による寒冷化、酸素濃度の激減、それと巨大隕石の衝突が想定されている。

 AIが進化して核戦争の引き金を引く可能性、人工的に作られたウィルスが人工的にばら撒かれて人類を壊滅させる可能性など、史上6回目の大量絶滅は、破壊力を増すTIに対し、それを統制するガバナンスが追いつかないためにもたらされる可能性がある。

 第2部では8つの危機が何故起きているのかについて考察を加える。

現代社会を襲うM10級の危機

(後編)危機の本質と対処を考える

<過剰債務と少子高齢化のジレンマ>

 日本政府が抱える債務は増大の一途にある。高齢化、激甚災害の増加、パンデミックの発生、安全保障リスクの増大等、その原因は複数あってどれも待ったなしである。ここで重要な真実は「過剰債務問題を抜本的に解決させる方法は、経済成長以外にない」ということだ。

 一方少子高齢化問題を解決する即効薬は存在しない。移民は解にはならない。移民はいわゆる「3K」等の分野で国民が敬遠する仕事を担う反面、単純労働の賃金を抑制し、治安を悪化させる要因になるからだ。現在欧米では移民の増大が危機的な社会問題となっており、移民に対して寛容だった従来の政策を転換しつつある。

 少子化問題を抜本的に解決するために必要なことは、経済の豊かさを取り戻すことである。一方高齢化問題に対する対策は、ロボットやAIを最大限活用することだろう。課題を解決する賢い活用法を世界に先駆けて見つけ、実用化し産業化することに挑戦する他ない。

 重要なことは、少子高齢化は経済成長を抑制する要因であるだけでなく、債務増加を促進する要因でもあることだ。この問題を解決するには「少子高齢化と過剰債務の増加」という負のスパイラルを、「テクノロジー・イノベーションと経済成長」という正のスパイラル」に転換する以外にない。

<大スタグフレーションと中央銀行の限界>

 インフレは古典的には需要と供給のバランスが崩れて発生した。エネルギー・資源・食料の高騰は、従来は戦争、天変地異、洪水や旱魃の結果として発生した。最近では高騰の原因に「武器化」が加わった。

 パンデミックとウクライナ侵攻が起きて、景気後退とインフレが同時に進行するスタグフレーションに世界経済は直面している。特に恐ろしいシナリオは、スタグフレーションと同時にバブル崩壊・金融危機が起きることだ。過去にインフレと巨額債務が同時に存在した例はないという。仮にそのような危機が起きた場合、過去の危機において中央銀行・政府がとってきた救済策は期待できそうにない。

 何故なら中央銀行はゼロ金利やマイナス金利という手段を既に使っていて、巨額の金融緩和を行い、政府は既に膨大な過剰債務を抱えているからだ。企業や銀行は固より、国外の債務を抱える国々のデフォルトが起きても救済できない事態に陥る可能性が懸念されている。

 EUでは現在二つの懸念が話題になっているようだ。一つは経済規模でEU第3位のイタリアがデフォルトに陥る懸念であり、もう一つはその場合大き過ぎて潰すことも救済することもできない懸念である。

<脱グローバル化と新冷戦、多極化の進行>

 グローバル化、民主主義、国家主権は三つ同時に実現できないトリレンマの関係にある。アメリカは結局グローバル化を放棄した。中国はグローバル化の最大の受益者となったが、専制主義のままで民主主義は決して受け入れないだろう。一方欧州は国家主権を制限して域内のグローバル化を選択した。こう考えると脱グローバル化は不可避と思われる。

 アメリカはウクライナに軍事侵攻したロシアに対し、禁じ手であった「ドルの武器化」を含む強力な制裁を行った。またトランプ政権がとった高い関税措置に加えて、バイデン政権は中国に対し先端技術や製品の実質的な禁輸を実施した。こうしてG7諸国と専制主義国家間のデカップリングが確定的になった。

 バイデン政権はさらに、世界にグローバル化を布教するバイブルだった「ワシントン・コンセンサス」を改定して、中国に対するデカップリング政策を強化することを宣言した。(『歴史はこうして作られる②新ワシントン・コンセンサス』参照)「デリスキング」という表現を使ってはいるものの、本質は誰が考えてもデカップリングに他ならない。

 前述したように、ロシアと中国に対するデカップリングは「諸刃の刃」であり、ロシアと中国は対抗策として貿易決済におけるドル離れを推進している。つまりポスト冷戦(グローバル化の時代)の時代が終わり、米中新冷戦(脱グローバル化の時代)の時代が始まったのだが、脱グローバル化が進めば「米国1強時代の終わり」が確定的になり、世界は否応なしに多極化していくことになる。

<AI革命がもたらす変化>

 AI革命は歴史上初めて「人類にとって強敵現わる」という大転換となるだろう。その理由は二つある。一つはコンピュータ・AIの知能が人類の知能を上回る「シンギュラリティ」に到達することである。もう一つは、AI革命は従来の産業革命と一線を画すものとなり、雇用環境を一変させることである。AI革命の先にどういう未来があるのか、よく分かっていないが、ここでは二人の識者の意見を紹介しておきたい。

 イスラエル人歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、「21世紀の経済学において最も重要な質問は、無用になった人々をどうするかということだ。仕事が次々に自動化される世界に幸福な未来が待ち受けているとは思えない。今回の革命は終末を告げるもののように見える。AIの進化は人間の生活を全く想像もつかない程に変えてしまうだろう。」と指摘する。

 オックスフォード大学教授で哲学者のニック・ボストロムは著書「スーパーインテリジェンス」の中で、人類の生存を脅かす脅威として小惑星の衝突と核戦争に次いでAIを挙げている。これはマシンは雇用だけでなく人類の生命をも奪いかねないという懸念の表明である。

 ハラリはさらにこう述べている。「コンピュータと人間が融合しない限りホモサピエンスは終わる。これから登場するのは、神のヒトとしてのホモデウスだ」と。ハラリが指摘するように、AIがサピエンスの側に立たない限りサピエンスは終わるのかもしれない。

<気候変動:別格の危機>

 気候変動というM10級危機が深刻化すると、紛争と極貧に苦しむ人々がかつてない規模で移住を始めることが予測されている。また温暖化が激しくなればパンデミックが頻発する恐れがあり、もし両者の間で相互作用が起きると全世界的な被害をもたらす恐れがある

 M10級危機の中で気候変動が別格である理由の一つは、それが「人類の生存」に関わっているからだ。そういう意味では、気候変動だけはM11級の危機として捉えるのが正しいのかもしれない。以下は資料2からの引用である。

「気候変動の脅威は原子爆弾よりも全面的であり、徹底的だ。」

「気候変動はゆっくり進行すると思われているが、実は驚くほど速い。一方それに対抗するための技術は直ぐ実現すると思われているが、残念ながらもどかしいほど時間がかかる。」

「気候変動が原因の経済崩壊には、救いも猶予もないのかもしれない。もはや脱出の希望は持てないからだ。」

「私たちの孫世代は、もっと豊かで平和だった世界の残骸の中で永遠に生きることになるだろう。」

 M10級危機の中で気候変動が別格である理由はもう一つある。それは他の7つの危機と異なり、気候変動は人類の歴史という文脈で捉える必要があるからだ。以下は資料2からの引用である。

「歴史とは一方的に進む物語である。農業が始まったのは1万2千年前で、この技術革命で狩猟と採集の生活に終止符が打たれ、都市と政治の仕組みが生まれて文明が誕生した。次に産業革命を契機として、化石燃料をエネルギーとする工業化と経済成長の時代が幕を開けた。そして今、人類が文明を築いてきた歴史が凄まじい勢いで逆噴射している。」

「危機的状況の根本原因は、我々が自分で語ってきた物語の中にある。それは、進歩という神話、人類中心という神話、自然からの乖離という神話だ。それらが神話であることすら忘れている事実が、更に危険を増大させる。」

「気候変動は成長の約束を台無しにする二つの流れを加速させる。一つは世界全体の経済を停滞させて、地域によっては恒久的な景気後退のような状況を作り出すことであり、もう一つは所得格差などの形で富める者より貧しい者が露骨に痛い目にあうことだ。」

<気候変動:人類史における転換点>

 気候変動は、これまで「成長と進歩」を絶対の教義として紡いできた人類史を大転換させるかもしれない。未来は人類が今何をするかにかかっている。以下は資料2からの引用である。

 「私たちが未だ理解していないフィードバックの循環や、科学者が特定できていない温暖化のプロセスが存在することは間違いない。人類を出現させ、文明と呼ばれるあらゆるものを世に送り出した気候システムはとても脆弱だ。たった一世紀ほどの人間の活動で、途端に不安定になった。その責任が人類にあるとすれば、元に戻す責任もある筈だ。」

 「気候変動に関して、ほぼ全てのカードを持っているのは中国だ。中国はどうやって、またいつまでに工業経済から脱工業化経済に移行するのか。存続する工業をいかにクリーン化していくのか。農業や食生活をどう作り変えるのか。爆発的に増えている中間層や富裕層の消費傾向をどうやって炭素集約度の低いものへと方向転換させるのか。」

 「一つの試算によれば、平均気温が3.7℃上昇した時の経済的損失は500兆ドル(7京円)を超えると予測される。それ以下の温度で上昇を食い止めることに成功するとしても、巨額の請求書が回ってくる。それは1世紀に及ぶ産業資本主義が、我々が生存できる唯一の星に与えた損害を解消するために、新しいシステムを構築して運営していく費用である。」

 「気候変動の壊滅的な影響を避けるためには、航空機の刷新から土地の変更まで、隅々にわたってインフラを集中的に作り変える必要がある。例えば、世界中の化石燃料の発電所をクリーンな発電能力をもつ原子力発電所に全面的に置換するというように。だが、汚れた既存システムを引退させ、新規のシステムを導入しようとしても、利害が関わる企業や変化を望まない消費者から強い抵抗が起こるだろう。」

 ちなみに太陽光発電は、レアメタルを含む素材の採掘、輸送、製造からリサイクルまでの全プロセスを考えると、脱炭素にも環境汚染対策にもならない現実を直視する必要がある。真にクリーンな発電を目指すなら、原発以外に現実的な解はないことを付け加えておきたい。

孫世代の未来のために

 M9だった東日本大震災と福島原発事故が相次いで起きた時、平時とは異なる有事対応が必要だったことを我々は思い知らされた。過去のM8級~M7級の地震で蓄積してきた経験や常識だけでは対処できなかったのである。この時の教訓を踏まえて、近未来に起こり得るM10級危機との戦いは、何れもが容易には克服できない難題なのだとの認識に立つ必要がある。発想も対策もM10級の有事対応のものでなければ対処できないことを肝に銘じておくべきだ。

 では、この難題に人類はどう立ち向かえばいいのだろうか。答えは何処にもないが、着眼点は三つあるように思う。第一はスピリット(心構え)に係るものであり、「課題は発明の母」、「危機はチャンス」と捉えて、立ちすくむのではなく立ち向かうことである。

 第二はテクノロジーに係るものであり、危機を抜本的に解決する可能性のある革新的テクノロジーの開発に国力をかけて取り組むことである。日本にはG7メンバーとして、テクノロジー・イノベーションという世界レベルの競争において、常に先頭集団を走り続ける使命と資質がある。それを阻害する旧態依然の仕組みや制度は、「M10級の危機への対処」という有事対応の発想に立って、大胆に刷新しなければならない。

 第三はシステムとその運用に係るものである。気候変動危機への対処は、「自然環境と生態系との共生」という境界条件のもとで、人類社会の在り方を問い直しシステムを再構築する挑戦となるだろう。

 第三の着眼点に立って考えるとき、日本は世界で極めてユニークな歴史を持っている事実に思い至る。日本は明治維新では一気呵成のスピードで西洋文明を取り入れ、第二次世界大戦ではその西洋文明を相手に戦争をして敗れた。明治維新と敗戦という二つの転換点に、M10級の危機に直面する現在の転換点を加えて、近代国家日本の歴史と未来を俯瞰してみたらどうなるだろうか。明治維新以降を近代国家日本の第一期、戦後の時代を第二期、現在以降を第三期と括り直すと、第三期に日本は何をすべきか、命題とテーマが浮かび上がってくる。

 M10級危機、とりわけ気候変動危機は、自然破壊と引き換えに経済成長を続けてきた西洋文明にこそ根本的な原因がある。さらに気候変動以外の危機は、「成長と進歩」を至上命題としてきた西洋文明が行き詰まったことを物語っている。「成長と進歩」の過程で人類が作り込んできたさまざまなシステムが臨界点に到達したのだと解釈できる。この事実こそがM10級危機の本質ではないだろうか。

 ここまでの認識が正しいとすれば、危機に対処するためには、「自然や生態系を破壊してでも」という西洋文明の教義を、「自然や生態系と共生しながら」という教義に書き換えることから始めなければならないことが明らかだ。ここで日本の歴史がユニークなのは、西洋文明を取り入れる遥か1万6千年前から育んできた縄文文明があったことだ。日本人は明治維新以前、縄文の昔から自然を畏敬し共生する自然観・宗教観を育んできたことに誇りを持つべきである。

 我々日本人にはその文明のスピリットが今でも受け継がれている。西行法師が伊勢神宮を参拝した時に詠んだ「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」という和歌がそれを如実に物語っている。この宗教観は現代の我々にも確実に継承されている。そう認識を新たにすると、相当の難題、もしかしたら解決が困難な難題であっても、日本には本気で挑戦すべき役割と資質があることに思い至る。それこそが第三期の日本の役割でありテーマである筈だ。大げさに言えば、世界のために、そして孫世代の未来のために。

(資料1)『MEGATHREATS、世界経済を破滅させる10の巨大な脅威』、Nouriel Roubini、日本経済新聞出版、2022年11月

(資料2)『地球に住めなくなる日、気候崩壊の避けられない真実』、David Wallace-Wells、NHK出版、2020年3月