怒りを取り戻す:GDP4位転落

 2月15日に内閣府が2023年の国内総生産(GDP)の速報値を発表した。経済規模をそのまま表す名目GDP値(ドル換算)でドイツに抜かれて世界第4位に転落したニュースが日本を駆け巡った。内閣府が公表した主要なデータは以下のとおりである。

本稿を書くにあたり、参照した資料は以下のとおりである。

資料1:産経新聞、2月16日記事

資料2:「GDPがドイツに敗れて世界4位に転落したワケ」、高橋洋一、現代ビジネス、2024.2.19

 ・日本のGDP(2023年) :名目591兆4820億円、実質558兆7156億円

 ・日独比較(名目、ドル換算) :日4.21兆ドル⇔独4.46兆ドル

 ・同(人口)                                         :日1億2443万人⇔独8482万人(日本の68.1%)

 ・同(GDP/人、名目)           :独4.87万ドル⇔日3.41万ドル(ドイツの69.9%)

 「GDP世界4位に転落」に関する報道は、その他のニュースにかき消されて、「大変だ、大変だ」と連呼しただけで、直ぐに忘れ去られていった感がある。「今後の為替レート如何で直ぐに再逆転する可能性もある」という楽観論もある。何れも的を外していると言わざるを得ない。この事件の背景には戦後政治に係る非常に重要なポイントが隠れているからだ。

 はじめに政府や産業界の反応を見ていると、「今年の春闘でどこまで賃上げできるかが大事だ」と問題のすり替えが行われている。これは自民党のパーティ券問題が、本質は政治資金の問題であるにも拘わらず、いつの間にか「派閥解消」へ見事にすり替えられた構図と同じである。

 結論を先に書くと、「GDP転落」事件の本質は次の2点に要約される。以下に順次説明する。

1)春闘の賃上げに矮小化される問題ではなく「失われた30年」以降今も続く経済政策の失敗の問題である

2)背景に「我慢強く怒らない日本人」の文化があり、それが日本の弱体化を抑止できなかった原因に一つである

「GDP転落」を物語るデータ

 ここでは細部構造に立ち入らずに俯瞰的な分析を試みる。はじめに日独GDP(名目値)の推移を図1に示す。

<日本経済の推移の全景>

 日本のGDPの推移をみると、1980年~1995年~2012年~現在の3区間で動向が明らかに変化していることが分かる。つまり1980年~1995年が高度成長期で、1995年をピークとして「失われた30年」が始まり、2012年に歴史上のピークを記録した後、急激に失速して現在に至る変化である。

<日独比較>

 まず1995年と2012年の二つのピークを基準として、ドイツのGDPと比較してみよう。1995年に日本のGDPはドイツの2.14倍の規模があった。2012年にはそれが1.78倍にまで縮小したものの、両国のGDPにはまだ大きな開きがあった。

 それを1995年から2023年に至る変化でみると、日本のGDPが23.7%減少しているのに対して、ドイツは逆に71.1%増大している。この結果2倍強の圧倒的な開きがあったGDPが28年間で逆転したのである。問題は何故そんな逆転劇が起きたのかだ。

<円安の影響>

 第一に疑われるのは円安である。GDPの国際比較はドルベースで行われるので、為替レートに直結して変動する。図2に円とドルの為替レートの推移を示した。

 図2から明らかなように、円高のピークは二つある。1995年と2012年であり、GDPのピークと一致している。GDPがドル換算されるので当然の結果である。

 次に、二つのピークから現在に至る為替レートの推移をみると、1995年→2023年では46.4円、2012年→2023年では60.7円もの急激な円安が進んだことが分かる。この結果2023年のドル換算のGDP値は、1995年比で67.0%に、2012年比では何と56.8%に縮小したのである。

<経済成長の実相>

 図3は経済成長の実勢をみるために、ドル換算前の実質GDP(円)の推移を描いたものだ。実質値は名目値に対して物価変動の影響を補正した値である。

 マクロな推移としてみると、1994年~2023年の間にGDPは年3.4兆円ずつ直線的にかつ緩やかに増加してきたことが分かる(オレンジ色の直線、最小二乗法近似)。但し成長率でみると、これは年0.6~0.7%程度で、決して褒められた数値ではない。

 参考までに2022年の世界の実質GDP伸び率を示すと、アメリカ2.1%、イギリス4.1%、ユーロ圏3.3%、先進国2.6%、世界3.5%だった。ザクっといえば日本の経済成長はアメリカの1/3、ユーロ圏の1/5、先進国平均の1/4程度だったということだ。「失われた30年」と言われる理由がここにある。

<失われた30年の原因>

 では図3で経済成長が低迷した要因は何だったろうか。外的要因と内的要因を分けて考える。まず外的要因では世界規模の重大事件が二つ発生している。第1は2009年9月に発生したリーマンショックであり、第2は2020年初から始まったコロナパンデミックである。何れも図3の二つの大きな落ち込みと合致しており、その原因となったことは明らかである。但しこの事件は世界レベルの事件であり、日本が直撃を受けたものではない。従って長期に及んだ「失われた30年」の原因ではない。

 一方、内的要因としては三度実施された消費税増税がある。増税は次のように行われた。第1弾は1997年4月に実施された3%→5%へ、第2弾は2014年4月に実施された5%→8%へ、そして第3弾は2019年10月に実施された8%→10%への引き上げである。図3が示すように、増税は急激な落ち込みをもたらしてはいないが、経常的に内需が不足しているデフレ下で、国民の可処分所得を強制的に削減させたことから、長期的かつ慢性的な悪影響を与えたことは明らかである。

 大蔵省OBで『官僚国家日本を変える元官僚の会』の幹事長を務める嘉悦大学大学院の高橋洋一教授は、「失われた30年」をもたらしたもう一つの原因として「デフレ下での慢性的な公共投資の過少」を挙げている。「毎年の公共部門の過少投資は、民間投資の呼び水としての役割を果たさず、国土強靭化も進まず、低金利という絶好の投資機会を逃した。」と手厳しく指摘する。

GDP4位転落問題の本質

 高橋教授は、GDP転落の本質的な原因について、次のように総括している。

・大恐慌以降、金本位制に代わって管理通貨制度が構築され、ケインズ経済学による有効需要創出が普及した結果、インフ レは多いがデフレはなくなった。唯一の例外が「日本の失われた20年」である。

・(失われた20年は)財務省と日銀という強い権限を持つ官僚機構、マクロ経済の専門知識の欠落、それに官僚の無謬性によって、誤った政策を長期間続けた結果である。

 難しいことは言わずとも、以下の二つの事実から、日本が長期にわたって、そして現在もなお誤った経済政策を続けてきたことは明白である。

・30年経ってもデフレからの脱却を果たしていない。

・長期デフレ状態に埋没しているのは、大恐慌以来世界で日本のみである。

 では具体的に、どこをどう誤ったのかを指摘しておきたい。

1)デフレは民間需要の減少であり、デフレから脱却するためには内需を喚起する必要がある。そのためには可処分所得を増やす減税こそ有効な政策であるにも拘らず、また欧米はマクロ経済の原理原則に従って躊躇なく減税を行うのに対して、日本政府は消費税増税を繰り返した。これは致命的な自滅行為だった。

2)民間消費・投資が減少する状況下で経済成長を実現するためには、<GDPの定義に従って>積極的な公共投資を行い、政府消費を増大させることが正しい政策である。ところが政府はプライマリーバランス(PB)の追求を優先して終始積極財政政策をとらなかった。経済成長とPBは同時に実現できない二律背反の命題であり、経済成長を軌道に乗せるまでPBは棚上げすべきだったにも拘わらず、政府は「二兎を追うもの一兎をも得ず」の誤った政策を繰り返してきた。

3)もう一つ忘れてならないのは、戦略なきエネルギー政策が国民のエネルギー負担を重くしたことだ。要点は二つある。一つは急ぎ過ぎた「発電の脱炭素化」であり、他一つは「原発」忌避である。前者は世界の潮流におもねり、後者は国民感情に忖度した結果であることは言うまでもない。その結果年間2.4兆円もの賦課金を国民に課した。これは国民一人当たり2万円/年の増税と同じであり、今も続いている。

4)最後に挙げる理由は、日本固有の文化に係る問題である。一つは日本が「誰も責任を取らない」社会であること、他一つは日本人が「我慢強く怒りの声をあげない」気質であることだ。

総括

 世界にあるのが日本一国で、かつ日本が社会主義の国であるならば、経済成長は必ずしも必要ないだろう。しかし現実は世界が競争の場であることと、国力の要素が国土と人口、経済力と軍事力であることを勘案すれば、力強い経済成長は国家にとって最優先かつ最重要の必達命題であることは自明の理だ。現実はどうだったか。図1及び図2が如実に示すように、結果から判断する限り、政治家においてこの認識が充分ではなく、官僚は国益よりも省益を優先してきたことが明白である。高橋教授が指摘するように、政治家も官僚もマクロ経済を正しく理解していないという他ない。

 「GDP転落」のニュースが国民にとって衝撃的だったのは、日本が1995年以降、世界との競争においてじり貧となってきた現実を再認識させられたことだ。この期間に三重の意味で「日本の弱体化」が進んでいる。第一に他の先進国に先んじて人口減少が顕在化した。第二に日本だけが「失われた30年」で経済力を弱体化させた。そして第三に、トドメを刺すかのように、2012年以降11年間で1ドル=約80円から60円も、率にして実に76%も急激に円安が進んだ。

 円安は輸出等、業種によって国際競争において有利に作用することは事実だが、ドル換算の世界では国力低下以外の何物でもない。「国力が強い国の通貨は強い」ことを忘れるべきではない。既に分析してきたように、ドイツとのGDP逆転の第一の要因は行き過ぎた円安にあることは明らかだが、急激な円安をもたらした主要因が「失われた30年」にあることも自明である。

 そして「失われた30年」の原因は誤った経済政策を続けてきたことにある。では誤った経済政策を続けてきた原因は何処にあるのか。ここを正さない限り、日本が強い経済を取り戻すことは困難と言わざるを得ない。マクロ経済を理解しない政治家、国力最大化を追求しない官僚、減税を拒否し「隙あらば増税」を画策してきた財務省の責任は極めて重いと言わざるを得ない。

 もう一つ根深い問題がある。それは「怒りを忘れた日本人」である。「日本の弱体化と国民の貧困化」をもたらした政治責任を追及する怒りの発露がない。日本は民主主義の国であり、政治家や官僚の責任を追及するのは国民の役割でもあるのだが、他の先進国と比べて日本では政治を政治家と官僚に丸投げしてこなかっただろうか。我慢強い国民性が「失われた30年」を黙認してきたとも言える。国民が沈黙しているが故に、マスコミも官製報道に終始してきた側面がありそうだ。

 現在メディアを賑わしているのは、自民党のパーティ券を巡る政治資金問題である。与党も野党も、盛んに「国民の納得が得られない」と言うが、国民の一人として国民の真の怒りはそんなところにはないと断言しよう。そのようなスキャンダルの話題など、議事堂の片隅の部屋でさっさと解決してくれればいいのであって、激変する国際情勢の中で、連日大騒ぎする重大事では断じてない。

 この資料で取り上げたのは「日本の弱体化と国民の貧困化」に関わる問題である。単純に金額で比較すれば、パーティ券の事件よりも優に5桁以上も大きな日本国の富の損失に係る問題である。このことを肝に銘じた上で、与党も野党も「GDP転落」問題の本質を追究して、是正策について国民の前で論戦を戦わせてもらいたいものである。それこそが政治家の使命である筈だ。

 この記事を書いている2月22日、日経平均株価が史上最高値を更新したというニュースが流れた。そのこと自体は悪いニュースではないが、たった1週間の内に流れた二つのニュース、「GDP転落」と「株価史上最高値」には大きな乖離を感じざるを得ない。

 GDP転落は長期動向であり、現在に至る日本経済の実力を反映したものだ。それに対して株価高騰は「株価は期待先行で動く」の格言通り、中国市場から資金を引き揚げた国際投資家が資金を日本に投入した結果である。日本経済の実力を反映したものではないから、バブル期のような高揚感がないのである。それが乖離の正体である。

 デフレからの完全脱却を果たし、「失われた30年」にピリオドを打ち、円高を取り戻すまでの道のりはこれからが正念場である。GDPを押し上げる大きな潮流を作り出すことが出来なければ、株価高騰はマネーゲームで終わる。「日本弱体化と国民の貧困化」の現実は相当深刻と認識すべきである。

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