現代社会を襲うM10級の危機

(後編)危機の本質と対処を考える

<過剰債務と少子高齢化のジレンマ>

 日本政府が抱える債務は増大の一途にある。高齢化、激甚災害の増加、パンデミックの発生、安全保障リスクの増大等、その原因は複数あってどれも待ったなしである。ここで重要な真実は「過剰債務問題を抜本的に解決させる方法は、経済成長以外にない」ということだ。

 一方少子高齢化問題を解決する即効薬は存在しない。移民は解にはならない。移民はいわゆる「3K」等の分野で国民が敬遠する仕事を担う反面、単純労働の賃金を抑制し、治安を悪化させる要因になるからだ。現在欧米では移民の増大が危機的な社会問題となっており、移民に対して寛容だった従来の政策を転換しつつある。

 少子化問題を抜本的に解決するために必要なことは、経済の豊かさを取り戻すことである。一方高齢化問題に対する対策は、ロボットやAIを最大限活用することだろう。課題を解決する賢い活用法を世界に先駆けて見つけ、実用化し産業化することに挑戦する他ない。

 重要なことは、少子高齢化は経済成長を抑制する要因であるだけでなく、債務増加を促進する要因でもあることだ。この問題を解決するには「少子高齢化と過剰債務の増加」という負のスパイラルを、「テクノロジー・イノベーションと経済成長」という正のスパイラル」に転換する以外にない。

<大スタグフレーションと中央銀行の限界>

 インフレは古典的には需要と供給のバランスが崩れて発生した。エネルギー・資源・食料の高騰は、従来は戦争、天変地異、洪水や旱魃の結果として発生した。最近では高騰の原因に「武器化」が加わった。

 パンデミックとウクライナ侵攻が起きて、景気後退とインフレが同時に進行するスタグフレーションに世界経済は直面している。特に恐ろしいシナリオは、スタグフレーションと同時にバブル崩壊・金融危機が起きることだ。過去にインフレと巨額債務が同時に存在した例はないという。仮にそのような危機が起きた場合、過去の危機において中央銀行・政府がとってきた救済策は期待できそうにない。

 何故なら中央銀行はゼロ金利やマイナス金利という手段を既に使っていて、巨額の金融緩和を行い、政府は既に膨大な過剰債務を抱えているからだ。企業や銀行は固より、国外の債務を抱える国々のデフォルトが起きても救済できない事態に陥る可能性が懸念されている。

 EUでは現在二つの懸念が話題になっているようだ。一つは経済規模でEU第3位のイタリアがデフォルトに陥る懸念であり、もう一つはその場合大き過ぎて潰すことも救済することもできない懸念である。

<脱グローバル化と新冷戦、多極化の進行>

 グローバル化、民主主義、国家主権は三つ同時に実現できないトリレンマの関係にある。アメリカは結局グローバル化を放棄した。中国はグローバル化の最大の受益者となったが、専制主義のままで民主主義は決して受け入れないだろう。一方欧州は国家主権を制限して域内のグローバル化を選択した。こう考えると脱グローバル化は不可避と思われる。

 アメリカはウクライナに軍事侵攻したロシアに対し、禁じ手であった「ドルの武器化」を含む強力な制裁を行った。またトランプ政権がとった高い関税措置に加えて、バイデン政権は中国に対し先端技術や製品の実質的な禁輸を実施した。こうしてG7諸国と専制主義国家間のデカップリングが確定的になった。

 バイデン政権はさらに、世界にグローバル化を布教するバイブルだった「ワシントン・コンセンサス」を改定して、中国に対するデカップリング政策を強化することを宣言した。(『歴史はこうして作られる②新ワシントン・コンセンサス』参照)「デリスキング」という表現を使ってはいるものの、本質は誰が考えてもデカップリングに他ならない。

 前述したように、ロシアと中国に対するデカップリングは「諸刃の刃」であり、ロシアと中国は対抗策として貿易決済におけるドル離れを推進している。つまりポスト冷戦(グローバル化の時代)の時代が終わり、米中新冷戦(脱グローバル化の時代)の時代が始まったのだが、脱グローバル化が進めば「米国1強時代の終わり」が確定的になり、世界は否応なしに多極化していくことになる。

<AI革命がもたらす変化>

 AI革命は歴史上初めて「人類にとって強敵現わる」という大転換となるだろう。その理由は二つある。一つはコンピュータ・AIの知能が人類の知能を上回る「シンギュラリティ」に到達することである。もう一つは、AI革命は従来の産業革命と一線を画すものとなり、雇用環境を一変させることである。AI革命の先にどういう未来があるのか、よく分かっていないが、ここでは二人の識者の意見を紹介しておきたい。

 イスラエル人歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、「21世紀の経済学において最も重要な質問は、無用になった人々をどうするかということだ。仕事が次々に自動化される世界に幸福な未来が待ち受けているとは思えない。今回の革命は終末を告げるもののように見える。AIの進化は人間の生活を全く想像もつかない程に変えてしまうだろう。」と指摘する。

 オックスフォード大学教授で哲学者のニック・ボストロムは著書「スーパーインテリジェンス」の中で、人類の生存を脅かす脅威として小惑星の衝突と核戦争に次いでAIを挙げている。これはマシンは雇用だけでなく人類の生命をも奪いかねないという懸念の表明である。

 ハラリはさらにこう述べている。「コンピュータと人間が融合しない限りホモサピエンスは終わる。これから登場するのは、神のヒトとしてのホモデウスだ」と。ハラリが指摘するように、AIがサピエンスの側に立たない限りサピエンスは終わるのかもしれない。

<気候変動:別格の危機>

 気候変動というM10級危機が深刻化すると、紛争と極貧に苦しむ人々がかつてない規模で移住を始めることが予測されている。また温暖化が激しくなればパンデミックが頻発する恐れがあり、もし両者の間で相互作用が起きると全世界的な被害をもたらす恐れがある

 M10級危機の中で気候変動が別格である理由の一つは、それが「人類の生存」に関わっているからだ。そういう意味では、気候変動だけはM11級の危機として捉えるのが正しいのかもしれない。以下は資料2からの引用である。

「気候変動の脅威は原子爆弾よりも全面的であり、徹底的だ。」

「気候変動はゆっくり進行すると思われているが、実は驚くほど速い。一方それに対抗するための技術は直ぐ実現すると思われているが、残念ながらもどかしいほど時間がかかる。」

「気候変動が原因の経済崩壊には、救いも猶予もないのかもしれない。もはや脱出の希望は持てないからだ。」

「私たちの孫世代は、もっと豊かで平和だった世界の残骸の中で永遠に生きることになるだろう。」

 M10級危機の中で気候変動が別格である理由はもう一つある。それは他の7つの危機と異なり、気候変動は人類の歴史という文脈で捉える必要があるからだ。以下は資料2からの引用である。

「歴史とは一方的に進む物語である。農業が始まったのは1万2千年前で、この技術革命で狩猟と採集の生活に終止符が打たれ、都市と政治の仕組みが生まれて文明が誕生した。次に産業革命を契機として、化石燃料をエネルギーとする工業化と経済成長の時代が幕を開けた。そして今、人類が文明を築いてきた歴史が凄まじい勢いで逆噴射している。」

「危機的状況の根本原因は、我々が自分で語ってきた物語の中にある。それは、進歩という神話、人類中心という神話、自然からの乖離という神話だ。それらが神話であることすら忘れている事実が、更に危険を増大させる。」

「気候変動は成長の約束を台無しにする二つの流れを加速させる。一つは世界全体の経済を停滞させて、地域によっては恒久的な景気後退のような状況を作り出すことであり、もう一つは所得格差などの形で富める者より貧しい者が露骨に痛い目にあうことだ。」

<気候変動:人類史における転換点>

 気候変動は、これまで「成長と進歩」を絶対の教義として紡いできた人類史を大転換させるかもしれない。未来は人類が今何をするかにかかっている。以下は資料2からの引用である。

 「私たちが未だ理解していないフィードバックの循環や、科学者が特定できていない温暖化のプロセスが存在することは間違いない。人類を出現させ、文明と呼ばれるあらゆるものを世に送り出した気候システムはとても脆弱だ。たった一世紀ほどの人間の活動で、途端に不安定になった。その責任が人類にあるとすれば、元に戻す責任もある筈だ。」

 「気候変動に関して、ほぼ全てのカードを持っているのは中国だ。中国はどうやって、またいつまでに工業経済から脱工業化経済に移行するのか。存続する工業をいかにクリーン化していくのか。農業や食生活をどう作り変えるのか。爆発的に増えている中間層や富裕層の消費傾向をどうやって炭素集約度の低いものへと方向転換させるのか。」

 「一つの試算によれば、平均気温が3.7℃上昇した時の経済的損失は500兆ドル(7京円)を超えると予測される。それ以下の温度で上昇を食い止めることに成功するとしても、巨額の請求書が回ってくる。それは1世紀に及ぶ産業資本主義が、我々が生存できる唯一の星に与えた損害を解消するために、新しいシステムを構築して運営していく費用である。」

 「気候変動の壊滅的な影響を避けるためには、航空機の刷新から土地の変更まで、隅々にわたってインフラを集中的に作り変える必要がある。例えば、世界中の化石燃料の発電所をクリーンな発電能力をもつ原子力発電所に全面的に置換するというように。だが、汚れた既存システムを引退させ、新規のシステムを導入しようとしても、利害が関わる企業や変化を望まない消費者から強い抵抗が起こるだろう。」

 ちなみに太陽光発電は、レアメタルを含む素材の採掘、輸送、製造からリサイクルまでの全プロセスを考えると、脱炭素にも環境汚染対策にもならない現実を直視する必要がある。真にクリーンな発電を目指すなら、原発以外に現実的な解はないことを付け加えておきたい。

孫世代の未来のために

 M9だった東日本大震災と福島原発事故が相次いで起きた時、平時とは異なる有事対応が必要だったことを我々は思い知らされた。過去のM8級~M7級の地震で蓄積してきた経験や常識だけでは対処できなかったのである。この時の教訓を踏まえて、近未来に起こり得るM10級危機との戦いは、何れもが容易には克服できない難題なのだとの認識に立つ必要がある。発想も対策もM10級の有事対応のものでなければ対処できないことを肝に銘じておくべきだ。

 では、この難題に人類はどう立ち向かえばいいのだろうか。答えは何処にもないが、着眼点は三つあるように思う。第一はスピリット(心構え)に係るものであり、「課題は発明の母」、「危機はチャンス」と捉えて、立ちすくむのではなく立ち向かうことである。

 第二はテクノロジーに係るものであり、危機を抜本的に解決する可能性のある革新的テクノロジーの開発に国力をかけて取り組むことである。日本にはG7メンバーとして、テクノロジー・イノベーションという世界レベルの競争において、常に先頭集団を走り続ける使命と資質がある。それを阻害する旧態依然の仕組みや制度は、「M10級の危機への対処」という有事対応の発想に立って、大胆に刷新しなければならない。

 第三はシステムとその運用に係るものである。気候変動危機への対処は、「自然環境と生態系との共生」という境界条件のもとで、人類社会の在り方を問い直しシステムを再構築する挑戦となるだろう。

 第三の着眼点に立って考えるとき、日本は世界で極めてユニークな歴史を持っている事実に思い至る。日本は明治維新では一気呵成のスピードで西洋文明を取り入れ、第二次世界大戦ではその西洋文明を相手に戦争をして敗れた。明治維新と敗戦という二つの転換点に、M10級の危機に直面する現在の転換点を加えて、近代国家日本の歴史と未来を俯瞰してみたらどうなるだろうか。明治維新以降を近代国家日本の第一期、戦後の時代を第二期、現在以降を第三期と括り直すと、第三期に日本は何をすべきか、命題とテーマが浮かび上がってくる。

 M10級危機、とりわけ気候変動危機は、自然破壊と引き換えに経済成長を続けてきた西洋文明にこそ根本的な原因がある。さらに気候変動以外の危機は、「成長と進歩」を至上命題としてきた西洋文明が行き詰まったことを物語っている。「成長と進歩」の過程で人類が作り込んできたさまざまなシステムが臨界点に到達したのだと解釈できる。この事実こそがM10級危機の本質ではないだろうか。

 ここまでの認識が正しいとすれば、危機に対処するためには、「自然や生態系を破壊してでも」という西洋文明の教義を、「自然や生態系と共生しながら」という教義に書き換えることから始めなければならないことが明らかだ。ここで日本の歴史がユニークなのは、西洋文明を取り入れる遥か1万6千年前から育んできた縄文文明があったことだ。日本人は明治維新以前、縄文の昔から自然を畏敬し共生する自然観・宗教観を育んできたことに誇りを持つべきである。

 我々日本人にはその文明のスピリットが今でも受け継がれている。西行法師が伊勢神宮を参拝した時に詠んだ「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」という和歌がそれを如実に物語っている。この宗教観は現代の我々にも確実に継承されている。そう認識を新たにすると、相当の難題、もしかしたら解決が困難な難題であっても、日本には本気で挑戦すべき役割と資質があることに思い至る。それこそが第三期の日本の役割でありテーマである筈だ。大げさに言えば、世界のために、そして孫世代の未来のために。

(資料1)『MEGATHREATS、世界経済を破滅させる10の巨大な脅威』、Nouriel Roubini、日本経済新聞出版、2022年11月

(資料2)『地球に住めなくなる日、気候崩壊の避けられない真実』、David Wallace-Wells、NHK出版、2020年3月

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