現代社会を襲うM10級の危機

(前編)M10級の危機

はじめに

 マグニチュードは地震のエネルギー規模を表す指標として使われている。ちなみに、近年日本で起きた地震のエネルギーは、2011年の東日本大震災がM9.0、1995年の兵庫県南部地震(いわゆる阪神淡路大震災)がM6.9、1923年に起きた関東大震災がM7.9だった。対数指標なので、M9はM8の約32倍、M8はM7の約32倍、M9はM7の約1000倍のエネルギーである。

 マグニチュードは災害のエネルギー規模を表す指標として分かり易いので、ここでは一般化して、M9級は国家レベルで重大な被害を及ぼす危機、M10級は世界レベルで重大な影響を及ぼす危機、M11級は地球規模で人類の存亡をも脅かす危機(小惑星の衝突等)と勝手に定義して話を進めることとする。

 近未来に起きることが懸念される巨大な脅威について、ニューヨーク大学スターン経営大学院のヌリエル・ルービニ名誉教授が著書で書いている。M10級の危機が何かについては、資料1を参照した。また気候変動については資料2を参照した。

(資料1)『MEGATHREATS、世界経済を破滅させる10の巨大な脅威』、Nouriel Roubini、日本経済新聞出版、2022年11月

(資料2)『地球に住めなくなる日、気候崩壊の避けられない真実』、David Wallace-Wells、NHK出版、2020年3月

現代社会に襲いかかるM10級の危機

 2020年初めにコロナ・パンデミックが起き、2022年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻した。さらに、トランプ政権期の2018年10月にペンス副大統領がハドソン研究所で行った演説は「中国に対する宣戦布告だ」と評されたが、アメリカはこの演説を転換点として中国に対して武器を使わない戦争を始めた。これらの事件が相次いで起きて、経済不況とインフレがじわじわとしかも同時に進行している。

 さらにパンデミック対策として世界各国は大規模な金融緩和に踏み切った。市中に放出されたマネーは過去にない巨額なものとなり、それがバブルを助長し、アメリカ、欧州、中国では既にバブル崩壊に対する警鐘が鳴らされている。

 ルービニ教授は著書の中で、「世界経済を破滅させる巨大な脅威」として10項目を挙げているが、本質原因が同じものを括ると、「巨大な脅威」は過剰債務、少子高齢化、大スタグフレーション、中央銀行の役割と基軸通貨ドル体制の崩壊、脱グローバル化、米中新冷戦、AI革命、気候変動の8つに整理することができる。世界経済が4つ、国際政治が2つ、テクノロジー・イノベーションが1つ、地球環境が1つである。

 基本的な知識として、はじめにこれらの要点を概説しておきたい。

<過剰債務>

 第二次世界大戦後およそ70年は、GDPは拡大基調で推移し、世界経済にとって平和な時代だった。一方で1970年以降現在に至るまで、バブル膨張と崩壊が繰り返し発生した。1970年にはオイル・ショックを契機に世界でスタグフレーションが発生した。

 1980年代にはアメリカの不動産価格の下落に端を発する貯蓄貸付組合(S&L)破綻、1990年代には北欧銀行危機、1992年には英国ポンド危機、1991-1993年には日本の不動産バブル崩壊、1998年にはアメリカの大手ヘッジファンドLTCM破綻、2000年代前半にはインターネット・バブル崩壊、2007年にはサブプライム危機が誘発したグローバル金融危機、そして2010年代前半には欧州債務危機が相次いで発生した。

 バブルが崩壊するたびに、取り付け騒ぎが起きて銀行破綻の連鎖が起きないように中央銀行は金融緩和を行ってきた。しかしながら、この政策は眼前のバブル崩壊を制圧するためにもっと大きなバブルを作り出す原因となってきた。

 その結果、世界の債務はGDP比で1999年に2.2倍だったものが、2019年には3.2倍に膨張した。さらにパンデミック後にはGDP比で3.5倍にまで膨張した。このまま推移すると、2030年にはGDPの4.0倍(360兆ドル)を超えることが予測されている。

<少子高齢化>

 人類は現代に至るまで、幾つもの転換点を乗り越えてきた。現在先進国が直面している転換点の一つに、「人口増から少子高齢化へ」というパラダイム・シフトがある。日本が「失われた30年」に突入した理由の一つは、先進国で最初にこのパラダイム・シフトに直面し経済成長が当たり前ではなくなったことだった。

 高齢化は年金・医療・介護等の社会保障コストを増加させる。政府債務に未引当分(年金、高齢者医療等)を加えた真の債務が、政府債務の何倍あるかという比率でみると、2012年のアメリカで19倍だったという。少子高齢化が進めば未引当分はさらに増大し、債務が増加してゆくことが確実である。

<大スタグフレーション>

 経済の停滞とインフレが同時に起きる現象をスタグフレーションと呼ぶ。今後10年以内に経済がスタグフレーションで被るダメージは1970年代以降の事例よりずっと深刻なものとなるだろう。何故なら1980年代にはインフレはあったが債務問題はなく、2008年のグローバル金融危機では債務はあったがインフレはなかったからだ。

 これに対して現代では、巨額の債務が既に存在している状況で、単なるインフレよりもスタグフレーションの兆候が高まっている。この状態でもしバブルが崩壊すれば、「スタグフレーション+グローバル金融・債務危機」という過去に前例のない複合事態になる。著者はこれを「大スタグフレーション」と呼んでいる。

<中央銀行の役割と限界、基軸通貨ドル体制の終焉>

 戦後中央銀行の役割は大きく拡大し変容してきた。当初は「物価の安定」が唯一の使命だったのが、やがて「経済成長と失業対策」が加わった。2007年のグローバル金融危機後にはさらに「金融の安定性とインフレ目標」が加わり、2022年のウクライナ侵攻後には「禁じ手」ともいうべき「通貨の武器化」が加わった。その結果中央銀行の政策も、当初の政策金利(長期国債の金利)のコントロールに加えて、ゼロ金利、マイナス金利、量的緩和、金融制裁と多様化してきた。

 バブルが崩壊するたびに中央銀行は国債を買い取る形で市場に膨大な資金を投入してきた。つまり中央銀行がとってきた金融政策は「バブル崩壊を制圧するために、次のバブルを形成する」という対症療法だっただけでなく、中央銀行自体がバブル膨張・崩壊の原因に関与してきたことは明らかである。

 またアメリカが経済制裁手段として「通貨の武器化」を使ったことは、諸刃の刃であり、基軸通貨ドル体制の崩壊を助長してゆくことになるだろう。

 何れにしても際限なく拡大してきた中央銀行の任務と政策手段は、今や経済を混乱から救うどころか、打つ手を誤れば世界経済を危険にさらしかねないリスク要因となったのである。

<脱グローバル化>

 大戦後の世界は、米ソ冷戦→ポスト冷戦→米中新冷戦へと推移してきた。ポスト冷戦期の到来と同時に、アメリカは先頭に立ってグローバル化を推進してきた。しかし、トランプ前大統領が中国に対し高い関税を課した2018年を転換点として、アメリカはグローバル化を放棄して脱グローバル化へ舵を切った。そして現在ウクライナ戦争と米中新冷戦を契機に、民主主義国と専制主義国の間でデカップリングが進んでいる。

 戦狼外交を展開する中国もウクライナに軍事侵攻したロシアも、国際ルールを平然と無視する専制主義国家である。結局グローバル化はアメリカの幻想だったのであり、アメリカは最近になってようやくそれを認めたことになる。

<米中新冷戦>

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、20世紀の戦争が再発したこと、安保理常任理事国が戦争当事国となったこと、アメリカが「通貨の武器化」を含む制裁を科したことなどの理由で、大戦後に作られた国際秩序を基盤から崩壊させる事件となった。

 米中新冷戦は、アメリカが脱グローバル化へ舵を切った時から始まった。バイデン政権は、さまざまな手段を「武器化」して、自らは軍事力を使わない21世紀の戦争をロシアと中国に対して実行した。(「歴史はこうして作られる、②ワシントン・コンセンサス」参照)

 ポスト冷戦から米中新冷戦への移行は大戦後の大きな転換点として歴史に記録されるに違いない。そして米中新冷戦の行方は、M10級の危機がいつどこで起きるかと、米中の今後10年の経済がどう推移するかによって左右されるだろう。

<AI革命> 

 産業革命は「蒸気機関の発明、大量生産の実現、電化の普及」と進展してきたが、これらの何れもが前時代の雇用を消滅させる一方で、それを上回る新しい雇用を創出してきた。その結果、産業革命は新しく強力な経済成長のエンジンとなっただけでなく、生産性の向上に大きく寄与してきた。現在進行中の産業革命である「AI革命(仮称)」は過去の産業革命とは一線を画す革命となる可能性が高い。

 例えば、自動運転車が普及すればバス・トラック・タクシー等の運転手が大量失業することが明らかだ。ではその代わりにAI革命はどのような新たな雇用を生み出すであろうか。AI革命が単純労働を一掃する代わりに、AIの開発や高度の利用に係る新たな雇用を生み出すとしても、それは失業を迫られる労働者に再雇用を提供することにはならない。この意味でAI革命は雇用環境を一変させる可能性がある。

<気候変動>

 この記事を書いている時点で、世界各地の記録を塗り替える猛暑、ハワイとカナダの山火事、北欧の大洪水、欧州の熱波、中国の洪水と旱魃、南極の氷の減少、氷山の融解などのニュースが連日報道されている。

 8つのM10級危機の中で気候変動は別格である。気候変動というテーマ自体が書物一冊を必要とするものであり、軽々に論じることは出来ないので、ここでは資料2を紹介するに留めることとする。

 最近ではハワイの山火事の惨状が連日報道されている。しかしながら、カナダの山火事も歴史上最悪である。カナダでは例年5~10月に山火事が発生するが、今年は既に1000件以上発生し、その半数以上が制御不能となっているという。オーロラ観測で有名なノースウェスト準州の州都イエローナイフでは住民22,000人に対し8月16日に避難命令が出された。

 ロサンゼルスの現状も深刻である。以下は文献2のあとがきで著者が紹介している、ロサンゼルスが直面している極めて深刻な現実である。

 エリック・ガルセッティ(Eric Garcetti)氏は2013年から2022年間でロサンゼルス市長を務めた人物である。ガルセッティ氏が生まれた1971年に、市の山火事による森林焼失面積は250km2だった。それが市長に初当選した2013年には焼失面積は2,400km2に拡大し、2018年には7,700km2にまで拡大した。何と47年の間に30倍に拡大したことになる。最悪の場合ロサンゼルス大都市圏は2050年までに完全に灰になるという予測もあるという。

 ガルセッティ市長が語った次の言葉が衝撃的である。「幾らヘリや消防車を買っても、消防士を増やしても追いつかない。延焼を食い止めるために切り払う藪もない。これが終わるのは人類が滅亡したずっと後、地球の緊張がほどけて予測可能な気候に戻った時でしょう。」

-後編に続く-

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