リーダーシップとガバナンス
混沌化した世界
コロナ・パンデミックが発生して以降、複数の重大事件が相次いで起き、世界情勢は一気に混沌化した。代表的な事件は以下のとおりである。
<2020年、コロナ・パンデミック>2020年頭にコロナウィルスによるパンデミックが起きた。世界規模で人の流れが止まり、マスクなどの医療品が世界規模で枯渇し、サプライチェーンの脆弱性が大きな社会問題となった。それから3年半が過ぎた。日米欧ではコロナ以前の水準に経済が回復してきたが、中国では誤ったゼロコロナ政策を3年続けた結果、経済は失速したままで明暗が分かれた。それ以前から進行していた不動産バブル崩壊と重なって、中国経済は危機に直面している。
<2022年、ロシアによるウクライナ侵攻>2月にロシアがウクライナに軍事侵攻した。戦争とロシアに対する経済制裁の結果、エネルギーと食料を中心にサプライチェーンの大混乱が起きた。資源不足はインフレをもたらし、米欧はインフレを鎮静化するために矢継ぎ早に政策金利を引き上げた。この結果ドルが高騰し、世界各地に投資されてきたドル資金が還流を始めた。さらにロシアを国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出した結果、主にエネルギー取引においてドル離れが加速した。
<米中対立の激化>トランプ政権下で2018年10月に行われたペンス副大統領の講演と、バイデン政権下で2022年9月に行われたサリバン大統領補佐官の講演は、中国に対する実質的な宣戦布告と言われている。この場合の戦争は「兵器を使わない代わりにあらゆるものを武器化する」21世紀型の戦争である。サリバン氏は約30年間続けてきたグローバリゼーション政策を大転換して、中国に対するアメリカの力を抜本的に強化する新たなワシントン・コンセンサス構想を発表した。(https://kobosikosaho.com/daily/928/)
混沌化させた要因:ロシア
このように2020年代になって世界秩序は一気に混沌化したが、こうした世界情勢の激変は当事国であるアメリカ、ロシア、中国の指導者がとってきた政策がもたらした結果に他ならない。直言すれば、リーダーシップの誤りとガバナンスの欠如がもたらした人為的な歴史である。
如何なる事情があったにせよウクライナ戦争を起こしたプーチン氏の責任は重大である。アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)が第二次世界大戦後に発生した国家間の戦争を調査した結果によれば、1年以内で終結した戦争が51%ある一方で、1年以上続いた戦争は、終結までに10年以上かかったことが判明している。(湯浅博、産経6/30)ちなみに、ウクライナ戦争は既に16ヵ月に及んでいて長期化が懸念される。
今年6月24日に起きた「プリゴジンの乱」は1日で沈静化したが、ロシア軍内部に複数の支持者がいることが明らかになった。このため、プーチン大統領は「反乱軍」を軍事力で制圧することも、首謀者プリゴジン氏を処分することもできずに、自らの権威が時間と共に失墜してゆく苦境に立たされている。恐らく「プリゴジンの乱」は、プーチン政権が崩壊する第一幕として歴史に記録されることだろう。
ロシア情勢は今後ますます混迷を極めるだろう。まだ断定することは時期尚早だが、ウクライナを短期間に併合するつもりだったプーチン氏の目論見は完全に外れ、逆にロシアが弱体化する危機を招いた。ウクライナを焦土に変え、双方に多数の死傷者を出したプーチン氏の判断ミスは甚大である。ウクライナ侵攻は「リーダーの判断ミスは、甚大な被害をもたらす」という貴重な教訓として歴史に刻まれなければならない。
混沌化した要因:中国
アメリカが約30年間推進してきたグローバリゼーション政策の最大の受益者は中国だった。鄧小平が推進した「改革開放」政策の結果、中国は「世界の工場」の地位を獲得し、2010年にはGDPで日本を抜いて世界第二位の経済大国となった。そして江沢民、胡錦涛の後に2012年11月に総書記に就任した習近平氏は、歴代政権が踏襲してきた「韜光養晦(とうこうようかい)」政策を大転換して「戦狼外交」を展開した。
しかしながら2020年以降に習近平氏が相次いで実施した政策は、失敗に失敗を重ねる展開となった。トランプ政権が始めた高関税措置とバイデン政権にも継承された半導体の禁輸制裁に加えて、オウンゴールともいうべきゼロコロナ政策の大失敗によって経済は急失速し、未だに回復の兆しがない。
現在、パンデミックを制圧して経済が回復過程にある日米欧とは対照的に、中国経済は深刻である。深刻さを物語る代表的な指標は以下のとおりである。
①2016年に新華社通信は、中国の人口が約14億人に対して、鬼城(住人のいないマンション)は34億人分に上ることを発表した。(現代ビジネス7/6)
②中国経済は2021年以降不況に突入した。2021年、2022年の経済成長率は公式発表で8.4%、3.0%だが、実態は2021年に急減速し、2022年にはマイナス成長となったことが明らかだ。(同上)
③当局が発表した16歳~24歳の失業率は20%超に達する。(同上)
④中国財政省の公式発表では、昨年末時点での地方政府の債務残高は約35兆元(約700兆円)で、昨年の利子負担は初めて1兆元(約20兆円)を超えて3年で2倍に増えた。(東京新聞6/5)
⑤2022年度の不動産価格は前年比で26%減少した。不動産価格がこれ以上下落すれば、1100兆円とも言われる隠れ債務が表面化して地方財政は破綻する。(現代ビジネス6/28)
⑥中国の未来に見切りをつけて、米国へ亡命する中国人が急増している。米国土安全保障省によれば、昨年10月以降に中国人からの密入国者は6500人を超え、前年同期比で約15倍に跳ね上がった。(週刊現代6/28)
⑦「一帯一路」は、7481億ドル(約104兆円)を投じた習近平の目玉政策で、対象国は150カ国に及ぶ。アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)によると、中国は大躍進時代に毎年1000億ドル(約14兆円)を注ぎ込んだが、現在では年間600億ドル(約8兆円)台に減少している。一方で不良債権は768億ドル(約11兆円)に達している。(ZAKZAK6/19)
⑧東南アジアに対する中国の政府開発融資は、2015年の76億ドルから2021年には39億ドルになり、6年間で半減した。この結果東南アジア投資に占める中国のシェアは全体の1/4から1/7に減少した。この事実は中国が経済と金融の問題を抱え込んでいることを示している。(北野幸伯メルマガ7/6)
パンデミックが起きて日米欧の中央銀行は実体経済を支えるために、超低金利、量的緩和、さらには民間が発行した証券の購入などを大胆に実施した。それとは対照的に中国はゼロコロナ政策をとって都市の封鎖に踏み切った。先進国がコロナの制圧と経済の回復の両方を睨みながら政策を行ったのに対して、中国は習近平自身の面子に拘った誤ったゼロコロナ政策を今年1月まで約3年間頑なに維持した。ゼロコロナ政策が中国経済の息の根を止める悪手だったことは明白である。
混沌化した要因:アメリカ
バイデン政権の任期は残り1年半余となった。バイデン大統領は現在ロシアと中国に対し二正面戦争を進めているが、一方で民主党政権下にあってアメリカの国内情勢は混乱の極みに向かっていると言わざるを得ない。ズバリ言えば、民主主義と法治制度の崩壊が進んでいる。崩壊プロセスは2020年大統領選挙において行われた組織的な不正に始まり、2024年大統領選に向けて正念場を迎えるだろう。
<民主党がでっち上げたロシア疑惑>6月21日に開かれた下院本会議において、ロシア疑惑をでっち上げた民主党シフ議員に対する問責決議案が可決された。そもそもロシア疑惑は2016年10月、大統領選挙の1か月前に、国土安全保障省が「民主党の全国委員会のコンピューターがサイバー攻撃を受けた。ロシア政府の指示で実行されたと確信している」という声明を発表したことから始まった。それ以降トランプ大統領を揺さぶり続ける“ロシア疑惑”となった。
その後モラー特別検察官、ホロウィッツ司法省検察官、ダーラム特別検察官による、個別の捜査が2年にわたって行われ、トランプ氏とロシア政府との共謀の事実はなかったという総括が行われて疑惑は消滅した。シフ議員は英政府の元諜報員がアメリカ民主党筋の委託で作成した「スティール文書」中にあるトランプ氏に関する虚偽の記述に基づいて、トランプ氏を糾弾する民主党の情報特別委員会の委員長としてロシア疑惑の先頭に立っていた。(古森義久、産経6/30)
<バイデン・ファミリーに係る疑惑>トランプ大統領に対するロシア疑惑とほぼ同時期に、バイデン大統領に係る疑惑が進んでいた。主なものは次のとおりである。(参照、カナダ人ニュースhttps://www.youtube.com/@canadiannews_yt)
①バイデン大統領の次男、ハンター・バイデンを巡る疑惑で、当人が使用していたPCデータがFBIによって解読され、459件の犯罪容疑(ビジネス犯罪140件、性犯罪191件、薬物犯罪128件)が明らかになった。
②ハンター・バイデンには、ウクライナのブリスマ社からの賄賂と捜査揉み消しの他、ロシア、中国他からのマネーロンダリング疑惑もある。
③バイデン大統領本人の収賄容疑もある。
④バイデン・ファミリーに係る疑惑については、2018年以降に歳入庁(IRS)やFBIによる捜査が行われ、州の連邦検察に起訴勧告が提出されたが、司法省や連邦検事などによる妨害工作があり、以降今日まで司法も大手メディアも無視してきた。
⑤2022年11月に行われた中間選挙で、連邦議会下院の多数を共和党が奪還したことから、バイデン・ファミリーに係る疑惑に対して捜査が再開されるようになった。
⑥2021年1月6日に起きた連邦議事堂暴徒乱入事件は、FBIが作り上げた物語だった可能性が濃厚となっている。当時のFBI副長官が「トランプ大統領支持者による暴徒乱入」仮説を疑問視する捜査員に対し、自分の指示に疑問を呈する捜査員は不要だと恫喝発言を行っていたことが、FBI支部のトップによる内部告発で明らかになっている。内部告発内容は司法省監査長官室、議会上院下院の司法委員会に報告された。
⑦中国から多額の寄付が民主党に対し行われていた事実が明らかになっている。ActBlueという団体が2004年から約1.2兆円の資金を集めて民主党の候補・団体に配分してきたという。資金の60%以上が中国からの献金だった事実が解明されている。
以上は混迷を極めるアメリカ社会の一面に過ぎない。アメリカ国内では民主主義と法治制度の崩壊が進んでいる。
米国の外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース会長が、重要な発言をしているので紹介する。「現在の世界の安全保障が直面している最も深刻な脅威は米国そのものだ。・・・米国が直面する自国内部の脅威はすでに外部からの脅威より一層深刻である。米国内の政治情勢は世界に予測不可能性をもたらし、世界にとって有害である。・・・その理由は米国内の不確実性にあり、外国の指導者が米国にとって何が常態で何が例外なのか、そして米政府が理性を取り戻すかどうかが分からなくなっている。」(https://www.afpbb.com/articles/-/3471655、AFPBB、7/7)正にそのとおりなのである。
世界を混沌化させた真因
世界情勢が混沌化している原因を断定的に論じることは無謀だが、世界秩序を左右する米露中三大国のリーダーシップに最大の原因がある。その理由を述べる。
まずウクライナ戦争は何故起きたのか?それは、英米がロシアを挑発し、それを承知でプーチン大統領が軍事侵攻の命令を下したからだ。ではプーチン大統領の暴走を止められなかったのは何故か?その答えは、恐らく「世界情勢と相手国の動静と意図を客観的に分析する組織と、ありのままの分析情報がトップに届く仕組みがなかった」ことにある。
いつの時代においても、「暴走する殿」を抑止するためには、世界の情勢と相手の意図と戦略を読み解くインテリジェンスと、それに基づいて行動のオプションと利害得失を考える戦略思考が不可欠だ。これは、真珠湾攻撃に踏み切った日本を含め、多くの戦争に当て嵌まる普遍的な教訓である。
歴史にIFはないが、もしルーズベルト大統領が日本にアメリカを先制攻撃させるべく執拗に挑発していた事実と、その意図を事前に察知し解読するインテリジェンスが日本にあったなら、さらにその情報が政治の意思決定に活用されるメカニズムがあったなら、300万人に及ぶ戦死者も出さず、アメリカ軍による戦後の統治もなかった可能性が高い。先の大戦から学ぶべき最大の教訓はここにある。どこでどう誤ったのかを教訓とせずに、単に「二度と過ちは繰り返しませんから」と誓うだけでは、未来の悲劇を抑止することは出来ないことを我々は肝に銘じなければならない。
バイデン大統領は6月10日に開催された自らの政治資金パーティで次のように述べたという。「(中国の観測気球がルートを外れて1月末~2月初めにかけて米本土を飛行したことを)習近平氏は知らなかった。何が起きているか知らないことは独裁者には大きな恥となる。」と。これに対して中国は猛反発した。
但し、中国政府が猛反発した理由は「独裁者」呼ばわりされたからではなく、習近平が気球の動きを知らなかったことを指摘された点にあるようだ。その背景には経済が失速し、若年層の失業問題が深刻になり、地方政府の財政が破綻しかねない最悪の状況に中国が陥っている現実がある。つまり鄧小平が「改革開放」を唱えて以来、中国は高い経済成長を実現してきたが、習近平政権になって経済が急失速し、中国共産党の一党独裁体制が危うくなってきたことを肌身に感じている時に、その急所を指摘された発言だったので激怒したのだと藤和彦氏は指摘する。(「習近平がバイデンに独裁と言われて激怒」、JBPress、6/28)
要約すれば、中国経済が急失速した原因は二つある。アメリカによる制裁とゼロコロナ政策だ。アメリカが中国に強力な制裁を科した理由は、習近平がとってきた国際法を無視した「戦狼外交」にあり、ゼロコロナ政策は習近平の面子を優先した産物だった。言い換えれば、中国を経済大国に押し上げた功績は鄧小平の慧眼であり、経済の大失速をもたらした責任は習近平の面子だったということになる。
そしてその「殿の暴走」を誰も止められなかったのは、いみじくもバイデン大統領が指摘したように、習近平が独裁者だったからであり、指導部をイエスマンで固めた結果であるだろう。
ではそのアメリカはどうか。既に書いたように、プーチン大統領にウクライナ侵攻を挑発したのはバイデン政権であり、戦争が始まるとアメリカはウクライナに数兆円を上回る軍事支援を行ってきた。さらにドイツとロシアが作り上げた天然ガスパイプラインを海底で爆破したのもバイデン政権の工作であることが濃厚である。但し歴史が証明するように、このような大事件の真相は解明されないまま、限りなくグレーのまま封印されてきた。
何故このような横暴がまかり通るのだろうか?同時にバイデン政権は既に述べたように、アメリカ社会の民主主義と司法制度を破壊する暴挙を進めてきた。結果から評価すれば、バイデン政権は国際社会及び国内において混沌状況を作為的に推し進めてきたことになる。ハース会長が指摘したとおりである。連邦議会下院で過半数を奪回した共和党と、アメリカ市民の良識ある行動に期待したい。
21世紀のガバナンスが必要
以上述べてきたように、2020年のコロナ・パンデミック以降、世界情勢は混沌の度合いを強めている。その第一義的な責任は、アメリカ、ロシア、中国のリーダーシップにある。そして混沌化を食い止めて秩序を取り戻すためには、「殿の暴走」を抑制するガバナンスの再構築が必要である。
国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めたことによって、国際秩序を維持するメカニズムは機能不全に陥った。また、アメリカ国内では大規模な選挙不正が起きて、本来政治から独立している司法や、それらを監視する立場の大手メディアが政争の一翼を担っているという、民主主義の存亡にかかわる混沌が進行している。
2022年10月に天然ガスパイプライン爆破事件が起きた時、ドイツはアメリカに抗議せずアメリカに屈する行動をとった。一方マクロン大統領は「これ以上アメリカにはついてゆけない」とばかりに距離を置く発言を繰り返した。ドイツの対応は堂々と抗議しなかったが故に、今後の米独関係に暗い影を残すことになることが懸念される。
このように国際社会の現実を俯瞰する視点で考えると、「米露中の暴走を抑止する役割は日本と欧州にある」という未来の姿が浮かび上がってくる。その自覚に立ってアメリカと是々非々の間合いを取ったところに立って考え行動することが、日本のみならず世界が「戦後レジーム」から脱却し、21世紀のガバナンスを構築することになると信じる。
今年日本はG7の議長国を務めているが、上記理解が真実の一面を捉えているとすれば、米露中が繰り広げる21世紀の戦争に対して、G7議長国に相応しい独自のガバナンス哲学をもって臨むことが日本の役割であると確信する。
現在からちょうど1年前、安倍晋三元首相が銃弾に倒れた。歴史を大きく回顧すれば、安倍晋三という政治家は、時にトランプ大統領を諫め、時に習近平国家主席に対し毅然と警告し、さらに欧米間や米印間の調整役を担うなど、本来日本が果たすべき役割を演じてこられたように思う。