第1部:資本主義とは何か
はじめに
2020年以降、国際情勢は一変した。コロナ・パンデミックが起き、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、イスラエル-ハマス戦争が連動するかのように起きた。さらに1月16日には、北朝鮮の金正恩総書記が突然「憲法を改正して韓国を第一の敵対国、不変の主敵とみなす・・・」と余りにも唐突の発言をした。中国、ロシア、ハマス、そして北朝鮮の行動には、背後に共通の要因(力の作用)が潜んでいるのではないだろうか。
国際情勢が、今まで秩序を支えてきた構造が一つずつ崩壊する様相を示しているが、一方で経済情勢は次の巨大バブル崩壊を暗示しているようだ。もし最終的な巨大バブル崩壊が起きれば、それは資本主義の破綻または終焉を意味することになるだろう。バブル形成→バブル崩壊を繰り返してきた世界経済は、資本主義の変質と連動しているからである。
1月17日の新聞はアメリカ大統領選の初戦であるアイオア州共和党集会でトランプ元大統領が圧勝したと報道している。このまま推移すればアメリカ大統領選はトランプ対バイデンの一騎打ちとなり、どちらが勝利するかに注目が集まっている。もう一つ重要な課題がある。それは分断され破壊されてきたアメリカの民主主義基盤を回復できるかどうかだ。
このように世界では歴史的な大事件が相次いで連動して起きているというのに、日本は戦後何度も繰り返されてきた「政治とカネ」という、余りにも次元の低い事件に埋没している。「そんなことをやっている場合か、政治家よ、いい加減に眼を醒ませ。」と叫びたい国民の認識から、現実の政治は大きく乖離している。また自民党の醜態を野党の政治家は糾弾し揶揄する発言をしているが、この問題は緊迫した世界情勢を正視せず、危機を真っ当に語れない野党の政治家に対する失望を包含するものであることを指摘しておきたい。国民の政治に対する絶望感は、単に自民党に留まらず、自民党に代わる真っ当な野党が存在しないことにある。
アメリカとは異なる意味で、日本の議会制民主主義は衰退しているという他ない。現在我々が目撃しているのは、国際秩序の崩壊であり、破綻に向かうバブル経済と資本主義の末期症状であり、自壊しつつある民主主義なのだ。
話が発散してしまうので、本稿では「破綻に向かう資本主義」について取り上げたい。
「歴史的大転換点に直面する世界②」で、<金融危機:資本主義の限界>と題して、次のように書いた。
1.アメリカは2022年3月以降、矢継ぎ早に政策金利を引き上げてきた。マネーの急激な移動自体が、世界金融危機を誘発させる引き金となる。長期金利の上昇が債券の暴落を誘発して世界金融危機を起こす危険性が高まっている。
2.歴史を振り返れば、世界経済はバブルとバブル崩壊を繰り返し、しかも繰り返すたびに規模を拡大させてきた。バブルが拡大する原因は、政府・中央銀行による金融緩和にあり、バブル崩壊の引き金となるのは金融引き締めにある。
3.中央銀行はパンデミックでカードを使い果たしていて、次の危機が起きても、従来のように強力な対策を打てない。バブル依存の経済成長が限界に近付いている。
4.アメリカを例外として、G7の多くの国は力強い経済成長を実現できないまま財政赤字の増大に直面している。バブル頼みではない堅実な経済成長のシナリオを新たに開発する時を迎えている。
本稿では上記認識を踏まえて、巨大化したバブル経済と資本主義が共倒れの危機に瀕していることについて考察を加えたい。三部作で書いてゆく。第一部は「資本主義とは何か」、第二部は「資本主義の変遷と変質」、第三部は「バブル経済=近代資本主義の終焉」である。
本稿を書くにあたり、参照した文献は以下のとおりである。
資料1:「戦争と財政の世界史、成長の世界システムが終わるとき」、玉木俊明、東洋経済新報社、2023.9.26
資料2:「日本は一人勝ちのチャンスを台なしにしている、資本主義の本質とは社会を破壊することにある」、小幡績、東洋経済オンライン、2023.11.11
資料3:「世界の株価が暴落する2024年」、小幡績、東洋経済ONLINE、2023.12.23
資料4:「2024年は3つのリスクが導く超弩級の波乱の年へ」、大原浩、ZAKZAK、2024.1.9
資料5:「軟着陸なるか米景気 続く高金利・・・展望2024世界経済」、日経、2023.12.26
資料6:「株・・・巨大なバブルが間もなく崩壊」、Business Insider Japan、2023.12.28
第一部では主として資料2を、第二部では資料1を、そして第三部では資料3を参照した。
資本主義とは何か
はじめに、資本主義を論じるためには、ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter、1883~1950)に触れておかなければならない。シュンペーターは1883年にオーストリア・ハンガリー帝国(現在のチェコ共和国)に生まれた経済学者である。イノベーションの理論を中核とし、経済活動による社会の新陳代謝を<創造的破壊>と表現したことで知られている。イノベーションは今日では技術革新を指すことが多いが、シュンペーターは社会変革を起こすもっと大きな概念として捉えていた。
シュンペーターによれば、資本主義とは「企業家と資本家が組んで<創造的破壊>を起こし、経済を新陳代謝させ社会を変えてゆく仕組み」である。
イノベーションと経済成長
シュンペーターが言う<創造的破壊>は必ずしも経済成長を意味してはいない。そうではなくて、旧来の生産者が追放されて新しい生産者が登場するという新陳代謝によって経済が発展してゆくプロセスを意味している。シュンペーターは、「意欲的な投資家とイノベーションを起こす起業家が存在して、社会変化に臨機応変に移動する労働者が存在する社会では、資本主義のメカニズムが<正の循環>として働いて経済は成長する。」と考えた。
言い換えれば、イノベーションが<正の循環>をもたらす場合には経済は成長し、企業家の交代と産業の進化が起きて「景気循環」がもたらされる。逆に、そのプロセスのどこかに脆弱点があって<正の循環>が起きない場合には、イノベーションによって生産性の低い企業と失業者が増加するため、経済が低迷して成長は鈍化することになる。
産業革命以降、人類はさまざまなイノベーションを次々に起こして近代化を推進してきた。日本の歴史を振り返れば、概ね20世紀まではイノベーションは経済成長をもたらしてきたが、21世紀になる頃から必ずしも経済成長をもたらさなくなった。パソコンとインターネット、さらに携帯電話の登場及び進化は<デジタル革命>を起こして社会を大きく変化させたものの、<デジタル革命>が進む過程で昔ながらの多くの産業が消滅していったことは明らかである。
視点を変えてみよう。果たして携帯電話の普及は国民生活を豊かにしてきただろうか。生活を便利にしたことは間違いないが、多くの庶民にとって携帯電話は支出を増やして可処分所得を減らしてきたのではなかっただろうか。
国家においてもイノベーションが経済成長を牽引してきた国とそうでない国とで明暗が分かれた。旺盛な投資が株式市場のバブルを生みGDPを力強く押し上げてきたアメリカと、「失われた30年」に喘いできた日本はその対極にある。
両国には前述した<正の循環>において決定的な相違があることは明らかだ。要点は三つある。第一に、イノベーションを起こす起業家と、ベンチャービジネスに潤沢な資金を投じる投資家の存在に大きな開きがある。第二に、資産を投資に振り向けるか貯金に回すかという国民性に大きな相違がある。
そして第三に、<正の循環>を促進する政策と抑制する政策との違いである。アベノミクスを例にとれば、財政規律に縛られて財政出動が中途半端なものに留まる一方で、二度も消費税増税を実施したことは、<正の循環>を抑制する政策だったことは明らかだ。
資本主義と社会主義
資本主義の対立概念は社会主義である。両者を対比して俯瞰すると、カール・マルクス(1818~1883)は理想の社会として、シュンペーターは絶望的な結末として、資本主義が潰れて社会主義が次に来ると考えた。しかし現実には社会主義がソヴィエト連邦の崩壊と共に先に潰れてしまった。
しかしこの事実は資本主義の勝利を意味するものではない。何故ならマルクスが描いた社会主義の理想像とソ連が実践した社会主義の現実の姿には大きな乖離があったからだ。同様に資本主義もまたシュンペーターが描いた理想像とは異なり、バブル経済と共に大きく変質していったことは明白である。
「資本が経済社会を動かす資本主義という時代は、社会秩序を壊すことによって発展する前半と、自由になり過ぎた経済主体どうしが資本を武器に破壊しあい、経済も社会も秩序を失い、安定均衡から次の均衡には移れずに、ただ崩壊してゆく後半へと推移する。」小幡績教授はそう指摘して、資本主義は既に崩壊過程にあると警告している。(参照:資料2)
シュンペーターはイノベーションの本質は社会を破壊することにあり、資本主義の時代とは経済と社会を破壊しながら変化させ続ける時代なのだと看破していた。このことは、生物が進化する努力を怠れば生存競争においてたちまち淘汰されてしまうように、現代社会では変化を止めれば、競争社会においてたちまち敗者となることを意味している。つまり変化することは資本主義経済を生きる宿命なのである。
しかも変化のスピードは、技術革新と競争の圧力によって増大の一途にある。変化のスピードが臨界点を超えると、社会はついてゆけずに停滞するか、或いは加速し過ぎてばらばらになるか、何れかの道を辿るだろう。何れにしても臨界点に到達して資本主義は終焉を迎えることになる。
視点を変えると、資本主義の終焉は別の形で既に顕在化しているのかもしれない。それは政府の財成赤字と中央銀行による金融緩和と、バブル経済の規模の増大である。これについては後段で論じたい。