イスラエル-ハマス戦争の深層

ハマスによるイスラエル襲撃

 10月7日早朝、数千発のロケット攻撃や無人機攻撃をおとりとして、数百人のイスラム原理主義組織ハマスの戦闘員がパレスチナ自治区ガザからイスラエル南部に侵攻し、数百人~千人の民間人を無差別に銃撃し、建物内に逃げた人達を手榴弾で殺害するという凄惨な事件が発生した。さらに音楽イベントに参加していた外国人を含む約260人を連行した。ハマスは世界のイスラム教徒に「ジハード(聖戦)のために結集せよ」と呼びかけたという。

 これに対して国連のグテーレス事務総長が10月24日の安保理で「ハマスのテロ攻撃の背景にはイスラエルの占領政策がある。ハマスの攻撃は何もないところで起きた訳ではない。パレスチナ人は56年間占領に苦しんできた。」と物議を醸す発言をしている。これに猛反発したイスラエルは事務総長の辞任を要求した。

 ハマスの軍事侵攻の背景にイスラエルの占領政策があることは当然だろう。歴史は因果関係の連鎖として綴られているからだ。しかし国連事務総長の立場で、ハマスの襲撃にも一理あると受け止められる発言をしたことは、不適切であり問題の解決を複雑にするだけだろう。

 ところでハマスは何故このタイミングでこれほどの重大事件を起こしたのだろうか。イスラエルを軍事侵攻してこれ程の被害者を出した以上、イスラエルから大規模な報復を受けることは必至である。敢えてイスラエルに攻撃の口実を与える程ハマスはバカではないだろう。事件を起こした深層について分析が必要である。

 数千発のロケット攻撃をおとり作戦として使うなど、今回の襲撃にあたってハマスは周到な準備をした上で行動を起こした。イスラエルによる反撃は百も承知で侵攻した筈である。つまりこの事件はハマスの単独行動でも衝動的な行動でもなく、背後には何らかの連携と計算されたシナリオがあったと考えるべきだ。

 この点に関して、国際政治学者の細谷雄一氏が10月24日の産経新聞に分析記事を書いている。要点を紹介する。

①今回の事件は、国際秩序の主導権を競う米国と中・露の世論戦でもある。だが、どの大国も紛争を解決する影響力を持っていない。国際秩序は無極化し融解しつつある。

②米国は中東でのプレゼンスを大幅に低下させたが、逆に反米のイランは影響力を増し、これまで親米だったサウジアラビアは親中に傾斜しつつある。

③ウクライナ戦争が起きて米国と中・露が覇を競う間に、グローバルサウス(以下、GS)が台頭し、地域大国はそれぞれ独自の論理で自律的に動き始めた。

④ハマスはガザで民間施設の地下に軍事施設を作り、市民を犠牲にする非人道性が際立っている。この非人道性はもっと認識されるべきだ。

 安保理での議論を聞くまでもなく、10月7日の侵攻以降のイスラエル対ハマスの戦闘について、「何れに正義があるか」を考えることには余り意味がない。何故なら政府は正義からではなく政治的に行動する主体であり、武装テロ集団は憎悪に基づいて行動する主体だからだ。万一正義があったとしても、それは極めて利己的なものでしかない。

 イスラエルとパレスチナの間には1948年のイスラエル建国以来の闘争の歴史があり、しかもその歴史は双方の因果関係によって綴られてきた。歴史をどこまで遡るかで正義の所在は揺らぎ、時には逆転さえあり得るだろう。加えて両者には民族の違い、宗教の違いが存在し、対話の基盤となる共通の価値観や原則(以下、プリンシプル)は存在しない。この意味からもグテーレス事務総長の発言は極めて不適切と言える。

ハマスの背後の存在

 ハマスの背後にイランが陣取っていることは確実であり、イランはロシアと連携している可能性がある。イランとロシアは協議を繰り返してきたし、ハマスの幹部がロシアを訪問したという情報もあるからだ。世界一級のインテリジェンスを持つイスラエルがそれを知らぬ筈はない。

 さらにイランはハマスを含む民兵組織を支援していて、海側を除く三方面からイスラエルの包囲網を築いている。イランの関与について産経新聞は10月25日に次のように報じている。

①イラン革命防衛隊で対外軍事・諜報部門を担う精鋭の「コッズ部隊」のガアニ司令官がレバノンのベイルートに設置した「作戦室」で民兵組織と協議を重ねてきた。

②民兵組織にはハマスの他に、ガザを拠点としハマスと共闘する過激組織イスラム聖戦、レバノンのシーア派民兵組織ヒズボラが含まれており、シリアに軍事拠点を築くイラン革命防衛隊も参加したという情報がある。

③イランが年間数億ドルもの支援をしているヒズボラは、ハマスを上回る戦闘能力を有する。

④イラン革命防衛隊は10月以降、活動拠点のあるシリアからイスラエルに対し砲撃を行っている。イスラエル軍はダマスカスや北部のアレッポにミサイルで応戦している。

⑤戦線は既にイスラエルの三正面に拡大している。

⑥イランが民兵組織の動向を詳細に把握しているかは不透明で、イラン指導部は10月7日のハマスのイスラエル攻撃を承知していなかった可能性もある。

 真相がどうであれ、今回のハマスによる侵攻はイスラエルの自衛権行使を正当化させ、黒幕はイランだとしてイラン本土を攻撃する口実を与えるものだ。イランが保有する5つの核施設はイスラエルから凡そ1500kmの距離にあり、戦闘行動距離が約1600kmのF-16に補助タンクを搭載すれば攻撃可能となるという。但し空爆するにはシリアやイラク、ヨルダンの領空を侵犯することになる。

 今後イスラエルがどこを攻撃するか、即ちハマス殲滅作戦がガザ地区に留まるか、それともイラン(核施設)攻撃に向かうかが注目される。

安保理の機能不全ここに極まれり

 10月18日の安保理で、ブラジルが提起した決議案が「イスラエルの自衛権に言及していない」との理由で米国の拒否権により否決された。安保理15ヵ国の内、日本やフランス、スイスなど12ヵ国が賛成し、英国とロシアが棄権した。

 10月25日に米国が提出した「ハマスによる凶悪なテロを非難し、(イスラエルを念頭に)あらゆる国にテロに対する自衛権があると明記し、国際法に基づく民間人の保護を双方に求め、ガザで活動するテロ組織に武器供給や経済的な支援を止めるよう関係国に呼びかける」決議案は、10ヵ国の賛成を得たが今度は露中の拒否権によって否決された。

 この顛末は、安保理は常任理事国が自陣営の利益最大化から主張しあう茶番劇を演じる舞台なのだということを再認識させるものとなった。これに対して、民主主義国家では「プリンシプルとしての法体系」と「民主主義に基づく裁判というシステム」が存在し、「行政も国民も裁判結果を受け入れる文化」が定着している。独裁国家や安保理にはそれがない。しかも5大国は拒否権を持っていて、気に入らない決議案を「ノン!」と一蹴できる。ウクライナの事例では被告人の立場にあるロシアが拒否権を発動して決議案を葬ってきた。機能不全ここに極まれりだ。安保理という制度設計の欠陥が決定的となった。

二律背反の「イスラエル対イラン核開発」

 ウクライナ戦争以降、中東情勢が激しく動いている。まず今年3月に中国が仲介して北京でサウジアラビアとイランの和解が成立した。また9月にはサウジアラビアが米国との防衛協定と引き換えに、イスラエルとの関係を正常化すると米国NBCが報じた。二つの出来事は次の地殻変動的な変化を暗示するものだ。

・中東における米国のプレゼンスが弱体化している

・地域大国であるサウジアラビアとイランが独自外交を展開している

・中東における中国の影響力が増大している

 但し、この変化は以下の不協和音を含んでおり、一本道を進むような展開にはなり得ない。中東情勢の力学は親米か反米かで動いている側面があり、米国のプレゼンス低下に伴って局所的な波が発生し、さらにそれが折り重なるように衝突して、複雑な波が発生するという自然現象に似ている。

・同じイスラムの大国と言っても、サウジアラビアはスンニ派が、イラクはシーア派が政権を握っていて、両者はあらゆる意味で水と油の関係にある

・ハマスはスンニ派であって、イスラエルとパレスチナの紛争が未解決のまま、サウジアラビアがイスラエルと和解することはあり得ない

・シーア派のイランがスンニ派のハマスを支援している理由は、両者が共に反米で一致しているからである

 イスラエルはこれまでアラブ諸国が核兵器を保有することを実力で阻止してきた。フリー・ジャーナリストの深川孝行氏の記事から要点を引用する。(参照:深川孝行、JBPress、10月17日)

・1981年6月にイラクで建設中のオシラク原発(イスラエルから900km)をF-16で空爆して破壊した。

・2007年9月にシリアが秘密裏に建設したデリソールの核関連施設(イスラエルから470km)をF-16で攻撃し破壊した。

・2010~2021年にはイランのナタンズに建設中のウラン濃縮施設を三回にわたって破壊した。最初は2010年で、サイバー攻撃で遠心分離機を暴走させて破壊し、2020年7月には組み立て段階の遠心分離機施設が爆破され、2021年4月にはプラスティック爆弾で施設を破壊した

 イスラエルの視点に立って考えれば、ハマスが軍事侵攻した現在、イランの核施設を破壊する絶好の機会が到来したことになる。イランはハマスを支援してきたという理由で、国連憲章51条に基づく正当防衛だとして攻撃を正当化できるからだ。しかもロシアはウクライナで手一杯で黙認する他ない。

 実際に、ハマスが軍事侵攻を行った翌週の10月12日及び14日に、イスラエルはシリアの首都ダマスカスとアレッポの両国際空港をミサイル攻撃している。9.11同時多発テロの時の米国のように、イスラエルはハマスの侵攻を事前に掌握していながら敢えて黙認し、イラン攻撃の準備を進めてきたと考える方が自然だ。

 ロイターは2022年12月29日の記事で、イスラエル国防相が12月28日にイラン核施設攻撃の可能性について言及していたと書いている。「イスラエルは世界の主要国による外交が行き詰まったと判断すれば、イランの核施設を攻撃する」と10年以上示唆してきたという。

 二律背反であるが故に、イスラエルとイランの衝突は不可避である。その場合、米軍はイスラエルを支援することに留まらずイスラエルと共同作戦を行う可能性もある。米国にとってウクライナとイスラエルは同格ではないからだ。

米国の参戦

 米軍が10月26日に、シリアに展開するイラン革命防衛隊の関連施設を空爆した。産経新聞10月28日記事を参照して事実を時系列に整理すれば、次のとおりである。

・10月以降、イラン革命防衛隊がシリアからイスラエルに砲撃を行った

・10月7日にハマスがイスラエルに軍事侵攻した

・イスラエルは10月12日と14日にシリアのバグダッドとアレッポの国際空港を攻撃した

・イラン革命防衛隊は10月17ー19日にイラクとシリアに展開する米軍や有志連合部隊に19回攻撃を加えた

・米軍は自衛のため10月26日にイラン革命防衛隊の関連施設2ヵ所を空爆した

 イランのアブドラヒアン外相は10月26日の国連総会で、「イスラエルが攻撃をやめなければ米国も戦火を免れない」と発言した。この発言は「イスラエルが攻撃を続けているので、武装勢力が米軍を攻撃することを容認する」と述べたことに等しい。昨年末のイスラエル国防相の発言を含めて、イランの視点を整理すれば、次のようになるのではないか。

・イスラエルによるシリアの空港攻撃は、イラン核施設を攻撃するための準備である

・イスラエルによるイラン攻撃は、米軍の支援または共同作戦として実行されるだろう

・米国に対しイスラエルのイラン核施設攻撃を止めるように警告を発した

 今回のハマスによる軍事侵攻は、イスラエルがイランの核施設を攻撃する口実として利用される可能性がある。バイデン政権はウクライナ戦争では、ウクライナに兵器を供与してロシアに対し代理戦争をさせてきた。ウクライナ戦争におけるロシア対ウクライナと、イスラエル戦争におけるイラン対イスラエルには、米国から見た場合類似の構図がある。

 但し、両者には決定的な相違点がある。それは米国政界におけるユダヤロビーの存在だ。ウォール街等のユダヤコミュニティは米国を動かしてきた影の勢力である。米国にとってイスラエルはウクライナと同列ではない。従って、もしイスラエルがイランの核施設を攻撃する場合には、イスラエルの作戦を支援するために、或いは共同作戦として米軍が参戦する可能性が高い。イランの核を排除すること、言い換えれば中東における核保有国はイスラエル一国に留めることは、米国の国益でもあるからだ。

なぜハマスはイスラエルへ侵攻したのか

 そもそもハマスがイスラエルに対して大規模な軍事行動を起こしたのは何故だろうか。幾つかの説がある。

 第一は、スンニ派の盟主サウジアラビアがイスラエルに接近することを阻止するためだったというものだ。イスラエルとハマスが戦争状態になったことでこの狙いは達成されたことになる。但しこの仮説はハマスの単独行動を前提としている。

 第二は、ハマスがイスラエルとの戦闘を起こしそれが地域戦争へと拡大することを狙ったというものだ。実際にそういう展開となる可能性が高い。

 第三は、ハマスにとっても複数の理由からイスラエル攻撃の好機が到来したことだ。ウクライナ戦争が起きたこと、イランがイスラエルを三方面から包囲する体制を整えてきたこと、イスラエルを攻撃するための弾薬やトンネルの整備など、戦闘準備が整った等だ。

 イランが直接ハマスに指示を出して攻撃させたかどうかは不明であり、米国政府も10月9日の時点ではイランの直接的な関与の証拠はないと述べている。一方で、長期的な支援など間接的な関与があったことは事実である。ハマスがイスラエルへ軍事侵攻すれば、イスラエルにイラン攻撃の口実を与えることは分かっていた筈だが、では何故イランはハマスの攻撃を止めなかったのだろうか?

 イランから見た風景は、次のようなものであったのかもしれない。

・米国が弱体化し、国際秩序が不安定化し、多極化が進んでいる 

・ウクライナ戦争以降、米国対ロシア・中国の対立でバイデン政権は手一杯である

・中東での米国のプレゼンスが低下している

・バイデン外交は世界で嫌われていて、次の大統領選を控えバイデンはレイムダック化する

・イスラエルの司令官が、近未来にイランの核施設を空爆することを示唆している

・イランは三方からイスラエル包囲網を構築してきた

 好戦的な思考に立てば、この状況はイランにとっても好機到来であり、イスラエルによる核施設攻撃が不可避である以上、イスラエルを悪者に仕立てて「仕掛けるなら今」という誘惑が働いた可能性もある。

誰と誰の戦いなのか

 この戦争の構図を理解するためには高い視座から俯瞰する必要がある。一体誰と誰が何を巡って対立しているのかを図1に図解してみた。図で青字の国名は親米、赤字の国名は反米を表す。

 背景にある長期的動向は、国際社会における米国の弱体化と中東地域における米国のプレゼンスの低下である。ウクライナ戦争が起きて米国は露・中と二正面の戦争に突入した。グローバルな領域でのこの争いがBRICSの加盟国拡大、GSの台頭などの地殻変動を起こし、不安定だった中東地域の力学に変化をもたらしたのである。

 超大国間の力学が変化し空白が生まれれば、それを埋めるように地域大国が独自の思惑から活動を始める。これは多極化する世界で地域の大国を目指す動きに収斂してゆくだろう。中東における地域大国はサウジアラビア、イラン、そしてイスラエルである。

 中国問題グローバル研究所長で筑波大学名誉教授の遠藤誉氏は、中国問題研究所のウェブサイトでこう分析している。「ハマスがイスラエルに軍事侵攻した背景にあるのは、サウジアラビアとイランを和解させた中国と、イスラエルとサウジアラビアを和解させようとする米国がサウジアラビアを軸に対峙している力学である。そしてハマスのイスラエル攻撃は、サウジアラビアとイスラエルの和解を完全に阻止する役割を果たした。」と。 

 図1から明らかなように、何れにしてもハマスによる軍事侵攻は、パレスチナ問題に留まらず、中東の地域大国間の争いに発展してゆくことは必至である。さらにウクライナ戦争を含めて超大国間の対立とも連動してゆくことは間違いない。

日本が明確にすべきプリンシプルとポジション

 G7の内、日本とカナダを除く5ヵ国は、ハマスの襲撃事件が起きると直ちに、イスラエルの自衛権支持とハマスによるテロ行為非難を二本柱とする声明を出した。そして安保理決議を巡る応酬では、ハマスの襲撃とイスラエルの自衛権をどう評価するかで意見が分かれた。

 日本は当初ハマスによるテロ攻撃を非難したものの、攻撃を受けたイスラエルの自衛権を明確に支持する立場を避けた。G7議長国でありながら5ヵ国の共同声明に参加しなかったのは、一体何を躊躇したからだろうか。国際法の順守を前提としてイスラエルの自衛権を支持し、テロを非難する明確な意思表明をしなかったことは外交上の明らかな汚点となるだろう。

 10月30日の産経新聞の正論で、防衛大学校教授の神谷万丈氏は「テロ集団に対する自衛の意図から武力を用いたイスラエルを、利己的な国益追求のために武力行使をためらわなかったロシアと同じように批判することはできない。」と述べている。誠にそのとおりである。

 ウクライナ戦争に対して、日本はG7議長国としてポジションを明確にして行動してきたのに対して、イスラエル戦争ではポジションを明確にする行動をとっていない。ポジションを曖昧にした「どちらからも嫌われたくない」戦略は、逆に「誰からも信用されない」結果を招くことを肝に銘じておくべきだ。図1に相当する、近未来の日本周辺における対立の構図を描いて日本のプリンシプルとポジションを明確にして、イスラエル戦争の次の有事に備えなければならない。

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