2022年世界の大乱に備えよ

ウクライナ戦争のシナリオ

 歴史は誰かが用意したシナリオに従って刻まれてゆくのだろうか。それとも歴史が一つ一つ刻まれるにつれて物語として綴られてゆくのだろうか。ロシアによるウクライナ侵略戦争(以下、ウクライナ戦争)をもとに考えてみたい。

 ウクライナ戦争は首都キーウの攻防戦から始まったが、ロシアからすれば想定外の展開となった。ウクライナ軍から予想外の反撃を受けて、ロシア軍は首都キーウ制圧を断念して撤退を余儀なくされた。そしてロシアは東南部の2州制圧に集中するべく作戦を転換し勢力の集中を図った。しかしながら、損耗が激しく士気が上がらないロシア軍に対して、ウクライナ軍はNATO諸国から全面的な支援を得て善戦している。

 ウクライナ侵攻を始めるにあたり、プーチンにはシナリオがあった筈である。しかしながら黒海艦隊の旗艦モスクワが撃沈されるなど、プーチンのシナリオはことごとく裏切られる方向に事態は進行している。

 現時点で結末を予測することは早計だが、ウクライナ戦争はウクライナのEU加盟と、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟を加速させるだろう。そしてロシアが敗退し衰退してゆく物語として歴史が綴られる可能性が高まっている。

歴史とシナリオ

 第二次世界大戦に戻って考えてみよう。第二次世界大戦の欧州戦はヒトラーが始めた。そしてヒトラーの野望を阻止するために、英国チャーチルと第32代米国大統領ルーズベルトがソヴィエト連邦(以下、ソ連)のスターリンと組んで対抗した。英米独露にはそれぞれのシナリオがあった筈だが、第二次世界大戦の真の勝者はスターリンであった。近年明らかにされたように、ルーズベルト政権の内部に相当数のソ連のスパイが入り込んでいて、ルーズベルト自身が社会主義に憧憬をもってアメリカ社会を社会主義化しようとしていたのである。この真相は第31代大統領フーバーが自書『裏切られた自由(Betrayed Freedom)』の中に書いている。

 第二次世界大戦でドイツと日本を完膚なきままに叩きのめし、核兵器の開発に成功したアメリカは、ソ連を弱体化させることに戦略目標を転換した。第37代大統領ニクソンはそのシナリオの一環として中国に接近し多大な援助を行った。そして、第40代大統領レーガンはいわゆるスターウォーズ計画を立ち上げてソ連に軍拡競争を仕掛け、ソ連は1991年12月に崩壊した。

 このように歴史を大きく捉えると、アメリカは「現在の主敵」に対処するために、「次の主敵」となる相手と組むという過ちを繰り返してきたことが分かる。

 NATOはソ連に対抗するために1949年に12ヵ国で設立されている。ソ連が崩壊すると、旧ソ連圏だった14ヵ国が相次いで独立し、順次EU/NATOに加盟してNATOは18ヵ国増えて現在の30ヵ国に拡大した。それから30年余が過ぎて、プーチンはNATO加盟を求めたウクライナを阻止するために、ウクライナに侵攻したのだった。ウクライナはロシアとEUの間に位置するロシアの隣国で、かつロシア民族の同胞だった。

勝者のシナリオと敗者のシナリオ

 このように歴史をシナリオから捉えてみると、20世紀の戦争の歴史には二つの基本的な形があったことが分かる。第一は歴史にはシナリオが存在していること、しかも勝者と敗者の少なくとも二つのシナリオが存在していることである。

 第二は勝者のシナリオを作ってきたのは常に英米だった事実である。その理由は二つ考えられる。一つは独裁者のシナリオには時代の潮流とは相容れない独善性が潜んでいることだ。21世紀の現代に、独立国であるウクライナに一方的に戦車部隊を送り込み、都市をミサイルで破壊するという行動は、独善性の現われ以外の何物でもない。

 二つ目の理由は、独裁者のシナリオに対して英米のシナリオには優越性があることだ。決定的なことは英米が他のアクターにはない圧倒的なインテリジェンス能力を持っている点にある。ロシアの内部情勢と歴史の分析からプーチンの意図と思考を読み取る能力、偵察衛星を使ってロシア軍の動静を正確かつリアルタイムに掌握する能力などだ。つまり単純化して言えば、独善性に満ちたシナリオと、インテリジェンスに裏打ちされたシナリオの優劣は明らかだということだ。

 歴史には多くの独裁者が登場し、戦争やクーデターで相次いで排除されていった事実が刻まれている。プーチンに続いて、次なるシナリオを用意して英米に挑戦するのは習近平であろう。それを迎え撃つのは再び英米となるだろうが、舞台は東アジアへと移る。

ウクライナ戦争、もう一つの意味

 ウクライナ戦争の前半では、20世紀型の独裁者プーチンが20世紀型の戦争を始めたのに対して、G7とEUは結束してウクライナに対し21世紀型の支援を行った。その代表的なものがウクライナに対する情報提供である。英米のインテリジェンス機関が収集し分析したロシア軍の動静情報が刻々ウクライナ軍に提供されたことが、ロシア軍がキーウから敗退を余儀なくされた背景にある。

 もう一つは、銀行間の国際金融取引を仲介するSWIFT(国際銀行間金融通信協会)からロシア金融機関を排除するなど、G7は多様で強力な経済制裁をロシアに対し科したことだ。プーチンは現代が「経済と情報のグローバルなネットワークの時代であり、その管理はアメリカの手中にある」という事実を過小評価していたと思われる。

 4月26日に米国のオースティン国防長官は、ドイツの空軍基地に40ヵ国以上の同盟国、友好国の政府代表や軍トップを集めて、ウクライナ支援の対策会議を開いた。この対策会議は30ヵ国のNATO加盟国を中核とし、ロシア打倒を目指す新しい包囲網を形成するものだった。

 ウクライナ戦争は、現象論としてみればロシア対ウクライナの戦争だが、歴史の物語として捉えれば、「専制主義ロシア対民主主義連合の戦争」という性格を持っている。初期のキーウ攻防戦においては、ロシア対ウクライナの戦争の色合いが強く、英米のシナリオの主目的はウクライナ支援だったが、「専制主義ロシア対民主主義連合の戦争」の色彩が強まるにつれて、主目的はロシア打倒へとギアチェンジしたように思われる。

2022年は世界大乱の年

 2022年は世界大乱の年となることが予想される。ウクライナ戦争はその第一幕として起きた。そして顕在化する順序は予測できないが、今年11月の中間選挙に向けたアメリカ政治の分断、同じく今年秋の中国共産党大会に向けた習近平の三選を巡る中国国内の混乱が、共に今後激化してゆくと思われる。

 またウクライナ戦争が「専制主義ロシア対民主主義連合の戦争」へと軸足を移した結果、同じく専制主義の独裁者である習近平に対し、直接間接に影響を及ぼしながら進行してゆくことは容易に予想できる。また米国における中間選挙の行方、バイデン政権に対する支持率の変化は、国際秩序維持において波乱要因となるだろう。

 2022年に予測される危機はあと二つある。一つは中国経済の急激な失速と不動産バブル崩壊であり、他一つは世界規模のインフレ進行と、FRBによる金融政策の転換が引き金となって起きる金融危機である。現代は経済と情報のグローバルなネットワークの時代である。そのネットワークには欧米のみならずロシアも中国も参加している。またロシアとウクライナがエネルギーと食料の輸出大国であることから、ウクライナ戦争が長期化すれば世界レベルのエネルギーと食料のさらなる高騰が起きることが避けられない。

 コロナ・パンデミックによる経済の落ち込みとウクライナ戦争による資源の高騰など、複数の要因が重なって、昨年以降世界でインフレが進行している。米国のインフレは既に40年ぶりの歴史的水準に達しており、インフレを抑制するために、FRBは金利の引き上げと金融引き締めへと金融政策を大転換しつつある。金融政策の転換がドル高と50年ぶりの円安を生み、発展途上国では通貨下落とドル投資資金の逃避が起きている。ドルの逃避(米国回帰)は、海外からの潤沢な資金の流入に依存してきた中国などを直撃して金融危機を起こす可能性がある。

 このように一つや二つではなく、複数の意味で世界は既に有事モードに突入している。複数の有事事態が連鎖する可能性もある。日本は現在、潜在的な中国に加えて、ウクライナ戦争で関係が悪化したロシア、新型ミサイルを次々に発射している北朝鮮と三面の脅威に直面している。そこに経済・金融面での有事事態が加わることが懸念される。「もはや戦後の平和だった時代は終わった」とさっさと頭を切り替えて、有事対処への備えを万全なものとしなければならない。

 視点を変えると、冷戦後の米国一強の時代が終わりつつあり、世界は動乱・混迷の時代に突入しているのである。混迷の始まりは、アメリカがアフガニスタンから拙速に撤退した2021年8月末とみることもでき、大規模な不正選挙が行われてバイデン政権が誕生した2020年11月という解釈も成り立つだろう。

 ウクライナ戦争において、バイデンは早々と「米露が軍事的に衝突すれば第三次世界大戦になる」と発言したが、その不用意かつ不必要な発言が、プーチンがウクライナ侵略を決断した一因となった可能性は否定できない。あるいは、その発言自体がシナリオの一環だった可能性も考えられる。

 では、アフガニスタンからの撤退と、ウクライナ戦争でのアメリカの行動をどう評価すべきだろうか。本命の中国に備えるために、アメリカは軍事力を温存したままロシアを弱体化させたという解釈も成り立つだろう。ウクライナ戦争によって中国が台湾に軍事侵攻する可能性は低くなったという解釈もあるに違いない。逆に「第三次世界大戦になる」という発言は、中国に対し「台湾を侵攻してもアメリカは軍事力を行使しない」というメッセージとなったという解釈も成り立つだろう。さらにグローバルな経済ネットワークにおいて、中国の影響力はロシアよりも巨大であるが故に、中国に対して同等の経済制裁措置は取れないと中国が考えたとしても不思議ではない。

「戦後スキーム」の刷新

 何れにしても、日本周辺における有事の発生、米中の政治的な動乱、中国での経済危機、世界のどこかで起きる金融危機が2022年中に顕在化する可能性が高まっていることは確かである。では、この戦後最大の危機を乗り切るために日本は何をすべきだろうか。

 最も基本的なことは、危機に臨み傍観者の席に座らないことだろう。危機はやがてウクライナから東アジアに移ることは確実である。それがどういう形と順序で起きようとも、東アジア危機において、日本は好むと好まざるとに関わらず、米中に次ぐメインアクターとなることが避けて通れない。

 歴史は勝者のシナリオと敗者のシナリオが優劣を競うように進行してゆくという事実を考えれば、勝者のシナリオに主体的に参画することが重要だという教訓が導き出される。即ち、英米との関係を盤石なものとすることが重要であり、「21世紀の日英同盟」を真剣に考える必要があるということだ。

 次に必要なことは、日本のRMCを明確にすることだろう。世界レベルの危機に対処する上で日本の役割は何か(R:Role)、日本が果たすべき任務は何か(M:Mission)、そのために日本が保有すべき能力は何か(C:Capability)を、ロジカルに明確にしておく必要がある。

 ウクライナ戦争はまた、国連のあり方を再構築する必要性を提起した。安全保障理事会の無力さが決定的となり、専制主義国家が常任理事国の地位にあることの矛盾が明らかとなった。今や国連改革が待ったなしの課題となったのである。

 この現状を踏まえて、国連改革は日本が担うべき役割であると認識するのは、余りにもノー天気だと思われる。もし国連改革は日本の役割(R)だと認識するのであれば、現在の安全保障理事会に代わる新たなスキームはどうあるべきかについて、日本から具体的に提言し、国連加盟国の賛同を取り付けてゆく行動(任務M)が求められる。さらにその役割と任務を果たすために必要十分な能力(C)を、日本は保持しなければならない。

 英米との戦略関係を盤石なものとするためにも、また日本の役割として国連改革に主体的に取り組むためにも、法律上「あれもできない、これもできない」という国際社会に対する言い訳、言い換えれば、有事における行動を制約する要因を事前に解消しておかなければならない。

 ウクライナ戦争が提起した課題は、国連自体が「戦後スキーム」であるために、現代の危機に効果的に対処することができないという矛盾だった。2022年世界の大乱という複合の有事事態に対処してゆくためには、国際社会及び日本に残る「戦後スキーム」を刷新して、矛盾を解決しておくことが不可欠となるだろう。

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