国力を取り戻す

1.転換点

 第二次世界大戦が終結した以降の戦後史を振り返ると、1989~1991年にはソ連邦崩壊と日本のバブル崩壊が起きており、世界的にも日本としても戦後の転換点だった。そしてソ連邦崩壊を契機として、主役が交代するように中国の台頭が始まった。以下に述べるように、「世界大乱の始まりの年」である2022年は、戦後第二の転換点として歴史に記録されるだろう。

 ロシアによるウクライナ侵略戦争が半年に及び、今年も残り4カ月となった。2022年の大乱はウクライナ戦争から幕を開けたが、これは大乱の第一幕である。本丸はアメリカと中国である。既に米中冷戦は始まっているが、現在米中は共に政治・経済の両面で混迷を極めている。

 一方、日本の戦後史は、憲法を盾にして「経済重視・軽装備・協調外交」方針に基づいて破竹の勢いで経済成長を遂げた前半の45年と、バブル崩壊以降の後半の「失われた30年」の二つに分けて捉えることができる。そして2022年は日本が再び低迷を脱して世界の舞台で活躍する転換点となるだろう。

2.高インフレと資産バブルが進むアメリカ経済

 FRBのパウエル議長は9月2日に、「家計や企業に痛みを伴っても、インフレ抑制のため金融引き締めを続ける」決意を表明した。アメリカでは資産インフレが消費者物価の急騰を促している側面があり、不動産価格が高騰して株価は最高値圏にある。そのためにFRBがインフレ抑制対策として金融引き締めを断行すれば、同時に資産バブル崩壊を招く危険性がある。

 資料1は、今のアメリカはバブル経済の時の日本にそっくりだという。但し決定的に異なる点が一つある。それは日本のバブルでは円高が急速に進んだために輸入物価を引き下げるデフレ効果が働き、消費者物価は極めて低かった。言い換えれば、日本のバブルでは資産インフレという強烈なインフレ要因を、円高という超デフレ要因が相殺していたことになる。

 これに対して現在のアメリカではドルは急騰しておらず、インフレ要因を相殺するデフレ要因が存在しない。アメリカのインフレの一因は「ドルの刷り過ぎ」にあるので、過剰にばら撒いたお金を回収しないことにはインフレは収まらない。FRBの金融政策はこの意味で、諸刃の刃となるだろう。

※資料1:「バブル崩壊は再び襲ってくる、今のアメリカはバブル崩壊前の日本にそっくりと言えるワケ、お金の刷りすぎで”ジャブジャブ”の異常事態」プレジデント・オンライン、2022.8.28

3.「溢れたドルの宴」の終焉

 今やインフレ対策は世界的な最重要課題となってきた。今回のインフレは直接的にはエネルギーや食料価格の上昇が原因であるものの、主要国の大規模な量的緩和等、複数の要因が複雑に絡んで起きている。

 FRBによる金利引き上げは、ドルのアメリカ回帰を促進するため、世界不況の引き金となる恐れがある。量的緩和政策の結果、溢れたドルが世界中に流通して宴を提供してきたのだが、それが逆流することになる。パウエル議長の決意表明は、宴の終わりを告げる号砲となるだろう。

 それにも拘らず、FRBが断固として金利の引き上げを進める背景には、もっと長期的な狙いがありそうだ。資料2によれば、金利引き上げの真の目的は、1970年代にアメリカが経験した高いインフレを伴う長期的な経済の弱体化を回避することにあるという。高インフレの経済では景気循環が非常に激しく起こり、好景気と景気後退が繰り返される。FRBはアメリカ人の長期的な繁栄のためには低インフレが必要なことを理解しているのだという。

※資料2:「インフレ対策は消費者支援のためではない、米FRB政策の真の目的とは」、フォーブズ・ジャパン、2022.9.5

 さらに資料3は、今回のインフレの背景に、長期的なイノベーション停滞が関係している可能性があると示唆する。1970年代にアメリカを襲ったスタグフレーションで、アメリカは長期的な生産性の伸び悩みという問題に直面した。背景にはイノベーションの問題が関わっていた可能性が高いという。

 イノベーションの停滞による成長の限界がインフレの正体であるとすると、これは歴史的・構造的な問題であり、世界経済が数十年に一度の大きな転換点に差し掛かっている可能性が示唆される。この仮説が正しければ、新しいイノベーションが登場して次の成長フェーズに入るまで、抜本的な解決にならない可能性もある。

※資料3:「一筋縄ではいかないインフレ対策、世界経済にいま何が起こっているのか?」、加谷珪一、JBPress、2022.9.5

4.バブル崩壊から経済破綻に向かう中国経済

 一方中国経済は、2020年9月に不動産大手の恒大集団が経営危機で注目されるようになってから、中国政府が強制的にバブル崩壊を食い止めている状態にある。現在では資金繰りが悪化した不動産開発会社がマンションの工事を中断し、購入者がローンの返済を拒否する事態に発展しているという。

 資料4によれば、中国金融当局は不動産開発の上位50社に資金を提供してきた国有の不良資産受け皿会社(バッドバンク)4社に対して、財務が脆弱な不動産開発企業の再編、不良債権の購入等を要求してきたが、好況時には100兆円を超える融資をしてきたバッドバンク自体が今では巨額の貸し倒れを抱えて救済を待っているという。

※資料4:「中国バッドバンク、不動産危機救えず-評価損抱え救済待つ」、ブルームバーグ、2022.8.30 

 バッドバンクの一社の今年上半期決算は189億元の赤字(前年同期は1.6億元の黒字)だった。他の一社は昨年の純損失が86億元(前年は21億元の黒字)だった。しかしながら不動産業界が抱える不良債権の額はけた違いであり、本格化するのはこれからである。(※1人民元=約20円)

 田村秀男は『金融危機に発展の恐れも』と題した8月28日の産経のコラムで、「今季前半の中国の経常収支黒字が1690億ドルだったにもかかわらず、外貨準備は1790億ドル減少した。合計で3480億ドルの資本が外部に流出したことになる。」と報じている。外国投資家が保有する債権が3月に売り越しに転じていて、3月~7月までの合計で836億ドルに達したことと、これに中国の既得権益層が同調して大規模な資本逃避が起きたことが背景にあると分析する。

 さらにその深層には米中金利差の拡大があり、今後もFRBが金利引き上げを継続すれば、資本逃避はさらに加速することが予測され、ドルに対する人民元相場が一層下落し、金融危機へと発展しかねないと警告する。

 その上で田村秀男は、今回の危機は資本逃避に留まらず、金融危機、経済の全般的混乱へと発展する可能性に言及している。リーマンショックが起きた時にFRBは大規模な量的緩和策を行ってくい止めた。もし中国でリーマンショック級以上の混乱が起きた場合、外貨準備に連動して人民元を発行しているため、外貨準備が激減している現状では量的緩和策をとることができず、潰れる不動産開発企業や金融機関を救済できないことになる。

5.「財源の壁」:日本経済

 令和5年度の概算要求は、過去最大だった令和4年度と並ぶ110兆円規模になるという。令和5年度の概算要求基準は、自民党内の積極財政派に配慮し、防衛費や脱炭素化、物価高騰対策といった重要政策について、必要額を示さずに項目だけを記載する「事項要求」を認めた。このため、防衛費は過去最大の5兆6000億円を計上する他に、事項要求が100項目ほどあり。最終的な予算額は前年度よりも1兆円ほど多い6兆円台半ばに拡大する見込みであるという。

 最終的な金額が幾らになろうが、予算編成の段階では、「財源をどうするのだ」という議論になることは明らかである。この「財源の壁」を克服できなければ、「防衛費を大幅に増大する」と言ってみたところで絵に描いた餅になるだろう。税収が増えない限り、財源は国債頼りとなり、財政悪化を容認するのか、それとも増税するのかという二者択一論に陥るだろう。この思考プロセスにはまれば、日本はいつまで経っても「失われた30年」というジリ貧のスパイラルから脱出することはできない。

6.失われた30年の総括

 『円安から日本を考える』(https://kobosikosaho.com/world/690/) で既に引用したように、「失われた30年」は日本の経済成長が止まった30年間をいう。図が如実に示すように、1995年以降日本は殆ど経済成長していない。1995年~2020年の四半世紀の間に、アメリカのGDPは2.7倍に増大しているのに対し、日本は9%減少した。つまりこの間に日本はアメリカの1/3に貧しくなったのであり、もしアメリカと同等の経済成長を遂げていたなら、GDPは3倍になっていたことになる。

 資料5はデフレの30年間で日本が失った富を数値で分析している。主なものを表にした。

 このデータからは多くのことが読み取れるが、ここでは日本は何を失ったのか、何が起きたのかについて俯瞰してみたい。

 資料5は、「失われた30年」を、「バブル崩壊によって土地や株の価格が大きく下落し、個人は預金や現金で資産を保全し、企業は内部留保で蓄え海外に資産を移してしまった。さらに、この30年間のデフレ経済で、貧困と格差を生み出し、力強い経済成長力を失い、莫大な財政赤字を抱えてしまった。」と総括している。一つ確かなことは、資産を海外に移し、内部留保を増大させてきた企業にも相応の責任があることが明らかである。

※資料5:「喪失した富、デフレ30年の何とも重い犠牲」、東洋経済オンライン、2022.8.31

 ここで改めて考えてみたい。「失われた30年」は何故未だに克服できないのだろうか。政治に何が足りないのか。或いは日本人の致命的な欠陥が何かあるのだろうか、この原因について洞察を加える必要がある。思い浮かぶのは、「専守防衛マインド」、専ら守るばかりで攻めようとしない、戦略をもってゲームに挑もうとしない国民性だ。攻めない故に戦略はゴッコにしかならない。一例を挙げれば、日本学術会議の防衛研究拒否を容認したまま、幾ら立派な文言の「科学技術イノベーション戦略」を策定してみても、意味がないということだ。そのような画竜点睛を欠いた戦略では、世界との競争に勝てないばかりか、国際協定など平気で反故にする中露を相手に戦略ゲームを挑むこと等できはしない。

7.アベノミクスの総括

 9月3日の産経は『経済6重苦打開も続く停滞』と題した記事の中で、アベノミクスを総括している。それによると、第二次安倍政権が登場する前の日本経済は、6重苦状態で産業空洞化が進んだ。6重苦とは、①超円高、②法人税高、③経済連携協定(EPA)の遅れ、④労働市場の硬直性、⑤環境規制、⑥電力不足とコスト高である。

 アベノミクスはこの状況を変えたものの、「三本の矢」の内、財政政策は二度の消費税増税でむしろ緊縮気味となった。成長戦略はむしろ規制緩和によって非正規労働者を増加させ、所得格差が拡大した。日本人の平均給与は今も30年前とほぼ横ばいの状況が続く。足元ではウクライナ侵攻による物価上昇も加わって生活レベルはむしろ低下しているという。

 アベノミクスの評価には様々な視点があって然るべきだが、「失われた30年」から脱出できたのかという総括的な指標から判断すれば、明らかな失敗だったという他ない。そしてアベノミクスの失敗は、消費税増税を敢行したことに尽きる。成長と財政健全化の二兎を追ったために双方が中途半端になったのだ。安倍元首相は消費税増税に反対だったにも拘らず、それが民主党政権下での三党合意だったために抗しきれなかったのだという。

 問題は安倍首相でも消費税増税を拒否できなかったのは何故かという点にある。三党合意があったからというのは理由にならない。総理大臣という地位にあって、「失われた30年」からの脱出に強い意思を固めていたのであれば、かつ消費税増税は誤りだと理解していたのであれば、三党合意など堂々と破棄してでも意思を貫くべきだったと思う。

 それをしなかったのは何故だろうか。その理由にこそ重要なカギが隠されている。歴史上最長の政権であったにも関わらず、しかも在任中あれほど「戦後レジームからの脱却」とそのための憲法改正を主張しながら、目立った進展がなかった理由がここに隠れている。批判を恐れずに言えば、それは「国家戦略と遂行意思の欠如」に帰着する。

 与野党間に留まらず、与党内、さらには自民党の内部において、戦略よりも政局を優先し、強い意思の発動よりも合意を是とする政治風土こそが、できなかった原因ではないだろうか。かつて小泉首相が優勢民政化を前にして「自民党をぶっ壊す」と宣言したことがあったが、本音であれ演技であれ、危機に臨んでは、意思をもって信念を貫く強いリーダーシップが求められるのだ。

8.日本の対中自律性と中国の対日脆弱性

 9月29日で日中国交50周年を迎える。櫻井よしこは「この半世紀、基本的に日本側は政財界共に前のめりで中国を支え、結果として中国に騙されむしり取られた」と総括している。この通りだろう。古森義久が2020年12月に『日本の対中政策の無残な失敗』と題した記事を書いていることは既に紹介した。(https://kobosikosaho.com/daily/485/)

 資料6で、細谷雄一は『狭まる日本の対中自律性』と題した興味深い記事を書いている。「日中正常化から50年を迎えるが、この間に、日中関係を規定してきた環境は大きく変容し、日本が自律的な対中政策をとる余地は大幅に縮小した。環境の変化は、①日中、米中の軍事的バランスの変化、②中国の対外環境の変化、③経済政策である。三つの環境の変化から中国には日本に接近するインセンティブは殆どなくなった。」と洞察している。

 その上で、「日本は中国の対日脆弱性を強化する必要がある。数少ないテコとなるのは民間企業の経済活動だ。経済的手段で他国に影響力を行使し、自国の利益を得るエコノミック・ステートクラフトの手法が重要となる。」と指摘する。

※資料6:「狭まる日本の対中自律性」、細谷雄一、産経、2022.8.30

 「日本の対中自律性」と「中国の対日脆弱性」という概念は、誠に核心を突いた表現である。「中国の対日脆弱性」を高めるためには、手段を論じる前に、中国を封じ込める対中戦略を明確にすることから始める必要がある。過去に中国に関わるさまざまな政府文書が作成されたが、中国に配慮して主語や対象に「中国」を明記しないものが多かったことは事実だ。中国を最大の脅威と明確に位置付けた上で、必要十分な対策を講じるのでなければ、戦略にはならない。

 中国に対する戦略を考える上で重要な要点は、中国の強みも弱みも専制主義国家にあることだろう。少なくともソ連邦崩壊後の30年において、強みが如何なく発揮されてきたことは事実である。しかし2019年10月に行われたトランプ政権のペンス副大統領演説を転換点として風向きが反転したのである。近年では中国の国内外において、専制主義国家であることの弱みが随所に現れてきた。

 分かり易い事例を二つ挙げよう。一つはゼロコロナ政策による執拗なロックダウンであり、他一つはIT企業潰しである。どちらも経済よりも習近平主席の面子を優先したものであることは明らかだ。対中戦略において重要なことは、戦略の要諦が相手の最大の弱点を攻撃することにあることを肝に銘じることだ。

9.国力を取り戻すために

 2022年は世界大乱の始まりの年と書いた。この大乱を乗り切るために、日本は何をすべきだろうか。「失われた30年で日本が喪失したもの」を一言で表現すれば、それは「国力」であろう。戦後75年の間に喪失した国力を取り戻すことが何よりも優先する命題である。

 安倍首相が凶弾に倒れた以降、永田町では統一教会に議論が集中しているが、現在世界は大乱の真っ只中にある。はっきり言って統一教会などどうでもよいのだ。迫りくる有事や国益を横において、政治家が統一教会の議論に没頭する様は、見るに堪えない惨状という他ない。

 安倍元首相は終始「戦後レジームからの脱却」を唱えていた。戦後史を俯瞰的に眺めると、戦後レジームを単に憲法改正と安全保障に関わる問題に留めるべきではないことが分かる。それは世界の大乱前夜にして、戦後「経済重視、軽武装」でやってきた路線の転換であり、「失われた30年」からの跳躍であり、「ダチョウの平和」で世界を見てきたメンタリティへの訣別として捉えなければならない。

 そのためには発想を大胆に転換することが重要だ。2022年現在、既に述べてきたように米中経済は資産バブル崩壊の危機に瀕している。対応を誤れば、FRBの金利引き上げによって世界同時不況に陥る危険性もある。一方の日本はどうかと言えば、失われた30年から本気で脱却する大転換点を迎えている。米中は政治経済両面において崖っぷちに立っている。混乱と衰退に向かう両国とは逆に、日本が再び活力と自立性を取り戻して世界の課題解決に貢献することを考えるべきだ。そのためには大胆に視点を変えることだ。そのヒントは国力の方程式にある。

 国力の方程式については、他のコラムで何度か紹介してきたが、米CIA分析官だったレイ・クラインが1975年に提唱した国力の方程式は以下のとおりである。(https://kobosikosaho.com/daily/485/

   国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 国力を取り戻すことの第一は経済成長を取り戻すことである。先のグラフに示したように、日本がもし1995年からの四半世紀において、日銀が目標としていた年率2%のGDP成長を成し遂げていたならば、GDPは1.64倍に増大していたのであり、財政赤字も「財源の壁」も問題にならなかったのだ。

 日本は長期トレンドとして、少子高齢化に伴い社会保障費が増加してゆく過程にある。短期トレンドとしては安全保障環境の激化に伴い、防衛費は急増する過程にある。この状況を踏まえて考えれば、歳出を賄える経済成長を果たす以外に活路はない。安定的な経済成長を実現することこそが国力を取り戻す一丁目一番地である。「財源の壁」という脅しこそが衰退国へ転落させる誘惑であることを肝に銘じる必要がある。

 政府はまたGDP比2%相当まで防衛費を増加することを内外に宣言し、反撃能力の保有を決定した。改めて注目すべきことは、成長経済を実現すれば、防衛費は仮にGDP比一定でも増加してゆく事実である。この意味からも主要国に引けを取らない経済成長を続けてゆくことが死活的に重要なのだ。

 さらに、日本がこの方程式に最も学ぶべきことは、「戦略目的と国家意思」の重要性である。日本が「失われた30年」から未だに脱出できずに膨大な富を失ったことも、アベノミクスが目的を達成できずに失敗したことも、原因は「戦略目的と国家意思」の欠如にあったように思える。

専守防衛マインドからの脱出(後編)

日米2+2開催

今年1月7日にオンラインで「日米2+2」が開催された。中国による台湾有事を想定した外務・防衛の閣僚による会議である。

 正論3月号が『令和の安全保障考』という特集を組んで、磯部晃一元陸将と神谷万丈防衛大学校教授が「日米2+2」を評価する記事を書いている。二人とも、今回の「日米2+2」は画期的だと高く評価している。この記事を踏まえて、要点を四つ紹介する。

戦略の統合:

・「閣僚は、・・・国力のあらゆる手段、領域、あらゆる状況の事態を横断して、未だかつてなく統合された形で対応する ため、戦略を完全に統合させ、・・・同盟を絶えず現代化し、共同の能力を強化する決意を表明した。」

抑止と対処:

・「閣僚は、地域における安定を損なう行動を抑止し、必要であれば対処するために協力することを決意した。」

防衛力を抜本的に強化:

・「日本は、国家の防衛を強固なものとし、地域の平和と安定に貢献するため、防衛力を抜本的に強化する決意を改めて表明した。」

・「日本は、戦略見直しのプロセスを通じて、ミサイルの脅威に対処するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討することを決意した。」

同盟の役割・任務・能力(略して、RMC):

・「日米は、このプロセスを通じて緊密に連携する必要性を強調し、同盟のRMCの進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎した。」

 総括的に評価すれば、主語が明確であること、表現は簡潔で実行に向けて一方踏み込んだ具体性があること、差し迫った台湾有事を前にした気迫と決意が現れている等の点で、画期的な内容となっている。

 一方で神谷万丈は、「日本人にとって画期的にみえるのは、日本人の同盟や軍事力に対する向き合い方が、依然として国際的な常識から大きく外れたものだからなのだということに、日本人は気づく必要がある。・・・日本人の決意と行動が問われるのはむしろこれからなのだ。」と警告する。

 台湾有事が叫ばれる現在、合意事項の速やかな実行が求められるが、そのためには防衛費の増額が不可避となる。自民党は2021年10月12日に発表した政権公約で、「防衛費のGDP比2%以上を目指す」とする政権公約を発表している。有言実行、待ったなしである。

露見したプーチンの目論見

 プーチンがウクライナ侵攻を起こした真相が思わぬところから明らかになった。英国のBBCは2月28日に「ロシアの回帰と新世界(The Arrival of Russia and a New World)」と題したスクープ記事を公表した。

 この記事は、ロシア国営メディアの「RIAノーボスチ通信」が2月28日に公表する予定だった原稿が誤ってネットに流出したことを報じている。この原稿は「48時間でウクライナを制圧する」シナリオに基づいて、「ロシアの勝利宣言」として用意されたものだった。

 この原稿に、プーチンの目論見が記されている。原稿の寄稿者は、「1991年のソヴィエト連邦の終焉という恐ろしい大惨事を修復するだけでなく、ロシアが新たな世界秩序を指導する立場に回帰する」と書いている。さらに、「ロシアが歴史的な名誉ある地位を回復し、ロシア世界とロシア民族を結集する」としてウクライナ侵攻を正当化している。ここでロシア民族とは、ロシア人、ベラルーシ人、それに小ロシア人(ウクライナ人)を指している。

 さらに「ウクライナ問題の解決を未来の世代に委ねないことを決断した」とプーチンを称賛していて、「軍事侵攻は、欧州のアングロサクソンと世界におけるアメリカに代わり、ロシアがその歴史的、国際的な役割に復帰するためである」と結論付けている。この原稿がプーチンの意向又は指示に基づいて用意されたことは疑う余地もない。

 プーチンがいう「ウクライナ問題」とは、ソヴィエト連邦崩壊後、ロシアが反NATOの立場を貫いてきたのに対して、ウクライナは政権交代のたびに親西欧と親ロシアの間で揺れ動いてきた経緯に関わる。そして2014年のマイダン革命で親露政権が崩壊してポロシェンコ政権が誕生して以来、ウクライナはEUとNATOへの加盟の意思を明確にしてきた。ウクライナのこの西欧志向こそがロシアから見れば「問題」だという訳だ。

ウクライナ事変が浮かび上がらせた現実

 ウクライナ事変がどういう形で終結するかを現時点で軽々に予測することはできない。ウクライナが軍事力に屈服することなく、ロシアの世論がプーチン大統領を追放して一日も早く戦争が終結することを祈りたい。一方、現時点で既に明らかになったことが幾つかある。

 第1は、21世紀の現在においても、他国に武力侵攻する国家指導者が存在する事実である。習近平も同様の人物であることは言うまでもない。

 第2は、世界大戦期の20世紀と異なり、グローバル経済の現代において、もはや軍事力は実力行使の最強の手段ではなくなったことだ。米欧日などがとった制裁措置でロシアが被る影響は、ロシア経済を崩壊させるほどに甚大である。具体的にいえば、①米欧日がロシア中央銀行に対する資産凍結を行ったが、これによってロシアは外貨準備の内、金と人民元を除く65%を引き出すことができなくなった。②SWIFTから排除されたことによって、ロシアの金融機関は外貨との交換と貿易の決済ができなくなった。③格付け会社がロシア国債の格付けを投機的水準以下に引き下げたことによって、ルーブルが暴落しロシアはデフォルト危機に直面している。④制裁の結果、貿易が大きく減少しGDPを大幅に減少させる要因となった。さらに西側からの投資停止と資金の引き上げ、外国企業のロシアからの撤退・生産停止が起きた。

 第3は、プーチンの当初目論見である48時間を大幅に過ぎて2週間が経過したが、その結果ロシア経済が壊滅的な状況に陥る可能性が高まっていることだ。今後制裁に困窮するロシア国民のデモが拡大すれば、やがてプーチンが追放される結末を迎える可能性すらある。

 第4は、安保理の機能不全と、国際秩序を保全するスキームの欠陥が明白になったことだ。

 今回のウクライナ事変は、1991年のソヴィエト連邦崩壊によって形成された国際秩序に関わる、歪のエネルギーが蓄積されて起こった余震なのだろう。プーチンがNATO東進の圧力を押し返すつもりで起こした余震だったのが、皮肉なことにロシア側にさらに押し返される可能性が高くなっている。今後ソヴィエト連邦から独立した諸国のEU加盟、NATO加盟がさらに進み国際秩序の構図がさらに変化してゆくと思われる。

三方面の脅威に直面する日本

 フリージャーナリストの青沼陽一郎がJBPRESSに『安全保障の岐路なのに、遺憾や抗議ばかりでは国家防衛は成り立たない』という記事を書いている。北朝鮮は様々なミサイル発射を今年に入って9回行ってきたが、その都度日本政府は「抗議」を繰り返してきた。しかし幾ら抗議を重ねても北朝鮮にとって馬耳東風であり、抗議は全く無力だった。青沼は「ロシアによって国際秩序が壊されたところへ、中国と北朝鮮がどのような行動に出ても不思議ではなくなった。その時に日本は侵略に立ち向かうだけの準備ができているのか。」と懸念を表明している。

 中国及び北朝鮮に加えてロシアという、三つの脅威に直面している今、日本はこれまでの「NATO(No Action, Talk Only)外交」の転換を迫られている。3月10日の産経新聞のコラムに、編集委員の阿比留瑠比は「憲法9条と非核三原則で国を守るというのは笑えぬ冗談でしかない」と書いているが、「ダチョウの平和政治、NATO外交」を転換しなければ国を守ることはできない局面が到来しようとしている。

 ロシアによる脅威に直面した欧州諸国は、それまでの防衛政策を大転換し始めている。ドイツは従前の政策を転換してウクライナに対戦車攻撃兵器を提供することを決め、防衛費をGDP比2%超に増加することを即決した。中立国フィンランドはスウェーデンと共にNATO加盟の再検討に着手した。ウクライナ、モルドバ、ジョージアの三ヵ国はEU加盟申請の手続きを始めることを決めた。

拉致問題を解決できない日本

 正論の3月号に「拉致被害者救出は現憲法下で可能か」という記事を織田邦男元空将、河野克俊元統合幕僚長が書いている。「今の憲法、自衛隊法の下では自衛隊を動かして救出に向かうことはできない」というのがその結論である。

 もし台湾有事が起きれば、在留邦人及び外国人を安全に輸送する問題が現実のものとなる。織田邦男はこう書いている。「邦人輸送について自衛隊法では、防衛大臣は外務大臣から輸送の依頼があった場合、外務大臣と協議をして、安全が確保されていると認められる場合には邦人などの輸送を行うことができると規定されている。何かおかしいと思いませんか。安全ではないから、民間機ではなく自衛隊機が行く訳でしょう。」と。要約すれば「軍は悪で、自衛隊は軍だから悪の存在、だから自衛隊を動けないようにしているのが今の自衛隊法の成り立ちなのです。」と問題提起している。

 この構図は拉致被害者の救出にも当てはまる。河野克俊はこう書いている。「拉致被害者の救出について現行法で何ができるかと言えば、当該外国(この場合北朝鮮)の同意が必要なので、何もできません。国際基準からすると、私は法律にこう書いてあるからできませんというのが、自衛隊の抱えている最大の矛盾だと思います。自国民が非合法的に拉致され、塗炭の苦しみに逢っている訳です。これを救出するのは自衛権の行使であって、何ら国際法違反には当たらないと私は思います。どこかから何か言われても、自衛権の行使だと突っぱねればいいだけの話です。それが国際社会の現実です。」

「ダチョウの平和」政治を続けてきた日本

 これが戦後ずっと「ダチョウの平和」政治を続けてきた日本の惨状である。今日本は中国と北朝鮮にロシアを加えた三方の脅威に直面している。もし中国が台湾に軍事侵攻したら、もし北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んできたら、どうやって国を守るのだろうか。最悪の事態を想定すれば、近い将来に日本周辺に有事が勃発し、憲法や法律が足かせとなって自衛隊を思うように動かせない局面が現出するだろう。

 ウクライナ事変に直面して欧州各国がとった素早い行動は、現実にそぐわなくなった政策を見直し、法律の解釈を変更し、さらに必要なら法律や憲法を改正し、国民の安全を守るために必要なことは例外なく正す、そのために必要なら国民を説得して理解を得るという、目的思考に立った臨機応変の政治だったように思う。

 ウクライナ事変は、国際秩序を保全するスキームが無力であることを露呈した。つまり戦争を始めた当事者が常任理事国であるが故に、安全保障理事会は機能不全に陥った。戦後の日本は、特に冷戦崩壊以降は、今回のロシアのような軍事行動はもう起きないと想定してきたのではなかっただろうか。

 しかし現実にはプーチンは核兵器の使用をちらつかせながら軍事力で隣国を侵攻した。プーチンの後には習近平が控えている。戦後日本がとってきた「ダチョウの平和」政治の前提、即ち「危険が差し迫ると頭を穴の中に突っ込んで、不都合な事実は見ないふりをする。」というお伽話の前提が崩れ去ったことを認めなければならない。

 日本周辺有事に際して、日本はアメリカによる核の抑止力と攻撃力に期待している。一方で、今回ロシアが軍事侵攻を開始した一週間前にアメリカがウクライナ大使館を放棄して撤退した事実をどう理解すべきなのか。「欧州のことは欧州で対処してよ」という意思の発露だったとの解釈が成り立つのかもしれない。そして、もしその理由が「アメリカは対中に専念するから」というのであれば日本の期待どおりの展開となるだろう。そうではなく「核保有国の米露戦争は第三次世界大戦になるから」というのが理由であれば、米中の衝突も同じことになりはしないか。

 バイデン政権は昨年8月31日にアフガニスタンから撤退した。そして今年2月16日にウクライナからも撤退したが、「対中に専念するため」以外の理由が働いた結果であった場合、日本の楽観的な期待は再び裏切られることにならないだろうか。

 ロシア軍の侵攻後2週間経ってウクライナが降伏していないのは、国を守る強い意志を持った指導者と、それを支える国民があるからだ。もし台湾有事が起きた時に、日本は同じように毅然と行動する万全の準備はできているだろうか。台湾有事は日本有事であるというように、日本はアメリカの後ろに陣取るという訳にはいかないのである。

歴史の転換点に立つ日本

 ウクライナ事変に対して、主に次の二つの理由から日本は傍観者ではいられない。その一つは、ロシアの次に中国が控えていることだ。他一つは、現在の国際秩序を保全するスキームは、第二次世界大戦後に作られたものだからだ。日本には当事者としての役割がある。

 ウクライナ事変を国際社会がどう裁くかが、その後の新たなスキームを再構築することに繋がる。「台湾有事は日本有事」として認識される以上、ウクライナ事変後の国際秩序維持スキームの再構築には、役割を明確にした上で日本は主体的に関与すべきである。しかしそのためには、戦後の「ダチョウの平和」政治、「NATO外交」に決別することが条件となることは間違いない。

 冒頭に述べた「日米2+2」の合意文書に戻る。台湾有事を想定した覚悟を明記した画期的な文書だが、一方で実行力には少なからぬ懸念が残る。ここまで述べてきたように、有言実行の障害となる課題が二つあるからだ。

 第一は防衛予算の増額である。防衛費を増額しない限り、「日米2+2」の合意は絵に描いた餅で終わる。力を背景に国際法を無視して恫喝外交を行う国に対峙するには、第一義的には抑止力に必要十分な軍事力を持ち、同時にそれを補完する同盟国・友好国との強固な連携を持つ以外に効果的な対策はない。

 ドイツは日本と同じように、歴史的な経緯や国民の強い平和主義を背景に、トランプ前大統領からの要請に対しても、国防費の増額に抵抗してきた。そのドイツがウクライナ事変に直面して、ショルツ首相は国防費を2021年のGDP比1.53%から2%超へ増加させることに加えて、今年の予算から1千億ユーロ(約13兆円)を軍事部門に投資する意思を表明した。ウクライナ事変を教訓とし、台湾有事に備えるためには、日本にも同等の決断が求められる。しかもそれは今をおいて他にない。

 第二は、織田邦男、河野克俊両氏が指摘している、本来の自衛隊の活動を縛る法体系における諸制約の見直しである。台湾や朝鮮半島で有事が起きれば、在留邦人だけでなく、在留する諸外国の国民を速やかに国外に輸送する役割・任務・能力(RMC)が日本に期待されることは疑う余地もない。輸送のみならず、自衛隊の本来のRMCを制約する要因を事前に取り除いておかなければならない。

 2022年という年が戦後76年の歴史の大転換の年となることは前編で書いた。この国難を乗り越えるためには、「ダチョウの平和」政治と「NATO外交」からの転換が待ったなしとなる。但し、その転換は容易ではないだろう。そう考える理由は、戦後の日本人が、政治家だけでなく国民もおしなべて「専守防衛マインド」に洗脳され、「平和ボケ」と言われる状態にあることだ。

 毎年8月になると「戦争は二度としない、核兵器は廃絶すべし」と誓いつつ、憲法改正も非核三原則も議論はおろか考えることすら拒絶する空気が存在してきた。一方では日本に多くの米軍基地があることには誰も異論を唱えない。宗教家が平和を祈ることは否定しないものの、21世紀の独裁者が軍事力を使うことから国を守るためには、この思考停止状態から脱出しなければならない。「平和を守りたければ、戦争に備えよ」という格言に立ち返り、「専守防衛マインド」から脱出しなければならないのだ。

 ウクライナ事変は、我々日本人に「平和ボケから一日も早く覚醒せよ」と警鐘を鳴らしてくれたのではなかっただろうか。

専守防衛マインドからの脱出(前編)

2022年は世界規模の動乱の年

 2021年、日本はコロナ渦の中で無事に東京オリンピックを完遂した。東京オリンピック終了と同時に、世界は2022年北京冬季オリンピックを転換点として国際情勢が一変し、有事の足音が近づいてくることを警戒していた。

 そして2022年が明けた。2022年が「世界規模の動乱の年」となることを予告するかのように、北朝鮮が1月5日に極超音速ミサイルを発射し、その後11日、14日、17日、25日、27日、30日と1月だけで7回も様々な新型ミサイルの発射を敢行した。

 続いて、米欧日が外交的ボイコットをする中で、2月4日に北京オリンピックが開幕した。そしてこのタイミングを狙ったかのように、ロシアは2021年11月頃から大規模な部隊をウクライナの国境周辺に展開させ、1月には10万人規模まで増強した。

 北京オリンピックは2月20日に閉幕し、ウクライナ情勢はロシアがいつ軍事侵攻に踏み切るかという展開になった。そして2月24日未明に実際に侵攻が始まった。

 2022年がなぜ「世界規模の動乱の年」となるのか、大きな四つの要因について要点を整理しておきたい。

ウクライナ事変

 はじめにウクライナ事変(何と呼ぶのかこの時点では確定していないので、本資では「事変」と呼ぶことにする)については連日メディアが報じているが、事件報道とは別にこの軍事侵攻の全体像と本質を理解することが重要である。

 宮家邦彦は2月24日の産経新聞にこう書いている。「昨年来ロシアはバイデン政権をテストしている。米国の関心が米中覇権争いに移ったことを踏まえ、プーチンはソヴィエト連邦崩壊後のNATO拡大という新常態をなかったことにする絶好の機会が来たと考えた。・・・ロシアは本気で冷戦終了後の欧州における現状変更を目指し始めた。」

 結論を先に書けば、これが事変の本質なのだろう。詳細については後段で考察を加える。

アメリカの国内情勢

 次にアメリカの国内事情である。

 2020年11月の大統領選挙と2021年1月6日の連邦議会議事堂への暴徒乱入事件を転換点として、アメリカでは分断が激しさを増している。今年11月に予定されている中間選挙に向けて、内戦状態にまで激しくなるという予測すらある。

 バイデン大統領は1月20日に就任から1年を迎えたが、2月23日現在の支持率は42%、不支持率は53%で低迷している。消費者物価指数が前年比で7%超に上昇していること、オミクロン株の感染者が1週間平均で一日75万人と過去最悪の水準にあること、日本円で200兆円にのぼる巨額の歳出法案が民主党のマンチン議員の反対で成立が危ぶまれていること等、国内問題に限定しても、不支持の理由は一つではない。

 風雲急を告げつつあるウクライナ情勢をはじめ、山積する国内外の課題に直面して、バイデン大統領の指導力や政策の実行力を疑問視する声が増大している。プーチンも習近平もこうしたアメリカの情勢を睨みつつ、外交カードを切ってくることが予測される。11月の中間選挙に向けて、国内情勢では分断と騒乱、国際情勢ではウクライナ事変と中国対処という二つの大きな難題にバイデン政権は直面している。

中国の国内情勢

 中国情勢も、アメリカに負けず劣らず大波乱の状況にある。中国はいわゆる戦狼外交と人権蹂躙の国内政治の結果、世界中を敵に回して四面楚歌の状況にある。しかし中国最大の課題は経済である。「中国経済が既に詰んでいる」ことについては、「中国経済の現状と未来(後編)」で既に書いた。

 中国の不動産バブルは既に崩壊していると言われるが、習近平政権は不都合な事態も容赦なく力でねじ伏せてゆくために、バブル崩壊の本格的な騒乱が起きたとの報道は未だにない。しかしながら、民主主義国家であろうが専制国家であろうが、お金の貸し借りの仕組みは変わらない。誰かの負債は誰かの債権であって、負債を強引に帳消しにしたとしても、貸し手が債権を抱えきれなくなった時点でバブル崩壊は社会に連鎖反応を起こす。

 不動産最大手と呼ばれる恒大集団の経営破綻が報じられたのは2021年9月~11月頃であり、現在までに少なくとも2回デフォルトを起こしたことが確認されている。負債額は3000億ドル規模でリーマン・ブラザーズの約半分と言われるが、北京オリンピックもありその後どうなったのかについては情報がない。中国政府がどうするつもりかに全てがかかっているが、経営破綻が確定した時点で不動産バブル崩壊が本格化するだろう。

 トランプ前大統領がとった経済制裁とコロナ・パンデミックを経て、中国経済は既に失速している。ひとたび不動産バブル崩壊が本格化すれば、地方財政破綻、中国からの海外資金の逃避等、不動産市場に留まらず、金融及び経済のあらゆる方面に拡大していくと思われる。

アメリカ連邦準備制度理事会の政策転換が起こす金融危機

 現在世界の眼はウクライナ事変にくぎ付けになっているが、「2022年が世界規模の動乱の年」となる、もう一つの大きな要因がある。それは連邦準備制度理事会(FRB)が断行すると宣言している金融緩和(QE)から金融引き締め(QT)への転換であり、同時に実施する政策金利の引き上げである。FRBはこれら金融政策の大転換を3月から実施すると言われている。

 FRBは2015年から2018年にかけて0.125%から段階的に9回政策金利の引き上げを行い2.25%超まで引き上げた過去がある。現在の金利は0.125%の底値水準にあり、アメリカは7%を超える高いインフレに悩まされているために、前回同様に段階的に引き上げてゆくことが予測される。

 リーマンショック対策とコロナ対策で、日米欧は大規模な金融緩和政策とゼロ金利政策をとってきた。FRBの政策転換はリーマンショックを契機として2009年から始まった「量的緩和バブル」の崩壊が世界規模で本格的に始まることを意味している。

 アメリカの金利が引き上げられると、中国は二重の困難に直面することになる。一つは中国が国内資金の海外流出を防ぐために「ドルペッグ制」を採用してきたことにあり、ドル金利よりも人民元の金利を常に高く設定してきたことにある。現在中国は経済の失速と不動産バブル崩壊の真っ只中にあって低金利を維持せざるを得ない状況にある。アメリカの金利引き上げに合わせて人民元の金利を引き上げれば、経済低迷と不動産バブル崩壊という事態が深刻化するだろう。かといってドルの利上げに追随せずに低金利を続ければ、中国市場からドル資金が逃げ出してゆく。どちらも悪夢であるに違いない。

 他一つの困難は、QEをQTに転換すると、円を含む世界の余剰のおカネを低金利で借りて中国や途上国に流し込んできたアメリカ国際金融資本が、ドル資金を引き揚げることによって起こる。ここで重要なことは、ドルの逃避によって危機に陥るのは途上国に限らないことだ。QEが供給した潤沢なおカネの流入に支えられて経済が潤っていた国々を、一変して金融危機が襲うことになる。

 米国及び日本との間で締結していた、非常時にドルを融通し合うスワップ協定の延長を韓国は拒否して現在に至っている。FRBの政策転換が韓国経済の脆弱性を直撃する可能性について、武藤正敏が警鐘を鳴らしている。(https://diamond.jp/articles/-/297427)不動産バブル崩壊が本格化する中国も甚大な影響を受けることになるだろう。

ウクライナ事変を読み解く

 2月24日早朝(現地時間)にロシアはウクライナに軍事侵攻した。2月26日のニュースは、世界中でロシアの軍事行動に抗議する市民のデモが起きていること、キエフへの軍事侵攻でロシア軍側に想定を超える被害が出ていること、そして欧米はロシアに対し銀行間の国際決済ネットワークであるSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアを排除することを決めたことを伝えた。ウクライナ情勢が今後どうなるかについては刻々の報道と専門家の分析に委ねるとして、視点を変えて考察を加えることとする。

合理的でないプーチンの判断

 世界の大半を敵に回して侵略戦争を起こすとは、プーチンの判断はどう考えても合理的ではない。では何故プーチンはウクライナへの軍事侵攻を断行したのだろうか。

 第一の理由は、昨年12月にロシアからアメリカ・NATOに対して提示した三つの要求の内、絶対に譲れないレッドラインである「NATO拡大(東進)の停止」の回答が得られなかったことである。

 実はソヴィエト連邦が崩壊した1991年に、当時のベーカー国務長官がゴルバチョフ大統領とシュワルナゼ外相に対しNATO不拡大を確約している過去がある。しかしながら現実にはソヴィエト連邦崩壊によって東欧諸国が相次いでNATOに参加し、ソヴィエト連邦崩壊直後には16ヵ国だったNATOは現在30ヵ国にまで拡大した。そしてウクライナもNATO参加を望んでいた。ロシアからみれば、「ウクライナよ、お前もか」ということになる。

 第二の理由は、ウクライナを巡る米露間の「外交ゲーム」において、バイデン大統領が切ったカードにある。バイデン政権は2021年8月31日にアフガニスタンから完全撤退した。ウクライナ事変でも「武力は行使しない」ことを早い段階で明言し、経済制裁一本で対処することを繰り返し宣言していた。バイデン政権の動きを観察し分析してきたプーチンからすれば、北京オリンピックが閉幕した今が軍事行動を起こす好機だと判断したのではなかっただろうか。

合理的でないバイデンの言動

 アメリカは2月16日には首都キエフにあるウクライナ大使館を放棄して退去した。通信機材などを破壊しての撤退だったというから、戻ってくるつもりのない撤退だったことになる。しかもバイデン大統領は、プーチンがキエフを軍事侵攻することを自信満々で予言していた。この事実をどう考えればいいのだろうか。

 因果関係を考えると、これは有事になるから事前に撤退したのではなく、米国がウクライナから完全撤退したから、プーチンが軍事侵攻に踏み切ったと解釈するのが正しいのではないだろうか。ではバイデンは何故そうしたのだろうか。

 素直に考えれば、米国は対中に専念するから、「欧州の問題は欧州(独仏と露)で解決しろよ」ということだったのかもしれない。その意図を読み取ったプーチンが今回軍事侵攻に踏み切ったと考えられる。もしそうであれば、バイデン大統領の言動は非常に軽率だったと言わざるを得ない。

ウクライナ事変の真相

 1991年にソヴィエト連邦が崩壊し、東ドイツを始め多くの国家が独立した。当時ウクライナが保有していた約1800発の核兵器を処分する代わりにウクライナの領土保全を保証する枠組みとして1994年12月に「ブタペスト合意」が作られた。独立した東欧諸国は相次いで西側に参加し、NATOは拡大・東進を続けていった。ロシアから見ればこの動向自体が「話が違うではないか」ということになり、欧米の策謀として見えたのだろう。

 ロシアは2008年8月にグルジョア(現在のジョージア)に侵攻した。2014年2月にウクライナのヤヌコビッチ親露政権が大規模デモを受けて崩壊すると、同年3月にロシアはクリミアを力づくに併合した。

 こうしてみると、西側の論理とプーチンの論理の間には大きな断層があることが分かる。プーチンは旧東欧諸国が独立して主権国家となった事実も、西側にはせ参じた理由も理解できていないか、もしくは認めていない。長期的にみればウクライナも東欧諸国が辿ったステップを踏もうとしていると理解されるが、ウクライナはロシアの隣国であり、旧ソヴィエト連邦の中でロシアに次ぐ大国であったために、これ以上容認できないというのがプーチンの論理だと思われる。

 しかしこのプーチンの論理は独善的であり間違っている。東欧諸国の民主化動向は大きな時代の潮流であり、軍事力を使おうが何しようが止めることはできないからだ。プーチンの思考が時代遅れの帝国主義思想であり、旧東欧諸国の西進はロシア流国家の魅力がないことの表れでしかない。

 従って、ウクライナ事変でプーチンの戦術的采配が短期的な勝利を収めることがあっても、長期的・戦略的にはプーチンの負けとなるだろう。負けると断言できる理由は経済である。クリミア併合に対する欧米日による経済制裁が、ロシア経済にどれほど打撃となったかは、2000年代には年平均7%あったロシアのGDP成長率が2014~2020年には0.4%にまで落ち込んだ事実が物語っている。

 もしプーチンの狙い通りに、ウクライナの政権交代、つまり親露政権の樹立と、ウクライナの非軍事化・中立化を成し遂げられるとしたら、今回の軍事侵攻で破壊されたウクライナの社会インフラを復旧するコストは一体誰が負担するのだろうか。さらに2014年の経済制裁によって低迷しているロシア経済は、「SWIFTからのロシア排除」を含む米欧日からの制裁強化でさらに落ち込むことが必至である。経済がさらに悪化していく中で、ロシア国民は反プーチンの意思を一層明確に打ち出してゆくことだろう。さらに軍事侵攻で大きく棄損したウクライナ経済を立て直すコストがロシア経済の足枷となることは明白だ。

 そのように考えると、エドワード・ルトワックが2月26日の産経新聞に投稿した記事で述べているように、ウクライナ事変が「プーチン体制終焉の始まり」となる可能性が高いのではないか。

日本にとっての正念場

 中国が台湾に軍事侵攻する蓋然性が高まっている。しかも台湾は与那国島から110kmほどしかないことから、台湾有事は日本有事であるという認識が共有されつつある。

 そもそも習近平は何故この機に台湾を武力で併合しようと考えているのだろうか。それは「終身皇帝」の地位を得ようとしているからであり、そのために毛沢東ですら成し遂げられなかったことを実現しようと考えるからである。

 プーチンと習近平に共通する点は、彼らが国益最大化ではなく、自身の政権基盤の長期化を目的としていることであり、力の信奉者で国際合意など紙切れだと考える人物だということだ。

 ウクライナ事変が台湾有事に連動することが懸念されているが、連動するかどうかは、国際社会がウクライナ事変をどう裁くかにかかっている。空間軸に国際社会をとり時間軸には冷戦期以降の世界史をとって、ウクライナ事変を俯瞰して捉える必要がある。プーチンという古い時代の世界観を持った独裁者が起こした軍事侵攻を、民主主義国家がどう裁くかという構図で捉える視点が重要である。

 プーチンも習近平も力の信奉者である。相手が反撃しないと判断すれば容赦なく軍事力を使う独裁者である。そんな無法がまかり通る時代は、冷戦の崩壊とともに歴史の彼方に葬られたということを歴史に明確に刻み込まなければならない。中国が軍事力を使って台湾を併合することを抑止するためにも、「プーチンの完敗」で終わらせなければならない。

 後編で述べるが、これは第二次世界大戦終結時に形成された世界秩序維持体制を見直すことに繋がる大仕事になるだろう。日本にはその裁きについて、欧米追随ではなく主体的に関与しなければならない役割と使命があり、その能力が問われることになる。その行動こそが習近平の力の行使を抑止する能力となるだろう。

 日本は2022年が「世界規模の動乱の年」であることを梃として、戦後の「ダチョウの平和」政治にピリオドを打つ挑戦に着手すべきである。そのためには一体どこから始めればいいのだろうか。はっきり言えることは、「敵基地攻撃手段の保有」というような戦術論からではなく、「憲法改正」という難題からでもない、「専守防衛マインドからの脱却」から始めるのが賢明である。(後編に続く)

戦後スキームのイノベーション

ウクライナ危機の原因

 ウクライナ情勢が緊迫度を高めている。原因として言われていることは、ソヴィエト連邦が崩壊した1989年の「線引き」問題である。ここでいう「線引き」とは、国境をまたいで在ウクライナのロシア系住民と在ロシアのウクライナ系住民とが存在することをいう。

 しかしもっと本質的な理由が存在する。それは、NATOとロシアの地政学的関係という、もう一つの「線引き」問題である。ソヴィエト連邦崩壊後に、旧東欧諸国がEUとNATOに相次いで参加したことにこそ原因がある。そもそもNATOは1949年に12ヵ国でスタートしたのだが、それがソヴィエト連邦崩壊後には16ヵ国になり、現在は30ヵ国にまで拡大している。さらにウクライナとジョージアの参加が話題に上っている。

 ウクライナはロシアと並んでソヴィエト連邦の軍事力を二分した国である。もしそのウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアは巨大な軍事力を持ったNATO軍と国境を挟んで対峙するという悪夢に直面することになる。

 ロシアの隣国にはNATOとの緩衝地帯を作りたいプーチン大統領からすれば、ウクライナのNATO加盟は「冗談ではない。断じて容認できない。」ということになるだろう。ただし、現実は自由民主主義国を目指す国々が多いということであり、ロシア型の専制国家が敬遠されていることに他ならないのだが。

 それはともかく、つまりプーチン大統領が提起したウクライナ問題の主題は、ソヴィエト連邦の時代(冷戦期)は32年も前に終結したにも拘らず、その後NATOが拡大・東進を続けている現状にある。

 フォーン・アフェアーズ(Foreign Affairs)の1月17日の電子版に、「NATOは門戸を閉じるときだ(Time for NATO to Close Its Door)」という論文が掲載された。著者は米カソリック大学(the Catholic University of America)の歴史学の教授で キメージ(Michael Kimmage)という人物である。

本質はNATOというスキーム

 1989年末にそれまでNATOが敵視してきたソヴィエト連邦が消滅し解体したのだから、本来なら10年程の時間をかけてNATO体制のイノベーションをすべきだったのだ。今回のウクライナ危機はそれを放置してきた結果、ロシアの我慢の限界を超えて顕在化したとみるべきだ。

 すなわちウクライナ問題は、ソヴィエト連邦崩壊という本震の余震と捉えるべきであり、ウクライナ問題を戦争に発展させることは時代に逆行するものとなり、解決にはならない。

 マクロン大統領がプーチン大統領にどういう提案をしたのかは知る由もないが、もし「軍事的にではなく外交努力によって問題を解決する」ことを目指すのであれば、その外交的手段にはNATOの再定義が盛り込まれるのでなければ意味がない。

放置されてきた戦後スキーム

 その視点に立って視野を拡大してみよう。同様に考えると、現在の台湾危機には第二次世界大戦(WW2)終結時の線引き問題が、北朝鮮危機には1950年の朝鮮戦争終結時の線引き問題がそれぞれ背景に存在している。北方領土問題も同じだ。

 現在日本周辺で深刻化しているこれらの危機の何れもが「戦後スキーム」を放置してきた結果であり、そう考えると、解決するためには戦後スキームを現時点で見直す何らかのイノベーションが必要となることが分かる。

 もし台湾問題が軍事衝突に発展するようなことがあれば、それは時代錯誤でしかない。日本にとって台湾は隣国であり、安倍元総理が「台湾有事は日本有事である」と述べたように、日本は台湾問題に対し傍観者ではいられない。一方日本にとってウクライナ問題は欧州の遠い問題に見えるが、以下に述べる二つの理由から、日本はウクライナ問題の解決に主体的かつ積極的に関与・貢献すべきなのだ。一つはウクライナ問題が台湾有事に連動する可能性があること、他一つは中国による軍事的侵攻を封じ込めることが日本にとって死活的な命題であることだ。

 日本は軍事力を背景とする国際問題への関与はできない。だからと言って、日本はアメリカから要請されたからEUに天然ガスを支援するというような、従属的で小間使いの役割に甘んじるべきではない。中国に台湾侵攻を起こさせないためにもウクライナ問題の外交的解決に日本は関与すべきなのだ。

 ウクライナ問題が戦争に発展することを阻止しなければならない。一般論としてそのとおりであるが、敢えて日本の国益と戦略の視点からも、日本は主体的に戦争阻止のための外交を行うべきである。理由は二つある。

 一つはもしウクライナ問題を外交的に平和裏に解決できるなら、その成果は台湾問題が戦争に発展する強力な抑止力として利用できるからである。他一つは、ウクライナ危機は冷戦崩壊時の、台湾有事と北朝鮮問題はWW2終結時の「線引き」に原因があるからである。

戦後スキームのイノベーション

 安倍前総理は首相をめざした頃から、「戦後レジームからの脱却」を唱えていた。「戦後レジーム」が日本の国内問題だけだったのかどうかは分からないが、終戦後76年が過ぎているにも拘わらず、国内問題として戦後レジームを解決することの目途は立っていない。そうであるならば、発想を転換して、「国際問題としての戦後レジーム問題」の解決に主体的な関与・貢献をする過程で合わせて国内問題を解決することが賢明ではなかろうか。問題が戦争一歩手前の危機にまで高まっている今こそ千載一遇の好機ではないだろうか。

 ただし解決するためには、「戦後スキームのイノベーション」が必要となる。国内問題も国際問題も戦後レジーム問題を解決することは、スキームのイノベーションを行うことを意味する。プーチン大統領は戦争も辞さないという布陣でイノベーションの断行を西側に迫っているのである。

 台湾有事や朝鮮半島問題は無論のこと、北方領土問題も、拉致問題も、相手が好意的に動いてくれるのをひたすら待つという姿勢では、この先何年たっても解決できないだろう。そうではなくて、難題を解決するためには、何れもが相手国との国益を賭けた戦略ゲームなのだとの認識に立って、攻めるカードを次々に切るという外交が求められる。

 「専守防衛」というマインドでは、これらタフな国を相手国とする国際問題を解決することはできないことを、日本は改めて肝に銘じ、戦法を転換する必要がある。