中国経済の現状と未来(後編)

(2)破綻の連鎖をどこで食い止められるか、台湾どころではない中国

データが物語る中国経済の深刻な課題

 中国が抱える、中国固有の深刻な課題がある。それは、高度成長を継続し経済大国になったにも拘らず、今後も高い経済成長を継続させなければならないことだ。

 高いGDP成長率を維持するために中国が従来とってきた政策の一つに大規模なインフラ整備がある。中国は土地の所有を認めていないので、地方政府が土地の使用権を開発業者に売ってインフラを整備させてきた。このシナリオは地方政府の財源を確保し、社会の発展に必要なインフラを整備し、GDP成長を実現する魔法の杖だった。

 ところが高度成長を遂げ経済大国となった中国にとって、魔法の杖は経済の崩壊を加速する悪魔の罠に変わった。一言で言えば、魔法の杖が資産と富を増やしたのに対して、悪魔の罠は不良資産を増大させたのだった。

 トランプ大統領による経済制裁とコロナ・パンデミックのダブルパンチを受けて、中国経済は既に失速している。李克強首相が2021年のGDP成長として再び6%をめざすと豪語したが、買い手の見込みのない高層マンション、利用客の見込みのない高速鉄道と高速道路、空港を造ることに地方政府が邁進した結果、不良債権が雪だるまのように増大してしまったのだ。

 前編で述べたように、恒大集団の負債総額は33兆円、地方政府の意向を受けてインフラ開発を行う地方融資平台の負債総額は630兆円、地方政府の財政赤字は1100兆円、国家全体の赤字総額は1京円超と、中国が抱える負債は天文学的な規模に膨張しているという。

 もし不動産大手の恒大集団が経営破綻すれば、それを合図に不動産市場に衝撃波が伝搬するだろう。貸し手と借り手は同額の資金と債権を交換しているので、もし借り手が破綻すれば、貸し手は同額の不良債権を抱えることになる。そして貸し手が損失処理できなければ、さらにその貸し手へと不良債権は逆流してゆく。かくして不動産バブルが崩壊を始めるのだ。

 そしてひとたび逆流が始まれば、巨額であるが故に誰にも止められなくなるだろう。そして不動産バブル崩壊が金融市場へ飛び火すれば、中国国内に津波のような信用不安が起きるだろう。一般に中国人は一族とお金以外は信じない国民性といわれる。銀行預金の取り付け騒ぎは燎原の火の如く全国に拡散するに違いない。悪魔の罠に他ならない。

 基軸通貨国のアメリカがリーマン・ショックを力づくに抑え込んだような芸当が、果たして中国共産党政権にできるだろうか。リーマン・ショック以上に債務が天文学的なレベルであり、外貨準備残高が枯渇していて、さらに中国は悲惨な社会問題を内在しているのだ。

中国の社会で進行している悲惨な現状

 ここで中国社会の現状に眼を向けてみよう。経済大国となったにも拘わらず、中国社会には未来に絶望した数億の人々が溢れている。

 林建良によれば、「躺平主義」という言葉があるという。躺平(とうへい)とは「横になる」という意味で、「頑張らない主義」である。中国には仕事らしい仕事もしない、住宅も車も買わない、子供も産まない、できるだけ消費もしない若者が増えているという。この若者たちの親は農民工と呼ばれる世代で、8億人もの農民工が都市に進出したものの、彼らは泥まみれになるまで働いても農民のままで戸籍制度の身分を変えることができない。

 もう一つ996という言葉がある。これは朝9時から夜9時まで週6日働くという意味で、李克強首相が暴露したところによると、この状況に該当する人民は6億人いて、医療費が高い中国で貧しい人ほど医療保険に入れず、躺平主義がどんどん拡大しているという。

 さらに中国は2015年に一人っ子政策を廃止したが、その後新生児数はさらに減少し、急速な都市化と相まって少子化が深刻化した。その背景には、若い世代が将来に絶望している中国社会の現実がある。2020年7月の大学新卒者840万人の半数に就労先がなかったという。そこに欧米から「海亀派」と呼ばれる留学帰国者が加わり、大卒者の夢は潰えたと宮崎正弘は指摘する。

 近藤大介は、『中国にやってくる個人破産申告者急増の時代』と題した記事の中で、これまで中国人は恥を知らないから自殺しないと言われてきたが、現在では若者の自殺が増えていると述べている。1年間に200万人が自殺未遂を起こし、28万余が実際に死亡している。自殺は死因の第5位で、15歳~34歳の年代では第1位だという。

 2021年3月に中国で初めて深圳で「個人破産条例」が施行され、7月には中国最初の「個人破産」が出現したという。この条例の制定は2019年10月の「四中全会」で「社会主義市場経済体制を速やかに改善し、健全な破産制度を作る」という方針が決定されたことに基づいている。不思議なことに、中国はこの「個人破産」の事例を大々的に報じていて、あたかも「困った人は破産申告しましょう」と呼び掛けているようだと近藤は言う。

 中国では過去にも破産する経営者は多数いたが、中国は広大であり、彼らは夜逃げをして何食わぬ顔で別の省へ移住して生きていったものだった。それがアリババとテンセントが開発したAIシステムによって監視社会が実現し、夜逃げができない社会が到来した。そして中国は自殺大国となったという。

 躺平主義の若者などは可愛いもので、その裏には多くの破産者と自殺者が居るという。このように、中国は悲惨な社会を抱えたまま経済大国になったのである。

不穏な動きが始まった

 最近、反習近平の動きが目立つようになってきたという。代表的な事例をいくつか紹介しよう。

 第一に、エコノミストOnlineは『中国の三大危機』と題した特集記事の中で、大規模な停電の発生についてレポートしている。それによると、中国では2020年末に南部の3つの省で原因不明の大規模停電が起きている。2021年になってからも9月半ばから数か所の地域で定期的に停電や送電障害が起きた。10月3日には中国の2/3の省で大規模な電力の使用制限が行われた。IT企業が集積する深圳でも、使用電力量の数値目標を上回ればビル全体、工場全体の電力を止めるという脅迫めいた通知を日系企業が受け取っていたという。

 林建良によれば、これは地方政府が独自判断で起こした事件で、背後には江沢民派の動きがあるという。

 第二に、最近習近平の政策を公然と非難する動きが活発になってきた。

 まず前編で紹介したように、「GDP成長率など永久に葬れ。GDP数値は作為的であり、地方政府債務、金融市場における実情を見れば、成長とは裏腹に債務が急膨張している。」と中国人民銀行の馬駿貨幣政策委員が中国のシンクタンクの会合の席で発言している。政府側の人間が、GDP成長率6%の達成に拘る李克強首相の政策を正面から批判したのである

 次に、林建良は、中国の新聞大手の多維新聞が2021年8月27日に「中国共産党の指導者の引退はいったい誰が決めるのか?」という記事を出していることと、6月10日にも「党中央は誰が監督するのか?」という論説も出していることを紹介している。何れもが習近平を公然と批判する内容である。

 また、2021年12月23日の産経新聞で、石平が二つの正反対の記事を人民日報が出した事実を紹介し分析を加えている。12月9日には「改革開放は党の偉大なる覚醒だ」と題する記事を掲載し、鄧小平こそが新しい時代の偉大なる開拓者だと褒め称えた。鄧小平路線の継承者として江沢民と胡錦涛の名前を挙げたものの、習近平には言及せず公然と無視したという。そして4日後の13日には胡錦涛政権までの問題点を指摘し、習近平の政治を高く評価する記事が掲載された。石平は人民日報に僅か数日の間に相反する記事が掲載されたことは、反習近平派と習近平派の二つの陣営が公然と攻撃し合っている証だという。

 何れのケースも、江沢民を筆頭とする反習近平派の後ろ盾がなければ、独裁国家で独裁者に対する公然とした批判が登場することはあり得ない事件である。それが人民日報上に堂々と登場した事実は、中国の権力闘争が緊迫化していることを物語っている。

 第三は、深刻なエネルギー事情である。「オーストラリアの決断(world/523)」で書いたように、中国は豪州との関係を悪化させ、良質で安価な石炭の輸入を停止したため、需要増加と重なって石炭価格が2倍に高騰したという。中国政府は面子を捨てて豪州から約100万トンの石炭を緊急輸入したものの石炭不足は解消していない。冬季に入り、地方政府による停電と石炭不足が重なると、生活ができず人命に関わる事態になる恐れがある。

 矢野義昭は、『中国で噴出している軍事力増強の歪み、訓練事故が相次ぐ』と題した記事で、習近平の健康不安について衝撃的な記事を書いている。それによると、習近平は脳動脈瘤を抱えており、2020年春に長期間動静不明になったのは動脈瘤手術のためだったと華字紙が報道したという。

2022年、中国で起きること

 前編で紹介した数値が概ねの範囲で真実であるとすれば、この国の経済は既に詰んでいるという他ない。2021年末に恒大集団のデフォルトが始まったが、もし経営破綻が確定すればそれを合図に不動産バブルの崩壊が始まるだろう。習近平政権は北京五輪を無事に終了するまでは恒大集団を生かさず殺さずの状態におくかもしれないが、既に述べたように、債務が巨大過ぎる故に不良債権の逆流を途中で止めることは容易ではない。

 以上さまざまな事象を紹介してきたが、一言で言えば、中国経済はリーマン・ショック級の危機発生前夜にあるということだ。もし対応を誤れば、反体制派の決起、暴動や騒乱の発生、弾圧されてきた民族の独立運動など、不穏な動きが同時多発的に起こる可能性があり、政府は騒乱の制圧、騒動の鎮圧で手一杯となるだろう。

 習近平政権はソビエト連邦の崩壊も日本のバブル崩壊も十分に研究し尽くしていると思われるが、問題は不良債権の逆流と騒乱の拡大をどこで抑え込めるかが正念場となるだろう。もし対応を誤れば中国経済の崩壊の始まりとなり、最悪の場合共産党政権の存続もが危ぶまれる事態に発展しかねない。

 正に「山高ければ谷深し」なのだ。中国には繁栄から取り残された8億の農民工という身分制度上の存在があり、チベット自治区、内モンゴル自治区、新疆ウィグル自治区等、力づくに併合され抑圧されてきた民族の存在がある。どこかで騒乱が起きれば、燎原の火の如く中国全土に燃え広がることが予測される。

ピークパワーの罠

 ジョンズ・ホプキンズ大学のハル・ブランズ教授とタフツ大学のマイケル・ベックリー准教授が「ピークパワーの罠」を提起している。ピークパワーの罠とは、「劇的な成長でピークを迎えた大国が一転して減速に苦しむと、他国に対して攻撃的になる」ことをいう。

 2022年に始まるシナリオについて予測してきたが、もし不良債権の逆流が始まることを予見し抑止が不可能と認識すれば、習近平が先手を取って一か八かの台湾有事に踏み切る可能性は否定できない。

中国とのデカップリング

 既に述べたように、北京五輪と前後して恒大集団の経営破綻が確定するだろう。ここで注目すべきことが一つある。それは中国とのデカップリングがどうなるかだ。

 前編で「リーマン・ショック級の事件が起こりつつあることは明白なのに、市場が思いのほか落ち着いていているのは不気味だ。今回の不気味な動きは経済問題以上に米中の政治問題が大きく関わっていると思われる。」という大原浩の記事を紹介した。これは恐らく、恒大集団の破綻がウォール街に連鎖する恐れが高いために、事前に米中間で対応策を調整しているという意味と解釈される。単にデフォルトといわずに、「選択的デフォルト」などと表現をぼかしているのも、事態が深刻過ぎてストレートに表現できない現実を物語っているのではないだろうか。

 不良債権の逆流が中国国内で完結してくれれば世界経済は安泰だが、そうはいかない。お金の流れに国境はないので、ウォール街から中国へ相当の資金が投入されているとみるべきだ。中国の経済有事は米国を巻き込んだ世界レベルの有事に発展する公算が大である。

 トランプ前大統領は中国とのデカップリングを強力に推進した。バイデン政権は外交と安全保障分野では中国と厳しく対峙しているように見えるが、経済分野ではIT企業やテスラに代表されるように、両国は深くカップリングしている。

 これは日本企業も同じである。1月5日の産経新聞は、2021年11月下旬~12月中旬に実施した大手118社を対象とした「中国事業」に関するアンケートの結果を掲載している。それによると、66%の企業が「これまで通り続ける」と回答し、「より積極的にビジネスを展開する」と回答した企業を加えると70%になるという。反対に「撤退したい」という回答は皆無で、「徐々に縮小する」という回答は1社だったという。

 「中国ビジネスがさまざまなリスクを抱えていることは承知している」という点は共通認識のようだが、中国リスクには安全保障有事(台湾への軍事侵攻)、経済有事(バブル崩壊)、三峡ダム決壊、大規模停電などがある。今まで分析してきたように、経済の諸データが物語ることは、2022年にかなりの確率で恒大集団の破綻が起きるということであり、それが有事へと発展する可能性が高いということだ。

 そういう不都合な事態は起こらない、つまり考えないことにしておこうという思考に、日本企業が立っていないことを祈るばかりである。安全保障有事であれ経済有事であれ、ひとたび発生すれば、従業員の安全を守り、迅速な国外退避をどう実行するのかという有事対応が求められることを指摘しておきたい。

エピローグ:中国モデルの構造的限界

 中国はグローバリズムという潮流に乗って、極めて短期間で経済大国へと昇りつめた。そして途上国型の経済から脱却する峠(転換点)に差し掛かって失速を始めた。中国の転換点は経済大国となった時に到来していて、トランプ前大統領による経済制裁とコロナ・パンデミックによる世界経済の落ち込みによって確定的になった。

 そもそも資本主義の世界で途上国モデルを効果的に活用して経済大国となったのだが、今後も高い経済成長を続けなければならない現実にこそ、中国経済が抱える本質的な課題が隠れている。

 それは、国内に構造的な課題を放置したまま経済が巨大化したため、課題が暴発しないよう抑制するために、経済成長ムードを演出してきたことにある。その課題とは、数億に上る農民工の存在であり、将来に絶望した多数の若者の存在であり、併合した自治区の少数民族に対する人権弾圧の歴史である。

 GDP成長を持続させるために、利用者が見込めないインフラを作り続けるという途上国型の経済運営はいつまでも続けられる筈がない。その政策が付加価値ではなく不良債権を作り出すようになった途端に、負債が雪だるまのように積みあがってゆくからだ。

 国家の体制がどのようなものであっても、テクノロジーは休みなく進歩し、社会を容赦なく進化させてゆく。情報を含めて国境を封鎖しない限り、その現実を政治体制は受け入れざるをえない。しかしながら、せっかく世界に通用するIT企業が登場したにも拘わらず、本来なら豊かな社会を作るためにむしろ好ましい変化であるにも拘らず、習近平政権は政治体制の維持を優先させてIT企業の台頭を抑圧する政策をとった。

 この判断は、近い将来に致命的な誤りとして歴史に記憶されるだろう。テクノロジーがもたらす社会の変革と、政治体制の維持が二律背反であるとしたら、必ずや政治体制が敗北する結末を迎えることになるであろう。

 総括すれば、転換点に立った時点で、中国は経済政策を転換すべきだったのだ。そしてこれまで放置してきた社会の構造的問題を改善する政策を講じて、その過程で新たな成長のエンジンを創造することが、中国社会の更なる発展のために必要な政策だった筈である。

 しかし習近平政権が実際にとった選択は、社会に真の豊かさをもたらすことではなくて、専制体制の維持を優先することだった。中国の限界は、専制主義という体制の維持を至上命題としている点にある。

 このように考えてくると、中国が抱える最も本質的な命題は、習近平の三選ではなく、中国が真に豊かな国家として成長できるかどうか、そのために政治体制を転換できるかどうかではないだろうか。

参照文献:

・『WORLD RESET 2021大暴落にむかう世界』、宮崎正弘、ビジネス社、2021.6.1

・Taiwan Voice、林建良

・『中国にやってくる個人破産申告者急増の時代』、近藤大介、JBPress、2021.7.20

・『電力不足、不動産デフォルト、IT企業規制の3大危機が中国経済を襲う』、エコノミストOnline、2021.11.8

・『中国で噴出している軍事力増強の歪み、訓練事故が相次ぐ』、矢野義昭、JBPress 2021.10.20

・『人民日報で対立、二つの声』、石平、産経新聞、2021.12.23

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