「思考停止の80年」との決別 第1部

(1)歴史を総括するということ

秩序崩壊しつつある国際情勢

 戦後国際社会の秩序を維持してきた枠組みが、ロシアによるウクライナ軍事侵攻によって瓦解しつつある。ウクライナ戦争がどういう形で終結するのか、現時点では何も予測できない。また中国経済が失速しており、今後社会の混乱がどこまで拡大するか、さらに台湾有事がどうなるか、これも予測できない。

 但し確実なことが一つある。それはウクライナ戦争を契機としてアメリカの弱体化が加速していることだ。それを象徴する事件がアメリカがロシアに対して科した制裁である。アメリカはロシアに対してドル決済を制限する制裁を科したが、ロシアはドルに依存しない二国間決済を拡大して対抗した。ロシアの動きに同調するように、BRICSやグローバルサウス諸国はドルに依存しない貿易決済を拡大しつつあり、制裁はドル覇権が揺らぐ結果を招いたのである。

 この国際情勢の変化は、日本に二つの課題を突き付けている。一つは、戦後ずっと日本は安全保障の要衝部分を「アメリカの傘」に依存してきたのだが、それを再検証する必要が出てきたことだ。他一つはこれから国際秩序をどうやって回復させるのか、そのために日本はどのような役割を果たすのかだ。

 戦後の日米関係は、安全保障の機能の内、核抑止と攻撃をアメリカに委ねて、日本は専守防衛に徹するという取り決めで維持されてきた。一方ウクライナ戦争ではアメリカはロシアとの直接衝突を避けて、ウクライナに対し武器を供与しただけで米軍を動員しなかった。このため、極東有事においてもアメリカは中国との直接衝突を避けて同様の対応をとるのではないかという疑念が生まれた。それは日本が前提としてきた「日本は専守防衛で攻撃はアメリカの役割」という前提が崩れることを意味している。

 有事に備える根本が最悪の事態に備えることであるとすれば、アメリカ依存を局限化し、基本的に自己完結で対処できる体制に大急ぎで転換しなければならない。何故ならアメリカが世界に冠たる1強だった時代が終ろうとしているからであり、過渡なアメリカ依存はむしろ危険な時代となったからだ。

 ウクライナ戦争では、安全保障理事会の常任理事国であるロシアが軍事侵攻の当事国だったため、ロシアの拒否権発動によって何も決められない事態を招いた。もしウクライナ戦争がロシア敗退の形で終結しなければ、国際秩序を無視したロシアの行動が既成事実として残ってしまうだろう。そうなれば同じく常任理事国である中国もまた、ロシアと同様の行動をとるのではないかという疑念が高まり、国際秩序のスキームが崩壊してしまうだろう。この危機に臨んで、国際秩序を再構築するために、日本の役割は何か、アメリカをどう補完するのか、日米関係はどうあるべきかについて、未来の姿を本気で考えなければならなくなったのである。

戦争の総括

 日本は太平洋戦争の敗戦を総括しないまま現在に至っている。敗戦後に「戦争の総括」に着手できなかったのはGHQによる占領体制があったからだ。しかし1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約が締結され、国会承認を経て1952年4月28日に公布されて、GHQによる占領体制は終了した。それから現在まで72年の歳月が流れたが、戦争の総括は未完のままである。

 占領体制は現在でも随所に残っている。余りにも現代の日本社会と一体化しているために、大半の日本人は気付いてさえいない。一例を挙げると、米軍横田基地周辺の空域は今でも米軍の管制下にあり、羽田空港を離発着する航空機は、横田空域を避けて飛ぶことを余儀なくされている。首都に米軍基地があり、世界でも超過密な羽田空港の周辺空域に、日本の航空管制権が及ばない横田基地という治外法権の空域が存在する現実は異常という他ない。

 かつて石原慎太郎都知事が精力的に取り組んだことがあったが、具体的な進展はなかった。また明治の時代に不平等条約と呼ばれた、『安政の五ヶ国条約』(領事裁判権、関税自主権)は、明治政府が周到で粘り強い手順を踏んで改定されたが、米英露仏蘭の五ヶ国と条約が締結されたのは明治維新10年前の1858年であり、それから領事裁判権を撤廃するまでに36年、関税自主権に至っては53年もの歳月を要している。

 サンフランシスコ平和条約から既に73年が経過しているが、日米同盟に係る不平等な取り決めは未だに撤廃されていない。これは日本側が精力的に行動しない限り一歩も進まない問題であり、政治家の不作為に他ならない。

 日本は太平洋戦争の敗戦という歴史的重大事件を総括し、教訓を明らかにして、それを現在の政治に活用するという当たり前のことができていない。GHQが去った後も現在に至るまで「GHQの洗脳」を受けた日本人が多く存在する。一例を挙げると、天皇陛下や総理大臣が靖国神社を参拝することに反対のキャンペーンを張る団体やマスコミが存在する。国家元首が戦争の犠牲者となった戦没者を慰霊することはどこの国においても至極当然の行為である筈だが、日本ではその論理が今でも通らない。これも異常という他ない。

 安倍元総理が言及していた「戦後レジームからの脱却」という言葉には、狭義と広義さまざまな解釈があるに違いない。いずれにせよ今も残る占領の遺構と洗脳を一掃して、真に独立した日本に相応しい、かつ現代社会に適合するものに作り換えない限り、「アメリカ弱体化の時代」に起きる危機に対処することは困難になるだろう。具体的には、占領政策によって作られた戦後体制、安全保障条約や地位協定などの日米同盟に係る取り決め、GHQが悪意をもって作り日本に押し付けた憲法、国内に多くある米軍基地、日本の文化・学校教育や精神に与えた影響などだ。

近代史を総括するということ

 歴史を総括することは容易ではない。日本の近代史を総括しようと思えば、図に示すように、時間軸での過去との因果関係、空間軸での国際社会との相互作用を考慮しなければならない。

 明治維新以降の近代史を論じるためには、幕末以前の歴史と明治以降の出来事との因果関係と、日本人が継承してきた資質や文化を境界条件とし、当時の国際社会との間で繰り広げられた相互作用を解読しなければならない。また当時の国際社会もまた歴史との因果関係の結果として存在していたことを無視することはできない。

 歴史の総括は本来歴史家の仕事である。私は専門家でも研究者でもないとお断りした上で、現在のリアルポリティクスを考えるために、可能な限りその全体像と変化を見る視点から、日本の近代史を俯瞰的に捉えてみたい。激変する国際情勢の中で、日本がどこに立ち、どこに向かうべきかを考えるためには、どうしても日本の近代史の総括が避けて通れないのである。

 総括するにあたって参照した資料は次の二つである。

   資料①:『憂国のリアリズム』、西尾幹二、ビジネス社,2013年

   資料②:『自ら歴史を貶める日本人』、西尾幹二と現代史研究会、徳間書店、2021年

高い視座からの俯瞰

 本題に入る前に、視座について触れておきたい。そもそも人類は宇宙船地球号の表面で活動している誠にちっぽけな存在に過ぎない。簡単な数値をもとに、その現実をイメージしてみたい。地球は秒速460m(赤道上)、つまり音速の2倍で自転しながら、秒速30kmで太陽の周りを公転している。さらに太陽系は秒速230kmで銀河系の淵を周回し、銀河系は秒速600kmで宇宙空間を飛翔している。ちなみに音速は秒速340m(気温15℃)である。

 我々人類は、この途方もない超高速で宇宙空間を飛翔する宇宙船地球号の表面で右往左往している存在に過ぎない。如何なる問題も、一度この認識に立って全体を捉え直すのがいい。何故なら、どれほど大きな問題だと思えるものも、なんと小さなことかと俯瞰して捉えることができるからだ。

 万物は流転するというが、日本も世界も地球さえも休まずに変化している。時間とは諸事が物理的に変化することと同義であり、歴史とは変化の軌跡が綴られた記録である。そして現在とは過去からの因果関係の連鎖の結果として存在し、今まさに変化が起きている現場に他ならない。歴史を総括するためには、この「時間、歴史、そして現在」という概念を念頭において考えるのがいい。何故なら観測者としての自分の視座を、観測される舞台から遠く離れたところにおくことによって、状況をより客観的に認識することができるからである。

 歴史は時間と空間を二軸とする座標系で、連続した変化として綴られている記録であるから、そこから特定の部分を切り取って論じることは意味がない。日本の近代は明治維新から始まったが、だからと言って時間軸で1868年以降を切り取り、空間軸で世界の中から日本だけを切り取って幾ら眺めてみても、本質は何も分からない。

近代史を俯瞰するにあたって

 日本の近代史は王政復古と文明開化を同時に成し遂げた明治維新に始まる。さらに日本の近代史を揺るがした大事件は、明治維新、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争の4つである。そして明治維新(1868年)から日露戦争(1904年~1905年)を経て太平洋戦争(1941年~1945年)までを近代史の前半、太平洋戦争から現在までを後半と括ることとする。

 近代史の前半は、司馬遼太郎が描いた物語に象徴されるように、ひたすら困難な坂を登って歴史的かつ世界的な勝利を勝ち取った明るい時代であり、後半は敗戦とGHQによる占領という苦難と屈辱から始まった時代である。そして、近代史の前半と後半の間には「明から暗に」変化する大きな屈折点が存在している。

 もう一つ近代史を俯瞰するにあたって注目すべきことがある。それは日露戦争に勝利して列強の仲間入りを果たしたところまでの成功物語の裏面で展開された欧米列強との相互作用に関する部分こそが重要だということだ。何故なら、その中にこそ近代史後半の失敗の原因が隠れているからである。特に、欧米列強の歴史、その背景にある宗教の影響と、思考と行動様式についての分析と洞察が重要となる。

 ところで我々日本人は、この近代史をどのように理解しているだろうか。ワイングラスを片手に、国際的な懇親の場に参加している場面を想定して欲しい。語学力の問題が全くないと仮定する時、我々は日本の近代史を外国人に対してどのように語ることができるだろうか。堂々と歴史を語る知見を我々は持ち合わせているだろうか。そのことについて学校で習ったことはあっただろうか。或いはその近代史を一遍の物語として記述している本はあるだろうか。

 残念ながら、答えは何れもネガティブであるだろう。占領の遺構と洗脳が一掃されないまま、78年間「ダチョウの平和」の戦後が綴られて、近代史の総括は現在まで棚上げされてきたからだ。

 未来を展望するためには、人類の近代史の中で日本はどこに立ち、如何なる役割を演じてきたのか、それは正しかったのか、もし正しくないとすればどこが誤ったのか、何故誤ったのか、ではどうすべきだったのかについて、全体像を巨視的に把握することがどうしても必要となる。過去を総括することなしに、また過去から教訓を学び取らずに、これからの進路を見定めることはできないからだ。

(2)「思考停止の80年」

日本民族・文明の根幹に係る問題

 日本は戦後78年を「ダチョウの平和」でやり過ごしてきた。近代史を総括してこなかった事実から、これを「思考停止の80年」と呼ぶことにする。「失われた30年」は経済の問題だったが、「思考停止の80年」は日本民族・文明の根幹に係る問題である。そして言うまでもなく、思考停止の起源は太平洋戦争の敗戦にある。

 この資料では、大東亜戦争と太平洋戦争という用語を使い分けている。「大東亜」という呼称については、戦前の昭和の、日本思想界の象徴的存在だった大川周明氏が、昭和14年に書いた著書「日本二千六百年史」の末尾に、次のように説明しているので引用する。

 ≪日本出兵の目的は、畏くも昭和12年9月4日の勅語に煥乎たる如く、一に中華民国の反省を促し、速に東亜の平和を確立せんとする。・・・東亜新秩序の建設を実現するために、獅子奮迅の努力を長期にわたりて持続する覚悟を抱かねばならぬ。東亜新秩序の確立は、やがて全アジア復興の魁である。全アジア復興は、取りも直さず世界維新の実現である。≫

 これに対して太平洋戦争という呼称は、文字どおりアメリカが仕組み、日本が追い詰められるように突入していった、太平洋を舞台として日米が衝突した戦争をいう。

思考停止の起源

 「思考停止の80年」を論じる上で、無視できないことが一つある。それは広島にある「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻まれている原爆記念碑である。私には、この碑文は「思考停止」を肯定し助長する碑としか読めない。何故なら「繰り返しませぬ」の主語が誰なのか、「過ち」とは何を意味するのか、敢えて曖昧にしているからである。そうすることで読み手に考えさせる狙いがあると言えばそれまでだが、原爆投下とさらにはあの戦争について、誰に何の誤りがあったのかをウヤムヤにし、戦争の教訓をウヤムヤにしてしまうという意味で決定的に間違っていると思うのである。

 それだけではない。この碑文は、アメリカが実行した民間人を標的とした原爆投下という非人道的な重大犯罪に対して、「黙して追及せず」という形で封印する札になっていることを指摘しておきたい。

 電気通信大学名誉教授の西尾幹二氏は、資料①の中で、次のように想いを語っている。

≪そもそも原爆を落とされた国が落とした国に向かって縋りついて生きている、こんな妙な構図がいつまで続くのであろうか。世界が首をかしげ理解できなくても、この病理にどっぷり浸かってしまっていて、苦痛にも思わなくなっている、この日本人の姿を、痛さとして自覚し、はっきり知ることがすべての出発点、何とかして立ち上がる出発点ではないかと思うのである。≫

今も残る占領体制

 『日本を取り戻す千載一遇の好機到来』で述べたように、現在の日本にはGHQの占領政策に起因する、凡そ独立国とは言えない不合理な遺構が随所に残っている。この事実から日本の現状は未だアメリカの占領下にあると断言せざるを得ないのだ。

 エドワード・ルトワックがウクライナ戦争に対し支援疲れに陥っているヨーロッパの現状を憂いて、「戦う文化」を喪失していると指摘している。他国の理不尽な振る舞いに対して敢然と立ち向かう意思を、日本人は敗戦と同時に喪失して現在に至っている。

 占領の遺構の例を挙げれば、必要と思われる以上に多くの米軍基地があること、不平等な日米地位協定が残っていること、思いやり予算の存在、横田基地との関係から羽田空港周辺に日本の管制権が及ばない空域が存在すること、アメリカ従属の外交政策等、広範囲に及んでいる。

 昭和20年9月にトルーマン大統領からマッカーサー連合軍司令官に対して『降伏後における米国の初期の対日方針』が示された。そこには「究極の目的」として、「日本が再び米国の脅威となり、または世界の平和及び安全の脅威とならざることを確実にすること」と明記されているという。

 誠に残念なことだが、この占領政策が暗雲のように戦後78年間日本を覆ってきた。何故未だに一掃できないのか。その原因は米国による占領政策が巧妙だったこともあるが、それだけでない。日本人自身が近代史を総括せず、暗雲を一掃する「戦う」行動を起こしてこなかったからだ。現代の日本人は日露戦争までは確かにあった武士道精神を喪失しているという他ない。

占領政策の呪縛からの開放

 西尾幹二氏は資料①で、「アメリカは欧米の暗い過去を隠すため、GHQの占領政策の中で『侵略したのは日本だ』というすり替えを行った。問題は、意図的に仕組まれた占領政策の呪縛から日本が未だに脱することができていないことだ。いい加減でこの状況から抜け出さない限り、日本という国家はいずれ消滅してしまう。」と警告している。

 戦後の日本人は、この事実を正しく認識せずに、「日本が悪うございました」と頭を垂れたまま78年が過ぎた。先に、広島原爆記念碑の碑文に対し異議を唱えたが、その理由はもう一つある。それは広島を訪れる多くの日本人に対し「この戦争の責任は戦争を始めた日本にある」と、さりげなくも巧妙に洗脳していると思うからである。極めて有害な碑と言わざるを得ない。

 高知大学名誉教授の福地惇氏は資料②で、「遅きに失した感があるが、ある目的のために歪められた歴史観を正道に糺さずしては、日本民族が独立主権国家として21世紀を毅然と生き抜くことはできないと、強く危惧せざるを得ない。」と指摘する。

 敗戦後、日本はいわゆる「空想的平和主義」に立ち、経済優先でやってきた。周囲のロシア、中国、そして北朝鮮までもが核兵器や長射程ミサイルを保有してきた現実には目をつむって、非核三原則の堅持を唱え、自衛隊が攻撃手段を持つことに頑迷に反対してきた。日本が性善説に立って物事を眺めようとする平和志向の民族であることは是非もないが、ロシアも中国も北朝鮮も、善意が通じる相手でないことは明らかだ。こうして相手には悪意があり、日本は善意に立つという矛盾に直面して、その先を理詰めで考えることを放棄する「思考停止」状態に陥ったと考えられる。

 しかし世界情勢は激変した。長期的な動向としてアメリカが弱体化の方向にある現在、このまま思考停止を続けることは致命的に危険であると認識を新たにしなければならない。日本は明治維新から戦後に至る近代史の全体の流れを、先入観に囚われることなく、客観的に総括することによって、占領の呪縛を解き放たなければならない。

日本を取り戻す千載一遇の好機到来

 アメリカ大統領選は、共和党の予備選挙で既にトランプ元大統領が33州の内31州で勝利して指名を獲得した。ロバード・ケネディ・ジュニア氏が無所属で出馬して3月26日に副大統領候補を発表するというニュースがあり、波乱要因となる可能性があるが、実質トランプ対バイデンの一騎打ちの構図となりそうだ。

トランプ第2次政権の政策

 3月22日の産経新聞紙面に、トランプ陣営の政策研究機関である「米国第一政策研究所(AFPI)」で外交政策を統括するフレッド・フライツ氏に対する古森義久氏のインタビュー記事が掲載された。トランプ第2次政権が誕生すれば、フライツ氏は安全保障政策を担う政権の要職に就任する可能性が高い。はじめに発言の要点を以下に紹介する。

安全保障政策全般

 トランプ氏の安全保障政策は「力による平和」であり、抑止のための軍事力の選別的な行使だ。軍事力の行使には慎重に同盟諸国と協力するが、同盟国側にも相当の役割を期待する。「強い米国」の再現を目指し、国防予算を大幅に増加すると同時に、同盟諸国の防衛負担を求める。

アジア太平洋政策

 トランプ次期政権はバイデン政権が軽視してきたアジア太平洋への政策を再強化する。中国を米国にとって最大の脅威であるとみなし、十分な軍事抑止力の保持と対話の両面の姿勢をとり、台湾への攻撃を抑制する方針だ。バイデン政権が放置してきた北朝鮮の核やミサイルの増強に対しては、軍事オプションを含めて強固な措置をとる。ロシアへの兵器供与を止め、一時は合意した核開発の停止を履行させる。

対日認識

 米国益優先という米国第一外交にとっても、アジア全域での経済や安保面の利益保持には日本との絆が決定的に重要と考えている。防衛面での絆の強化を基本とし、日本側とともに尖閣諸島に対する中国の軍事攻勢に共同で対処する誓約を明確にする。国務長官や駐日大使にも日本重視を認識する人材を充て、特に駐日大使は日本の内政に干渉などしない人物を任命するだろう。

NATOとの関係

 トランプ氏の米国内での人気を恐れる欧州のエリートやグローバリストが、最近NATO離脱などというネガティブな予測を語り始めたが、根拠はない。トランプ氏は在任中からNATO諸国の国防費の公正な負担(GDP比2%以上)を求めているだけだ。

 極めて明快である。トランプ氏の言動は短絡的に捉えられがちで物議を醸しているが、トランプ氏はリアリストでプロのディールを自認していることを考えると、フライツ氏が言うように、政策の基本にあるのは「強いアメリカを目指し軍事力を強化する。その行使には同盟国と慎重に協議し、同盟国に応分の負担を求める」というプリンシプルだ。

自民党の凋落と本来の使命

 翻って日本では、パーティ券収入の未計上という激震が自民党を襲っている。他方脅し文句にせよプーチン大統領が第三次世界大戦に言及するなど、国際情勢は第二次世界大戦以降で最大の危機に直面している。この国際情勢において、いつまでもスキャンダルな話題に埋没していれば、「自民党という政党は結局、終始『内向きの似非保守』だった。もはやゾンビ政党でしかない。」とみなされて、岩盤支持層からも見放されるだろう。

 ここで断言しておきたいことは、自民党を崩壊の淵に追い込んでいる主因は、「自民党は本当に保守政党か」という疑念だということだ。このままでは「保守政党としての自民党は安倍元首相が銃弾に倒れた時点をもって終わった」として歴史に記録されることになりかねない。

 視点を変えれば、崩壊の危機から復活するための唯一の道は、本来の保守政党に戻ること以外にはないということだ。その文脈で考えると、トランプ第2次政権の誕生は願ってもない千載一遇のチャンス到来となるだろう。そう考える理由を以下に述べる。

 日本経済はデフレからの脱却に向けてようやく一歩を踏み出したところであり、「失われた30年」と決別する光明が見えてきた感がある。同時に「戦後レジームからの脱却」を一気呵成に推進できる好機が到来する。フライツ氏が示唆するように、トランプ大統領は強いアメリカを志向しつつ国際秩序の再構築に取り組むだろう。

 但し、長期的な動向としてアメリカの覇権力は弱体化しつつある。ロシアのウクライナ軍事侵攻が象徴するように、アメリカの力が弱まれば専制主義国家による国際秩序を無視する行動が増加するだろう。ロシアや中国と対峙するために、アメリカは日欧との強い同盟関係を必要としている。

 一方、現在の日本には、戦後のGHQによる占領政策に起因する、凡そ独立国とは言えない不合理な制約が随所に残っている。戦後の政治家は当然その事実を知りながら黙認し棚上げしてきた。例を挙げれば、必要以上に多くの米軍基地があること、不平等な日米地位協定が残っていること、思いやり予算、横田基地との関係から羽田空港周辺に日本の管制権が及ばない空域が存在すること、アメリカ従属の外交政策等々だ。

 ここでトランプ第2次政権が抱える課題と、日本が歴史的に抱えている未解決な課題を同時に解決する道が拓けるのである。以下に説明しよう。

トランプ第2次政権において日本が果たすべき役割

 トランプ氏が進めようとするシナリオを実現させるには、日本が従来とは次元の異なる、一段と大きな役割を担う必要がある。そのためにはこれまで「支配-従属」だった日米関係を、「兄貴分-弟分」の関係にレベルアップすることが必須要件となる。トランプ氏は取引の達人を自負しているのであるから、彼の期待に応えつつ、現在も日米間に残る不平等な関係をまとめて解決するというディールを行えばいい。

 トランプ氏は日本がレベルをアップした役割を担うことを歓迎する筈である。またトランプ氏は戦後の「異形で不平等な日米関係」に対して、歴代アメリカ大統領の中で最もビジネスライクに考える人物と思われるので、現在も残るGHQの置き土産を一掃することに難色を示すことはない筈だ。成否は日本側のアプローチ次第だが、戦後レジームを一気呵成に解決する好機が到来する。

 日本は安全保障でのアメリカの同盟国に留まらず、経済・技術分野では強い協力関係にあり、さらに世界最大の債権国日本と最大の債務国アメリカという特別な関係にある。弱体化するアメリカを補完することは日本の国益にかなうばかりか、国際秩序を再構築するためにも、日本が担うべき役割である筈だ。

 トランプ氏が同盟国がより自立的に応分の役割を担うことを要求するのであれば、「相分かった。そのためにも戦後の異形な日米関係を正すことがお互いの利益となる。」と、トランプ氏とディールを行えばいい。ポスト岸田に求められる最優先かつ最重要の役割がここにある。

歴史を造るリーダーの要件

 問題はその大きな役割を担うことができる政治のリーダーは誰かということになる。岸田総理の次のリーダーには、その大役を担う資質と能力、加えて胆力が求められる。現状の危機から何とか抜け出して自民党の存続を図るというような、矮小な動機から次のリーダーを選ばれては迷惑極まりないことを一国民の立場から述べておきたい。

 ここでリーダーの資質を考える格好の事例として、トランプ氏とバイデン氏、二人の決定的な違いについて述べておきたい。鍵は『プリンシプルの有無』である。トランプ氏が目指すのは強いアメリカを実現することであり、思考はビジネス流儀で外交はディールを基本とする。

 フライツ氏のインタビューの中で興味深いのは、バイデン政策の失敗に関する分析である。「バイデン政権は軍事力を軽視し、気候変動への対処に重点をおく。その結果、アフガニスタンからの撤退の大失態に始まり、ロシアのウクライナ侵略、ハマスのイスラエル攻撃、中国の台湾への軍事威嚇など米国の力の弱体化を誘因とする騒乱が起きた。」と評している。的確な指摘であると思う。バイデン氏の政策にはブレがあり、相手の威嚇に躊躇して行動を一歩引いてしまう弱さがある。一言で評すれば、プリンシプルを持ち合わせていない政治家だということだ。その弱さが力を信奉するロシアや中国等の専制主義のリーダーに見透かされる。

 この構図は安倍元総理と岸田総理にもそのまま当てはまる。安倍元総理はプリンシプルを持ち合わせていたから、相手がトランプだろうがプーチンだろうが習近平だろうが、言うべきことは言い、相手を説得する強さを持ち合わせていた。「猛獣使い」と評された所以である。その資質こそがトランプ元大統領から一目置かれる信頼を勝ち取った理由でもある。残念ながら岸田総理にはそれがない。

 歴史観、世界観、国家観というものを持ち合わせていないのである。リーダーには二つのタイプがある。第一は絶対座標系で自己位置を認識し、進路を見定めて意思を持って対策を講じるリーダーであり、第二は相対座標系で周囲の人との間合いをとりながら応手を模索するリーダーである。

 絶対座標系で思考するリーダーは、歴史観、世界観、国家観を羅針盤とするが故に思考がブレないし、相手の脅しや駆け引きにも動じない強さを持っている。それに対して相対座標系で思考するリーダーは、相手に対する斟酌や忖度を優先するから、打つ手に一貫性がなくなりぶれて妥協的になる弱点がある。

戦うことを忌避しない

 戦略家エドワード・ルトワックは、3月23日の産経新聞に『欧州は戦いの文化取り戻せ』と題して寄稿している。重要な論点が含まれているので要点を引用したい。

 ≪欧州では昔から戦争が頻発し、濃密な「戦いの文化」があったが、こうした文化は欧州の多くの国々で今や完全に死滅した。それでもロシアに近接する北欧諸国は「戦いの文化」を失わず、徴兵制を維持してロシアとにらみ合う。英国もロシアへの強硬姿勢を堅持し、既に少人数の英軍要員をウクライナに派遣している。

 一方で、ドイツやイタリア、スペインといった欧州の大国では誰も徴兵制について語らず、ウクライナ派兵にも否定的だ。何故ウクライナに軍を派遣しないのかとイタリアのクロセット国防相に訪ねたところ、「そんなことをすれば与党内で反発が出て政権は倒れる」と反論したという。

 「戦いの文化」を維持するプーチン体制の攻勢に晒されるウクライナに残された時間は少ない。そして欧州も目を覚ます必要がある。第一次世界大戦後の間違った戦争忌避志向がヒトラー率いるナチス・ドイツの台頭を許した歴史を繰り返してはならない。≫

 この指摘は、現代の西欧諸国を蝕んでいる二つの深刻な課題の存在を示唆している。一つは平和が脅かされている状況にありながら、戦争を忌避する政治リーダーであり、他一つは西欧社会を覆うポピュリズムである。スキャンダルな事件で右往左往している日本はさらに深刻な状況にあるという他ない。

 ウクライナとポスト・ウクライナの欧州情勢を展望すると、専制主義のプーチン大統領のウクライナ侵攻を成功させないために西側諸国がとるべき行動は、戦争をも辞さない断固たる姿勢をプーチンに示すことに尽きる。現状を米欧日のリーダー対プーチンの心理戦として捉えれば、「どうせ西側にはロシアに戦争を挑む度胸はない」とプーチンは腹を括ってきた。「核兵器を使うことも辞さない」という脅し文句を繰り返して、欧米日のリーダーをたじろがせる戦術をとってきた。即ちこの心理戦ではプーチンが明らかに優位に立っていると言わざるを得ない。

 この構図を反転させない限り、国際法を無視し国際秩序を瓦解させたプーチンの暴走を止めることはできないだろう。現在までの状況は、専制主義対民主主義の戦いにおいて、民主主義であることが弱さになる危険性を物語っている。言い換えれば、国際秩序を回復するために西側諸国がとるべき行動は、米欧日の一層の団結など、民主主義であることの強さを示すことに他ならない。

マクロン大統領が示した矜持

 マクロン大統領は2月26日に「ウクライナでロシアを倒すことは欧州の安全保障にとって不可欠だ」と述べ、西側の地上部隊をウクライナに派遣する可能性について「合意はないものの、何も排除すべきではない」と述べた。さらに「今日は、地上部隊の派遣について、公式に了解され承認されている形での合意はなかったものの、その動きについては、何も排除するべきではない。ロシアがこの戦争に勝てないよう、我々はあらゆることをする」と発言した。

 ショルツ首相が翌日慌てて「欧州諸国やNATOが派兵することはない」と明確に否定すると、マクロン大統領は3月5日にプラハでウクライナ支援について「臆病者にならないことが必要な時期が近づいている」と強調し、部隊派遣を巡る自身の発言についても取り下げなかった。マクロン大統領の頭にあるのは、「この戦争、ロシアを勝利者にしてはならない」という信念である。実際に派兵するかどうかは別として、専制主義者に対して一歩も引かない姿勢こそが、有事に臨む政治リーダーに求められる資質であることを物語るエピソードである。

エピローグ

 今国際社会は秩序のタガが吹き飛んでしまった状態にあり、このカオス状態を収める方法と実行するリーダーが不在のまま漂流している。この状況で、もしトランプ第2次政権が誕生すれば、世界がその一挙手一投足に注目して一旦行動を停止する状況が生まれる可能性が高い。好きか嫌いかは別として、このカオス状態の中で秩序を再構築できる一つの可能性として、トランプ再登板が期待されることは間違いない。

 ロシアのウクライナ軍事侵攻が起きた理由の一つは、アメリカ覇権の力が弱体化したからだ。国際秩序を保持するために、アメリカの力が今少し必要であることを世界は認識を新たにした筈だ。専制主義に立って武力を行使する国家が存在する以上、それを抑止できる力を保持する国家がリアルポリティクスとして必要なのだ。アメリカ第一主義を掲げるトランプ氏がアメリカの力を強化して国際秩序の再構築に挑むとすれば、同盟国として欧州と日本はそれを全力で支えなければならないだろう。

 日本にとってそれが死活的に重要な理由は、その役割を担うことこそが「戦後レジームからの脱却」を一気呵成に推進できる道であることだ。そのために今日本が必要としているのは、そうした本来の保守としての任務を断固として推進してゆく信頼に足る政党の出現であり、有事のリーダーの登場に他ならない。 結党以来の危機に直面して、もし自民党首脳部が古色蒼然たる人事で乗り切ろうとするのであれば、志ある政治家にはさっさと自民党に見切りをつけて本来の保守政党を結成するくらいの気概を見せてもらいたいと思う。これは自民党にとっての正念場ではなく、尊厳ある日本を取り戻せるかどうかの正念場であることを政治家にはよくよく考えて欲しいものだ。

安倍元首相が蒔いた種

はじめに

 はじめに、凶弾に倒れた安倍晋三元首相に対し、心から哀悼の意を表します。

 6月9日に執り行われた石原慎太郎さんお別れの会で、発起人代表を務めた安倍元首相(以下、安倍首相)は「本当にさびしい思い。石原慎太郎がいない世の中、つまらなくなるなぁ…」とスピーチされた。それから僅か1か月後にその安倍首相が急逝するとは、一体誰が予測し得ただろうか。「安倍晋三が居ない世の中、つまらなくなるなぁ」、日本は今そういう局面を迎えた。

 「安倍首相凶弾に倒れる」の報を聞いたとき、瞬時に歴史上の二つの事件が頭に浮かんだ。一つは1868年の京都で起きた坂本龍馬暗殺事件であり、他一つは1963年にダラスで起きたケネディ大統領暗殺事件である。坂本龍馬は薩長が進める武力討幕を阻止し戦争を回避するために、将軍徳川慶喜による大政奉還を、土佐藩家老だった後藤象二郎を動かして画策していた。そして徳川慶喜が大政奉還を決断した直後に、あたかも役割を終えて天に召されるように生涯の幕を閉じたのだった。

 米欧のメディアは今回の事件を「銃撃され死亡した(was shot and killed)」ではなく、ケネディ大統領暗殺事件と同様に「暗殺された(assassinated)」と報道していた。ケネディ大統領暗殺事件は、リー・オズワルドによる単独犯行とされたが、現在でも複数の陰謀説があって白黒ついていない。

昭恵夫人の挨拶

 安倍首相の葬儀は芝の増上寺で7月12日に執り行われた。昭恵夫人は「まだ夢見ているようです。」と切り出され、続けて喪主として次のように挨拶をされたという。

 「父、晋太郎さんは首相目前に倒れたが、67歳の春夏秋冬があったと思う。主人も政治家としてやり残したことはたくさんあったと思うが、本人なりの春夏秋冬を過ごして、最後の冬を迎えた。種をいっぱい蒔いているので、それが芽吹くことでしょう。」

 これは刑死を目前にした吉田松陰が、「私は後来(将来)の種子」として未来につながっていくと同志に呼びかけたという史実を踏まえた発言であることは言うまでもない。(産経7月14日、阿比留瑠比記事から引用)

 一般に歴史的な大事業は、種を蒔く人、大きく育てる人、収穫する人が入れ替わるように登場して実現されてきた。安倍首相もまた「多くの種」を蒔いて急逝された。遺志を継いで道半ばの大仕事を完遂する継承者の登場を願うばかりである。

誰に対するメッセージか

 しかし何という清々しい挨拶だろうか。岸田首相をはじめ列席する多数の政治家を前にしての挨拶だったのだが、これは一体誰に対するメッセージだったのだろうか。飽くまでも勝手な想像に過ぎないが、故人に対する心からの賛辞と慰労の言葉であると同時に、残された自分に対する激励であったように思う。それだけではなく、安倍首相の遺志を継いでゆく政治家に対する戒めでもあったのではなかっただろうか。

 現実の世の中がどんなにか愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても、「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」マックス・ウェーバーの言葉である。安倍晋三という政治家はそういう人だった。(産経7/9、阿比留瑠比記事から引用)

 世界の多くの政治家や識者が安倍首相に対してこの上ない賛辞を寄せている。しかも外交辞令を超越した心からのものが多い。その幾つかを紹介しよう。

 ジャーナリストで、スタンフォード大学講師のダニエル・シュナイダーは、「安倍氏が日本の政治から消えたことでアメリカの識者が危険だと恐れる瞬間が見えてくる。同氏の暗殺は、ヨーロッパが戦争状態にあり、中国が挑戦的な態度を見せ、アメリカの政治と信頼への疑問が生まれる中、日本の未来に対する信頼を揺るがしかねない。」と述べている。(東洋経済オンライン7/11)

 また、マサチューセッツ工科大学の教授で政治学者のリチャード・サミュエルズは、「安倍氏はアジアにおける日本の新しい地図を残した。そこでは、日本が世界の中で果たす役割はより確かなものになっている。」とし、「私は今回の暗殺が日本を軌道から外すようなことは心配していない」とする一方で、「自民党内で安倍氏の後継者、もしくはそうなれる準備ができた人物はいない。現時点で明らかな後継者はいない。」と述べている。(同上)

 さらに米上院は7月20日に安倍首相をたたえる決議案を全会一致で採択した。安倍氏を「一流の政治家で民主主義の価値の擁護者」として評価し、「日本の政治、経済、社会そして世界の繁栄と安全保障に消し去ることのできない足跡を残した。」とした。(産経ニュース7/21)

安倍首相が蒔いた種

 安倍首相が取り込んだ命題は、一言で言えば「日本を取り戻す」ことだった。安倍首相が在任中に取り組んだこと、成し遂げたことのビッグスリーを、国内と国際社会の二つの舞台に分けて整理した上で考察を加えたい。

 国内のその1は、2013年6月14日の「日本再興戦略」で提唱したアベノミクスと「三本の矢」である。その2は、2013年に「国家安全保障会議設置法」と「特定秘密保護法」を成立させ、それに基づいて国家安全保障会議を設置し、その事務局として国家安全保障局を内閣官房に設置したことである。そしてその3は、2015年に10本の法律を一括して改正する平和安全法制整備法案を成立させ、集団的自衛権の行使を可能としたことである。

 何れもが今後迫りくる危機に対して大急ぎで体制を整備しようとした強い意思とリーダーシップのもとに成し遂げられたことだった。安倍首相が先見の明があったと評される所以である。

 世界のその1は、2013年1月の所信表明演説で「地球儀を俯瞰する外交」を打ち出したことと、それと前後して現在FOIP(自由で開かれたインド太平洋)、QUAD(日米豪印戦略対話)として定着した枠組みの原形を作ったことである。その2は、2016年5月にオバマ大統領と広島を訪問し、同12月には二人で真珠湾を訪問して、両国間に残っていた戦後の軛を解消したことである。2013年2月にアメリカ連邦議会で行った演説と合わせて、戦後レジームからの脱却の第一歩を力強く踏み出したのだった。そしてその3は、2016年11月に大統領就任前のトランプ氏を電撃訪問して特別な信頼関係を構築し、その後の国際社会における欧米の橋渡し役を担う布石としたことである。

 大半の政治家が国内政治に終始するのに対して、安倍首相は国際社会の大舞台で稀有な役割を演じた政治家だった。日本の役割に留まらず世界のリーダーとしての役割を担ったことが、世界の政治家が高く評価している理由であることは言うまでもない。

 櫻井よしこは産経7月10日の紙面で、「我が国は604年の十七条の憲法制定から民を大切にし、争い事の裁きでは公正さを重んじた。それから約1300年後、明治政府は五箇条の御誓文を国是とした。民主主義の精神をわが国は外国から輸入したのではなく、自ら育ててきたのだ。日本国の歴史的事実を誇りとし、穏やかながら雄々しい文化を身につけた安倍氏だったからこそ、国際社会ではどの国の指導者にも位負けしなかった。」と追悼の賛辞を述べている。

 但し良いことずくめではなかった。『円安から日本を考える』に書いたとおり、安倍首相は経済成長とPB(プライマリーバランス)の二兎を追ったために、アベノミクスは期待通りの成果を出せなかった。また、戦後レジームからの脱却を提唱し続けたが、憲法改正に象徴される国内問題は未完に終わった。

参院選で国民が託したこと

 事件の翌日7月10日に参議院選挙が行われた。選挙結果は次のとおり総括されるだろう。カッコ内は(改選前議席→改選後議席)を示す。

 ①自民党が大勝(111→119)し、維新の会が躍進(15→21)した。一方で、立憲民主党が大きく議席を減らし(45→39)、公明党(28→27)、共産党(13→11)、国民民主党(12→10)が議席を減らした。

 ②総じて言えば、保守政党が躍進しリベラル政党が後退したということだ。

 ③この結果、改憲勢力が2/3を上回り憲法改正の基盤ができた。自民党+公明党+維新の会で154→167。国民民主党を加えれば166→177。ちなみに2/3は166以上である。

 大事なことは、大勝した自民党に国民が託したことは何かだ。安倍首相が取り組んできたことから考えれば、最大の命題は「豊かな社会、強い国力」を取り戻せということに尽きるだろう。『円安から日本を考える』に書いたとおり、日本は未だに「失われた30年」の後遺症の中に埋没している。国民の実感で言えば貧しくなったままなのだ。「豊かな社会、強い国力」を取り戻すことは、諸々の社会問題を大きく改善する基盤対策であるだけでなく、国際社会で大きな役割を果たすための必須要件でもある。

 維新の会代表の松井一郎はZAKZAK7月14日の紙面で、『恐るべき先見の明があり人を包み込む人柄だった安倍首相、参院選は議席倍増も野党としては完敗』と題した記事を投稿して、安倍首相を追悼し参院選の結果を総括している。

 「野党の中でも、立憲民主党や共産党などは議席を減らした。ロシアや中国による軍事的覇権拡大が進むなど、日本を取り巻く安全保障環境が悪化するなか、「憲法改正反対」「非核三原則堅持」といった昭和の考え方では、国民の生命や財産は守れない。」

 「今回の参院選の期間中も、中国とロシアの海軍艦船は協力するように、日本列島を一周するなどして恫喝・威嚇してきた。わが国が平和と安定を維持するためにも、憲法改正や防衛力強化について、令和の思考でタブーなき議論をしなければならない。それを妨害するような政党は、政治家や政党の仕事をサボっているとしか言いようがない。」

 誠にこのとおりだと思う。日本は過去30年間経済成長から取り残され、欧州では戦争が起こり、米中対立は険しさを増している。安全保障においても経済においても、現在の日本は戦後最大の危機に直面していると言わざるを得ない。

 自民党が自公連立に安住している限り、安倍首相が蒔いた種を大きく成長させることはできないばかりか、激変する国際情勢に備えて国力を強化してゆくことは困難だと言わざるを得ない。自公連立自体が戦後レジームなのだと捉えて一旦白紙に戻し、迫りくる危機を乗り越えるために、強い保守勢力を再結集する位の政治のイノベーションが必要だ。20世紀の不毛の論理にしがみ付く政治家には、「平和ボケの時代」と共に歴史の中に退場してもらいものだ。

戦後レジームからの脱却、二つの相克

 3月にロシアがウクライナに侵略してヨーロッパで戦争が始まった。戦後レジームは従来日本国内の課題として認識されてきたが、この戦争は国際秩序に関わる戦後レジームの限界を提起した。その結果、戦後レジームには国内外に二つの相克があることが明白となった。

第一の相克

 第一の相克は、ウクライナ戦争が長期化したことによって、ウクライナ対ロシアという構図は、NATO対ロシアの様相が強まり、さらには民主主義対専制主義の対立へと拡大してきた。同時に現在の安全保障理事会の常任理事国に専制主義の露中が名を連ねているために、両国が関わる紛争に対して安全保障理事会は無用の長物と化したことが露呈した。

 戦後レジームの再構築に関しては、もう一つ重要な点がある。それは対二次世界大戦の敗戦国という十字架を背負ってきた日本とドイツの立場を一変させたことだ。激変する世界情勢において、さらに民主主義国対専制主義国の対立の構図において、経済大国である日独に対する期待と役割が過去になく高まっている。

 安倍首相は、「地球儀を俯瞰する外交」を唱えて、国際社会が直面する課題に日本が深く関与する外交を展開した。ウクライナ戦争後の世界秩序をどう回復するのかという大きな命題に関して、日独にはコアプレイヤーとして振舞うことが求められていることを肝に銘じる必要がある。

第二の相克

 第二の相克は国内問題に関わる。「骨太の方針2022」をまとめるにあたって、積極財政派(代表安倍首相)対緊縮財政派(代表岸田首相)の間で激しいバトルがあったことは、『円安から日本を考える』に書いたとおりである。

 骨太の方針2022は、積極財政派と緊縮財政派の双方が、相手の主張を無効にする文言を盛り込んだ形となっているために、年末の予算編成においてバトルが再燃することが必定である。ここで肝に銘じるべきことは、アベノミクスが看板倒れに終わった原因が、経済成長と財政再建の二兎を追ったために、財政出動が中途半端となったことと、二度に及ぶ消費税増税が国民生活を直撃して消費マインドを冷やしてしまった事実である。積極財政派の要だった安倍首相が居なくなった結果、もし岸田首相率いる緊縮財政派が盛り返して、再び経済成長と財政再建の二兎を追う、最悪の場合増税という展開になれば、日本経済は壊滅的な打撃を被ることになるだろう。岸田政権が増税に走らぬよう、監視の目を怠るべきではない。

終わりに

 以上述べてきたように、安倍首相が蒔いた種、即ち後継者に託された宿題は次の三つに集約できる。

 1.「豊かな社会、強い国力」を取り戻す

 2.憲法改正を含む戦後レジームからの脱却

 3.ウクライナ戦争の終結と復興を含めて、国際秩序の再構築に主体的役割を果たす

 ウクライナ戦争が長期化した現在、その早期終結と国際秩序の再構築が世界レベルの課題として浮上している。前述したように、国際秩序の再構築とは「戦後レジーム」からの脱却に他ならない。安倍首相が道筋をつけてきた大仕事であり、日独が果たすべき役割は大きい。しかもその取り組みは中国の暴走に対する抑止力として働くことを忘れるべきではない。

 その役割を担い、やるべき使命を果たし、そのための能力を獲得することが、安倍首相の遺志を継ぐことである。それを可能とするためにも、「失われた30年」にケリをつけて、「豊かな社会、強い国力」を取り戻すことが必達命題となるのである。大局の道筋は安倍首相が作ってきた。岸田首相はじめ安倍首相の遺志を継ぐ政治家の役割は、安倍首相が種を蒔いてきたこの大仕事を完遂させることにあるのではないだろうか。

NATO外交の限界

 ウィグル人に対する中国の非人道的な行為(人権弾圧、民族浄化等)に対し、欧米を中心に非難と制裁の声が高まっている。これに対する加藤官房長官と外務省幹部の発言を産経新聞が3月29日に報じているが、これを読んで唖然としたのは私だけではないだろう。

 加藤官房長官曰く、「わが国の制度は人権問題のみを直接の理由として制裁を実施する規定はない。」外務省幹部曰く、「欧米から日本は何故制裁をしないのかとの声は特段寄せられていない。・・・日本の人権外交は対話でメッセージを伝え、相手国の判断に影響を与えてゆくものだ。」

 この人達は一体何を考えているのだろうかと思わざるを得ない。お二人の発言を簡潔に言えば、官房長官は「規定がないから人権外交はやらない」といい、外務省幹部は「欧米から要請されていないから制裁はやらない」ということだ。共通していることは、「日本国としてどうすべきか」については意見を述べずに、それぞれの立場での「やらない言い訳」を述べたことである。

 そもそも新たな事態に対処する規定はなくて当然であって、必要に応じて作ればいいだけのことだ。また欧米から要請がないからやらないという発言は、「日本の外交はアメリカに追随すればいい。」という本音を吐露したものだろうが、外交とは日本の国益を追求するためにあるのではないのだろうか。

 NATOという言葉がある。周知の「北大西洋条約機構」ではない。「No Action, Talk Only」の略で、言葉だけで行動を起こさない日本政府に対する揶揄だ。

 振り返ってみれば、尖閣諸島における中国の傍若無人な行動に対する政府の対応は終始NATOだった。その結果はどうだったか。外務省幹部が言うように、中国政府の行動に影響を与えただろうか?答えはノーだ。むしろ日本がNATOであることを見抜いた上で、中国は着々と行動をエスカレートしてきた。政府がNATOに徹して本来講じるべき措置をとらずに、前線で防戦している海上保安庁に必要以上に厳しい対応を強要してきた現実に眼をつむるべきではない。

 NATOは政府だけの問題ではない。大手メディアも同じだ。ウィグル人に対する中国の非人道的行為について、被害者となったウィグル人の声を産経新聞は連載で報道しているが、大手新聞社の多くとNHKは、日頃から中国政府に忖度した報道を行ってこなかっただろうか。

 その遠因は、1972年の日中国交正常化にあたり、日中間で外交原則と日中記者交換に関する協定を締結したことに遡る。1968年に周恩来が発表した談話には、①中国共産党政府に不利な言動を行わない、②日中関係の妨げになる言動を行わない、③台湾独立を肯定しないことが明示されている。この協定は国交正常化によって廃止され、新たに「日中両国政府間の記者交換に関する交換公文」が交わされたが、その内容は公開されていないようだ。

 産経新聞は1968年に記者が中国から国外追放されて以降、北京に駐在員が居ない状態が続いたが、1998年に31年ぶりに北京支局を開設している。

 1989年4月に天安門事件が起こった。追放された産経以外のメディアがどう報じてきたかを分析すれば、記者交換協定の内容が維持されていたかどうかが分かるに違いない。一方、産経新聞は天安門事件後に支局を開設したが、中国に対する批判報道を抑制した形跡は見当たらない。現在も続く中国に対する批判報道の抑制がメディア各社の自発的な判断によるものか、それとも日中間の合意が今でも存在するのかは明らかではない。

 ウィグル人に対する中国政府のジェノサイドを現地からいち早く報道したBBCは、中国当局から圧力や脅しを受けて北京の特派員と家族が台湾に移動したことを3月末に発表した。中国による締め付けが強化された結果、北京から台湾に取材拠点を移した外国メディアは、昨年1月~今年3月末までに21に上るという。

 中国による非人道政策の実態をありのまま国民に伝える役割を担うか、それとも中国からの報復を恐れて国民に歪曲された報道を提供し続けるのか、報道機関の選択肢は二つあるだろう。但し、もし真実を報道する役割を放棄するとなれば、それは報道機関の自殺に他ならない。

 冒頭の話題に戻ろう。日本政府が本来とるべき思考過程は次のようなものだろう。第一に、国益の追求と国際社会における役割を果たすために、日本はどう対応すべきかを考える。第二に、もし実行の障害となる制度上の制約があれば、それを可能とする方法を考える。第三に、それを実施した場合の相手国のリアクションを考える。そして第四に、リアクションに対する対策を考える。

 加藤官房長官も外務省幹部も、この当たり前の思考過程を踏んでおらず、歴史的観点から考えると、お二人の発言は日本の国益を損ねていると言わざるを得ない。

 今後中国と西側民主主義国の対立はさらに厳しくなってゆくことが予測される。人権を蹂躙する中国には開催資格がないという理由から、来年冬の北京オリンピックをボイコットすべきだという世論が国際社会で台頭している。もしボイコットが実現すれば、または北京オリンピックが無事に終了すれば、香港や南シナ海を奪ったように、中国が台湾を力づくで奪いに行くリスクが高まるだろう。対立と危機が深刻化してゆく中で、もし日本がNATOに終始するならば、欧米や東南アジア諸国は日本に完全に失望するだろう。当然のことながら、NATOを転換しないままではクワッド(日米豪印四ヶ国による安全保障と経済を協議する枠組み)もファイブアイズ(英米加豪ニュージーランドによる機密情報共有の枠組み)も「お話し」で終わるだろう。それでいいのだろうか。

 安倍前首相は、就任前に「戦後レジームからの脱却」を唱えていた。果たして「戦後レジーム」とは一体何だったのだろうか?

 国会議員も政府関係者も「日本に何ができるか」の前に「日本は何をすべきか」を考えるべきだ。「何をすべきか」を考えれば「何が障害なのか」が明らかになり、憲法改正を含む制度の改正が不可欠だという結論に至る筈だ。現在できない理由に囚われない自由な発想と自律性を取り戻すことこそ、「戦後レジームからの脱却」の一丁目一番地ではないだろうか。

 総じて、日本は変化や軋轢を忌避する結果、現状維持志向が強い。この特質が中国や韓国に対する過渡に腰が引けた対処の原因であり、その結果状況はさらに悪化し、日本の国益を損ねている。菅首相は昨年10月26日に行われた所信表明演説を、「・・・そのため、行政の縦割り、既得権益、そしてあしき前例主義を打破し、規制改革を全力で進めます。」と結んでいる。この言葉にウソがないなら、菅首相は加藤官房長官の発言を咎めるべきだろう。

 国の豊かさも一億総活躍社会の実現も、そして国際社会からの信頼も、危機に立ち向かう行動からしか生まれないことを肝に銘じるべきである。眼の前に楽な道と困難な道が二つあるのなら、躊躇なく困難な道を選ぶべきである。困難を可能とするイノベーションこそが国を強くし豊かにするからだ。 「戦後レジームからの脱却」は、イコール憲法改正でもなく、憲法改正から着手することでもないだろう。NATOと揶揄されない、危機に対し毅然と行動するマインドを取り戻すことから始めるべきである。憲法改正はそのための手段ではなく結果なのだと肝に銘じるべきだ。