戦後政治を改めるとき

トランプ大統領が目論むシナリオ

 トランプ大統領は国際社会の戦後体制をスクラップ・アンド・ビルドしつつある。この動きは冷戦後のアメリカ一強体制の終焉を意味する。トランプ大統領が目論むシナリオは概ね次のようなものだろう。

〔認識〕国内の分断とアメリカの弱体化が進んでいる。何れもこれ以上放置できない。

〔緊急対処1〕分断と弱体化をもたらした勢力(リベラル全体主義、ディープステートなど)を国内外から一掃する。

〔2〕連邦政府の無駄な支出を徹底的に削減する。

〔3〕不法移民を国外に追放する。

〔方針1〕戦後アメリカが維持してきた二つの覇権(軍事、通貨)の内、軍事覇権を放棄する。

〔2〕今後、欧州はEU/NATOに委ね、中東はイスラエルに委ねる体制を作り、アメリカはアメリカ大陸に引き籠る。

〔3〕中国はアメリカを脅かす唯一の脅威であり、今後は中国対処に力を集中する。

〔対策1〕第一に、双子の赤字(貿易赤字、財政赤字)の進行を食い止める。そのために即効性のある手段として関税政策を実行する。

〔2〕手段を尽くして中国の挑戦を退ける

〔3〕MAGA実現のためにドル覇権を維持する。ドルに代わる決済通貨を作ろうとするBRICSの動きを断固として阻止する。

 この中で対策の〔2〕と〔3〕は未だ顕在化していない。

 但し、トランプ大統領の思惑通りに進む保証はない。そう考える主な理由は三つある。

 第一に、ここまで進行した産業のグローバル化を元に戻すことはできない。中国から輸入してきた生活必需品を一時は排除できても、アメリカにはそれを自国で生産する基盤がない。

 第二に、如何なる手段を講じようとも、国内の分断の修復も、アメリカとBRICS諸国の対立回避もできないだろう。物理学の「エントロピー増大の法則」が示すように、放置すれば秩序が混沌に向かうことは自然の流れであり、混沌を再び秩序化するのは不可能である。

 第三に、アメリカが軍事覇権を放棄すれば、基軸通貨ドルに対する信認が低下し、ドル覇権体制の崩壊が進行する。

世界は多極化に向かっている

 国際情勢解説者を自認する田中宇氏は、4月22日付の「国際ニュース解説」の中で、『トランプが作る新世界』と題して世界は多極化に向かうとの自説を展開しているので、要点を紹介しよう。(資料3)

 <欧州とウクライナ戦争は英国と欧州に委ね、中南米はカナダとグリーンランドを含めてアメリカが地域覇権国となる圏に入り、中東はイスラエルを軸に再編される。アフリカは既にBRICSの傘下になりつつあり、東南アジアは米国から中国の影響下に移っており、南アジアはインドの勢力下に再編されるだろう。>

 <この変化の中で、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドは独自の影響圏を形成せず中国覇権下に入ることも拒むだろうが、アメリカは従来の対米従属を望まない。>

 現在メディアの関心事は専ら関税戦争の行方に集中しているが、相互関税の発動は、トランプ大統領が目論むシナリオの第1段にすぎない。既に述べたように、今後トランプ大統領の思惑通りに進むとは限らないが、アメリカの覇権体制が終わり、世界が多極化に向かっている潮流を止めることはできない。

戦後政治の致命的な欠陥

 前段で述べたように、喩えればM9級の巨大地震や大規模な火山噴火に匹敵する、地殻変動級の変化が世界で進行中である。やがて日本人の覚悟が問われる事態が東アジアで起きるだろう。日本は南海トラフ対応だけでなく、その危機事態に対する備えを万全にしなければならないのだが、戦後80年に及ぶ「平和ボケ」政治が手かせ足かせとなって立ち塞がっている。

 (株)大和総研名誉理事の武藤敏郎氏は4月25日の産経新聞紙面上で、『漂流する世界秩序、トランプ大統領登場の背景と影響』と題した対談の中で、戦後政治の深刻な問題点について次のように指摘している。(資料1参照)

 <米国は目的が非常にはっきりしており、目的達成のための行動、「合目的」的な行動を取る。場合によっては手続きも省略する。(これに対して)日本は「やるべきこと」が分かっていても、手続きが適切かどうかに関心が集まる。「結果がよければ良い」というのは絶対に認められない。>

<「失われた30年」において日本がしたことは徹底的な金融緩和と財政出動だった。カンフル剤を打っただけで本当の病巣は摘出しなかった。それでも「低賃金、低価格、低成長」という「ぬるま湯」のような経済に、政界、経済界、労働界とも安住し、血が流れる「構造改革」には手をつけないまま、時間だけが過ぎていった。この時間のロスが今の日本の大きな問題である。>

 典型的な失敗例をもう一つ上げよう。それは安倍首相が実施した二回の消費税増税である。安倍首相は消費税増税には反対だったにも拘らず、民主党野田政権時の与野党合意に縛られて、自らの信念を曲げて増税に踏み切ったのだった。

 この二つの事例は戦後政治に巣くう致命的な欠陥を象徴している。即ち「目的を明らかにして戦略を練る」思考をとらず、「過去からの継続性の中で対症療法を模索する」結果、抜本的な対策を講じられないという欠陥である。

 コラムニストの乾正人氏が、同じ4月25日の産経の紙面に、「安保タダ乗り論を持ち出して、在日米軍の駐留経費を日本がもっと負担せよ」と圧力をかけているトランプ大統領への対応を「恥」と断じている。(資料2参照)

 <戦後80年を経て未だに首都に広大な米軍基地があり、関東の西半分の空域を外国が管理しているのは恥としか言いようがない。・・・幸か不幸かトランプは、日米安保体制の根本的な見直しを迫っている。ピンチはチャンスだ。米軍への思いやり予算を増額するのは、下策中の下策。横田基地に限らず、多くの米軍基地を自衛隊基地とし、自衛力を強化すればいい。(さすれば)駐留米兵は激減し、米国の負担は劇的に減少する。>

 言うまでもなく、戦後政治80年の歴史における最大の汚点は未だに戦後レジームを払拭できていないことにある。これは歴代首相が取り組まなかっただけでなく、自民党政治家の責任放棄と断じざるを得ない。できなかった言い訳は山ほどあるに違いない。但し、その難題に挑戦する意思と活動が欠如したが故の不作為を不問とする理由は何一つ存在しない。

 一言で言えば、政治家にとってイロハのイは、「出来ることを精一杯やる」ことではなく、「やるべきことに挑戦して手段を尽くす」ことにある。前者には「出来なかった言い訳」が常に用意されているが、後者は責任放棄の退路を断っている点が決定的に異なる。

 政治家である以上、総理大臣を目指すのは自然のことだと思う。しかし総理を目指す意思のある政治家には、総理になって何を成し遂げるのか、果たして自分はその資質と能力を備えているだろうかと自問して欲しいものだ。

現状維持思考の限界

 長い間「防衛オタク」と言われてきた石破首相だが、安全保障の第一人者を自負するのであれば、歴代首相が放置してきたこの大きなテーマに何故挑戦しないのだろうか?

 想像するに、その原因は二つ考えられる。第一は、現在の日米関係を今後も保持することが望ましいと考えていることだ。

 第二は、過去の延長線と決別し、未来のために大英断を下す意思と胆力を持ち合わせていないことだ。多くの識者が指摘しているように、石破茂という政治家は「解説者としての発言」に終始していて、首相という立場からのコミットメントが殆どないのである。世界観、歴史観、国家観を持っていない人物に、日本国のビジョンを語れと期待することが無理なのだが、問題の本質は何故そういう人物が総理大臣に選ばれたのかにある。

 野党に限らず自民党の中にも、「日米関係は今のままの状態が今後も続くことが良い」と考える政治家は多いに違いない。「今のまま」というのは、①日本の防衛は今後もアメリカに守ってもらう、②そのために全国各地にある米軍基地を今後も提供する、③横田基地周辺の空域が米軍の管制下にある現状を今後も受容する、④憲法改正は今までと同様に棚上げすることを意味する。

 政治家諸氏がもし本気で「現在の日米関係を今後も保持することが望ましい」と考えているとしたら、トランプ大統領が起こしている変化に対する認識が根本的に間違っていると指摘せざるをえない。

 次節で述べるように、戦後想定してこなかった未曽有の危機が、大陸からの大津波として近未来に日本を襲う可能性が高まっている。少なくともそうした最悪の事態を想定した上で、「アメリカに従属してきた時代が終わる」のだと認識を改めることが、リアル・ポリティクスの一丁目一番地である筈だ。

アメリカ一強時代の終焉が起こす衝撃波

 ロシアがウクライナに軍事侵攻したのが2022年3月、トランプ第ニ期政権が誕生したのが今年1月だった。この二つの出来事を転換点として冷戦後の平穏の時代が終わり、世界は再び動乱の時代に突入した。今後どういう展開になるのか見通すことは時期尚早で、米中対立が激しくなるのかそれとも先に中国が内部から崩壊を始めるのか予測できないが、何れにしても東アジアの安全保障環境が激変することに変わりはない。

 トランプ大統領が世界に対して発信してきたメッセージは、アメリカ一強時代の終焉である。戦後アメリカに従属してきた欧州や日本に対し今後自立圧力を一層強めてゆくだろう。欧州に対しては既に今年2月14日にミュンヘンで開催された安全保障会議において、ヴァンス副大統領が「欧州大陸が直面する最大の脅威はロシアや中国ではなく(欧州)内部から来るものだ。」と発言して欧州を驚愕させた。今後米中対立が本格化すれば日本が対立の最前線に立たされることは明らかだ。

 さらにウクライナ戦争に北朝鮮が参戦したのと同時期に、韓国政治の混迷が深まっており、朝鮮半島情勢が一気に不安定化している。中国やロシアがその動きを利用しようと動けば、朝鮮半島は一気にきな臭くなる可能性がある。しかもアメリカとロシアが北朝鮮を核保有国と認めれば、東アジア情勢が一変するだろう。

 ウクライナと同様に、ロシアは3年を越える戦争で膨大な戦死者と未曽有の兵器の損耗に直面している。さらに戦争優先の経済が3年も続いており、民生経済への影響は相当深刻な筈だ。それに欧米による制裁の影響が長期間に及んでおり、難題山積していることは想像するまでもない。ウクライナ戦争が終結した後にその反動が起きる。かつてソヴィエト連邦が崩壊したように、今後ロシアの弱体化が進めばロシア周辺国の独立運動が顕在化するだろう。

 このように、ウクライナ戦争が終結に向かえば米中対立が本格化し、中国内部情勢、朝鮮半島情勢、ロシア周辺情勢へと、不安定化の波が衝撃波のように拡散してゆくだろう。

 政治家の多くは「であればこそ日米同盟を従来以上に強化しなければならない」と言うだろうが、欧州同様に日本がアメリカ従属体制を続けることをトランプ政権は受容しないだろう。もし今ヴァンス副大統領が日本に乗り込んできて、日本に対し「最大の敵は中国ではなく日本の内部から来るものだ」と政治家を前に演説する場面を想像してみたらいい。

 今後東アジア情勢は確実に緊迫化していくだろう。日本も戦後80年の体制が終わるのだと腹を括って、一足先に欧州がそうしているように、自己完結な外交・防衛力を構築するべく大胆に舵を切らなければならない。「時は今、アメリカ従属体制から脱却すべき局面」なのである。

 日本は戦後政治において二つの大きな失敗をした。その一つは「失われた30年」であり、歴代政権がとってきた「緊縮財政」という誤った政策によって国民は貧困化を余儀なくされた。他一つは戦後80年の間、「戦後レジームからの脱却」を棚上げしてきた結果、独立国の要件である「自立した外交と防衛のスピリット」をも喪失したことだ。何れも「やるべきことを実現するために手段を尽くす」政治を展開してこなかった故の失敗という他ない。

 そして現在、トランプ大統領が起こしている変化にどう対応すべきなのか。ここで対応を誤れば日本の没落は回復が困難となるに違いない。冒頭に述べたように、今後トランプ大統領が日本に要求してくることは、相互関税というレベルの話では済まないことは明らかだ。

アメリカ以上に衰退した日本、それを自覚しない日本

 クライテリオン5月号は、『石破茂という恥辱』と題した「日本的小児病の研究」を特集している。戦後80年の日本の民主主義の欠陥を指摘している。(資料4参照)

 <20世紀の歴史学者ホイジンガは、社会は前近代までは大人を中心に作られていたが、近代になって急速に大人たちが幼児化していると論じ、その現象を「文化的小児病」と名付けた。それから時代がずっと流れてきた今、小児病の最先端の国として日本があり、その行きつく果てに誕生したのが石破茂という政治家だ。>(藤井聡)

 <トランプの再登場で世界は目に見えて変わってきた。戦後アメリカの覇権の下に構築されてきたリベラルな国際秩序が崩壊を始めた。トランプは欧米の亀裂を意図的に作り出そうとしていて、喧嘩を売られたことで欧州各国の対抗心に火が付いた。一方石破政権はアメリカを怒らせないことしか考えていないように見える。>(柴山桂太)

 <石破茂は「○○しなければならない」という表現を多用するが、これはステートメントであって、コミットメントではない。自らの行為に関わる宣言ではなく単なる認識を口にしているだけなのだ。政治家ならコミットしろと思う。>(藤井聡)

 <外交の現場に約40年にわたって籍を置き、何人もの総理大臣に接してきたが、率直に言って支え甲斐があった総理は、中曽根康弘と安倍晋三の二人しかいなかった。確固とした歴史観、国家観を有し、外国の首脳に対峙して位負けすることがなかった。そんな二人とは比べようがないが、石破茂という人は鳩山由紀夫や菅直人と同じカテゴリーに分類・整理するのがふさわしい。>(山上信吾)

 残念ながら、何れも全く同感である。今日本は戦後最大の危機の渦中にあるというのに、石破首相は言葉を弄ぶだけで歴史観と国家観に基づく決断をする意思がないようだ。

 世界はトランプ大統領の一挙手一投足に右往左往している。しかし視点を変え、好き嫌いを排除して俯瞰してみたらいい。トランプ大統領は、「国内の分断と国力の弱体化」が深刻なアメリカを建て直そうと、誰が何を言おうが意に介せずに果敢に行動している。世界中を敵に回しても国益を追求するトランプ大統領、一国のリーダーとして立派ではないかと思うのだ。

 「失われた30年」の結果、日本はアメリカに劣らず国力の衰退が著しく、さらに「戦後レジームからの脱却」を棚上げしてきた結果、戦うスピリットをも喪失して漂流している。視野を日米の外において客観視すれば、その深刻な現状が見えてくる。今政権に求められるのは、トランプ再登板を千載一遇の好機到来と捉え、日本の戦後レジーム解消という難題を一気呵成に解決してしまおうという戦略的行動である。

 憲法改正、対米依存からの自立、米軍基地縮小と横田基地返還という戦後最大の未解決問題に本気で取り組むことが保守・自民党の責務である筈だ。この局面においてなお、それに挑戦しようとせず国内問題に埋没するようであれば、自民党は既に国益に有害なゾンビ政党になり果てたとみなす他ない。

戦後の議会制民主主義を改めるとき

 <日本の問題は、石破茂を総理大臣に選んだ自民党の問題であり、それを一定程度支持している世論の問題でもあり、彼の行動に対して本質的な批判を避けようとする知識人の問題でもある。>(柴山桂太)

 但し戦後80年の日本が現在抱える問題は、単に石破首相だけの問題ではない。事態はもっと深刻である。真の問題は石破首相が選任されたプロセスの中に潜んでいる。

 永田町では今、玉木首相待望論が与野党双方から台頭しているという。しかもその理由は二つあるという。自民党にはポスト石破の候補がいないことに加えて、自公連立政権が衆議院で少数与党となったために、新総裁を選出しても野党が首班指名を一本化すれば勝てないからだという。その結果与党も野党も玉木首相を推薦するのだと。

 投票で決まる以上勝たなければ意味がないのだが、この動きには本質的な要素が二つ欠落していることを指摘しておきたい。一つは、次の首相が備えるべき資質と能力に関する人物評価論の欠落である。「ポスト石破の候補がいない」というが、次期首相に求められるのは激変する世界情勢の中で各国首脳と渡り合い、日本の国益を守り、未来を切り開いてゆく資質と能力でなければならない。

 他一つは、名乗りを上げる候補者が、どういう世界観、歴史観、国家観を持ち、日本の未来像についてどういうビジョンを持ち、それを実現するために総理大臣になったら何に挑戦するのかをテーマに、候補者どうしが充分な議論を戦わせるステップの欠落である。

 総じて言えば、「小児病」と称される石破茂氏を選出した自民党総裁の選出のプロセス自体が、激変モードに入った世界情勢に全く適合していないことが問題なのだ。『石破茂という恥辱』という特集号は、戦後80年は世界が比較的平穏だった故に何とか旧態依然の政治で体裁を保ってきたが、トランプが起こしつつある激流の中でどうにもならなくなった日本の現状を論じている。これは政治家の問題であると同時に、旧態依然の政治を続けてきた「小児病」国家日本の姿なのだと。

 ウクライナ戦争の終結を誤れば、「ロシアという専制主義国に欧米という民主主義諸国が負けた」という重大な結果を招く。日本は「座して米欧に従う」という従来の姿勢を改めて、「日本ならどうするか」を真剣に考えなければならない立場にある。トランプ大統領の目論見を理解した上で、かつG7のメンバー国として、さらには東アジアに有事事態が転移したときの最前線に位置する国として、トランプ大統領に対し逆提案を行ってでも主体的に行動すべきであろう。その行動は近未来の東アジア事態に備える重要な布石になると同時に、「ポスト戦後80年」の時代の、新しい日米関係を模索する第一歩となるのだと信じて止まない。

参照資料

資料1:久保田勇夫-武藤敏郎対談、産経4/25

資料2:乾正人、石原慎太郎に学べ、産経4/25

資料3:田中宇、国際ニュース解説4/23

資料4:クライテリオン、5月号

日本と西洋の邂逅500年

プロローグ

 日本と西洋との出会いは、今から凡そ500年前の1543年に鉄砲が伝来した時に遡る。「大航海時代」が始まったのは15世紀末だった。1488年にディアスがアフリカ南端の喜望峰に到達し、1492年にコロンブスがバハマ諸島に到達した。1497年にガマはアフリカ南端を廻るインド航路を発見した。マゼランが世界一周を達成したのは1522年のことだった。

 大航海時代の幕開けは植民地獲得競争の幕開けでもあった。

 500年の間にさまざまな出来事があったが、日本と西洋の関係の変化に注目すると5つの期間に分類できる。(図1参照、第Ⅰ幕~第Ⅴ幕)

 第Ⅰ幕は鉄砲とキリスト教の伝来に始まり、限定的ながら通商を開始した16~17世紀である。二つの伝来に対して日本は対極的な対応をとったことが興味深い。最新の武器である鉄砲については、買い求めた2挺を分解して短期間で量産することをやってのけた。一方キリスト教に対しては終始禁止し布教を弾圧した。

 第Ⅱ幕は幕末から明治維新に至る18世紀末~19世紀で、列強が入れ代わり立ち代わり来航して通商を求めた時代である。1858年に大老井伊直弼が、後に不平等条約と言われた「安政五ヵ国条約」を天皇の勅許を得ずに締結した事件を契機に倒幕運動が激化した。

 第Ⅲ幕は明治維新から日露戦争に至る明治時代であり、王政復古による政権交代を成し遂げ、殖産興業と富国強兵政策によって一気呵成に近代国家へ変身を遂げた時代である。ここで軍事力を西洋並みに強化した結果、日本は日清・日露戦争を戦うことを余儀なくされた。

 第Ⅳ幕は欧米と肩を並べる軍事力を持つに至った結果、植民化のラストリゾートとなった中国大陸でイギリス、アメリカ、ロシアと対立し大東亜戦争へと突入していった昭和の時代である。

 そして第Ⅴ幕は1945年に終戦を迎えた後、GHQによる占領体制、言い換えると「戦後レジーム」を保持したまま現代に至る「戦後80年」である。

第Ⅰ幕:驚嘆の出会い

 15世紀末から始まった大航海時代は、欧州列強が大陸間航路を開拓しながら植民地獲得競争を繰り広げた時代である。ポルトガルとスペインが第1陣として、イギリス、フランス、オランダが第2陣として世界各地に進出した。(参照:『思考停止の80年との決別(2)』)

 日本にやってきた「西洋」の第1派は、1543年に種子島西村の小浦(現・前之浜)に漂着したポルトガルのモータら約100名だった。島主・種子島時堯は火縄銃2挺を買い求め、家臣に火薬の調合を学ばせたという。当時未だ戦国時代にあった日本は、瞬く間に鉄砲をコピーして、32年後の長篠の戦いでは鉄砲を大量に使用した織田・徳川連合軍が武田軍に勝利している。

 西洋の第2派は、1549年にジャンク船で中国・明から薩摩半島の坊津にやってきたスペインの宣教師だったザビエルと数人の仲間だった。イエズス会は1534年に創立されたばかりで、ザビエルはその創設者の一人だった。キリスト教に対しては、1587年に豊臣秀吉が筑前においてバテレン追放令を出しており、徳川幕府もそれを踏襲して1612年に布教の禁止令を出している。

 西洋の第3派は、1550年に通商を求めて平戸にやってきたポルトガル船だった。続いて1600年にはオランダ船リーフデ号(300トン)が豊後の国(大分県)臼杵湾の黒島に漂着した。アムステルダムを出航した時には5隻に総勢500人が分乗していたが、日本に到着したときにはリーフデ号1隻のみで生存者は僅か24名だったという。

 リーフデ号にはイギリス人ウィリアム・アダムズ(三浦按針)、オランダ人ヤン・ヨーステンらが乗っており、徳川家康に謁見して世界情勢を伝えている。そして1634年に徳川幕府は長崎の出島に商館を作ってポルトガルとの貿易・交流を容認した。その後ポルトガルは1639年に追放され、1641年以降幕末に至るまでオランダとの貿易が継続された。

第Ⅱ幕:警戒と通商

 18世紀末から明治維新に至るまでの第Ⅱ幕には列強が相次いで交易を求め、あわよくば植民地化を目論んで活発に来航した。当時実際に起きた植民地化の例を挙げると、1521年にスペインがメキシコを征服し、1537年にポルトガルがマカオを植民地化し、1623年にはオランダが台湾の澎湖島を占領している。19世紀にはイギリスがインドと中国を舞台にいわゆる「三角貿易」を行っていて、インドから清へアヘンを、清からイギリスへ茶を、イギリスからインドへ絹織物をそれぞれ輸出して、対価として銀を儲けていた。これが清の怒りを買い1840年にアヘン戦争が勃発した。イギリスは武力でこれを制圧して1842年に香港の割譲を受けている。

 第Ⅰ幕で来航した列強はポルトガルとオランダだったが、第Ⅱ幕の主役はイギリス、フランス、アメリカ、ロシアの四ヵ国だった。列強は何れも日本を植民地することは出来ず、最終的に通商目的で来訪を繰り返した。他のアジア諸国と異なり、日本は武士が統治する封建国家だったことと、識字率や庶民の生活などの点で当時の日本が西洋の予想を超える成熟社会だったことが背景にある。

 最終的に日本は1858年に、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ロシアの五ヵ国と「安政の五ヵ国条約」を締結した。この条約は、①函館・神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港、②江戸と大阪にあった市場の西洋への開放、③自由貿易の承認に加えて、④領事裁判権、⑤協定関税の規定が盛り込まれており、特に④と⑤は後に不平等条約と評された。これは西洋側からすれば植民地化の代わりに得た特権であり、日本側からすれば「西洋知らず」外交の失敗だったと言えよう。

第Ⅲ幕:王政復古、富国強兵の明治

 幕末期に西洋からの遅れを強烈に自覚した日本は、1868年に始まる明治維新で「王政復古」の政権交代を成し遂げ、国家と社会の制度を西洋化に刷新した。さらに1871年11月~1873年9月には、岩倉具視を特命全権大使とする総勢107名の使節団が、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、ロシアを含む12ヵ国を訪問している。

 各国の元首を表敬訪問し、各国の街並みと当時開催中だったウィーン万博を見聞して、約2年に及ぶ視察を終えて帰国している。図1に示すように19世紀前半には西欧各国で産業革命が相次いで始まっていて、工業化が急速に進んでいた時期であることを勘案すると、使節団の人々が西洋文明に圧倒されて帰国したであろうことは容易に想像できる。

 東北大学名誉教授の田中英道氏は資料1の中で次のように評している。

 <岩倉使節団は西欧を崇拝の的とした。福沢諭吉や夏目漱石は、ロンドンの街並みを見て石の文明を実感し、万博を見て鉄鋼その他の新素材を知り、そこにある断絶に日本は遅れていると見た。日本が西洋とは異なる根本的な考え方及び精神に自信を持つことをしなかった。>

 その後の歴史を知る立場から振り返れば、西洋から学ぶべき優れたもの(国の制度・科学技術等)と、日本が古来より継承してきた西洋に勝るもの(文化・伝統等)とを等距離において眺め、両者をどのように融合させることが近代国家日本の命題なのかを客観的に、願わくば戦略として考えることが肝要だったと思う。

第Ⅳ幕:激突した昭和

 昭和の時代、戦争に至る前半はラストリゾートとなった中国大陸を巡って、日本がイギリス、アメリカ、ロシアと利権を争った時代だった。富国強兵を推進して日露戦争を戦って勝利した日本は、否応なしに中国大陸での騒乱に巻きまれていったのだった。

 日本が満州事変を戦ったのは南下しようとするロシアを食い止めることだった。そこまでは妥当だったのだが、支那事変以降、中国の内乱に巻き込まれていったことは歴史的な失敗だったと言えよう。本来日本がとるべき選択肢は、中国の内乱と距離を置いて高みの見物をすることだったのだ。

 中国の内乱について、『思考停止の80年との決別(3)』では次のように述べた。

 <注目すべきことが二つある。第一に戦争の構図としてみると、中国大陸という舞台上で蒋介石と汪兆銘と毛沢東が戦い、舞台の外側には日本と英米、ソ連が陣取るという三つ巴戦の二重構造が存在していた。そして第二に、中国大陸に大規模な軍隊を送り込んで戦争を行っていたのは日本だけで、英米ソも中国大陸に深入りしていなかった。>

 日本が支那事変から大東亜戦争へと突き進んでいった背景には、老獪なヤルタ体制(チャーチル、ルーズベルト、スターリン)の存在があった。昨年11月に逝去した西尾幹二氏は資料3で次のように洞察している。

 <アメリカは第一次世界大戦においてドイツという国家を倒し、第二次世界大戦ではナチスの世界観と戦い、第三次世界大戦(米ソ冷戦)ではソ連の共産主義という思想体系と戦い、そして第四次世界大戦(現在)ではイスラムという宗教秩序と戦っている。・・・「思想戦」という意味において、アメリカには日本と戦う大義名分も、開戦理由もなかった。結局アメリカにとって日本が列強の仲間入りをしたこと自体が想定外であり、折あらば排除したい存在となっていたと推察される。結論を先に書けば、ルーズベルトという狂人と、それを操ったスターリンと、ルーズベルトを大統領に担ぎ上げた組織の存在がなければ太平洋戦争は起きなかった可能性が高い。>

第Ⅴ幕:「戦後80年」直面する課題

 私はウクライナ戦争が起きるまで、「戦後レジームからの脱却」という言葉は戦後の日本にのみ当て嵌まるものだと考えていた。しかし安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻した2022年2月24日をもって、戦後の国際秩序の崩壊が現実となった。

 またアメリカの2024年大統領選挙はトランプ氏が圧勝したが、アメリカの国内秩序も深刻な崩壊過程にある。さらにマイノリティの権利を過大に要求するポリティカル・コレクトネス(PC)活動が教育現場は固よりアメリカ軍にまで浸透した結果、PCはシロアリのようにアメリカの国内秩序を内部から破壊した。

 第47代大統領に就任したトランプ氏は公約どおりに、就任初日にバイデン政権が推進した「多様性・公平性・包括性(DEI)」に関する政策を撤回する大統領令に署名した。これによって分断を深刻化させてきた左派過激派によるPC/DEI運動を封じ込める対策が講じられたことになるが、今後相当なリアクションが起きて分断が更に深刻化する可能性も否定できない。

 第二次世界大戦で破壊された秩序を回復させるべく、戦後さまざまな国連機関が設立された。しかし昨年末に先進国から3,000億ドルもの途上国支援を引き出すことで合意したCOP29(国連気候変動枠組条約第29回)が、途上国によるタカリの場と化したことは明らかだ。しかもCO2排出では世界第1位の中国と第3位のインドは途上国扱いであるという。このように堕落したCOP29などという枠組みは本来の目的から明らかに逸脱していると言わざるを得ない。

 トランプ新大統領は、大統領に就任すると直ちに世界保健機関(WHO)から脱退し、パリ協定から再離脱する大統領令に署名した。これを皮切りに、本来の役割から逸脱した「戦後スキーム」が今後再構築の方向に向かうことを期待したい。

 ウクライナ戦争を契機として国際情勢は大きく変化した。欧米は銀行間の決済を行うネットワーク(SWIFT)からロシアの銀行を締め出した。サウジアラビアは原油取引の決済をドルで行うことを定めた密約を破棄した。さらにウクライナ支援とロシア制裁によってエネルギーをロシアに依存してきた欧州の衰退が顕著になった。このようにウクライナ戦争はアメリカと欧州を弱体化させ、逆にBRICSが拡大してドル離れが進んでいる。世界は多極化に向かって加速を始めた。

 こうして戦後80年を経て、戦後体制の再構築はもはや日本固有の命題ではなく、世界の命題となったのだった。歴史を振り返れば、大航海時代以降国際社会は終始西洋流で運営されてきたのだが、最近の問題を解決できなくなってきている。その原因は幾つかあるが、中露イランに代表される専制主義国家と比較して、相対的に西側先進国の力が弱体化したことに加え、排他的で価値観を押し付ける西洋流の限界が目立ってきたことが背景にある。

 その状況下で、トランプ第2期政権が発足した。MAGAとナショナリズムを掲げるトランプ新大統領の行動は、有無を言わさずに世界の戦後体制の再構築を促進してゆくことになるだろう。これは日本が抱える「戦後レジーム」を一新する好機到来となることは間違いない。

日本と西洋、共通点と異質性(考察)

 図1には、日本で起きた「日本と西洋の邂逅」と、同時期に欧米で起きた主要な事件を並べてプロットしてみた。欧米で起きた事件は、①近代国家の誕生、②戦争、③経済と産業の発展の三つに分類して整理した。この図をもとに、日本と西洋の関係がどのように変遷してきたかについて考察を加えたい。

 はじめに、主要国が近代国家となった時期の比較については、既に『思考停止の80年との決別(2)』で書いているので、引用するに留めたい。

 <時系列に並べると、イギリス統合が1801年、アメリカ南北戦争終結が1865年、明治維新が1868年、ドイツ帝国の誕生が1871年、フランス共和国の誕生は1874年だった。そしてソヴィエト社会主義共和国連邦は1922年に誕生した。イギリスが一足早く、ロシアは一足遅かったが、アメリカ・日本・ドイツ・フランスは19世紀後半に近代国家となった。日本は江戸時代が長く、しかも鎖国をしていたので、欧米列強よりも遅れて近代国家の仲間入りをした感があるが、イギリスとロシアを除く他の諸国と殆ど同時期に近代国家となったのだった。>

 図1で注目すべき事実は、欧米諸国が戦争に明け暮れた歴史を持っていることだ。特に欧州は領土紛争、独立戦争、宗教(キリスト教、イスラム教)戦争、海上の覇権争い等、実に多様な戦争を繰り返して現在に至っている。

 欧州の近代史で注目すべきもう一つの事実は、二つのタイプの革命の勃発である。一つは王政に対する市民革命で1817年に起きたフランス革命が代表例であり、1848年にはフランスの2月革命を皮切りに、ウィーン、ベルリン、その他欧州各地で起きた。もう一つはブルジョアジーに対する労働者による革命で1917年に起きたロシア革命が代表例である。ブルジョアジーとは、貴族でも農民でもない有産市民階級で資本家を指す場合が多い。

 日本と西洋の決定的な違いに注目すると、16~18世紀が日本では「太平の時代」であったのに対して、西洋では戦争と革命に明け暮れた時代だったことだ。両者は「似た者同士」だが、言わば「生まれと生い立ち」において決定的な違いがあったという訳だ。

 ここで「生まれ」の違いは時間軸における「宗教の違い」である。日本が縄文時代由来の神道を基盤とする、「自然と共生する」宗教観のもとに文明を築いてきたのに対して、西洋は一神教のキリスト教を土台として文明を築いてきた。つまり東日本大震災級の地震や津波を含めて、自然をあるがままに受容して生きてきた日本民族と、基本的に排他的で強者が弱者から収奪することを躊躇しない西洋民族には根本的な違いが存在するのである。

 宗教は文明の根幹を成すものであり、宗教の違いはお互いに相手を真に理解することが容易ではないことを物語っている。

 次に「生い立ち」は空間軸で捉えた「地政学の違い」である。領土に国境が存在しない日本と、大陸国家西洋は、地理的条件において対極の違いがある。

 このように日本と西洋とは「西側先進国」という括りで捉えれば、価値観を共有する仲間ということになるが、宗教と地政学では正反対という程の違いがある。「ポスト戦後80年」を考える上で、この共通点と異質性はきちんと認識しておく必要がある。何故なら概念的・包括的には価値観を共有できても、本質的な部分では相手を理解できないからだ。

 西洋が世界を植民地化できた理由は、経済と産業の分野で世界に先行したからである。具体的にはお金を流通させて儲ける仕組みを世界に先駆けて作ったことと、蒸気機関という動力を世界に先駆けて実用化したことが象徴的な事件だった。

 経済と産業、さらには科学と技術の分野では、西洋と日本は同等の特性と能力を保有していると考えるが、西洋が先んじた理由は欧州には隣国とのし烈な競争があったのに対して、国境を持たない日本は文化的に成熟した「太平の時代」を享受していたことにある。

 幕末に西洋の海軍力を目の当たりにした日本は、岩倉使節団の2年間で欧米を見聞し、それから極めて短期間で西洋と肩を並べる水準にまで富国強兵を実現してみせた。それが明治という時代だった。

 田中英道教授は「日本と西洋との邂逅」について、資料1で次のように分析している。

 <大航海時代以降、植民地を拡大していく時代の西洋はほぼ常勝軍だった。ところが日本には勝てなかった。西洋には日本に対する畏怖があった。13世紀の元寇においてモンゴルでも攻めきれなかった日本という意識があった。>

 田中教授の分析を踏まえれば、日清戦争と日露戦争に勝利した日本に対する畏怖の認識は西洋諸国で一段と強くなったことが予想される。

激突の真相(考察)

 田中教授は<あの戦争は仕組まれた戦争だった>とズバリ指摘している。その根拠の一つとして挙げているのはOSS計画の存在であり、他一つは天皇制が存続したことである。資料2から引用する。

 <1942年の段階でOSS(Office of Strategic Services)計画というものがあった。戦後世界を如何に社会主義化するかという計画と戦略だった。OSS計画はルーズベルト大統領及び国務省のもとで立てられた戦後統治計画だった。>

 <ルーズベルトはソ連を支持する社会主義者だった。ルーズベルトもスターリンもユダヤ系であり、左翼ユダヤ人の手で社会主義世界を創ろうというのが20世紀の大きな流れだった。>

 <日米戦争は仕組まれた戦争だった。天皇制が継続したことがその証拠である。戦争を宣言した昭和天皇が終戦の詔を読まれたという事実は、国体が守られたということであり、日本は負けていないことになる。天皇制が残された理由は、日本で二段階革命を起こすことがOSS計画に書かれていたからである。京都や奈良、伊勢神宮他の神宮を破壊しなかったのは、天皇を利用して二段階革命を起こさせることを目論んでいたからである。>

 <共産主義を日本に持ち込んだのは米欧だった。革命の邪魔になる軍隊を持たずにおく憲法9条もまた、「二段階革命(前述)」の実現で直ぐに改定されることを目論んでいた。しかし実際には(戦後の日本で)革命運動は起きなかった。>

 二段階革命とは、マルクス・レーニン主義に基づく第1段階と、君主制を廃止するブルジョア民主主義による第2段階を言う。1950年代にイタリア共産党が打ち出したもので、フランス革命が先に起きてロシア革命が続くという仮説だった。

 さらに資料2は<大東亜戦争が仕組まれた戦争だっただけでなく、真珠湾攻撃は日米合意のもとに実行された作戦だった>と述べている。

 <真珠湾攻撃は、ルーズベルトが山本五十六か誰かをワシントンに呼んで実行させた。OSS計画には天皇には手を出さないということが明文化されていた。日本は真珠湾攻撃だけでなく、フィリピン攻撃、英領香港攻撃、マレー沖海戦等初期の戦争には全て勝利した。不思議なことだ。>

 一つ加えると、当時真珠湾には2隻の米軍空母が配備されていたのだが、真珠湾攻撃が決行されたときには2隻とも外洋に出ていて攻撃を免れている。攻撃を事前に把握していたアメリカ上層部が、意図的に空母2隻を外洋に避難させた可能性が高い。

 OSS計画に関する田中教授の分析が真実とすれば、戦争には敗れたものの国体が存続されたので日本人は「終戦」と受け止め、300万人に上る犠牲者を出しながらも、関東大震災のように粛々と「終戦」を受け入れたことになる。

 しかしアメリカの視点に立てば、幾ら待っても戦後の日本に革命は起きなかった。この食い違いが何故起きたのかと言えば、アメリカが「キリスト教の思考」をしたのに対して、日本は「神道の思考」をして、戦争の結果をあるがままに受け入れて歴史に封印したからだった。

 高知大学名誉教授の福地惇氏は資料4で次のように述べている。

 <皇室を含めて日本文明を殲滅しようという壮大な戦略戦術の下にあの戦争はあったと考えられる。確かにあの戦争は宗教戦争の色彩が濃厚だが、それを「文明の衝突」と呼びたい。ユダヤ・キリスト教の「自然を征服」しようとする一神教を土台にした欧米の文明と、八百万の神々と山川草木悉皆仏性の「人間と自然が宥和」する日本文明との衝突だ。>

明治維新からの160年(総括)

 日本と西洋は、国を作り社会を築き文化を育てて科学技術を発達させるという点で、同等の資質と能力を備えている。一言で言えば、それが先進国となった理由である。

 先進国の要件は幾つもあるだろうが、一つは経済・産業・技術開発の分野でイノベーションを怠らない民族性であることが要件となることは言うまでもない。同時に、文学・芸術・武道などの分野で世界が卓越性を認める民族性であることも、双璧で重要な要件となるだろう。日本はこれらの両分野において、西洋とは異質だが遜色ない質の高いものを生み出してきたことは世界が認める事実である。

 既に述べたように日本と西洋は「生まれと生い立ち」において決定的な違いを持っている。敢えて言えば、日本は世界で唯一1万6千年に及ぶ歴史と伝統を持っている国である。

 図2に「日本と西洋の邂逅500年」を、両者の関係の変化に注目して描いてみた。既に述べたように、凡そ500年前の日本と西洋の出会いは、一言で言えば「お互いが相手の能力の高さに驚く」という出会いだった。

 18世紀末~19世紀後半にかけて両者の交流は活発になり、双方が相手を警戒しながら交易を重ねる時代が続いた。そして明治維新は、西洋文明を目の当たりにして危機感を抱いた日本が国の様式を西洋化し、武家による封建社会を天皇中心の立憲君主制に改めた改革だった。さらに富国強兵を成し遂げて産業を起こすと同時に、海軍力を西洋の水準まで引き上げることに成功した。こうして日本は列強の仲間入りを果たしたのである。

 その頃世界は植民地獲得競争の最終段階に入っていた。ラストリゾートとなった中国大陸で、日本と西洋はとうとう激突した。但しこの激突はお互いがお互いを正しく理解できないままに起きたものだった。

 日本は17世紀以降戦争と革命に明け暮れてきた西洋の歴史と、その過程で育まれた西洋人の思考様式に対する研究を怠った。特に日露戦争において日本も関与したロシア革命が世界に及ぼしつつあった変化に対し警戒を怠ったのだった。

 一方の西洋は神道を基盤とする日本文明と日本人の思考様式を理解しなかった。キリスト教の彼等には理解できなかったという認識が正しいのかもしれない。

 日本は無謀にも大東亜戦争に突入し、300万人以上の犠牲者と国土の荒廃をもたらした。そして終戦後、アジア諸国を植民地から解放するという日本が果たした人類史に残る功績と、敗戦をもたらした失敗の総括をしないまま、「終戦」という言葉の中に封印してしまった。

 極めて乱暴であることは承知の上で、「日本と西洋の邂逅」500年の近代史を俯瞰すれば、このように整理できるだろう。

歴史の教訓

 歴史を概観すれば、日本は仏教伝来以来、渡来人がもたらした制度や文化・宗教を寛大に取り込んできたのだが、いつの時代にも丸ごと受け入れることはしなかった。長い時間をかけて日本文明(文化・伝統・宗教等)と融合させ、それを補強するものは取り入れ、それを乱すものは容赦なく排除した。仏教や漢字、律令制、儒教など、その例は枚挙に暇がない。

 幕末に到来した西洋文明に対しては、立憲君主制、民主主義、資本主義、三権分立等の制度を意欲的に取り込んで日本版のシステムを矢継ぎ早に具現化していった。こうして20世紀初めには急速に西洋化を推進して日本は西洋に匹敵する海軍力を持つに至った。

 但し日本が見逃した重要な世界の動向があった。それは、ユーラシア大陸の西域で起きた二つの革命が20世紀の世界に大きな影響を及ぼした事実だ。その一つはフランス革命(市民革命)であり、他一つはロシア革命(共産主義革命)である。これは日本では起きなかったものの、西洋各国で起きた重大事件だった。

 そして欧州で起きた二つの革命は、あたかもバタフライ効果のように、太平洋戦争の終結に大きな影響をもたらした。当時社会主義に傾倒していたルーズベルト大統領と、ロシア革命の立役者の一人でルーズベルトを巧みに操ったスターリンと、ルーズベルトを戦争に引き込んだチャーチルがヤルタ会談で終戦のシナリオと戦後の枠組みについて協議したのだった。

 もしルーズベルトが戦後世界の社会主義化に傾倒せず、偏見を抱かずに日本をあるがままに理解していたなら、太平洋戦争は回避された可能性が高い。またもし日本がロシア革命以降の社会主義化の動向と、ヤルタ会談の陰謀にインテリジェンスを働かせていたなら、アメリカの挑発に乗って真珠湾を攻撃するという過ちを回避できたと思われる。

 日本の教訓として言えば、明治維新で国家の様式を西洋式に改めたことは正しかったのだが、西洋と並ぶ軍事力を持つ列強の一員となった時に、一つの検証が必要だったのだ。それは西洋の様式と日本文明をどう融合させれば日本の未来となるのかについて、客観的かつ戦略的に考えを巡らすことだった。

 田中英道氏は、日本が持つユニーク性について次のように形容している。(参照:資料1)

 <西洋人は、日本には地獄も天国も神すらないことに驚く。日本の素晴らしいところは、自然が豊かであり自然に裏切られないことだ。自然災害には翻弄されるが、回復可能であり人生の中で計算済みとして諦めるという心境を日本人は大切にしている。>

 <日本の共同体原理は「和をもって貴しとなす」にあり、間違いなく世界の原理となるべきものだということを世界に明確に伝える必要がある。>

 <日本は島国であるという幸運によって、最初から自立国家であり、人々は同じ言葉を使い、同じ習慣で生きてきた。国家概念が言葉として用意されていなくとも。列島が一つの共同体、すなわち国であるという意識が根付いている。日本には天皇がおられ、伝統と国家のアイデンティティを日本人は持ち続けた。>

エピローグ(ポスト戦後80年)

 日本文明と「西洋」との融合は未完のまま現在に至っている。そう断言する理由は、明治維新から敗戦に至る約80年の間に日本が取り入れた「西洋」を、日本文明と融合させる作業が「終戦」という言葉で封印されてしまったからである。言い換えれば、敗戦を終戦と言い換えたことによって、日本の近代史について総括をしないまま思考停止状態に陥ったのだった。

 今年は戦後80年である。戦後世界の秩序を牽引してきた西側先進国が弱体化し、専制主義国が強くなりBRICSやGSが台頭した結果、世界は多極化に向かい国際秩序は不安定化した。これは西洋の価値観や思考様式が世界に受け入れられなくなってきた証でもある。

 戦後80年の現在、ウクライナ戦争が破壊してしまった国際秩序を大急ぎで再構築し、次の戦争を防止することが最優先の課題であるだろう。西洋とは異なる文明、特に宗教観を持つ日本が、欧米と協調しつつ独自色を出して行動し役割を果たすときが来た。そう思うのである。

 もう一度図2を見てもらいたい。歴史において日本が毅然と行動した二つの事例を挙げよう。一つは第一次世界大戦が終結した時のパリ講和会議での行動であり、他一つは当時列強の植民地となっていたアジア諸国を解放した大東亜戦争である。

 1919年に第一次世界大戦後で破壊された国際秩序の再構築を討議するパリ講和会議が開催された。この国際連盟委員会において元外相だった牧野伸顕氏は、「人種・宗教の怨恨が戦争の原因となっており、恒久平和の実現のためには人種差別撤廃が必要である」と述べて、「国際連盟規約」中に人種差別の撤廃を明記する提案を行った。

 出席者16名の内、賛成11、反対5で過半数を得たのだが、議長を勤めたアメリカ大統領ウィルソンが「このような重要な法案は全会一致であるべきだ」と宣言して否決されてしまった。

 二つ目の事例は大東亜戦争である。20世紀初頭まで欧米列強は植民地獲得競争に明け暮れていた。これに対して明治維新を成し遂げて列強の仲間入りを果たした日本は、アジア諸国を植民地から解放するという崇高な目標を掲げて大東亜戦争を戦った。自らは未曽有の損失を被ったものの、これを機にアジア諸国は独立を果たしたのだった。日本人はこの事実と功績に堂々と誇りを持つべきである。

 これらは何れも西洋の理不尽な行動に対して断固たる異議を唱えた勇気ある行動だった。言い換えれば「強者は弱者から略奪してもいい」という、当時のキリスト教国の思考様式に対して、「人類は自然という宿命のもとで共存共栄を志向する存在である」という神道の日本が提起した反論だったのだ。

 利害が対立する課題に対して国際社会の意見を取りまとめることは容易なことではない。端的な例を挙げれば、地球温暖化問題や核軍縮問題は少しも進展していない。従来の枠組みとアプローチでは打開することは容易ではないだろう。

 図2が物語るように、明治維新後の約160年には日本と西洋が列強として相互に警戒し衝突したときと、先進国として協調行動をとったときが交錯している。トランプ第二期政権がスタートした今、日本は現在人類が抱える「ポスト戦後80年」の課題を解決するために、ユニークな日本文明が蓄えてきた教訓と知恵を活用して新たな役割を担う時が来た。心からそう思うのである。

参考資料:

資料1:「虚構の戦後レジーム、保守を貫く覚悟と理論」、田中英道、啓文社書房、2022.12

資料2:「日米戦争最大の密約」、田中英道、育鵬社、2021.6

資料3:「憂国のリアリズム」、西尾幹二、ビジネス社、2013.7

資料4:「自ら歴史を貶める日本人」、西尾幹二と現代史研究会、徳間書店、2021.9

防衛財源論争が炙り出した戦後レジーム

プロローグ

 はじめに、岸田首相は歴代の首相ができなかった「戦後レジームの解体」を断行した。基盤的防衛力構想からの脱却、反撃能力の保有、防衛費の抜本的増強とGDP比2%の実現、それと自衛隊施設に建設国債を適用である。

 同時に岸田首相は、防衛費の財源として早々と増税を宣言した。これは、岸田首相にとって相応の反論を承知した上での確信犯的な一手だったと思われる。

 その結果、防衛費の財源問題を巡る岸田首相と自民党の対立が一気に高まった。同時に我が国の戦後政治に今も残る「戦後レジーム」の実態と限界を国民の前に曝け出すこととなった。本記事では防衛力増強の内容については触れず、財源問題に焦点を当てて考察を加える。

有識者会議の提言

 11月22日に、「防衛力強化に関する有識者会議」が開催され、提言案が首相に提出された。この提言書がその後の防衛費の財源を巡る政府・自民党間のバトルの淵源となった。

 提言書3章(2)に「財源の確保」という項がある。結論を先に言えば、この記述には三つの根本的な誤りがある。第一は財源の順序を①歳出改革、②いわゆる埋蔵金の活用、③不足分は増税としていること。第二は「国債発行が前提となることがあってはならない」とわざわざ断定していること。そして第三は三度行われた消費税増税が「失われた30年」の原因であったという教訓を無視していることである。

 財源の優先順序については後段で嘉悦大学教授高橋洋一氏の解説を、国債の理解については産経新聞編集委員兼論説委員の田村秀男氏の解説を、そして増税が如何に悪手かについては京都大学大学院教授藤井聡氏の解説を引用して説明する。

岸田首相のトップダウン

 岸田首相は11月28日に、鈴木俊一財務大臣と浜田靖一防衛大臣に対し、①5年以内に防衛力を緊急的に強化すること、②令和9年度に防衛費と補完する関連予算を合わせてGDP比2%に増額すること、③財源ありきではなく、さまざまな工夫をした上で防衛力を継続的に維持する議論を進めることを指示した。さらに12月5日に再び両大臣を呼び、防衛費として④5年で43兆円とするように指示した。

 これにより、従来の基盤的防衛力構想に決別すること、反撃能力を保有すること、5年後に防衛費をGDP比2%に引き上げることが決まった。「岸田政権において戦後レジームが解体された」と歴史に記録されることになるが、真の功労者は、「国家安全保障戦略」を策定して国際情勢を分析し、脅威を特定し有事のシナリオを想定して日本がとるべき対処を論理的に明確化した安倍元首相であることは言うまでもない。

 なお基盤的防衛力構想とは、日本の経済力が急成長していた昭和51年に三木内閣が打ち出したもので、「敵を想定しないで必要最小限の防衛力を整備する」構想だった。しかも防衛費を抑制する上限としてGDP比1%枠がこの時に決められた。

岸田首相の暴走

 そして12月8日に政府与党政策懇談会が開催された。この日の議題は、防衛3文書に関する国家安全保障戦略等についてのワーキングチームの協議状況だったが、経済安全保障を担当する高市早苗大臣と西村康稔大臣は呼ばれなかった。二大臣を欠席させた場で、岸田首相は唐突に「安定的な防衛力を維持するために、歳出改革や決算剰余金の活用、防衛力強化資金の創設に加えて、不足する1兆円超を増税で賄う。」ことを宣言したのである。

 この発言が衝撃波のように自民党内に伝搬し騒乱状態をもたらした。はじめに高市大臣が「企業が賃上げや投資をしたら、お金が回り、結果的に税収も増えます。再来年以降の防衛費財源なら、景況を見ながらじっくり考える時間はあります。賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された首相の真意が理解出来ません」とツイートした。

 続いて西村大臣も「今年の税収は過去最高の68兆円。今後5年間は大胆な投資・賃上げに集中し、成長軌道に乗せて税収増につなげるべき時。5年間が経済再生のラストチャンス。大変革期の中、バブル期に匹敵する企業の投資・賃上げ意欲の高まりに水を差すべきではない。」とツイートした。(以上、門田隆将、ZAKZAK、12月31日から引用)

 岸田首相判断の決定的な誤りは、国債を選択肢から除外して強引に増税路線を敷いた点にある。岸田首相は何故、高市・西村両大臣を欠席させて増税宣言を行ったのだろうか。

 そのヒントは、有識者会議の提言書の文面にある。提言書3章(2)「財源の確保」にわざわざ、「歴史を振り返れば、戦前、多額の国債が発行され、終戦直後にインフレが生じ、その過程で国債を保有していた国民の資産が犠牲になったという重い事実があった。第二次大戦後に、安定的な税制の確立を目指し税制改正がなされるなど国民の理解を得て歳入増の努力が重ねられてきたのはこうした歴史の教訓があったからだ。」という一文が挿入されているのだ。

 それにしても、有識者会議の提言書に何故こんな文言がわざわざ挿入されたのだろうか。「防衛力を抜本的に強化しなければならないが、先の大戦で軍部が暴走した二の舞を踏んではならない。」と警告しているようなものだ。有識者会議メンバーの中に、当時の軍備増強と今回の防衛力強化を重ねて考えるような時代錯誤の持ち主がいるとは思えない。

 田村秀男は12月3日の産経紙面で、以下のように述べている。「平和憲法とセットで施行された財政法は、財務省が増税や緊縮財政の法的根拠とするもので、第4条は国に歳出を税収などの範囲内に留めるよう求めている。これは、国債こそが戦争を引き起こす財源となると断じたGHQの指示に沿ったものである。一方で公共事業費の財源には国債発行を認める条項が付いている。建設国債がそれでインフラ整備という将来に向けた先行投資は国債発行で賄う。」

 想像の域を出ないが、有識者会議のメンバーを人選し報告書のドラフトを書いた官僚と、防衛力増強のあり方を議論した有識者の間に、いわゆる『官僚と御用学者の関係』があったことが疑われる。つまり予め報告書のドラフトは用意されていて、有識者が巧く利用された可能性が高い。しかも岸田首相は事前に官僚が用意したシナリオを読み上げるパペットを演じたことになる。暴走のドラマを演じるために、両大臣を外して異論反論が出ない舞台を設定したと考えられる。全ては財務省が用意した脚本に基づいて展開されたドラマだった可能性が高い。

噴出した異論反論

 12月9日には自民党内で政調全体会議が開催された。首相が表明した「防衛費を巡る1兆円強の増税について、自民党内から怒号が飛ぶほどの批判が噴出した。発言した50人強の内40人程度が反対意見を表明したという。安定財源を確保するため、年内に増税の道筋をつけることに理解を示したのは十数人だった。」とメディアは伝えている。

 異論反論の代表的なものを整理すると、概ね次のとおりである。

  ①党内の議論はこれからだというのにいきなり増税は乱暴極まりない(大塚拓政調副会長)

  ②7月の参院選公約には増税方針に触れていないので公約違反だ(世耕弘成参院幹事長)

  ③増税で突っ走るのなら、解散総選挙で国民の判断を求めるべき(萩生田光一政調会長)

  ④首相の発言に真正面から反対、防衛増税という考え方に反対(青山繁晴参院議員)

国債か、それとも増税か

 そもそも防衛費の財源として国債と増税と何れが正しいのだろうか?

 田村秀男は12月3日の産経新聞紙面で、「防衛国債が日本に相応しい」と述べ、次のようにその理由を説明している。「防衛国債(建設国債を想定)は有り余るカネを吸い上げ、防衛力増強を財源の呪縛から解放する。防衛関連投資を軸にした経済力挽回の起爆材になり得る。ハイテク技術は軍民両用であり、軍事技術開発がそのまま経済全体の活力へと波及する。防衛国債によってカネの憂いをなくしハイテクを中心に日本独自のイノベーションを沸き起こす物語が始まる。産業基盤が充実すれば経済成長をもたらし、企業は付加価値を高め、雇用を拡大し、国民所得が増える。防衛国債を赤字国債ではなく、建設国債と同等に位置づけるのは真っ当だ。」

 高橋洋一は12月6日のZAKZAK紙面で、財源を考える順序は一般論として、①他の歳出カット、②建設国債対象、③その他収入(埋蔵金)、④自然増収、⑤増税だとした上で、次のように説明している。②については「一般会計予算総則」で海上保安庁の船舶建造費が公共事業として認められていて、巡視船は建設国債で建造されている。(安倍元首相が生前語ったように、防衛費は消耗費ではなく次の世代に祖国を残していく予算と考えて)、防衛省予算を一般会計予算総則で規定するのも有力案だ。③は円安の結果、外為特会では巨額の儲けがあり40兆円位捻出できるという。④自然増収は最も真っ当な方法だ。円安でGDPが増えるので法人税、所得税はかなり増収になる。その後も経済成長を続け名目成長を4%程度にできれば、その自然増収で防衛費増をかなり賄うことができる。

 藤井聡は12月14日の「東スポWEB」の中で、「今の経済状況は極めて厳しい不況下にあり、岸田首相の防衛増税論は愚の骨頂だ」と指摘する。その理由を次のように指摘している。増税は短期的に税収を拡大するが、長期にわたって経済を疲弊させ、最終的に財政を縮小させる。増税をしても税収が増えるとは限らない。そうした増税による税収減リスクを無視して、軽々にこの不況状況下で増税を唱えることは無責任の極みだ。増税の結果税収が減れば国債発行額が増える結果となる。防衛増税を行えば、経済力が弱体化し防衛力が中長期的に弱体化することが決定的となる。「経済再生なくして財政健全化なし」というように、経済成長をまず達成しその後に財政を健全化すべきである。その順番を間違えてはならない。

 ここで国債か増税かという二者択一の議論は、二つの誤った前提に基づく議論であることを指摘しておきたい。第一は「今後も日本は失われた30年の延長線にあって、経済成長が望めず税収増が期待できない」という前提があること、第二は国債→赤字国債→未来からの借金という思い込みがあることである。

命題は国力の最大化

 永続的に防衛費増強を実現するためには、安定的な経済成長が絶対要件となる。この意味から、政治家が議論すべき命題は「防衛費の財源」ではなく、「国力の最大化」であるべきだ。レイ・クラインが考案した国力の方程式が示すように、経済力と軍事力を同時に増加させることこそが国家にとっての命題である筈だ。

   国力の方程式:国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 そうであるならば、「国力を最大化」するためのベストは国債発行でも増税でもなく、自然増収によって賄うことである。経済成長を実現することが死活的に不可欠なのだ。

 さらに加えるならば、真に防衛力を強化するためには防衛費を増額するだけでは不十分で、防衛産業基盤を抜本的に強化し、ハイテク技術力を世界一級のレベルに引き上げることが不可欠だ。すなわち「国力最大化」の長期戦略は、経済力、防衛力、産業基盤、技術力を一体として強化するものでなければならないのだ。そのためには防衛省と経産省、産業界とアカデミアの連携を抜本的に再構築しなければならない。

 そう考えれば、「防衛費の財源は何か」という問いそのものが間違っていることになる。「我が国の国力を最大化するための戦略は何か」と命題を再設定して考えるならば、田村秀男が言うように、「防衛国債が日本に相応しい」という結論に至ることは明白である。

 日本は四半世紀にわたり緊縮財政路線をとってきたために、GDPは低迷し防衛費は据え置かれてきた。歴代政権は経済が上向いたときにいつも増税という悪手を打ってきた。日本の経済力を脆弱化させてきたのはデフレであり、デフレをもたらしたのは、1997年、2014年、2019年の三度にわたる消費税増税だったことを肝に銘じなければならない。

 それにしても、政治家は何故財務省に騙されるのだろうか。「国力の最大化」戦略の障害として立ち塞がる存在が二つある。防衛力増強を財源問題に矮小化して増税を仕組もうとする財務省と、「防衛に係る技術開発は行わない」とタンカを切る一方で、中国の軍事技術開発には協力する日本学術会議である。この二つの存在もまた戦後レジームに他ならない。

 岸田首相の増税発言に対して異論反論が続出したが、政治家は単に増税と戦うだけでは不十分である。GHQが作為的に日本の政策に打ち込んだ楔である「戦後レジーム」を一日も早く解体する責任があることを自覚してもらいたい。

税制の前に成長戦略を論ぜよ

 結局、自民党の税制調査会が12月18日に「与党税制改正大綱」を決定し、1兆円増税を盛り込んだ。その骨子は以下の二つである。①来年からの5カ年で防衛費を43兆円に増額し、毎年の防衛予算を5.2兆円から8.9兆円へ3.7兆円増額する。②この3.7兆円を税収増(決算剰余金)0.7兆円、外為特会からの繰り入れ等(防衛力強化資金)0.9兆円、厚労省・国交省・文科省・農水省などの予算カット(歳出改革)1兆円で賄い、不足分1.1兆円を増税で賄う。

 藤井聡は「税制大綱の方針が採用される限り、増税&予算カット枠が年々拡大し、経済はどんどん疲弊していく。岸田内閣は増税と予算カットを繰り返すので景気が悪くなり、税収が早晩減少していくことは確実だ。」と指摘する。さらに、次のように警告する。

 「国は外国や災害によって滅び去るというよりもむしろ、政治における愚かしさによって滅び去ることが往々にしてある。正に今の日本は政府の愚かしさによって滅び去る瀬戸際に立たされている。防衛増税を回避する最も真っ当な手立ては全額建設国債で賄うことだ。」と。

 日本企業が抱える内部留保は2021年度に516兆円余になり、過去最高を記録した。これを賃上げや投資に回せば経済が回り税収が増加することになる。経済成長を軌道に乗せるためには、政府がインフラ投資などで先陣を切ると同時に、産業界から大規模な投資を促進させる環境を整備することが重要な政策となる。

 防衛財源を巡る今回の騒動が物語っていることは、国家の財政を決めるときに、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか考えない自民党の税制調査会が主導権を握っているという建付け自体が間違っていることだ。

国債償還という旧弊を正せ

 萩生田氏は「年明けから政調で議論を始める。増税以外にさまざまな財源があることを示す」と語り、萩生田、世耕の二人は「まずは国債償還ルールを見直して償還費の一部で賄うことなどを検討すべき」と語った。

 世界で唯一日本だけが、全く意味のない「60年償還ルール」を頑なに守り、元金償還を予算に計上している。それに対して諸外国は元金の借り換えを繰り返し、利払費だけを計上しているという。この違いはどこから来るのか。答えは日本だけが「国債は国の借金だから返さなければならない」と思い込んでいることにある。

 そもそも国債とは何だろうか。誰もが知っている言葉であるにも拘わらず、これ程正しく理解されていない概念はないだろう。国債に係る根本的に誤った理解が二つある。一つは、「国債は民間からの借金である」という誤解であり、もう一つは、「満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という誤解である。

 第一に、国債とは税収だけでは不足する予算分を民間から資金調達するために発行する債券であるというのが正しい認識である。政府が国債を発行し銀行がそれを購入することにより、政府は調達した資金を使用することができる。銀行は国債を保有する間、利払いを受けるので利息分は儲けとなる。

 第二に、国債には満期がある。銀行が満期が到来した国債を日銀に持ち込むと、日銀は同額の現金を新たに発行して、銀行が日銀に保有する当座預金口座に振り込む。こうして銀行が国債を購入するために支払った元金は、満期の時に日銀が通貨発行権を行使して返済する。このように国債に係る一連のおカネの流れは、政府-銀行-日銀間の金融取引なのである。

 2022年9月末時点で、普通国債の残高は約994兆円あり、その内の53%に当たる約526兆円を日銀が保有している。日銀に対する利払いは必要ないので、日銀は市中から購入した国債を帳簿上債権として計上しているだけである。しかも正味の国債残高は市中で保有されている約468兆円だけである。現在でも「国の借金が1000兆円を超える」という記事を日本経済新聞が書いているが、これは国民に対する脅しでありプロパガンダである。

 日銀は満期を迎えた国債を償還するために、同額の借款債(実際には割引債)を政府に発行するよう依頼する。政府が借款債を発行すると銀行がそれを購入して、政府に支払う現金は公債金として特別会計の国債整理基金に計上される。そして銀行は購入した借款債を日銀に持ち込むと、日銀は国債整理基金から当座預金口座に額面の金額を振り込む。この一連の手続きによって国債は消滅して現金化される。(参照:https://shin-geki.com/2021/03/14)

 2022年度当初予算における国債費は24兆3393億円で、その内償還費が16兆733億円(66%)、利払費が8兆2660億円(34%)だった。2023年度予算案には26兆9886億円の国債費が計上されている。意味のない「国債の償還」という旧弊を撤廃するだけで、国債費の66%相当(岸田首相が宣言した増税分約1兆円の17倍に相当)を削減できる。

 国債に関してもっと根本的で重要なことがある。それは「プライマリーバランスの黒字化」である。上記の説明で、「国債は民間からの借金であり、満期を迎えた国債は税によって返済しなければならない」という認識が間違っていることを示した。この結果、国や地方自治体などの基礎的な財政収支を黒字化するという「プライマリー・バランス(PB)の黒字化」もまた、自らの首を絞めるだけの旧弊であることを指摘しておきたい。

エピローグ

 要点を箇条書きにし、提言に代えたい。

第一、少子高齢化が進み社会保障費が増加する日本が、未来の世代に安全で豊かな国を残すために最優先で取り組むべき命題は「国力の最大化」であり、具体的には短期的な防衛力強化と、中長期的な経済成長である。

第二、「国力の最大化」のための財源としては建設国債を戦略的に活用し、経済成長と共に税収の自然増を活用することが正解で、経済成長が軌道に乗るまで増税は絶対にやってはならない。

第三、国債に対する誤った理解を正し、経済成長を妨げる国債償還とPB黒字化という制約を撤廃する。

第四、増税しか考えない財務省と、税のあり方しか議論しない税制調査会が主導権を握っている現在の建付けを解体し、「国力最大化」を戦略として推進する建付けに作り変える。

第五、国力最大化の障害として立ち塞がる戦後レジーム(制度、慣習等)を解体する。

有事の総理大臣(3)

歴史観・国家観

 前作、「有事の総理大臣」(②外交・安全保障)で、モンスター国家中国(以下、「外なる怪物」と呼ぶ)の出現に日米が協力してしまったことと、日本が戦後放置してきた「戦後レジーム」という「内なる怪物」について書いた。

日本が直面するジレンマ

 戦後76年の歳月が流れたが、日本は現在一つのジレンマに直面して立ち往生しているように見える。それは「内なる怪物」を放置したままでは「外なる怪物」に対処することができず、「外なる怪物」に対処する有事モードの中でしか「内なる怪物」を退治できないというジレンマである。日本が直面している戦後最大の危機を克服するためには、二つの怪物に同時に立ち向かう意思を固める他ない。

 「内なる怪物」は二つの要素からなっている。一つは、戦後政治の枠組みが日本国憲法、日米安全保障条約、日米地位協定を礎石として作られていることにある。ズバリ言えば、日本の安全保障体制が軍事的に米国に従属しているために、日本は自立した国家として、自己完結で政治を行うことが制約されているのである。既に戦後四半世紀が経過した。いい加減で敗戦の軛を取り除かなければならない。

 もう一つは、戦後レジームという制約があるために、その制約の中でできる範囲のことをやればいいとしてきた政治のマインドである。戦後の日本は、「憲法だろうが何だろうが、国益追求のために変える必要があるものは変えなければならない。たとえそれが困難だとしても、変える方法を発見・発明して打開すればいい。」という発想に立った政治を行ってこなかったのだ。

 「できる範囲のことをやる」から、「やるべきことをやる」へ、思考の転換が必要である。国益追求のために、困難を可能とする方法を見つけ出し、実行することこそが政治家の本領ではないだろうか。

歴史の総括

 政治を結果によって評価するならば、ロシアとの北方領土問題も、北朝鮮による拉致問題も、中韓との歴史問題も、そして憲法改正も殆ど進展がなかった。どの一つも容易に解決できない課題であり、解決するためには相応の「国家意思」が必要である。戦後の枠組みの中で、政治ができる範囲のことしかやってこなかったために進展がなかったと言えるだろう。さらに「殆ど進展がなかった」という総括がなされていないことの方がもっと重要だ。国民もその事態(率直に言えば、ふがいない政府)を容認していることになるからだ。

 歴史を振り返れば、明治維新の10年前の1858年に、幕府は米国と「日米修好通商条約」を結び、続いて蘭・露・英・仏と同等の条約を締結した。「安政の五ヵ国条約」と呼ばれるものだ。ここには、領事裁判権と関税自主権に関わる、いわゆる不平等条項が含まれていた。そして明治政府が領事裁判権を回復したのは1896年であり、関税自主権を回復したのは1911年のことだった。不平等条約を撤廃するまでに36年~53年の歳月を要している。

 明治政府は明確な戦略目標と国家意思をもって富国強兵を強力に推進した。その結果、欧米列強と肩を並べるまでの近代化を成し遂げた。そしてロシアという共通の脅威に立ち向かうために日英両国は1902年に日英同盟を締結している。国力を高め国際社会における地位を高めた結果として、明治政府はようやく不平等条項を撤廃できたのだった。

 これは「歴史的な課題を解決するためには、長期的な戦略目的と国家意思が不可欠である」ことを物語る歴史の教訓ではないだろうか。

 日本国憲法は1946年に、日米安全保障条約と日米地位協定は1951年に締結されている。それから既に70年の歳月が流れた。そして今、中国という共通の脅威に立ち向かうために、日米は同盟関係を一段と強化しようとしており、日本の主体的・自律的な役割が格段に高まっている。もし明治維新以降の歴史観に立って考えれば、「二つの怪物に関わるジレンマ」を解決する好機は今をおいて他にないことになる。

 藤原正彦は「日本人は、問題が起きた時に事の本質を徹底的に問い質そうとしない。」と述べている。(https:kobosikosaho.com/daily/485/)

 少なくとも戦後の日本は歴史を総括せず、政治を評価してこなかった。総括をしないから「仕方がない」という諦めが国民の間に蔓延してしまう。総括をしなければ教訓を次の戦略に生かすことはできないのだ。

 というよりも、はじめに戦略目的がないから総括も評価もしようがなかったというのが真相なのだろう。では政治に戦略目的がないのは何故だろうか。それは国家観が明確ではないからだ。

歴史観と国家観

 日本の戦後史は太平洋戦争の敗戦から始まっている。戦後の日本は戦争の総括に目を背けて、歴史観をウヤムヤとし、国家観を明確に描かないままに政治を行ってきたのではなかったか。国家観がないために戦略目標を描くことができず、総括も評価もしないために、「本質を追究せず、できる範囲のことをやればいい」というマインドが戦後政治の根っこにはびこってしまったのではなかったか。

 歴史の一シーンだけをカットして論じても、歴史の全体像を総括することにはならない。戦後の日本は中韓が仕掛けてメディアが煽った「歴史戦」ともいうべきプロパガンダに翻弄されて、太平洋戦争を総括することを放棄してきた。これは「木に囚われて森を見ず」というべき愚に他ならない。

 二つの怪物に関わるジレンマに立ち向かうためには、産業革命以降の人類の近代史と縄文時代以来の日本文明を俯瞰して、毅然とした歴史観と国家観を描かなければならない。

 現在自民党総裁選の真っ只中にあるが、総理大臣を目指す政治家には、各論の政策の前に明治維新以降の日本の近代史を大きな視座から捉えた歴史観と、国際社会における日本の立ち位置と役割を明確にした国家観を国民に語ってもらいたいものだ。

 国際社会の秩序は中国やテロ集団等、既存のルールに従おうとしない脅威の登場に常に脅かされている。一方、テクノロジーは休みなく進化し、社会システムは容赦ないイノベーションの圧力にさらされている。

 その中で国家システムだけが過去に作られた枠組みを変えることができずに進化から取り残されている。残念ながら、これが戦後の日本の現状である。これは法治国家故の宿命だろうか、それとも「内なる怪物」を退治できていない日本に特異なものだろうか。

 国際社会も、国家も、社会も、TPDSサイクルを回しながら進化してゆくのが健全な姿であろう。国家としてTarget=戦略目的、Plan=達成目標・実施計画、Do=政策の実行、See=総括・評価のサイクルを回しながら、国家の強い意思として国家システムのイノベーションを促進してゆかなければならない。

次期総理大臣への期待

 現在、国際社会における安全保障上最大の課題は、何と言っても「対中国」である。日本の地政学的な位置、戦後の日米の関与、日米中の国力等を総合して考えれば、この危機対処における日本の存在感と果たすべき役割は極めて大きいと言わざるを得ない。総裁選の候補者にその自覚があるだろうか。日本の行動が米中競争の帰趨を決定し、国際社会の未来を左右すると言っても過言ではないのである。

 日本は現在、戦後最大の危機に直面している。しかしながら、視点を変えて戦後史を俯瞰してみれば、戦後放置してきた歴史観、国家観を取り戻す千載一遇の好機でもある。

 安倍前総理は、外交において世界の指導者に日本を再確認させるという大役を果たした。FOIP(自由で開かれたインド太平洋)構想を提唱し、外なる怪物に立ち向かうための国際的な連携としてQUAD(日米豪印戦略対話)の枠組みも作った。次の総理大臣には戦争を総括した上で、日本の歴史観と国家観を国際社会に対し堂々と語っていただくと同時に、危機に対し毅然と立ち向かう行動を期待したい。

戦後の総理大臣(2)

外交・安全保障

 国民の安全と領土・領海・領空を守り、国を豊かにすることは総理大臣に託された使命である。では、有事の総理大臣に求められる資質・能力とは何だろうか。第2回は外交・安全保障から考える。

 米国中央情報局(CIA)の分析官だったレイ・クラインは1975年に「国力の方程式」を提唱した。この方程式はあくまでも概念的なものだが、直截簡明で分かり易い。

 国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 ここで、人口と領土は最も基盤となる国力の要件だが制御可能ではないので除外する。この方程式は、国力を強化するために政策としてめざすべきは、経済力を高め軍事力を強化すると同時に、戦略目的を明確にして、それを遂行する強い国家意思を持つことだということを示している。

 外交とは、国家意思をもって戦略目的を達成するために、国際社会で行う交渉と調整であるだろう。そして安全保障とは、狭義には軍事力をもとに国民の生命と暮らし、領土・領海・領空を保全する取り組みであり、広義には経済力をもとにエネルギー、食料、資源など、国民生活や国の活動のために必要な諸要件を確保する取り組みである。

 そう理解した上で、改めて国力の方程式を眺めてみたい。ここで注目すべきは、×(戦略目的+国家意思)の部分である。

平和ムードから有事モードへ

 9月5日に東京パラリンピックが成功裏に終了した。世界がコロナパンデミックの渦中にあるときに、平和の祭典である東京五輪の一連の行事を日本が開催し無事に完遂したことは、特に国際情勢の視点からみれば、素直に評価すべきだと思う。

 五輪の閉幕に合わせるかのように、8月30日に米軍がアフガニスタンからの撤収を完了した。20年間の駐留にピリオドを打った。それに先立つ8月15日にはタリバンが首都カブールを制圧している。

 9月4には、英国の最新鋭空母クイーン・エリザベスが横須賀に来港した。クイーン・エリザベスは8月24日に沖縄南方海域で、米海軍、海上自衛隊、オランダ海軍と合同の演習を行っている。これは米国が主導する「大規模国際演習21(Large Scale Global Exercise 21)」の一環として行われた。(https://www.epochtimes.jp/p/2021/08/77962.html

 8月24日~26日には、中国空軍の無人偵察機BZK-005、無人攻撃機TB-001各1機が、情報収集機や対潜哨戒機とともに、宮古海峡を越えて西太平洋を飛行した。明らかに英空母を中心とする合同演習に対するけん制と考えられる。(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66796

 来年の北京五輪開催の是非、参加の是非を巡って、これから米欧・民主主義国対中国の対立が激化し、国際情勢は緊迫の度を強めてゆくことが予測される。平和の祭典が終わり、世界は平和ムードから有事モードへ情勢が変化してゆくだろう。

日米が育ててしまった、モンスター国家中国

 戦後を回顧すれば、モンスター国家中国は、当時GDP世界1位と2位だった米国と日本が中国に協力して作り上げたフランケンシュタインということになる。

 1969年1月に就任したニクソン大統領以降、米国の歴代政権は、当時の価値判断で中国に優先する課題(米ソ冷戦、9.11後の対テロ戦争、ITバブル崩壊、リーマンショック等)に対処するために、中国を支援し、優遇し、黙認してきた。

 それから約半世紀が過ぎて、2017年1月にトランプ大統領が就任して、過去の歴代政権の誤りを認めて対中政策を大転換した。政策の転換についてトランプ政権がどう考えたのかは、2020年7月23日にポンペオ長官が行った演説の中に如実にかつ丁寧に説明されている。

 ポンペオ長官はこう述べている。「21世紀を自由な世紀とするため、そして習近平が夢見る中国の世紀にしたくないなら、中国にやみくもに関与していくこれまでの方法を続けてはならないし、後戻りしてもいけない。トランプ大統領が明確にしたように、アメリカの経済、何よりも人々の生活を守る戦略が必要だ。自由世界は、中国の独裁体制に勝利しなければならない。」と。

 続けて、「今行動しなければ中国共産党はいずれ、自由を蝕み、民主主義社会が苦労して築き上げてきた秩序を破壊する。今、膝を屈すれば、私たちの子孫は中国共産党のなすがままになるだろう。」と述べている。まさしく中国に対する宣戦布告と評された、歴史に残る名演説だった。

 そして戦後76年が経ち、米中衝突の蓋然性が高まっている。8月末のアフガンからの米軍撤退は、そのための布石の一つと考えられる。

 一方、日本は1971年のニクソンショックに直面して拙速に中国に接近し、米国よりも早く中国と国交を回復させて、有形無形の莫大な支援を開始している。ジャーナリストの古森義久は2020年12月26日付のJapan In-depthに、「日本の対中政策の無残な失敗」と題した記事を書いており、その中で「日本の対中ODA供与こそ戦後最大の日本外交の失態だった」と述べている。(https://japan-indepth.jp/?p=55825

 さらに、「日本は中国に対して1979年から2018年までの約40年間、総額3兆6千億円にのぼる巨額のODAを提供したにも拘らず、自らに襲いかかる凶暴なモンスターの育成に寄与してしまった」と結論付けている。その理由として以下の三点を挙げている。

第一に、ODAは中国の対日友好には何の役にも立たなかった。中国政府が自国の国民に日本からの経済援助受け入れの事実を一切知らせなかったからだ。

第二に、ODAは中国の民主化を促進しなかった。実際の効果はむしろ逆だった。

第三に、ODAは中国の軍拡に寄与してしまった。国家開発に必要な資金を毎年、巨額に与えることにより、軍事費に回せる資金に余裕を与えてしまった。しかも日本のODAで建設する空港、鉄道、高速道路、通信網などは軍事的な効用も高かった。

日本が退治できていない「内なる怪物」

 お茶の水女子大名誉教授の藤原正彦は、8月15日付の産経新聞に、「ワクチンを恵まれる屈辱」という記事を書いている。その中で、「本質を追究しないのは日本人の特徴である。問題が起きた時に事の本質を徹底的に問い質そうとしない。和を乱すことになるからである。・・・どうしてこんな国になってしまったか。戦後まもなく占領軍はWGIP(罪意識扶植計画:藤原訳、War Guilty Information Program)に基づき、日本の歴史や文化、伝統を否定し、先の戦争でいかに日本人が悪かったかを喧伝し、日本は恥ずべき国という意識を植え付けた。この洗脳がなぜか今も生き続け、日本人は誇りを失っている。」と指摘している。

 杏林大学名誉教授の田久保忠衛は、8月11日付の産経新聞のコラム「戦後76年に思う」の中で、「防衛白書は中国の脅威を≪懸念≫という表現でごまかし、国会は新疆ウィグル自治区における中国の行動を非難する決議も出せない。」と指摘している。続けて、麗澤大学准教授で日本研究者であるジェイソン・モーガンによる次の指摘を紹介している。「戦後の日本は北方領土、靖国神社、拉致問題など何一つ解決できない、国家の機能不全とも言うべき状況に陥った。」と。

 日本のこうした現状を作り出した原因は、戦後1946年11月3日に公布された日本国憲法、1951年9月4日に締結したサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約、さらに加えるならば日米地位協定にある。憲法と二つの条約、一つの協定によって、日本が軍事的に米国に従属する体制が作られたからだ。このことが現在「戦後レジーム」という言葉に集約される、日本が内に作り上げてしまった怪物の正体である。

戦後76年、日本の大転換点

 日本は「戦後レジーム」と呼ばれる内なる怪物を退治できないまま戦後76年を生きてきた。ジェイソン・モーガンが指摘する「国家の機能不全」も、藤原正彦が指摘する「日本人としての誇りの喪失」も、怪物を放置してきた結果と認識すべきだろう。

 その間に、中国は日本の安全、領土・領海・領空を脅かす危険性の高い脅威となった。もはや米国に従属し中国に忖度するという従来の姿勢では、この脅威に対処することはできない。日本は地理的にも歴史的にも、米中対立の最前線に位置している。日本の立ち位置と行動が、国際情勢の未来を作るのだという自覚を持って、この戦後最大の危機に挑む他ない。

 重要なことが一つある。それは内なる怪物を放置したままでは、外の脅威に対処することができないということだ。同時に、戦後最大の脅威に対処するという有事モードの中でしか、内なる怪物も退治できない。この意味で、日本は戦後76年における歴史的な転換点に立っているのである。

 国力の方程式における「戦略目的+国家意思」に戻ろう。間もなく、独立国家日本としての戦略目標と国家意思が試される局面がやってくる。戦後初めて日米安全保障条約が発動される可能性が高まっている。この危機を乗り越えなければ日本の未来はないと覚悟すべきだ。

 アメリカはポンペオ長官の演説によって、過去の対中政策の誤りを総括した上で、これからの米国の戦略目的と国家意思を世界に向けて明確に宣言した。ポンペオ長官の演説は、今ではアメリカ議会の超党派による共有の認識となっている。もはや米中衝突はいつどういう形で起こるかが予測できないだけで、避けて通れない潮流となったと理解すべきだろう。

 では戦略目的とは何だろうか。それは疑う余地もなく、日本の国益を守り、国際秩序を守ることであって、断じて中国と仲良くすることではない。仲良くすることは結果としてそうなることが望ましいという話であって、戦略思考においては目的でもなければ考慮条件でもない。

 では国家意思とは何だろうか。それは日本人の誇りを取り戻し、真の独立国家としての力と気概を取り戻して、歴代の総理大臣が成し遂げられなかった「戦後レジーム」という内なる怪物を退治して、戦略目標を達成する決意に他ならない。

 よく意思表明の常套句として、「できることは何でもやる」というが、この覚悟では危機を乗り越えることはできない。何故なら、「できること」の裏には「できない言い訳」が用意されているのが常だからだ。有事の指揮官には「やるべきことを全部やる」という、退路を断った覚悟が求められる。必要ならアメリカ議会を動かし、イギリス他の民主主義国家と同盟を結び、憲法の解釈問題を棚上げしてでも意思を貫く覚悟が必要だ。

 ここで思い出される二つの演説がある。一つは安倍総理が2015年4月29日に米国連邦議会上下両院合同会議において「希望の同盟へ」と題して行った演説であり、もう一つはポンペオ長官の演説である。戦後史を転換するためには、ポンペオ長官の演説に匹敵する日本国としての「戦略目的と国家意思」を世界に向けて発信する必要がある。次の総理大臣にはできるだけ早い時期にワシントンを訪問し、米両院の議会で安倍総理の演説に続く、第二段の演説を堂々と行い、アメリカの議会と世論を一気に味方につけるくらいのことを平然と行う雄弁さと胆力が求められる。