歴史はこうして作られる(2)

新ワシントン・コンセンサス

21世紀の戦争

 アメリカはロシアと中国に対し二正面の戦争を始めた。(「世界で進行中の事態(後編)」参照)但し、武器を使わない21世紀の戦争であり、20世紀の定義からすれば戦争とは呼ばれない。英語にWeaponizeという言葉がある。「武器化する」という意味だ。21世紀の戦争は武器以外の手段を動員する、経済も金融もサプライチェーンをも武器化して行う戦争である。

 今回対中戦争の強力な武器として用意されたのは「新しいワシントン・コンセンサス(新WC)」である。

 アメリカは1990年代以降およそ30年にわたって世界にグローバリゼーションを布教してきた。布教のバイブルとなったのが「ワシントン・コンセンサス(WC)」である。アメリカは「サプライチェーンをグローバルにし、規制を緩和して、競争を市場の知恵に委ねれば万事巧くいく」と信じていたのである。そして現在、安全保障面でも経済面でも中国から前例のない挑戦を受けて、今までのWCでは対抗できないことが明らかになった。

グローバリゼーションの軌跡

 現在まで運用されてきたWCは、アメリカが1980年代末に、国家の政治経済の運営に係る政策パッケージとして発表したものである。当時は債務に苦しんでいた南米諸国のための政策指針として提唱されたが、やがて「グローバリゼーション、規制緩和、市場の知恵」政策(以降「グローバリゼーション政策」)を推進するバイブルとなった。

 冷戦が終わると「歴史の終わり、フラットな世界」を象徴する「錦の旗」となった。アメリカはグローバリゼーションを推進し、中国のWTO加盟にも尽力した。そしてグローバリゼーションは世界の潮流となった。

 しかしながら21世紀になって、あたかも地球の磁極が反転するかのように、世界の風向きが変わり始めた。リーマンショック、パンデミック、気候変動、ウクライナ戦争が相次いで起き、グローバリゼーション政策の欠陥が次々に明らかになった。要約すれば次のとおりである。

 ①パンデミックとウクライナ戦争が起き、サプライチェーンの脆弱性のみならず、過渡の外国依存は安全保障上の危機を招くという認識が共有された。

 ②グローバリゼーションは結局、国際ルールを無視してきた中国の軍事的野心も、またロシアの軍事侵攻も止められなかった。結局両国はアメリカが期待した責任ある協力的なプレイヤーにはならなかった。

 ③グローバリゼーションの進展とともにアメリカ国内の産業基盤の空洞化が進み、中流階級の貧困化を招いた。

台頭した中国への対抗

 トランプ政権は、中国に対する宣戦布告と称されたペンス副大統領演説を転機とし、懲罰的な関税をかける措置を矢継ぎ早に講じた。バイデン政権はこの関税政策を継承すると同時に、輸出管理規定を厳格化して、半導体やスパコン等、アメリカ製の技術・ソフトウェア・機器などを使って製造した機器の中国への輸出を実質的に禁輸とした。(詳しくは「世界で進行中の事態(前編)」参照)

 バイデン政権はさらに、2021年にCHIPS法を成立させて米国内での半導体の開発製造に527億ドル(約7兆円)の助成金を支給することを決め、続いてインフレ抑制法(IRA法)を成立させて電気自動車や再生エネルギーの普及等に10年間で3910億ドル(約54兆円)を投入することを決めて、国内の産業基盤の再構築に乗り出した。

新しいワシントン・コンセンサス

 しかしながら、従来とってきた政策はパッチワーク的で中国に有効に対抗できていないと判断したバイデン政権は、経済・産業政策の基盤となってきたWC自体を刷新することを決めた。そしてサリバン大統領補佐官は、4月20日にブルッキングス研究所(the Brookings Institution)で新WCに関する講演を行った。講演の全文はホワイトハウスからダウンロードできる。(資料2参照)以下に要点を整理する。

 初めに現在アメリカが直面している四つの課題について定義している。

 第1に、アメリカの産業基盤が空洞化した。「市場の知恵に委ねれば巧くいく」と言っていたが、グローバリゼーションが進み企業も雇用も国外に出て行ってしまった。

 第2に、アメリカは中国からの地政学的・安全保障の脅威と同時に、重大な経済インパクトに直面している。グローバルな経済統合は幻想だった。

 第3に、加速する気候変動の危機に直面している。正しく、効率的なエネルギーの移行が待ったなしとなった。

 第4に、中国による不公平な挑戦が民主主義にダメージを与えている。

 以上のように課題を整理した上で、サリバン補佐官は対処方針について次のように述べている。

 「大事なことは造ることだ。キャパシティを造り、レジリエンスを造り、そして包括性を造ること。つまり強い物理的なインフラ、ディジタル・インフラ、クリーン・エネルギーのような公共財をこれまでにない規模で生産し革新し提供するキャパシティであり、自然災害や地政学的なショックに耐えるレジリエンスであり、強く活力のあるアメリカの中流階級と世界中の労働者に対しさらに大きな機会を保障する包括性である。それをまず国内で造り、次いでパートナーと協力して国外でも造る。」

 これは「中流階級のための外交政策」と呼んできたものの一つであり、次の4つのステップで推進するという。

 第1に、アメリカの新しい産業戦略として国内に基盤を造ること。第2に、パートナーに協力してキャパシティ、レジリエンス、包括性を造ることを確実にすること。第3に、革新的な国際経済協力体制を造ること。そして第4に、数兆ドルの資金を、今出現しつつある経済への投資としてかき集めること。

 ちなみに今日解決しなければならない問題は7つあり、それは、①多様性と耐力を備えたサプライチェーンの構築、②クリーン・エネルギーへの移行と持続的な経済成長のための官民による投資、③その過程での良質なジョブの創出、④公正で安全で透明性のあるディジタル・インフラの保証、⑤法人税の低減競争の停止、⑥雇用と環境のさらなる保護、そして⑦汚職の根絶である。

 究極の目的は、強力で耐力を備えた最先端の技術産業基盤にある。

中国への配慮

 要するに、WCを刷新する理由を俯瞰して言えば、「アメリカはおよそ30年間、グローバリゼーション政策を推進してきたが、その結果、中国が安全保障面でも経済面でもアメリカを脅かすモンスターになった。グローバリゼーション政策は失敗だった。」ことに集約される。

 このように新WCが中国への対抗手段であることは明明白白なのだが、サリバン氏は、次のように中国に対する配慮を加えている。

 1)中国との関係はデリスキング、多様化であってデカップリングではない。(we are for de-risking and diversifying, not decoupling.)

 2)中国に対する輸出規制は軍事バランスを崩す技術(technology that could tilt the military balance)に限定する。

 3)中国とは複数の領域で競争しているが、我々は敵対を望んではいない。責任をもって競争を管理することを追求するものであり、気候変動やマクロ経済の安定性、健康や食糧のセキュリティ等のグローバルな課題に対しては協力して対処すべきだと考える。

戦略に潜むナイーブさ

 アメリカは歴史的に戦略志向の国なのだが、どこかにナイーブさが同居している国でもある。第二次世界大戦では共産主義ソ連に憧憬を抱き、南下するソ連軍と戦ってきた日本とドイツを敵とした。真の敵が共産主義だったことは、その後の歴史が証明している。また建国後の中国に対し手厚い支援を行ってきたが、中国は今やアメリカの前に立ち塞がる史上最強のモンスターとなった。何れもアメリカの片思いに終わったのである。

 イエレン財務長官は「ワシントンは経済的なコストを伴うものであっても、中国との関係では安全保障を優先する。競争優位を堅牢にするのでも中国の近代化を抑制するのでもなく、米国は安全保障上の利益を防衛することに集中する。両国は健全な経済関係を構築すべきだ。中国の経済成長はアメリカの経済リーダーシップと競合する必要はない。我々は中国経済とのデカップリングを追求しない。両国経済の完全な切り離しは、両国に破滅をもたらすからだ。」と述べている。

 デカップリングをデリスキングと言い換えて、気候変動では協力して取り組みたいと言ったところで中国が態度を変えるとは思えない。グローバリゼーション政策の失敗を反省し、戦略を刷新する一方で環境問題等では中国の協力を期待するというところに、アメリカのナイーブさとそれ故の危うさが垣間見える。

異質なものが混在する新WC

 このように、新WCは安全保障面での中国対策と国内の産業戦略に、気候変動危機に対処するクリーン・エネルギー改革を加えたものを目指している。しかし、経済を含めた国家安全保障の問題と、気候変動とクリーン・エネルギー問題は本来別テーマであり、対策を統合するには無理がある。リベラルな政党であるアメリカ民主党故の勇み足に思える。

 グローバリゼーションが中国独り勝ちに終わったからと言って、グローバリゼーションは幻想だったから放棄するとなれば、世界に、特にグローバルサウスの国々に少なからぬ影響を及ぼすだろう。サマーズ元財務長官がこの点を指摘している。「安価な製品を輸入する重要性を強調しなかった点は失望だ。それはアメリカの生活水準と製造業の生産性を決める重要な部分だ。」と。先進国は難易度が高く付加価値が高い製品へシフトし、安価な日用品等はグローバルサウスから輸入するというウィンーウィンの関係を維持することが、世界経済の観点からグローバリゼーションが目指した狙いだった筈だ。

 また、気候変動とクリーン・エネルギーへの移行は本来グローバルな命題だが、地球温暖化対策に不熱心な中国と、化石燃料輸出大国のロシアの協力を得ることは困難という他ない。それどころか、アメリカ国内のレガシーの産業界からの賛同すら得られないだろう。既に全米自動車労働組合(UAW)がバイデン再選を支持しないことを宣言している。

欧州からの不協和音

 新WCに対しては欧州からも批判が相次いだ。イギリスのフィナンシャルタイムズは「旧WCは世界各国にとってプラスサムの世界標準であったが、新WCはある国が成長すれば他国が犠牲になるゼロサムだ。」と批判した。その通りだろう。何と言おうが、主目的が中国に対する安全保障上の対抗措置であり、新WCは世界標準から対中戦略としての国益最優先へのパラダイムシフトに他ならないからだ。

 4月に北京を訪問したマクロン仏大統領による、それ以降の一連の発言が「欧州は無制限にアメリカに追随しない」トーンとなっていることに注意が必要だ。欧州はウクライナ戦争が起きた結果、エネルギーのロシア依存からの離脱とウクライナ支援で疲弊している。台湾問題は欧州の問題ではなく、「ロシアに続き中国とのデカップリングは御免だ」という本音が見え隠れする。公然と異論を唱えているのはマクロン氏だけだが、今後欧州とアメリカの間で対中政策を巡る軋轢となる可能性がある。

「未来の歴史を造る」新WC

 新WCは間違いなく「未来の歴史」の方向性に影響を与えるものとなるだろう。問題は亀裂が入った国際秩序を再び縫合する貢献をするのか、それとも亀裂を拡大させて世界が多極化に向う原因となるのか、何れの道を辿るのだろうかにある。

 「世界で進行中の事態(後編)」で、「ディープ・ステートの代表者と言われるジョージ・ソロスは、2019年1月に開催されたダボス会議で中国に対する宣戦布告ととれる発言を行った。」ことを紹介した。サリバン講演には「グローバリゼーションは幻想だったから是正する」ということと、「中国に対抗する政策を総動員する」という、本来は異質な二つのメッセージが含まれている。

 冒頭述べたように、バイデン政権がロシアと中国に対し同時二正面戦争を仕掛けたことは事実である。「まずウクライナ戦争でロシアを弱体化させ、次に新WCによって中国を弱体化させる。」単刀直入に言えば、それが新WCの本質であると思われる。つまりソロス発言とサリバン講演は呼応しているのである。

 ここで一つの疑問が生じる。次の大統領選挙まで残り1年余という時点でバイデン政権はなぜ同時二正面戦争を仕掛けたのかということだ。

 世界情勢は現在混乱の極みにある。しかも経済情勢の悪化が同時に進行していて、アメリカの金融危機、中国の経済危機、欧州の不動産危機のどれがいつ発生してもおかしくない状況にある。しかも経済危機がどこかで起きれば、発生源がどこであれ、危機は連鎖し容易に世界同時不況に発展する危険性が高い。

 つまり現在は、台湾有事の前夜であるばかりか、2024年の米大統領選前夜でもあり、世界規模の経済危機の前夜でもあるのだ。パンデミックとウクライナ侵攻の後で次の有事の前夜というタイミングで、バイデン政権が同時二正面戦争を始め、新WCを提唱した背景には、計算された相当の理由があると考えられる。

日本との関係

 最後に日本との関係を考えておきたい。

 「年次改革要望書」というものがある。1994年~2008年まで、毎年アメリカ政府が日本政府に対して送り付けてきた、制度改革に関する要求リストである。その代表的事例は小泉政権が強行した「郵政民営化」である。そもそも郵政民営化が日本の国益にどう貢献したのかさえ疑問だが、日本にとってさらに重大な影響を与えたものは「財政規律」という縛りである。「プライマリー・バランス」という呪文は、デフレからの脱却に必要な財政出動を抑制したため、「失われた30年」の長期低迷を招いた原因の一つとなったことは間違いない。

 旧WCには、財政規律の維持、政府事業の民営化、税制改革、規制緩和、貿易自由化という項目が並んでいる。WCの項目と年次改革要望書の項目は見事に符合しており、年次改革要望書の根拠がWCだったことは明白である。

 WCの刷新は日本の政治を拘束してきたアメリカからの要求が一変することを意味している。

 折しもサリバン米大統領補佐官が来日して6月15日に、岸田総理を表敬訪問している。ブリンケン国務長官が18日から2日間北京を訪問する直前であり、新WCについて講演したばかりのサリバン補佐官が急遽来日した理由は何だったのだろうか。日本は既にアメリカが始めた同時二正面戦争にしっかりと組み込まれていることは確かだろう。地政学的に考えて、台湾有事と北朝鮮の核脅威の最前線に位置するのは日本なのだとの覚悟を新たにして、自律的に必要十分な対策を講じなければならない。

危機前夜にあって「東京コンセンサス」を示せ

 時間軸で現在位置を確認すると、今はパンデミックとウクライナ侵攻の後で、台湾有事、世界規模の経済危機の前夜にあり、しかもバイデン政権は残り1年余というタイミングにある。アメリカ自身が混乱の渦中にあり、次は共和党政権が誕生する可能性が高まっている。

 今まさにカオスのような世界情勢の中をどうやって生き延びるのかが問われているのである。風見鶏政権では国を危うくする。誰のための法案なのかも何故今なのかも全く分からないLGBT法案に賛成票を投じるような保守政党には、危機に対処する指導力は期待できないという他ない。

 有事に臨み何よりも重要なことは、「そのとき日本はどう動くべきか」を明文化する行動規範(Code of Conduct)を用意することである。それを例えば「東京コンセンサス」として明文化して、国民にかつ世界に対し宣言することが何よりも大事だと考える。バイデン政権が「グローバリゼーションは幻想だった。然るに外交・経済・産業政策の要であったWCを刷新する。」と宣言したように。

 そして「東京コンセンサス」の冒頭に明記すべきキーメッセージは、「強い国力を取り戻す」ことである。パンデミックやウクライナ戦争の教訓の一つは、有事を克服するために最も必要なものは国力であるという事実だ。「失われた30年」を「再び成長する日本」に大転換させる強い意思表明こそが、有事前夜の喫緊にして最大の命題である筈だ。国力を取り戻すことなくしては、防衛力増強も少子化対策も「財源をどうするのか」という一喝の前に画餅に終わるだろう。

 「未来の歴史」はリーダーの強い意思表明が切り開くものであることを強調しておきたい。

 6月15日から2日間開かれている日銀政策決定会合において、プリンストン大学の清滝信宏教授が、「金融緩和を当面継続する」と述べた植田総裁に対し、「1%以下の金利でなければ採算がとれないような投資を幾らしても、経済は成長しない。量的緩和による低金利は、生産性の低い投資を企業に促し、逆に収益体質を脆弱化している。量的緩和と低金利を続けてきたことが、30年間成長してこなかった日本低迷の根源だ」と厳しい指摘している。本質を突いた指摘だと思う。(資料3参照)

参照資料:

1)「世界経済の無法者中国に、とうとうアメリカが「本気の怒り」を見せ始めた」、長谷川幸洋、現代ビジネス、5/12

2)「Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution」, the White House, 4/27

3)「ノーベル経済学賞候補が日銀植田総裁に嚙みついた!」、鷲尾香一、現代ビジネス、6/15

歴史はこうして作られる(1)

G7が方向づけたウクライナ戦争の帰趨

 歴史は初めに突発的な事件が起き、その上にアクターによる偶発的な行動が積み重ねられて作られてゆくものではないようだ。それが大きな事件であるほど、初めに誰かが用意したシナリオがあって、それに起因する最初の事件が起き、それ以降はアクター間の応答によって一つ一つ既成事実が積み上げられながら歴史が刻まれてゆく。無論、アクター間の応答の結果、思いもよらぬ方向に動くこともあるだろう。また最初の事件の震源地とその周辺地域を巻き込みながら、大きな事件に発展してゆくこともあるに違いない。

 しかし大筋では用意されたシナリオを軸に展開してゆき、そして変化はやがて不可逆な領域に入る。今まで歴史はそのように刻まれてきた。このことは二つの世界大戦の経緯が象徴している。もっとも今までは、シナリオの存在は後世になってから明らかになったのだが。

<不可逆な歴史となったウクライナ戦争>

 その視点からウクライナ戦争の経緯を振り返ると、ウクライナ戦争はバイデン大統領が挑発し、プーチン大統領が呼応して軍事侵攻を始めたことによって起きた。無論プーチン氏は短期間でキーウを制圧できると踏んで侵攻した筈だが、ゼレンスキー大統領の不屈のリーダーシップのもとにウクライナから強力な反攻を受けて、その目論見は完全に外れ戦争は長期化した。プーチン氏の読み間違いが戦争の長期化と拡大を招き、不可逆な歴史的大事件となった。

 さらに米欧日がロシアに科した強力な経済制裁と、NATOによる全面的な軍事支援によって戦争は世界規模の事件に拡大した。ロシア対ウクライナの地域戦闘から、NATO対ロシアの代理戦争へと拡大した。

 そして世界は米欧日対ロシアの二極と、行方を見守るグループを加えた三極に分裂した。世界経済の風向きは一変し、エネルギー危機と食料危機を併発して、世界不況とスタグフレーションの危険性が高まった。こうして国際秩序と世界経済の両面で不可逆な変化が始まった。

<ウクライナ戦争の転換点>

 反転攻勢を始めるにあたり、ゼレンスキー氏は精力的に世界を駆け回る外交攻勢を展開した。5月3日~5日にフィンランドを訪問して北欧諸国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)との首脳会談を行った。13日~15日にはイタリア、バチカン、ドイツ、フランス、イギリスを歴訪して相次いで首脳会談を行った。19日にはサウジアラビアを電撃訪問して、アラブ22か国首脳会議で演説を行った。演説では「ウクライナが戦争を選んだわけではない。軍事力による占領には誰も賛同しない。」と力説した。

 G7はウクライナの反転攻勢直前の絶好のタイミングで開催された。戦争の帰趨としてロシアの敗退を確定的なものとするために、外交攻勢の締めとしてゼレンスキー氏は20日に広島にやってきた。その強い意思を理解した岸田首相はゼレンスキー氏を受け入れ、その目論見を実現させる演出をやってみせた。

 ゼレンスキー氏は20日の内に各国首脳と精力的な会合を持ち、21日には開催されたG7拡大会合に満を持して参加した。拡大会合ではロシアによる侵略終結に向けた10項目の和平案への支持を求めた。「我々の領土にロシアの侵略者が居る限り、誰も交渉の席に着かない。」この宣言は安易な調停者の登場を拒否し、退路を断って反転攻勢を戦う意思を示したものとなった。これで中国が調停者となる道は閉ざされた。

 モディ首相との会談では「インドは、少なくとも個人的にはできることは何でもする」という発言を引き出した。こうして5月3日以降の、ゼレンスキー氏の一連の外交攻勢という演出によって、ウクライナ戦争におけるロシア敗戦の方向性が確実になった。

<ウクライナ戦争の方向を確認した広島>

 ゼレンスキー氏は「これから始める反転攻勢でウクライナは国土からロシア軍を追放し、敗戦を決定づける」決意を表明した。F16の供与も決まった。広島に集結したG7はじめ各国首脳は、ゼレンスキー氏の「共に協力してロシアをウクライナから追い出す」意思に賛意を表明した。戦争の当事者が満を持して決意表明したことに対し反対意見は出る筈もなかった。

 「あとは貴方が思う存分戦場で戦う番だ。」G7会合で参加国の首脳はそのように申し合わせたという事実が歴史に刻まれたことになる。呉越同舟というべき温度差があるにせよ、主要国首脳は大きな物語の筋書きで合意したのである。

 こうして「未来の歴史」が作られた。ロシアの敗戦とプーチン政権の崩壊、ロシアの弱体化が決まった。そう断言する理由は、G7合意が万一実現しない事態に陥れば、それは西側優位、アメリカ覇権体制の崩壊、国際秩序の崩壊を意味することになるからだ。そして武力を背景に国際法を無視する無法者国家が世界にはびこることになる。事態がそういう展開に向かうことは、西側諸国にとって代理戦争ではなく本格的な戦争を覚悟しなければならないことだ。それは第三次世界大戦の始まりを意味している。

 G7は「ウクライナ戦争の歴史」を作り込む舞台となった。脚本:岸田文雄、主演:ウォロディミル・ゼレンスキーのコンビが大成功を収めたドラマだった。そしてゼレンスキー氏は見事に主演を演じきった。アメリカとEUが軍事支援を担い、日本は議長国としてその舞台を提供し脚本を書き、G7にグローバルサウス主要国を引き寄せる役割を果たした。

<西側を再結束させたプーチン>

 元内閣官房副長官補だった兼原信克氏はG7の総括として、5月26日の産経新聞の正論に、「プーチンの野望は、崩れかかっていた西側を再度強固に結束させた。」と書いている。バイデン政権はロシアを挑発して戦争を起こさせ、ウクライナに対する米欧からの軍事支援をけん引してきたが、その一方で天然ガスパイプライン(ノルドストリーム)爆破等、西側に亀裂が生じかねない危険な工作を行った。アメリカにはついていけないという不協和音が西側に生じていたことは、北京でのマクロン大統領の発言から窺うことができる。

 この状況下で岸田総理がG7を見事にまとめ上げ、調整役を見事に果たしたのだが、これは日本にしかできない芸当だったといえよう。G7首脳はそのことを評価したから、異論を唱えなかったのだ。このことはG7の首脳の一人が言ったとされる「フミオの目論見どおりになったな!」という発言から窺い知れる。

<アメリカが仕掛けた二正面戦争>

 そもそもバイデン氏が執拗にプーチン氏を挑発した狙いは、中国と本格的に対峙する前にプーチン氏を失脚させロシアを弱体化させることにあったと思われる。そして今後の反転攻勢の成否にもよるが、既に述べたように、そのシナリオに従い新しい歴史が作られつつある。

 NATOが正しく「サラミ戦術」のように、ロシアを刺激し過ぎないよう情勢を判断しながらステップ・バイ・ステップでより高度な兵器を提供してきたことに加え、G7拡大会議の場で参加首脳から軍事支援とゼレンスキー氏の決意への合意を取り付けた以上、ウクライナが敗れる可能性はかなり低くなったと言える。

 バイデン政権が仕掛けた二正面戦争の舞台は三幕からなる。第一幕はロシア、第二幕は中国、そして第三幕はアメリカである。

<立ち位置を世界に明示した日本>

 日本はアメリカが仕掛けた二正面戦争の連合軍に加わり、G7では期待された役割を果たして日本の立ち位置を世界に明確に示した。今後もウクライナ戦争の終結に関与し、ウクライナの復興支援ではG7で最大級の役割を果たすことになるだろう。そして第二幕の対中戦争では、否応なしに日本は最前線に立つことになる。

<反転攻勢が始まった>

 メディアによれば、5月25日にウクライナのポドリャク大統領府長官顧問が、ロシア軍に対する大規模な反転攻勢を既に開始したことをツイッターへの投稿で明らかにした。それによると、「さまざまな方面で占領軍を破壊する数十の行動が反攻であり、敵の兵站を集中的に破壊することを含む。」という。

 また米軍トップのミリー統合参謀本部議長は、25日に「ロシア軍はキーウの占領に失敗したため、攻撃目標を東部ドネツク、ルガンスク両州の制圧に下方修正したが、軍事的見地から目標達成は不可能だ。」と述べた。さらに、「ウクライナは軍事的手段で領土を奪還できるが、戦闘は長期化する。」と指摘した。(参照:産経、5月27日)

<混迷を深めるロシア>

 最近になってロシア側に、今後のウクライナ戦争の行方を大きく左右する変化が現れてきた。以下に代表的な動きを要約する。

 第一に、ウクライナによる反転攻勢に影響を与えるために、ロシアはさまざまなミサイルやドローンを使ってウクライナの司令部や弾薬や装備の供給ルートなどを中心に攻撃を仕掛けてきたが、格段と向上したウクライナの防空能力によって、大半のミサイルが迎撃されている。5月1日~20日の戦闘状況について、フリージャーナリストの木村正人氏がJBPressに寄せた記事で詳述している。ロシア軍虎の子の極超音速ミサイル「キンジャール」もパトリオットによって撃墜されたというニュースもある。(参照:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75250

 第二に、ウクライナ側に立ってロシア軍と戦っているロシア人義勇軍の存在が注目を集めている。現在ウクライナ在住で、元ロシア下院議員だったイリヤ・ポノマリョフ氏は、義勇軍の規模は約4000名で、自由ロシア軍、ロシア義勇軍、国民共和国軍の三組織が存在していると述べている。また三組織は昨年8月に「ウクライナ軍と共闘して、プーチン政権を崩壊させる」という宣言に署名したという。(参照:産経、5月24日)なお、ウクライナ軍の情報当局は「彼らはロシア領内で自律的に活動していて、ウクライナ軍は関与していない。」と述べている。(参照:BBC News、5月26日)

 第三に、ロシア軍とワグネルの間の軋轢が深刻化している。民間軍事会社ワグネルを率いるエフゲニー・ブリゴジン氏は、今まで過激な発言で注目を集めてきた。4月14日には「プーチン政権は軍事作戦の終了を宣言すべき時だ」と述べ(参照:産経、4月15日)、5月5には極端な弾薬不足を理由にロシアの国防当局を非難した上で、「バフムートの戦闘からワグネルは離脱する」と表明した。(参照:BBC News、5月6日)

 さらに5月25日には「このままではロシア革命がまた起こる。まず兵士たちが立ち上がり、その家族たちが立ち上がる」と述べ、「我々はウクライナを非武装化しようとしたが、結果は逆に彼等を武装集団に変えてしまった。今のウクライナ軍は最強だ!」と述べた。(参照:FNNプライムオンライン、5月25日)

 第四に、ロシア政府は5月3日にクレムリンを狙った2機のドローンを撃墜したと発表した。「ウクライナがプーチン大統領を暗殺しようとした。」と非難したが、ウクライナは一切の関与を否定し、「ロシアがこれを口実に戦争の激化と拡大を図っている。」と反論した。(BBC News、5月5日)

 この事件については、①ウクライナ犯行説、②ロシア国内の反体制派による警告説、③ロシア政府の自作自演説などがあるが、現在に至るまで真相は明らかになっていない。しかしながら、深く考えるまでもなく①はあり得ない。害多く何も得るものがないばかりか、ウクライナ領内から直線距離で480km離れたクレムリン上空に到達するまで撃墜されずに無人機を飛ばすことは殆ど不可能と考えられるからだ。

 第五に、ロシアの首都モスクワで5月9日、第2次世界大戦の対独戦勝記念日を祝う式典が開かれたが異様ずくめだったようだ。例年なら第二次大戦でドイツ軍を打ち負かしたT34戦車の車列を先頭とし、その後に最新鋭の主力戦車や装甲車、ミサイルが連なる華々しいパレードが行われるが、今年は戦車はT34のみでしかもたった一両だったとジャーナリストの深川孝行氏がJBPressに書いている。これは最新鋭の戦車が既にウクライナ戦争で3000台も破壊されている現実と符合するものであり、ロシアの現状が戦勝を記念するどころではないことを物語っている。             (参照:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75317

 以上述べてきたように、プーチン氏と習近平国家主席を除くアクター全員が広島に集結し、米国が仕掛けた対露中二正面戦争の一つであるウクライナ戦争の帰趨について方向性を確認し、基本的レベルで合意が形成されたことになる。こうして歴史が作られてゆく。