戦後政治を改めるとき

トランプ大統領が目論むシナリオ

 トランプ大統領は国際社会の戦後体制をスクラップ・アンド・ビルドしつつある。この動きは冷戦後のアメリカ一強体制の終焉を意味する。トランプ大統領が目論むシナリオは概ね次のようなものだろう。

〔認識〕国内の分断とアメリカの弱体化が進んでいる。何れもこれ以上放置できない。

〔緊急対処1〕分断と弱体化をもたらした勢力(リベラル全体主義、ディープステートなど)を国内外から一掃する。

〔2〕連邦政府の無駄な支出を徹底的に削減する。

〔3〕不法移民を国外に追放する。

〔方針1〕戦後アメリカが維持してきた二つの覇権(軍事、通貨)の内、軍事覇権を放棄する。

〔2〕今後、欧州はEU/NATOに委ね、中東はイスラエルに委ねる体制を作り、アメリカはアメリカ大陸に引き籠る。

〔3〕中国はアメリカを脅かす唯一の脅威であり、今後は中国対処に力を集中する。

〔対策1〕第一に、双子の赤字(貿易赤字、財政赤字)の進行を食い止める。そのために即効性のある手段として関税政策を実行する。

〔2〕手段を尽くして中国の挑戦を退ける

〔3〕MAGA実現のためにドル覇権を維持する。ドルに代わる決済通貨を作ろうとするBRICSの動きを断固として阻止する。

 この中で対策の〔2〕と〔3〕は未だ顕在化していない。

 但し、トランプ大統領の思惑通りに進む保証はない。そう考える主な理由は三つある。

 第一に、ここまで進行した産業のグローバル化を元に戻すことはできない。中国から輸入してきた生活必需品を一時は排除できても、アメリカにはそれを自国で生産する基盤がない。

 第二に、如何なる手段を講じようとも、国内の分断の修復も、アメリカとBRICS諸国の対立回避もできないだろう。物理学の「エントロピー増大の法則」が示すように、放置すれば秩序が混沌に向かうことは自然の流れであり、混沌を再び秩序化するのは不可能である。

 第三に、アメリカが軍事覇権を放棄すれば、基軸通貨ドルに対する信認が低下し、ドル覇権体制の崩壊が進行する。

世界は多極化に向かっている

 国際情勢解説者を自認する田中宇氏は、4月22日付の「国際ニュース解説」の中で、『トランプが作る新世界』と題して世界は多極化に向かうとの自説を展開しているので、要点を紹介しよう。(資料3)

 <欧州とウクライナ戦争は英国と欧州に委ね、中南米はカナダとグリーンランドを含めてアメリカが地域覇権国となる圏に入り、中東はイスラエルを軸に再編される。アフリカは既にBRICSの傘下になりつつあり、東南アジアは米国から中国の影響下に移っており、南アジアはインドの勢力下に再編されるだろう。>

 <この変化の中で、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドは独自の影響圏を形成せず中国覇権下に入ることも拒むだろうが、アメリカは従来の対米従属を望まない。>

 現在メディアの関心事は専ら関税戦争の行方に集中しているが、相互関税の発動は、トランプ大統領が目論むシナリオの第1段にすぎない。既に述べたように、今後トランプ大統領の思惑通りに進むとは限らないが、アメリカの覇権体制が終わり、世界が多極化に向かっている潮流を止めることはできない。

戦後政治の致命的な欠陥

 前段で述べたように、喩えればM9級の巨大地震や大規模な火山噴火に匹敵する、地殻変動級の変化が世界で進行中である。やがて日本人の覚悟が問われる事態が東アジアで起きるだろう。日本は南海トラフ対応だけでなく、その危機事態に対する備えを万全にしなければならないのだが、戦後80年に及ぶ「平和ボケ」政治が手かせ足かせとなって立ち塞がっている。

 (株)大和総研名誉理事の武藤敏郎氏は4月25日の産経新聞紙面上で、『漂流する世界秩序、トランプ大統領登場の背景と影響』と題した対談の中で、戦後政治の深刻な問題点について次のように指摘している。(資料1参照)

 <米国は目的が非常にはっきりしており、目的達成のための行動、「合目的」的な行動を取る。場合によっては手続きも省略する。(これに対して)日本は「やるべきこと」が分かっていても、手続きが適切かどうかに関心が集まる。「結果がよければ良い」というのは絶対に認められない。>

<「失われた30年」において日本がしたことは徹底的な金融緩和と財政出動だった。カンフル剤を打っただけで本当の病巣は摘出しなかった。それでも「低賃金、低価格、低成長」という「ぬるま湯」のような経済に、政界、経済界、労働界とも安住し、血が流れる「構造改革」には手をつけないまま、時間だけが過ぎていった。この時間のロスが今の日本の大きな問題である。>

 典型的な失敗例をもう一つ上げよう。それは安倍首相が実施した二回の消費税増税である。安倍首相は消費税増税には反対だったにも拘らず、民主党野田政権時の与野党合意に縛られて、自らの信念を曲げて増税に踏み切ったのだった。

 この二つの事例は戦後政治に巣くう致命的な欠陥を象徴している。即ち「目的を明らかにして戦略を練る」思考をとらず、「過去からの継続性の中で対症療法を模索する」結果、抜本的な対策を講じられないという欠陥である。

 コラムニストの乾正人氏が、同じ4月25日の産経の紙面に、「安保タダ乗り論を持ち出して、在日米軍の駐留経費を日本がもっと負担せよ」と圧力をかけているトランプ大統領への対応を「恥」と断じている。(資料2参照)

 <戦後80年を経て未だに首都に広大な米軍基地があり、関東の西半分の空域を外国が管理しているのは恥としか言いようがない。・・・幸か不幸かトランプは、日米安保体制の根本的な見直しを迫っている。ピンチはチャンスだ。米軍への思いやり予算を増額するのは、下策中の下策。横田基地に限らず、多くの米軍基地を自衛隊基地とし、自衛力を強化すればいい。(さすれば)駐留米兵は激減し、米国の負担は劇的に減少する。>

 言うまでもなく、戦後政治80年の歴史における最大の汚点は未だに戦後レジームを払拭できていないことにある。これは歴代首相が取り組まなかっただけでなく、自民党政治家の責任放棄と断じざるを得ない。できなかった言い訳は山ほどあるに違いない。但し、その難題に挑戦する意思と活動が欠如したが故の不作為を不問とする理由は何一つ存在しない。

 一言で言えば、政治家にとってイロハのイは、「出来ることを精一杯やる」ことではなく、「やるべきことに挑戦して手段を尽くす」ことにある。前者には「出来なかった言い訳」が常に用意されているが、後者は責任放棄の退路を断っている点が決定的に異なる。

 政治家である以上、総理大臣を目指すのは自然のことだと思う。しかし総理を目指す意思のある政治家には、総理になって何を成し遂げるのか、果たして自分はその資質と能力を備えているだろうかと自問して欲しいものだ。

現状維持思考の限界

 長い間「防衛オタク」と言われてきた石破首相だが、安全保障の第一人者を自負するのであれば、歴代首相が放置してきたこの大きなテーマに何故挑戦しないのだろうか?

 想像するに、その原因は二つ考えられる。第一は、現在の日米関係を今後も保持することが望ましいと考えていることだ。

 第二は、過去の延長線と決別し、未来のために大英断を下す意思と胆力を持ち合わせていないことだ。多くの識者が指摘しているように、石破茂という政治家は「解説者としての発言」に終始していて、首相という立場からのコミットメントが殆どないのである。世界観、歴史観、国家観を持っていない人物に、日本国のビジョンを語れと期待することが無理なのだが、問題の本質は何故そういう人物が総理大臣に選ばれたのかにある。

 野党に限らず自民党の中にも、「日米関係は今のままの状態が今後も続くことが良い」と考える政治家は多いに違いない。「今のまま」というのは、①日本の防衛は今後もアメリカに守ってもらう、②そのために全国各地にある米軍基地を今後も提供する、③横田基地周辺の空域が米軍の管制下にある現状を今後も受容する、④憲法改正は今までと同様に棚上げすることを意味する。

 政治家諸氏がもし本気で「現在の日米関係を今後も保持することが望ましい」と考えているとしたら、トランプ大統領が起こしている変化に対する認識が根本的に間違っていると指摘せざるをえない。

 次節で述べるように、戦後想定してこなかった未曽有の危機が、大陸からの大津波として近未来に日本を襲う可能性が高まっている。少なくともそうした最悪の事態を想定した上で、「アメリカに従属してきた時代が終わる」のだと認識を改めることが、リアル・ポリティクスの一丁目一番地である筈だ。

アメリカ一強時代の終焉が起こす衝撃波

 ロシアがウクライナに軍事侵攻したのが2022年3月、トランプ第ニ期政権が誕生したのが今年1月だった。この二つの出来事を転換点として冷戦後の平穏の時代が終わり、世界は再び動乱の時代に突入した。今後どういう展開になるのか見通すことは時期尚早で、米中対立が激しくなるのかそれとも先に中国が内部から崩壊を始めるのか予測できないが、何れにしても東アジアの安全保障環境が激変することに変わりはない。

 トランプ大統領が世界に対して発信してきたメッセージは、アメリカ一強時代の終焉である。戦後アメリカに従属してきた欧州や日本に対し今後自立圧力を一層強めてゆくだろう。欧州に対しては既に今年2月14日にミュンヘンで開催された安全保障会議において、ヴァンス副大統領が「欧州大陸が直面する最大の脅威はロシアや中国ではなく(欧州)内部から来るものだ。」と発言して欧州を驚愕させた。今後米中対立が本格化すれば日本が対立の最前線に立たされることは明らかだ。

 さらにウクライナ戦争に北朝鮮が参戦したのと同時期に、韓国政治の混迷が深まっており、朝鮮半島情勢が一気に不安定化している。中国やロシアがその動きを利用しようと動けば、朝鮮半島は一気にきな臭くなる可能性がある。しかもアメリカとロシアが北朝鮮を核保有国と認めれば、東アジア情勢が一変するだろう。

 ウクライナと同様に、ロシアは3年を越える戦争で膨大な戦死者と未曽有の兵器の損耗に直面している。さらに戦争優先の経済が3年も続いており、民生経済への影響は相当深刻な筈だ。それに欧米による制裁の影響が長期間に及んでおり、難題山積していることは想像するまでもない。ウクライナ戦争が終結した後にその反動が起きる。かつてソヴィエト連邦が崩壊したように、今後ロシアの弱体化が進めばロシア周辺国の独立運動が顕在化するだろう。

 このように、ウクライナ戦争が終結に向かえば米中対立が本格化し、中国内部情勢、朝鮮半島情勢、ロシア周辺情勢へと、不安定化の波が衝撃波のように拡散してゆくだろう。

 政治家の多くは「であればこそ日米同盟を従来以上に強化しなければならない」と言うだろうが、欧州同様に日本がアメリカ従属体制を続けることをトランプ政権は受容しないだろう。もし今ヴァンス副大統領が日本に乗り込んできて、日本に対し「最大の敵は中国ではなく日本の内部から来るものだ」と政治家を前に演説する場面を想像してみたらいい。

 今後東アジア情勢は確実に緊迫化していくだろう。日本も戦後80年の体制が終わるのだと腹を括って、一足先に欧州がそうしているように、自己完結な外交・防衛力を構築するべく大胆に舵を切らなければならない。「時は今、アメリカ従属体制から脱却すべき局面」なのである。

 日本は戦後政治において二つの大きな失敗をした。その一つは「失われた30年」であり、歴代政権がとってきた「緊縮財政」という誤った政策によって国民は貧困化を余儀なくされた。他一つは戦後80年の間、「戦後レジームからの脱却」を棚上げしてきた結果、独立国の要件である「自立した外交と防衛のスピリット」をも喪失したことだ。何れも「やるべきことを実現するために手段を尽くす」政治を展開してこなかった故の失敗という他ない。

 そして現在、トランプ大統領が起こしている変化にどう対応すべきなのか。ここで対応を誤れば日本の没落は回復が困難となるに違いない。冒頭に述べたように、今後トランプ大統領が日本に要求してくることは、相互関税というレベルの話では済まないことは明らかだ。

アメリカ以上に衰退した日本、それを自覚しない日本

 クライテリオン5月号は、『石破茂という恥辱』と題した「日本的小児病の研究」を特集している。戦後80年の日本の民主主義の欠陥を指摘している。(資料4参照)

 <20世紀の歴史学者ホイジンガは、社会は前近代までは大人を中心に作られていたが、近代になって急速に大人たちが幼児化していると論じ、その現象を「文化的小児病」と名付けた。それから時代がずっと流れてきた今、小児病の最先端の国として日本があり、その行きつく果てに誕生したのが石破茂という政治家だ。>(藤井聡)

 <トランプの再登場で世界は目に見えて変わってきた。戦後アメリカの覇権の下に構築されてきたリベラルな国際秩序が崩壊を始めた。トランプは欧米の亀裂を意図的に作り出そうとしていて、喧嘩を売られたことで欧州各国の対抗心に火が付いた。一方石破政権はアメリカを怒らせないことしか考えていないように見える。>(柴山桂太)

 <石破茂は「○○しなければならない」という表現を多用するが、これはステートメントであって、コミットメントではない。自らの行為に関わる宣言ではなく単なる認識を口にしているだけなのだ。政治家ならコミットしろと思う。>(藤井聡)

 <外交の現場に約40年にわたって籍を置き、何人もの総理大臣に接してきたが、率直に言って支え甲斐があった総理は、中曽根康弘と安倍晋三の二人しかいなかった。確固とした歴史観、国家観を有し、外国の首脳に対峙して位負けすることがなかった。そんな二人とは比べようがないが、石破茂という人は鳩山由紀夫や菅直人と同じカテゴリーに分類・整理するのがふさわしい。>(山上信吾)

 残念ながら、何れも全く同感である。今日本は戦後最大の危機の渦中にあるというのに、石破首相は言葉を弄ぶだけで歴史観と国家観に基づく決断をする意思がないようだ。

 世界はトランプ大統領の一挙手一投足に右往左往している。しかし視点を変え、好き嫌いを排除して俯瞰してみたらいい。トランプ大統領は、「国内の分断と国力の弱体化」が深刻なアメリカを建て直そうと、誰が何を言おうが意に介せずに果敢に行動している。世界中を敵に回しても国益を追求するトランプ大統領、一国のリーダーとして立派ではないかと思うのだ。

 「失われた30年」の結果、日本はアメリカに劣らず国力の衰退が著しく、さらに「戦後レジームからの脱却」を棚上げしてきた結果、戦うスピリットをも喪失して漂流している。視野を日米の外において客観視すれば、その深刻な現状が見えてくる。今政権に求められるのは、トランプ再登板を千載一遇の好機到来と捉え、日本の戦後レジーム解消という難題を一気呵成に解決してしまおうという戦略的行動である。

 憲法改正、対米依存からの自立、米軍基地縮小と横田基地返還という戦後最大の未解決問題に本気で取り組むことが保守・自民党の責務である筈だ。この局面においてなお、それに挑戦しようとせず国内問題に埋没するようであれば、自民党は既に国益に有害なゾンビ政党になり果てたとみなす他ない。

戦後の議会制民主主義を改めるとき

 <日本の問題は、石破茂を総理大臣に選んだ自民党の問題であり、それを一定程度支持している世論の問題でもあり、彼の行動に対して本質的な批判を避けようとする知識人の問題でもある。>(柴山桂太)

 但し戦後80年の日本が現在抱える問題は、単に石破首相だけの問題ではない。事態はもっと深刻である。真の問題は石破首相が選任されたプロセスの中に潜んでいる。

 永田町では今、玉木首相待望論が与野党双方から台頭しているという。しかもその理由は二つあるという。自民党にはポスト石破の候補がいないことに加えて、自公連立政権が衆議院で少数与党となったために、新総裁を選出しても野党が首班指名を一本化すれば勝てないからだという。その結果与党も野党も玉木首相を推薦するのだと。

 投票で決まる以上勝たなければ意味がないのだが、この動きには本質的な要素が二つ欠落していることを指摘しておきたい。一つは、次の首相が備えるべき資質と能力に関する人物評価論の欠落である。「ポスト石破の候補がいない」というが、次期首相に求められるのは激変する世界情勢の中で各国首脳と渡り合い、日本の国益を守り、未来を切り開いてゆく資質と能力でなければならない。

 他一つは、名乗りを上げる候補者が、どういう世界観、歴史観、国家観を持ち、日本の未来像についてどういうビジョンを持ち、それを実現するために総理大臣になったら何に挑戦するのかをテーマに、候補者どうしが充分な議論を戦わせるステップの欠落である。

 総じて言えば、「小児病」と称される石破茂氏を選出した自民党総裁の選出のプロセス自体が、激変モードに入った世界情勢に全く適合していないことが問題なのだ。『石破茂という恥辱』という特集号は、戦後80年は世界が比較的平穏だった故に何とか旧態依然の政治で体裁を保ってきたが、トランプが起こしつつある激流の中でどうにもならなくなった日本の現状を論じている。これは政治家の問題であると同時に、旧態依然の政治を続けてきた「小児病」国家日本の姿なのだと。

 ウクライナ戦争の終結を誤れば、「ロシアという専制主義国に欧米という民主主義諸国が負けた」という重大な結果を招く。日本は「座して米欧に従う」という従来の姿勢を改めて、「日本ならどうするか」を真剣に考えなければならない立場にある。トランプ大統領の目論見を理解した上で、かつG7のメンバー国として、さらには東アジアに有事事態が転移したときの最前線に位置する国として、トランプ大統領に対し逆提案を行ってでも主体的に行動すべきであろう。その行動は近未来の東アジア事態に備える重要な布石になると同時に、「ポスト戦後80年」の時代の、新しい日米関係を模索する第一歩となるのだと信じて止まない。

参照資料

資料1:久保田勇夫-武藤敏郎対談、産経4/25

資料2:乾正人、石原慎太郎に学べ、産経4/25

資料3:田中宇、国際ニュース解説4/23

資料4:クライテリオン、5月号

現代社会を襲うM10級の危機

(後編)危機の本質と対処を考える

<過剰債務と少子高齢化のジレンマ>

 日本政府が抱える債務は増大の一途にある。高齢化、激甚災害の増加、パンデミックの発生、安全保障リスクの増大等、その原因は複数あってどれも待ったなしである。ここで重要な真実は「過剰債務問題を抜本的に解決させる方法は、経済成長以外にない」ということだ。

 一方少子高齢化問題を解決する即効薬は存在しない。移民は解にはならない。移民はいわゆる「3K」等の分野で国民が敬遠する仕事を担う反面、単純労働の賃金を抑制し、治安を悪化させる要因になるからだ。現在欧米では移民の増大が危機的な社会問題となっており、移民に対して寛容だった従来の政策を転換しつつある。

 少子化問題を抜本的に解決するために必要なことは、経済の豊かさを取り戻すことである。一方高齢化問題に対する対策は、ロボットやAIを最大限活用することだろう。課題を解決する賢い活用法を世界に先駆けて見つけ、実用化し産業化することに挑戦する他ない。

 重要なことは、少子高齢化は経済成長を抑制する要因であるだけでなく、債務増加を促進する要因でもあることだ。この問題を解決するには「少子高齢化と過剰債務の増加」という負のスパイラルを、「テクノロジー・イノベーションと経済成長」という正のスパイラル」に転換する以外にない。

<大スタグフレーションと中央銀行の限界>

 インフレは古典的には需要と供給のバランスが崩れて発生した。エネルギー・資源・食料の高騰は、従来は戦争、天変地異、洪水や旱魃の結果として発生した。最近では高騰の原因に「武器化」が加わった。

 パンデミックとウクライナ侵攻が起きて、景気後退とインフレが同時に進行するスタグフレーションに世界経済は直面している。特に恐ろしいシナリオは、スタグフレーションと同時にバブル崩壊・金融危機が起きることだ。過去にインフレと巨額債務が同時に存在した例はないという。仮にそのような危機が起きた場合、過去の危機において中央銀行・政府がとってきた救済策は期待できそうにない。

 何故なら中央銀行はゼロ金利やマイナス金利という手段を既に使っていて、巨額の金融緩和を行い、政府は既に膨大な過剰債務を抱えているからだ。企業や銀行は固より、国外の債務を抱える国々のデフォルトが起きても救済できない事態に陥る可能性が懸念されている。

 EUでは現在二つの懸念が話題になっているようだ。一つは経済規模でEU第3位のイタリアがデフォルトに陥る懸念であり、もう一つはその場合大き過ぎて潰すことも救済することもできない懸念である。

<脱グローバル化と新冷戦、多極化の進行>

 グローバル化、民主主義、国家主権は三つ同時に実現できないトリレンマの関係にある。アメリカは結局グローバル化を放棄した。中国はグローバル化の最大の受益者となったが、専制主義のままで民主主義は決して受け入れないだろう。一方欧州は国家主権を制限して域内のグローバル化を選択した。こう考えると脱グローバル化は不可避と思われる。

 アメリカはウクライナに軍事侵攻したロシアに対し、禁じ手であった「ドルの武器化」を含む強力な制裁を行った。またトランプ政権がとった高い関税措置に加えて、バイデン政権は中国に対し先端技術や製品の実質的な禁輸を実施した。こうしてG7諸国と専制主義国家間のデカップリングが確定的になった。

 バイデン政権はさらに、世界にグローバル化を布教するバイブルだった「ワシントン・コンセンサス」を改定して、中国に対するデカップリング政策を強化することを宣言した。(『歴史はこうして作られる②新ワシントン・コンセンサス』参照)「デリスキング」という表現を使ってはいるものの、本質は誰が考えてもデカップリングに他ならない。

 前述したように、ロシアと中国に対するデカップリングは「諸刃の刃」であり、ロシアと中国は対抗策として貿易決済におけるドル離れを推進している。つまりポスト冷戦(グローバル化の時代)の時代が終わり、米中新冷戦(脱グローバル化の時代)の時代が始まったのだが、脱グローバル化が進めば「米国1強時代の終わり」が確定的になり、世界は否応なしに多極化していくことになる。

<AI革命がもたらす変化>

 AI革命は歴史上初めて「人類にとって強敵現わる」という大転換となるだろう。その理由は二つある。一つはコンピュータ・AIの知能が人類の知能を上回る「シンギュラリティ」に到達することである。もう一つは、AI革命は従来の産業革命と一線を画すものとなり、雇用環境を一変させることである。AI革命の先にどういう未来があるのか、よく分かっていないが、ここでは二人の識者の意見を紹介しておきたい。

 イスラエル人歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、「21世紀の経済学において最も重要な質問は、無用になった人々をどうするかということだ。仕事が次々に自動化される世界に幸福な未来が待ち受けているとは思えない。今回の革命は終末を告げるもののように見える。AIの進化は人間の生活を全く想像もつかない程に変えてしまうだろう。」と指摘する。

 オックスフォード大学教授で哲学者のニック・ボストロムは著書「スーパーインテリジェンス」の中で、人類の生存を脅かす脅威として小惑星の衝突と核戦争に次いでAIを挙げている。これはマシンは雇用だけでなく人類の生命をも奪いかねないという懸念の表明である。

 ハラリはさらにこう述べている。「コンピュータと人間が融合しない限りホモサピエンスは終わる。これから登場するのは、神のヒトとしてのホモデウスだ」と。ハラリが指摘するように、AIがサピエンスの側に立たない限りサピエンスは終わるのかもしれない。

<気候変動:別格の危機>

 気候変動というM10級危機が深刻化すると、紛争と極貧に苦しむ人々がかつてない規模で移住を始めることが予測されている。また温暖化が激しくなればパンデミックが頻発する恐れがあり、もし両者の間で相互作用が起きると全世界的な被害をもたらす恐れがある

 M10級危機の中で気候変動が別格である理由の一つは、それが「人類の生存」に関わっているからだ。そういう意味では、気候変動だけはM11級の危機として捉えるのが正しいのかもしれない。以下は資料2からの引用である。

「気候変動の脅威は原子爆弾よりも全面的であり、徹底的だ。」

「気候変動はゆっくり進行すると思われているが、実は驚くほど速い。一方それに対抗するための技術は直ぐ実現すると思われているが、残念ながらもどかしいほど時間がかかる。」

「気候変動が原因の経済崩壊には、救いも猶予もないのかもしれない。もはや脱出の希望は持てないからだ。」

「私たちの孫世代は、もっと豊かで平和だった世界の残骸の中で永遠に生きることになるだろう。」

 M10級危機の中で気候変動が別格である理由はもう一つある。それは他の7つの危機と異なり、気候変動は人類の歴史という文脈で捉える必要があるからだ。以下は資料2からの引用である。

「歴史とは一方的に進む物語である。農業が始まったのは1万2千年前で、この技術革命で狩猟と採集の生活に終止符が打たれ、都市と政治の仕組みが生まれて文明が誕生した。次に産業革命を契機として、化石燃料をエネルギーとする工業化と経済成長の時代が幕を開けた。そして今、人類が文明を築いてきた歴史が凄まじい勢いで逆噴射している。」

「危機的状況の根本原因は、我々が自分で語ってきた物語の中にある。それは、進歩という神話、人類中心という神話、自然からの乖離という神話だ。それらが神話であることすら忘れている事実が、更に危険を増大させる。」

「気候変動は成長の約束を台無しにする二つの流れを加速させる。一つは世界全体の経済を停滞させて、地域によっては恒久的な景気後退のような状況を作り出すことであり、もう一つは所得格差などの形で富める者より貧しい者が露骨に痛い目にあうことだ。」

<気候変動:人類史における転換点>

 気候変動は、これまで「成長と進歩」を絶対の教義として紡いできた人類史を大転換させるかもしれない。未来は人類が今何をするかにかかっている。以下は資料2からの引用である。

 「私たちが未だ理解していないフィードバックの循環や、科学者が特定できていない温暖化のプロセスが存在することは間違いない。人類を出現させ、文明と呼ばれるあらゆるものを世に送り出した気候システムはとても脆弱だ。たった一世紀ほどの人間の活動で、途端に不安定になった。その責任が人類にあるとすれば、元に戻す責任もある筈だ。」

 「気候変動に関して、ほぼ全てのカードを持っているのは中国だ。中国はどうやって、またいつまでに工業経済から脱工業化経済に移行するのか。存続する工業をいかにクリーン化していくのか。農業や食生活をどう作り変えるのか。爆発的に増えている中間層や富裕層の消費傾向をどうやって炭素集約度の低いものへと方向転換させるのか。」

 「一つの試算によれば、平均気温が3.7℃上昇した時の経済的損失は500兆ドル(7京円)を超えると予測される。それ以下の温度で上昇を食い止めることに成功するとしても、巨額の請求書が回ってくる。それは1世紀に及ぶ産業資本主義が、我々が生存できる唯一の星に与えた損害を解消するために、新しいシステムを構築して運営していく費用である。」

 「気候変動の壊滅的な影響を避けるためには、航空機の刷新から土地の変更まで、隅々にわたってインフラを集中的に作り変える必要がある。例えば、世界中の化石燃料の発電所をクリーンな発電能力をもつ原子力発電所に全面的に置換するというように。だが、汚れた既存システムを引退させ、新規のシステムを導入しようとしても、利害が関わる企業や変化を望まない消費者から強い抵抗が起こるだろう。」

 ちなみに太陽光発電は、レアメタルを含む素材の採掘、輸送、製造からリサイクルまでの全プロセスを考えると、脱炭素にも環境汚染対策にもならない現実を直視する必要がある。真にクリーンな発電を目指すなら、原発以外に現実的な解はないことを付け加えておきたい。

孫世代の未来のために

 M9だった東日本大震災と福島原発事故が相次いで起きた時、平時とは異なる有事対応が必要だったことを我々は思い知らされた。過去のM8級~M7級の地震で蓄積してきた経験や常識だけでは対処できなかったのである。この時の教訓を踏まえて、近未来に起こり得るM10級危機との戦いは、何れもが容易には克服できない難題なのだとの認識に立つ必要がある。発想も対策もM10級の有事対応のものでなければ対処できないことを肝に銘じておくべきだ。

 では、この難題に人類はどう立ち向かえばいいのだろうか。答えは何処にもないが、着眼点は三つあるように思う。第一はスピリット(心構え)に係るものであり、「課題は発明の母」、「危機はチャンス」と捉えて、立ちすくむのではなく立ち向かうことである。

 第二はテクノロジーに係るものであり、危機を抜本的に解決する可能性のある革新的テクノロジーの開発に国力をかけて取り組むことである。日本にはG7メンバーとして、テクノロジー・イノベーションという世界レベルの競争において、常に先頭集団を走り続ける使命と資質がある。それを阻害する旧態依然の仕組みや制度は、「M10級の危機への対処」という有事対応の発想に立って、大胆に刷新しなければならない。

 第三はシステムとその運用に係るものである。気候変動危機への対処は、「自然環境と生態系との共生」という境界条件のもとで、人類社会の在り方を問い直しシステムを再構築する挑戦となるだろう。

 第三の着眼点に立って考えるとき、日本は世界で極めてユニークな歴史を持っている事実に思い至る。日本は明治維新では一気呵成のスピードで西洋文明を取り入れ、第二次世界大戦ではその西洋文明を相手に戦争をして敗れた。明治維新と敗戦という二つの転換点に、M10級の危機に直面する現在の転換点を加えて、近代国家日本の歴史と未来を俯瞰してみたらどうなるだろうか。明治維新以降を近代国家日本の第一期、戦後の時代を第二期、現在以降を第三期と括り直すと、第三期に日本は何をすべきか、命題とテーマが浮かび上がってくる。

 M10級危機、とりわけ気候変動危機は、自然破壊と引き換えに経済成長を続けてきた西洋文明にこそ根本的な原因がある。さらに気候変動以外の危機は、「成長と進歩」を至上命題としてきた西洋文明が行き詰まったことを物語っている。「成長と進歩」の過程で人類が作り込んできたさまざまなシステムが臨界点に到達したのだと解釈できる。この事実こそがM10級危機の本質ではないだろうか。

 ここまでの認識が正しいとすれば、危機に対処するためには、「自然や生態系を破壊してでも」という西洋文明の教義を、「自然や生態系と共生しながら」という教義に書き換えることから始めなければならないことが明らかだ。ここで日本の歴史がユニークなのは、西洋文明を取り入れる遥か1万6千年前から育んできた縄文文明があったことだ。日本人は明治維新以前、縄文の昔から自然を畏敬し共生する自然観・宗教観を育んできたことに誇りを持つべきである。

 我々日本人にはその文明のスピリットが今でも受け継がれている。西行法師が伊勢神宮を参拝した時に詠んだ「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」という和歌がそれを如実に物語っている。この宗教観は現代の我々にも確実に継承されている。そう認識を新たにすると、相当の難題、もしかしたら解決が困難な難題であっても、日本には本気で挑戦すべき役割と資質があることに思い至る。それこそが第三期の日本の役割でありテーマである筈だ。大げさに言えば、世界のために、そして孫世代の未来のために。

(資料1)『MEGATHREATS、世界経済を破滅させる10の巨大な脅威』、Nouriel Roubini、日本経済新聞出版、2022年11月

(資料2)『地球に住めなくなる日、気候崩壊の避けられない真実』、David Wallace-Wells、NHK出版、2020年3月

ウクライナ戦争の深層(3)

ノルドストリーム爆破事件

 2022年9月26日にバルト海の海底に敷設されていた、ロシアからドイツに天然ガスを供給するパイプライン4本の内3本が爆破される事件が起きた。犯人はウクライナ戦争当事者のロシアでもウクライナでもない。被害が甚大で何の得にもならないからだ。では誰が何のためにこんなことをしたのか?

 米国の著名なジャーナリストであるSeymour Hersh(以下、ハーシュ)が『米国はどうやってノルドストリームパイプラインを破壊したのか(How America took out the Nord Stream Pipeline)』という記事を2月8日の自身のブログに投稿した。

 ハーシュは、外交・軍事に関わる報道でピューリッツァー賞などを受賞した米国のジャーナリストで、ベトナム戦争のソンミ村虐殺事件、アブグレイブ刑務所における捕虜虐待事件、大韓航空機事件等のスクープ記事を書いている。

 第3部でははじめにハーシュ記事の要点を紹介し、分析を加える。論点を三つに分けてハーシュの記述を引用する。

そもそもバイデン政権はノルドストリームをどう認識していたのか

≪バイデンはNSを、プーチンが野望を実現するために天然ガスを兵器化する手段とみなしていた。≫

President Joseph Biden saw the pipelines as a vehicle for Vladimir Putin to weaponize natural gas for his political and territorial ambitions.

≪バイデン政権の外交政策チームである、国家安全保障補佐官ジェイク・サリバン(Jake Sullivan)、国務長官トニー・ブリンケン(Tony Blinken)、国務次官ビクトリア・ヌーランド(Victoria Nuland)は、当初からNS1は西洋優位に対する脅威(a threat to western dominance)となると認識していた。≫

≪NS1はNATOとワシントンにとって既に十分危険だった。2021年9月に完成したNS2が稼働すれば、ロシアは新たな収入源を獲得し、ドイツと西欧へ供給する低価格の天然ガスが倍増し、欧州のアメリカ依存が低下する。≫

≪バイデン政権は、安い天然ガスに依存するドイツや他の欧州諸国が、ウクライナに対し資金と武器を供給することを拒むことを恐れていた。≫

爆破作戦はどのように実行されたのか

≪2021年12月に、サリバンは統合参謀本部、CIA、国務省、財務省から新たに編成したタスクフォースを招集して、プーチンの差し迫った侵攻にどう対処するか提言を求めた。≫

≪やがてCIAメンバーはパナマシティの深海ダイバーを使ってパイプラインに極秘裏に爆発物を仕掛ける計画を提言した。≫

≪作戦計画を具体化する段階からアメリカはノルウェーと組んだ。そもそも現在NATOの最高司令官を務めるイェンス・ストルテンベルグ(Jens Stoltenberg)はノルウェーの首相を8年務めた人物である。地理と経験、能力などの点でもノルウェーは絶好のパートナーだった。さらにノルウェーには、アメリカがNSを破壊してくれれば、ノルウェー製の天然ガスを欧州に提供できるという目論見もあったろう。≫

≪ノルウェー海軍は、作戦実行のための重要な課題に対し、次々と的確なオプションを用意した。爆破に適した場所、周辺国に察知されないこと、爆破時期をいつにすべきかなどだ。周辺国からカモフラージュするために、アメリカ第6艦隊が主導して毎年実施しているBALTOP22(Baltic Operations 22)の中で爆薬をセットすることが決まった。そして6月にパナマシティの深海ダーバー達がパイプラインに高性能爆薬C4を設置した。≫

≪爆破のタイミングは犯人の特定を困難にするために、ワシントンが選択できるようにし、それまでに誤動作しないよう技術的な工夫がなされた。≫

≪2022年9月26日にノルウェーのP8偵察機が定期飛行を行い、ソナーブイを落下させた。2~3時間後に高性能爆薬C4が起爆され、4本のパイプラインの内3本が爆破された。≫

On September 26, 2022, a Norwegian Navy P8 surveillance plane made a seemingly routine flight and dropped a sonar buoy. A few hours later, the high-powered C4 explosives were triggered and three of the four pipelines were put out of commission.

アメリカ犯人説の根拠

≪ロシアがウクライナに軍事侵攻をする2週間ほど前の2月7日に、ドイツのショルツ新首相がホワイトハウスを訪問した。記者会見の席でバイデンは傲慢にもこう言った。「もしロシアが進行すればNS2はもうない。我々が終わりにする。」と。≫

Biden defiantly said, “If Russia invades . . . there will be no longer a Nord Stream 2. We will bring an end to it.”

≪その20日前には、国務省でのブリーフィングで、ヌーランド国務次官が少数のマスコミ関係者の前で、質問に答えてこう述べた。「はっきり言うと、ロシアがウクライナに侵攻すれば、何らかの方法によりNS2が前に進むことはなくなるでしょう。」≫

“I want to be very clear to you today,” she said in response to a question. “If Russia invades Ukraine, one way or another Nord Stream 2 will not move forward.”

≪バイデンとヌーランドが軽率な発言を行ったことにより、パイプライン爆破作戦がもはや秘密作戦ではなくなったとCIA高官は心に決めた。≫

≪爆破後、アメリカのメディアは不可解な謎だと扱った。ロシア犯人説も繰り返し浮上したが、ロシアにとって甚大な損失でしかないことに対する明確な動機を見つけられなかった。かつてバイデンとヌーランドが行ったパイプラインに対する脅威発言と結びつけて詮索しようとする大手新聞は現れなかった。≫

≪爆破後の9月30日の記者会見の場で、ブリンケン国務長官は次のように述べた。「西欧のロシアへのエネルギー従属を取り除き、プーチンにエネルギーの兵器化を断念させる上で、一度きりで絶好の機会が訪れた。西欧のさらに言えば世界の市民が重荷を背負わないために、これがもたらす全ての結果について、我々にできることは全て行うことを決意した。」≫

“It’s a tremendous opportunity to once and for all remove the dependence on Russian energy and thus to take away from Vladimir Putin the weaponization of energy as a means of advancing his imperial designs. That’s very significant and that offers tremendous strategic opportunity for the years to come, but meanwhile we’re determined to do everything we possibly can to make sure the consequences of all of this are not borne by citizens in our countries or, for that matter, around the world.”

≪2023年1月末に開かれた上院の外交関係委員会における証言で、ヌーランドはテッド・クルーズ上院議員に対し次のように述べた。「あなたと同じように、バイデン政権はNS2が今や海底で金属の塊と化したことに大変喜んでいる。」≫

“Like you, I am, and I think the Administration is, very gratified to know that Nord Stream 2 is now, as you like to say, a hunk of metal at the bottom of the sea.”

アメリカはなぜこのような暴挙を実行したのか

 NSが爆破されたのは9月26日だった。バイデン大統領がショルツ首相に「ロシアがウクライナに侵攻すればNSは終わりだ」と予告したのが9月7日で、ブリンケン国務長官が「爆破したことで欧州のロシア依存を終わらせ、ロシアのエネルギーの兵器化を阻止した」ことを宣言したのが9月30日だった。

 この事実を時系列に並べるだけでも、大統領が予告し国務長官が成果報告した形をとっており、実行したのがアメリカであることは疑う余地がない。

 しかし、ロシアのウクライナ軍事侵攻は国際法に違反する重大な犯罪であると非難する一方で、自らは他国が敷設したインフラを勝手に爆破する行動をどう解釈すればいいのだろうか。

 アメリカはウクライナ戦争を直接戦っている当事国ではないが、武器や情報の供与など間接的には深く関与している。またプーチンが避難したように、アメリカはイランのスレイマニ司令官をバクダット近郊で殺害している。アメリカの視点に立って考えれば、NS爆破は「世界の警察官」の行為として正当化されると考えているのだろう。

 今年2月21日に行われた年次教書演説で、プーチンは<だが我々の背後には全く別のシナリオが用意されていた。ドンバスでの平和を実現するという西側の指導者の約束は真っ赤な嘘だった。>と発言している。「全く別のシナリオ」とは、ロシアに軍事侵攻させてロシアを滅ぼす作戦を始めることを指していると解釈される。この視点に立って考えてみると、NS爆破はこのシナリオの一環として手順を踏んで実行された作戦だったことになる。プーチンを煽って軍事侵攻させ、それを理由に協力関係を強化しつつあった欧州-ロシア関係をリセットしたということだ。

 そう考えると、NS爆破はもはや秘密作戦ではなく、予告することによって全ての責任はプーチンにあると位置づけることにアメリカは成功したことになる。

 以下では、第1部及び第2部と上記爆破事件を踏まえて、ウクライナ戦争の深層について総括してみたい。

繰り返されたシナリオと工作

 第1部で、「世界の歴史には、意図的に戦争や革命を起こし世界を不安定化させて大きく儲けようとする集団が存在した。・・・第二次世界大戦からアラブの春に至る事件は、自然発生したのではなく巧妙に仕組まれ挑発された結果だった。」と書いた。

 今回のウクライナ戦争においても、英米は歴史上の事件と同様に巧妙なシナリオを用意し、さまざまな工作を行ったと考えるべきだろう。第2部で紹介したように、プーチン自身が「全く別のシナリオが用意されていた」と述べていることがその証左だ。推察するならば、そのシナリオとは「ロシアにウクライナへ軍事侵攻させておいて、それを口実にロシアを潰す」ことだったのだろう。そしてNSパイプライン爆破はそのための工作の一つとして実行されたのだった。

 また第2部で、「ウクライナ戦争は三階層の構造を持っている。第一層はロシア対ウクライナの地上戦、第二層はロシア対 NATOのエネルギーを含めた地政学を巡る戦争、そして第三層はロシア対アメリカの世界秩序の形態(多極化か米国1強体制の継続)を賭けた覇権戦争の三つである。」と書いた。

 バルダイ・クラブや年次教書演説の発言を文字どおりに受け止めれば、プーチンは第一層の戦争を始めたのであって、第二層及び第三層は視野の外だったことを告白している。それに対してアメリカはNS爆破作戦を実行してプーチンを第二層の戦争に引きずり込んだ。これがプーチンの言う「別のシナリオ」の意味だったと解釈される。

制裁は諸刃の刃

 アメリカはロシア潰しのシナリオの一環として、強力な経済制裁と金融制裁を実行した。しかしながら、プーチンがバルダイ・クラブで述べたことが虚勢でなければ、今のところアメリカが期待した顕著な効果は現れていないことになる。核兵器保有国でエネルギー資源大国というロシアは相当タフだからだ。

 そもそも対ロシア制裁は諸刃の刃だった。制裁が長期化するほどロシアは弱体化してゆくだろうが、制裁には強い副作用があり、ロシアをグローバル経済から締め出す一方で、ベラルーシやイラン、中国やインドなど制裁に加わらない国々とロシアの経済交流を活発化させるだろう。即ち制裁は世界経済のブロック化を推進するということだ。

 さらに金融制裁としてアメリカはロシアを国際銀行間金融通信協会(SWIFT)から締め出した。肉を切らせて骨を断つ手を打ったと言われるが、エネルギー取引という西側には封じ込めできないドアが開いているので、ロシア産石油や天然ガスのドルを使わない決済が拡大してゆくだろう。

 アメリカはドルの金兌換を停止したニクソンショック後に、キッシンジャーが画策して石油取引の決済をドルで行う「石油ドル本位制」(Petrodollar System, PDS)を確立した。ドル決済が減ればドル覇権体制の弱体化が進む。これはウクライナ戦争の長期化は、ロシア経済の弱体化とドル覇権体制の弱体化の何れが先に深刻化するかの体力勝負となることを意味する。

多極化かアメリカ1強体制の維持か(プーチンが提起した問題)

 プーチンは、我々は「多極化かアメリカ1強体制の存続か」という歴史上の分岐点に立っていると指摘した。

 ウクライナ侵略に対する国連の対露制裁決議が昨年3月2日~今年2月23日の間に6回行われている。その結果はロシアに対する制裁が厳しいほど反対や棄権が多く、6本の制裁決議の内、包括的で緩やかな決議4本では、賛成141~143ヵ国、反対5~7ヵ国、棄権32~38ヵ国だった。逆に具体的で厳しい制裁の決議2本では、賛成93~94ヵ国、反対14~24ヵ国、棄権58~73ヵ国だった。

 少々乱暴だが、賛成派は当面アメリカ1強体制の維持を支持し、反対派は多極化を支持し、棄権派は態度保留とみることができるだろう。ここで重要なのは、国連加盟国193ヵ国の7割を占めるグローバルサウスが「多極化かアメリカ1強体制維持か」の動向を左右することだ。

 かつてオバマ大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と発言したが、その背景にはアメリカの弱体化が進んでいる現実がある。ウクライナ戦争において、アメリカはロシアによるエネルギーの兵器化を阻止することに成功した一方で、自らはSWIFTからの追放を制裁手段として使った。これはアメリカのドル覇権を弱体化させる自殺行為でもある。

 もしロシアの弱体化が先に顕在化すれば、ウクライナ戦争は終結に近づくだろう。逆にもしドル覇権の弱体化が先に顕著になれば、アメリカの思惑とは逆に多極化が進むことになる。

 ここで一つ疑問がある。一体アメリカは1強体制を維持したいのか、それとも多極化を進めたいのか、アメリカの本音は何処にあるのだろうか。バイデン政権、民主党、ネオコンは1強体制の存続を志向し、一方金融資本家は世界が不安定化し多極化が進むことを志向していると思われる。アメリカは一枚岩ではないのだ。

岐路に立つアメリカ

 これまでにバイデン政権は、自殺行為になりかねない極めて乱暴な手段を実行してきた。一つは2020年の大統領選でなりふり構わず大規模な組織ぐるみの選挙データの改ざんを行って、大統領のポストを奪い取ったことだ。これはアメリカの民主主義を否定する暴挙だった。不正選挙を信じていない人も多いかもしれないが、この件については、第1部で引用した『謀略と捏造の200年戦争』の中で、渡辺惣樹が次のように端的に述べている。

 ≪前回の大統領選でバイデンは8100万票を獲得しました。トランプが7400万票です。(それ以前の選挙で)オバマでさえ6900万票、ヒラリー・クリントンでも6500万票しかない。何故人気のないバイデンが8100万票という歴代1位を得ることができたのか。(選挙不正を)陰謀論と批判するなら、この選挙結果を合理的に説明してほしい。≫

 2020年の大統領選挙の真相は、何が何でも民主党に政権を奪還させるシナリオを作り、実際に大規模な選挙データの改ざん工作を指揮し、資金提供したアクターが存在したことにある。バイデン自身は民主党候補の中で最も扱いやすい候補として選ばれた役者だった。そしてバイデンに8100万票もの得票を与えた勢力が民主党を担ぎバイデンを担いだのである。

 もう一つの乱暴な行為は、言うまでもなく強引にNSパイプラインを爆破して欧州とロシアの連携にピリオドを打ったことである。これはどう考えても「世界の警察官」が自ら犯罪の首謀者になる暴挙だったという他ない。

 そもそもアメリカは何故ロシアを潰すことを画策したのだろうか。完成したNS2が稼働すれば欧州とロシアはエネルギー調達を介して連携を強めることになり、相対的に欧州とアメリカの連携が弱まる懸念があったことは明白だ。加えて中国との全面衝突がカウントダウンとなり、その前にロシアを潰しておこうという計算が働いた可能性もある。

 もしロシアが弱体化しウクライナ戦争終結の目途が立てば、アメリカは次に中国に対するシナリオを全面的に発動させるだろう。但しその場合、アメリカは今回よりも数段タフな戦いを強いられるに違いない。何故なら中国は国力の点でロシアよりも遥かに規模が大きく、しかも中国は今回の事件から多くの教訓を学び取っており、さらにドル覇権は現在よりも確実に弱体化しているからである。

リアクション

 ここまで述べてきたように、バイデン政権は、アメリカ国内及び国際社会において、民主主義と国際秩序を自ら破壊する行動をとってきた。そうしなければバイデン政権は誕生しておらず、ロシアをここまで追い詰めることはできなかったのかもしれない。しかしアメリカ1強体制を強化する行動をとったようにみえて、結局は多極化を進める結果を招くことになるのではないだろうか。また短期的には見事に作戦が成功したように見えても、やがてその大きな代償を払わなければならない局面が確実にやってくるだろう。

 暴挙に対するアメリカ国内及び世界の世論からのリアクションを軽視すべきではない。その最初のリアクションが2024年の大統領選挙に向けてアメリカ国内で顕在化してくることは間違いない。そして2024年の大統領選挙では前回以上に民主党に対し強い逆風が吹くだろう。共和党は不正の再発防止策を講じるだろうし、もし再び民主党が同等の不正を行うようなことがあれば、国内の分断は危険水域を超えるだろう。

 ウクライナ戦争を歴史軸の中で捉え、当事者であるプーチンとバイデンの言動を踏まえて戦争の深層について考察してきた。過去の戦争や革命と同じように、今回も用意されたシナリオがあり、挑発されて起きたことが明らかになった。今回のウクライナ戦争で米国が用意したシナリオはロシアを潰すことを目的としたものであり、経済制裁、金融制裁に加えてNS爆破というかなり荒っぽい工作が次々に実行された。

 一つ解けていない謎があった。それはバイデンが何故このタイミングを選んだのかということだった。ここまで書いてきて気が付いた。それはバイデンの任期である。2020年の大統領選挙で相当荒っぽい不正選挙を敢行した勢力には、2024年の大統領選では相当のリアクションが起きて共和党が政権を奪い返す可能性が高いことを承知していた筈だ。そう考えると、バイデン政権の2年目の早い時期にウクライナ侵攻を起こさせ、手荒な工作を行ってでもロシアを潰す目途を付けておく必要があったということだ。