ウクライナ戦争の深層(3)

ノルドストリーム爆破事件

 2022年9月26日にバルト海の海底に敷設されていた、ロシアからドイツに天然ガスを供給するパイプライン4本の内3本が爆破される事件が起きた。犯人はウクライナ戦争当事者のロシアでもウクライナでもない。被害が甚大で何の得にもならないからだ。では誰が何のためにこんなことをしたのか?

 米国の著名なジャーナリストであるSeymour Hersh(以下、ハーシュ)が『米国はどうやってノルドストリームパイプラインを破壊したのか(How America took out the Nord Stream Pipeline)』という記事を2月8日の自身のブログに投稿した。

 ハーシュは、外交・軍事に関わる報道でピューリッツァー賞などを受賞した米国のジャーナリストで、ベトナム戦争のソンミ村虐殺事件、アブグレイブ刑務所における捕虜虐待事件、大韓航空機事件等のスクープ記事を書いている。

 第3部でははじめにハーシュ記事の要点を紹介し、分析を加える。論点を三つに分けてハーシュの記述を引用する。

そもそもバイデン政権はノルドストリームをどう認識していたのか

≪バイデンはNSを、プーチンが野望を実現するために天然ガスを兵器化する手段とみなしていた。≫

President Joseph Biden saw the pipelines as a vehicle for Vladimir Putin to weaponize natural gas for his political and territorial ambitions.

≪バイデン政権の外交政策チームである、国家安全保障補佐官ジェイク・サリバン(Jake Sullivan)、国務長官トニー・ブリンケン(Tony Blinken)、国務次官ビクトリア・ヌーランド(Victoria Nuland)は、当初からNS1は西洋優位に対する脅威(a threat to western dominance)となると認識していた。≫

≪NS1はNATOとワシントンにとって既に十分危険だった。2021年9月に完成したNS2が稼働すれば、ロシアは新たな収入源を獲得し、ドイツと西欧へ供給する低価格の天然ガスが倍増し、欧州のアメリカ依存が低下する。≫

≪バイデン政権は、安い天然ガスに依存するドイツや他の欧州諸国が、ウクライナに対し資金と武器を供給することを拒むことを恐れていた。≫

爆破作戦はどのように実行されたのか

≪2021年12月に、サリバンは統合参謀本部、CIA、国務省、財務省から新たに編成したタスクフォースを招集して、プーチンの差し迫った侵攻にどう対処するか提言を求めた。≫

≪やがてCIAメンバーはパナマシティの深海ダイバーを使ってパイプラインに極秘裏に爆発物を仕掛ける計画を提言した。≫

≪作戦計画を具体化する段階からアメリカはノルウェーと組んだ。そもそも現在NATOの最高司令官を務めるイェンス・ストルテンベルグ(Jens Stoltenberg)はノルウェーの首相を8年務めた人物である。地理と経験、能力などの点でもノルウェーは絶好のパートナーだった。さらにノルウェーには、アメリカがNSを破壊してくれれば、ノルウェー製の天然ガスを欧州に提供できるという目論見もあったろう。≫

≪ノルウェー海軍は、作戦実行のための重要な課題に対し、次々と的確なオプションを用意した。爆破に適した場所、周辺国に察知されないこと、爆破時期をいつにすべきかなどだ。周辺国からカモフラージュするために、アメリカ第6艦隊が主導して毎年実施しているBALTOP22(Baltic Operations 22)の中で爆薬をセットすることが決まった。そして6月にパナマシティの深海ダーバー達がパイプラインに高性能爆薬C4を設置した。≫

≪爆破のタイミングは犯人の特定を困難にするために、ワシントンが選択できるようにし、それまでに誤動作しないよう技術的な工夫がなされた。≫

≪2022年9月26日にノルウェーのP8偵察機が定期飛行を行い、ソナーブイを落下させた。2~3時間後に高性能爆薬C4が起爆され、4本のパイプラインの内3本が爆破された。≫

On September 26, 2022, a Norwegian Navy P8 surveillance plane made a seemingly routine flight and dropped a sonar buoy. A few hours later, the high-powered C4 explosives were triggered and three of the four pipelines were put out of commission.

アメリカ犯人説の根拠

≪ロシアがウクライナに軍事侵攻をする2週間ほど前の2月7日に、ドイツのショルツ新首相がホワイトハウスを訪問した。記者会見の席でバイデンは傲慢にもこう言った。「もしロシアが進行すればNS2はもうない。我々が終わりにする。」と。≫

Biden defiantly said, “If Russia invades . . . there will be no longer a Nord Stream 2. We will bring an end to it.”

≪その20日前には、国務省でのブリーフィングで、ヌーランド国務次官が少数のマスコミ関係者の前で、質問に答えてこう述べた。「はっきり言うと、ロシアがウクライナに侵攻すれば、何らかの方法によりNS2が前に進むことはなくなるでしょう。」≫

“I want to be very clear to you today,” she said in response to a question. “If Russia invades Ukraine, one way or another Nord Stream 2 will not move forward.”

≪バイデンとヌーランドが軽率な発言を行ったことにより、パイプライン爆破作戦がもはや秘密作戦ではなくなったとCIA高官は心に決めた。≫

≪爆破後、アメリカのメディアは不可解な謎だと扱った。ロシア犯人説も繰り返し浮上したが、ロシアにとって甚大な損失でしかないことに対する明確な動機を見つけられなかった。かつてバイデンとヌーランドが行ったパイプラインに対する脅威発言と結びつけて詮索しようとする大手新聞は現れなかった。≫

≪爆破後の9月30日の記者会見の場で、ブリンケン国務長官は次のように述べた。「西欧のロシアへのエネルギー従属を取り除き、プーチンにエネルギーの兵器化を断念させる上で、一度きりで絶好の機会が訪れた。西欧のさらに言えば世界の市民が重荷を背負わないために、これがもたらす全ての結果について、我々にできることは全て行うことを決意した。」≫

“It’s a tremendous opportunity to once and for all remove the dependence on Russian energy and thus to take away from Vladimir Putin the weaponization of energy as a means of advancing his imperial designs. That’s very significant and that offers tremendous strategic opportunity for the years to come, but meanwhile we’re determined to do everything we possibly can to make sure the consequences of all of this are not borne by citizens in our countries or, for that matter, around the world.”

≪2023年1月末に開かれた上院の外交関係委員会における証言で、ヌーランドはテッド・クルーズ上院議員に対し次のように述べた。「あなたと同じように、バイデン政権はNS2が今や海底で金属の塊と化したことに大変喜んでいる。」≫

“Like you, I am, and I think the Administration is, very gratified to know that Nord Stream 2 is now, as you like to say, a hunk of metal at the bottom of the sea.”

アメリカはなぜこのような暴挙を実行したのか

 NSが爆破されたのは9月26日だった。バイデン大統領がショルツ首相に「ロシアがウクライナに侵攻すればNSは終わりだ」と予告したのが9月7日で、ブリンケン国務長官が「爆破したことで欧州のロシア依存を終わらせ、ロシアのエネルギーの兵器化を阻止した」ことを宣言したのが9月30日だった。

 この事実を時系列に並べるだけでも、大統領が予告し国務長官が成果報告した形をとっており、実行したのがアメリカであることは疑う余地がない。

 しかし、ロシアのウクライナ軍事侵攻は国際法に違反する重大な犯罪であると非難する一方で、自らは他国が敷設したインフラを勝手に爆破する行動をどう解釈すればいいのだろうか。

 アメリカはウクライナ戦争を直接戦っている当事国ではないが、武器や情報の供与など間接的には深く関与している。またプーチンが避難したように、アメリカはイランのスレイマニ司令官をバクダット近郊で殺害している。アメリカの視点に立って考えれば、NS爆破は「世界の警察官」の行為として正当化されると考えているのだろう。

 今年2月21日に行われた年次教書演説で、プーチンは<だが我々の背後には全く別のシナリオが用意されていた。ドンバスでの平和を実現するという西側の指導者の約束は真っ赤な嘘だった。>と発言している。「全く別のシナリオ」とは、ロシアに軍事侵攻させてロシアを滅ぼす作戦を始めることを指していると解釈される。この視点に立って考えてみると、NS爆破はこのシナリオの一環として手順を踏んで実行された作戦だったことになる。プーチンを煽って軍事侵攻させ、それを理由に協力関係を強化しつつあった欧州-ロシア関係をリセットしたということだ。

 そう考えると、NS爆破はもはや秘密作戦ではなく、予告することによって全ての責任はプーチンにあると位置づけることにアメリカは成功したことになる。

 以下では、第1部及び第2部と上記爆破事件を踏まえて、ウクライナ戦争の深層について総括してみたい。

繰り返されたシナリオと工作

 第1部で、「世界の歴史には、意図的に戦争や革命を起こし世界を不安定化させて大きく儲けようとする集団が存在した。・・・第二次世界大戦からアラブの春に至る事件は、自然発生したのではなく巧妙に仕組まれ挑発された結果だった。」と書いた。

 今回のウクライナ戦争においても、英米は歴史上の事件と同様に巧妙なシナリオを用意し、さまざまな工作を行ったと考えるべきだろう。第2部で紹介したように、プーチン自身が「全く別のシナリオが用意されていた」と述べていることがその証左だ。推察するならば、そのシナリオとは「ロシアにウクライナへ軍事侵攻させておいて、それを口実にロシアを潰す」ことだったのだろう。そしてNSパイプライン爆破はそのための工作の一つとして実行されたのだった。

 また第2部で、「ウクライナ戦争は三階層の構造を持っている。第一層はロシア対ウクライナの地上戦、第二層はロシア対 NATOのエネルギーを含めた地政学を巡る戦争、そして第三層はロシア対アメリカの世界秩序の形態(多極化か米国1強体制の継続)を賭けた覇権戦争の三つである。」と書いた。

 バルダイ・クラブや年次教書演説の発言を文字どおりに受け止めれば、プーチンは第一層の戦争を始めたのであって、第二層及び第三層は視野の外だったことを告白している。それに対してアメリカはNS爆破作戦を実行してプーチンを第二層の戦争に引きずり込んだ。これがプーチンの言う「別のシナリオ」の意味だったと解釈される。

制裁は諸刃の刃

 アメリカはロシア潰しのシナリオの一環として、強力な経済制裁と金融制裁を実行した。しかしながら、プーチンがバルダイ・クラブで述べたことが虚勢でなければ、今のところアメリカが期待した顕著な効果は現れていないことになる。核兵器保有国でエネルギー資源大国というロシアは相当タフだからだ。

 そもそも対ロシア制裁は諸刃の刃だった。制裁が長期化するほどロシアは弱体化してゆくだろうが、制裁には強い副作用があり、ロシアをグローバル経済から締め出す一方で、ベラルーシやイラン、中国やインドなど制裁に加わらない国々とロシアの経済交流を活発化させるだろう。即ち制裁は世界経済のブロック化を推進するということだ。

 さらに金融制裁としてアメリカはロシアを国際銀行間金融通信協会(SWIFT)から締め出した。肉を切らせて骨を断つ手を打ったと言われるが、エネルギー取引という西側には封じ込めできないドアが開いているので、ロシア産石油や天然ガスのドルを使わない決済が拡大してゆくだろう。

 アメリカはドルの金兌換を停止したニクソンショック後に、キッシンジャーが画策して石油取引の決済をドルで行う「石油ドル本位制」(Petrodollar System, PDS)を確立した。ドル決済が減ればドル覇権体制の弱体化が進む。これはウクライナ戦争の長期化は、ロシア経済の弱体化とドル覇権体制の弱体化の何れが先に深刻化するかの体力勝負となることを意味する。

多極化かアメリカ1強体制の維持か(プーチンが提起した問題)

 プーチンは、我々は「多極化かアメリカ1強体制の存続か」という歴史上の分岐点に立っていると指摘した。

 ウクライナ侵略に対する国連の対露制裁決議が昨年3月2日~今年2月23日の間に6回行われている。その結果はロシアに対する制裁が厳しいほど反対や棄権が多く、6本の制裁決議の内、包括的で緩やかな決議4本では、賛成141~143ヵ国、反対5~7ヵ国、棄権32~38ヵ国だった。逆に具体的で厳しい制裁の決議2本では、賛成93~94ヵ国、反対14~24ヵ国、棄権58~73ヵ国だった。

 少々乱暴だが、賛成派は当面アメリカ1強体制の維持を支持し、反対派は多極化を支持し、棄権派は態度保留とみることができるだろう。ここで重要なのは、国連加盟国193ヵ国の7割を占めるグローバルサウスが「多極化かアメリカ1強体制維持か」の動向を左右することだ。

 かつてオバマ大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と発言したが、その背景にはアメリカの弱体化が進んでいる現実がある。ウクライナ戦争において、アメリカはロシアによるエネルギーの兵器化を阻止することに成功した一方で、自らはSWIFTからの追放を制裁手段として使った。これはアメリカのドル覇権を弱体化させる自殺行為でもある。

 もしロシアの弱体化が先に顕在化すれば、ウクライナ戦争は終結に近づくだろう。逆にもしドル覇権の弱体化が先に顕著になれば、アメリカの思惑とは逆に多極化が進むことになる。

 ここで一つ疑問がある。一体アメリカは1強体制を維持したいのか、それとも多極化を進めたいのか、アメリカの本音は何処にあるのだろうか。バイデン政権、民主党、ネオコンは1強体制の存続を志向し、一方金融資本家は世界が不安定化し多極化が進むことを志向していると思われる。アメリカは一枚岩ではないのだ。

岐路に立つアメリカ

 これまでにバイデン政権は、自殺行為になりかねない極めて乱暴な手段を実行してきた。一つは2020年の大統領選でなりふり構わず大規模な組織ぐるみの選挙データの改ざんを行って、大統領のポストを奪い取ったことだ。これはアメリカの民主主義を否定する暴挙だった。不正選挙を信じていない人も多いかもしれないが、この件については、第1部で引用した『謀略と捏造の200年戦争』の中で、渡辺惣樹が次のように端的に述べている。

 ≪前回の大統領選でバイデンは8100万票を獲得しました。トランプが7400万票です。(それ以前の選挙で)オバマでさえ6900万票、ヒラリー・クリントンでも6500万票しかない。何故人気のないバイデンが8100万票という歴代1位を得ることができたのか。(選挙不正を)陰謀論と批判するなら、この選挙結果を合理的に説明してほしい。≫

 2020年の大統領選挙の真相は、何が何でも民主党に政権を奪還させるシナリオを作り、実際に大規模な選挙データの改ざん工作を指揮し、資金提供したアクターが存在したことにある。バイデン自身は民主党候補の中で最も扱いやすい候補として選ばれた役者だった。そしてバイデンに8100万票もの得票を与えた勢力が民主党を担ぎバイデンを担いだのである。

 もう一つの乱暴な行為は、言うまでもなく強引にNSパイプラインを爆破して欧州とロシアの連携にピリオドを打ったことである。これはどう考えても「世界の警察官」が自ら犯罪の首謀者になる暴挙だったという他ない。

 そもそもアメリカは何故ロシアを潰すことを画策したのだろうか。完成したNS2が稼働すれば欧州とロシアはエネルギー調達を介して連携を強めることになり、相対的に欧州とアメリカの連携が弱まる懸念があったことは明白だ。加えて中国との全面衝突がカウントダウンとなり、その前にロシアを潰しておこうという計算が働いた可能性もある。

 もしロシアが弱体化しウクライナ戦争終結の目途が立てば、アメリカは次に中国に対するシナリオを全面的に発動させるだろう。但しその場合、アメリカは今回よりも数段タフな戦いを強いられるに違いない。何故なら中国は国力の点でロシアよりも遥かに規模が大きく、しかも中国は今回の事件から多くの教訓を学び取っており、さらにドル覇権は現在よりも確実に弱体化しているからである。

リアクション

 ここまで述べてきたように、バイデン政権は、アメリカ国内及び国際社会において、民主主義と国際秩序を自ら破壊する行動をとってきた。そうしなければバイデン政権は誕生しておらず、ロシアをここまで追い詰めることはできなかったのかもしれない。しかしアメリカ1強体制を強化する行動をとったようにみえて、結局は多極化を進める結果を招くことになるのではないだろうか。また短期的には見事に作戦が成功したように見えても、やがてその大きな代償を払わなければならない局面が確実にやってくるだろう。

 暴挙に対するアメリカ国内及び世界の世論からのリアクションを軽視すべきではない。その最初のリアクションが2024年の大統領選挙に向けてアメリカ国内で顕在化してくることは間違いない。そして2024年の大統領選挙では前回以上に民主党に対し強い逆風が吹くだろう。共和党は不正の再発防止策を講じるだろうし、もし再び民主党が同等の不正を行うようなことがあれば、国内の分断は危険水域を超えるだろう。

 ウクライナ戦争を歴史軸の中で捉え、当事者であるプーチンとバイデンの言動を踏まえて戦争の深層について考察してきた。過去の戦争や革命と同じように、今回も用意されたシナリオがあり、挑発されて起きたことが明らかになった。今回のウクライナ戦争で米国が用意したシナリオはロシアを潰すことを目的としたものであり、経済制裁、金融制裁に加えてNS爆破というかなり荒っぽい工作が次々に実行された。

 一つ解けていない謎があった。それはバイデンが何故このタイミングを選んだのかということだった。ここまで書いてきて気が付いた。それはバイデンの任期である。2020年の大統領選挙で相当荒っぽい不正選挙を敢行した勢力には、2024年の大統領選では相当のリアクションが起きて共和党が政権を奪い返す可能性が高いことを承知していた筈だ。そう考えると、バイデン政権の2年目の早い時期にウクライナ侵攻を起こさせ、手荒な工作を行ってでもロシアを潰す目途を付けておく必要があったということだ。

One comment on “ウクライナ戦争の深層(3)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です