世界で進行中の事態(前編)

プロローグ

 ペンス副大統領が2018年10月にハドソン研究所で行った演説は中国に対する宣戦布告と言うべきものだった。それに前後してトランプ政権は2018年7月から2019年5月にかけて矢継ぎ早に関税を大幅に引き上げる制裁措置を実行した。

 2020年11月に行われたアメリカ大統領選挙では、「アメリカの民主主義は死んだ」と言われるほどの大規模な選挙不正が行われて、民主党陣営がトランプ大統領の再選を阻止した。2021年1月6日にはアメリカ連邦議会議事堂への暴徒乱入事件が起きた。そして2021年1月20日にバイデン政権が発足した。

 2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻し、ウクライナ戦争が勃発した。アメリカはウクライナに対する手厚い軍事支援を行う一方で、ロシアに対して過去に例がないほどの強力な制裁を科した。

 2022年10月にアメリカ商務省は半導体、スパコンを中心とする輸出規制を大幅に強化した。この措置は事実上の中国に対する半導体禁輸措置である。

 このように米国が露中の経済に大規模なダメージを与える強力な制裁を科したことによって、『東西デカップリング』が始まった。これは文明の衝突と呼ぶに相応しいもので、アメリカは今後も中国に対する経済制裁を強め、世界中の国々に東西何れの陣営に付くのかの二者択一を迫ってゆくことが予測される。

 一方、2023年3月13日に閉幕した全人代で習近平国家主席の三選が決まり、新執行部が発足した。それに先立つ3月10日には、中国が仲介してサウジアラビアとイランが和解した。さらに3月21日には習近平主席がモスクワを訪問してプーチン大統領と首脳会談を行った。

 今年3月には米国で複数の銀行破綻が相次ぎ、スイスの大手銀行にも飛び火した。

 以上、要点を整理してみたように、「2022年-23年は歴史上の大きな転換点であった」と歴史に記録されるような大事件が、現在同時多発的に起きている。

 本資料前編では、何れもが歴史的な転換点となるであろう5つの事件について巨視的に概観する。後編ではそれらを総合的に俯瞰して、現在世界で進行中の事態をどう理解すべきかについて考察する。

5つの重大事件

1.アメリカの対中国制裁

 トランプ大統領が登場して以降、アメリカは中国に対する政策を大転換した。そしてペンス副大統領演説を実質的な宣戦布告として、一気呵成に中国に対する制裁を発動した。トランプ大統領がまず行ったのは中国からの輸入に対し大幅な関税をかけることだった。2018年7月以降、第1弾~第4段に分けて概ね25%の関税をかける対象を段階的に拡大した。

 続いて2019年5月には、通信規格5G技術でリードするファーウェイ(華為技術)と関連会社を、商務省が行う輸出規制の制裁対象リスト(EL:Entity List)に加え、2020年5月から適用した。これはファーウェイに対する米国製の半導体やソフトウェアや技術を禁輸する措置だった。

 バイデン政権もまた対中制裁政策を継承し、むしろ強化した。ここでは経済評論家の渡邉哲也氏の著書を参照して、バイデン政権がとった制裁措置を時系列に整理する。(参照:資料1)

 2018年8月に、アメリカはそれまで輸出管理規定(EAR: Export Administration Regulations)に基づいて軍事転用が可能な輸出を管理してきたが、中国をデカップリングする法的規制として、より厳格化した輸出管理改革法(ECRA:Export Control Reform Act)を成立させた。

 2022年10月7日には、商務省の産業安全保障局(BIS)が、半導体、スパコン関連を中心とするEARを大幅に改正し、10月21日から施行した。これは2020年5月にファーウェイと関連企業に適用し、ウクライナ侵攻後にロシアとベラルーシを適用の対象に加え、今般中国向けの半導体とスパコンに適用を拡大したものである。この措置はアメリカ原産品目が25%以上含まれる品目や、アメリカ製の技術・ソフトウェア・機器などを使って製造した機器を第三国から中国に輸出する場合にはBISの許可を必要とすると規定した、実質的な禁輸である。

 2022年11月15日に議会の米中経済・安全保障調査委員会(USCC)が2022報告(2022 Report to Congress of the U.S.-China Economic and Security Review Commission)を発表した。この報告の中で、議会は国防総省に対し次のように指示している。

 「中国が関わる軍事紛争が発生する場合を想定し、中国に向かう海上輸送、特にマラッカ海峡を通過するエネルギー輸送を効果的に封鎖することの実現可能性と軍事的要件について機密の報告書を作成すること。備蓄、配給、陸上輸送、国境を通るパイプライン(計画中のものを含む)を考慮すること。」

(Congress direct the U.S. Department of Defense to produce a classified report on the feasibility of and the military requirements for an effective blockade of energy shipments bound for China in the event of military conflict involving China. ・・・)

2022年12月23日には、国防予算の大枠を決める国防権限法2023(National Defense Authorization Act for FY 2023)が施行された。台湾に対し今後5年間で最大100億ドルの軍事支援を行うことに加えて、アメリカ政府の調達企業に対し、下請け孫請け等を含めて中国製半導体を利用した製品の使用を禁止した。猶予期間を5年とした。

2.欧米の金融危機

 今年3月になって米欧で銀行の破綻が続いた。3月8日には米国のシルバーゲート銀行が、10日には米国のシリコンバレー銀行が、12日には米国のシグネチャー銀行が、そして14日にはスイスのクレディスイス銀行が、16日には米国のファースト・リパブリック銀行が相次いで経営困難に陥った。

 経営破綻した銀行の規模では、シリコンバレー銀行がリーマンショック以降で最大、シグネチャー銀行は三番目だった。そして、シルバーゲート銀行とシグネチャー銀行は共に仮想通貨(暗号資産)を扱う大手の銀行だった。

 金融危機に発展することを恐れた米欧の中央銀行が迅速かつ大胆に対応したことによって、金融不安が拡大する危険は一旦回避された。ただし原因が取り除かれた訳ではないので、やがて再燃することは容易に予測できる。

 今回の銀行破綻騒動には、もう一つ重要な要因があった。それは交流サイト(SNS)で信用不安情報が急速に拡散かつ増幅されたことが、取り付け騒ぎを煽ったことだ。これは今後大手銀行にとっても脅威となることを暗示している。

・欧州の不動産危機懸念

 経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦氏は、「今進行中の米金融危機は余震に過ぎない。リーマンショックの悪夢を呼び覚ます本当の震源は、欧州の不動産市場にある」と警告する。その理由は、「FRBと欧州中銀は金利を急速に上げてきたが、最も深刻な影響が出るのは不動産市場だ。住宅ローン金利の高騰により不動産需要が激減するからだ。とりわけ欧州市場の金利は14年ぶりの高水準となっている。」ことにある。さらに、EUの金融リスク当局が「不動産市場が急速に悪化して金融市場にシステミックリスクを生じる恐れがある」と警告しているという。(参照:資料2)

 今回の危機はまだ収まっていない。3月19日にスイスの金融当局が「160億スイスフラン(約2.2兆円)に上るクレディスイスのAT1債が無価値となる」と発表した。AT1債というのは銀行が発行する債券の一つで、社債よりも利回り高い一方で弁済順位が低く、償還期限もない『永久劣後債』と呼ばれるものだ。この発表を受けて投資家の間では他行のAT1債を投げ売りする動きが広がり、利回りが急騰し債券価格が急落するという混乱をもたらした。ちなみにAT1債の市場規模は全世界で2750億ドル(約36兆円)に上るという。

・米国の金融危機懸念

 アメリカのイエレン財務長官は、シリコンバレー銀行と同じリスクに晒されている銀行が186行存在すると連邦議会上院で証言した。また銀行によるFRBからの借り入れは3月15日時点で約20兆円に急増したことを明らかにした。

 シリコンバレー銀行の破綻は、金融危機の前触れ現象である。2020年にパンデミックが起きて以降、欧米日は大規模な金融緩和政策を継続してきた。そして2022年にウクライナ戦争が起き、エネルギーと食料価格が高騰して急激にインフレが進んだために、米欧の中央銀行は急ピッチで金利を引き上げてきた。

 中央銀行が金融市場から資金を大急ぎで回収を始めたために、金融市場で資金の大規模な逆流が起きた。金利が上がれば債券価格は下落するので、債権を多く運用してきた銀行では損失が拡大する。この変化に耐えられない金融機関が今後淘汰されてゆく可能性がある。

3.中国の経済危機

 中国の産業発展促進会技術顧問で主席エコノミストに魏加寧という人物がいる。この人物が2022年12月24日に開催された中国金融安全論壇(フォーラム)」にオンラインで参加して講演を行った。その内容は実に衝撃的なものだった。要約すると、「中国経済はガタガタだ。中国経済では6つ(企業、市場、銀行、中央銀行、財政、政府)のゾンビ化が進行している。・・このゾンビ化を止めなければ中国経済の回復はありえない。そのためには、民衆の信用を取り戻し、民主的法治を中心とすることが必要だ。」と警告を発したのである。「民主的法治を中心とせよ」ということは習近平主席に対して「独裁を止めよ」と勧告していることに等しい。(参照:資料3、資料4)

 3月30日の産経新聞紙面で中国評論家の石平氏が、17日に中国政府が今年1-2月の国家財政に関するデータを公表した内容について紹介している。それによると、前年同期比で主要指標が軒並み激減している。財政収入は3.4%減、消費税は18%減、車両購置税(日本でいう自動車取得税)は33%減、関税収入は27%減、国有地使用権譲渡収入29%減、証券交易印紙税に至っては62%減と相当深刻である。

 平たく言えば、証券取引が6割、不動産開発と自動車販売が3割減少したということだ。不動産投資は中国経済の3割を担ってきたと言われており、土地の使用権売買が地方政府の財政の柱の一つとなっていたことを考えると、これは破滅的な状況だ。ちなみに地方政府が抱える借金は約7兆ドル(約930兆円)と言われる。

 そもそも中国経済成長のカラクリは、地方政府が本来タダ同然の土地の使用権を開発業者に与えてインフラ整備や不動産開発を促進させ、地方政府は使用権収入を得て、そのお金を中央政府に上納することで成り立ってきた。

 3月18日の産経新聞紙面で田村秀男氏はこう書いている。「政府の全財政収入に占める土地使用権収入の割合は、2021年が40%、2022年が29%に上った。不動産開発を中心とする固定資産投資はGDPの5割近くを占める。住宅など不動産投資は関連需要を含めGDPの約3割に上り、不動産開発、住宅ローンなど不動産がらみの融資は預金、さらなる融資という信用創造の連鎖となり、マネーを膨張させてきた。・・・この成長と膨張の方程式が昨年来の不動産市況の低迷で狂った。」と。

 不動産大手の中国恒大集団が33兆円といわれる負債を抱えて倒産したのは2021年だった。余りに巨額なため潰すことも救済することもできない。政府が売買を禁止したためバブルは崩壊していないが、経済の血流である資金の流れが止まれば機能の壊死が起こり、それが経済全体に拡大していくことになる。政府は膨大な資金を投入し激を飛ばしているが、「効果なし打つ手なし」の状態のようだ。

4.中東の緊張緩和

 2022年12月8日に習近平主席がサウジアラビアを訪問し、両国は『包括的戦略パートナーシップ協定』を締結した。そして今年3月10日に、中国の仲裁でサウジアラビアとイランが和解した。戦略家と呼ばれるエドワード・ルトワック氏は「これは米国が自ら引き起こした失敗であり、重大な外交的敗北だ。」と述べている。

 また国際アナリストの田中宇氏は、3月17日の自身の『国際ニュース解説』の中で次のように分析している。(参照:資料5)

 「サウジとイランは2016年から対立を続け、両国の首都にある大使館も閉鎖されていたが、今回は対立を解消して相互の大使館を2ヵ月以内に再開し、安全保障や防衛投資などの分野の協力も再開することを決め、両国の代表が北京で合意文に調印した。米国の支配下にあった中東で、中国がこれだけ大きな外交業績を挙げたのは画期的だ。」

 「サウジがイランと和解して非米側に転じることは、サウジとイランだけでなく中東全域と、中国とロシアの全員にとって利益になる。今後は、中国がアラブ諸国の全体とイランとの和解を仲裁していく方針で、今年中にアラブ諸国とイランの首脳が北京に集まって史上初のサミットを開く予定になっている。」

 3月21日には習近平主席がモスクワを訪問して中露首脳会談を行った。何が話されたのかは明らかになっていないが、中国がサウジとイランを和解させたことが話題の一つであったことは容易に想像できる。

 もしサウジとイランを中露陣営に取り込んだとなれば、これは今後地政学的な意味で重要な転換点となるだろう。そう考える理由は四つある。第一にドル覇権の重要な要件となってきた石油ドル決済システム(PDS)が崩壊に向かうこと、第二に両国の和解は中東アラブ世界に緊張緩和の波として伝播してゆくこと、第三に第一世界大戦以降に英国がこの地域に蒔いてきた紛争の種が順次消滅してゆくこと、そして第四に中東地域におけるアメリカのプレゼンスが徐々に低下してゆき、世界は多極的なものに転換してゆくことだ。

5.ウクライナ戦争

 『ウクライナ戦争の深層(三部作)』で、「ウクライナ戦争は三階層の構造を持っている。第一層はロシア対ウクライナの地上戦、第二層はロシア対NATOのエネルギーを含めた地政学を巡る戦争、そして第三層はロシア対アメリカの世界秩序の形態(多極化か米国1強体制の継続)を賭けた覇権戦争の三つである。」と書いた。(https://kobosikosaho.com/world/885/

 まず第一層を考えると、戦争終結の目途はどうなるだろうか。ウクライナ東部の州のロシアへの帰属を条件とするロシアと、ウクライナ戦争以前の状態への復帰と2014年にロシアに奪取されたクリミア半島の返還を条件とするウクライナとでは、隔たりが大きすぎて終結の目途は当面立ちそうにない。

 戦争が長期化すれば、ロシアの継戦能力、ウクライナの継戦能力とNATOの支援体力の何れが優勢になるかで結末は違ったものになるだろうが、軍事侵攻したロシアを無罪放免すれば国際秩序が崩壊することになるため、ウクライナもNATOもロシアよりも先にギブアップすることはないと考えられる。

 次に第二層を考えると、既に欧州はエネルギーの脱ロシア化を進めており、欧州とロシアのデカップリングが進んでいる。また4月4日にフィンランドのNATO加盟が正式に決定したが、今後ロシア周辺国のEU加盟やNATO加盟が増加してゆくことが予測される。一方でフィンランドはロシアの隣国であることから、ロシアとNATOの緊張は今後高まってゆくだろう。

 問題は第三層だが、ロシアの継戦能力とバイデン政権の寿命の時間勝負となるだろう。2024年の大統領選挙がどうなるかを予測することは時期尚早だが、さまざまな理由から共和党が政権を奪還する可能性が高まっている。基本的に民主党はグローバリスト、共和党はナショナリストであるから、共和党が政権を奪還すればバイデン政権の対露政策を修正して戦争は終結に向かうことが予測される。

 そう考えると、ウクライナ戦争の終結は、ロシアが先にギブアップするか、それとも2025年1月の米国共和党政権の登場を待つ他ないように思われる。

参照した文献:

・資料1:「経済封鎖される中国、アジアの盟主になる日本」、渡邉哲也、徳間書店、2023.1.31

・資料2:「米銀行破綻は大惨事の始まりに過ぎない」、藤和彦、現代ビジネス、2023.3.23

・資料3:「習近平に退陣要求・・・体制はエコノミストが政権批判!その深刻な中身と中国経済のヤバすぎる現実」、    福島香織、現代ビジネス、2023.1.12 (https://gendai.media/articles/-/104495

・資料4:「キョンシー化する中国経済、体制内部からの習近平討伐檄文」、林建良、台湾ボイス     (https://taiwan-voice.com/kyonshiization-china-economy/

・資料5:国際ニュース解説無料版、田中宇、2023.3.17

後編に続く

2022年世界の大乱に備えよ

ウクライナ戦争のシナリオ

 歴史は誰かが用意したシナリオに従って刻まれてゆくのだろうか。それとも歴史が一つ一つ刻まれるにつれて物語として綴られてゆくのだろうか。ロシアによるウクライナ侵略戦争(以下、ウクライナ戦争)をもとに考えてみたい。

 ウクライナ戦争は首都キーウの攻防戦から始まったが、ロシアからすれば想定外の展開となった。ウクライナ軍から予想外の反撃を受けて、ロシア軍は首都キーウ制圧を断念して撤退を余儀なくされた。そしてロシアは東南部の2州制圧に集中するべく作戦を転換し勢力の集中を図った。しかしながら、損耗が激しく士気が上がらないロシア軍に対して、ウクライナ軍はNATO諸国から全面的な支援を得て善戦している。

 ウクライナ侵攻を始めるにあたり、プーチンにはシナリオがあった筈である。しかしながら黒海艦隊の旗艦モスクワが撃沈されるなど、プーチンのシナリオはことごとく裏切られる方向に事態は進行している。

 現時点で結末を予測することは早計だが、ウクライナ戦争はウクライナのEU加盟と、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟を加速させるだろう。そしてロシアが敗退し衰退してゆく物語として歴史が綴られる可能性が高まっている。

歴史とシナリオ

 第二次世界大戦に戻って考えてみよう。第二次世界大戦の欧州戦はヒトラーが始めた。そしてヒトラーの野望を阻止するために、英国チャーチルと第32代米国大統領ルーズベルトがソヴィエト連邦(以下、ソ連)のスターリンと組んで対抗した。英米独露にはそれぞれのシナリオがあった筈だが、第二次世界大戦の真の勝者はスターリンであった。近年明らかにされたように、ルーズベルト政権の内部に相当数のソ連のスパイが入り込んでいて、ルーズベルト自身が社会主義に憧憬をもってアメリカ社会を社会主義化しようとしていたのである。この真相は第31代大統領フーバーが自書『裏切られた自由(Betrayed Freedom)』の中に書いている。

 第二次世界大戦でドイツと日本を完膚なきままに叩きのめし、核兵器の開発に成功したアメリカは、ソ連を弱体化させることに戦略目標を転換した。第37代大統領ニクソンはそのシナリオの一環として中国に接近し多大な援助を行った。そして、第40代大統領レーガンはいわゆるスターウォーズ計画を立ち上げてソ連に軍拡競争を仕掛け、ソ連は1991年12月に崩壊した。

 このように歴史を大きく捉えると、アメリカは「現在の主敵」に対処するために、「次の主敵」となる相手と組むという過ちを繰り返してきたことが分かる。

 NATOはソ連に対抗するために1949年に12ヵ国で設立されている。ソ連が崩壊すると、旧ソ連圏だった14ヵ国が相次いで独立し、順次EU/NATOに加盟してNATOは18ヵ国増えて現在の30ヵ国に拡大した。それから30年余が過ぎて、プーチンはNATO加盟を求めたウクライナを阻止するために、ウクライナに侵攻したのだった。ウクライナはロシアとEUの間に位置するロシアの隣国で、かつロシア民族の同胞だった。

勝者のシナリオと敗者のシナリオ

 このように歴史をシナリオから捉えてみると、20世紀の戦争の歴史には二つの基本的な形があったことが分かる。第一は歴史にはシナリオが存在していること、しかも勝者と敗者の少なくとも二つのシナリオが存在していることである。

 第二は勝者のシナリオを作ってきたのは常に英米だった事実である。その理由は二つ考えられる。一つは独裁者のシナリオには時代の潮流とは相容れない独善性が潜んでいることだ。21世紀の現代に、独立国であるウクライナに一方的に戦車部隊を送り込み、都市をミサイルで破壊するという行動は、独善性の現われ以外の何物でもない。

 二つ目の理由は、独裁者のシナリオに対して英米のシナリオには優越性があることだ。決定的なことは英米が他のアクターにはない圧倒的なインテリジェンス能力を持っている点にある。ロシアの内部情勢と歴史の分析からプーチンの意図と思考を読み取る能力、偵察衛星を使ってロシア軍の動静を正確かつリアルタイムに掌握する能力などだ。つまり単純化して言えば、独善性に満ちたシナリオと、インテリジェンスに裏打ちされたシナリオの優劣は明らかだということだ。

 歴史には多くの独裁者が登場し、戦争やクーデターで相次いで排除されていった事実が刻まれている。プーチンに続いて、次なるシナリオを用意して英米に挑戦するのは習近平であろう。それを迎え撃つのは再び英米となるだろうが、舞台は東アジアへと移る。

ウクライナ戦争、もう一つの意味

 ウクライナ戦争の前半では、20世紀型の独裁者プーチンが20世紀型の戦争を始めたのに対して、G7とEUは結束してウクライナに対し21世紀型の支援を行った。その代表的なものがウクライナに対する情報提供である。英米のインテリジェンス機関が収集し分析したロシア軍の動静情報が刻々ウクライナ軍に提供されたことが、ロシア軍がキーウから敗退を余儀なくされた背景にある。

 もう一つは、銀行間の国際金融取引を仲介するSWIFT(国際銀行間金融通信協会)からロシア金融機関を排除するなど、G7は多様で強力な経済制裁をロシアに対し科したことだ。プーチンは現代が「経済と情報のグローバルなネットワークの時代であり、その管理はアメリカの手中にある」という事実を過小評価していたと思われる。

 4月26日に米国のオースティン国防長官は、ドイツの空軍基地に40ヵ国以上の同盟国、友好国の政府代表や軍トップを集めて、ウクライナ支援の対策会議を開いた。この対策会議は30ヵ国のNATO加盟国を中核とし、ロシア打倒を目指す新しい包囲網を形成するものだった。

 ウクライナ戦争は、現象論としてみればロシア対ウクライナの戦争だが、歴史の物語として捉えれば、「専制主義ロシア対民主主義連合の戦争」という性格を持っている。初期のキーウ攻防戦においては、ロシア対ウクライナの戦争の色合いが強く、英米のシナリオの主目的はウクライナ支援だったが、「専制主義ロシア対民主主義連合の戦争」の色彩が強まるにつれて、主目的はロシア打倒へとギアチェンジしたように思われる。

2022年は世界大乱の年

 2022年は世界大乱の年となることが予想される。ウクライナ戦争はその第一幕として起きた。そして顕在化する順序は予測できないが、今年11月の中間選挙に向けたアメリカ政治の分断、同じく今年秋の中国共産党大会に向けた習近平の三選を巡る中国国内の混乱が、共に今後激化してゆくと思われる。

 またウクライナ戦争が「専制主義ロシア対民主主義連合の戦争」へと軸足を移した結果、同じく専制主義の独裁者である習近平に対し、直接間接に影響を及ぼしながら進行してゆくことは容易に予想できる。また米国における中間選挙の行方、バイデン政権に対する支持率の変化は、国際秩序維持において波乱要因となるだろう。

 2022年に予測される危機はあと二つある。一つは中国経済の急激な失速と不動産バブル崩壊であり、他一つは世界規模のインフレ進行と、FRBによる金融政策の転換が引き金となって起きる金融危機である。現代は経済と情報のグローバルなネットワークの時代である。そのネットワークには欧米のみならずロシアも中国も参加している。またロシアとウクライナがエネルギーと食料の輸出大国であることから、ウクライナ戦争が長期化すれば世界レベルのエネルギーと食料のさらなる高騰が起きることが避けられない。

 コロナ・パンデミックによる経済の落ち込みとウクライナ戦争による資源の高騰など、複数の要因が重なって、昨年以降世界でインフレが進行している。米国のインフレは既に40年ぶりの歴史的水準に達しており、インフレを抑制するために、FRBは金利の引き上げと金融引き締めへと金融政策を大転換しつつある。金融政策の転換がドル高と50年ぶりの円安を生み、発展途上国では通貨下落とドル投資資金の逃避が起きている。ドルの逃避(米国回帰)は、海外からの潤沢な資金の流入に依存してきた中国などを直撃して金融危機を起こす可能性がある。

 このように一つや二つではなく、複数の意味で世界は既に有事モードに突入している。複数の有事事態が連鎖する可能性もある。日本は現在、潜在的な中国に加えて、ウクライナ戦争で関係が悪化したロシア、新型ミサイルを次々に発射している北朝鮮と三面の脅威に直面している。そこに経済・金融面での有事事態が加わることが懸念される。「もはや戦後の平和だった時代は終わった」とさっさと頭を切り替えて、有事対処への備えを万全なものとしなければならない。

 視点を変えると、冷戦後の米国一強の時代が終わりつつあり、世界は動乱・混迷の時代に突入しているのである。混迷の始まりは、アメリカがアフガニスタンから拙速に撤退した2021年8月末とみることもでき、大規模な不正選挙が行われてバイデン政権が誕生した2020年11月という解釈も成り立つだろう。

 ウクライナ戦争において、バイデンは早々と「米露が軍事的に衝突すれば第三次世界大戦になる」と発言したが、その不用意かつ不必要な発言が、プーチンがウクライナ侵略を決断した一因となった可能性は否定できない。あるいは、その発言自体がシナリオの一環だった可能性も考えられる。

 では、アフガニスタンからの撤退と、ウクライナ戦争でのアメリカの行動をどう評価すべきだろうか。本命の中国に備えるために、アメリカは軍事力を温存したままロシアを弱体化させたという解釈も成り立つだろう。ウクライナ戦争によって中国が台湾に軍事侵攻する可能性は低くなったという解釈もあるに違いない。逆に「第三次世界大戦になる」という発言は、中国に対し「台湾を侵攻してもアメリカは軍事力を行使しない」というメッセージとなったという解釈も成り立つだろう。さらにグローバルな経済ネットワークにおいて、中国の影響力はロシアよりも巨大であるが故に、中国に対して同等の経済制裁措置は取れないと中国が考えたとしても不思議ではない。

「戦後スキーム」の刷新

 何れにしても、日本周辺における有事の発生、米中の政治的な動乱、中国での経済危機、世界のどこかで起きる金融危機が2022年中に顕在化する可能性が高まっていることは確かである。では、この戦後最大の危機を乗り切るために日本は何をすべきだろうか。

 最も基本的なことは、危機に臨み傍観者の席に座らないことだろう。危機はやがてウクライナから東アジアに移ることは確実である。それがどういう形と順序で起きようとも、東アジア危機において、日本は好むと好まざるとに関わらず、米中に次ぐメインアクターとなることが避けて通れない。

 歴史は勝者のシナリオと敗者のシナリオが優劣を競うように進行してゆくという事実を考えれば、勝者のシナリオに主体的に参画することが重要だという教訓が導き出される。即ち、英米との関係を盤石なものとすることが重要であり、「21世紀の日英同盟」を真剣に考える必要があるということだ。

 次に必要なことは、日本のRMCを明確にすることだろう。世界レベルの危機に対処する上で日本の役割は何か(R:Role)、日本が果たすべき任務は何か(M:Mission)、そのために日本が保有すべき能力は何か(C:Capability)を、ロジカルに明確にしておく必要がある。

 ウクライナ戦争はまた、国連のあり方を再構築する必要性を提起した。安全保障理事会の無力さが決定的となり、専制主義国家が常任理事国の地位にあることの矛盾が明らかとなった。今や国連改革が待ったなしの課題となったのである。

 この現状を踏まえて、国連改革は日本が担うべき役割であると認識するのは、余りにもノー天気だと思われる。もし国連改革は日本の役割(R)だと認識するのであれば、現在の安全保障理事会に代わる新たなスキームはどうあるべきかについて、日本から具体的に提言し、国連加盟国の賛同を取り付けてゆく行動(任務M)が求められる。さらにその役割と任務を果たすために必要十分な能力(C)を、日本は保持しなければならない。

 英米との戦略関係を盤石なものとするためにも、また日本の役割として国連改革に主体的に取り組むためにも、法律上「あれもできない、これもできない」という国際社会に対する言い訳、言い換えれば、有事における行動を制約する要因を事前に解消しておかなければならない。

 ウクライナ戦争が提起した課題は、国連自体が「戦後スキーム」であるために、現代の危機に効果的に対処することができないという矛盾だった。2022年世界の大乱という複合の有事事態に対処してゆくためには、国際社会及び日本に残る「戦後スキーム」を刷新して、矛盾を解決しておくことが不可欠となるだろう。