制度疲労から崩壊へ向かう戦後システム(後編)

資本主義の変遷

 『終焉を迎えるバブル経済と資本主義』と題した記事を2024年1月に書いた。本稿ではそれを踏まえて、全体像を俯瞰しつつその先を展望してみたい。

  その1:https://kobosikosaho.com/world/1082

  その2:(https://kobosikosaho.com/world/1094

  その3:(https://kobosikosaho.com/world/1110

 ヨーゼフ・シュンペーターは資本主義を、「起業家と資本が組んで<創造的破壊>を起こし、経済を新陳代謝させ社会を変えてゆく仕組みである」と定義した。もう少し具体的に言うと、「意欲的な投資家とイノベーションを起こす起業家、それと社会変化に臨機応変に移動する労働者が存在する社会では、資本主義のメカニズムが<正の循環>として作用して経済は成長する。」ということだ。

 そしてマルクスは理想の社会として、シュンペーターは絶望的な結末として、資本主義が崩れて社会主義が次に来ると考えた。しかし現実はソヴィエト連邦の崩壊と共に社会主義が潰れた。一方で資本主義もまた大きく変化した。現代の視点から眺めれば、「資本が経済社会を動かす資本主義の時代は、社会秩序を破壊して発展してゆく前半と、経済主体どうしが資本を武器に破壊し合い、経済も社会も秩序を失い、安定均衡から次の均衡には移れずに崩壊に向かう後半に二分される。」(前稿から引用)

 前稿で述べたように、マネーのパワーが強大になるのと歩調を合わせて、資本主義は大きく変質したことが分かる。資本主義の変遷は以下のように要約できる。

①資本主義は1531年にネーデルランド(現在のベルギー)のアントウェルペン(英語名アントワープ)に世界で初めて取引所が開設された時を起源とする。アントウェルペン証券取引所では、商品取引だけでなく為替取引や証書も取引された。

②イギリスが覇権国となり、イギリスは資本主義をシステム化し、マネーの流れの仕組みを作った。こうして資本主義はマネーの流れがイノベーションを推進する仕組みとして、マネーを血流として経済を発展させるしくみとして定着した。

③その後マネーの力が強大化し、資本主義を大きく変質させていった。具体的に言えば、金融市場が形成され、国際金融資本家がマネーをグローバルに移動させるようになり、金融が政治を動かし戦争すら起こす力を持つようになった。

④20世紀後半になると、コンピュータと情報の技術革新が長足の進化を遂げ、金融のディジタル化とネットワーク化が整備されて、金融の世界を一変させた。

⑤そして現在、政府が行う国債発行による財政によって、加えて中央銀行が行う金融緩和政策によって巨額のマネーが金融市場に供給された。投入されたマネーは富を求めて投資と投機に向かう結果、経済がバブル化し、バブル経済はさらに巨額のマネーを生み出し、バブル→バブル崩壊→金融緩和→次のバブル・・・のサイクルが繰り返されて、資本主義はバブル資本主義へと変質したのだった。

崩壊の淵に立つ資本主義

 そして今、バブル資本主義の末期にあって資本主義は崩壊の淵に直面している。言うまでもなくその最前線の舞台は世界最大の債務国アメリカである。国際ジャーナリストの木村正人氏が9月9日のJBpressに「米国経済は3年以内に過剰な政府債務を起因とする心臓発作を起こす」というセンセーショナルな記事を書いている。資本主義が「崩壊の淵に」立っていることを示す主要なデータを以下にリストアップする。(資料1参照)

①米国政府の利払いは1兆ドル/年に達している(1兆ドル=約150兆円)

②債務の借り換えには9兆ドルが必要である

③米国の政府債務は2025年度末でGDP比100%に達する

④政府債務総額をGDP比100%以下に留めておくには、年間の財政赤字をGDP比0.4%に抑制する必要がある

⑤しかし今年度の財政赤字はGDP比6.5~6.7%に膨らむ

⑥今後1年間で米国政府は7兆ドルを支出する一方で、収入は5兆ドルに留まる

⑦以上から、利払い1兆ドル、債務借り換え9兆ドル、新規国債2兆ドルの売却が必要になる

 バブル資本主義となり資本主義は大きく変質した。それまでマネーの役割は経済を動かすための血流だったのが、株式や債券などの機能が次々に付加されたことによってマネーが膨張しかつパワーを得て、経済だけでなく政治をも動かすようになった。

 一方で貿易がグローバルになり、貿易の決済手段として世界中のマネーが為替レートを介して連結した。更にその決済はコンピュータと情報技術の進歩によって“瞬時”に行われるようになった。

 資本主義の本来の姿が、マネーを循環させて経済活動を促進し富を分配する仕組みであると理解すれば、国家統治の形態が民主主義だろうが専制主義だろうが、中国やロシアも資本主義の仕組みで動いていることに変わりはない。専制主義であるが故に、経済運営が基本的に市場に委ねられるのではなく、国家の意思によっていつでも統制される点が異なるだけだ。

 資本主義の変質の本質は、それまでは金融市場の外に陣取って金融市場を統制する役割に徹してきた政府・中央銀行が、実質的に金融市場を形成するアクターとして取り込まれ、金融市場の内の存在となったことではないだろうか。

 従来はひとたびバブル崩壊が起きれば、中央銀行・政府が介入して、大規模な金融緩和を行い、公的資金を不良債権処理に注ぎ込むことでバブル崩壊の被害拡大をくい止めてきた。不良債権を清算してバブル崩壊を鎮めることができたのは、中央銀行・政府が金融市場の外に陣取っていたからだ。

 バブルの規模とバブル崩壊の破壊力は、時間経過と共に増大した。それ故にバブル崩壊時の対処は、年々困難になる宿命にある。何故なら、不良債権の規模が際限なく巨大化してゆけば、中央銀行・政府といえども処理できなくなるからだ。

M7バブル

 アメリカでは株価が連日最高値を更新している。経済アナリストの増田悦佐氏はアメリカ株式市場の現況について、以下のように分析している。(資料2参照)

①アメリカ市場で3~4年にわたって持続的に上昇するのは時価総額の大きなハイテク企業ばかりで、中小株は見向きもさ れない。2023年頃から物色対象はM7に絞り込まれ、2024年にはエヌビディア一色となった。エヌビディアの株価総額は2024年前半で約3倍となった。

②これまでに時価総額3兆ドルに到達した銘柄が3社ある。マイクロソフト、アップル、エヌビディアだ。これを書いている現時点ではアルファベットが加わって4社となった。しかもエヌビディアの時価総額は日本のGDPに相当する4兆ドルに達した。1ドル=150円で換算すれば、600兆円。日本の名目GDPは635兆円である。(2025年4-6月期)

③株価高騰とは別に、アメリカの実体経済は低成長でインフレ率は高止まりし、金利の高騰で庶民の利払い負担が重くなっている。それなのに一握りの時価総額の大きな銘柄に買いが集中することで景気が良くなっているように見せかけている。

④現在のバブルは「時価総額集中バブル」と呼ぶべき状態にあり、勝馬を次々に乗り換えながら2013年以来延々と続いて現在に至っている。

 株取引の専門家でなくとも、単に常識を働かせて一考するだけで、M7を巡る熱狂は間もなく終わると断言できる。株の時価総額が3~4兆ドルというのはごく一部の経済大国を除く国家のGDPよりも大きいのだ。正に「バブルここに極まれり」という状態なのである。

 バブルがピークに近づいているだけでなく、M7には循環取引(Round Tripping)疑惑、分かり易く言えば架空取引疑惑がある。以下は資料2からの引用である。

①まずエヌビディアはGPU(Graphics Processing Unit、画像処理を行う専用プロセッサ)の最大手企業だが、自社からは高価なGPUを他のM7企業にまとまった数売ったことにし、相手からは同額のサービス(クラウドサービス等)を買ったことにする循環取引疑惑がある。

②ChatGPTを提供する生成AIのリーディング・カンパニーであるオープンAIにも同様の循環取引疑惑がある。この架空取引疑惑が事実であるとすれば、M7各社は相互に成長を水増しし、株価を釣り上げていることになる。

 さらにM7事業はそれぞれが解決困難な限界に直面している。

①まずテスラはEVの致命的で解決不能のジレンマを抱えている。ガソリン車と決定的に異なり、EVはクルマと積載貨物が重くなればなるほど電池の重さの割合が増大するというジレンマがあり、詰まるところEVは小型車でなければ実用化できない。もう一つの致命的な問題は、EVは気候変動=地球温暖化危機説がなければ存続できない点にある。トランプ政権は『常識の革命(Revolution of Commonsense)』の中で、「グリーン・ニューディールを終わらせ、EV義務化を撤回する」ことを宣言した。これによってアメリカ国内のEVブームは消滅している。

②生成AIも致命的な問題を抱えている。顧客に送り出す前にAIを顧客向けに「調教する」必要があるという問題だ。しかもAIが高度になればなるほど、そのコストが膨大になるという。現実にマイクロソフトとソフトバンクが大株主となっているオープンAIは現在経営破綻の淵にあるという。ちなみに2024年の決算は、AIモデルの調教コストが70億ドル、人件費が15億ドルだったのに対して、売り上げは35億ドルしかなく50億ドルの赤字だった。

③現在注目されているデータセンターを巡る致命的な問題は、大規模になるほど膨大な電力を消費することであり、しかも消費電力の約4割が冷房・換気に消費されていることだ。加えて能力を向上させようとすればするほど効率が悪化するというジレンマを抱えているという。

次に起きるバブル崩壊

 次のバブル崩壊は、これまでのバブル・バブル崩壊とは別格なものとなることが予測される。「山高ければ谷深し」という相場の格言があるが、M7バブル崩壊の「山」は主要国のGDP相当であるから、「谷」の深さも尋常では済まないということだ。

 もし仮にM7バブルが崩壊して株価が半減すれば、その結果生まれる富の消失は、主要国のGDPに相当するものとなる。不良債権の規模も相応に巨大になり、国家と雖も処理できない事態に陥るだろう。さらに巨額のバブル崩壊は衝撃波として国中に伝搬するから、その結果消費が落ち込みGDPも大幅に減少して、バブル経済は一気にデフレ経済へ転落するだろう。消滅する富は元々がバブル(泡)の富だった訳だから、実力ベースに戻るだけなのだが、バブル崩壊の嵐は不良債権が全て清算されるまで終わらない。その結果、デフレ経済が延々と続くことになる。

 さらにM7バブルが崩壊すれば、ドルの信用が大きく揺さぶられる展開になるだろう。ひとたびドルの信用が低下すれば、アメリカ政府は国債の買い手を確保することが困難になる。その結果バブル崩壊は債券市場に波及して、政府・中央銀行を巻き込む巨大なバブル崩壊となる公算が大きい。しかも次の理由からバブル崩壊の衝撃波をくい止める対策が存在しない危機となる。

①アメリカで消費が大幅に減少すれば、輸出に大きく依存している中国経済を直撃することが確実である。そして1位と2位の経済大国米中でバブル崩壊が起きれば、世界に不況が伝搬する。さらに基軸通貨ドルに対する信用が崩落すれば、グローバルな金融市場に途方もない混乱を引き起こすことになる。

②しかも従来と異なり、今回のバブル崩壊をくい止める外部が存在しない。米中に代わる経済成長を続けるフロンティアも存在しなければ、債券市場に代わる市場も存在しない。このため世界中に溢れていた巨額のマネーが行き場を失ってしまうだろう。

③中央銀行と政府は、自分自身が金融市場のアクターであることに加えて、金融緩和などの救済手段を既に使い果たしてきたために、次のバブル崩壊に対しては「弾切れ」状態で有効な対策を講じることができずに立ちすくむことになる。元々金融緩和として中央銀行が金融市場に放出してきたマネーが起こすバブルであり、ブーメランとなって中央銀行を直撃する恐れがあるのだ。

 経済学者で投資家の小幡績氏は、『バブルは崩壊し資本主義が終わりこの世が終わる』というセンセーショナルな標題の記事の中で次のように述べている。(資料3参照)

<「全てテック・ジャイアント優先、巨大ビジネス優先で何が悪い、むしろそれが経済にとって一番良い」という、この経営者たちの傲慢さが世界を破綻に追い込むのであり、その破綻の爆発力を高めるマグマが今や急激にたまっている。>

<中国も1978年から始まった壮大なバブルが、この数年で急激に崩壊のリスクが高まっており、否崩壊は既に現在進行中で、アメリカが崩れて、西側への輸出が減ってしまえば、中国経済はバブル崩壊が決定的になり、社会的な大改革がもう一度起こらざるを得ない状況になる。アメリカと中国のバブルが同時に崩壊し、さらに両方の社会構造までもが同時に窮地に陥る。>

<これは資本主義の終焉プロセスに留まらず、社会の危機になることを意味する。バブル、資本主義、社会の3つが同時に崩壊する事態となる。>

八方塞がりの中国

 中国の経済状況も危険水域にある。ベトナム・ビングループの主席経済顧問を務める川島博之氏は、『習近平は西太后になってしまうのか』と題した記事の中で次のように述べている。(資料4参照)

<中国共産党の引退した長老と現役幹部が話し合う北戴河会議が今年8月上旬に開催された。今年の会議では、習近平の力が衰えており、長老達が習近平に引退を迫るという噂が流れていた。>

<中国にどれほどの不良債権があるのか。一説には日本円で5,000兆円と言われ、最低でも中国のGDPの2倍以上ある。不良債権の真実を打ち明けられた北戴河会議メンバーは、誰もがその処理が不可能であることを悟った筈だ。北戴河に集まった人々は共産党政権がなくなれば全てを失う。かくして今年の北戴河会議の結論は、全て現状維持となったと予想される。>

<何も決めることができない。現在中国は日本が過去30年間揶揄され続けたような状況に陥っている。そして状況は日本よりも悪くなる可能性が高い。日本は曲がりなりにも痛みに耐えて不良債権処理を行ったが、中国は不動産バブル崩壊で生まれた不良債権を処理することができない。金額が巨大であるだけでなく、長老や共産党幹部の利権が複雑に絡み合っているからだ。>

 今年になって中国では銀行の貸し渋りが顕著になり、起業家の自殺が増えているという。以下は、経済産業研究所上席研究員の藤和彦氏のレポートである。(資料5参照)

<バブル崩壊の日本が経験した銀行の貸し渋りが中国で本格化している。7月の家計向き融資は前月比で4893億元(約9.8兆円)減少し、企業向け融資は前月の1/30に急減した。日本の経験によれば、貸し渋りは金融危機の予兆であり、中国経済はさらに悪化することは間違いない。既に企業向けの貸し渋りが本格化しており、今年4月以降に起業家の自殺が4件起きている。>

 中国では共産党政権の暴政に抗議する従来の群衆事件に加えて、知識層がハイテクを駆使して「打倒共産党」に抗議する活動が増加しているという。以下は、ジャーナリストの福島香織氏のレポートである。(資料6参照)

<8月29日の夜、重慶大学がある商業地域のビルの壁に、巨大プロジェクターによる抗議文が映し出された。(そこにはこう書かれていた。)立ち上がれ、奴隷に甘んじたくない人々よ・・・共産党がなくなってこそ、新しい中国がある・・・自由は与えられるものではなく、奪い返すものだ・・・暴政の共産党を転覆させよ>

<伝聞によれば、プロジェクターは通りの向かいにあるホテルの一室に設置されていて、設置後家族ともどもイギリスに脱出していた人物がイギリスから遠隔操作したものだった。>

 このようなハイテクを駆使した手の込んだ抗議だけでなく、命を懸けても共産党批判を断行する人物が増えているという。従来型の群衆事件も7/17~19だけで主要都市を中心に少なくとも21件起きている。

<個人が、強固な覚悟とハイテク技術を使って洗練された抵抗は、鎮圧などの恐怖政治では押し込めることはできない。・・・ハイテク軍事パレードの盛大さの足元で、そのハイテクを使った反共表現による人民の抵抗がじわじわ広がっていることを見逃してはいけない。>

 国際政治学者の藤井厳喜氏は、メルマガで習近平の権力基盤が弱体化している情勢を伝えている。(資料7参照)

<6月30日に中国共産党の政治局会議が開かれ、「意思決定協調調整機構」という党内最高レベルの組織が設立されることが決定した。習近平氏はこれまで既存の行政組織や党の役割分担を超えて全て自分で決める独裁体制を作り上げてきた。この(独裁)体制を否定し、本来の形に戻すことが「意思決定協調調整機構」の役割と考えられる。>

<三期目の習近平氏の任期は共産党内で2027年まである。この間に引きずり降ろすと、政変があったことが外国に明らかになり中国の弱体化を示すことになるため、軍部などの反習近平勢力は習近平氏を象徴的な存在として支えつつ、集団指導体制へ向かう動きではないか。>

 中国は高い経済成長を維持するために、超高層ビルが林立するゴーストタウンを各地に作ったり、利用者が殆どいない新幹線や空港等を地方に整備したりと、巨額の投資を繰り返してきたのだったが、その投資が不良債権化して中国経済の息の根を止めようとしている。共産党政権であるが故に強引な政策を断行してきた結果だが、本質がバブル資本主義であることは変わらず、過去の累積として膨れ上がった不良債権を強引に帳消しにすることもできないのだ。

敗色が強まるロシア

 函館大学教授の安木新一郎氏がロシア経済の現況についてレポートしている。(資料8参照)

<歴史上、国が弱体化するにつれて通貨の素材が劣化することは珍しくない。ロシアでは2008年8月のリーマン・ショック以降、硬貨を銅製・真鍮製から鋼鉄製に切り替えてきた。リーマン・ショックに伴う経済危機によってルーブルの価値が下落する中、予算のないロシア銀行は鋼鉄製の安い硬貨を作って凌ごうとしたのだ。>

<2021年末のロシアの消費者物価指数(CPI)は前年同期比8.4%増、2022年は11.9%増と物価上昇が続いており、ルーブルの価値が低下しているため、ロシアは鉄よりも安価な小額紙幣を作らざるを得なくなった。しかしながら小額紙幣の発行は計画通り進んでいない。単純に予算が削られたからだが、日常生活に欠かせない小額硬貨や紙幣の供給が、戦費の膨張に圧迫されて滞る事態となっている。>

 この現実が物語っていることは、戦争が3年半にも及び戦費が増大して、民生経済が相当に圧迫されている事実だ。安木教授は「日本の領土の45倍の面積に散らばって住んでいる地方の1.2億人にとって、現金不足は年金の受け取りや日常の買い物にも支障をきたすことになりかねない。モスクワよりも遥かに貧しい辺境から、多くの男性が兵士として徴発されていて、残された人々への現金の供給が滞っている。この圧政にロシアの辺境はどこまで耐えることができるだろうか。」と結んでいる。

 ポーランドのラドスワフ・シコルスキー外相は、6月26日のインタビューで、「軍拡競争がソ連崩壊の一因になったように、新たな軍拡競争はプーチン体制の崩壊につながる可能性がある。プーチン氏はブレジネフと同じ道を歩んでいる。」と発言している。(資料9参照)

 Daily Digestが『破綻するロシア経済』と題してウクライナ戦争と経済の状況について解説している。以下に要点を要約する。(資料10参照)

①ウクライナ戦争でのロシア軍の死傷者は約100万人に達している

②戦争を継続するためには徴兵に踏み切らざるを得ないのだが、プーチン大統領は徴兵に対し非常に消極的である。新兵を確保するためにロシア政府は新兵に支給される一時金を倍増して、既にロシアにおける平均月収の5倍になっている。徴兵に踏み切らなければ兵士の報酬を徐々に引き上げなければならないのだが、現今のロシア経済ではそれも不可能だ。

③政府の放漫な金融政策が軍事費の増大を招いている。軍隊における人件費が維持不可能なほどに増大しており、インフレが加速し消費者の購買力が低下して、ルーブルの価値が低下している。

④ロシアの予算が軍事部門に重点的に分配される結果、民間経済は一層疲弊してゆく。

⑤軍事部門でさえ鈍化の兆しが見えている。その原因に労働力不足がある。戦争によって経済の崩壊を免れている一方で、慢性的な弱点が浮き彫りになっている。

 ウクライナに軍事侵攻して以降、インフレ対策としてロシアの政策金利は徐々に引き上げられて20%に到達していたが、今年7月に18%に引き下げられ、9月には17%引き下げられた。それでも民主主義国では考えられない高金利であり、市民生活を直撃していることは明らかだ。

 最近になってウクライナ戦争は3年半が過ぎて、勝者はウクライナで敗者はロシアという見方が優勢になってきた。トランプ大統領が9月23日に「プーチン大統領とロシアは深刻な経済的困難に直面していて、ウクライナはロシアの侵攻以降に奪われた領土を全て取り戻せる。」と書いたことは既に紹介した。

 『サピエンス全史』の著者であるイスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏もまた9月27日のフィナンシャル・タイムズ紙に「ウクライナ戦争で勝利しているのはウクライナだ。」という記事を投稿している。

 ロシアの経済規模はテキサス州程しかない。そのロシアがNATOからの支援を受けたウクライナと3年半に及ぶ戦争を遂行している事実は尋常ではない。戦争が長期化すればするほどロシア経済は衰退してゆき、どこかで破綻する危険性が高まる。

技術革新が起こす危機

 人類は新しいテクノロジーを次々に発明しイノベーションを起こしながら社会を発展させてきた。全てのテクノロジーは例外なく軍民両用(dual use)であって、使い方次第で画期的なイノベーションを起こし経済を発展させる一方で、次の軍事革命を起こすことにもなる。これは太古における火の活用や20世紀における核エネルギーの活用が象徴するように、テクノロジーが持つ宿命に他ならない。言い換えれば、人類は新しいテクノロジーを発明するたびに、それを管理する能力を磨いてきたからこそ現代の繁栄があるということだ。

 映画は新たな科学技術が切り開く未来を先取りしたものが少なくない。代表的な作品を三つ挙げる。「ターミネーター」はロボットの未来の先取りであったし、「ダイハード4」はサイバーのリスク、「インフェルノ」はバイオ・テクノロジーがもたらすリスク、つまりそれらが戦争の手段として利用されるリスクを予告したものとして描かれていた。

 そして現代、AIやバイオ・テクノロジーなどの分野で、革命的なイノベーションが生まれつつある。夢のエネルギーと呼ばれる核融合(Nuclear Fusion)発電も実用化に向けて各国による開発が凌ぎを削っている。ここで忘れてはならない教訓は、全てのテクノロジーが軍民両用であることだ。新しいテクノロジーを実用化するのと同時に、それを安全に使いこなす枠組みを構築しなければ人類は危機に直面することになる。

 雑誌『正論』の編集長を務めた桑原聡氏が、産経新聞9月12日に寄稿した「モンテーニュとの対話」で、AIがもたらすリスクについて書いている。

<チャットGPTとの対話が息子の自殺につながったとして、両親がオープンAIとアルトマンCEOを提訴したという。米国メディアによれば、少年との対話の中でチャットGPTは自殺の手法について助言を与え、遺書の下書きまで作成していたという。ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』を超える世界が現実に迫りつつある。>

 銃や麻薬の入手方法、爆発物の作り方等々、AIは実生活で便利なサービスを提供することに留まらず、犯罪やテロなどのダークサイドにおいても<便利なサービス>を提供している現実を軽視してはならない。

危機の正体と打開

 既に書いてきたように、戦後80年の現在、戦後に作られた諸システムが制度疲労を起こし崩壊に向かっている。まず戦後に欧米が中心となって作り上げた国際秩序が崩壊しつつある。崩壊を決定づけたのは言うまでもなくプーチン大統領である。民主主義も制度疲労を起こしており、選挙のときにクローズアップされるように、米欧はもとより日本でも機能不全に陥っている感が否めない。500年の歴史を持つ資本主義も20世紀後半からバブル資本主義と呼ばれる形に変質して、今や過去に例のないバブルが崩壊する淵に立っている。

 この現実をどのように理解すればいいのか。どうすれば混沌状況から脱出できるのだろうか。ヒントは熱力学の第二法則として知られる『エントロピー増大の法則』(以下、エントロピー則)にある。

 まず国家や国際社会のシステムが混沌に向かっている現状は、『エントロピー則』によって分かり易く説明できる。エントロピー則とは、分かり易く言えば「自然の成り行きに任せれば、社会は混沌を深める方向に進む」というものだ。戦後80年の現在、恰もシンクロナイズして進行している戦後システムの機能不全は、何れもがエントロピー則に従って必然的に起きていると解釈できる。

 但しエントロピー則は、「(成り行きに委ねることなく)そこにエネルギーを加えて、英知を働かせてマネージメントの努力を続ければ、混沌化の動向を秩序回復の方向に転換することができる。」と読むこともできる。つまり人類の歴史で局所的な混乱は随所で起きたのだが人類はそれを克服し、大きな潮流として眺めれば、人類は常に新しいイノベーションを取り込んで進化を遂げてきたということだ。

 そもそも生物進化の歴史は反『エントロピー則』であり、生命の存在そのものが反『エントロピー則』の賜物である。生命という奇跡の誕生も生物の進化も、混沌化ではなく秩序化の結果なのだ。そして生命の進化の最後(今のところ)に登場したのが我々ホモサピエンスである。数多の生物の中で、唯一知性を獲得するまでに進化したサピエンスであるから、我々がその気になれば、混沌に向かうベクトルを秩序化に向かうように軌道修正することは充分可能である筈だ。

 国際秩序の危機に対しては、世の中に不心得者が登場して秩序を乱そうとするならば、誰かがその前に立ち塞がって毅然として阻止する行動を取らなければならないのだ。近年それが巧く行かなくなった原因は、アメリカというそれまで国際秩序を維持してきた機能が弱体化したことにある。しかしもっと根源的な原因は、アメリカ一国にその大役を押し付けて、欧州や日本が国際秩序を維持する「3K(汚い、危険、きつい)」の行動をサボってきたことにある。

 日本は戦後『平和国家』の看板を掲げてきたが、3Kの役割をアメリカに委ねる代わりに、アメリカに従属することを選択してきた。本来なら、平和や秩序を守るためならば3Kも、必要であれば戦争でさえも辞さないという決意を持つことが真の『平和国家』である筈だ。

 民主主義の根本は「国民主権」にある。現在散見される、日本が直面する民主主義の危機の原因は、国民が国民主権の責任を背負っているにも関わらず、戦後80年間、政治を政治家に丸投げしてきたことにあるのではないだろうか。必要な資質と能力を備えた政治家ばかりであれば、危機には至らないのだが、国会議員は衆議院が465人、参議院が248人の合計713人であり、これだけの人数がいれば十分に社会の縮図となり、玉石混合となることは避けられない。現実に地検特捜部に起訴される国会議員もいれば、スキャンダルを起こして国民に対しみっともない謝罪をしている政治家もいる。国民が国民主権を取り戻し、政治家に対し毅然とモノを言い、選挙でその意思を行使することで民主主義の本来の姿を取り戻す必要がある。

 資本主義の危機の原因は、マネーの暴走を統制してこなかったことに尽きるだろう。本来なら資本主義がバブル資本主義に変質を始めた時点で、バブル資本主義を記述する経済学理論を作る必要があったのだ。どこまでの財政赤字なら許容できるのか、赤字の増大をどうやって統制するのかについて理論が必要である。現代の、現実の経済をマネージメントする経済学理論は何故登場しないのだろうか?バブル資本主義の時代になって、経済運営の確固たる理論がないままに、経済の素人である政治家が試行錯誤でやってきた結果が、現代における経済と金融に関わる混乱を作ったといえる。これはアカデミアの怠慢という他ない。

 21世紀以降のテクノロジーは、20世紀に比べて一段とパワフルになり一段と加速度をもって進化を遂げてきた。従ってテクノロジーがもたらす危機については、それを暴走させない仕組みが必須となる。即ちテクノロジーの開発に携わる技術者とは別に、そのテクノロジーが暴走するリスクについて研究し統制する仕組みを考える科学者の存在が必要なのだ。これもアカデミアが果たすべき役割である。

 総じて言えば、四つの危機に共通していることは、開発する勢力と制御する勢力のせめぎ合いこそがむしろ健全であり、制御する機能が欠落すれば、社会システムもテクノロジーも暴走する危険が高まるということだ。これは現代人の宿命なのであり、一言で表現すれば、アクセルだけのシステムではなく、アクセルとブレーキの双方を備えたシステムを作らなければならないということである。

 エントロピー増大の法則を発見したのはサピエンスの知性だった。この法則は物理学の世界に留まらず、サピエンスが発明し生み出したさまざまな社会システムにも当てはまる。一つは放置すれば暴走するという意味であり、他一つはエネルギーを注いで英知を結集することによって暴走を抑止できるという意味においてである。

参照資料:

1.『米国経済は3年以内に過剰な政府債務を起因とする“心臓発作”を起こす』、木村正人、JBpress、2025.9.9

2.『米国株崩壊前夜』、増田悦佐、ビジネス社

3.『バブルは崩壊し資本主義が終わりこの世が終わる』、小幡績、東洋経済オンライン、2025.2.8

4.『習近平は西太后になってしまうのか』、川島博之、JBpress、2025.8.6

5.『中国で経営者が相次いで自ら命を絶つ異常事態が発生』、藤科和彦、現代ビジネス、2025.8.21

6.『奴隷にされたくない、中国で打倒・習近平の蜂起呼びかけ』、福島香織、JBpress、2025.9.12

7.『習近平の権力基盤、危ぶまれる健康問題と今後の共産党の指導体制』、藤井厳喜メルマガ、2025.9.10

8.『銅や鉄で硬貨作れず、小額紙幣の印刷も予算不足で滞るロシア』、安木新一郎、JBpress、2025.8.6

9.『ソ連崩壊の二の舞、軍拡競争でプーチン体制崩壊の可能性』、AFPBB News、2025.6.27

10.『破綻するロシア経済』、Daily Digest、2025.9.19

11.『次に起こるのはAI心中』、桑原聡、産経、2025.9.12

トランプ氏は誰と何と戦っているのか

すんなりと決着した大統領選

 多くの識者が、アメリカ大統領選が行われた11月5日は騒乱の前夜となると予測していた。だが、実際にはすんなりとトランプ元大統領が勝利した。

 10月30日に公開した『分断から内戦に向かうアメリカ』では、次のように書いた。

<もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。>

 だが「11月5日の大統領選ではトランプ氏が圧勝した。さしたる騒乱は起きなかった。めでたしめでたし」とはならない。そう断言する根拠は三つある。第1に国際社会は混乱の極みにあること、第2にトランプ対DSの戦いは何一つ終わっていないこと、そして第3に国内の分断問題は何も解決されないまま放置されていることだ。〔注〕DSについては後述。

 ところで予想は何故外れたのだろうか。三つの要件が同時に成立したからである。つまり、第1にトランプ氏が大勝したこと、第2にハリス氏があっさりと敗北を認めたこと、そして第3に2020年の大統領選と異なり、トランプ氏の勝利を阻止する実力行使が行われなかったことだ。

 この中で謎は第3である。三つの可能性が考えられる。

 第1は、トランプ氏が圧勝した(312対226)ために覆す手段が存在しなかったか、もし強行すれば民兵組織が全国規模で銃をとって立ち上がる等、右派のリアクションが大きすぎて内戦が勃発してしまうため、実施できなかったというものだ。

 第2は、そもそも選挙戦の途中でバイデン大統領を引きずり降ろし、ハリス副大統領に交代させた手順は相当に荒っぽいものだった。バイデン大統領の耄碌ぶりも聞くに堪えないものだったし、ハリス氏に至ってはもし正規の民主党の大統領候補の選定手順を踏んでいたら、決して候補には成り得なかったと思われる程、大統領候補としての適性を欠いた人物だった。従って民主党陣営も早い段階から「今回は勝てない」ことを予測していた可能性が高いというものだ。

 第3は、バイデン政権下の3年余において国際情勢・国内情勢共に、混沌・混乱が増大しアメリカの覇権体制が揺らぎ始めたことが鮮明になった。我々の認識とは異なり、DSから見れば「バイデン大統領は良く任務を果たしてくれた」と評価をしていて、後は「トランプさん、お手並み拝見だ。」と高みの見物を決め込んでいるのかもしれない。

 後述するように、最も可能性が高いのは第3の理由である。

バイデン政権下で変化した国際情勢(概観)

 バイデン大統領政権下で変化した国際情勢を俯瞰してみよう。バイデン大統領が就任したのは2021年1月である。それ以降に発生した6つの重大事件を時系列で拾った。

 第1は、米軍のアフガニスタンからの全面撤退である。2021年の8月31日にアフガニスタンに駐留していた米軍最後の軍用機がアフガニスタンを離陸した。アメリカは2001年にアフガニスタンに部隊を派遣しタリバン政権を排除して、20年に及ぶ軍事作戦に終止符を打って、タリバンにアフガニスタンを明け渡して撤収したのだった。

 第2は、2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻である。

 第3は、2023年10月7日に起きたハマスによるイスラエルへの軍事テロである。

 二つの戦争は何れも長期化して拡大し双方に相当の死傷者が発生したが、現在に至るまで終結の目途は立っていない。

 第4は、SWIFTを武器化して制裁に使ったことだ。最初の事例は、イランの核開発に対する国連安保理による制裁決議に基づいて、EUが中央銀行を含むイランの25の銀行に対しSWIFTのサービスを停止したもので、2012年のことである。続いて、ウクライナ戦争を始めたロシアに対しても制裁の一環としてEUとアメリカはロシアの主要銀行をSWIFTから追放する措置をとった。ちなみにSWIFTとは「国際銀行間通信協会」の略称であり、この組織が提供する国際金融取引の決済ネットワークシステムである。

 第5は、ロシアが欧米からの制裁に対する対抗措置として、ドルに依存しない原油等の貿易決済システムを中国と組んで作ったことだ。今ではBRICS諸国に呼び掛けて「BRICS通貨」を作るべく奔走している。BRICSは西側諸国・G7に対抗する仕組みとして、当初の五ヵ国に加えて、アラブ首長国連邦、イラン、エチオピア、エジプトが参加して九ヵ国となり、さらにサウジアラビアが参加を検討中である。

 そして第6は、PDSの失効である。アメリカは1972年のニクソンショックにおいて、ドルと金の兌換を一方的に停止した。それと並行してアメリカは1974年にドル覇権を維持するために、サウジアラビアと『ワシントン・リヤド密約』を結び、アメリカが安全保障を提供する代わりに、原油の取引を全てドルで行う体制を構築して、ドルの覇権体制を再確立した。これをPDS(Petro Dollar System)という。それから50年が過ぎて、2024年7月にサウジアラビアは密約の破棄を決定した。こうして半世紀にわたってドル覇権の支柱となってきたPDSは消滅した。

 ここで重要なことは、以上の6つの事件は相互に無関係に起きたものか、それとも共通のシナリオのもとに引き起こされたものかだ?

バイデン政権下で変化した国内情勢(概観)

 バイデン政権下で悪化した国内情勢については幾つも事例を挙げることができる。思いつくままに列挙すれば、第1に不法移民が急増したこと、第2にフェンタニル中毒患者が急増したこと、第3に中間層から貧困層に没落した人口が増加したこと、第4に大都市において凶悪犯罪が増加して治安が悪化したこと、そして第5に左派と右派の間の分断が深刻化したこと等々だ。

 『分断から内戦に向かうアメリカ』で既に書いたように、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人もの不法移民がアメリカ国内に流入した。メキシコと国境を接するテキサス州は「これは侵略であり、連邦政府は州を防衛する憲法上の義務を放棄している」として独自の州法を成立させて逮捕と強制送還に乗り出した。このように「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことは明白である。

 分断問題の根源は、左派による行き過ぎたポリティカル・コレクトネス(PC)活動と、LGBTなどのマイノリティの権利を過剰に要求する活動にあった。既にトランプ氏は米軍から全てのトランスジェンダー軍人を追放する行政命令を出すことを公言している。

 アメリカ国民の多くが陰湿なPC/LGBT攻撃の標的にならないようにじっと我慢してきたのに対して、唯一攻撃を跳ね返す存在であり続けたトランプ氏が、圧倒的多数の支持を得たことは至極当然と思われる。トランプ氏は大統領就任以降、バイデン時代に浸透したPC/LGBT攻撃を認めない政策を次々に打ちだすことが予想され、大統領選では決起のタイミングを失った左派が、その政策に反応して騒動を起こす可能性が高まることが予測される。

 分断がここまで深刻化した責任は一体誰にあるのか。11月30日の産経新聞「産経抄」に、バイデン大統領が就任する2021年1月に安倍元首相が語ったエピソードを紹介していてとても興味深い。

1)トランプ氏が分断を生んだのではなく、アメリカ社会の分断がトランプ大統領を生んだ。

2)その分断を作ったのはリベラル派であり、オバマ政権の8年間だった。

3)オバマ政権下で、リベラル派が我こそ正義とばかりにPC(政治的正しさ)を過剰に振りかざしてきた。誠にこのとおりだと思う。

 問題は一体バイデン政権は何故このような政策を推進したのかだ。

バイデン政権は何を推進したのか

 このように俯瞰した上で結果から判断すると、2021年1月に就任したバイデン政権がこれまでに推進してきたことは、ドル覇権体制を崩し、アメリカを弱体化させ、国内外の秩序を不安定にし、世界を多極化させるシナリオの一環だったのではないかという疑念が生じる。ウクライナ戦争に関しては、ロシアがウクライナに軍事侵攻することを黙認しただけでなく、ウクライナに武器を供与してロシアとの代理戦争をさせ、戦争を長期化させて消耗戦となるように仕向けたのではなかったか。

 いついかなる戦争においても、戦争の当事国の他に、戦費と兵器を提供する集団が存在する。当事国は戦争で疲弊する一方で、彼らは戦争で大きく儲けてきたことは歴史が証明するところである。

 ロシアに対するSWIFTからの追放という制裁は、ロシアがSWIFTに代わる国際取引の決済手段を構築することを促した。その間にPDSが消滅し決済の「非ドル化」が進んだ。この一連の事件は、ドル覇権を瓦解させる方向で符号している。

 では一体バイデン大統領は何故そんなことを推進したのだろうか。この疑念は、バイデン政権の背後にDSの存在があると解釈すれば説明が付くのである。同時に2020年の大統領選挙で郵便投票を悪用した大規模な選挙不正を行ってまでバイデン大統領を誕生させた理由も、また今回の大統領選では実力を行使しなかった理由も、全て説明が付くのである。

 これを書いている12月1日に、驚愕する情報が飛び込んできた。アメリカのNBCニューズ他のメディアが11月30日、トランプ次期大統領が自身の「Truth Social platform」に以下のコメントを書いたと報じたのである。

 <BRICS諸国には、新しいBRICS通貨を作らないこと、もしくはドルに代わる他の通貨を支持しないとの確約を求める。さもなくば100%の関税を課すことになり、素晴らしいアメリカ市場との商いに別れを告げることになるだろう。>

 これはトランプ次期大統領が、「ドル覇権体制の瓦解はバイデン政権下で進められた」と認識していることを示すと同時に、そんなことは断じて許さないという強い警告を発したものである。手段の是非や適否はともかく、これはトランプ氏が切ったカードであり、BRICS加盟国はロシアをとるかアメリカをとるかの二者択一を迫られることになるだろう。

 本来BRICSは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字を綴った略称であるが、最近ではSはサウジアラビアだと言われてきた。サウジアラビアはBRICS加盟に色気を出しており、トランプの脅しは、PDSを解消し、BRICS加盟に走ろうとしたサウジアラビアを牽制するものである。

トランプ対DSの戦いとは何か

 DSとはどういう存在なのか。お断りしておくが、国際情勢を見るときには、軽々に陰謀論というレッテルを貼って思考停止に陥らないことが賢明である。世界で勃発する事件は何れも偶発的なものではなく、それを仕掛けた勢力がいて、シナリオを書いた勢力がして、それで儲ける勢力がいると考える方が真相に近い。あの太平洋戦争ですらそうであったことは、6月9日に公開した『思考停止の80年との決別第3部』で書いてきた通りである。

 DSの存在は、トランプ氏が公言したことから広く認知されるようになった。概念的に捉えれば、ここでは大統領の指示にも面従腹背する官僚組織の幹部層、特に司法省やFBI或いは国防総省の幹部に、国際金融資本家や軍産複合体、さらにはグローバリズムの推進者を等を括った集団と理解しておくこととする。

 アメリカの近代史を振り返ると、総じて戦争を起こすのは民主党で、それを共和党が収拾するという役回りだった。今回もそうなりそうだ。バイデン政権の時にウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナ戦争が起き、トランプ次期大統領がそれを終結させることになるからだ。

 世界の近代史においては、戦争が起きるとその当事者双方に戦費を高利で貸し付ける金融資本家が存在した。日本がロシア相手に戦った日露戦争においても、戦費のほとんどは、グローバルに事業を展開する英国と米国の投資銀行を介して、ロンドンとニューヨークで調達されている。今も昔も戦争によって大きく儲ける集団が存在しているのである。

 さらにいえば、世界には秩序よりも混沌、安定よりも不安定を望む集団が存在する。最近の事例を挙げれば、リーマン・ショックやコロナ・パンデミック、或いは資源インフレや大規模災害が発生したとき、各国の政府が巨額の補正予算を組んで対応したことは記憶に新しい。騒々しい世の中になるほど多くのマネーが流通し、そのマネーに群がる集団が暗躍することは事実である。

 コロナ・パンデミックが世界を襲った時、巨額の利益を上げたのは主にワクチンを提供したアメリカの企業だった。各国は言い値で人口分のワクチンを買い漁ったことも事実である。

 二つの世界大戦を契機に大英帝国からアメリカに世界の覇権が移動して、戦後アメリカは世界の覇権国として君臨した。特に米ソ冷戦時代には、共和党のレーガン大統領がソ連に対して軍拡競争を仕掛けて、ソ連邦を経済的に破綻させて崩壊・解体に追い込んだ。それ以降アメリカ1強時代が到来した。

 アメリカ1強は安定の時代であり、テロやゲリラ戦争を除けば国と国の戦争は減少した。アメリカ1強体制が揺らいで多極化に向かえば、世界は不安定となり、地域紛争が起こりやすくなる。戦争で儲けようとする集団にとっては、アメリカが弱体化することが望ましいのである。さらに付言すれば、M7(マグニフィセント・セブン)のようなグローバリストにとっては、もはや国家は様々な制約を課す存在でしかないということである。

 既に書いてきたように、飽くまでも結果から判断すれば、バイデン政権下で顕在化したドル覇権の崩壊とBRICS結束強化の動きは、世界を不安定化させる要因である。バイデン政権はその不安定化を促進しようとし、トランプ次期大統領はそれを許さないことを宣言した。

 こう考えると、トランプ氏が目指しているのは、MAGA(アメリカを再び偉大な国にする)ことであり、そのためにドルの覇権を維持し、それに挑戦する国の登場を容認しないということだ。これを構図として捉えれば、DSにとってトランプ氏は敵以外の何物でもないことになる。

アメリカの覇権が限界に近づいている

 来年2025年は世界大戦終結から80年、ドルと金の兌換を停止したニクソンショックから53年、PDSが成立しドル覇権体制が維持されてから50年、そしてアメリカ1強体制が始まったソ連邦崩壊から34年になる。この間にアメリカの力の衰えが徐々に顕在化し、バイデン政権を含めて世界が多極化の方向に向かう動きが見えてきた中で、2025年1月にトランプ第二期政権が誕生する。ドル覇権体制の維持を巡るバトルの幕が開けることになる。

 ここで、マネーがどれほど世界に溢れているか。資料1他を参照してデータを整理してみよう。

・世界の債務:377兆ドル(2010年の80兆ドル)

・アメリカの財政赤字:1.83兆ドル(FY2024)で、前年度比8.1%増加

(コロナ渦のFY2020の3.13兆ドル、FY2021の2.77兆ドルに次ぐ過去3番目の規模)

・アメリカの財政赤字/GDP比:6.4%(FY2024)で、前年度の6.2%から悪化 

・金に対するドルの価値:市場価格は1オンス=2000ドルで、ブレトンウッズ会議(1944)から80年間で1/57に減価

・流通するドルの総量:米国内に5~6兆ドル、世界では(推定)50~100兆ドル

〔注〕FY:会計年度、アメリカの場合10/1~9/30

 ここで、特に注目すべきは次の三点である。

 ①世界全体の債務は、2010年からの15年間で4.5倍に増加した

 ②アメリカの財政赤字は年に約1.8兆$(約270兆円)で年々増加し、GDP比でも増加した。

 ③世界に流通するドルの総量は、推定でアメリカ国内の約10倍以上ある

 そもそもアメリカがドル覇権国であるということはどういうことだろうか。エネルギーに留まらず世界貿易において決済通貨としてドルが使われていることであり、貿易を行うために世界がドルを必要としていることである。つまりドルの需要が世界中にあるためにアメリカは米国債やドル紙幣を幾らでも印刷できる特権を保有している。

 ブルームバーグの12月3日の記事によれば、国際決済銀行(BIS)が2022年に発表した3年に1度の調査結果によると、外国為替市場取引の規模は1日に7.5兆$ありドルのシェアは約88%に上るという。(参照:資料2)

 覇権国の特権と引き換えに、アメリカは世界最大最強の軍事力を保有し、世界中に米軍基地を保有してプレゼンスを保持している反面、世界最大の財政赤字を抱えているのである。年間1.8兆ドルもの財政赤字を出しているにも拘わらず、毎年巨額の米国債を買い続ける国があることによって、米国のドル覇権体制が維持されてきた。

 しかしながら、この特権はいつまでも続かない。何故なら過去に発行した国債の償還額が年々増大し、財政赤字の増大によって新規発行の国債額もまた増加の一途にあるからである。国債の買い手が存続する限りドル覇権を維持することは可能だが、買い手がいなくなった途端にアメリカは予算を組めなくなり、ドル覇権は終了することになる。

 では米国債の保有者はどこにいるのかと言うと、資料1によれば、約40%が中国、約30%が日本、約15%がサウジアラビア、5%が英国、残り10%がその他であるという。発行済みの米国債の総額は一説に16兆$と言われるが、本当のところは分からない。

 この体制の存続を脅かすリスクは、既にアメリカの内外で顕在化している。外部リスクは二つある。まずアメリカは中国を世界最大の敵とみなしており、トランプ氏は関税戦争を仕掛けようとしていることは周知の通りである。次にサウジアラビアはアメリカと締結してきたPDSを破棄しBRICSに参加しようとしている当事者である。中国もサウジアラビアもアメリカに対して米国債を売却するというカードを保持しており、もし大量に売却すれば、その時点でアメリカのドル覇権は崩壊してしまうのである。

 次に内部リスクとして考えられるのは、アメリカが国債の償還に応じられなくなる事態である。もしそうなればドルの信認は一瞬にして消滅しドルは暴落するだろう。

 こう考えるとき、トランプ新大統領が掲げるMAGAの実現は、ドル覇権を維持することが大前提であって、相当難しい舵取りが要求されることが分かる。

近代資本主義も限界に近づいている

 1月31日に公開した『終焉を迎えるバブル経済と資本主義(3)』において、そもそもバブルとは何か、現在進行中の金融資本主義というバブル、アメリカ債券バブルと中国土地バブルについて論じた。以下に要点を引用する。

 <政府が財政赤字を増加させてきたことがバブル経済を生んだ最大の原因だった。そして金融市場に供給された巨大なマネーがパワーを持って、政治経済や戦争にまで強大な力を行使してきたことが、資本主義の歪みを増大させてきた原因だった。

 この過程でバブル膨張と崩壊のサイクルが繰り返され、サイクルを繰り返すたびにバブルは膨張した。そして現在、アメリカと中国で連動してバブル崩壊が起きようとしており、さらに住宅や不動産市場のバブル崩壊を経て、次は債券市場でバブルが崩壊しようとしている。バブル崩壊の規模において、現在は最終かつ最大のバブル崩壊が起きる前夜にある。>

 「円キャリートレード」と呼ばれる取引がある。「超低金利の円建てで資金を借り入れ、円をドルに換えて、高金利のドルで投資して稼ぐ取引」であり、円とドルの為替レートと日本と米国の金利差を巧みに利用する投機ビジネスである。

 特に最近では不動産バブルが崩壊し、経済の失速が鮮明になった中国からマネーが一斉に引き揚げられて、高金利を維持しているアメリカに還流して、米国市場の株式、証券、不動産市場でバブルを膨張させてきた。こうして世界が成長の低迷に喘ぐ中でアメリカだけが成長を続けようとしている。

 「バブルの膨張に必要なのはマネーの流入と市場である」と言われる。現在の状況は、超低金利の日本が資金を提供し、高金利のアメリカが市場を提供する形でバブルが成長してきた。ここで重要なことは、バブル形成に日米両政府が当事者として関与している事実である。

 この点において、過去に起きたバブル崩壊と、これから起きるバブルの間には決定的な違いがある。

 ①まず政府の立ち位置が違う。過去において政府・中央銀行の役割はバブル発生の被害を局限化するための対策を講じる立場だった。しかし、近未来ではそもそも政府・中央銀行がマネーの供給者としてバブルの当事者に連座しているために、被害を局限化する立場になく、救済手段を講じることができない。

 ②次に起きることが予測されるのはM7バブルの崩壊であり、国債の発行や償還ができなくなる「債券バブル」の崩壊である。特に国家が国債の新規発行と償還ができなくなる事態は、「国家のデフォルト」に他ならず、国が借金を踏み倒す事態となる。

 資料1によれば、現在アルゼンチンを筆頭に世界の70ヵ国がIMFや世界銀行、或いは他国からの融資を返済できなくなる事態に陥る可能性が高いという。国家が破産するという事態は、バブル経済でやってきた近代資本主義の行き詰まりと捉えることができるのではないだろうか。

 トランプ次期大統領はBRICSに対してドルに代わる通貨の登場を許さないと警告したが、それはドル覇権の維持が次期政権にとって死活的な要件であることを吐露している。同時に、バブル経済でやってきたアメリカ覇権体制が限界に近付いていることの証左でもある。

 もしアメリカで債券バブル崩壊が起きれば、それは世界の金融市場に壊滅的な打撃を及ぼすことになり、バブル経済を前提としてきた近代資本主義が破綻する事態となるだろう。このように、トランプ第二期政権は、資本主義の歴史においてマネーが膨張し過ぎた危機的な時代に登場することを肝に銘じておかなければならない。

エピローグ(トランプ氏は現代のドン・キホーテか)

 最後に、トランプ氏は一体誰と、或いは何と戦っているのか私見を述べて締め括りたい。

 第一は、アメリカの国内事情という戦場において、民主党・左派・DS集団に対して、「行き過ぎたイデオロギーを是正して、本来のアメリカを取り戻す」戦いだった。オバマ政権以降の民主党政権下では、過剰かつ過激な「PC、LGBT、多様性の要求」というイデオロギーが国内に蔓延していた。その過激な風潮の中で被害者となった労働者階級、中産階級、或いは正規の手続きを経てアメリカ市民となった移民層のために、本来のアメリカを取り戻そうという戦いを挑んだのではなかったか。

 第二は、国際社会における戦いでは、グローバリズム、中露イランに代表される専制主義、地球温暖化というプロパガンダ、それとマイノリティが権利を声高に要求する場と化したさまざまな国連機関等に対して、アメリカのナショナリズムと国益を取り戻す戦いだった。そのように思える。

 そして第三は、アメリカ1強という時代にあって、世界の「3K(きつい、汚い、危険)」の任務をアメリカに押し付けてきたNATOや日本を含む同盟国に対して、平和と安全と繁栄を追求するのであれば、応分の負担をし役割を担えと要求する戦いである。それが嫌ならNATOから脱退し、米軍基地を引き払うというカードを切り、ディールに臨もうとしている。

 そのように俯瞰すると、戦後80年間、覇権体制を担ってきたアメリカが莫大な財政赤字を抱えて予算を組むことすら危ぶまれる瀬戸際に立っている現実が見えてくる。誠に「トランプ氏は現代のドン・キホーテを演じようとしている」そう思えるのである。

 日本は戦後アメリカに従属して経済的繁栄を享受してきたのだが、トランプ第二期政権の誕生に臨み、そんな甘い認識では戦後80年以降の「一歩間違えば戦乱再びもあり得る」激動の時代を生き抜いてゆくことは出来ないと断言しておきたい。

 アメリカ1強体制にひびが入った戦後80年以降に、一体どういう国際社会を作るのか、秩序と平和と繁栄を維持する仕組みをどう再構築するのか、そのために日本はどういう役割を担うのかという命題に真剣に向き合い、日本のオプションを用意しなければならないのだ。

 「アメリカが押し付けた憲法」の制約をできない言い訳とし、その大役から逃げ回ってきた過去はトランプ第二期政権誕生と同時に吹き飛んでしまうのだと覚悟を決めなければならない。トランプ氏と巧くやっていく方法はそれ以外にはありえない。日本は今その瀬戸際に立っている。

 最後に触れておきたい。トランプ第二期政権において首席補佐官に就任することになっているスーザン・ワイルズ(Susan Wiles)という女性(1957年生)がいる。大統領選でトランプを圧勝させた名参謀との評価が高い人物である。今まで述べてきたように、トランプ第二期政権を待ち構える国際情勢・国内情勢は、何れも混乱の極みにあるのだが、そのような絶体絶命の状況にあって、ワイルズ氏はホワイトハウスの舵取りを担うことになる。トランプ氏といい、ワイルズ氏と言い、世界を背負い時代を担う人物が登場するところに、アメリカの凄さと健全さを垣間見えるのである。

参照資料:

資料1:「米国債の巨額踏み倒しで金融統制が来る」、副島隆彦、徳間書店、2024.7

資料2:「ドルを武器化するトランプ氏、BRICSへの無用な挑発になる恐れ」、Bloomberg、2024.12