「思考の作法」から見た戦後政治

 今まで書いてきた「思考の作法」を階層構造として体系化した。この流れに従って改めて通して書いてゆく。「思考の作法」を物差しとして戦後政治を眺めると、基本的なレベルで幾つかの誤りが見て取れる。事例として挙げながら書いてゆくこととする。

人生も外交もゲームと心得よ(M/354参照)

 「思考の作法」の前に、肝に銘じることが二つある。「ゲーム」と「イノベーション」である。

・ゲーム

 百姓の家に生まれ天下人になった豊臣秀吉は、「露と落ち、露と消えにし我が身かな、浪速(なにわ)のことは夢の夢」という辞世の句を残した。秀吉晩年の述懐のとおり人の一生は誠に短い。「今」は矢継ぎ早に過去となってゆく。

 そういう心境に立つと、人生とは自分が主役のドラマであり、次々に起こる課題や難問を解決してゆくゲームであると達観するのがいい。どんな難問でも必ず解決できるという信念をもってゲームに挑み、楽しみながら謎解きをするという心構えがいい。

・思考法の前に処世法

 人生はゲームだという心境に立つと、一見複雑で難解に見える課題にも虚心坦懐に向き合うことができる。単純化して考えれば、人生の様々な場面には常に二つの選択肢、すなわち困難な道と楽な道が存在する。ここで賢明な処世は迷わずに困難な方を選ぶことだ。何故なら困難を克服してゆくところにこそ人生の醍醐味があり、その過程にこそ豊かな収穫があるからだ。

・大谷翔平に学べ

 大リーグで前人未到の大活躍をしている大谷翔平を評して、ロサンゼルス・エンゼルスの監督ジョセフ・ジョン・マドン・ジュニアはこう述べた。「他の選手が生きるか死ぬかの競争に四苦八苦している中で、翔平は野球をゲームとして楽しんでいる。」と。他の選手との関係や成績、マスコミを意識するのではなく、プレイする自分自身を子供のように楽しんでいると評したのだ。

 本人がどこまで自覚しているかは分からないが、そもそも日本のプロ野球から大リーグに飛び出したこと自体が「困難な道」を選択した結果だった筈だ。その上でゲームとしてプレイを存分に楽しんでいる大谷翔平の生き方は、いい参考になるのではないだろうか。

 スポーツだけでなく、外交もまた複数のプレイヤーが国益を賭けて国力を知力と腕力で挑むゲームであるに違いない。アメリカや中国を相手にゲームに挑む外交を望みたいものだ。

イノベーションは人類の宿命と捉えよ(M/385参照)

・現状維持志向は亡国への道

 総じて日本人は現状維持志向が強い。

≪事例1:戦後の日米関係≫ 敗戦から76年が過ぎたというのに、未だに米国従属マインドを払拭できないのは何故だろうか。日本中に米軍基地がたくさんある現実を与野党ともに容認しているのは何故だろうか。我が国の安全保障の分担として、日本は盾(防衛)、アメリカは矛(攻撃)となっているが、ロシア、中国だけでなく北朝鮮までもが核兵器を持つに至り、頻繁に新型のミサイルを発射しているにも拘らず、未だに「専守防衛」を変えようとしないのは何故だろうか。

 これらの問いの答えは、戦後の現状維持路線を転換することはパンドラの箱を開けることになるからだ。一度箱を開けてしまえば、今まで「ないことにしておこう」と封印してきた難題が次々に箱から躍り出てくることになるからである。

 敗戦直後はやむを得なかったとして、戦後76年を過ぎた現在も日本の安全保障の中核というか「3K」の部分をアメリカに依存したまま放置してきたことは、与党も野党も独立国の政治家として無責任と言わざるを得ない。日本が安穏を貪ってきた間に怪物中国が目の前に立ち塞がり、北朝鮮が核ミサイルを持ち極超音速ミサイルを実戦配備しつつある事態に至ったのだ。

・イノベーション志向こそ未来への道

≪事例2:失われた四半世紀≫ 日本経済は1991年のバブル崩壊を転換点として拡大から縮小に転じた。我が国のGDPは1995年~2020年の25年間で5.4兆ドルから4.9兆ドルへ10%減少した。この間に米国は2.7倍に増加し、中国は21倍に急増して世界第二位の経済大国になった。この事実は日本の経済政策が根本的に間違っていたことを証明している。四半世紀の間に日本はアメリカの1/3に、中国の1/21に貧しくなったのであり、日本国民はこの事実に声を大にして怒らなければならない。

 GDPが減少したということは国力が小さくなったということである。経済力も軍事力もアメリカの1/3に縮小したことを意味している。もし日本がアメリカと同等のGDP成長率を達成していたならば、現在のGDPは中国と同等だったのだ。「タラ、レバ」の話だが、中国の軍事力が深刻な脅威となっている現在、これほど重要なことはない。しかもこの現状は、プライマリーバランスを最優先の命題としてイノベーションを促進する政策と予算を抑制してきた、歴代政権の政策ミスがもたらした結果なのである。いわば日本のオウンゴールなのだ。

 生物にとって激変する環境を生き残るためには進化することが必須の命題であり、現状維持という選択は自殺行為だったのである。38億年の歴史において大半の主が絶滅していった中で、必死で進化を遂げた種だけが現代に生命をつないできたことを忘れるべきではない。

 人類にとってイノベーションは、生物における進化と同義である。国の発展はイノベーションにかかっていると言っても過言ではない。

心に座標軸を持て(M/258参照)

 ここからは「思考の作法」の基本となる二つのテーマを取り上げる。「座標軸」と「目的思考」である。

・海図のない航海

 人生は航海に譬えられる。ただし人生には目的地も海図もない。人生という航海においては、年齢を重ねるとともに成長を続け、常に変化してゆく社会や国の情勢を見極めつつ適宜適切な舵取りをしてゆく能力が求められる。

・座標軸

 では人生という航海において進路を誤らないためにはどうすればいいのか?その答えは座標軸を持つことだ。その上で自己位置(「今、ここ」に居る「自分」)を確認し、これからの進路を見定めることだ。ちなみに座標軸を持つとは、空間軸と時間軸を横軸と縦軸にとって、その上で自己位置を確認することである。

 空間軸で自己位置を確認するということは、外交で言えば国際社会において日本の立ち位置を明確にすることである。時間軸で自己位置を確認するということは、歴史から未来に向かう変化の中で自己位置を考えることである。

・相対座標ではなく絶対座標

 ただし自己位置を考える場合、絶対座標系と相対座標系の二つがあることに注意が必要だ。

 国際社会における日本の振る舞いを考える場合に、米国や中国など主要国の動向に加えて国連や国内世論の動向を斟酌する政治姿勢は、相対座標系で考えるものである。これに対して、他国や国民がどう思うかではなく、いわば国家観と歴史観に基づいて日本のあるべき姿を考える政治姿勢は絶対座標系で考えるものである。

 振り返ってみれば、戦後政治は米国を中心とし、中国など周辺国との相対関係に配慮して行われてきた。一方、米中は現在共に国内に深刻な問題を抱えていて、2022年は国の行く末を大きく左右する激変の年となることが予測される。

 米中が揃って大きな歴史上の転換点に立っている今こそ、歴史観と国家観に基づいて日本の立ち位置と進路を再確認する好機であると言える。これは米国に従属し中国に忖度する思考に決別して、真に自立した国家を目指して、大きく方向転換することを意味する。

目的思考で考えよ(M/325参照)

 「思考の作法」の、作法の基本となる二つ目のテーマは「目的思考」である。座標軸をとって自己位置を確認したら、次にやるべきことは目標(未来の到達点)を設定することである。

・視点は二つある

 現在から未来を眺めるか、それとも未来から現在を眺めるか、視点をどちらにおくかで思考法は決定的に異なる。言い換えれば、前者は手段思考であり後者は目的思考である。

 一般に目標がはっきり描けていない場合には、できる手段をコツコツと積み重ねてゆく前者のアプローチとなるだろう。この場合、視野の範囲を超える成果を得ることは期待できない。

 これに対して目的思考に立てば、目標を先に設定した上で「目標を実現するために最強の手段は何か」を考えた行動を起こすことになるから、自分の実力を越えた成果を実現することも可能になる。大きな目標を立てて目的思考でゲームに挑むことこそ、ゲームの醍醐味ではないだろうか。

・動機は三つある

 人が行動を起こすときに、やりたいことをやるか、できることをやるか、それともやるべきことに挑戦するかで三つの動機が存在する。英語で言えば、Would(やりたいこと)、Could(できること)、Should(やるべきこと)の三つだ。大きな目標を実現しようと思えば、やるべきことに挑戦する他ない。三つの動機の中で唯一Shouldだけは目標をはっきりさせない限り行動を起こせない。

 よく「できるベストを尽くす」というが、目的思考に立てば「やるべきことを尽くす」が正解である。一般に「やるべきこと」は「できること」の視野の外にある場合が多いのだ。

・ブレイクスルー思考:アタックルートを見つけよ

 できるベストを尽くしても目標を達成できるとは限らない。目標が大きく高いものであるほど、それを実現するための方法は難易度の高いものとなるからだ。実現する方法を発見するためには「発想の転換」が必要となる。これをブレイクスルー思考と呼ぶ。登山に譬えれば、どうすればあの山に登れるか、そのアタックルートを発見する意思と発想が求められる。

 大谷翔平が世界のトッププレイヤーとなったのは、高いところに目標を見据えて日本を飛び出したからであることは言うまでもない。

戦略思考でゲームに挑め(M/451参照)

・戦略思考と忖度思考

 戦後政治は先ずアメリカに従い、中国が日本を抜いて経済大国となった以降は、さらに中国に配慮する形で行われてきた。

≪事例3:北京五輪ボイコットと中国非難決議≫ 北京五輪のボイコットは、岸田総理が欧米に18日遅れて12月24日に意思決定したものの、岸田総理は最後まで「外交的ボイコット」とは言わなかった。

 2月1日に衆議院本会議において、中国の人権弾圧に対する非難決議が三度目の正直として全会一致で成立した。但し、「人権侵害」が「人権状況」に修文され、「非難」の2文字が削除され、さらに驚いたことに「中国」という国名までも削除された。これは秋の参議院選挙を睨んで自民党が公明党の修正案を丸呑みした結果であり、「非難決議ゴッコ」というべき情けないものとなった。

 何故そういうことになったのか。欧米と足並みを揃えなければならないという事情が一方にあり、他方には中国を怒らせたくないという忖度が働いた結果であることは明明白白である。このような気概のない外交を自公連立政権はいつまで続けるつもりだろうか。

 1月13日にBBC等の英国メディアは、MI5(英情報局保安部)が警告した内容を報道した。それは「ロンドンで活動している女性弁護士が中国の中央統一戦線工作部(外国でプロパガンダ工作を行う機関)と連携して、下院議長等の議員に対し献金を行い英国の政治に工作している」というものだった。同様の工作活動は、アメリカやオーストラリア等で起きており、当然のことながら日本でも行われていて現在も進行中であると考えられる。

≪事例4:安全保障、憲法改正、原発≫ 政府は国民の忌避に忖度する結果、これらの問題に関して思考停止状態にある。台湾有事の危険性が高まり、北朝鮮が日本の全域を狙える新型ミサイルの発射を繰り返しているというのに、専守防衛を改めようとする動きもなければ、憲法改正も遅々として進展が見られない。

 さらに、2020年10月26日に当時の菅首相が所信表明演説にて、「2050年までに、温室効果ガスの排出をゼロとする」と脱炭素社会の実現目標を宣言したにも拘らず、原発再稼働はおろか安全な小型原発開発を堂々と推進することも宣言できないでいる。

 激動する国際情勢において国益を守るためには、戦略思考に立った政治を取り戻す必要がある。そのためには、憲法改正や原発推進が不可欠かつ喫緊の命題であることを、政治家は堂々とロジカルに国民に語る責任がある。同盟国であるアメリカに対しては応分の責任を日本が担うとの覚悟を決めて対等に渡り合い、中国に対しては人道や国際法に照らして容認できない行動に対して毅然としてノーというゲームを挑まなければならない。

・プリンシプル

 戦略思考に立つために肝に銘じておくべきプリンシプル(基本原則)がある。それは、以下のようなものだ。①政策の選択肢には常に楽な道(妥協の選択)と困難な道(挑戦の選択)がある。②困難な道を選べばさまざまな障害が立ち塞がることが予測されるが、必要な対策を講じて克服する。③対策を講じることがイノベーションを促進することになり、国を強靭化することになる。④輝かしい未来は常に困難な道の先にある。困難に直面して、安易な妥協をせず、迷わず、ぶれない意思決定を行うために、プリンシプルを明確にしておく必要がある。

≪事例5:中国への忖度≫ 中国との軋轢を回避するという行動は、明らかに「楽な道」であろう。但し一度力に屈服すれば未来永劫従属を強いられる。安易な妥協を選択することは、自由な未来を放棄することなのだ。逆に、非は非として毅然とした外交を行えば、脅迫や報復措置に遭遇する可能性が高いが、それらの障害を克服することによって、「日本は侮れない相手だ」という評価を得ることになる。明るい未来は常に困難な道の先にしかないことを肝に銘じるべきだ。

 ここで見習うべき二つの事例がある。一つは西暦607年に、推古天皇から隋の皇帝に送った親書に、聖徳太子が「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや。」と書き込んだ気概だ。もう一つは、オーストラリアのモリソン首相が中国の恫喝と制裁に対して毅然と挑んだ姿勢である。(W/523参照)

・戦略思考

 戦略思考に基づく政治とは、現在及び未来の日本の国益を最大化するために、米国や中国、さらには国連機関や国民に対し忖度することなく、なすべき政策を毅然と遂行してゆく政治姿勢である。

 戦略思考の基本的なステップは次のとおりである。①国家にとって目的は常に「国益を最大化する」ことだと肝に銘じること。②目的と結果を区別すること。目的はあくまでも国益の最大化であり、温暖化問題への取り組みも世界への貢献も、目的ではなく結果と捉えるべきこと。③「何ができるか」ではなく「何をすべきか」を考えること。④守るのではなく攻めること、待つのではなく仕掛けること。⑤大きな戦略ゲームに挑むという自覚を持ち、最強の手段を編み出すこと。⑥相手の弱点を突くことも厭わぬこと。⑦常にゲームの構図を作る側に陣取ること。相手を孤立させ、自分は他のプレイヤーと強いネットワークを形成するというように。

 国益を守るためには、その位の手段を冷静沈着に講じてゆく度量が求められる。

全体像を描き、本質を追究せよ(M/281参照)

・全体像を描く

 国内でも国際社会でも、予測できるもの突発的なものを含めて事件は次々に起きる。事件が起きるたびにメディアが報道するのは、大半が現象に関わるものだ。しかしながら現象情報を幾ら読み聞きしても真相は分からない。真相が分からなければ的確な対応ができない。抜本的な対策を講じるためには、収集した情報を整理して分析と考察を加える必要がある。

 この場合ポイントは二つある。第一は「全体像を描く」ことだ。すなわちファクト情報を集めてホワイトボードに書き出し、情報の相互の関係性(因果関係と相関関係)を図解する。その上でそれを俯瞰して「これが物語ることは何か」を考えることである。

・本質を追究する

 第二のポイントは「本質を追究する」ことだ。人為的な事件であれば、「誰が何故このような事件を起こしたのか。その狙いまたは原因は何か。」を考えることである。

≪事例6:コロナパンデミック≫ コロナパンデミックを例にとって、ファクト、真相、本質の関係を整理してみよう。先ずファクトを五つ整理する。①今回のコロナウィルスは中国武漢市で発生した。②中国科学院武漢ウィルス研究所ではこのウィルスに関わる研究を行っていた。③今回パンデミックを起こしたウィルスは過失・事故を含めてこの研究所から漏出した。④中国政府が感染の事実を公表したのは最初の患者が現れてから1ヵ月以上経った後である。⑤中国が公表を遅らせたために春節の民族大移動によって世界中にウィルスが拡散した。

 五つのファクト情報が物語る真相の一つは「中国は意図をもって世界に拡散させた」ことである。さらに「たとえウィルス漏出の原因が事故であったとしても、中国はその機会を悪用して世界に感染を意図的に拡大した。中国はそういうことを平然と行う国だ。」という本質が世界の共有認識となった。これは今後中国と向き合う場合に十分肝に銘じておくべき教訓である。

システム思考でロジカルに考えよ(M/511参照)

・システム思考

 システム思考は意思決定問題をシステムと捉えて論理的に思考する方法論である。言うまでもないが、外交における命題は「国益の最大化」にある。米国中央情報局(CIA)の分析官だったレイ・クラインは1975年に「国力の方程式」を提唱した。この方程式を元に「国益の最大化」という命題を考えてみよう。

国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 これはあくまでも概念的なものだが、国力の要素と関係を直截的に表現していて分かり易い。これによれば、国力を高めるために必要な要件は、①人口を維持し、②経済力を高め、③軍事力の強化を怠らず、かつ④明確な戦略目的とそれを貫徹する強い国家意思を持つことである。

・戦後政治の課題

 さて「国力最大化」の視点から日本の戦後政治を巨視的に評価すれば、課題は以下の三点に要約されるだろう。

課題1:日本は四半世紀にわたりデフレに喘ぎ、1995年~2020年の25年間に米国の1/3の規模にGDPが大幅に減少した。致命的な政策の誤りはプライマリーバランスを至上命題とした予算編成にあった。

課題2:戦後の日本は専らアメリカに従属し中国に忖度する政治を行ってきたために、政治の命題として「国益を最大化する」という認識が希薄であった。その結果、戦略目的及び国家意思を明確にしない政治を続けてきた。

課題3:日本の戦後史は太平洋戦争の敗戦から始まっているが、日本は未だに戦争を総括できておらず戦後レジームから脱却できていない。そのために歴史観・国家観が曖昧のままであり、「戦略目的と国家意思」がはっきりしない。その結果国際社会において日本本来の役割を果たす外交を展開できていない。

・「やるべきことに挑戦する」政治への転換

≪事例7:日本の戦後政治≫ 戦後の日本は専らアメリカに従属し、中国に忖度する政治を行ってきた。言い方を変えれば、戦後の日本は「できることをやる」政治に終始してきた。「できること」には「できない言い訳」が用意されており、憲法自体ができない理由の一つになってきた。

 憲法を含む法律上の諸規定は、政策を実行する上で制約条件として働くことは言うまでもないが、ここで注目すべきは、有事において国民の生命と領土を守る上で障害となることが予見される場合には、躊躇なく見直す必要があるということだ。「憲法を守って国民の生命や領土を守れず」となっては本末転倒だからである。政治家にはこれを実行する重大な責任がある訳で、それは台湾有事リスクが高まっている今なのではないか。

・戦後レジームの克服

 日本は現在一つのジレンマに直面して立ち往生している。それは「内なる怪物」を放置したままでは「外なる怪物」に対処することができず、「外なる怪物」に対処する有事モードの中でしか「内なる怪物」を退治できないというジレンマである。ここで内なる怪物とは、パンドラの箱の中に封印してきた「戦後レジーム」であり、外なる怪物とは力攻めの外交を展開する中国である。そして戦後レジームとは、「対米従属、対中忖度」に象徴される戦後政治の枠組みと、メディアの役割と責任、国民の理解を含む総体である。ここで注目すべきは、「日米同盟があるから、それは日本の役割ではない。憲法の規定があるからそれはできない。」という、制約条件が「できない言い訳」となってきた事実である。

総括

 先に「思考の作法」において書いてきたことを、改めて体系的に整理してみた。人生においても、ビジネスにおいても、さらには政治・外交においても、思考の「作法」の基本形は同じである。大きな目的を達成することも、国益を最大化することも、命題をシステムとして科学的論理的に考えて最強の手段を尽くすことに変わりはないからである。

 一方、その視点から戦後政治を振り返ると、思考過程を誤ったが故に国益を大きく損なってきた事例が幾つも浮かび上がる。1995年当時と比べて国力が1/3となったことを紹介したが、それによって喪失した自信と誇りを日本人が取り戻すためには、思考法を改めることが必須要件だと思うのである。

忖度思考と決別し戦略思考を取り戻す

東京オリンピック後の世界

 安全保障も憲法改正も原発も、政府は国民の忌避に忖度して思考停止状態にある。有事が起きて世論が変化するまで待っているようにさえ思える。一方アメリカはバイデン大統領政権が誕生した後も手を緩めることなく、中国に対し容赦ない圧力を次々に加えている。

 平和の祭典である東京オリンピックが終了すれば、パンデミックを起こした中国の責任追及、人権弾圧に対する制裁、来年の北京オリンピックボイコット等、中国に対する米欧の圧力が強まることは疑う余地もない。台湾を巡って米中が衝突する有事が起こる蓋然性が高まっている。

 元空将補である横山恭三は「米中覇権争いはこれまでのところ、経済分野において、貿易戦争、5G戦争、半導体戦争として繰り広げられてきた。」と前置きして、「米国の証券市場から調達した資金が中国軍の能力向上に使用されることを阻止するために、米国は証券市場から中国企業を締め出そうとしている。」と分析記事をJBPressに書いている。(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66214

 「Daily/407」に書いたように、近年サイバー、バイオ、宇宙分野において他国の重要インフラに対する攻撃が常態化しつつある。20世紀までの戦争とは明らかに形態の異なる戦争が進行している。現代は実弾を打たない準有事というべき事態にあるにも拘わらず、我が国では政治家はダチョウの平和、思考停止状態に留まっている。

 それが如何なる形態をとるにせよ、米中衝突という有事が起これば、日本は立ち往生することになるだろう。何故なら、地政学的理由だけでなくあらゆる意味において、日本は日米欧対中国の対立の最前線に位置しているからだ。

 札幌医大名誉教授で、医学物理、核放射線防護の専門家である高田純は、著書「脱原発は中共の罠」の中で、中国の軍部が暴走して東京に核ミサイルを撃ち込む事態を想定したシミュレーションを紹介している。

 またそれと呼応するかのように、7月21日の産経新聞には、「中国の対日核威嚇に警戒を」と題して古森義久がコラムを書いている。要点は次のとおりである。

・中国の軍事研究集団が「日本が台湾有事に軍事介入すれば、中国はただちに核攻撃を日本に加えるべきだ。」と新戦略を打ち出した。

・中国の民間の軍事研究チャネル「六軍韜略」が「核攻撃での日本平定」と題する動画を一般向けのサイトに載せ、「もし日本が台湾での有事に少しでも軍事介入すれば、中国はただちに日本に核攻撃を仕掛け、日本が無条件降伏するまで核攻撃を続ける。」というメッセージを公開した。

・中国の対外戦略の専門家ロバート・サター氏は、「中国の日本への核攻撃は米国との全面的な核戦争を意味するから、この動画のように簡単に動けるはずはないが、日本としては中国のこうした傾向は十二分に懸念すべきだ。」と述べた。

・中国の軍事動向に詳しいトシ・ヨシハラ氏は、「中国政府は明らかにこの種の対外憎悪の民族感情を煽っている。特に日本への敵意や憎悪は政策形成層にも強い。その間違った世界観が中国政府に実際の戦略を大きく錯誤させる危険を日米同盟は認識すべきだ。」と警告した。

 中国のこの動きをどう受け止めるべきだろうか。第一に明白なことは、台湾有事を巡って現在日米vs中国の間で「戦略ゲーム」が進行していることであり、中国が今回恫喝カードを放ったということだ。もう一つは、台湾を巡る日米の連携が強化されていて、中国が困惑しているということだ。ここで重要なことは、恫喝にひるめば相手の思うつぼであり、必要な対策を講じた上で、ひるまずにゲームを続けることである。

 戦後日本で少なくとも二つの有事事態が起きた。一つは2011年の3.11であり、他一つは現在も進行中のコロナパンデミックである。3.11でもパンデミックでも、日本は有事が起きてから、「平時に取り得る手段」を逐次的に積み上げてきた。

 7月21日に次期エネルギー基本計画の素案が公開されたが、相変わらず原発再稼働・再開発は封印されたままだ。近年、地球温暖化対策が優先課題となり、欧州は3.11以降とってきた原発停止の方針を転換している。また日本政府は2050年までに炭酸ガスを実質ゼロにする方針を発表している。原発を巧く活用することなしに実現する目途が立っていないにもかかわらず、原発は必要だと政治家は何故国民に訴えないのだろうか。ここでも忖度思考が働いていると言わざるを得ない。

忖度思考

 昨年11月24日に中国の王毅外相が来日した折に、茂木外務大臣との間で会談が行われた。尖閣諸島周辺海域における中国公船の振る舞いに関する二人の発言について、軍事学者の北村淳と、元陸将補の森清勇がJBPressに記事を書いている。

・北村淳、「王毅外相に何も言い返せない茂木外相の体たらく:中国の一方的主張に大人の対応では尖閣を失う」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63096

・森清勇、「尖閣諸島に了解侵犯する中国船がヤバい事態に:本土では中国資本が不気味に買い漁る土地・山林」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65289

 何れも、外交の場においては、真剣勝負のゲームを挑まなければならないのであって、相手に忖度すれば国益を損ねるという指摘である。誠にそのとおりだ。

 「Daily/434」では中国に対する非難決議について、与党政治家がとった行動について書いた。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、忖度思考では始めからベストオプションを除外してしまいかねない。何故なら「次の選挙に影響を与える、中国から睨まれたくない」という制約条件が先に立つ結果、何を最大化すべきなのかという目的設定を誤るからだ。目的は常に国益を最大化することであり、国益追求のために毅然とした行動をとることこそが国民の支持を強固なものとする。選挙は結果であって、断じて目的とはならない。

 そもそも忖度するというのは、軋轢を避けようとする商人のマインドであって、日露戦争までは確かにあった武士のスピリットとは全く相いれないものだ。政治家はいつから「事なかれ主義」の集団となったのだろうか。

戦略思考を取り戻す

 台湾有事を前にして、忖度思考を戦略思考に転換しなければ国益を守れなくなる恐れがある。戦略思考を取り戻すためには、まず思考がぶれないためのプリンシプルを明確にする必要がある。国家でも企業でも個人でも、激動の時代を生き延び、未来に向けて進化を遂げてゆくためのプリンシプル(以下、「進化のプリンシプル」と呼ぶ)は次のとおりだ。

・選択肢は楽な道と困難な道の二つがある。

・困難な道を行けば障害が立ち塞がる。それが制度に関わる障害ならば、時代遅れの部分を修正し、それが技術的課題なら課題を解決する新しいテクノロジーを開発する。

・何れにしても困難を乗り越えるイノベーションの結果として進化が生まれる。

・輝かしい未来は常に困難な道の先にある。

 「World/428」に「日本近代史の総括と教訓」について書いた。明治維新から日露戦争までの期間は、欧米による植民地化と産業革命の時代と重なっており、日本にとっては戊辰戦争、西南の役、日清戦争、日露戦争と続いた戦争の時代だった。幸いにも国家の指導者層に武士のスピリットが継承されていて、国内及び国際社会において戦略的に発想し行動したことによって日露戦争の勝利がもたらされたのだった。

 それと対照的に戦後は、安全保障をアメリカに委ねたが故に、「自らの国は自らの力で守る」という独立国家には当たり前の命題から解放された結果、ダチョウの平和国家となった。単純に言えばそういうことだったのだろう。

 日本の近代史には甚大な犠牲のもとに蓄積された多くの教訓がある。それに照合して考えれば、「進化のプリンシプル」を理解していない政党や企業は社会の変化に取り残され、やがて衰亡の道を辿るだろう。

 日本の近代史を、その時代を背負った指導者層がとった思考法で分類してみると次のように俯瞰することができる。まず明治維新から日露戦争までは「戦略思考」に立って諸外国と互角に渡り合った時代だった。次に日露戦争から太平洋戦争までは、世界情勢を客観的に理解する視点を失って「唯我独尊の思考」に陥った時代だった。そして敗戦から現在に至る期間は、「忖度思考」が定着した時代だったと。

 現在NATO外交(Daily/371)と揶揄される原因も忖度思考にある。明治維新から日露戦争までを強かに生き抜いたときの日本人が持っていた思考法と資質を取り戻す必要がある。

 ここで、「戦略思考」の要件を整理しておこう。

第一は、国家にとって目的は常に「国益を最大化する」ことだと肝に銘じることだ。

第二は、目的と結果を区別することだ。地球温暖化など地球規模の課題対処でも、目的は国益の最大化であり、課題の解決、世界への貢献は結果と捉えるべきだ。

第三は、「何ができるか」ではなく「何をすべきか」を考えることだ。その上で、「ベストを尽くして天命を待つ」を不言実行することだ。但し、ベストとはできる範囲のベストではなく、あらゆる手段を尽くすという意味でのベストである。

第四は、守るのではなく攻めること、待つのではなく仕掛けることだ。思考停止状態の案件は、世論の盛り上がりを待つのではなく、国益追求の政策を次々に実行する結果として実現すべきだ。

第五は、大きな戦略ゲームに挑むという自覚を持つことだ。ゲームと捉えて最強の手段を編み出すことが重要だ。一切の制約条件を外して白紙で発想し、目的思考で考え抜くことだ。太平洋戦争で日本がチャーチルとルーズベルトによって戦争に追い詰められていった米英の画策を教訓とすべきだ。さらに、日露戦争では日英同盟を実現させ、明石大佐をロシアの裏庭に送り込んで共産主義革命を画策した行動を思い出すべきだ。

第六は、ゲームと捉えた上で、相手の弱点を突くカードを切ることだ。

第七は、日露戦争と太平洋戦争で日本が実際に経験したように、ゲームの構図を作る側に陣取ることだ。相手を孤立させ、自分は他のプレイヤーと強いネットワークを形成するというように。