総裁選の彼方にある未来

総裁選を考える

 8月14日に岸田総理大臣が任期満了後の退陣を表明した。ここぞとばかりにマスコミは「次は誰か」の話題に飛びついた。名前が挙がった政治家は8月19日現在で11名となり、総裁選という喧噪が始まった。

 喧噪の主題が「自民党総裁の選出」に留まるのなら何も違和感はない。しかし真の主題が「総理大臣の選出」であるとすると、選出プロセスに国民の関与がなく果たして民主主義国家として健全な姿なのかという疑問が生じる。

 アメリカ大統領選が同時並行で進行している。大統領制と立憲君主制の違いがあるが、国の次のリーダーを選ぶプロセスとして、どちらがより民主主義の理念に適っているかを比較する価値はある。アメリカの場合、二大政党である共和党と民主党が党としての大統領候補を選出して州に候補者を届け出て、州ごとに有権者による選挙を行って最多の票を獲得した候補者が予め州に割り当てられた代理人を獲得する仕組みになっている。そして全米50州及びワシントンDCの合計で最多の代理人を獲得した候補者が大統領に選出される。

 候補者は数カ月をかけて激戦州を中心に各州を遊説してキャンペーンを行い、政策をアピールする。両党の候補者同士の討論も行われて、候補者が国民に政策を説明し支持を訴える。アメリカ方式がベストとは言えないが、候補者が国民に対し直接政策を語った上で投票を経て選出されるという点で民主主義に則っている。

 これに対して日本では、与党の総裁候補が出そろうと、国会議員と党員による投票が行われて総裁が選出される。自民党は国会で最大多数を有するから、衆参両院での投票を経て自民党総裁が総理大臣に就任する。この選出プロセスに国民の関与はない。

 後段で論じるように来年は第二次世界大戦終結から80年の転換点を迎えるが、「次の80年」を展望する時、国民投票によって総理大臣を選出する方式が望ましいことは明らかである。主な理由は二つある。一つはそもそも民主主義国である以上、憲法改正を含めて重要事項は国民投票という手順を踏むことが望ましいという原則に基づくものだ。他一つは今回の自民党の惨状が、「総理大臣の選出をこの人たちに一任していいのだろうか」という疑問を提起していることだ。

 国民投票を取り入れることは、政治に対する国民の関心と責任意識を高めることになり、結果として民主主義のレベルを向上させることは間違いない。何故なら、まず国民は次のQ1とQ2の問いを考えることを余儀なくされ、次に候補者は国民に対してQ3とQ4の二点について存念を語ることを余儀なくされるからだ。

 Q1:激変する時代に国の舵取りを委ねる首相が備えるべき資質・能力は何か?

 Q2:候補者の中で、その資質・能力を最も備えた人物は誰か?

 Q3:現在の情勢(国内及び国際社会)をどう認識しているか?

 Q4:その上で、優先的に取り組む政策は何か?

第二次世界大戦終結から80年

 今年8月15日に日本は79年目の終戦の日を迎えた。1年後に世界は第二次世界大戦終結から80年の節目を迎えるが、大戦後の国際秩序は一足先に瓦解してしまった。安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻したからだ。ウクライナ戦争の終結目途は立っておらず、さらにタイミングを見計ったかのように中東危機が起きて拡大しつつある。

 同時に世界経済の不安定さが増大している。原因は主に三つある。第一にウクライナ戦争を契機として世界経済のブロック化が進み、エネルギーと食料の高騰を招いて世界にインフレをもたらしたこと。第二に不動産バブル崩壊のソフトランディングに失敗した中国で、地方政府の財政破綻が深刻化し、社会的な騒乱が拡大していること。そして第三に、「崩壊が起きるまでバブルだったと判断できない」というグリーン・スパン元FRB議長の名言があるが、アメリカが現在バブル崩壊前夜にある可能性が高いことだ。

 このように、安全保障でも世界経済においても、世界は大戦後最大の危機に直面している。アメリカの次期大統領は、国内の分断を克服して安全保障と経済の両面において国際秩序を回復に向かわせることができるのか、それとも分断が深刻化して内戦へと向かい、世界の危機を悪化させてしまうのか、残念ながら現状では予測できない。

「次の80年」を担う総理大臣

 第二次世界大戦後の世界はアメリカが圧倒的なパワーの持ち主として君臨した時代だった。しかしながら、バイデン政権が断行したアフガニスタンからの拙速な撤退を契機として、国際秩序は崩壊し始めた。現在世界情勢が混迷を深めている背景にアメリカの衰退の進行があることは明らかだ。

 現在の世界情勢は世界大戦前夜もしくは世界大恐慌前夜に勝るとも劣らない危機的な状況にある。その状況の中で「次の80年」を展望するためには、「アメリカの衰退」を前提条件として考慮する必要がある。

 視点を変えて考えれば、世界情勢の動向は日本に対し「思考停止の80年」と決別する絶好の機会をもたらすだろう。否応なしにアメリカ従属の外交姿勢を改め、日本が本来果たすべき役割を自律的に定めて主体的に行動することを余儀なくされる。この結果、より対等な役割分担として日米同盟を再定義・再構築することになる。

 激変の時代の舵取りを担う次期総理大臣には、このような大局的な世界観と、明治維新以降の近代史を俯瞰する歴史観をもとに、「次の80年」を見据えてもらいたいものだ。

戦略思考(VWSG思考)への転換

 「次の80年」の時代を切り開くリーダーは、端的に言えば、次の資質を備えた人物であることが望ましい。

  ①世界史の潮流の中で日本の近代史を俯瞰する視座をもち、

  ②その上で、日本の将来像についてヴィジョンを描き、

  ③それを実現する確固たる意思を持ち、

  ④立ち塞がる障壁や困難を克服する戦略を組み立てて、

  ⑤国内外の敵対者を相手にゲームを挑む

 これをVision、Will、Strategy、Gameの頭文字をとって「VWSG思考」と呼ぶこととする。

 外交とは国家間で繰り広げられるゲームである。各国のリーダーは皆自国の国益最大化を目論み、相手の意図と動静を読み必要なカードを用意して外交に臨む。同様にビジネスは企業間で行われるゲームに他ならない。ここで重要なことを一つ指摘しておきたい。それは生真面目すぎる日本人には、外交もビジネスもゲームなのだと達観する胆力が欠落していることだ。

 ヴィジョンとは実現したい将来像である。政治であれば、10年後、20年後、或いは100年後に日本をどういう国にしたいのかを明確に描くものである。従ってヴィジョンには、国益最大化という命題に加えて、国際社会が直面する課題や危機に対して日本はどういう役割を担うのか、どういう貢献をするのかが盛り込まれなければならない。

 ヴィジョンを明確にしたなら、次にそれを実現する意思を明確にする必要がある。一般にヴィジョンが壮大なものであるほど、進路には巨大な障壁が立ち塞がることを覚悟しなければならない。その障壁を克服もしくは消滅させる方法と手順を明らかにすることを戦略という。

 そしてゲームとは、他のプレイヤーと知略を尽して戦う真剣勝負である。

政治システムの制度疲労

 ここまでの認識に立って再び日本の政治の現状に眼を転じると、まずパーティ券収入不記載という旧態依然の事件を起こした自民党に、「次の80年」を託せるのだろうかという疑問が浮かぶ。さらに重要な事例を挙げれば、戦後79年が過ぎたというのに、憲法改正は進展がなく、一方では問題だらけのLGBT法案を拙速で通すなど、自民党はもはや日本の国益を守る保守政党ではないという疑念が噴出している。

 一方自民党の不祥事を恰好の攻撃材料として追及する野党には、「10年後、100年後に日本をどういう国にするのか」というヴィジョンも、国際社会に対して意思と戦略を掲げて真剣勝負のゲームを挑む姿勢も見当たらない。かくして国際情勢が極度に緊迫化しているというのに、与党も野党もさして重要ではない話題に時間を浪費している現状に国民は溜息をつかざるを得ないのである。

 今回の事件は一自民党の問題ではなく、「戦後の政治システムの制度疲労」と捉えるべきなのだろう。従って、トップが交替し人事を刷新するだけで解決できはしない。政治システムのイノベーションが避けて通れない。そう理解すべきなのだと思う。

日本の課題は「戦略観とゲーム志向」の欠如

 『思考停止の80年との決別』を踏まえて、「明治維新から敗戦までの77年の失敗の原因と教訓」を簡潔に整理すれば次のとおりだ。

①日清日露戦争に勝って英米に並んだという自負が慢心を生んだ。

②軍の暴走を統制する政治システムを確立できなかった。

③英米と肩を並べた時点で次の目標を見失った。「フォロワーから開拓者へ」の発想の転換が必要だったにも拘わらず、次の目標を描かなかった。そして現在に至るまで、我が国は未だにフォロワーのマインドから脱却できていない。

 「次の80年」の政治の舵取りを考えるには、まず世界情勢を展望し、日本の立ち位置を確認して進路を見極める必要がある。同時に世界が抱える課題に対して、日本が果たすべき役割を明らかにする必要がある。

 そのためには「近代史の失敗と教訓」を踏まえて、日本の強みと弱みと、日本人が持つユニークさを再認識することが重要だ。「欧米にあって日本に欠落しているもの」と、逆に「日本には当たり前のようにあるが欧米に欠落しているもの」を再認識することから始めるべきだ。一言で言えば、前者は「戦略観とゲーム志向」であり、後者は「地球環境と共生・共存する文化」だろう。

靖国参拝は解決意思の問題

 今年も鎮魂の夏が終わった。先の大戦で軍人・民間人合わせて310万人が亡くなった。英霊を靖国神社に祀ることは、国の約束であり責務である。安倍元首相は在任中に一度だけ参拝したが、その後の首相は誰一人参拝していない。況や天皇陛下は一度も参拝を果たせていない。この状況は尋常ではない。

 靖国神社参拝は政治問題化されたまま放置されてきた。首相には国の歴史を背負う責任が伴う。他国におもねて310万人もの犠牲者から眼を逸らす人物に、国のリーダーを担う資格はないと断言したい。

 首相の靖国参拝と言うと、そんなことは出来ないと多くの人は言うかもしれない。しかしそれが国益に直結することであるならば、「出来ない」は「やらない言い訳」と同義である。VWSG思考で述べたように、大きなヴィジョンに基づいて実行する意思を固めたなら、次にやるべきことは立ち塞がる障壁や困難を克服する方法と手順を明らかにすることだ。誰からどのようなリアクションが起きるかを予測した上で、カウンター・リアクションを用意して臨めばいい。

 「日本は本気だ。全てを承知の上でゲームを仕掛けてきた」と相手に思わせるゲームを挑めばよい。参拝の是非について堂々と正論を語り、論理的なリアクションに対しては毅然と論破し、政治的で非論理的リアクションに対しては取り合わずに無視すればいい。

 このゲーム、深入りは損だと思わせる戦略を練ることが重要だ。政治家にはそうした一つ一つの攻めの行動が歴史を作ってゆくという自負を持って臨んでもらいたい。さすれば道は拓ける。逆に言えば意思なきところに道は拓けないということだ。靖国問題は意思の問題に帰着する。

フォロワーのマインドに決別せよ

 日本の近代史は、明治維新、太平洋戦争敗戦とほぼ80年毎に大きな歴史的転換点を迎えてきた。そして来年の戦後80年は次の転換点となる。明治維新から始まった近代史の第一ステージは、先行した欧米にキャッチアップする時代だった。司馬遼太郎が『坂の上の雲』として描いてみせた意気揚々とした上り坂の時代だった。

 同時に第一ステージ、特に20世紀前半は世界レベルの戦争の時代でもあった。日本もその大きな潮流に巻き込まれ、軍事力において欧米と肩を並べた後は、チャーチル、ルーズベルト、スターリンの企みに翻弄され太平洋戦争に引き摺り込まれて完膚なきままに叩きのめされた。

 近代史の第二ステージは「アメリカによる占領」から始まった。都市は廃墟と化し、戦争の犠牲者は310万人に及んだ。そのどん底にありながら、日本は経済優先で史上最大の国難を見事に克服して、半世紀後には経済大国の地位を獲得した。

 その一方で敗戦を含む近代史の総括は棚上げされ、戦争の教訓も占領体制の払拭も未完のまま放置されてきた。そして憲法改正と靖国神社参拝が象徴するように、日本は未だに名誉を回復できていない。そして明治維新以降は欧米にキャッチアップすることを目標とし、戦後はアメリカの傘の中に身を置いてアメリカに従属してやってきた故に、日本は未だにフォロワーのマインドから脱却できていない。

開拓者(エクスプローラー)スピリットを取り戻せ

 来年は戦後80年の転換点を迎える。「次の80年」、つまり近代史の第三ステージは「自律」の時代となるだろう。「思考停止の80年」と決別し、フォロワーのマインドを捨て去って、開拓者(エクスプロ-ラー)のスピリットを取り戻してVWSG思考で「次の時代」を切り開いていく。次期総理大臣がその一歩を踏み出すことを心から願いたい。

 そのためには政治システムのイノベーションが避けて通れない。既に述べたように、欧米と比較した日本の弱みは「戦略観とゲーム志向」の欠如であり、逆に日本の強みは「地球環境と共存・共生する文化」にある。

 「戦略観とゲーム志向」のスピリットを取り戻すためには、政治システムにシンクタンク機能を組み込むことが必要だ。日本には官僚機構は極めて優秀だという思い込みがあり、現在に至るまで政治は永田町と霞が関のタッグで行われてきた。しかし官僚システムは行政機構であって戦略を練る機関ではない。凡そ戦略は国家横断の視点に立って国益最大化を追求するのに対して、行政機関は縦割りで省益を優先しようとするからだ。

 その代表的な事例を一つ挙げよう。それは「骨太の方針」である。本来なら「骨太の方針」は次年度の予算編成に先立って示される国家戦略であるべきだ。だが財務省が中心になって策定される従来の「骨太の方針」は、専ら予算の支出に係る制約条件を規定するだけで、国富を増加させるための戦略が欠落している。日本が「失われた30年」に喘いできた元凶が、「国富の増大」ではなく「財政支出の削減」を最優先課題としてきた「骨太の方針」にあると言ったら言い過ぎだろうか。

 アメリカでは有能な政治家や官僚は、公職を離れた後はシンクタンクに移籍して国家戦略を担う仕組みが定着している。新しい大統領が就任するときには新政権が推進する戦略と政策のパッケージをシンクタンクが用意して、大統領就任とともにキーパーソンが新政権に移籍して戦略を直ちに発動する態勢が整備されている。

 繰り返しになるが、日本が誰かの後を追い、誰かに従属してきた第二ステージはやがて終わる。このフォロワーのマインドが生き残ってきた原因の一つは、政治家と官僚だけの閉じた世界で政治を担ってきたシステムにある。そこには「戦略観とゲーム志向」に基づくヴィジョンを作る機能が欠落している。

 フォロワーからエクスプローラーへ転換するためには、国際情勢を踏まえて日本の国益を追求し戦略を練る機能がどうしても必要である。その資質・能力及び豊富な経験を備えた有識者が、公職を退いた後にVWSG思考の担い手として活躍するシンクタンクを社会インフラとして整備することが肝要である。

おわりに

 「次の80年」において、地球環境との共存・共生は大きなテーマとなる。但し欧米が主導してきた太陽光発電やEVの促進は、消費国にとって脱炭素になっても、ソーラーパネルやEVの電池に不可欠な鉱物資源の採掘現場や製造工程で発生される炭素の増加には目をつむってきた。鉱物資源の採掘からソーラーパネルやEV電池を廃棄するまでのライフサイクル全体で捉えた脱炭素にはなっていない。

 ここに日本の出番がある。採掘、製造、消費を経て廃棄に至るライフサイクル全体での脱炭素を推進する役割がある。「次の80年」では「地球環境との共存・共生」を文化としてきた日本の出番がやってくる。

 

戦後最大の危機

 戦後75年、日本は今歴史上の大転換点に立っている。それは明治維新、敗戦に匹敵する大きな転換点である。その理由は複数あり、それらがあたかも惑星直列となるように同時に進行中である。アメリカ、中国、北朝鮮、イギリスの動向から読み解く。

アメリカの衰退

 第一はアメリカの変質である。世界の覇権は、二つの世界大戦を経てイギリスからアメリカに移行した。世界最大の経済力と軍事力、基軸通貨ドルを併せ持つアメリカは、冷戦後唯一の超大国として君臨してきたが、しかし戦後75年の歳月が流れ、内部から衰退が進行しつつある。

 衰退が決定的となったのが2020年の大統領選挙である。組織ぐるみの不正選挙によって、民主党はトランプ再選を実力で阻止した。大統領選挙は終わりバイデン新大統領が誕生したが、アメリカには深刻な分裂と巨大な混沌が残った。「岐路に立つ日本」でも書いたように、アメリカが世界に誇ってきた民主主義のレガシーは相当ダメージを受けた。これからバイデン政権が打ち出す政策と行動にもよるが、大統領選がもたらした分裂と混沌はアメリカの衰退を加速してゆくだろう。

 それにしてもトランプ前大統領に対する批判と嫌悪は相当根強いものがある。ボブ・ウッドワードが書いた、「FEAR、恐怖の男、トランプ政権の真実」、「RAGE、怒り、我々は勝つ!」には、「トランプは大統領に相応しくない人物だ」というメッセージが繰り返し登場する。特に、レックス・ティラーソン国務長官やジェームス・マティス国防長官らが相次いで辞任した舞台裏の記述に共通していることは、優秀な参謀が狂人の親分に見切りをつけて辞任していったという物語だ。

 一方、ダグ・ウィードが書いた「Inside Trump’s White House、トランプの真実」を読むと、トランプが型破りのリーダであって、それ以前の大統領が4年かけても解決できなかった課題を短期間で次々に解決ないし打開していった実績が書かれている。歴代の大統領とトランプが決定的に異なるのは、トランプが従来の手続きを踏まずに、ずばりと課題の本質に手を突っ込む政治手法を貫いた点である。その典型的な事例が、NATO諸国にGDPの2%の拠出金を要求したものであり、短期間で400億ドルの資金を調達している。

 二人の書き手の何れが真実かは分からない。恐らく何れも真実の一側面なのだろうが、トランプという人物が型破りのイノベータであることは間違いない。だからこそ、習近平、金正恩を相手にゲームの主導権を握ることができたのだ。バイデン大統領にその強いリーダーシップを期待することはできない。

「韜光養晦」の衣を捨ててモンスターの姿を現した中国

 古森義久との共著、「崖っ淵に立つ日本の決断」の中で門田隆将は、中国の豹変について「第二次世界大戦という悲劇を乗り越え、人類は戦後秩序(ルールに基づく国際体制)を手に入れた。・・・だが、その戦後秩序を真っ向から破壊するモンスターが現れた。仮面をかぶり、長く衣の下に鎧を画してきたこのモンスターは、新型コロナウィルスという恐るべき疫病をきっかけに、羽織っていたその衣を脱ぎ捨てた。真の姿をついに露わにした。」と評している。

 2020年7月に香港で「国家安全法」が施行された。また2021年3月には、中国全国人民代表大会(全人代)が、香港の議会から民主派を事実上排除する選挙制度の改定を承認した。これによって、香港の民主主義は幕を閉じた。

習近平が2015年9月にホワイトハウスを公式訪問してオバマ大統領に「中国は南沙諸島を軍事化しない」と明言した。一方、2016年12月に南沙諸島に造成した7つの人工島に軍事施設を整備している衛星写真を、アメリカの戦略国際問題研究所CSISが公表した。米中トップ会談で堂々とウソをついたことが明らかとなった。

 これはサッチャー首相が鄧小平からの求めに応じて香港と九龍半島を1997年に返還した時に交わした共同宣言、すなわち一国二制度をもとに50年間は香港の自治、立法、司法の権利を認めるという合意を、23年後に反故にしたことと同じである。中国にとって国際的な合意は紙切れでしかないということだ。

 南シナ海に次々に造成した人工島を軍事基地化したことに続き、香港を「平定」した中国が次に向かうのは台湾である。アメリカもそう考えているが故に、トランプ政権は2017年6月から2020年10月までの間に、台湾に対して合計144億ドル(1.5兆円)もの武器を売却してきた。

 来年、北京で冬季オリンピックの開催が予定されている。最近では欧米諸国から、ウィグルでのジェノサイド(民族弾圧)や、コロナウィルスの隠蔽工作など、人道主義を踏みにじる中国政府にオリンピック開催の資格はないとの異議の声が上がり、開催国の変更または参加のボイコットの動きが広まっている。

 北京オリンピックが終了するまでは、台湾への武力侵攻はないと思われるが、もし欧米諸国がボイコットすれば、中国対自由・民主主義国家の対立は鮮明になり、台湾或いは尖閣諸島への武力侵攻の危険性は高まるだろう。

八方塞がりの北朝鮮

 北朝鮮が核実験及び弾道ミサイル発射を繰り返すたびに、国連は2006年10月以降、延べ11回の制裁を科してきた。この状況を打開するために、金正恩は朝鮮戦争の終結と制裁の解除をもくろんで、トランプ大統領との直接会談に臨んだが、具体的な進展がないままトランプ大統領は退陣してしまった。

 さらに昨年は武漢でコロナウィルス感染症が発生したため、中国との国境は封鎖され、中国からの物流が途絶えた。8月と9月には二つの台風が北朝鮮を直撃して水害が発生した。制裁とコロナと水害というトリプルパンチを受けた北朝鮮が経済的に困窮を極めていることは明らかで、2020年10月に平壌で行われた朝鮮労働党創建75周年軍事パレードに姿を現した金正恩が、涙を流しながら国民に謝罪したことは記憶に新しい。最近、中国との国境近くでは飢餓に苦しむ住民が凄惨な事件を起こしているという報道もある。

 もし金正恩がバイデン政権とは取引ができないと判断すれば、再び挑発的な行動に回帰する可能性が高まるだろう。八方塞がりの閉塞状況を打開するために次にどのような行動を起こすか、或いは国内でどのような事態が起こるか目が離せない状況となるだろう。

EUから離脱したイギリス

 イギリスは2020年末にEUから離脱した。EU離脱と前後してイギリスは、日本との同盟に向けた政策を次々に打っており、さらに同時並行で中国とのデカップリングを矢継ぎ早に進めてきた。最近のイギリスの動向は、産経新聞ロンドン支局長だった岡部伸が書いた「100年後の武士道と騎士道、新・日英同盟」に詳しいので、参照しながら要点を記述する。

 メイ首相が「グローバル・ブリテン」構想を表明したのは2016年10月である。目指したのは、半世紀ぶりのグローバルな海洋国家への回帰だった。

 イギリスは2015年に発表した国家安全保障戦略で、戦後初めて日本を同盟と明記した。2017年8月に、メイ首相は安倍首相と会談するためだけに来日し、「日本はアジア最大のパートナーで同志(Like-minded)の国だ」と日本を高く評価した。そして日英両政府は2020年6月から経済連携協定EPA(Economic Partnership Agreement)交渉を開始した。日英両国は自由貿易協定FTA(Free Trade Agreement)交渉を加速し、日本とEUのEPAを基盤にして、さらにそれを上回る自由化を盛り込んで2020年9月に大筋で合意した。イギリスがFTAで妥結したのは日本が最初であり、何処の国よりも早く三カ月で貿易協定をまとめた。そして2021年1月に日本がリーダを務める環太平洋パートナーシップTPP11(Trans-Pacific Partnership)への参加を申請した。

 さらにジョンソン首相は2020年9月に議会で、日本のファイブアイズ(アングロサクソン五ヵ国、英米加豪ニュージーランドによる機密情報共有の枠組み)参加を歓迎する発言を行った。イギリスは最新鋭空母クイーン・エリザベスを今年4月頃に東アジアに派遣し、恐らくシンガポールに常駐させて、同盟国のアメリカ、日本とアジア太平洋海域で作戦を維持し、搭載機であるF35Bを日本で整備することを計画しているという。

 これらの一連の行動が「グローバルな海洋国家」として、中国に対抗するためであることは明らかである。

 「韜光養晦」の衣を捨ててモンスターの姿を現した中国、その本性と危険性に目覚めた欧米が対立を強める結果、大陸国家中国対海洋国家連合という構図が鮮明となるだろう。台湾有事の蓋然性が高まり、トランプが率いたアメリカも、EUを離脱してグローバルな海洋国家に回帰したイギリスもこれ以上中国を容認しない姿勢を明確に打ち出している。バイデン政権がどう出るかについては未知数が残るが、対中国に関しては超党派でコンセンサスができていると思われる。

戦後最大の危機に直面する日本

 さて、日本である。

 地政学の視点から近代史を俯瞰すると、日本は1902年に日英同盟を結び、1904年に日露戦争を戦って勝利した。当時イギリスは海洋国家で世界の覇権国だった。第二次世界大戦では、大陸国家であるドイツと組みロシアに近づいて、海洋国家イギリスとアメリカを敵にして日本は惨敗した。そして戦後はアメリカの核抑止力と攻撃力に安全保障を委ねて、専守防衛のもとに戦後75年を過ごしてきた。

 中国対民主主義海洋国家連合という対立の構図は、冷戦期のソ連対NATOに匹敵するもの、むしろ拡大したものとなるだろう。地球儀をみれば分かるように、日本は地理的にも役割としても、海洋国家連合の要衝の位置に立っている。

 独立国、先進国でありながら日本国内には今でも多くの米軍基地があり、アメリカや中国の核保有には目をつむる一方で、日本は核を持たず軍事事態をも忌避してきた。安全保障に関して、中国や北朝鮮の核保有に象徴される、「都合の悪い危機」には目をつむり「思考停止」状態となり、「ダチョウの平和」国家で今日までやってきた。

 アメリカ、イギリスのみならず、オーストラリアやカナダ、EU諸国が、モンスター国家中国の本性と危険性に目覚めた現在、隣国として中国に接している日本がこれ以上「ダチョウの平和」と「思考停止」路線を貫くことは許されない。「安全保障はアメリカ、経済は中国」という誠に都合のいい振る舞いも、国際ルールに従うように日本が中国の進路を変える行動をとるのでない限り、もはや国際社会にとって失望にしかならない。蓋然性が高まった台湾有事、或いは尖閣有事に臨み、首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つダチョウの姿勢を改め、日本は立ち位置を明確にしなければならない時機なのだ。 ここで思い出すのは、戦後吉田茂首相の参謀として憲法改正などを巡ってマッカーサー司令部と渡り合った白洲次郎が、「日本人にはプリンシプルがない」という言葉を残していることである。危機に直面して生き延びるために必要なことは、プリンシプル(価値観、歴史観に基づくぶれない行動規範)をもって毅然と行動する以外にはあり得ない。日露戦争のとき、日本は日英同盟に基づいてイギリスからさまざまな支援を得て、毅然としてロシアと対峙し、日本海海戦で勝利を収めた。日露戦争と太平洋戦争は、日本にとって両極端の歴史的教訓なのである。