独裁者が変える世界(2)ロシア

 豊臣秀吉は最晩年に、「文禄の役(1592年)」と「慶長の役(1596年)」と呼ばれる二回に及ぶ朝鮮出兵を命じた。それぞれ約15万人に及ぶ兵を派遣している。そして秀吉は、「露と落ち、露と消えにし我が身かな、浪速(なにわ)のことは夢のまた夢」という辞世の句を残して1598年に死去している。「葉の上に落ちる露のように生まれ、その露が落ちるように死んでゆく。それが我が人生だった。日本(浪速)のことなど夢のまた夢だ」という述懐である。

 プーチンは一体何故ウクライナへ軍事侵攻したのかを考える内に、ふと秀吉晩年の朝鮮出兵と重なるものを感じたのである。そう、独裁者の晩年における気まぐれの着想であり、簡単に勝てるという妄想である。

 第二部では隣国への軍事侵攻という暴挙に出たプーチン大統領率いるロシアを取り上げる。

疲弊するロシア経済

 戦争は国の経済と財政を急速に悪化させる。ウクライナ戦争は既に長期化しており、ロシア経済の大きな負担になっている。初めに幾つかの資料をもとに、ウクライナ侵攻から4年が過ぎた時点でのロシア経済の現状について要点を整理してみよう。

 資料1は、長引く高金利政策が経済を窒息させている現状についてレポートしている。

 「欧米の制裁によるエネルギー収入の減少を補うため、ロシア政府は国富ファンドを活用してきたが既に枯渇しつつあり、最近では税金を引き上げて財源を確保している。」

 「ロシア連邦中央銀行は労働力不足と高インフレ対策として高金利政策を維持してきたが、これが借り手の返済能力を圧迫していて、多くの企業がデフォルト直前の状態に追い詰められている。企業は高金利と消費の鈍化に直面して経営が圧迫されており、賃金の未払いが増加している。このまま推移すれば2026年10月までに銀行危機が起きる可能性がある。ロシア経済は目に見えて悪化しており、2023年以来初めてスタグフレーションの閾値に達している。」

 資料2は、4年に及ぶ戦争の結果、経済を巡る見通しでウクライナとロシアの明暗が分かれているとレポートしている。

 「ウクライナが債務再編と欧州からの支援を得て国家デフォルト状態から脱した一方で、ロシア経済は疲弊し混迷を深めている。石油部門に対する新たな制裁の影響で企業の資金繰りが一段と悪化し、ロシアは2026年にも金融危機に発展する可能性が高い。」

 資料3は、産業部門の深刻な状態についてレポートしている。

 「制裁によって米欧企業から機体や部品を入手できないため、約30年前に製造されたロシアの退役機10機が修復されて航空会社に引き渡された。現在運行中の国産旅客機に関しても、工場が軍需優先なため民航機用の予備品の納入が遅れ修繕が追い付いていない。」

 資料4は、民生部門を犠牲にした「戦時経済の極限状態」についてレポートしている。

 「医療機器は部品不足で修理不能となり、自動車産業は衰亡している。航空機は修理部品が不足して古い機体から取り外して何とか運航を維持している状態だ。半導体不足は精密兵器の開発を阻み、技術者の流出は研究開発の基盤を弱体化させている。都市部では専門職が消え地方では労働者が消えつつある。人口の空洞化は、戦争が終わった後の再建能力を著しく損なう。」

 ここに紹介した現状は深刻さが増しているロシア経済の一面の描写でしかない。それでも、もしこのような事態が西側諸国で起きれば、政権は既に吹き飛んでいるだろう。ロシアの状況はそれ程深刻である。しかしロシアの体制は治安機関の忠誠と情報統制によって支えられているので、庶民の不満だけでは揺らがない。ロシアの敗北は軍事的敗北ではなく、体制がこれ以上の損耗に耐えられなった時に確定的になる。

戦争がもたらしたロシアの惨状

 ここで、ロシア経済及び社会の深刻さを物語るデータを整理してみよう。(資料1~4、7参照)

①アメリカ戦略国際問題研究所(CSIS)の最新調査では、ウクライナ侵攻によるロシアの死傷者数は120万人(ウクライナの約2倍)に達し、第二次世界大戦後のあらゆる戦争で如何なる大国が被った死傷者数よりも多い。

②死者は32万5000人を超え、朝鮮戦争以降に米軍が戦った全戦争の合計死者数の3倍に及ぶ。或いは「10年戦争」となりソ連崩壊につながったアフガニスタン侵攻におけるロシアの死者の約20倍に達している。

③2025年10月時点で航空会社が保有する旅客機は1,135機あり、このうち67%が外国製で、「故障や技術的トラブル」の件数は約800件に上り、前年同期の4倍に急増した。

④ロシアは入隊に応じたロシア人に高額な契約ボーナスを払い、戦死した場合には更に多額の支払いを行ってきた。軍の採用活動や軍事産業の生産優先の方針も重なり、「深刻な労働力不足」が他の重要産業で起きている。経済を維持するのに必要な機械操作員や組み立て工80万人が不足している。

⑤2025年末時点で、それ以前の11か月間、ロシアの石油・ガス収入は2024年と比べて22%減少しており、12月の収入は前年同期比で49%まで急減している。一方、国防関連予算は2025年第一四半期から第三四半期の累計で過去最高の1,490億ドルに達していて、財政赤字の拡大要因となっている。

⑥ロシアの国防部門向け融資は企業融資全体の約4分の1を占めていて、総額は2,020億ドルに達している。

⑦高金利と消費の鈍化に圧迫され企業が限界に達している。未払い賃金の規模は10月時点で前年同期比ほぼ3倍の2,700万ドルを超えた。 

 戦争の長期化によって経済と社会の状況がここまで深刻化しているにも拘らず、専制主義のロシア国内からは目立った停戦の動きが出てこない。

国際社会における弱体化

 長引く戦争でロシアが失った被った国益の損失は国内経済に留まらない。4年に及ぶウクライナとの消耗戦によって、ロシアは明らかに国際的な地位を低下させ弱体化している。資料4を参照して要点を整理した。

 第一に、欧州/NATOとの関係で言えば、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った理由の一つは、北大西洋条約機構(NATO)の拡大を阻止することだった筈だ。しかし現実は、ウクライナへの軍事侵攻が引き金となって、スウェーデンとフィンランドがNATO加盟を果たした。さらにフィンランドが加入したことで、ロシアとNATO諸国との国境は2倍以上に拡大した。

 第二に、中国との関係で言えば、現在のロシアはエネルギー輸出から自動車、電子機器の輸入まで、不可欠な貿易分野で中国依存を深めている。しかもロシアの方が中国よりも依存度が高く、関係は不均衡で、ロシアは明らかに格下のパートナーとなりつつある。

 そして第三に、友好国との関係で言えば、ウクライナ戦争以降ロシアは国際社会におけるロシアの地位と影響力を著しく低下させている。象徴的な事件は次の通りだ。

・ロシア政府は2024年、反体制派勢力によって失脚に追い込まれたシリアのアサド大統領を避難させ、亡命を認めることを余儀なくされた。

・ベネズエラのマドゥロ大統領が先月、米軍による急襲で首都カラカスの自邸から連行されたが、ロシアはマドゥロ氏を守ることができなかった。

・昨年夏には、米国とイスラエルの軍用機がイランの核施設を攻撃したが、ロシアはなす術なく傍観を強いられた。

 以上述べたように、ロシアはウクライナ戦争にくぎ付けになっている間に、国際社会で起きた事件に関与する力を喪失し、地位の弱体化を招いたことは明らかである。

 最後に日本との関係について、元陸将の福山隆氏は次のように警告している。(資料6参照)

・ロシアの戦力は今後低下してゆくが核と老朽兵器は残り、≪弱いが危険な隣人≫へと変質するだろう。

・東アジアは米日韓対中露という構図が強まる。エネルギー地政学も再編され、サハリンの重要性は増し、アジアの資源競争は激化する。

・日本にとってロシアは≪読みにくい核保有国≫へと変質するだろう。その不確実性こそが、ウクライナ戦争後の最大の安全保障課題となる。」

 このように見てくると、仮にプーチンが目論んだウクライナの領土獲得を成し得たとしても、そのために支払った代償は計り知れない。秀吉同様に、晩年の独裁者の気まぐれの着想と妄想が浮かび上がるのである。

ロシアの未来:ガラパゴス化

 ロシアが失いつつあるのは、現在の国益に留まらず、未来の国益をも大きく毀損させている。資料5は、戦争によってガラパゴス化するロシアの未来について分析している。

 軍事侵攻したロシアに対し、西側諸国は歴史上前例のない規模の包括的な経済制裁を科した。その目的は経済を麻痺させロシアの戦争遂行能力を削ぎ、侵攻を断念させることにあった。しかしロシア経済は西側の予想に反し、完全な崩壊を免れて、ある種の強靭さを誇示しているように見える。

 制裁によってグローバル経済から切り離されたため、ロシアは忠誠と国家統制を最優先する閉鎖的で自己完結的なシステムへの回帰を余儀なくされた。ロシアは国際社会からの孤立を逆手に取り、国家による統制を極限まで強め、西側中心のグローバル経済とは異なる独自のサプライチェーンと経済圏を築こうとする壮大な社会実験を進めている。

 確かにロシアは資源国であると同時に世界でも有数の穀倉地帯を抱えているので、エネルギーも食料も自給自足できるかもしれない。しかし世界では今、産業や軍事力の分野で熾烈な競争が展開されている。現代社会を形成しているシステムに注目すれば、産業や軍事力を支える様々なシステムとネットワーク、それを構成するコンピュータ・端末と通信網、それらを動作させるためのOSやソフトウェアと半導体チップ、それと電力インフラなどを構成要素とする、極めて複雑なグローバルなサプライチェーンを基盤として経済が成立していることが分かる。

 この点が米ソの冷戦時代とは決定的に異なる現代の特長である。現代が加速するイノベーションを前提とする競争社会である以上、いかなる国家もグローバル・サプライチェーン・ネットワーク(GSN)から切り離されて存在することができなくなったのだ。GSNから鎖国すれば、進化から取り残されたガラパゴス島のようになってしまうからだ。

 つまり経済制裁を被っているロシアがGSNとの接続を切って鎖国しようとすれば、その先にあるのは衰退する未来しか待っていないのだ。残念ながらプーチン大統領は、現代社会のこの特質を充分に理解していないように思える。

プーチンが犯した致命的失敗

 軍事侵攻から4年が過ぎた。この間にロシアが辿ってきた足跡を総括的に俯瞰してみよう。結論を先に言えば、ウクライナ戦争に関してプーチンは致命的な三つの読み間違いをしたことになる。

 第一は、言うまでもなくウクライナを短期間で制圧できると読んだことだ。資料4によれば、プーチンは10日でウクライナを制圧できると目論んでいたという。しかし現実には既に4年が過ぎたにも拘わらず、未だに終戦の目途が立たないまま消耗戦の様相を呈している。

 国土の破壊という意味でロシアが被った損害は、ウクライナと比べれば比較にならない程小さいに違いない。しかし既に述べてきたように、ロシアの死傷者が既に100万人を超え、死者も30万人を超える損害は破滅的という他ない。さらに徴兵を拒否し、ロシアの未来を見限って国外に脱出した若者の規模も、ロシアにとって受容限界を遥かに超えるものであるだろう。若い世代の人口を失うということは、未来の国家の担い手を失うことであり、未来の国益を長期間にわたって失うことになるからだ。

 第二は、国際社会からのリアクションの大きさを過小評価したことだ。戦争が長期化したことによってウクライナだけでなく世界中がロシアとの関係を再考する時間余裕が生まれた。最大のリアクションはロシアの脅威を再認識した欧州がウクライナ支援で結束したことだろう。ウクライナ支援を巡り米欧間の相互不信が拡大したものの、欧州を結束させNATOが拡大する結果になったことは、プーチンにとって本来容認できないものだったに違いない。

 さらにウクライナ戦争が起きて、ロシアは明らかに中国の弟分の地位に転落した現実が確定的になった。さらにシリアやイランなど親露国だった国々の危機に際して、なす術がなく傍観してきた。今後徐々に近隣国のロシア離れが顕在化してゆくことが予測される。

 第三は、「戦闘に勝って、戦争に敗れる」という歴史の教訓を軽視したことだ。現代が米ソ冷戦時代と決定的に異なるのは、ロシアと雖もグローバル経済に組み込まれている現実であり、かつグローバル経済はイノベーションによって年々ダイナミックに進化し続けていることだ。

 しかもその技術革新の先頭集団を形成しているのは西側諸国であり、西側諸国による制裁は、GSNを構成する最もコアとなるチップやソフトウェアの調達の道を途絶させてしまった。ロシアの航空機の現状が如実に物語っている。GSNからの断絶がロシアの未来の富と繁栄を大きく損なうことになることは明らかだ。

 プーチンはロシアが資源国・軍事大国であることを認識していただろうが、同時に産業小国・ハイテク後進国である現状を軽視していたのではないだろうか。しかもロシアのその実態を世界中が再認識することとなってしまった。

 GSNの時代に、いきなり隣国に軍事侵攻するという行為そのものが時代錯誤なのであって、仮に軍事侵攻の目的を短期間で達成できたとしても、国際社会からのリアクションは経済のあらゆる側面に及び、さらに未来の国益にも大きな影響を及ぼすということだ。つまりGSNの時代を生きているということは、勝っても負けても戦争が高くつく時代になったということであり、たとえ戦闘に勝っても戦争に敗れるリスクが大きくなったことを意味している。

 総括的に言えば、4年に及ぶ戦争の末に、仮にロシアがウクライナの領土の一部を獲得したとしても、そのためにロシアが支払う代償は、途方もなく大きいということだ。しかも戦争が長期化するほど、ロシアの衰退は回復が困難となっていくだろう。

まとめ

 現代がGSNの時代であるにも拘らず、プーチン大統領は米ソ冷戦時のような時代錯誤の認識をもって、恰も晩年の秀吉のように、独裁者の晩年における気まぐれの着想と、簡単に勝てるという妄想に基づいてウクライナに対し軍事侵攻に踏み切ったと推察される。プーチンが起こした変化は、世界大戦後に構築された国際秩序の枠組みを破壊したことだった。

 覆水盆に返らずという。ウクライナ戦争の勝敗に拘わらず、プーチンが起こした変化を元に戻すことはできない。そもそも国際社会は「因果関係の連鎖」によって思いがけない方向へと進んでいくものだ。プーチンの行動に影響を受けたのかどうかは不明だが、4年後にはトランプ大統領が突然にイラン攻撃を敢行した。この二つの事件をもって、戦後の国際秩序は完全に破壊されてしまった。

 従って、これから人類は、プーチンとトランプが破壊してしまった国際秩序を改めて構築することに着手しなければならない。しかも破壊したのが米露両超大国であるから、再構築する中心的役割はそれ以外の国々が担う他ない。

 国際社会の動向を俯瞰すれば、アメリカ覇権の時代が終わり、地域覇権国による多極化の時代へ向かっているという仮説がある。そうであるならば、未来の地域覇権国に求められる要件の一つは、新たな国際秩序の枠組み作りを担うことでなければならない。

参考資料

1.「ロシアついに終わるのか!匿名高官が暴露した銀行の臨終寸前」、有馬侑之助、Kangnamtimes、2025.12.29

2.「ロシアついに限界か?軍需依存で金融危機寸前」、織田昌大、Kangnamtimes、2025.12.24

3.「ロシア旅客機不足で30年モノ退役機まで投入」、読売新聞オンライン、2026.2.4

4.「ウクライナ侵攻から4年、今も致命的誤算の代償を払うロシア」、CNN、2026.2.23

5.「制裁は効いていないは本当か?」、すあし社長、集英社オンライン、2026.3.6

6.「プーチン体制はロマノフ王朝の再演か、ニコライ2世に連なるロシアの論理」、福山隆、JBpress、2026.2.21

7.「MRSA=露を再び小さな国に」、斎藤伝、産経、2026.3.1

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