VWSG思考

生物進化から託された「現役」というバトン

 地球に最初の生命が誕生したのは35~38億年前のことである。それから進化を重ねて約2億年前に哺乳類が登場した。約700万年前には人類の祖先が、約20万年前には現代人の祖先であるホモ・サピエンスがアフリカに出現した。そして約7万年前に我々の祖先集団はアフリカを出て数万年をかけて世界に拡散した(グレート・ジャーニー)。こうして現代人の歴史が始まった。

 日本人の祖先集団が日本列島に辿り着いたのは約4万年前のことである。そこから2,000世代(20年/世代を仮定)を超える世代交代が繰り返されて現代に到達した。地球を舞台として繰り広げられたこの生物進化の壮大な物語を俯瞰すると、現代が進化の最前線であり、現在を生きている動植物の全てが進化の「現役」なのだという事実に思い至る。

 医学が目覚ましい進歩を遂げて寿命が延び、人生百年時代が到来した。しかし物心ついてから老化が進むまでの期間を「現役」と考えれば、我々に与えられた持ち時間は長くても70年程である。しかもその持ち時間は日々容赦なくカウントダウンしている。

 現代社会には様々な喧噪があり、現代人はそれに忙殺されて毎日を生きている。もう少し正確に描写すれば、時間軸に綴られた生物進化の物語の存在を忘れて、空間軸の世界に閉じこもるようにせわしなく生きている。ここで生物が綴ってきた悠久の物語に眼を向けてみれば、現代に至るまでに壮絶な絶滅と自然淘汰、無数の生死の物語が繰り広げられて、次々に「現役」が交替して、今我々に「現役」のバトンが託されたのだという真相を知ることになる。

 昼のひと時に公園のベンチに座って、虫や鳥の鳴き声に耳を傾けながら荘大な生物の物語に思いを巡らせてみて欲しい。次に晴れた夜に同じベンチに座って満天の星が輝く宇宙を眺めて、無限に広がる宇宙に想いを巡らせてみて欲しい。その上で想像力を逞しく働かせて欲しい。例えば次のようにだ。

(1)漆黒の宇宙にポツンと浮かぶ地球がある。宇宙船地球号は超高速で宇宙空間を飛翔している。

(2)その地球を舞台として、壮絶な生物進化の物語が30数億年にわたって繰り広げられた。

(3)その物語のライブステージが現代であり、「現役」の俳優の一人として今自分の人生がある。

 人生には恐らくこの荘厳な事実に勝る感動はないだろう。

人生は思考法次第

 人生は一度きりであり「現役」に与えられた時間は余りにも短い。そう認識できるなら、誰にも遠慮することなく精一杯思い切った生き方をすればいいのだが、それはなかなか容易ではない。何故なら自分自身を自覚するようになった頃を回顧してみればいい。

 第一に、人は誰もが多くのしがらみに囲まれて生まれてくる。時代や国は無論のこと、地域も家庭も健康状態すらも全てが与えられたものであって、何一つ自分で選んだものはない。これが人生の境界条件である。

 第二に、人は生きてゆく上で必要な知識も経験も、何も持たずに生まれてくる。そしてやがて成人する頃には、さあ進路を選択して海に漕ぎ出せと、生まれ育った環境から追い出される時がやってくる。ここが人生の出発点である。ここから先一体どのように考えればいいのだろうか。

 このように白紙で生まれてくることの裏返しとして、人生には大きな多様性が用意されている。但し選択を一つするたびに一つずつ進路が確定してゆき、一歩進めばその先にまた次の多様性が広がってゆく。それ故に様々な事件や課題に直面する時に、それをどう捉えどう考えどう選択するかが極めて重要となる。

 多様性を平たく言えば「思考次第で人生はどのようにも変わる」ということなのだが、その肝心の思考について教えてくれる人は誰もない。私が提唱するVWSGサイクルは、人生を逞しく生きてゆくために役立つ思考法として体系化したものである。

VWSGサイクル

 VWSGサイクルを通して説明しよう。始めに人生をどう生きるか、その結果何を手にするのかは思考法によって決まると言っても過言ではない。そして成功をもたらす思考には法則がある。

 思考法を体得するには、技法(テクニック)の前に作法(マナー)を身に着ける必要がある。作法とは、茶道、華道、書道、武道、・・・というように、「道」が付く修行に不可欠な、最初に身に着けるべき「型」である。

 そんな難しいことは言わずに、目の前にある道を一歩一歩と歩いてゆくのもいいだろう。その場合、特段の思考法は必要ではない。何が起きようとも物事に動ずることなく悠然と歩いてゆくことができれば、それはそれで立派なことだからだ。

 一方、大きな目標を立てて挑戦する道を選ぶとしたら、「コツコツ・アプローチ」では目標に到達できない可能性が高い。何故なら目標が大きいほど課題は多くなり難易度は高くなるからだ。それを乗り越えるためには飛躍した発想とアプローチが必要となる。

 図にVWSGサイクルを図解して示す。このサイクルは人生、ビジネス、外交に共通の思考法もしくは処世法を描いたものであり、以下に要点を整理する。

 VWSGサイクルの第一ステップは<ヴィジョン(V)>から始まる。

①最初にやるべきことは、将来実現したい姿(ヴィジョン)を大胆に描くことだ

②ここで大事なことは、「それは無理だ」というネガティブな邪念を全て排除することだ

③一方で、もし努力を重ねれば実現できる将来像であるならば、必ずしもヴィジョンは必要ではなく、「コツコツ・アアプローチ」で行動すればいい

 第二のステップは<意思(W)>である。

①意思あるところに道は必ず拓けるという信念をもつことが肝要だ

②次に状況がどう変化しようとも、揺るがない意思を持つことだ

 第三のステップは、<戦略(S)>である。

①ヴィジョンが大きい程、乗り越えなければならない課題は困難になる

②課題に直面したら出来ない理由を挙げて撤退するか、乗り越える方法を発見して挑戦するか、道は常に二つある

③大事なことは成功は困難の先にあると信じて、迷うことなく困難な道を選ぶことだ

④但し課題を乗り越えるためには、ブレイクスルーの発想とそれに基づく戦略が必要だ

 そして第四のステップは<ゲーム(G)>である。

①ビジネスも政治も、そして人生もすべからくゲームなのだと達観することだ

②視野を高いところにおいて全体像を俯瞰し、自分を客観視して最善の一手を考える

③人生は一度きりだと腹を括って、真剣勝負のゲームを挑む

ゲームはヴィジョンから始まる

 喩え話として、港からヨットに乗って海に出ることを考えよう。水や食料など航海に必要なものを積み込んで、さあ船出だ。ここでハタと直面する問いがある。一体どこを目指すのか、そこに行って何をするのかだ。

 人生の航海にはヴィジョンが必要である。与えられた持ち時間は有限であり、しかも誕生と同時にカウントダウンを続けている。「現役」として命が与えられている間に一体何を実現したいのか、または極めたいのか、将来像を描かない限り人生の航海を始めることは出来ない。ヴィジョンを掲げて勇気をもって進むことだ。

意思、アインシュタインの名言

 簡単に諦めてしまう人に大きなヴィジョンを実現することは出来ない。大きな目標をもって諦めずに挑戦した人々の代表例はオリンピック選手だろう。メダルを目指して戦った人達の顔を見ればいい。そこには最後まで諦めなかった清々しい顔がある。

 では成功する人に共通している資質は何だろうか?その答えは「成功するまで諦めない」である。かのアルバート・アインシュタインは次の名言を残している。

・失敗とは道半ばの成功である(Failure is success in progress.

・取り組みを止めない限り失敗はない(You never fail until you stop trying.

・人類が直面している重大な問題は、それを生み出した時のレベルの思考で解くことは出来ない。人類にとって最も重要な課題は新しい思考を発見することである。(The significant problems we have cannot be solved at the same level of thinking with which we created them. The most important task for humanity is to discover new ways of thinking.

 アインシュタインの言葉は処世訓そのものである。さまざまな課題に直面した時に、課題とどう向き合うかによってその先の人生は大きく変わる。大事なことは「逃げない、ブレない、たじろがない」意思である。

戦略とブレイクスルー発想

 戦略とは大きなヴィジョンを達成するためのシナリオ、不可能を可能に換える方策と手順のパッケージである。

 人類の歴史はイノベーションの歴史である。紀元前の農耕革命、石器や土器の発明以降、人類は新しい技術を相次いで発見し、新しいモノやシステムを次々に発明してきた。ノーベル賞を持ち出すまでもなく、人類社会の進化がイノベーションによってもたらされたことは明らかだ。ここで注目すべきは、イノベーションの大半が過去の経験や常識に囚われない柔軟な発想から生み出されたことだ。

 一般に人が行動する動機は三つある。やりたいこと、できること、やるべきことの三つだ。英語で言えば、WouldCouldShouldである。この内やりたいことをやるのであれば戦略は不要である。またできることをコツコツと積み重ねることは戦略とは言わない。

 戦略的なアプローチが必要となるのは「やるべきこと」に挑戦する場合である。どうすればそれを実現できるかを目的思考で考える。初めに到達点を明確にして、そこに辿り着くルートと手段を現在位置から仰ぎ見るのではなく、到達点から振り返るように考えることが重要だ。何故なら現在位置から考えればできることを積み上げるアプローチを選ぶことになり、到達点から考えれば経験や知識を超えたブレイクスルー発想を促すことになるからだ。

 ブレイクスルー発想とは例えば次のようなものだ。地球上のどこか未知の土地に行くことを考える。目的地に到達する方法は幾つもあるだろう。歩いてゆく、自動車を使う、ヘリをチャーターして飛ぶ、或いは地理や土地の事情に明るい人物に代わりに行ってもらう・・・。方法は幾らでもあるのだが、自由奔放な発想ほど「そんなことは無理だ」という理由から、暗黙のうちに排除されてしまう可能性が高い。

 ブレイクスルー発想がなければ大半のイノベーションは生まれなかったことを肝に銘じるべきだ。イノベーションとは生物の進化に匹敵する人類が成し遂げた革命に他ならない。

ゲーム

 単純化して言えば、人生には常に選択肢が二つある。楽な道と、困難な道の二つである。一般に「できること」を選択すれば楽な道に通じ、「やるべきこと」を選択すれば困難な道に通じる。後者の場合困難を乗り越える心構えが必要になる。それは次のようなものだ。

(1)人生というドラマの主役は自分であることを肝に銘じる

(2)人生とは目の前に次々に現れる課題を解決してゆくゲームである

 どんな課題でも必ず解決できるという信念を持ってゲームに挑み、楽しみながら謎解きをする心構えで行動すれば、ヴィジョンは一つずつ引き寄せられてゆくことだろう。

 「引き寄せの法則」というのは、真剣に謎解きゲームに挑んでいれば、やがて機が熟した時に向こうから謎を解くためのヒントがやってくることを言う。脳は解けていない謎があると、睡眠中を含めて記憶された情報の中から関連情報を引っ張り出して関係づける作業を繰り返していると言われる。即ち「引き寄せの法則」とは、寝ている間も謎解きに挑んでいる脳の働きの賜物なのだ。

 外交もビジネスもゲームであると捉えて臨むことが賢明である。概して日本人は正直すぎるというか、性善説に立って思考するために、ゲームを挑むことが苦手な民族である。むしろ性悪説に立って、最悪の展開を想定した準備を整えてゲームに臨むくらいがちょうどよい。

 ズバリ言えば、相手が嫌がるカードを用意してゲームに臨む非情さというか、ゲームを楽しむ余裕が必要だ。このことは将棋や囲碁を考えれば明らかだ。棋士は自分が優勢になって、相手を投了に追い詰めてゆく最強の一手を常に考えている。将棋や囲碁は典型的なゲームである。外交もビジネスも人生もこれと変わらない。

「思考の作法」から見た戦後政治

 今まで書いてきた「思考の作法」を階層構造として体系化した。この流れに従って改めて通して書いてゆく。「思考の作法」を物差しとして戦後政治を眺めると、基本的なレベルで幾つかの誤りが見て取れる。事例として挙げながら書いてゆくこととする。

人生も外交もゲームと心得よ(M/354参照)

 「思考の作法」の前に、肝に銘じることが二つある。「ゲーム」と「イノベーション」である。

・ゲーム

 百姓の家に生まれ天下人になった豊臣秀吉は、「露と落ち、露と消えにし我が身かな、浪速(なにわ)のことは夢の夢」という辞世の句を残した。秀吉晩年の述懐のとおり人の一生は誠に短い。「今」は矢継ぎ早に過去となってゆく。

 そういう心境に立つと、人生とは自分が主役のドラマであり、次々に起こる課題や難問を解決してゆくゲームであると達観するのがいい。どんな難問でも必ず解決できるという信念をもってゲームに挑み、楽しみながら謎解きをするという心構えがいい。

・思考法の前に処世法

 人生はゲームだという心境に立つと、一見複雑で難解に見える課題にも虚心坦懐に向き合うことができる。単純化して考えれば、人生の様々な場面には常に二つの選択肢、すなわち困難な道と楽な道が存在する。ここで賢明な処世は迷わずに困難な方を選ぶことだ。何故なら困難を克服してゆくところにこそ人生の醍醐味があり、その過程にこそ豊かな収穫があるからだ。

・大谷翔平に学べ

 大リーグで前人未到の大活躍をしている大谷翔平を評して、ロサンゼルス・エンゼルスの監督ジョセフ・ジョン・マドン・ジュニアはこう述べた。「他の選手が生きるか死ぬかの競争に四苦八苦している中で、翔平は野球をゲームとして楽しんでいる。」と。他の選手との関係や成績、マスコミを意識するのではなく、プレイする自分自身を子供のように楽しんでいると評したのだ。

 本人がどこまで自覚しているかは分からないが、そもそも日本のプロ野球から大リーグに飛び出したこと自体が「困難な道」を選択した結果だった筈だ。その上でゲームとしてプレイを存分に楽しんでいる大谷翔平の生き方は、いい参考になるのではないだろうか。

 スポーツだけでなく、外交もまた複数のプレイヤーが国益を賭けて国力を知力と腕力で挑むゲームであるに違いない。アメリカや中国を相手にゲームに挑む外交を望みたいものだ。

イノベーションは人類の宿命と捉えよ(M/385参照)

・現状維持志向は亡国への道

 総じて日本人は現状維持志向が強い。

≪事例1:戦後の日米関係≫ 敗戦から76年が過ぎたというのに、未だに米国従属マインドを払拭できないのは何故だろうか。日本中に米軍基地がたくさんある現実を与野党ともに容認しているのは何故だろうか。我が国の安全保障の分担として、日本は盾(防衛)、アメリカは矛(攻撃)となっているが、ロシア、中国だけでなく北朝鮮までもが核兵器を持つに至り、頻繁に新型のミサイルを発射しているにも拘らず、未だに「専守防衛」を変えようとしないのは何故だろうか。

 これらの問いの答えは、戦後の現状維持路線を転換することはパンドラの箱を開けることになるからだ。一度箱を開けてしまえば、今まで「ないことにしておこう」と封印してきた難題が次々に箱から躍り出てくることになるからである。

 敗戦直後はやむを得なかったとして、戦後76年を過ぎた現在も日本の安全保障の中核というか「3K」の部分をアメリカに依存したまま放置してきたことは、与党も野党も独立国の政治家として無責任と言わざるを得ない。日本が安穏を貪ってきた間に怪物中国が目の前に立ち塞がり、北朝鮮が核ミサイルを持ち極超音速ミサイルを実戦配備しつつある事態に至ったのだ。

・イノベーション志向こそ未来への道

≪事例2:失われた四半世紀≫ 日本経済は1991年のバブル崩壊を転換点として拡大から縮小に転じた。我が国のGDPは1995年~2020年の25年間で5.4兆ドルから4.9兆ドルへ10%減少した。この間に米国は2.7倍に増加し、中国は21倍に急増して世界第二位の経済大国になった。この事実は日本の経済政策が根本的に間違っていたことを証明している。四半世紀の間に日本はアメリカの1/3に、中国の1/21に貧しくなったのであり、日本国民はこの事実に声を大にして怒らなければならない。

 GDPが減少したということは国力が小さくなったということである。経済力も軍事力もアメリカの1/3に縮小したことを意味している。もし日本がアメリカと同等のGDP成長率を達成していたならば、現在のGDPは中国と同等だったのだ。「タラ、レバ」の話だが、中国の軍事力が深刻な脅威となっている現在、これほど重要なことはない。しかもこの現状は、プライマリーバランスを最優先の命題としてイノベーションを促進する政策と予算を抑制してきた、歴代政権の政策ミスがもたらした結果なのである。いわば日本のオウンゴールなのだ。

 生物にとって激変する環境を生き残るためには進化することが必須の命題であり、現状維持という選択は自殺行為だったのである。38億年の歴史において大半の主が絶滅していった中で、必死で進化を遂げた種だけが現代に生命をつないできたことを忘れるべきではない。

 人類にとってイノベーションは、生物における進化と同義である。国の発展はイノベーションにかかっていると言っても過言ではない。

心に座標軸を持て(M/258参照)

 ここからは「思考の作法」の基本となる二つのテーマを取り上げる。「座標軸」と「目的思考」である。

・海図のない航海

 人生は航海に譬えられる。ただし人生には目的地も海図もない。人生という航海においては、年齢を重ねるとともに成長を続け、常に変化してゆく社会や国の情勢を見極めつつ適宜適切な舵取りをしてゆく能力が求められる。

・座標軸

 では人生という航海において進路を誤らないためにはどうすればいいのか?その答えは座標軸を持つことだ。その上で自己位置(「今、ここ」に居る「自分」)を確認し、これからの進路を見定めることだ。ちなみに座標軸を持つとは、空間軸と時間軸を横軸と縦軸にとって、その上で自己位置を確認することである。

 空間軸で自己位置を確認するということは、外交で言えば国際社会において日本の立ち位置を明確にすることである。時間軸で自己位置を確認するということは、歴史から未来に向かう変化の中で自己位置を考えることである。

・相対座標ではなく絶対座標

 ただし自己位置を考える場合、絶対座標系と相対座標系の二つがあることに注意が必要だ。

 国際社会における日本の振る舞いを考える場合に、米国や中国など主要国の動向に加えて国連や国内世論の動向を斟酌する政治姿勢は、相対座標系で考えるものである。これに対して、他国や国民がどう思うかではなく、いわば国家観と歴史観に基づいて日本のあるべき姿を考える政治姿勢は絶対座標系で考えるものである。

 振り返ってみれば、戦後政治は米国を中心とし、中国など周辺国との相対関係に配慮して行われてきた。一方、米中は現在共に国内に深刻な問題を抱えていて、2022年は国の行く末を大きく左右する激変の年となることが予測される。

 米中が揃って大きな歴史上の転換点に立っている今こそ、歴史観と国家観に基づいて日本の立ち位置と進路を再確認する好機であると言える。これは米国に従属し中国に忖度する思考に決別して、真に自立した国家を目指して、大きく方向転換することを意味する。

目的思考で考えよ(M/325参照)

 「思考の作法」の、作法の基本となる二つ目のテーマは「目的思考」である。座標軸をとって自己位置を確認したら、次にやるべきことは目標(未来の到達点)を設定することである。

・視点は二つある

 現在から未来を眺めるか、それとも未来から現在を眺めるか、視点をどちらにおくかで思考法は決定的に異なる。言い換えれば、前者は手段思考であり後者は目的思考である。

 一般に目標がはっきり描けていない場合には、できる手段をコツコツと積み重ねてゆく前者のアプローチとなるだろう。この場合、視野の範囲を超える成果を得ることは期待できない。

 これに対して目的思考に立てば、目標を先に設定した上で「目標を実現するために最強の手段は何か」を考えた行動を起こすことになるから、自分の実力を越えた成果を実現することも可能になる。大きな目標を立てて目的思考でゲームに挑むことこそ、ゲームの醍醐味ではないだろうか。

・動機は三つある

 人が行動を起こすときに、やりたいことをやるか、できることをやるか、それともやるべきことに挑戦するかで三つの動機が存在する。英語で言えば、Would(やりたいこと)、Could(できること)、Should(やるべきこと)の三つだ。大きな目標を実現しようと思えば、やるべきことに挑戦する他ない。三つの動機の中で唯一Shouldだけは目標をはっきりさせない限り行動を起こせない。

 よく「できるベストを尽くす」というが、目的思考に立てば「やるべきことを尽くす」が正解である。一般に「やるべきこと」は「できること」の視野の外にある場合が多いのだ。

・ブレイクスルー思考:アタックルートを見つけよ

 できるベストを尽くしても目標を達成できるとは限らない。目標が大きく高いものであるほど、それを実現するための方法は難易度の高いものとなるからだ。実現する方法を発見するためには「発想の転換」が必要となる。これをブレイクスルー思考と呼ぶ。登山に譬えれば、どうすればあの山に登れるか、そのアタックルートを発見する意思と発想が求められる。

 大谷翔平が世界のトッププレイヤーとなったのは、高いところに目標を見据えて日本を飛び出したからであることは言うまでもない。

戦略思考でゲームに挑め(M/451参照)

・戦略思考と忖度思考

 戦後政治は先ずアメリカに従い、中国が日本を抜いて経済大国となった以降は、さらに中国に配慮する形で行われてきた。

≪事例3:北京五輪ボイコットと中国非難決議≫ 北京五輪のボイコットは、岸田総理が欧米に18日遅れて12月24日に意思決定したものの、岸田総理は最後まで「外交的ボイコット」とは言わなかった。

 2月1日に衆議院本会議において、中国の人権弾圧に対する非難決議が三度目の正直として全会一致で成立した。但し、「人権侵害」が「人権状況」に修文され、「非難」の2文字が削除され、さらに驚いたことに「中国」という国名までも削除された。これは秋の参議院選挙を睨んで自民党が公明党の修正案を丸呑みした結果であり、「非難決議ゴッコ」というべき情けないものとなった。

 何故そういうことになったのか。欧米と足並みを揃えなければならないという事情が一方にあり、他方には中国を怒らせたくないという忖度が働いた結果であることは明明白白である。このような気概のない外交を自公連立政権はいつまで続けるつもりだろうか。

 1月13日にBBC等の英国メディアは、MI5(英情報局保安部)が警告した内容を報道した。それは「ロンドンで活動している女性弁護士が中国の中央統一戦線工作部(外国でプロパガンダ工作を行う機関)と連携して、下院議長等の議員に対し献金を行い英国の政治に工作している」というものだった。同様の工作活動は、アメリカやオーストラリア等で起きており、当然のことながら日本でも行われていて現在も進行中であると考えられる。

≪事例4:安全保障、憲法改正、原発≫ 政府は国民の忌避に忖度する結果、これらの問題に関して思考停止状態にある。台湾有事の危険性が高まり、北朝鮮が日本の全域を狙える新型ミサイルの発射を繰り返しているというのに、専守防衛を改めようとする動きもなければ、憲法改正も遅々として進展が見られない。

 さらに、2020年10月26日に当時の菅首相が所信表明演説にて、「2050年までに、温室効果ガスの排出をゼロとする」と脱炭素社会の実現目標を宣言したにも拘らず、原発再稼働はおろか安全な小型原発開発を堂々と推進することも宣言できないでいる。

 激動する国際情勢において国益を守るためには、戦略思考に立った政治を取り戻す必要がある。そのためには、憲法改正や原発推進が不可欠かつ喫緊の命題であることを、政治家は堂々とロジカルに国民に語る責任がある。同盟国であるアメリカに対しては応分の責任を日本が担うとの覚悟を決めて対等に渡り合い、中国に対しては人道や国際法に照らして容認できない行動に対して毅然としてノーというゲームを挑まなければならない。

・プリンシプル

 戦略思考に立つために肝に銘じておくべきプリンシプル(基本原則)がある。それは、以下のようなものだ。①政策の選択肢には常に楽な道(妥協の選択)と困難な道(挑戦の選択)がある。②困難な道を選べばさまざまな障害が立ち塞がることが予測されるが、必要な対策を講じて克服する。③対策を講じることがイノベーションを促進することになり、国を強靭化することになる。④輝かしい未来は常に困難な道の先にある。困難に直面して、安易な妥協をせず、迷わず、ぶれない意思決定を行うために、プリンシプルを明確にしておく必要がある。

≪事例5:中国への忖度≫ 中国との軋轢を回避するという行動は、明らかに「楽な道」であろう。但し一度力に屈服すれば未来永劫従属を強いられる。安易な妥協を選択することは、自由な未来を放棄することなのだ。逆に、非は非として毅然とした外交を行えば、脅迫や報復措置に遭遇する可能性が高いが、それらの障害を克服することによって、「日本は侮れない相手だ」という評価を得ることになる。明るい未来は常に困難な道の先にしかないことを肝に銘じるべきだ。

 ここで見習うべき二つの事例がある。一つは西暦607年に、推古天皇から隋の皇帝に送った親書に、聖徳太子が「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや。」と書き込んだ気概だ。もう一つは、オーストラリアのモリソン首相が中国の恫喝と制裁に対して毅然と挑んだ姿勢である。(W/523参照)

・戦略思考

 戦略思考に基づく政治とは、現在及び未来の日本の国益を最大化するために、米国や中国、さらには国連機関や国民に対し忖度することなく、なすべき政策を毅然と遂行してゆく政治姿勢である。

 戦略思考の基本的なステップは次のとおりである。①国家にとって目的は常に「国益を最大化する」ことだと肝に銘じること。②目的と結果を区別すること。目的はあくまでも国益の最大化であり、温暖化問題への取り組みも世界への貢献も、目的ではなく結果と捉えるべきこと。③「何ができるか」ではなく「何をすべきか」を考えること。④守るのではなく攻めること、待つのではなく仕掛けること。⑤大きな戦略ゲームに挑むという自覚を持ち、最強の手段を編み出すこと。⑥相手の弱点を突くことも厭わぬこと。⑦常にゲームの構図を作る側に陣取ること。相手を孤立させ、自分は他のプレイヤーと強いネットワークを形成するというように。

 国益を守るためには、その位の手段を冷静沈着に講じてゆく度量が求められる。

全体像を描き、本質を追究せよ(M/281参照)

・全体像を描く

 国内でも国際社会でも、予測できるもの突発的なものを含めて事件は次々に起きる。事件が起きるたびにメディアが報道するのは、大半が現象に関わるものだ。しかしながら現象情報を幾ら読み聞きしても真相は分からない。真相が分からなければ的確な対応ができない。抜本的な対策を講じるためには、収集した情報を整理して分析と考察を加える必要がある。

 この場合ポイントは二つある。第一は「全体像を描く」ことだ。すなわちファクト情報を集めてホワイトボードに書き出し、情報の相互の関係性(因果関係と相関関係)を図解する。その上でそれを俯瞰して「これが物語ることは何か」を考えることである。

・本質を追究する

 第二のポイントは「本質を追究する」ことだ。人為的な事件であれば、「誰が何故このような事件を起こしたのか。その狙いまたは原因は何か。」を考えることである。

≪事例6:コロナパンデミック≫ コロナパンデミックを例にとって、ファクト、真相、本質の関係を整理してみよう。先ずファクトを五つ整理する。①今回のコロナウィルスは中国武漢市で発生した。②中国科学院武漢ウィルス研究所ではこのウィルスに関わる研究を行っていた。③今回パンデミックを起こしたウィルスは過失・事故を含めてこの研究所から漏出した。④中国政府が感染の事実を公表したのは最初の患者が現れてから1ヵ月以上経った後である。⑤中国が公表を遅らせたために春節の民族大移動によって世界中にウィルスが拡散した。

 五つのファクト情報が物語る真相の一つは「中国は意図をもって世界に拡散させた」ことである。さらに「たとえウィルス漏出の原因が事故であったとしても、中国はその機会を悪用して世界に感染を意図的に拡大した。中国はそういうことを平然と行う国だ。」という本質が世界の共有認識となった。これは今後中国と向き合う場合に十分肝に銘じておくべき教訓である。

システム思考でロジカルに考えよ(M/511参照)

・システム思考

 システム思考は意思決定問題をシステムと捉えて論理的に思考する方法論である。言うまでもないが、外交における命題は「国益の最大化」にある。米国中央情報局(CIA)の分析官だったレイ・クラインは1975年に「国力の方程式」を提唱した。この方程式を元に「国益の最大化」という命題を考えてみよう。

国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 これはあくまでも概念的なものだが、国力の要素と関係を直截的に表現していて分かり易い。これによれば、国力を高めるために必要な要件は、①人口を維持し、②経済力を高め、③軍事力の強化を怠らず、かつ④明確な戦略目的とそれを貫徹する強い国家意思を持つことである。

・戦後政治の課題

 さて「国力最大化」の視点から日本の戦後政治を巨視的に評価すれば、課題は以下の三点に要約されるだろう。

課題1:日本は四半世紀にわたりデフレに喘ぎ、1995年~2020年の25年間に米国の1/3の規模にGDPが大幅に減少した。致命的な政策の誤りはプライマリーバランスを至上命題とした予算編成にあった。

課題2:戦後の日本は専らアメリカに従属し中国に忖度する政治を行ってきたために、政治の命題として「国益を最大化する」という認識が希薄であった。その結果、戦略目的及び国家意思を明確にしない政治を続けてきた。

課題3:日本の戦後史は太平洋戦争の敗戦から始まっているが、日本は未だに戦争を総括できておらず戦後レジームから脱却できていない。そのために歴史観・国家観が曖昧のままであり、「戦略目的と国家意思」がはっきりしない。その結果国際社会において日本本来の役割を果たす外交を展開できていない。

・「やるべきことに挑戦する」政治への転換

≪事例7:日本の戦後政治≫ 戦後の日本は専らアメリカに従属し、中国に忖度する政治を行ってきた。言い方を変えれば、戦後の日本は「できることをやる」政治に終始してきた。「できること」には「できない言い訳」が用意されており、憲法自体ができない理由の一つになってきた。

 憲法を含む法律上の諸規定は、政策を実行する上で制約条件として働くことは言うまでもないが、ここで注目すべきは、有事において国民の生命と領土を守る上で障害となることが予見される場合には、躊躇なく見直す必要があるということだ。「憲法を守って国民の生命や領土を守れず」となっては本末転倒だからである。政治家にはこれを実行する重大な責任がある訳で、それは台湾有事リスクが高まっている今なのではないか。

・戦後レジームの克服

 日本は現在一つのジレンマに直面して立ち往生している。それは「内なる怪物」を放置したままでは「外なる怪物」に対処することができず、「外なる怪物」に対処する有事モードの中でしか「内なる怪物」を退治できないというジレンマである。ここで内なる怪物とは、パンドラの箱の中に封印してきた「戦後レジーム」であり、外なる怪物とは力攻めの外交を展開する中国である。そして戦後レジームとは、「対米従属、対中忖度」に象徴される戦後政治の枠組みと、メディアの役割と責任、国民の理解を含む総体である。ここで注目すべきは、「日米同盟があるから、それは日本の役割ではない。憲法の規定があるからそれはできない。」という、制約条件が「できない言い訳」となってきた事実である。

総括

 先に「思考の作法」において書いてきたことを、改めて体系的に整理してみた。人生においても、ビジネスにおいても、さらには政治・外交においても、思考の「作法」の基本形は同じである。大きな目的を達成することも、国益を最大化することも、命題をシステムとして科学的論理的に考えて最強の手段を尽くすことに変わりはないからである。

 一方、その視点から戦後政治を振り返ると、思考過程を誤ったが故に国益を大きく損なってきた事例が幾つも浮かび上がる。1995年当時と比べて国力が1/3となったことを紹介したが、それによって喪失した自信と誇りを日本人が取り戻すためには、思考法を改めることが必須要件だと思うのである。

~目的思考~

 人が何かを達成しようと思うときには目的があり、手段が必要となる。この二つを区別することが「思考の作法」の第三の型である。

 はじめに一般論だが、人は往々にして目的を明確にしないまま行動を始めてしまうことが少なくない。分かり易い例を挙げよう。例えば60歳を過ぎて現役を退いた時、これからは健康を維持することが大事だと多くの人がジョギング等さまざまな取り組みを始める。

 しかしながら、何のために健康を維持するのだろうか?健康を維持して何をするのだろうか?健康を維持することは手段であり、これから何をするのかという目的を先に考えるべきだと思うのだが、何故そうしないのだろうか。

 ハッキリしていることが一つある。それは「何のために」を考えることは、「何をする」を考えるよりも遥かに難しいということだ。何故ならそれは未来の姿を描くことになるからである。

二つの思考法

 手段から考えるということは、現在に視点をおいて未来を見つめるアプローチである。一方目的を先に考えるということは、未来の姿を先に描いて、それを実現するための手段を考えることである。つまり未来の到達点に視点をおいて、現在を見つめ直すアプローチである。便宜上、前者を「手段思考」、後者を「目的思考」と呼ぶことにする。

 この二つの思考法には決定的な違いがある。

 手段思考では過去の延長線上に未来があることを想定している。何故なら実行可能な手段をコツコツと積み重ねることになるので、到達できる目的地は延長線上となるからだ。

 これに対して目的思考では、簡単には実現できない高い目標を設定することが普通である。そしてそれを実現するためには通常の発想を超えたアイデアと行動が求められる。

 もし手段思考のAさんと目的思考のBさんが同時にスタートした場合、Bさんの方がより遠く、或いはより高い目標に到達できるに違いない。それだけでなく、AさんよりもBさんの方がより柔軟な発想力、より高い行動力を獲得する可能性が高い。この結果、目的思考に立つのと手段思考で行くのとでは、人生全体で考えると相当大きな開きとなることが予想されるのである。

 分かり易い例を挙げよう。何かの製品を作っている工場を想定する。もし社長が原価を1割削減せよと号令をかけたとすると、従業員は無駄な部品や工程を削除するなどの改善努力を重ねて何とか社長の期待に応えようとするだろう。

 では、もし社長が原価を半減しろと号令をかけたらどうなるだろうか。従業員は今までの延長線上の方法では実現できないことを悟り、全く新しい発想を必死で考えようとするだろう。目的思考が重要なのはこの点にある。

ブレイクスルー思考

 常識に囚われない柔軟な発想で、一見困難に見える課題を解決する。これをブレイクスルーと呼ぶ。1997年に「新ブレイクスルー思考」という本がダイヤモンド社から発刊された。その巻頭にはこう書いてある。

 アインシュタインいわく「人類の直面している困難な問題は、それが出てきた思考で解くことはできない。人類にとって最も重要な課題は新しい思考を発見することである。」と。思考のジレンマとでも言うべき名言であると思う。

 ブレイクスルー思考については、別稿で改めて論じたい。

行動の動機

 人が何か行動するときの動機には三つある。やりたいことをやる、できることをやる、やるべきことをやる、の三つである。英語で言うと Would、Could、Should に対応する。この内、動機が Would と Could の場合には目的の認識が希薄な場合が多いので、手段思考に相当する。一方 Should の動機は目的を明確に認識しない限り出てこないので、目的思考に相当する。言い方を変えれば、明確な目的がある場合には Would/Could の誘惑に屈することなく、意思をもって Should の手段を選択すべきである。

課題を解決するのは意思とアイデア

 昨年11月8日、海外から選手を招いて体操の国際大会「友情と絆の大会」が、コロナ禍の中東京国立代々木競技場で開催された。その閉会式で体操の内村航平が決意のスピーチを行った。以下は日刊スポーツからの引用である。

 「僕としては残念だなと思うことは、コロナの感染が拡大し、国民の皆さんが五輪ができないんじゃないかという思いが80%を超えていると。しょうがないとは思うけど、できないじゃなく、どうやったらできるかをみなさんで考えて、そういう方向に変えてほしい。非常に大変なことであるのは承知の上で言っているのですが、国民のみなさんとアスリートが同じ気持ちでないと大会はできない。なんとかできるやり方は必ずある。どうかできないとは思わないでほしい」。

 万事このとおりである。「それは無理だ」とか、「それは難しい」と簡単に言う人からは、それを可能とするアイデアを期待できない。何故なら、その先は考えないと宣言しているのと同じだからだ。