「思考停止の80年」との決別 第1部

(1)歴史を総括するということ

秩序崩壊しつつある国際情勢

 戦後国際社会の秩序を維持してきた枠組みが、ロシアによるウクライナ軍事侵攻によって瓦解しつつある。ウクライナ戦争がどういう形で終結するのか、現時点では何も予測できない。また中国経済が失速しており、今後社会の混乱がどこまで拡大するか、さらに台湾有事がどうなるか、これも予測できない。

 但し確実なことが一つある。それはウクライナ戦争を契機としてアメリカの弱体化が加速していることだ。それを象徴する事件がアメリカがロシアに対して科した制裁である。アメリカはロシアに対してドル決済を制限する制裁を科したが、ロシアはドルに依存しない二国間決済を拡大して対抗した。ロシアの動きに同調するように、BRICSやグローバルサウス諸国はドルに依存しない貿易決済を拡大しつつあり、制裁はドル覇権が揺らぐ結果を招いたのである。

 この国際情勢の変化は、日本に二つの課題を突き付けている。一つは、戦後ずっと日本は安全保障の要衝部分を「アメリカの傘」に依存してきたのだが、それを再検証する必要が出てきたことだ。他一つはこれから国際秩序をどうやって回復させるのか、そのために日本はどのような役割を果たすのかだ。

 戦後の日米関係は、安全保障の機能の内、核抑止と攻撃をアメリカに委ねて、日本は専守防衛に徹するという取り決めで維持されてきた。一方ウクライナ戦争ではアメリカはロシアとの直接衝突を避けて、ウクライナに対し武器を供与しただけで米軍を動員しなかった。このため、極東有事においてもアメリカは中国との直接衝突を避けて同様の対応をとるのではないかという疑念が生まれた。それは日本が前提としてきた「日本は専守防衛で攻撃はアメリカの役割」という前提が崩れることを意味している。

 有事に備える根本が最悪の事態に備えることであるとすれば、アメリカ依存を局限化し、基本的に自己完結で対処できる体制に大急ぎで転換しなければならない。何故ならアメリカが世界に冠たる1強だった時代が終ろうとしているからであり、過渡なアメリカ依存はむしろ危険な時代となったからだ。

 ウクライナ戦争では、安全保障理事会の常任理事国であるロシアが軍事侵攻の当事国だったため、ロシアの拒否権発動によって何も決められない事態を招いた。もしウクライナ戦争がロシア敗退の形で終結しなければ、国際秩序を無視したロシアの行動が既成事実として残ってしまうだろう。そうなれば同じく常任理事国である中国もまた、ロシアと同様の行動をとるのではないかという疑念が高まり、国際秩序のスキームが崩壊してしまうだろう。この危機に臨んで、国際秩序を再構築するために、日本の役割は何か、アメリカをどう補完するのか、日米関係はどうあるべきかについて、未来の姿を本気で考えなければならなくなったのである。

戦争の総括

 日本は太平洋戦争の敗戦を総括しないまま現在に至っている。敗戦後に「戦争の総括」に着手できなかったのはGHQによる占領体制があったからだ。しかし1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約が締結され、国会承認を経て1952年4月28日に公布されて、GHQによる占領体制は終了した。それから現在まで72年の歳月が流れたが、戦争の総括は未完のままである。

 占領体制は現在でも随所に残っている。余りにも現代の日本社会と一体化しているために、大半の日本人は気付いてさえいない。一例を挙げると、米軍横田基地周辺の空域は今でも米軍の管制下にあり、羽田空港を離発着する航空機は、横田空域を避けて飛ぶことを余儀なくされている。首都に米軍基地があり、世界でも超過密な羽田空港の周辺空域に、日本の航空管制権が及ばない横田基地という治外法権の空域が存在する現実は異常という他ない。

 かつて石原慎太郎都知事が精力的に取り組んだことがあったが、具体的な進展はなかった。また明治の時代に不平等条約と呼ばれた、『安政の五ヶ国条約』(領事裁判権、関税自主権)は、明治政府が周到で粘り強い手順を踏んで改定されたが、米英露仏蘭の五ヶ国と条約が締結されたのは明治維新10年前の1858年であり、それから領事裁判権を撤廃するまでに36年、関税自主権に至っては53年もの歳月を要している。

 サンフランシスコ平和条約から既に73年が経過しているが、日米同盟に係る不平等な取り決めは未だに撤廃されていない。これは日本側が精力的に行動しない限り一歩も進まない問題であり、政治家の不作為に他ならない。

 日本は太平洋戦争の敗戦という歴史的重大事件を総括し、教訓を明らかにして、それを現在の政治に活用するという当たり前のことができていない。GHQが去った後も現在に至るまで「GHQの洗脳」を受けた日本人が多く存在する。一例を挙げると、天皇陛下や総理大臣が靖国神社を参拝することに反対のキャンペーンを張る団体やマスコミが存在する。国家元首が戦争の犠牲者となった戦没者を慰霊することはどこの国においても至極当然の行為である筈だが、日本ではその論理が今でも通らない。これも異常という他ない。

 安倍元総理が言及していた「戦後レジームからの脱却」という言葉には、狭義と広義さまざまな解釈があるに違いない。いずれにせよ今も残る占領の遺構と洗脳を一掃して、真に独立した日本に相応しい、かつ現代社会に適合するものに作り換えない限り、「アメリカ弱体化の時代」に起きる危機に対処することは困難になるだろう。具体的には、占領政策によって作られた戦後体制、安全保障条約や地位協定などの日米同盟に係る取り決め、GHQが悪意をもって作り日本に押し付けた憲法、国内に多くある米軍基地、日本の文化・学校教育や精神に与えた影響などだ。

近代史を総括するということ

 歴史を総括することは容易ではない。日本の近代史を総括しようと思えば、図に示すように、時間軸での過去との因果関係、空間軸での国際社会との相互作用を考慮しなければならない。

 明治維新以降の近代史を論じるためには、幕末以前の歴史と明治以降の出来事との因果関係と、日本人が継承してきた資質や文化を境界条件とし、当時の国際社会との間で繰り広げられた相互作用を解読しなければならない。また当時の国際社会もまた歴史との因果関係の結果として存在していたことを無視することはできない。

 歴史の総括は本来歴史家の仕事である。私は専門家でも研究者でもないとお断りした上で、現在のリアルポリティクスを考えるために、可能な限りその全体像と変化を見る視点から、日本の近代史を俯瞰的に捉えてみたい。激変する国際情勢の中で、日本がどこに立ち、どこに向かうべきかを考えるためには、どうしても日本の近代史の総括が避けて通れないのである。

 総括するにあたって参照した資料は次の二つである。

   資料①:『憂国のリアリズム』、西尾幹二、ビジネス社,2013年

   資料②:『自ら歴史を貶める日本人』、西尾幹二と現代史研究会、徳間書店、2021年

高い視座からの俯瞰

 本題に入る前に、視座について触れておきたい。そもそも人類は宇宙船地球号の表面で活動している誠にちっぽけな存在に過ぎない。簡単な数値をもとに、その現実をイメージしてみたい。地球は秒速460m(赤道上)、つまり音速の2倍で自転しながら、秒速30kmで太陽の周りを公転している。さらに太陽系は秒速230kmで銀河系の淵を周回し、銀河系は秒速600kmで宇宙空間を飛翔している。ちなみに音速は秒速340m(気温15℃)である。

 我々人類は、この途方もない超高速で宇宙空間を飛翔する宇宙船地球号の表面で右往左往している存在に過ぎない。如何なる問題も、一度この認識に立って全体を捉え直すのがいい。何故なら、どれほど大きな問題だと思えるものも、なんと小さなことかと俯瞰して捉えることができるからだ。

 万物は流転するというが、日本も世界も地球さえも休まずに変化している。時間とは諸事が物理的に変化することと同義であり、歴史とは変化の軌跡が綴られた記録である。そして現在とは過去からの因果関係の連鎖の結果として存在し、今まさに変化が起きている現場に他ならない。歴史を総括するためには、この「時間、歴史、そして現在」という概念を念頭において考えるのがいい。何故なら観測者としての自分の視座を、観測される舞台から遠く離れたところにおくことによって、状況をより客観的に認識することができるからである。

 歴史は時間と空間を二軸とする座標系で、連続した変化として綴られている記録であるから、そこから特定の部分を切り取って論じることは意味がない。日本の近代は明治維新から始まったが、だからと言って時間軸で1868年以降を切り取り、空間軸で世界の中から日本だけを切り取って幾ら眺めてみても、本質は何も分からない。

近代史を俯瞰するにあたって

 日本の近代史は王政復古と文明開化を同時に成し遂げた明治維新に始まる。さらに日本の近代史を揺るがした大事件は、明治維新、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争の4つである。そして明治維新(1868年)から日露戦争(1904年~1905年)を経て太平洋戦争(1941年~1945年)までを近代史の前半、太平洋戦争から現在までを後半と括ることとする。

 近代史の前半は、司馬遼太郎が描いた物語に象徴されるように、ひたすら困難な坂を登って歴史的かつ世界的な勝利を勝ち取った明るい時代であり、後半は敗戦とGHQによる占領という苦難と屈辱から始まった時代である。そして、近代史の前半と後半の間には「明から暗に」変化する大きな屈折点が存在している。

 もう一つ近代史を俯瞰するにあたって注目すべきことがある。それは日露戦争に勝利して列強の仲間入りを果たしたところまでの成功物語の裏面で展開された欧米列強との相互作用に関する部分こそが重要だということだ。何故なら、その中にこそ近代史後半の失敗の原因が隠れているからである。特に、欧米列強の歴史、その背景にある宗教の影響と、思考と行動様式についての分析と洞察が重要となる。

 ところで我々日本人は、この近代史をどのように理解しているだろうか。ワイングラスを片手に、国際的な懇親の場に参加している場面を想定して欲しい。語学力の問題が全くないと仮定する時、我々は日本の近代史を外国人に対してどのように語ることができるだろうか。堂々と歴史を語る知見を我々は持ち合わせているだろうか。そのことについて学校で習ったことはあっただろうか。或いはその近代史を一遍の物語として記述している本はあるだろうか。

 残念ながら、答えは何れもネガティブであるだろう。占領の遺構と洗脳が一掃されないまま、78年間「ダチョウの平和」の戦後が綴られて、近代史の総括は現在まで棚上げされてきたからだ。

 未来を展望するためには、人類の近代史の中で日本はどこに立ち、如何なる役割を演じてきたのか、それは正しかったのか、もし正しくないとすればどこが誤ったのか、何故誤ったのか、ではどうすべきだったのかについて、全体像を巨視的に把握することがどうしても必要となる。過去を総括することなしに、また過去から教訓を学び取らずに、これからの進路を見定めることはできないからだ。

(2)「思考停止の80年」

日本民族・文明の根幹に係る問題

 日本は戦後78年を「ダチョウの平和」でやり過ごしてきた。近代史を総括してこなかった事実から、これを「思考停止の80年」と呼ぶことにする。「失われた30年」は経済の問題だったが、「思考停止の80年」は日本民族・文明の根幹に係る問題である。そして言うまでもなく、思考停止の起源は太平洋戦争の敗戦にある。

 この資料では、大東亜戦争と太平洋戦争という用語を使い分けている。「大東亜」という呼称については、戦前の昭和の、日本思想界の象徴的存在だった大川周明氏が、昭和14年に書いた著書「日本二千六百年史」の末尾に、次のように説明しているので引用する。

 ≪日本出兵の目的は、畏くも昭和12年9月4日の勅語に煥乎たる如く、一に中華民国の反省を促し、速に東亜の平和を確立せんとする。・・・東亜新秩序の建設を実現するために、獅子奮迅の努力を長期にわたりて持続する覚悟を抱かねばならぬ。東亜新秩序の確立は、やがて全アジア復興の魁である。全アジア復興は、取りも直さず世界維新の実現である。≫

 これに対して太平洋戦争という呼称は、文字どおりアメリカが仕組み、日本が追い詰められるように突入していった、太平洋を舞台として日米が衝突した戦争をいう。

思考停止の起源

 「思考停止の80年」を論じる上で、無視できないことが一つある。それは広島にある「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻まれている原爆記念碑である。私には、この碑文は「思考停止」を肯定し助長する碑としか読めない。何故なら「繰り返しませぬ」の主語が誰なのか、「過ち」とは何を意味するのか、敢えて曖昧にしているからである。そうすることで読み手に考えさせる狙いがあると言えばそれまでだが、原爆投下とさらにはあの戦争について、誰に何の誤りがあったのかをウヤムヤにし、戦争の教訓をウヤムヤにしてしまうという意味で決定的に間違っていると思うのである。

 それだけではない。この碑文は、アメリカが実行した民間人を標的とした原爆投下という非人道的な重大犯罪に対して、「黙して追及せず」という形で封印する札になっていることを指摘しておきたい。

 電気通信大学名誉教授の西尾幹二氏は、資料①の中で、次のように想いを語っている。

≪そもそも原爆を落とされた国が落とした国に向かって縋りついて生きている、こんな妙な構図がいつまで続くのであろうか。世界が首をかしげ理解できなくても、この病理にどっぷり浸かってしまっていて、苦痛にも思わなくなっている、この日本人の姿を、痛さとして自覚し、はっきり知ることがすべての出発点、何とかして立ち上がる出発点ではないかと思うのである。≫

今も残る占領体制

 『日本を取り戻す千載一遇の好機到来』で述べたように、現在の日本にはGHQの占領政策に起因する、凡そ独立国とは言えない不合理な遺構が随所に残っている。この事実から日本の現状は未だアメリカの占領下にあると断言せざるを得ないのだ。

 エドワード・ルトワックがウクライナ戦争に対し支援疲れに陥っているヨーロッパの現状を憂いて、「戦う文化」を喪失していると指摘している。他国の理不尽な振る舞いに対して敢然と立ち向かう意思を、日本人は敗戦と同時に喪失して現在に至っている。

 占領の遺構の例を挙げれば、必要と思われる以上に多くの米軍基地があること、不平等な日米地位協定が残っていること、思いやり予算の存在、横田基地との関係から羽田空港周辺に日本の管制権が及ばない空域が存在すること、アメリカ従属の外交政策等、広範囲に及んでいる。

 昭和20年9月にトルーマン大統領からマッカーサー連合軍司令官に対して『降伏後における米国の初期の対日方針』が示された。そこには「究極の目的」として、「日本が再び米国の脅威となり、または世界の平和及び安全の脅威とならざることを確実にすること」と明記されているという。

 誠に残念なことだが、この占領政策が暗雲のように戦後78年間日本を覆ってきた。何故未だに一掃できないのか。その原因は米国による占領政策が巧妙だったこともあるが、それだけでない。日本人自身が近代史を総括せず、暗雲を一掃する「戦う」行動を起こしてこなかったからだ。現代の日本人は日露戦争までは確かにあった武士道精神を喪失しているという他ない。

占領政策の呪縛からの開放

 西尾幹二氏は資料①で、「アメリカは欧米の暗い過去を隠すため、GHQの占領政策の中で『侵略したのは日本だ』というすり替えを行った。問題は、意図的に仕組まれた占領政策の呪縛から日本が未だに脱することができていないことだ。いい加減でこの状況から抜け出さない限り、日本という国家はいずれ消滅してしまう。」と警告している。

 戦後の日本人は、この事実を正しく認識せずに、「日本が悪うございました」と頭を垂れたまま78年が過ぎた。先に、広島原爆記念碑の碑文に対し異議を唱えたが、その理由はもう一つある。それは広島を訪れる多くの日本人に対し「この戦争の責任は戦争を始めた日本にある」と、さりげなくも巧妙に洗脳していると思うからである。極めて有害な碑と言わざるを得ない。

 高知大学名誉教授の福地惇氏は資料②で、「遅きに失した感があるが、ある目的のために歪められた歴史観を正道に糺さずしては、日本民族が独立主権国家として21世紀を毅然と生き抜くことはできないと、強く危惧せざるを得ない。」と指摘する。

 敗戦後、日本はいわゆる「空想的平和主義」に立ち、経済優先でやってきた。周囲のロシア、中国、そして北朝鮮までもが核兵器や長射程ミサイルを保有してきた現実には目をつむって、非核三原則の堅持を唱え、自衛隊が攻撃手段を持つことに頑迷に反対してきた。日本が性善説に立って物事を眺めようとする平和志向の民族であることは是非もないが、ロシアも中国も北朝鮮も、善意が通じる相手でないことは明らかだ。こうして相手には悪意があり、日本は善意に立つという矛盾に直面して、その先を理詰めで考えることを放棄する「思考停止」状態に陥ったと考えられる。

 しかし世界情勢は激変した。長期的な動向としてアメリカが弱体化の方向にある現在、このまま思考停止を続けることは致命的に危険であると認識を新たにしなければならない。日本は明治維新から戦後に至る近代史の全体の流れを、先入観に囚われることなく、客観的に総括することによって、占領の呪縛を解き放たなければならない。

専守防衛マインドからの脱出(後編)

日米2+2開催

今年1月7日にオンラインで「日米2+2」が開催された。中国による台湾有事を想定した外務・防衛の閣僚による会議である。

 正論3月号が『令和の安全保障考』という特集を組んで、磯部晃一元陸将と神谷万丈防衛大学校教授が「日米2+2」を評価する記事を書いている。二人とも、今回の「日米2+2」は画期的だと高く評価している。この記事を踏まえて、要点を四つ紹介する。

戦略の統合:

・「閣僚は、・・・国力のあらゆる手段、領域、あらゆる状況の事態を横断して、未だかつてなく統合された形で対応する ため、戦略を完全に統合させ、・・・同盟を絶えず現代化し、共同の能力を強化する決意を表明した。」

抑止と対処:

・「閣僚は、地域における安定を損なう行動を抑止し、必要であれば対処するために協力することを決意した。」

防衛力を抜本的に強化:

・「日本は、国家の防衛を強固なものとし、地域の平和と安定に貢献するため、防衛力を抜本的に強化する決意を改めて表明した。」

・「日本は、戦略見直しのプロセスを通じて、ミサイルの脅威に対処するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討することを決意した。」

同盟の役割・任務・能力(略して、RMC):

・「日米は、このプロセスを通じて緊密に連携する必要性を強調し、同盟のRMCの進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎した。」

 総括的に評価すれば、主語が明確であること、表現は簡潔で実行に向けて一方踏み込んだ具体性があること、差し迫った台湾有事を前にした気迫と決意が現れている等の点で、画期的な内容となっている。

 一方で神谷万丈は、「日本人にとって画期的にみえるのは、日本人の同盟や軍事力に対する向き合い方が、依然として国際的な常識から大きく外れたものだからなのだということに、日本人は気づく必要がある。・・・日本人の決意と行動が問われるのはむしろこれからなのだ。」と警告する。

 台湾有事が叫ばれる現在、合意事項の速やかな実行が求められるが、そのためには防衛費の増額が不可避となる。自民党は2021年10月12日に発表した政権公約で、「防衛費のGDP比2%以上を目指す」とする政権公約を発表している。有言実行、待ったなしである。

露見したプーチンの目論見

 プーチンがウクライナ侵攻を起こした真相が思わぬところから明らかになった。英国のBBCは2月28日に「ロシアの回帰と新世界(The Arrival of Russia and a New World)」と題したスクープ記事を公表した。

 この記事は、ロシア国営メディアの「RIAノーボスチ通信」が2月28日に公表する予定だった原稿が誤ってネットに流出したことを報じている。この原稿は「48時間でウクライナを制圧する」シナリオに基づいて、「ロシアの勝利宣言」として用意されたものだった。

 この原稿に、プーチンの目論見が記されている。原稿の寄稿者は、「1991年のソヴィエト連邦の終焉という恐ろしい大惨事を修復するだけでなく、ロシアが新たな世界秩序を指導する立場に回帰する」と書いている。さらに、「ロシアが歴史的な名誉ある地位を回復し、ロシア世界とロシア民族を結集する」としてウクライナ侵攻を正当化している。ここでロシア民族とは、ロシア人、ベラルーシ人、それに小ロシア人(ウクライナ人)を指している。

 さらに「ウクライナ問題の解決を未来の世代に委ねないことを決断した」とプーチンを称賛していて、「軍事侵攻は、欧州のアングロサクソンと世界におけるアメリカに代わり、ロシアがその歴史的、国際的な役割に復帰するためである」と結論付けている。この原稿がプーチンの意向又は指示に基づいて用意されたことは疑う余地もない。

 プーチンがいう「ウクライナ問題」とは、ソヴィエト連邦崩壊後、ロシアが反NATOの立場を貫いてきたのに対して、ウクライナは政権交代のたびに親西欧と親ロシアの間で揺れ動いてきた経緯に関わる。そして2014年のマイダン革命で親露政権が崩壊してポロシェンコ政権が誕生して以来、ウクライナはEUとNATOへの加盟の意思を明確にしてきた。ウクライナのこの西欧志向こそがロシアから見れば「問題」だという訳だ。

ウクライナ事変が浮かび上がらせた現実

 ウクライナ事変がどういう形で終結するかを現時点で軽々に予測することはできない。ウクライナが軍事力に屈服することなく、ロシアの世論がプーチン大統領を追放して一日も早く戦争が終結することを祈りたい。一方、現時点で既に明らかになったことが幾つかある。

 第1は、21世紀の現在においても、他国に武力侵攻する国家指導者が存在する事実である。習近平も同様の人物であることは言うまでもない。

 第2は、世界大戦期の20世紀と異なり、グローバル経済の現代において、もはや軍事力は実力行使の最強の手段ではなくなったことだ。米欧日などがとった制裁措置でロシアが被る影響は、ロシア経済を崩壊させるほどに甚大である。具体的にいえば、①米欧日がロシア中央銀行に対する資産凍結を行ったが、これによってロシアは外貨準備の内、金と人民元を除く65%を引き出すことができなくなった。②SWIFTから排除されたことによって、ロシアの金融機関は外貨との交換と貿易の決済ができなくなった。③格付け会社がロシア国債の格付けを投機的水準以下に引き下げたことによって、ルーブルが暴落しロシアはデフォルト危機に直面している。④制裁の結果、貿易が大きく減少しGDPを大幅に減少させる要因となった。さらに西側からの投資停止と資金の引き上げ、外国企業のロシアからの撤退・生産停止が起きた。

 第3は、プーチンの当初目論見である48時間を大幅に過ぎて2週間が経過したが、その結果ロシア経済が壊滅的な状況に陥る可能性が高まっていることだ。今後制裁に困窮するロシア国民のデモが拡大すれば、やがてプーチンが追放される結末を迎える可能性すらある。

 第4は、安保理の機能不全と、国際秩序を保全するスキームの欠陥が明白になったことだ。

 今回のウクライナ事変は、1991年のソヴィエト連邦崩壊によって形成された国際秩序に関わる、歪のエネルギーが蓄積されて起こった余震なのだろう。プーチンがNATO東進の圧力を押し返すつもりで起こした余震だったのが、皮肉なことにロシア側にさらに押し返される可能性が高くなっている。今後ソヴィエト連邦から独立した諸国のEU加盟、NATO加盟がさらに進み国際秩序の構図がさらに変化してゆくと思われる。

三方面の脅威に直面する日本

 フリージャーナリストの青沼陽一郎がJBPRESSに『安全保障の岐路なのに、遺憾や抗議ばかりでは国家防衛は成り立たない』という記事を書いている。北朝鮮は様々なミサイル発射を今年に入って9回行ってきたが、その都度日本政府は「抗議」を繰り返してきた。しかし幾ら抗議を重ねても北朝鮮にとって馬耳東風であり、抗議は全く無力だった。青沼は「ロシアによって国際秩序が壊されたところへ、中国と北朝鮮がどのような行動に出ても不思議ではなくなった。その時に日本は侵略に立ち向かうだけの準備ができているのか。」と懸念を表明している。

 中国及び北朝鮮に加えてロシアという、三つの脅威に直面している今、日本はこれまでの「NATO(No Action, Talk Only)外交」の転換を迫られている。3月10日の産経新聞のコラムに、編集委員の阿比留瑠比は「憲法9条と非核三原則で国を守るというのは笑えぬ冗談でしかない」と書いているが、「ダチョウの平和政治、NATO外交」を転換しなければ国を守ることはできない局面が到来しようとしている。

 ロシアによる脅威に直面した欧州諸国は、それまでの防衛政策を大転換し始めている。ドイツは従前の政策を転換してウクライナに対戦車攻撃兵器を提供することを決め、防衛費をGDP比2%超に増加することを即決した。中立国フィンランドはスウェーデンと共にNATO加盟の再検討に着手した。ウクライナ、モルドバ、ジョージアの三ヵ国はEU加盟申請の手続きを始めることを決めた。

拉致問題を解決できない日本

 正論の3月号に「拉致被害者救出は現憲法下で可能か」という記事を織田邦男元空将、河野克俊元統合幕僚長が書いている。「今の憲法、自衛隊法の下では自衛隊を動かして救出に向かうことはできない」というのがその結論である。

 もし台湾有事が起きれば、在留邦人及び外国人を安全に輸送する問題が現実のものとなる。織田邦男はこう書いている。「邦人輸送について自衛隊法では、防衛大臣は外務大臣から輸送の依頼があった場合、外務大臣と協議をして、安全が確保されていると認められる場合には邦人などの輸送を行うことができると規定されている。何かおかしいと思いませんか。安全ではないから、民間機ではなく自衛隊機が行く訳でしょう。」と。要約すれば「軍は悪で、自衛隊は軍だから悪の存在、だから自衛隊を動けないようにしているのが今の自衛隊法の成り立ちなのです。」と問題提起している。

 この構図は拉致被害者の救出にも当てはまる。河野克俊はこう書いている。「拉致被害者の救出について現行法で何ができるかと言えば、当該外国(この場合北朝鮮)の同意が必要なので、何もできません。国際基準からすると、私は法律にこう書いてあるからできませんというのが、自衛隊の抱えている最大の矛盾だと思います。自国民が非合法的に拉致され、塗炭の苦しみに逢っている訳です。これを救出するのは自衛権の行使であって、何ら国際法違反には当たらないと私は思います。どこかから何か言われても、自衛権の行使だと突っぱねればいいだけの話です。それが国際社会の現実です。」

「ダチョウの平和」政治を続けてきた日本

 これが戦後ずっと「ダチョウの平和」政治を続けてきた日本の惨状である。今日本は中国と北朝鮮にロシアを加えた三方の脅威に直面している。もし中国が台湾に軍事侵攻したら、もし北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んできたら、どうやって国を守るのだろうか。最悪の事態を想定すれば、近い将来に日本周辺に有事が勃発し、憲法や法律が足かせとなって自衛隊を思うように動かせない局面が現出するだろう。

 ウクライナ事変に直面して欧州各国がとった素早い行動は、現実にそぐわなくなった政策を見直し、法律の解釈を変更し、さらに必要なら法律や憲法を改正し、国民の安全を守るために必要なことは例外なく正す、そのために必要なら国民を説得して理解を得るという、目的思考に立った臨機応変の政治だったように思う。

 ウクライナ事変は、国際秩序を保全するスキームが無力であることを露呈した。つまり戦争を始めた当事者が常任理事国であるが故に、安全保障理事会は機能不全に陥った。戦後の日本は、特に冷戦崩壊以降は、今回のロシアのような軍事行動はもう起きないと想定してきたのではなかっただろうか。

 しかし現実にはプーチンは核兵器の使用をちらつかせながら軍事力で隣国を侵攻した。プーチンの後には習近平が控えている。戦後日本がとってきた「ダチョウの平和」政治の前提、即ち「危険が差し迫ると頭を穴の中に突っ込んで、不都合な事実は見ないふりをする。」というお伽話の前提が崩れ去ったことを認めなければならない。

 日本周辺有事に際して、日本はアメリカによる核の抑止力と攻撃力に期待している。一方で、今回ロシアが軍事侵攻を開始した一週間前にアメリカがウクライナ大使館を放棄して撤退した事実をどう理解すべきなのか。「欧州のことは欧州で対処してよ」という意思の発露だったとの解釈が成り立つのかもしれない。そして、もしその理由が「アメリカは対中に専念するから」というのであれば日本の期待どおりの展開となるだろう。そうではなく「核保有国の米露戦争は第三次世界大戦になるから」というのが理由であれば、米中の衝突も同じことになりはしないか。

 バイデン政権は昨年8月31日にアフガニスタンから撤退した。そして今年2月16日にウクライナからも撤退したが、「対中に専念するため」以外の理由が働いた結果であった場合、日本の楽観的な期待は再び裏切られることにならないだろうか。

 ロシア軍の侵攻後2週間経ってウクライナが降伏していないのは、国を守る強い意志を持った指導者と、それを支える国民があるからだ。もし台湾有事が起きた時に、日本は同じように毅然と行動する万全の準備はできているだろうか。台湾有事は日本有事であるというように、日本はアメリカの後ろに陣取るという訳にはいかないのである。

歴史の転換点に立つ日本

 ウクライナ事変に対して、主に次の二つの理由から日本は傍観者ではいられない。その一つは、ロシアの次に中国が控えていることだ。他一つは、現在の国際秩序を保全するスキームは、第二次世界大戦後に作られたものだからだ。日本には当事者としての役割がある。

 ウクライナ事変を国際社会がどう裁くかが、その後の新たなスキームを再構築することに繋がる。「台湾有事は日本有事」として認識される以上、ウクライナ事変後の国際秩序維持スキームの再構築には、役割を明確にした上で日本は主体的に関与すべきである。しかしそのためには、戦後の「ダチョウの平和」政治、「NATO外交」に決別することが条件となることは間違いない。

 冒頭に述べた「日米2+2」の合意文書に戻る。台湾有事を想定した覚悟を明記した画期的な文書だが、一方で実行力には少なからぬ懸念が残る。ここまで述べてきたように、有言実行の障害となる課題が二つあるからだ。

 第一は防衛予算の増額である。防衛費を増額しない限り、「日米2+2」の合意は絵に描いた餅で終わる。力を背景に国際法を無視して恫喝外交を行う国に対峙するには、第一義的には抑止力に必要十分な軍事力を持ち、同時にそれを補完する同盟国・友好国との強固な連携を持つ以外に効果的な対策はない。

 ドイツは日本と同じように、歴史的な経緯や国民の強い平和主義を背景に、トランプ前大統領からの要請に対しても、国防費の増額に抵抗してきた。そのドイツがウクライナ事変に直面して、ショルツ首相は国防費を2021年のGDP比1.53%から2%超へ増加させることに加えて、今年の予算から1千億ユーロ(約13兆円)を軍事部門に投資する意思を表明した。ウクライナ事変を教訓とし、台湾有事に備えるためには、日本にも同等の決断が求められる。しかもそれは今をおいて他にない。

 第二は、織田邦男、河野克俊両氏が指摘している、本来の自衛隊の活動を縛る法体系における諸制約の見直しである。台湾や朝鮮半島で有事が起きれば、在留邦人だけでなく、在留する諸外国の国民を速やかに国外に輸送する役割・任務・能力(RMC)が日本に期待されることは疑う余地もない。輸送のみならず、自衛隊の本来のRMCを制約する要因を事前に取り除いておかなければならない。

 2022年という年が戦後76年の歴史の大転換の年となることは前編で書いた。この国難を乗り越えるためには、「ダチョウの平和」政治と「NATO外交」からの転換が待ったなしとなる。但し、その転換は容易ではないだろう。そう考える理由は、戦後の日本人が、政治家だけでなく国民もおしなべて「専守防衛マインド」に洗脳され、「平和ボケ」と言われる状態にあることだ。

 毎年8月になると「戦争は二度としない、核兵器は廃絶すべし」と誓いつつ、憲法改正も非核三原則も議論はおろか考えることすら拒絶する空気が存在してきた。一方では日本に多くの米軍基地があることには誰も異論を唱えない。宗教家が平和を祈ることは否定しないものの、21世紀の独裁者が軍事力を使うことから国を守るためには、この思考停止状態から脱出しなければならない。「平和を守りたければ、戦争に備えよ」という格言に立ち返り、「専守防衛マインド」から脱出しなければならないのだ。

 ウクライナ事変は、我々日本人に「平和ボケから一日も早く覚醒せよ」と警鐘を鳴らしてくれたのではなかっただろうか。