分断から内戦に向かうアメリカ

プロローグ

 アメリカ大統領選までカウントダウンとなった。過去には共和党と民主党が雌雄を決する戦いを繰り広げてきたが、近年では共和党支持者と民主党支持者の間の対立が激化して、アメリカ社会の分断が深刻化してきた。

 その根底には、アメリカ社会を構成するマジョリティの変化とマイノリティの増加がある。すなわち建国以来アメリカ社会の有権者の大半は白人層だったが、その後に起きた二つの大きな変化によって、アメリカは白人が市民のマジョリティの地位を失う最初の民主主義国家となる見込みだ。これはアメリカ歴史における大事件と言うべき変化だ。

 その二つの変化とは、奴隷の身分だった黒人層が公民権を獲得したことと、アジアや南米他からの移民が大規模に増加したことである。近年ではそれに加えて不法移民の急増がアメリカ社会にとって脅威となっており、アメリカ大統領選の重要な争点となっている。

 11月5日に迫ったアメリカ大統領選は、トランプ氏対ハリス氏、共和党対民主党、右派対左派(リベラル)対立の構図となっている。右派には何れも民兵組織のオース・キーパーズ(Auth Keepers)やⅢ%ers(Three Percenters)、左派には過激派のアンティファ(Antifa)やバーン(BAMN)が陣取っている。さらにキリスト教原理主義者(Christian Fundamentalists)と白人労働者層が右派の岩盤層を形成しており、片やディープ・ステートが民主党の背後に控え、フェミニストやマイノリティ層が左派の岩盤層を形成している。

 アメリカを分断させた両陣営が今まさに激突しようとしている。オバマ大統領以降、大統領選を経るたびに両陣営の対立は激化してきたが、今回の大統領選ではトランプ氏、ハリス氏の何れが勝っても騒乱が避けられない状況となっている。

 本資料を書くにあたって、全般的に歴史研究家のマックス・フォン・シュラー氏が書いた資料1を参照した。

1.分断の起源と歴史

 分断は2016年の大統領選にトランプ氏が登場した頃から深刻化してきた。但しトランプ大統領誕生が分断の原因ではない。分断はアメリカの歴史の中で形成されてきた現象であって、もっと根が深い。資料2が分断の起源と深刻化してきた経緯について論じているので、要点を以下に整理する。

1)アメリカの分断は2001年の同時多発テロを起源とする。平和を志向するリベラルと、報復を主張する保守の対立が現実のものとなった。

2)2008年にリーマンショックが起きた。事態の早期収拾を図るための公的資金投入に対する賛否を巡って分断が深まった。

3)冷戦後グローバル経済が拡大したのと相まって、アメリカを牽引する産業が「油まみれの」産業から知的産業へ、主役の交代が起きた。加えて2009年にはオバマ大統領が誕生し、白人層からマイノリティ層へ主役交代が鮮明になった。

4)人口構成におけるマイノリティ層の増加とそれによる白人層の相対的減少は、二大政党の支持層の構成を大きく変容させた。即ちマイノリティが民主党に結集し、「取り残された人々」やキリスト教原理主義者は共和党へ結集して、分断の構図が明確になっていった。

2.移民の国アメリカ

 アメリカは移民の国であり、基本的にアメリカ市民は移民に対し好意的である。主な理由が二つある。第一に、建国以来絶え間なく移民が流入して人口が堅調に増加し、力強い経済成長を遂げてきたアメリカの歴史がある。そして第二の理由は、優秀な移民がイノベーションの担い手となってきたことである。

 もう一つ重要な事実は、アメリカには移民を受け入れるフロンティアが常に存在したことだ。まず建国以来の歴史には「西部」というフロンティアが存在した。西部開拓の時代が終わり土地というフロンティアが消滅した後も、アメリカは移民を受け入れながら新たなフロンティアを次々に開拓していった。自動車産業はアメリカが土地に代わるフロンティアを産業分野に求めた代表的な例である。この結果、いわゆる「油まみれの産業」が成長して多くの労働者を吸収していった。

 しかし、この領域は世界との競争分野だった。とりわけ戦後の日本やドイツとの間で品質と価格を巡る熾烈な競争が起きた。さらにGDPで日本を抜いた中国が台頭すると、「油まみれの産業」分野でのアメリカの市場支配力は衰退していった。

 次にIT分野の開拓とグローバリズムの推進によって、アメリカは再び市場の支配力を取り戻した。しかしながらIT産業では、マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven)に代表される一部の企業が桁外れの利益を稼ぎ出す一方で、「油まみれの産業」で働いてきた白人労働者層はアメリカ社会のマジョリティの地位から滑落して「取り残された人々」となった。

 目覚ましい経済成長を遂げてきたアメリカはその後も世界中から移民を呼び寄せ続けた。その結果アメリカでは人種や主義の多様化(Diversity)が進み、マイノリティの権利を主張する運動が活発になった。左派が展開してきた運動の背景には「マイノリティの増大とダイバーシティの拡大」という潮流がある。

 資料3は現在の左派と右派の対立を、左派の牙城であるカリフォルニアから、しかもリベラルな視点から俯瞰したものだ。サンディエゴ大学のバーバラ・ウォルター教授はこう述べている。「アメリカが世界の牽引役であるとすれば、カリフォルニアはアメリカの牽引役である。(左派と右派の対立が激化したからと言って)アメリカは歴史の終局点に立たされている訳ではないと信じる。むしろ刮目すべき新時代の始点に立っているのだ。」

 この自負や良しだが、事態をかなり楽観視し過ぎているように思える。ウォルター教授はカリフォルニア州を「移民とインクルージョン(包含)の先進政策州」と評しているが、一方でカリフォルニアが直面している課題に眼を転じれば、ホームレス数は全国の1/4を占め、所得格差は全米で4番目に大きく、治安が極度に悪化している現実がある。治安の悪化はBLMの主張から警察を目の敵にして予算を削減してきた結果であり、カリフォルニア州が直面する深刻な課題は、「マイノリティとダイバーシティ」に係る、行き過ぎた政策を推進してきた民主党政権が招いた結果である。

3.2024年大統領選を巡る分断

 資料4は、破局に向かっている分断の背景について、次のように分析している。

1)民主主義を支えるには憲法、裁判所、規範が必要だが、米国では規範が崩れた

2)規範が崩れたのは二大政党の支持層が変わり、政党の分極化が進んだからだ

3)分極化が進んだ背景には、この半世紀に二大政党の支持基盤に起きた三つの巨大な変化がある

 ここで「三つの巨大な変化」とは、以下のとおりである。

1)1950年代後半~60年代前半の公民権運動の結果、選挙権を獲得した多数の黒人が民主党員になった

2)中南米やアジアからの移民の大半が民主党員になった

3)この動きと同時に、両党に分かれていたキリスト教福音派がレーガン政権以来圧倒的に共和党支持となった

 こうして今や民主党は都市で暮らす教育を受けた白人と、人種的マイノリティや性的マイノリティの混合体となった。ここまでの経緯を見てくると、民主党政権がマイノリティ層に対して手厚い政策を講じてきた背景に、支持基盤を維持するためという動機が働いていることが分かる。

 これに加えて、不法移民の急増と、民主党陣営による民主主義の規範の破壊によって、分断はトランプ対民主党、右派対左派の対立として先鋭化していったのである。左派と右派の双方に責任の一端があるにせよ、分断を作為的に煽ってきたのは、民主党による執拗な「トランプ攻撃」であり、熱狂的な左派によるPC活動だったことは明らかである。

 「トランプ攻撃」の代表的なものは、以下の三つである。

①トランプ大統領が就任した直後(2016~)から展開された「ロシア・ゲート事件」

②バイデン政権が誕生した2020年の大統領選挙における郵便投票を悪用した組織的な選挙不正

③2024大統領選に向けて司法当局が行ったトランプ氏の再登板を阻止しようとする執拗な「司法の武器化」

 ちなみにロシア・ゲート事件とは、2016年の大統領選挙において、ロシアがサイバー攻撃等による世論工作を行ってトランプ大統領の勝利を支援したという疑惑だが、2019年に公開された連邦政府の特別検査官による報告書では、ロシアが介入した証拠はないことが結論付けられている。

 このように大統領選挙は左派と右派が激突する最大のイベントとなっているが、その根底に左派によるPC(Political Correctness)活動、LGBTやブラック・ライブズ・マター(BLM、Black Lives Matter)に代表される「マイノリティの権利とダイバーシティの拡大」を主張する過剰な活動が横たわっていることは明らかだ。

4.分断を促進した左派

 資料1の中でシュラー氏は、「アメリカ人は完璧に差別がない社会を作ろうとする。自分の価値観を他人に強要する攻撃手段としてPCが編み出された。PCを振りかざして誰かを告発しようと躍起になる人達はSJW(社会正義の闘士、Social Justice Warrior)と呼ばれている。この性癖故に、アメリカ人は他国と共存することが出来ない。それどころか、自分の国の中でも共存できていない。些細なことを問題にして自分の国を破壊している。」と分析している。

 民主党支持層として活動する主な集団には、マイノリティの権利を執拗に主張し、PC、LGBT、BLMなどの活動を展開しているフェミニスト集団と、過激派集団のアンティファとバーン、それとアメリカの支配階級であるディープ・ステートが名を連ねている。資料1を参照して、それぞれの集団について以下に簡潔に説明する。

 まずフェミニストの活動は反ベトナム戦争から始まったウーマン・リブの流れを組むものである。彼らは社会を変える手段として学校教育を選び、小学校レベルから子供達を洗脳する教育をやってきた。この結果、現在のアメリカの教育システムは、過渡に敏感で自分勝手な人間を作り続けている。彼らは年齢的には大人だが、精神的にはとても幼稚で、どんな苦労も我慢することができない。

 次にBLMは全国的な黒人の権利主張団体である。彼らの活動は警察官に黒人が射殺された事件に抗議することから始まったが、問題なのは射殺された黒人男性の大半が犯罪者であることだ。BLMという運動は本格的な共産主義の形を見せている。民主主義において社会を変化させるための方法は政治的な活動と選挙なのだが、現在の左派はそれを無視して自分たちの価値観を他にも強制するために暴力を扇動している。

 アンティファとバーンは反トランプの中心的なグループで、正当に抗議を行う組織ではなく、いわゆる過激派集団である。アンティファは反ファシズムのグループとして1980年代に欧州で始まった。バーンは「By Any Means Necessary」の略語で「どんな手を使ってでも」という意味であり、1995年にアメリカで創設された。

 ディープ・ステートは組織ではなく、アメリカ上層部を形成する国際金融資本家、企業や官僚や軍のトップ層、それと大手メディアのトップで構成される。彼らは連携して行動する訳ではないが、共通点は戦争や危機を仕組んで大きく儲けようとする集団であることだ。

5.不可解な不法移民問題

 資料5によれば、トランプ政権下だった2017~20年には不法移民の流入数は累計でマイナスだったのが、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人に上った。特に2023~24年は240万人/年と急増している。この数字には政府の監視の目を潜り抜けて入国した逃亡者(推定数百万人)は含まれていない。

 これだけでも想像を絶する数字だが、さらに不可解なことに、資料1は不法移民が国境に到着すると、5,000ドルのデビッドカード、米国内の希望する都市への無料航空券、携帯電話がアメリカ連邦政府から支給されているという。

 この事実から、「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことが明白である。問題はバイデン政権が促進政策をとったのは一体何故かだ。マイナス面が甚大であるのに対してプラス面が見当たらないのである。民主党政権を支持する岩盤層がマイノリティとなった現状を踏まえると、不法移民に有権者登録をさせて民主党候補に投票させてきたという見方も否定できない。もしそうであるとしたら、民主党政権は支持基盤を厚くするために、国益を大きく毀損する政策をとってきたことになる。

 深刻化してきた不法移民の流入を巡って、州政府と連邦政府の対立が激化してきた。メキシコと国境を接するテキサス州は2023年12月に不法越境を犯罪とする州法を成立させて、州による逮捕と州裁判所による送還命令を可能とした。これに対しバイデン政権は、「州に移民を制限する権限はない」とする訴訟を起こし、係争中は施行を差し止めるよう最高裁に要求した。最高裁は連邦政府の要求を退け、暫定的ながらテキサス州法の施行を容認した。(CNN、3月20日)

 資料6によると、テキサス州のアボット知事(共和党)は、州法を整備した上で、殺到する不法移民を阻止するために州兵と州警察を動員して実力行使に乗り出した。アボット知事の認識は、「テキサスは侵略に直面しているにも拘らず、連邦政府が州を防衛する憲法上の義務を放棄している」とするものだ。今年1月の世論調査によると、米国の有権者の65%が国境問題は単なる危機ではなく侵略であると捉えている。

6.トランプを支持する右派

 民主党政権が480万人もの不法移民を受け入れた結果、安い賃金でも働く不法移民に仕事を奪われて、多くのアメリカ市民が中間層から貧困層へ転落しただけでなく、大都市の治安が極度に悪化した。これは民主党政権の重大な責任であるとして、移民政策に異議を唱える集団の代表が民兵組織ミリティア(Militia)である。オース・キーパーズとⅢ%ersがその代表的集団だ。

 アメリカの民兵組織は、政府の統制を受けないボランティア部隊で、完全に独立していて、大半のメンバーが連邦政府を敵とみなしている。しかもミリティアは元軍人であるので規律を重んじ、組織行動をとっている。民主党の政策の結果、彼らは貧困化しており、熱狂的なトランプ支持層となっている。オース・キーパーズには3万人のメンバーがいると言われる。名前の由来は「憲法で約束された自由を守る」からきている。Ⅲ%ersの意味は独立戦争で3%のアメリカ人が戦ったことに由来する。

 右派の中で注目すべき団体はキリスト教原理主義者である。キリスト教原理主義者は、キリスト教信者の中でも最も厳格に聖書の教えを信じ守ろうとする集団である。キリスト教原理主義には三つの波があった。植民地時代、南北戦争の前、そしてベトナム戦争後の現在である。以前と異なり現在の波は、現代の信者たちが政治的な主導権を取り戻そうとしていることにある。

7.大統領選投票日から起きる事態

 大統領選挙を契機として起きることが予想される左派と右派の衝突は、第二の南北戦争(Civil War)と称される様相を示すだろう。左派の実行部隊はアンティファやバーンであり、右派の実行部隊はオース・キーパーズとⅢ%ersに代表される民兵組織だ。左派と右派の双方が数万人規模の集団であり、アメリカでは武器が自由に手に入るので、ひとたび衝突すれば大惨事となる。

 客観的に比較すると、左派の実行部隊はいわゆる過激派でトラブルを起こすことは出来てもアメリカ社会を支配する能力はない。資料1でシュラー氏は「アンティファやバーンは単に甘やかされた子供達であり、フェミニストは大都市の外では何の力も持っていない」という。それに対して民兵組織は元軍人の集団であるから、ひとたび民兵組織が立ち上がればもはやFBIの手に負える事件ではなくなると指摘する。

 さらにオバマ政権の時にPCの波は軍隊にも持ち込まれて、軍隊組織においても男女平等、LGBT等マイノリティ重視が徹底された結果、アメリカ軍は深刻な混乱状態に陥った歴史がある。アメリカ軍を弱体化させた、行き過ぎた政策に不満・反感を抱く軍人が多く、もし民兵組織が立ち上げれば、現役の軍人が民兵組織に共鳴し合流することが予測される。

 もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。

 アメリカの選挙の正確性は、僅差に耐えられるほど厳格なものではない。衆議院選挙が10月27日に行われ、翌28日の早朝には選挙の集計結果が公表される日本とは明らかに別物である。従って、もし有権者が集計結果に疑義を主張し、僅差で敗れた方が結果を信用しないという行動に出れば、それは選挙制度の崩壊、さらには民主主義の崩壊に繋がるものだ。そして有権者の怒りが、第二の南北戦争となって生起すれば、アメリカは修復不能な事態に突入することになる。正に今回の大統領選はアメリカにとって剣が峰なのだ。

8.没落するアメリカ

 今アメリカで進行している事態は、建国以来のアメリカの歴史と文化がもたらした結果である。今まで述べてきたように様々な要因があるが、沸騰点に向かっているアメリカ騒乱の大元の原因の一つは左派による行き過ぎたPC運動にあることは事実である。オバマ大統領はあろうことかアメリカ軍にまでPCを持ち込んだ。常軌を逸しているという他ない。

 原因のもう一つは、バイデン大統領が推進した数百万人に及ぶ不法移民の流入増加である。資料5によれば、2024年2月末に実施されたギャロップの世論調査は次の通りだった。

1)米国が直面する最重要課題が移民と答えたのは、共和党支持者52%、民主党支持者12%、無党派層21%

2)現在の移民急増を、危機と認識しているのは45%、大きな問題と認識しているのは32%、合わせて77%

3)政府の取り組みに対しては、非常に悪い/悪いと答えたのは共和党支持者で89%、民主党支持者でも73%

4)対策については、共和党支持者の77%が「不法移民の強制送還を増加」、72%が「国境の壁の拡張」

 アメリカ国民の大多数がPCで糾弾されることを恐れて沈黙してきたのに対して、唯一PC圧力に屈しない人物が登場した。それがドナルド・トランプだった。右派、とりわけマイノリティとなった白人層(特に労働者、元軍人など)にとってトランプ氏は救世主なのであり、今回の大統領選はアメリカが本来の姿を取り戻すラストチャンスとなったのである。

 かくして左派と右派の激突は不可避となった。歴史的に俯瞰すると、この衝突は1920年代にドイツからアメリカに逃れてきたマルクス主義の哲学者グループが「フランクフルト学派」を創設して種を蒔き、共産主義思想をもつ過激な左派がアメリカ国内に蔓延してきたという流れを変えられるかどうかの「関ケ原の戦い」なのだ。

9.「思考停止の80年」と決別する好機

 先に『思考停止の80年との決別』の連載を書いた。(「激変する世界」参照)来年は戦後80年の節目である。世界情勢が激変している今こそ、日本人が自発的・自律的に行動して戦後体制を刷新すべきだという主張として書いた。

 不幸なことに、「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍晋三元総理は暗殺されてしまった。しかし今、世紀の大転換が外からやって来ようとしている。トランプ氏とハリス氏の何れが大統領になっても、アメリカは騒乱状態となることが避けられず、国内秩序を取り戻すことで精一杯となるだろう。

 もし騒乱の原因を作った民主党が政権を維持する展開になれば、騒乱は内戦に発展する可能性を排除できないばかりか、ウクライナ戦争やイスラエル対イラン戦争を調停する役割も力もアメリカに期待できない事態に陥る。アメリカが没落し、鎮めるものが不在の世界の大騒乱の時代を迎えるだろう。

 飽くまでも日本からの視点ではあるが、アメリカが本来の姿を取り戻すためにも、また国際秩序を取り戻すためにも、トランプ大統領が再選されることが望ましい。トランプ氏なら、国内の騒乱状態を鎮めつつ、二つの戦争を終結に導く采配を期待できるかもしれない。しかしその場合でも、トランプ大統領は同盟国日本に対し、安全保障面でも経済面でも過去とは次元の異なる要求を突き付けてくる可能性が高い。

 こう考えると、日本は衆議院議員選挙の結果に右往左往している余裕など全くないのである。国内の混乱を手際よく収めて、目を大きく見開いて国際情勢の激変に備えることこそ、有事のリーダーが備えるべき要件である。

 『国防の禁句』という本がある。防衛省の幹部だった島田和久元事務次官、岩田清文元陸上幕僚長、武居智久元海上幕僚長の三氏が書いたもので、その冒頭には「誰が次の大統領になろうと(米国の)影響力の衰退は隠しようがなく、現状を所与のものと受け止め、日本は戦後初めて自分の足で立たなければならなくなった。そして自ら脳漿(のうしょう)を絞って、進む方向を考えなければならない」と書いているという。全く同感である。(産経新聞10月27日に紹介記事)

参照資料:

資料1:「内戦で崩壊するアメリカ」、Max von Schuler、ハート出版、2024.2月

資料2:「米国社会の分断は危険水域、大統領選後に第二の南北戦争勃発の可能性、その背景とは」、冷泉彰彦、Wedge Online、2024.10.21

資料3:「第2の南北戦争という内戦を回避できるのか」、サンディエゴ大学教授、バーバラ・F・ウォルター、東洋経済オンライン

資料4:「なぜアメリカはここまで分断したのか、3つの巨大なうねりに答えがある」、ハーバード大学教授、スティーブン・レビッキー、World Now、2020.10.6

資料5:「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」、前田和馬、第一生命経済研究所、2024.4.15

資料6:「内戦2.0-連邦政府とテキサス州との間で激化する対立の背景とは?」、マイケル・ハドソン研究所、2024.1.25

トランプ演説を読み解く

はじめに

 以下の事件が相次いで起きて、アメリカ大統領選の流れが激変した。

 ①6/27にジョージア州でバイデン、トランプの討論会が開催され、バイデン大統領の老化ぶりが明らかになった

 ②7/13にトランプ氏に対する暗殺未遂事件が起きた

 ③7/15にトランプ氏が正式に共和党の大統領候補指名を受けた

 ④7/21にバイデン大統領が大統領選撤退を表明した

 ⑤カマラ・ハリス氏が民主党の大統領候補として指名される公算が高まった

 トランプ氏は7月15日に開催された共和党大会で公式に指名を受けて受諾演説を行った。多分に誇張や演出が含まれているものの、大統領になった時の公約となるものであり、丁寧に読み解いてみたい。講演の全文が以下に掲載されているので、これを参照した。

Read the Transcript of Donald J. Trump’s Convention Speech」, the New York Times, 2024.7.27

トランプ氏に対する暗殺未遂事件

 この事件については演説の冒頭でトランプ氏自身が状況を説明しているので、簡潔に紹介する。

・狙撃犯の銃弾があと1/4インチ(約6ミリ)ズレていたら命はなかった

・射撃の直前に頭を少し右に回転させたことによって、弾丸は右の耳を貫通しただけで頭を直撃する致命傷を回避する ことができた。奇跡的だった。

 狙撃犯からトランプ氏までの距離は約130mで、銃弾は極めて正確にトランプ氏の頭を捉えて発射されていた。トランプ氏が軽症で済んだのは神がかりという程に、極めて幸運だったという他ない。

 この暗殺未遂事件については、以下の資料がアメリカで行われている真相解明の動きを報道している。

 資料1:「トランプ暗殺未遂事件の続報」、朝香豊、現代ビジネス、7/22、8/5

 資料2:やまたつカナダ人ニュース、7/15、7/17、7/23、8/4

 資料3:「米上院、トランプ氏暗殺未遂事件巡り公聴会 主なポイント」、CNN、7/31

 この事件に関する重要なポイントは、バイデン政権が関与した可能性だ。シークレットサービス(SS)のチートル長官、ロウ長官代理、アバテFBI副長官らが上院の公聴会で相次いで証言しているが、これにより明らかになった事実は以下のとおりである。なおチートル長官は公聴会の翌日に辞任を表明した。

1)狙撃犯のクルックス(Thomas M. Crooks)がAGRビルの屋上にライフルを構えている姿を銃撃の20分ほど前に地元警察のSWATが確認していたが、事前に無力化する行動をとらなかった。SSは指示を待たずに狙撃犯を射殺することが許可されているが、SWATは地元警察(背中にPOLICEの表示)であり、指示がなかったので発砲しなかった可能性がある。

2)クルックスは警備区域を出入りしていたが、終始ノーマークだった。演説会場上空にドローンを飛ばしたり、演説台までの距離をレーザー測距機で測定していたり、AR-15ライフルをカバンに入れて持ち込んだりしたことが分かっているが、誰にも制止されていない。

3)さらにSSと地元警察の連携に重大な問題があった。SSの認識では演説会場内がSSの分担で、狙撃場所を含む会場の外は地元警察の分担だった。しかしSSは当日朝行われた地元警察との調整会議を含め、事前調整を全て欠席していた。通常ならSSからSWATに対し事前にブリーフィングが行われるが、この日は行われなかった。さらにSS、SWAT、その他警備担当が使用する通信手段がバラバラだった。このため地元警察がSSに危険を伝達することができなかった。

 この事件の核心は、これが幾つもの不備が重なった「杜撰な警備」だったのか、それとも敢えてクルックス容疑者を泳がせて容疑者の発砲を放置したのかという点にある。当日のSSの行動については、SWATから疑問の声が上がっているだけでなく、SSの狙撃者対処部門からの内部告発メールがSS内に配信されている。このように一連のSSの不可解な行動の裏にバイデン政権から何らかの指示があったのではないかという疑惑が現実味を帯びている。

司法の武器化

 3月に行われた募金活動において、バイデン大統領はトランプ氏を指して、「実存する脅威(existential threat)が一つある。それはドナルド・トランプだ」と述べている。また6月27日の討論会では「人類に対する唯一の実存的脅威は気候変動であり、トランプの勝利は地球にとって壊滅的なものになるだろう。」と述べている。

 資料4:「Democrats say Trump is an existential threat」, Vox newsletter 7/1

 これに対してトランプ氏は指名受諾演説の中で「民主党は直ちに司法の武器化と政治上の敵対勢力を民主主義の敵とレッテル張りすることを止めるべきだ。」と述べ、「司法の武器化」に言及している。

The Democrat party should immediately stop weaponizing the justice system and labeling their political opponent as an enemy of democracy. >

 バイデン政権はトランプ氏の再選を阻止するために、執拗に司法を悪用してきた。「司法の武器化」とは、トランプ氏を強引に起訴して裁判で拘束し、高額な裁判費用を使わせて大統領選を有利にする行為を指している。「やまたつカナダ人ニュース」が7月15日のユーチューブの動画で、「司法の武器化」の現状を整理して報じている。

 それによると、まずトランプ氏に対する「司法の武器化」は四つある。①ニューヨーク州:ポルノ女優口止め料問題、②フロリダ州:自宅に機密文書を保持していた問題、③ワシントンDC:2020年1月6日の連邦議事堂への暴徒乱入事件、④ジョージア州:2020大統領選挙への介入問題である。

①については、既に34件の重犯罪で有罪評決が出ているが、大統領免責特権に係る要素があるとして控訴中である。量刑の言い渡しは9月に予定されていたが、大統領免責特権との関係が浮上して延期となった。(8月1日公表)

②については、トランプ氏を起訴したジャック・スミス特別検察官が資格のない一般人で、「ガーランド司法長官による特別検察官の任命は憲法違反であり、その人物が行った起訴は無効である」という連邦地裁の判断が出て消滅した。

③についても、②と同じ理由で起訴が無効となる可能性が高い。

④については、検察官を巡る疑惑が浮上したため審議が10月まで延期となった。大統領選には間に合わないことが確実となった。

 以上から明白なように、総じて起訴そのものが相当に強引であり粗雑である。そもそも①の事案が「34件の重犯罪に相当する」と言うだけでも常軌を逸している。トランプ再選を阻止するために、民主党側が「選挙不正、司法の武器化、そして暗殺(未遂)」という違法な手段をなりふり構わずに行使してきた可能性が高い。

 政府が絡む事件の真相が解明されることは期待できないため、仮説の域を出ることはなく、陰謀論として一蹴される可能性すらある。しかしケネディ大統領暗殺やレーガン大統領暗殺未遂事件を挙げるまでもなく、アメリカという国は、歴史の要所で同じような違法な手段を容赦なく行使してきた国なのだということを肝に銘じておくべきだ。

アメリカが直面する四つの危機

 トランプ氏は、現在アメリカはインフレ、不法移民、国際問題の三つの危機に直面していると述べている。しかし客観的にアメリカの現状を眺めると、次のように整理するのが分かり易い。

・アメリカの国内問題-分断、インフレ、不法移民

・覇権国としての問題-国際問題(ウクライナ戦争、イスラエル-ハマス戦争等)

 まず国内問題の内、インフレと不法移民問題は短期間で解決・改善が期待できるが、分断はそうはいかない。大統領選を誰が制しようとも、分断問題を解決することは至難の業だ。むしろ11月の大統領選によってさらに深刻化する可能性の方が高い。

 国内問題に関して、トランプ氏は第1期トランプ政権を次のように自己評価している。「自分は近代において新たな戦争を始めなかった最初の大統領だった。ブッシュ政権時、ロシアはジョージアに侵攻した。オバマ政権ではクリミア半島を併合した。そして現政権下ではウクライナ全土を狙っている。しかしトランプ政権時にロシアは何も取らなかった。」

I was the first president in modern times to start no new war. Under President Bush, Russia invaded Geogia. Under President Obama, Russia tool Crimea. Under the current administration, Russia is after all of Ukraine. Under President Trump, Russia took nothing.

 続けてトランプ氏はバイデン政権を次のように酷評している。「我々の敵対者たち(つまりバイデン政権)は、(トランプ政権時の)平和な世界を受け継ぎ、それを戦争の惑星に変えた。(平和だった世界は)アフガニスタンからの悲惨な撤退によって崩壊し始めた。それはアメリカにとって史上最悪の屈辱だった。その時多くのアメリカ市民とともに850億ドルもの兵器が置き去りにされた。そして今やアフガニスタンは米軍が現地に残した最新兵器を売る世界最大規模の売り手となった。」

Our opponents inherited a world at peace and turned it into a planet of war. It began to unravel with the disastrous withdrawal from Afghanistan, the worst humiliation in the history of our country. We also left behind $85 billion dollars’ worth of military equipment, along with many American citizens were left behind. You know that right now Afghanistan is one of the largest sellers of weapons in the world? They’re selling the brand-new, beautiful weapons that we gave them.

 表現に誇張はあるが、トランプ氏の指摘することは事実である。

第一の危機:分断

 トランプ氏は指名受諾演説の中で、分断について「今こそ我々は皆良き市民であり、神の下に全ての人が自由と正義を有する、一つの国で不可分であることを思い出す時だ。」と呼び掛けている。誠にその通りなのだが、現実は極めて深刻と言わざるを得ない。

Now is the time to remember that we are all fellow citizens — we are one nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.

 そもそもアメリカの分断はどこから始まったのか。ハーバード大学のスティーブン・レビツキー教授が2020年に分析記事を書いている。要点を以下に紹介しよう。

・ここまで分断が進んだ背景には三つの「巨大なうねり」がある。第一に、民主主義を支えるにはルール(憲法)、審判(裁判所)、「規範」が必要だが、米国では規範が崩れた。1970~80年代には、両党の支持者は何れも白人のキリスト教徒が大半を占め、文化的に似ていて、政策に違いはあっても双方が嫌い合うことはなかった。

・それが1990年代になると、共和党は民主党を「裏切り者」「非愛国者」「反米」と呼ぶ論法を広め、相互寛容を放棄した。オバマ政権のときには、オバマを「非米国人」「社会主義者」などと呼ぶようになり、規範破りが顕著になった。

・第二に、この半世紀に二大政党の支持基盤に巨大な変化が起きた。即ち、公民権運動で選挙権を得た黒人の大半が民主党員になり、最近では中南米やアジアからの移民の大半が加わった。この結果、民主党は都市で暮らす教育を受けた白人と、人種的な少数派、性的少数派の混合体となった。これに対して、レーガン政権以来両党に支持が分かれていたキリスト教福音派の大半が共和党支持になった。

・そして第三に、選挙権に占める白人層の地位の低下がある。共和党を支持する白人層は1992年には有権者の73%を占めていたが、(移民の増加により)有権者が増加して、2024年には50%を割り支配的な地位を失った。多くの共和党支持層が「生まれ育った頃のアメリカが奪われた」と認識しており、これが共和党の過激化を煽り、分極化を引き起こした。トランプ氏が分断を煽ったのではなく、規範が既に壊されていた中で政権を獲得したに過ぎない。

 資料5:朝日新聞グローブ, 2020.10.6, https://globe. Asahi.com/

 この歴史を踏まえると、バイデン政権が不法移民の流入危機を黙認し、トランプ政権が侵略だと非難する理由を理解することができる。

第二の危機:インフレ

 トランプ氏は「インフレ危機を終わらせる」と宣言して、次のように述べている。「ほんの数年前、私の政権の時、我々は歴史上、世界史においても、最も安全な国境と最高の経済を保持していた。しかし4年も経たない内に敵対者(つまり現政権)は、類のない成功を前代未聞の悲劇と失敗に変えてしまった。・・・インフレは国民の貯蓄を空にし、中産階級を不況と絶望に追いやった。・・・私は壊滅的なインフレ危機を直ちに終わらせ、金利を引き下げ、エネルギーコストを引き下げてみせる。(国の)借金の返済に着手し、前回を上回る規模の減税を実施する。」

Just a few short years ago under my presidency, we had the most secure border and the best economy in the history of our country, in the history of the world. But in less than four years, our opponents have turned incredible success into unparalleled tragedy and failure. Inflation has wiped out the life savings of our citizens, and forced the middle class into a state of depression and despair. I will end the devastating inflation crisis immediately, bring down interest rates and lower the cost of energy. We’ll start paying off debt and start lowering taxes even further. We gave you the largest tax cut. We’ll do it more.

 「我々はまず市民に経済的救済を提供しなければならない。経済的救済プランの中核に据えるのは労働者に対する大規模な減税だ。物価を引き下げて手頃な価格でモノが買える国にする。現政権下で食料品が57%、ガソリンが60~70%上昇し、住宅ローン金利は4倍になった。合計すると家計費は家庭あたり平均28,000ドル増加した。」

First, we must get economic relief to our citizens. At the center of our plan for economic relief are massive tax cuts for workers. We will drive down prices and make America affordable again. Under this administration, groceries are up 57 percent, gasoline is up 60 and 70 percent, mortgage rates have quadrupled. The total household costs have increased an average of $28,000 per family.

 そしてトランプ氏は「アメリカで製品を売りたければアメリカで製造する。とても単純な公式だ。この公式を実践すれば巨大な雇用を創造できる。」と述べて、製造業の国内回帰に言及している。

The way they will sell their product in America is to build it in America, very simple. This very simple formula will create massive numbers of jobs.

 特に自動車産業に言及して「自動車産業を取り戻す。工場が国内に建設され、アメリカ人がそれをマネージメントすることになる。もし(外国企業が)同意しないなら、100~200%の関税をかける。そうなれば彼らはアメリカ国内で売ることができなくなるだろう。」

We will take over the auto industry again. We don’t mind it happening but plants will be built in the United States and our people are going to man those plants. And if they don’t agree with us, we’ll put a tariff of approximately 100 to 200 percent on each car and they will be unsellable in the United States.

 さらに財政赤字削減について、トランプ氏は大胆な発言をしている。「我々は途方もない36兆ドルもの財政赤字を減少させる。同時にさらなる減税を行う。ちなみに現政権は税金を4倍に引き上げることを目論んでいる。」

We will reduce our debt, $36 trillion. And we will also reduce your taxes still further. Next, and by the way they want to raise your taxes four times.

 そのためのお金をどこから調達するのかについては、こう述べている。「我々はインフレ危機を煽っている馬鹿げた税金の無駄使いを終わらせる。気候変動対策という詐欺(the Green new Scam)に民主党政権は数兆ドルもの金を使ってきたが、これは詐欺であり、エネルギーコストを高騰させただけでなく強烈なインフレ圧力をもたらした。」

We will end the ridiculous and actually incredible waste of taxpayer dollars that is fueling the inflation crisis. They’ve spent trillions of dollars of things having to do with the Green New Scam. It’s a scam. And that has caused tremendous inflationary pressures in addition to the cost of energy.

 さらに続けて「数兆ドルに及ぶ未だ使われていない資金がある。我々はそれを道路や橋やダムなどの重要なプロジェクトに使うよう改めて指示する。EVは即日終わらせる。それによってアメリカの自動車産業が抹殺されるのを救済し、車一台当たり数千ドルに及ぶ消費者の負担を節約させる。」と述べている。

And all of the trillions of dollars that are sitting there not yet spent, we will redirect that money for important projects like roads, bridges, dams and we will not allow it to be spent on the meaningless Green New scam ideas. ・・・ And I will end the electric vehicle mandate on day one. Thereby saving the U.S. auto industry from complete obliteration, which is happening right now and saving U.S. customers thousands and thousands of dollars per car.

 以上の発言から明らかなことは、民主党陣営が気候変動対策などを積極的に推進してきたのに対して、リアリストのトランプ氏はそのような物語には全く興味がなく、実物経済にお金を投じてアメリカの産業を再興させようとしていることだ。この両者の立場は決して折り合うことがない。正にアメリカの分断の一つの側面を象徴している。

 ところで、減税とインフレ退治を推進すると同時に巨額の財政赤字を削減するとトランプ氏は主張しているが、果たしてそんなことができるだろうか。現在西側先進国は皆財政赤字増大に悩んでいる。少子高齢化と安全保障強化がそれに拍車をかける。先進国における財政赤字の増大は必然の帰結である。

 『政治経済のトリレンマ(the Political-Economy Trilemma)』と呼ばれる仮説がある。国家主権、グローバル化、民主主義の内、何れか二つを実行することはできるが、三つ全てを実行することはできないというものだ。

 トランプ氏の主張は、国家主権と民主主義を守る代わりにグローバル化を止めるというものだ。しかし覇権国で世界最大の経済大国が、MAGA(Make America Great Again)を貫くと世界はどうなるだろうか。世界中から安い商品を調達してきたのを改め、国産(メイド・バイ・アメリカまたは国内製造)に転換すれば、原価が上がり供給不足が起きるため、むしろ物価上昇圧力となるのではないだろうか。

 しかも今までのグローバル経済の潮流を無視して、アメリカが強引にMAGA政策を実行すれば、世界の物流が減り、ドル資金がアメリカに回帰する結果、世界経済は縮小し不安定になるだろう。言わば世界最大の財政赤字も高金利も覇権国故の宿命である。世界最大の消費国が世界中からモノを買うから世界経済が回る。エネルギーや食糧の取引に世界がドルを必要とするからドル高となるのだ。

 さらに、アメリカの巨額の財政赤字をファイナンスするために、アメリカは海外からのマネーを呼び込む必要があり、それがドル高要因となっている。田村秀男氏は7月23日の産経の紙面で「超円安の深層構造」と題した記事を書いている。日本の対外投融資とアメリカの経常収支赤字の関係、さらに経常収支赤字と為替レートとの関係について考察している。

 それによると、2012~19年は日本の対外投融資がアメリカの経常収支赤字を上回っていて、為替レートも1ドル110円前後で安定していたが、2020年以降にアメリカの経常収支赤字が約2.8倍に急増していて、ジャパンマネーだけでファイナンスすることが困難になり、急速なドル高(即ち円安)が進んだと分析している。

 もう一つ加えれば、中国のように安い商品を大量に輸出してきた国は大きな打撃を受けることになり、MAGAを実行すれば、低迷する中国経済にトドメを刺すことになるだろう。中国発の世界不況が起きる可能性が高まる。

第三の危機:不法移民による侵略

 トランプ氏は「アメリカ史上最大の侵略(invasion)だ。彼らは世界中のあらゆるところからやってくる。そこにはテロリスト等の非常識な亡命(insane asylums)が多数含まれている。正に侵略と呼ぶ事態であるにも関わらず、現政権は国境を世界に開放して、侵略を阻止するために完全に何もしなかった。」と述べている。

The greatest invasion in history is taking place right here in our country. They’re coming from everywhere. It is an invasion indeed, and this administration does absolutely nothing to stop them. The entire world is pouring into our country because of this very foolish administration.

 トランプ氏は侵略を止めるために、国境の壁の建設を完遂させるとともに、侵略に対処するために軍事費8,000億ドルの一部を使うつもりだと述べている。

I will end the illegal immigration crisis by closing our border and finishing the wall, most of which I’ve already built. We gave our military almost $800 billion. I’m going to take a little of that money, because this is an invasion.

 ところで、不法移民の実態がどれほど深刻なのか我々には分かりにくいが、第一生命経済研究所主任エコノミストの前田和馬氏が定量的な分析結果をまとめているので、要点を紹介する。

・米議会予算局の試算によると、不法移民の純流入は2023年に240万人となり、2年連続で200万人を超えた。バイデン政権下の4年間では総計730万人となり、米国内に滞在する不法移民の総数は2021年に1,050万人となった。

・そもそも不法移民が急増する要因には、①中南米諸国の情勢不安、②堅調な米国経済と労働市場、③バイデン政権の寛容な移民政策と米国外に与える移民政策の印象がある。

・アメリカ人の45%がこの現状を危機とみなし、32%が大問題とみなしている。

・政府の取り組みに対する評価は「非常に悪い」と「悪い」とみなす人の割合は、共和党支持者で89%、民主党支持者で73%(バイデン政権発足時は、56%)に上る。そして共和党支持者の77%が強制送還、国境の壁の建設対策を支持している。

・トランプ氏は米国内に滞在する不法移民を年間数百万人単位で国外へ強制送還する「史上最大の作戦」を掲げているが、移民裁判所の未処理案件は344万人もあり、現行法に基づく強制送還は困難である。

 資料6:「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」、前田和馬、第一生命経済研究所、2024.4.15

第四の危機:国際危機

 国際危機への対処は、アメリカの国内問題ではなく覇権国アメリカとしての役割と能力に係る問題である。トランプ氏は「現政権が作り出した国際危機、おぞましいロシアとウクライナ戦争、イスラエルに対するハマスの攻撃から始まった戦争を含めて全て終わらせよう。電話一本で終わらせることができる。」と述べている。

I will end every single international crisis that the current administration has created, including the horrible war with Russia and Ukraine, which would have never happened if I was president. And the war caused by the attack on Israel, which would never have happened if I was president. I could stop wars with just a telephone call.

 これが誇張かどうかではなく、この発言からくみ取るべきことは、覇権国アメリカの大統領が備えるべき要件について重要な示唆を与えている点にある。トランプ氏自身が述べているように、以下①~③は歴史上の事実である。

①ウクライナ戦争もハマスとイスラエル戦争も、バイデン政権下で起きた。

②トランプ政権下ではそのレベルの戦争は起きなかった。

③バイデン氏は大統領に就任した直後にアフガニスタンから(屈辱的な)撤退をした。

 そしてこの事実が物語っている仮説が二つある。

④トランプ氏が大統領職にあったことが、戦争に対する強力な抑止力となっていた。

⑤アフガニスタン撤退は、ウクライナ戦争やイスラエル-ハマス戦争の誘発要因となった。

 世界は強力な仲裁者を必要としている。結局ロシアや中国による力を背景とした現状変更の行動を抑止できるのは、もっと強大な力を保有し、必要時にはそれを行使する断固とした意思を持ったアメリカ以外にはない。セオドア・ルーズベルトの名言として知られる「穏やかに話せ、棍棒は手放さず」という言葉は、どの国の外交にも当てはまるが、とりわけ覇権国アメリカの大統領こそ備えるべき資質である。

 これを踏まえて、仮説を二つ付け加えよう。

⑥トランプ氏が予測不能として各国のリーダーから一目置かれ警戒される理由は、棍棒外交の継承者であるからだ。

⑦一方のバイデン氏は、アフガン撤退、ウクライナ戦争への対処において、時に狼狽し時に躊躇して打つ手が中途半端なものとなる弱さがあった。それが危機を招いた。

 資料7:「トランプ流棍棒外交、日の目見るか」、渡辺浩生(ワシントン支局長)、産経、7/30

まとめ

 トランプ氏の政権構想はとても分かり易いが、率直な疑問点が二つある。それを整理して筆をおきたい。

 第一に、世界の戦争を終わらせることはできても。国内の分断を修復することはできないだろう。一昔前の共和党と民主党の間には、「小さな政府」か「大きな政府」か、という小さな相違しかなかった。それに対して、民主党は支持基盤を非白人層と移民に大胆に移して、PC(Political Correctness)、LGBT(性的マイノリティ)、BLM(Black Lives Matter)、脱炭素、EV等、極端にリベラルな政策をとってきた。

 さらに、大規模な選挙不正、司法の武器化、暗殺未遂と違法な手段を連発してトランプ氏再選を阻止してきた民主党陣営は、民主主義と、三権分立というアメリカの存立基盤を修復が困難なレベルで破壊してしまった。振り返れば、アメリカの歴史には、ケネディ暗殺やレーガン暗殺未遂事件に象徴されるような暗部が織り込まれてきたのだが、ここまで深刻化した分断は修復することは殆ど不可能という他ない。どういう形でかは予測できないが、どこかで破断を迎えるのではないかとさえ思う。

 第二に、インフレ退治と大幅な減税は実現できても、同時に財政赤字を削減することはかなり困難だ。世界の戦争を終わらせると同時に巨額の軍事費を削減するという政策を実行すれば、その可能性も出てくると思われるが、演説の中でその言及はない。

 失念しているのではないかと思われる重要な前提事項がある。それはアメリカが世界一の経済大国であり、通貨と安全保障の覇権国であることだ。インフレも減税も財政赤字削減も基本的にはアメリカの国内問題だが、ドル覇権国で世界最大の経済大国であるアメリカが、なりふり構わずにMAGA政策を実行すれば、世界経済を大混乱に陥れるだろう。そして世界経済に影響が及べば、それはブーメランとしてアメリカ国内問題に戻ってくる。

「思考停止の80年」との決別 第4部

(9)敗戦と占領で喪失したものを取り戻すとき

「専守防衛」の前提が崩れる事態に備えよ

 ウクライナ戦争で認識され現在進行中の危機事態が二つある。国際秩序の崩壊とアメリカの弱体化である。ウクライナ戦争が長期化するにつれて、国際社会は〔NATO+G7〕、〔ロシア+ロシア支援国〕、模様眺めの諸国(GS他)という三つのグループに分かれた。

 アメリカの弱体化を象徴する変化がドル覇権の低下である。アメリカがロシアに対して発動した「SWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除」という制裁措置は、ロシアとその支援国を中心に世界のドル離れを加速させた。

 振り返れば、戦後約80年の間に国際情勢は大きく変化した。安全保障面では米ソ冷戦が終わり、ポスト冷戦も終わり、今や米中冷戦となった。国連安保理という秩序を守る仕組みもウクライナ戦争が起きて機能不全に陥った。経済面ではニクソンショックによってドル覇権の体制が金本位制からPDS(ドルによる原油取引システム)に移行したが、現在ではドル覇権自体が揺らいでいる。

 現在アメリカでは、11月の大統領選挙に向けて民主党・共和党両陣営の対立が激化している。6月27日にジョージア州アトランタで開催されたバイデン対トランプの討論会では、バイデン大統領の認知機能の低下がクローズアップされ全世界を駆け巡った。

 大統領選の最大の争点となっているのが不法移民の流入であり。テキサス州では不法移民の流入が史上最多となっていて、共和党のアボット知事は「バイデン大統領の無策がこの危機を招いた」として、州が不法移民を不法入国で逮捕できる州法を成立させて、州兵を動員して対策を講じている。

 州法を違憲とした連邦地裁の差し止め命令が出ると、テキサス州は憲法が州に独自の戦争行為を認めている「侵略」事態に相当するとして連邦最高裁で争う構えを見せている。保守系判事が多数派を占める連邦最高裁が合憲判断を下せば、メキシコと国境を接する南部の他州に広がる可能性があり、第二の南北戦争を想起させる国を二分する事態に発展する可能性が大きい。(参照:6月25日産経)

 このように国際社会におけるアメリカの弱体化に加えて、アメリカ国内では分断、不法移民の急増と治安の悪化等々、複数の深刻な事態が同時に進行していて、11月の大統領選で臨界点に到達する可能性が高い。

 ウクライナ戦争、イスラエル-ハマス戦争の終結が見えない中で、アメリカ大統領選が世界の注目を集めている。注目のポイントは、国際秩序を守るためにアメリカが保有する力を国際公共財として提供するかどうかにある。

 この視点で歴代大統領を評価すると、レーガンは「アメリカには自由主義秩序を擁護する特別な責任がある」との立場に立って、同盟を重視しつつ国際公共財を提供した。オバマとバイデンは「アメリカは世界の警察官ではない」としてロシアと中国による無法な行動を黙認した。

 そして次の大統領だが、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプが再選される場合、国際秩序を再び取り戻すためにトランプがアメリカの持つ国際公共財を提供するかどうかに世界の注目が集まる。(参照:6月27日産経、湯浅博の世界読解)

 一方日本は核の傘と打撃力をアメリカに依存し、日本は防御を分担するという「専守防衛」の方針に基づいて戦後の安全保障体制を保持してきた。日本周辺において有事が顕在化しない状況では、専守防衛は日米双方にとって都合のいい体制だったが、今やその状況が一変しつつある。台湾有事や朝鮮半島有事の蓋然性が高まっている現状で、アメリカの弱体化が進行し、国内回帰志向が強まれば、専守防衛のままでは日本の安全保障体制が危うくなる。

 安全保障の要諦は、最悪の事態を想定してそれに対する備えを万全にすることである。その認識に立って考えれば、日本は専守防衛の前提が崩れる事態を想定し、日本の役割と能力を増強させて、アメリカの弱体化を段階的に補強する対策を速やかに講じなければならない。それは戦後の日米関係をヴァージョン2.0に更新することを意味する。

はじめに日本近代史の総括が必要

 明治維新を起源とする日本近代史の前半は、日清戦争(1894)から太平洋戦争敗戦(1945)に至る「戦争の半世紀」だった。しかも戦争史の中核テーマは中国との関係にあったと言って良い。ズバリ言えば、中国の近代化に日本が深く関与した歴史だった。

 一方、近代史の後半(1945~現在の79年)は「思考停止の80年」だった。前半は意気揚々とした時代であり、後半は自己を喪失した時代だった。前半から後半への転換点となった事件は、言うまでもなく太平洋戦争の敗戦であり、GHQによる占領だった。

 「思考停止」とは、この転換点において「戦争の半世紀」を総括しないまま、現在に至るまで封印してきた事実を指している。近代史の前半には「富国強兵」という明確な目標があったのだが、後半は日本が目指す目標がないままにやり過ごしてきた。

 戦後吉田茂首相と池田隼人首相は、敗戦によって日本が喪失したものを取り戻すことよりも経済復興を優先させた。「所得倍増」政策は見事に功を奏して、日本は世界第二の経済大国の地位を獲得した。しかし1991年にバブル崩壊が起きて、それから30年以上もデフレ経済に苦しみ、そこに少子化・人口減少が加わって、日本は未だに経済成長を取り戻すことができずに低迷している。

 戦後の両首相は「国民が食えるようにすることが最優先だ」という判断に立ったのであり、敗戦直後の状況において正しい判断だったと評価される。しかしながら、安倍元首相が「戦後レジームからの脱却」という言葉に含めた、「敗戦と占領で喪失しったものを取り戻す」意思と道筋を明示しないまま「戦争の半世紀」を封印してしまった責任は極めて大きいと言わざるを得ない。

 明治維新から既に156年が過ぎた。国際社会を再び戦争の影が覆うようになり、東アジアの安全保障環境は危機前夜という程に悪化している。加えて日本は経済成長から30年以上も取り残されて、未だにじり貧状態から脱却できずにもがいている。

 現在の日本は、明治維新を第1回とする80年周期の三回目の転換点に立っているように見える。再び日本を輝かしい国とするために必要なことは、次の80年に目指すべき目標と進路を明示することである。そのためには「戦争の半世紀」を総括して画竜点睛を欠いたままの戦後史に魂を吹き込み、教訓を明らかにして後世に継承してゆかなければならない。

危機に対処するために

 日本は太平洋戦争に敗れて、「戦争と平和」に関して思考停止状態に陥った。「平和を希求し戦争を忌避する」戦後の時代が始まったと言うと正しい選択をしたように聞こえるが、それは偽善でしかない。

 何故なら、戦争に対して日本は「見ざる言わざる聞かざる」状態にあるからだ。ウクライナがロシアから侵略を受けて一般市民の多大な犠牲者を出して防衛戦争を戦っているにも拘らず、日本は戦うための武器の提供を拒否してきた。その理由が「日本は平和国家だから」というのであれば、それも偽善と断定する他ない。

 戦後日本の言論は、「平和は善、戦争は悪」という単純すぎる二元論に終始してきた。しかしながら平和とは結果であり、戦争とは外交の一手段であることを考えると、本来同列に並べて論じるべき概念ではない。「平和を守るために戦う」という現実的なオプションを排除しているという意味で、「平和か戦争かという二者択一」思考は誤りである。隣国が軍事侵攻してくるときに武器をとって戦おうとしない国は侵略され、平和も秩序も社会インフラも悉く破壊されてしまうことをウクライナ戦争は世界に知らしめ、覚醒させた。

 中国は1964年の東京オリンピックの最中に原爆実験を行い、今や米露に次ぐ核兵器大国となった。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は、今年6月17日に公表した年次報告書の中で、中国が保有する核弾頭数は昨年より90発増加して推計で500発となったと報告している。しかもこれまでは核弾頭をミサイルとは別に保管してきたが、現在では推定で24発の核ミサイルが実戦配備されたという。北朝鮮も戦術核兵器の開発に重点を置きつつあり、約90発分の核分裂物質を保有していると分析している。

 ロシア、中国、北朝鮮に対して、「日本は戦争を忌避する平和国家です」と幾ら主張しても何ら抑止力にはならないばかりか、むしろ逆効果にしかならない。戦後の日本の平和が維持されてきたのは、偏に世界最強の軍事力を持つアメリカの傘によって守られてきたからである。安全保障環境が深刻化し、台湾有事や朝鮮半島有事の蓋然性が高まっている現在、これら隣国の脅威から日本を守るためには、日本が自律的に「平和を守るためには戦争をも辞さない」姿勢を明確にして、国際情勢の変化に対応して日米同盟を常に進化させ、新たな脅威の出現に対し常に強固な抑止力を保持してゆく以外にはない。

 ここで問題になるのが、冒頭で述べたウクライナ戦争で顕在化した二つの危機事態である。日本は終始、アメリカの核の傘と打撃力を前提として専守防衛路線を歩んできた。アメリカは武器を供与しロシアに対する制裁を発動してウクライナを支援してきたが、ウクライナの社会インフラはロシアの攻撃によって焦土となった。ウクライナはアメリカの同盟国ではないが、バイデン政権はロシアによる軍事侵攻を阻止しなかったばかりか、ロシアによる侵略を早期に終わらせるために万全を尽くしたとは言い難い。

 現在、トランプ大統領が再任される可能性が高まっているが、もし再選が現実のものとなれば、トランプ氏はNATOや日本に一層の防衛負担を要求してくる可能性が高い。来年に戦後80年を迎える日本は、自分の国をより自己完結的に守る体制の構築を余儀なくされるだろう。アメリカの弱体化に臨み、将来の日米関係のためにも、敗戦と占領で封印してきたものを取り戻さなければならない。アメリカとの従属関係を清算して、核の傘を残したまま、専守防衛に代わる防衛力(ヴァージョン2.0)を構築しなければならない。

 そのためには何よりもまず戦後の「思考停止」の封印を解除しなければならない。さてどこから着手すべきだろうか?まず広島原爆記念碑の文言を改訂することから始めるのが適当と考える。何故なら現在の文言が、アメリカによる、民間人を標的とした、原爆投下という非人道的な重大犯罪に対し、「黙して追及せず」の姿勢をとっているからだ。そればかりか、広島を訪れる多くの日本人に対し、「この戦争の責任は戦争を始めた日本にある」と巧妙に洗脳しているからだ。終戦から80年の節目に臨み、日本の新たな決意を世界に示すためにも、広島原爆記念碑のヴァージョン2.0への更新が望ましい。 

(10)「戦争の半世紀」の総括

はじめに、戦争の二つの戒め

 一般論として、戦争の教訓として二つの戒めがある。一つは、戦争はひとたび始めてしまうと途中で引き返すことが難しいことであり、もう一つは一つの戦争の終結が次の戦争の原因となることだ。実際に日清・日露戦争の中に、この戒めを見て取ることができる。

 日露戦争が起きた背景には日清戦争がもたらした地政学的な変化があった。満州及び朝鮮半島における清の影響力が減少し、逆に日本の影響力が増大したことだ。日清・日露戦争は、戦争の終結が次の戦争の原因となることを示している。実際に日清戦争で多大な賠償金と領土を得ることができたことから、日本は日露戦争に前のめりになり、逆に日露戦争では賠償金がとれなかったために次の満州事変を招いている。

 満州事変は1931年に始まり1933年に終結した。満州進出の第一の目的が、人口増大に対する食料安全保障だったのであり、満州国建国を果たした1933年にこの目途はついている。その後の歴史を考えると、日本にとって満州事変の終結は、満州以南の中国大陸には関わらないと踏み止まるべき歴史的に重要な分岐点だったことになる。

 しかしながらひとたび戦端を開いてしまうと、途中で止めることが難しい。踏み止まるためには、慣性力で突き進もうとする軍部を統制する強い政治のリーダーシップが不可欠となる。実際に日本はそうしなかった。この判断ミスが太平洋戦争を招いたことは歴史が証明している。

日本の掌中にあった切り札の選択肢

 日本が朝鮮半島、中国大陸に進出した動機は、西洋列強による侵略・支配を受けないアジア独自の平和な世界秩序を建設することだった。崇高な理想を掲げたのだが、中国人同士の三つ巴の内戦を招き、中国を味方に引き入れることに失敗した。結局、日本が中国大陸に介入したことにより清国は滅び、中国は再び内戦と内乱の大陸に回帰した。

 そもそも中国に明治維新と同等の近代化を求めたことに無理があったと言わざるを得ない。日本には鎌倉時代以降継承されてきた武家による中央集権・封建体制の蓄積があり、薩長土に代表される近代化志向の雄藩の存在があった。高い志を持った若い武士階級が残っていたからこそ明治維新という革命を成し遂げることができたのだった。一方中国にはそのような歴史遺産も担い手も存在しなかった。

 そして支那事変後半には、日本が支援する汪兆銘の南京政府、アメリカが支援する蒋介石の長慶政府、ソ連が支援する延安政府による三つ巴の内戦となった。この内日本だけが中国人同士の内戦に深く引きずり込まれ、アメリカとソ連は反日ナショナリズムをけしかけて日中戦争で双方が疲弊するように、老獪な外交を展開した。

 結果から評価すれば、日本が支那事変に引きずり込まれずに踏み止まっていれば、日中戦争は起こらず、従って太平洋戦争も起きなかったに違いない。

日本の実力を超えた無謀な戦いだった

 「戦争の半世紀」を考える場合、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争、1914-18年の第一次世界大戦、1931-33年の満州事変、1937年の支那事変、1941-45年の太平洋戦争は、日本の近代史前半の中核を為す物語を構成する一連の事件として捉える必要がある。

 支那事変から始まった日中戦争は、中国大陸を舞台とする実質的にアメリカ、ソ連を加えた四ヵ国間の戦争に拡大した。当時の失敗の教訓を要約すれば、次のとおりである。

 第一は「戦闘に勝って戦争に負けた」日清・日露戦争の分析と教訓が不可欠だったことだ。日本に欠落していたのは、最終的に戦争に勝つための能力だった。それを獲得し磨くためにも、日清・日露戦争において欧米列強がとった外交と、第一次世界大戦において欧米列強がとった外交と戦争行動について徹底的に学ぶべきだったのだ。

 第二は米ソという老獪な二大国に加えて、日本とは異質な文明を持ち、広大な中国大陸を舞台として行われた中国人どうしの三つ巴の内戦に介入してはならなかったことだ。中国の内戦に巻き込まれずに、米英ソとの外交戦に専念すべきだった。

 「戦争の半世紀」の中核テーマは中国との関係だった。歴史を俯瞰する時、日本が犯した決定的なミスは、中国大陸に関与し過ぎたことに尽きる。この国とは適当な距離をとって付き合うべしというのは、現在も通じる教訓である。総じて日本にはそのような外交を演じる強かさと老獪さが欠落している。

(11)欧米との共通性と日本の個性を再認識せよ

同時期に近代国家となった欧米と日本

 15世紀から始まった大航海時代の潮流は、欧州を起点に東回りと西回りで地球を一周して、大陸を結ぶ海上航路を開拓し、大陸間の貿易と人の交流を活発化させ、そして世界を植民地化していった。そして大航海時代と植民地化という大波が東アジアに本格的到達したことを象徴する事件が1840年のアヘン戦争と1853年のペリー来航だった。

 1868年の明治維新は、この二つの事件に強い危機感を抱いた長州や薩摩の下級武士たちが決起して起きたものであり、日本における近代化の始まりとなった。そして1871年には岩倉具視を団長とする総勢100名余の岩倉使節団が20ヵ月余にわたって、米欧の12ヵ国を公式訪問して、近代国家の現状をつぶさに視察している。

 この事実が物語るのは、発足して間もない明治政府が時間と資金と人材を惜しみなく投じて、近代化を一気呵成に進めた英断である。欧米の近代化を直接見聞した政府高官たちは「富国強兵」政策を強力に推進して、日清・日露戦争の勝利をもたらした。

 近代化を成し遂げた時期で比較すると、一足早かったイギリスと一足遅れたロシアを除くと、アメリカ南北戦争終結が1865年、明治維新が1868年、ドイツ帝国誕生が1871年、フランス共和国誕生は1874年というように、日本は欧米主要国と同時期に近代国家となっている。

 さらに歴史を遡れば、西暦604年に聖徳太子が十七条の憲法を制定した時点で世界に先駆けて立憲君主制となったのであり、議会制民主主義は1890年に帝国憲法が成立したことによって導入されている。日本は近代化において世界の先進国だったことが分かる。

欧米との共通性と決定的な違い

 日本とイギリスは世界の国々の中で最も似た者同士である。ユーラシア大陸の両端に位置する島国で海洋国家であり、立憲君主制の議会制民主主義国である。封建制の歴史を持ち、武士道と騎士道の文化を継承している。一方で、両国には決定的な違いが二つある。

 一つは隣接する大陸国家の違いである。イギリスがタフな競争相手と数世紀に及ぶ戦争と競争を繰り広げてきたのに対して、中国と朝鮮が近代化から取り残されていたために、日本は四半世紀にわたって鎖国と太平の時代を享受することができた。

 もう一つの違いは宗教である。神と自然に対する姿勢においてキリスト教と神道は対極にある。

 この二つの違いが日本とイギリスの運命を分けた一因となっている。戦争に明け暮れたイギリスが戦略観を磨いて世界の覇権国となったのに対して、日清・日露戦争で外交と戦略の重要性を学び取らなかった日本は、中国大陸での内戦に引きずり込まれていったのだった。

 一方日本とアメリカには、同時期に内戦を戦って(戊辰戦争と南北戦争)国家を平定したことを除けば、共通性は殆どない。とりわけエドワード・ルトワックがいう「戦う文化」において日米は対極にある。アメリカは自らを脅かす勢力の台頭を決して容認しない国家である。南北戦争の戦死者数が戊辰戦争の25倍に達したことがそれを物語っている。片や日本は、近代史の前半では危機に臨んで「戦う文化」が発動されたものの、敗戦と同時にそれを封印して現在に至る。

独自の文明を継承する日本のアイデンティティ

 もう少し歴史を大きく俯瞰してみよう。日本は縄文の古代から、火山や地震などの天変地異に翻弄されてきた。日本にとっての脅威とは自然災害や飢饉であり、日本は自然を畏怖すると同時に自然の恵みに感謝しながら2000年以上の歴史を紡いできた。

 日本は歴史の大半において、天皇の権威を守りつつ武家が政権を担う統治制度を維持してきた。武家が台頭した以降では国家統一を巡る戦争が幾度も繰り返されてきたが、隣国との戦争に明け暮れてきた欧州とは全く異質の文明を継承してきた。

 富国強兵政策の結果、日本は欧米に追い付いたという自信と欧米に対する親近感を実感したと推測されるが、もしそれと同時に日本のアイデンティティを自覚して、欧米との違いをきちんと認識していたら、日本の近代史は違う展開となった可能性が高い。

 既に述べてきたように、太平洋戦争の遠因にはアメリカと日本の宗教観と文明の違いがあった。もし日本がアメリカの思考過程と行動様式を的確に認識していたなら、アメリカによる敵視自体を緩和ないし消滅することができた可能性がある。

世界の近代史で日本が果たした役割、払った犠牲

 日本は東アジアに押し寄せた欧米列強による植民地化の大波に立ち向かった。孤軍奮闘したのだが、中国大陸に深入り過ぎ無謀な戦いを強いられて敗北した。太平洋戦争で日本が未曽有の損失を被った一方で、日本が支援した東南アジア諸国が独立を勝ち取ったことは、歴史上公知の事実である。

 RMC(役割、使命、能力)というアメリカの軍事用語があるが、そういう結末に至った原因は、前項で論じたように、担おうとした役割に対しそれを実行する能力が伴っていなかったことにあった。

エピローグ:戦後80年からの展望

 日本の近代史は、明治維新以降は「富国強兵」を目標とし、敗戦後は「所得倍増」を目標として綴られた。富国強兵という目標は日露戦争の勝利をもって達成されたと見なされるが、そうであるなら日露戦争後に富国強兵に代わる新しい国家目標を打ち立てるべきだった。しかし実際は目標を見失ったまま、欧米列強と同じように振舞って「戦争の半世紀」の後半を戦っている。

 この本来の姿と現実の違いが日本の失敗を招いたと言える。日本は明治維新において議会制民主主義を定着させ、帝国憲法を制定し、岩倉使節団が20ヵ国を訪問した欧米諸国からさまざまな専門家を招聘して、国家のインフラを短期間で整備していった。そうして日清・日露戦争を戦って勝利した。

 この時点で「ここから先、日本は新たに何を目指すのか」という問いに立ち返り、敢えて足踏みをしてでも、新たな国家目標を明確にすべきだったのだ。欧米キリスト教国とは異なる日本独自のアイデンティティを再認識して、それに相応しい国家像を明示すべきだったのだ。

 これは現代も当てはまる日本の課題である。現在国際社会の秩序を崩壊させている大きな原因は、国際社会のルールを公然と無視するロシアと中国の行動にある。ポスト冷戦後、アメリカの覇権体制が続いてきたが、アメリカが弱体化するのと入れ替わるように、ロシアと中国が挑戦的な行動をとるようになった。

 そして現在の危機を地政学的に俯瞰すると、大陸国家対海洋国家の対立の構図でもある。ウクライナ戦争で隠してきた牙を現したロシアと、国力を増強した中国の台頭が国際秩序を脅かす存在となり、両大陸国家の行動を抑制するために海洋国家が団結する必要が高まってきた。

 日本とイギリスはともに大陸沖に浮かぶ島国であり、海洋国家である。アメリカもオーストラリアも海洋国家である。「戦争の半世紀」では日本は世界から孤立して戦ってきたが、現在はG7の一員として、さらには海洋国家連合の一員として、国際秩序の再構築に向けて日本の役割が増大しており、同時に世界から期待されていることでもある。

 さらに地球温暖化や脱炭素等、人類が現在直面している地球規模の課題は、「自然と共存・共生する文明」の継承者である日本がリーダーシップをとって立ち向かうべきであることは言うまでもない。

 このように大きく展望すれば、日本が敗戦と占領で封印したものを取り戻し、アメリカに対する従属関係を清算し、日本のアイデンティティを発動させて、国際社会の課題や地球規模の課題に本気で取り組む時機が到来していることが分かる。そのためには、明治維新以降80年周期で展開してきた「戦争の半世紀」と「思考停止の80年」に代わる、次の80年の行動規範となるべき新たな国家目標を打ち立てなければならない。