中国が辿った歴史と習近平
中華人民共和国(以下、中国)は1949年10月に建国された。歴代指導者が取り組んだことを概観すると次のとおりである。建国したのは毛沢東(1949.10~27年)であり、「大躍進政策」を行って中国経済を破壊し、4千万人もの餓死者を出した。この結果、劉少奇に実権を握られたが、内戦ともいうべき「文化大革命(1966~1976)」を断行して権力を奪回した。第二代は華国鋒(1976.10~2年)だが、鄧小平により失脚させられた。第三代は鄧小平(1978.12~11年)で「改革開放経済」を推進した。1989年6月に「天安門事件」が起きたが、武力で鎮圧した。第四代は江沢民(1989.11~13年)、第五代は胡錦涛(2002.11~10年)、第六代が習近平(2012.11~現在)である。
中国経済が急成長したのは、鄧小平が「改革開放経済」を唱え、外国企業の誘致を進め、低賃金労働と人口ボーナスの相乗効果を利用して「世界の工場」路線を進めた結果である。言わば中国経済は鄧小平が開墾し、江沢民と胡錦涛の時代で花開いた。中国が日本を抜いてGDP世界第二位となったのは2010年のことである。そして習近平は中国が経済大国となった2012年11月から政権を引き継ぎ、軍事大国、覇権への目標に向かって戦浪外交を進めた。巨視的に捉えれば、毛沢東は建国、鄧小平は国造り、江沢民と胡錦涛は経済大国への道を担ったとみることができる。そして重要な事実は、習近平は歴代指導者の中ではじめて世界を上から目線で見るポジションに立った指導者だということである。
中国史における転換点、順風から逆風へ
米中関係もまた中国と連動して変化してきた。ニクソン(37代)の時に国交を回復した。ニクソン以降の大統領は総じて建国から国造り、経済大国への道、軍事大国への道を歩んだ中国を支援する政策をとってきた。そして2017年1月からトランプ(45代)が登場して米中関係は一変した。
トランプは2017年4月にマール・ア・ラーゴの別荘に習近平を招いて、「米中間の巨額の貿易赤字(2018年度は4200億ドル)を削減する100日計画の作成を要求した。そして90日が経過した時点で、中国が何もやらないことを確認した上で、2018年7月から中国からの輸入品に25%の高い関税をかける経済戦争を始めた。その宣戦布告となったのが、2018年10月4日に行われたペンス副大統領の演説である。
民主党のバイデン政権には本格的に中国と対峙する意思がないと思われる。但し連邦議会には強い反中ムードがあるのと、中間選挙を今年11月に控えていることから、今のところ対中国政策に関しては表立ってトランプの政策を大転換する行動はとっていない。
遂に起きたバブル崩壊
それまでは順風満帆だった中国経済だが、2015年6月に上海市場の株価がピークアウトした。習近平政権は株の売却を抑制して、株式のバブル崩壊を止めた。
不動産価格も一時崩壊を始めたが、2018年以降トランプ政権による経済戦争下にありながら、高いGDP目標を掲げた習近平の大号令のもと、中国はインフラ開発と不動産投資を強引に進めた。この結果利用者のいないショッピングセンター、住み手のいない高級マンション等、ゴーストタウンが各地に作られた。かくして、ずっと値上がりを続けてきた不動産価格は2020年頃から崩壊を始めた。遂に本格的なバブル崩壊が始まったのだ。
そして恒大集団が2021年9月23日に約200億ドルのドル債の利払いができなくなり、事実上経営破綻した。負債総額は約2兆元(約34兆円)に上る。習近平政権は公定価格以下の価格での土地取引を禁止した。
一般に、バブル崩壊過程で企業の倒産が始まるのは、ミンスキー・モーメントからと言われる。日本のバブル崩壊では、不動産価格が崩壊したのが1991年半ばであり、ミンスキー・モーメントが到来したのはそれから3年半後の1994年12月だった。この意味では、中国の不動産市場崩壊は始まったばかりと言える。
バブルもバブル崩壊も市場経済のもとで起きる現象である。独裁政権が市場の活動を強制的に停止させてしまえば、具体的には取引価格が下落する売買を禁止すれば、バブル崩壊の進行を止めることができる。実際に習近平政権はそういう対策を講じてきた。その結果現在に至るまで、資本主義国で起きたようなバブル崩壊による惨状は起きていない。
しかし、バブル崩壊が起きると、そこには貸し手と借り手が存在し、崩壊によって生じた不良債権が存在する。資本主義経済においてはバブル崩壊が起きることで行き過ぎた取引と価格が修正され、負債を清算処理して市場は再出発することができる。独裁政権のもとでバブル崩壊の進行を強制的に止めることはできても、市場活動を再開するためには不良債権処理を完遂する以外に道はない。
保有する資産から不良債権を損失処理できるプレイヤーは生き残り、できないプレイヤーは破産して、不良債権を貸し手に押し付けて市場から退場する。投資の時のおカネの流れを逆に辿るように、不良債権は最終的な貸し手である銀行と投資家に辿り着く。金融機関もまた、不良債権を手持ちの資産で処理できれば生き残り、できなければ経営破綻して市場から退場を余儀なくされる。
そして最後の救済者は政府である。中国の場合には国益に適うかどうかではなく、権力闘争において習近平の味方か敵かで救済の対象を選別する可能性が高いのだろう。
習近平が志向する社会主義への回帰
習近平政権は、株や不動産の暴落が始まると、市場経済を実質停止する措置を講じてバブル崩壊の進行を停止してきた。さらに、中国国内からの資金の流出を止めるために、外貨の持ち出し規制を実施した。
これらは鄧小平が開始した「改革開放政策」を全否定して、中国共産党による統制を一段と強化する動きに他ならない。周知のとおりテンセント、アリババ、ディディ等はことごとく習近平から敵視され没落していった。習近平はそれが国益に適うかどうかではなく、自らの三選にとって有益か有害かの判断で行ったのである。
2021年7月~10月には、コンピュータゲームの禁止、民間の教育産業と報道機関の廃止という統制政策を実施した。さらに外国企業の内部に共産党支部の設置を義務付けて、共産党支部の委員会が経営を指導する体制を整えたという。これはやがて外国企業を接収し国営企業化してゆくステップではないだろうか。
経済をどう再建するのか、二つの道と権力闘争
藤井厳喜は著書(注)の中で、「習近平は就任以来10年間、江沢民派の実力者を徹底的に排除してきた。そしてゼロコロナ政策の結果、ブーメランとして上海で感染が拡大したことを利用して、江沢民派(上海閥)を叩き潰すことにした。それが4.5億人を対象とした1カ月に及ぶロックダウンだった。ロックダウンの結果、大変悲惨なことが起きたと思われる。」と述べている。
中国の大きな派閥は、習近平派、江沢民派(上海閥)、共青団である。対立する二大派閥は習近平派と江沢民派で、この二大派閥と比べて共青団の力は弱い。胡錦涛が共青団出身だったが江沢民の院政下にあった。現在のトップは李克強首相である。
李克強は国有企業を民営化して、欧米日の企業と対等に競争できる企業に作り変えることを主張している。習近平はその逆に社会主義化を進めて鎖国化して、国民に最低限の衣食住を保証する社会を作って、国内循環経済に移行することを推進している。
6月9日の産経紙面「China Watch」で、石平は次のように報じている。「5月25日に国務院は「経済大局を安定化させる全国テレビ・電話会議」を開催した。国務院総理である李克強首相他4人の副総理、経済関連の中央官庁責任者が主会場に出席した。経済をテーマとする全国大会がこれほど大規模に開催された前例はなく、習近平政権下で初めて開催された。背景には、経済が急速に悪化し総崩れ前夜の様相を呈している現実がある。」
「この大会は習近平政権下での慣例を完全に破って開催された。習近平は参加せず、指示が伝達されることもなく、蚊帳の外に置かれた。全国10万人規模の幹部が出席した光景は、李首相の勢力拡大と地位上昇の象徴であって、経済運営において李克強の天下となった感がある。李首相はゼロコロナ政策の乱暴さと愚かさに象徴される習近平路線と一線を画し、経済を立て直すための現実路線を打ち出し、推し進めようとしている。」
産経は、さらに「中国李首相が存在感」と題した記事を6月10日に掲載している。「中国経済の減速が深刻化するにつれて李氏の存在感が増している。・・・李氏が手腕を振るう場面が増えている。・・・党内で李氏の影響力が増している。」と論じている。
前述したように、経済政策を巡る習近平と李克強がめざす政策は相反する。習近平は統制強化と社会主義への回帰を目指し、李克強は民営化と市場経済の進展を目指している。産経の記事どおりであるとすれば、習近平は自身がとってきた政策が次々に裏目に出ている現実に直面して、自分とは異なる政策を李克強がとることを黙認していることになる。これは三選を目指す権力闘争の最中にあって、由々しき事態であると思われる。
これから中国が直面する事態
中国経済の実態は誰の眼にも隠しようがないほどに落ち込んでいる。2021年12月8日~10日に中央経済工作会議が開催され、共産党幹部に対し以下の報告が行われたという。2021年11月に、粗鋼生産は対前年比で22%減、鋼材生産が15%減、自動車生産が9%減だった。中国の経済統計は信用性に乏しいから、実際はもっと深刻な状態にあるだろう。このように、中国経済は既にゾンビ状態にあり、社会の底辺では失業者が増えている。習近平は「共同富裕社会」という誤魔化しを使っているが、これこそが統制強化への道となるだろう。
経済というものはダイナミックにお金が動いている状態こそが健全であって、凍結状態にすれば壊死してゆくことになる。今後海外の投資家は中国への投資をしなくなり、人民元の価値はどんどん下落し、中国からドルが逃避して外貨準備が枯渇してゆくことが予測される。
ジョージ・ソロスは2022年1月31日のフーバー研究所で開催されたシンポジウムで、「このままでは中国に未来はない。習近平を取り除くことが望ましい。」と明言したという。ソロスの言葉が中国経済の本質を突いているのだろう。
FRBは利上げの方向に動いていて、2022年中に数回の利上げを行うことが確実視されている。そうなると世界中でドル資金不足が発生するが、最も苦しむ国の一つが中国である。今や中国企業は高利回りの社債を発行してドル資金を調達することができない。何故なら不動産バブル崩壊が起きて、習近平政権は自由な経済活動を強制的に停止する措置をとったからである。
2021年12月2日にアメリカ証券取引委員会(SEC)は「外国企業説明責任法」を改定し、上場廃止の手続きを明確化した。これによってアメリカ基準の会計監査を一度も受けていない中国企業200社の全てが上場廃止に追い込まれることが予測される。これは中国企業がアメリカの金融市場からドル資金を調達することができなくなることを意味する。
アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利を2022年度中に段階的に上げてゆくことを決めている。人民元は実質的なドルペッグ制をとっているが、習近平政権はドル金利が段階的に上昇してゆくときに、人民元の金利をどうするだろうか。経済が失速し、頼みの綱だった不動産市場が暴落状態にある中で金利を上げることはできないだろう。一方でドルとの金利差が拡大すれば、人民元売りに拍車がかかるだろう。バブル崩壊阻止を優先するのか、それとも為替レート維持を優先するのか、究極の二者択一を迫られる場面がやってくる。
ウクライナ戦争の教訓から考える
中国の歴史と現状を大きく俯瞰する。現象として捉えれば、トランプの登場、不動産バブル崩壊、ゼロコロナ政策の失敗、それにウクライナ戦争が起きて、習近平に対する風向きが段階的に逆風に変わったとみることができるだろう。但し本質は、億単位の安い労働力と人口ボーナスの恩恵を受けて驚異的な経済成長を遂げた時代が終焉し、中国市場の優位性が失われて経済が一気に失速し始めたところに、習近平の政策の相次ぐ失敗が加わったということではないだろうか。
ウクライナ戦争が示した教訓は幾つもあるが、その一つは、ロシアとウクライナ間の戦争が、世界レベルでエネルギー価格の高騰と食料危機を招いていることである。二つは、西側社会から最先端の半導体を入手できないために軍事大国ロシアでさえも最新鋭の兵器の増産ができないことである。さらにボーイングやエアバス等、航空機メーカーからのサービスが得られないためにロシアはやがて旅客機を飛ばせなくなる事態が起きるだろう。要するに、プーチンは現代がグローバルな経済ネットワークの時代であり、革新的なテクノロジーが容赦ないイノベーションを起こしてゆく時代なのだということを見誤ったのである。
蛇足になるが、ウクライナ戦争に関し、バイデンが「ロシアは核兵器保有国だから、アメリカが参戦すれば第三次世界大戦となる。」という認識を語ったことが話題となった。本来ならプーチンは「西側諸国は最先端のハイテクを持ち、国際銀行間通信協会システム(SWIFT)を管理しているから、西側を敵に回せば経済の破綻を招く。」と認識すべきだったのではないだろうか。そういう認識こそが現代の抑止力となる筈だ。
ひるがえって中国だが、確かに中国市場は十分に大きいから必要な資源を自給自足できるなら、鎖国経済も短期間であれば成り立つかもしれない。しかしながら統制経済の下で、画期的なテクノロジーが登場し、それが画期的なイノベーションを起こすことは甚だ困難と言わざるを得ない。もし習近平が毛沢東の時代への回帰を考えているのだとしたら、プーチン同様に、グローバル経済とイノベーションの意味を理解していないことになる。プーチンの教訓に学ぶとしたら、台湾有事は最後まで仮説の世界に封印しておくべき事態なのだ。
ここまで見てくると、プーチンと習近平の思考過程には共通性がある。独裁者の思考には世界の潮流を理解していない独善性があるということだ。プーチンの思考に国益を最大化するという認識がなかったために、ロシアを強大化するつもりがロシアを衰退させる結果を招くことが確実である。ロシア国内にはプーチンの暴走を止める力が働かなかった。中国の場合、習近平の三選を巡る権力闘争がある。経済を立て直すために李克強首相が主導権を握りつつあるという動きは、習近平にとっては悪夢かもしれないが、中国にとっては幸いとなるかもしれない。
〔注〕参照文献:「マネーモンスター中華帝国の崩壊」、藤井厳喜、ダイレクト出版