歴史的大転換点にある世界(1)

 世界は現在歴史的な大転換点に立っている。本記事ではこのテーマを取り上げて三部作で書く。第1部では何故そう考えるのか、現在進行中の代表的な大事件を取り上げて、空間軸と時間軸からその全体像を俯瞰してみたい。第2部では、何故それが起きたのか、その真相と本質について考察を加える。

 そして第3部では、ではそのような世界情勢において日本が果たすべき役割は何か、そのために日本はどう変わるべきかについて考えてみたい。ここでは現在を、明治維新とWW2敗戦に次ぐ第三の転換点と捉えて、歴史を踏まえて日本はどう変わるべきかについて考察を加える。

 途方もなく大きなテーマであり、細部に眼を奪われることなく、大きく俯瞰することを心掛けて、飽くまでも市井の個人の仮説として書くこととする。

はじめに

 2020年初頭にコロナ・パンデミックが発生し、2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻した。この二つの事件によって国際情勢は一変した。何よりもまず戦後確立されたと世界が信じてきた国際秩序が崩壊した。さらに事件の当事国に留まらず、世界各国の経済が急速に不安定化し悪化した。一言で言えば世界が一気に有事モードとなったのだった。

 それに加えて、長期的にみるとマグニチュード10級(以下、M10級)の危機が進行中である。(参照:https://kobosikosaho.com/world/947

 このように現在世界では複数の危機が同時に起きている。一体何が起きているのか、その正体は何かが分からなければ、どう対処すべきかが分からない。第1部では、まず現在進行中の事態をどのように理解すればよいのか、ここから分析を進めることとする。

 パンデミックは今回が初めてではない。過去にも繰り返し発現している。代表的なものは14世紀の欧州で大流行したペスト(黒死病)、次に第一次世界大戦時のスペイン風邪、そして最近ではSARS(重症急性呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)などだ。ちなみに日本で発生した代表的な事例には、奈良時代の天然痘と江戸時代のコレラがある。

 今回のコロナ・パンデミックが歴史上特筆すべき事例である理由は、人類史上初めて人為的な要因が絡んでいることだ。発生源を含めてどこまでが人為的だったのか、現時点で明らかになっていないが、今回のパンデミックは映画『インフェルノ』(原作はダン・ブラウン)が描いたバイオテロが近未来に充分現実化し得ることを示すものとなった。

 そして2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻した。世界が第二次世界大戦(以下、WW2)をもって終わったと思っていた20世紀型の戦争が再び起きたことは、現代人に衝撃を与えた。我々は今、WW2後に確立されたと思っていた国際秩序が音を立てて崩壊してゆく姿を眺めながら、「WW2の総括は未完だった」現実に茫然としているのである。

第1部:何が起きているのか(全体像を考える)

 前回の記事で「M10級の危機」について書いた。ここではそれを踏まえて現在進行中の代表的な8つの危機を取り上げて、考察を加えたい。

第1は「21世紀の戦争」である。現在アメリカはロシアと中国と二正面の戦争状態にある。

第2は「戦後の国際秩序の崩壊」である。安保理常任理事国のロシアが戦争を始めたことによって戦後に作られた国際秩序が崩壊した。

第3は「ドル覇権の終焉」である。アメリカはロシアに対し「ドルの兵器化」を含む制裁を科したが、これは諸刃の刃であり、ドル覇権の弱体化を自ら促進することになる。

第4は「アメリカ民主主義の崩壊」である。アメリカでは2020年の大統領選のときに一気に顕在化した崩壊が、2024年の大統領選挙に向けて加速している。

第5は「中国経済の崩壊」である。既に不動産バブルの崩壊が進行中であり、もし巨額の不良債権の処理に失敗すれば、金融危機に発展し、経済崩壊を引き起こす可能性が高い。

第6は「EUの停滞」である。EUはソ連邦崩壊直後に創設されたが、ウクライナ戦争後の国際情勢の激変を受けて一気に停滞モードに入った。

第7は「世界金融危機」である。世界経済はバブルとバブル崩壊を繰り返しながら成長してきたが、パンデミックとウクライナ戦争を契機とし、世界は金融危機・大不況発生前夜に陥った。

第8は「技術革新がもたらす危機」である。AIとバイオは核兵器に匹敵する破壊力を持つ可能性が高く、使い方を誤れば人類の存在を脅かす恐れがある。

<21世紀の戦争>

 アメリカは現在、ロシアと中国に対し同時二正面の戦争を戦っている。ロシアに対しては、ウクライナに武器を供与して20世紀型の戦争の長期化でロシアを疲弊させ、同時に「ドルの兵器化」を含む経済制裁を科している。

 中国に対しては、バイデン政権はトランプ前大統領が課した高関税措置を継承しつつ、ワシントン・コンセンサス(前記事参照:https://kobosikosaho.com/daily/928)を改定してデカップリングを進めている。何れも武器を使わず軍を動員しないものの、国家の弱体化を目的とした21世紀の戦争に他ならない。

 20世紀は「戦争の世紀」と呼ばれた。そしてWW2をもって大国どうしが正面切って行う戦争は終わったと、世界中の誰もが信じていた。核兵器大国であるアメリカとロシア、中国が20世紀型の戦争を行うことはもはや起こり得ないのだが、21世紀型の形態に移行したことによって戦争が再発した。グローバル化が進んだ世界では、あらゆる手段を兵器化する戦争は、相手国の経済活動を標的とする破壊力が高い一方で、武器を使う戦争よりも実施に踏み切るハードルが低い。効果的な抑止力は、そのような戦争形態は必ず諸刃の刃となることだ。

 余談になるが、現在中国は科学的根拠を一切無視して日本からの海産物の輸入を一方的に禁止している。台湾有事に繋がるかどうかは別として、これも21世紀型の戦争の一手段、中国流に言えば「超限戦」の一つと捉えることができるのではないか。一方これは諸刃の刃なので、中国国内に相当な被害をもたらしていることが明白である。

<戦後の国際秩序の崩壊>

 安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻したことによって、安保理は機能不全に陥った。その結果、政治・外交面でのG7の役割が重要になり、軍事面では休眠状態だったNATOがアクティブモードとなった。NATOは2023年にフィンランドの加盟が認められ31ヵ国に拡大し、さらに現在スウェーデンが承認待ちとなっている。ロシアはNATOの東方拡大を何よりも嫌っていた筈だが、ウクライナ軍事侵攻によってフィンランド、スウェーデンの加盟を招いたことは歴史的かつ致命的な大失敗だったと言えよう。

 ウクライナ軍事侵攻を契機として、中露が中核を占めるBRICSが拡大し、G20の活動が活発化している。従来BRICSは5ヵ国だったが、中露の働きかけの結果、2024年からアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦が参加し11ヵ国体制に拡大することが決まった。ウクライナ戦争を契機に国際安全保障の枠組みが多様化し、多極化している。

 WW2以降の国際秩序はアメリカを軸に変遷してきた。対立の構図の変遷を俯瞰すると、図のように表現できるだろう。

 WW2米ソ冷戦ポスト冷戦→米中新冷戦
対立の構図英米ソvs独日米国vsソ連米国一強→米国vs中国
戦争の狙い独日潰しソ連崩壊ロシアと中国の弱体化
<ドル覇権>

 1971年にニクソン大統領はドルの金兌換停止を宣言した。これはベトナム戦争による財政悪化の解決策として、大統領が議会に諮らずに発動した新経済政策だった。その後為替相場は変動相場制に移行し、大幅な円高・ドル安となり日本経済は大きな打撃を受けた。

 1973年には第一次オイルショックが発生し、世界的に原油価格が高騰した。財政赤字とドル防衛という二つの危機に直面したニクソン大統領とキッシンジャー国務長官は、1974年にサウジアラビアとの間で、ドル建て決済で原油を安定的に供給する代わりに安全保障を提供する協定(ワシントン・リヤド密約)を交わした。こうして原油の決済通貨となったドルが基軸通貨の地位を保持することに成功した。これをペトロ・ダラー・システム(以下、PDS)と呼ぶ。

 そして2022年にウクライナへ軍事侵攻したロシアに対する制裁として、アメリカは国際決済ネットワーク(SWIFT)からロシアの主要な金融機関を排除した。基軸通貨ドルを「兵器化」したのだが、これは「諸刃の刃」であり、今後決済通貨のドル離れに拍車をかける結果を招くだろう。

<アメリカ民主主義の崩壊>

 2020大統領選で大規模な選挙不正が行われ、さらに2021年1月6日に連邦議事堂への暴徒乱入事件が起きて以来、アメリカの議会制民主主義は崩壊の危機に瀕している。果たして選挙不正はあったのかそれとも陰謀論なのか、連邦議事堂への暴徒乱入事件は偶発的だったのか、それとも政治的に仕組まれた事件だったのか、さらには乱入したのはトランプ支持の過激派だったのかそれとも民主党系の過激派だったのか疑問は多い。但し本記事のテーマではないので、ここでは立ち入らないことにする。

 2024年の大統領選を前にして、バイデン政権はトランプ氏の大統領選出馬を阻止するため、トランプ氏の起訴を連発してきた。一方、今まで司法省やFBI上層部による妨害によって、何度も起訴が見送られてきたバイデン大統領次男のバイデン・ハンター氏がようやく起訴された。さらに共和党のマッカーシー下院議長はバイデン大統領の弾劾に向けた調査を行う委員会の設置を決定した。

 このようにアメリカ政治は泥沼化し、しかもかなり深刻化していると言わざるを得ない。ここには国際社会と同様の、かなり乱暴な権力行使の構図が見え隠れしている。

 ロシア産天然ガスをドイツに供給するノルドストリーム・パイプラインの爆破事件から1年が過ぎて、誰が実行した事件なのかについて報道が再燃した。しかしこの事件の構図は極めて単純である。初めに、当事者であるドイツとロシアは、損失が非常に大きいので犯人ではあり得ない。次に、ウクライナには得るものがないだけでなく、周辺国に悟られずに海底に敷設したパイプラインに爆薬を仕掛け、後日遠隔操作で爆破を敢行する能力があるとは思えない。

 従って、動機と能力を併せ持つのはアメリカのみである。政府が関与する事件の場合、歴史上の事例が示すように、最後まで白黒ハッキリすることなく、ウヤムヤのまま闇に葬られることになるだろう。しかしこの事件は、ウクライナへの軍事侵攻と同等に、国際秩序を破壊する行為であることは言うまでもない。

<中国経済の崩壊>

 中国経済の崩壊が始まっている。2020年12月、格付け会社フィッチ・レーティングスは、中国恒大集団が部分的なデフォルトにあると認定した。中国恒大集団は2023年8月17日にニューヨークの裁判所に米連邦破産法の適用を申請した。不動産最大手の碧桂園も資金難によるデフォルト危機に直面している。9月19日には融創中国が米ニューヨークで破産法の適用を申請した。

 このように中国ではGDPの1/4を占める不動産業界のバブル崩壊が深刻化している。ウォールストリートジャーナル紙は9月20日に、「中国の民間巨大開発業者の時代は終わった」とし、「中国人の富の大部分が崩壊する可能性があり、彼らがパニックになるのを防止するにはどうすべきか。それは簡単ではない」と警告する記事を発表した。

 さらに9月20日のフォーブズ日本版は「中国共産党の正統性は5%を優に超える経済成長率にかかっている。2022年の3%という経済成長率は、中国のような規模や発展レベルの経済にとって景気後退の領域に入るものだ。」と分析している。

 ちなみにIMFが発表した中国の経済成長率は、コロナ前の2019年が5.95%、コロナが始まった2020年が2.24%、2021年が8.45%、2022年は2.99%だった。2021年の伸びはゼロコロナ政策による前年度の落ち込みに対する反動と考えられる。2022年の数値はパンデミックから未だ立ち直っていないことを物語る。そして今までに公表された2023年の諸経済指標は何れも惨憺たる値であり、客観的に考えれば2023年はマイナス成長である。

 「中国の統計では3割水増しは常識である」と言われる。中国経済の崩壊は既に始まっているとみるべきだ。ゼロコロナ政策の致命的な失敗を契機に40年に及ぶ経済成長期が終わり、「中所得国の罠」を克服できないまま経済が失速した。急速な少子高齢化と不動産バブルの崩壊が同時に進行していて、1000兆円を優に超える不良債権が残された。習近平国家主席の目論見は破綻し、中国経済のみならず共産党一党支配も崩壊の危機に直面していると見るべきだ。

<EUの停滞>

 EUは1992年に統合され、1999年に統一通貨ユーロが誕生した。EU経済のエンジン役ドイツは強いユーロによって安価な天然ガスをロシアから調達し、中国との関係を密にして経済成長を実現した。それがウクライナ戦争が起きて独露間の蜜月関係は終焉を迎えた。さらにアメリカからの対中デカップリングへの参加要請を受けて、中国との関係も急速に冷え込んだ。こうしてポスト冷戦時代の「強いユーロ、豊富で安価なロシア産エネルギー、巨大市場中国」というドイツの成長モデルが機能しなくなった。

 ロシア特命全権公使、ウズベキスタン・タジキスタン特命全権大使を歴任した元外交官の河東哲夫氏は、現代ビジネスの9月29日の記事で次のように書いている。

 「ユーラシア大陸を巡って米国の力は低下し、中国は停滞、ロシアは衰退し、インドとトルコの力が上昇している。欧州は目下停滞している。2020年1月31日のブレグジットで英国がEUを離脱したために、EUのGDPは15%減少し、EU経済のドイツは再び≪欧州の病人≫となった。ウクライナ戦争で欧州はロシア軍を追い出す力もなく、和平交渉に向けてウクライナを説得する力もない。一方東欧、北欧、バルト三国はロシアの復讐主義の脅威に晒されている。」と。 

 さらに加えれば、ウクライナ戦争を契機としてEUの分断が進んでいる。まず増加一途の移民難民に寛容な西欧加盟国と、拒否する東欧加盟国で意見が対立している。加えてウクライナ戦争後のエネルギー危機に対し、経済力に任せて対処した西欧諸国とそれができない東欧・南欧加盟国の間で軋轢が生じ、一枚岩だったEUの連帯に亀裂が生じている。

<世界金融危機>

 世界の主要国で金融危機がくすぶっている。前述したように、中国の不動産バブル崩壊は巨額の不良債権の処理を誤れば、たちまち金融危機へと発展する危険性が高い。そしてもし金融危機が起きると、経済成長の落ち込みがさらに深刻化し、さらに低成長が常態化するようだと共産党政権の正統性に波及して一党独裁政権が倒壊する危険性が高まる。

 アメリカ発金融危機も懸念される。これには主に二つの原因がある。一つはアメリカがドルを兵器化したことによって決済通貨の多様化が進みドル覇権体制が揺らぎ始めたことだ。他一つは8月2日に米財務省が今後1年間に国債発行を6割増とすると発表したことだ。これはバイデン政権が行った大型財政政策のツケであり、今後の長期に及ぶ構造的な金利上昇要因となる。

 1987年に起きたブラックマンデーは長期金利の急落が引き金になって起きた。今後長期金利がさらに上昇する展開となると、機関投資家が債券の見切り売りに転じてブラックマンデーの再来を招く恐れがあるという。(参照:市岡繁男、JBPRESS、9月2日)

 WW2後の歴史において、バブルとバブル崩壊はスパイラルを描きながら繰り返されてきた。1970年以降世界で発生したバブルは130回に及ぶという。バブル崩壊も、金融資産が増えた近年以降頻繁に起きていて、政府と中央銀行による金融引き締め政策(金利の引き上げ)が誘発している。

 そのメカニズムはこうだ。まず中央銀行が行う金融緩和・低金利と、政府が行う財政出動が市場に豊富な資金を提供する。次にそれが過剰流動性を起こし、世界各地で投機が過熱してバブルを引き起こす。バブルが過熱すると、インフレや投機熱を下げるために中央銀行が一転して金融引き締め(つまり長期金利の引き上げ)を行うので、未来の暴落を警戒する投資家が先を争うように債券や株式、土地を売却し、加熱が一気に覚めてバブルは崩壊する。

 バブル崩壊が起きると銀行破綻の連鎖が起きないように、政府・中央銀行は巨額の資金を投入するのだが、それが次の更に大きなバブルの原因となるという訳だ。しかもサイクルを繰り返す内に、バブルの規模は増大していく。この問題の本質は、いつの間にかバブル依存となった経済成長にある。

 トランプ前大統領は9月8日に行った演説において、次のように発言した。「私たちは恐らく大恐慌に向かっている。こんなことを言ったのは初めてだ。唯一の問題は、それがバイデンの任期中に起きるか、自分の任期中に起きるかだ。」

<技術革新がもたらす危機>

 政治経済における危機とは別に、人類は技術革新(以下、TI)がもたらす危機に直面している。特にAIとバイオは核兵器に次いで人類を脅かすテクノロジーとなる可能性が高い。

 北海道大学の小川和也客員教授は、著書『人類滅亡2つのシナリオ、AIと遺伝子操作が悪用された未来』の中で、「この2つの技術は、我々の根源である知能と生命に直接的に大きな影響を与えるため一層輝かしく、その一方で従来の技術とは異質の脅威、闇を作り出す潜在力も持つ。」と警鐘を鳴らしている。

 人類は宇宙と生物、物質を解明する科学を発展させ、TIを次々に起こしながら社会を発展させてきた。歴史において、農業革命、産業革命、IT革命を生み出し、現代の最新のテクノロジーはAI革命やゲノム革命を起こしつつある。ここで注目すべきことは、TIの歩みは非線形であり、時間の経過とともにより破壊的に、より急激になっていることだ。

 しかしいつの時代でも、またどのテクノロジーもがそうであったように、TIは常に諸刃の刃であった。現在進行中のAI革命とゲノム革命が、従来のTIを凌駕する変化をもたらすことは間違いない。TIがより破壊的になることは、既に核兵器の登場が証明しているように、使い方を誤れば人類の存続をも脅かすということだ。映画『ターミネーター』はAI搭載ロボット、『ダイハード4』はサイバーテロ、『インフェルノ』は人口削減を狙ったウィルステロを主題としており、何れも近未来に起きる危機を予告するものとなっている。

 周知のように、生物は約38億年前に地球上のどこかで発生し、進化と絶滅を繰り返してサピエンスに辿り着いた。生物進化の歴史では大量絶滅が少なくとも5回起きたことが解明されているが、絶滅を起こした原因として、大規模な火山噴火による寒冷化、酸素濃度の激減、それと巨大隕石の衝突が想定されている。

 AIが進化して核戦争の引き金を引く可能性、人工的に作られたウィルスが人工的にばら撒かれて人類を壊滅させる可能性など、史上6回目の大量絶滅は、破壊力を増すTIに対し、それを統制するガバナンスが追いつかないためにもたらされる可能性がある。

 第2部では8つの危機が何故起きているのかについて考察を加える。

世界で進行中の事態(後編)

 前編では何れもが歴史の転換点と呼ぶべき大事件を5つ取り上げて概観した。後編ではそれらを個別に眺めるのではなく、因果関係と相関関係について考え、事件の背景に潜む力の作用について考察を加えてみたい。

ロシアと中国に対する同時二正面戦争

 アメリカはウクライナ戦争でロシアに対し制裁を科す一方で、同時に中国に対する経済制裁を強化した。武器こそ使わないものの、これは露中両国に対し二正面の戦争を始めたことに他ならない。そのような無謀と思える戦争に何故踏み切ったのだろうか。

 一つはっきりしていることは、アメリカが2022年10月に発表した『国家安全保障戦略』に、「中国は国際秩序を再構築する意図と、それを実現する経済・外交・技術力を併せ持つ唯一の競争相手」と明記したことだ。中国の挑戦を退けることが最優先の命題になったと宣言したのである。

 しかし、もしロシアの力が温存された状態で対中戦争を仕掛ければ、中露が連携してアメリカと対峙する最悪の事態となる。それ故にバイデン大統領は執拗にプーチン大統領を挑発してウクライナへの軍事侵攻を起こさせ、ウクライナへの全面的な軍事支援と制裁によってロシアを先に疲弊させる戦法をとった。そしてその効果が現れてきた昨年末になってから中国に対する制裁を本格化させた。そういう解釈が成り立つのではないだろうか。

 それにしても、露中を相手に同時二正面戦争を始めること自体、幾ら何でも無謀と言わざるを得ない。それでも同時に遂行せざるを得ない事情があったということだ。考えられる理由はバイデン大統領の任期である。

 周知のように、2020年の大統領選挙ではなりふり構わず大規模な不正を行ってまでトランプ大統領の再選を阻止した。それはトランプ政権では、現在遂行中の戦争を「起こせなかった」からと考えれば辻褄があう。

 この原稿を書いている現在、トランプ前大統領が起訴されたというニュースが飛び込んできた。これは2024大統領選を睨んだ、政治的な起訴であることが明白だ。「34もの軽微な罪状」という組み立て自体が「なりふり構わず」の粗雑さを物語っている。果たしてトランプ氏が追い詰められるのか、それとも乱暴な手を打つことで逆に民主党陣営が自滅していくのかはまだ分からないが、起訴をキッカケにアメリカの分断が一層過激化し深刻化してゆくことは確実である。

 以上から「バイデン政権の任期は4年しかない」という認識に立って考えるならば、同時に二正面戦争を仕掛ける他なかったという考えに至るのである。

ブレジンスキーの予告

 ズビグネフ・ブレジンスキーは、ジョンソン政権で大統領顧問を務め、カーター政権では大統領補佐官を務めた政治学者である。元駐ウクライナ大使だった馬渕睦夫氏はブレジンスキーの著書『Second Chance(ブッシュが壊したアメリカ)』から氏の言葉を紹介している。(参照:資料6)

 ≪アメリカは東西冷戦後唯一の超大国になったにも拘わらず、ブッシュ親子、クリントンの三代の大統領はリーダーとして世界のグローバル市場化に成功しなかった。これで第一のチャンスを逃した。2008年に就任するオバマ大統領によるグローバル市場化が第二のチャンスとなる。もしオバマがこれに成功しなかったら、次の第三のチャンスはない。≫

 ブレジンスキーの予告に対して、馬渕氏は「これはもしオバマが失敗すれば、世界をグローバル市場化するにはもう戦争しかないと予言しているように思える。」と述べ、さらに「ディープステートはヒラリー・クリントンを使って第三次世界大戦を起こそうと画策していたが、ヒラリーがトランプに敗北したことでその危機が回避された。」と書いている。

 そして現実に、トランプ大統領の再選を阻止してバイデン政権を誕生させ、ウクライナ戦争から現在に至る一連の事件が起きた。これはブレジンスキーが予告した「第三のチャンス」が満を持して実行されたようにみえる。

ジョージ・ソロスの宣告

 バイデン政権の行動を理解する上でもう一つ重要なことがある。それはユダヤ系国際金融資本家の代表格というべきジョージ・ソロスが中国をどう見ているかという点である。国際関係アナリストの北野幸伯氏が著書の中で、次のように書いている。(参照:資料7)

 2019年1月に開催されたダボス会議でソロスがスピーチを行った。その中でソロスは「今夜、私はこの時間を、開かれた社会の存続を脅かすこれまでにない危険について、世界に警告するために使いたいと思う。・・・中国は、世界で唯一の独裁政権ではない。だが間違いなく最も経済的に豊かで、最も強く、機械学習や人工知能が最も発達した国だ。これが開かれた社会というコンセプトを信じる人々にとって、習近平を最も危険な敵にしている。」という演説を行った。

 ソロスが言う「開かれた社会」とは、ブレジンスキーがいう「グローバル市場化」と同義である。バイデン政権を強引に誕生させた勢力はユダヤ系の国際金融家集団であり、現代ではディープステートと呼ばれるが、ソロスはその代表的存在である。そう考えると、ダボス会議でのソロス発言は「ディープステートが習近平に対し宣戦布告した」と受けとめるべきだろう。

隠されているシナリオ

 資料6の中で馬渕睦夫氏はこうも述べている。「グローバリズム=国際主義とは、基本的に国を持たない離散ユダヤ人の発想である。・・・そもそも国連はグローバリズムを推進する機関であることに注意が必要である。」と。

 ちなみにソロスの発言はトランプ政権下のときであり、バイデン政権が発足したのは2021年1月だった。ウクライナ戦争が勃発したのが2022年2月で、バイデン政権が対中半導体禁輸措置を打ち出したのが2022年10月だった。このタイムラインの背後にはシナリオが隠されている可能性が高い。

 あくまでも大胆な仮説と断った上で言えば、つまりこういうことだ。まずユダヤの国際金融家がダボス会議で「世界のアジェンダ」を発表して、脱炭素やEV推進に象徴される大きな潮流を作る。次いで国連を動員して世界に浸透させ推進して、最後にそれに反対する勢力は軍事力や制裁によって攻撃するというシナリオが見え隠れするのである。

制裁は「諸刃の刃」

 それにしても、露中何れに対する制裁も「諸刃の刃」である。ロシアはエネルギー大国・軍事大国、中国は経済大国・軍事大国である。制裁は強力であるほど副作用も大きい。アメリカはロシアを国際銀行間金融通信協会(SWIFT)から追放し、世界に対しロシア産エネルギーを買わないように呼びかけた。ロシアの立場に立って考えれば、この制裁をできるだけ無力化する方策は、米欧以外の国々にエネルギーを安値で売り、しかもその決済にドルを使わないことだ。

 この結果、アメリカにとって容認し難い変化が進行する。第一に世界のPDS離れが進み、第二は欧州でエネルギー危機が深刻化し、そして第三にインド、トルコなどロシアとの結びつきが強い国々がアメリカ離れを起こす。中国に対する制裁にも同様の構図が成り立つ。

 さらに中露両国に対して同時に制裁を発動すれば、中露の同盟強化と、中露によるBRICSやグローバル・サウス諸国の取り込みを加速させることになる。この結果、制裁が長引くほど、アメリカ経済へのダメージとアメリカ覇権体制の弱体化が進む。正しく諸刃の刃なのだ。

国際秩序スキームV3.0

 ロシアにどのような言い分があろうとも、ウクライナへの軍事侵攻が安全保障理事会のあり方、常任理事国のあり方、さらには国際秩序のスキームの限界と矛盾を提起したことは否定できない。

 歴史を振り返ると、第一次世界大戦が終結した時に国際連盟が創設され、第二次世界大戦が終結した時に国際連合となった。安全保障理事会常任理事国は創設時には英、米、仏、ソ連、中華民国の5か国だったが、1971年10月に中華民国に代わって国連総会での討議を経て中華人民共和国が常任理事国となり、台湾は国連を脱退した。そしてソ連が崩壊した後の1992年に後継国としてロシアが常任理事国となったが、国連総会で継承の正統性は討議されていない。

 また国連憲章23条は安保理常任理事国を規定しているが、英米仏の他は、Republic of China(中華民国)とUnion of Soviet Socialist Republics(ソビエト社会主義共和国連邦)のままでこれも修正されていない。

 第二次世界大戦当時の独日伊三ヵ国に対するいわゆる「旧敵国条項」(憲章53条、77条、107条)も、1995年の国連総会において削除することが賛成多数で採択されたものの、未だに修正されていない。(出典:参議院)

 いずれにせよ、既に第三次世界大戦が始まっているという解釈も存在する中で、国際秩序の新たなスキームV3.0(国際連盟がV1.0、国際連合がV2.0と仮定)の再構築が焦眉の急となったことは確かだ。

多極化に向かう世界

 かつてオバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と述べた。トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を叫んだ。民主党陣営の背後に陣取るユダヤ系国際資本家集団も、歴史において終始多極化を推進するオプションを選択してきた。さらにバイデン政権が露中に対して遂行中の二正面戦争は、長期化すればするほど露中と同時にアメリカの弱体化を促進してゆくため、ウクライナ戦争の終結がどうなろうとも、世界は多極化の方向に向かうと思われる。

 日本がそうであるように、各民族は独自の歴史と文化を持ち、固有な宗教観や死生観を持っている。いかなる国もそれを根底の基盤として、その上に近代国家の様式を構築してきた。従って、自由と民主主義が近代国家の価値観としてその他のものよりも優れているとしても、各国がそれを受け入れるために民族固有の基盤部分を放棄することはあり得ない。

 つまり世界各地で様々な軋轢を生みながら、長い時間をかけて世界は多極化へ向かってゆくことが予想されるが、ここで大事なことが二つある。一つは各民族が持っている歴史と文化、宗教と死生観の多様性を相互に認める上での多極化でなければならないこと、もう一つは多極化を前提とする国際秩序のスキーム3.0の整備が不可欠だということだ。

同時多発的で予測不能

 一つ一つが世界規模で重大な事件が、現在同時多発的に起きている。ただし個々の事件は単発的に起きているのではなく、特に政治や軍事的な事件には明快な因果関係が存在する。

 たとえば、米欧で連鎖した銀行破綻と中国の経済危機は、同時期に進行しているものの因果関係はないだろう。露中に対する経済制裁と銀行破綻の間にも因果関係はない。

 また銀行破綻が再燃して金融危機に発展する蓋然性は高いと思われるが、それがいつ起きるかを予測することは難しい。最悪の場合、制裁による副作用が深刻化してゆく最中に金融危機が起きる可能性も考えられるが、その場合リーマンショック以上の大惨事となることは間違いない。

 特に中国経済の現状は相当に深刻である。欧米で金融危機が起きる事態と、中国経済が崩落する事態と、何れが先に起きるのかは予測できない。もし中国経済崩落が先なら露中が共倒れとなり、欧米での金融危機が先なら米国覇権の衰退が加速するだろう。誠に一寸先は闇という他ない。

エピローグ

 4月3日の産経新聞正論に、日本大学の先崎彰容教授が現在の『東西デカップリング』の根底に潜む問題について、フランシス・フクヤマの見解を紹介している。興味深いので要点を引用介する。

 まず課題認識として、「世界が自由主義陣営と全体主義体制に分裂している中で、深刻な問題は自由主義陣営が自壊しつつあることだ。」とし、その原因は過激なリベラリズムの台頭にあると洞察している。アメリカ国内で激化している政治的分断の背景にも同じ構図がある。

 そして「本来のリベラリズムには宗教的多様性を認める寛容性があり、個人の自律を何よりも重んじるのに対して、現在のリベラリズムは過激な左右の言論によって本来の姿を失いつつある。」と問題の本質を指摘する。

 その上で、現状を打破するための着眼として「中庸とは自制心を意味し、また必要とする。極限までの感動や最大の達成を求めないように意識的な努力を必要とする。」として、中庸を取り戻すことの重要性を述べている。

 以上述べてきたように、あらゆる意味で世界は今大きな転換点に立っている。戦後最大の危機であり、この混乱を収めて再び秩序化させるプロセスは相当困難なものとなるに違いない。その時にフクヤマがいう「中庸」というキーワードが重要になるのではないだろうか。ここに日本が果たす役割があるように思うのである。

参照した文献:

・資料6:「ディープステート」、馬渕睦夫、WAC、2022.10.4

・資料7:「日本の地政学」、北野幸伯、育鵬社、2022.9.20

国力を取り戻す

1.転換点

 第二次世界大戦が終結した以降の戦後史を振り返ると、1989~1991年にはソ連邦崩壊と日本のバブル崩壊が起きており、世界的にも日本としても戦後の転換点だった。そしてソ連邦崩壊を契機として、主役が交代するように中国の台頭が始まった。以下に述べるように、「世界大乱の始まりの年」である2022年は、戦後第二の転換点として歴史に記録されるだろう。

 ロシアによるウクライナ侵略戦争が半年に及び、今年も残り4カ月となった。2022年の大乱はウクライナ戦争から幕を開けたが、これは大乱の第一幕である。本丸はアメリカと中国である。既に米中冷戦は始まっているが、現在米中は共に政治・経済の両面で混迷を極めている。

 一方、日本の戦後史は、憲法を盾にして「経済重視・軽装備・協調外交」方針に基づいて破竹の勢いで経済成長を遂げた前半の45年と、バブル崩壊以降の後半の「失われた30年」の二つに分けて捉えることができる。そして2022年は日本が再び低迷を脱して世界の舞台で活躍する転換点となるだろう。

2.高インフレと資産バブルが進むアメリカ経済

 FRBのパウエル議長は9月2日に、「家計や企業に痛みを伴っても、インフレ抑制のため金融引き締めを続ける」決意を表明した。アメリカでは資産インフレが消費者物価の急騰を促している側面があり、不動産価格が高騰して株価は最高値圏にある。そのためにFRBがインフレ抑制対策として金融引き締めを断行すれば、同時に資産バブル崩壊を招く危険性がある。

 資料1は、今のアメリカはバブル経済の時の日本にそっくりだという。但し決定的に異なる点が一つある。それは日本のバブルでは円高が急速に進んだために輸入物価を引き下げるデフレ効果が働き、消費者物価は極めて低かった。言い換えれば、日本のバブルでは資産インフレという強烈なインフレ要因を、円高という超デフレ要因が相殺していたことになる。

 これに対して現在のアメリカではドルは急騰しておらず、インフレ要因を相殺するデフレ要因が存在しない。アメリカのインフレの一因は「ドルの刷り過ぎ」にあるので、過剰にばら撒いたお金を回収しないことにはインフレは収まらない。FRBの金融政策はこの意味で、諸刃の刃となるだろう。

※資料1:「バブル崩壊は再び襲ってくる、今のアメリカはバブル崩壊前の日本にそっくりと言えるワケ、お金の刷りすぎで”ジャブジャブ”の異常事態」プレジデント・オンライン、2022.8.28

3.「溢れたドルの宴」の終焉

 今やインフレ対策は世界的な最重要課題となってきた。今回のインフレは直接的にはエネルギーや食料価格の上昇が原因であるものの、主要国の大規模な量的緩和等、複数の要因が複雑に絡んで起きている。

 FRBによる金利引き上げは、ドルのアメリカ回帰を促進するため、世界不況の引き金となる恐れがある。量的緩和政策の結果、溢れたドルが世界中に流通して宴を提供してきたのだが、それが逆流することになる。パウエル議長の決意表明は、宴の終わりを告げる号砲となるだろう。

 それにも拘らず、FRBが断固として金利の引き上げを進める背景には、もっと長期的な狙いがありそうだ。資料2によれば、金利引き上げの真の目的は、1970年代にアメリカが経験した高いインフレを伴う長期的な経済の弱体化を回避することにあるという。高インフレの経済では景気循環が非常に激しく起こり、好景気と景気後退が繰り返される。FRBはアメリカ人の長期的な繁栄のためには低インフレが必要なことを理解しているのだという。

※資料2:「インフレ対策は消費者支援のためではない、米FRB政策の真の目的とは」、フォーブズ・ジャパン、2022.9.5

 さらに資料3は、今回のインフレの背景に、長期的なイノベーション停滞が関係している可能性があると示唆する。1970年代にアメリカを襲ったスタグフレーションで、アメリカは長期的な生産性の伸び悩みという問題に直面した。背景にはイノベーションの問題が関わっていた可能性が高いという。

 イノベーションの停滞による成長の限界がインフレの正体であるとすると、これは歴史的・構造的な問題であり、世界経済が数十年に一度の大きな転換点に差し掛かっている可能性が示唆される。この仮説が正しければ、新しいイノベーションが登場して次の成長フェーズに入るまで、抜本的な解決にならない可能性もある。

※資料3:「一筋縄ではいかないインフレ対策、世界経済にいま何が起こっているのか?」、加谷珪一、JBPress、2022.9.5

4.バブル崩壊から経済破綻に向かう中国経済

 一方中国経済は、2020年9月に不動産大手の恒大集団が経営危機で注目されるようになってから、中国政府が強制的にバブル崩壊を食い止めている状態にある。現在では資金繰りが悪化した不動産開発会社がマンションの工事を中断し、購入者がローンの返済を拒否する事態に発展しているという。

 資料4によれば、中国金融当局は不動産開発の上位50社に資金を提供してきた国有の不良資産受け皿会社(バッドバンク)4社に対して、財務が脆弱な不動産開発企業の再編、不良債権の購入等を要求してきたが、好況時には100兆円を超える融資をしてきたバッドバンク自体が今では巨額の貸し倒れを抱えて救済を待っているという。

※資料4:「中国バッドバンク、不動産危機救えず-評価損抱え救済待つ」、ブルームバーグ、2022.8.30 

 バッドバンクの一社の今年上半期決算は189億元の赤字(前年同期は1.6億元の黒字)だった。他の一社は昨年の純損失が86億元(前年は21億元の黒字)だった。しかしながら不動産業界が抱える不良債権の額はけた違いであり、本格化するのはこれからである。(※1人民元=約20円)

 田村秀男は『金融危機に発展の恐れも』と題した8月28日の産経のコラムで、「今季前半の中国の経常収支黒字が1690億ドルだったにもかかわらず、外貨準備は1790億ドル減少した。合計で3480億ドルの資本が外部に流出したことになる。」と報じている。外国投資家が保有する債権が3月に売り越しに転じていて、3月~7月までの合計で836億ドルに達したことと、これに中国の既得権益層が同調して大規模な資本逃避が起きたことが背景にあると分析する。

 さらにその深層には米中金利差の拡大があり、今後もFRBが金利引き上げを継続すれば、資本逃避はさらに加速することが予測され、ドルに対する人民元相場が一層下落し、金融危機へと発展しかねないと警告する。

 その上で田村秀男は、今回の危機は資本逃避に留まらず、金融危機、経済の全般的混乱へと発展する可能性に言及している。リーマンショックが起きた時にFRBは大規模な量的緩和策を行ってくい止めた。もし中国でリーマンショック級以上の混乱が起きた場合、外貨準備に連動して人民元を発行しているため、外貨準備が激減している現状では量的緩和策をとることができず、潰れる不動産開発企業や金融機関を救済できないことになる。

5.「財源の壁」:日本経済

 令和5年度の概算要求は、過去最大だった令和4年度と並ぶ110兆円規模になるという。令和5年度の概算要求基準は、自民党内の積極財政派に配慮し、防衛費や脱炭素化、物価高騰対策といった重要政策について、必要額を示さずに項目だけを記載する「事項要求」を認めた。このため、防衛費は過去最大の5兆6000億円を計上する他に、事項要求が100項目ほどあり。最終的な予算額は前年度よりも1兆円ほど多い6兆円台半ばに拡大する見込みであるという。

 最終的な金額が幾らになろうが、予算編成の段階では、「財源をどうするのだ」という議論になることは明らかである。この「財源の壁」を克服できなければ、「防衛費を大幅に増大する」と言ってみたところで絵に描いた餅になるだろう。税収が増えない限り、財源は国債頼りとなり、財政悪化を容認するのか、それとも増税するのかという二者択一論に陥るだろう。この思考プロセスにはまれば、日本はいつまで経っても「失われた30年」というジリ貧のスパイラルから脱出することはできない。

6.失われた30年の総括

 『円安から日本を考える』(https://kobosikosaho.com/world/690/) で既に引用したように、「失われた30年」は日本の経済成長が止まった30年間をいう。図が如実に示すように、1995年以降日本は殆ど経済成長していない。1995年~2020年の四半世紀の間に、アメリカのGDPは2.7倍に増大しているのに対し、日本は9%減少した。つまりこの間に日本はアメリカの1/3に貧しくなったのであり、もしアメリカと同等の経済成長を遂げていたなら、GDPは3倍になっていたことになる。

 資料5はデフレの30年間で日本が失った富を数値で分析している。主なものを表にした。

 このデータからは多くのことが読み取れるが、ここでは日本は何を失ったのか、何が起きたのかについて俯瞰してみたい。

 資料5は、「失われた30年」を、「バブル崩壊によって土地や株の価格が大きく下落し、個人は預金や現金で資産を保全し、企業は内部留保で蓄え海外に資産を移してしまった。さらに、この30年間のデフレ経済で、貧困と格差を生み出し、力強い経済成長力を失い、莫大な財政赤字を抱えてしまった。」と総括している。一つ確かなことは、資産を海外に移し、内部留保を増大させてきた企業にも相応の責任があることが明らかである。

※資料5:「喪失した富、デフレ30年の何とも重い犠牲」、東洋経済オンライン、2022.8.31

 ここで改めて考えてみたい。「失われた30年」は何故未だに克服できないのだろうか。政治に何が足りないのか。或いは日本人の致命的な欠陥が何かあるのだろうか、この原因について洞察を加える必要がある。思い浮かぶのは、「専守防衛マインド」、専ら守るばかりで攻めようとしない、戦略をもってゲームに挑もうとしない国民性だ。攻めない故に戦略はゴッコにしかならない。一例を挙げれば、日本学術会議の防衛研究拒否を容認したまま、幾ら立派な文言の「科学技術イノベーション戦略」を策定してみても、意味がないということだ。そのような画竜点睛を欠いた戦略では、世界との競争に勝てないばかりか、国際協定など平気で反故にする中露を相手に戦略ゲームを挑むこと等できはしない。

7.アベノミクスの総括

 9月3日の産経は『経済6重苦打開も続く停滞』と題した記事の中で、アベノミクスを総括している。それによると、第二次安倍政権が登場する前の日本経済は、6重苦状態で産業空洞化が進んだ。6重苦とは、①超円高、②法人税高、③経済連携協定(EPA)の遅れ、④労働市場の硬直性、⑤環境規制、⑥電力不足とコスト高である。

 アベノミクスはこの状況を変えたものの、「三本の矢」の内、財政政策は二度の消費税増税でむしろ緊縮気味となった。成長戦略はむしろ規制緩和によって非正規労働者を増加させ、所得格差が拡大した。日本人の平均給与は今も30年前とほぼ横ばいの状況が続く。足元ではウクライナ侵攻による物価上昇も加わって生活レベルはむしろ低下しているという。

 アベノミクスの評価には様々な視点があって然るべきだが、「失われた30年」から脱出できたのかという総括的な指標から判断すれば、明らかな失敗だったという他ない。そしてアベノミクスの失敗は、消費税増税を敢行したことに尽きる。成長と財政健全化の二兎を追ったために双方が中途半端になったのだ。安倍元首相は消費税増税に反対だったにも拘らず、それが民主党政権下での三党合意だったために抗しきれなかったのだという。

 問題は安倍首相でも消費税増税を拒否できなかったのは何故かという点にある。三党合意があったからというのは理由にならない。総理大臣という地位にあって、「失われた30年」からの脱出に強い意思を固めていたのであれば、かつ消費税増税は誤りだと理解していたのであれば、三党合意など堂々と破棄してでも意思を貫くべきだったと思う。

 それをしなかったのは何故だろうか。その理由にこそ重要なカギが隠されている。歴史上最長の政権であったにも関わらず、しかも在任中あれほど「戦後レジームからの脱却」とそのための憲法改正を主張しながら、目立った進展がなかった理由がここに隠れている。批判を恐れずに言えば、それは「国家戦略と遂行意思の欠如」に帰着する。

 与野党間に留まらず、与党内、さらには自民党の内部において、戦略よりも政局を優先し、強い意思の発動よりも合意を是とする政治風土こそが、できなかった原因ではないだろうか。かつて小泉首相が優勢民政化を前にして「自民党をぶっ壊す」と宣言したことがあったが、本音であれ演技であれ、危機に臨んでは、意思をもって信念を貫く強いリーダーシップが求められるのだ。

8.日本の対中自律性と中国の対日脆弱性

 9月29日で日中国交50周年を迎える。櫻井よしこは「この半世紀、基本的に日本側は政財界共に前のめりで中国を支え、結果として中国に騙されむしり取られた」と総括している。この通りだろう。古森義久が2020年12月に『日本の対中政策の無残な失敗』と題した記事を書いていることは既に紹介した。(https://kobosikosaho.com/daily/485/)

 資料6で、細谷雄一は『狭まる日本の対中自律性』と題した興味深い記事を書いている。「日中正常化から50年を迎えるが、この間に、日中関係を規定してきた環境は大きく変容し、日本が自律的な対中政策をとる余地は大幅に縮小した。環境の変化は、①日中、米中の軍事的バランスの変化、②中国の対外環境の変化、③経済政策である。三つの環境の変化から中国には日本に接近するインセンティブは殆どなくなった。」と洞察している。

 その上で、「日本は中国の対日脆弱性を強化する必要がある。数少ないテコとなるのは民間企業の経済活動だ。経済的手段で他国に影響力を行使し、自国の利益を得るエコノミック・ステートクラフトの手法が重要となる。」と指摘する。

※資料6:「狭まる日本の対中自律性」、細谷雄一、産経、2022.8.30

 「日本の対中自律性」と「中国の対日脆弱性」という概念は、誠に核心を突いた表現である。「中国の対日脆弱性」を高めるためには、手段を論じる前に、中国を封じ込める対中戦略を明確にすることから始める必要がある。過去に中国に関わるさまざまな政府文書が作成されたが、中国に配慮して主語や対象に「中国」を明記しないものが多かったことは事実だ。中国を最大の脅威と明確に位置付けた上で、必要十分な対策を講じるのでなければ、戦略にはならない。

 中国に対する戦略を考える上で重要な要点は、中国の強みも弱みも専制主義国家にあることだろう。少なくともソ連邦崩壊後の30年において、強みが如何なく発揮されてきたことは事実である。しかし2019年10月に行われたトランプ政権のペンス副大統領演説を転換点として風向きが反転したのである。近年では中国の国内外において、専制主義国家であることの弱みが随所に現れてきた。

 分かり易い事例を二つ挙げよう。一つはゼロコロナ政策による執拗なロックダウンであり、他一つはIT企業潰しである。どちらも経済よりも習近平主席の面子を優先したものであることは明らかだ。対中戦略において重要なことは、戦略の要諦が相手の最大の弱点を攻撃することにあることを肝に銘じることだ。

9.国力を取り戻すために

 2022年は世界大乱の始まりの年と書いた。この大乱を乗り切るために、日本は何をすべきだろうか。「失われた30年で日本が喪失したもの」を一言で表現すれば、それは「国力」であろう。戦後75年の間に喪失した国力を取り戻すことが何よりも優先する命題である。

 安倍首相が凶弾に倒れた以降、永田町では統一教会に議論が集中しているが、現在世界は大乱の真っ只中にある。はっきり言って統一教会などどうでもよいのだ。迫りくる有事や国益を横において、政治家が統一教会の議論に没頭する様は、見るに堪えない惨状という他ない。

 安倍元首相は終始「戦後レジームからの脱却」を唱えていた。戦後史を俯瞰的に眺めると、戦後レジームを単に憲法改正と安全保障に関わる問題に留めるべきではないことが分かる。それは世界の大乱前夜にして、戦後「経済重視、軽武装」でやってきた路線の転換であり、「失われた30年」からの跳躍であり、「ダチョウの平和」で世界を見てきたメンタリティへの訣別として捉えなければならない。

 そのためには発想を大胆に転換することが重要だ。2022年現在、既に述べてきたように米中経済は資産バブル崩壊の危機に瀕している。対応を誤れば、FRBの金利引き上げによって世界同時不況に陥る危険性もある。一方の日本はどうかと言えば、失われた30年から本気で脱却する大転換点を迎えている。米中は政治経済両面において崖っぷちに立っている。混乱と衰退に向かう両国とは逆に、日本が再び活力と自立性を取り戻して世界の課題解決に貢献することを考えるべきだ。そのためには大胆に視点を変えることだ。そのヒントは国力の方程式にある。

 国力の方程式については、他のコラムで何度か紹介してきたが、米CIA分析官だったレイ・クラインが1975年に提唱した国力の方程式は以下のとおりである。(https://kobosikosaho.com/daily/485/

   国力=(人口・領土+経済力+軍事力)×(戦略目的+国家意思)

 国力を取り戻すことの第一は経済成長を取り戻すことである。先のグラフに示したように、日本がもし1995年からの四半世紀において、日銀が目標としていた年率2%のGDP成長を成し遂げていたならば、GDPは1.64倍に増大していたのであり、財政赤字も「財源の壁」も問題にならなかったのだ。

 日本は長期トレンドとして、少子高齢化に伴い社会保障費が増加してゆく過程にある。短期トレンドとしては安全保障環境の激化に伴い、防衛費は急増する過程にある。この状況を踏まえて考えれば、歳出を賄える経済成長を果たす以外に活路はない。安定的な経済成長を実現することこそが国力を取り戻す一丁目一番地である。「財源の壁」という脅しこそが衰退国へ転落させる誘惑であることを肝に銘じる必要がある。

 政府はまたGDP比2%相当まで防衛費を増加することを内外に宣言し、反撃能力の保有を決定した。改めて注目すべきことは、成長経済を実現すれば、防衛費は仮にGDP比一定でも増加してゆく事実である。この意味からも主要国に引けを取らない経済成長を続けてゆくことが死活的に重要なのだ。

 さらに、日本がこの方程式に最も学ぶべきことは、「戦略目的と国家意思」の重要性である。日本が「失われた30年」から未だに脱出できずに膨大な富を失ったことも、アベノミクスが目的を達成できずに失敗したことも、原因は「戦略目的と国家意思」の欠如にあったように思える。