分断から内戦に向かうアメリカ

プロローグ

 アメリカ大統領選までカウントダウンとなった。過去には共和党と民主党が雌雄を決する戦いを繰り広げてきたが、近年では共和党支持者と民主党支持者の間の対立が激化して、アメリカ社会の分断が深刻化してきた。

 その根底には、アメリカ社会を構成するマジョリティの変化とマイノリティの増加がある。すなわち建国以来アメリカ社会の有権者の大半は白人層だったが、その後に起きた二つの大きな変化によって、アメリカは白人が市民のマジョリティの地位を失う最初の民主主義国家となる見込みだ。これはアメリカ歴史における大事件と言うべき変化だ。

 その二つの変化とは、奴隷の身分だった黒人層が公民権を獲得したことと、アジアや南米他からの移民が大規模に増加したことである。近年ではそれに加えて不法移民の急増がアメリカ社会にとって脅威となっており、アメリカ大統領選の重要な争点となっている。

 11月5日に迫ったアメリカ大統領選は、トランプ氏対ハリス氏、共和党対民主党、右派対左派(リベラル)対立の構図となっている。右派には何れも民兵組織のオース・キーパーズ(Auth Keepers)やⅢ%ers(Three Percenters)、左派には過激派のアンティファ(Antifa)やバーン(BAMN)が陣取っている。さらにキリスト教原理主義者(Christian Fundamentalists)と白人労働者層が右派の岩盤層を形成しており、片やディープ・ステートが民主党の背後に控え、フェミニストやマイノリティ層が左派の岩盤層を形成している。

 アメリカを分断させた両陣営が今まさに激突しようとしている。オバマ大統領以降、大統領選を経るたびに両陣営の対立は激化してきたが、今回の大統領選ではトランプ氏、ハリス氏の何れが勝っても騒乱が避けられない状況となっている。

 本資料を書くにあたって、全般的に歴史研究家のマックス・フォン・シュラー氏が書いた資料1を参照した。

1.分断の起源と歴史

 分断は2016年の大統領選にトランプ氏が登場した頃から深刻化してきた。但しトランプ大統領誕生が分断の原因ではない。分断はアメリカの歴史の中で形成されてきた現象であって、もっと根が深い。資料2が分断の起源と深刻化してきた経緯について論じているので、要点を以下に整理する。

1)アメリカの分断は2001年の同時多発テロを起源とする。平和を志向するリベラルと、報復を主張する保守の対立が現実のものとなった。

2)2008年にリーマンショックが起きた。事態の早期収拾を図るための公的資金投入に対する賛否を巡って分断が深まった。

3)冷戦後グローバル経済が拡大したのと相まって、アメリカを牽引する産業が「油まみれの」産業から知的産業へ、主役の交代が起きた。加えて2009年にはオバマ大統領が誕生し、白人層からマイノリティ層へ主役交代が鮮明になった。

4)人口構成におけるマイノリティ層の増加とそれによる白人層の相対的減少は、二大政党の支持層の構成を大きく変容させた。即ちマイノリティが民主党に結集し、「取り残された人々」やキリスト教原理主義者は共和党へ結集して、分断の構図が明確になっていった。

2.移民の国アメリカ

 アメリカは移民の国であり、基本的にアメリカ市民は移民に対し好意的である。主な理由が二つある。第一に、建国以来絶え間なく移民が流入して人口が堅調に増加し、力強い経済成長を遂げてきたアメリカの歴史がある。そして第二の理由は、優秀な移民がイノベーションの担い手となってきたことである。

 もう一つ重要な事実は、アメリカには移民を受け入れるフロンティアが常に存在したことだ。まず建国以来の歴史には「西部」というフロンティアが存在した。西部開拓の時代が終わり土地というフロンティアが消滅した後も、アメリカは移民を受け入れながら新たなフロンティアを次々に開拓していった。自動車産業はアメリカが土地に代わるフロンティアを産業分野に求めた代表的な例である。この結果、いわゆる「油まみれの産業」が成長して多くの労働者を吸収していった。

 しかし、この領域は世界との競争分野だった。とりわけ戦後の日本やドイツとの間で品質と価格を巡る熾烈な競争が起きた。さらにGDPで日本を抜いた中国が台頭すると、「油まみれの産業」分野でのアメリカの市場支配力は衰退していった。

 次にIT分野の開拓とグローバリズムの推進によって、アメリカは再び市場の支配力を取り戻した。しかしながらIT産業では、マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven)に代表される一部の企業が桁外れの利益を稼ぎ出す一方で、「油まみれの産業」で働いてきた白人労働者層はアメリカ社会のマジョリティの地位から滑落して「取り残された人々」となった。

 目覚ましい経済成長を遂げてきたアメリカはその後も世界中から移民を呼び寄せ続けた。その結果アメリカでは人種や主義の多様化(Diversity)が進み、マイノリティの権利を主張する運動が活発になった。左派が展開してきた運動の背景には「マイノリティの増大とダイバーシティの拡大」という潮流がある。

 資料3は現在の左派と右派の対立を、左派の牙城であるカリフォルニアから、しかもリベラルな視点から俯瞰したものだ。サンディエゴ大学のバーバラ・ウォルター教授はこう述べている。「アメリカが世界の牽引役であるとすれば、カリフォルニアはアメリカの牽引役である。(左派と右派の対立が激化したからと言って)アメリカは歴史の終局点に立たされている訳ではないと信じる。むしろ刮目すべき新時代の始点に立っているのだ。」

 この自負や良しだが、事態をかなり楽観視し過ぎているように思える。ウォルター教授はカリフォルニア州を「移民とインクルージョン(包含)の先進政策州」と評しているが、一方でカリフォルニアが直面している課題に眼を転じれば、ホームレス数は全国の1/4を占め、所得格差は全米で4番目に大きく、治安が極度に悪化している現実がある。治安の悪化はBLMの主張から警察を目の敵にして予算を削減してきた結果であり、カリフォルニア州が直面する深刻な課題は、「マイノリティとダイバーシティ」に係る、行き過ぎた政策を推進してきた民主党政権が招いた結果である。

3.2024年大統領選を巡る分断

 資料4は、破局に向かっている分断の背景について、次のように分析している。

1)民主主義を支えるには憲法、裁判所、規範が必要だが、米国では規範が崩れた

2)規範が崩れたのは二大政党の支持層が変わり、政党の分極化が進んだからだ

3)分極化が進んだ背景には、この半世紀に二大政党の支持基盤に起きた三つの巨大な変化がある

 ここで「三つの巨大な変化」とは、以下のとおりである。

1)1950年代後半~60年代前半の公民権運動の結果、選挙権を獲得した多数の黒人が民主党員になった

2)中南米やアジアからの移民の大半が民主党員になった

3)この動きと同時に、両党に分かれていたキリスト教福音派がレーガン政権以来圧倒的に共和党支持となった

 こうして今や民主党は都市で暮らす教育を受けた白人と、人種的マイノリティや性的マイノリティの混合体となった。ここまでの経緯を見てくると、民主党政権がマイノリティ層に対して手厚い政策を講じてきた背景に、支持基盤を維持するためという動機が働いていることが分かる。

 これに加えて、不法移民の急増と、民主党陣営による民主主義の規範の破壊によって、分断はトランプ対民主党、右派対左派の対立として先鋭化していったのである。左派と右派の双方に責任の一端があるにせよ、分断を作為的に煽ってきたのは、民主党による執拗な「トランプ攻撃」であり、熱狂的な左派によるPC活動だったことは明らかである。

 「トランプ攻撃」の代表的なものは、以下の三つである。

①トランプ大統領が就任した直後(2016~)から展開された「ロシア・ゲート事件」

②バイデン政権が誕生した2020年の大統領選挙における郵便投票を悪用した組織的な選挙不正

③2024大統領選に向けて司法当局が行ったトランプ氏の再登板を阻止しようとする執拗な「司法の武器化」

 ちなみにロシア・ゲート事件とは、2016年の大統領選挙において、ロシアがサイバー攻撃等による世論工作を行ってトランプ大統領の勝利を支援したという疑惑だが、2019年に公開された連邦政府の特別検査官による報告書では、ロシアが介入した証拠はないことが結論付けられている。

 このように大統領選挙は左派と右派が激突する最大のイベントとなっているが、その根底に左派によるPC(Political Correctness)活動、LGBTやブラック・ライブズ・マター(BLM、Black Lives Matter)に代表される「マイノリティの権利とダイバーシティの拡大」を主張する過剰な活動が横たわっていることは明らかだ。

4.分断を促進した左派

 資料1の中でシュラー氏は、「アメリカ人は完璧に差別がない社会を作ろうとする。自分の価値観を他人に強要する攻撃手段としてPCが編み出された。PCを振りかざして誰かを告発しようと躍起になる人達はSJW(社会正義の闘士、Social Justice Warrior)と呼ばれている。この性癖故に、アメリカ人は他国と共存することが出来ない。それどころか、自分の国の中でも共存できていない。些細なことを問題にして自分の国を破壊している。」と分析している。

 民主党支持層として活動する主な集団には、マイノリティの権利を執拗に主張し、PC、LGBT、BLMなどの活動を展開しているフェミニスト集団と、過激派集団のアンティファとバーン、それとアメリカの支配階級であるディープ・ステートが名を連ねている。資料1を参照して、それぞれの集団について以下に簡潔に説明する。

 まずフェミニストの活動は反ベトナム戦争から始まったウーマン・リブの流れを組むものである。彼らは社会を変える手段として学校教育を選び、小学校レベルから子供達を洗脳する教育をやってきた。この結果、現在のアメリカの教育システムは、過渡に敏感で自分勝手な人間を作り続けている。彼らは年齢的には大人だが、精神的にはとても幼稚で、どんな苦労も我慢することができない。

 次にBLMは全国的な黒人の権利主張団体である。彼らの活動は警察官に黒人が射殺された事件に抗議することから始まったが、問題なのは射殺された黒人男性の大半が犯罪者であることだ。BLMという運動は本格的な共産主義の形を見せている。民主主義において社会を変化させるための方法は政治的な活動と選挙なのだが、現在の左派はそれを無視して自分たちの価値観を他にも強制するために暴力を扇動している。

 アンティファとバーンは反トランプの中心的なグループで、正当に抗議を行う組織ではなく、いわゆる過激派集団である。アンティファは反ファシズムのグループとして1980年代に欧州で始まった。バーンは「By Any Means Necessary」の略語で「どんな手を使ってでも」という意味であり、1995年にアメリカで創設された。

 ディープ・ステートは組織ではなく、アメリカ上層部を形成する国際金融資本家、企業や官僚や軍のトップ層、それと大手メディアのトップで構成される。彼らは連携して行動する訳ではないが、共通点は戦争や危機を仕組んで大きく儲けようとする集団であることだ。

5.不可解な不法移民問題

 資料5によれば、トランプ政権下だった2017~20年には不法移民の流入数は累計でマイナスだったのが、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人に上った。特に2023~24年は240万人/年と急増している。この数字には政府の監視の目を潜り抜けて入国した逃亡者(推定数百万人)は含まれていない。

 これだけでも想像を絶する数字だが、さらに不可解なことに、資料1は不法移民が国境に到着すると、5,000ドルのデビッドカード、米国内の希望する都市への無料航空券、携帯電話がアメリカ連邦政府から支給されているという。

 この事実から、「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことが明白である。問題はバイデン政権が促進政策をとったのは一体何故かだ。マイナス面が甚大であるのに対してプラス面が見当たらないのである。民主党政権を支持する岩盤層がマイノリティとなった現状を踏まえると、不法移民に有権者登録をさせて民主党候補に投票させてきたという見方も否定できない。もしそうであるとしたら、民主党政権は支持基盤を厚くするために、国益を大きく毀損する政策をとってきたことになる。

 深刻化してきた不法移民の流入を巡って、州政府と連邦政府の対立が激化してきた。メキシコと国境を接するテキサス州は2023年12月に不法越境を犯罪とする州法を成立させて、州による逮捕と州裁判所による送還命令を可能とした。これに対しバイデン政権は、「州に移民を制限する権限はない」とする訴訟を起こし、係争中は施行を差し止めるよう最高裁に要求した。最高裁は連邦政府の要求を退け、暫定的ながらテキサス州法の施行を容認した。(CNN、3月20日)

 資料6によると、テキサス州のアボット知事(共和党)は、州法を整備した上で、殺到する不法移民を阻止するために州兵と州警察を動員して実力行使に乗り出した。アボット知事の認識は、「テキサスは侵略に直面しているにも拘らず、連邦政府が州を防衛する憲法上の義務を放棄している」とするものだ。今年1月の世論調査によると、米国の有権者の65%が国境問題は単なる危機ではなく侵略であると捉えている。

6.トランプを支持する右派

 民主党政権が480万人もの不法移民を受け入れた結果、安い賃金でも働く不法移民に仕事を奪われて、多くのアメリカ市民が中間層から貧困層へ転落しただけでなく、大都市の治安が極度に悪化した。これは民主党政権の重大な責任であるとして、移民政策に異議を唱える集団の代表が民兵組織ミリティア(Militia)である。オース・キーパーズとⅢ%ersがその代表的集団だ。

 アメリカの民兵組織は、政府の統制を受けないボランティア部隊で、完全に独立していて、大半のメンバーが連邦政府を敵とみなしている。しかもミリティアは元軍人であるので規律を重んじ、組織行動をとっている。民主党の政策の結果、彼らは貧困化しており、熱狂的なトランプ支持層となっている。オース・キーパーズには3万人のメンバーがいると言われる。名前の由来は「憲法で約束された自由を守る」からきている。Ⅲ%ersの意味は独立戦争で3%のアメリカ人が戦ったことに由来する。

 右派の中で注目すべき団体はキリスト教原理主義者である。キリスト教原理主義者は、キリスト教信者の中でも最も厳格に聖書の教えを信じ守ろうとする集団である。キリスト教原理主義には三つの波があった。植民地時代、南北戦争の前、そしてベトナム戦争後の現在である。以前と異なり現在の波は、現代の信者たちが政治的な主導権を取り戻そうとしていることにある。

7.大統領選投票日から起きる事態

 大統領選挙を契機として起きることが予想される左派と右派の衝突は、第二の南北戦争(Civil War)と称される様相を示すだろう。左派の実行部隊はアンティファやバーンであり、右派の実行部隊はオース・キーパーズとⅢ%ersに代表される民兵組織だ。左派と右派の双方が数万人規模の集団であり、アメリカでは武器が自由に手に入るので、ひとたび衝突すれば大惨事となる。

 客観的に比較すると、左派の実行部隊はいわゆる過激派でトラブルを起こすことは出来てもアメリカ社会を支配する能力はない。資料1でシュラー氏は「アンティファやバーンは単に甘やかされた子供達であり、フェミニストは大都市の外では何の力も持っていない」という。それに対して民兵組織は元軍人の集団であるから、ひとたび民兵組織が立ち上がればもはやFBIの手に負える事件ではなくなると指摘する。

 さらにオバマ政権の時にPCの波は軍隊にも持ち込まれて、軍隊組織においても男女平等、LGBT等マイノリティ重視が徹底された結果、アメリカ軍は深刻な混乱状態に陥った歴史がある。アメリカ軍を弱体化させた、行き過ぎた政策に不満・反感を抱く軍人が多く、もし民兵組織が立ち上げれば、現役の軍人が民兵組織に共鳴し合流することが予測される。

 もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。

 アメリカの選挙の正確性は、僅差に耐えられるほど厳格なものではない。衆議院選挙が10月27日に行われ、翌28日の早朝には選挙の集計結果が公表される日本とは明らかに別物である。従って、もし有権者が集計結果に疑義を主張し、僅差で敗れた方が結果を信用しないという行動に出れば、それは選挙制度の崩壊、さらには民主主義の崩壊に繋がるものだ。そして有権者の怒りが、第二の南北戦争となって生起すれば、アメリカは修復不能な事態に突入することになる。正に今回の大統領選はアメリカにとって剣が峰なのだ。

8.没落するアメリカ

 今アメリカで進行している事態は、建国以来のアメリカの歴史と文化がもたらした結果である。今まで述べてきたように様々な要因があるが、沸騰点に向かっているアメリカ騒乱の大元の原因の一つは左派による行き過ぎたPC運動にあることは事実である。オバマ大統領はあろうことかアメリカ軍にまでPCを持ち込んだ。常軌を逸しているという他ない。

 原因のもう一つは、バイデン大統領が推進した数百万人に及ぶ不法移民の流入増加である。資料5によれば、2024年2月末に実施されたギャロップの世論調査は次の通りだった。

1)米国が直面する最重要課題が移民と答えたのは、共和党支持者52%、民主党支持者12%、無党派層21%

2)現在の移民急増を、危機と認識しているのは45%、大きな問題と認識しているのは32%、合わせて77%

3)政府の取り組みに対しては、非常に悪い/悪いと答えたのは共和党支持者で89%、民主党支持者でも73%

4)対策については、共和党支持者の77%が「不法移民の強制送還を増加」、72%が「国境の壁の拡張」

 アメリカ国民の大多数がPCで糾弾されることを恐れて沈黙してきたのに対して、唯一PC圧力に屈しない人物が登場した。それがドナルド・トランプだった。右派、とりわけマイノリティとなった白人層(特に労働者、元軍人など)にとってトランプ氏は救世主なのであり、今回の大統領選はアメリカが本来の姿を取り戻すラストチャンスとなったのである。

 かくして左派と右派の激突は不可避となった。歴史的に俯瞰すると、この衝突は1920年代にドイツからアメリカに逃れてきたマルクス主義の哲学者グループが「フランクフルト学派」を創設して種を蒔き、共産主義思想をもつ過激な左派がアメリカ国内に蔓延してきたという流れを変えられるかどうかの「関ケ原の戦い」なのだ。

9.「思考停止の80年」と決別する好機

 先に『思考停止の80年との決別』の連載を書いた。(「激変する世界」参照)来年は戦後80年の節目である。世界情勢が激変している今こそ、日本人が自発的・自律的に行動して戦後体制を刷新すべきだという主張として書いた。

 不幸なことに、「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍晋三元総理は暗殺されてしまった。しかし今、世紀の大転換が外からやって来ようとしている。トランプ氏とハリス氏の何れが大統領になっても、アメリカは騒乱状態となることが避けられず、国内秩序を取り戻すことで精一杯となるだろう。

 もし騒乱の原因を作った民主党が政権を維持する展開になれば、騒乱は内戦に発展する可能性を排除できないばかりか、ウクライナ戦争やイスラエル対イラン戦争を調停する役割も力もアメリカに期待できない事態に陥る。アメリカが没落し、鎮めるものが不在の世界の大騒乱の時代を迎えるだろう。

 飽くまでも日本からの視点ではあるが、アメリカが本来の姿を取り戻すためにも、また国際秩序を取り戻すためにも、トランプ大統領が再選されることが望ましい。トランプ氏なら、国内の騒乱状態を鎮めつつ、二つの戦争を終結に導く采配を期待できるかもしれない。しかしその場合でも、トランプ大統領は同盟国日本に対し、安全保障面でも経済面でも過去とは次元の異なる要求を突き付けてくる可能性が高い。

 こう考えると、日本は衆議院議員選挙の結果に右往左往している余裕など全くないのである。国内の混乱を手際よく収めて、目を大きく見開いて国際情勢の激変に備えることこそ、有事のリーダーが備えるべき要件である。

 『国防の禁句』という本がある。防衛省の幹部だった島田和久元事務次官、岩田清文元陸上幕僚長、武居智久元海上幕僚長の三氏が書いたもので、その冒頭には「誰が次の大統領になろうと(米国の)影響力の衰退は隠しようがなく、現状を所与のものと受け止め、日本は戦後初めて自分の足で立たなければならなくなった。そして自ら脳漿(のうしょう)を絞って、進む方向を考えなければならない」と書いているという。全く同感である。(産経新聞10月27日に紹介記事)

参照資料:

資料1:「内戦で崩壊するアメリカ」、Max von Schuler、ハート出版、2024.2月

資料2:「米国社会の分断は危険水域、大統領選後に第二の南北戦争勃発の可能性、その背景とは」、冷泉彰彦、Wedge Online、2024.10.21

資料3:「第2の南北戦争という内戦を回避できるのか」、サンディエゴ大学教授、バーバラ・F・ウォルター、東洋経済オンライン

資料4:「なぜアメリカはここまで分断したのか、3つの巨大なうねりに答えがある」、ハーバード大学教授、スティーブン・レビッキー、World Now、2020.10.6

資料5:「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」、前田和馬、第一生命経済研究所、2024.4.15

資料6:「内戦2.0-連邦政府とテキサス州との間で激化する対立の背景とは?」、マイケル・ハドソン研究所、2024.1.25

総裁選の彼方にある未来

総裁選を考える

 8月14日に岸田総理大臣が任期満了後の退陣を表明した。ここぞとばかりにマスコミは「次は誰か」の話題に飛びついた。名前が挙がった政治家は8月19日現在で11名となり、総裁選という喧噪が始まった。

 喧噪の主題が「自民党総裁の選出」に留まるのなら何も違和感はない。しかし真の主題が「総理大臣の選出」であるとすると、選出プロセスに国民の関与がなく果たして民主主義国家として健全な姿なのかという疑問が生じる。

 アメリカ大統領選が同時並行で進行している。大統領制と立憲君主制の違いがあるが、国の次のリーダーを選ぶプロセスとして、どちらがより民主主義の理念に適っているかを比較する価値はある。アメリカの場合、二大政党である共和党と民主党が党としての大統領候補を選出して州に候補者を届け出て、州ごとに有権者による選挙を行って最多の票を獲得した候補者が予め州に割り当てられた代理人を獲得する仕組みになっている。そして全米50州及びワシントンDCの合計で最多の代理人を獲得した候補者が大統領に選出される。

 候補者は数カ月をかけて激戦州を中心に各州を遊説してキャンペーンを行い、政策をアピールする。両党の候補者同士の討論も行われて、候補者が国民に政策を説明し支持を訴える。アメリカ方式がベストとは言えないが、候補者が国民に対し直接政策を語った上で投票を経て選出されるという点で民主主義に則っている。

 これに対して日本では、与党の総裁候補が出そろうと、国会議員と党員による投票が行われて総裁が選出される。自民党は国会で最大多数を有するから、衆参両院での投票を経て自民党総裁が総理大臣に就任する。この選出プロセスに国民の関与はない。

 後段で論じるように来年は第二次世界大戦終結から80年の転換点を迎えるが、「次の80年」を展望する時、国民投票によって総理大臣を選出する方式が望ましいことは明らかである。主な理由は二つある。一つはそもそも民主主義国である以上、憲法改正を含めて重要事項は国民投票という手順を踏むことが望ましいという原則に基づくものだ。他一つは今回の自民党の惨状が、「総理大臣の選出をこの人たちに一任していいのだろうか」という疑問を提起していることだ。

 国民投票を取り入れることは、政治に対する国民の関心と責任意識を高めることになり、結果として民主主義のレベルを向上させることは間違いない。何故なら、まず国民は次のQ1とQ2の問いを考えることを余儀なくされ、次に候補者は国民に対してQ3とQ4の二点について存念を語ることを余儀なくされるからだ。

 Q1:激変する時代に国の舵取りを委ねる首相が備えるべき資質・能力は何か?

 Q2:候補者の中で、その資質・能力を最も備えた人物は誰か?

 Q3:現在の情勢(国内及び国際社会)をどう認識しているか?

 Q4:その上で、優先的に取り組む政策は何か?

第二次世界大戦終結から80年

 今年8月15日に日本は79年目の終戦の日を迎えた。1年後に世界は第二次世界大戦終結から80年の節目を迎えるが、大戦後の国際秩序は一足先に瓦解してしまった。安保理常任理事国のロシアがウクライナに軍事侵攻したからだ。ウクライナ戦争の終結目途は立っておらず、さらにタイミングを見計ったかのように中東危機が起きて拡大しつつある。

 同時に世界経済の不安定さが増大している。原因は主に三つある。第一にウクライナ戦争を契機として世界経済のブロック化が進み、エネルギーと食料の高騰を招いて世界にインフレをもたらしたこと。第二に不動産バブル崩壊のソフトランディングに失敗した中国で、地方政府の財政破綻が深刻化し、社会的な騒乱が拡大していること。そして第三に、「崩壊が起きるまでバブルだったと判断できない」というグリーン・スパン元FRB議長の名言があるが、アメリカが現在バブル崩壊前夜にある可能性が高いことだ。

 このように、安全保障でも世界経済においても、世界は大戦後最大の危機に直面している。アメリカの次期大統領は、国内の分断を克服して安全保障と経済の両面において国際秩序を回復に向かわせることができるのか、それとも分断が深刻化して内戦へと向かい、世界の危機を悪化させてしまうのか、残念ながら現状では予測できない。

「次の80年」を担う総理大臣

 第二次世界大戦後の世界はアメリカが圧倒的なパワーの持ち主として君臨した時代だった。しかしながら、バイデン政権が断行したアフガニスタンからの拙速な撤退を契機として、国際秩序は崩壊し始めた。現在世界情勢が混迷を深めている背景にアメリカの衰退の進行があることは明らかだ。

 現在の世界情勢は世界大戦前夜もしくは世界大恐慌前夜に勝るとも劣らない危機的な状況にある。その状況の中で「次の80年」を展望するためには、「アメリカの衰退」を前提条件として考慮する必要がある。

 視点を変えて考えれば、世界情勢の動向は日本に対し「思考停止の80年」と決別する絶好の機会をもたらすだろう。否応なしにアメリカ従属の外交姿勢を改め、日本が本来果たすべき役割を自律的に定めて主体的に行動することを余儀なくされる。この結果、より対等な役割分担として日米同盟を再定義・再構築することになる。

 激変の時代の舵取りを担う次期総理大臣には、このような大局的な世界観と、明治維新以降の近代史を俯瞰する歴史観をもとに、「次の80年」を見据えてもらいたいものだ。

戦略思考(VWSG思考)への転換

 「次の80年」の時代を切り開くリーダーは、端的に言えば、次の資質を備えた人物であることが望ましい。

  ①世界史の潮流の中で日本の近代史を俯瞰する視座をもち、

  ②その上で、日本の将来像についてヴィジョンを描き、

  ③それを実現する確固たる意思を持ち、

  ④立ち塞がる障壁や困難を克服する戦略を組み立てて、

  ⑤国内外の敵対者を相手にゲームを挑む

 これをVision、Will、Strategy、Gameの頭文字をとって「VWSG思考」と呼ぶこととする。

 外交とは国家間で繰り広げられるゲームである。各国のリーダーは皆自国の国益最大化を目論み、相手の意図と動静を読み必要なカードを用意して外交に臨む。同様にビジネスは企業間で行われるゲームに他ならない。ここで重要なことを一つ指摘しておきたい。それは生真面目すぎる日本人には、外交もビジネスもゲームなのだと達観する胆力が欠落していることだ。

 ヴィジョンとは実現したい将来像である。政治であれば、10年後、20年後、或いは100年後に日本をどういう国にしたいのかを明確に描くものである。従ってヴィジョンには、国益最大化という命題に加えて、国際社会が直面する課題や危機に対して日本はどういう役割を担うのか、どういう貢献をするのかが盛り込まれなければならない。

 ヴィジョンを明確にしたなら、次にそれを実現する意思を明確にする必要がある。一般にヴィジョンが壮大なものであるほど、進路には巨大な障壁が立ち塞がることを覚悟しなければならない。その障壁を克服もしくは消滅させる方法と手順を明らかにすることを戦略という。

 そしてゲームとは、他のプレイヤーと知略を尽して戦う真剣勝負である。

政治システムの制度疲労

 ここまでの認識に立って再び日本の政治の現状に眼を転じると、まずパーティ券収入不記載という旧態依然の事件を起こした自民党に、「次の80年」を託せるのだろうかという疑問が浮かぶ。さらに重要な事例を挙げれば、戦後79年が過ぎたというのに、憲法改正は進展がなく、一方では問題だらけのLGBT法案を拙速で通すなど、自民党はもはや日本の国益を守る保守政党ではないという疑念が噴出している。

 一方自民党の不祥事を恰好の攻撃材料として追及する野党には、「10年後、100年後に日本をどういう国にするのか」というヴィジョンも、国際社会に対して意思と戦略を掲げて真剣勝負のゲームを挑む姿勢も見当たらない。かくして国際情勢が極度に緊迫化しているというのに、与党も野党もさして重要ではない話題に時間を浪費している現状に国民は溜息をつかざるを得ないのである。

 今回の事件は一自民党の問題ではなく、「戦後の政治システムの制度疲労」と捉えるべきなのだろう。従って、トップが交替し人事を刷新するだけで解決できはしない。政治システムのイノベーションが避けて通れない。そう理解すべきなのだと思う。

日本の課題は「戦略観とゲーム志向」の欠如

 『思考停止の80年との決別』を踏まえて、「明治維新から敗戦までの77年の失敗の原因と教訓」を簡潔に整理すれば次のとおりだ。

①日清日露戦争に勝って英米に並んだという自負が慢心を生んだ。

②軍の暴走を統制する政治システムを確立できなかった。

③英米と肩を並べた時点で次の目標を見失った。「フォロワーから開拓者へ」の発想の転換が必要だったにも拘わらず、次の目標を描かなかった。そして現在に至るまで、我が国は未だにフォロワーのマインドから脱却できていない。

 「次の80年」の政治の舵取りを考えるには、まず世界情勢を展望し、日本の立ち位置を確認して進路を見極める必要がある。同時に世界が抱える課題に対して、日本が果たすべき役割を明らかにする必要がある。

 そのためには「近代史の失敗と教訓」を踏まえて、日本の強みと弱みと、日本人が持つユニークさを再認識することが重要だ。「欧米にあって日本に欠落しているもの」と、逆に「日本には当たり前のようにあるが欧米に欠落しているもの」を再認識することから始めるべきだ。一言で言えば、前者は「戦略観とゲーム志向」であり、後者は「地球環境と共生・共存する文化」だろう。

靖国参拝は解決意思の問題

 今年も鎮魂の夏が終わった。先の大戦で軍人・民間人合わせて310万人が亡くなった。英霊を靖国神社に祀ることは、国の約束であり責務である。安倍元首相は在任中に一度だけ参拝したが、その後の首相は誰一人参拝していない。況や天皇陛下は一度も参拝を果たせていない。この状況は尋常ではない。

 靖国神社参拝は政治問題化されたまま放置されてきた。首相には国の歴史を背負う責任が伴う。他国におもねて310万人もの犠牲者から眼を逸らす人物に、国のリーダーを担う資格はないと断言したい。

 首相の靖国参拝と言うと、そんなことは出来ないと多くの人は言うかもしれない。しかしそれが国益に直結することであるならば、「出来ない」は「やらない言い訳」と同義である。VWSG思考で述べたように、大きなヴィジョンに基づいて実行する意思を固めたなら、次にやるべきことは立ち塞がる障壁や困難を克服する方法と手順を明らかにすることだ。誰からどのようなリアクションが起きるかを予測した上で、カウンター・リアクションを用意して臨めばいい。

 「日本は本気だ。全てを承知の上でゲームを仕掛けてきた」と相手に思わせるゲームを挑めばよい。参拝の是非について堂々と正論を語り、論理的なリアクションに対しては毅然と論破し、政治的で非論理的リアクションに対しては取り合わずに無視すればいい。

 このゲーム、深入りは損だと思わせる戦略を練ることが重要だ。政治家にはそうした一つ一つの攻めの行動が歴史を作ってゆくという自負を持って臨んでもらいたい。さすれば道は拓ける。逆に言えば意思なきところに道は拓けないということだ。靖国問題は意思の問題に帰着する。

フォロワーのマインドに決別せよ

 日本の近代史は、明治維新、太平洋戦争敗戦とほぼ80年毎に大きな歴史的転換点を迎えてきた。そして来年の戦後80年は次の転換点となる。明治維新から始まった近代史の第一ステージは、先行した欧米にキャッチアップする時代だった。司馬遼太郎が『坂の上の雲』として描いてみせた意気揚々とした上り坂の時代だった。

 同時に第一ステージ、特に20世紀前半は世界レベルの戦争の時代でもあった。日本もその大きな潮流に巻き込まれ、軍事力において欧米と肩を並べた後は、チャーチル、ルーズベルト、スターリンの企みに翻弄され太平洋戦争に引き摺り込まれて完膚なきままに叩きのめされた。

 近代史の第二ステージは「アメリカによる占領」から始まった。都市は廃墟と化し、戦争の犠牲者は310万人に及んだ。そのどん底にありながら、日本は経済優先で史上最大の国難を見事に克服して、半世紀後には経済大国の地位を獲得した。

 その一方で敗戦を含む近代史の総括は棚上げされ、戦争の教訓も占領体制の払拭も未完のまま放置されてきた。そして憲法改正と靖国神社参拝が象徴するように、日本は未だに名誉を回復できていない。そして明治維新以降は欧米にキャッチアップすることを目標とし、戦後はアメリカの傘の中に身を置いてアメリカに従属してやってきた故に、日本は未だにフォロワーのマインドから脱却できていない。

開拓者(エクスプローラー)スピリットを取り戻せ

 来年は戦後80年の転換点を迎える。「次の80年」、つまり近代史の第三ステージは「自律」の時代となるだろう。「思考停止の80年」と決別し、フォロワーのマインドを捨て去って、開拓者(エクスプロ-ラー)のスピリットを取り戻してVWSG思考で「次の時代」を切り開いていく。次期総理大臣がその一歩を踏み出すことを心から願いたい。

 そのためには政治システムのイノベーションが避けて通れない。既に述べたように、欧米と比較した日本の弱みは「戦略観とゲーム志向」の欠如であり、逆に日本の強みは「地球環境と共存・共生する文化」にある。

 「戦略観とゲーム志向」のスピリットを取り戻すためには、政治システムにシンクタンク機能を組み込むことが必要だ。日本には官僚機構は極めて優秀だという思い込みがあり、現在に至るまで政治は永田町と霞が関のタッグで行われてきた。しかし官僚システムは行政機構であって戦略を練る機関ではない。凡そ戦略は国家横断の視点に立って国益最大化を追求するのに対して、行政機関は縦割りで省益を優先しようとするからだ。

 その代表的な事例を一つ挙げよう。それは「骨太の方針」である。本来なら「骨太の方針」は次年度の予算編成に先立って示される国家戦略であるべきだ。だが財務省が中心になって策定される従来の「骨太の方針」は、専ら予算の支出に係る制約条件を規定するだけで、国富を増加させるための戦略が欠落している。日本が「失われた30年」に喘いできた元凶が、「国富の増大」ではなく「財政支出の削減」を最優先課題としてきた「骨太の方針」にあると言ったら言い過ぎだろうか。

 アメリカでは有能な政治家や官僚は、公職を離れた後はシンクタンクに移籍して国家戦略を担う仕組みが定着している。新しい大統領が就任するときには新政権が推進する戦略と政策のパッケージをシンクタンクが用意して、大統領就任とともにキーパーソンが新政権に移籍して戦略を直ちに発動する態勢が整備されている。

 繰り返しになるが、日本が誰かの後を追い、誰かに従属してきた第二ステージはやがて終わる。このフォロワーのマインドが生き残ってきた原因の一つは、政治家と官僚だけの閉じた世界で政治を担ってきたシステムにある。そこには「戦略観とゲーム志向」に基づくヴィジョンを作る機能が欠落している。

 フォロワーからエクスプローラーへ転換するためには、国際情勢を踏まえて日本の国益を追求し戦略を練る機能がどうしても必要である。その資質・能力及び豊富な経験を備えた有識者が、公職を退いた後にVWSG思考の担い手として活躍するシンクタンクを社会インフラとして整備することが肝要である。

おわりに

 「次の80年」において、地球環境との共存・共生は大きなテーマとなる。但し欧米が主導してきた太陽光発電やEVの促進は、消費国にとって脱炭素になっても、ソーラーパネルやEVの電池に不可欠な鉱物資源の採掘現場や製造工程で発生される炭素の増加には目をつむってきた。鉱物資源の採掘からソーラーパネルやEV電池を廃棄するまでのライフサイクル全体で捉えた脱炭素にはなっていない。

 ここに日本の出番がある。採掘、製造、消費を経て廃棄に至るライフサイクル全体での脱炭素を推進する役割がある。「次の80年」では「地球環境との共存・共生」を文化としてきた日本の出番がやってくる。

 

「思考停止の80年」との決別 第4部

(9)敗戦と占領で喪失したものを取り戻すとき

「専守防衛」の前提が崩れる事態に備えよ

 ウクライナ戦争で認識され現在進行中の危機事態が二つある。国際秩序の崩壊とアメリカの弱体化である。ウクライナ戦争が長期化するにつれて、国際社会は〔NATO+G7〕、〔ロシア+ロシア支援国〕、模様眺めの諸国(GS他)という三つのグループに分かれた。

 アメリカの弱体化を象徴する変化がドル覇権の低下である。アメリカがロシアに対して発動した「SWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除」という制裁措置は、ロシアとその支援国を中心に世界のドル離れを加速させた。

 振り返れば、戦後約80年の間に国際情勢は大きく変化した。安全保障面では米ソ冷戦が終わり、ポスト冷戦も終わり、今や米中冷戦となった。国連安保理という秩序を守る仕組みもウクライナ戦争が起きて機能不全に陥った。経済面ではニクソンショックによってドル覇権の体制が金本位制からPDS(ドルによる原油取引システム)に移行したが、現在ではドル覇権自体が揺らいでいる。

 現在アメリカでは、11月の大統領選挙に向けて民主党・共和党両陣営の対立が激化している。6月27日にジョージア州アトランタで開催されたバイデン対トランプの討論会では、バイデン大統領の認知機能の低下がクローズアップされ全世界を駆け巡った。

 大統領選の最大の争点となっているのが不法移民の流入であり。テキサス州では不法移民の流入が史上最多となっていて、共和党のアボット知事は「バイデン大統領の無策がこの危機を招いた」として、州が不法移民を不法入国で逮捕できる州法を成立させて、州兵を動員して対策を講じている。

 州法を違憲とした連邦地裁の差し止め命令が出ると、テキサス州は憲法が州に独自の戦争行為を認めている「侵略」事態に相当するとして連邦最高裁で争う構えを見せている。保守系判事が多数派を占める連邦最高裁が合憲判断を下せば、メキシコと国境を接する南部の他州に広がる可能性があり、第二の南北戦争を想起させる国を二分する事態に発展する可能性が大きい。(参照:6月25日産経)

 このように国際社会におけるアメリカの弱体化に加えて、アメリカ国内では分断、不法移民の急増と治安の悪化等々、複数の深刻な事態が同時に進行していて、11月の大統領選で臨界点に到達する可能性が高い。

 ウクライナ戦争、イスラエル-ハマス戦争の終結が見えない中で、アメリカ大統領選が世界の注目を集めている。注目のポイントは、国際秩序を守るためにアメリカが保有する力を国際公共財として提供するかどうかにある。

 この視点で歴代大統領を評価すると、レーガンは「アメリカには自由主義秩序を擁護する特別な責任がある」との立場に立って、同盟を重視しつつ国際公共財を提供した。オバマとバイデンは「アメリカは世界の警察官ではない」としてロシアと中国による無法な行動を黙認した。

 そして次の大統領だが、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプが再選される場合、国際秩序を再び取り戻すためにトランプがアメリカの持つ国際公共財を提供するかどうかに世界の注目が集まる。(参照:6月27日産経、湯浅博の世界読解)

 一方日本は核の傘と打撃力をアメリカに依存し、日本は防御を分担するという「専守防衛」の方針に基づいて戦後の安全保障体制を保持してきた。日本周辺において有事が顕在化しない状況では、専守防衛は日米双方にとって都合のいい体制だったが、今やその状況が一変しつつある。台湾有事や朝鮮半島有事の蓋然性が高まっている現状で、アメリカの弱体化が進行し、国内回帰志向が強まれば、専守防衛のままでは日本の安全保障体制が危うくなる。

 安全保障の要諦は、最悪の事態を想定してそれに対する備えを万全にすることである。その認識に立って考えれば、日本は専守防衛の前提が崩れる事態を想定し、日本の役割と能力を増強させて、アメリカの弱体化を段階的に補強する対策を速やかに講じなければならない。それは戦後の日米関係をヴァージョン2.0に更新することを意味する。

はじめに日本近代史の総括が必要

 明治維新を起源とする日本近代史の前半は、日清戦争(1894)から太平洋戦争敗戦(1945)に至る「戦争の半世紀」だった。しかも戦争史の中核テーマは中国との関係にあったと言って良い。ズバリ言えば、中国の近代化に日本が深く関与した歴史だった。

 一方、近代史の後半(1945~現在の79年)は「思考停止の80年」だった。前半は意気揚々とした時代であり、後半は自己を喪失した時代だった。前半から後半への転換点となった事件は、言うまでもなく太平洋戦争の敗戦であり、GHQによる占領だった。

 「思考停止」とは、この転換点において「戦争の半世紀」を総括しないまま、現在に至るまで封印してきた事実を指している。近代史の前半には「富国強兵」という明確な目標があったのだが、後半は日本が目指す目標がないままにやり過ごしてきた。

 戦後吉田茂首相と池田隼人首相は、敗戦によって日本が喪失したものを取り戻すことよりも経済復興を優先させた。「所得倍増」政策は見事に功を奏して、日本は世界第二の経済大国の地位を獲得した。しかし1991年にバブル崩壊が起きて、それから30年以上もデフレ経済に苦しみ、そこに少子化・人口減少が加わって、日本は未だに経済成長を取り戻すことができずに低迷している。

 戦後の両首相は「国民が食えるようにすることが最優先だ」という判断に立ったのであり、敗戦直後の状況において正しい判断だったと評価される。しかしながら、安倍元首相が「戦後レジームからの脱却」という言葉に含めた、「敗戦と占領で喪失しったものを取り戻す」意思と道筋を明示しないまま「戦争の半世紀」を封印してしまった責任は極めて大きいと言わざるを得ない。

 明治維新から既に156年が過ぎた。国際社会を再び戦争の影が覆うようになり、東アジアの安全保障環境は危機前夜という程に悪化している。加えて日本は経済成長から30年以上も取り残されて、未だにじり貧状態から脱却できずにもがいている。

 現在の日本は、明治維新を第1回とする80年周期の三回目の転換点に立っているように見える。再び日本を輝かしい国とするために必要なことは、次の80年に目指すべき目標と進路を明示することである。そのためには「戦争の半世紀」を総括して画竜点睛を欠いたままの戦後史に魂を吹き込み、教訓を明らかにして後世に継承してゆかなければならない。

危機に対処するために

 日本は太平洋戦争に敗れて、「戦争と平和」に関して思考停止状態に陥った。「平和を希求し戦争を忌避する」戦後の時代が始まったと言うと正しい選択をしたように聞こえるが、それは偽善でしかない。

 何故なら、戦争に対して日本は「見ざる言わざる聞かざる」状態にあるからだ。ウクライナがロシアから侵略を受けて一般市民の多大な犠牲者を出して防衛戦争を戦っているにも拘らず、日本は戦うための武器の提供を拒否してきた。その理由が「日本は平和国家だから」というのであれば、それも偽善と断定する他ない。

 戦後日本の言論は、「平和は善、戦争は悪」という単純すぎる二元論に終始してきた。しかしながら平和とは結果であり、戦争とは外交の一手段であることを考えると、本来同列に並べて論じるべき概念ではない。「平和を守るために戦う」という現実的なオプションを排除しているという意味で、「平和か戦争かという二者択一」思考は誤りである。隣国が軍事侵攻してくるときに武器をとって戦おうとしない国は侵略され、平和も秩序も社会インフラも悉く破壊されてしまうことをウクライナ戦争は世界に知らしめ、覚醒させた。

 中国は1964年の東京オリンピックの最中に原爆実験を行い、今や米露に次ぐ核兵器大国となった。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は、今年6月17日に公表した年次報告書の中で、中国が保有する核弾頭数は昨年より90発増加して推計で500発となったと報告している。しかもこれまでは核弾頭をミサイルとは別に保管してきたが、現在では推定で24発の核ミサイルが実戦配備されたという。北朝鮮も戦術核兵器の開発に重点を置きつつあり、約90発分の核分裂物質を保有していると分析している。

 ロシア、中国、北朝鮮に対して、「日本は戦争を忌避する平和国家です」と幾ら主張しても何ら抑止力にはならないばかりか、むしろ逆効果にしかならない。戦後の日本の平和が維持されてきたのは、偏に世界最強の軍事力を持つアメリカの傘によって守られてきたからである。安全保障環境が深刻化し、台湾有事や朝鮮半島有事の蓋然性が高まっている現在、これら隣国の脅威から日本を守るためには、日本が自律的に「平和を守るためには戦争をも辞さない」姿勢を明確にして、国際情勢の変化に対応して日米同盟を常に進化させ、新たな脅威の出現に対し常に強固な抑止力を保持してゆく以外にはない。

 ここで問題になるのが、冒頭で述べたウクライナ戦争で顕在化した二つの危機事態である。日本は終始、アメリカの核の傘と打撃力を前提として専守防衛路線を歩んできた。アメリカは武器を供与しロシアに対する制裁を発動してウクライナを支援してきたが、ウクライナの社会インフラはロシアの攻撃によって焦土となった。ウクライナはアメリカの同盟国ではないが、バイデン政権はロシアによる軍事侵攻を阻止しなかったばかりか、ロシアによる侵略を早期に終わらせるために万全を尽くしたとは言い難い。

 現在、トランプ大統領が再任される可能性が高まっているが、もし再選が現実のものとなれば、トランプ氏はNATOや日本に一層の防衛負担を要求してくる可能性が高い。来年に戦後80年を迎える日本は、自分の国をより自己完結的に守る体制の構築を余儀なくされるだろう。アメリカの弱体化に臨み、将来の日米関係のためにも、敗戦と占領で封印してきたものを取り戻さなければならない。アメリカとの従属関係を清算して、核の傘を残したまま、専守防衛に代わる防衛力(ヴァージョン2.0)を構築しなければならない。

 そのためには何よりもまず戦後の「思考停止」の封印を解除しなければならない。さてどこから着手すべきだろうか?まず広島原爆記念碑の文言を改訂することから始めるのが適当と考える。何故なら現在の文言が、アメリカによる、民間人を標的とした、原爆投下という非人道的な重大犯罪に対し、「黙して追及せず」の姿勢をとっているからだ。そればかりか、広島を訪れる多くの日本人に対し、「この戦争の責任は戦争を始めた日本にある」と巧妙に洗脳しているからだ。終戦から80年の節目に臨み、日本の新たな決意を世界に示すためにも、広島原爆記念碑のヴァージョン2.0への更新が望ましい。 

(10)「戦争の半世紀」の総括

はじめに、戦争の二つの戒め

 一般論として、戦争の教訓として二つの戒めがある。一つは、戦争はひとたび始めてしまうと途中で引き返すことが難しいことであり、もう一つは一つの戦争の終結が次の戦争の原因となることだ。実際に日清・日露戦争の中に、この戒めを見て取ることができる。

 日露戦争が起きた背景には日清戦争がもたらした地政学的な変化があった。満州及び朝鮮半島における清の影響力が減少し、逆に日本の影響力が増大したことだ。日清・日露戦争は、戦争の終結が次の戦争の原因となることを示している。実際に日清戦争で多大な賠償金と領土を得ることができたことから、日本は日露戦争に前のめりになり、逆に日露戦争では賠償金がとれなかったために次の満州事変を招いている。

 満州事変は1931年に始まり1933年に終結した。満州進出の第一の目的が、人口増大に対する食料安全保障だったのであり、満州国建国を果たした1933年にこの目途はついている。その後の歴史を考えると、日本にとって満州事変の終結は、満州以南の中国大陸には関わらないと踏み止まるべき歴史的に重要な分岐点だったことになる。

 しかしながらひとたび戦端を開いてしまうと、途中で止めることが難しい。踏み止まるためには、慣性力で突き進もうとする軍部を統制する強い政治のリーダーシップが不可欠となる。実際に日本はそうしなかった。この判断ミスが太平洋戦争を招いたことは歴史が証明している。

日本の掌中にあった切り札の選択肢

 日本が朝鮮半島、中国大陸に進出した動機は、西洋列強による侵略・支配を受けないアジア独自の平和な世界秩序を建設することだった。崇高な理想を掲げたのだが、中国人同士の三つ巴の内戦を招き、中国を味方に引き入れることに失敗した。結局、日本が中国大陸に介入したことにより清国は滅び、中国は再び内戦と内乱の大陸に回帰した。

 そもそも中国に明治維新と同等の近代化を求めたことに無理があったと言わざるを得ない。日本には鎌倉時代以降継承されてきた武家による中央集権・封建体制の蓄積があり、薩長土に代表される近代化志向の雄藩の存在があった。高い志を持った若い武士階級が残っていたからこそ明治維新という革命を成し遂げることができたのだった。一方中国にはそのような歴史遺産も担い手も存在しなかった。

 そして支那事変後半には、日本が支援する汪兆銘の南京政府、アメリカが支援する蒋介石の長慶政府、ソ連が支援する延安政府による三つ巴の内戦となった。この内日本だけが中国人同士の内戦に深く引きずり込まれ、アメリカとソ連は反日ナショナリズムをけしかけて日中戦争で双方が疲弊するように、老獪な外交を展開した。

 結果から評価すれば、日本が支那事変に引きずり込まれずに踏み止まっていれば、日中戦争は起こらず、従って太平洋戦争も起きなかったに違いない。

日本の実力を超えた無謀な戦いだった

 「戦争の半世紀」を考える場合、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争、1914-18年の第一次世界大戦、1931-33年の満州事変、1937年の支那事変、1941-45年の太平洋戦争は、日本の近代史前半の中核を為す物語を構成する一連の事件として捉える必要がある。

 支那事変から始まった日中戦争は、中国大陸を舞台とする実質的にアメリカ、ソ連を加えた四ヵ国間の戦争に拡大した。当時の失敗の教訓を要約すれば、次のとおりである。

 第一は「戦闘に勝って戦争に負けた」日清・日露戦争の分析と教訓が不可欠だったことだ。日本に欠落していたのは、最終的に戦争に勝つための能力だった。それを獲得し磨くためにも、日清・日露戦争において欧米列強がとった外交と、第一次世界大戦において欧米列強がとった外交と戦争行動について徹底的に学ぶべきだったのだ。

 第二は米ソという老獪な二大国に加えて、日本とは異質な文明を持ち、広大な中国大陸を舞台として行われた中国人どうしの三つ巴の内戦に介入してはならなかったことだ。中国の内戦に巻き込まれずに、米英ソとの外交戦に専念すべきだった。

 「戦争の半世紀」の中核テーマは中国との関係だった。歴史を俯瞰する時、日本が犯した決定的なミスは、中国大陸に関与し過ぎたことに尽きる。この国とは適当な距離をとって付き合うべしというのは、現在も通じる教訓である。総じて日本にはそのような外交を演じる強かさと老獪さが欠落している。

(11)欧米との共通性と日本の個性を再認識せよ

同時期に近代国家となった欧米と日本

 15世紀から始まった大航海時代の潮流は、欧州を起点に東回りと西回りで地球を一周して、大陸を結ぶ海上航路を開拓し、大陸間の貿易と人の交流を活発化させ、そして世界を植民地化していった。そして大航海時代と植民地化という大波が東アジアに本格的到達したことを象徴する事件が1840年のアヘン戦争と1853年のペリー来航だった。

 1868年の明治維新は、この二つの事件に強い危機感を抱いた長州や薩摩の下級武士たちが決起して起きたものであり、日本における近代化の始まりとなった。そして1871年には岩倉具視を団長とする総勢100名余の岩倉使節団が20ヵ月余にわたって、米欧の12ヵ国を公式訪問して、近代国家の現状をつぶさに視察している。

 この事実が物語るのは、発足して間もない明治政府が時間と資金と人材を惜しみなく投じて、近代化を一気呵成に進めた英断である。欧米の近代化を直接見聞した政府高官たちは「富国強兵」政策を強力に推進して、日清・日露戦争の勝利をもたらした。

 近代化を成し遂げた時期で比較すると、一足早かったイギリスと一足遅れたロシアを除くと、アメリカ南北戦争終結が1865年、明治維新が1868年、ドイツ帝国誕生が1871年、フランス共和国誕生は1874年というように、日本は欧米主要国と同時期に近代国家となっている。

 さらに歴史を遡れば、西暦604年に聖徳太子が十七条の憲法を制定した時点で世界に先駆けて立憲君主制となったのであり、議会制民主主義は1890年に帝国憲法が成立したことによって導入されている。日本は近代化において世界の先進国だったことが分かる。

欧米との共通性と決定的な違い

 日本とイギリスは世界の国々の中で最も似た者同士である。ユーラシア大陸の両端に位置する島国で海洋国家であり、立憲君主制の議会制民主主義国である。封建制の歴史を持ち、武士道と騎士道の文化を継承している。一方で、両国には決定的な違いが二つある。

 一つは隣接する大陸国家の違いである。イギリスがタフな競争相手と数世紀に及ぶ戦争と競争を繰り広げてきたのに対して、中国と朝鮮が近代化から取り残されていたために、日本は四半世紀にわたって鎖国と太平の時代を享受することができた。

 もう一つの違いは宗教である。神と自然に対する姿勢においてキリスト教と神道は対極にある。

 この二つの違いが日本とイギリスの運命を分けた一因となっている。戦争に明け暮れたイギリスが戦略観を磨いて世界の覇権国となったのに対して、日清・日露戦争で外交と戦略の重要性を学び取らなかった日本は、中国大陸での内戦に引きずり込まれていったのだった。

 一方日本とアメリカには、同時期に内戦を戦って(戊辰戦争と南北戦争)国家を平定したことを除けば、共通性は殆どない。とりわけエドワード・ルトワックがいう「戦う文化」において日米は対極にある。アメリカは自らを脅かす勢力の台頭を決して容認しない国家である。南北戦争の戦死者数が戊辰戦争の25倍に達したことがそれを物語っている。片や日本は、近代史の前半では危機に臨んで「戦う文化」が発動されたものの、敗戦と同時にそれを封印して現在に至る。

独自の文明を継承する日本のアイデンティティ

 もう少し歴史を大きく俯瞰してみよう。日本は縄文の古代から、火山や地震などの天変地異に翻弄されてきた。日本にとっての脅威とは自然災害や飢饉であり、日本は自然を畏怖すると同時に自然の恵みに感謝しながら2000年以上の歴史を紡いできた。

 日本は歴史の大半において、天皇の権威を守りつつ武家が政権を担う統治制度を維持してきた。武家が台頭した以降では国家統一を巡る戦争が幾度も繰り返されてきたが、隣国との戦争に明け暮れてきた欧州とは全く異質の文明を継承してきた。

 富国強兵政策の結果、日本は欧米に追い付いたという自信と欧米に対する親近感を実感したと推測されるが、もしそれと同時に日本のアイデンティティを自覚して、欧米との違いをきちんと認識していたら、日本の近代史は違う展開となった可能性が高い。

 既に述べてきたように、太平洋戦争の遠因にはアメリカと日本の宗教観と文明の違いがあった。もし日本がアメリカの思考過程と行動様式を的確に認識していたなら、アメリカによる敵視自体を緩和ないし消滅することができた可能性がある。

世界の近代史で日本が果たした役割、払った犠牲

 日本は東アジアに押し寄せた欧米列強による植民地化の大波に立ち向かった。孤軍奮闘したのだが、中国大陸に深入り過ぎ無謀な戦いを強いられて敗北した。太平洋戦争で日本が未曽有の損失を被った一方で、日本が支援した東南アジア諸国が独立を勝ち取ったことは、歴史上公知の事実である。

 RMC(役割、使命、能力)というアメリカの軍事用語があるが、そういう結末に至った原因は、前項で論じたように、担おうとした役割に対しそれを実行する能力が伴っていなかったことにあった。

エピローグ:戦後80年からの展望

 日本の近代史は、明治維新以降は「富国強兵」を目標とし、敗戦後は「所得倍増」を目標として綴られた。富国強兵という目標は日露戦争の勝利をもって達成されたと見なされるが、そうであるなら日露戦争後に富国強兵に代わる新しい国家目標を打ち立てるべきだった。しかし実際は目標を見失ったまま、欧米列強と同じように振舞って「戦争の半世紀」の後半を戦っている。

 この本来の姿と現実の違いが日本の失敗を招いたと言える。日本は明治維新において議会制民主主義を定着させ、帝国憲法を制定し、岩倉使節団が20ヵ国を訪問した欧米諸国からさまざまな専門家を招聘して、国家のインフラを短期間で整備していった。そうして日清・日露戦争を戦って勝利した。

 この時点で「ここから先、日本は新たに何を目指すのか」という問いに立ち返り、敢えて足踏みをしてでも、新たな国家目標を明確にすべきだったのだ。欧米キリスト教国とは異なる日本独自のアイデンティティを再認識して、それに相応しい国家像を明示すべきだったのだ。

 これは現代も当てはまる日本の課題である。現在国際社会の秩序を崩壊させている大きな原因は、国際社会のルールを公然と無視するロシアと中国の行動にある。ポスト冷戦後、アメリカの覇権体制が続いてきたが、アメリカが弱体化するのと入れ替わるように、ロシアと中国が挑戦的な行動をとるようになった。

 そして現在の危機を地政学的に俯瞰すると、大陸国家対海洋国家の対立の構図でもある。ウクライナ戦争で隠してきた牙を現したロシアと、国力を増強した中国の台頭が国際秩序を脅かす存在となり、両大陸国家の行動を抑制するために海洋国家が団結する必要が高まってきた。

 日本とイギリスはともに大陸沖に浮かぶ島国であり、海洋国家である。アメリカもオーストラリアも海洋国家である。「戦争の半世紀」では日本は世界から孤立して戦ってきたが、現在はG7の一員として、さらには海洋国家連合の一員として、国際秩序の再構築に向けて日本の役割が増大しており、同時に世界から期待されていることでもある。

 さらに地球温暖化や脱炭素等、人類が現在直面している地球規模の課題は、「自然と共存・共生する文明」の継承者である日本がリーダーシップをとって立ち向かうべきであることは言うまでもない。

 このように大きく展望すれば、日本が敗戦と占領で封印したものを取り戻し、アメリカに対する従属関係を清算し、日本のアイデンティティを発動させて、国際社会の課題や地球規模の課題に本気で取り組む時機が到来していることが分かる。そのためには、明治維新以降80年周期で展開してきた「戦争の半世紀」と「思考停止の80年」に代わる、次の80年の行動規範となるべき新たな国家目標を打ち立てなければならない。