祝高市首相誕生、歴史的意義と期待

プロローグ

 戦後に日本自由党と日本民主党が合体し、日本社会党との間で「55年体制」が始まった1955年から70年が経過した2025年10月21日、第104代首相に高市早苗氏が選出され、22日に高市内閣が発足した。70年に及ぶ戦後の政治体制に決別し、「失われた30年」から脱出して、「ポスト戦後80年」の時代に相応しい新体制構築に向けて力強い第一歩を踏み出したことになる。文字どおり外患内憂の難題に囲まれた船出ではあるが、日本の戦後が終わる大転換が始動したことをまずは素直に喜びたい。

戦後政治終焉のドラマ(ファクトの整理)

 この歴史的大転換はどのようにして起きたのか、最初に総括しておこう。

1)昨年9月28日に自由民主党総裁選が行われ石破茂氏が新総裁に選出された。第1回投票では、高市早苗氏が181票で石破茂氏154票を27票上回ったが、決選投票では「悪しき永田町の力学」が働いて、石破茂氏215票、高市早苗194票となり21票差で逆転された。

2)同年10月9日に石破茂首相は衆議院を解散した。同28日に第50回の衆議院議員選挙が行われたが、石破首相の期待に反して自公与党が惨敗した。以下に要約するように記録的な惨敗だった。

・自由民主党は256→190(66減)、公明党は32→24(8減)、両党とも議席を1/4 失い、自公与党で74票減少

・立憲民主党は98→145(48%増)、国民は7→28(4倍増)、両党で68票増加

3)今年7月22日には参議院議員選挙が行われ自公は参院でも過半数割れを喫した。

・自由民主党は114→101(13減)、公明党27→21(6減)、自公で19票減少

・一方、国民は9→22(13増)、参政党は2→15(13増)、両党で26票増加

4)翌23日、国政選挙で連続して惨敗したにも拘わらず石破首相は続投を表明した。一方、世論調査では52%が辞任すべきという結果だった。9月7日になって石破首相は「党内に決定的な分断を生みかねない」として辞任を表明した。

5)10月5日に行われた自由民主党総裁選で高市早苗氏が新総裁に選出された。

・第1回投票では高市早苗183(議員64、党員・党友119)、小泉進次郎164(同80、84)となった。党員の40%が高市氏を支持しており、二位の小泉進次郎氏に対する支持は28%に留まった。

・決選投票では高市早苗185(都道府県36、議員149)、小泉進次郎156(同11、145)で高市氏が完勝した。勝因は、党員の多数が高市氏を支持した結果、国会議員もその動向を無視できなくなったことにある。

6)10月10日、公明党が自由民主党に対し自公連立の解消を通告した。「保守のエース」である高市新総裁が誕生したことを受けて、公明党が連立解消の潮時と判断した結果だった。公明党の決断は青天の霹靂と受け止められた。この瞬間に戦後政治のタガとなっていた自公連立が突然に消滅し、これを転換点として戦後政治の枠組みが一気に瓦解を始めた。ポスト戦後80年の新体制に向けて大きく一歩を踏み出したといっていい。連鎖反応的に起きた一連の変化を列挙すれば、次のとおりである。

 ①自由民主党総裁選で党員の多数が高市氏支持を表明

 ②圧倒的な党員の勢いを受けて、自由民主党が新総裁に高市早苗氏を選出した

 ③参議院選では参政党と国民民主党が保守に軸足を置いた、基本方針を発表した

 ④以上の変化に追い詰められるように、公明党が連立を離脱した

7)10月21日、自由民主党と日本維新の会が連立体制を作ることで合意した。同日、高市早苗氏は衆参両院本会議の首相指名選挙で第104代首相に選出され、自民・維新による連立政権が発足した。10月22日、高市内閣が発足した。

 総裁選で党員票に込められた民意は、①自由民主党の維持ではなく変化を、②リベラルから保守へ復帰を、③党益ではなく国益を求めるものだった。

 元内閣官房参与だった谷口智彦氏が産経新聞正論に『自民「大テント党」瓦解のその先』と題した記事を寄稿している。22日に行われた参議院選挙の結果を踏まえた分析である。石破政権誕生から高市政権誕生に至る1年間に起きた政治体制の変化について、本質を抉り出す描写となっているので、以下に紹介する。(7月24日産経)

<自由民主党は英語なら大テント党とでも呼ぶべき大きな幕屋であって、中では何でもござれだった。右であれ多少の左であれ。但し、天幕を支持したのは保守の柱一本で、近年は故安倍晋三元首相が両の腕でこれを支えた。・・・安倍氏がいなくなった。柱からは(旧安倍派という)針金様のステーが何本も延び地面に刺さっていたけれど、これは岸田文雄前首相が根こそぎ外した。・・・われわれは7月20日、参院選挙の開票とともに、天幕は吹き飛び幕屋が倒れる音を確かに聞いたのである。・・・(自民党の)立党はちょうど70年前だ。・・・私有財産制と日米安保の護持にさえ誓いを立てるなら後は委細構わず、自民党は大テント党になった。>

<全政党が福祉充実を主張し、戦争にまつわる怖そうな話は当面箱にしまっておくことにした時期が、かくして生じた。・・・共産党の隣国が超大国化し、人類史に超絶する軍拡を続けて世界秩序を振り回すだろうなどと、誰ひとり思わない無邪気な頃だった。>

<箱の封印を開いて自尊自立と自衛の道に日本を導こうとした安倍氏の同志たちは、これからという時に追放の憂き目にあう。しかして自民党の、終わりの始まりだ。・・・自民党から保守主義を奉じる人々が去ったか去ろうとしている今、天幕のないかつての大テント党はどこに行こうというのか。往時、日本政治にあったかもしれない定常状態はもうない。事態はつとに流動している。ここに行くのだと明確に声を挙げる政治家が一人また一人と現れない限り、有権者の不満は鬱積する。>

石破茂前首相から高市早苗首相へ、ドラマの解釈

 谷口智彦氏によるこの描写は、高市首相誕生に至る政治体制の変化の本質を理解する上で、とても示唆的である。この認識を踏まえて、上述した「戦後の政治体制崩壊のドラマ」に解釈を加えたい。

 まず戦後政治体制を瓦解させるドラマの指揮を執ったのは石破茂前首相である。彼の言動は国民、特に自由民主党を支持してきた保守層に徹底的に嫌われた。それでもそんなことは無視して居座りを決め込んだため、自由民主党支持を放擲する動きが顕在化し拡大した。

 その動向は衆議院議員選挙で確定的となった。自由民主党は256→190へ66票も議席を失った。何と1/4の議席を失う壊滅的な惨敗だった。特に注目すべきは、参政党と国民の大躍進であり、これまで自由民主党を支持してきた若い世代が<大脱走>した結果と考えられる。それでも石破総理は居座った。9ヵ月後に行われた参議院選挙でも自由民主党は惨敗し、衆議院に続き参議院でも少数与党に転落した。ここまで追い詰められて石破茂首相はようやく辞任を表明した。

 次の新総裁には、党員からの圧倒的な支持を得て高市早苗氏が就任した。これをもって戦後自由民主党を形作ってきた枠組みの崩壊が決定的となった。高市新総裁に期待されたのは、自由民主党の解党的出直しだった。彼女が総裁選を制した理由は、他の候補では解党的出直しという荒業は断行できないと評価されたからである。

 そして戦後政治体制の瓦解を決定的にした事件は、公明党からの連立離脱通告だった。これで名実ともに戦後政治の枠組みが消滅した。石破茂氏が戦後政治を形成する自由民主党を瓦解させ、斉藤鉄夫氏が自公連立を葬ったのだ。

 自由民主党に籍をおく大方の政治家にとって、自公連立の解消はショッキングな事件であったに違いない。誕生したばかりの高市体制にとっても、衝撃的な逆風だと受け止める意見が少なくなかった。

 しかしこれは「評価関数」の問題でしかない。どういうことか。まず「戦後体制を維持する」ことに評価点を置けば、とんでもない逆風であったことは事実に違いない。しかし外患内憂の情勢に対処するために「戦後体制を刷新する」ことに評価点を移せば、自公連立解消は必須条件となり、願ってもない天祐となったのである。

 こうして自らの信念に基づく政策を断行しようとする高市早苗首相の前に立ち塞がる障壁が一瞬にして消滅した。そう断言する理由は三つある。第一に、連続した惨敗を喫した自由民主党は「解党的出直し」を高市氏に一任する他ないことだ。第二に、思い切った行動に対してブレーキとなる自公連立が解消したことだ。そして第三に、基本政策を同じくする日本維新の会との連立が実現したことである。公明党から日本維新の会へ、連携のパートナーが僅か11日で移行を完了したことが、歴史的変化を象徴している。

 振り返ってみると、ドラマを演じた立役者は4人いる。第一は、本人にその自覚はないに違いないが石破茂氏である。2024年の衆議院議員選挙と2025年の参議院議員選挙で解党的惨敗を招き、その責任をとって辞任し、この状況を打破できる後継者は高市早苗氏以外にいないという情勢を作った功績は、日本国にとって僥倖であった。

  第二の立役者は、自公連立の解消に踏み切った斉藤鉄夫氏である。この決断によって戦後の政治体制が氷解した。最も忌避する高市早苗氏が自由民主党新総裁に選出されたことから、「もはやこれまで」という決断が促されたように思える。しかし問題の本質は自民党の変化にあるのではない。衆議院議員選挙で25%、参議院議員選挙で22%の議席を失った公明党自身にある。自民党は高市新総裁の下に解党的出直しに挑戦することが決まったが、公明党はどうするのか?

 第三の立役者は、日本維新の会代表の吉村洋文氏と、共同代表の藤田文武氏である。彼らは基本的な歴史観と政策が一致すると判断し、自由民主党との連立を決断したのだった。

 そして第四の立役者は、言わずもがな高市早苗首相その人である。単純化して言えば、自由民主党内の反高市派議員、反高市の野党、更には公明党との連立解消という逆境の中を強かに生き抜いて首相の座を掴み、自民・維新連立を取りまとめたことは、高市早苗氏持ち前の熱意と覚悟がもたらした賜物である。

現状維持かそれとも変化か

 今後自民・維新連立の合意に基づく政策の実行に反対する野党の抵抗が予想される中で、どこまで実行できるのか不透明な部分があるものの、自民・維新連立の合意文書は驚嘆に値するものだ。そこには国際情勢が激変した中で、戦後70年の安眠を打破するのだという不断の意思が、リアルポリティクスとして直截簡明に表現されている。

元外交官の宮家邦彦氏が次のように評価している。(10月23日産経)

<自民・維新合意は内容も極めて具体的だ。・・・長年日本の安保政策を学んできた者にとって、今回の政策合意は夢のような話、にわかには信じられない内容である。・・・もし本当にこれらを実行するならば、日本の安保政策は飛躍的に向上する。本来なら冷戦時代に全て実施しておくべきだった政策ばかりだが、冷戦後は根拠のない楽観主義が蔓延し、必要な改革は棚上げされた。その状況は過去26年の自公協力時代も継承された。これら政策の実現は容易ではないが、今こそ本気で取り組むべき時だ。>

 宮家邦彦氏は、別の投稿では高市首相に対してエールを送っている。(10月9日産経)

<選挙に勝つ戦術と統治を行う戦略は異なる。高市総裁は統治にギアシフトし、現実に応じて、必要であれば、君子豹変すべきではないか。高市氏を支持してきた人も、そうした豹変を統治に不可欠として受け止めて欲しい。今の日本の保守政治を守る首相は彼女しかいないのだから。>

 政治家の立ち位置を政党によってではなく、「戦後体制の維持か変化か」何れを求めるかで分類するならば、石破政権までの自公両党は明らかに現状維持に陣取っていた。それに対して参議院選挙で大躍進を成し遂げた参政党と国民民主党は、変化を求める立場を鮮明に打ち出した。公明党の離脱と維新との連立いう天祐を得て、高市早苗氏は信念をもって大胆な変化を起こすフリーハンドを手に入れたことになる。

 「維持ではなく変化だ」という流れに先鞭をつけたのは国民である。ズバリ言えば、リベラルや中道の政治家よりも、国民の方が敏感に外患内憂の現状に危機感や恐怖感を感じていたのである。その目線で政治家の言動を評価するならば、解説を饒舌に述べるものの、結局何をするのか最後まで曖昧な石破茂氏よりも、やるべきことを直截簡明に表明する高市早苗氏の方が有事のリーダーとして遥かに信頼できることは明らかだった。

 振り返れば、総裁選で繰り広げられた候補者の発言も同じで、抽象的な美辞麗句の羅列で具体的に何をするのか、どう対処するのかを明言しない政治家が嫌われたことは明らかだ。それと比べて高市早苗氏の発言には無駄な言葉がない。言い換えれば、高市氏とその他の候補者を決定的に分けたのは、外患内憂の現代において、明確な世界観、歴史観、国家観を持っているかどうかにある。それがない政治家の言葉には具体性と説得力が欠落しているのだ。政治家が備えるべき資質として、そのことを如実に物語っているのが、連立に向けて高市氏と対面で意見交換を行った日本維新の会共同代表の藤田文武氏が発した以下の言葉である。

<高市さん、狂ってください。これからあらゆる抵抗があります。それを押し切って日本の大改革のためにはある種の狂気が必要です。そのために私たちは国民に覚悟を示すんです>

<わかった!やるかっ!>

 自民・維新連立を成し遂げたのは、この会話に象徴されるように、双方の熱意と覚悟だったということだ。国民目線で眺めていると、他の政党の代表の発言には、この時の二人が見せた熱意と覚悟に匹敵するものを感じられなかったのである。

 国民民主党の玉木雄一郎代表が、自民・維新連立の動きが顕在化した10月15日、野党三党が首相指名選挙での対応について協議した折に、日本維新の会が自由民主党との連立を見据えた政策協議に入る方針を示したことを聞いて、「自由民主党とやるなら『最初から言ってよ』という感じだ」と愚痴をこぼしたという。

 当事者としてもっともな言い分だが、他人を非難する前に自分の未熟さを恥じた方がいい。何故なら、自由民主党と日本維新の会が「熱意と覚悟」の話をしていた時に、国民民主党と立憲民主党は「打算的な数合わせの話」を協議していたからだ。日和見をしていたのは玉木氏の方で、日本維新の会ではない。

本格政権の始まり

 10月24日の産経新聞は、高市氏が政治家2年目のときにまとめた『高市内閣成立』と題した持論について紹介記事を掲載している。それは「2010年10月に高市早苗自民党総裁が内閣総理大臣となった」という書き出しに始まり、高市政権の方向性として、以下の5つの柱を掲げている。今から15年以上前に書かれたものだが、高市氏の人となりが良く分かるだけでなく、彼女が並みの政治家ではないことを物語っている。以下に引用する。

①「国家の主権と名誉」、「国民の生命と財産」を確実に守り抜く政治を実現する

②「国益」の追求を明確な目標として打ち出す

③行き過ぎた結果平等を廃し、「機会平等」が保障される社会を創る

④国民の「自由と権利」を守ると同時に「責任と義務」の大切さを訴え社会秩序を再構築する

⑤「私たちの時代の私たちの憲法」を作り上げる

 産経の記事は続けて、当時の高市氏の心境を紹介している。

<現在の私は常に、自分が総理だったらこの件にはどう対応するかと考えながら、その時々の政治課題に取り組むことが習慣になっている。>

<先輩たちから受け継いだ素晴らしい国、大切な日本。もう一度この国の活力を取り戻し、希望と安心に満ちた社会を次の世代に贈りたい!社会に長く貢献された先輩たちには、自らの努力の果実としての豊かな老後をうんと楽しんでいただきたい!それが私の夢だ。一度っきりの人生、そのために全てを賭ける覚悟だ。志と勇気と行動をもって・・・>

 戦後政治からポスト戦後80年の政治へ、日本は大きく転換する千載一遇の機会に恵まれた。文字どおり現在の政治情勢は外患内憂で難題が山積している。その中で日本は戦後70年の政治的停滞と30年の経済的低迷を経て、歴史的な大転換の時機を迎えたのだ。大きく俯瞰すれば、石破茂氏が演じた役回りは戦後政治体制を終わらせることであり、高市早苗氏に期待される役割は、大転換を成し遂げて新たな未来像を示し、それに向かって日本が活力と自信を取り戻して外患内憂の諸問題に立ち向かってゆくリーダーシップである。

 こういう難題に立ち向かう政治家の登場に心から拍手を送りたい。

エピローグ

 さまざまな逆風の中で、高市政権を誕生させたのは、高市氏ご本人の熱意と覚悟であったことは間違いないが、同時に忘れてならないのは、このドラマの展開に少なからぬ影響を与えたのは、保守に軸足を置く国民の強い支持が明白に打ち出されたことだった。昨年9月に石破政権を誕生させた自民党に対し、はっきりとノーを意思表明したのは国民だった。それがなかったら今回の総裁選で高市氏が選出されたかどうかは分からない。

 バブル崩壊以降30年余に及び停滞感が日本全体を覆ってきたが、議会制民主主義における有権者の責任がはっきりと行使されたことが、戦後政治の終焉というドラマを起こし、政治体制の大転換を起こしたのである。戦後政治の終焉と同時に、政治を政治家に丸投げしてきた戦後の民主主義も終わった事実を、我々国民は肝に銘じる必要がある。

 もう一つ大事なことがある。「戦後政治の終焉」というドラマの第一幕はなんとか終わったのだが、ドラマは既に「ポスト戦後80年の政治体制の構築」という第二幕へ移行している。高市政権はこれからさまざまな難題と反対に直面するだろう。戦後政治の終焉と転換を支持した有権者は、「高市さん、あとは宜しく」と高みの見物を決め込むことなく、新政権に対する強い支持を続けなければならない。議会制民主主義を成熟化させることなく、政治体制を刷新することはできないということだ。

参照資料:

1)「自民大テント党瓦解のその先」、谷口智彦、産経2025.7.24

2)「外交安保、こうも違うのか」、宮家邦彦、産経2025.10.23

3)「高市新総裁、君子豹変せよ」、宮家邦彦、産経2025.10.9

4)「四半世紀前描いた5本柱」、村上智博、産経2025.10.24

戦後政治脱却の時機

7/20参議院議員選挙(総括)

 7月20日に参議院議員選挙が行われた。自民党は大敗した。戦後政党である自民党、公明党、共産党が大きく議席を減らし、国民民主党、参政党が躍進した。自公与党の議席は、選挙前の141から122に大幅に減少し、過半数125を割り込んで少数与党となった。

 選挙前と選挙後の議席の推移をみると、政党が見事に三つのグループに分かれたことが注目される。即ち、衰退した党、躍進した党、低迷した党の三つである。

  ・衰退した党:自民党(-13)、公明党(-6)、共産党(-4)

  ・躍進した党:国民民主党(+13)、参政党(+13)

  ・低迷した党:立憲民主党(±0)、維新の会(+1)、他

 この事実はどう理解すればいいのだろうか。以下に順を追って考察する。まず国民の審判は、以下の三点に要約できる。

 第一は、石破政権及び自民党に対する失望である。参議院選挙で衆目を集めたのは消費税減税を巡る与野党の対立だったのだが、実体は石破政権に対する信任/不信任だった。石破総理に対する国民の失望と怒りが沸騰していたからだ。しかし石破茂という人物を総理大臣に選んだのは自民党であるから、好き嫌いによる反射的な投票を無視すれば、真の争点は自民党政治に対する信認/不信任の選挙だったことになる。

 第二は、自民党、公明党、共産党という戦後政治に長く関与してきた古い政党に対する審判である。つまり国際環境が激変しているというのに、戦後政治を引きずったまま現状維持を続けてきた古い政党の怠慢に対する拒否反応があった。

 そして第三は、二つの失望に対する反動としての、新しい政党に対する期待の現われである。以下に掘り下げて論じる。

自民党の敗因

 自民党並びに戦後政党の敗因を具体的に整理すると、次のとおりである。

 第一に、「国民の不安」を払拭できなかったことだ。ここで「国民の不安」は四点に集約できる。即ち、①物価高による生活不安、②少子化・年金に対する将来不安、③外国人に対する不安、④国際情勢の激変を踏まえた安全保障不安だ。(産経7/21参照)

 第二に、重要なテーマについて保守層の期待に応えなかったことだ。即ち、①憲法改正は何ら進展がなかった、②安定的皇位継承については結論を先送りした、その一方で、③選択的夫婦別姓を推進するような姿勢を見せた。これで自民党がもはや保守政党ではないことが明らかになった。

 保守系の民間団体である日本会議(谷口智彦会長)は、7月24日に参議院選挙について見解を発表している。それによると、「自民党は近年、憲法改正や男系の皇統護持など国柄に関わる重大事件に対してすら、支持層に明確な姿勢を示すことができなかった」として、「与党の過半数割れは現在のリベラル化した自民党に対し保守層がノーを突き付けた結果だ」と指摘している。(産経7/25参照)

 敗因について更に考察を加えよう。敗因は石破首相の言動に対する国民の怒りと、自民党の政策に対する失望の二層として捉えると分かり易い。象徴的な例を四つ挙げて説明する。

 第一は、消費税減税を巡る答弁である。「失われた30年」にはさまざまな原因があるが、主たる責任は経済成長よりも財政健全化を優先してきた自民党にある。その象徴が「失われた30年」の間に実施された消費税の増税(5%→8%→10%)だった。「増税は好景気の時に実施し、不景気になったら減税する」のは先進国に共通する経済政策の基本である筈だが、自民党は減税らしい減税をしたことがない。その結果が「失われた30年」だったのだ。(資料1参照)

 野党が異口同音に「消費税減税」を主張したにも拘わらず、石破首相と森山幹事長が断固としてそれを拒否した姿勢は、「失われた30年を40年にするつもりか」という程の国民の怒りを招いたと言ってよい。

 第二は、戦後80年間全く進展しなかった憲法改正に対する責任である。自民党にとって憲法改正は結党以来の党是だった筈だが、現実はいつの間にか自民党こそが憲法改正を足踏みさせている最大勢力となった。安倍総理が主張していた「戦後レジームからの脱却」を推進するのが自民党の使命だと期待してきたが、実際には自民党は現状維持の政党となって、「進化を忘れたゾンビ政党」と化した。(資料2参照)

 そして第三は、応援演説で飛び出した石破首相のトランプ政権に対する「なめられてたまるか」発言である。この一言で、「この人物はガキ大将レベルなのだ」という失望が確定的になった。(資料3参照)

 第四は、中国が如何に挑発的な行動をしようとも、「黙して抗議せず」の対中姿勢である。国民目線からみれば、「高圧的ではあれ、交渉をしているに過ぎないトランプ大統領に対して啖呵を切るのであれば、理不尽な行動オンパレードの中国に対して毅然と対処してみせよ」という心理が投票に少なからぬ影響を与えたことを軽視すべきではない。保守層からすれば、「親中トリオ」と称される石破首相、林官房長官、岩屋外務大臣の対中姿勢は看過できないものであった。(資料4参照)

 前中国大使を務め、中国に対し毅然と対処してきた垂秀夫氏が自民党で議員を前に講演し、次のように述べたという。誠にその通りだと思う。

 <国家の外交上、一番大事なことは米国と中国だ。米国は言うまでもないが、なぜ中国に行かないのですか。中国を良く視察した上で、日本の主張をしっかり伝えるべきだ。遠く離れた日本で、中国はけしからんと吠えても、中国は何も変わらない。もちろん中国の主張を唯々諾々と受け入れるだけなら訪中しない方がいい。>(資料5参照)

石破首相vs自民党vs国民、問題の構図

 7月23日に自民党本部で石破首相と三人の首相経験者の会談が行われた。石破首相は会談後の記者会見で「私の出処進退について一切話は出ていない」と言い切ったが、25日の産経紙面によれば、三人の首相経験者はそれぞれ次のように発言していたことが明らかとなった。

  ・麻生氏:「石破自民党では選挙に勝てないことが明らかとなった」

  ・岸田氏:「政権をどうするのかをハッキリ言わないと党はもたない」

  ・菅氏:「党の分裂はまずいよね」

 三人の発言は何れもが、問題を「石破首相vs自民党」の構図として捉えている点に注目してほしい。自民党に陣取ってお手並み拝見をしてきた領袖が、現役首相の責任を追及している構図である。

 しかし「現在世界は歴史の転換点に立っている」という視座から眺めれば、三人の発言は問題の本質を外していることが明らかだ。それだけでなく自民党が抱える深刻な病巣を浮かび上がらせている。つまり国民目線から眺めれば、問題の本質は「石破首相vs自民党」の構図に潜むのではなく、「自民党vs国民」の構図にあるからだ。

 補足しよう。激変している国際情勢の波がやがて東アジアにも押し寄せようとしているにも関わらず、自民党は未だに抜本的な対策を講じていない。昨年の衆議院選挙、都議会選挙、今回の参議院選挙において、自民党を支持してきた保守層が自民党に決別したことの意味は、自民党は既に保守政党ではなく、今後も保守に戻ることはないと見切ったことを意味している。明日起きるかもしれない有事事態に対して何も行動を起こさない「ゾンビ政党」となったことを見抜いたのである。

戦後政治のまま進化を怠った自民党

 元内閣官房参与で安倍元首相のスピーチライターを務めた谷口智彦氏が、戦後から現在に至る自民党政治を俯瞰した示唆に富んだ記事を書いている。以下に要点を紹介する。(資料6参照)

<自民党は「大テント党」だった。右も多少の左も同居していた。ただしテントを支えていたのは安倍晋三という一つの柱だった。そして安倍氏が居なくなった。(安倍派の幹部という)細いステーが辛うじて支えていたのだが、岸田が根こそぎ取っ払った。そして7月20日の参院選の開票と共に、テントが吹き飛び幕屋が倒れる音を聞いた。>

 とてもリアルな描写である。続いて戦後政治において自民党が果たした役割については、次のように描写している。

<自民党は70年前に誕生した。ソ連の工作による共産化の中、自民党だけは反共を掲げた。日米安保体制堅持を主張するのがいかほど不体裁でも、岸信介が奮闘した。私有財産制と日米安保護持にさえ誓いを立てれば、一切構わず自民党は受け容れて大テント党になった。全政党が福祉充実を主張し、戦争にまつわる話は当面封印しておくことにした。かくして全国民が総自民党になったような時代となった。後に露中の共産主義独裁の隣国が超大国となり軍拡を続ける事態が到来することなど、誰も想定しない無邪気な時代だった。>

 更に左派に対しては、次のようにその欺瞞性を指摘している。

<左派は往時と違って資本制を否定せず、日米安保も渋々受け入れる一方で、凡そナショナルなものは憎悪の対象とする。従って、軍備増強を急ぐ中国に対しては文句を言わない。何故なら真剣に対峙しようとすれば、自らをナショナルな存在に変えなければならないからだ。>

 最後に参議院選挙後の自民党については、次のように展望する。

<参議院選挙をもって自民党から保守主義を奉じる人々が去ったか、去ろうとしている今、大テント党はどこに向かうのか?国際情勢は激動しており、日本の進路を明確に示す政治家が出現しない限り、有権者の不満は鬱積する。>

 自民党が安倍氏が辛うじて支えてきた大テント党だったことに思考が及ばない岸田・石破両首相は、その自覚がないままに大テント党を潰す役割を演じている。「このままでは自民党が持たない」と憂う政治家諸氏は、大テント党が崩壊する宿命にあることを理解しておらず、崩壊が既に始まっていることに気付いていない。戦後80年を迎え大テント党の役割は終わったのだ。本質原因は石破氏個人にあらず、保守の矜持を忘れ進化を拒んできた自民党にある。

戦後政治の終焉

 このように俯瞰してみると、自民党の大敗は必然の帰結だったことが分かる。カーチス名誉教授が述べたように、「トランプ大統領が就任した今年1月20日は、米国中心の世界秩序も日本の戦後も終わった」のであり、現代の政治には「世界は今歴史の転換点に立っている」という認識が不可欠となったのである。では「日本の戦後が終わる」とは、一体どういうことだろうか?

 アメリカ覇権の時代が終わりつつある国際動向の中で、トランプ大統領は、MAGAと関係が薄い戦争や紛争から手を引こうとしている。ロシアの脅威増大に対しNATOが結束を強め、アメリカの支援を何とかつなぎ留めようとする一方で、防衛費をGDP比5%にまで高めることで合意したことはその証左である。アメリカのこの動向は東アジアとて例外にはならない。中国や北朝鮮の脅威増大に対し、日本はアメリカとの同盟関係を維持する努力を怠らない一方で、「自分の国は自分で守る」防衛能力を強化し自立を高めてゆく他ない。「日本の戦後が終わる」とはそういうことである筈だ。

 7月に来日したアメリカのコルビー防衛次官からGDP比3.5%の防衛費増強を要求されたことに対して、「日本の防衛費は日本が決める」と大見えを切った石破首相だったが、選挙を直前に控えた故の演技で済ますことはできない。

 進化を忘れた政党は自民党だけではない。公明党、立憲民主党、共産党は自民党に負けず劣らず進化から取り残された政党である。今年は戦後80年であるというのに、進化を忘れた政党の議論には、「国際情勢の激変をどう認識するか、それに対し日本はどう対処するのか」についての論点がすっぽりと欠落している。

 二つの国政選挙で保守層が訴えた声なき声は、一言で表現すれば、「戦後政治に終止符を打て。激変する国際情勢を生き残り、国益を追求し実行する政党に進化せよ。」ということだろう。難しい理屈は分からずとも、ウクライナ戦争が起き、イスラエル対イラン戦争が起き、アメリカと中国の間で既に冷戦が始まっていて、トランプ政権は世界を相手に高関税というディールを仕掛けている緊迫した情勢は、肌で感じることができるものだ。その情勢下で日本は如何に生き延びてゆくのかについて、「なめられてたまるか」と啖呵を切る気概があったなら、「その強い意思と強かな戦略を語ってみよ」というのが保守層の本音だった筈だ。

 既に他の記事で述べてきたように、凡そ変化には、線形変化(Improvement)、非線形変化(Innovation)、不連続変化(Revolution)があるが、戦後政治が終わるという変化は、不連続な変化とならざるを得ないだろう。国際情勢が激変してゆくのに対して、自民党政権は憲法改正は固より、防衛費増強、核抑止力の保持などの重要テーマについて、何も手を打ってこなかったからだ。あるべき姿に対する現実のギャップは拡大の一途にあり、やがて革命的な変化が避けられない。

 自民党内部にはこの危機を乗り越えるために一度下野したらという意見があるという。野党連合は早晩失敗するからまた出番が来るという戦術論だ。自民党にノーを突き付けた保守層が希求するのは戦後政治体制の解体であり、真の保守政党の登場である。いつぞやの民主党政権の誕生と崩壊と同じプロセスを辿ることはないと断言しておきたい。

明治維新に酷似する令和の維新

 既成政党の凋落とは対照的に、今回の選挙で躍進を遂げたのは参政党と国民民主党だった。選挙に勝って議席を増やしたことは誠に喜ばしいことではあるが、自民党の凋落が深刻となった現在、これらの党に求められる最優先の使命は、ポスト戦後80年時代の政治を担う「国益ファースト」の保守の集団を結成することにある。

 新しい歴史教科書をつくる会の顧問を務める藤岡信勝氏が、参政党躍進の勝因について以下のように解説していることは興味深い。(資料7参照)

<参政党が躍進した背景には、参政党候補者が共有する歴史観がある。参政党は「日本人ファースト」をスローガンに掲げたが、草の根の地域組織を持ち、他党とは比較にならない程、党員向けの勉強会を充実させている。日本の歴史に誇りを持つ歴史観をバックボーンとしているが故に、候補者の演説には単なる話術ではない真実さと深さが伴っている。>

 振り返ってみると明治維新は、日本が中世から近代に向かう大転換だった。明治維新で起きた変化を簡潔に描写してみれば、例えば次のようになるだろう。

  ①当時の国際情勢は、植民地化を争う西欧列強が日本に押し寄せた時代であり、

  ②未だ封建社会にあって、情勢の激変に巧く対応できない徳川幕府に対し、

  ③危機感を抱いた西国雄藩の下級武士たちが決起して市民革命を起こし、

  ④封建社会から議会制民主主義・資本主義へと政治形態の大転換が起きた。

 昨年の衆議院選挙、今回の参議院選挙を同じ文脈で描写すれば、以下のように明治維新と酷似していることが分かる。

  ①現在の国際情勢は、アメリカ覇権体制から多極化へと向かう激変の時代であり、

  ②未だ戦後政治のままで、情勢の激変に巧く対応できない自民党政権に対し、

  ③危機感を抱いた保守層が不支持を表明し、参政党に象徴される若い政党が台頭し、

  ④戦後政治から「ポスト戦後80年時代」の政治への大転換が始まった。

 政権をとれない小規模の政党が乱立する余裕は今の日本にはない。一方で短期間で急成長した政党には経験知がない。昨年の総裁選で石破茂氏に投票しなかった反リベラルの自民党議員が持つ経験知を取り込んで、幕末の薩長同盟のように一日も早いリアル・ポリティクスを担う保守政党が大同団結して真の保守政党となることを願いたい。

参照資料:

1.「森山裕自民党幹事長の≪消費税を守り抜くは国民にケンカを売っている、減税をポピュリズムと言う政治家たちの傲慢すぎる思考回路」、藤井聡、現代ビジネス、2025.7.2

2.「“護憲”に転じた自民vs不満爆発の高市氏」、尾中香尚里、JBPress、2025.5.22

3.「石破茂総理の≪なめられてたまるか≫発言が、トランプとの関税交渉をぶち壊す、これは日本外交史上に残る最大級の失言だ」、藤井聡、現代ビジネス、2025.7.12

4.「対中姿勢で国益損なうな」、産経「主張」、2025.7.15

5.「議員よ、中国で国益示せ」、垂秀夫、産経、2025.7.13

6.「参政党躍進の背景にある歴史観」、藤岡信勝、産経「正論」、2025.7.25

7.「自民≪大テント党≫瓦解のその先」、谷口智彦、産経「正論」、2025.7.24