トランプ氏は誰と何と戦っているのか

すんなりと決着した大統領選

 多くの識者が、アメリカ大統領選が行われた11月5日は騒乱の前夜となると予測していた。だが、実際にはすんなりとトランプ元大統領が勝利した。

 10月30日に公開した『分断から内戦に向かうアメリカ』では、次のように書いた。

<もし大統領選でトランプが再選されれば、ひとまず右派の決起は避けられるが、間違いなく左派の暴走が起きるだろう。逆に2020年の大統領選挙、2022年の中間選挙に続いて今回も露骨な選挙不正が行われてハリスが勝利することになれば、民兵組織にとって我慢の限界を超える事態となるだろう。

 何れにしてもアメリカ社会の分断は沸騰点に到達しようとしており、どちらが勝利しても騒乱が避けられず、最悪の場合には武器をとって撃ち合う事態に発展する可能性が高い。

 さらに得票数が僅差となれば、敗れた方が「選挙不正があった」と騒ぎ出すことが充分予測される。「2020年の大統領選で、民主党陣営による郵便投票を悪用した大規模な不正が行われた」というのは仮説の域を出ていない。「そんなバカな」と思う人にとっては陰謀論に聞こえるだろう。しかし今回の選挙結果に対して、「選挙不正があった」と非難する声が上がるとすれば、その背景に「2020年の選挙不正」の疑惑が解明されないまま封印された事実があることは明らかである。>

 だが「11月5日の大統領選ではトランプ氏が圧勝した。さしたる騒乱は起きなかった。めでたしめでたし」とはならない。そう断言する根拠は三つある。第1に国際社会は混乱の極みにあること、第2にトランプ対DSの戦いは何一つ終わっていないこと、そして第3に国内の分断問題は何も解決されないまま放置されていることだ。〔注〕DSについては後述。

 ところで予想は何故外れたのだろうか。三つの要件が同時に成立したからである。つまり、第1にトランプ氏が大勝したこと、第2にハリス氏があっさりと敗北を認めたこと、そして第3に2020年の大統領選と異なり、トランプ氏の勝利を阻止する実力行使が行われなかったことだ。

 この中で謎は第3である。三つの可能性が考えられる。

 第1は、トランプ氏が圧勝した(312対226)ために覆す手段が存在しなかったか、もし強行すれば民兵組織が全国規模で銃をとって立ち上がる等、右派のリアクションが大きすぎて内戦が勃発してしまうため、実施できなかったというものだ。

 第2は、そもそも選挙戦の途中でバイデン大統領を引きずり降ろし、ハリス副大統領に交代させた手順は相当に荒っぽいものだった。バイデン大統領の耄碌ぶりも聞くに堪えないものだったし、ハリス氏に至ってはもし正規の民主党の大統領候補の選定手順を踏んでいたら、決して候補には成り得なかったと思われる程、大統領候補としての適性を欠いた人物だった。従って民主党陣営も早い段階から「今回は勝てない」ことを予測していた可能性が高いというものだ。

 第3は、バイデン政権下の3年余において国際情勢・国内情勢共に、混沌・混乱が増大しアメリカの覇権体制が揺らぎ始めたことが鮮明になった。我々の認識とは異なり、DSから見れば「バイデン大統領は良く任務を果たしてくれた」と評価をしていて、後は「トランプさん、お手並み拝見だ。」と高みの見物を決め込んでいるのかもしれない。

 後述するように、最も可能性が高いのは第3の理由である。

バイデン政権下で変化した国際情勢(概観)

 バイデン大統領政権下で変化した国際情勢を俯瞰してみよう。バイデン大統領が就任したのは2021年1月である。それ以降に発生した6つの重大事件を時系列で拾った。

 第1は、米軍のアフガニスタンからの全面撤退である。2021年の8月31日にアフガニスタンに駐留していた米軍最後の軍用機がアフガニスタンを離陸した。アメリカは2001年にアフガニスタンに部隊を派遣しタリバン政権を排除して、20年に及ぶ軍事作戦に終止符を打って、タリバンにアフガニスタンを明け渡して撤収したのだった。

 第2は、2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻である。

 第3は、2023年10月7日に起きたハマスによるイスラエルへの軍事テロである。

 二つの戦争は何れも長期化して拡大し双方に相当の死傷者が発生したが、現在に至るまで終結の目途は立っていない。

 第4は、SWIFTを武器化して制裁に使ったことだ。最初の事例は、イランの核開発に対する国連安保理による制裁決議に基づいて、EUが中央銀行を含むイランの25の銀行に対しSWIFTのサービスを停止したもので、2012年のことである。続いて、ウクライナ戦争を始めたロシアに対しても制裁の一環としてEUとアメリカはロシアの主要銀行をSWIFTから追放する措置をとった。ちなみにSWIFTとは「国際銀行間通信協会」の略称であり、この組織が提供する国際金融取引の決済ネットワークシステムである。

 第5は、ロシアが欧米からの制裁に対する対抗措置として、ドルに依存しない原油等の貿易決済システムを中国と組んで作ったことだ。今ではBRICS諸国に呼び掛けて「BRICS通貨」を作るべく奔走している。BRICSは西側諸国・G7に対抗する仕組みとして、当初の五ヵ国に加えて、アラブ首長国連邦、イラン、エチオピア、エジプトが参加して九ヵ国となり、さらにサウジアラビアが参加を検討中である。

 そして第6は、PDSの失効である。アメリカは1972年のニクソンショックにおいて、ドルと金の兌換を一方的に停止した。それと並行してアメリカは1974年にドル覇権を維持するために、サウジアラビアと『ワシントン・リヤド密約』を結び、アメリカが安全保障を提供する代わりに、原油の取引を全てドルで行う体制を構築して、ドルの覇権体制を再確立した。これをPDS(Petro Dollar System)という。それから50年が過ぎて、2024年7月にサウジアラビアは密約の破棄を決定した。こうして半世紀にわたってドル覇権の支柱となってきたPDSは消滅した。

 ここで重要なことは、以上の6つの事件は相互に無関係に起きたものか、それとも共通のシナリオのもとに引き起こされたものかだ?

バイデン政権下で変化した国内情勢(概観)

 バイデン政権下で悪化した国内情勢については幾つも事例を挙げることができる。思いつくままに列挙すれば、第1に不法移民が急増したこと、第2にフェンタニル中毒患者が急増したこと、第3に中間層から貧困層に没落した人口が増加したこと、第4に大都市において凶悪犯罪が増加して治安が悪化したこと、そして第5に左派と右派の間の分断が深刻化したこと等々だ。

 『分断から内戦に向かうアメリカ』で既に書いたように、バイデン政権下の2021~24年の合計で730万人もの不法移民がアメリカ国内に流入した。メキシコと国境を接するテキサス州は「これは侵略であり、連邦政府は州を防衛する憲法上の義務を放棄している」として独自の州法を成立させて逮捕と強制送還に乗り出した。このように「バイデン政権が政策として不法移民の流入を促進してきた」ことは明白である。

 分断問題の根源は、左派による行き過ぎたポリティカル・コレクトネス(PC)活動と、LGBTなどのマイノリティの権利を過剰に要求する活動にあった。既にトランプ氏は米軍から全てのトランスジェンダー軍人を追放する行政命令を出すことを公言している。

 アメリカ国民の多くが陰湿なPC/LGBT攻撃の標的にならないようにじっと我慢してきたのに対して、唯一攻撃を跳ね返す存在であり続けたトランプ氏が、圧倒的多数の支持を得たことは至極当然と思われる。トランプ氏は大統領就任以降、バイデン時代に浸透したPC/LGBT攻撃を認めない政策を次々に打ちだすことが予想され、大統領選では決起のタイミングを失った左派が、その政策に反応して騒動を起こす可能性が高まることが予測される。

 分断がここまで深刻化した責任は一体誰にあるのか。11月30日の産経新聞「産経抄」に、バイデン大統領が就任する2021年1月に安倍元首相が語ったエピソードを紹介していてとても興味深い。

1)トランプ氏が分断を生んだのではなく、アメリカ社会の分断がトランプ大統領を生んだ。

2)その分断を作ったのはリベラル派であり、オバマ政権の8年間だった。

3)オバマ政権下で、リベラル派が我こそ正義とばかりにPC(政治的正しさ)を過剰に振りかざしてきた。誠にこのとおりだと思う。

 問題は一体バイデン政権は何故このような政策を推進したのかだ。

バイデン政権は何を推進したのか

 このように俯瞰した上で結果から判断すると、2021年1月に就任したバイデン政権がこれまでに推進してきたことは、ドル覇権体制を崩し、アメリカを弱体化させ、国内外の秩序を不安定にし、世界を多極化させるシナリオの一環だったのではないかという疑念が生じる。ウクライナ戦争に関しては、ロシアがウクライナに軍事侵攻することを黙認しただけでなく、ウクライナに武器を供与してロシアとの代理戦争をさせ、戦争を長期化させて消耗戦となるように仕向けたのではなかったか。

 いついかなる戦争においても、戦争の当事国の他に、戦費と兵器を提供する集団が存在する。当事国は戦争で疲弊する一方で、彼らは戦争で大きく儲けてきたことは歴史が証明するところである。

 ロシアに対するSWIFTからの追放という制裁は、ロシアがSWIFTに代わる国際取引の決済手段を構築することを促した。その間にPDSが消滅し決済の「非ドル化」が進んだ。この一連の事件は、ドル覇権を瓦解させる方向で符号している。

 では一体バイデン大統領は何故そんなことを推進したのだろうか。この疑念は、バイデン政権の背後にDSの存在があると解釈すれば説明が付くのである。同時に2020年の大統領選挙で郵便投票を悪用した大規模な選挙不正を行ってまでバイデン大統領を誕生させた理由も、また今回の大統領選では実力を行使しなかった理由も、全て説明が付くのである。

 これを書いている12月1日に、驚愕する情報が飛び込んできた。アメリカのNBCニューズ他のメディアが11月30日、トランプ次期大統領が自身の「Truth Social platform」に以下のコメントを書いたと報じたのである。

 <BRICS諸国には、新しいBRICS通貨を作らないこと、もしくはドルに代わる他の通貨を支持しないとの確約を求める。さもなくば100%の関税を課すことになり、素晴らしいアメリカ市場との商いに別れを告げることになるだろう。>

 これはトランプ次期大統領が、「ドル覇権体制の瓦解はバイデン政権下で進められた」と認識していることを示すと同時に、そんなことは断じて許さないという強い警告を発したものである。手段の是非や適否はともかく、これはトランプ氏が切ったカードであり、BRICS加盟国はロシアをとるかアメリカをとるかの二者択一を迫られることになるだろう。

 本来BRICSは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字を綴った略称であるが、最近ではSはサウジアラビアだと言われてきた。サウジアラビアはBRICS加盟に色気を出しており、トランプの脅しは、PDSを解消し、BRICS加盟に走ろうとしたサウジアラビアを牽制するものである。

トランプ対DSの戦いとは何か

 DSとはどういう存在なのか。お断りしておくが、国際情勢を見るときには、軽々に陰謀論というレッテルを貼って思考停止に陥らないことが賢明である。世界で勃発する事件は何れも偶発的なものではなく、それを仕掛けた勢力がいて、シナリオを書いた勢力がして、それで儲ける勢力がいると考える方が真相に近い。あの太平洋戦争ですらそうであったことは、6月9日に公開した『思考停止の80年との決別第3部』で書いてきた通りである。

 DSの存在は、トランプ氏が公言したことから広く認知されるようになった。概念的に捉えれば、ここでは大統領の指示にも面従腹背する官僚組織の幹部層、特に司法省やFBI或いは国防総省の幹部に、国際金融資本家や軍産複合体、さらにはグローバリズムの推進者を等を括った集団と理解しておくこととする。

 アメリカの近代史を振り返ると、総じて戦争を起こすのは民主党で、それを共和党が収拾するという役回りだった。今回もそうなりそうだ。バイデン政権の時にウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナ戦争が起き、トランプ次期大統領がそれを終結させることになるからだ。

 世界の近代史においては、戦争が起きるとその当事者双方に戦費を高利で貸し付ける金融資本家が存在した。日本がロシア相手に戦った日露戦争においても、戦費のほとんどは、グローバルに事業を展開する英国と米国の投資銀行を介して、ロンドンとニューヨークで調達されている。今も昔も戦争によって大きく儲ける集団が存在しているのである。

 さらにいえば、世界には秩序よりも混沌、安定よりも不安定を望む集団が存在する。最近の事例を挙げれば、リーマン・ショックやコロナ・パンデミック、或いは資源インフレや大規模災害が発生したとき、各国の政府が巨額の補正予算を組んで対応したことは記憶に新しい。騒々しい世の中になるほど多くのマネーが流通し、そのマネーに群がる集団が暗躍することは事実である。

 コロナ・パンデミックが世界を襲った時、巨額の利益を上げたのは主にワクチンを提供したアメリカの企業だった。各国は言い値で人口分のワクチンを買い漁ったことも事実である。

 二つの世界大戦を契機に大英帝国からアメリカに世界の覇権が移動して、戦後アメリカは世界の覇権国として君臨した。特に米ソ冷戦時代には、共和党のレーガン大統領がソ連に対して軍拡競争を仕掛けて、ソ連邦を経済的に破綻させて崩壊・解体に追い込んだ。それ以降アメリカ1強時代が到来した。

 アメリカ1強は安定の時代であり、テロやゲリラ戦争を除けば国と国の戦争は減少した。アメリカ1強体制が揺らいで多極化に向かえば、世界は不安定となり、地域紛争が起こりやすくなる。戦争で儲けようとする集団にとっては、アメリカが弱体化することが望ましいのである。さらに付言すれば、M7(マグニフィセント・セブン)のようなグローバリストにとっては、もはや国家は様々な制約を課す存在でしかないということである。

 既に書いてきたように、飽くまでも結果から判断すれば、バイデン政権下で顕在化したドル覇権の崩壊とBRICS結束強化の動きは、世界を不安定化させる要因である。バイデン政権はその不安定化を促進しようとし、トランプ次期大統領はそれを許さないことを宣言した。

 こう考えると、トランプ氏が目指しているのは、MAGA(アメリカを再び偉大な国にする)ことであり、そのためにドルの覇権を維持し、それに挑戦する国の登場を容認しないということだ。これを構図として捉えれば、DSにとってトランプ氏は敵以外の何物でもないことになる。

アメリカの覇権が限界に近づいている

 来年2025年は世界大戦終結から80年、ドルと金の兌換を停止したニクソンショックから53年、PDSが成立しドル覇権体制が維持されてから50年、そしてアメリカ1強体制が始まったソ連邦崩壊から34年になる。この間にアメリカの力の衰えが徐々に顕在化し、バイデン政権を含めて世界が多極化の方向に向かう動きが見えてきた中で、2025年1月にトランプ第二期政権が誕生する。ドル覇権体制の維持を巡るバトルの幕が開けることになる。

 ここで、マネーがどれほど世界に溢れているか。資料1他を参照してデータを整理してみよう。

・世界の債務:377兆ドル(2010年の80兆ドル)

・アメリカの財政赤字:1.83兆ドル(FY2024)で、前年度比8.1%増加

(コロナ渦のFY2020の3.13兆ドル、FY2021の2.77兆ドルに次ぐ過去3番目の規模)

・アメリカの財政赤字/GDP比:6.4%(FY2024)で、前年度の6.2%から悪化 

・金に対するドルの価値:市場価格は1オンス=2000ドルで、ブレトンウッズ会議(1944)から80年間で1/57に減価

・流通するドルの総量:米国内に5~6兆ドル、世界では(推定)50~100兆ドル

〔注〕FY:会計年度、アメリカの場合10/1~9/30

 ここで、特に注目すべきは次の三点である。

 ①世界全体の債務は、2010年からの15年間で4.5倍に増加した

 ②アメリカの財政赤字は年に約1.8兆$(約270兆円)で年々増加し、GDP比でも増加した。

 ③世界に流通するドルの総量は、推定でアメリカ国内の約10倍以上ある

 そもそもアメリカがドル覇権国であるということはどういうことだろうか。エネルギーに留まらず世界貿易において決済通貨としてドルが使われていることであり、貿易を行うために世界がドルを必要としていることである。つまりドルの需要が世界中にあるためにアメリカは米国債やドル紙幣を幾らでも印刷できる特権を保有している。

 ブルームバーグの12月3日の記事によれば、国際決済銀行(BIS)が2022年に発表した3年に1度の調査結果によると、外国為替市場取引の規模は1日に7.5兆$ありドルのシェアは約88%に上るという。(参照:資料2)

 覇権国の特権と引き換えに、アメリカは世界最大最強の軍事力を保有し、世界中に米軍基地を保有してプレゼンスを保持している反面、世界最大の財政赤字を抱えているのである。年間1.8兆ドルもの財政赤字を出しているにも拘わらず、毎年巨額の米国債を買い続ける国があることによって、米国のドル覇権体制が維持されてきた。

 しかしながら、この特権はいつまでも続かない。何故なら過去に発行した国債の償還額が年々増大し、財政赤字の増大によって新規発行の国債額もまた増加の一途にあるからである。国債の買い手が存続する限りドル覇権を維持することは可能だが、買い手がいなくなった途端にアメリカは予算を組めなくなり、ドル覇権は終了することになる。

 では米国債の保有者はどこにいるのかと言うと、資料1によれば、約40%が中国、約30%が日本、約15%がサウジアラビア、5%が英国、残り10%がその他であるという。発行済みの米国債の総額は一説に16兆$と言われるが、本当のところは分からない。

 この体制の存続を脅かすリスクは、既にアメリカの内外で顕在化している。外部リスクは二つある。まずアメリカは中国を世界最大の敵とみなしており、トランプ氏は関税戦争を仕掛けようとしていることは周知の通りである。次にサウジアラビアはアメリカと締結してきたPDSを破棄しBRICSに参加しようとしている当事者である。中国もサウジアラビアもアメリカに対して米国債を売却するというカードを保持しており、もし大量に売却すれば、その時点でアメリカのドル覇権は崩壊してしまうのである。

 次に内部リスクとして考えられるのは、アメリカが国債の償還に応じられなくなる事態である。もしそうなればドルの信認は一瞬にして消滅しドルは暴落するだろう。

 こう考えるとき、トランプ新大統領が掲げるMAGAの実現は、ドル覇権を維持することが大前提であって、相当難しい舵取りが要求されることが分かる。

近代資本主義も限界に近づいている

 1月31日に公開した『終焉を迎えるバブル経済と資本主義(3)』において、そもそもバブルとは何か、現在進行中の金融資本主義というバブル、アメリカ債券バブルと中国土地バブルについて論じた。以下に要点を引用する。

 <政府が財政赤字を増加させてきたことがバブル経済を生んだ最大の原因だった。そして金融市場に供給された巨大なマネーがパワーを持って、政治経済や戦争にまで強大な力を行使してきたことが、資本主義の歪みを増大させてきた原因だった。

 この過程でバブル膨張と崩壊のサイクルが繰り返され、サイクルを繰り返すたびにバブルは膨張した。そして現在、アメリカと中国で連動してバブル崩壊が起きようとしており、さらに住宅や不動産市場のバブル崩壊を経て、次は債券市場でバブルが崩壊しようとしている。バブル崩壊の規模において、現在は最終かつ最大のバブル崩壊が起きる前夜にある。>

 「円キャリートレード」と呼ばれる取引がある。「超低金利の円建てで資金を借り入れ、円をドルに換えて、高金利のドルで投資して稼ぐ取引」であり、円とドルの為替レートと日本と米国の金利差を巧みに利用する投機ビジネスである。

 特に最近では不動産バブルが崩壊し、経済の失速が鮮明になった中国からマネーが一斉に引き揚げられて、高金利を維持しているアメリカに還流して、米国市場の株式、証券、不動産市場でバブルを膨張させてきた。こうして世界が成長の低迷に喘ぐ中でアメリカだけが成長を続けようとしている。

 「バブルの膨張に必要なのはマネーの流入と市場である」と言われる。現在の状況は、超低金利の日本が資金を提供し、高金利のアメリカが市場を提供する形でバブルが成長してきた。ここで重要なことは、バブル形成に日米両政府が当事者として関与している事実である。

 この点において、過去に起きたバブル崩壊と、これから起きるバブルの間には決定的な違いがある。

 ①まず政府の立ち位置が違う。過去において政府・中央銀行の役割はバブル発生の被害を局限化するための対策を講じる立場だった。しかし、近未来ではそもそも政府・中央銀行がマネーの供給者としてバブルの当事者に連座しているために、被害を局限化する立場になく、救済手段を講じることができない。

 ②次に起きることが予測されるのはM7バブルの崩壊であり、国債の発行や償還ができなくなる「債券バブル」の崩壊である。特に国家が国債の新規発行と償還ができなくなる事態は、「国家のデフォルト」に他ならず、国が借金を踏み倒す事態となる。

 資料1によれば、現在アルゼンチンを筆頭に世界の70ヵ国がIMFや世界銀行、或いは他国からの融資を返済できなくなる事態に陥る可能性が高いという。国家が破産するという事態は、バブル経済でやってきた近代資本主義の行き詰まりと捉えることができるのではないだろうか。

 トランプ次期大統領はBRICSに対してドルに代わる通貨の登場を許さないと警告したが、それはドル覇権の維持が次期政権にとって死活的な要件であることを吐露している。同時に、バブル経済でやってきたアメリカ覇権体制が限界に近付いていることの証左でもある。

 もしアメリカで債券バブル崩壊が起きれば、それは世界の金融市場に壊滅的な打撃を及ぼすことになり、バブル経済を前提としてきた近代資本主義が破綻する事態となるだろう。このように、トランプ第二期政権は、資本主義の歴史においてマネーが膨張し過ぎた危機的な時代に登場することを肝に銘じておかなければならない。

エピローグ(トランプ氏は現代のドン・キホーテか)

 最後に、トランプ氏は一体誰と、或いは何と戦っているのか私見を述べて締め括りたい。

 第一は、アメリカの国内事情という戦場において、民主党・左派・DS集団に対して、「行き過ぎたイデオロギーを是正して、本来のアメリカを取り戻す」戦いだった。オバマ政権以降の民主党政権下では、過剰かつ過激な「PC、LGBT、多様性の要求」というイデオロギーが国内に蔓延していた。その過激な風潮の中で被害者となった労働者階級、中産階級、或いは正規の手続きを経てアメリカ市民となった移民層のために、本来のアメリカを取り戻そうという戦いを挑んだのではなかったか。

 第二は、国際社会における戦いでは、グローバリズム、中露イランに代表される専制主義、地球温暖化というプロパガンダ、それとマイノリティが権利を声高に要求する場と化したさまざまな国連機関等に対して、アメリカのナショナリズムと国益を取り戻す戦いだった。そのように思える。

 そして第三は、アメリカ1強という時代にあって、世界の「3K(きつい、汚い、危険)」の任務をアメリカに押し付けてきたNATOや日本を含む同盟国に対して、平和と安全と繁栄を追求するのであれば、応分の負担をし役割を担えと要求する戦いである。それが嫌ならNATOから脱退し、米軍基地を引き払うというカードを切り、ディールに臨もうとしている。

 そのように俯瞰すると、戦後80年間、覇権体制を担ってきたアメリカが莫大な財政赤字を抱えて予算を組むことすら危ぶまれる瀬戸際に立っている現実が見えてくる。誠に「トランプ氏は現代のドン・キホーテを演じようとしている」そう思えるのである。

 日本は戦後アメリカに従属して経済的繁栄を享受してきたのだが、トランプ第二期政権の誕生に臨み、そんな甘い認識では戦後80年以降の「一歩間違えば戦乱再びもあり得る」激動の時代を生き抜いてゆくことは出来ないと断言しておきたい。

 アメリカ1強体制にひびが入った戦後80年以降に、一体どういう国際社会を作るのか、秩序と平和と繁栄を維持する仕組みをどう再構築するのか、そのために日本はどういう役割を担うのかという命題に真剣に向き合い、日本のオプションを用意しなければならないのだ。

 「アメリカが押し付けた憲法」の制約をできない言い訳とし、その大役から逃げ回ってきた過去はトランプ第二期政権誕生と同時に吹き飛んでしまうのだと覚悟を決めなければならない。トランプ氏と巧くやっていく方法はそれ以外にはありえない。日本は今その瀬戸際に立っている。

 最後に触れておきたい。トランプ第二期政権において首席補佐官に就任することになっているスーザン・ワイルズ(Susan Wiles)という女性(1957年生)がいる。大統領選でトランプを圧勝させた名参謀との評価が高い人物である。今まで述べてきたように、トランプ第二期政権を待ち構える国際情勢・国内情勢は、何れも混乱の極みにあるのだが、そのような絶体絶命の状況にあって、ワイルズ氏はホワイトハウスの舵取りを担うことになる。トランプ氏といい、ワイルズ氏と言い、世界を背負い時代を担う人物が登場するところに、アメリカの凄さと健全さを垣間見えるのである。

参照資料:

資料1:「米国債の巨額踏み倒しで金融統制が来る」、副島隆彦、徳間書店、2024.7

資料2:「ドルを武器化するトランプ氏、BRICSへの無用な挑発になる恐れ」、Bloomberg、2024.12

終焉を迎えるバブル経済と資本主義

第3部:バブル経済と金融資本主義の終焉

本稿を書くにあたり、参照した文献は以下のとおりである。

 資料1:「2024年世界の株価が暴落すると読む7つの理由」、小幡績、東洋経済オンライン、2023.12.23

 資料2:「米財政赤字、金利上昇でいよいよ問題に」、the Wall Street Journal、2023.10.6

 資料3:「株、住宅、暗号資産等の巨大なバブルがまもなく崩壊」、Business Insider Japan、2023.12.28

 資料4:「中国余る住宅1.5億人分、バブル崩壊、摩擦は世界に」、日本経済新聞、2024.1.27

 資料5:「時価総額886兆円失った中国株、習指導部にとって問題の深刻さ露呈」、Bloomberg、2024.1.25

 資料6:「お金は知っている 実態はマイナス成長、嘘バレバレ中国GDP」、田村秀男、ZAKZAK、2024.1.26

バブルとは何か

 バブルとは新たなマネーが市場に流れ込んで起きる時価総額の膨張である。バブルは誰かが商品(モノ、金融、サービス)を、従来よりも高値で買うことで励起される。資本主義から現代の金融資本主義に至る移行過程で発明された二つのメカニズムがバブルを出現させ膨張させた。一つは<ネズミ講>メカニズムであり、他一つは終値の値付けが全体に及ぶ<時価主義>のメカニズムである。

 どういうことかというと、一般投資家が増加して買い手が増えれば、投資ゲームが過熱して価格が上昇する環境が作られる。これはネズミ講メカニズムと同じ構図である。次に株取引では終値が株価全体の価値を決める「時価」方式が採用されるので、経済の実態から乖離してバブルが発生し膨張しやすくなる。

 分かり易い例として、100万株を発行しているA社を想定する。ある日にA社の人気が急騰して、多数の個人投資家が一斉に買いに走ったとする。その結果、始値が1万円だった1株が終値に2万円を付けたとすると、A社の資産は1日で100億円から200億円に増えたことになる。またA社の株式を100株保有しているBさんの資産は、1日で100万円から200万円に倍増したことになる。この場合A社もBさんも傍観していただけで、何一つ資産を増やす行動をとっていないところに時価方式の問題が隠れている。そしてこのギャンブル性があるが故に、人々は投資というゲームに明け暮れるのだ。

バブルの起源と変遷

 1971年8月15日にアメリカはドルの金兌換の停止を宣言した。いわゆるニクソンショックである。これによってアメリカ政府は兌換という束縛から解放され、幾らでも紙幣を印刷できるようになった。実際に1970年代後半以降、国債の大量発行と金融の国際化が進み、金融市場は急速に拡大して金利の自由化も進んだ。こうしてバブル経済への扉が開かれた。

 その後のバブル形成と崩壊について、ウォールストリートジャーナルは、債権バブルの暴落が起きた2023年10月6日(後述)の記事で次のように要約している。

 <米国は長年、世界の最後の貸し手だった。1990年代の新興国市場のパニック、2007~2009年の世界金融危機、そして2020年の新型コロナウィルス流行による経済活動の停止に対し、米財務省の比類なき借り入れ能力が救いの手を差し伸べた。それが今では、財務省自身がリスクの源泉になっている。・・・米国の借り入れの規模と増加傾向、そして是正に向けた政治的取り組みの欠如は、少なくともここ数十年見られなかった形で市場と経済を脅かしている。それが、足元での突然の国債利回り急上昇から読み取れることだ。>と。

 2005年~2006年に米国の住宅バブルが崩壊した。そして2008年には住宅ローンの返済が滞った場合の担保として購入住宅に抵当権を設定した「サブプライムローン」が不良債権化した。バブルが崩壊してリーマンショックが起きた。各国は危機を回避するために量的緩和(QE)を行った。

 2011年にはギリシャの財政問題に端を発した債務危機が、南欧からユーロ圏、欧州へ拡大して、欧州の債務危機が深刻化した。アメリカでも量的緩和が段階的に行われて幾つかのバブルが起き、いよいよバブル崩壊というタイミングで2020年にコロナパンデミックが起きた。各国は再び大規模な金融緩和と財政出動を行い、バブル崩壊は回避された。

 2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻し、G7はロシアに対して強力な金融制裁を科した。ウクライナ戦争は世界にエネルギーと食料の資源インフレをもたらした。米国およびEUはインフレを抑制するために金利を急速に引き上げた結果、景気にブレーキがかかった。今度は金利引き下げ期待で再びバブル基調となった。

金融資本主義というバブル

 バブル経済において債権・債務は対を成して膨張する。そして債務残高はバブルの膨張を示す指標でもある。「The Daily Digest」が世界の債務残高について数値を整理しているので、以下に主要なものを紹介する。(1ドル=140円で単純換算した。)何れもが目がくらむような金額である。

 ①世界の債務総額(2022、国際金融協会):300兆ドル(4.2京円)

 ②同(2021、IMF):235兆ドル(3.3京円)

 ③世界のGDP合計:100兆ドル(1.4京円)

 ④世界の債務残高/GDP(2020):2.56%(1970年の100%から急増)

 ⑤アメリカの政府債務(2023):31.4兆ドル(4,400兆円)、法定上限に到達

 ⑥アメリカの個人債務(2022、第4四半期):16.9兆ドル(2,370兆円)

 ⑦世界の非金融企業900社の負債総額(2022):8.15兆ドル(1,100兆円)

 ⑧G7の中での公的債務/GDP:ドイツのみ100%以下(日本266%、仏113%)

MAGNIFICENT SEVEN

 専門家は2024年に株、住宅、暗号資産等の巨大バブルが崩壊すると予測する。次の暴落は調整ではなく、1929~1932年におきた世界大恐慌に匹敵する暴落になるとし、次のバブル崩壊は<Magnificent Seven(注)>と、金融市場の中枢である国債市場で起きるという。もしそうなれば崩壊は歴史上最大規模となり、実体経済を破壊する崩壊となる。(参照:資料3)

〔注〕2023年初頭からアメリカの株式市場を牽引してきた主要7銘柄グーグル、アップル、メタ(旧フェースブック)、アマゾン、マイクロソフト、テスラ、エヌビディアの7社で「荒野の七人」になぞらえてそう呼ばれる。

アメリカ債券バブルの暴落

 現在では国債市場が株式市場以上のバブルとなっている。実際にアメリカの債券市場で2023年10月6日に大きな暴落が起きたことをメディアが伝えている。

 ・Reuters、「世界で債券売り広がる、米30年債利回りが07年以来の高水準」

 ・Reuters、「債券急落で史上最大の弱気相場に」

 ・Bloomberg、「逆イールドの急速な縮小、米経済に危険な兆し」

 ・Business Insider Japan、「アメリカの長期国債、史上最悪の大暴落」

 ・the Wall Street Journal、「米財政赤字、金利上昇でいよいよ問題に」

 ブルームバーグは「満期10年国債の損失は2020年3月以降46%に達し、30年債は535%も急落した。」と報じた。ロイターは「世界の債券市場で4日売りに拍車がかかり、アメリカ30年債の利回りが2007年以降初めて5%を突破したほか、10年債の利回りは一時4.884%を付けた。ドイツ10年債の利回りも3%台に上昇した。」と報じた。

中国土地バブルの本格的崩壊

 次のバブル崩壊が起きる危険性が高いのはアメリカだけではない。中国の本格的な土地バブル崩壊も防ぐことができそうもない。中国では土地は国有であり、政府はデベロッパーに土地の使用権を与えて交通のインフラや超高層マンションなどを各地に整備させてきた。中国の高度経済成長は大規模な不動産開発がもたらしたもので、地方政府による土地の提供は資本投下と同じである。そして不動産価格の下落は既に始まっている。

 中国の不動産市場では、虎の子の資金をはたいて購入した多数の高層マンションが建設途中で放棄されている。日本のバブル崩壊と同じようにバランスシート不況が起きて国全体が資産縮小スパイラルに陥り、桁外れに巨大なバブル崩壊が起きることが予測される。

 資料4は「中国の建設ラッシュは2020年で沈静化し、2023年末で5,000万戸の住宅が在庫として残っている。主要な収入源を失った地方政府は、傘下でインフラ整備を手掛けてきた融資平台の過剰債務に苦しんでいる。」と報じている。また資料5は「中国本土株の過去三年間の下落率は40%に達している。中国本土と香港株は前回のピークから6兆ドル(約885兆円)相当の時価総額を失った。」と報じている。さらに資料6は「中国のGDP公表値によれば2023年は5.2%で目標を達成したとしているが、別の経済統計値から推定した実勢値は2022年がマイナス2%、2023年がマイナス3%だった。」と報じている。

 1月30日の産経新聞は「香港高等法院(高裁)は1月29日に、経営再建中の恒大集団に対して清算を命じる決定を下した。・・・また香港証券取引所は同日、恒大集団と傘下の2社の株式取引を停止した。・・・昨年6月末時点の負債総額は約2.4兆元(約50兆円)で債務超過状態にある。・・・不動産は中国GDPの3割程度を占める。」と報じている。

 また1月31日の紙面では「中国財務省は30日に昨年末時点の地方政府の債務残高が40兆元超だったと公表した。日本円で約840兆円に相当し、2022年末から約16%、コロナ前の2019年末から倍増した。」と報じた。途方もない金額である。

最終最大のバブル崩壊

 「そもそも金融資本主義における経済と市場は常にバブル状態にある。金融資本主義がバブルそのものであり崩壊する可能性がある。」と小幡教授は資料1で指摘する。「なぜ今、金融資本主義そのものが滅びるのかと言えば、それは2008年のリーマンショックのタイミングで崩壊させなかったために、制御不能なまでにバブルが膨張したからだ。その結果、金融市場だけでなく、政府や中央銀行をも巻き込んだ巨大バブル崩壊となるリスクが高まっている。」と解説する。

 一般に財政赤字は年々増大し、金融緩和(QE、Quantitative Easing)の規模も発動されるたびに増大してゆく。住宅や不動産など実物経済のバブルも、金融市場に流入するマネーの増加とともに巨大化してゆく。こうしてバブル→バブル崩壊→バブル・・・のサイクルは繰り返されるたびに、バブルは膨張してゆくことになる。

 しかしバブルの膨張には限界があり、このサイクルには終わりがくる。次に起きる債券バブル崩壊が最後で最大のバブルとなるだろう。何故なら債権市場でのバブル崩壊は中央銀行・政府を巻き込んだものとなるからだ。従ってひとたび債券バブル崩壊が起きれば金融システムを破壊し、社会をも破壊してゆく可能性が高い。

 しかも次に起きるバブル崩壊は、以下の三要件が重なって起きる点で従来のバブル崩壊とは別格なものになることが予測される。それは、第一に経済大国第1位と第2位のアメリカと中国で連動する形で起きること、第二に崩壊を食い止める外部が存在しないこと(米中市場に代わる新たなフロンティアは存在せず、中央銀行を巻き込んだ債券市場に代わる次の市場も存在しない)、そして第三に中央銀行・政府は既に救済手段を使い果たしていて、有効な対策が打てないことだ。

 そして1月27日現在、アメリカのダウ平均株価は38,000ドルを超えて過去最高値を更新している。日本も1990年のバブル時の最高値を更新している。この事実こそがバブル崩壊が間近であることを物語っている。

バブル経済と金融資本主義の終焉

政府・中央銀行の功罪

 金融市場に中央銀行・政府が巨額のマネーを提供するようになったことが、資本主義を大きく変質させた原因である。政府が国債を発行して財政出動を行う場合市中からマネーを回収することになるため、中央銀行はQEを行って市中にある国債を回収してマネーを供給する。コロナパンデミックが起きた時、各国政府は大規模なQEとゼロ金利政策を行った。しかし危機が収まると欧米はQEを止め、金利を上げると同時に金融引き締め(QT、Quantitative Tightening)に転じた。

 QTはQEによって拡大したバランスシートを段階的に圧縮して金融政策を正常化させるオペレーションである。QTの基本的な手順は、QE縮小→QE終了→バランスシートを維持(一定期間)→利上げ開始→バランスシートの縮小(QT開始)という流れになる。米国では前回の正常化ではQE終了から3年、利上げ開始から2年弱の期間をおいてからQTが実施されている。

 但し日本は例外で、長期にわたってデフレ基調が払拭されてこなかったために、植田新体制になっても未だにQEを解除できないでいる。

 一方で、政府が財政出動を行い、インフラ整備や次世代産業分野に重点投資して、実需を創造し次世代のイノベーションを推進することは健全な経済政策の一環であり、両者は分けて考える必要がある。

マネーパワーの強大化

 資本主義の初期における商取引の決済手段だった段階から、マネーの役割は大きく様変わりした。マネーは財政・金融の実行手段でもあり、通貨として貿易の決済手段であると同時に国際的な投資手段でもある。マネーの力を行使する主なアクターは投資家(個人、機関)、企業(特に貿易を行う企業)、中央銀行・政府、国際金融投資家である。

 商取引の売り手と買い手は取引手段としてマネーを使い、投資家は金融市場で投資手段としてマネーを動かし、企業は為替を利用して貿易決済を行い、中央銀行・政府は金融市場を介してマネーの流通量、金利、為替レートを制御する。国際金融資本家は国際情勢の変化を先取りしてマネーを国家間で移動させることで巨額の差益を稼ごうとする。儲けるためには戦争をも利用し、通貨の暴落をも仕掛ける。

 このように、商取引を円滑に行うための流通手段として誕生したマネーが、現代では国際経済や政治をも動かすパワーを持つようになった。これは本来の資本主義から乖離したものであることは言うまでもない。

バブル経済/金融資本主義の次に来る未来

資本主義の分岐点

 今までの論点を総括してみたい。政府が財政赤字を増加させてきたことがバブル経済を生んだ最大の原因だった。そして金融市場に供給された巨大なマネーがパワーを持って、政治経済や戦争にまで強大な力を行使してきたことが、資本主義の歪みを増大させてきた原因だった。

 この過程でバブル膨張と崩壊のサイクルが繰り返され、サイクルを繰り返すたびにバブルは膨張した。そして現在、アメリカと中国で連動してバブル崩壊が起きようとしており、さらに住宅や不動産市場のバブル崩壊を経て、次は債券市場でバブルが崩壊しようとしている。バブル崩壊の規模において、現在は最終かつ最大のバブル崩壊が起きる前夜にある。

 ここで資本主義の変遷を俯瞰すると、資本主義は先進国に豊かさをもたらした時点でその役割を終えたように思われる。資本主義の変遷の歴史を前半と後半に二分して俯瞰してみよう。資本主義の前半は先進国が豊かさを実現していった時期とし、後半はマネーがパワーを持ったことによって資本主義の歪みが蓄積していった時期と定義する。

 何処かに前半から後半に移る転換点があった筈であり、その転換点で先進国には二つの選択肢があったと考えられる。第一の選択肢はそのまま金融資本主義を続けることであり、実際に欧米主要国はその道を歩んできた。第二の選択肢はそこから社会主義の方向に舵を切るというものである。パワーゲーム化した金融資本主義から徐々に距離をとって、少子高齢化社会を睨んで社会保障を充実させてゆくという選択肢である。

 振り返って考えれば、そういう自覚も、恐らくは戦略もデザインもないまま、日本は少子高齢化圧力に押される形で、第二の選択肢に近い選択をしてきたのではなかっただろうか。

日本の選択肢

 今まではともかく、これからは次の三つの理由から、経済運営として今までの延長線上を行くことが困難となるに違いない。第一にGDP比で財政赤字が増加していること、第二に「荒野の七人」に象徴される投機性の高い株価や極端な貧富の格差等、バブル経済の歪みが増大していること、そして第三に巨大なバブル崩壊が早ければ今年中に起きる可能性が高いことだ。

 既に述べてきたように、先進国ではバブル経済に依存した経済運営が限界に到達しつつある。豊かさの実現という当初の目的を殆ど達成したという認識に立って、資本主義対社会主義の議論を現時点で評価し直して、今後の経済の在り方を再考する時が到来したのではないだろうか。

 個人レベルでは生活の豊かさを追求しつつ、国レベルではバブルに依存しない健全な経済成長を追求しつつ、かつ少子高齢化動向を踏まえた社会保障のあり方とそれを実現する経済の在り方を根本から問い直す時が来ているように思える。この命題は簡単に実現できるものではないが、バブル経済と金融資本主義が終焉を迎えようとしている現在、先進国の進路はその方向にあるように思える。

 世界を俯瞰してみれば、G7の中で日本だけが欧米諸国とは異なるポジションにいる。ウクライナ戦争では殺傷兵器を供与しない代わりに、否応なしに経済復興においてイニシアティブを発揮することになるだろう。イスラエル-ハマス戦争でもイスラエル支持の欧米諸国とは一線を画している。

 北欧等は別として、日本は恐らくG7の中で最も社会保障が手厚く、それ故にGDP比で最大の財政赤字を抱えている国である。但し日本は世界最大の債権国(2021年の経常収支は20兆円、2022年は9.2兆円の黒字)であり、国債の大半を日本の機関が保有している。政府の負債は民間の資産なのであって、日本の財政赤字は日本国のバランスシート上の問題でしかないという事実をきちんと理解しておく必要がある。

 2023年に日本にやってきた外国人は2500万人に達したという。日本にやってきて日本の地方や山里に暮らす外国人が増えている。彼らを引き付けるものが日本にはあるということだ。それはバブル経済と金融資本主義の社会に至る過程で喪失してきた文化や風景ではなかっただろうか。

 そのような認識に立てば、次のバブル崩壊でうろたえることなく、それを転換点として、日本の国の未来像とそのための経済の在り方を再考すべきと考える。

Details