トランプ大統領の発言

 

 ジェラルド・カーチス、コロンビア大学名誉教授が「トランプ大統領が就任した今年1月20日をもって、米国中心の世界秩序は名実ともに終わった。同時に日本の戦後も終わった。日本の政治家はその事実を正面から受け止めていない。」と指摘した。(https://kobosikosaho.com/world/1392/) 

 政治家が戦後を終わらせるのを待つのではなく、国民が戦後を終わらせる政治家を選ぶ行動を起こさなければならない。政治を政治家に丸投げしてきた時代は終わったのだ。

NATO首脳会議

 トランプ大統領は6月25日にオランダで開催されたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議に出席した。この際、アメリカ軍がイランの核施設を攻撃したことについて、第2次世界大戦での広島と長崎への原爆投下になぞらえる発言を、1回目はルッテ事務総長との会談で、2回目は記者会見の場で繰り返した。トランプ大統領の発言は次のとおりである。

Trump on his strikes of Iran: “I don’t want to use an example of Hiroshima. I don’t want to use an example of Nagasaki, but that was essentially the same thing. That ended that war, this ended the war.”

 忠実に和訳すれば、次のとおりである。

 <広島や長崎の例を使いたくはないが、本質的に同じことだ。(広島・長崎への原爆投下)があの戦争を終わらせたように、(今回のイラン核施設への攻撃)が今回の戦争を終わらせたのだ。>

 トランプ大統領の発言はイランの核施設への攻撃を正当化するものだが、発言が問題なのは、広島・長崎に対するアメリカの原爆投下を改めて正当化することになる点だ。先の大戦において、「アメリカは戦争を終わらせるために核兵器を投下した」というのがアメリカの政治家に共通する<歴史認識>なのかもしれないが、そこには核兵器の使用を正当化しようとする意図と後ろめたさが見え隠れするのである。

 多数の無垢の市民を殺戮し生存者に対しても生涯にわたって塗炭の苦しみを与えた核兵器の使用は断じて正当化できるものではない。ルーズベルト大統領による執拗な挑発の結果、真珠湾攻撃に踏み切ったことが日本が犯した重大な歴史的誤りであったと同時に、原爆投下はアメリカが犯した歴史上の重大な誤りであり、かつ人道上の犯罪でさえある。しかもウクライナ戦争においてプーチン大統領が繰り返し核兵器の使用に言及したことを踏まえると、今回のトランプ大統領の発言が如何に軽率なものであったかは言うまでもない。

 「如何なる理由であれ、核兵器を二度と使用することがあってはならない」というのが日本政府の立場であり、そのメッセージを世界に繰り返し発信し続けることが歴史において日本が背負った役割である筈だ。そうであるならば、日本政府には「トランプ大統領の発言は不適切である」と明確に打ち消しておく責任がある。これは日本の戦後を巡る日米の外交戦であるだけでなく、ウクライナ戦争におけるロシアに対する外交戦の一環でもある。

 トランプ大統領の発言に対し、林芳正官房長官は「歴史的な事象に関する評価は専門家により議論されるべきものだ」として論評を避けた。政治の領域の問題を、歴史の評価の問題としてすり替えて政治家の責任から逃げたとしか言いようがない。政治家による誤った発言を打ち消すことができるのは政治家でしかない。これが大統領の発言である以上、国家と国民を代表して石破首相が是々非々で反論し、訂正しておかなければならない。

 もし同様の発言をロシアや中国及び北朝鮮の指導者がしたとしたら、果たして林官房長官は何とコメントしただろうか?「日本政府として、唯一の被爆国として大変遺憾である」という主旨の発言をしたのではないだろうか?もし相手によって対応がブレるとしたら、プリンシプル(行動原則・規範)がないことになる。政治家たるものは、相手が誰であれ、プリンシプルに従って是々非々に政府としてのコメントを出し抗議しなければならない。

「政界十六夜」、世界に背を向ける首相は退場せよ

 産経新聞特別記者の石井聡氏は、6月26日の紙面で、アメリカによるイラン攻撃に関する石破政権の対応に疑問を呈している。要点を以下に紹介しよう。

 中東情勢で世界が緊迫している。それに対する日本政府の対応には不可解な点が多い。その一つを挙げれば、アメリカによるイランの核施設攻撃に対して見解を求められた石破首相は、「これから政府内で議論する」と先送りを認めたことだ。

 もう一つは、7月1日に予定されていた「日米の2+2」を日本側が見送っただけでなく、首相がNATO首脳会議への出席を見合わせるという、後ろ向きな外交判断が相次いだことだ。何よりも中東情勢で世界が緊迫しているときに、欧米首脳と直接意思疎通を図る機会を自ら放棄するなど、目が点になる思いだ。外交が不得手なために逃げ回っているのだとすれば、参院選の結果を待たずに職を辞してもらうことが日本の国益だ。誠にその通りである。

「正論」、核不拡散妨げる現実に目向けよ

 内閣官房副長官補として安倍政権を支えた兼原信克氏が、6月26日の産経紙面にアメリカが行ったイランの核施設攻撃について寄稿している。とても重要な点を指摘しているので、要点を紹介したい。

 今回イスラエルとアメリカはイランの核保有を容認しないとの姿勢を貫いて、軍事力を行使してイランの核施設を破壊した。一方第一次政権のとき、トランプ政権は同様に核兵器開発を急ぐ北朝鮮に対しては融和政策をとった。「核兵器の拡散阻止という評価軸で考えたとき、果たして北朝鮮とイランに対するアメリカの対処の何れが正しかったのか」と兼原氏は問題提起している。

 イランの核施設攻撃に対する政府見解と同じ重みで、日本はこの問いにプリンシプルをもって答える必要がある。何故なら、日本は北朝鮮の核保有阻止をアメリカに一任してきたのであり、その結果北朝鮮の核保有阻止に失敗し、日本は日本海を挟んで露中に加えて北朝鮮という核保有国と向かい合うことになったからだ。

日本を取り戻す千載一遇の好機到来

 アメリカ大統領選は、共和党の予備選挙で既にトランプ元大統領が33州の内31州で勝利して指名を獲得した。ロバード・ケネディ・ジュニア氏が無所属で出馬して3月26日に副大統領候補を発表するというニュースがあり、波乱要因となる可能性があるが、実質トランプ対バイデンの一騎打ちの構図となりそうだ。

トランプ第2次政権の政策

 3月22日の産経新聞紙面に、トランプ陣営の政策研究機関である「米国第一政策研究所(AFPI)」で外交政策を統括するフレッド・フライツ氏に対する古森義久氏のインタビュー記事が掲載された。トランプ第2次政権が誕生すれば、フライツ氏は安全保障政策を担う政権の要職に就任する可能性が高い。はじめに発言の要点を以下に紹介する。

安全保障政策全般

 トランプ氏の安全保障政策は「力による平和」であり、抑止のための軍事力の選別的な行使だ。軍事力の行使には慎重に同盟諸国と協力するが、同盟国側にも相当の役割を期待する。「強い米国」の再現を目指し、国防予算を大幅に増加すると同時に、同盟諸国の防衛負担を求める。

アジア太平洋政策

 トランプ次期政権はバイデン政権が軽視してきたアジア太平洋への政策を再強化する。中国を米国にとって最大の脅威であるとみなし、十分な軍事抑止力の保持と対話の両面の姿勢をとり、台湾への攻撃を抑制する方針だ。バイデン政権が放置してきた北朝鮮の核やミサイルの増強に対しては、軍事オプションを含めて強固な措置をとる。ロシアへの兵器供与を止め、一時は合意した核開発の停止を履行させる。

対日認識

 米国益優先という米国第一外交にとっても、アジア全域での経済や安保面の利益保持には日本との絆が決定的に重要と考えている。防衛面での絆の強化を基本とし、日本側とともに尖閣諸島に対する中国の軍事攻勢に共同で対処する誓約を明確にする。国務長官や駐日大使にも日本重視を認識する人材を充て、特に駐日大使は日本の内政に干渉などしない人物を任命するだろう。

NATOとの関係

 トランプ氏の米国内での人気を恐れる欧州のエリートやグローバリストが、最近NATO離脱などというネガティブな予測を語り始めたが、根拠はない。トランプ氏は在任中からNATO諸国の国防費の公正な負担(GDP比2%以上)を求めているだけだ。

 極めて明快である。トランプ氏の言動は短絡的に捉えられがちで物議を醸しているが、トランプ氏はリアリストでプロのディールを自認していることを考えると、フライツ氏が言うように、政策の基本にあるのは「強いアメリカを目指し軍事力を強化する。その行使には同盟国と慎重に協議し、同盟国に応分の負担を求める」というプリンシプルだ。

自民党の凋落と本来の使命

 翻って日本では、パーティ券収入の未計上という激震が自民党を襲っている。他方脅し文句にせよプーチン大統領が第三次世界大戦に言及するなど、国際情勢は第二次世界大戦以降で最大の危機に直面している。この国際情勢において、いつまでもスキャンダルな話題に埋没していれば、「自民党という政党は結局、終始『内向きの似非保守』だった。もはやゾンビ政党でしかない。」とみなされて、岩盤支持層からも見放されるだろう。

 ここで断言しておきたいことは、自民党を崩壊の淵に追い込んでいる主因は、「自民党は本当に保守政党か」という疑念だということだ。このままでは「保守政党としての自民党は安倍元首相が銃弾に倒れた時点をもって終わった」として歴史に記録されることになりかねない。

 視点を変えれば、崩壊の危機から復活するための唯一の道は、本来の保守政党に戻ること以外にはないということだ。その文脈で考えると、トランプ第2次政権の誕生は願ってもない千載一遇のチャンス到来となるだろう。そう考える理由を以下に述べる。

 日本経済はデフレからの脱却に向けてようやく一歩を踏み出したところであり、「失われた30年」と決別する光明が見えてきた感がある。同時に「戦後レジームからの脱却」を一気呵成に推進できる好機が到来する。フライツ氏が示唆するように、トランプ大統領は強いアメリカを志向しつつ国際秩序の再構築に取り組むだろう。

 但し、長期的な動向としてアメリカの覇権力は弱体化しつつある。ロシアのウクライナ軍事侵攻が象徴するように、アメリカの力が弱まれば専制主義国家による国際秩序を無視する行動が増加するだろう。ロシアや中国と対峙するために、アメリカは日欧との強い同盟関係を必要としている。

 一方、現在の日本には、戦後のGHQによる占領政策に起因する、凡そ独立国とは言えない不合理な制約が随所に残っている。戦後の政治家は当然その事実を知りながら黙認し棚上げしてきた。例を挙げれば、必要以上に多くの米軍基地があること、不平等な日米地位協定が残っていること、思いやり予算、横田基地との関係から羽田空港周辺に日本の管制権が及ばない空域が存在すること、アメリカ従属の外交政策等々だ。

 ここでトランプ第2次政権が抱える課題と、日本が歴史的に抱えている未解決な課題を同時に解決する道が拓けるのである。以下に説明しよう。

トランプ第2次政権において日本が果たすべき役割

 トランプ氏が進めようとするシナリオを実現させるには、日本が従来とは次元の異なる、一段と大きな役割を担う必要がある。そのためにはこれまで「支配-従属」だった日米関係を、「兄貴分-弟分」の関係にレベルアップすることが必須要件となる。トランプ氏は取引の達人を自負しているのであるから、彼の期待に応えつつ、現在も日米間に残る不平等な関係をまとめて解決するというディールを行えばいい。

 トランプ氏は日本がレベルをアップした役割を担うことを歓迎する筈である。またトランプ氏は戦後の「異形で不平等な日米関係」に対して、歴代アメリカ大統領の中で最もビジネスライクに考える人物と思われるので、現在も残るGHQの置き土産を一掃することに難色を示すことはない筈だ。成否は日本側のアプローチ次第だが、戦後レジームを一気呵成に解決する好機が到来する。

 日本は安全保障でのアメリカの同盟国に留まらず、経済・技術分野では強い協力関係にあり、さらに世界最大の債権国日本と最大の債務国アメリカという特別な関係にある。弱体化するアメリカを補完することは日本の国益にかなうばかりか、国際秩序を再構築するためにも、日本が担うべき役割である筈だ。

 トランプ氏が同盟国がより自立的に応分の役割を担うことを要求するのであれば、「相分かった。そのためにも戦後の異形な日米関係を正すことがお互いの利益となる。」と、トランプ氏とディールを行えばいい。ポスト岸田に求められる最優先かつ最重要の役割がここにある。

歴史を造るリーダーの要件

 問題はその大きな役割を担うことができる政治のリーダーは誰かということになる。岸田総理の次のリーダーには、その大役を担う資質と能力、加えて胆力が求められる。現状の危機から何とか抜け出して自民党の存続を図るというような、矮小な動機から次のリーダーを選ばれては迷惑極まりないことを一国民の立場から述べておきたい。

 ここでリーダーの資質を考える格好の事例として、トランプ氏とバイデン氏、二人の決定的な違いについて述べておきたい。鍵は『プリンシプルの有無』である。トランプ氏が目指すのは強いアメリカを実現することであり、思考はビジネス流儀で外交はディールを基本とする。

 フライツ氏のインタビューの中で興味深いのは、バイデン政策の失敗に関する分析である。「バイデン政権は軍事力を軽視し、気候変動への対処に重点をおく。その結果、アフガニスタンからの撤退の大失態に始まり、ロシアのウクライナ侵略、ハマスのイスラエル攻撃、中国の台湾への軍事威嚇など米国の力の弱体化を誘因とする騒乱が起きた。」と評している。的確な指摘であると思う。バイデン氏の政策にはブレがあり、相手の威嚇に躊躇して行動を一歩引いてしまう弱さがある。一言で評すれば、プリンシプルを持ち合わせていない政治家だということだ。その弱さが力を信奉するロシアや中国等の専制主義のリーダーに見透かされる。

 この構図は安倍元総理と岸田総理にもそのまま当てはまる。安倍元総理はプリンシプルを持ち合わせていたから、相手がトランプだろうがプーチンだろうが習近平だろうが、言うべきことは言い、相手を説得する強さを持ち合わせていた。「猛獣使い」と評された所以である。その資質こそがトランプ元大統領から一目置かれる信頼を勝ち取った理由でもある。残念ながら岸田総理にはそれがない。

 歴史観、世界観、国家観というものを持ち合わせていないのである。リーダーには二つのタイプがある。第一は絶対座標系で自己位置を認識し、進路を見定めて意思を持って対策を講じるリーダーであり、第二は相対座標系で周囲の人との間合いをとりながら応手を模索するリーダーである。

 絶対座標系で思考するリーダーは、歴史観、世界観、国家観を羅針盤とするが故に思考がブレないし、相手の脅しや駆け引きにも動じない強さを持っている。それに対して相対座標系で思考するリーダーは、相手に対する斟酌や忖度を優先するから、打つ手に一貫性がなくなりぶれて妥協的になる弱点がある。

戦うことを忌避しない

 戦略家エドワード・ルトワックは、3月23日の産経新聞に『欧州は戦いの文化取り戻せ』と題して寄稿している。重要な論点が含まれているので要点を引用したい。

 ≪欧州では昔から戦争が頻発し、濃密な「戦いの文化」があったが、こうした文化は欧州の多くの国々で今や完全に死滅した。それでもロシアに近接する北欧諸国は「戦いの文化」を失わず、徴兵制を維持してロシアとにらみ合う。英国もロシアへの強硬姿勢を堅持し、既に少人数の英軍要員をウクライナに派遣している。

 一方で、ドイツやイタリア、スペインといった欧州の大国では誰も徴兵制について語らず、ウクライナ派兵にも否定的だ。何故ウクライナに軍を派遣しないのかとイタリアのクロセット国防相に訪ねたところ、「そんなことをすれば与党内で反発が出て政権は倒れる」と反論したという。

 「戦いの文化」を維持するプーチン体制の攻勢に晒されるウクライナに残された時間は少ない。そして欧州も目を覚ます必要がある。第一次世界大戦後の間違った戦争忌避志向がヒトラー率いるナチス・ドイツの台頭を許した歴史を繰り返してはならない。≫

 この指摘は、現代の西欧諸国を蝕んでいる二つの深刻な課題の存在を示唆している。一つは平和が脅かされている状況にありながら、戦争を忌避する政治リーダーであり、他一つは西欧社会を覆うポピュリズムである。スキャンダルな事件で右往左往している日本はさらに深刻な状況にあるという他ない。

 ウクライナとポスト・ウクライナの欧州情勢を展望すると、専制主義のプーチン大統領のウクライナ侵攻を成功させないために西側諸国がとるべき行動は、戦争をも辞さない断固たる姿勢をプーチンに示すことに尽きる。現状を米欧日のリーダー対プーチンの心理戦として捉えれば、「どうせ西側にはロシアに戦争を挑む度胸はない」とプーチンは腹を括ってきた。「核兵器を使うことも辞さない」という脅し文句を繰り返して、欧米日のリーダーをたじろがせる戦術をとってきた。即ちこの心理戦ではプーチンが明らかに優位に立っていると言わざるを得ない。

 この構図を反転させない限り、国際法を無視し国際秩序を瓦解させたプーチンの暴走を止めることはできないだろう。現在までの状況は、専制主義対民主主義の戦いにおいて、民主主義であることが弱さになる危険性を物語っている。言い換えれば、国際秩序を回復するために西側諸国がとるべき行動は、米欧日の一層の団結など、民主主義であることの強さを示すことに他ならない。

マクロン大統領が示した矜持

 マクロン大統領は2月26日に「ウクライナでロシアを倒すことは欧州の安全保障にとって不可欠だ」と述べ、西側の地上部隊をウクライナに派遣する可能性について「合意はないものの、何も排除すべきではない」と述べた。さらに「今日は、地上部隊の派遣について、公式に了解され承認されている形での合意はなかったものの、その動きについては、何も排除するべきではない。ロシアがこの戦争に勝てないよう、我々はあらゆることをする」と発言した。

 ショルツ首相が翌日慌てて「欧州諸国やNATOが派兵することはない」と明確に否定すると、マクロン大統領は3月5日にプラハでウクライナ支援について「臆病者にならないことが必要な時期が近づいている」と強調し、部隊派遣を巡る自身の発言についても取り下げなかった。マクロン大統領の頭にあるのは、「この戦争、ロシアを勝利者にしてはならない」という信念である。実際に派兵するかどうかは別として、専制主義者に対して一歩も引かない姿勢こそが、有事に臨む政治リーダーに求められる資質であることを物語るエピソードである。

エピローグ

 今国際社会は秩序のタガが吹き飛んでしまった状態にあり、このカオス状態を収める方法と実行するリーダーが不在のまま漂流している。この状況で、もしトランプ第2次政権が誕生すれば、世界がその一挙手一投足に注目して一旦行動を停止する状況が生まれる可能性が高い。好きか嫌いかは別として、このカオス状態の中で秩序を再構築できる一つの可能性として、トランプ再登板が期待されることは間違いない。

 ロシアのウクライナ軍事侵攻が起きた理由の一つは、アメリカ覇権の力が弱体化したからだ。国際秩序を保持するために、アメリカの力が今少し必要であることを世界は認識を新たにした筈だ。専制主義に立って武力を行使する国家が存在する以上、それを抑止できる力を保持する国家がリアルポリティクスとして必要なのだ。アメリカ第一主義を掲げるトランプ氏がアメリカの力を強化して国際秩序の再構築に挑むとすれば、同盟国として欧州と日本はそれを全力で支えなければならないだろう。

 日本にとってそれが死活的に重要な理由は、その役割を担うことこそが「戦後レジームからの脱却」を一気呵成に推進できる道であることだ。そのために今日本が必要としているのは、そうした本来の保守としての任務を断固として推進してゆく信頼に足る政党の出現であり、有事のリーダーの登場に他ならない。 結党以来の危機に直面して、もし自民党首脳部が古色蒼然たる人事で乗り切ろうとするのであれば、志ある政治家にはさっさと自民党に見切りをつけて本来の保守政党を結成するくらいの気概を見せてもらいたいと思う。これは自民党にとっての正念場ではなく、尊厳ある日本を取り戻せるかどうかの正念場であることを政治家にはよくよく考えて欲しいものだ。

戦後最大の危機

 戦後75年、日本は今歴史上の大転換点に立っている。それは明治維新、敗戦に匹敵する大きな転換点である。その理由は複数あり、それらがあたかも惑星直列となるように同時に進行中である。アメリカ、中国、北朝鮮、イギリスの動向から読み解く。

アメリカの衰退

 第一はアメリカの変質である。世界の覇権は、二つの世界大戦を経てイギリスからアメリカに移行した。世界最大の経済力と軍事力、基軸通貨ドルを併せ持つアメリカは、冷戦後唯一の超大国として君臨してきたが、しかし戦後75年の歳月が流れ、内部から衰退が進行しつつある。

 衰退が決定的となったのが2020年の大統領選挙である。組織ぐるみの不正選挙によって、民主党はトランプ再選を実力で阻止した。大統領選挙は終わりバイデン新大統領が誕生したが、アメリカには深刻な分裂と巨大な混沌が残った。「岐路に立つ日本」でも書いたように、アメリカが世界に誇ってきた民主主義のレガシーは相当ダメージを受けた。これからバイデン政権が打ち出す政策と行動にもよるが、大統領選がもたらした分裂と混沌はアメリカの衰退を加速してゆくだろう。

 それにしてもトランプ前大統領に対する批判と嫌悪は相当根強いものがある。ボブ・ウッドワードが書いた、「FEAR、恐怖の男、トランプ政権の真実」、「RAGE、怒り、我々は勝つ!」には、「トランプは大統領に相応しくない人物だ」というメッセージが繰り返し登場する。特に、レックス・ティラーソン国務長官やジェームス・マティス国防長官らが相次いで辞任した舞台裏の記述に共通していることは、優秀な参謀が狂人の親分に見切りをつけて辞任していったという物語だ。

 一方、ダグ・ウィードが書いた「Inside Trump’s White House、トランプの真実」を読むと、トランプが型破りのリーダであって、それ以前の大統領が4年かけても解決できなかった課題を短期間で次々に解決ないし打開していった実績が書かれている。歴代の大統領とトランプが決定的に異なるのは、トランプが従来の手続きを踏まずに、ずばりと課題の本質に手を突っ込む政治手法を貫いた点である。その典型的な事例が、NATO諸国にGDPの2%の拠出金を要求したものであり、短期間で400億ドルの資金を調達している。

 二人の書き手の何れが真実かは分からない。恐らく何れも真実の一側面なのだろうが、トランプという人物が型破りのイノベータであることは間違いない。だからこそ、習近平、金正恩を相手にゲームの主導権を握ることができたのだ。バイデン大統領にその強いリーダーシップを期待することはできない。

「韜光養晦」の衣を捨ててモンスターの姿を現した中国

 古森義久との共著、「崖っ淵に立つ日本の決断」の中で門田隆将は、中国の豹変について「第二次世界大戦という悲劇を乗り越え、人類は戦後秩序(ルールに基づく国際体制)を手に入れた。・・・だが、その戦後秩序を真っ向から破壊するモンスターが現れた。仮面をかぶり、長く衣の下に鎧を画してきたこのモンスターは、新型コロナウィルスという恐るべき疫病をきっかけに、羽織っていたその衣を脱ぎ捨てた。真の姿をついに露わにした。」と評している。

 2020年7月に香港で「国家安全法」が施行された。また2021年3月には、中国全国人民代表大会(全人代)が、香港の議会から民主派を事実上排除する選挙制度の改定を承認した。これによって、香港の民主主義は幕を閉じた。

習近平が2015年9月にホワイトハウスを公式訪問してオバマ大統領に「中国は南沙諸島を軍事化しない」と明言した。一方、2016年12月に南沙諸島に造成した7つの人工島に軍事施設を整備している衛星写真を、アメリカの戦略国際問題研究所CSISが公表した。米中トップ会談で堂々とウソをついたことが明らかとなった。

 これはサッチャー首相が鄧小平からの求めに応じて香港と九龍半島を1997年に返還した時に交わした共同宣言、すなわち一国二制度をもとに50年間は香港の自治、立法、司法の権利を認めるという合意を、23年後に反故にしたことと同じである。中国にとって国際的な合意は紙切れでしかないということだ。

 南シナ海に次々に造成した人工島を軍事基地化したことに続き、香港を「平定」した中国が次に向かうのは台湾である。アメリカもそう考えているが故に、トランプ政権は2017年6月から2020年10月までの間に、台湾に対して合計144億ドル(1.5兆円)もの武器を売却してきた。

 来年、北京で冬季オリンピックの開催が予定されている。最近では欧米諸国から、ウィグルでのジェノサイド(民族弾圧)や、コロナウィルスの隠蔽工作など、人道主義を踏みにじる中国政府にオリンピック開催の資格はないとの異議の声が上がり、開催国の変更または参加のボイコットの動きが広まっている。

 北京オリンピックが終了するまでは、台湾への武力侵攻はないと思われるが、もし欧米諸国がボイコットすれば、中国対自由・民主主義国家の対立は鮮明になり、台湾或いは尖閣諸島への武力侵攻の危険性は高まるだろう。

八方塞がりの北朝鮮

 北朝鮮が核実験及び弾道ミサイル発射を繰り返すたびに、国連は2006年10月以降、延べ11回の制裁を科してきた。この状況を打開するために、金正恩は朝鮮戦争の終結と制裁の解除をもくろんで、トランプ大統領との直接会談に臨んだが、具体的な進展がないままトランプ大統領は退陣してしまった。

 さらに昨年は武漢でコロナウィルス感染症が発生したため、中国との国境は封鎖され、中国からの物流が途絶えた。8月と9月には二つの台風が北朝鮮を直撃して水害が発生した。制裁とコロナと水害というトリプルパンチを受けた北朝鮮が経済的に困窮を極めていることは明らかで、2020年10月に平壌で行われた朝鮮労働党創建75周年軍事パレードに姿を現した金正恩が、涙を流しながら国民に謝罪したことは記憶に新しい。最近、中国との国境近くでは飢餓に苦しむ住民が凄惨な事件を起こしているという報道もある。

 もし金正恩がバイデン政権とは取引ができないと判断すれば、再び挑発的な行動に回帰する可能性が高まるだろう。八方塞がりの閉塞状況を打開するために次にどのような行動を起こすか、或いは国内でどのような事態が起こるか目が離せない状況となるだろう。

EUから離脱したイギリス

 イギリスは2020年末にEUから離脱した。EU離脱と前後してイギリスは、日本との同盟に向けた政策を次々に打っており、さらに同時並行で中国とのデカップリングを矢継ぎ早に進めてきた。最近のイギリスの動向は、産経新聞ロンドン支局長だった岡部伸が書いた「100年後の武士道と騎士道、新・日英同盟」に詳しいので、参照しながら要点を記述する。

 メイ首相が「グローバル・ブリテン」構想を表明したのは2016年10月である。目指したのは、半世紀ぶりのグローバルな海洋国家への回帰だった。

 イギリスは2015年に発表した国家安全保障戦略で、戦後初めて日本を同盟と明記した。2017年8月に、メイ首相は安倍首相と会談するためだけに来日し、「日本はアジア最大のパートナーで同志(Like-minded)の国だ」と日本を高く評価した。そして日英両政府は2020年6月から経済連携協定EPA(Economic Partnership Agreement)交渉を開始した。日英両国は自由貿易協定FTA(Free Trade Agreement)交渉を加速し、日本とEUのEPAを基盤にして、さらにそれを上回る自由化を盛り込んで2020年9月に大筋で合意した。イギリスがFTAで妥結したのは日本が最初であり、何処の国よりも早く三カ月で貿易協定をまとめた。そして2021年1月に日本がリーダを務める環太平洋パートナーシップTPP11(Trans-Pacific Partnership)への参加を申請した。

 さらにジョンソン首相は2020年9月に議会で、日本のファイブアイズ(アングロサクソン五ヵ国、英米加豪ニュージーランドによる機密情報共有の枠組み)参加を歓迎する発言を行った。イギリスは最新鋭空母クイーン・エリザベスを今年4月頃に東アジアに派遣し、恐らくシンガポールに常駐させて、同盟国のアメリカ、日本とアジア太平洋海域で作戦を維持し、搭載機であるF35Bを日本で整備することを計画しているという。

 これらの一連の行動が「グローバルな海洋国家」として、中国に対抗するためであることは明らかである。

 「韜光養晦」の衣を捨ててモンスターの姿を現した中国、その本性と危険性に目覚めた欧米が対立を強める結果、大陸国家中国対海洋国家連合という構図が鮮明となるだろう。台湾有事の蓋然性が高まり、トランプが率いたアメリカも、EUを離脱してグローバルな海洋国家に回帰したイギリスもこれ以上中国を容認しない姿勢を明確に打ち出している。バイデン政権がどう出るかについては未知数が残るが、対中国に関しては超党派でコンセンサスができていると思われる。

戦後最大の危機に直面する日本

 さて、日本である。

 地政学の視点から近代史を俯瞰すると、日本は1902年に日英同盟を結び、1904年に日露戦争を戦って勝利した。当時イギリスは海洋国家で世界の覇権国だった。第二次世界大戦では、大陸国家であるドイツと組みロシアに近づいて、海洋国家イギリスとアメリカを敵にして日本は惨敗した。そして戦後はアメリカの核抑止力と攻撃力に安全保障を委ねて、専守防衛のもとに戦後75年を過ごしてきた。

 中国対民主主義海洋国家連合という対立の構図は、冷戦期のソ連対NATOに匹敵するもの、むしろ拡大したものとなるだろう。地球儀をみれば分かるように、日本は地理的にも役割としても、海洋国家連合の要衝の位置に立っている。

 独立国、先進国でありながら日本国内には今でも多くの米軍基地があり、アメリカや中国の核保有には目をつむる一方で、日本は核を持たず軍事事態をも忌避してきた。安全保障に関して、中国や北朝鮮の核保有に象徴される、「都合の悪い危機」には目をつむり「思考停止」状態となり、「ダチョウの平和」国家で今日までやってきた。

 アメリカ、イギリスのみならず、オーストラリアやカナダ、EU諸国が、モンスター国家中国の本性と危険性に目覚めた現在、隣国として中国に接している日本がこれ以上「ダチョウの平和」と「思考停止」路線を貫くことは許されない。「安全保障はアメリカ、経済は中国」という誠に都合のいい振る舞いも、国際ルールに従うように日本が中国の進路を変える行動をとるのでない限り、もはや国際社会にとって失望にしかならない。蓋然性が高まった台湾有事、或いは尖閣有事に臨み、首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つダチョウの姿勢を改め、日本は立ち位置を明確にしなければならない時機なのだ。 ここで思い出すのは、戦後吉田茂首相の参謀として憲法改正などを巡ってマッカーサー司令部と渡り合った白洲次郎が、「日本人にはプリンシプルがない」という言葉を残していることである。危機に直面して生き延びるために必要なことは、プリンシプル(価値観、歴史観に基づくぶれない行動規範)をもって毅然と行動する以外にはあり得ない。日露戦争のとき、日本は日英同盟に基づいてイギリスからさまざまな支援を得て、毅然としてロシアと対峙し、日本海海戦で勝利を収めた。日露戦争と太平洋戦争は、日本にとって両極端の歴史的教訓なのである。