終焉を迎えるバブル経済と資本主義

第3部:バブル経済と金融資本主義の終焉

本稿を書くにあたり、参照した文献は以下のとおりである。

 資料1:「2024年世界の株価が暴落すると読む7つの理由」、小幡績、東洋経済オンライン、2023.12.23

 資料2:「米財政赤字、金利上昇でいよいよ問題に」、the Wall Street Journal、2023.10.6

 資料3:「株、住宅、暗号資産等の巨大なバブルがまもなく崩壊」、Business Insider Japan、2023.12.28

 資料4:「中国余る住宅1.5億人分、バブル崩壊、摩擦は世界に」、日本経済新聞、2024.1.27

 資料5:「時価総額886兆円失った中国株、習指導部にとって問題の深刻さ露呈」、Bloomberg、2024.1.25

 資料6:「お金は知っている 実態はマイナス成長、嘘バレバレ中国GDP」、田村秀男、ZAKZAK、2024.1.26

バブルとは何か

 バブルとは新たなマネーが市場に流れ込んで起きる時価総額の膨張である。バブルは誰かが商品(モノ、金融、サービス)を、従来よりも高値で買うことで励起される。資本主義から現代の金融資本主義に至る移行過程で発明された二つのメカニズムがバブルを出現させ膨張させた。一つは<ネズミ講>メカニズムであり、他一つは終値の値付けが全体に及ぶ<時価主義>のメカニズムである。

 どういうことかというと、一般投資家が増加して買い手が増えれば、投資ゲームが過熱して価格が上昇する環境が作られる。これはネズミ講メカニズムと同じ構図である。次に株取引では終値が株価全体の価値を決める「時価」方式が採用されるので、経済の実態から乖離してバブルが発生し膨張しやすくなる。

 分かり易い例として、100万株を発行しているA社を想定する。ある日にA社の人気が急騰して、多数の個人投資家が一斉に買いに走ったとする。その結果、始値が1万円だった1株が終値に2万円を付けたとすると、A社の資産は1日で100億円から200億円に増えたことになる。またA社の株式を100株保有しているBさんの資産は、1日で100万円から200万円に倍増したことになる。この場合A社もBさんも傍観していただけで、何一つ資産を増やす行動をとっていないところに時価方式の問題が隠れている。そしてこのギャンブル性があるが故に、人々は投資というゲームに明け暮れるのだ。

バブルの起源と変遷

 1971年8月15日にアメリカはドルの金兌換の停止を宣言した。いわゆるニクソンショックである。これによってアメリカ政府は兌換という束縛から解放され、幾らでも紙幣を印刷できるようになった。実際に1970年代後半以降、国債の大量発行と金融の国際化が進み、金融市場は急速に拡大して金利の自由化も進んだ。こうしてバブル経済への扉が開かれた。

 その後のバブル形成と崩壊について、ウォールストリートジャーナルは、債権バブルの暴落が起きた2023年10月6日(後述)の記事で次のように要約している。

 <米国は長年、世界の最後の貸し手だった。1990年代の新興国市場のパニック、2007~2009年の世界金融危機、そして2020年の新型コロナウィルス流行による経済活動の停止に対し、米財務省の比類なき借り入れ能力が救いの手を差し伸べた。それが今では、財務省自身がリスクの源泉になっている。・・・米国の借り入れの規模と増加傾向、そして是正に向けた政治的取り組みの欠如は、少なくともここ数十年見られなかった形で市場と経済を脅かしている。それが、足元での突然の国債利回り急上昇から読み取れることだ。>と。

 2005年~2006年に米国の住宅バブルが崩壊した。そして2008年には住宅ローンの返済が滞った場合の担保として購入住宅に抵当権を設定した「サブプライムローン」が不良債権化した。バブルが崩壊してリーマンショックが起きた。各国は危機を回避するために量的緩和(QE)を行った。

 2011年にはギリシャの財政問題に端を発した債務危機が、南欧からユーロ圏、欧州へ拡大して、欧州の債務危機が深刻化した。アメリカでも量的緩和が段階的に行われて幾つかのバブルが起き、いよいよバブル崩壊というタイミングで2020年にコロナパンデミックが起きた。各国は再び大規模な金融緩和と財政出動を行い、バブル崩壊は回避された。

 2022年2月にはロシアがウクライナに軍事侵攻し、G7はロシアに対して強力な金融制裁を科した。ウクライナ戦争は世界にエネルギーと食料の資源インフレをもたらした。米国およびEUはインフレを抑制するために金利を急速に引き上げた結果、景気にブレーキがかかった。今度は金利引き下げ期待で再びバブル基調となった。

金融資本主義というバブル

 バブル経済において債権・債務は対を成して膨張する。そして債務残高はバブルの膨張を示す指標でもある。「The Daily Digest」が世界の債務残高について数値を整理しているので、以下に主要なものを紹介する。(1ドル=140円で単純換算した。)何れもが目がくらむような金額である。

 ①世界の債務総額(2022、国際金融協会):300兆ドル(4.2京円)

 ②同(2021、IMF):235兆ドル(3.3京円)

 ③世界のGDP合計:100兆ドル(1.4京円)

 ④世界の債務残高/GDP(2020):2.56%(1970年の100%から急増)

 ⑤アメリカの政府債務(2023):31.4兆ドル(4,400兆円)、法定上限に到達

 ⑥アメリカの個人債務(2022、第4四半期):16.9兆ドル(2,370兆円)

 ⑦世界の非金融企業900社の負債総額(2022):8.15兆ドル(1,100兆円)

 ⑧G7の中での公的債務/GDP:ドイツのみ100%以下(日本266%、仏113%)

MAGNIFICENT SEVEN

 専門家は2024年に株、住宅、暗号資産等の巨大バブルが崩壊すると予測する。次の暴落は調整ではなく、1929~1932年におきた世界大恐慌に匹敵する暴落になるとし、次のバブル崩壊は<Magnificent Seven(注)>と、金融市場の中枢である国債市場で起きるという。もしそうなれば崩壊は歴史上最大規模となり、実体経済を破壊する崩壊となる。(参照:資料3)

〔注〕2023年初頭からアメリカの株式市場を牽引してきた主要7銘柄グーグル、アップル、メタ(旧フェースブック)、アマゾン、マイクロソフト、テスラ、エヌビディアの7社で「荒野の七人」になぞらえてそう呼ばれる。

アメリカ債券バブルの暴落

 現在では国債市場が株式市場以上のバブルとなっている。実際にアメリカの債券市場で2023年10月6日に大きな暴落が起きたことをメディアが伝えている。

 ・Reuters、「世界で債券売り広がる、米30年債利回りが07年以来の高水準」

 ・Reuters、「債券急落で史上最大の弱気相場に」

 ・Bloomberg、「逆イールドの急速な縮小、米経済に危険な兆し」

 ・Business Insider Japan、「アメリカの長期国債、史上最悪の大暴落」

 ・the Wall Street Journal、「米財政赤字、金利上昇でいよいよ問題に」

 ブルームバーグは「満期10年国債の損失は2020年3月以降46%に達し、30年債は535%も急落した。」と報じた。ロイターは「世界の債券市場で4日売りに拍車がかかり、アメリカ30年債の利回りが2007年以降初めて5%を突破したほか、10年債の利回りは一時4.884%を付けた。ドイツ10年債の利回りも3%台に上昇した。」と報じた。

中国土地バブルの本格的崩壊

 次のバブル崩壊が起きる危険性が高いのはアメリカだけではない。中国の本格的な土地バブル崩壊も防ぐことができそうもない。中国では土地は国有であり、政府はデベロッパーに土地の使用権を与えて交通のインフラや超高層マンションなどを各地に整備させてきた。中国の高度経済成長は大規模な不動産開発がもたらしたもので、地方政府による土地の提供は資本投下と同じである。そして不動産価格の下落は既に始まっている。

 中国の不動産市場では、虎の子の資金をはたいて購入した多数の高層マンションが建設途中で放棄されている。日本のバブル崩壊と同じようにバランスシート不況が起きて国全体が資産縮小スパイラルに陥り、桁外れに巨大なバブル崩壊が起きることが予測される。

 資料4は「中国の建設ラッシュは2020年で沈静化し、2023年末で5,000万戸の住宅が在庫として残っている。主要な収入源を失った地方政府は、傘下でインフラ整備を手掛けてきた融資平台の過剰債務に苦しんでいる。」と報じている。また資料5は「中国本土株の過去三年間の下落率は40%に達している。中国本土と香港株は前回のピークから6兆ドル(約885兆円)相当の時価総額を失った。」と報じている。さらに資料6は「中国のGDP公表値によれば2023年は5.2%で目標を達成したとしているが、別の経済統計値から推定した実勢値は2022年がマイナス2%、2023年がマイナス3%だった。」と報じている。

 1月30日の産経新聞は「香港高等法院(高裁)は1月29日に、経営再建中の恒大集団に対して清算を命じる決定を下した。・・・また香港証券取引所は同日、恒大集団と傘下の2社の株式取引を停止した。・・・昨年6月末時点の負債総額は約2.4兆元(約50兆円)で債務超過状態にある。・・・不動産は中国GDPの3割程度を占める。」と報じている。

 また1月31日の紙面では「中国財務省は30日に昨年末時点の地方政府の債務残高が40兆元超だったと公表した。日本円で約840兆円に相当し、2022年末から約16%、コロナ前の2019年末から倍増した。」と報じた。途方もない金額である。

最終最大のバブル崩壊

 「そもそも金融資本主義における経済と市場は常にバブル状態にある。金融資本主義がバブルそのものであり崩壊する可能性がある。」と小幡教授は資料1で指摘する。「なぜ今、金融資本主義そのものが滅びるのかと言えば、それは2008年のリーマンショックのタイミングで崩壊させなかったために、制御不能なまでにバブルが膨張したからだ。その結果、金融市場だけでなく、政府や中央銀行をも巻き込んだ巨大バブル崩壊となるリスクが高まっている。」と解説する。

 一般に財政赤字は年々増大し、金融緩和(QE、Quantitative Easing)の規模も発動されるたびに増大してゆく。住宅や不動産など実物経済のバブルも、金融市場に流入するマネーの増加とともに巨大化してゆく。こうしてバブル→バブル崩壊→バブル・・・のサイクルは繰り返されるたびに、バブルは膨張してゆくことになる。

 しかしバブルの膨張には限界があり、このサイクルには終わりがくる。次に起きる債券バブル崩壊が最後で最大のバブルとなるだろう。何故なら債権市場でのバブル崩壊は中央銀行・政府を巻き込んだものとなるからだ。従ってひとたび債券バブル崩壊が起きれば金融システムを破壊し、社会をも破壊してゆく可能性が高い。

 しかも次に起きるバブル崩壊は、以下の三要件が重なって起きる点で従来のバブル崩壊とは別格なものになることが予測される。それは、第一に経済大国第1位と第2位のアメリカと中国で連動する形で起きること、第二に崩壊を食い止める外部が存在しないこと(米中市場に代わる新たなフロンティアは存在せず、中央銀行を巻き込んだ債券市場に代わる次の市場も存在しない)、そして第三に中央銀行・政府は既に救済手段を使い果たしていて、有効な対策が打てないことだ。

 そして1月27日現在、アメリカのダウ平均株価は38,000ドルを超えて過去最高値を更新している。日本も1990年のバブル時の最高値を更新している。この事実こそがバブル崩壊が間近であることを物語っている。

バブル経済と金融資本主義の終焉

政府・中央銀行の功罪

 金融市場に中央銀行・政府が巨額のマネーを提供するようになったことが、資本主義を大きく変質させた原因である。政府が国債を発行して財政出動を行う場合市中からマネーを回収することになるため、中央銀行はQEを行って市中にある国債を回収してマネーを供給する。コロナパンデミックが起きた時、各国政府は大規模なQEとゼロ金利政策を行った。しかし危機が収まると欧米はQEを止め、金利を上げると同時に金融引き締め(QT、Quantitative Tightening)に転じた。

 QTはQEによって拡大したバランスシートを段階的に圧縮して金融政策を正常化させるオペレーションである。QTの基本的な手順は、QE縮小→QE終了→バランスシートを維持(一定期間)→利上げ開始→バランスシートの縮小(QT開始)という流れになる。米国では前回の正常化ではQE終了から3年、利上げ開始から2年弱の期間をおいてからQTが実施されている。

 但し日本は例外で、長期にわたってデフレ基調が払拭されてこなかったために、植田新体制になっても未だにQEを解除できないでいる。

 一方で、政府が財政出動を行い、インフラ整備や次世代産業分野に重点投資して、実需を創造し次世代のイノベーションを推進することは健全な経済政策の一環であり、両者は分けて考える必要がある。

マネーパワーの強大化

 資本主義の初期における商取引の決済手段だった段階から、マネーの役割は大きく様変わりした。マネーは財政・金融の実行手段でもあり、通貨として貿易の決済手段であると同時に国際的な投資手段でもある。マネーの力を行使する主なアクターは投資家(個人、機関)、企業(特に貿易を行う企業)、中央銀行・政府、国際金融投資家である。

 商取引の売り手と買い手は取引手段としてマネーを使い、投資家は金融市場で投資手段としてマネーを動かし、企業は為替を利用して貿易決済を行い、中央銀行・政府は金融市場を介してマネーの流通量、金利、為替レートを制御する。国際金融資本家は国際情勢の変化を先取りしてマネーを国家間で移動させることで巨額の差益を稼ごうとする。儲けるためには戦争をも利用し、通貨の暴落をも仕掛ける。

 このように、商取引を円滑に行うための流通手段として誕生したマネーが、現代では国際経済や政治をも動かすパワーを持つようになった。これは本来の資本主義から乖離したものであることは言うまでもない。

バブル経済/金融資本主義の次に来る未来

資本主義の分岐点

 今までの論点を総括してみたい。政府が財政赤字を増加させてきたことがバブル経済を生んだ最大の原因だった。そして金融市場に供給された巨大なマネーがパワーを持って、政治経済や戦争にまで強大な力を行使してきたことが、資本主義の歪みを増大させてきた原因だった。

 この過程でバブル膨張と崩壊のサイクルが繰り返され、サイクルを繰り返すたびにバブルは膨張した。そして現在、アメリカと中国で連動してバブル崩壊が起きようとしており、さらに住宅や不動産市場のバブル崩壊を経て、次は債券市場でバブルが崩壊しようとしている。バブル崩壊の規模において、現在は最終かつ最大のバブル崩壊が起きる前夜にある。

 ここで資本主義の変遷を俯瞰すると、資本主義は先進国に豊かさをもたらした時点でその役割を終えたように思われる。資本主義の変遷の歴史を前半と後半に二分して俯瞰してみよう。資本主義の前半は先進国が豊かさを実現していった時期とし、後半はマネーがパワーを持ったことによって資本主義の歪みが蓄積していった時期と定義する。

 何処かに前半から後半に移る転換点があった筈であり、その転換点で先進国には二つの選択肢があったと考えられる。第一の選択肢はそのまま金融資本主義を続けることであり、実際に欧米主要国はその道を歩んできた。第二の選択肢はそこから社会主義の方向に舵を切るというものである。パワーゲーム化した金融資本主義から徐々に距離をとって、少子高齢化社会を睨んで社会保障を充実させてゆくという選択肢である。

 振り返って考えれば、そういう自覚も、恐らくは戦略もデザインもないまま、日本は少子高齢化圧力に押される形で、第二の選択肢に近い選択をしてきたのではなかっただろうか。

日本の選択肢

 今まではともかく、これからは次の三つの理由から、経済運営として今までの延長線上を行くことが困難となるに違いない。第一にGDP比で財政赤字が増加していること、第二に「荒野の七人」に象徴される投機性の高い株価や極端な貧富の格差等、バブル経済の歪みが増大していること、そして第三に巨大なバブル崩壊が早ければ今年中に起きる可能性が高いことだ。

 既に述べてきたように、先進国ではバブル経済に依存した経済運営が限界に到達しつつある。豊かさの実現という当初の目的を殆ど達成したという認識に立って、資本主義対社会主義の議論を現時点で評価し直して、今後の経済の在り方を再考する時が到来したのではないだろうか。

 個人レベルでは生活の豊かさを追求しつつ、国レベルではバブルに依存しない健全な経済成長を追求しつつ、かつ少子高齢化動向を踏まえた社会保障のあり方とそれを実現する経済の在り方を根本から問い直す時が来ているように思える。この命題は簡単に実現できるものではないが、バブル経済と金融資本主義が終焉を迎えようとしている現在、先進国の進路はその方向にあるように思える。

 世界を俯瞰してみれば、G7の中で日本だけが欧米諸国とは異なるポジションにいる。ウクライナ戦争では殺傷兵器を供与しない代わりに、否応なしに経済復興においてイニシアティブを発揮することになるだろう。イスラエル-ハマス戦争でもイスラエル支持の欧米諸国とは一線を画している。

 北欧等は別として、日本は恐らくG7の中で最も社会保障が手厚く、それ故にGDP比で最大の財政赤字を抱えている国である。但し日本は世界最大の債権国(2021年の経常収支は20兆円、2022年は9.2兆円の黒字)であり、国債の大半を日本の機関が保有している。政府の負債は民間の資産なのであって、日本の財政赤字は日本国のバランスシート上の問題でしかないという事実をきちんと理解しておく必要がある。

 2023年に日本にやってきた外国人は2500万人に達したという。日本にやってきて日本の地方や山里に暮らす外国人が増えている。彼らを引き付けるものが日本にはあるということだ。それはバブル経済と金融資本主義の社会に至る過程で喪失してきた文化や風景ではなかっただろうか。

 そのような認識に立てば、次のバブル崩壊でうろたえることなく、それを転換点として、日本の国の未来像とそのための経済の在り方を再考すべきと考える。

Details

終焉を迎えるバブル経済と資本主義

第1部:資本主義とは何か

はじめに

 2020年以降、国際情勢は一変した。コロナ・パンデミックが起き、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、イスラエル-ハマス戦争が連動するかのように起きた。さらに1月16日には、北朝鮮の金正恩総書記が突然「憲法を改正して韓国を第一の敵対国、不変の主敵とみなす・・・」と余りにも唐突の発言をした。中国、ロシア、ハマス、そして北朝鮮の行動には、背後に共通の要因(力の作用)が潜んでいるのではないだろうか。

 国際情勢が、今まで秩序を支えてきた構造が一つずつ崩壊する様相を示しているが、一方で経済情勢は次の巨大バブル崩壊を暗示しているようだ。もし最終的な巨大バブル崩壊が起きれば、それは資本主義の破綻または終焉を意味することになるだろう。バブル形成→バブル崩壊を繰り返してきた世界経済は、資本主義の変質と連動しているからである。

 1月17日の新聞はアメリカ大統領選の初戦であるアイオア州共和党集会でトランプ元大統領が圧勝したと報道している。このまま推移すればアメリカ大統領選はトランプ対バイデンの一騎打ちとなり、どちらが勝利するかに注目が集まっている。もう一つ重要な課題がある。それは分断され破壊されてきたアメリカの民主主義基盤を回復できるかどうかだ。

 このように世界では歴史的な大事件が相次いで連動して起きているというのに、日本は戦後何度も繰り返されてきた「政治とカネ」という、余りにも次元の低い事件に埋没している。「そんなことをやっている場合か、政治家よ、いい加減に眼を醒ませ。」と叫びたい国民の認識から、現実の政治は大きく乖離している。また自民党の醜態を野党の政治家は糾弾し揶揄する発言をしているが、この問題は緊迫した世界情勢を正視せず、危機を真っ当に語れない野党の政治家に対する失望を包含するものであることを指摘しておきたい。国民の政治に対する絶望感は、単に自民党に留まらず、自民党に代わる真っ当な野党が存在しないことにある。

 アメリカとは異なる意味で、日本の議会制民主主義は衰退しているという他ない。現在我々が目撃しているのは、国際秩序の崩壊であり、破綻に向かうバブル経済と資本主義の末期症状であり、自壊しつつある民主主義なのだ。

 話が発散してしまうので、本稿では「破綻に向かう資本主義」について取り上げたい。

 「歴史的大転換点に直面する世界②」で、<金融危機:資本主義の限界>と題して、次のように書いた。

1.アメリカは2022年3月以降、矢継ぎ早に政策金利を引き上げてきた。マネーの急激な移動自体が、世界金融危機を誘発させる引き金となる。長期金利の上昇が債券の暴落を誘発して世界金融危機を起こす危険性が高まっている。

2.歴史を振り返れば、世界経済はバブルとバブル崩壊を繰り返し、しかも繰り返すたびに規模を拡大させてきた。バブルが拡大する原因は、政府・中央銀行による金融緩和にあり、バブル崩壊の引き金となるのは金融引き締めにある。

3.中央銀行はパンデミックでカードを使い果たしていて、次の危機が起きても、従来のように強力な対策を打てない。バブル依存の経済成長が限界に近付いている。

4.アメリカを例外として、G7の多くの国は力強い経済成長を実現できないまま財政赤字の増大に直面している。バブル頼みではない堅実な経済成長のシナリオを新たに開発する時を迎えている。

 本稿では上記認識を踏まえて、巨大化したバブル経済と資本主義が共倒れの危機に瀕していることについて考察を加えたい。三部作で書いてゆく。第一部は「資本主義とは何か」、第二部は「資本主義の変遷と変質」、第三部は「バブル経済=近代資本主義の終焉」である。

 本稿を書くにあたり、参照した文献は以下のとおりである。

資料1:「戦争と財政の世界史、成長の世界システムが終わるとき」、玉木俊明、東洋経済新報社、2023.9.26

資料2:「日本は一人勝ちのチャンスを台なしにしている、資本主義の本質とは社会を破壊することにある」、小幡績、東洋経済オンライン、2023.11.11

資料3:「世界の株価が暴落する2024年」、小幡績、東洋経済ONLINE、2023.12.23

資料4:「2024年は3つのリスクが導く超弩級の波乱の年へ」、大原浩、ZAKZAK、2024.1.9

資料5:「軟着陸なるか米景気 続く高金利・・・展望2024世界経済」、日経、2023.12.26

資料6:「株・・・巨大なバブルが間もなく崩壊」、Business Insider Japan、2023.12.28

第一部では主として資料2を、第二部では資料1を、そして第三部では資料3を参照した。

資本主義とは何か

 はじめに、資本主義を論じるためには、ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter、1883~1950)に触れておかなければならない。シュンペーターは1883年にオーストリア・ハンガリー帝国(現在のチェコ共和国)に生まれた経済学者である。イノベーションの理論を中核とし、経済活動による社会の新陳代謝を<創造的破壊>と表現したことで知られている。イノベーションは今日では技術革新を指すことが多いが、シュンペーターは社会変革を起こすもっと大きな概念として捉えていた。

 シュンペーターによれば、資本主義とは「企業家と資本家が組んで<創造的破壊>を起こし、経済を新陳代謝させ社会を変えてゆく仕組み」である。

イノベーションと経済成長

 シュンペーターが言う<創造的破壊>は必ずしも経済成長を意味してはいない。そうではなくて、旧来の生産者が追放されて新しい生産者が登場するという新陳代謝によって経済が発展してゆくプロセスを意味している。シュンペーターは、「意欲的な投資家とイノベーションを起こす起業家が存在して、社会変化に臨機応変に移動する労働者が存在する社会では、資本主義のメカニズムが<正の循環>として働いて経済は成長する。」と考えた。

 言い換えれば、イノベーションが<正の循環>をもたらす場合には経済は成長し、企業家の交代と産業の進化が起きて「景気循環」がもたらされる。逆に、そのプロセスのどこかに脆弱点があって<正の循環>が起きない場合には、イノベーションによって生産性の低い企業と失業者が増加するため、経済が低迷して成長は鈍化することになる。

 産業革命以降、人類はさまざまなイノベーションを次々に起こして近代化を推進してきた。日本の歴史を振り返れば、概ね20世紀まではイノベーションは経済成長をもたらしてきたが、21世紀になる頃から必ずしも経済成長をもたらさなくなった。パソコンとインターネット、さらに携帯電話の登場及び進化は<デジタル革命>を起こして社会を大きく変化させたものの、<デジタル革命>が進む過程で昔ながらの多くの産業が消滅していったことは明らかである。

 視点を変えてみよう。果たして携帯電話の普及は国民生活を豊かにしてきただろうか。生活を便利にしたことは間違いないが、多くの庶民にとって携帯電話は支出を増やして可処分所得を減らしてきたのではなかっただろうか。

 国家においてもイノベーションが経済成長を牽引してきた国とそうでない国とで明暗が分かれた。旺盛な投資が株式市場のバブルを生みGDPを力強く押し上げてきたアメリカと、「失われた30年」に喘いできた日本はその対極にある。

 両国には前述した<正の循環>において決定的な相違があることは明らかだ。要点は三つある。第一に、イノベーションを起こす起業家と、ベンチャービジネスに潤沢な資金を投じる投資家の存在に大きな開きがある。第二に、資産を投資に振り向けるか貯金に回すかという国民性に大きな相違がある。

 そして第三に、<正の循環>を促進する政策と抑制する政策との違いである。アベノミクスを例にとれば、財政規律に縛られて財政出動が中途半端なものに留まる一方で、二度も消費税増税を実施したことは、<正の循環>を抑制する政策だったことは明らかだ。

資本主義と社会主義

 資本主義の対立概念は社会主義である。両者を対比して俯瞰すると、カール・マルクス(1818~1883)は理想の社会として、シュンペーターは絶望的な結末として、資本主義が潰れて社会主義が次に来ると考えた。しかし現実には社会主義がソヴィエト連邦の崩壊と共に先に潰れてしまった。

 しかしこの事実は資本主義の勝利を意味するものではない。何故ならマルクスが描いた社会主義の理想像とソ連が実践した社会主義の現実の姿には大きな乖離があったからだ。同様に資本主義もまたシュンペーターが描いた理想像とは異なり、バブル経済と共に大きく変質していったことは明白である。

 「資本が経済社会を動かす資本主義という時代は、社会秩序を壊すことによって発展する前半と、自由になり過ぎた経済主体どうしが資本を武器に破壊しあい、経済も社会も秩序を失い、安定均衡から次の均衡には移れずに、ただ崩壊してゆく後半へと推移する。」小幡績教授はそう指摘して、資本主義は既に崩壊過程にあると警告している。(参照:資料2)

 シュンペーターはイノベーションの本質は社会を破壊することにあり、資本主義の時代とは経済と社会を破壊しながら変化させ続ける時代なのだと看破していた。このことは、生物が進化する努力を怠れば生存競争においてたちまち淘汰されてしまうように、現代社会では変化を止めれば、競争社会においてたちまち敗者となることを意味している。つまり変化することは資本主義経済を生きる宿命なのである。

 しかも変化のスピードは、技術革新と競争の圧力によって増大の一途にある。変化のスピードが臨界点を超えると、社会はついてゆけずに停滞するか、或いは加速し過ぎてばらばらになるか、何れかの道を辿るだろう。何れにしても臨界点に到達して資本主義は終焉を迎えることになる。

 視点を変えると、資本主義の終焉は別の形で既に顕在化しているのかもしれない。それは政府の財成赤字と中央銀行による金融緩和と、バブル経済の規模の増大である。これについては後段で論じたい。